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[14283] 魔法少女リリカルなのはCross souls(型月オリキャラ介入・A's編開始)
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/09/09 20:47
改めて初めまして、のぶなといいます。

無印が完結したので、チラシ裏よりやってきました。



話の概要は「型月世界のオリキャラがリリなの世界にやってきた」というものです。

この「型月オリキャラ」というのは、「Fate」や「月姫」などといったお話とは関係の無い、「型月世界で独自の物語を経た主人公」という設定です。
ですので、「Fate」や「月姫」などの型月キャラは登場しません。

初めてssを書くので、至らない部分があるやもしれませんが、そこは技術向上をして、より良いssを書く事に繋げたいと思っておりますので、ご指摘して頂ければ幸いです。








プロローグを全改訂しました。

おまけ的コーナーは全削除しました。

第一話を加筆修正しました。

3/3 1~9話を加筆修正しました。

3/4 10~16話を加筆修正しました。

9/1 A's開始



[14283] プロローグ
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/01/06 19:38
僕は、それまで普通の高校生として生活をしていた。
別に将来やりたい事とか、なりたいものがあったわけじゃないけど、そういうのも含めて僕は普通の高校生だった。

でもそれは“魂喰らい”(ソウルイーター)と名乗る彼との出会いで一変してしまった。

魔術。深い絶望と憎しみ。血生臭い戦い。殺される恐怖。

僕はその時まで平穏の輪の中に居たんだけど、その平穏の裏には、知らなかっただけで、多くの「異常」があった事を突きつけられた。
そして何より、“魂喰らい”と名乗る彼の言い分は、僕に「死ね」と同義であり、それを突き付けられた事に衝撃を受けていた。

でも、無論として、死ぬのは嫌だ。

僕には別段目的も目標も無いけど、死んでもいいと思えるほど人生に満足も絶望もしていない。
だから僕は、彼に反発した。それが、僕と彼との物語の始まり。


それからはいろんな事があった。

魔術師を名乗る、少女との出会い。
世の中に絶望し、全てを破壊しようとする人を止めるべく戦った。
“魂喰らい”を共に打倒しようと、囁きかけられた。
非日常に足を踏み入れてしまった僕を引き戻そうとしてくれた人もいた。
何故彼が“魂喰らい”などと呼ばれていたのかを見せつけられた事もある。
僕の知らなかった、僕の出生の秘密。
バラバラだと思っていたモノは、全て繋がっていたという事。
どうしようも、いや、もしかしたら覆す事が出来たかもしれなかった別れ。
そして、全ての黒幕との邂逅。

……改めて考えると、本当にいろんな事があったと思う。
その中で僕は、「ソウル」と呼称するようになった彼と、協力したり、いがみ合ったり、そして認めあったりして……。
いつの間にか、僕達は「友達」と呼べるような間柄になってしまっていたのが、一番のおかしなところかな?

そして、

「……いや、極めつけにしても、“コレ”はないんじゃないかなぁ?」

目の前に在る、ぽっかりと空いた“穴”を眺めながら、思わず呟いていた。

今しがた、全ての黒幕を倒す事が何とか出来たんだけど、その人の置き土産がとんでもないものだった。
目の前にあるそれは、単純に地面を掘ったそれとは違う。
空間が歪んでいる、というのとも違う。
これは『世界』という存在そのものに穿たれた“穴”だった。

今まで大小様々な局面に立たされたけど、今目の前にあるこれはレベルが違う。
なんてったって相手は『世界』だ。そのあまりにもスケールの違い過ぎに、思わず現実逃避に、これまでの事を思い出していてしまったぐらいだ。
これがいわゆる走馬灯ってやつなのかなぁ?

「ハッ、なんだ怖気づいたか?」
「いや~、怖気づく以前に、理解が追い付いて来ていないって感じだよ」

目の前にあるのは、下手をすれば世界の消滅、なんて事も十分ありうる脅威なんだけど、それを目の前にして、僕達は普段とさして変わらないやり取りを交わす。

「それを怖気づいてたってんだよ。だからてめぇは軟弱だってんだよ」
「いや、この場面で軟弱って言うのも違うと思うんだけど」

僕達の間には悲壮感はない。本当にいつも通りのやり取りとして軽口をたたき合う。
もしかしたら、次の瞬間には死んでしまっているかもしれないのに。

「でもまあ、何にせよ、“コレ”は閉じないといけないんだよね?」
「……だな」

それでもいつも通りで居られるのは、やる事が決まっているという事と、僕達は独りじゃないという事だ。
独りだったら、この重圧の前に簡単に押し潰されるんじゃないかと思うけど、今の僕は支えられているし、僕もまたソウルの事を支えている。
支えがあるのだから、倒れないのは当然の事だ。だから、大丈夫。

「ふう、それじゃあ行こうか、ソウル」
「ハッ、てめぇが仕切ってんじゃねぇよ」

そして、いつもの学校への登校時のような気軽さで“穴”の中へと足を踏み入れ、

――パタリ

その穴を閉じた。




あとがき

「いきなりクライマックスだぜ!」なプロローグです。

主人公には、「強さ」が欲しかったため「独自の物語を経た」という要素をどうしても持ちたかったのでこういう形になりました。
主人公が何者なのかは後々明かされると思うので、今の段階では

「謎の奴が型月世界からりりなの世界にやってきた!」

と認識していただければと思います。




[14283] 第一話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/04/14 18:24
“ここ”は全てが在って、全てが無い場所。
『根源の渦』とか『 』と魔術師達が呼称している物に似ているのかなぁとも思うけど、きっと全然別モノなんだと思う。

まあ、ただの凡人でしかない僕には、そもそもとしてこの場所を形容する言葉が見つからないのだけど。
ただ、確かに分かる事は、“ここ”は僕みたいな存在が居てはいけない場所という事。

ただただ“ここ”は圧倒的で、僕を押し潰し、圧倒し、翻弄する。
既に五感に意味は無く、痛覚としてしか何も感じる事が出来ない。
下手に意識を保っていられる事が、逆に苦痛を助長させる要因になっている。

永劫とも一瞬とも思える感覚の中で断続的に痛みという責苦を受け続ける。
……ああ、さっきは形容する言葉が見つからないって思ったけど、“ここ”は無間地獄という言葉がぴったりだ。

ただ、この「痛み」というのは、僕にとってとても懐かしいものでもあった。

僕の幼少の頃は凄い病弱で、普通に自発呼吸をしようとするだけで全身に激痛が走り、吐血するってくらい病弱だった。
まあ、実際のそれは、病気とは違うものだったんだけど、それは今関係ないから割愛。

あの頃は指一本動かす事も出来ず、昼夜を問わず体中に走る激痛をただ感じるだけの日々。
痛みのレベルは“ここ”の方が格段に上だけど、なんとなく似ているなと思った。
だからかな、こうして自我を保っていられるのは。

ただまあ、だからといって、“ここ”に耐えられるというわけじゃないし、それ以前に、異物でしかない僕に対して“ここ”は優しさなんて持ち合わせていない。
ひたすらに僕を消すべく、ありとあらゆる責苦で僕を圧倒し続ける。

……感覚は無いのだから、どれくらい時間が経ったのか全く分からない。

そんな中、“ここ”は僕に対する対処の仕方を突然変えた。
いつまでたっても消えない僕に業を煮やしたのか、飽きたのか、逆に、僕を認めたのか。
それは分からない。でも、消え失せたはずの感覚が、僕を何処かへ押し流そうとしているようだと告げていた。

どうやら“ここ”は、僕を『消去』ではなく『排除』しようというらしい。
まあ、どちらにしろ僕には拒否権も何も無いんだから、受け入れるしかないんだけど。


そうして僕、……僕達は新たな「世界」へと弾き飛ばされた。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第一話



Side:了


ゆっくりと意識が浮上してくる。
これは目覚めの前兆。夢から醒め、そして現実へと意識が立ち戻って来る。

「う、ん……?」

自分の呻き声に、自分を知覚する。どうやら僕は生きているらしい。
普段の寝起きと比べて妙に重いまぶただったけど、それを押しのけるようにして目を開ける。
最初に目に映ったのは、見た事のない天井。それを見て、ここが何処のかという疑問が湧いてくる。

なんにせよ、いつまでも横になっていても仕方がないと身体を起こしながら考えを巡らせる。
それと同時に、周囲にある物が視界に入ってくる。

部屋に置いてあるものは立派そうな物が揃っている。僕の横になっていたベッドもまたふわふわのふかふかで、何だかとても高級そうだ。
だけど、それらは派手で贅沢というものではなく、ひとつひとつの調度品達は自分達の役割をしっかりと果たし、調和を齎しているという印象を受けた。
僕はインテリアに詳しいわけでも拘りがあるわけじゃないから上手い事は言えないけど、きっとこの部屋、というか家なのかな? とにかく、持ち主のセンスは良いのだろうと思った。
まあ、どちらにしろ、貧乏人な僕には手の届かない世界だとも思うけど。

ただ、ここはやっぱり知らない場所、知らない部屋だった。
少なくとも、こんな場所を持っている知り合いは居ないし、知り合いの知り合いに輪を広げても、やっぱり心当たりはない。

「……ソウル、居る?」

部屋を見回して誰もいない事を確認してから、声に出して呼びかける。
あの時、最後まで一緒に居たんだから、今も居るはずだと思うんだけど……。

「おう。ったく、お互い死にそこなったみてぇだな」

もし返事が来なかったらどうしようかと思ったけど、すんなりと僕の口を介して返事は来た。
その事にホッと胸をなで下ろす。
ひとりが寂しいとか辛いとか言うつもりはないけど、こういう良く分からない状況で、ひとりじゃないと思えるだけで安心できる。

ソウル

ソウルは結構前、「てめぇの身体を寄越せ」と言いながら僕に取り憑いてきた人(?)だ。
最初にソウルは、自分の事を“魂喰らい”(ソウルイーター)と名乗ったんだけど、その時の僕は何を思ったのか「じゃあ『ソウル』だね」と言って、そのままその呼称が定着して今に至っている。

身体を共有している現状では、全ての事に対して一蓮托生の身の内。
正直、“穴”を閉じるのに必要なのは僕だけだったのに、巻き込んだ事は申し訳ないし、済まない事だと思う。
まぁ、本人にそんな事を言っても、どうせ「下らない」の一言で片付けられると思うけど。

「おい、何黙ってんだよ。言いてぇ事があるならとっとと言え。てめぇはのろまか? とんまか? それともただの無能か?
いや、無能で確定だな。おい無能、いつまでも呆けているな」
「あ、ああ、ごめん」

なんだか違う方向に思考が流れるのを遮るようなソウルの声に、思考が戻ってくる。

「じゃあ聞くけど、どうして僕達は今、ここに居るか分かる?」

ソウルの罵詈雑言はさらにと聞き流しつつ、抱いていた疑問を口にする。
僕の記憶では、あの“穴”を閉じた時の事までは覚えているけど、そこからどうしてここで寝ていたかがどうしても繋がらない。
さっきまで変な夢を見ていた気もするけど、それは全然思い出せないし。

もしかしたらソウルの方は何か知っているかなと思ったんだけど……。

「ハッ、知るかよボケ」

……なんだか鼻で笑われてしまいました。

「いや、いきなりボケ呼ばわりは酷いと思うんですけど?」
「ハッ、死ね」

なんとっ、抗議をしたら「ボケ」から「死ね」にランクアップを果たした!
普通にショックです。

……うん、分かってる。ソウルはこういう人なんだって。
ソウルは腕っ節が凄く強くて、頭も切れるし、誰にも屈しない強い精神力もある。
いざという時はソウルほど頼れる人はいないと思うんだけど、ソウルは基本的にひねくれ者な上に凄く口が悪い。
普段から罵詈雑言ばかりなので、ある程度聞き流していないとへこみまくりになる。
今はもう慣れたけど、僕も最初の頃は随分苦労したなぁと、しみじみ思う。

「……そっか、やっぱりソウルにも分からないかぁ」
「あァ? 死ねって言った事はスルーか?」

凄みを込めてツッコミプリーズと言ってくるけど、それこそスルーします。

「というか、実は本題はそこじゃないんだけど……」

まあ、正直な話、ここが何処であれ、ちゃんと家に帰れれば問題は無い。
なので、実はここが何処かというのは大して悩む事じゃない。
多分、誰かに助けて貰ったんだろうから、その人にちゃんとお礼が出来れば良いと思う。

だけど、今までなんだかんだと言って、見ないようにしていた問題が重要だ。
何と言ったって、

「いや、どうして身体が小さくなっているのかなぁ?」

ここで、僕自身の事を振り返ってみる。

名前、西岸 了(にしぎし りょう)
血液型、O型
誕生日、1月27日 みずがめ座
職業、高校生
趣味、弓道
特技、ぼ~っとする事。
好きな物と嫌いな物は特になし
年齢、……17歳

うん、簡単だけど、これが僕のプロフィールだ。
別に飛び級で高校に入学したわけじゃないし、まだ誕生日を迎えていないだけで、今年度で18歳になる、そろそろ青年と呼べる頃合いだ。
身長も178cmぐらいあったんだよ?
断じて、こんな小学生ぐらいの小さい子供じゃない。無い、はずなんだけど……。

「どう見ても、子供だよなぁ」

小さくなっている自分の手のひらを見ながらがっくり肩を落とす。
父さん、母さん、現実は無情です。

と、そろそろ現実逃避は止めて、目の前の事実を受け入れようと思う。
どんなに取り繕うとしても、身体が小さくなった事には変わりはないんだしね。

「う~ん、これって寿命が10年ぐらい伸びたって事なのかな?」
「……てめぇは受け入れんのが早ぇんだよ」

何だか、ソウルに呆れられてしまった。……何故?
というか、いつもの罵詈雑言が無いって事は、なんだかんだでソウルも今の状況に困惑してたって事なのかな?

──トントン

という風に、現状把握というよりは単に落ち着くためのような話をしていたら、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
きっと、僕達をここへ運んできた人が来たんだろうと思うけど、その人物が誰なのか、全然予想が付かない。

傷を手当てした上に、こんなちゃんとしたベッドに寝かせておくというのだから、悪意を持って接してきた人ではないと思うけど……。
まあ、何があるかは分からない。ひとまず、相手の出方を窺うのが吉とする。

『さて、どうなるかな?』
『敵だったら力ずくでぶっ潰すから楽なんだがな』

口には出さずに、心中での会話でソウルは物騒な事を言うけれど、一応助けてもらったらしい手前としては出来れば穏便にして欲しいです。

身体はリラックスした状態に、精神は程よく緊張を維持。どのような事態でも冷静に対処できるよう心身ともに備えて、部屋に唯一の扉に注意を向ける。

「……?」

なんだけど、一向に扉が開かれる気配がない。
扉の向こうには、今だ気配はあるんだから、立ち去ったわけじゃないみたいだし。
う~ん、これはもしかして、僕の返事待ち──

「入るわよっ!!」

──なのかなぁと思った瞬間、勢いよく扉が開け放たれた。
何と言うか、見事にこちらのタイミングを外された感じで、正直、吃驚だ。

蹴り破る程の勢いよくその扉を開け放ったのは、小学生くらいの女の子だった。
何やら急いでいたのか、随分な勢いで扉を開けたままにまっすぐ僕を見つめてくる。

いや、そんな睨まれても、どうリアクションを取ったらいいか分からないんですけど?

……ただ、その女の子の瞳は、純粋に僕の事を心配している事が容易に見て取れる。
直観するのは、この子が僕に害意を持っていない事だ。そして、見ず知らずの僕を心配する優しさを持っているという事。
ただ、女の子の顔が、妙に真っ赤にしている理由が全然分からない。もしかして怒っているのかなぁとか思うけど、初対面でいきなり怒られる由来も分からないし……。

「……えと、よく分からないけど、できれば冷静になって欲しいかな?」

どうするべきかと思ったけど、とりあえずは女の子には冷静になって欲しいなぁ……。




Side:アリサ


習い事が終わって家に帰る途中、執事である鮫島が運転する車の中。

今はなんとなく気分が盛り上がってこない。別に学校で親友とケンカしたわけじゃないし、塾で散々な目にあったわけじゃない。

きっと、今のあたしの気分が盛り上がってこない理由なんて、別にないのかもしれない。
まあ、たまにはこんな事もあるだろうと思う。きっと明日になれば、いつも通りのあたしに戻っている。
また明日になれば、学校で友達と楽しく過ごす。今はそのための休み期間中なんだと思う事にする。
だから、今はただ、ぼんやりと車の外を眺めているだけ。

そんな中、ふと何かがあたしの眼に写った。

「鮫島っ、ちょっと車止めて!」

考えるより先に声が出ていた。我ながら突然の事だったけど、流石は優秀な執事。
急なブレーキであたしが前につんのめるような真似をさせず、それでも即座に車を止めるという芸当を見せてくれる。
あたしは車が完全に止まるのを待つのがもどかしかったと言わんばかりに、止まると同時に、扉を開けて車外へと飛び出す。そのままの勢いで、先ほど見たものの場所まで走って戻る。

見えたのは一瞬で、それが何だったのかは分からない。
そもそも、なんでさっきまであんなに気落ちした気分だったあたしが、こんなに気分を高揚させているのかも分からない。

違う。分からないんじゃない。ただ、理屈を抜きにして、あたしの直感があれを見つけないといけないと感じたんだ。
そして、息を肩でしながらその場所まで戻ってくる。そこで、あたしが見つけた何かの正体を確かに見た。

それは、妙な格好をした、妙な男の子が、何とも安らかな寝息を立てている姿だった。



あたし、アリサ・バニングスが良く分からない男の子を拾ってから、すでに丸一日が過ぎていた。
そう、あたしが拾った男の子は、本当に良く分からない男の子だった。
そして、思い返すのはあたしがあの男の子を見つけた時の事。

たとえばその服装。
見たところあたしと同じくらいの年に見えるのに、着ている服のサイズが全然合っていないものを身につけていた。
おかげでシャツの袖やズボンの裾は実際の手足より長いから服を着ているというよりは布に包まっているように見える。
ベルトもゆるゆる。靴もがぽがぽ。一体どうしてこんな恰好をしているのか。

たとえばその傷。
最初は服装に気を取られたけど、すぐに布地の色彩とは別に、身に付けていた衣服に赤い色が混ざっている事に気付いた。それは、時間の経過によって赤黒く変色していたけれど、間違いなく血によるもの。見れば、大き過ぎる服から覗く素肌に大小様々な傷が見て取れる。
傷だらけで横たわる男の子。一体どうしてこんな場所に居るのか。

そして、その表情。
理解不能の服装と放置してはいけないと思わせる傷。
はっきりいって、小学生の女の子がいきなりこんな場面に出くわせば取り乱すのは当然の事だと思う。
でも、あたしはそんな彼と、大して取り乱したりする事なく相対していた。
その理由は至極簡単。何せその表情と言ったら何とも安らかな寝顔なんだもの。心配するのがバカらしくなるくらい。
膝を抱えるように横たわる男の子は、そこが自分の寝室で、ここで寝るのがさも当然だと言わんばかり。
あたしは肩で息をするくらいの勢いで走ってきたっていうのに、そんな彼を見ていたら、むしろ彼じゃなくてあたしの方がバカだったんじゃないと思ってしまいそうになる。

でも、当然あたしがバカなわけがない。

「鮫島っ」

あたしが車から飛び出してきてから、すぐに追いかけてきたあたしの執事に呼びかける。

「この子が誰かは知らないけれど、放って置くわけにもいかないわ。とりあえず屋敷まで連れて行きましょ」

鮫島はあたしが見つけた相手を見て僅かに驚いたそぶりを見せたけど、短く返事をすると、すぐに彼を抱え上げて車まで連れて行った。

そうして屋敷まで帰り付くと、すぐに鮫島が家の者に指示を出して男の子の手当を始めていた。
手当ついでに着替えもしたんだけど、この屋敷には年頃の男の子が着るような服は無いから、とりあえず当たり障りのないところで、あたしのジャージを貸す事になった。

彼の傷の方は別段大した事は無い、というか、衣服や素肌に血が付着していただけで、凄い傷があるって思ったのは、実はあたしの勘違いだったみたい。

じゃあ、あの血は一体誰のものだったのかという疑問が湧いてきたのだけれども、後から小耳にはさんだ情報によると、彼の血液と衣服に付着した血液は完全に一致し、本人のものであると断定されたらしい。

……あたしん家は別に病院じゃないのに、どうやってその事を調べたのかしら。

まあ、そんな事はどうでもいいとして、鮫島いわく、おそらくはただの疲労が原因だろうから、十分な休息を取れば問題は無いらしい。
……との事なので、手当てが終わってからそのままベッドに寝かしつける次第となった。

そして、丸一日と言う時間が経過して今に至るというわけ。

すぐに目覚めるだろうと当たりをつけていたけど、一日経っても、随分とまあ気持ちよさそうに寝ていたのよね、こいつは。
その安らかっぷりがなんだか憎たらしくなって、ほっぺたを引っ張って遊んだりもしてたけど、全然起きる気配がない。

もちろん彼が寝ている間、バニングス家は、ただ暇を持て余していたわけじゃない。
どう見てもあたしと同年代の男の子なんだから、親が心配しているだろうし、まずは彼の身元を調べる事となった。
何か身元を証明するものがあれば話が早かったんだろうけど、どういうわけか財布すら持っていなかったらしい。

でも、あたしん家は天下のバニングス家。この程度で音を上げるわけがない!
身分証明するものが無いなら、他を調べ上げるまで。

まずは、警察に捜索届が出ていないかを調べる事から始まり、同時進行で、人海戦術による聞き込み調査。さらには指紋や、血液から調べ上げたDNAを、独自のコネクションからとある機関に調査依頼を頼んだりもしたらしい。

というか、その「とある機関」って何よ?

正直、男の子一人の身元調査にこれはやり過ぎなんじゃないかなと、あたし個人は思ったんだけど、どうやら違ったらしい。
何があたしの思った事と違ったかと言えば、ここまでやっても彼の身元が一切割れなかったらしい。

バニングス家が本気で調査したなら、一日はおろか、半日もあれば彼の身元は判明するだろうと考えていたのに、返ってくる内容は「身元不明」の結果だけ。
その結果に火をつけられ、バニングス家の意地にかけて、彼の総力を挙げて調査する事になったという経緯があったらしい。

って、どんだけ負けず嫌いなのよ、あたしん家。

でも、結局何かが判明する事も無く時間が経過していた。
今も調査は続行中だけど、その結果は芳しくない。今は、彼が目を覚まして直接事情を話してくれるのを待つしか手がないというのが現状らしい。

そういった諸々の背景に考えを巡らせながら、今日もあたしは彼の居る部屋に足を向けていた。
ちなみに、今日は学校が終わってから直行で家に帰ってきていた。

理由としては、彼の事を心配って言うのもあるけど、そもそも彼を家に連れてきたのはあたしの独断なんだし、彼の身元調査に何にも手伝う事がないなら、せめて目が覚めた時には傍に居たいと思ったから。

ちゃんと状況説明してあげるのが筋だと思うし、何より、見ず知らずの場所で目を覚ましたら、きっと不安になると思う。
だから、少しでもその気持ちを和らげたいと思うから、目を覚ました時に一緒に居たいと思った。
一応言っておくけど。別に彼の寝顔を見るのが楽しみとかって理由は一切無いわよ?

それにしても、もう結構な時間が経過しているんだし、そろそろ彼には起きてもらわないと色々困る。
もし、今日も目覚めないのなら、ほっぺたを引っ張ったりして遊ぶどころじゃなくて、何か実力行使で無理矢理起きてもらおうかしら、なんて事を考えてみる。

「う~ん、眠っている男の子を起こす実力行使か~……」

手段その1、フライパンをオタマで叩いて強烈な音波攻撃を仕掛ける。
手段その2、フライングボディプレスをかます。
手段その3、広辞苑を顔面に落とす。(角だとなお良し)
手段その4、眠り姫の眠りを覚ますのは王子様のキ──

「って、あたしは一体何を考えているんだーっ!?」

四つ目の手段が思い浮かぶのを、声を上げる事で何とか遮断する。
起こす対象は男の子なんだから眠り姫ってのは絶対違うし、その話の流れなら王子様ってあたしって事になるのはもっと違う。
そもそも、何であたしがキ、キキキキキ……

「ふがー!!?」

自分の考えに頭がパンクしそうになる。もう、何なのよ一体! 
必死に冷静になろうとしても、あたしの意識を無視するように顔に血が集まってくるような感じで落ち着けない。顔が火照って考えがまとまらない。
いっそ柱に頭をぶつけて、この考えを文字通り叩き出したいという衝動に襲われるけど、そこは何とか堪える。

というか、彼とキスなんてものする理由は無いわよね、そもそも、キスごときで眠っている人が目覚めるなんておとぎ話の中でしかないわよね、まったくいつまでも寝ていて心配かけるんだからね、というかあたしのファーストキスを奪おうだなんて一千万年を一万回繰り返したって足りないんだからね、ああもう、なんだか腹が立ってきたわね、目が覚めたというならきっちり制裁を加えてやろうかしら?

……でも、キス出来ないっていうのはちょっと残念かも──

「って、ふんがーっ!?」

何が残念なのよ、あたしっ!?
一瞬思ってしまった事を必死に追いだそうと、頭どころか全身を振るって追い出そうとする。
というか追い出す。追い出すったら追い出す。というか消えろぉ~っ!

…………

「はぁ、はぁ」

ひとしきり暴れて肩で息をする。うん、少しは落ち着いた。後は余計な事は考えずに、当初の目的を果たさないと。


そうして部屋の前に立って深呼吸をひとつ。まだ酸素が足りない気がしてもうひとつ。ついでだからもうひとつ。
……よし、これで荒れた呼吸は落ち着いた。
彼の居る部屋と廊下を隔てる扉を軽くノックする。

「あたしは冷静、あたしは冷静、あたしは冷静……」

息を大きく吸い込んで、自分の状態を確認。そう、今のあたしは冷静そのもの。あたしの事を動揺させる要素なんか何一つ無い。なんてったってあたしは冷静なんだから。

そして溜め込んだ息を吐き出して前を見据える。この目の前にある扉の向こうにあいつが居る。
そう、あいつが、あたしが見つけて拾ってきた男の子が、あいつが、あいつがっ!

「入るわよっ!!」

そして、冷静に扉を開けた。
うん、あたしは冷静よ。ただ、何故か扉がものすごく勢いよく開いちゃったけど、別にそんな事は気にしない。
なんだか思っていたよりあたしの声のボリュームが大きかったけど、それも別に気にしてないわよ。
ベッドの上で上体を起こしていた男の子が、困惑顔をこっちに向けているけど、別にあたしは気にしないいわよ。なんてったって冷静なんだから。
冷静だから、彼が何か話しかけてくるのを待ってる余裕も十分あるわよ?

そして彼の一言目は、

「……えと、よく分からないけど、できれば冷静になって欲しいかな?」

という事だった。そして、

「あたしは冷静よっ!」

不本意極まりない事を言ってくれたので怒鳴り返してやったわよ!!










あとがき

誰が見ても冷静じゃないでしょうという第一話。
そんなわけで、主人公ズのファーストコンタクトの相手はアリサです。



主人公設定


名前   西岸 了(にしぎし りょう)
身長   178cm(前の世界において)
血液型  O型
誕生日  1月27日 水瓶座
好きな物 特になし
嫌いな物 特になし
趣味   弓道
特技   ぼ~っとする事
性格   呑気 優しい 穏やか 芯の強さ 結構おっちょこちょい

本編の主人公。
普通の高校生として生活していたのだが、ある時“魂喰らい”と名乗る謎の存在に憑依された事をきっかけに、魔術などの、いわゆる「裏の事情」に巻き込まれる事になった少年。
幼少時の病弱だった頃を価値観の基準としており、「あれと比べれば大概楽だよね」と、殆どの事象を「まぁ、いっか」で済ませてしまう傾向がある。
普段はお人よしな部分が目立つが、それは後付けで形成された、無自覚レベルの彼なりの処世術。
本質的には、何事にも動じない空虚な精神構造をしている。
まあ、平たく言えば、基本的に何にも考えていない人。



名前   ソウル
身長   ???
血液型  ??? 
誕生日  ???
好きな物 無い
嫌いな物 人間
趣味   最初は無かったが、今は娯楽品(ゲームとか)に興味がある。
特技   戦うこと
性格   ひねくれ者 口が悪い 偽悪的 知性的 

自らを“魂喰らい”(ソウルイーター)と名乗った謎の存在にして、もう一人の主人公。
元々は、その在り方から封印されていたのだが、とあるきっかけでそれが解放され、経緯不明のままに了の元に召喚、そのまま了に憑依した。
粗暴な言動が目立つが、実はかなり頭が切れる。
深く物事を考えてから行動するのではなく、その場面毎に冷静に考えを巡らせ即決・即断して行動をするタイプ。
その頭の回転の速さは会話にも反映されるが、基本的に正論を暴論で武装させて話すので、慣れないと本心がとても分かり辛い。
嘘つきではないが、正直者でもないという、何ともめんどくさい人。




[14283] 第二話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/03 19:18
世の中は、理不尽な事で溢れ返っている。

例えば、初めは誰かを助けようと思っただけなのに、辿り着いた結果は誰一人として助ける事が叶わなかった。

例えば、平穏な日常を送るはずだったのに、自分勝手な他人に運命を狂わされ、自分の意志とは無関係に非日常へ引きずり込まれる。

そう、世の中には自分の望む結果へと日々邁進していたはずなのに、ちょっとしただけのイレギュラーが在っただけで、まったく違う結末へと到達してしまう。

そう、自分の与り知らぬところで発生した事象が、ある日唐突に目の前に現れて、全く知らなかった現実を突きつけてくる。

自分の意志とは無関係に、
自分の想いを無視して、

それらを理不尽と言わず、何と言うのか。

そして、

「うぅ~っ」

……今、僕の目の前には、憤りからか、顔を真っ赤にして唸り声をあげながらこちらを睨みつけてくる女の子が居る。
その様子から、冷静になるように言ってみたら、「あたしは冷静よっ!」と、明らかに冷静ではない怒声で返されてしまった。
その怒声があまりにも迫力があったので、僕には全く落ち度がないのに、「ごめんなさい」とつい謝ってしまった。
そして、謝ったら謝ったで「何であんたが謝んのよっ!」と怒鳴られてしまう。


……世の中、理不尽だよな~。










魔法少女リリカルなのはCross souls 第二話



Side:了


そんなこんなで今現在、僕の目の前には、導火線に火がついた正体不明の爆弾が置かれていた。

「何よっ!?」

……もとい、気丈そうな青い瞳と、茶色かかった金色の髪の、可愛らしい女の子がベッドの脇に置かれていた椅子に腰かけていた。

ただ、理由は分からないけど、さっきから精神が高ぶり過ぎてメーターも余裕で振り切っちゃってます、ぐらいに顔を真っ赤にして睨みつけてきているので非常に対応に困ってます。

その憤り原因や込められた感情が単純に「怒り」だとか「憎しみ」だというのなら、僕達の方としても、それなりの対応を取るのだけれども、
彼女の場合、怒ってはいる様子だけど、負の感情といったような暗い雰囲気が一切ない。
むしろ、僕の事を心配するなどといった感情が怒りの中に見え隠れしている。
その事が、さらにどう対処をすればいいのかと困惑してしまう。

『ねえソウル、一体どうするべきなのかな?』

僕ではどうにも考えが堂々巡りになってしまうので、相棒に対して声に出さずに相談してみる。
同じ身体に同居するこの人物は、一見すると感情任せで短絡的にみられるけれど、その実は、思慮深くて人の心の動きに機敏な部分を持ち合わせている。
自覚は無いけど、僕はそういった部分が鈍いらしいので、ソウルはこういった部分でも頼りになる。
……頼りになるはずなんだけど、

『知らねぇよ。てめぇで勝手に対処するんだな』

返ってきたのは、そんな言葉だった。
うん、ソウルはそういう事を言う人なんだよなぁ……。

もともとのこの身体は僕の物という理由で、ソウルは人付き合いに関しては僕に丸投げする傾向がある、というか、そのまんま丸投げしてるからなぁ。
僕としては、少しくらい表に出てもごまかせると思うけどもだけれど……。

『それともオレが表に出て応対でもしろってか?』
『……ごめん、僕が頑張るよ』

せっかくの発言だったのに、僕は首を縦に振る事が出来なかった。
ソウルは口や態度もとても悪く、人を嘲るような言い方ばかり。相手の神経を逆なでするのが標準装備です、って人だからなぁ。

もしも、今この子の前にソウルが意思を表に出したとしたらと思考を巡らせてみる。


~ただ今想像中~

「ったく、何で目覚めたらこんなガキが居るんだよ。萎える以外にできる事がねぇ」
「な、何よあんた、いきなり人をガキ呼ばわりしてっ。あんただって十分ガキじゃない!」
「ハッ、負け犬の遠吠えだな」
「なんですって~っ!」
「ああ、負け犬って言ったんだよ。オラ、わんわんほざいてみろよ」
「言わせておけばぁっ~!?」
てんやわんやの大乱闘勃発!?

~想像終了~


うわ~、火に油を注ぐどころのレベルじゃないな、これは。
……うん、そんな事をされたら僕の精神が持たない。
というか、そもそも最初に僕が応対した時点で、ソウルが表に出てくる機会は無くなっているんだけど。

なので、どうにかして僕自身の力で切り抜ける以外に選択肢はらしい。
ちょっと泣きたいです。

ひとまず、何処に地雷が埋まっているか分からないけど、当たり障りのないところから会話を始めるべきだと思う。
だけど、一体何から話し始めればいいのかにいきなり困っています。
最初の「冷静に~」って言ってみた時の爆発加減は、かなりの衝撃を伴っていたので、またアレを体感するのは遠慮願いたい。

果たして何と言えば、爆発を回避する事ができるのだろうか。思考をフル回転させて、何とか彼女の機嫌を損ねない言い回しを模索する。

「……で、あんたは何を黙ってるワケ?」

彼女の方から催促が来てしまった!!

ヤバイ、知らないうちに「黙っている」っていう選択肢を選んでしまっていたみたいだ。
このまま考え続けて黙っていたら、彼女の不機嫌指数は下降の一途を辿るのに歯止めが利かなくなってしまう予感がする。
早く、何とか良い言い回しを考えないと!
いや、それよりもまずは何かを喋って彼女の気を紛らわせるべきか。
えと、当たり障りのない会話、当たり障りのない会話……。

「え~と、…………ご趣味は?」
「は?」

って、はずしました!?

何このセリフ。天気の話と並んで、行き詰った会話の切り出しの常套句だけど、この場には全然合って無いよ。

『だから、てめぇはまず、その貧弱な語彙をどうにかしろって言ってんだよ』

いや、言われるまでも無く自分でも分かってるから、追い打ちは控えて欲しいな?

「……ひとまず、今言った事は聞かなかった事にしておいてくれると嬉しいな」

自分で言ってから落ち込んでます、というのを前面に出しつつ彼女にお願いしてみる。

「ま、まあ別にそれぐらい構わないわよ」
「……うん、じゃあ改めて」

彼女の方は、割とすんなり僕の「ご趣味は?」発言を聞き流してくれるらしいので、僕もそれに便乗して気を取り直す。

『しっかし、出会っていきなりご趣味は、なんて聞くとはなぁ?』

いや、ソウル。せっかく気を取り直したのにまたへこむような事を言わないでよ。

「……えと、まずは助けてもらったみたいでありがとう、かな?」

というか、最初からこう言っておけばよかったんだよね。
さっきまで悩んでいたのはなんだろうと、つい思ってしまう僕だった。



Side:ソウル


ったく、ようやく本題に入りやがったか。長ぇんだよ、前振りが。
一体その言葉が出てくるのにどれだけ時間を食えば気が済むか。

だが今は、そんな不平不満よりも現状把握が先決だ。

礼を言った事が功を奏したか、今は多少どもりながらも、何とか了とガキとの会話は成立しているようだ。
それを、オレは表に出る事無く内容を吟味する。
オレ等の身体がガキになっている部分も含め、何か嫌な予感があるからな。今は何より情報が欲しい。
何が必要で不要かは分からねぇからな。目の前で行われるやり取りから情報の断片をかき集めて、整理する。

まずは、このガキの名前は「アリサ・バニングス」というらしい。
了は最初、ファミリーネームで呼ぼうとしたが、この家の中では両親ととごっちゃになるとか理由をこじつけられ、結局名前の方で呼ばせられていた。

……どうも、察するにアリサは了に対して恋愛感情に似ているものを抱いているようだ。
流石にその理由までは分かりようもねぇが、こうも露骨なのを見りゃ丸わかりだ。

だが残念だったな。了はその手の話にゃとことん鈍感だ。
現に了は、顔を赤くしているアリサを見て、怒らせているのではと戦々恐々としているからな。
……つぅか、これは完全に余計な情報と考えだったな。削除だ。

気を取り直す。聞けば、アリサが倒れていたオレ等を見つけて、ここ、バニングス家まで運ぶ手配をしたらしい。
見ず知らずの相手を家に招き入れるとは、豪気なのか、単なるお人よしか。
ま、アリサを見るに、おそらくその両方だろうな。
つぅか、今のオレ等はガキだからな。オレ等が妙な真似をするとは元々考えてすらいなかったんだろう。
どちらにしろ助かった事には違いねぇ。オレは礼なんざ言うつもりはねぇが、了が言ったから十分だろう。

次に、この場所についてだ。

この土地は海鳴市というらしいが、どうにも聞いた事の無い名だった。
それはオレよりも土地勘のあるであろう了も同じらしく、首をかしげていた。
だが、それはアリサにも同じ事が言えるらしいな。
もともとオレ等が住んでいた場所の名を挙げれば、今度は向こうが首をかしげる側だった。
どうやら、オレ等は知らない土地に放り出された、という事らしいな。
だが、それはオレからすれば予想の範疇だ。

もとより、あの“穴”に入った際、入口は自分で塞いだ。
だというのに、その“穴”から出たとあらば、その経路は閉じた入口以外、他の出口だってのは道理だ。

ま、何にせよここが日本という国である事には変わりはねぇ。
海を隔てたりした異国ならまだしも、ここからなら帰る事は容易いだろうからな。深く悩む程の事でもねぇか。

あとは、アリサや、その取り巻く環境が、魔術やその他諸々、裏の世俗に関係があるかどうかだが……、おそらくねぇだろうな。

裏の世俗は、それこそ常識の裏側だ。そこに関わりがあるなら、多かれ少なかれ擦れるもんだと思うが、アリサにはそれがまったくねぇ。
よっぽど人としての根が歪んでいるなら話は別だろうが、ま、それもねぇだろうな。
そもそも、アリサからは魔力なんざ欠片も感じ取れねぇし。

屋敷にしても、調べたわけじゃねぇからはっきり断言出来るわけじゃねえが、魔術を施してあるような気配はねぇし、周囲のマナにも手を加えられた様子もねぇ。
楽観も油断もしねぇが、ひとまずはこの家の連中は一般人に分類しておいて平気だろう。

オレも了も、保有する魔術は自分自身にしか扱えない固有魔術だからな。
了は自身の魔術、その特異性を全く気に留めちゃいねぇが、オレ等のはそれぞれ、魔術師にとって興味の対象に十分なりうる。
下手な連中に悟られりゃ、寝ている間に解剖されてたって事に十分なりうるからな。
ったく、魔術師連中に見つからなかったのは僥倖だな。

……と、目下最大の問題である、オレ等がガキの身体になっている理由に関しちゃ、何も知らねぇガキ相手にいくら話をしても答えが得られるはずもねぇし、今考察出来るのはこの程度か。
足りない分は追々補足すればいいし、現状はこれだけあれば十分だな。

ま、無理矢理ガキ化の理由を考えりゃ、思い当たるのはあの“穴”ぐらいなもんだ。
アレは、魔術師が目指す到達点である『根源の渦』とは別物だ。だが、近いものだ。
その中が正規の時間の流れをしているというのは、オレ等にとって都合の良い解釈でしかねぇ。
そんなわけの分からねぇモノに飛び込んだんだ。身体の時間が巻き戻っても不思議はねぇ、って考えが限界だな。それ以上は推測もできねぇ。

そもそも、オレの在り方は『探究者』じゃなく『生死に携わる者』、つまりは殺し、殺される世界に身を置く存在だ。
いちいち分からねぇ事を探究するなんざ、性じゃねぇ。
あるのは「生きるか死ぬか」やら「1か0か」程度のもんだ。
調べるのは、それが好きな奴が勝手にやってりゃいいって事だ。
不幸中の幸いか、身体はガキになったが、それ以外の要素、記憶や魂なんざに別段変化はねぇ様だし、了のようにすんなり受け入れる気はねぇが、まずは問題はねぇ。

つぅわけで、考えんのは終わりだ。後は、そのつど判断すりゃあいいって事だ。

ひとまず今は、了からすれば怒らせないように戦々恐々と、アリサからすれば気になる異性との会話に緊張しながら続く談笑を、関わり合いの無い第三者として見学して楽しませて貰っている。

しかしこのアリサというガキ。なんだかんだと言って、さっきから了と話すのが随分と楽しそうなのだが、その楽しいと思う気持ちが了には全く伝わっていねぇ。
一応アリサは、身元不明で怪我を負っていたという了を心配しているというスタンスなんだが、さっきからアクションが「怒る」「拗ねる」「睨む」の三拍子。
それを了は、額面通りにしか受け取らねぇのだから、嫌われていると解釈する。

これ以上嫌われないようにと必死に取り繕うとする了と、目の前のヤツともっと仲良くなろうとするアリサ。
どちらも相手と友好を結ぼうとしているのに、方向性が違うもんだから、さっきからすれ違ってばかりだ。
傍から見れば、ただのアホ、そしてバカだな。

そしてオレは、それらを理解しちゃいるが、めんどくせぇから手助けする気は一切ねぇ。

『ハッ、無駄だ無駄。てめぇのやる事なんざ、全部裏目にしかなりゃしねぇよ』

ただ、オレは基本「悪」だからな。アリサ相手に気苦労を重ねる了の精神を、内側からガリガリ削って遊ぶぐらいはするがな。

『いや、さっきから人の心を抉るような事を言わないでよ』
『オレがそんな真似をするのはデフォルトだろうが』
『……うん、ソウルはそういう人だよね~……』

表の態度にゃ出さねぇが、心の内ではがっくりと肩を落とす姿がはっきりと幻視出来る。
どうやら諦めの境地に達した了だった。

「……ねえ、ちょっと顔色悪い気がするけど大丈夫?」
「はは、大丈夫だよ」

いかに精神攻撃に高い耐性を持つ了であっても、この責苦は存外きつかったらしい。
さきほどまでの三拍子はなりを潜めたアリサに心配されても、乾いた笑いしか出せずにいる。

「ねえ、辛いならちゃんと言いなさいさいよ」
「いや、だから大丈夫だって。ちょっと精神的に気疲れが在るだけだから」
「……そっか、病み上がりなのに、あたしと話してたら休めないわよね」

そして、ここでさらにすれ違いが発動。話がややこしくなる。
自分のせいで相手に苦痛を与えてしまったと、ここにきてアリサのテンションが一気に下がっていた。
ま、話の端々から察するに、お人よしな上に責任感もあるであろうこいつからすれば、病人相手にひとりで勝手にはしゃいだだとか言って、自分の安易な行動が許せないとか思ってんだろうな。

「あ、いや、ホントに大丈夫だからっ。アリサさんと話すのは僕も結構楽しいと思っていたよっ、というか楽しいよ?」

鈍感を地で行く了に、そんなアリサの心中を察する事を期待する方が無謀というもんだ。
こいつはこいつで自分の発言がアリサをへこませたと解釈して、先ほどまでとは打って変わって目を伏せるアリサの姿に慌ててフォローをする。

つぅか、てめぇは見た目はガキでも中身はいい年してんだから、ガキ相手にへつらうってのはどうなんだ?

「だーかーらっ、辛いなら辛いって言いなさいっ。人は心配される内が花なんだから」

そう言うと、アリサは唐突に席を立ち、そのまま大股で出口へと向かってゆく。

「いい、あたしは出て行くからちゃんと休みなさいよ!」

扉を開け、出て行く前に一度振り返ると、そんな言葉を投げつけるようにしてから出て行ってしまった。

「……ああ、結局最後まで怒らせてばっかりだったな」

その光景を、何処か茫然としながら眺めていた了は、そんな事をぽつりと漏らす。
ま、オレからすれば、あの扉の向こうで、病み上がりの人間に対して勝手にはしゃいで辛い思いをさせてしまったと自己嫌悪に陥っているアリサの姿が容易に想像できるけどな。




Side:アリサ


「………はぁ~」

今しがた閉じた扉によりかかると、あたしは盛大に溜め息をつく。

「ああもう、何やってんだろ、あたし」

彼、了は丸一日ずっと眠ってて、ついさっきようやく目が覚めたところ。きっと体調も本調子じゃないだろうに、あたしの話に付き合ってくれた。

それに対して、あたしはどうだろうか。
部屋に入る前までの自分勝手な妄想に腹を立てて、(一応原因ではあるけど)関係の無い了に八つ当たりする形になってしまった。
了からすれば、いきなり知らない場所で目が覚めたところで、あたしみたいな子の対処でいっぱいいっぱいになっちゃたんじゃないかと思う。

そんな風に考えると、自分で自分の馬鹿らしさに腹が立つ以上に、情けなさで胸がいっぱいだ。
今は了を休ませるって名目で部屋を出てきたけど、本当は申し訳なさから顔を合わせづらくなったから、というのがあたしの本音だ。

ああもう、普段のあたしなら、こんな風に逃げるような真似はしなかったのに、あいつが現れてからなんか調子が狂ってる感じがする。

と、こんな考え方からして、あいつにあたしの調子が狂っている原因があるって、責任転換しているみたいだ。
あたしの調子が狂ってるのはあたしが勝手に狂わせてるだけ。あいつに原因なんてこれっぽっちもないというのに。

……ひとまず、いつまでもここで落ち込んでいても仕方がない。自分の部屋にでも戻ろうかな。

「どうかなさいましたか、お嬢様」

何とか気分を切り替えて歩いていると、不意に声をかけられたので振り返ると、そこには温和な笑みを浮かべる鮫島がいた。

ここに鮫島がいる事に、あたしはちょっと驚いた。
だって、鮫島は確かに執事であるけれど、基本はあたし付きの運転手。あたしが呼んだならともかく、今の時間帯にこの場所に居るのははっきりいって珍しい。

「どうしたの鮫島、こんなところで」

珍しいと思ったので、そのまま口に出して聞いてみる。

「はい、例の少年の目が覚めたと話を伺いましたので、身元確認を含め、一度話を聞いてみようと伺った次第です」

言われて気付く。というか、考えてみれば当たり前だ。
基本、了の事は鮫島に一任してある。彼の目が覚めたという話を聞いたら、顔を出すのは当然の事だ。
ああ、でも、

「それだったら、どうしてすぐに顔を出さなかったの。了が目を覚ましてから結構時間が経ってると思うけど」

了が目を覚ましたのは、あたしが行く直前。以降、今までずっとあたしが一緒に居たけど鮫島は全然来なかったなと気付く。

「はい、私どもも、彼の身元調査が行き詰まっていたので、目が覚めたとあらばすぐにでもと思ったのですが、お嬢様が楽しそうに会話を弾ませておいででしたので」

鮫島がそこまで言ったところで、了を精神的に疲れさせただけじゃなく、実は鮫島の仕事も邪魔をしていたんだと、あたしはまたちょっと落ち込む。

「それに、最初に私のような大人の相手をするよりも、同年代であるお嬢様との会話の方が、彼も安心できるのでは、と勝手に判断させていただきました。
実際、彼の方も随分と楽しそうにお嬢様とお話をしているご様子でしたから」

そんな、あたしの思いを知ってかしらずか、鮫島はそんな風に言葉をつづけた。

「……ねえ鮫島。了って、あたしと話をしてて楽しそうだった?」

了は、ちょっと困ったようで、それでも穏やかな笑みを浮かべてあたしの話に付き合っていた。
あたしが、ついそっぽを向けると、了は慌ててフォローしようとしていた。

思い返せば、あたしが一方的に気持を押しつけていた。
確かに了は笑っていたけど、もしかしたらそれはただの愛想笑いだったかもしれないと考えていたから、鮫島の言葉は、あたしにとってちょっと予想外だった。

「はい、もっとも、部屋の中を直接拝見させて貰ったわけではないのですが、部屋の前で漏れ聞こえる談笑は、とても楽しそうであると私は感じました」
「……そっか」

第三者の意見、しかも鮫島はあたしに嘘を吐くような人じゃない。だから、鮫島が楽しそうだったという言葉に、心中複雑ながらうれしく感じたりした。

「はい。ですので、お嬢様が気を重くする必要はありません」

う、落ち込んでるの見抜かれてた。
って、こんな廊下の真ん中で溜め息を吐くようじゃ、誰でもわかるか。

「それでももし、自分に非があるとお嬢様自身がお考えになるのなら、するべき事は解っているはずです。
それこそ、なのは様やすずか様とご友人になられた時のように」

鮫島はあたしの親友二人の名前を挙げた。

あの二人とは、最初は仲が良くなかった。むしろファーストコンタクトはケンカという、最悪の部類に入りそうなものだった。
あのときのケンカは、今思うとあたしが全面的に悪かった。
だって、そもそもあれは、あたしがすずかを苛めていたところを見て、怒ったなのはと取っ組み合いになったというものだ。

うん、どこからどう考えてもあたしが悪い。

あのあと、親が呼ばれるとかして大事になるかと思ったけど、思いの外あたしの家もなのはの家も、子供のケンカに親が顔を出すものじゃないとかいう理由で落ち着いていた。
もっとも、お父様にはあたしがいじめをした事について、後で説教をされたけど。

あのあと、なのはやすずかとの間にはわだかまりもあって、少しぎくしゃくしたけど、なのはが自分が悪かったとあたしに謝ってきた。原因があたしにあるのに、だ。
正直、あたしが悪かったのに、どうしてなのはが謝るのかと反発した思いを持ったのだが、それ以上にちゃんと謝る事ができるなのはを凄いとあたしは思ったんだ。

それから、すずかも交えて一緒に居る事が多くなって、今では親友と言っても差し支えのない仲になった。
気持をぶつけ合って、自分に非があったならきちんと謝って、そして相手が謝ってきたならそれを許す。それが、人と仲良くなる一番の方法だったんだと後から気付く。

それに習って言うなら、さっきはあたしの気持ちばっかりぶつけて、了の話を殆ど聞いていなかった。
一方的に気持をぶつけてしまった事を、あたしはまだちゃんと謝っていない。
なら、あたしの取るべき選択肢はおのずと分かってくる。

「うん、あたしが悪い事をしたんだから、そこはちゃんと謝って筋を通さないとねっ」

謝るべき事はちゃんと謝って、今度はちゃんと彼の話を聞こう。もし了があたしの事を許してくれたなら、きっともっと仲良くなれるはず。
さすがに、なのはとすずかの時のように、全てが上手くまとまるわけはないと分かっている。
それでも、その上で、あたしはちゃんと筋を通す事を強く思う。

「では、もうじき夕食も出来上がりますので、彼と一緒に摂ってはいかがでしょうか。
きっと彼も、一人で食べるというのも寂しいでしょうから」

あたしのそんな答えに、鮫島は嬉しそうにしながら、そんな提案してくる。
言われてみれば、確かにそろそろいい時間だったし、鮫島の言葉には納得できるものがある。
ただ、あたしは出ていくからあんたは休めって言ってすぐに夕食に誘うのはちょっと変な気もして、ちょっと顔を合わせ辛い。

「……じゃあ、あたしは了にその旨を伝えるから、準備の方をよろしくねっ」

でも、そこはあたしが自分でやった事だ。嫌だと言って逃げるだとか回り道をするなんて真似はしない。正々堂々と、今度こそちゃんと正面から了と向き合おうと思う。

だから、鮫島にそう言うと、来た道を戻る。
先ほどまでとは違う種類の緊張を胸にして。



Side:了


僕の心労の最大の要因であったソウルを沈静化する事に成功した今現在、怒ったまま部屋を出て行ったアリサさんに言われたとおり、ベッドに横になっていた。

とはいえ、眠気がまったくないので眠れる気が全然しない。まあ、丸一日寝ていれば、そりゃあ飽きるだろうなぁと思っている最中です。

「おい、退屈だから何かおもしれぇ事をしろ」
「いや、そんな無茶振りされても困るからね?」

そんなやり取りが散発的にあるけれど、基本、僕は平穏を満喫中。
……なんだけど、さっきアリサさんを怒らせてしまったという頭痛のタネがあるので、本当に平穏を満喫出来ているわけではないのが残念というかなんというか。

まあ、いつまでももやもやした思いを持っているのも嫌だし、今度顔を合わせた時にでも謝るなりなんなりしてちゃんと友好を結ぶようにしよう、と気持ちを切り替える。

──トントン

なんて、気持を切り換えたのとタイミングを合わせたかのように扉をノックされる。
別に、今見られて困るような事も無いので、「どうぞ」と入ってくるよう促しながら、寝ながらの対応も失礼だと思い、上体を起こして迎える態勢を整える。

が、少ししても扉が開く気配がない。扉の向こう側には気配があるので、ノックされたのは気のせいという事は無いはずなので、どうしたのだろうと思う。

「お、おじゃまするわよ」

時間にして数秒にも満たないような短い間だったけど、何かあったのかなと思ってもう一度声をかけようかとしたところで、控え目に扉が開かれ、その人が入ってくる。

「あれ、アリサさん、どうかしたの?」

そこに居たのは、先ほど肩を怒らせるようにしながら部屋を出て行ったアリサさんだった。ただ、先ほどの勢いは随分と違って、今は随分と落ち着いているように見える。
というか、なんだか緊張してる?

アリサさんは、右手と右足を同時に前に出しそうな雰囲気を身に纏いながら僕の居るベッド脇まで歩いてくるし、来たら来たで椅子に座る事も無く立ったままそわそわと視線をせわしなく動かしている。

明らかに挙動不審だった。

というか、最初の時の勢いと、今のしおらしさのギャップがすごい。実は別人なんじゃと邪推したくなるほどだ。

「アリサさんって、実は双子の姉妹が居たりする?」
「は? 何言ってるの?」

思わず聞いてしまったけど、どうやら間違いなく本人らしい。
というか、アリサさんと呼んで、ちゃんと返事をしている時点で本人であることは間違いないんだけど。

僕の一言に訝しげだったけど、「気にしないで」とフォローするとすんなり聞き入れてくれた。
まあ、聞き入れたというよりは、他の事に気を取られて余裕がないというのが本当のところなのだろうと思うけど。

アリサさんは何か言い淀んでいたみたいだけど、意を決したらしく、まっすぐに僕の事を睨みつけてくる。

って、また僕何か怒らせるような事をした?

ここはアリサさんの言葉を待つより、僕が間髪入れず謝ってしまうべきだったのかと考えたけれど、今となってはすでに手遅れだ。
うん、ここは素直にアリサさんの罵声を受け入れる事にしよう。

アリサさんはひとつ深呼吸をするのを見つつ、もしも音響兵器並の怒声が来ても大丈夫なように心構えと身構えを整えておく。
そして、アリサさんが口を開き、

「その……、ごめんなさいっ」

勢いよく頭を下げながら謝罪の言葉を述べていた。

一瞬の静寂。その間に、僕はその言葉の内容をじっくり吟味してから、

「えぇ~っ!?」

試しに驚いてみた。

「って、何よっ、何でそんなに吃驚してるのよ!?」

怒られてしまった。ちょっとしたお茶目のつもりだったんだけど、失敗のようだ。
まあ、自分でもやってから意味が分からなかったと思うのだから、アリサさんの反応は当然のものなんだけろうけど。

「えと、どうしてアリサさんが謝るのかが僕には分からないんだけど?」

僕は吃驚を無かった事にして、唐突に謝罪されても何についてされているのかが分からないので許しようがないので、どうしてアリサさんが謝るの理由を聞いてみる。

「う、それは、ほら、あんたは病み上がりなのに、あたしがいきなり押しかけて、あたしが勝手に感情を一方的にぶつけて、もっと静かにするべきだったと思って、それで、だから、その……ごめんなさいっ」

そう言って、再びアリサさんは頭を下げていた。
言っている内容は、支離滅裂とまではいかないものの纏まりの無い言葉の羅列となっていたけど、それでもその言葉は間違いなくアリサさんのものであり、そこに込められた想いは確かに僕の元まで届いている事を実感する。

いわく、自分が迷惑をかけたと。
いわく、もっと気をつけるべきだったと。

ただ、僕としてはそんな謝られる云われは無いと思うので、慌てて頭を下げないで欲しいと伝えようとする。

『おい、謝罪を拒否するような事は言うなよ』

でも、その行いは、珍しい事にソウルの言葉によって遮られる。

『え、でも怒らせたのは僕であって、アリサさんに非は何もないんだから……』
『下らねぇ配慮だな。てめぇが無いと思ってもこいつがあると言ったらあるだろうし、言い分も間違っちゃいねぇ。
それを否定してもこいつは納得しねぇのは容易に想像できる事だ』

……うん、言われてみれば、確かにソウルの言うとおりになりそうだ。アリサさんとはさっき話した限りだけど、ソウルの言うとおりの人物像である事は僕も薄々感じている。

『そ……』
『そんな事になりゃ謝り合いの堂々巡り入りになるが、そんなもん非生産的以外の何物でもねぇ。
互いに謝るのは悪じゃねぇが、ひたすら謝り合うってのは、要は相手の事を許さず、ただ、自分の道理を押し付けるだけだ』

それでもアリサさんが謝る事は無いと言おうとするけど、ソウルの言葉に封殺される。
そして、僕はその言葉に納得したので、言葉が続けられなかった。
まったく、ソウルには全然勝てないと思ってしまうよ。

『てんどんは笑いの基本だが、笑いの要素が無い事を繰り返されてもこっちが萎えるからな』

そして、最後のソウルの締め括りの言葉が、いい事を言ったのを台無しにしていた。
というか、ソウルはどこで「てんどん」なんてお笑い用語を知ったのか、常に一緒に居るはずなのに分からないのはなんでだろう?

まあ、そんな僕の内心はいいとして、こうして未だに頭を下げ続けているアリサさんに声をかける事が先決だ。

「アリサさん、頭を上げて?」

出来るだけ刺激しないように、静かに声を掛ける。
アリサさんは、それを聞いてゆっくりと頭を上げて顔をこちらに向けてくる。そんな彼女の青い瞳をまっすぐに見ながら言葉を紡ぐ。

「ありがとう、心配してくれて。そして、アリサさんが謝るというのなら、僕はそれを許すよ。
こんな正体不明の僕を助けてくれて、目が覚めてから、これからどうするべきかの指針を見つける事が出来なかったときに話し相手になってくれて、僕はとても感謝している。
それなのに、許さないなんて事はあり得ないから。
むしろ、謝るというのなら、僕の方がよっぽど迷惑をかけてる。
だから、僕の方から改めて、助けてくれて、心配してくれてありがとう。そして、手間や迷惑を色々と掛けてしまってごめんなさい」

そして僕は深々と頭を下げる。さきほどのアリサさんと同じように。

「べ、別に迷惑とかそんなの無いし、困ってる人がいたら助けるのは当然でしょっ。だから、そんな頭なんて下げないでよっ」
「うん、そうだよね」

僕は頭を上げる。最後の言葉は、ちゃんと相手の目を見て伝えたいと思ったから。
そして、再びアリサさんと視線を交わらせて、再び口を開く。

「アリサさんは僕に謝りたい事があって、僕もそれは同じ。
そして、謝られてもちょっと困るっていう気持ちも同じ。
だからさ、お互いちゃんと許しあって、この場は終わりにしよう?」

それが、僕が言うべき事の締めくくり。
後は穏やかに、静かに笑い掛ける。僕の言葉に嘘や偽りはなく、本心を告げたという思いを込めて。

対するアリサさんは、何故か呆けたような表情のまま、僕の事を見て居た。ただ、僕にはどうしてアリサさんがそんな表情をしているかが分からない。

『ね、ねえソウル。僕、何か変な事を言ったかな?』

表向きは笑いかけたままだけど、内心はそんな事を考えて焦る。ちゃんと感謝と謝罪の気持ちを伝えたと思うのに、リアクションが返って来ないので不安になる。

『ハッ、知るか。分からねぇなら本人にでも聞くんだな』

ソウルの返事はそんなものだった。とりあえず、その言葉に呆れが混ざっている辺り、絶対理由を分かって言っていると思う。
けど、ひねくれ者のソウルが教えてくれる事も無いと断言できるんだよなぁ。

「……アリサさん、僕は君の今の気持ちが知りたい。そんな戸惑っているような顔じゃなくて、君の笑顔が見たいと僕は思うんだ」

というわけで、仕方がないので、思った事を本人にそのまま聞いてみる事にした。

『……そりゃ、ほとんど口説き文句だな』

と、何故かソウルは呆れレベルを格段にアップさせながら何やらつぶやいていた。
いや、ソウルにしては物凄くレアな事にストレートに思っている事を言っている辺り、そのレア具合に比例するほど本気で呆れているんだと思うけど、何処が口説き文句なのか、全然わからないんですけど?

「あ、あ、ぅ……」

ソウルにその辺りを聞こうとしたけど、それよりも先にアリサさんに動きが在ったのでそちらに気が向く。

ただ、そのアリサさんは、呆けた表情から戻ってきたみたいだけど、何やら様子がおかしい。
視線は妙に泳いでいて、僕と目をちゃんと合わせようとしていないし、口は魚のようにぱくぱくと動くけど、明瞭な言葉は出てこない。

「アリサさん?」

どうにも分からないので、名前を呼んでみると、今度は顔を伏せてしまった。
顔を伏せた状態では表情を窺う事は出来ないけれど、心なしかアリサさんの顔が赤くなってきているような、というか、耳まで赤くなっているんですけど?

「アリサさん、どうかした?」

ここまで来ると、逆に心配になってきたので、今度はその気持ちを込めて声をかけてみたけれど……

「別にどうもしないわよっ!」

いきなり大爆発した!

伏せていた顔を真っ赤にしながら睨みつけてくるアリサさん。もしかして、また何か、怒らせるような事を言ってしまったのだろうか?

『天然ジゴロ、そして朴念仁ここに極まりってヤツだな』

えぇ~~……?









あとがき

コンセプトとしては、第一話がアリサさんとの邂逅、第二話がアリサさんと仲良しになるって話と考えていたんだけれども……これって仲良くなってるのかな?
ツンデレなアリサに戦々恐々とする主人公。まあ、これも一つの形という事で。




[14283] 第三話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/03 19:55
オレは魔術師だ。

もっとも、オレにとっての魔術は単なる“戦うための手段”であり、世界の理を解き明かし、『根源の渦』へ至る道筋を求めるという魔術の本懐には興味がない。

それでも、少なからずの魔術を修めた者としてある程度の知識を持つのは当然であり、理解は無くとも経験の上で幾多の魔術をこの目で見てきた。

だが、オレはあんな魔術は知らない。

携えた、おそらく触媒か何かであろう杖には積み重ねられた概念や魔術の気配は無く、それはただ効率を重視して無機質に魔力を運用する。

一見するとただの白い装束は、衣服に魔力を編みこんで作られたモノではなく、魔力そのものを物質レベルにまで練り上げる事によって作り出されたモノ。

桜色に煌めく魔力を纏い、それが当然であるかのようにその身を中空に置く。

「理解が出来ない」ではなく「知らない」ものだ。
おそらくは、調べればどういう理屈でそれが成り立っているかは理解できるだろう。
だが、オレの知識にアレに準ずるものは無い。
似た物なら、それこそ星の数ほどあるが、それはあくまで『似ている』だけで、何処まで行っても別モノだ。

現れたそいつは、それを『魔法』と呼んだ。魔術ではなく魔法と呼んだ。

……なるほど、認めよう。ここはオレの“全く知らない世界”である事を。
そして、この手にある蒼い輝きを持つ宝石も『魔法』によって形作られるものであると。
そしてどのような危険性を孕むものなのかも。

理解した。その上で現れたそいつの提案に答える。


「ハッ、お断りだ」










魔法少女リリカルなのはCross souls 第三話



Side:了

今、僕はとても困っていた。
困っている原因は至極簡単。それは「やる事がない」という事。

ただ、僕としては、やる事がないというのはさして困るような事ではない。

格好良く言えば、一日中瞑想に耽って過ごす。
格好悪く言えば、ただ、ぼ~っと過ごすだけ。

言い方はどちらにしろ、そういう風に時間を過ごせば退屈などと思う事は無い。だから、僕は平気だった。

「ああクソッ、暇だ。何かぶっ壊してぇ」

ただ、そんな時間の過ごし方が平気じゃないという人が、とても身近にいるというのが僕の直面している困った事態だった。

「とりあえず、不穏な発言は控えようね?」

何はともかく、いきなり「ぶっ壊す」なんて発言をされると、僕としては非常に困る。
その言葉はソウルの物であっても、言葉として発するのは僕の身体であるのだからだ。
その発言が本気かどうかはともかくとしても、他の人に聞かれたらどんな風に見られるかは、容易に想像ができる。

「知るか。つぅか、いつまでも引き籠ってないで外にでも行け」
「いや、そういうわけにもいかないから、こうして部屋で待ってるんでしょ?」

ソウルはアウトドア派というか、部屋で大人しくしているという選択肢を嫌う傾向が強い。
だからもし、ソウルのご機嫌うかがいをするなら散歩にでも出かければ話はつく。
でも、僕達はこうしてあてがわれた部屋で大人しくしている。もちろんちゃんと理由もある。

それは、今の僕達の立場の事だ。

昨日、アリサさんと夕飯を一緒に食べた時の事だ。
聞くと、僕が目覚めるまで身元を調べていてくれたらしいけど、その状況は芳しくないものだったらしい。
まあ、僕は身分を証明できる物は持っていなかったし、そもそもとして、住んでいた街はこの「海鳴市」ではないので、分からなかったは当然だと思う。

だから、目が覚めたのだから、本人に確認するのが妥当だし、当然なんだけど、どうしてあそこに倒れていたとか、家族が心配しているだろうから連絡先を教えて欲しいとか聞かれた時は正直困った。

前者は僕にも分からないのだから答えようがない。一応、時空間の歪んだ場所に落ちた結果としてあそこに流れ着いた、という回答はあるけれど、そんなの「は?」と返されるのが当たり前。
ねつ造した事実を言おうにも、そんな事は僕には思いつかなかったし、ソウルはソウルで「興味ねぇ」の一言で僕に丸投げしてくるし。
なので、正直に分からないと答えた。アリサさんや執事であるという鮫島さんは納得できない様子だったけど、こればっかりは仕方がない。

で、後者。保護者への連絡先というのもまた困った事だった。
せめて身体が元々の高校生のままであったなら、なんとか誤魔化せたかもしれないけど、残念ながら今の僕の身体は小学生、親に保護されるのが当然の年齢だ。
なんだけど、僕は元々、両親はもとより親類一同その全員亡くしている。いわゆる天涯孤独の身なので、親に連絡するのは、手段以前にその意味が無い。

一応後見人の人はいるけど、その人は遺産管理だけしている、もっと言えば、僕が受け取る遺産をちょろまかしている人だし、そもそも、僕の身体が子供になっているなんて事、普通の人である人に理解できるはずもないので、連絡するだけ無駄っぽい。

という事で、連絡先もどうしようかと悩んだけど、結局は先生を頼る事にした。
先生は医者でありながら魔術師でもある人なので、僕の身体に関しても理解を示してくれるはずだという理由だ。
というか、先生しか頼れて、しかも連絡先がはっきりしている人がいなかったのが本当だけど。

もっとも、先生は口より先に手が出る典型で、様々な逸話を持っているので、頼るのは正直怖い。
それが顔に出ていたらしくて、アリサさんに変な顔をされてしまった。

せっかくなので、アリサさんには先生が持っている逸話を掻い摘んで教えてあげた。

曰く、安眠妨害だと言って、単身で暴走族を壊滅させた事があるだとか。
曰く、背中に龍の入れ墨を入れているような方々に「姐さん」と呼ばれ、恐れられるとか。
曰く、気に入らない患者が軽傷で訪れたら、ボコって全治3日のところを1ヵ月にするとか。

僕も実際、出されて食事を「食欲がない」と断ろうとしたら、
『だったら、喉に穴開けてチューブ差し込んで食い物を胃袋まで流し込んでやるよ』
と言われた。
すぐに機材を持ってきたり、喜んでご飯を頂きますと僕が言った時の先生の舌打ちを考えると、アレは絶対本気だった。

アリサさんは、「その人本当に医者?」と聞いてきたけど、それは言ってはいけない約束なんです。
座右の銘が『殴る』というシンプル&バイオレンスな人だけど、本当に医者としては優秀な人だよ。

そんなこんなで僕の身の上を教えた。ただ、先生に用があったときは、いつも直接医院に顔を出していたから、電話番号や住所を知らなかったので、医院と先生の名前だけ教えた。
詳しい住所や連絡先なんかは、こちらで調べると鮫島さんに言われたので、そこは素直に甘える事にした。

そして、明日になれば連絡がつくだろうと言われていたので、日を跨いだ今現在、こうして部屋で待っているというわけだ。
一応、アリサさんや鮫島さんには屋敷の中を自由にしていて良いと言われていたけど、そこは自重する事にした。
……という事は、ソウルも納得していたはずなんだけど

「ああ、ぶっ潰してぇ……」

相も変わらず発言は不穏だった。
まあ、それは単なるポーズで、本心で言っているわけではないと分かってるけどね。

「いや、めんどくせぇな。いっそ殺しておくか……」

……別に発言は本音じゃないはずだ。うん、そう思う事にしよう。

「でもまあ、なんだかで結構な時間を待ってるよね?」

このままソウルのぼやきを放置するのも良くないだろうから、適当に話題を振ってみる。
まあ、適当とは言ってもこれは確かに気にはなっていた事だ。
先生の連絡先は、個人経営とはいえ一種の病院だ。地名が分かって病院の名前も分かっているのだから、電話帳を検索すればすぐ分かると思う。
僕の予想では朝ごはんの時にでも連絡がついたと言われるだろうと思っていたのに、実際には何も言われなかったのが、正直、肩すかしをくらったような気分だった。

そして、そのままアリサさんが学校に行くのを見送って、今に至る。その今に至るまでに過ぎた時間が予想以上だったという現状。
僕もソウルもすぐに連絡がつくというのが共通見解だったので、大人しくしていたんだけど、その限界がソウルに訪れていたというわけ。

それでもまだ、鮫島さんからは何の話も来ない。
僕達は別に急ぎの用は無いから構わないんだけど、ちょっと気になってきたからなんとなくソウルに聞いてみた。

「ハッ、知るか」

……うん、バッサリ切り捨ててくれたね、ソウル。
でもまあ、そこまで言い切ってくれるなら、僕も気にするのもバカらしくなってくる。

「じゃあ、中庭にでも行って、この身体がどのくらい動くか確かめようか」

なので、考えを切り換える。ここまで待っていても事態が変わる事も無いだろうし、それよりも、子供になってしまったこの身体がどのくらい動くかを確かめる方が建設的だと思う。
子供になれば、筋力や骨格が劣ってしまう。この先、荒事があるとは思わないけど、それでも不測の事態のために自己把握は重要だ。

「何だ、ここで待つと決めたのに、それを覆そうなんざ下らねぇな」
「え~っ」

いや、さっきから外に行こうとか、暇だとか、ソウルはずっと言ってたよね?

「オレに責任をなすりつけて自分が外に行く口実を作ろうなんざ、ハッ、あくどい奴だ」
「えぇ~っ」

何、僕が悪いの、僕が悪いこと言ってるの?

「って、いやいやいや」

騙されちゃいけない。責任転換しているのはソウルでしょうが。

『んな下らねぇ議論している間に来たみたいだぜ?』

と、先ほどまでとは違い、口に出さずに述べる言葉に、僕も誰かがこちらに近づいてきた事に気付く。

「了様、いらっしゃいますか?」

扉の外からノックと共に声をかけられる。その声は鮫島さんのものだったから、おそらく連絡がついたんだろうと思う。
僕が返事をすると、扉が開かれ、きちりとした身なりをした初老の男性、執事の鮫島さん、その人が入ってくる。

鮫島さんは、きびきびとした身のこなしや柔和な態度で人と接するので、見ていて気持ちのいい人だ。

「……あの、鮫島さん、どうかしたんですか?」

ただ、今は少し様子がおかしい。どこか困惑しているというか、言い出しにくい事があるというか、ともかくそんな雰囲気だ。

「いえ、この場合、何と言えば良いのか……」

どうにも歯切れが悪い。一体どうしたっていうのかなぁ。
でも、鮫島さんは伝えるべき事があるからここに来たという事は分かる。だから、その言葉が出てくるのを黙って待つ。
鮫島さんも、意を決したのか、逸らした視線をまっすぐに僕へ向けて続きを告げる。

「了様のおっしゃった、『菱賀理沙』という女性に連絡を取ろうとしたのですが、見つかりませんでした」

出てきた言葉は、あまり予想していたものではなかった。
先生は確かに無茶苦茶な人ではあるけれど、根っこの部分はしっかりした人であり、患者を助ける事を是とする人だ。
当然、抱える患者もいるのだから、その人たちを放ってどこかに行くというのは無いと断言できる。
つまり、ちゃんと連絡がつく人だという事だ。

「えと、一応確認します。先生に連絡がつかなかったんですか?」

不覚にも一瞬思考停止してしまったけど、すぐに気を取り直して聞き直す。
いや、鮫島さんの真剣な面持ちを見れば、嘘をついているものではないとすぐ分かる。
それでも僕は聞き直していた。

「いえ、『連絡がつかなかった』のではなく『見つからなかった』のです」

そして、改めて返ってきたその言葉に、今度こそ思考が停止した。

「改めて聞きますが、了様のお住まいは××市で間違いありませんね」
「え、はい、間違いないです」

僕は、続けての鮫島さんの言葉を考えてではなく、半ば条件反射のように肯定した。
その肯定に、鮫島さんは一瞬言葉に詰まる様子だったが、それでもはっきりと告げた。

「この日本に、××市という街は存在しません」

そう、はっきり告げていた。



Side:アリサ


塾も終わり、帰りの車内で考えに耽っていた。それは、主に学校でのやり取りだ。

同じクラスで親友の二人、なのはとすずかには、良く分からない男の子が居る事、そしてどうしてそうなったかの経緯も話してあったので、昨日目を覚ましたという事も伝えた。

二人は了と会った事も無いけれど、了が健康そのものだと分かると、自分の事のように喜んでいた。
それを見て、ああ、この二人と友達でいれてうれしいと思ったのは内緒の話。

まあ、それはさておいて、せっかくだからお見舞いをしようという話が持ち上がった事に、あたしは当然賛成した。というか、むしろあたしが発案した。
なのはは誰とでも仲良くしようとするし、できるタイプなので、引き合わせてもすぐに仲良くできると思う。
すずかはちょっと男の人を苦手に思っている部分があって、クラスの男子と接するのも遠慮してるけど、あいつぐらいに人畜無害オーラを出してる奴ならきっと大丈夫だと思う。
というか、いつまでも男の人が苦手で通るわけにもいかないだろうし、丁度いいから男子と話す練習をさせようという打算もあったりする。

それに了も、今日一日暇をしていただろうし、みんなでこれから騒ぐのも悪くないとも思っていたので、お見舞いの話は丁度良いと思ったのだ。

それら諸々の思惑の上でのお見舞い案だったんだけど、残念ながら、その案は流れる事になってしまった。
なのはは、最近ちょっとやる事が出来たと言うし、それ以前に、あたしも今日は塾があるからすぐには帰れない。
すずかは空いていると言っていたけど、一人だけで相手をしても仕方がないという事で、また後日という事になった。

そう、また後日。元々、今度の休みの日はすずかの家に集まってみんなで遊ぼうという話になっていたのだ。そこにあいつを連れて行けば万事オッケーって寸法よ。

昨日聞いた了の話だと、家族はおらず、一人暮らしをしていたらしい。
後見人の人は居るけど、ほとんど保護責任を放棄しているという奴らしく、最低限の生活費を振り込むだけで、後は何の干渉もしてこないとか言っていた。

あたしと同年代で、どうしてそんな苦労しているのかと思ったけど、本人は周りに良い人がたくさんいたから別に苦労という程の事は無かったと言っていた。
でも、それでもひとりで平気というのは話が違うと思う。

……ちょっと話がずれたわね。
今日の内に、鮫島から了の家の近所の頼りになる人に連絡は行っただろうけど、早く向こうに帰らなきゃならない状況ではないみたいだし、あたしとしても、まあ、もうちょっとぐらい家に居てもいいと思ってるわけで、了に話をして、了承してくれたら一緒に遊ぼうという事になった。
そんな提案を、当然のように二人は賛同してくれた。

今度の休みは、楽しみが増えたようでなんだかそわそわする気分だ。
早く家に帰って了に了承をさせないと。(ちなみに、あたしの中では決定事項なので、了には拒否権は存在していない)
と、ここまで考えていたところで、ふと気付いた事がある。

「ねえ鮫島。了ってどれくらい家に滞在する予定になってたりするの?」

そうだ。別に家に帰らずとも、鮫島に聞けば了の今後についてはある程度分かるはずだと、今更ながらに気付いたので、車を運転している鮫島に聞いてみる。
もう夕方だし、了の知り合いに連絡がついているはずだと思って、残りの滞在期間だけを聞く。

「滞在の、予定ですか?」

と、鮫島はどこか歯切れの悪い返事をしていた。別にあたし、変な事聞いてないわよね。

「鮫島、どうかしたの?」
「いえ、期間については未定ですが、しばらくの間はバニングス家に滞在する事となっており、その事は旦那さまにも了承を得ております」
「……ふぅん、そうなんだ」

鮫島には一瞬の違和感があったけど、それは本当に一瞬で、あたしがどうかしたかと聞けば何事も無かったように質問に答えていた。
でも、それはあくまで無かった「ように」であり、間違いなく違和感はあった。
嘘をついているようには見えなかったけど、何か隠す事があるみたいだと当たりをつける。

「……まあいいわ。あいつが居るならちょっと話したい事があっただけだし」

あたしの勘は、隠し事があると確信している。でも、それを問い詰める真似はしない。
鮫島は一流の執事だ。いくら主人であろうとも、客分のプライベートなどを本人の了承がなければ、よほどの事がなければ、無暗に語るような事はしない。
そんな人だからこそ、あたしもお父様も信頼しているのだ。ここで問い詰めたなら、それはその信頼を踏みにじるようなもの。そんな事をするわけにはいかない。
もしあたしにも関係のある話なら、その時になったらちゃんと教えてくれるだろうし。

そんな事を考えている内に家に到着。ハウスキーパーに了の所在を聞いたら部屋に居るはずだという事なので、鞄なんかを自室に置くと、了のいるはずの部屋へ足を向かう。

あと途中で、クッキーなんかを貰っていく事にした。昨日、話をする度に調子が狂ってしまっていたので、これはそれを落ち着けるためのものだ。
まあ、今朝になった頃にはだいぶ打ち解けたから必要ないと思うけど、あいつ、不意に恥ずかしくなるような事を素で言うから油断が出来ない。

そんなこんなで部屋の前まで来ると、一つ深呼吸。

「了、居る?」

ノックをしつつ呼びかける。まあ、部屋に居る事は確認済みだけどね。
でも、部屋の中からの応答がいつまでたっても来なかった。
どうしたのかと思ってもう一度呼びかけるけど、やっぱり応答がない。

「入るわよ?」

もしかしたら寝てるのかなと思いながら、一応断りを述べならが扉を開けて様子を窺う。

「って、あれ?」

扉の隙間から窺った限り、了の姿を確認する事が出来なかったので、部屋に侵入してみたのだけれども、やはり誰の姿も確認する事が出来ない。
ハウスキーパーが嘘をついたわけじゃないだろうし、ちょっと所用で席を外しているのだろうと思うけど、正直拍子抜けした気分だった。

「まあ、せっかくだから待ちますか。って、これは……?」

誰に言うでもなく、手にしたクッキーの入ったかごをテーブルに置こうとしたところで、そこにある物に気がついた。
あたしがクッキーを置こうとしたテーブルに乗せられた先客は、綺麗に折りたたまれた一枚の便箋だった。そこにはあたし宛ての表記と、了のサインが綴られていた。
一体、何でわざわざ便箋を使ってあたしにメッセージを残したのか疑問に思いながら、クッキーをひとつ咥えながらその内容を読むことにした。

……咥えたそのクッキーを、あたしは食べる事は無かった。

軽い気持ちで読み始めて、少し進んだ時点で信じられずに手が震える。
それでもちゃんと最後まで読んで、その上で部屋を飛び出した。目的はある人物のもとへ話を聞くため。
その人は、すぐに見つかった。あたしの雰囲気に驚いた様子だったけど、そんな事を気にする事も無く先ほどあたしが読んだ手紙を突きつける。

「鮫島っ、この手紙の内容はどういう事よ!?」

その内容は、自分には帰るべき場所が無かったという事。感謝と謝罪の言葉。そして、これ以上世話になるわけにはいかないから出てゆくというものだった。

それを読み、驚きを露わにした鮫島をはじめ、手の空いている人を総動員して屋敷を探索した。屋敷の出入りを確認した。

でも「西岸了」のその姿を見つける事は出来かった。



Side:ソウル


少し前に日も落た夜の暗がりの中。今日の日中は歩きづめやら調べ物やらで過ぎ、今は何をするでもなく人気のない道を歩く。
元の身体でならさほどの労力ではなくとも、今はガキの身体。予想以上の疲労がこの身に降り積もっていた。

あの執事のじじぃにオレ等の居た場所が存在しない事を告げられ、オレ等の取った行動は単純明快。自らの手で確かめるって事だ。
ただ、オレ等がこの世界に流れ着いた原因を考えると、あの一般人連中に手伝わせるなり世話になるのは問題があるだろうってんで、屋敷を誰にも知られる事無く抜け出した。

そして地図を調べるなり、この世界にある物を見聞きしたのだが、確かにこの世界は元居た世界とは「違う」らしい。
話に聞いた通り、××市は何処にも存在しなかった。世の中に出回る様々なモノ、その大概は同じなのだが細部に違いがある。
ま、オレには何処が違うか分からねぇが、了がそう言うんだからそうなんだろう。

「それにしても、『世界が違う』なんて実感がないよなぁ」

そんな事を了はぼやくが、オレにはそんな呑気な事は言えねぇ。なんってったって、

「ったく、並行世界の運営なんざ『第二』の領分じゃねえかよ」

という事だ。了は実感がないとは言うが、こいつは「受け入れる」人間だ。信じられないような事でも、それを突きつけられたら「そういうものなんだ」と簡単に受け入れる事が出来る奴だ。
だが、オレとしては、この並行世界の移動というのは頭痛のタネだ。

元々魔術ってのは、自身や周囲の魔力を使って神秘を起こす技術の事だ。
各門派ごとに出来る事の方向性は違ったりするが、魔力を対価に結果を起こすというのが基本だ。
それは火を起こすやら、割れたガラスを元通りに修復するやら、やり方によっちゃ、山一つを消し飛ばす事も出来るだろう。

だが、当然の事として万能というわけじゃねぇ。魔術は基本的に等価交換の上で成り立っている。
その対価が不足していりゃ、どんなに優れた術式を編み上げても起動させる事は出来やしねぇ。

それに魔術にも、限界もまた存在する。
とりあえず、ぱっと思いつく事といえば死者蘇生だ。
死にかけや、死んだ直後ならまだ可能性もあるが、完全に死んだ生き物を、元通り生き返らせる事は、どうあがいても不可能だ。

魔術ではどうあがいても実現不可能。そして、随分発達している今の科学技術を使っても実現不可能。そんな領域は確かにある。

だが、もしそれを実現したら、それは一体何なのか。
それはすでに魔術の領域を逸脱し、科学でも証明は出来ねぇ、そんなモノ。

それをオレ等は“魔法”と呼ぶ。魔術でも科学でもない、まったく別の「神秘」。
そして、それこそが世の魔術師連中が到達しようと躍起になっている領域。

で、オレが今問題としているのが、「並行世界の運営」ってのが、魔法のひとつに数えられているって事だ。
元居た世界では、並行世界の運営は“第二魔法”と呼ばれ、「無の否定」「魂の物質化」「時間旅行」などに並ぶ、魔術師が目指す中で、たった五種しか存在が確認されていない到達点のひとつとされている。
オレ等は体験しただけで、この魔法を行使したわけじゃねぇが、それでも破格だ。

オレは魔法の領域に足を踏み入れる気はさらさらねぇが、魔術に携わる者として、その事を考えると頭が痛ぇ。
口には出さないが、この時ばかりは了の能天気さがうらやましい。

「ああクソ、何か八つ当たりするモノはねぇか?」

なんつぅか、この苛立ちは暴れて発散してぇんだが、周囲を見渡してみるが、どうにも手頃な物がねぇな。

「いや、だから不穏な発言は控えて欲しいな~って」
「黙れ、バカはバカらしく大人しくしておけ」
「いや、何で急にバカ呼ばわりされるか分からないんですけど?」

今回オレは本気で八つ当たりがしたい。その理由に考えが至らないこいつはバカで確定で何が悪い。

「まあなんにせよ、そうそう八つ当たりしても大丈夫なんてもの出てこないよ」

了は当然の事というが、そらそうだ。いかにも平和と言わんばかりの中で、そんなものが出てくるはずがない。

「……いや、そうでもないみたいだぜ?」

が、今回のそれは、どうやら簡単に覆されたみてぇだな。
常時戦場に身を置いた中で培われた経験が告げる。何かに見られている。そして、その視線の持ち主が放つであろう殺意の衝動を。

一呼吸の間に身体を魔力で強化し、後方へ跳躍する。直後、先ほどまでオレの居た場所に何かが破壊音を撒き散らしながら着地する。
そしてオレ等と対立する。

殺意を垂れ流しにするのは三流以下。ましてや、野生動物でも殺意はギリギリまで隠蔽するもんだ。
その点で言えばこの相手は落第点もいいところ。だが、その殺意の質は上ものだ。己の存在意義は殺す事。ただその一点のみしか持たない思考の具現の存在。
今、オレの目の前に居るのは、黒い波動に身を包み、オレの身の丈を超えて有り余るような犬のような存在。
それは、明らかに霊界上に存在しねぇモノだった。

「ハッ、何を触媒にしたかは知らねぇが、随分と面白い事をしてくれるな」

まさか、この平穏の影にこんなものが居るのは予想外だった。
魔は魔を引き寄せるとはよく言うが、こうも簡単に平穏の外と出会えるとはただ可笑しくあり、そして喜ばしい。

「おい、邪魔はするなよ。こいつはオレの獲物だ」

自然、口元がゆるんでしまう。八つ当たりをしたいと思って、そのはけ口が目の前に現れるとは、何ともこの世界はオレに都合よく出来ているものだと感じちまう。

『……ああ、うん、邪魔しないよ。というか、相手の方に同情でもしておくよ』

了は身体の優先権を完全にオレに譲渡し奥へ引っ込む。
両手で髪をかきあげ、邪魔な前髪を後ろへ流す。すでに臨戦態勢は整っている。

「クク、さあ来てみろよ?」

意味があるかは関係ない。ただ開戦の合図に、手まねきと共に挑発の言葉を投げつける。
それを理解したのか、突如として現れたソレは、その身を躍らせオレへと飛び掛る。
四足獣のその機敏さは、呼吸の間さえ与えず彼我の間にある距離を喰らい尽す。
その瞬間の内に、振り降ろされる前足が眼前に迫っている。速さ、そして質量ともに申し分ない。
まともに受ければ、オレの身体は人の形を失い、そこにはただの肉塊の出来上がりだ。

「ハッ!」

当然、そんなものを受ける気は毛頭無い。単純な振り下ろしは、その左右が安全圏。ならばそこへ身体を滑り込ませる。ただ半歩身体をずらして回避する。
振り下ろされた腕が頬をかすめ、地面を穿つ。破壊の猛威に直面した地面は陥没し、その表面を四散させる。
宙を舞うアスファルトの破片が身体を打ち付けるが、魔力で強化してあるこの身にはさほどの脅威では無い。そのままカウンターを叩き込もうと拳を握りしめ、

「お?」

バックステップで間合いを取る。普通なら振り下ろし直後は動けるものではないのだが、こいつは普通では無かった。
生物として「あり得ない」動きによる追撃で、オレを薙ぎ払おうとしていたのを見て取った回避行動だ。

そして、改めて対峙する。そいつは獲物を捉え切れず悔しいのか、はたまた自分と戦える相手がいる事がうれしいのか。赤く灯る眼光はまっすぐオレを見据え、肉を斬り裂く鋭利な牙の並ぶその口をだらしなく開く。

「なるほどな。基本形態は四足獣でも、厳密な四足獣とは違うか。
形態に関わらず拘らず、殺意の衝動の赴くまま、ただひたすらに襲いかかる。動きこそ単調だが法則性は皆無。
なるほど、中々にめんどくせぇ相手だな」

行き当たりばったりの動き。人間がやれば何て事はねぇそれも、規格の違う体格と身体能力でやりゃあそれだけで十分な脅威となりうる、ってか?

「さて……」

どうしてくれようかと言おうとして、だがそれは更なる襲撃に阻まれる。
これ以上逃がさないと言わんばかりに放つ猛攻を、紙一重で避けつつ、

「雑魚がっ!」

考えるのは止めた。そもそも、オレはイライラをぶちまけたかっただけの話。それを実行するだけと、握りしめた拳を頭部らしき部分へ横殴りに叩きこむ。
魔力で強化してあるその拳は人相手を簡単に吹き飛ばせる威力。しかもそれを絶好のカウンターとして叩き込んだのだ。その衝撃に、こいつの一瞬動きが止まる。
そして、その一瞬が命取りだぜ?

「ハッハァァッ!」

浮かべた嘲笑は高笑いへとなり、楽しいという感情が心中に沸き起こる。
振り上げるアッパーはその顎を打ち砕き、身体を浮かせ、無防備な腹部を晒す。
腰を据えてのストレートをその腹部へ叩き込めば、その衝撃に従い身体をくの字に折り曲げる。
突き上げたひざ蹴りのそれでさらに浮かせ、止めと回し蹴りで吹き飛ばす。

手加減など毛頭無い。魔力で強化した手足により、ただ力任せにぶん殴る。蹴り飛ばす。
魔力で強化されたオレの連続攻撃は、すでに人相手なら明らかなオーバーキル。
その攻撃を受けて吹き飛び壁へとぶつかり、そいつは動きを止める。

「ハッ、下らねぇ。弱者は弱者らしく無様に這い蹲れ」

腕を振り払い、手に残る肉を穿った感触を払拭する。
彼我の力量差は歴然。嘲りと共に事実を宣告する。

『……ソウル、なんかすごく悪役っぽいよ』

了の呆れの言葉を受け流しつつ、避ける際に切れていたらしい頬に滲む血を拭いとる。

「チッ、思ったより動かねぇな、この身体は」

明らかに体格で劣るのを補うために、攻撃にカウンターを狙った。そのための紙一重の回避だったが、本来ならかすり傷の一つとして受ける気は無かった。
その思惑に反して、現に頬に浅い裂傷が刻まれてしまった。
身体の弱体化を考慮に入れてはいたが、弱体化はオレの予想以上だったみてぇだな。

とはいえ、全力でぶん殴ったのだ。気分は上々だってのに、わざわざ不機嫌になる要因について考えるのは面白くねぇ。この身体の鈍さについては後でどうとでも考えられる。

「……にしても、再生、いや、復元か。サンドバックは八つ当たりに丁度良いが、ただしつこいのはウザいだけだぞ」

壁に叩きつけられ動きを止めていたそいつは、何事も無かったように立ち上がり、再びオレへと殺意を向ける。
その姿にはオレに殴り、蹴られたために陥没や引き裂かれた痕がいくつもあったはずだが、すでにそれらは見て取れない。
どうやら、あの程度のダメージは、ダメージに入らないみてぇだな。

『どうするソウル。“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)を使う?』

単純に物理攻撃を繰り返しても埒が明かないと了も気付いたのか、一つの提案をするが、

「ハッ、いらねぇよ」

確かにそれを使えば容易に殲滅出来るだろうが、言葉の通り、必要はねぇ。
オレが見据えるは、紅く輝く二つの瞳、その間に埋め込まれたようにある青の宝石。
あれが原因だ。あれをどうにかすればこいつは止まるだろうと当たりをつける。
その程度の事に、わざわざ“神を屠殺せし槍”を使う必要はねぇ。
元よりオレは、霊体への直接攻撃は得意分野の一つ、物理攻撃以外の手段なんざ有り余ってるぜ。

「────“肉裂き血を浴びこの手に掴む”」

オレへと立ち向かってきた愚か者へ向けて踏み込みながら口ずさむのは、オレだけの呪文詠唱。
詠唱無視による簡易の身体強化ではない、オレの「魔術」を行使するための詠唱。
当然、敵も迎撃に腕を振るおうとするが、ハッ、おせぇ。

狙いはただ一つ。外すわけも無い。この手でそいつの頭部を鷲掴みにするのと詠唱完了は同時。
蒼い輝きはオレを拒絶しようと魔力を迸らせるが、それを無視して直接この手に掴む。

「────“我は支配す、理は我が下に”」

さらに詠唱を重ねる。ついでと暴れようとするこいつを、空いた手でのボディーブロー打ち込む。魔術による干渉と物理的衝撃にその身を強制的に沈黙させる。
あとは簡単。力づくでこいつをむしり取る!
自分が何をされるのか理解したのか、先ほどまで無かったはずの苦痛を感じているのか、耳障りな叫びをあげるが、すでに遅い。

ずぶりと肉に指先が潜る感触。そして蒼い輝きを手に収めると一気に引きずり出す。
同時にそいつは一際高い悲鳴を上げ、そしてその身に宿した波動を霧散させる。
残ったのは、さっきの奴の元となったらしい犬と、周囲にある破壊の爪痕。
だが、これで終わったわけじゃねぇ。手の内に収めた蒼い輝きが、今度はオレ自身を侵食しようとさらなる発光を見せる。

「ハッ、下らねぇっ」

だが、それすらも握りつぶす。オレの方が格上。それを覆そうなど片腹痛ぇ。
オレの握りしめた拳から、蒼の光が溢れ出そうとするも鬩ぎ合いは一瞬。強い光を放とうとして、それでも最後は弱々しく、そして光は消える。
残ったのは、手の中に一つの宝石らしきもの。
やり取りにして数秒。もう少し手こずるかとも思ったが、案外簡単に出来てしまった。
地に伏す犬の方も、呼吸のために腹部が動いている。大方気絶してるだけだろうな。

「それにしても、何だったんだろう、今の」

すでに戦闘は終了済み。それだから了も普通に喋る。

「さあな、しかしこいつはどうするか」

手にしていたそれを指でつまんで、光に透かすように掲げて見る。
大きさは小石程度の蒼の輝きを持つ宝石。その中に数字のようなものが見て取れる。
この数字らしきものが人工のものなら、これは人が作ったものであり、番号なら管理をしていたものだと思うが、一体何のために作られたのかは見当がつかねぇ。
ま、どちらにしろ、オレには不要なもんだ。
宝石と見りゃ質は良さそうだからな。売り払うってのも悪くはねぇ。

「あの、すみませんっ」

そこへ、一つの影が舞い降りた。

「……なんだよ?」

実を言えば、随分前からこちらに向かってくる気配に気づいて居た。ま、隠す気が感じられないそれに害意や敵意を感じていなかったから無視して居た。
声をかけられ、掲げた宝石から目を逸らさずに返事だけをする。普段なら了が応対するところだが、荒事の場ならばオレの領分。めんどくせぇがオレが返事をしておく。

「む、お話する時はちゃんと相手の目を見るものなのっ」

どうやらオレの態度は不評だったらしい。怒気を込めて忠告してくれるが、迫力は一切感じねぇ。
別に無視しても構わなかったが、無視をしたらしたで面倒そうなだなと、掲げた手を戻しながら向き直る。

「ハッ、てめぇの言い分を聞き入れてやった事に感謝しろ」

ただし、露骨に「面倒」や「呆れ」等を前面に出しながらだけどな。

「むむぅ……」

相変わらずオレの態度に不本意の様子だが、目を見て話すという事を聞き入れているので、次から次に文句を言うのは気が引けるらしい。

その間に、オレはそいつの姿を確認する。

まず思ったのは、栗色の髪を両脇で縛った10歳前後のガキだが、身に纏うそれを見れば、ただのガキじゃない事は一目瞭然という事。
白い装束に身を包むが、その質感がおかしい。見た目はアリサの着ていた学校の制服に似るが、アレはそれと根本から違う。
手にしたそれも同様だ。それは確かに杖であるのだが、妙に機械的だ。儀礼的、様式的にも機械で構成されている様子だが……。
そしてその立つ位置。ごく自然に宙に浮くが、人が浮く事が自然にあるわけがない。
何よりその魔力。はっきりいってケタが違う。これほども魔力持ちはオレとしても滅多にお目にかかった事は無い。

こいつが何者なのか、まったく分からねぇ。だが、それでも分かった事がある。

「てめぇ、バカだろ」
「何でいきなりバカ呼ばわりされてるの!?」

なかなか面白いリアクションをしてくれたが、オレは前言を撤回する気はねぇ。

オレの常識からすりゃ、魔術は隠蔽するものだし、昼間に出歩いた周囲の様子には魔術の存在は見て取れなかった辺り、この世界でも存在するなら魔術は隠蔽されててんだろう。
それなのにこいつの派手っぷりは、何処に隠す気があるのか。というか、バカだから自分がまったく隠せていない事に気付いていないだろうというのがオレの結論だ。

『分かってた事だけど、ソウルって初対面でも失礼だよね』

そんな今更な事を言われても、リアクションなんざしてやらねぇよ。

「うなだれるのは勝手だが、用件があるならさっさと言え」

バカと言われてか、図星を突かれてかは分からないが、ショックを受けているそいつに話をするよう促す。

「うなだれるような事を言ったのは君なの!」

どうやら怒っているらしいが、頬を膨らませて睨まれてもオレは全く迫力が感じねぇよ。

「図星を突かれた心中は察してやるが、だからってオレに文句を言うのは筋違いってなもんだぜ」
「図星なんて突かれてないのないの~っ!」

今度は両腕を振って怒っている事をアピールするが、やはり怖くねぇ。つぅか、どちらかといえば「微笑ましい」の部類に入るんじゃねぇか、アレは。

「ったく、ムキになるのは図星を突かれた証拠だってのは世間の常識だ。知らねぇか?」
「だーかーらーっ」
「な、なのは、ちょっと落ち着こうよ」

こいつはおもしれぇと、からかって遊んでいると、なのはと呼ばれたガキの肩に乗っていた小動物が、冷静さを失っているのをたしなめていた。
というか、小動物が普通に喋っているな。

「あ、うん、ごめんねユーノ君」

言われてハッとしたらしい。打って変わってしおらしくなっていた。チッ、つまらねぇ。

「おいてめぇら。オレは漫才には飽きた。有るならさっさと用件を言え」
「漫才って……」
「黙れ。それとも、用件が無いというならオレは帰るが?」

つまらなくなったヤツをいちいち相手になんざするつもりはねぇ。
これ以上の与太話を続けるつもりなら、てめぇらの事なんざ無視する旨を口にする。

「え、えと、わたしは高町なのはっていいます。こっちはユーノ君」
「で、そのバカとネズミが何の用だ?」
「む、むぐぅ、……き、君の持っているその蒼い宝石の事なの」

オレの言った「バカ」と「ネズミ」に反応する二人だったが、何とか堪えたか。
チッ、堪えなけりゃ、それを口実にとっとと帰ったってのにな。

「これか。いらねぇし、売って金にでもしようかとも思ったんだが」
「う、売っちゃダメなのっ」
「んじゃ、捨てるか」
「捨てるのもダメなのっ!」

……いちいちうるせぇな。

「それは『ジュエルシード』と言って、とても危険な物なんです」

ユーノと呼ばれた小動物が深刻そうにフォローするが、ネズミに言われても緊迫感がねぇな。

「危険、ねぇ。ま、あんだけ暴れてんのをみりゃあ納得できる部分もあるが……」
「えっ、暴走してるのを見たのっ?」

オレはあくまで軽く返したのだが、なのはの方は驚いた様子で聞き返してきた。

「見たつぅか、アレは襲われたってやつだがな」
「そんな、大丈夫だったの!?」
「下らねぇ。問題ねぇからここにこうしているんだろうが」

確かにアレは何の力もねぇ奴じゃ対処は出来ねぇだろうが、オレからすりゃ、あの程度は脅威に入りゃしねぇよ。

「そうなんだ。良かった。でも暴走体を相手にどうやって……」
「そんなもん、殴って黙らせただけだ」
「「えぇ~っ!?」」

ホッと胸を撫で下ろしながらも、オレがどうやったか疑問に思っていたみてぇだったからな。別に隠す程でもねぇと教えてやったが、息を揃えて驚く二人。つーか、アホ面だな。

「信じられない。デバイスも無しに、しかも殴ってだなんて……」
「オレからすりゃあ、ネズミが普通に喋ってる方がおかしい」
「え、あ……」

何の感情を込めるわけでもなく、ただ睨みつけながら、オレは言葉を続ける。

「オレはてめぇらの事情なんざ知らねぇ。てめぇのその格好にしろ、ネズミが喋る事実にしろ、人が空に浮くにしろ、オレは知りもしねぇ。
何も知らねぇってのに、そんないきなり現れた怪しい連中の事を、どの程度オレが警戒してんのか、てめぇらは分かってんのか?」

手の中にある、ジュエルシードとか言うらしい宝石を弄びながら教えてやる。
こいつらに敵対の意思が見えねぇから、今はオレも何もしてねぇが、本来なら問答無用で駆逐してやっても構わねぇ程の怪しさだ。
話をしたいってんなら、まずはする事があるんじゃねぇかと聞く。

「あの、えと……」
「だが折角だ、話は聞いてやろう」

問いかけはしたが、返事に興味はねぇ。答えようとするガキの言葉に被せるように、オレが言葉を一方的に続ける。

「だから、知っている事は洗いざらい吐け」

ニヤリと笑いかけながら、すでにこれは「頼む」のではなく、「命令」であると言外に交えながら喋る事を促す。当然、拒否させるつもりはねぇ。
さあ、いったいどんな話が聞けるやら楽しみだ。

『いや、最初にこの子はちゃんと名乗ってから話をしようとしたのに、それを遮っていたのはソウルなんじゃないかなぁ……?』

なにやら了が言っているが聞こえねぇなァ。

そして、ぽつりぽつりとなのはとユーノが語り出すそれは、予想していた話の斜め上を行き過ぎて、オレにとって荒唐無稽の話以外の何物でもなかった。
その内容を要約すると、

ユーノは様々な次元世界を巡って発掘作業を生業とする一族。
今回、ロストロギアと呼ばれる古代遺産「ジュエルシード」を発掘した。
それを輸送中の事故により、管理外世界である地球にばらまいてしまった。
発掘の責任者であるユーノは自力で回収しようも失敗。怪我をして動けなくなった。
それを助けたのがなのは。以降、協力者としてジュエルシードを回収していた。
なのはの持つデバイス「レイジングハート」と呼ばれる杖を使えば、封印処理が可能。
そして、すでに数個封印処理をして回収している。

と、まあこんなところか。

『なんというか、まだ世の中にはまだまだ知らない不思議がたくさんあったんだね』
『これを「不思議」の一言で済ます、てめぇの脳内の方がよっぽど不思議だ』

一通り聞き終え、了と言葉を交わすが、本気でこいつの能天気さが信じられねぇ。
管理世界と管理外世界、魔法、デバイス、ロストロギア。どれを取っても容易に信じられる話じゃねぇ。
平行世界ではなく並行世界なんてなんだよ。
聞くに、第二魔法の言う「平行世界」とは別物みてぇだが、それらを管理している組織が存在するってのは何の話だ?

いや、それよりもこいつらの言う魔法だ。
最初、魔法と聞いた時はふざけてんのかと思ったが、こいつらの言う魔法は、オレ等の定義する「魔法」とは別物みてぇだ。
つぅか、オレ等で言うところの魔術に当たる所を魔法と呼んでんのかと一応納得した。
だが、聞けば、白い装束を纏ったガキ、高町なのはは、ついこの間までただの一般人だったてのに、デバイスという道具を手にしただけで魔法を使えるようになり、ジュエルシードの回収作業をしていたと来た。才能もあったとしてもこれは異常でしかない。
オレが魔術を習得するのにだって一朝一夕で覚えたものではない。
それを、こいつは杖を手に入れただけで使えるようになるなんて、一体何の話だ。

……正直、殺意が湧く。

「ひ」
「どうしたの、ユーノ君?」

ち、つい殺意を漏らしてしまった。一瞬の殺意に気付いた小動物がビビっていたが、さして問題は無いとしよう。

「……話は分かった。だがひとつ聞かせろ。何故お前が集める必要がある。管理局に任せればそれで問題は解決だろうが」
「……でも、元々ジュエルシードを発掘したのは僕だし、僕が集めなきゃいけない責任があるんです」

……ああ、なるほど。だいたい分かった。

「ならもう、オレから聞く事はねぇ。で、問題はこいつだったな」

肩を落とすようにしながら語るユーノを見て、オレの考えは決まった。
蒼い宝石、ジュエルシードを二人の目前に差し出す。

「こいつがどれほどの危険があるか、てめぇらが集めている理由もわかった」
「うん、じゃあ……っ」

オレの言葉と行為に、なのはがうれしそうにして受け取ろうとする。

「だが」

オレはその手をひっこめたので、なのはの差し出した手は、ただ宙をつかむ。一体どうしたのかという疑問をその顔に浮かべるなのは。

「そんなおもしれぇ話を聞いちゃ、そう簡単には渡せねぇなぁ?」
「それは、どういう……」
「こいつの用途は「願いを叶える」って事だろ。それなら随分と面白そうな事が出来るなって話だ」
「……まさか」

なのははまだ分かっていない様子だったが、ユーノの方は察するものがあるか。だが、今頃になって気付くなんざ、遅すぎだ。

「ひとつ聞いておいてやろう。まさか、オレが善良な正義の味方とでも思っていたのか?」

なのはは、魔法は人助けのために使うものと信じている。だが、全ての人がお前と同じ思考回路を持っているなんてバカげた事を考えているのか、と聞く。
それをだけ言うと、足に魔力を流して、高めた跳躍力を弾かせるように後方へ一気に跳ぶ。

「え?」

ここまで来てもまだ理解しないとは、どこまでも頭の中に花畑が広がっているのか、それとも単純に脳みそが足りないバカなのか。

「分からないなら教えてやる。……オレは、悪人だぜ?」

口の端を吊り上げ、嗤いながらの間違えようのない宣告に、なのはの動きが止まる。
その間抜け面を見ると笑いがこみ上げてくるものだ。

「ジュエルシードは全部で二十一個。ククっ、さて、楽しませて貰うとするか」
「なのはっ!」

自失から抜け出したのはユーノ。未だ動けないなのはを叱咤する。
だが遅い。なのはの使う魔法ってのがどういうものかは知らねぇが、ここまで離れていれば逃げるのは容易い事だ。

「せっかくだからいい事を教えてやる。信頼を得るために自身の事を語るのは悪い選択肢じゃねぇが、相手の素性を何も聞かず、自分の持つ秘密をベラベラ喋るなんざ、バカを通り越して愚かでしかないぜ」

今回オレは自身の事を何も語っていない。名前すら名乗っていない。それなのにこいつは秘密にするべき事を片っぱしから喋った。
だから、オレはこういう選択肢を取る事にしたのだ。

「ま、待って!」
「ハッ、お断りだ」

なのはは制止の声を張り上げるが、オレは拒絶の言葉を吐き捨てて夜の闇の中に身を躍らせる。
ここは人気ねぇが、少し行けば大通り。人ごみに紛れれば、行方をくらますのは造作ない。すでに後方にはなのはの気配はない。混乱の上に挙動が遅すぎる。遅すぎだ。

「ククッ、随分な間抜けがいたもんだな」

なんて嘲笑う間に大通りへと辿り着いていた。ここまで来たら、逆に歩いた方が紛れられる。
強化を解いて雑踏の中を歩く。いくらあいつらがバカでも、衆目のあるところで魔法を使う訳もねぇだろう。

「……ねえソウル」
「んぁ、なんだよ?」

先ほどのやり取りに手も口も出さなかった了が、ここで口を開く。

「いや、ただソウルは相変わらずだねって思っただけだよ」
「あァ?」

こいつの事だから、今すぐ戻ってジュエルシードを返そうなどと抜かすかと思っていただけに、その言葉の真意を測りかる。

「ん、だって、ソウルってジュエルシードを「絶対渡さない」とか「貰う」とか一言も言ってないよね?」
「……」

真意を測りかねていたが、続いた言葉にコメントが出てこなかった。言ったとしても、おそらく無意味になるだろうしな。

「とりあえず、ジュエルシードに関してはソウルに全部任せるよ」
「……ハッ、後悔しろよ?」
「それは今更、だよ」

ったく、こいつは人の心の機敏に鈍いくせに、素で重要なところは抑えやがる。それを改めて実感して、嘲笑とは違う笑いが、こみ上げてくる。

「ははははっ」

笑い声はひとつ。だが、そこに込められた思いは二つ。重なりあって一つの笑いとなる。二つの意識が同時に出るとは、また珍しいと、さらに笑いが続いていく。

「はあ、こうして笑うのも久しぶりだね」
「まあ、そうだな」

ひとしきり、笑ったところでゆっくりと歩みを進める。
やる事は出来た。だが、疲れもある。今日の所は終わりだ。

……などと考えていると、オレの傍を黒塗りの高級車が走り抜けていた。
名前は知らないが、無駄に長い胴体のそれは、なんだか最近見た覚えがあった。
と、いくらか進んだところで急停止。

「……ねえソウル。僕、なんだか急に、すごいイヤな予感がしてきたんだけど」
「ああ、奇遇だな。まさにオレもそう思っていたところだ」

さっきも完全に意思が一致したが、続けて二度も一致するのは、下手をしたら初なのではと思う程珍しい事だと思う。が、たぶん、そんな考えもまた、現実逃避なのだろう。
黒塗りの車の後部座席のドアが開く。そして一人の少女が降りてくるが、前髪に隠れ、その表情がうかがえないのが恐怖を助長する。

「あ~ん~た~は~……っ」

一歩、また一歩と近づいてくる。その姿は幽鬼か何かの姿を連想させる。
オレの実力からすればさしたる脅威ではないはずなのだが、

『く、何だこのプレッシャーは!?』

一歩後ずさるが、それ以上動けない。逃げなければならないと本能が警鐘を鳴らすが、異様な殺気がオレをこの場所に縫い付けて動く事が叶わない。
気付けば、「ソレ」は全速力で走りだしていた。
茶色かかった金髪をなびかせながら疾走。それを見て、なお動けない。全てがゆっくり、スローモーションとなって目に映る。

「とりあえずぅ~~…っ!」

疾走のスピードを一切殺す事無く地を蹴り跳躍する。空中でその足を揃え、オレへと向けて突き出す。
間合いは完璧。威力も完璧。万感の思いをその一撃に込める。
刹那、目があう。そして悟る。ああ、逃げられないと。

「死ねぇーいっ!!」

アリサの放ったドロップキックがオレの胸元へと炸裂した。小学生の放ったそれとは思えない衝撃に、耐える事も出来ずにオレの身体は吹き飛ばされ、宙を舞う。

「……ドロップキックは、女の子が、しかもスカートでやる技じゃないよ……」

そんな了の言葉が、妙に印象的で耳に残った。





あとがき


最後のアリサはドロップキックをぶちかましてたけど、
アレは最後までラリアットとどちらにしようかと悩んで、結局はドロップキックを採用しましたという第三話。
何故か、アリサがプロレス技を繰り出す姿が違和感なく想像できるという話。
その内、バックドロップとかフライングボディプレスとかやるのかなぁ……。


今回、ソウルの詠唱が出てきましたけど、本来あれはラテン語で詠唱するはずだったんですけど、
作者がラテン語がさっぱり分からなかったので日本語で表現させて貰いました。

さらに蛇足的説明をすると、ソウルの詠唱で、
「────“肉裂き血を浴びこの手に掴む”」
とありますが、「Fate」の主人公の「トレース・オン」や、あかいあくまとか言われている人の「セット」に相当する詠唱は、上記の詠唱の中の「手に掴む」部分です。
最初に唱える詠唱が、それがひとつの魔術詠唱に組み込まれているという設定があります。




[14283] 第四話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/03 20:22
 
『まずは最初に、助けてもらってありがとうございます。
身元も分からない僕に色々良くしてもらい、いくら感謝をしても足りないくらいです。
ですが、これ以上世話になるわけにはいきません。

鮫島さんに、僕の地元である××市が存在しない事を教えてもらいました。
それは僕の予想外の言葉でしたが、それと同時に、これ以上はただ迷惑をかけるだけだという事も分かりました。
鮫島さんには、これからも僕の事を調べてくれて、判明するまでこの家に居てくれて構わないと、アリサさんのお父さんであるデビットさんにも了解を得ていると言われました。
ですが、これから先は、僕の力だけで調べたいと思います。

言えば止められると思ったので、勝手に行かせてもらいます。

これまでにもらった恩に、無上の感謝と謝罪を。

西岸 了』

……これが、屋敷に残されていた了の置手紙の内容だった。
これを読んですぐに鮫島達と屋敷中を探して、それでも見つからなくて車を回してこうして街中を探し回っていた。
車窓から、目に映るものに逐一チェックを入れながら、知らず、手にした手紙を握りしめる。
言っている事もやっている事も、何処までも勝手なそれに、あたしは苛立っている。
でも、それ以上に信頼して貰えなかったのが悔しくて、悲しかった。

鮫島から、了の地元に関する調査結果を聞いて、とても驚いた。
鮫島が嘘を言う理由はないし、了が嘘をついているようにも見えなかった。
正直、どういう事かなんてさっぱり分からない。
でも、ただ一つ分かるのは、だからって了が独りになる必要なんて無いって事。
あたしに出来る事なんてたかが知れていると思うけど、でも、自分の居た場所から切り離されて、ひとりだけになっている了を放っては置きたくなかった。

そして、ようやく了の姿を見つけ、そしてその顔を見て、あたしはキレた。
あたしがこんなに心配していたというのに、当の本人は能天気に笑っているという姿に一瞬思考が固まって。
そして、それまであたしの中にあった「心配」や見つけた瞬間に抱いた「安心」とかの感情が、みんなひっくり返ったみたいで気持ちがごちゃごちゃして。
なんかもう、自分でも良く分からなくなって、気付いたらその想いを全部乗せて、思いっきり了にドロップキックをぶちかましてやったわっ!


まったく、心配させてんじゃないわよっ……………………、ばか。










魔法少女リリカルなのはCross souls 第四話



Side:了


なのはと名乗った魔法使いの少女から逃げおおせた僕達は、突如として登場したアリサさんに、思いっきり蹴り飛ばされてしまった。
いくら僕の身体が小学生のそれで、まったく抵抗しなかったとはいえ、まさか普通の、しかも小学生の女の子に蹴られて宙を舞うだなんて事を経験するとは夢にも思わなかった。

というか、何よりもアリサさんが本気で怖かったです。ランキングをつけるなら、ある意味歴代第一位を突破して、この瞬間に殿堂入りするぐらい。
死にかけるより恐怖を与えるって、アリサさんって一体何者だろう?

まあ、それはさておき。
蹴り飛ばされて、そのまま茫然自失と仰向けに倒れていたのだけど、アリサさんが合図を出すと、どこからともなく現れた黒服の方々に捕獲され、アリサさんの乗ってきた黒塗りの胴長高級車、一言で言えばリムジンに放り込まれてしまった。

僕はリムジンなんて高級車に乗ったのは始めてだったけど、車内なのに凄く広くて吃驚したというのが、僕のリムジンという車に対する感想だった。
だって、普通の車だったらこうして向かい合って座るなんて事出来ないと思うし。あ、ワゴン車なら出来るのかな。
ああでも、僕はワゴン車も乗った事がないから分からないや。

……なんて必死に現実逃避に考えを巡らせていたけど、ごめんなさい、無理でした。逃避し切れませんでした。

僕の対面に座っているのは、もちろんこの人、アリサ・バニングスさん。
見た目はただ黙って目を閉じ、腕を組んで座っているだけ。
なのに、その姿だけで僕を威圧してくる。
沈黙が痛い。でも、何がきっかけでアリサさんの最後の理性が決壊するか分かったものじゃないので、僕にはこの膠着を維持するしか手段がないのが悲しく、辛い。
下手に悪口雑言で罵られるより、沈黙の方がよっぽど恐ろしいとリアルタイムで実感中です。

ちなみに、ソウルは僕の中、奥深くに引っ込んでしまっている。
逃げたのかなぁと思うけど、こちらから意思疎通を図れないほど奥深くまで行ってしまっているので、その本心はうかがい知れません。

それにしても、この状況はアレだね。
すでに獲物を確実に仕留める事を約束された空腹の肉食獣と、すでに確実に仕留められる運命しか残っていない哀れな草食動物な関係だと思う。
……ああ、僕って食べられる側なんだよね、やっぱり。

自分で例えておきながら、それが現実味を帯び過ぎていて笑えない僕だった。
ここで、さっきのキックの時にスカートの中が見えたなんて言ったらどうなる事やら。
……うん、僕死ねる。物理的に、精神的に三回は死ねる。

僕の見たものは、墓場までの秘密と決定した瞬間だった。

そして現在に時間は追い着く。
ここはバニングス家のとある一室。
アリサさんは腕を組んだまま仁王立ち。僕はその前で正座している。
別にアリサさんがこうしろと言ったわけじゃないけれど、何故かこの構図が出来上がっていた。

「さあ、洗いざらい吐いてもらおうかしら?」

そう言うアリサさんはとても素敵な笑顔だけど、目は笑っていません。

「……ちなみに、黙秘権と拒否権は?」
「は? なにそれ、おいしいの?」

はい、ありませんよね。

僕にはやましい事をした覚えはないのに、この立場の弱さを覆す事が出来ないようだ。
あの、泣いてもいいですか?

「まずはこの手紙。一体どういうつもりだったか教えてくれる?」

口調こそ、僕が自発的に教える事を促すようなもので、表情もまた相変わらず素敵な笑顔。
でも、明らかに命令です。

「えと、内容の通りです。一応、補足が要らないように全部書いたつもりだったんだけど、足りなかったかな?」

黙秘や虚言は許されない。そう直感したので、正直に吐露する事とした。
ただ、あの手紙にはちゃんとお礼とか、僕がこれからどうするとかの旨を書いていたはずなんだけど……。

「ふ~ん、あたしが何に対して怒っているか分かっていない様子ねぇ……」

僕の答えに、心なしか浮かぶ青筋の数が増えた気がする。まだ笑顔は維持しているけど、今となってはその笑顔が最も怖いです。

「いいわ。分かっていないなら教えてあげるわ」

そして、アリサさんは笑顔の仮面を脱ぎ棄てた。
やばい、怒られる!?

「……あたしは別にお礼が欲しくてあんたを助けたわけじゃないし、詫びを入れられるような迷惑も被っても居ない」

……怒鳴られると思って身構えていたのに、アリサさんはそんな真似をしなかった。

「そもそも、感謝と謝罪なんて、昨日の時点で話はついているんでしょ。
その上でまた感謝も謝罪もされても困るわ」

アリサさんの笑顔の仮面の下にあったのは、怒りの表情なんかじゃなくて、ただ、僕を静かに見つめていた。

「次に、これ以上は迷惑になるから、これから先は自分の事は自分の力だけで調べるって書いてあったけど、あんたは一体何様のつもりよ。
困ってる人が居たら助けるのは当たり前。それを迷惑だなんて思わない。
むしろ、頼りにされる方が、あたしは嬉しい」

アリサさんは一旦言葉を区切る。一体その心中にある感情は何なのか、僕にはまだ、読み取れない。

「……でも、あんたはそれをしなかった。それは、あたしを信用できなかったって事でしょ。
それが、あたしは悔しいの。
確かにあたしには調べる手伝いも出来ないかもしれない。
でも、他で手助け出来たかもしれないじゃない。
そりゃあ、あたし達は昨日今日出会った間柄だけど、それでもあたしはあんたを手助けしたい、もっと頼りにされたいの」

睨むのではなく、万感の思いが伝わって欲しいと願うかのように真摯に見つめてくる。
その青の瞳から、僕は目を逸らせない。

「なにより、何あんたは勝手に居なくなってるのよ、こんな置手紙ひとつ残して。
いくら一人が良いからって出て行く事無いじゃない。黙って出て行く事無いじゃない。勝手に出て行く事無いじゃないっ。
何こんな手紙で言いたい事を伝えようとするのっ、言いたい事なら、ちゃんと面と向かって言いなさいよっ!」

静かに語っていたのが、段々と語気が強くなってくる。

「あんたは行く場所が無いんでしょ、お金も持っていないでしょ。そんなんで一体どうするつもりだったのよっ。
それなのに出て行くなんて書いてあって、あたしは片っぱしから探したのよ! あたしは……心配、したんだからねっ!」

湧きあがった感情を抑える事無く、僕にそれをぶつけてくるアリサさん。
その瞳にうっすらと浮かぶ涙を見て、僕はようやく悟った。

『……ねえ、もしかして、アリサさんって、怒っていたわけじゃなくて、ただ単に僕達の事を心配していただけだったのかな?』
『憤慨の要因は恨みや怒りだけじゃねぇってだけの話だろうが』

返事は期待していなかった心中の呟きに、答える声があった。
……はぁ、ここまでお膳立てして貰わないと分からないなんて、自分で自分が情けないや。

「……ごめん、僕が悪かったんだね」
「違うっ、別にあんた悪いって話じゃなくて……っ」
「違うくないよ」

置き手紙なんて一方通行な手段を取るべきじゃなかった。
ちゃんと面と向かい合って話をするべきだった。
アリサさんに世話になったんだから、ちゃんと納得できるように話をするべきだった。
ちゃんとお互いに意見を言い合う場があるべきだった。
僕は、あの手紙一つで納得してもらえると勝手に思っていたけど、それも間違いだった。

僕の間違った事は考えれば色々あるけど、でもそれ以上に、

「だって今、僕がアリサさんにそんな顔をさせてしまっているんだから。
昨日はアリサさんの笑顔が見たいって言っていたのに、僕自身がその笑顔を曇らせるような事をしていた。これは、十分悪い事だよ。
……だから、ごめん。心配をかけて、ごめん」

これこそ謝罪するべき事。言葉はちゃんと届くように目を見て話し、言うべき事をすべて終えてから、誠意の証として深く頭をさげる。

「べ、別に心配とかそう言うんじゃなくて、ただ、……そうっ、不満だっただけよ!」

頭を下げているから、アリサさんが今どうしているかは分からない。でも、顔を赤くしてそっぽを向いている姿が容易に想像できるのが不思議だった。

『ククッ、さっき思いっきり「心配した」って言ってたのになぁ?』

いや、それは言わぬが花ってやつだと思うよ、ソウル。
話が出来るくらいまで表に出てきたかと思えば、すぐそうやって挙げ足を取るような事を言うんだから。
でもまあ、ソウルはきっと最初から分かっていて、僕自身が分かるまで黙って見守っていたって言うのは、ソウルらしいとは思うけど。

「ま、まあ、いつまでも頭を下げられても困るし、次に同じような事が無いっていうなら、ちゃんと許してあげる。
だから、ほら、顔、上げなさいよね」
「……うん、ちゃんと話せる事は話すようにするよ」

そうして僕達は笑いあった。そこには最初からわだかまりなんて無かったみたいに。

「あ、さっそくだけどアリサさん」
「ん、何よ」
「僕、元々この家に戻ってくるつもりだったよ?」
「……………は?」
「出てくるとは書いたはずだけど、戻ってこないなんて書いてないよ。
そもそも、調べるのはひとりでやる旨を書いただけだったんだけど……アリサさん?」

どうにも手紙の中で、勘違いさせていた部分があったみたいだから、改めて教える。
と、アリサさんはうつむき加減に何か呟く。
どうしたのかな~、と思って、、

「紛らわしいのよぉ~~~っ!!」

その直後に爆発しました。それも、間違いなく怒りによる大爆発だった。
結果、僕は夕食抜きで一晩中正座の刑となりました。

「チッ、最後に余計な事を言わなけりゃ……」

ソウルはそうぼやき、僕は、間違った事は言ってはいないとは思うけど、それでも最後のアレは確かに余計だったかなぁと思う次第でした。
結構今日の昼間は歩きづめとかで疲れていたから、この仕打ちはかなり辛いです。



Side:アリサ


了の家出未遂事件が終わって一夜が明けた。まったく、どれだけ人騒がせなんだと思う事件だった。
今回のアレは、あいつが全面的に悪いという事で決着したし、きちんと反省している様子だから許す事になった。
まあ、あたしもちょっと早とちりしちゃった部分もあるけど、ね。

「さて、それじゃあ改めて話し合いと行きましょうか?」

一晩経ってあたしも頭に上った血が十分に抜けたので、改めて了に話を聞く手筈となっていた。というか聞く。コレ、決定事項ね。

「ああ、うん、分かったよ……」

対する了は、了解の返事をするけれど、どうにも覇気が感じられない。
まあ、普段から欠片も覇気なんてないけど、今日はいつもに輪をかけてユルイ。

ああ、一晩中正座していろとは言ったけど、実際にそんな事をやったら拷問とか人権侵害になっちゃうから、手頃な時間を見て止めるように言ったわよ。……一応。

「了様、大丈夫ですか?」

そんな姿に鮫島が気遣わしげに声をかけていた。そんな鮫島に、了は「大丈夫」と返していたけど、あんた、目が死んだ魚のソレっぽくなってるわよ。

そんな感じに始まった今回の話し合い。この場に居るのは当事者である了が居るのは当然として、こいつを拾ってきた責任者としてあたし。大人代表として鮫島の三人だ。
本当は、家主であるお父様とか居た方がいいのではという話もあったけど、忙しいので鮫島に一任する、という事になったらしい。

「じゃあまず、バニングス家から、あんたに対する処遇を言うわよ」

その鮫島は、了とのやり取りはあたしに一任すると言って、静かにあたしの後ろに控えている。
なので、この話し合いは実質的に、あたしと了の二人でやり取りされている。

「まず、あんたは身の振り方が確定するまではバニングス家に滞在する事。
ちなみに、これは確定事項だから、あんたに拒否権はないわ」

これはお父様も了承済み。昨日の夕食のときにあたしから頼んでみたけど、結果は一秒で了承してくれた。
というより、元々、お父様もそのつもりだったみたいだけど。

「当然、あんたが滞在する間の世話なんかはバニングス家で賄うから。これも確定事項だからあんたに拒否権は無し。了解した?」

今更隠しようもないという事であたしも教えて貰った事なんだけど、了には戸籍が無い。
バニングス家では、今までずっと了の経歴を調べていたけど、了が海鳴市に来るまでの足取りがまったく追えていない。
了自身から住んでいた場所の事を聞いたけど、それでも何も分かっていない。正直お手上げ状態というのが現状だ。

もしかしたら、了が嘘をついていた、という可能性もある。
でも、あたしは了が嘘をついているとはどうしても思えない。それは鮫島も、お父様も同意見らしい。

それがなくとも、少ししか了と付き合いはないけど、悪い奴じゃない事も分かっているし、そもそも子供一人を放っておくなんて許せる事じゃない。
だからお父様も、学校に通わせる事も視野に入れて家に了を置いておく事に賛成してくれたのだ。

「はい、了解しました」

食ってかかってくるかもと思ったけど、思いの外すんなり聞き入れてくれた。
まあ、こいつも頭が悪いわけじゃない。子供が大人の庇護も無しに生活できるほど世の中甘くないと分かっていると思うし。

「細かく言えば、朝食、夕食は一緒に摂る事。拒否権は無し。
家を出るときは誰かに声をかける事。拒否権は無し。
基本的に滞在の期間は決めないけど、長くなるようなら学校に通う事。拒否権は無し。
あんたの調べ物にはあたし達も協力する。拒否権は無し。他には……」
「……あの、なんか僕には一切の拒否権が無いみたいなんですけど?」

次々に述べる宣告に、了は辟易としながら呟くように本音を漏らす。
でも、これくらいで済ますのだから、随分と穏便だと思って欲しいわよ。

「……とまあ、あたしの方から言うのはこんなものね。了は何か言いたい事はある?」

一通り了に拒否権が無い事を教えたところで、今度は了の話を聞く。
まあ、拒否権は無しと散々言っていたけど、了にも了の事情があるわけだろうし、全てを押し付けるつもりはない。
意見があるって言うなら、最大限聞き入れるつもりよ。

「うん、基本的には反論する事は無いよ。
そもそも、世話になるのはこっちだし、内容にしても、拒否するまでもなく当然の内容ばかりだし」

うん、聞きわけがいいのはあたしとしてもうれしいわ。

「ただ、素直に拒否権がない事を受け入れる事が出来ないのが二点あるんだ」
「ダメ。拒否権は無しよ」
「いや、せめて言うだけ言わせてよ……」

了が意見を言おうとしたのを、ちょっと冗談で切り捨ててみたけど、なんだか随分とゲンナリ具合がレベルアップしたような言い方をされてしまった。

「冗談よ。別にあんたを籠絡とか軟禁とかしようってわけじゃないんだし。
多少は融通を利かせるわよ」

そう言うと、安堵したように息を吐き出していた。もしかして、本気でダメって言ったと思われたのかしら。

「とりあえず、学校に通うのは抵抗があるなぁ~って」
「そんなの却下よ。高校ならいざ知らず、小学校は義務教育なんだから」

多少の融通は利かせると言ったけど、それは多少の融通の「た」の一文字にもかすりもしないわよ。そんなのお父様とかの意見を聞くまでも無く却下よ却下。
そもそも、義務教育は日本国民の三大義務の一つ。それを嫌というだけで無視するのは、日本国民である事を放棄する事になるのよ?

「まあ、これに関しては、僕の方でなるべく言い訳をして、そのつど小学校に通う事に抵抗する事にするとして……」
「正当な理由も無いのに、不登校だなんて認めないわよ!」

というか、どうしてそんなに学校に通うのを嫌がるのかしら。
もしかして、前の学校でいじめられてたとか、実は成績が凄く悪くて嫌な思いをした事があるとか、そう言う理由があるのかも。

「本題はこっち。僕の調べ物に協力してくれるって言うけど、これは拒否する」

不登校を希望する理由を尋ねようとしたけど、それより先に二つ目の納得出来ない事を了は言っていた。しかも、こっちは明確に拒否してくれた。
なるほど、そもそも昨日の事件の発端もコレなんだから、これは然るべき事か。



Side:ソウル


目の前で交わされるやり取りを、オレは何も言わず眺めていた。
了は意見の大部分を呑む気でいるらしいが、オレからすれば甘過ぎる。
確かに後ろ盾の無いオレ等にとって、この「バニングス家」というのは非常に利用価値がある。向こうはオレ等に対して随分と友好的であるし、拠点とするには十分以上だ。
だが、だからと言って行動を制限されるのは享受してやる事柄じゃねぇし、そもそも、こいつらはオレ等に関係がねぇ。

バニングス家が多方面に少なからずの影響があるのは察しがつくが、結局のところは一般人の集まりに違いはねぇ。
そんな連中だ。魔術や平行世界の移動などと言った要素に関わりのあるオレ等の現状からすれば、行動の制限はすべからずデメリットだ。

それに、よしんばそれを理解された上で協力を得たれたとしても、それはそれで面倒だ。
無知な連中が魔術師連中の巣穴、たとえば時計塔をつついてもろくなことにはならねぇ。
さらに、下手にオレや了の情報が魔術師に流れちまえば、最悪、殺す、殺されるの事態まで発展するだろうが、それこそ面倒以外の何物でもねぇ。
ま、世界が違うんだから、魔術協会自体が存在しねぇ可能性もあるが、だからと言ってねぇと楽観視するわけにもいかねぇしな。

魔術に関わる事はすべからず表に出てくる話じゃねぇ。もし仮に、バニングス家が組織として裏方面に精通する部分があったとしても、やはりそれはリスクにしかならない。
だったら、最初からオレ等だけで行動した方が気が楽だし、安全だ。
そういう意味じゃ、ここを出て行く事も視野に入れねぇとな。

とはいえ、この家は拠点としてしては申し分ない事も確かだ。もしここを出たとして、ガキ一人が生活するのに今の世の中は面倒事が多いだろう。
手段がないわけじゃねぇだろうし、どうとでもする事は出来るだろうが、それもまた、厄介な事に変わりはない。
そんな厄介事はここに居るだけでクリアできる。
干渉されたくないが、拠点は欲しい。そのさじ加減が交渉によって大いに変動する。

幸いな事に、どうやらバニングス家の連中は交渉などという意思は無く、ただ、オレ等を庇護下にするべきと考えるだけだ。
そこに隙はある。上手く丸めこめば、理想的な拠点の出来上がりとなるわけだ。

……なのだが、

「とりあえず、学校に通うのは抵抗があるなぁ~って」
「そんなの却下よ。高校ならいざしらず、小学校は義務教育なんだから」

この身体の持ち主は、交渉なんて高等技術を持ち合わせちゃいねぇ。

いくら昨日やそれ以外の事に負い目があるとはいえ、小学生程のガキに言いくるめられる、いや、これは言いくるめられるなんてものより性質が悪い。
ガキ相手に頭が上がらない力関係が出来上がっている。
お前も一応中身はいい年なんだから、親の庇護を受けるだけのガキより立場が悪いのを容認するとはどういう了見か。

「本題はこっち。僕の調べ物に協力してくれるって言うけど、これは拒否する」

その辺りどう思うかと問い詰めてやろうとしたが、続いて出た言葉に、オレは口を噤む。
一つ目は軽い雰囲気での提案だったが、本題と称したその時の真剣な面持ちから、この意見に対する本気具合が引き立っている。
現に、アリサは明確な拒絶の意思を込めたその言葉に、片眉がぴくりと動く。さっきまで従順だった相手が急に掌を返したのだ。察する部分もあるんだろう。

こんなやり取りは交渉と言えるほどではないが、これはこれで悪くないかもしれないとオレは思う。
一応、了もまた最低限譲るべきでない点は心得ているようだ。ならばこの場は一任するのも一興か。

そもそも、オレはこの時代の人間じゃねぇ。了と“繋がった”事で了の知識がオレに流れこんできちゃいるが、オレは世間を知っているとは言えねぇ。
だから日常は了の領分と割り切って、オレは一任してんだ。この程度、了がやりゃ良い。

「それくらいはっきり拒否してくれるなら、理由もちゃんと説明してくれるわよね?」

アリサも十分空気を読んでいる。冗談でも拒否権は無いなどと言わず理由を尋ねてくる。
さあ、てめぇはこの場をどうやって切り抜ける気だ、了?

「え~と、う~ん…………」

……どうやら何も考えていなかったようだ。
思わずバカかと罵りたくなったが、それ以上に、期待したオレがバカだったようだと気付いたので何も言えねぇが。

それにしても、言ってから考えるとは何事だ。交渉の場で沈黙なんて悪手もいいところ。
場合によってはアリかもしれないが、この場では最悪だ。
アリサが「話を聞く」と言った時点で、低かった立場は一時的にアリサに近くなったのだ。
ここはたたみ掛ける事で立場を逆転させ、後は一方的にねじ伏せるべきだった。
だが、黙ってしまった時点で再び立場が低くなってしまった。こうなってしまっては、こっちの意見を通す事が面倒になってしまう。

「あんたねぇ、理由も分からないのに言い分を聞き入れるとでも思ってんの?」

そら見ろ、てめぇが黙っている内に、アリサは上から目線でこちらの言動に牽制を仕掛けてきたぞ。これで立場が元通り低くなった事が確定だ。
ったく、面倒も確定して、下らねぇ以外の何物でもない。

つぅか、アリサは素でこんなやり取りをするとは……。リーダー気質を持っているとは思っていたが、そんな事もできるか。
これは、本能レベルで相手より上の立とうとする思考回路が刻み込まれてんのか?

生まれついての強者。……似合うな。

『え~と、どうしようソウル』
『うるせぇんだよ草食動物』
『えぇ~』

そしてこちらは、生まれついての弱者だった。
情けない声色で助けを求めてくるそいつは切り捨ててやる。
こいつはこいつで、一本芯が通っていて、いざという時の暴れっぷりには目を見張るものはあるが、所詮は草食動物。
平時においては、肉食動物相手に逃げる以外の手段は持たねぇか。

が、それに対して仕方がないと思ってしまう辺り、オレも随分丸くなっちまったか。

「ほら、理由があるなら早くいいなさいよ」
「……うるせぇな。教えてやるから少しは黙れ、ガキが」

打算としては、これ以上了には任せておけねぇ。
心情としては、オレもアリサに興味が出てきた。
そんな理由は誰にも説明はせず、了を押しのけて表に意思を出す。

「え、り、了?」

見れば、アリサはいい塩梅でうろたえている。その後ろでは鮫島も似たようなものだ。
突然言葉や態度が一変したのだ。そんなリアクションが当然であり、これで平然としていたならそっちの方が異常だ。
だが、今はその程度の動揺じゃあ足りねぇな。

「ハッ、オレをあんな軟弱コンニャクと一緒にすんじゃねぇよ」

腕を組み、脚を組む。あくまで高圧的で、見下すように。揺らいだ態勢を整える間もなく、さらには疑問を解消させる事無く言葉を継ぐ。
必死に理解を追いつかせようとする姿が滑稽だと嘲笑う。
さっきまでの、何処か平和ボケしたような空気を一変させる。

「いや、毎回言うけど、何で僕って軟弱コンニャクなのさ?」
「……うるせぇ黙れ」

怒りを押し殺して了の突っ込みを叩き潰す。せっかく主導を握る場を整えてんのに、気を抜けさせて相手に余裕を回復させる隙を与えるのか、こいつは。
せめて口に出さずにツッコミを入れろ。
つぅか、何故荒事以外でオレが人前に出てきたかの方にツッコミを入れろよ、まずは。

「な、何なのよあんたは」

チッ、ほらみろ。アリサはガキにしては中々の胆力の持ち主だ。まだ完全回復には遠くとも、聞くべき事を聞く余裕を与えてしまったじゃねぇか。

「そうだな、オレの事はソウルと呼べ。間違っても軟弱コンニャクと同じ名で呼んでくれるな」

とはいえ、引いたらジリ貧だ。オレが出たからには在るのは前進のみ。
敵対するモノは打倒し、駆逐する。それが、オレに出来る唯一の事だ。

「ソウル……?」
「ああそうだ。さらに言えば、てめぇらが聞きたいと騒いでた、協力を拒む理由はオレだ」
「え、どういう……」
「言葉通りだ。その程度も分からないか? それともまさか言葉が通じていないなんてほざく訳でもねぇだろうが」

アリサが疑問の声を上げるのを遮ってオレは挑発を交えた言葉を紡ぐ。胆力はあっても所詮はガキ。単純な挑発で簡単に冷静な判断力を鈍らせる。

「な……っ」

現に、オレの思惑通りに冷静さを失って、言葉もまた失っている。これで、すでにこいつを陥落せしめるのは随分と楽になったと言える。

あとは後ろに控えている鮫島か。
こいつはすでに冷静さを取り戻し、予定調和の中に存在していなかった、突如として現れた存在であるオレに対してどうするべきか警戒しつつ、思案を巡らせているようだ。

「さあ、話を続けるぜ、アリサ・バニングス?」

そんな優秀な人材であろう初老の男を見ていないかのように、オレはあくまでアリサに対して声をかける。
この場で発言権を持つのはオレとアリサの二人だけ。他の連中はカヤの外であり、行われるのは対談であって荒事を起こす気はないと暗に伝える。

「……」

そんな思惑が通じたか、鮫島は何も語らず僅か踏み出していた足を戻していた。どうやら、この場は様子見をする事にしたようだ。
もっとも、いざとなったらすぐにでも口や手を出す所存だと言わんばかりの雰囲気だが。

「どうやらオレの言い分が理解出来ていないみたいだからな、情けをかけて特別に補足説明をしてやろう」

鮫島の態度に、気付かない振りをしたまま口上を続ける。
対面で困惑ながらも、なんとか対応しようとするアリサを真正面に見据える。

「見ての通り、オレ等は真っ当な人間じゃねぇ。そんな真っ当じゃない人間の調べ事に、真っ当な人間が調べて何が分かる訳でもねぇし、むしろ邪魔だ。
これが理由だ。ここまで言えば足りない頭でも十分理解に届くだろ?」

嘘は言わず、だが真実も言わずに、ただオレ等の存在は異常で在ると告げる。
ひとつの身体にふたつの魂なんざ言っても分からねぇだろうが、現にオレと了の切り替えを目の当たりにしてりゃ、向こうで勝手に脳内補完でもしてくれんだろ。
すでにオレが場を支配している。こんな場で空気を読めないような発言をする様な奴はこの場に居ない。後は単純、ごり押しで進めるだけで事は済む。

「いや、ソウル。もうちょっとオブラートに包んだ言い方をしようよ」

……居やがった、空気を読めない奴が。

『うるせぇ。つぅか、何でてめぇは敵に味方するような事を言いやがるんだよ』
「だって、アリサさんにはお世話になってるし、わざわざ酷い言い方は必要ないよ」

そしててめぇは、何でオレが口に出さず話してんのに、声に出して返事をしてんだよ?

「……了も、居るの?」

困惑の声を出すアリサを見て思う。了が助け舟を出した事で息を吹き返しやがったか。
あとひと押しで屈服させる事が出来そうだったのに、面倒起こしやがって。

「あ、うん。ごめんね、ソウルが急に出てきたり……」
「ハッ、だからてめぇは下らねぇってんだよ」

さらにフォローをしようとする了の意思を遮る。
目の前で一人の人物が言動を全く別のそれへと変えながら話す姿がよほどおかしな物にその眼に映るのか、アリサも鮫島も戸惑いの色が強い。

「了と、……ソウルって二重人格とかそういうヤツなの?」

それでもこうしてアリサが口を開く事が出来るのは、了の存在が確かにここに在るという事を肯定でもしてぇのか。
ま、アリサが何を想うかは本人次第だ。オレの勝手な推測にゃ、意味はねぇな。

「あんな二重人格なんざチンケな輩と一緒にされんのは……」
「うん、説明するのにはややこしいから、まあ、そんな感じに思っていて構わないよ」

今度は了がオレの言葉を遮って出てきやがった。

「……おい、だから何でてめぇは大人しくしていねぇ?」

流石にここまで来たら、口に出さないもクソも無い。オレもまた声に出して、了の行動に文句を言う。

「だって、元々僕が話をしていたんだし、むしろ、途中でソウルが出てきた方が不自然だと思うんだけど?」
「そりゃあ、てめぇが頼りにならねぇからに決まってんだろうが」

あんな、すぐにでも丸めこまれそうだったのに、何故その口はそんな事を言える?

「あはは、ごめん、ソウル」
「……ああクソっ、色々台無しじゃねぇか」

了の気の抜けたな笑い声に、せっかく珍しく意気込んでやったというオレのやる気の大半が削がれた。
ああもう、やってらんねぇ。

「チッ、興ざめだ。……おい」
「え、な、何よ?」

一旦削がれたやる気を再度充填しようなんざ思わねぇ。完全にやる気がなくなったまま、アリサに声を掛ける。

「やる気がなくなったから後は勝手にしろ。だがこれだけは覚えていろ」

気だるさを前面に出しつつオレは言う。

「オレが真っ当な人間じゃない事は確かだ。オレの存在はてめぇらにとって不都合な事にもなるだろう。
下手な同情で助けようとするな。同情するくらいならさっさと見限れ」

それで終わりだと、あとは引っ込む。ああ、下らねぇ時間を過ごした。
ったく、最初からオレみてぇな本来戦うしか能のねぇ奴が交渉しようってんのが間違ってたんだってんだな。
我ながら無駄をしたなと自嘲する。

「……ごめんねアリサさん。ソウルが急に出てきて驚いたでしょ?」

困ったように頬を掻きながら、了はそんな事をのたまう。
そんな事では交渉にはならないと思うが、すでにオレはさじを投げた。後の責任のすべては了が負うもんだ。何を言おうと興味はねぇ。

「でも、最後のソウルの言い分だけは僕も同意見だよ」

ああ、これでつまらねぇ日常へ突入かと考えていたら、思いの外まともな意見が飛び出していた。

「ソウルは自分が真っ当じゃないって言っていたけど、それは一緒に居る僕も同じ。僕も結構、言えない秘密があるんだ。
信用してもらうためには言うべきかとも思うけど、それでもやっぱり言えない。
僕達はアリサさん達に迷惑とか掛けるつもりはないけど、その秘密のせいで迷惑をかけるかもしれない」

そこで了はいったん言葉を切ってアリサの様子を窺うが、アリサの方は了の言い分を最後まで聞くつもりらしい。それを見て、了は再び口を開く。

「助けてくれるのはうれしい。でも僕達にとって、ここに居なくちゃいけないという理由は無い。
もし僕達がここに居て良いという理由が、ただの同情とかそういうのなら、それこそが僕達にとって迷惑、なんだ」

それで言いたい事は終わったと了は口を噤み、後はそちらの判断次第だとアリサを見つめる。
ったく、そこまで言えるならオレが表に出る必要は無かったじゃねぇか。
だが、まあいいとも思う。オレという存在が現れて、アリサ、つぅよりも鮫島だな。向こうはオレ等に対する不信感を持った事だろう。
それはそれで丁度良い判断材料ともいえる。再度、一考しようとする要素にゃ十分だ。

だが、アリサは了の言葉を聞いて何を考えるか。
これは、すでにアリサが考えるべき事じゃねぇ。
この場は本来、既定事実を告げる場だった。だからこそアリサに一任していても何ら問題は無かった。
だが、今はすでに状況は変わった。了だけならともかく『オレ』という不確定要素がある以上、判断は家主に仰ぐべきだ。

「……ねぇ了。聞くけど、本当に家から出て行っても平気なの?」

一体何を考えていたのか。僅かと言うには長い時間をかけての思考を経て、アリサは口を開いていた。

「うん。まあ多少の苦労はあるだろうけど、苦労に大小の差異があったとしても、苦労があるのはどこでも同じでしょ」
「あたし達の助けは全然要らないの?」
「そんな事はない。でも、別に無くてもどうにかなるよ」

「ソウルって何者?」
「それは言えない。でも、それでもあえて言うなら僕の友達って言ったところかな」

「了とソウルは何が目的なの?」
「目的、そうだね、目的はあった。でもそれはすでに果たしてあるし、果たした結果としてここにいるんだから……う~ん、今のところ無いって事になるのかな」

了とアリサの間で問答が繰り返される。アリサの方は、考えて聞くべき事を聞いているというよりは、ただ思いついた疑問を次々ぶつけてきている印象だ。
対して了の方は単なる否定や肯定では無く、ただ誠意をもって正直に答えてゆく。
二人の問答の他はいたって静か。時計が針を刻む音が耳に届くほど。

話すのは了とアリサ。そしてそれを見守るのはオレと鮫島。
短いやり取りがいくつか交わされるだけの空間がそこには在った。

「……そっか」

そして、いくつかの問答を終えたアリサは、そう呟くと静かに瞳を閉じる。
その姿は、普段見掛けた強気なそれではなく、かといって弱気になっているそれでもない。
ただ真摯に真っ直ぐに前を見つめようとしている。そんな印象。

「……よしっ、決めた!」

数秒の沈黙の後、ゆっくりと閉じた瞳を開く。
そこに居たのは、向こうっ気の強い、アリサ・バニングスという少女そのものだった。

「今度遊びに行くわよ!」
「………は?」

そして出てきたのは、まったくの予想外のものだった。
あまりに斜め上を行くそれに、オレも了も揃って間の抜けた声をだしてしまう。

「あ、あのアリサさん、話が見えないんですけど?」

了がおずおずといった具合に、もっともな疑問を投げかける。
それに対してアリサは、これこそが自分と言わんばかりの強い笑みを湛えて見据えてくる。

「いい? 今度の休みの日、あたしは友達の家に行って遊ぶ約束があるの。
そこにあんた達も来なさいって事よ
元々、了を連れて行ってそこで紹介する手筈になってたんだから問題は無いわ」
「いや、完全に初耳なんですけど?」

了は単純に遊びに行くという行為に気を取られているが、……それがてめぇの選択なのか、アリサ?

「昨日言おうとしたら、あんたが騒ぎを起こしていたんでしょうが」
「あ、う……」

了、撃沈。……弱ぇ。
ま、今更期待なんざしちゃいねぇから、それはどうでもいい。

「で、てめぇはオレ等をどうしようってんだ?」

役立たずは無視して、重要な部分を聞く。
遊ぶってのが、単にこの場を誤魔化すだけだってんなら容赦はしねぇ。
だが、それは違うだろうとは予想している。そして、その答えをその口からはっきり言われねぇと、オレは了承してやらねぇぞ。

「は? 何言ってるの。あんた達が家に滞在するのは決定事項で拒否権は無いって最初に言ったでしょ」

そしてアリサは、オレの予想通りの事を、それがさも当然と言ってのけた。
オレという存在を鑑みれば、そこに一考の余地があってしかるべきだろうに。

「それに、あたしは了を信用できると思うし、そしてその了はソウルを信用している。ただそれだけの話でしょ」

それでもアリサは「信用」という形のねぇモノを、確固たる拠り所として答えていた。
そのあまりに真っ直ぐな瞳は、オレには眩し過ぎる光に映る。
……これは、終幕だな。

「ハッ、後悔するぜ?」

アリサは断言をしていたが、それでも最後に確認する。
これで僅かでも怯むようなら、その内アリサはオレ等を持て余す。そして後悔する事だろう。
もしそうなったら面倒だ。今のうちに関係は完全に切り捨てた方が良い。

「しないわよ。これはあたし自身の意志で決めた事だもの。これを覆した方がよっぽど後悔するわ」

だが、アリサは一片の迷いも無く言い切った。
……なるほど、見誤っていたのはオレの方だったか。

「おい、そこのじじぃ。てめぇは自分とこの御令嬢がこんな勝手を決めているが、まさか良しとするのか?」

いいだろう、お前の事を認めてやろう、アリサ。そして、その言い分、聞き入れてやる。
ならと、今この時まで話に介入してくる事は無かった、この場を任されていたであろう人物に話を振る。

いくらアリサがうそぶこうとも、所詮はガキ。決定権を持ってはいない。
持っているのは家主であるアリサの父親。そして、そいつが代理として認めた鮫島だ。
こいつが認めないのなら、話は決裂になる。

「はい。一介の使用人である私が口出しする事ではありません」

だが、鮫島は温和な笑顔を浮かべて、この場の決定を承認すると言った。むしろその表情は嬉しそうな色合いが見て取れる。
一介の使用人が口を出す事ではないと言うが、この場を任されたのなら口出しの権利は十分持ち合わせている。
だが、それをしないという事は、使用人である事を盾に思考を放棄しているのか、自らの意思で考えた結果として同意したか。

「……てめぇらがオレ等を信用するのは勝手だ。だが、オレがてめぇ等を信用するかどうかは話が別だ。
オレはオレなりに勝手にさせて貰う。これには文句は言わせねぇ」

鮫島の意思はおそらくは後者だろう。つまりはこいつもアリサと同様、了を、そしてオレも信用するって事なんだろうな。
なら、オレもまたアリサを認めると考えた以上、信用をしておいてやろう。

だが、未来は不定だ。どうなるか分からない。
もしオレがこいつらを裏切る事になったとしても大丈夫なよう、伏線を最後に張る。
こんな言い方をすれば、オレはまだ信用していないと伝わるだろう。
信用されていないと思われているなら、いざという時には、やはりあいつは裏切ったと、オレを貶める事で、少しでもこいつらの心中は軽くなる。

オレは悪だ。いざという時はオレという存在を怒りや憎しみのはけ口にでもなれば、それで一向に構わない。オレの心中をこいつらが知る必要はない。
それがオレの在り方だ。否定するわけにはいかないオレの生き方。
かつての仲間には不器用と言われたが、信用されていないと思われる方が色々と良い。

「だから、何でソウルは実はちゃんと信用しているのに、わざわざ信用していないと取られるような言い方をするかなぁ?」

……そして、てめぇは何故そう余計な事を言う。

「え、それってどういう事?」
「ほら、ソウルって信用するしないは勝手にさせて貰うって言うけど、信用しないなんて一言も……」
「ハッ、下らねぇ。何でてめぇはそんな能天気な思考回路をしてんだかな」

また勝手な事を言おうとする了を遮る。ったく、なんだってんだよ。昨日の魔法使いのガキと話している時は何も言わなかったってのによ。

「へ~、そうなんだ~」

が、どうにも遅かったようだ。目の前に居るアリサは何ともニヤニヤした笑みでこちらを見てくれる。
それ顔が「アンタがお人よしだったって分かったわよ~」と如実に語っているようで、
何処か勝ち誇っているようにも見える。

……なんつぅか、すげぇ腹が立つ。
これは、逆襲を仕掛けねばならねぇなぁ?

「それにしても了。何で今回はいちいち文句言ってくんだよ。
……まさか、アリサに惚れたなんて抜かすつもりじゃねぇだろうなァ?」
「えっ?」

オレの一言に、了ではなくアリサの表情が固まる。
そのアリサのリアクションを見届けたところで、オレは引っ込む。
爆弾は投下した。後は連中が勝手にやってくれるだろう。

恋愛、なんて崇高なもんじゃねぇだろうが、多少気になる異性が、自分を好いているかもしれないという情報を、アリサは一体どう解釈するか。
それは分からねぇが、少なくとも了の事は意識するようになる。
そして、思い出すだろうは、昨日の口説き文句もどきやら、邪気の無い笑みだとかか?
そんな事を思い出して、そんははずはないと否定するが、心の何処かにそれは引っ掛かり……

「いや~、それは無いよ」

そして、空気を読めない了は、さらりとアリサに惚れている事を否定していた。
それを聞いたアリサは、オレの言葉の時とは別の意味で表情が固まる。
そりゃあ、内心、一人で舞いあがりそうになっていたら、その相手から冷や水を掛けられたんだからなぁ。

ああ、こいつらは本当に予想通りの行動をするな。

そして、続くであろう、了とアリサの行動を見る事無く思う。
……ああ、平和な一コマだ、と。






あとがき


今回の話で主人公ズがバニングス家にお世話になる事が確定となりましたという第四話。


次回、三人娘のお茶会に主人公ズが介入します。
初対面のすずかはともかく、仲間フラグをへし折ったなのはと顔を合わせてしまうこの状況。一体どうなる?
さらに現れる、ジュエルシードを求めるもう一つの影。
ここから本格的に原作への介入が始まるのか。
そしてなにより、巨大な「あいつ」が登場する(笑)




[14283] 第五話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/03 20:54
 
最初は、ユーノ君の助けて欲しいという声がわたしに届いた事がきっかけ。
 
ユーノ君は、無理して自分の手伝いをしなくても良いと言ってくれたけど、
それがわたしにしか出来ない事だって言うなら、
誰かを助ける力が自分にあるなら、
その力を誰かを助けるために使いたい。
だから、わたしからユーノ君にお手伝いを申し出たの。

そうして始まったジュエルシード集め。

大変な事はいっぱいあったけど、それでもユーノ君と協力して、ひとつ、またひとつって集める事は出来た。
でも、全部が上手く出来たわけじゃない。

一度、わたしがジュエルシードを見逃しちゃって、昼間の、しかも人のたくさんいるところで、みすみす暴走させてしまったの。

そのジュエルシードは回収する事は出来たけど、暴走した後の壊れた街や、けがをしちゃった人を見たのは、とてもショックな事で、とっても落ち込んだりもした。

そして、思ったの。もう、こんな事にならないようにしたいって。

困っている人を助けられるなら助けたいと思うし、放っておいたら困っている人がたくさん出てくるというなら、何とかしたい。
そして、わたしには魔法の力がある。
誰かに言われたからじゃない。わたし自身の想いで、そうしたいって決めた。

そう決めた矢先、わたしはひとりの男の子に出会ったの。

その男の子は、とっても口が悪くて、とっても意地悪で。
でも、わたしの話をちゃんと聞いてくれるって言ってくれたの。

お話出来るなら分かり合える。だから、その男の子が持っていたジュエルシードが、どんな危険なものかを教えて、わたしに任せて貰おうと思ったの。

なのに、その男の子は、一通りお話をしたら、そのまま持ち逃げしちゃったの。
お話を出来て分かりあえたと思ったのに、それを簡単にひっくり返されちゃって。

ユーノ君は、目的も分からないし、それ以上にあの男の子の雰囲気は危険だと言っていた。
わたしも、ジュエルシードを悪い事に使って欲しくないと思う。

でも、どうしてあの男の子は自分の事を悪い人だって言うのかが気になるの……。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第五話



Side:ソウル


今オレは、アリサに拒否権無しの強制連行という形で乗せられた車に揺られていた。
目的地はアリサの友人である月村という奴の家らしい。
なんでも、今日は親しい友人と一緒に遊ぶ約束をしており、そこでオレ等の事を紹介する、などというらしいが……。

正直、ガキの戯れなんざに興味はねぇ。
オレ個人としちゃ、即断で拒否するとこなんだが、宿主である了が変に乗り気なせいで、こうしている。
お前、見た目はガキでも中身は高校生だろうに、なにしようってんだかな。

だがオレもこの状況で、いつまでも不機嫌だからと言って黙っているわけにもいかねぇ事項もある。
仕方無しに口を開く事にする。

「おいムッツリ」
「誰がムッツリよ!?」

声をかけると、アリサはまったくの予想通りのリアクションをしてくれる。
おもしれぇとは思うが、そろそろ別なパターンを考えねぇと飽きるってのが分かってねぇな。

「……ハッ」
「何よ、その人を小馬鹿にしたような態度は?」
「ような、じゃねぇ。小バカにしてんだよ。ったく、たとえ一世風靡した一発ギャグだろうが、年を跨げば廃れる事も多いってのになぁ?」
「あんたは一体なんの話をしてんのよ!?」
「いや、ソウル、意味も無くアリサさんにケンカをふっかけないでよ」

巻き添えを食うのは自分だからと、了が間に入ってくる。
だが、そもそもてめぇがアリサと遊びに行く事を許諾しなけりゃ済んだってのによ。

「ハッ、一体誰のせいだと思ってんだよ」
「あんたが原因以外の何物でもないでしょうが!」
「いや、だからホント、仲よくしてよ……」

オレとアリサが言い争いをし、その仲介をしようとする了。
オレとしては、これはこれで仲の良い光景だとは思うがな。

「まあいい。本題だ」

遊びもそこそこにし、本来の目的に戻る事にする。

「……何よ」

アリサはそっぽを向くが、それでもしっかり話を聞く心構えは整えている辺りは、らしいというか。

「言うまでも無い事だとは思うが、「オレ」の事は他言無用にしろ」
「……どう言う事よ?」

オレの真剣味が伝わったのか、そっぽを向いた態勢だったのを変え、真っ直ぐにこちらを見据えて訊ねてくる。

「そのままの意味だ。てめぇが「了」を他の連中に紹介するのは、まだいい。
だが、そこで「オレ」の事まで紹介はするなって事だ」
「いや、だから何でよ」

どうやらアリサは友人に了だけでなく、オレの事もしっかり紹介する腹積もりだったみてぇだが、それこそ認めてやらねぇってんだよ。

「簡単な話だ。一つの身体に二つの人格があるなんざ、他人の目からみりゃあ異常だ。
それをばらして白い眼で見られるのは面倒以外の何物でもねぇ」

まずは、もっともらしい理由を言う。
他にも理由は、オレが普段表に出ない方が便利な局面が多い事や、単に了の方が人付き合いも円滑になるなどというものがある。
ま、一番の理由が「めんどくせぇ」なのだが、それは言わずともいいだろう。

「それなら大丈夫よ。二人共そんな偏見なんて気にしないわよ」

……なるほどな、よほど恵まれた友人関係が築けているみてぇだな。
断言するあたり、友人に対する信頼の度合いは窺い知る事は容易だった。

「てめぇの理屈なんざ知らねぇよ」

だが、だからといって、その信頼がオレに通じる訳もない。

「オレは自身の判断しか信用しねぇ。てめぇや、そこのじじぃにオレの存在を明かしたのも、その方が良いとオレ自身が判断したからだ。
オレは、人づてに聞いた連中や、会った事も無い連中を信用する気はさらさらねぇ。
てめぇの勝手な判断なんざ、オレは聞く耳もたねぇよ」

アリサ何か言いたいようだったが、それを遮って言葉を続けた。
これは決定事項であり、てめぇらの意見を聞く気は一切合財ねぇってな。

「そんな、信用しないなんて事言わないでよ!」
「下らねぇ。オレを説き伏せたきゃ、感情でじゃなく、オレが言い返せないだけの理屈を必死こいて考え巡らせるんだな」

どうせアリサは、了を信じて、その了の信じるオレを信じるだとか、友達の友達も信用できるとか思ってんだろう。
だから、自分の友達の事も信用して欲しいなんざ甘えた考えをオレに押し付ける。

それは下らねぇ。知人の知人が、オレと反りが合わねぇ事なんざ、ざらだってんだよ。
それに、アリサは頭は良いみてぇだが、考えが浅い。もう少し考えてから喋れってんだ。

「ほ、ほらっ、大丈夫だよ。これは言いかえればソウルはアリサさんや鮫島さんは信用に足る人物だって判断したって自分で暴露したって事なんだから」

了が変な空気になりそうだと、フォローを入れる。だが、今回のそれは少し的外れだ。

オレがアリサらの前で正体を現した理由は、人格が二つあるという現実を見せ、僅かでも「気持ち悪い」などと言う思いを抱かせる事が目的だった。
そうすれば、こいつらも少しは距離を取るだろうと思ったのが、思惑が外れて予想外の方向へ事態は流れただけだ。

「む、別にソウルがあたしを信用しているっていうのは今更の話でしょ」

……なんだ、その切り替えしは。

「おい。それじゃあまるで、オレがてめぇを信用しているのは自明の理とでも言いたげに聞こえるぞ」
「あれ、違うの?」

ちげぇよ。

「ま、てめぇが勝手に騙されるのはかまわねぇが、それよりも、てめぇの友人に限らず、オレの事は他言無用だ」

ちなみに、この話は既に、運転席に居る鮫島は了承済みだ。

オレ等がバニングス家に滞在が確定したその日、アリサが学校へ行った後に、鮫島には話を通した。
流石良識のある上に人が良いのだろう大人な鮫島は、オレという異常は、あまり公言すべきではないと理解を示した。

ま、例外としちゃ、バニングス家の家主であるデビットだな。
流石に正体不明を家主の許可なしに滞在、何て真似はねぇしな。
それ以外にも、オレという存在については、ある程度話は行くだろうが、鮫島の事だ、それは最低限になるようにするだろうから、いちいち口出しはしねぇ。

つぅわけだ。なんにせよ、すでに外堀は埋まっている。アリサが駄々を捏ねようとも、鮫島を既に仲間に引き込んでいるオレに勝てるわけがねぇ。

「……分かったわ。でも、あんたは誰とも話せない事になるけどいいの?」
「なんだ、まさかオレが人恋し、なんて言うとても思ってんのか?」

オレは元々孤独に追いやられる事が確定した道を選んだ。
だが、今もこうして周りには誰かが居る。孤独の道を選びながらも孤独とは無縁でいられるなど、これ以上に望むべきものは持ち合わせちゃいねぇよ。

「……わかったわ。ひとまずそれでいいわ。
でも、二人がちゃんと信用ができるって思ったらちゃんと名乗りを上げなさいよ」
「ま、出来ればの話だがな」
「それなら安心よ」

だって、あの二人だもの。と言外に滲ませてのアリサのセリフでこの場は終わり。どうやら、目的の場所についたようだった。



Side:了


アリサさんの友達である家。月村家に到着しました。
車での車内は、随分緊張があったけど、こうして外の空気を吸えば、もう気分転換は完了だね。

それにしても何と言いますか、この月村邸を見て最初に思ったのは、

「……おっきい家だね」

と言う事だ。バニングス家も相当な物だと思ったけど、この家も負けず劣らずの豪邸だ。
なんというか、お嬢様の友達は、やっぱりお嬢様ってところなのかなぁ。

「う~ん、この様子だともう一人の子も相当なお嬢様って事になるのかな?」

そう言えば、アリサさんは今回の集まりの事を「お茶会」と称していたよな。
上流階級の御令嬢が、ティーカップ片手に談笑に花を咲かせる。

……僕、絶対場違いだ。

「あの子の家は喫茶店よ。別にお金持ちってわけじゃないわ」

僕が空気になじめず浮いている光景を明確に思い浮かべてしまい、どうしようかと思っていたら、アリサさんは僕がつぶやいた事に回答していた。

なるほど。それならちょっと気が楽かも。庶民の金銭感覚を持っている人が誰も居ない場所に僕が居るなんて、正直あり得ないと思うし。

……いや、待てよ。

今のアリサさんの発言を裏返すと自分家とこの家はお金持ちって事になるし、喫茶店の子っていうのも、もしかしたらお金持ちさん御用達の知る人ぞ知る名店な「超☆高級喫茶」だったりして。

そんな三人で催されるお茶会……。
うわっ、そしたらやっぱり僕浮いてるじゃん!

『何言ってんだ。そもそもアリサがお淑やかにお茶を飲んでる姿をイメージするなんざ、オレには欠片もできねぇぞ』

……うん、そう言われればそうだね、ソウル。
割と失礼だとは分かっているけど、心の安寧にはこんな考えも必要なんです。

そんな事を考えつつ、玄関前に到着。こんなお屋敷を訪ねる事なんて人生初なので、正直なところはとても緊張する。
まぁ、バニングス家は今更なので例外だけど。
さてどうしようかと思っている内に玄関ドアが勝手に開く。おお、自動ドアだ。

「ようこそいらっしゃいました」
「いらっしゃいませ~」

なんて訳も無く、ただ単に内側から人力で開けただけの話でした。
ちなみに、開けたのはメイドさん×2だった。しかも、初見でも十人中十人が「メイドだ!」と言うくらいにメイドさんだった。こんな人、リアルで居るんだね。
バニングス邸にも居たけど、何と言うか、雰囲気がこっちの方がメイドさんっぽい。

「いらっしゃい。アリサちゃん」

と、奥の方から長い黒髪にカチューシャをつけた女の子が出迎えに現れた。
年の頃を見るに、たぶんこの子がアリサさんの言う友達なんだろうと思う。

それにしても、温和と言うか、ほんわかした雰囲気の子だった。
うん、アリサさんとは大違いな空気を醸し出して……、

「ねぇ、今すっごく失礼な事考えてない?」

ぎくぅっ。

「ち、違うよ。ほら、個性が真逆でも仲良しだよねって話だよ」

とりあえず弁明する。内容もまあ、嘘じゃないし。

「……まあいいわ、それより、やっほーすずか。遊びに来たわよ」

アリサさんも深くは追求してこなかった事にほっと一息。
というか、お金持ちの家に遊びに行くのに、そんなフランクな感じで良いんだ。
いや、子供だから別にそんな気にする事も無いのかな?

う~ん、お金持ちっていう情報によるフィルターは、思いの外意識に働きかけていたって事になるのかなぁ?

「ほら、こいつが例の居候よ」

などと考えていると、不意に背中を押される、もとい、叩かれて押し出された。
別段痛いというわけじゃないけど、油断の隙をついたようなタイミングだったので、足の踏ん張りを効かせそこない、前のめりにつんのめってしまう。

「ととっ」

結果、出迎えてくれたすずかさんに唐突に急接近。まあ、別にこのくらい慌てるほどでもないので、冷静にぶつかる手前で流れた身体を止める、っと。

「あ……」

……なんだか、狙い澄ましたかのように、目の前にすずかさんの顔があったんですけど。
ものすごく至近距離なので、そのきめ細かい素肌や、整った顔立ち、朱色が刺す頬などがよく見える。
はっきりいってかなり可愛い。将来、美人になる事をすでにこの時点から約束されているような子だなぁというのが率直な感想だ。

「えと、はじめまして?」

とりあえず、挨拶をしてみた。ちなみに、どうして疑問形になっているのかは僕にも分からない。
それにしても反応が薄い。もしかして警戒されてるのかなと思い、危害を加えるつもりはないよと、笑いかけてみる。

「ひやぁわ!?」

と思ったら、すずかさんに突き飛ばされました。
まあ、急に見ず知らずの異性が自分の間近まで近づかれたら、そりゃあ吃驚するだろうなと思うよ。でもさ。

「ふぐぅ!?」

その威力が半端ないってのはどういう事だろう。
両手を突き出してのそれは、僕の胸の辺りを的確に捉えての突き飛ばし。
肋骨と言う防御壁があるはずなのに、その衝撃は肺を直接殴ったような感覚。
肺の中に蓄えられていた空気はその全て外へと押し出されて、息が詰まるどころでなく、停止するような感じ。

さらには足が宙に浮いています。そのまま後方に身体が移動してゆきます。
ぶっちゃけ、物理的に吹っ飛ばされてます。

すずかさんは、大人しそうな外見に似合わず、無茶苦茶な身体能力を持っていたらしい。
アリサさんにドロップキックで吹っ飛ばされたのも驚きだけど、今回のは助走もタメも無しの突き飛ばしで吹っ飛ばされているのだから、さらに凄いと思う。
まあ、吹っ飛ばされるとは言っても、数メートル飛ぶなんて事も無く、単にその場に尻もちをつく感じだったんだけど。

「ご、ごめんなさいっ、大丈夫ですか!?」

すぐに我に返ったらしいすずかさんが心配してくれているけど、正直声が出ません。
酸素を求めて喘ぐように口をパクパクさせるのが限界です。
とはいえ、心配させるのもどうかと思うから、とにかく、月村さんには手で制しつつ、大きくうなずく事で大丈夫と伝える。

『この程度で動けなくなるなんざ、相変わらず軟弱だな』

いや、ソウル。この不意打ちを耐えろという方が無理だから。

これが僕と月村すずかさんのファーストコンタクトになるのだけど、どうなんだろう。
かなり(物理的に)衝撃的な出会いではあったけど……。

「ちょ、ホントに大丈夫なの、あんた!?」

どうやらアリサさんにも心配をかけているようだ。
まあ、現在絶賛呼吸困難の酸素不足中のおかげで、手足が生まれたての小鹿状態だし、もしかしたら顔色も青い可能性もあると思うと、ぱっとみ無事そうに見えないか。

「はわわっ、どうしよどうしよ~って、ふみゃ!?」

ちなみに、この場で最も冷静さを失っているのは、二人いるメイドさんの内の片方でした。
さっきからせわしなく右往左往と落ち着きの無い動きを見せていたかと思うと、何もない場所で転んでいた。
一体この人は何をしたいんだろう?

「至急屋敷の中へご案内します」

そして、もう一人のメイドさんは、混乱の最中にいると冷静っぷりが際立って見えます。

「けほ、いえ、ちょっと吃驚しただけですから、そんな気にするほどはじゃないですよ」

変に混沌とした場になりそうにあった中、どうにか呼吸の方も回復して喋れるようになってきたので、ひとまず大丈夫ですよ立ち上がる。

「あの、えと、でも……」

なんだけど、僕に危害を加えてしまったと思っているらしい月村さんは、僕が大丈夫と言っても、まだ安心が出来ないようだった。

「いや、本当に大丈夫だから。僕は別に打たれ強いわけじゃないけど、男なんだから、この程度でどうこうなるわけじゃないよ。
それよりも、僕の方こそ心配かけちゃたし、そもそも君を驚かせたのは僕の方だよ。
だから、ごめんね?」

そう言って、すずかさんの頭に手を置いて撫でてみる。
謝るのだから頭を下げるべきだと思うけど、それよりもまずは月村さんを落ち着ける方が先決だと思ったので、まずはあやそうという事での行動だ。

「う、うみゅう……」

すずかさんは、俯いてしまったけど、とりあえず嫌がる素振りを見せなかった。
ただ、こうなるとどのタイミングで撫でるのを止めたらいいのか分からない。

「……」

さらに、後方では何故かアリサさんが不機嫌そうにしている気がする。
理由は分からないけど、目を合わせてはいけないと本能が訴えかけてくるので、誤魔化す意味も含め、しばらくの間、すずかさんの頭を撫でてみた。

アリサさんは不機嫌。すずかさんは無言。メイドさんは転んだままと、直立不動。僕は女の子の頭を撫でる。

変に膠着状態になってるっぽいのだけど、どう動けばいいのか分からない。
誰か、この打開するすべの見つからない状況から助けて欲しいです。

『てめぇの自業自得だろうが』

いや、別に僕は何も悪い事をしてないでしょ、ソウル。
と言う事で、ソウルには、助けてくれる気は一切ない様子。
まあ、僕がすずかさんの頭を撫でるのを止めれば済む話ではあるんだろうけど……。

「あら?」

とか思っていたら、フロアの奥から一人の女性が姿を現した。なんとなく月村さんに似ている人なので、家族の人、たぶん年齢的にお姉さんだと思う人だった。
第三者の介入に、この状況から抜け出せるものと安堵の息を心の中で吐いた。

「くぅ~っ、男の子に頭を撫でられて照れてるすずか可愛いっ。ビデオカメラを持っていたらいろんなアングルから撮っているのに~っ」

……訂正、何だかカオスレベルがアップしただけだった。悪戯をする子供のような笑顔のまま身体をクネクネさせているこの人に、この場を改善する気は全く感じられなかった。

とはいえ、状況が動くきっかけにはなったようだ。

「お、お姉ちゃんっ!」

月村さんは、僕の手を振り払って、やっぱりお姉さんだったその人の下で抗議の声を挙げていた。

「ふふ~、可愛いわ、すずか。あ、そう言えばここには防犯カメラが色々設置してあるから、その映像を編集すればすずかの愛の映像メモリーに新たなページを加えられるわね」
「や、やめてよお姉ちゃんっ!」

すずかさんは本気で恥ずかしがっている様子なのに対し、お姉さんはウキウキとした様子だった。その光景はケンカと言う程ではなく、ただ姉妹がじゃれあっている風に見える。

「うっふふ~」
「もうっ、お姉ちゃんっ!」

まあ、すずかさんが本気で困っていて、お姉さんは本気で楽しんでいる事には違いないのだけれど。
まあ、これもひとつの形なんだろうということで。

「それより忍様。こちらへはどのようなご用件で?」

そんな仲良し姉妹に声をかけたのは、さっきから直立不動だったメイドさんだ。
うん、流石に部外者な僕なんかじゃ、仲良し姉妹の戯れに割って入れないからね。

「ああ、そうよそう。もうすぐ恭也が到着するって連絡があったのよ。
ここはやっぱり、恋人として私が自分で出迎えしたいでしょ?」

すずかさんの相手をしている時も笑顔だったけど、今のそれは違うベクトルを突っ走った笑顔、蕩けるような恍惚を従えた笑み。
間違いなくなく幸せそうだけど、クネクネ具合が上昇しているその姿はちょっと引きます。

「ねえアリサさん、恭也さんて誰?」

とりあえず、知らない名前が挙がったので、手近に居たアリサさんに聞いてみる。

「ああ、なのはのお兄さんよ。そして忍さんの恋人。まあ、見て分かるようにラブラブな二人よ」

辟易と、月村さんのお姉さんを見ながらのコメントでした。
まあ、単独でここまで露骨に甘ったるい空気を醸し出しているのだから、相当なものだと思うよ。

というか、今、なんか聞き覚えのある名前が出たような……?

なんて会話をアリサさんと交わしていると、外の方から近づいてくる人影二つ。
どうやら最後の待ち人が到着したようだ。

「あ、来た来た。おーい、なのは~っ」

アリサさんも気付いたらしく、こちらへ来る人影に向かって手を振って呼びかけていた。
僕もアリサさんの視線を追ってみれば、黒な服装と黒髪も相まって何故そこまで黒づくめなのだろうと思う男の人に連れられてきたのは、栗色の髪を両脇で纏めるツインテールな髪型の女の子。
そして、その肩には茶色い毛並みの小動物。多分あれはフェレットだと思う、けど……?

『……というかソウル。あの子って』
『ああ、あの時のガキとネズミだな』

その「なのは」という名前であろう女の子は、僕に気付くと、半ば条件反射かのように僕の事を指さしつつ、

「ああぁ~~~~っっ!!」

と、大音響な声量で驚き具合を現してくれました。

ここに、新たにカオスフィールドが加算されるのであった……。


とまあ色々あったけど、メンバーは揃ったので、いつまでも玄関先で立ち話もなんだと、至極まっとうな意見がすずかさんのお姉さん、忍さんからもたらされたので、それぞれ忍さんと恭也さん組み、メイドさん組み、そして子供組みにそれぞれ分かれる事になりました。

なりましたのですけれど……

「……」
「……」
「……」
「……」

子供組み、妙な空気です。
まずは高町なのはさん。ちらちらと僕の方を見てきます。
まあ、この間会った時のはソウルで、しかもあんな別れ方をしたというのに、今こうしているのは僕が居るんだから、戸惑うのは当然だと思う。

続いて月村すずかさん。こちらも、ちらちらと僕の方を見てきます。
どことなく申し訳なさそうにしている。う~ん、別に平気だからさっきの事は気にしないで良いって言ったのになぁ。

最後にアリサさん。いつも通り(?)僕を睨んでます。
ただ、単に僕を睨むというより、他の二人が僕をチラ見するのが気に入らなくて、でもだからって二人を睨み見つけるのは筋違いだから、その辺りの憤りを僕にぶつけてる感じだと思う。
……アリサさん。僕の想像通りだったら、かなり僕的には理不尽なんですけど?

そして、三対の視線に絶賛さらされている僕は、女の子三人に変に注目されているのでとても困っております。

『へるぷ、みー』
『傍目に見る分には面白い事になってんなァ?』

……ソウルは全く助けれくれません。

「ああもうっ、じれったいわね! 了っ、あんた自己紹介をしなさい!」

そんな場を打ち破ったのは、やはりこの人アリサさん。持ち前の仕切り屋根性を発揮して僕に命令を下します。
「提案」ではなく「命令」なのがいかにもアリサさんらしいと思います。

「え~と、初めまして、こんにちは。西岸了です。
色々あって今はアリサさんの家に居候中の身です。えーと、よろしく?」

別段アリサさんに反抗する理由も無いので、素直に自己紹介をする。
軽く頭を下げたところで、隣に居たなのはさんになんとなく眼を向けてみる。

「えと、はじめまして、こんにちは。高町なのはです。親しい子は「なのは」って呼ぶよ」

と、なのはさんが自己紹介をしてくれました。そしてバトンタッチと隣を見れば、

「はじめまして、こんにちは。月村すすかです。西岸くん、さっきはごめんね?」

月村さんもまた自己紹介をしてくれました。
と、ここまでくれば当然、

「はじめまして、こんにちは。アリサ・バニングスよ」

見事に自己紹介が一周してきました。

「いや、アリサさんが自己紹介をする必要性は全然ないよね」
「う、うるさいわね。流れ的にあたしも自己紹介しないと変じゃないっ」

でも、僕はアリサさんをすでに知っているし、二人はもっと前から知っているんだからと、言ってみたら叩かれました。
いや、別にアリサさんを仲間外れにしようなんて思ってなかったんだけどなぁ。

まあ、なんだか空気が和んだので結果オーライ。

あとは、アリサさんが名字で呼び合うのは無し宣言により、全員名前で呼ぶようになった所から、雑談タイムに突入。

忍さんと恭也さんが仲良くなって幸せそうになれて良かったとか。
月村家には沢山猫がいるけど、里親が決まっている子を送り出すのは少し寂しいとか。
そう言えば、バニングス家は犬が多かったよねとか。

あとは、僕が今までどんな生活をしていたのかを聞かれたので、普通に答えた。
朝の内に家事を全部終わらせて、学校に行って、学校が終わったらアルバイトに精を出して、それが終わったら家に帰って寝るなんて、普通すぎて隠す程でもないしね。

ただ、僕は気にしていないのに、なのはさんもすずかさんも、僕が一人暮らしをしていた事を言った時に気落ちして見せた事には、なんか温度差があるなぁとは思った。

ついでに言うと、小学生がアルバイトなんて出来るのか、なんてアリサさんに言われたけど、僕は一応、この間まで17歳の高校生だったんだから、出来て当然なんだけど。
と、言えないのでだいぶ困った。知人の伝手って事で誤魔化したけど、なんか、アリサさんの様子を見るに、後で問い詰められそうな気がする。

そんな感じで、なのはさんと顔合わせをした時はどうなるかと思ったけど、案外上手く行っていると思う。
それもこれも、このメンバーの中でやっぱりリーダーだったアリサさんが率先してゲームや話を振って来てくれたおかげだと思う。
ソウルの事も内緒にするって約束も守ってくれていたしね。

まあ、なのはさんとおつきのフェレットなユーノは、相変わらず僕の事をチラ見して来ていたけど、結局事を荒立てる事も無かった。

そんな感じに順調に盛り上がってきたところで、不意になのはさんが驚いた表情を見せた。
すぐにユーノと顔を見合わせていたかと思うと、ユーノが部屋の外へと飛び出してゆき、なのはさんがそれを追いかける形で部屋を出て行った。

『ねぇソウル、もしかして?』
『もしかしなくてもジュエルシードだろうな』

なら、これから僕らの行動をどうしようかとソウルと相談。

日常は僕の領分、ジュエルシード関連はソウルの領分。そして今は、日常の真っただ中にジュエルシードが出現したという状況。この場合、どちらが優先されるか。

『おい、さっさと行くぜ』

うん、一言であっさり決定しました。
まあ、僕もあれをただ放っておくのも良くないと思うので反対するつもりも無い。

「そういうわけで、僕もなのはさんを追いかけてみるよ」
「って、何がそういうわけよっ」

さすがアリサさん。切り返しが早い。

「……いや、ほら、運動神経が切れてるって評判のなのはさんに、ユーノが捕まえられるか心配とか、気になるし?」
「何で疑問形なのよ。まあそれはいいとして、そう言う事ならみんなで行きましょ」

そう言ってアリサさんが立ち上がる。それに同意したのか、すずかさんも同様の行動を示していた。

けど、それはまずい。非日常の中に、この二人を巻き込んでしまう。
流石にそれは許容するわけにはいかないし、どうしよう?

『足手まといはいらねぇよ。あのガキとサシで話すのにいい機会だから、ここは任せろとか、んな適当な事をとっとと言えってんだよ』

なんと、珍しい事にソウルから助け舟が出された。
なるほどそれは良いいいわけだと、その旨を伝えると、二人も、なのはさんの僕に対する態度に違和感があったらしい。
快く、では無かったけど、僕一人で行かせてもらえた。
ただ、後で報告しろとかアリサさんに言われちゃったけど、まあ、それはこの場を抜け出すのに必要なら、甘んじて受けるしかないか。

そうして、身体の全権をソウルへ明け渡し、僕達は魔力の気配の濃い場所を目指して走り始めた。



Side:ソウル


ガキの相手なんざ、ただの退屈だと思っていたが、ここにジュエルシードが現れるなんざ、随分と面白いイベントを用意していてくれたものだと心中で思う。
屋敷を抜け出し、了が指し示した方へ迷う事無く駆ける。

了は魔術師としては殆ど無能だが、空間察知にはオレを超えるものがある。
単にオレがその手の事を苦手とする分野だという話でもあるが、それはこの際どうでもいい。
オレは利用できるものはするだけだ。

「……なるほど、ここか」

そして辿り着いた森には結界が張られていたが、どうやら内部と外部を遮断するタイプの結界のようだ。
ここまで近づけば、オレでもその程度なら看破は可能だ。

「さて」

結界を破壊するのは簡単だが、せっかく内部を外部に悟られないように張ったものを破壊するのも無駄だ。
別段、内部への侵入に対しての防備目的でもなさそうだしなと、潜り込んでみれば、予想以上に結界内への侵入は容易だった。

「ねえソウル。今回、ジュエルシードを横取りするの?」

内部に入ったところで了に聞かれる。オレに一任するとは言ったが、基本お人よしな行動理念を持つこいつは、やはりその辺りは気になるか。

「いや、今回は様子見で済ます。異世界の魔導師の力ってのも見てみてぇからな」

なのはの使う力は、オレ等の使う魔術とは別物である「魔法」と呼ばれるモノらしいが、オレはまだその力を見てはいない。
単純に興味もあるが、これからぶつかる事もあるだろうし、情報はあって損はねぇ。

それに、まだあいつらはオレと了の関係性に関しちゃ、疑惑の域を出るほどの確証を持てていねぇんだろう。
せっかくだ。今回はアリサの顔を立てて見逃すつもりだ。
了はオレの思惑をどれだけ理解しているかは分からねぇが、別段何も言わない辺り、文句もねぇんだろう。

つぅわけだ。今回はその場へ行くより見つけるのが重要だ。
高い場所、すなわち木の上へ移動し、そのまま跳躍によって木々の間を移動してゆく。

「……ねぇソウル。アレ、何だろう?」
「……見たまんまだろ」

その足はすぐに止まる。まだなのはの姿を見つけていないが、ジュエルシードが引き起こしたであろう事象を見つける事は簡単だった。
だが、あれは予想の斜め上もいいところだぞ。

「う~ん、確かジュエルシードの働きは『所有者の願望を叶える』ってユーノが言っていたけど、あれもその類なのかな?」
「アレの願望ってのが『大きくなりたい』とか、そんなもんだったのか?」

というか、それしか無い。そんな会話を経て、

「おっきい猫だね」
「ああ、でかい猫だ」

そして現実を直視した。ジュエルシードを手にしたのは子猫だったのだろうが、その猫は今、木々から頭を覗かせるほど巨大化していた。
ユーノは正しく願いが叶えられる事は無いと言っていたが、アレはある意味で正しく願いを叶えられたわけだが、残念ながら、激しく間違ってもあった。

「ねえ、ジュエルシードって何なんだろうね?」
「……知るか」

アレを見ていると、何処に危険があるのか激しく疑問になる。ある意味大爆笑ものだが、ここまで来ると逆に萎える。随分やる気も失せてしまった。

「にゃぁ!?」

いっそこのまま踵を返してみようかと考えたが、その考えは中断された。見れば、金色の閃光がデカ猫へ襲い掛かり、デカ猫が倒れ伏すところだった。
普通に考えれば、ジュエルシードを回収するためにダメージを負わせようとしたのだろうが、ここに疑問が残る。

あの時見たなのはの放つ光は桜色だった。だが、今見たアレは金色。何かが違う。
なのはが今回は金色の光の魔力を使った可能性も考えたが、それを否定するように金色と桜色の二種類の光が空間に舞い踊る。

「どうやら様子がおかしいようだな」

言って、止めていた足を再稼働、木々の間を跳んで行く。
ここで様子を伺おうにも、距離や視界を遮る木々の影響で把握が難しい。ならばと、あの場所へと近づいて行く。
別段深い森でもない、すぐに容易に視認できる距離まで近づく事が出来た。

そこには、かつての夜と同様に白の装束を纏い、先端にある赤い宝珠のようなものが目を引く杖を手にしたなのはと、その傍らにはユーノ。そして倒れ伏すデカ猫が居た。

その三者は予想通り。だが、その場にはもう一つの人影がった。

身を包む装束はなのはとは対照的。
なのははゆったりとした装束だが、その影が纏うのは身体のラインが際立つほど、ぴったりとしたもの。色彩もまた、白に対して黒。
鮮やかな金色の髪をツインテールにまとめ、紅い瞳がなのはの姿を中空から見下ろす。

手には斧のような、おそらくはあれがデバイスとばれる杖なのだろう、を持ち、漆黒のマントを羽織る姿は、端整な顔立ちながら感情の薄い表情も相まって死神の姿を幻視するかのようだった。

「……へぇ、オレに引き続き、さらなる闖入者の登場ってとこか?」

見たところ、二人は対立しているようだ。少なくとも仲間同士と言った空気は皆無。
今は互いに視線で牽制しあっている最中といったところか。

「ソウル、どうするの?」
「当初の予定通りだ。にしても、この状況なら魔法見学にもってこいだな」

オレは今回のジュエルシードを特別回収しようと思わず、ただ、魔法を見られればそれで良しと思っていたが、対立する魔導師が二人いるなら、ただ回収しようとするよりおもしれぇモンが見られるはずだ。

そうと決まれば、オレはそのままの場所で見学を決め込む。
見れば、なのはが金髪の黒いガキに何者かと聞くが、向こうは別段聞く気も答える気も無いらしい、そのままデカ猫へ向けてデバイスを向ける。

……どうやら、いい感じに場がヒートアップしてきているようだ。すでに一触即発。次の瞬間にも戦いの火ぶたは落とされそうだ。
年甲斐も無く、身を乗り出してしまいそうになる。

だが、オレはその場を離れるように後方へ向かって木から飛び降りた。

理由は二つにしてひとつ。
耳に届いた、何かが木々の間を突き抜けようとする音。
そして、オレへと向けられる敵意。

そこから導きだされるのは、何者かがオレを狙ってきた事。あの二人はオレに気付いて居ない。それは更なる闖入者の現れだ。

経験による条件反射に従って飛び降り、着地するまでに状況を把握。
先ほどまでオレが居た場所を何かが通り抜け、足場に十分足りた枝を突き破ってそれは地面に降り立った。

「なんだ、何かと思えば犬風情か」

オレへ向けて唸り声を上げるのは、赤みかかったオレンジのような毛並み、額には宝石が埋め込まれているような姿をした一匹の狼。
しかし、ただの狼ではないのは、その身に宿る魔力と、高い知性を思わせる瞳を見れば一目瞭然だ。

明確な敵意をオレへ向けて飛ばしてくる。こいつが何者かは知らないが、どうやらオレの見学の邪魔をしようって魂胆らしい。

「ったく、人が折角大人しくしてようってのに、それを邪魔するたぁ……」

はっきりいってやる気は無かった。だが、こいつの戦おうという意思に心が奮い立つ。

「てめぇ、いい度胸じゃねぇか」

すでに、向こうにじゃ二人の魔導師の戦いは始まっているらしい。金色と桜色の閃光が飛び交っているのを横目に見つつ、オレはオレの敵に嗤い掛ける。

すでに宣戦布告は受けた。オレが引く理由も無い。敵にも引く理由は無い。ならばあるのは戦いのみ。
詠唱をするまでも無く魔力を全身に行き渡らせ、改めて身体を強化する。

「先手は譲ってやる。さあ、さっさと掛かって来いよ」

手まねきしながら嘲笑う。まさか、ここまでやって置いて怖気づいた事もないだろうと。

ま、先手は譲ってやるとは言ったが、実際には、単にこの間のジュエルシードの暴走体との焼き直しだ。
この身体じゃあ、オレから攻めたとしてもどの程度決定打を撃てるか分からねぇ。
なら、最初からカウンターでも狙った方が早ぇ。

そういう思惑の上での挑発だったんだが、直後にその考えは改める。

オレンジの狼は、低く身構えると、その身は全身がバネで出来ていると言わんばかりの勢いでオレへと向けて飛びかかって来る。
それを目の当たりにして、カウンターを叩き込もうと握りしめた拳を解き、横っ飛びで回避すると、同時に唸り声が脇を通過する。
先読みにより余裕を持って回避したつもりだったが、ギリギリ掠めて狼はオレの後方へと抜けていた。

……一合の交錯を経て、状況への認識を修正する。

まずは、オレが魔力で身体を強化しようとも、向こうの方が身体のスペックは上だ。
ま、これは人間と狼とでは、そもそもの身体の造りが違うのだから仕方がねぇ。

問題はオレ自身。オレは、まだこのガキとなった身体を使いこなせていねぇ事だ。
一応は最大限、筋力の低下や短くなったリーチ、鈍くなった反応速度なんざは計算に入れているが、この間の暴走体の時もそうだが、どうにも予測値と実際の値に差が出ている。
その上、身体に強化のために流す魔力にも違和感がある。違和感は些細な程度だが、戦場ではその僅かな差が決定的な差になりうる。軽視はできねぇ。

相手が大した理性もねぇような輩なら、いくらでも付け入る隙はあるんだが、どうにもこの狼は高いレベルでの知性を持っているみてぇだしな。
ジュエルシードの暴走体よりすんなりいく事はねぇ。

……甘く見ていたわけじゃねぇが、これは少し状況が悪いな。

「クク、まさかその程度か?」

だが、オレは揺るがない。口にした言葉を肯定するよう、嗤いも深くなる。
死の香りもしねぇこの程度の状況なんざ、逆境にもなりえねぇ。

『おい、行くぞ』
『ん、分かった』

了と短いやり取りを交わす。

確かに能力的には向こうの方が上。このまま続けてもいずれオレが追いつかれて致命傷を受けるのは明白。
だが、その程度じゃ、オレが負ける理由にはなり得ない。

了の了解は得た。次いで魔術回路を順次開放。焼きごてを押し付けられたような苦痛が体中を巡る。通常の神経が裏返り、魔術師のそれへと変貌させる。

「──“この手に掴む”」

自身をより埋没させる自己暗示の一言を以って魔術を発動させる。

オレが足を止めているのを好機と見たか、先ほどを遥かに超える加速で接近してくる敵の姿をオレの目は捉えた。

この魔術は、すでに魂に刻み込まれている魔術。一から全てを詠唱するまでも無い。
その名を解放のみで魔術を完結させる。

敵は目前。安易なカウンターは逆に食われるのがオチと、オレの行動は回避。
だが、敵もここは必殺の心で攻めたのだ、逃すつもりは無いとさらなる追撃を見せる。

交錯する視線。勝利を確信したのは果たして誰か。

「があぁっ!!」

オレンジの獣が勝利の咆哮を上げる。オレが下がる速度を上回り、その爪牙を突き立てようと襲い掛かってくる。

そう、勝利を確信したのは敵の方だった。オレは、勝利の確信などしなかった。

「──“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)」

何故なら、オレが勝利するのは当然だったからだ。決まり切っている事実を改めて確信する意味が何処にある。

名を呼び、実を結ぶ。この手に在るのは「とあるモノ」を素に作りだされた魔の槍。
世界の摂理を、“神”と呼ばれる者ですら殺せる背徳の魔槍。
これが、聖者の血を受けた聖遺物とは別の、神聖と対極に位置するオレの魔術。

オレは、それをただ敵に向けた。ただそれだけで攻守は逆転される。
敵とって、この槍の存在は慮外の物でしかない。
突如として現れたソレに、接敵した勢いのまま狼は自ら槍へと飛び込み、腹部へと吸い込まれるように突き刺さる。

「ぐぅっ!?」

もっとも、別段殺す必要性も感じなかった故に、向けたのは穂先ではなく石突き。
だが、よほど勢いよく突っ込んできたのだろう、腹部に石突きが深くめり込む。
致命傷ではないが、敵から漏れる苦悶の声からかなりの激痛を伴っている事は容易に察する。

腹部への予想外の一撃に、狼は一時的に完全に動きが止まる。
そこへ追撃にと槍を引き、手の内で槍を反転させ、狼の側頭部へと柄の部位で殴りつける。
槍という長柄のために、オレの位置は下側だったに関わらず、それは上から振り下ろされるように打ち込まれたために、敵は地面へと叩きつけられる。

「おっと、動いてくれるなよ?」

後はその首元に穂先を突き付ければ終わりだ。

オレにとって敵ですら無くなった狼は、受けた二撃に意識が朦朧としながらも、それでも敵意をむき出しに睨みつけてくる。
その気概は買ってやるが、すでに敗北した狼に憐憫の情は持っても、敵愾心は湧かない。

「さて、どうしてくれようか?」

突きつけた穂先を僅かに押しこむと、狼の首の肉に突き刺さる感触が伝わってくる。とは言っても、殺すほどではない。精々血が滲む程度だ。
これは殺すためではない。僅かでも動けば死ぬぞという警告だ。

「……チッ、向こうもすでに終わっているか」

オレがこの狼に刃を突きつけるよりも先に、魔導師同士の戦いも終わっていたらしく、デカ猫の姿もすでになかった。
せっかく魔法を見れるいい機会だと思っていたのに、それを潰されてあまりおもしろくねぇ気分だ。

腹いせにこいつを殺してもいいが、それも、弱者をいたぶるようでおもしろくねぇ。

だが、そうなるとこの場をどうするか。
こいつを捕虜にする意味も無い。殺す意味も無い。ただ逃がすのも癪だ。
選択肢は無数に在るが、どれを選ぶ気も湧いて来ない。ならどうするか。

「……面倒だな。いっそ殺しておくか?」

殺す意味は確かに無いが、殺さない意味もまた存在しない。
だったら今ここで殺してしまった方が後腐れも無いか。

冷たく見下ろすオレに、こいつは何を感じ、思うのか。おそらくは、自身の及ばぬ力に憤り、自らの命運をオレに握られ悔しいのか。
死への恐怖もあるだろう。だが、それでも睨みつけてくるこいつは、中々どうして骨がある。

「アルフッ」

殺す殺さないの天秤が傾きを見せたところで、何者かの声が響き渡る。
声の先を見上げれば、そこにはなのはと対立していた黒い魔導師の姿があった。
その顔は、先ほどまでの表情が欠落したようなそれではなく、驚愕と、狼へと槍を突きつけるオレへの怒りの表情だった。

「フェイト、ごめんよ……」

狼は、弱々しくも、自らに呼びかけられた声に応えるように謝っていた。なるほど、あのガキの名前は「フェイト」で、この狼の名が「アルフ」なのかと理解する。

『というか、この狼喋れたんだ。しかもメスだったんだ』

了の声が聞こえたが、そんなツッコミはどうでも良い。

「……アルフを離して下さい」

フェイトと呼ばれたそいつはアルフを一瞥すると、オレへと向き直る。
関係は分からねぇが、こいつにとってこの狼は大切な存在なのだろう。その眼は、どんな事をしてでも助け出そうという気概が見て取れる。

それに対してオレの取った行動は、

「ああ、引き取るならさっさと持って行け」

躊躇う事無く槍を引き、肩に担ぐ。妙な動きをすればその首を刎ねるつもりだが、何事もしなければ何もしないと、緊張を緩める。

「え?」

フェイトは随分な間抜け面を見せてくれる。どうやってこの場を切り抜けようかと考えを巡らせていたのに、すんなりオレが引いたのが余程予想外だったらしい。

「人が折角傍観を決め込んでいたのを台無しにしやがって。てめぇがこいつの飼い主なら、ちゃんと手綱を握っておけ」
「え? え?」

未だに思考が回復せずにうろたえる姿は見ていて面白い。それだけでこいつらを見逃すには十分な対価だ。

「おら、てめぇも行くならさっさと行け、犬。それとも殺されたいか、犬」
「く、アタシは犬じゃ、無い……っ」

ダメージが抜け切らないのか、アルフはよろめきながら、それでも確かに自分の足で立ち上がっていた。
口では強がりを言うが、この場で戦いを続けるのは不利と理解するだけの頭はあるようだ。中空へ飛びあがり、フェイトの傍まで行く。

『うわ、しかも空を飛べたんだ』

そんな了のツッコミはどうでも良い。

「あ、ありがとうございます」

フェイトはアルフが傍まで来たので安心したのか、僅か表情を和らげながらそんなトンチンカンな事を言ってきた。

「オレは迷惑を被った。そいつはオレにぼこられた。さて、何故てめぇは礼を言う?」

嘲笑いながら、そこを指摘する。

「あう、えと、その……」

どうやらかなり真面目な性格をしているらしい。指摘されて何か言い直そうとするが、感謝するにも謝罪するにも、大切な存在に怪我を負わされている。
その板挟みにうまく言葉が出てこないらしく、再びオロオロし始める。

「フェイトッ、あんな奴に何も言う必要は無いよっ」
「え、でも……」

アルフの方はオレを完全に敵と認識しているらしい。感謝も謝罪もさらさら無いと言うが、フェイトの方は何故かまだ迷っているようだ。

「行くならさっさと行け。呑気にするのは勝手だが、さっさとしねぇと白ガキが追いかけてくるぜ?」

面白いが、このままでは埒が明かない。見逃すと決め建前、これ以上の面倒は拒否する。

「白ガキ……? 貴方は、あの子の仲間、なんですか?」

謎の単語に戸惑った様子だったが、思い当たる人物に行き当たったようだ。それに対しオレは嗤い、

「敵の敵は敵だ。さあ、これ以上も問答は殺されるのを志願していると判断するぜ」

会話を打ち切る。同時に緩めた緊張を引き締め、槍の切っ先を向ける。

オレの言葉が本気であると悟ったのだろう。フェイトは驚いた表情を浮かべたが、すぐに最初の感情を削り落した表情を作る。
毅然とした面持ちで向かい合い、そして、あとは何も言わず去って行った。

『……ねぇソウル。見逃して良かったの?』
「構わねぇよ。白いのと黒いのが敵同士なら、オレは漁夫の利を得るだけだ」

手にした槍を、素に戻す事で消しながら答える。

なのはとフェイト。この二人は敵同士だ。
もし仮に、オレが言った通りにならず、手を組んでオレと敵対したとしても、それはそれで楽しむだけだ。

「それとも、てめぇは何か口出しする気か?」
「いや、それは無いよ」

オレが聞くとあっさりと答えてくる。
そこには多分に過ぎる信用がある気もするが、オレとこいつの間では、そんなものも今更か。
やり取りの間にあるのは、ただの言葉遊びのようなものだ。

「だが、それにしても余計な手間をかけられたのは予定外だったがな」

オレの呟きに、了は「何が?」と聞いてくるが、それに答えず、ある一定の方へと目を向ける。

アルフの攻撃を避けながら、最初の場所から随分と離れていた。
だが、ずっと遠くまで来た訳でもない。ここはまだ結界の内部。
オレは今回、人知れず傍観に徹するつもりだった。事が済めば、即座に離脱する腹積もりだったのだが、アルフのせいで足止めを食った形になっていた。

そして、フェイトとアルフが去っても、まだ結界は存在する。
それは、まだこの結界を張った術者がここに居るという事。

すなわち、

「え、……了、君……?」

オレの姿を見せないつもりだった相手に見られてしまったという事。

「よう、こんなとこで会うとは奇遇だな」

だがオレは、何食わぬ顔でそいつに答えていた。










あとがき

なのは仲間フラグに引き続き、フェイト仲間フラグもへし折った主人公ズという第五話です。


さて、これから本格的に主人公ズは戦いに参入すると思うので、どのような能力を持つのか明らかにしようと思います。
分かりやすさという事で「Fate」のサーヴァントのステータスを参考にしました。
ただ、このステータスは、「もし主人公ズが英霊化していて、聖杯戦争にサーヴァントとして召喚されたら」という『IF』の能力値です。
なので、現在の主人公ズの能力値とは言えないんですけど、なんとなく雰囲気を察して貰えれば幸いです。





名前   西岸了
クラス  アーチャー
属性   秩序・善

クラス別能力

筋力:D  魔力:C
耐久:D  幸運:B
敏捷:C  宝具:B

対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化にする。
魔力除けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動:B+
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクがBならば、マスターを失っても二日間現界可能。
また、現界には楔としてマスターの存在は不可欠だが、現界のためにマスターからの魔力供給を必要としない。




名前   ソウル
クラス  ランサー
属性   秩序・悪

クラス別能力

筋力:B  魔力:C
耐久:C  幸運:D
敏捷:A  宝具:???

対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法を以ってしても、傷つけるのは難しい。



……と、いう感じです。
以降、保有スキル、武装等は、作中で使用した際に、随時追加していく所存です。


西岸了(保有スキル)
魔術:D-
ひとつの例外を除き、殆ど使えない。
自身を強化する事が辛うじて出来る程度。


ソウル(保有スキル)
魔術:C
スタンダートな魔術を習得。
得意カテゴリーは「変化」。サブとして「強化」や「投影」が続く。


ソウル(武装)
“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)
ランク:B-(B+)
ソウルの魔術により「とあるモノ」を素に編みあげられた槍。
“魔”の属性も持つが、霊槍にカテゴライズされる。
英霊などの持つ「宝具」とは別物ではあるが、その格は同列に位置する。
本来は使い捨てタイプの礼装であり、その前提でなら、その威力は倍化する事が出来る。
だが、現在は使い捨てる事が出来ないので、ランクが下がっている。
現在のソウルは普通に槍として扱っているが、本来はこの槍を3本同時に運用していたらしい。

ちなみに、聖者の血を受けた事で、聖遺物に数えられるようになった「ロンギヌスの槍」とは完全に別モノ。
この“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)という名称は、後からソウルが勝手につけたものである。






[14283] 第六話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/08/11 22:28
ジュエルシードを回収していた、白い魔法使いの女の子。
ジュエルシードに関わる限り、再び相対する事になるだろうと分かっていた。

でもそれは、もっと先の出来事だと思っていた。

ただ一度の巡り合わせで結ばれた縁が余程強いのか、それとも抗いがたい運命か。
理由は定かではないけど、僕達と彼女は再会を果たした。

まあ、再会の時に、いきなり叫ばれるとは思わなかったけど。

あの日の夜に会ったのはソウル。
月村の家で会ったのは僕。

身体は同じでも、中身は別人そのもの。外見は一致しても中身は真逆の僕達に、彼女はただ戸惑った。

僕達はこうして再会を果たしたわけだけど、ジュエルシードとは無関係なアリサさんとすずかさんが居る。
いくら、なのはさんが僕達に聞きたい事があっても、この状況では無理だと思う。
次にちゃんと話す事があるだろう機会は、今度ジュエルシードを巡って対立したときだろうと思った。
そしてそれは、まだ先の話。そのはずだったが、運命はかけ足がお好みのご様子。

ジュエルシードは、今日、この場所に出現した。

ソウルは今日のところは大人しく見学するだけで、姿を現すつもりは無かった。
今日、正体がばれる予定は無かったらしい。でも、それすらも覆された。

イレギュラーは、もう一人の魔法使いの少女。そしてその使い魔らしい狼。
巡り合った、白と黒、二人の魔法使いの少女は、お互いの目的のために対立した。交錯の一点にあるのはジュエルシード。それを手に入れるために。

その様子を離れた場所から見ていた僕達に気付いたのは、オレンジの毛並みをもつ狼。突然の襲撃だったけど、ソウルは黙ってやられる訳も無い。迎撃し、打倒した。

でも、その間に、魔法使い同士の戦いは終わっていた。おそらく勝者だったのだろう、狼を打倒してすぐ現れた黒い方の魔法使いの少女に、狼を引き渡した。

二、三言葉を交わした程度で、彼女はすぐに立ち去ったけど、当然の事として、すぐにもう一人の少女はこちらに来た。
彼女が抱いた思いは困惑か、確信か、戸惑いか。
呟くように僕の名を呼ぶけれど、今の僕に口を開く事は出来ない。言葉を返す事が出来るのはソウルだ。
感情の定まらない彼女に対して、ソウルはあくまで気軽に、出会った事を認める。

これが、彼女と僕達の、本当の出会いだったのかもしれない。










魔法少女リリカルなのはCross souls 第6話



Side:了


ここは、バニングス家の中庭。
そこで僕は弓を手に、前を見据えている。


──そよぐ風を頬に受け、何をするでもなく、ただ佇む。
左足を的に向かって半歩踏み開く。

──脳裏に浮かぶのは「色即是空」のただの一言。
右足を一旦左足に引きつけて右外側へ扇のような軌跡を取りつつ踏み開く。

──既にこの心には何も無い。
左手で弓を身体の正面に立て、矢を番え、弓の本弭を左膝頭におく。

──既にこの身は何処にも無い。
右の手は腰にとり、背筋を伸ばし、呼吸を整え不動を保つ。

──「空虚」ではなく、ただ「空」に。
右手の親指を矢と平行になるよう弦に取懸け、弓を持つ左手の形も整え、的を正面に見る。

──この身を成す本質の全ては「空」へと還る。
矢は水平、弓は垂直を維持し、弓構えのまま、静かに両手を額の上まで持ってくる。

──ここに在るのはただの事象。
右拳は耳の上を通るように、左拳は的へと押し進めるように、弓を引く。

──故に無念無想。
矢は右の頬に軽く触れる位に、鼻と口の間辺りに納めるように。

──結果は当然の場所へと帰結する。
状態は静止、先を見据える。

──静寂。
静寂。

心と身体が重なる。十全であり零。緊張も弛緩もない、僕の出来うる最高の状態。

弓に番えられたのは矢。ならば解き放たれるのが条理。
だから放つ。意味や理由は無い。当然である事に、それらを求める必要は何も無い。

飛ぶ。

弓の縛めから解き放たれた矢は、その力の赴くままに、ただ真っ直ぐに。
行く先には的。そして、

──矢は寸分の狂い無く、
矢は何にも中る事無く、

──的の中心を捉えた。
幻想へと還る。

──残心。
残心。

現実と空想の齟齬は、決して交わる事なくその結果を示す。
その事に意義は無い。矛盾も何もないのだから。

「……ふぅ」

息を吐き出すと共に周囲に音が返ってくる。
雀のさえずり、緩やかな風。朝露に煌めく日の光。
なんて事の無い朝の光景、バニングス家の中庭に僕は立っていた。

「……で、そんなところで何してるの?」

残心からあとの工程を無視して持ち上げた手を下しながら、背後に居るであろう人物に声をかける。

「……いつから気付いてたの?」
「ん、最初から」

振り返りながら答える。というか、先に質問したのは僕の方なんだけどなぁ。

「おはよう、アリサさん」
「うん、おはよ」

僕の内心はどうでもいいとして、朝の挨拶を交わす。
アリサさんは既に学校の制服に身を包んで、身だしなみもきっちり終えていた。
今の時間帯は結構早いと思うけど、こうしてきちんとしている辺り、普段から早起きなんだと思う。

「で、何か用があるなら声をかけてくれても良かったんだけど?」
「良かったってねぇ、あんなに集中しているのに邪魔なんて出来ないでしょ」

アリサさんは、何処か呆れた様子だったけど、僕としてはなんて事は無い。

「いや、さっきのって、別に全然集中なんてして無いんだけど」
「はぁ? 何言ってんのよ」

あんなに真剣な顔して、とアリサさんは言ってくれるけど、これが事実なのだから仕方がない。

「アレは『何も考えていない』だけ。
何も思わないし考えないから無表情になっているだけだから、実際にはただぼ~っとしているのと大して変わらないんだよ」

これは、ソウルと出逢って、自分の出生を知って、その上で考え出した精神鍛練。

基本的に、僕とソウルの関係は「身体の所有権の奪い合い」の一言に尽きる。
現状でこそ魂の一部を補完し合って互いを支え合う関係だけど、根底は変わっていない。
むしろ、魂の一部を補完・共有している事で、隙を見せれば一挙に相手の魂を侵食してしまうというのが本当。

だから、信用をしても全てを委ねる事はしない。全幅の信頼を与えてしまえば、こちらの意思は相手の一部という事になってしまう。

ただ、もし仮に僕がソウルを完全に飲み込んでしまえば、僕が生き残るのかと言えば、それは違う。

僕とソウルはお互いに「補完し合う」事で成り立っている。「僕」だけになっても足りない部分を補う事は出来なくなるし、逆に「ソウル」だけになってもそれは同じ。
互いにせめぎ合う事でしか、「僕達」という存在は維持できない、なんとも不安定な状態の上に僕達は成り立っている。

……のだけれども、はっきりいってソウルは「強い」ので、普通にしていれば、容易に僕という存在はソウルに呑まれてしまう。

精神力、意志の力、気合や根性といった精神面の強さは、幾多の戦場を超え、幾多の命の重みを背負い、それでも自らの信念を貫き通した経験を持つソウルは、平凡な高校生の生活しか送ってこなかった僕とは雲泥の差がある。

一応、元来の持ち主として身体の優位性は僕が持つけど、それに胡坐をかいているようでは簡単に蹴り落とされる。
それぐらい、精神面の強さに開きがある。

じゃあ、今から精神力を鍛えようかと言っても、一日の長は埋まらない。
僕が精神力を鍛えても、同じ時間を過ごすソウルに追い付く事はあり得ない。

ならどうするか。その答えがあの修練。
もとより、ソウルと攻め合っても僕が押し切られるのは当たり前。
ならば逆転の発想として僕は攻めない。守勢に徹するという考えだ。

でも、ならどうやって守るのか。

耐え忍ぶにしても、徐々に削られれば結果は敗北。
攻撃を上回る回復でも、労力差で結局は僕の負け。
逃げ回るにしても、もとより逃げ場は無い。

ならどうするかと言う事で、辿り着いた結論が「受け流す」と言う事。精神を「空」にする事だ。

精神が「空」というのは侵食しやすそうなイメージもあるけど、実はその真逆。精神防御の技法として、これ以上のものはそうは無い。
簡単に言うなら、いくらソウルが槍を振るっても、実体の無い空気を殺す事は出来ないって寸法だね。

幸いか、僕の生い立ちのせいなのか、ぼ~っとするのは元々得意だったので、なんとかこの技法を身につける事が出来て、こうして修練を積んでいるといった具合だ。

「……何よそれ?」

まあ、アリサさんに理解もしてもらえないだろうけどね。

「そういう修練もあるって分かってもらえればいいよ」

これだけ分かってもらえればそれでいい。
僕とソウルのせめぎ合う魂の関係なんて、説明しても分からないだろうし、分かったとしてもアリサさんには余計な心配をさせるだけ。
僕達の状態を知るのは、僕達だけで十分だ。

「ところで、あんた弓道なんてやってたの?」
「あ、分かる?」

別にあの修練をするのには、座禅でも、それこそただ立っているだけでも平気なんだけど、僕にとっては弓をとっている時がなじみ深いので、修練の時は弓を取っている。
まあ、今は弓も的も何もないので、イメージトレーニングの要領で型をなぞるだけのものだったんだけどね。

そういうわけで、当然今の僕は無手。だからさっきも、イメージの中で矢を放っても、実際には何も起こっていないし、何もしていない。
傍目には変な動きをしているだけだと思ったんだけど。

「今の了の動きは何処からどう見ても弓でしょうが。あたしの事をバカにしてるの?」

アリサさんは、冗談の様子も無く、挑みかかってくるような眼力で応える。
……なんか、最初から感じてたけど、何処となくアリサさんの態度が刺々しいです。

「面倒だ。八つ当たりなら他でやれ」

沈黙を保っていたソウルの一言に、ぴくりとアリサさんの片眉が跳ねる。
わお、ソウル、とってもストレートですね。

「……別に、八つ当たりなんてしてないわよ」

怒鳴られるかと内心身構えていたけど、予想に反してアリサさんはそっぽを向くだけだった。まあ機嫌は良くはなさそうだけど。

今のアリサさんは、怒っているわけじゃない。苛立っているわけじゃない。
この状態に一番近いのは「落ち込んでいる」かな。
そして、その原因は僕も一応分かっている。

「……僕となのはさんが仲良く出来なかった事は、アリサさんが気にする事じゃないよ」

お茶会の最中に席を外したなのはさん。それを追いかけていった僕。
目的はジュエルシード。名目は僕達の間にあった蟠りをなんとかするため。
ソウルもジュエルシードのさほどの執着は無かったから名目が優先だったんだけど、その結果は、

『ごめん、和解に失敗だった』

という事で、殆ど解消される事は無かった。
まあ、僕達となのはさん達の間にある問題は現在進行形だし、なのはさんも僕達の事を割切る事が出来るとも思えない。
当然と言えば当然の事なんだから、アリサさんが気にする事は無い。

「別にあたしは、そんな気にしてるってわけじゃないわよ」
「じゃあ、心配してる?」
「……」

どうやら、気にしているではなく、心配しているというのが心情を的確に言い表しているみたいだ。

「心配してくれるのはありがたいと思うけど、正直、この問題は誰にも解決は出来ない。
時間が経たないとどうにもならなそうなんだよね」

僕はなのはさんと敵対しない。ソウルはなのはさんと敵対する。
なのはさんが僕とソウルをきっちり分けて考えられるなら平気なんだろうけど、僕もソウルがジュエルシードをなのはさんに渡さない事を容認しているから、真っ正直に友達付き合いが出来ない。

だから、ジュエルシード問題が解決すれば、原因が無くなるのだから、多少のわだかまりは残るだろうけど、友達付き合いは問題なく出来るだろうとは思うんだけど……。

「……わかってるわよ、そんな事」

うん、お茶会の後、僕とソウルの二人でアリサさんに(もちろん、ジュエルシード関連は黙秘で)そう言ったのだから、今僕が言ったのは今更な事だった。

「でも、だからってただ傍観するのも性に合わないのよっ」

アリサさんは頭では分かっていても、心では納得できないと、憮然として見せる。
まあ、友達を紹介して、みんな仲良くしようという目論見で僕をあの場へ連れて行ったというのに、あの結果になるのは、釈然とはしないだろうね。

「まあ、今すぐはアレだけど、少し間を置いたらまた話し合うからさ。
その時にでも、改めて間を取り持ってくれれば大丈夫だよ、きっと」
「う~、やっぱりそれぐらいしかできないのよねぇ……」

あれから僕もアリサさんも色々考えたけど、結局これの他に案なんて出てこないのだから、他には何も言えないのです。

「おい、槍ねぇか?」

そして、ソウルは唐突だった。

「はぁ?」

何言ってんのコイツと、アリサさんも変な顔をしてる。
ため息は吐かないけど、気分は下向きの最中に急にそんな事を言われても困惑するよねと、僕もアリサさんに同意見。

「だから槍だってんだよ。てか出せ」
「無いわよそんなものっ」

うん、ここは別に何かの道場というわけでもなし、お金持ちとはいえ、普通の家にそんな槍なんて物騒な物無いでしょ。
まあ剣ぐらいなら、美術品みたいな感じであるかもしれないけど、槍は、ねぇ……?

「というか、何でいきなりそんなものを欲しがるのよ?」

アリサさんの疑問ももっともだ。話の流れをぶった斬って、何の前振りも無くそんな事を言われても、はいそうですねと一秒で了承出来る人なんて居るわけがないと思う。

それはさておき、ソウルの言い分はというと、

「バカか、武器は振るう以外に何に使うってんだよ」

さらに、それに対するアリサさんは、

「あたしが聞いてるのは目的じゃなくて理由。その程度も察せないあんたの方がよっぽどバカでしょっ」

ソウルは、

「バカにも分かるよう親切丁寧に教えってやったこのオレの裁量にケチをつけるのが、バカのする事だって言ってんだよ」

アリサさん。

「バカはあんたの方だって言ってんでしょうがっ!」

……うわぁ、なんか段々とヒートアップしてきてる。
と、いつまでも傍観しているわけにもいかないよなぁ。

「ちょ、ちょっと待って欲しいな?」

意を決して、睨みを利かせるアリサさんと、それを真っ向から受けて立つソウルとの間に割って入る。

「うるさいわよ!」
「うっせぇんだよ」

うん、息ぴったりだね。……いや、そうじゃなくて仲裁だよ、仲裁。

「質問の意図がちゃんと分かった上でそんな事を言っているんだろうからソウルが悪いと思うし、アリサさんには、寛大な心で許してくれるとうれしいんだけど……?」

頑張れ僕、と自らを奮い立たせつつ間に入る。

「悪は全てオレになすりつけ、自分は好感度の点数稼ぎたぁ、ハッ、相変わらず腹黒い」

いや、どうして矛先をこっちに向けるかなぁ、ソウル。

「許す許さない以前に、間違っている事を訂正させようとしているだけで、その事に文句を言われる筋合いの方がよっぽど無いわよ」

いや、今のは訂正じゃなくて、単なる口ケンカにしか見えなかったですよ、アリサさん?

というか、これって僕対ソウル&アリサさんという、1対2な図式が出来上がってる?

「……まぁとにかく、ソウルが槍を欲しいって言った理由は、僕の得意の得物が弓なんだけど、ソウルの得意の得物は槍って事なんだよ」

1対1でも負け越している身の上では、このまま続けても負け確定なので、ここは強引に口論の根本を解決する事にしよう、うんそうしよう。

「僕が弓を引くのは精神鍛練が目的だから、別にイメージトレーニングでも事足りるけど、ソウルは身体を鍛えたいから、実際に槍を振るった方が良い。
とまあ、そう言う理由で、ソウルは槍が無いかと聞いたんだ」

一応、槍を用意して貰わなくても、自前の品として“神を屠殺せし槍(ロンギヌス)”があるけれど、アレはちょっと鍛練にって、軽い感覚で使うには問題があるし、個人の敷地内とはいえ、「本物」を振り回すのも問題だ。

まあ、何処かの街の花屋さんには、店先で真紅の魔槍を振るって花を摘んだりする青い槍兵がいるらしいけれど、それはそれ、これはこれ。

ついでの補足に、ソウルは身体を動かす感覚と、実際に動く間にある差を埋めるのが本来の目的なんだと思う。
さらに言うと、多分だけど、あの時のアルフって名前の狼相手に、素手で勝てなかった事が地味に悔しかったんじゃないかなぁと、僕は思っている。

「まったく、それならそうと早く言いなさいよね」

アリサさんは理解してくれたらしく、怒りの矛を収めてくれたようだ。

「ハッ、そんな……」
「まあ、槍なんてものがあるわけないよね~っ」

ソウルが話を拗れさせようとするのを、無理矢理潰します。
せっかく穏便に事が済みそうなのに、これ以上は、ホント、勘弁して下さい。

「多分無いと思うけど、一応後で鮫島辺りに聞いてみたら? もしかしたらあるかもしれないし」
「うん、そうしてみるよ。まあ、無いなら無いで、ソウルにはモップとかデッキブラシで代用してもらうよ」

ただ、その場合、傍目には掃除用具で遊んでいる風にしか見えないんだろうなぁ……。

「それにしても、どうして槍なの? 普通、剣道とかじゃないの?」

小学生が掃除時間に箒を振り回しているシーンを想像していたら、アリサさんからそんな疑問が飛んできた。
まあ、気持ちは分かる。槍術とかより、剣術の方がメジャーっぽいイメージがあるし。

「で、どうなの、ソウル?」

ソウル自身、槍と言わずに武芸全般に精通しているので、別に剣を使っても十分以上に戦える。
その中で、あえて槍を選んだ理由には、僕も少し興味がある。

「そんなの、槍が一番強ぇからだ」
「槍が一番?」

僕とアリサさんが揃って首を傾げる。

「単純に、剣の間合いの外から槍なら攻められるだろ」
「ああ、うん、そうだね」

確かに、剣より槍の方が断然長いのだから、そのまま射程の差になる。
戦いの場で、あちらの攻撃は届かず、こちらから一方的に攻められるのなら、それだけで優位になれる要素だ。

「でも、だからって槍が一番って言うのは早計ってものじゃないの?」

とはいえ、アリサさんからの意見もまた、そうだと思う事だ。
射程で言えば、飛び道具、たとえば弓なんかの方がはるかに長いし、威力で言えば斧やハンマーの方がよっぽど破壊力がありそうだ。

「ハッ、だからてめぇらは素人なんだよ」

いや、素人ですから。

「対人において、急所を突けばそれで終わりだ。その点、斬撃より打突の方が有効だし、長柄を振り回しての薙ぎ払いは、遠心力が働く分威力も高い。
さらに、相手が槍の間合いのさらに外に居るなら、手にした槍を投げれば済む」
「むむぅ……」

ソウルは次々に槍の利点を述べて行くけど、どうやら、アリサさんはイマイチついてこれていないようだ。
それでも何とか理解しようと唸り声を上げているけど、実際の戦いを知らないアリサさんに理解を得るのは、難しい話みたいだ。

ちなみに、僕の方はソウルの経験に共感できるので、その内容について理解できる。

ソウルの言葉を補足するなら、払いや斬りは、起点が見えるし軌道も線だから、ある程度対処しやすいけど、突きの場合は、軌道が“点”だから、見切りや回避をし辛い。
その上、打撃力が先端に集中するからダメージも大きいし、的確に狙えるなら、斬るよりよっぽど致命傷を与えやすい。

薙ぎ払いは遠心力で威力は高いけど、先に重心の在る斧やハンマーに比べれば、やはり威力は劣る。それでも、取り回しの良さでこちらが優位に立ちやすい。

最後の槍を投げるって言うのは……、うーん、射程は弓に劣るし、武装を投げて素手になるのはいかがな物と思うけど、この辺りは「ソウルだから」で納得しちゃうんだよなぁ。

そもそものソウルの本来の戦闘スタイルは単独で軍勢に挑むという無茶苦茶っぷり。
槍を投げるって言うのも、元々“神を屠殺せし槍”はソウルの魔術で編み上がられた武装なので、「素」さえあれば、戦場で投げたり壊れたりして失っても、その場で補給できると言う強みがあっての話なんだよね。

「ま、要約すりゃ、実際に実感して、オレは槍が一番だと理解した。
最強のオレが使うものが最強じゃないわけがねぇ。だから槍が一番強ぇんだよ」

ソウルはそう言うけど、弱点として屋内や森林といった、ある程度以上の広さを確保できない場所ではつっかえて取り回し辛い事とかもあるけどね。
まあ、そういう短所を言わないのは、たぶんソウルなりの見栄なんだろうなぁ。

というか、ソウルの得物である“神を屠殺せし槍”は反則の塊なんだから、この一般論みたいな話はあんまり当て嵌まらないんだけど。

突けば砲撃のような威力で相手を吹き飛ばす。
斬り払いは板金鎧や盾をも容易に切り裂く。
巻き起こる魔力の衝撃波はあらゆるモノを飲み込み、噛み砕く。
投擲すれば、爆撃音と共に着弾点にはクレーターの出来上がり。

こんな事を、本気で運用すれば本当に出来るのだからシャレになっていない。

もっとも、「僕」という存在がリミッター的な役割になっているから、滅多な事がなければ、この力は使えないし使わない。というか僕が使わせない。
特に投擲は、使われると僕が死ぬくらいだから、是が非でも使わせたくはない。

「ま、女にゃ分からねぇ、男のロマンだとでも思っとけ」

相変わらず理解に苦しんでいたアリサさんにソウルはそう言って締めるのだけど、ロマンは違うんじゃないかなと思う。

「むぅ、なんか悔しいわね」

いやいや、悔しがるところでもないですから、アリサさん。

「それにしても、了があんなすごい弓の腕前っていうのも、意外というか、納得というか、……変な感じ」
「ん、何で僕の弓の腕を知ってるの?」

アリサさんの言葉に僕は首を傾げる。実際に弓を取ってる所なんて見た事ないだろうに。

「……あんたねぇ。あんなのを見せられて、分からないわけないでしょ?」

ああ、さっきの修練か。でもそれにしたって、

「いや、あんな型をなぞっただけの真似事を見たって、分かるものじゃないと思うけど」
「そんな事ないわよ、弓も矢も無いのに、こう、なんて言うか本当にそこに弓があるみたいで、矢が飛んでって的に当たったのも見えたような気がするし。
ただ動作を真似ただけで、本当に弓道を見た事も無いあたしがそんな事を感じられるんだから、それが出来るあんたが下手なわけがないじゃない」

アリサさんは、何処か興奮した様子で、僕の修練の様子を語っていた。
まあ、確かにさっきはイメージの中では放った矢はちゃんと中(あた)っていたけど。それを傍から見ていて分かるものなのかなぁ。
うーん、自分じゃよく分からない。

「ねえソウル、そんなに分かるものなのかな?」

とりあえず、自分で分からないなら他人に聞いてみようという事でソウルに聞いてみる。

「ああ、何処かの誰かさんが見惚れるぐらいには分かるもんだぜ」
「みっ、見惚れるって、ななな、何言ってんのよあんたはっ!?」
「何でてめぇが動揺してんだよ。オレはオレの主観でこいつの弓の腕は見事だと評価しただけで、てめぇの事なんざ言ってねぇぜ?」
「うぅ~~っ、この、バカァっ!!」
「はぶっ!?」

で、僕が殴られました。これって流れ弾ですか?

「ふんっ、その内朝食だからさっさと来なさいよねっ!」

最後にそう言い残してアリサさんは行ってしまいました。

「うぅ、せめてグーじゃなくてパーで殴って欲しかったなぁ」

アリサさんを見送りながら、殴られた場所を軽く押さえ、ぼやいてみる。
実は避ける気になれば避けられたんだけど、雰囲気的に避けちゃまずそうだったし、腰も入っていない勢いだけのパンチだったから、あえて受けてみたけど、痛い事には変わりはなかった。

「女に殴られて悦ぶなんざ、変態の極みだな」
「いや、全然悦んでなんていないですから」

そこはちゃんと否定しておかないと僕のキャラが違うくなっちゃうから、間髪入れずにツッコミを入れる。

さて、殴られた所は痛いけど案外大丈夫っぽいし、これからどうするか。

「ソウルの鍛錬はごはんを食べてからにする?」

僕の修錬は一応終わっているから今度はソウルの番なんだけど、さっきアリサさんも言った通りもうすぐ朝ごはんだしなぁと聞いてみる。

「その程度の事、自分で考えろ」
「いや、ソウルの事だからね?」

ツッコミで返して、僕は歩き始める。
ソウルがこんな言い方をするのは別にそれでも構わないという意思表示と同義なので、僕が言った通りに朝ごはんへと行く事に。

「それにしても、根本の解決は何もないけど今だけでもアリサさんの気が紛れて良かったよね」

屋敷へ戻りながら、なんとなくにソウルと話す。

「ま、オレにゃあどうでもいい話だがな」

そんな事を言うソウルは、やっぱりひねくれ者だ。
実は、僕とソウルを比べると僕の方が自分本位で、自分の都合を優先するタイプ。
そして、ソウルの方が他人を気にするタイプだったりする。

だからさっきも、僕がアリサさんと話していても空気が悪くなる流れだったんだけど、ソウルはそこにいきなり別な話題を出して、さらにアリサさんをおちょくる事で下がっていた調子をいつもの調子に矯正させていた。

ソウルは絶対認めないけど、それがソウルの在り方だと、僕は認めている。
まあ、相手をおちょくるというやり方はどうかと思うし、最後に僕がとばっちりを受けたのは余計だと思うけど。

「……あとはなのはさんか。今頃はどんな風に僕達を捉えてるかな?」

アリサさんへのフォローは出来るけど、すぐに会えるわけでも個人で連絡し合うような間柄でもないなのはさんは、何を思って、考えているかは想像するしかない。

「ま、アレは問題を自分の中に抱え込むタイプだしな、今頃堂々巡りしてんじゃねぇか?」

僕の疑問に、ソウルは軽口のように答える。そんなソウルに、僕は内心で思う。
なのはさんとは、たった二回しか会った事の無いのに、どんな人かちゃんと理解している、見抜いているソウルは、やっぱり僕なんかよりずっとお人よしなんじゃないかと。

「おい、何笑ってやがる」
「いや、別に何でもないよ」

思わず苦笑が漏れていたらしい。それを誤魔化すように、食卓の場へ向けて駈け出した。



Side:なのは


「うにゅう、眠い……」

目覚まし代わりに鳴らしていた携帯電話のアラームを止めて、いつもよりしぱしぱする目をこすりながら起き上る。
昨日も遅くまで考え事をしていたから、あんまり眠れた気がしなかったの。

アリサちゃんのお友達の男の子と、そしてどこか悲しそうな瞳をしたわたしと同じ魔導師の女の子。
そして、今気になっているのは男の子、了君の方。
あの女の子の方も、どうしてあんな悲しそうな瞳をしていたのか凄く気になってるけど、今度はいつ会えるか分からない。
でも、了君はアリサちゃんの友達で、アリサちゃんの家にお世話になっているって言うから、会おうと思えばすぐに会える。
それに、もしアリサちゃんを騙して家にお世話になっているなら、許せる事じゃないと思うの。

でも、お話してみて、嘘をついているようには見えなかった。
でも、どうしてジュエルシードを集めているか教えてくれなかった。
でも、了君は優しい男の子で、わたしの事を心配してくれた。
でも、一緒にジュエルシード集めは出来ない、敵同士だって言われた。

でも、でも、でも。

ずっとこの繰り返し。何が正しくて何が間違っているのか、どんどん分からなくなってきて、考えはぐるぐる回って終わりに辿り着けなくて。
なんだかもう、どこが最初だったのかも分からなくなってくる。。

でも、それじゃあダメだと頭を振って、あの日の事を最初から思い返す。


その日はすずかちゃんの家にお呼ばれしていたんだけど、そこで出会ったのは、あの時の、ジュエルシードを持って逃げて行った男の子だった。
あの時は前髪を上げるようにしていて、今は下ろしているとか違いはあったけど、背格好とかもそっくりそのままで、間違いなくあの男の子だと思ったの。
でも、何かが違ったの。

『えと、よろしく?』

そう言って笑いかけてくれた男の子は、あの時の男の事は全然雰囲気が違ったの。
あの時の男の子はとっても口が悪くて意地が悪かったけど、了君はそんな事無くて、むしろ、すずかちゃんみたいに大人しくて、優しい感じのする男の子だった。

ユーノ君とこっそり念話でお話してみたけど、ユーノ君もわたしと同じような印象だったみたいで、どう見てもあの時の男の子と同じ人には見えなかった。
もしかして双子とか兄弟なのかなと思って聞いてみたけど、返ってきた答えは、お姉さんは居たけど、もう亡くなっているという事だった。
その時の了君の顔が、なんだか寂しそうだったから、きっとそれは嘘じゃないと思う。

でも、そしたら、あの時の男の子は一体誰なんだろうと思う。
レイジングハートが、あの時の男の子の映像記録を保存してあって、了君と映像照会してみたらしいけど、結果はほぼ本人に間違いなしって言っていた。
けど、どうしても話してみた印象が重ならない。

意地悪な男の子。
穏やかな男の子。

まるで、了君が二人いるみたいだった。

そんな中で感じたジュエルシードの反応。すぐにその場をごまかして反応のあった場所に行くと、そこに居たのはおっきなネコさんだったの。

でも、戸惑ってばかりじゃいられない。すぐにジュエルシードを回収しようとしたけど、突然金色の光が飛んできて、ネコさんに攻撃してきたの。
もしかして、あの男の子かと思ったけど、そこに居たのは別の子だった。

金色の髪、黒いバリアジャケットと斧みたいなデバイスを持った女の子。
わたしの目から見ても、とっても可愛い女の子だったけど、一際目を引く紅い綺麗な瞳は、何処か寂しそうで悲しそうだったのが印象的だった。

もしかして、あの男の子の仲間かと思って聞いてみたけど、どうやら違うみたいで、分からないと首を傾げていた。
じゃあ、何でジュエルシードを集めているのかを聞いても、「話しても意味がない」と、教えてくれなかった。
あとは、わたしには何も出来なかった。

もっとお話を聞かせて貰おうとしても、
ネコさんに攻撃をするのを止めさせようとしても、
ジュエルシードの封印をしようとしても、

何もあの女の子には届かなくて、何も分からない内にやられちゃった。
ただ、最後の瞬間、お人形さんみたいな表情だったのが、急に驚きを露わにしていた。
おかげで、攻撃に一瞬隙があったからなんとか防御出来て気を失うのは防ぐ事は出来たけど、その女の子はネコさんのジュエルシードを封印すると、そのまますぐに飛んでいっちゃった。

すぐに追いかけようとしたけど、身体が痛くてちょっと辛い。でも歯を食いしばって、何とかあの子の事を追いかけた。

ユーノ君は、追いかけるよりも自分の事を考えるように言ったけど、それを振り切るようにわたしはあの女の子の事を追いかける事に決めた。

わたしがいくら話しかけても、全然表情も変えてくれなかった。でも、去っていくあの瞬間、確かに表情は揺れ動いていた。
それは、あの子にとってとっても重要な事で、わたしに構うよりももっと大切で、切実な事が、あの時起こっていたんだと思う。

だからあの子は、あんなに血相を変えて飛んで行ってしまった。何が起こったかは分からない。
それでも、たとえ敵対して居ても、余計なお世話でも放っておけないと思ったの。

少し遅れたけど、あの子の姿はすぐ見えた。それは、手にしたデバイスを握りしめるようにして、森の中に居る誰かと対峙しているみたいな姿だった。
すぐに呼びかけようとしたけど、傍に居たオレンジ色の大きな犬(?)と一緒に身を翻して飛んでゆく。
追いつこうとしても、あの子の方が速くて、結局、ユーノ君が張った結界の外へと飛び去ってしまった。

追いつけなかったのは残念だった。でも、まだ終わりじゃないの。

あの女の子は、居なくなった。でも、あの場所には誰かが居る。
どうしてあの子はあそこに誰かが居る事に気が付いて、どうしてあの場所へ急いで行ったのかが分からない。

けど、確かなのはあそこにまだ誰かが居て、その誰かは、あの子が緊迫して対峙するような強さを持っていると思うの。

「なのは、ここにもうジュエルシードは無い。このまま離脱しよう」

ユーノ君の声も何処か硬い。きっと、あそこに居る人に対して感じるものがあるんだろうと思うの。
だから、逃げようという提案をしてくれたんだと思う。だけど、

「ダメ、ここはすずかちゃんの家だよ。このまま放っておけないっ」

わたしも逃げた方が安全だと思う。だけど、あそこに居る人が、もしすずかちゃんの家に何かしようとしている人だったら、大変だ。
それだけの理由があれば、このまま逃げるなんて事は出来なかった。

「……分かった。でも、危険だと思ったらすぐに引き返すんだよ?」
「うん、ありがとうユーノ君」

ユーノ君は分かってくれた。協力してくれる。それを感じて勇気が湧いてくる。
緊張するけど、一人じゃないから頑張れる。レイジングハートを強く握る。

そして、あの子が去って行くまで居た場所まで行き、そこに居る人を見た。
居たのは予想外、でも、もしかしたらと心のどこかで考えていた人。

「え、……了、君……?」

アリサちゃんの友達で、さっき紹介して貰ったばかりで、すずかちゃんみたいに大人しいけどさりげなく色々フォローしてくれる事をほんの短い間だったけど感じる事が出来た男の子だった。

西岸了君。

でも、違う。
了君は、あんな風に目つきは悪くないし、口の端を吊り上げるような笑い方もしない。
そこに居たのは、知らない男の子。

……ううん。わたしは知っていた、あの男の子の事を。

「よう、こんなとこで会うとは奇遇だな」

その子は、ジュエルシードを持って逃げて行った、あの男の子。
わたしが今朝、了君と勘違いしていたはずの男の子。

そうだと分かった。けど、分からない。
きっとジュエルシードを集めに来たんだという事は予想出来る。
わたしが困惑しているのは、了君とあの男の子の違いについて。

こうして改めて会って話してみると、全然印象が違うというのがよく分かる。
一つ一つの動作や雰囲気が全然違う。むしろ、同じところを探す方が大変だ。
でも、体つきとかはそっくり。ううん、そっくりなんじゃなくてそのまま同じ。
そして、服装もさっきの了君と全く同じ。

全然違うのに全く同じ

良く分からなくて戸惑うばかりだった。一体なんて声をかけたらいいかも分からない。

「……下らねぇ。用がねぇって言うなら、さっさと帰らせて貰うぜ?」

わたしが固まっていると、男の子は肩をすくめてみせる。
その姿を目の当たりにして、わたしは慌てる。
今はお話をするチャンスなのに、このまま黙っていたらせっかくの機会をみすみす逃してしまう。

「あのっ、君は……」
「おっと、先に言っておくが、オレを「了」なんて呼んでくれるなよ?」

わたしは了君なのかと聞こうとしたら、それを遮って男の子はいきなり「違う」と言ってきた。いきなり出鼻を挫かれちゃって戸惑うけど、ここで会話を途切れさせたら、あの男の子は本当に去って行ってしまう。

「了君の事を知ってるの?」

だから、なんとか頑張って食い下がる。

「オレとアレになんの関連性も無いとでも思っていたなら、バカという言葉を何度重ねても足りねぇな」
「ちゃんと答えて欲しいのっ」

相変わらず意地悪な言い方をする男の子で、それでも自分を奮い立たせて、レイジングハートを向けていた。
実際に魔力弾を撃ったりするつもりは無いけど、何もしていなかったら、この間みたいに逃げられちゃうかもしれないから、一応の保険。

「ソウルだ」

息を呑むような緊張感だったけど、ぽつりと漏らされた一言に考えが止まる。
ソウルって一体どういう意味で、どうしてここでそんな言葉が出てくるのと思う。

「オレの事はソウルと呼べって言ってんだよ、ガキ」
「ソウル、君?」

続けての言葉で、ようやく「ソウル」と言うのがあの男の子の名前なんだと分かった。

「ああ、じゃあな。縁があったらまた会おう」
「あ、うん」

名前を教えて貰って、そのままバイバイする。……って、そうじゃなくてっ!

「ダメなのっ、まだお話は終わってないのっ。っていうか始まっても無いのっ!」

あんまりにも踵を返して片手を上げる動作が自然だったから思わずスルーしそうになったけど、そんな事で誤魔化せるわけがない。

……ほんとだよ、誤魔化されてなんていないよ?

「チッ、めんどくせぇな」

そう言うソウル君は頭を掻きながら、本当に面倒そうに振り返っていた。
なんというか、今にもあくびをしそうで、やる気が全然感じられなかった。

「なのは、彼は僕達の話は一応聞いてくれるみたいだけど、油断しちゃダメだよ」

ソウル君から、あまりにも緊張感が無くて、なんだかわたしだけが緊張している事の方が変な気がして気が緩みそうになるけど、肩に乗るユーノ君の言葉に気を引き締める。
ちゃんとお話をしたいから、冷静に、しっかり相手の目を見る。

「ハッ、うるせぇネズミだな」
「ちょっと待てっ、僕はネズミじゃないっ!」
「なんだ、ネズミにネズミ以外に何て言えってんだよ?」
「だからっ、僕にはちゃんとユーノ・スクライアって名前が……っ」

……ユーノ君、冷静にいこうよ?

「黙れよ雑種」
「何でネズミから雑種って酷くなってるのさっ!?」
「なら雑穀か?」
「それはもう、動物ですら無くなってるよ!」

さすがにそれはちょっと酷いと思うの。雑穀って、健康にはいいと思うけど……。


健康食品「雑穀ユーノ」 ~現代社会に生きる人々に健やかな栄養を~


……変な考えが頭に浮かんできたのを振って追いやる。
わたしは別に、ユーノ君を食べようだなんて……。

「ねぇなのは、なんか今、変な悪寒を感じたんだけど……?」
「き、きっと気のせいなの!」

うん、気のせい。それよりもソウル君の事。

大きく息を吸ってそして吐き出す。気分を仕切り直してソウル君と向き合う。

「あの、ソウル君。ちゃんとお話したいの」

なにはともあれ、ソウル君とお話がしたい。わたしの言葉が届くのなら、ソウル君からも言葉を届けて欲しいの。そして、お互いの想いを分かり合いたい。

それが偽らざるわたしの想い。その想いを言葉に乗せて、ソウル君と向き合う。
そうしていると、ソウル君もわたしを真っ直ぐ見てきた。

わたしを見定めるようなソウル君の視線。一体何を考えているのか分からないけど、わたしは自分の言葉がちゃんと届くように、まっすぐソウル君を見つめる。

「……まあいい。だが、オレを見下ろすてめぇの立ち位置が気に入らねぇ。まずは降りて来い。話はそれからだ」
「あ……、うんっ、わかったよ」

しばらく、実際にはほんの少しの間だったけど、その間を開けてからのソウル君の言葉にわたしは嬉しくなった。
ちゃんとソウル君はお話をしてくれるって言ってくれたから、わたしの言葉がちゃんと届いたから。

わたしは、ソウル君の言葉の通り地上へ降りる。ソウル君の言う通り、お話をするのにちゃんと目の高さを合わせた方がいいと私も思ったから。

少し距離を置いた場所に降り立つ。そして、ソウル君の次の言葉は、

「ハッ、バカが」

底意地の悪そうな笑いを浮かべながら、いきなりバカって言ってきたの。

「わ、わたしバカじゃないよ!?」

何でいきなりバカって言われるのかが分からないから、当然抗議するの。

「相手の言葉を鵜呑みにして自分の優位を捨てる輩をバカと呼ぶのは当然だ」
「別にわたしは鵜呑みじゃなくて……」
「空を飛べないオレに空中は間合いの外だ。だが、地上はオレの射程内。
……この言葉の意味、分かるか?」

鵜呑みになんてしていないって言おうとして、続くソウル君の言葉に遮られる。
そして、その言葉の意味に、すぐに気付く。

「オレはどうやっててめぇを地上に引きずり落とすか考えていたが、こうも簡単に舌先三寸で降りて来てくれるなんざ、ハッ、笑えてくらぁ。なぁ、高町なのは」

そして、急に嗤いを引っ込めてわたしを見るソウル君。その顔を見て背筋にいやな汗が流れる。
誘い込まれた事に気付く。バカと呼ばれた意味を知る。自分の浅はかさに焦る。

すぐに再び空へ飛ぼうかと思ったけど、身体が動かない。金縛りでも、拘束の魔法をかけられたわけでもない。

──不用意に動けば、ソウル君がわたしの首を刈りに来る。

そんな予感が脳裏に焼き付いたようで、空へと飛ぶという選択肢が取れない。頬を伝う冷や汗が、これが現実だと突きつけてくるみたい。

『なのは、ここは僕が抑えるから早く逃げて!』
『ダメッ、ユーノ君を置いていけない!』

念話でユーノ君が提案してきた事に反対する。ユーノ君を助けたいって思ったわたしの気持ちを覆したくないし、何よりユーノ君を放っておけない。

なら、どうするか。一か八か空へ逃げる? 後ろへ逃げる。それとも魔力弾でソウル君を攻撃する?

選ぶべき選択肢はどれか必死に考える。レイジングハートを握る手に汗が滲む。
さっきまでとは比べ物にならない緊張感に心拍数が跳ね上がるのを感じる。
そして、

「クックック、ハーハッハッハッ!」

突然のソウル君の高笑いに、わたしもユーノ君も目を丸くする。全くの予想外の事に、緊張も考えも、何もかもが吹き飛ぶ。

「ククッ、ちょっと冗談を言えば疑う事無く鵜呑みにする。それをバカだってんだよ」

ソウル君は、堪え切れない笑いをなんとか抑えるようにしながら言葉を紡ぐ。
それを見て、からかわれていた事にようやく気付く。

「ひ、ひどいよっ」

そもそも、どうして逃げられないなんて思ったんだろう。わたしも地上に居るとは言え、まだ十分に距離がある。すぐに飛べば、十分に逃げられるだろうに。

「あァ? まだ勘違いしているのか?」

急に、ソウル君の笑いが鳴りを潜める。場の空気が再び変わる。

「オレが言ったのは冗談だが、真実だ。仮にオレが本気だったらどうする。
降りた時点でてめぇらの死んでいるぜ?
それに、何だ今の気の抜きようは。オレが冗談と言えば、それを信じて緊張を緩める。
それがオレの策略だったら、それで可能性でしかなかった死が確定に変わる」

矢継ぎ早に続くソウル君の言葉に何も言えない。「死ぬ」だなんて現実味が感じられないはずのその言葉が、自分のすぐそばにあるとソウル君が言っている。
気付いて、怖くなる。足もとが揺らぐような気分。

「てめぇはやはり、自分に才能があったからって浮かれて喜んでいるだけで、何の覚悟もねぇ、ただのガキだ。
てめぇみてぇな勘違いしてる奴は、無能だ、邪魔だ、迷惑だ。
そんなのが、危険物を回収する役目が務まる? ハッ、笑わせる。てめぇの存在は何の役にも立っていねぇ。
ジュエルシードを集めるのなんざ止めちまえ。心配せずともオレが有効に運用してやっても構わねぇ。
てめぇの出番なんざ、すでに必要ねぇんだよ」

ソウル君は、笑わせるとか言っていたけど、その表情は欠片も笑っていなかった。
お話しようとしたのに、これ以上何を言う事は無いと言われたような気がする。
そして、ソウル君の言葉は、確かにわたしに届いた。

わたしだって頑張ってるって言い返したいのに、言葉が出てこない。
ソウル君の言っている事は違うと思うのに、心のどこかで認めちゃっている自分が居る。
もし、最初からソウル君がジュエルシード集めをしていたら、さっきのあの子にも負けないで、ちゃんとジュエルシードを集められたのかもしれないとも思う。

“わたしは要らない”

そんな言葉が浮かんでくるのを必死に止めようとするのに精いっぱいになっっちゃってる。

何かを言わないと、と思う。
なのに、何も言葉が出てこない。

ソウル君は違う。でも、どこがどう間違っているの?
わたしはちゃんと自分で考えて決めた。でも、ソウル君の言葉を否定できるの?
ぐるぐるぐるぐる考えが回る。何とかしないとと思っても何処にも辿り着けない。

「……うっ」

不意に、涙が出そうになる。それを、歯を食いしばって堪える。
どうして泣きそうなのか。

きっと怖くて、辛くて、悲しくて。何より悔しくて。

ソウル君はずるいと思う。
お話したいと思っていたのに、わたしが何か言う前に、お話を終わらせちゃった。
もっとお話したかったのに、わたしは何を言い返せばいいのか分からない。
もうお話しても意味がないと分かって悲しい。分かり合えなくて辛い。

いつの間にかいやな気持ちでいっぱいになって、それでも考えがぐるぐる回って何も出来なくて、どんどん暗い気持ちが増えていく。それが止められない。
今にも暗い気持ちは涙になってあふれようとする。でも、泣いても何も解決しないから頑張って我慢する。

でも、我慢しようと思うたびに、我慢が出来なくなっていく。
もう、抑えきれなくて、涙がこぼれ落ちそうになって。

「ソウル。これ以上なのはさんを苛めるのは見過ごせないよ」
「……え?」

不意に聞こえた声に、俯きそうになっていた顔が跳ね上がる。
ユーノ君の声じゃない。ソウル君の声でもない。でも聞き覚えのある男の子の声。

周りを見る。
ソウル君はさっきまでの余裕そうなそれではなく、何処か不機嫌そうにしていて。
ユーノ君は、驚いたようにソウル君を見ている。
他には誰もいない。じゃあ、今のは一体誰の声?

「苛めるだなんて心外だな。オレは事実を突きつけただけだぜ?」

ソウル君は、あの声の主を知っているみたいで、憮然とした面持ちで答えていた。

「女の子を泣かせているなら大差は無いよ」

そして、ソウル君の言葉に、怒っている表情でソウル君が話をしている……?

「え、え?」

ソウル君が喋って、ソウル君(?)が喋っている。一人で表情をころころ変えながら話しているその姿は、なんだかよく分からない。
でも、その中で分かる事が一つ。

「……了、君?」

聞き覚えのある声でソウル君が喋るたび、ソウル君の雰囲気が身に覚えのある雰囲気になる。
そして、そのわたしも知っている雰囲気は、今日紹介して貰ったアリサちゃんのお友達の男の子、了君のそれだった。

「ああ、うん、ごめんね、ソウルが酷い事言って」

わたしが呼びかけて、そして返ってきたのは、何処か困った表情で、わたしの事を気遣っている声。
やっぱり間違いない。あれは了君だ。

でも、そしたらやっぱり分からない。あの男の子はソウル君じゃないの?

「ハッ、下らねぇ」

ソウル君は、やっぱりソウル君らしく不敵に笑って見せていた。

「もう、またそんな事言って」

了君は、怒っているけど、何処か呆れているような困っているような。

目の前に居る男の子は一人。そして二人いた。

「君は一体……」

ユーノ君が呟くように疑問を口にする。わたしも同じ気持ちだ。

「ああ、やっぱり改めて自己紹介をした方がいいよなぁ」

まったく、ソウルがすぐにやればいいのにと、漏らしながら、改めて目の前の男の子がわたし達の前に向き直る。

「じゃあ改めて、僕の名前は西岸了。そして」
「……ソウルだ」
「僕達は……、余計な事を言ったら混乱するだけだろうから、まあ、ひとまず二重人格とでも思って貰えればいいよ」

二重人格。良くは分からないけど、一人の身体の中に二つの心があるって事だと思う。
いきなりそんな事を言われても困るけど、こうして目の前で一人の男の子が代わる代わる喋っているのをみたら、納得するしかないのかな。

「てか、何でここでてめぇが出てくんだよ」

ソウル君が聞いた事は、わたしも気になった事。
どうして急に了君が出てきたのかが気になったから、わたしも聞き耳を立てる。

「ソウルはジュエルシード関係でここに来たんだろうけど、僕はなのはさんと話をするってアリサさんに言って出てきたんだよ。
それを、ソウルは何時までもなのはさんを苛めてばかりだったら、見過ごせないよ」

了君はわたし達の事を気にしながらも、ソウル君に自分の意見を口にしていた。
それは、わたしを助けてくれようとしての意思で、とてもうれしく感じる。

「……日常はてめぇの領分ってな。いいぜ、あとは勝手にしろ」

ソウル君は、少し考えるようなそぶりを見せたけど、すぐにそんな事を言ったかと思うと気配が無くなってしまった。

「……あの、ソウル君はどうなったの?」

目の前に居るのは了君。でも、ソウル君がどうなったのかが分からなくて聞いてみる。

「うん、ちゃんと僕の中に居るよ。ソウルもちゃんと聞こえているし見えている。
別に消えちゃったとかそう言う事は無いから安心して」

そう言われてちょっと安心した。でも、安心した自分にびっくりした。
安心の内容が「ソウル君が消えたわけじゃない」という事じゃなくて「意地悪なソウル君が居なくなって」という事。
だってそれは、ソウル君は居ない方が良いなんて、ソウル君の事を否定する、いやな考え方だったから……。

「……なのはさん、どうかした?」

気分が沈みそうになったけど、了君の声にハッとして、何でもないよと答える。
了君は何を思っているかは分からないけど、それでも心配してくれているのはわかる。

「それじゃあ、少し話をしようか、なのはさん」
「う、うん……」

そして今度は、ソウル君じゃなくて、了君とのお話。
でも、さっきまでソウル君に色々言われてから、同じ顔の人とお話するのは変な感じがして、なんだか何を言ったらいいのか分からない。

「とは言うけど、僕から言えるのは、ソウルは敵。僕はそうじゃないって事ぐらいなんだよなぁ」
「……了君は、敵じゃないの?」
「うん」

わたしの懇願みたいな疑問を、あっさりと認める了君。
それが嬉しいと思う反面、ソウル君の事を考えると、素直に喜んでいいのか分からない。

「……うん、なのはさん達には、僕とソウルは完全に別人だって割り切れないよね」

そんなわたしの内心を見透かしたかのような了君の言葉にビクッとしちゃう。
違うって言いたいのに、言えない自分がちょっと嫌でも、やっぱり違うって言えない。

「僕とソウルを分けて考えられないなら、僕も含めて、敵って思って貰っても構わないよ」
「そんな……、一緒にジュエルシードを集める仲間にはなれないの?」

わたしが了君とソウル君の事を整理出来ない内に、そんな悲しい事を言われちゃった。
そもそも、どうして敵同士にならなきゃいけないのかが分からない。
そう思ったら、それはすぐに口を突いて出てきていた。
言ってから、いい考えだとも思ったの。了君が仲立ちしてくれて、ソウル君もわたしに協力してくれるようになったら、こんな風に悩まなくていいと思ったの。

「それは……無理だと思う。なのはさんがジュエルシードを集めるって言う限り、ソウルは敵であり続けると思うから」

でも、わたしのそんな希望を、了君は認めてくれなかった。
ソウル君は、どうあってもわたしと向きをそろえてくれないって言われちゃった。

「ソウルはなのはさんの敵で間違いない。でも、僕との関係はなのはさん次第。
僕はジュエルシードに関して協力出来ないけど、それ以外なら協力は出来るし、仲良くなる事も出来ると思うよ」

それが最大の譲渡だと了君は言う。
もっと別な事があると思うのに、何も考えが出てこなくて、わたしは黙っちゃう。

「……僕からも聞きたい事があるんだけど、いいかい?」

わたしが俯いていると、今度はユーノ君が了君に質問を始めた。

「君達はどうしてジュエルシードを集めるんだ、集めてどうするつもりなんだ?」
「あ~、ごめん。ジュエルシードを集めているのはソウルの意思で、僕はソウルに集める理由をはっきり聞いたわけじゃないから、分からないんだ」

どうしてジュエルシードを集めるのか。たぶん一番根本的な質問だったけど、その答えは返ってこなかった。
了君は申し訳なさそうにしているから、意地悪で教えてくれないというわけじゃないと思うけど……、

「君達はふたりでひとりなんだろ。分からないなんて事があるわけないだろっ。
それに、君は何の理由も知らず、ジュエルシードを危険だと分かった上で黙認しているって言うのか!?」

ユーノ君はその答えに納得出来なくて、追及していた。

「それは違う。僕とソウルは『ふたりでふたり』考える事も思う事も違う“他人”だよ。
まあ、僕もソウルに目的を聞かずにその行動を容認しているっていう部分は否定できないけど、その分の責任は、ちゃんと負うつもりだよ」

了君は、ユーノ君の追及をちゃんと受け止めて、答えを返していた。
それは、ソウル君の事を自分とは違う人だって事で、でも、どうでもいいから話を聞かないとかじゃなくて。
了君はソウル君の事を認めているから、聞かなくても構わないって事なんだと思う。

なんだか、了君とソウル君の関係は友達なんだと、不意に思った。
そして、友達なら友達が悪い事をしようとしていたら止めるべきだって言おうと思った。

「まぁ、僕も全てを容認するつもりはないよ。今も、ソウルのなのはさんに対する言いようを見過ごせなくて出てきたわけなんだし」

けど、了君はそれを分かった上で、ソウル君の事を黙って見守っているんだと思う。
それが自分ではっきりと決めた事だから、了君は、こうしてしゃんと立っていられるんだと思う。

じゃあ、わたしはどうなんだろう。

ジュエルシードを集める事。これは、ちゃんと自分の意思で決めた事だって言える。
でも、そこに了君やソウル君、それに、さっきのあの女の子の事は含まれていなかった。

誰も傷つけないために、ジュエルシードを集めようと決めたのに、そのジュエルシードを集めるためには、誰かと敵対する事になるなんて考えてもいなかった。

この間の街中でジュエルシードが暴走したときは、もう同じ事が起きないようにすればいいって、すぐに決める事が出来たけど、今度のは違う。
ソウル君はちょっと分からないけど、了君も、あの女の子も悪い子じゃないと思う。
これからもジュエルシードを集めようとしたら、戦わなくちゃいけないけど、悪くない人と戦うのは、なんだか嫌だ。

……これが、さっきソウル君に言われた「覚悟」がないって事なのかな?


そして、その場でのお話は大体終わった。
けど、そこから生まれた悩みには、まだ答えが出ていない。
今まで悩んでいたけど、結局まだ答えが出ない。

仲良くしようと思っているのに、うまく仲良くする事が出来ない。
一体どうすればいいんだろう、わたしは、どうしたいんだろう……?



あとがき

前話の不足を補おうという第六話です。

次回は温泉旅行です。



西岸了(保有スキル)
透化:B+
色即是空。
心を「空」にする事で、精神面への干渉を無効化する精神防御。
射の命中精度の向上の効果もある。

また、「空」の持つ“存在しない”や“触れられない”等の概念を体現する事で、気配遮断や、回避率向上の効果を得る事も出来る。



[14283] 第七話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/03 21:58
突然ですが、もうすぐ連休です。


最近、なんだかなのはちゃんにあんまり元気がありません。
もっといえば、何か悩みがあるんだと思う。

最初はちょっと疲れているという感じだったんだけど、最近は本当に元気がない。
それは、わたしだけじゃなくてアリサちゃんも同じように感じているみたいです。

一応、悩みの根拠は何だろうと考えると、ひとりの男の子の姿が思い浮かぶ。けど、どうして彼の事で悩むのかが分からない。
わたしの主観だと、あの男の子は悪い子じゃないと思うんだけど……。

アリサちゃんは、男の子から「今すぐは無理だけど、時間を置いたらまた間を取り持ってくれれば良い」って言われて、理屈では納得したけど、心は納得出来ていないって感じ。

確かに、なのはちゃんから相談してくれるわけでもないから、今は見守るぐらいしかできないっていうのは分かる。
けど、だからって悩んでいる友達を放っておく事は、アリサちゃんはもちろん、わたしにもできないわけで。

今のわたし達に何が出来るってわけじゃないけど、せめて気分転換はさせたいと思う。

最初に戻るけど、もうすぐ連休です。

この休みを利用して、わたしの家となのはちゃんの家とアリサちゃんの家で温泉旅行に行く事が決まっているけど、それを利用して、なのはちゃんに元気になってもらおうと、わたしと
アリサちゃんとで計画中。
具体的にどうしようかは決まっていないけど、みんなで一緒に遊んでいれば、きっと、なのはちゃんの気分も少しぐらいは晴れると思う。

みんな、仲よくなれると思うの。










魔法少女リリカルなのはCross souls 第7話



Side:了


「やって来たわっ、温泉に!」

……という事で、今回はみんなで温泉にやってきました。

高町家と月村家主催の今回の温泉旅行。そのメンバーの方は、

高町家は士郎さん、桃子さん、恭也さん、美由希さん、なのはさん。
月村家からは忍さんにすずかさん。それにお付きのメイドのノエルさんとファリンさん。

そこへ僕達とアリサさんが追加され、総勢11名。僕とソウルを分けて数えれば12名での温泉旅行だ。

ソウルは今回の旅行にあまり乗り気でない様子だけど、僕達にアリサさんの言う事に対する拒否権があるわけもなく、参加する事になったという経緯があったりする。
まあ、ソウルは温泉をそんなに好きじゃないみたいだけど、僕はまったりするのが好きなので、今回の温泉旅行は何気に楽しみだったりする。

そして今しがた、目的地の温泉旅館に到着したというわけだ。

「さあ、めくるめく温泉が待ってるわっ。荷物は頼んだわよ、ノエル、ファリン!」

ちなみに、さっきからテンションが高いのは忍さんだ。こういった場合、子供が一番はしゃぐものだと思うのに、何故かこの人が一番はしゃいでいる。
う~ん、実はこの人の精神年齢は子供だったりするのかなぁ。

ただ、一番はしゃいでいるのがこの人というのは、ある意味仕方がないのかもしれない。

「う~ん、やっと付いたわね。あたし結構楽しみだったのよね。なのははどう?」
「うん、そうだね」
「よ~し、じゃあ行こ、なのはちゃん」
「うん、そうだね」

……という具合に、本来はしゃぐべき子供三人組に、年相応の明るさが足りていない。
正確には、気落ちしているなのはさんをアリサさんとすずかさんが何とか盛り上げようとしているけど、なのはさんの返事は何処か上の空という状況。

道中も似たようなモノで、なのはさんは表面的には笑顔を振りまいているけれど、どう見ても無理をしている事は一目瞭然だ。
僕程度でもそれを感じる事が出来るのだ。どの程度気落ちしているかは推して知るべし。

なのはさんの元気の無い理由の一端を担っている身としては何とかしたいと思うけど、まずは僕が何かするよりも、気の知れた親友であろう二人が励ますのを静観していた。
けど、さすがにこれ以上の見て見ぬふりはダメだと思う。

そもそも、僕は今回の旅行でなのはさんの憂いを少しでも緩和させたいと内心決めていたのだ。何かをしたいと思う。

僕にはなのはさんの憂いを「緩和」させるのが精々で、根本的な解決は出来ない立ち位置。
それでも、何とかしたいと思う気持ちは確かなのだから、引きさがるつもりも無いと、決意を新たにする。

「みんなーっ、ほら早く早く~っ!」

先頭を行く忍さんが、旅館前で大きく手を振ってこちらを向いている。
考えてみれば、なのはさんが落ち込んでいるのは周知の事実。バレていないと思っているのは本人だけ。
当然忍さんも気付いているだろう。だからあえて、先陣を切ってテンションを上げる事で、なのはさんを元気づけようとしているのかもしれない。

「今夜は恭也と……。うふふふ~っ」

……まあ、そうであってほしいと思う。うん。

さて、気を取り直して、だ。

旅行は楽しむためにするのが一番だ。いつまでも打算を巡らせていても仕方がない。僕はアリサさんとすずかさんに引かれるようにして前を歩くなのはさんの背中を軽く押す。

「え、了君……?」

なのはさんが僕に向けるのは戸惑いか困惑か驚きか恐れか。
無理に作ろうとした笑顔が失敗したかのように、何とも形容しがたい表情を浮かべる。
そんな表情を見て、本来あるべき子供らしい快活な笑顔で無い事に心が痛む。
あるべき笑顔を作らせない原因である自分に歯がゆさを感じる。

「ほら、せっかくの温泉なんだから、さ」

思った事、感じた事は飲み込んで、僕はなのはさんに笑い掛ける。僕に問題を解決する事は出来ないけど、せめて今回の旅行は楽しんで欲しいというのは偽り無き本心だ。

だから、僕はなのはさんに笑顔を向ける。

以前聞いた事だけど、人の心は鏡写しらしい。
相手が悲しそうだと、自分も悲しくなり、怒れば怒る。嘆けば嘆く。そして、楽しいという気持ちで接すれば、その気持ちも相手に伝わり、同じ思いを共有する。

出会ってから日も浅く、話をした回数も少ない僕達の間に、その理論がどの程度通用するのかは分からないけど、出来る限りの事はしたいと思う。

「なのはさんもそんな変な顔をしていないで、もっと笑って笑って?」
「ふにゃっ!? ふぁ、ふぁにふるにょ~!?」

言って、なのはさんのほっぺを引っ張ってみる。隙だらけなので簡単に出来たのでそのまま口角を上げて笑顔っぽくしてみるけれど、

「ふぉ~、ふぁなふぃてひょ~」
「ああ、ごめんごめん」

冷静に考えればこれはイジメでしかないと気付いたので、若干名残惜しい気もするけど手を放す。

「うぅ、ひどいよ了君」

ちょっと涙目で自分の頬をさするなのはさん。この「ちょっと涙目」というのがポイントが高い。何かこう、ふつふつと悪戯心が刺激される気がする。
……う~ん、僕も随分とソウルに毒されているなぁと再確認。

「うん、今のは自分でも失敗だったと思う」

とはいえ、今のは僕が全面的に悪いし、苛める気もからかう気も無いので素直に謝る。
ちょっと張り切ってみたけど、いきなりこれはダメだったか。
うん、やっぱり慣れない事はするもんじゃないか。

「あいつ、なのはの頬をふにふにするとは、なんてうらやましい……っ!」
「事と次第によっては、相応の報いを受けて貰わねばなるまい……」

……なんだか、後ろでものすっごい殺気を放つ男性陣が二人ほど居たけど、それは全力でスルーしました。


さて、せっかく温泉に来たんだから、当然温泉に入るのが常識だよね。

という事で、荷物を部屋に置くのもそこそこにして、温泉に入りに行く事になりました。浴衣を持って、子供組いざ出陣。意気揚々と、三人娘に僕を加えた四人で出発した。
……だったんだけど、

「ねえ、どうかしたの?」

部屋から温泉へと移動中、急に三人娘の足が止まったのだった。

「ああ、なんかユーノの奴が急に駄々こね始めたのよ」

説明してくれたのはアリサさん。見ればなのはさんの手の中で必死に逃れようとしているフェレットの姿があった。
ああ、なるほど。確かユーノは男っぽかった。いくらフェレットといえ、あれくらいの知能があるのなら、女湯に入るのは抵抗があるんだろうなぁ。

「う~ん、ユーノは一応オスなんだから、女湯にじゃなくて男湯がいいとか、そう言う話なんじゃない?」

軽く擁護をしてみると、ユーノは激しく同意するように頭を縦に振る。
どうやら僕の予想は当たりのようだ。

「別にわたしは気にしてないよ?」

いや、事情を知らないアリサさんやすずかさんならともかく、なのはさんがそんな事を言っちゃいますか? 

「え~と……」

さてどうしようかなとユーノを見ながら考える。
というか、結局はフェレットなんだし、別段問題は無いような気がしてきた。

「まあ、なのはさんがいいって言うなら、別にいいか」

口に出してみたら、本当に大丈夫な気がしてきたから、この話はこれで終わりにしよう。
……なんだかユーノが打ちひしがれているんだけど、どうしたんだろう?

『助けられると勝手に期待して、勝手に裏切られたと被害妄想に浸ってるだけだろ』

なんだかソウルから解説が入りました。う~ん、よく分からない……。

そんな感じに再度出発。

「あ、そういえば了」

と思ったけど、先頭を歩いていたアリサさんが、不意に足を止めて振り返ってきた。
何だろうと、首をかしげて次の言葉を待つ。

「あんた、まさか女湯に入りたいなんて言わないでしょうね?」
「え、えぇーっ!?」
「……いや、何でなのはさんが一番驚いているのさ?」

先にそんなに驚かれると、僕はリアクションに困るんですけど。

「くっ、まさか了じゃなくてなのはが慌てふためくとは予想外だったわ……っ」

そして、どうしてアリサさんが悔しがっているのか全然わからないんだけど……?

「ま、まあとにかく、あんたは女湯に来る気なの?」
「いや、逆にどうしてそう思うのかが分からないから」

僕は男なんだから、男湯に入るのが当然であって、女湯に入ろうっていう発想の方が、よっぽど思いつかないから。

「でも、ここの温泉は10歳までどっちに入ってもいいみたいだよ?」
「へ~、ならあんたは大手を振って女湯に入ってくるってわけだ」

そんな裏事情を教えてくれたのはすずかさん。というか、なんだかアリサさんとすずかさんのやり取りが、前もって打ち合わせでもされたモノのように見えるのは気のせいか?
ついでに、アリサさんの表情が悪戯をしようとする子供みたいだ。ってアリサさんは子供か。
まあ、それはともかくとして。

「その年齢制限なら、どっちにしろ僕は女湯には入れないから」
「は?」

先ほどまでと打って変わって小首を傾げるアリサさんとすずかさん。あと、なのはさんとユーノもか。

「って、あんたあたし達と同い年じゃないの!?」
「うん、違うよ」

アリサさんは凄く驚いて見せるけど、別段隠す事でもないと思うので、普通に肯定する。
まあ、僕の体格はアリサさん達とそう変わらないのだから、同年代と思うのも当然か。

「え、じゃあ了君って今何歳なの?」
「うん、実は17歳なんだ」
「………」
「………」
「………」

お三方は、三者三様に固まっていた。

「……って、嘘を吐くならもう少しまともな嘘をつけぇっ!」

最初に復活したのはアリサさん。気炎を上げてのツッコミがくる。
まあ、本当の事なんだけど、普通に考えたら嘘にしかならないよなぁ。

「ははは、まあとにかく僕は女湯なんて行かないから。」

真偽はともあれ、僕が女湯に行く気がない事が伝わってくれたのならそれでいい。

「なんかすっごい腹が立つわ。……いいわ。そんな嘘をついてまで女湯が嫌だって言うなら、力づくで女湯に放り込んでやろうじゃないのっ!」

……あれ、なんか予想外の方向に話が進んでない?

「え、ちょっとアリサちゃん、それじゃあ予定と違って……」
「うるさぁいっ、もう予定なんかどうでもいいわっ!」

ひとまず「予定」というのが気にはなるけど、今はそれ以上にアリサさんが危険だ。
事情はどうあれ、プライドの高いアリサさんは前言を撤回させないために、意地で僕を女湯に放り込むという事を実行するというのが問題だ。
……なので、今のアリサさんに捕まるのは本気でヤバイ。

「ふっふっふ、大人しくしなさい、了っ!」

何と言うか、やぶれかぶれとなった人は、恐ろしいという話。

という事で闘牛士の持つ真っ赤なマントのように、ひらりと身体を翻してアリサさんの魔の手から逃れる。

「ちょっと、何で逃げるのよ!」
「いや、本能が捕まってはいけないと訴えかけてくるんだ」

再度捕まえに来るアリサさんを避けながら答える。うん、今のアリサさんなら、きっと誰だって避ける、逃げる事を選ぶと思うよ?

「余計な手間をかけさせるんじゃないわよ!」
僕を捕まえようと突撃してくるアリサさんをひらりと避ける。

「って、何で捕まらないのよ!」
アリサさんをひらりと避ける。

「ああもうっ、ちょろちょろ鬱陶しい!」
ひらりと避ける。

「くっ、負けないんだからね!」
避ける。

「だぁぁっ、もういい加減に捕まりなさい!」
「だから嫌だってば」
以下略。

「はぁ、はぁ、はぁ」
「えーと、そろそろ諦めて貰いたいんだけど……?」

肩で息をするアリサさんに、これ以上は無駄だと、なるべく刺激しないよう静かな声色で話し掛ける。

「こうなったら仕方がないわ。なのはっ、すずかっ。了のやつをふん捕まえるわよ!」
「え、え!?」
「了解っ!」

一人でダメなら仲間の力を借りるまで!
そう言わんばかりに二人に呼びかける。なのはさんは戸惑っているけど、すずかさんはアリサさんの意思をしっかりと組みとって、僕を挟み込むような立ち回りを見せる!
って、何でそんなにノリノリなの、すずかさん? 

「行くわよっ、なのは! すずか!」
「うん、負けないよっ、了君!」
「え、えぇ!?」

対照的な士気を持って、アリサさんの指示になのはさんとすずかさんが各々の行動を起こす。
状況は3対1、実質なのはさんは戦力外だろうから2対1なんだけど、挟み撃ちというこの状況は良くない。
下手を打てば、すぐに捕まってしまいそうだ。

でも残念、正直な話をすると僕は避けるのは得意なのだ。

精神鍛練の、心を「空」にするというのは、単に精神防御の法というわけじゃない。
「空」は触れられないという概念を持ち、「空」を体現したのなら、それは何物にも触れる事は叶わないという概念までも再現する事になる。
心だけでなく身体を「空」にするという領域まで達すると、気配や存在が空気に溶け込む。ここまで来ると誰にも「触れられない」という状態を体現できる。

僕はそこまで到達したわけじゃないけど、ソウルの持つ「戦闘経験」と共感する事によって、並みの相手なら大抵は回避する事が出来るぐらいの技術を体得している。

ぶっちゃけ、子供の戯れで使うべきではない“奥義”です。
未完成だからまだまだ穴はあるけれど、子供相手に後れをとる事ないないというズルっぷり。
アリサさんは年相応の身体能力だから、避けるのは至極簡単なのはもちろん、小学生にあるまじき機敏さを見せるすずかさんとの二人を同時に相手取っても、避けきれています。

「はぁ、はぁ。ああもう、何で捕まらないのよ!」

アリサさんは、すでに意地だけで僕を捕まえようとしている。だけど、それもそろそろ限界だと思う。
すずかさんはまだまだ余裕そうだけど、アリサさんには疲労の色が濃い。今はすずかさんとのコンビでフォローされているけど、段々と動きが単調になってきている。
……まさか、倒れるか、僕が捕まるまでやる気じゃないだろうか。
そう思うと、冷や汗が流れる気分だ。

「隙あり!」

思考が波立ったために、明鏡止水が僅かに揺らぐ。それは極僅かな隙でしか無かったのに、すずかさんが的確に見抜いて、ここが勝負どころと一気に踏み込んでくる!

「むっ」

されど、ここまで来て僕も引くに引けない。
体勢が崩れる事より、今は目の前の回避が重要。ソウルから得る経験に反発する事無く従い、先ほどまでの緩やかな動きではなく、僅かに屈めた膝に蓄えた力を一気に解放しての跳躍によってすずかさんの射程から離脱する。

「なのはっ、そっちに行ったわよ!」

ただ、行く先がまずかったかもしれない。もとよりここは旅館の通路の真っただ中であって、それほどの広さがあるわけでもない。
アリサさん、すずかさんから逃れようとすれば、必然的に入り込め無かったなのはさんの側に寄ってしまう。

「え、あ、うにゃ!?」

アリサさんの挙げる声に、さっきから僕達の動きに全くついて来れていないなのはさんはただ戸惑うばかり。
それでも、健気にも友達の期待に応えようと動くのだけれども、よほど慌てていたのか、何もないところで転んでいた。
う~ん、こうしてみると、運動神経が切れてるって評価が信憑性が増すなぁと思ったり。

「っとと」

まあ、さすがに手の届くような目の前で女の子が転び、なおかつ自分は反応できる状況でそれを見過ごすのも悪い気がするので、床に倒れこむ前にその身体を支える。

「大丈夫、なのはさん?」

まぁ、大丈夫も何も、ちゃんと支えたのだから何もないのは当然なんだけどね。

「え、あ……」

う~ん、どうにもなのはさんの反応が薄い。一体どうしたのかと思って、

「って、何どさくさにまぎれてなのはに抱きついてんのよ!?」

何を言うか、アリサさん。と思ったけど、いや、ある意味確かに僕はなのはさんに抱きついている。
なのはさんの顔はすぐ間近であり、恥ずかしさからか紅潮する頬もよく見て取れるぐらいだ。

とはいえ、とっさの事に抱きすくめるような形になったけど、これはあくまで他意は無くて、なのはさんの転倒を防止しようとした結果としてこのような形になっただけ。
僕にはなのはさんに抱きつこう何て思っていない。むしろ、なのはさんが怪我をしなくてよかったと言って欲しいと思う。

「そこになおれっ、女の敵!!」

……なんですけど、このような立場の男性は女性より立場が悪いらしい。
僕の思いなんて欠片も通用する気配は無く、疲労困憊の様相を見せ始めていたアリサさんが、怒気もあらわに憤慨して見せてくれている。

「いや、女の敵って言うのは言い過ぎだと思いますよ、アリサさん?」
「うるさいっ、あんたはとりあえず死んどけっ!!」

やはりというか、弁明は届いてくれない模様。
ちらりとすずかさんの方を見ると、こちらはアリサさんと比べて冷静らしく、僕がなのはさんに抱き付こうと思っていたわけではない事を理解してくれているように見える。

……まあ、僕ににじり寄るアリサさんを止めていない辺り、僕の助けにはなってくれないのだけれども。

「ふっふっふ、覚悟しなさい……!」

え~、アリサさん、とても怖いです。笑顔がとっても素敵だけど、背後に浮かぶオーラが黒いです。

という事で、なのはさんの方も大丈夫そうだし、いつまでもこんな恰好をしているわけにもいかないという事で、すぐに離れる。

「って、あれ?」

……離れようと思ったんだけど、なのはさんから離れられなかった。
どうしてと思うけど、答えは簡単、なのはさんは僕が上に羽織っているシャツをしっかりと掴んで離さなかったからだった。
おそらくは、倒れる時に藁をも掴む気持ちで手を伸ばした先に僕のシャツがあったんだろうけど、ちょっと困った。このままじゃ逃げられないじゃないですか?

「ナーイスなのはっ!」

なのはさんが僕のシャツを掴んでいる事に気付いたアリサさんが、ここが必勝の期と言わんばかりに飛びかかってきた!
うん、間違いなく怖い。なのはさんの顔色も、さっきまでとは違って心なしか青くなっているように見える。
ただ、恐怖のせいか、シャツを掴む手に力が余計入っているので、このまま手を払いのけるのは難しい。

脅威になりえないと完全に考慮外と思っていたなのはさんに動きを封じられるとは、まさに伏兵としか言いようがない。
まあ、本人に自覚なしだろうけど。

とにはともかく、この状況を切り抜けるには……。

「よし、獲ったぁぁっ……って、えぇ!?」

アリサさん勝鬨をあげる。だけど、それはすぐに驚愕のそれへと変わる。何故なら、

「……忍法、身代わりの術もどき」

アリサさんが捕まえたのは、なのはさんが掴んでいた僕のシャツのみ。
なのはさんが放してくれないのなら、それを脱ぎ棄てるまでだ。
一応、なのはさんを盾にする案もあったけど、さすがに可哀想なのでこちらの案を採用したのだけど、実は結構いちかばちだったので、成功して良かったよかった。

「って、あんたは一体何者よっ!?」

心中で安堵の溜め息を吐いていると、シャツを握りしめたアリサさんにツッコミを入れられた。
とりあえず、忍者ではありません。

「あら、楽しそうだけどどうしたの?」
「あ、お姉ちゃん」

ふと見れば、そこには忍さんの姿。さらには美由希さんと月村家のメイドを加えた4人の女性が居た。推測するまでもなく温泉へ行く途中なのだろうと思う。

「別に大した事じゃないですよ。なんだか僕を女湯に放り込もういう案が出てきたから、ちょっと逃げ回っていたんです」

困っていたんですよと、簡単ながら経緯を教える。まあとにかく、これでこの場の騒ぎは終わりだろうと思うと、ようやく安心できるというものだ。

「あら~、本当に楽しそうな事をしていたの?」

……忍さんが、なんだか妖しい笑みを浮かべる。何だろう、確信めいた嫌な予感がする。

「え~と、じゃあ僕はこれで!」

とりあえず、嫌な予感に付き合う理由も無い。即座離脱が最善の策だ。

「ノエル」
「はい」

いつの間にか、ノエルさんが退路を塞いでいた!

「……え~と、ノエルさん?」
「忍様はお話がお有りのご様子ですので、まずはそちらを先にお済ませてください」

質問→通して下さい。
回答→いえダメです。

言外に交わされたやり取りだった。曰く「実力行使をなされるのならこちらも相応の対処をさせていただきます」と目が語っておりました。

……どうしよう。忍さんと話をしたら、それこそダメだと何かが訴えかけてくるけど、逆にノエルさんの「相応の対処」も、そうとうやばそうな気がする。

「ねえ了君?」

とかなんとか悩んでいる間に、忍さんに声をかけられてしまった。
……話しかけられたのを無視するわけにもいかない。ここは腹をくくるべきかと、改めて忍さんと向き直る。
忍さんとて、月村家の当主と呼ばれているらしいし、無茶を言う事も無いだろう。

「女湯に来る?」

無茶を言ってくれましたよ!

「……全力で遠慮させて頂きます」
「うん、じゃあ行きましょうか」
「いやっ、僕遠慮しましたよね!?」

何で僕が女湯に行く事が決定しているんですか!?
って、いやいや冷静になろうよ僕。ここで相手のペースに呑まれたら、それこそ女湯まで連行されてしまう。それは断固拒否せねば……!

「え~と、ほら、美由希さんも僕なんかがそっちに行ったら嫌ですよね?」

僕一人で忍さんの相手をするのは不可能だ。まずは援軍からの援護射撃を求める。
僕の中では、常識が欠如しているというデータが書き込まれつつある忍さんに対して、この人にはきっと常識があるはずだ。

「わたしは……、まあ、どうでもいいかなぁ?」

僕に対する援護射撃じゃなくて、忍さんに対する援護射撃が放たれた!
なにこれ、援軍と思っていたら、実は敵軍だったって何の冗談ですか?

「ほら、みんなも大丈夫みたいだし、行きましょうか?」

この場は圧倒的不利。いうなれば四面楚歌というこの状況で、僕の味方は誰としていないようだった。
……でも、これである種覚悟が固まった。
味方がいない。うん、それは受け入れるよ。

「……お心遣いは痛み入りますが、僕は、全力を以って遠慮させていただきます……!」

だから、僕は僕の力でこの場を切り抜けて見せる!

「そう、仕方無いわね、ノエルっ、ファリンっ」
「はい」
「はいは~い」
「了君を裸にひんむいて、女湯に放り込んじゃいなさい!」
「分かりました」
「分かりました~、ってホントにやるんですかぁ!?」

忍さんは僕がどれほど本気か悟ったらしい。ならばこちらも実力行使と、お付きのメイド二人に指示を飛ばす。

……実はこの二人、心情的には僕の味方だったのだろう。露骨に戸惑いをみせるファリンさんはもちろん、ノエルさんも「やれやれ」みたいな空気を醸し出している。

「申し訳ありません、了様。忍様のご命令ですので」

だけど、この二人は結局忍さんの味方だ。ノエルさんは私情を飲み込んで、忍さんの指示を実行に移すべく、単に退路に立ち塞がっていたそれとは違う気配を滲ませる。
その立ち姿は、アリサさんやすずかさんのそれとは違う「本物」を匂わせる。

アリサさんとすずかさんは何処まで行っても所詮は素人。隙を探せばいくらでも見つけられるものだった。

だけど、ノエルさんは違う。ソウルから共感して得る経験が訴えかけてくる。この人は素人じゃない。
単独でありながら、すでにアリサさんとすずかさんの二人を上回っている。
油断、それは死(女湯への強制連行)を招くと告げてくる。

「……謝る事は無いですよ、ノエルさん。だって僕は、忍さんの決めた事を覆させて貰うんですから」

さっきまでは子供の遊びと、ある程度手を抜いていた。けど、以降は僕も本気を出す。手加減なしの全力でこの場から逃げさせて貰う……!

僕は覚悟を決めた。それをノエルさんも察したらしい。僅か驚きをその表情に浮かべたが、すぐにそれは引きしめられる。

場の空気が完全に変わる。すでに遊びの要素は無い。ここから先は勝つか負けるかの真剣勝負。
されど勝利しても得るものは何もない、血で血で洗う修羅の巷。

介入の余地を失ったアリサさん達が固唾を飲み込む音が聞こえるほどの静寂がこの場を覆い尽くす。
それはまさに、嵐の前の静けさ。

「はわわっ、なんかものすごい空気がシリアスなんですけどっ!?」

唯一、ノエルさんと同じく忍さんに指示を出されていたのに、完全にカヤの外となってしまったファリンさんが何かを言っているけど聞き流します。

「……いきます」

僕はあくまでも「受ける側」であり、自分から動きだす真似はしない。故にこの膠着を打ち破るのは「攻める側」であるノエルさんのみ。

こうして、僕対ノエルさんの戦いの火ぶたが落とされた。

攻め手はノエルさん。目標は僕の捕縛。打撃、寝技に関節技と、そのための手段は数あるが現状ノエルさんは素手。
まずはその手の届く間合いに僕を置くべく、躊躇う事無く踏み込む。

その踏み込みの速度は驚愕の一言。見た目、そう筋力のあるように見えない細い手足なのに、その脚力は加速という段階を飛ばして、すでに最高速度に達しているのではないかという程だ。

迎え撃つ僕の心はすでに「空」であり、身体もまた「空」。
思考はクリアとなり、余計なモノは排除して、ただ現状の打破のための情報が頭の中を流れゆく。

僕を捕縛する手段は何か。
殴打による昏倒が捕獲手段かとも思うが、その手は固く握られておらず、自然体という程度に開かれている。
流石に僕を殴ろうとはノエルさんも思っていないのだろう掴んで僕を無力化させようというのだろう。

もっとも、僕の取る手段は、結局のところなんであろうと変わらない。

守り手は僕。その目標はこの場からの離脱。戦闘に身をやつす意味は無い。狙うは一発離脱。
ノエルさんに合わせて一歩進む。急ぐ理由は無い、焦る理由は無い。
互いに接近するために、相対的に体感速度が上昇するが、それもまた受け入れる。

僕の一歩の間に、すでにノエルさんは目前。この場はすでにノエルさんの間合い。当然の事と、僕を捕縛するべくその手が放たれる。
自身の加速に乗せて放たれるノエルさんの掌は、更なる速度を以って襲いかかる。
その刹那、僕はさらに一歩を進める。

──交錯。

僕の頬をかすめたのは「空」を切り、空を掴んだノエルさんの手。
「空」は何者にも触れる事は叶わない。交錯を経てすれ違う僕とノエルさんは背中合わせにその場に在る。

──抜けた。

ノエルさんは僕の背後。故に僕の前に立ち塞がるのは誰もいない。
戦いの場ならば、交錯の瞬間に首筋に手刀を落として昏倒させるのだけど、この場での最優先は離脱。
下手に手を出して反撃されたら目も当てられない。故にここでは一歩を進める。

「行かせません」

だけどその一歩は、半歩も進める事無く後退を余儀なくされる。
僕の胴を薙ごうと言わんばかりの蹴りが、大きく僕の進路を刈り取るように放たれる。
進路は塞がれ、無理に進んでもダメージを受けるだけと前進を諦める。
蹴りの動きによって起こる空気の流動に身を任せて半歩下がる。すでに眼前にはノエルさんの姿が。
一体いつの間に移動したのかと思うが、思考に余裕は無い。ノエルさんの構えが先ほどまでとは違う。

ノエルさんは、僕と同様最初の一撃で決着をつけるつもりだったのだろう。事実、並みの相手ならあの一撃で終わっている。
でも僕は避けてしまった。

ノエルさんは悟った。速度と威力を重視した一撃のそれでは僕を捉えられないと。
故に、次の構えは手数での勝負。そしてこれは、僕にとって辛い。
左のジャブ、右のストレート。膝に回し蹴り。連携を以って繰り出されるそれらには、身体を潜り込ませる隙は殆ど見当たらない。
僕の身体はすでに「空」だけど、完全に「空」になるわけも無いので、実体があるのは当然。
僕の回避行動は、身体を相手の攻撃の隙間に置く事がミソであるのだ。
この連続攻撃の前では、その隙間がどの程度残されているか……?

それは現実として、最初の内は回避可能だったが、すぐに回避が困難となる。

「む」

ついには「避ける」という行為を許してくれない。苦悶の声が漏れるが、ただの一撃でも捕まるわけにはいかない。
仕方がないと次善の策として、自らの手でノエルさんの攻撃を捌き始める。

「ふっ、はっ、たぁ!」

ノエルさんの息遣いが聞こえる。その表情を見ても動揺や焦りは見受けられない。ただ一心に僕の捕縛という目的を遂行しようとしている。

正直、焦るなりなんなりして欲しかった。今はある種の膠着状態だけど、僕は結構分が悪い。
僕の戦いはソウルの戦闘経験に大半を依存しているのだけど、基本的にソウルの戦闘方針は「殺られる前に殺る」なので、ソウルの技術は攻撃の側に傾倒している。
ただでさえ「共感」という形のために経験情報に劣化があるのに、元となる情報が防御や回避に関しては攻撃と比べてどうしても見劣りしている部分がある。

回避行動だけならまだしも、「捌く」という行為、しかも素手で行うのは状況としてはよろしくない。
だけど、そんな事がバレるわけにはいかない。あくまで余裕があるように、表情も崩さず対峙を続ける。

何合目かの交錯、その中で僕の身体の中心を捉える拳が飛んでくる。回避は不能。捌く事も不能。残される手段は防御か。
腕を交錯させて盾とすると同時、ノエルさんの拳と激突を果たす。
この身は「空」。伝わる衝撃は「空」を伝って後方へ流れる。それに伴って、僕の身体もまた流される。
そして、ノエルさんの間合いの外で地に足をつける。奇しくもそこは最初の立ち位置。

「……ノエルさん、せめてグーパンチじゃなくてパーでやって欲しいな?」
「申し訳ありません。予想以上の苦戦に加減が利きませんでした」

交わされる言葉に意味は無い。ただお互いに予想以上だった相手の技量に驚いただけだ。
ノエルさんの攻撃は、いつの間にか捕獲レベルではなく打倒レベルのものとして放たれており、その握りしめた拳は、捌くために僅かに触れただけの僕の手を痺れさせている。
まとも喰らえば骨が折れるんじゃないかと思う。

まさか、メイドさんがこれほどの戦闘能力を持つ訳もなく、小学生がそんなメイドさんの攻撃を受け切れるなんて考慮があるわけもなく、お互いに驚いて当然だ。

僕は実際、それほど激しい動きをしていないから息が切れてはいないけど、それでも疲労感は僅かにある。でも、ノエルさんにはそれが一切見て取れない。
交錯の時間は僅かでも、交わされたやり取りは十単位で数えるものだ。それを経て呼吸に乱れがないとは、感嘆に値する。
僕の中で、この人を「メイド」という枠で考えるものではないと評価を改める。

この人は、「強敵」だ。

……ちなみに、この時の周囲の人たちの会話を抜粋。

「了君、す、すごいの……」
「ノエルと互角なんて……、ねえアリサちゃん、了君って何者なの?」
「し、知らないわよ、あたしだって了がこんな事出来るなんてびっくりなんだからっ」
「了君のあの動き、ただ者じゃない事は確かね。……ヤバイ、もし私が戦って一太刀も入れられなかったらどうしよう……」
「さあファリンっ、あなたも了君をやっちゃいなさいっ」
「む、無理無理無理ですよ~っ、あの二人の間に割って入るなんて無理ですよ~っ!」

上から順に、なのはさん、すずかさん、アリサさん、美由希さん、忍さん、ファリンさんでした。

このあと、10分に及ぶ僕とノエルさんの激戦は、騒ぎを聞き付けた旅館の人が現れた事に気を取られたノエルさんの隙をついて僕が男湯の中に逃げ込む事で、一応の収束を見せたのだった。


そして、

「ふふぁ~……」

軽い運動というには激し過ぎる戦いの果てにようやく辿り着いた温泉に浸かっている。
ホント、正直ノエルさんがあれほどの武芸者だなんて予想外過ぎるよ。

何故かは知らないけど、男湯には僕しかいない。貸し切り状態を満喫しつつ、何を考えるという事でもなく、脱力を楽しむ。
山々に囲まれた温泉地であるこの場所で、周囲には誰も居ないという状況だ。耳を澄ませば、山間に生きる小鳥達のさえずりが……

「う~ん、やっぱりなのはの肌ってすべすべで気持ちいいわ~」
「ちょ、やめてよアリサちゃんっ、くすぐったいよ~!?」
「あ、アリサちゃん、なのはちゃんが困ってるよ?」
「あらら~寂しいの、すずか? それならお姉ちゃんがたっぷり可愛がってあげるわよ」
「ひゃっ、お、お姉ちゃん!?」

……女湯から何とも楽しそうな女性陣の声が漏れ聞こえてきました。
何だろう、ちゃんと僕は男湯に入っているのに、このいたたまれない気持ちになるのは。

まあ、このまま女湯の状況を音声だけで楽しむのは精神衛生上、非常に危険だと思うので、何も聞こえていないものとして、男湯と女湯を隔てる壁から離れる事にする。

「おいおい、何で離れるんだよ。いい機会だから楽しもうぜ」

……誰も居ない事をいい事に、さっきまで静かだったソウルが女湯の傍へ近づこうとする。どうやらソウルは向こうの様子を盗み聞きする気満々だった。

「いやいや、モラルはきちんと守らないと」

だけど僕は気恥ずかし過ぎるので、離れようとする。

「己の欲求に従ってこその人生だろうが」
「いやいやいや、己の欲求を抑え込む理性があるからこその人間性でしょ」

僕とソウルが、一つの身体の中でせめぎ合う。ただ、人生を語り合う内容がこんなんで平気なのかと不安になったりもする。
中では口論だけど、対外的には、女湯の側と反対側を行ったり来たりとふらふらしている不審人物という状況が、危険度に拍車をかけている。
今でこそ誰も居ないけど、こんなところを誰かに見られたりもしたら……

「おや、何をしているんだい、了君?」

ばっちり見られたぁーっ!!

「……ああ、恭也さん、本日はお日柄もよく、この度は旅行にお招きいただき恐悦至極に存じます」

内心の動揺をひた隠して深々と頭を下げる。やたらと卑屈になっている辺り、動揺を隠せていないと思うけど、思わない事にする。

「はははっ、そんなに畏まらなくても構わないよ」

そう朗らかに笑って見せるのは、なのはさんのお兄さん。
僕のような素性の知れない相手をも家族旅行に誘ってくれたり、こうして笑っている姿を見たりすると、良い人なんだと思う。やはりなのはさんの兄と感じる。

……まあ、さっき旅館前で士郎さんと一緒にすごい殺気を出していた気もするけど、あれはきっと気のせいだ。

「隣、良いかい?」

この広い浴場で、何故男同士で肩を並べて入浴せねばならない……!

「はい、構いませんよ」

なんていう事も無いので普通に譲る。恭也さんは「失礼するよ」と隣に腰を下ろす。

「ふぅ、やはり温泉はいいものだな」
「そうですね~」

なんら変哲も無い会話が、平穏を実感させてくれる。ほんと、気分がいいや。

「それよりも聞いたよ。ノエルを相手に大立ち回りを演じていたらしいじゃないか」

……その話をされると、平穏な気分が台無しなんですけど。

「あはは、何と言うか、お恥ずかしい限りで」

とはいえ、素直に心中を吐露するわけにはいかないのが人間関係を円満に過ごすコツなので、曖昧に否定する事にした。
ノエルさんとの闘争は、確かに大立ち回りだったけど、その原因が女湯に放り込まれるか否かっていうのだからなぁ……。

「いや、恥ずべき事は何もない。彼女も相当な手練れだ。それを君は互角に渡り合ったのだ。それは十分に誇れる事だ」

恭也さんの目は真っ直ぐに僕を見ている。その言葉にも嘘や煽ては無いと思う。

「いえ、あれは公共の場でする事ではないですから。
そもそも、あの場は本来、あんなに事を荒立たせずに収めるべきだったと僕は思いますから」

謙遜ではなく、僕は本当にそう思っている。
忍さんに対しても、もっと良い言い分があったかもしれない、周りに居た人を味方につける事が出来たかもしれない。
それらの可能性があるのに、騒ぎになってしまったのだ。
そういう意味では、さっきのは僕の完全敗北と言えるかもしれない。

「……そうか。君の、持つ力に慢心する事のない考え方は良い事だと思うよ」
「そんな大層なものじゃないですよ。それに、恭也さんのその言い方だと僕は凄い力を持っているように聞こえますよ?」

慢心出来る程の力なんて僕は持っていない。僕の使う力の大半はソウルの力を間借りしているようなものだ。僕一人で出来る事なんてたかが知れている。
でも、恭也さんはそんな事情を知らない。恭也さんは純粋に褒めているのだろうけど、その言葉は、僕にとっては単なる過大評価でしかない。

「天狗になる事も良い事じゃないが、自身を過小評価するのも同じくらい良くない事だぞ?」

重ねて返してきた言葉に口を噤む。
ここで自分が「実は凄いんです」と言えば単なる誇示にしかならなくて。
逆に「僕には自慢できるものは無いです」と答えるのもまた違う。
過大でも過小でもなく、正当な自己評価を下す事を、僕は出来ていない……。

「……加減が難しいですね」
「なに、君ならきっと大丈夫だろうと思うよ」

何処か遠くを見るような気分になる。
恭也さんは、そんな僕の頭に手を置いて静かにそう言った。
誰かに頭を撫でられるという記憶が無い身としては、正直気恥ずかしい。けど、あまり悪い気もしないので、特に振り払う事もしないで享受する。

「ところで、ノエルと渡り合うとは、君は何かスポーツか…武術を修めているのか?」

ふと思い出したように恭也さんは聞いてきたけど、きっと、最初から聞きたくてうずうずしていたのではないかと、その興味津々な目を見ると思うわけです。

「いえ、僕自身は別段そういうのはやっていないです」
「そうなのか? 見たところ身体は十分鍛えられているように見えるが……」

それこそソウルの力。僕の身体がソウルの魂の影響も受けているのだ。

僕もソウルも精神年齢が肉体年齢に引きずられている部分があるけど、逆に、肉体が魂に引きずられている部分もある。
それが、身体の質だ。

ソウルの魂はソウルの本来の肉体の情報を保持している。その情報は、この身体とは違うものだ。そこの齟齬が生まれるのだけど「世界」は矛盾を嫌う。
ここに「世界」から修正力がかかるのだけれども、「世界」はソウルの魂の保持する情報を認めたので、身体の方も、それに伴って最適化される。

……という理屈らしいけど、実は僕は良く分かっていないのだけど。
まあ、僕とソウルを比べて、ソウルの方が身体的に優れているのだから、そちら側に寄るのは、良い事だと思う。

ちなみに、僕とソウル、それぞれが全面に意識を現している時は、それぞれの魂が保持する身体の情報が反映されて、身体能力に差があったりする。
具体的には、僕の時は柔軟性に優れ、ソウルの時は瞬発力に優れているようだ。
って、今はその話は関係ないか。

「確かに身体は鍛えていますけど、恭也さんが言う様な事を僕はやっていません」

一応、弓道をやってはいましたけど、というのがも僕の答え。でも、いまいち納得できないと唸り声を上げる恭也さん。
まあ、確かに武道とはいえ、弓道の技術でノエルさんと渡り合えるというのは、普通に考えて、無いと僕も思う。

「えと、ノエルさんとの時のアレは、スポーツとは武術じゃなくて、友達に教えてもらった事の実践なんです」

きっとソウルならここで話を打ち切るのだろうけど、僕にはそれが出来ないから、簡単に本当のところを教える事にした。
まあ、これも本当の事を言っているわけじゃないけど、確かにこれも真実の一面だ。

「友達に?」
「まあ、友達なんて本人に言っても、下らないの一言で斬って捨てられるんですけどね」

ははは、と笑って見せると、ソウルが「当たり前だ」と恭也さんに聞こえないように答えていた。うん、それでこそソウルだと思う。

「しかし、その教えて貰ったとは、武術の事なんじゃないのか?」
「いえ、そもそも友達のアレは、武術なんて崇高なものじゃなくて、実戦経験によった単なる力押しですから」

確かに「戦う術(すべ)」という意味では武術という言葉は当てはまる、
でも、ソウルの戦い方は、誰かに戦い方を教わったわけでもなく、ただ自身が生き残るため、相手を打倒するために試行錯誤を積み重ねた結果なのだ。
極端に言うなら、道端のケンカの延長上のようなものであり、先人達が築き上げた武術とは違うものだと、ソウルは思っているようで、僕もそうだと納得している。

「経験による力押し、か。それだけでノエル以上だとしたら、正直凄いな」
「はい、僕もそう思います。ソウルは、彼は僕の知る中で一番強い人です。捻くれてて、口が悪くて、意地悪で。
だけど、誰よりも優しくて、思いやりがあって……何でも一人でやり切れる」

自身で「最強」と嘯くソウルは、それを確かに体現している。
実際、世の中にはソウルより強い相手なんて山ほどいて、僕という足枷があって、それでもただの一度も敗北は無く、常に勝利を掴んできた。

何より、僅かに覗き見たその過去は、凄まじいと表現して差し支えがないほどだった。
幾多の戦場を、攻める時は先陣を駆け、退く時は殿を務める。常に戦場の中でも最も危険な激戦区に身を置き、そして生き抜いてきた。

その姿は、敵味方関係なく、“悪魔”と恐れられるもので、故に、自身の魔術特性も合わせて“魂喰らい”(ソウルイーター)の称号で畏怖の対象とされていた。

それが、僕がソウルと呼ぶ人物の半生だった。その人生に救いは無かったが、それでもソウルは自分の生き様に誇りを持ち、今でも最強を自負している。

「僕の力は、そんな彼と対等に在るために、彼の持つ力の半分教えて貰って、後は自分の力を混ぜ合わせて、出来る事を実現させようと悪戦苦闘の結果です」

ソウルは単に腕っぷっしだけでなく、その精神力も半端ではない。

だから強い。

何者にも屈する事のないその在り方に、僕は憧れている。
身体を奪い合う間柄ではあるけれど、それでもこの憧れは確かなものだ。
……まあ、この事は、ソウルにも内緒だけどね。

「……そうか。私もいつか、君の言う友人に会ってみたいものだ」
「きっと、その内に会えると思いますよ」

今は時期じゃないと思うけど、きっと、恭也さん、それに今回一緒に旅行に来ている皆に僕達の事を話してもいいのではないかと、そう感じていた。
ソウルは分からないけど、少なくとも僕はそう思ったのだった。

そして、僕と恭也さんの間に沈黙が降りる。
ただ、悪い沈黙では無い。ただ話す事は無いけれど、中々に心地よい空気が流れていた。


「それにしても、改めて考えるとさっきの了君って凄かったよね?」
「あれ~、すずかって了君の事、気になるの?」
「ち、違うよ、ただわたし運動では男の子にも負けた事無かったのに、了君はもっとすごい事をやったから、悔しいなって、思っただけで」
「うんうん、きっとそれをきっかけに愛が生まれてくるのよね?」
「ち、ちがっ、ちょっと、お姉ちゃんっ!?」
「ムキになってのが、なお怪しいわ~」


……この女湯の音声が漏れ聞こえる仕様は、どうにかならないものなのかなぁ?
ふと恭也さんの方を見ると、困ったような笑いを浮かべていた。


「違うってばっ。第一、了君にはアリサちゃんが居るじゃない」
「ぶほぁっ!? 急に何言ってんのよすずか!?」
「だって、アリサちゃんと了君って一緒に住んでるんでしょ。それに、二人はお似合いだと思うし」
「な、なに勝手な事を言ってんのよ。あいつはただの居候で、……そう、ペットみたいなものよ! 別に好きとかそういうわけなんて無いんだからね!」
「でも、嫌いじゃないんでしょ?」
「うぐ、べ、別に嫌いじゃないからって、どういうわけなんて無いんだからっ!」


「はっはっは、了君モテモテだねぇ?」
「あはは……」

女湯での話題が自分って言うのは、ものすごく恥ずかしいものがあるなぁ……。


「にゃはは、アリサちゃん顔真っ赤」
「うぅ~っ、そんな事を言うなのはだって、さっき了のやつと抱き合って顔を赤くしてたじゃないの!?」
「にゃっ、アレは抱きあってなんて……」
「え~、何々、了君となのはちゃんってそう言う関係なの!?」
「ち、違うの~っ!」


「……………はっはっは、了君、モテモテだね?」

恭也さんっ、さっきと声のトーンが全然違うんですけど!?
恐る恐る、ゆっくりと横を見ると、

「なあ了君、君とは一度、ぜひゆっくりと「お話」したいものだ?」

そこには一人の阿修羅が立っていた。

な、なんですかっ、この温泉に浸かっているのに絶え間なく流れる冷汗は!?

「ああそうだ、知っているかい。男同士の友情を深めるのに最も効率的な手段を」
「……共通の趣味、とか?」
「ああ、それもいいね。でも、俺が提案するのはもっとシンプルだよ」
「して、その心は?」
「古今東西、友情を深めるには拳で語り合うのが一番らしい……」

ボコる気満々ですか!?

「さあ、「お話」しようじゃないか……?」

それっ、絶対お話じゃないですからっ! 命の危険をひしひしと感じますからっ!


……そんな、温泉での一幕がありました。











あとがき

長くなったので、いったんここで切りますという第7話。
今回は了サイドの平穏編でしたが、次回はソウルサイドの非平穏編です。



西岸了(保有スキル)
千里眼:C-
視力の良さ。
遠方の視認、動体視力の向上。
さらにランクが上がれば、未来視、透視も可能となる。

了の保有するこのスキルのランクは低いので効果は低いが、動体視力の向上によって相手の動きをきちんと視認する事で、回避率に上昇修正がかかっている。


西岸了(保有スキル)
制空圏:C
自身を中心に、一定範囲内の領域で動く存在を“感じ取る”力。
視覚はもちろん、聴覚や触覚、さらに魔術などによる超感覚を総動員して、感覚の触手を周囲に伸ばし、周囲の状況を把握する。
このスキル単独ではあくまで“感知”するだけなのだが、透化や千里眼のスキルと併用する事で、回避率が格段に向上する。



[14283] 第八話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/03 22:15
ったく、なんでオレが温泉旅行なんて下らねぇイベントに付き合わなきゃなんねぇんだ。

そもそも、温泉に入って何処が楽しいんだって話だ。
ま、確かに湯船に身を沈めた時の感覚は気持ち良い事は認めてやるが、だからって何時までも入るなんざ、飽きるだろ。

つぅわけで、傍観を決め込んでいた今回の旅行だったが、了を含めたガキ連中が落ち込んでいるなのはを励まそうと躍起になっていたのは滑稽で笑えた。

女二人組は、呑気者の了を警戒する事が、いかにバカらしいかをアピールしようと計画を立てていたようだったが、所詮はガキの浅知恵。
その尽くは了に通用せず、逆に自爆して果てていた。
ハッ、ざまあ(笑)

だが、意外と効果はあったらしい。最初は作り笑顔だったなのはのそれが、時が経つにつれ、自然としたそれへと還ってゆくようだった。
問題は何も解決はしちゃいねぇが、気分転換としては十分だったんだろうな。

と、ここで終わってりゃひとまず成功だったんだろう。
だが、それも新たな問題が顔を出せば結局は元の黙阿弥。
マイナスになっていたものにプラスを足してゼロに戻しても、そこにマイナスが加われば、未だにマイナスを逸脱する事は無い。


ま、そのマイナスの半数はオレだったんだがな。










魔法少女リリカルなのはCross souls 第八話



Side:ソウル


「うぅ、酷い目に遭ったよ……」

ようやくと男湯から抜け出してきてからの了の最初の一言がそれだった。
温泉で心も体もリフレッシュとはよく言うが、今の了の背中は何処か煤けているように感じるのはおそらく気のせいじゃねぇんだろうな。

「……あれ、どうかしたのかな?」

了は俯きがちだった視線を上げる。その先には例のガキ三人組が居たのだが、どうにも雰囲気が剣呑だ。

とはいえ、理由は簡単に目についた。
あの場には三人の他にもう一人、オレンジ色のような長い髪をした女が立ちはだかるように立ち、ビビるなのはとすずかを庇うようにアリサが立ち塞がっていた。

何故そうなったかの経緯は分からないが、四者の表情から察するに、女の方がガキ共にちょっかいを出してきたところをアリサが身体を張って割って入った、といったところか。

「う~ん、良く分からないけど助けに入った方がよさそうだね」

もとより、了の今回の旅行の目的は、なのはとの蟠りの緩和。
こんな状況を見過ごせるわけもねぇと、助けに入るべく足を踏み出す。

「待てよ」
「え、ソウル?」

だが、オレがその行動を遮る。オレの反応が余程予想外だったのか、何とも間抜けな声を出す了に、

「少し代われ」

言うが早いか、身体の優先権を奪い取る。もっとも、奪い取るとは言う割に、なんら抵抗を受けなかったが。

「……ねえ、どういう事か一応説明が欲しいんだけど?」

抵抗をしないとはいえ、疑問があるのは当然か。そもそも、ここはまだ日常、間違いなく了の領分だ。

「なに、ただあの女に聞きてぇ事があるだけだ」

オレの答えに何処か納得できないようだったが、オレにはいちいち説得なんて面倒はしねぇ。

意見を違えた時は、互いに意思を押しあうのだが、どうやら了は、口は挟まず大人しく事の成り行きを見る構えを取るようだ。

ならばオレに不都合は無い。見れば、向こうの方は女が自分の勘違いだったと言って、場の膠着を解いて歩きだしていた。
ま、すれ違いざまに、なのはに何かを言っていたようだが、オレにはさして興味も無い。

なのはは何か動揺していたが、ぶしつけな女の態度に対する憤りを隠す事のないアリサが、さっさとすずか共々連れ立って行ってしまった。

ガキ共は部屋へ向かって歩いており、それにすれ違うように歩く女は、必然的にオレの立つ方へ歩いてくる。
無論、オレには隠れる気なんざ、さらさらねぇ。当然、あの女とは真っ向から向かい合う。

「……!」

さっきまではふてぶてしい笑みを浮かべていたが、オレの姿に気付くと一変、獰猛なまでの怒りを見せ、オレを睨みつけながら床が軋むような大股で近づいてくる。

『ねえソウル、この人だれ?』

身に覚えのない怒りを向けられるが了にはこいつが誰かが分からないようだ。
オレと了は一蓮托生。常に同じものを見聞きしているというのに、オレとこの女の態度が理解できないと了は言う。
だが、見てりゃその内勝手に分かるだろうと、オレは答えねぇ。

そして、オレと女は真正面から対立する。ガキの身体であるオレと、女性と言える女の二人が向き合えば、自然とオレが見上げ、女が見下ろす形になる。
構図を見るなら女の方が偉そうだとは思うが、浮かべる表情がダメだ。
今にも噛みついて来そうなほどの憤怒に染まったその顔にはまったく、余裕ってもんが感じられねぇな。

しばし睨みあう。

「……まさか、こんなところでアンタに会えるとは思って無かったよ」

先に口を開いたのは女の方。表情は一応笑いの形になっているが、言葉に抑揚は無く、その瞳はオレをぶちのめしたいと雄弁に語っている。

「なんだナンパか? ガキ相手にそんな事言うたぁあれか? ハッ、変態だな」
「なっ、誰が変態だっ、そもそも何処をどうすればアンタをナンパするなんて考えに至るってんだよ!?」
「そりゃあ初対面なハズだってのに「再会できて嬉しい」なんて、ナンパの常套句だろうが。その事を顧みりゃあ容易に行きつく結論だろ。なあ、変態?」
「ぬぐぅっ、言わせておけば……っ!」

怒り心頭、激昂から冷静な判断力が奪われてすぐさま襲い掛かってきそうだ。
安い挑発だったが、こうも簡単に感情的になるとは、ハッ、下らねぇ。

とはいえ、さっさと本題に入るとするか。

「おっと、ケンカを売るなら場を弁えろ、でなきゃ、てめぇだけでなく金髪腹黒ガキの程度が知れるってもんだぜ?」
「フェイトは腹黒なんかじゃない!」

ハッ、言質ゲットだ。

「オレは何も、フェイトの事を言ったわけじゃねぇぜ。それなのに金髪腹黒と言われてフェイトを連想するって事は、てめぇは内心あいつは腹黒いって思っていたって事か?」
「なっ!? ち、違うっ。あたしはそんな事思って無いっ! フェイトは凄いいい子で優しい子で、腹黒なんてあるわけが無い! そもそも……」
「てめぇのご主人様大好きは分かったから少し黙れ。それよりも、カマかけに引っ掛かって自らの主の名前を暴露した事を反省するべきじゃねぇのか?」
「な、え……!?」

言われてようやく気付くようじゃ遅ぇな。
それにしても、オレに対する怒りに主人に対する忠誠、隠すべき情報を暴露した自分に対する憤りが混ざって思考停止しているようだが、そんな隙、戦場なら3回は死ねるぜ?

「察するに、てめぇはあの時の犬コロだろ。ったく、せっかく姿を変えているってのに、まったくもって意味を発揮していねぇなァ?」

ついでと追い打ちに嗤いかける。
ま、察するまでも無く、オレの魔術特性の恩恵として、オレは外観ではない部分で人を見分けられるからな。見た瞬間、あの時の犬だと予想は出来ていたが。

「……くっ」

憤りの視線は人を殺せそうな勢いにまでなっているが、オレからすりゃ負け犬の遠吠え。痛くも痒くもねぇ。むしろ愉快と嗤ってやるくらいだぜ。

「ま、前哨戦はオレの完勝、てめぇの完敗ってな。
ハッ、この様子なら、今回のここにあるジュエルシードもオレがいただけそうだがな」

見上げながら、てめぇが格下と見下す。さて、てめぇはどう反応する?

「……フェイトはアンタなんかに負けない、ジュエルシードも渡しゃしないよっ!」
「だからそんな簡単にカマ掛けに引っかかってんじゃねぇって言ったろうが」

バカだなと、間髪入れずに言ってやるが、ククッ、何がカマ掛けか分かっちゃいねぇってマヌケ面をさらしてくれたな。

「へぇ、オレは知らなかったが、ここにジュエルシードがあると教えてくれるとはな。
オレはジュエルシードの感知なんざ出来ねぇから情報提供にゃ感謝するぜ。なぁアルフ?」

白々しく礼を言い、最後に、意図して嫌味ったらしく名前を呼ぶ事を付け加える。
そもそも、オレが聞きたかった事はこれだけだ。今までのは全て前振りみたいなもんだ。

「く、アンタ――」
「おっと、ここは人目に付くからな。あの白いガキも周り連中に魔法の事は隠しているみてぇだし、てめぇも公に魔法を使うのは不味いんだろ。
ケンカは機会がありゃ買ってやるからここは仲良く手打ちにしとこうぜ」

何か言い掛けたのを遮って一息に言ってやり、歯噛みしている気配を尻目に離れる。
情報は得た。なら次は行動だ。

……おそらくは、今夜、だろうな。

「ねえソウル、なのはさんにジュエルシードが近くにあるって教えるの?」
「あ? いらねぇだろ。気付かねぇならあのネズミ共々無能ってだけだ」

もしなのは等気付いたら、ガキ二人に潰し合わせるし、気付かなかったらオレが犬コロとその主共々ねじ伏せてやる。たったそれだけの違いだ。

既に背後にはあの犬コロの気配はない。理由も無いのにいつまでもオレが表に出ていても仕方がないと、さっさと了に身体の優先権を放棄する。

『ま、どちらにせよ今はてめぇの領分だ。精々白ガキに媚でも売ってんだな』
「いや、媚じゃなくて、単に一緒に遊ぶだけだからね?」



その後は、了を含めたガキ連中が親睦を深めようとそれぞれが画策して、大人連中はそれを見守るってなぐらいで、平穏すぎて、夜までオレにゃ特筆するような事はねぇな。

ま、誰もいないところで、アリサが了にではなくオレに楽しんでいるかと聞いてきたのは余計な世話だとは思ったが、その程度だ。

オレは社会に適合している人間じゃねぇ。
紛れ込む事は出来るが、それだけだ。気を使われるいわれはねぇってのに、アリサも随分と御苦労なこった。

日が暮れてから、用意された夕飯をさっさと食って、散策と称して場を後にする。
オレの力を振るう格好の場、ジュエルシードなんて物を巡る闘争に身を投じるために。

……なのだが。

「ああクソっ、全然見つかりやしねぇ」

割と早い時間帯から探し始めたつもりだが、探し物は一向に見つかる気配が無かった。

「常日頃から思っていた事だけど、なのはさん達はどうやってあんなに小さい石を探しているのかが疑問だよね?」

まったくもってその通りだ。内包する魔力は相当量でも、発動していない状態では感知する事も出来やしない。
そもそもとしては、探査なんざ細々とした事は、ただの兵卒でしかないオレにゃ無理だ。
大きさは小石程度のこれを、この海鳴市という広範囲内で(今回は温泉地周辺にあると限定はされているが)探すなんざ、いくら足を棒にして探し回っても足りやしない。

おそらく、「魔法」なんて未知の力を使っている連中の事だ。オレ等の苦労を容易に覆す手段でも持っているだろうと当たりをつける。

だが、それにしても見つからねぇな。飯は食べるだけ食べて、そそくさと出てきたが、すでにいい時間だ。
これは、一度戻る事も視野に入れるべきかと、今後の方針について考えを巡らせる。

「……ソウル」
「ああ」

探す手を止めてある一方に目を向ける。そこには、桜色が夜の闇に一筋の光芒を描きだす光景。

「……なるほど、どうやら向こうにあるらしいな」

その光に迷いはないかのように、ただ真っ直ぐな軌跡を描く。
それは、なのは等はジュエルシードを感知して飛び出してきた事。そして、ゆく先にジュエルシードがあるという事。

「なら、漁夫の利を頂くとするか……っ」

ぶっちゃけ、今までのオレの苦労はなんだったんだとも思うが、それは後々八つ当たりさせて貰うとして、今は一気に駆けだす。

「それにしても、僕達ってホントに見当違いな場所を探してたね」
「……黙っとけ」

桜色の発光源は、旅館を挟んで、丁度オレ等の居る場所の反対側だった。


暗闇の中、地上を駆け抜け、樹上を跳び翔ける。

なのはがジュエルシードを、どの程度手間をかけて封印作業を行うのか分からない今の状況では、どれほど時間的余裕があるのかは分からない。
その上、ここにはもう一人魔導師とそのオマケが居る事が確定している。急ぐに越したことは無い。

「……ハッ」

自然、笑いが零れる。すでに事が終わっている可能性も高いと知るが、それでもオレは嗤う。
卑屈なんざ下らねぇ。間に合わない可能性を考えるなんざ下らねぇ。
オレは所詮ただの一兵卒。オレは目の前の事しか対処が出来ねぇと知っている。
その手の役割は指揮能力を持つ奴がやればいい。

そんなオレが、間に合う間に合わないを考えるなんざ、笑えるだけだ。
だからオレは嗤う。自身への嘲笑に。自身への鼓舞に。自身を最強たらしめるために。

「ねえソウル。今、何処にも笑うところなんて無いと思うけど……?」
「それこそてめぇの知るところじゃねぇよ」

了の疑問を切って捨てる。それより、どうやら間に合ったらしい。
前方に見えるのは桜色と金色。それにオレンジと薄緑。

それぞれ、なのは、フェイト、アルフ、ユーノだろう。相変わらず魔力を使うたびに光を発するなんて、随分と派手だ。しかも闇夜の中だと余計に目立つ。

「おい、気配を消してあいつ等に近づけ。あと、目と耳に魔力を叩き込んで視覚と聴覚を水増ししとけ」

駆ける足を緩め、身体を譲った了に指示を出す。
気配を消す事はオレにも出来なくはないが、その手の事は了の方が腕ききだ。

「いや、気配を「消す」のと魔力を「使う」っていうのは結構対極だからね?」

気配を消すとは、周囲に自身の存在を悟らせない事。
魔力に限らず「力」を使うという事は、何かしらの行動を起こすという事。

いうなれば気配を消すのは「静」で力を使うのは「動」という事。まさに対極に位置する事を同時にこなすのは、難しいだけでなく、下手を打てば負荷が大き過ぎる。

「出来ねぇつぅならあの間に割って入ってその場の全員をぶちのめすだけだ」
「いや、まあ出来るし、やるけどね」

どうやら、文句を言いたいだけだったらしい。ま、この程度の与太話は遊びみたいなものだ。
了はオレの指示に従い、静かに、気付かれないよう気をつけながら連中に近づく。

さて、どうやらこの場にあったジュエルシードはフェイトが回収したようだが……

「お互いのジュエルシードを一つ賭けて戦おう」

なんて、なのはの奴が面白い事をほざいていた。
これは、オレがジュエルシードを奪うよりも、あの二人が戦う場を見る方が面白そうだ。

……さてフェイト。てめぇはどんな選択をする?

「丁度良いっ、アタシは今日、ムシャクシャしてたんだっ。昼間に言った通りガブっとやってやろうじゃないのさ!」

どうやら、オレが昼間散々からかった事をまだ根に持っているらしいアルフは、非常に好戦的だ。

『ねぇ、これはなのはさん達にとってとばっちりじゃない?』
『おもしれぇから放置だな』

なのは等にとっちゃ災難だろうが、ま、せいぜいオレの代わりに遊び相手になってやれ。

フェイトも無言のままにその手にしたデバイスを構える。
どうやら受けるようだなと、気配を押し殺しながら傍観する事が決まった事に内心笑う。

なのは、ユーノ組。フェイト、アルフ組。2対2のタッグマッチの開幕だ。
さあ、前回の月村邸では見そこなった、この世界の“魔導師”の実力を見せて貰おうか……?


「さあ、アンタら覚悟しなっ!」

最初に動いたのは、予想通りアルフだった。ま、あれだけうずうずしている様を見ていれば当然か。

「なのはっ」

一直線になのはに襲いかかろうというアルフだったが、その間に小さな影が割って入る。ユーノだ。

あの体格差では一口で食われて終わりだろうが。
それが傍目から見ての感想だったが、流石魔法とでも言うのか、ユーノの目の前には幾つの円と文様で構成されたような障壁が展開され、アルフの進撃を遮る。

「こいつの相手は僕がするから、なのははあの子の相手をっ!」

ユーノがそれだけ言うと、地面に障壁とはまた別の魔法陣が展開されたかと思う内に、ユーノとアルフの姿がかき消えた。

『……転移、か。魔法ってのはそんな事も容易にやるか……』

元居た“世界”でも転移魔術は存在したが、アレは儀式魔術の類でありそう易々と出来る事じゃない。
それをあれほど容易にこなすとは、……相変わらずふざけた連中だ。

だが、これで邪魔のは要らない1対1の状況の出来上がりか。

……にしても、昼間は散々オレにからかわれ、なのはの決闘の申し入れを喜々と受け入れたクセに会戦直後に襲撃を掛けるも即座に離脱とは。

『なんつぅか、あの犬コロはマジで噛ませ犬だったな』
『いや、それを言うのは可哀想だよ?』

そして、噛ませ犬ってのを否定しないてめぇも大概だな。

「どうしてジュエルシードを集めるの!?」
「……たぶん、言っても意味がない……」

会話を交えながら飛び交う桜色と金色の魔力。どうやら、余計な話をしている内に、目の前の二人も戦いをおっぱじめたようだな。
それを見定める。それで、簡単ながら二人の戦闘スタイルってものが見えてきた。

まずはなのは。さきほどからあまり場を動かず、代わりに中々の威力を持ちそうな魔力弾を幾つも放っている。
おそらく、下手に動いても高が知れていると割り切って、ならば火力にモノを言わせよう、とかいう戦略なんだろうな。

逆にフェイトは良く動く。単純に移動速度もあるが、それ以上に敏捷性が良い。あれだけの機動力の上、空中を縦横無尽に動き回る事で、なのはに的を絞らせない。
時折放つ魔力弾も鋭い。パワーよりスピードを信条としているのが良く分かる。
そして、手にした武器の形状が斧、変形して鎌な事を見るに、接近戦が得意そうだ。
総合するに、ヒットアンドウェイが本分か。

……それにしても、改めてこうしてみると魔術とは大違いだと実感する。おそらく魔力の運用方法が根本から違うのだろう。

魔術師が魔術を使うために必要な大前提として「魔術回路」がある。
魔術師はこれがあって初めて魔術を扱える。魔術回路が魔術師を魔術師たらしめている。

魔術回路とは体中を巡る疑似神経であり、本来の身体の在り方を捻じ曲げて存在するモノ。短絡的に言えば身体にとって異物だ。
生物の身体は異物を排除しようとする。その作用を抑え込みながら魔術回路を維持して、ようやく魔術を使う土台が出来上がる。

魔術回路は起動させるだけで激痛が体中を走り回る。それこそ、神経そのものがのたうちまわるのだ。その痛みは推して知るべし。
その苦痛の先に、ようやく「魔術」はあるのだ。大して目的も無いのに身につけるには割に合わない。
幾重の世代に継承してゆく技術であり、祖先から子孫へ掛けられるある種の呪い。
一朝一夕で身に付く類のものではないし、身につけるような類でもない。

それに加え、そもそもの前提として、魔術とは「根源」に至るための手段であり、戦闘のための技術ですらない。
何代もの世代を重ね、それでも辿り着けるか分からない「根源の渦」へ辿り着くための手段。非常の探究者の技術、それが魔術であり魔術師。
戦闘に特化しているオレも、使う魔術自体は本来戦闘に適している物ではない。あくまで、転用し、応用を利かせて人を殺す技術へと昇華させたものだ。

目の前で繰り広げられる、「手段ではなく道具として確立された技術」とは畑が違う。

……いや、こんな考察はオレがする事じゃないな。オレが考えるべきは、あいつ等がどれだけの力量を持っているかを推し量るか、だ。
それを改めて念頭に置き、二人の魔導師を見やる。

保有する魔力はオレとは比肩するのもバカらしくなるほどの量。
年端もいかぬあの年齢でこれほどの動きを見せる才能。
自身の向き不向きを把握した上で繰り広げる未知の魔法。

改めて確認するが……やはりこいつらはふざけてんじゃねぇのか?
以前のように、うっかり殺気を漏らす事はしねぇが、それでも心中に穏やかじゃねぇものが去来するのを自覚する。

技術は畑が違うのだから比べるのはあまり意味がねぇものだが、それを扱う才能に関しては、共通する部分がある。
あの『デバイス』とかいう杖に補助は得ているんだろうが、それを差し引いても、膨大な魔力量や制御して行使するセンスってのは、天性のものなんだろう。

だが、所詮はガキ。経験が圧倒的に足りない。ただその一点だけで、オレに勝てない。
こいつらのペースをかき乱す手段など、いくらでも思いつく、実行できる。
故に、オレの敵じゃない。例え基本スペックの差が圧倒的であっても、4対1の状況であろうと制圧できる自信がある。

こいつらも「隠し玉」を持つ可能性もあるが、どちらにせよ、戦いとなったら叩き潰すし、叩き潰せるだろうから問題は無さそうだな。
問題があるとすりゃ、オレの対空手段が乏しいってな事ぐらいだが、それくらいどうとでも出来る。

「ディバイン、バスター!!」
「サンダー、スマッシャー!!」

見れば、佳境を超え終結の場面。互いに魔法陣を展開、膨大な魔力による砲撃を繰り出していた。
せめぎ合うのは桜色と金色の魔力の奔流。膨大に過ぎる魔力量で放たれる二種類の砲撃。

膠着。だが、すぐに天秤は傾く。

土台としてスピード重視と、火力重視の奴がそれぞれぶっ放った砲撃、その真正面からのぶつかり合いで、火力重視が負ける道理は無い。
金色の奔流を押し返し、桜色の魔力が虚空を撃ち抜いた。

『……ま、妥当な決着だな』

遠距離での打ち合いでは、確かになのはに軍配が上がった。
だが、それだけで決まるほど勝負というのは甘くは無い。

「う、ぁ……」
「わたしの勝ち、だね?」

なのはの首元に突き付けられたのは金色の鎌の刃。なのはが自身の砲撃によってフェイトの姿を見失っている内に背後に回り込み、刃を突きつけた。それだけだ。

なのはのデバイスの先端にある赤い宝石のようなモノから、蒼い小石、ジュエルシードが浮かびあがり、それをフェイトのデバイスが収納する。
見た限り、ジュエルシードを渡したのは、なのはではなくデバイスの意思で行われたようだが、いい判断だ。
あの状況で起死回生の手は無い。下手を打てば即座に止めを刺される。なら、さっさと敗北を認めた方がリスクは少ない。

……さて、向こうが終わったなら、これ以上隠れている意味もないな。

「いやいや、中々に面白い見世物だったぜ?」

茂みの中から姿を現し、軽く手を鳴らし、喝采を送る。

「「!!」」

予想外の闖入者の登場に、二人は面白いくらいに驚いてくれる。
直後の反応はそれぞれ。フェイトはオレを警戒し即座に中空へと飛び上り間合いを取る。
なのはは動かない。いや、動けない、か。

フェイトはオレという正体不明相手に反射的に警戒を抱いての離脱だったが、なのはの場合、変にオレと了を知っているという情報のせいで逃げるという選択肢が浮かんできていないようだ。
現に、驚きの中にも、何処か安堵が見て取れる。

……チッ、何度もオレはお前の「敵」だと警告してやっているのに、その体たらくは何なんだ。オレはてめぇを助けに来たわけじゃねぇのに、だ。
そんな奴は放置だ。構っても何の役にも立たねぇ。故に、もう一人の方と対峙する。

「貴方はあのときの……」

フェイトは別にオレに対して言ったわけではないのだろう、か細い小さい声で呟くが、オレの耳にそれは届いた。

……なるほど、どうやらあの犬コロはフェイトに、オレに対する悪感情を相当教えていたらしい事が端々から見て取れる。
ま、アルフは月村邸ではオレにあっさり返り討ちに遭い、昼間はボロボロに言い負かされたのだ。悪感情を持っていて当然か。

「よう、てめぇらの持つジュエルシード、渡して貰おうか」

フェイト、そして遅まきながらなのはも、威圧するように放ったオレの宣告に、緊張を走らせる。

「……と、言うところだが、ハッ、喜べ。今日は二人とも見逃してやるよ」

だが、オレはすぐに前言を撤回すると同時に威圧も霧散させる。

「……貴方もジュエルシードを狙っていたのではないですか?」

ガキ共は肩透かしを食らったまま、ふと思った事をそのまま聞いたかのように、フェイトが口を開く。
そりゃ、奪い合いの場面に顔を出しておきながら、何もしないってんだから当然か。

「なに、前回てめぇんトコの犬コロに、てめぇらのケンカの見学を妨害された分を今回やっただけだ。
てか、てめぇにゃ飼い犬の手綱はちゃんとしとけって言っていたはずだが、昼間やたら周囲に噛みつくような態度を犬コロがやっていたのをどう釈明する気だ?」

前回も今回もてめぇんトコの飼い犬に迷惑を被った、この損害をどうしてくれる。

「あ、……えと、ごめんなさい」

……この場面で素直に謝るとは。こいつ、アホか?

「ま、てめぇらのケンカは傍目に面白かったからな。その代金として、今回は身を引いてやる。精々感謝しておけ」

なんにせよ、見逃すと決めた以上、どうにかするつもりもねぇが。

「アンタは良くもノコノコ現れたねっ!!」

などと考えながら、身を返そうとしたが、周囲に響くのは女性の声。次いでオレンジの毛並みの狼が暗がりの中から飛び出してきた。

「ここであったが百年目、前回と昼間の借り。ここでまとめて返してやるよ!!」

鼻息荒く意気込む犬。散々お預けを喰らった犬のように、やる気は満々だった。

「……おい、今さっき手綱はちゃんとしとけと言ったはずだよな?」

だが生憎と、オレにゃやる気なんざ、さらさらねぇ。嘆息も隠さずにアルフを無視してフェイトを睨む。

「あぅ、えと……」

……なんつぅか、素直に困惑のフェイト。
オロオロうろたえる姿は、悪ぶっていても、所詮はこいつもまた、お人よしのバカかと容易に察しが付く。
まったく、この“世界”に来てから、お人よしのエンカウント率が高すぎる事に苦笑が漏れそうだ。

帰るため、それよりも自身の苦笑を見られないよう身を翻す。
視界の端では、なのはの下にユーノも戻って来ているようだった。この場に居る全員に背中を無防備にさらしているが、誰も攻撃なんて仕掛ける真似はしないだろう。

と、この場を去る前に、一つだけやっておくか。

「オレの名はソウル。今回は顔見せだ。だが、次からは容赦しねぇ。
素直に逃げるってんなら追わねぇが、あくまで立ち塞がる気概あるなら……相応の覚悟を決めておけ」

肩越しに振り返り、最後の宣告。この言葉は本気であると、軽く威圧を込めながら睥睨する。

「……じゃあな」

なのは陣営、フェイト陣営。それぞれ反応は何かあったようだが、それを確認する必要も無い。
後はもう振り返る事も無い。夜の暗がりの中へと踏み込んでゆく。



Side:なのは


今日の温泉旅行に了君も来るって聞いて、最初は凄く戸惑っていたの。
だって、すずかちゃんの家で了君とソウル君と改めてお話してから、ふたりとどうやって向き合えばいいか考えがまとまっていなくて、距離感が分からなかったの。

でも、今日一日、アリサちゃんが先頭に立って了君を連れまわして。
すずかちゃんも了君と卓球で白熱のゲームをして。
了君もごく自然にみんなと笑い合っていて。

それが、最初の心配なんて必要なかったんだって思えるくらい楽しかったの。
わたしはみんなの気分が悪くならないように、当たり障りのないようについて行っていただけだったけど、途中からはわたしも一緒になってちゃんと遊べていたと思うの。

そして思ったの。やっぱり了君とちゃんと仲良く出来るって。
ジュエルシードを巡ってソウル君と対立している事は、まだちゃんと答えは出ていないけど、了君と仲良く出来るって事は、きっとソウル君ともちゃんと分かりあえると思う。

前回はソウル君の言葉に、わたしの伝えたかった事はうやむやになっちゃったし、途中で了君に助けてもらっちゃった。
けど、今度ソウル君とお話をする機会があったら、ちゃんと最後までソウル君と向き合ってお話をしようと思っていたの。

でも、わたしのそんな気持ちは、改めてソウル君に会ったら吹き飛ばされちゃった。

ソウル君は、何時から見ていたのか分からないけど、フェイトちゃんにジュエルシードを取られたところで茂みの中から姿を現した。

ソウル君はわたしを無視するようにフェイトちゃんと向き合っていた。
本当は無視されるのは良くないって言いたかったんだけど、なんだかソウル君がわたしに対して怒っているような気がして、どうしても声が掛けられなかった。

そして、今回はわたし達を見逃すと言って、また茂みの中へ歩み去っていく。その直前、戻ってきていたユーノ君やアルフさんを含めたわたし達全員を睨みつけるようにしていた。

その時のソウル君は、なんだかとっても凄かった。
怖い、というのもあったけど、それ以上に『重い』雰囲気を出していた。

空気がねばねばする液体になって身体に纏わりついて動きを縛るような。
呼吸出来る空気じゃないそれは、息をしようとしても出来なくて。
今にもソウル君に襲いかかりそうだったアルフさんも、ピクリとも動けない、そんな空気。

嘘とか冗談なんて空気は少しも無くて、ただ何処までも真剣な想いをここに居る全員に叩きつけるようなソウル君に、お話しようと思っていた気持ちが潰されてしまう。

……どのくらい時間が経ったんだろう。気が付いたらソウル君は肩越しに手を振りながら茂みの中に消えていっちゃっていた。

それを見て、大きく息を吐きだす。
耳にはソウル君が言っていた、立ち塞がるなら相応の覚悟をしておけという言葉。
すずかちゃんの家でも似たような事を言われたけど、今日の昼間の事を通して、ちゃんとお話をしたいっていう気持ちが固まったと思っていた。
けど、そんなわたしの気持ちを簡単にはねのけるみたいだった。
それぐらい、さっきのソウル君は凄かった。

今のわたしには、ソウル君とちゃんと向き合える強い気持ちがあるのか?

……ないかもしれない。

本当はあるって断言したいけど、そんな強がりじゃ、ソウル君の言う覚悟には届いていない気がする。
だから、あるなんて、とても思えなかった。

でも、だからってジュエルシードを集める事は止めたくない。
もし止めちゃったら、本当にソウル君と向き合えないと思うから。
それに、

「……」

わたしが見る先に居るのはフェイトちゃん。わたしはまだ、あの子ともちゃんと向き合えて居ない。
お話する事を諦めたくなかった。

「待って!」

フェイトちゃんとアルフさんは何処かへ行ってしまいそうだったけど、それを呼び止める。

「わたしの名前は高町なのはっ、あなたのお名前を聞かせてほしいの!」

勝負に負けちゃった今のわたしには、これが精いっぱい。

「……もう知っているみたいだけど?」
「でも、あなたの口からちゃんと聞きたいの!」

ちゃんと名前を交換できれば、きっと次に繋がると思う。
それが、ソウル君とちゃんと向き合う勇気にもなると思う。だから……っ。

「……フェイト、フェイト・テスタロッサ」

それだけ言うと、今度こそ呼び止める間もなく飛び去ってしまったの。

「……フェイト、ちゃん」

教えて貰った名前を呟く。フェイトちゃん。いい名前だと思ったの。

これで、この夜は終わり。

フェイトちゃんが居る内はなんとか踏み止まっていたけれど、ここに居るのがユーノ君だけになったら、一気に気が抜けちゃったの。

残ったのは、負けちゃった事と、わたしに覚悟が足りていなかったっていう事。あの子の名前。
そして、気が抜けると同時に押し寄せてきたたくさんの不安。

今のわたしじゃ、フェイトちゃんにもソウル君にも勝てない。
言葉でも力でも、全然届かなかった。
なら、どうやって、何を届ければわたしの気持ちは伝わるのか。

「……がんばる、しかないのかな?」

ぽつりと呟いたけど、全然先の見通しが立たなかった。













あとがき

今回の話で一番割りを食ったのはアルフなんじゃないかなぁという第8話。



地味に毎週水曜日更新を目指して居たんですけど、使っているパソコンが家族共用なので、祝日は他の人に占拠されて使えなかったという罠。



[14283] 第九話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/03 22:45
アタシの名前はアルフ。狼を素体としたフェイト・テスタロッサの使い魔だ。

今、アタシ達はジュエルシードと呼ばれるロストロギアを集めている。
アタシとしては、あんなクソババァの言う事なんか無視して、フェイトには穏やかに過ごして欲しいと思っている。

けど、フェイトはジュエルシードを集める事を決めた。

なら、アタシは全力を以ってフェイトの前に立ち塞がるモノ全てをぶちのめしてやる。
それがフェイトのためになるんだって言うなら、それに全力を尽くすだけだ。

とはいえ、ジュエルシードがばらまかれたのは管理外世界だ。魔導師の居ない世界で、フェイトの敵になりうる奴なんて居るはずがない。
管理局の連中が出張ってくる事もあるだろうけど、次元世界は広い。すぐにここに来る事も無いだろう。
フェイトとアタシにとって、なんて事は無い、簡単な仕事だ。
……そう、思っていた。

脳裏の思い浮かぶのは、人を小馬鹿にするような嘲笑を浮かべたガキ。
もう一人、白いバリアジャケットを身につけた子も居たが、アレはフェイトの敵じゃない。問題はあの野郎の方だ。

一々人の神経を逆なでするアイツの事は、思い出すだけでもはらわたが煮えくりかえりそうだ。

でも、悔しいけど強い。
初めて会った時、アタシが優勢に攻めていても、結局あいつの自信満々の顔を消す事も出来ずにあっさり昏倒されちまった。
そして2回目、去り際に放った威圧感は、正直生きた心地がしなかった。
アイツを倒すのは非常に困難だ。でもアタシはフェイトの使い魔。フェイトの望みを叶える。そのために、今度会ったらアタシが全力で叩きのめしてやる!
もちろん、アタシを小馬鹿にした事も熨し付けて、だ!










魔法少女リリカルなのはCross souls 第9話



Side:ソウル


今日も今日とてジュエルシードの探索をしているわけだが、いつもの通に収穫は無し。
もっとも、躍起になって探し回っているわけじゃねぇのだから、何の焦りもないが。

現在、表向きの理由は町の散策と称してジュエルシードの探索をしている。
オレとしちゃ、朝飯を食ったらとっとと探索を始めてぇが、了の奴がただ世話になるのも嫌だってんで、いつも午前中は屋敷内の掃除などの雑用を手伝っている。

十分な人材の揃っているあの家で、了程度の手伝いなんざ余計な世話でしかないが、アレは実は相当な怠け者だ。
張り合いがなければ一日中ぼけっとしているからな。これくらいは丁度良いだろうと、オレも特に何も言わずにいる。
どうせ探索といっても、あんな小石は探したとしても見つかるわけでもなし、なのはやフェイトが見つけ出した所を横取りした方が、よほど効率が良いと分かっているのだ。
故に、探索は午後のみと割り切っている。

そう言った事情から、ほぼ名目通り散策になり下がっていたのだが、ああ、確か「犬も歩けば棒にあたる」なんて言葉もあったな。
ジュエルシードは見つからないが、代わりに面白そうなモノを見つけた。

「ククッ」
「いや、急にそんな黒い笑いをされても怖いからね?」

了は気付いていないようだが、それも仕方がないか。アレは普通に見て分かるものじゃない。

「そんな事はどうでもいい。それより、あそこに居る女、分かるな?」

視線の先には、これと言って特徴らしい特徴も無い、黒髪をした小柄な日本人女性としか言いようのない女の姿がある。

「あ、うん、なんか困っているみたいだね」

オレの言う通りにその姿を見つけた了が率直な感想を言う。確かに、眉をひそめて小首を傾げているのを見りゃ、困っていると容易に察しが付くか。

「ああ、そこまで分かっているならいい。てめぇはあの女の手助けをしろ」
「……はぁ?」

オレの指示に、素っ頓狂な声を出す了が面白いと思う反面、確かにオレが「人助けをしろ」だなんて言うのは予想外な事だろうと納得もできる。

「深く考える理由も無いだろ。別段、人助けなんざ常識の範疇だろ」
「まあそうなんだけど、ソウルが言うとすごい裏を感じるんだよ」

何だそれは。聞きようによっては相当な失礼だぞ?

「裏があるのは当然だろ」
「いや、あっさり肯定するのもどうかと思うけど……」

なんの思惑も無く、オレがそんな事をわざわざ言うわけがないだろうが。

「別に悪事を働けって言うわけじゃない。キリキリ動け、このウスノロが」
「いや、いきなりウスノロ呼ばわりも軽くショックだからね?」

そう文句を垂れつつも、あの女に歩み寄る。さて、どうなるかじっくり見学をさせて貰うとするか……。



Side:アルフ


最近のフェイトは、ちょっと頑張り過ぎだ。確かに前回のジュエルシードから、今まで何の成果も上がっていないけど、それでもフェイトの頑張りは十分評価できるものだ。
それでもフェイトは、まだまだだと言って、碌に休みも取らずにジュエルシードの探索に精を出している。

アタシとしては、今のままのペースで続けていたらフェイトの身体が壊れちまうと心配だ。
ただでさえ、今も少し体調が良くないのだ、ちゃんと休んで欲しいと思う。

でも、フェイトはどうしてもやると言って聞いてくれない。アタシも無理矢理フェイトに言う事を聞かせるっていうのも嫌だし、結局、サポートに徹するしかないんだけど。

でも、せめてちゃんと栄養のある、美味しいごはんを食べて欲しいと思って、こうして今、買い出しに出てきたわけなんだけど……。

「く、一体どれがいいのか分かりゃしないよ……」

スーパーマーケットの品揃えの前に、辟易するアタシだった。
品揃え自体はミッドガルドの首都とそう大した違いは無いのだが、いかせんここは異世界、勝手が違う。
どうにも見た事がないものばかりで、どれがアタシの求めるものなのか、さっぱりわかりゃしない。

アタシだけならドッグフードでもあれば十分なんだけど、流石にフェイトにアレを食べさせるわけにもいかない。
今回のアタシの目的はフェイトに美味しいものを食べさせる事。
単に栄養補給だけなら、ババァ印の栄養食品で事足りるが、あんな味っ気のないものじゃなくて、ちゃんとしたものを食べさせたいのに……。

「む、むむむ~」

だぁーっ、もう分かんないったりゃありゃしない! もう、どれもこれも全部同じに見えちまうよ!

「あの、すいません。何かお困りですか?」

あれこれ悩んでいると、そんな感じに声を掛けられる。
どうやら傍目に見てすぐ分かるくらい感情が表に出ていたらしい。

それにしても、これは渡りに舟だ。ここに居る人達の人情も捨てたもんじゃないと、目頭が熱くなるような思いで振りかえる。

「……げっ!」

って、こいつはあのガキじゃないかっ、何でこんなところに居るんだよ!?
だがっ、ここで会ったが百年目っ、積年の恨みを晴らしてやろうか……っ!?

「え、あ、あの、どうかしましたか?」

……って、ちょっと待て、アタシ。ここは人目があり過ぎる。こいつを目の前にするだけで業腹モノだが、ここで騒ぎを起こすのは、回り回ってフェイトに迷惑がかかる。

「……?」

そもそも、今のアタシは変身魔法で姿を変えているんだ。現に、目の前のこいつも疑問顔で首をかしげている。アタシがアタシだって事に気付いていないはずだ。
なら、この場はどうするのが最善か……。

「……え~、それで、ご用件はなんでしたっけ?」

せっかくの機会だ、こいつに関する情報を聞き出してやると決めて、当たり障り無い会話を始める事にする。
……この口調は窮屈だけど、正体を悟らせないためだ。仕方がないと割り切る。

「あ、はい、何だか困っているみたいだったので、どうしたのかな~と思ったんです」

……なんだコイツ、本当にアイツか? 
なんつーか、全然キャラが違う。アイツはもっとこう、人を見下したようなヤツだったのに、こいつは、なんというか普通にいい奴っぽい。

「あの、僕、何か変な事を言いましたか?」

ああ、アンタのその喋りや態度が変過ぎるんだよ!!

「……いえ、ちょっと考え事をしていただけです」

と思ったが今は我慢しろ、アタシ。
……そうだ、こいつはアタシの正体に気付かず声をかけてきたんだ。なら、情報を聞き出すのと同時に、買い物に利用してやろうじゃないか。
我ながら名案と、改めて向き直る。

「それより、私の困っている事でしたね。実は、フェ……日頃お世話になっている人に美味しいご飯を食べて貰いたいと思っていたのですけど、こういう場には不慣れでして、何をどうすれば良いのか分からいのです」
「そうなんですか、見た目、そう言うのが出来そうに見えたんですけど」

うっさいなっ、どうせ本当のアタシはガサツな女だよ!

……押さえろアタシ。
それより、危なくフェイトの名前出すところだったけど、どうやら……気付かれていないみたいだね。

「でもまあ、そう言う事ならこれなんてどうです? キャベツとかの野菜を刻んで炒めて、これを加えれば、簡単に出来るタイプですよ」

そう言って取ってみせてくれたやつを見る。なるほど、これは確かに簡単そうだ。でも、根本的な問題が一つある。

「いえ、家にはフライパンとか無いですから」

そう、今アタシ達が使っているアジトは、単に拠点としてしか使っていないから、必要のないと思った調理器具の類がない。なので、そもそもこれは使えない。

「って、なら普段何食べているんですか?」
「え~と、大抵はブロックの栄養食品とか、コンビニの弁当とか……」

あとドッグフードとか?

「うわ~……」

なんだいなんだい、その人を憐れむような視線はっ、言っとくけどアタシはアンタに同情されるほど落ちぶれちゃいないよ!!

「あ~、でも、最近はレトルトでも栄養とか味とかいいのが沢山あるみたいですから、別に料理をしなくても大丈夫ですからね~」

って、何でアタシがアンタにフォローされなきゃなんないんだよ!!

再確認したっ、アタシはコイツが大嫌いだ!!

「……なら、お勧めがあるなら教えて欲しいのですけど?」

何とか心情を我慢して笑顔を作って聞く。口元がヒクヒク動いている気がするけど、ちゃんと笑顔が出来ているはずだ。

「……済みません、僕は一人暮らしをしていた時も自炊しかしていなかったので、レトルトの良し悪しは分からないです」

なんだよこの役立たずがぁ~~っ!!
……って、一人暮らし?

「つかぬ事をお聞きしますが、一人暮らしとは?」

こいつの性格はひとまず置いておくとして、コイツはまだ小さい子供だ。それが一人暮らしというのはちょっと引っかかる。
情報収集の一環としても、これは聞いておきたい。

「ああはい、僕は親とか親戚とかいませんから。今は知り合いの家にお世話になっていますけど、以前は一人暮らしでしたよ。
その時は、お金に余裕が無かったですから、食費を抑えるために自炊していたんです」

なんでもないように語るけど、内容は驚きのそれだ。この年なら、親に甘えたい年頃だろうに、それが親どころか親戚も無く、一人で生活をしていたなんて。
その上、お金を切る詰める生活って……。

「うぅ、アンタも苦労していたんだねぇ……」

こんな子供の内から苦労をしていると聞いて、思わずコイツとフェイトを重ねて見てしまう。
一人なんて寂しいハズだったのに、そんなのおくびにも出さず、しかも、見ず知らずの困っているアタシに声を掛けるなんて……。

「えっ、あ、いや、僕は何ともないですからっ、そんな泣かれるほどの事でもないですから!」
「な、泣いてなんかないよっ」

言われて目をこすって涙を拭う。これは、涙なんかじゃないやいっ。

「えと、とりあえずハンカチをどうぞ」
「あ、すまないね」

受け取ったハンカチで、思いっきり鼻をかむ。ああ、ちょっとすっきりした。

「って、ああ済まないね。アンタのハンカチなのに、思いっきり鼻をかむのに使っちまったよ」
「ああいえ、大した事は無いですよ。それより、あなたの気分が晴れた方が僕は嬉しいですよ」

気を悪くした様子も無く、人畜無害そうな笑顔をアタシに向けるコイツ。
……何と言うか、本当にコイツはアイツか? 確かに外見はアイツそのものだけど、逆に言えば、共通点はそれだけで、他の要素は何一つとして重ならない。
ここまで違うと、本当は他人の空似なんじゃないかと思う。

「というか、さっきから口調が変わってませんか?」

ああっ、しまったっ。つい地で話しちまってた! まずい、どうする、今更直すか?
……いや、もしかして今まで全部からかわれていて、ここで口調が変わっていたという事で、あたしの挙げ足を取ろうって魂胆か!?

「……?」

見ると、なんか普通に小首を傾げていた。それは、挙げ足を取ろうなんて考えてもおらず、ただ単に疑問に思ったから聞いてみたって感じに見える。

「……アタシはこっちの喋りが地なんだよ。この姿でこの喋りは違和感があるだろうから、外行きの時はあっちの喋りにするようにしていたんだよ」

とりあえず、今更取り繕っても仕方がないとして喋り方については地で行く事にした。

「ああ、そうなんですか。でも、確かにその姿でその喋り方は慣れないと違和感がありそうですね」

そんな事自覚してるよ。ただ、目立たない外見にしようとしたらこうなっちまったんだから仕方がないだろうが!

「ああ、別に悪口を言うつもりじゃなくて、でも、もし気分を悪くしてしまったなら、あの、やっぱりすみませんでした」

変身魔法で変えているこの姿に思っていたら、それを機嫌が悪くなっているように見えたらしい、コイツはアイツに有るまじき殊勝さで頭を下げてきた。

「いや、別にそんな訳じゃないよ。というか、アンタに頭を下げられるとアタシの調子が狂っちまうよ」

本当に、アイツの姿で普通にいい奴の素振りを見せられると毒気を抜かれちまうよ。

「それよりも、せっかくだからさ、どれが美味しいやつか、一緒に見繕ってくれないかい?」
「はいっ、もちろん構いませんよ」

そして、当初の予定の通り買い物を始める事になった。

「ああ、そう言えば、その日頃お世話になっている人って、何か嫌いな食べ物とか無いんですか?」
「フェ……、あの子は特に好き嫌いは無いよ。ただ、どうにも小食でねぇ。アタシとしちゃ、もっと色々食べて欲しいんだよ」

特に肉とか肉とか肉とか。あと、肉とか。

「好き嫌いがないなら、結構何でも大丈夫そうですね」
「ただ、今はあんまり体調も良くなさそうだからね。あんまり腹に来るモノは控えたいんだよ」
「体調が良くないんですか?」
「そうなんだよ。しかも、こういうときぐらい休んだってバチが当たらないってのに、休もうとしないんだよ。まったく、普段から頑張り過ぎなのに、もっと自分を大事にして欲しいんだよ」
「そうなんですか……。う~ん、なら、おかゆとかがいいのかなぁ……」

また危なくフェイトの名前を出しそうになったのを飲み込んで話を続ける。いくらコイツが信用できる奴でも、フェイトの事は内緒にしておくに越したことは無い。

と、自分の考えに驚き、思わず足を止めてしまう。
アタシは今、コイツに対してどんな評価を下していた?
コイツの事を大嫌いだと思っていたはずなのに、こうして今は随分と警戒を緩めていた。
完全に「コイツ」と「アイツ」を区別して考えていたのだ。

「……あの、どうかしたんですか?」

止まるアタシを不審げに見やるコイツ。そうだ、コイツは正体が知れないんだ。気を許しちゃいけない相手だった。
アタシはフェイトを守るために、あらゆる障害を排除しなけりゃならないんだ。

そう、改めて強く自分に言い聞かせる。……そう、強く言い聞かせないといけないほど、今のアタシはコイツに気を許していた事に、再度驚いた。

「……何でもないよ、それより他に用事があったのを思い出したから、さっさと買い物を済ませたいんだよ」

そう言って、早歩きに進んでいく。コイツと一緒に居るのは良くない。早く用件を済ませて離れなくてはと思った。
そして、以降は大して会話も無く買い物は済ませる事は出来た。

「それじゃあ、お大事に」

途中から、話をしないよう不機嫌を装っていたアタシに困った様子だったソイツが、それでも別れ際に笑顔と気遣いを送ってくれたのを素直に受け取れなかった自分が、何だか悪者になった気がしたけど、気のせいだと思う事にした。



Side:ソウル


今オレが居るのは、神社の境内。人気も無く、なおかつ一定以上の広さのある場所を探し歩いて辿り着いた場所だった。
今の時間は昼下がりには遅く、夕刻には早いという中途半端な時間帯。その上、今日は平日、この場に訪れる人影も無い。
まさにこれからやろうとしている事にうってつけの立地条件だ。

取り出したるはジュエルシード。結局今日まで、この最初の一個しか手に入っていないが、それはオレにとっては些末事でしかない。

「ねえソウル、これからどうするつもり?」
「なに、ちょっと釣りをしようってな」

オレの答えに疑問符を浮かべる了だったが、確かにこの場には池や小川なんかの水気がない。そんな場所で釣りなんざ出来るはずもないと考えるのは当然だ。

「ま、てめぇは大人しく見ているんだな」

そもそも、オレが今から釣り上げようとしているのは魚じゃねぇ。

「──“肉裂き血を浴び手に掴む”」

オレの魔術回路を開くための詠唱を呟く。
この身は本来の身体では無い故に、肉体にではなく魂に刻まれた魔術回路は、寸分の狂いも無く、オレの魔術を再現する。
と言っても、今は魔術を使う必要はない。単に魔力を流すだけだ。
その程度は、呪文の詠唱などせずともオレには出来るが、一応は満を持して事に当ろうという話だ。

そして、その魔力をジュエルシードに軽く流し込む。
それと同時に、蒼の宝石は周囲を自身と同色の光で照らしだそうとする。
いや、これは照らすなんて暢気な光では無い。これは最も身近にあるモノ、即ちオレを取り込もうと、迸る魔力がオレの手に纏わりつく。

だが、オレの方が格上だ。こいつがどう足掻こうとも、オレに勝てる筋合いはない。ただ、オレの手の上で発動するだけだ。

「クク、さあ来いよ」

後は獲物が餌に食いつくのを待つだけだ。遠く、おそらくは来るであろう方向を見やる。
どの程度待てば良いかは分からない。下手をすれば誰も来ないという可能性もあるが、その時はその時だ。

「……へぇ、中々早ぇじゃねぇか」

だが、予想以上に連中の行動は迅速だったようだ。オレの杞憂など無用と、お目当ての魔力光が二色、オレの居るこの場に向けて真っ直ぐに飛んでくるのが見える。
それを目の当たりにして、ほぼ想定通りとほくそ笑む。

「……貴方は」
「よう、奇遇だな」

それが、オレの姿を確認出来る程度まで近づいてきたところで停止するのを見て取ると、オレはジュエルシードの輝きを握りつぶす。
釣りの獲物。フェイトとアルフが釣れた瞬間だった。

なのはは今の時間帯は学校であろうから、おそらく来ないだろうという打算の上での行動であり、今回、用があったのはこの二人だ。

立ち位置は地上と空中。フェイトは無表情を装いながらも、少なからずの緊張がその表情に見え隠れするのが分かる。

「ククッ、てめぇ、そんなにオレが怖ぇか?」
「!!」

おぉ、面白い位に動揺を見せてくれるな。
まずは揺さぶりでもかけて、冷静な判断力を僅かでも削れれば儲けものとのセリフだったが、クク、何とも嗜虐心が刺激される表情を見せてくれたもんだ。

「さて、一応言っておくが、わざわざ手持ちのジュエルシードを発動させててめぇらをおびき寄せたんだ。
当然、この場には易々と逃げられないよう、罠が張り巡らされているという可能性は理解しているか?」

遊んでやろうとも思うが、それは後回しだ。まずは、ニヤリと嗤って簡単に状況を教えてやる。
とは言うが、半分は真実を言っていない。おびき寄せたというのは真実だが、後の罠に関してはただのハッタリだ。

オレの魔術自体は対人に特化しているようなものだ。結界やら罠やらの魔術なんざ苦手な上、一々罠を設置する面倒を、そもそもオレがするワケがねぇ。
だが、こいつは明らかに経験が足りていない。オレが自信満々に罠について示唆してやれば、勝手に騙されるという寸法だ。

「……それで、貴方の目的は何ですか?」

ほら引っ掛かった。周囲を警戒しつつ、オレとの会話の口火を切る。
ったく、オレはあくまで「罠がある可能性」とは言ったが、「罠がある」と明言はしていないってのにな。

罠があるから不用意な離脱は出来ない。オレの実力が分からないから迂闊に手を出せない。目的があって自分達がおびき出された。情報が足りない。
別段状況を操作したわけじゃないが、選択肢が狭められているという事を自覚しているかどうかは分からないが、オレが残した選択肢「会話」を、こいつは選び取った。

ここまでくれば、後はフェイト、いや、隣に控えているアルフの性格を考えれば、詰めが済んだようなものだ。

「何、オレはどうにもジュエルシードの感知は苦手らしいからな。だったら自分で集めるよりも、てめぇらが集めた分を奪い取った方が手っ取り早いと考えるのは当然だろ?」

オレはまだ、戦闘の意思を見せず、ただ情報を教えてやる。ま、「ジュエルシードを奪い取る事が目的だ」と明言していないという事には気付けないだろうな。こいつらは。
現に、オレの言葉に反応するように、フェイトとアルフに緊張が走るのが良く分かる。

「……それで、わたし達の持つジュエルシードが狙いというわけですか?」
「ああ、別に白い奴とてめぇら纏めて奪い取ってやっても構わないんだがな。体調を崩すなり何なりして弱っている奴から仕留めた方が労力は少なくて済むだろ?」

嗤いながら、視線はフェイトからずらし、アルフへと送ってやる。オレの言っている事の意味は、てめぇなら分かるだろうと。
対するアルフは、最初こそ驚いたようだったが、徐々に、だが激しく怒りがこみ上げて来ているようだ。でもまだ、若干の迷いがあるようだな。
よし、それを断ち切ってやろう。

「ああ、今日の昼間に面白い情報を手に入れたからな。クク、情報源については……ま、てめぇらに教えてやる必要も無いよな。なぁ、アルフ?」

皮肉をたっぷり込めて嗤い掛けてやる。フェイトはどういう事かは分かっていないようだが、アルフにはオレの伝えたい事が分かったようだ。
アルフから一瞬表情が抜け落ちる。だが、その直後に地獄の業火でも涼しいのではと思わせるような激情の憎悪をオレへ向けて解き放つ。

「アンタはぁぁぁっ!!」

怒りや殺意だけで人を殺せるなら、今のアルフは一体何人殺せるだろうかという程の激情に身を任せ、弾かれるように、拳を固めながらオレに躍りかかる。
流石にアレを喰らうのは不味いと、大きく後ろへ下がると、オレの立っていたその地面は大きく陥没、打ち砕かれた。どれほどの威力だったかは推し量るまでも無い。

「アルフッ!?」

突然の使い魔の暴挙に、フェイトは無表情の仮面をつけ忘れ、驚きと困惑のままに自身の使い魔へと呼びかける。

「フェイトは下がってなっ、コイツは……、コイツはアタシがぶっ殺してやるっ!!」

アルフは主人へ目も向ける事無く、ただ殺意と憤怒に身を任せてオレを睨みつけてくる。
常人なら気絶するような程の気当たりを総身に受け、オレはほくそ笑む。

これで状況は整った。今回、フェイトにとってオレと戦う事にメリットは然程無い。
もとより罠など無いのだから、とっとと離脱した方が得策だった。

だが、既にアルフは戦う気、オレを殺す気満々で戦闘は避けられない状況となった。
こうなれば、アルフは少なくともオレに一矢報いるまで止まれはしないだろう。そして、フェイトの方もアルフを放っては置けない。

そして、オレはこいつら程度に遅れは取らない。必勝の場は整った。

「──手に掴む、“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)」

手に馴染んだ槍を手に取り、眼前の、女性の姿をした獰猛な獣を見やる。

「ハッ、返り討ちにしてやるよ」

さあ、楽しませてみてくれよ……?



Side:フェイト


「コイツはアタシがぶっ殺してやるっ!!」

そう言って、目の前の男の子を睨みつけるアルフ。その後ろ姿に少なからずの恐怖を抱いてしまう。アルフはわたしの使い魔なのに。
アルフは、確かに気の短い部分もあるけど、いつもわたしの事を気遣ってくれるとても良い子だ。

でも、わたしはアルフがあんなに怒っている所は初めて見た。
使い魔と主との間にある精神リンクで、アルフの今の感情が直にわたしに流れこんでくるから、どのくらい怒っているのかが痛いくらい分かる。

「ハッ、返り討ちにしてやるよ」

対する男の子は、何処からともなく槍を取り出すと、そう嗤っていた。
あの男の子、以前会った時はソウルと名乗っていたけど、彼の実力は底が知れない。

ソウル自身の魔力は、そう大した事は無い。魔力だけなら、あのなのはと名乗った子の方が断然凄い。
そもそも飛行魔法を使っている所も見た事がないし、バリアジャケットすら身に付けていない。

ここまで考えると全然脅威を感じる事は無いはず。
でも、白い女の事と目の前の男の子で、どっちが戦って勝てそうかと聞かれたら、あの子には悪いけど、彼女の方が御し易いと思う。

ソウルの方が厄介だと思う根拠は主に二つ。

一つ目はソウルが持っているあの槍だ。あれは多分デバイスではないと思う。
デバイスは極論(こういう言い方は嫌だけど)単なる魔法を使うための道具だ。
魔法を使うための補助をしてくれるけど、デバイス自体が魔力を持って魔法を使うわけじゃない。
だから、デバイスは多少魔力を帯びる事はあっても、魔力を「持つ」事は無い、と思う。
けど、あの槍はそれ自体が魔力を持っている。しかも、なんだか嫌な感じがする。
もしかしたらあの槍はロストロギアなのかもしれない。

“古代遺産”(ロストロギア)。

何故、どうやって創り出されたかは不明だけど、とても強い力を持っていて、凄いものだと次元世界を崩壊させる程の力を持っていると言われている。
さすがにあの槍が次元世界を崩壊させるとは思えないけど、未知の力を持っている可能性がある以上、油断出来るわけがない。

そして、あの槍以上に、ソウルという男の子の存在がわたしに警鐘を鳴らしている。
わたしは彼が戦っている所は見ていないけど、最初にアルフが接触したとき、アルフはあっさり負けちゃったらしい。しかも、彼は魔法を一切使わずに。

正直、信じられない。魔法を使わないで魔導師を倒すなんて普通に考えて不可能だ。
でも、彼はそれを実際にやってみせた。現実に在った以上、認めないといけない。
それに、わたしがソウル自体を脅威に思う本当の理由はソレじゃない。

前回会った時、ソウルとの別れ際。正直、あの一瞬は生きた心地がしなかった。ソウルはただ、次に会った時は容赦しないと、わたし達を睨みつけてきただけ。
でも、あの瞬間、今までで一番の恐怖を抱いた。

わたしじゃ彼には勝てない。たとえ戦ったとしても、一方的に殺されてしまう。
それくらいソウルは圧倒的だと感じさせる何かがあった。
そのソウルの威圧感に呑まれて、何も言えず、ただ震えていた。もしわたし一人だけだったら、きっとその場にへたり込んで動けなくなっていかもしれない。

アルフは、今度会った時は自分がぶっ飛ばすと言っていたけど、わたしはそんな事をさせられないと思った。
せめてと、一人で十分というアルフを言い聞かせて、二対一で戦うという約束をわたし達の間で取り決めた。
でも……、

「だりゃぁぁぁっ!!」

アルフが気合いと共に殴りかかる。今のアルフの拳には凄い量の魔力が込められている。あれだと、非殺傷設定なんて関係なく、相手に酷い怪我を負わせてしまう。
しかもソウルはバリアジャケットを身に付けていない。受けたダメージは全部直接身体に受けてしまう。
普段のアルフなら冷静に考えてその事が分かるはずなのに、今のアルフはそれが出来ていない。最初に「殺す」と言っていた通り、本気でソウルを殺す気だ。

「ハッハッハッ、どうしたその程度か!?」
「うるさいっ、アンタだけは絶対に許さない!!」

ソウルの言葉に反応するように、さらに連撃を繰り出すけれど、それらは全て、僅かに半身ずらすだけでソウルは避けてしまう。
アルフの攻撃は当たらない、かすりもしない。そんな力任せの大振りの攻撃は目を瞑っていても避けられると言わんばかりの余裕を見せるソウルに、アルフはさらに冷静さを失っていく。

「……いけないっ」

今のアルフの行動に薄ら寒いものを感じる。どうしてあんなに冷静さを失うくらい怒っているのか理由は分からないけど、今はそれを気にしているどころじゃない。
ソウルは槍を手にしているけど、まだ振るっていない。それは、今はアルフの戦い方が、偶然にソウルが槍を振るう機会を奪っているためだ。

槍のような長柄武器は、そのリーチ故に、白兵戦では、常に先手を取る事が出来るから優位に立つ事が出来る。
でも逆に、そのリーチの内側、懐に潜り込まれると十分な威力を発揮する事が出来ない。

アルフの得意とするのは、肉弾戦による至近距離だ。それはまさに懐に飛び込んで、槍の優位を抑える事が出来るという事。
だから今、ソウルは後ろや横に下がって間合いを取ろうとするのに対して、それ以上のスピードでアルフは食いついて行っているため、槍を振るう事が出来ないでいる。
結果、アルフはまだ戦えている。

逆に、一瞬でも間合いが空けば、その瞬間に槍は振るわれ、アルフは殺されてしまう。

「ランサーセットッ」
《Get set》

本来なら、槍の間合いのさらに外、遠距離からの射撃で相手の体力を削ってから必殺の一撃を繰り出すのが理想だったのだけれども、こうなってしまっては、離れるのは逆に危険。ソウルを倒し切るまでアルフは喰らいついて行くしか方法は残されていない。

準備するのは射撃魔法の中でも得意としているフォトンランサー、その待機状態の魔力球がわたしの周囲に浮かび上がる。
狙いはソウル。タイミングはアルフの攻撃に会わせる。

わたしに今のアルフを止められる気がしない。なら、せめて援護をする。
形としては、アルフが前衛でわたしが後衛。
今は意思疎通が出来ているとは言えないけど、わたしとアルフだ。合わせて見せるっ。

……今だ!

「ファイアッ!」

トリガーワードと共にフォトンランサーが発動する。フォトンランサーに誘導性は無いけど、その分硬くて鋭い。弾速にも自信を持っている。ソウルはアルフの攻撃を避けるためにバックステップを踏むけど、この瞬間、両足とも地面から離れている。このタイミングで、空を飛べないソウルにわたしのフォトンランサーを避けるすべはないはず!

「おっと危ねぇなァ!」
「えっ!?」

だけど、ソウルはわたしの予想のさらに上を行った。確かに回避できるタイミングでは無かった。ならどうしたかといえば、答えは単純。手にした槍を回転させ、疑似的な盾として、わたしの放ったフォトンランサー、その全てを防ぎ切っていた。

さっきも言ったけど、わたしのフォトンランサーは鋭い。その弾速はそうそう反応できるものじゃない。しかもソウルはアルフと対峙して居て、その隙を突くように放ったのにソウルは反応して見せた。しかも打ち漏らしも無く、だ。

「死ねぇぇっ!!」

でも、アルフの援護にはなった。槍を振るっている反対側に回り込むアルフ。わたしの攻撃は防がれたけど、槍はわたしの側に引きつけられている。今ならアルフの攻撃を槍に阻まれる事は無い。

「フンッ!」

今度こそ避けられないと思ったのに、事もあろうか、ソウルは空いていた左手をアッパーのようにアルフの拳に繰り出し、無理矢理その軌道を変える。アルフの拳は変えられた軌道のまま、ソウルの眼前を掠る。拳圧でソウルの頬に裂傷が刻まれるけど、血は滲む程度で、ダメージらしいダメージにはなっていない。

……目の前の光景が信じられない。あのタイミングの攻撃を障壁で防ぐでもなく、殴って防ぐなんて。

そんな、悠長に呆けている間は無かったのに、わたしは一瞬動きを止めてしまった。
今のアルフの攻撃は完全な大振り。当たれば一撃の威力。でも当たらなければ次は無い。明らかな隙が出来てしまう。
そして、ソウルはその隙を逃さない。
アルフの拳を殴って無理矢理軌道を変えさせたソウルの左腕は弾かれたけど、ソウルはその弾かれた勢いに抗う事無く、むしろ勢いのままに体を反転させる。

左右が入れ替わる。つまり、槍を持つ右手がアルフの側に向くという事。わたしがその事に気付いた時にはもう遅い。槍の柄を身体に横薙ぎに叩きつけられ、アルフは吹き飛ばされる。
至近距離だったために威力は十分で無かったらしく、吹き飛ばされると言っても然程の距離は離されなかった。けど、それがまずい。

今アルフが立つ位置は、まさに槍の必殺の間合い。現に槍の切っ先がアルフを捉える。

「アーク、セイバァーッ!!」

アルフをこのままやらせないっ。わたしのデバイス、『バルディッシュ』のサイズフォームの時に形成される鎌の刃状となっている魔力刃をソウルへ向けて飛ばす。

ブーメランのように回転しながら襲いかかるそれは、フォトンランサーより魔力が込められている。その上ある程度の誘導性を持ち、防御されても曲線を描く刃の形状はその防御に絡みつくように接触するので、そう簡単に防げるものじゃない。

でも、一瞬見えたソウルの目を見て、逆に確信が心中をよぎる。ただ放ってもソウルには通用しないと。なら……!

《Saber blast》

思った通り、ソウルは槍を振るってアークセイバーを迎撃しようとしていた。だから、バルディッシュのコマンドにより、槍に触れるまさに直前にセイバーを爆散させる。

「うごぁっ!?」

やったっ、読み勝ったっ。ソウルにとって爆破は予想外だったのだろう、真正面からの爆発にその身体が呑み込まれるのが見て、ちゃんと攻撃が通じた事に不謹慎ながらうれしく思ってしまう。
正直、アルフが近くに居るのに爆破という手段は取りたくなかったけど、あれくらい離れていれば、ギリギリ大丈夫なはず。

「チッ……!」

爆破の余韻に立ち込める爆煙の中から抜け出したソウルには余裕の笑みではなく苦悶の表情が見て取れる。至近距離のアレを、バリアジャケットも無しに耐えたのは驚きだけど、それよりも、ちゃんとダメージを与えることが出来た事が重要だ。

『アルフっ、そこから右斜め前方にソウルが居る!』

アルフもまた爆煙でソウルの立ち位置を見失っていたみたいだけど、上空から見ていたわたしには両者の位置が分かっている。すぐさま念話でソウルの位置を伝える。
今、ここが勝利のチャンス。押し切って倒してみせる!

アルフは視界全て爆煙に覆われて少し先でも見えていない状況のはず。それでもわたしの言葉を信じて一直線、全力の踏み込みで弾丸のようにソウルへ向けて爆煙の中から飛び出す。

「うおおぉぉー!!」

爆煙を隠れ蓑にして再度アルフは槍の間合いの内側へ飛びこむ事に成功していた。今度もまた後が続かない全力の一撃。でも、驚きでアルフを見やるソウルは余裕がないし、すでに槍の間合いの内側にアルフは居る。迎撃も叶わない。

「く、ぐぁ!?」

ソウルはとっさに槍を盾にしてアルフの拳を防いだけど、とっさのそれで、渾身の力を込めたアルフの拳が防ぎ切れるわけがない。槍の存在お構いなしに殴られた衝撃は、僅かに緩衝されただけで、確かにソウルに伝わった。ソウルの表情が歪む。

「って、甘ぇんだよっ!」

普通なら、それだけで気を失う程の衝撃。なのに、ソウルは吹き飛ばされながらも目を見開いたかと思うと、槍を振るう。
それはアルフに届きもしない、でも、単なる悪足掻きでは無かった。振るったと同時に衝撃波が生み出される。
その予想外の反撃に、アルフはなすすべもなく呑み込まれ、アルフもまた吹き飛ぶ。

アルフとソウル、二人に限れば相討ち。でも、今は二対一での戦いだ。

「はぁぁっ!!」

アルフを囮にする形になったけど、わたしは今、ソウルの背後に回り込んだ。ソウルはあのタイミングで反撃出来るとは思っていなかったけど、今はそれがわたしに優位に働いたのだ。
既にバルディッシュ、サイズフォームを大きく振りかぶっている。これを振り下ろせば、わたし達の勝ち……、

「ようこそオレの手の内へ」

もう、ソウルに手は残っていなかったはず。それなのに、ソウルはわたしに振り返った。そして目が合う。
そこには、先ほどまでの苦悶の表情など欠片も無く、ただどこまでも不敵な、強烈なまでの笑みがあった。

(まずいっ)

反射的に危険を悟ったけど、すでにバルディッシュを振り下ろし始めていて、もう止まれない。離脱しないとと思うけど、止まれない……!
そして、振り下ろしたバルディッシュが掴まれ、振り降ろしの進攻を遮られる。魔力刃はソウルに届かない。

「くっ……!」

とにかく、この状態はまずい。何とかして離脱しないといけない!

「おっと、逃げられると思うなよ?」
「あぅ、ぐ……っ」

でも、わたしの行動よりも早く、ソウルはいつの間にか槍を手放していた右手でわたしの首を鷲掴みにするように捕らえていた。
バルディッシュを抑えられて攻撃が出来ない。首を掴まれ呼吸がし辛い。完全に捕まってしまっていた。

「クックックッ、わざと隙を作ってやったが、こうも見事に餌に釣れるとは笑いがこみ上げてくるってもんだな?」

ソウルの嗤いながらのその言葉に愕然となる。

(そんなっ、さっきまでのは全部演技だったの!?)

信じられない。確かにわたし達はソウルを追い詰めたと思ったのに、それは全部ソウルの手のひらの上だったなんて。そんなの嘘だと叫びたい。
でも、首を押えられて声が出せない。それ以上に、こうしてわたしを押さえつけているソウルは、服こそ煤けていたりするけど、毅然と立つその姿にダメージを受けている様子が見て取れない。
感情では否定したいのに、理屈の何処かで、ソウルの言葉が真実だと悟ってしまっている。

「クク、さぁ終幕だ」

わたしは今、確かに捕まっている。それでも何とかこの窮地を脱しなければと、頑張って思考を巡らせて打開策を探していると、ソウルの口から最終宣告ととれる言葉が齎される。
それと同時に、ふっと、首に掛かっていた圧力が消える。わたしを抑えていた右手が、首を解放していた。

「──“我は支配す、理は我が下に”」
「……え?」

ソウルが何か呟いたのと同時に、胸元に軽い衝撃を受ける。一体どうしたのかと思い、自分の身体を見下ろす。

そこには、ソウルの右手が、わたしの胸に突き刺さっている……?

「フェイトぉぉぉーーっっ!!」

アルフのわたしを呼ぶ叫び声が聞こえたのを最後に、わたしの意識はそこで途絶えた。



Side:ソウル


「クックック、ハーッハッハッハッ!」

フェイトの胸に突き刺した右手を抜き去りながら、哄笑を周囲に響かせる。向こうで負け犬が遠吠えしているようだが、どうでもよい。
にしても、身体の節々が痛えな。フェイトには全ては予定調和だという事に近い事を言ったが、実際には手加減が過ぎて正直ヤバイと思う場面もあった。
ま、それは概ね問題は無いとしよう。それよりも、貰うものを貰わないとな。

「フェイトを放せぇぇっ!!」

と、慟哭の叫びを上げていたアルフが飛びかかってくる。まさに仇を睨むような目つきだな。というかその通りか。

ひとまず、右手でフェイトを抱え、左手ではデバイス(?)を抑えている今の状態で迎撃は不可能だな。ま、蹴りを入れても構わないが、それはそれで面倒だ。
つぅわけで、跳躍でとにかく大きく後ろへ下がる。

そうして飛びかかって来たアルフを避けたわけだが、ああ、いい具合に目が血走っているな。あれじゃあ、いくら逃げようと避けようと追いかけてきそうだ。

「まあ待て負け犬。いいのか、そんな不用意に飛び付かれちゃあ、うっかりこいつの首をへし折っちまうかもしれないぜ?」

軽く脅し文句を告げる。ま、理性を失っていちゃあ意味は無いだろうがな。

「……くっ、フェイトを放せっ!!」

ああ、どうやら不用意に追いかければこいつを余計酷い目に遭わせるぞと言った事が伝わったようだな。とは言うが、隙あらば即座に飛びかかって来るだろうが。

「クク、オレとしちゃあ、貰うモノを貰えりゃすぐに解放してやるぜ?」

このタイミングで、貰えるものといやぁ一つしかないが、今の犬コロはちゃんと判断を下せるかだな。

『Sir』

なんて、アルフと相対していたわけだが、声を発したのはオレの予想外の存在だった。アルフへの警戒は十分なまま視線を下ろせば、そこにはフェイトの持っていたデバイス(?)がジュエルシードを、金色をした宝珠っぽい部分から吐き出している所だった。

……なるほど、今持っているジュエルシード全てはくれてやるから、それよりもフェイトを解放して欲しいというわけか。
いいぜ、話が通じない奴よりよっぽどやりやすい。

「おらよ、犬、ちゃんと受け取れっ」

両手が塞がったままだと、せっかくジュエルシードを提示されても手に取れないからな。さっさとフェイトをアルフへ向けて放り投げる。

「フェイト!」

割と無造作に放り投げたが、アルフはちゃんと受け止めたな。なんつぅか、もうすでにオレの事は眼中にないって感じだな。
それを見届け、提示されたジュエルシードの内ひとつ掠め取り、デバイス(?)もアルフへ向けて放り投げる。
そして、放物線を描くようにアルフの元へ辿り着いたデバイス(?)はアルフに受け止められる事無く地面に落ちた。

……哀れだ。フェイトを助けるために尽力したのに、完全に無視されて地面を転がるそのデバイス(?)の姿は哀愁を感じさせるな。

「フェイトっ、フェイトぉぉ!」
『Master!』

そんな、ある意味の功労者を一切合切無視したまま、アルフはフェイトに呼びかけ続ける。そしてデバイス(?)もまた自分の現状を気にした風もなく主に呼びかける。
その姿を見るだけで、どれだけ慕われているか容易に察しが付く。

……さて、いつまでも無駄な努力をされても面白くは無いな。一応教えておいてやるか。

「呼びかけたって無駄だぜ。死んじゃいねぇが、そう易々と目を覚ますような不手際を、オレがするとでも思ってんのか?」

涙目で悲痛なまでの声色で呼びかけ続けるアルフに教えてやる。
今のフェイトの状態に追い込むために、わざわざアルフへの挑発からの一連の流れを演じてやったんだ。そう簡単に目をさまされちゃ、こっちが面白くねぇ。

「……なんだって?」

ちゃんとオレの言葉は聞こえたって言うのに、わざわざ聞き返すか? まあいい。何度でも教えてやろう。

「身体の機能を強制的に“落として”やったんだ。そんな揺すった程度じゃあ起きねぇって言ったんだよ」

オレの魔術の得意分野の一つに心霊手術がある。今回はそれの応用で「フェイトという存在」に干渉し、言った通り身体の機能を強制的に落とした。それだけだ。
確かにオレは手を胸元に突き刺してやったが、冷静に見れば、血が一滴も流れていない事にはすぐに気付くだろうにな。

「クク、だが目が覚めるのは明日か明後日か。それともどれほど先だろうなぁ……?」

ま、嫌がらせも付け加えておくがな。

「な……」

どうやらアルフはオレの思惑通りの事実認識を行ったか。もしかしたら自分の主は二度と目を覚まさないかもしれないと。
それをじっくり吟味し、絶望し、そして悲痛な面持ちで、だけど限りない慈悲の眼差しでフェイトの顔に掛った髪を払い、ゆっくりと労わるようにフェイトの身体を横たえる。
そして、

「……殺す殺す殺すっ!!」

一気に感情を爆発させる。今までも相当怒り心頭だったろうに、それに輪をかけての爆発だ。生き物はこれほど怒る事が出来るのかと言わんばかりだ。
視認出来そうなほどの激情の気炎を立ち上らせ、その身の全てを投げ打つようにオレへと食ってかかってくる。だがしかし、

「……ハッ」

オレからすりゃ、格好の的だ。今までも至極読みやすい動きでカウンター入れ放題だったのに、今のアレはそれ以上に単純だ。捨て身なんだろうが、お粗末過ぎだ。
現に、半身ずらして片手を突き出してやりゃあ、

「がふっ!?」

カウンターの出来上がりってな。オレは大して何もしてないってのに自分の勢いで勝手にオレの拳を腹に受けてダメージを喰らってんだから世話がない。
ま、さっきも言った通り、今のこいつは捨て身だ。普通なら動けなくなる程の威力の拳を喰らってはいるが、このまま至近距離で纏わりつかれちゃ面倒だ。
とっととお引き取り願うために、ガキの身体でも十二分に威力が出るよう自身を回転させ、遠心力を十分に利かせた回し蹴りを喰らわせぶっ飛ばしておく。

さて、そう易々と立ち上がれない程度にダメージを与えたわけなんだが……。

「ハッ、健気だなぁ?」

それでもアルフは立ち上がった。血反吐を吐き、膝も役立たない程に震えて、それでも立ち上がったのは主の仇討ちのためか、オレへの憎悪か、それとも主を満足に守れない不甲斐ない自分が許せないからか。

ま、理由はなんであれ、アルフはこうして立ち上がった。アルフにこんなに根性があるとは、正直舐めていたかもな。

だが、これまでだ。もうすでに拳を振るうどころか満足に歩く事も出来まい。立ち上がっただけで十分に称賛に値するが、事態が好転する理由に足り得ない。
それに、これ以上は了がしゃしゃり出てくるか。

「……アルフ。てめぇの根性に免じて、真実をひとつ教えてやろう」
「真実、だと……」

教えてやるつもりは無かったが、オレも今回興に乗り過ぎたからな。その代金分だ。

「今日の昼間、てめぇが話していた相手、名前は「西岸了」って奴なんだがな。オレはそいつとてめぇの話している所を影から覗いていたわけだが……」
「な、アイツとアンタは……!?」
「黙れ。質問は受けねぇから静かにしてろ」

オレの語りに割って入ろうというアルフを黙らせ、続きを教えてやる。

「オレからすりゃ、あの程度の変装は一目瞭然だが、あいつはてめぇの正体を知らずに話をしていて、後でてめぇの正体と、てめぇが世話になっているって奴はフェイトの事だろうと教えてやった。
そしたらあいつは、どうにかしてフェイトを休ませてやれないか、なんて下らねぇ相談をオレにしてきてな。
オレとしちゃどうでもいいが、体調不良でフラフラなてめぇら相手にするのも詰まらねぇ。ならと、暇つぶしも兼ねて話の乗ってやった」

ま、それだけの話だな。無論、オレはタダでやる程の偽善家じゃねぇからな。代金に、了はオレがやる事への一切の口出しの禁止とさらに貸しひとつ。フェイトの方からはジュエルシードひとつを貰う手筈だ。
故に、さっきも向こうはジュエルシード全部出してきたが、一つしか取っていねぇし、アルフをあれだけどつき回しても了が文句を言わなかったのもそれだ。

「なっ、さっきアンタはフェイトがいつ目覚めるか分からないって……」
「丸一日寝てりゃ勝手に目を覚ます。ついでに、寝ている間に身体の調子も整っているはずだからな。目を覚ませば、コンディションもベストになっている」

身体の機能を落とすついでに、体内の魔力の流れへも干渉して軽く整えてやったからな。若さの持つ回復力を鑑みれば、丸一日で十分釣りが返ってくる。
その分、目を覚ました時に消費したエネルギーを回復するべく、腹は減っているだろうが、それこそ飯の気配りをしていたコイツにとっちゃ丁度良いだろう。

「つぅか、冷静に見りゃ、ただ寝てるだけなんつぅ事すぐ分かるだろうが」

そもそも『身体の機能を落とす』と『夢を見ない程の深い睡眠』とはイコールだ。単に他者の干渉があるか無いかの違いだけで、二つは同義。
現に、フェイトも規則正しい寝息を吐くだけで、表情に苦悶となる様子は無い。

さて、必要な情報は教えてやった。これを聞いてアルフがどうするかはオレの与り知る所じゃねぇと、踵を返す。

「ま、待て!」

去ろうとしたところでアルフに呼び止められるが、振り返ってやる義理も無い。そのままこの場を離れるべく歩き出す。

「別にオレの言葉を信じる信じないはてめぇの勝手だ。だが、そんな地べたに寝かしているよりゃベッドで寝かしていた方がいいとは思うがな」

その歩き出す前、振り返えらないまま、背中越しにそんな事を言ったのは、我ながら余計だった。
オレも随分丸くなっちまったもんだと心中で舌打ちと悪態をつきながら、茂みの中へと踏み込んでいった。










あとがき

主人公ズ、フェイトサイドに介入するの巻き、な第9話。
この後、主人公ズはどうして服がボロボロなのかとアリサに怒られるんですけど、それはみなさんのご想像にお任せします。

それにしても、今回書いている途中でふと思ったんだけど、アルフが思う、主人公ズへの感情の揺れ幅が凄い大きい気がした。

最初→今度会ったらぶっ飛ばす。
温泉にて、昼→コイツすっげー腹立つ! 
温泉にて、夜→強敵、でもアタシは絶対こいつをぶっ飛ばしてみせる!
今回、昼→アレ? コイツ、いい奴……なのか?
今回、夕刻→殺す殺す殺すっ!!
今回、夕刻2→フェイトのためって、そんな、信じられるわけ……
後日談(?)→ べ、別にフェイトが元気になったって、感謝なんてしてやんないからね!

……あれ? なんか凄いヒロインっぽい?



ソウル(保有スキル)

心眼(真):A+
到達者の境地。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場に残された活路を導き出す“戦闘論理”。
ここまで来ると、その判断力は未来予知に近い。

また、『到達者』として物事の本質を見抜く事が出来、幻術のような視覚に対する妨害を高確率で看破する事も出来る。

『到達者』についてはまた後日。


ソウル(保有スキル)
心霊手術:C+
一切の道具を使わず、文字通り「手」のみで手術を行う魔術の一種。
直接病巣に手を加えて肉体を治療する事も出来るが、ソウルの場合は精神や魂方面に働きかける方が得意である。

今さらだけど、最初ジュエルシードの暴走体と対峙した時、ジュエルシードを引き剥がすのにこのスキルを使っていたので、媒体となった犬が生きていたという話。



[14283] 第十話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/04 19:03
平凡な高校生の身の内だった頃は、ただのケンカでも嫌だなと思っていた。
ソウルと共にある事で、否応にも不条理を見てきた今では、それは、単に嫌なモノを見ないようにしていただけのものだと分かっている。

でも、平穏な状況に甘んじるという事は、別に悪い事じゃないし、嫌な物を知らないでいられるならそれに越したことも無いとも思う。
でも、僕は知った。その上に今の僕が居る。

……とまあ、何が言いたいのかといえば、最近、平穏に暮らしていた頃の感覚が鈍ってきているという事に、ふとした拍子に自覚したという事。
最初の頃は、理由があった上で他人を傷付けていると分かっても、自分の身体でそんな真似をされる事に反発心を抱いていたのに、今では割り切っている自分がいる。

昨日、フェイトさん達とソウルが戦った。

その戦いを僕は、全て静かに傍観していた。
「仕方がない」ではなく「自分の意思で決めた」という考えの上で、その戦いの全てを見た。
そして、後になってふと思った。

「……アレ、やり過ぎじゃない?」

確かに当初の目的はソウルはきちんと果たしてくれたけど、その過程でアルフの方にはひたすら怒らせて、もしかしたらトラウマになるんじゃないかってくらいだった。

うん、アレはやり過ぎだ。

と、今更ふと気付き、そして自分も随分考えが変わってしまっていたんだなと気付いた。
以前なら、あんなにアルフがボロボロになる前に止めていただろうに。
でも、自分の行為は否定出来ないし、しない。したら、自分やソウルに対する冒涜だ。
フェイトさんやアルフを傷つけた事実は、ソウルだけでなく僕もまた同罪と認める。

ただまあ、機会があればフォローしたいなと思う。

……それこそ、本当に今更だけど。










魔法少女リリカルなのはCross souls 第十話



Side:了


ひとまず平穏な日常を過ごしております、了です。
このバニングス家にお世話になるようになって幾日が経過した現在、流石にここでの暮らしにも慣れたので、日常のパターンも段々と構築されてきています。

朝は、5時頃に起床。

以前の暮らしでは、炊事や洗濯などの身の回りの事は、朝の内に終わらせる習慣が出来上がっていました。
その影響で、自然と早起きの習慣が身に染みついているので、他の皆が目覚まし時計の不協和音に毎朝頭を悩ませるという事象とは無縁に過ごしています。

起床から朝食までの時間は主に修練に充てています。
ここ、バニングス家はかなりのお金持ちで、リアルでメイドさんやら執事さんが闊歩する界隈なので、僕自身でご飯の準備や、弁当を作る必要も無い。
というか、やろうとしても皆さんにやんわり断られるので、する事が出来ないというのが正しい表現。
まあ、僕は主夫でもないし、家事を趣味にしている訳でもないので、無理を言ってまで手伝わせて貰おうとは思わない。むしろ、楽が出来てうれしいです。

うん、人間、楽な方に流されるものです。

そんなわけで、今日もまた修練を開始。
この身を「空」とする技法も、完成には程遠い。
目指す完成形としては、真正面に対峙している状況でも、相手にこちらの存在を気付かせない、認知させないレベル。

いや、正直無理ですからそんなレベル。
という訳で、理想ははるか遠く、修練を怠る事は出来ません。

そんなわけでの毎朝の修練。内容は主にイメージトレーニング。
実際には、弓道の型をなぞる事と、仮想敵との模擬戦の二本柱という内容。
ああ、もちろん始める前に身体を十分にほぐすために準備運動もこなします。

弓道は、僕にとって「空」を体現するのに最もイメージがかみ合うのでやっています。
まぁ、その辺りは単純に趣味なのかもしれないけど、そこは気にしません。
アリサさんなんかには、和弓の実物を手配しようかと言われたけど、これは弓道の腕を磨くためにやっているわけじゃないので、丁重にお断りしています。

次に仮想敵との模擬戦。
いや、僕が戦う必要なんて無いと思うけど、実戦のような激しい動きの中でも「空」を維持できるよう、安定させるのが目的です。

イメージする相手は“凍錬の剣士”(フロストル・セイバー)と名乗った(自称した)魔術師の少女。
前の世界の友達で、その通り名の通り“凍り”の魔力を錬成して氷の剣を作り出して戦う実戦派の魔術師。

彼女の剣の才能を「一流に届く可能性はあるが、その可能性は高くない」という微妙な評価をソウルは下していたけど、僕は、彼女はちゃんと一流に届くと思う。
なんせ彼女は努力家だ。今はもう会う事は叶わないけど、向こうでは、苦境に立たされても、それでも強く心を持って日進月歩、前に進んでいると思う。

……ちょっと話が逸れた。そんなわけでイメージトレーニングの相手は彼女。
イメージの相手をソウルにしてもいいんだけど、ソウル相手だと朝の軽い運動レベルを軽く突破してしまうので、申し訳ないけど彼女に出張って貰うわけです。
いや、彼女が弱いってわけじゃないですよ?

そんなわけでレッツ・プレイ。あくまで相手を倒すのではなく自分が生き残るための防御に重点を置いて、彼女の剣戟を避け、捌いてゆく。

う~ん、勝てません(泣)。

いくら彼女の剣筋が愚直なまでに真っ直ぐだとしても、素手で剣を捌こうというのが土台無理です。
避けるだけで精いっぱい。攻めに転じる事が出来ません。

前の世界では毎日が大変続きだったけど、今は時間もある事だし、是非ともここは、きちんと格闘技を覚えてみようかと思う瞬間。

そもそも、ソウルの戦い方はあくまで「ソウルの戦い方」であるので、僕にはとても真似も参考にもできないというのが本当の所。

というわけで、何か流派とか、「ちゃんと形になった」技を習ってみたいと思うわけです。
一応「合気道」とか「太極拳」とかいうのに興味はあるけれど、この近辺にそんな道場とかあるのかなぁ?

などとイメージトレーニングを一通りこなして僕の時間領分は終了。後はソウルの時間。

ソウルの修練のやり方は、動きの確認と筋トレ。槍の代わりにモップを持って、演武を繰り返し、その間、魔力で筋肉に負荷を掛ける事で筋トレも同時進行というシロモノ。

ただ、子供の時に身体を鍛え過ぎると背が伸びなくなるという噂を良く聞くので、将来背がちゃんと伸びるか心配になる時でもあります。
最低でも将来的には身長は170㎝は欲しいのです。
身長で「169」と「170」の間にある隔たりはとても分厚いとは以前の友人の談。

まあ、僕は高校生時点で、余裕で170越えを果たしていたので、そんなに心配はしていなかったりもするのだけれども。
ごめんね、身長が169で止まった友人Y君。

これが朝の修練のいつもの流れ。場合によっては僕オンリーやソウルオンリー。または順番が逆になる事もあるけど、僕の修練内容がソウルにとっては丁度良い準備体操レベルなので、大抵はこんな感じを朝食の時間まで費やします。

後はたまに、というかちょくちょく。いや、こっちも毎回の習慣にほぼ成りつつあるのかな。
僕とソウルの修練の見学にアリサさんが出現するようになりました。
最初アリサさんはこっそりこっちの様子を窺っているつもりだったんだろうけど、僕達からすればバレバレなので、見られる度にこちらから声をかけていた結果、今ではもう、当然の如く、堂々と見学にいらっしゃるようになりました。

僕としては、規定の動きを毎回こなしているようなモノだと思うので、見ていても大して面白くないものだと思うけど、アリサさん自身が面白いとおっしゃっているので、見学には僕達はノータッチの方向です。

……え~、とまあ、毎度の修練を思い返す事で現実逃避をしていたんですけど、現在に時間が追い付いてしまった時点で、逃避が終わってしまいました。
で、何に対して現実逃避をしていたかといいますと。

「……ふん」

アリサさん、とても機嫌が悪いです。普段は僕達の修練に対し、素直な感嘆に瞳を輝かせているのだけれども、今は頬杖をついて、三白眼でこちらを無闇に睨んできています。

……とても居辛いです。
まあ、アリサさんには睨んでいるつもりはなく、ただ目の前の風景を眺めているつもりなんだろうけど、その不機嫌さの捌け口に僕はされているように感じるわけなんです。

小学生の視線に畏怖を抱く元高校生。これ如何に?
そのあまりの理不尽さに、僕も思わず矢鱈無闇に敬語で心中を語っていたわけなのです。

とはいえ、いつまでもこうして居ても埒が明かない事は分かっているので、ここは思い切ってアリサさんに話しかけてみようと思う。

「ねえ、アリサさん?」
「はァ?」
「ごめんなさい」

間髪入れずに謝りました! 

「ちょっと、何であんたが謝るのよ?」

いや、今のアリサさんの眼力で「はァ?」なんて言われて平然としている人の方が余程少数だと思うよ?
と、正直に言ったら火に油を注ぐ事は察する事が出来るので、

「いや、なんとなく」

と、当たり障りのないような範囲で答えておく。

「何でなんとなくで謝るのよ!?」

……あれ、この発言の方が油を注いでいた?
なんて後悔をしても今更遅い。憤怒の相のままに、僕達の修練の見学用にと鮫島さんによって設置された椅子から勢いよく立ちあがるアリサさん。

よくもまあ朝っぱらからそんなテンションで居られるなぁ。なんというか、軽度の情緒不安定っぽい。
まあ、僕はアリサさんにいつも突発的に怒られているから、普段からアリサさんは情緒不安定の可能性もなきにあらずなんだけど。

「今何か、変な事考えていなかった?」
「いえ、滅相もありません」

現実逃避は変じゃないと思うので、嘘はついて居ないはず。

「……はぁ、まあいいわ」

と、膨らんだ怒気は早々にしぼんで、すとんと再度椅子に座るアリサさん。うん、明らかに様子がおかしい。

「……で、真面目な話、何か悩みでもあるの?」

改めて話を切り出す。
僕としては、一定レベルの「空」を維持したまま日常会話をするのも修練になるとは思うけど、だからって悩む相手を片手間で対応するのは礼儀に反するというわけで、今日の朝の修練はここで終了としてアリサさんの正面から向き合う。

「別に悩みって程でもないわよ。それよりも練習の続きをやったら。もしあたしが邪魔だって言うなら先に戻ってるから」

そう言って立ち上がろうとするアリサさんだけど、僕はそれを押しとどめる。

「いや、もし邪魔だっていうなら最初からアリサさんがここにいる事は断っているよ。
そもそも、僕の修練なんてちょっとした趣味みたいなものなんだし、それよりも亜里沙さんの方が大事だよ」

僕はこの言葉が嘘偽りが一切ない事を伝えたいと真っ直ぐアリサさんの事を見つめる。

「む、むぅ……」

僕の視線にアリサさんは居心地が悪そうにするけど、だからって僕が視線を逸らす理由にもならないので、そのままアリサさんの事を見続ける。

そんな僕に根負けしたのか、アリサさんは大きく息を吐き出し、

「……なのはの事よ」
「なのはさん?」

そして、ようやく悩みについて口にしてくれた。

なるほど、なのはさんの事か。

温泉の時以来、僕とソウルはなのはさんと直接会っていないから、今の彼女の様子を知るすべはないけど、アリサさんは毎日学校で顔を合わせる。

それ以前に、アリサさんはなのはさんと友達なんだから、色々と気にかかっているんだろうと思うけど、一応僕となのはさんの間の事は保留という事で納得して貰っているのに、今は何が気になっているんだろう?

そんなわけで話をアリサさんから聞いたけど、要約すると、

なのはさんが何か厄介な事に巻き込まれている事。
その事で、なのはさんが最近元気がない事。
自分達は友達なのに、何も相談してくれない事。
そして、友達が落ち込んでいるのに何も出来ない自分が歯痒い事。

……こういう事らしい。
一応アリサさん(それとすずかさん)の中では、なのはさんが悩んでいる事を口にしないのは、それなりの理由があると思うから、話してくれるまで待つつもりだという事なんだけど、それでもやっぱり気になる事は止められない。

せめて手助けをしたいと思っても、そもそも悩み自体がなんなのかがさっぱり分からないから手助けのしようがない。
それに、悩みをひたすら自分の中に溜めこんでいる今のなのはさんを見ているととてもイライラする。

真っ正直に心情を吐露してくれたわけじゃなく、これは僕の推測も混ざっているけど、おそらくはそう言う事なんだと思う。
つまりは、イライラの原因は理解しているけど、それを自分から能動的に動いて解決する事が出来ないという状況にやきもきしているという事。
そして、ここまで聞いてからの僕の感想は、友達の事をこんな自分の事のように悩むアリサさんは、やっぱりいい人なんだなぁと思う次第だった。

「……何よ、何か言いたい事があるなら言えばいいじゃない!!」

ただ、どうして怒鳴るかが分からないんだよなぁ。

「ん~、まあ、今言った事は直接なのはさんに言った方がいいと僕は思ったなぁ」

僕はなのはさんの悩んでいる原因も理由も知っているけど、本人に黙って勝手に暴露するのは良くないと思うから、僕に言えるのはこの程度だ。

「アリサさんはなのはさんが教えてくれるまで待つって言うけど、なのはさんにしてみれば、アリサさんが待っているという事を気付いていないんじゃないの?
なら、自分のスタンスを、はっきり言葉にして教えておいた方がいいと思う」

僕には精々一般論程度しか言えないけど、少しでも助けになればいいと思う。

「でも、そんな事をすればケンカになっちゃうかもしれないじゃない」
「いいじゃん、ケンカをしても。互いの意見を真正面からぶつけ合えるのも友達でしょ。
それに、ケンカをしてもアリサさんとなのはさんなら仲直りも簡単にできるでしょ」
「出来るって、いったい何を根拠にそんな事を言うのよ」

疑いの眼差しのアリサさん。でも、これに関してはちゃんと根拠はある。

「根拠は、二人とも優しい人だから。ちゃんと正しい事は認められるし、間違っている事なら正せるでしょ。
まあ、たとえ二人の間が険悪になっても、すずかさん辺りが間に入って仲を取り持ってくれると思うから、心配は無用だと思うよ?」

僕は、アリサさん達3人の事を深く知らない。でも、3人はうまい具合に纏まっている。
それは絶妙なバランスの上に成り立っているのではなく、確固たる土台の上に成り立っている友情だと僕は感じていた。
そんな友情が、ちょっとケンカしたぐらいで揺らぐものじゃないはずだ。

「……はぁ、随分と簡単に言ってくれるじゃないの」
「僕は部外者だからね。それに、下手に難しく言うより簡単に言った方が分かりやすいでしょ」

ふっと、空気が軽くなった気がする。アリサさんも、明らかに溜め息を吐いてくれるけど、その浮かべた笑みを見たら、少しは助けになったかなと思う。

「まあ、一人で全部やろうとするのは土台からして無理なんだから、フォローはすずかさんに丸投げしちゃって、アリサさんは思いっ切りなのはさんとケンカをすればいいと思うよ?」
「何よそれ、それじゃああたしが悪役じゃない」
「はは、そうだね」

でも、思った事をちゃんと相手に伝える方が、よっぽどアリサさんらしいと思う。
あとはきっと、当人達だけでも、なんだかんだで丸く収める気がするから、僕に言える事は無いか。

「ああでも、あたしからあんたにひとつ言っておくわ」

なんて、この話はもう終わったと思ったら、アリサさんが言葉を継いできた。

「あんたはさっき、自分は部外者だなんて言ったけど、あんたもあたしの友達の一人なんだから、部外者なんて真似は許さないんだからねっ」

僕は不覚にも、アリサさんのその言葉に面喰ってしまう。
あれだけ僕となのはさんの不仲を知っていて、それでもまだ、僕達の間を取り持とうとしている事を諦めていなかった。
それもまた、アリサさんらしいと、ちょっと嬉しかった。

「……って、あんたは何笑ってんのよ!?」

僕の心情は苦笑という形で表に出てしまっていて、それを見たアリサさんに文句を言われてしまったけど、悪い気はしなかった。



さて、所変わって今現在。今日も今日とてジュエルシードを探すべく、芸も無く闇雲に町を歩いて……、居ない。
珍しい事に、今日は明確な目的地が存在し、今はそこへ向けて歩いている。

しかも、珍しい事はこれだけじゃない。
今日は僕が勝手に請け負っている午前中の雑用をせず、昼前の内から外に出てきている。
さらに、あっても仕方がないと普段は何の荷物も持たずに散策をするけど、今回は昨夜の内から鮫島さんに頼んで、今朝に用意していた荷物がある。

「ったく、てめぇもモノ好きなもんだ」

これから行く先、僕達が行く事に何らメリットもない、むしろ行っても仕方がない場所なんだけど、昨夜急に思い立ち、ソウルにも頼んで行く事になったのだ。

「ごめんね、僕のわがままに付き合わせて」

不機嫌そうにぼやくソウルに、とりあえず謝ってみる。
まぁ、ソウルも本気で嫌だと思っていたら実力行使で妨害するのに、それをしないという事は、僕の行為を容認しているという事なんだけど。

そんな感じに歩いていたけど、割とすぐに目的の地に到着だ。
時間の方は……うん、お昼前に間に合ったようだ。

見上げる建物は、昨日も思ったけど、見るからに立派なアパートだ。ここに住んでいるだけでお金持ちっていうステータスが得られそうだなぁと、改めて思う。
もしかして、あの子って実は結構な金持ちなのかと思うと、アリサさんといい、すずかさんといい、今の僕の周囲って、金持ち率が高いのかなとふと気付いた。
……貧乏性が身に染みついている僕からすれば、気付きたくない事実だった。

まあ、それは置いておくとして、まずは管理人さんに挨拶をするべく、それっぽい場所へ行くと、運よく管理人さんと会う事が出来た。
僕の来訪の目的を教えると、すんなり入る事が出来たし、部屋も教えてくれた。
平日の真っ昼間から小学生程の子供が訪ねるなんて、変に思われるかなぁと思っていたけど、逆に子供だから怪しまれなかったみたいだった。役得?

そんな事を考えつつ、部屋の前に到着。ちょっと緊張しつつチャイムを鳴らす。
……あれ、出てこない。う~ん、向こうの性格を考えればこのタイミングで外出している事は無いと思うんだけどなぁと、再度鳴らしてみる。

……やっぱり出てこない。予想を外して留守なのかな?

「どうせ居留守だろ。こういうときはボタン連射が相場だと決まってんだろ」

出直そうかと考え始めようとしたら、ソウルがチャイムを凄い勢いで連射し始めた。
というか、ソウルはただ単に連射をやりたかっただけだと、僕は見た。

「ハーッハッハッ」

うん、ソウルはとても楽しそうだった。
そんな風にチャイムを鳴らしていると、ドアの向こう側で、足音が近づいてきて、

「うるさいよっ、そんなに鳴らさなくたって聞こえてるよ!」

見た目、小柄な日本人女性という風貌の女性が怒りの様相で姿を現した。

「よう、昨日振りだな」
「………………なっ」

片手を挙げて挨拶をするソウルが余程予想外だったのか、その女性はたっぷり時間をおいてから、ここに居るのが誰かを認識したようだった。
そして、認識すると半ば反射的にドアを閉めて僕達と自分達を隔離しようとする。

「おっと」

でも、ソウルの方が早かった。閉じられようとするドアの隙間に足を挟み込んでそれを妨害する。
ついでと、魔術でナイフを投影、一気に振り上げてドアチェーンを破壊した。

「おいおい、客を門前払いたぁ、そりゃあねぇだろ?」

ナイフの顕現は一瞬。チェーンを破壊すると同時に文字通り跡形もなく砕け散ったけど、役割は十分に果たしていた。
チェーンの破壊だけでなく、突然目の前を走った刃物の軌跡に女性、姿を変えていたアルフは驚きに身を固くさせるという役割を。

「さて、失礼するぜ」

そんなアルフの呆けた隙を逃すわけもなく、ソウルは一気にドアを開け放ち、勝手知ったる他人の家と言わんばかりに扉の内側へと入り込み、後ろ手で扉を閉める。

「な、アンタっ、フェイトに何する気だい!」

気炎露わに行く手を遮るアルフ。なんかもう、ちょっと突いたら暴れ出しそうだ。

「何もしねぇよ。つぅか、何でオレがわざわざ寝込みを襲うなんざ下らねぇ真似しなきゃなんねぇんだよ?」
「く、……なら、何しに来たんだい?」

あれ、なんか暴れなかった。これはちょっと予想外。でも、おそらく寝ている人がいるであろうところで騒ぐのは僕も良くないと思うから、下手に突く真似はしたくない。

「オレにゃ用はねぇよ。用があんのは……」
「えと、急に押しかけてごめんね。今日はお見舞いに来たんだ」

ソウルの言葉を受け継ぐ形で、改めて僕が表に出て、訪問の目的を告げる。

これが、昨夜僕が思い立った事。
敵と明言した上、自分達をノックアウトさせた張本人がお見舞いだなんて、向こうからしてみたら「なんだそりゃ」って感じだと思うし、これは僕の自己満足でしかないとも自覚している。
それでも、様子を見たいと思ったから、こうして僕は行動したのだ。

「な、え、えぇっ!?」

何だかアルフは驚いた様子で目を瞬かせていた。一体どうしたのかと思ったけど、すぐに一つ、思い当たることがあった。

「そう言えば僕の自己紹介をしていなかったね。改めてこんにちは。僕の名前は西岸了。ソウルとは身体を共有している仲だよ」

もう何度も会っているし、僕は向こうの名前を知っているから、ソウルが名乗った事はあっても僕が名乗った事がない事を失念していた。

「あ、あ、え? 身体を共有……?」

アルフは理解が出来ているかどうかは良く分からなかったけど、まあ、僕達に対する考察は僕達が帰った後にでもやってもらえば良いと思うし、改めて来訪の目的を明言して、敵対の意思はない事を伝えるべきかな?

「えと、さっきも言ったけど、お見舞いに来ました」
「……昨日あれだけやっといて、よくもまあそんな事が言えたもんだね!」

なんか、首を捻っていたのに、僕の目的を言ったら復活していた。
これは切り替えが早いのか、悩む事を放棄したのか、どっちだろう?

『ま、十中八九、後者だろうな』

うん、ナチュラルに人の心を読まないでよね、ソウル。

まあ、それはひとまず置いておいて、まずはこう牙をむかれちゃ落ち着けない。

「二人と敵対をしているのはソウルだよ、って言うのはただの言い訳か。あの子を休むように仕向けたいってソウルに頼んだのは僕だし」

普段のジュエルシードを巡る戦いに関してはソウルに責任を被せてもいいけど、昨日に限って僕も関与していたから、全ての責任はソウルにあるって言えないな。

「確かに昨日の事に文句を言われても仕方がない。でも、心配なのも確かなんだ」

これは僕の自己満足でしかないと分かっている。それでもこうとしか言えない。

「……そんな事言って、信じられると思っているのかい?」
「うん、信じられないのは当然だと思う。でも、本当なんだ」

このやり取りの後は沈黙。僕にやましい事はないし、言う事も無いから、まっすぐアルフを見るだけだし、アルフはアルフで僕の事をじっくり値踏みする。

「……力づくで追い返す、と言いたいところだけど、今フェイトは寝ているんだ。騒ぎを起こしたくないんだ」
「うん、それは勿論僕もだよ」
「少しでもおかしな真似をしたらアンタのその喉笛を食い千切ってやるからね!」
「うん、その時はひと思いにやっちゃっていいよ」

どうやら、警戒心はバリバリだけど一応聞き入れてくれたようだった。もしダメだったら、お土産だけ置いて帰ろうかと思っていたけど、良かったよかった。

「というか、アンタどうしてこの場所を知っているんだ?」

おじゃましますと、正式に部屋へあがると、どうしてそれを最初に聞かなかったのかと思う質問が来た。

「ああ、昨日、アルフがフェイトさんを連れて戻ってくる後をつけてきていたんだよ」
「な!?」
「とりあえず、拠点に戻ってくる時、何の捻りも無く戻ってくるっていうのは問題点だと思うよ?」

そのおかげで、僕もすぐこの場所が分かったんだから。というわけで、簡単なアドバイスを付け加えておく。
まぁ、あの状況では、帰ろうというのにどうしてわざわざ茂みの中に分け入ったのかを疑問に思うほどの余裕がアルフには無かっただろうから、仕方がないと言えばそうか。

「……アンタはアタシが役立たずって言いたいのかぁ!!」
「いや、そんな事はないですけど……」

急に怒り出したアルフだった。というか、寝ている人がいるんだから、静かにしようよ。

というやり取りを経て、どうにか落ち付いたらしいアルフは変身魔法(というものらしい)を解いて、フェイトさんの所まで案内してくれた。
彼女の体調の方はと聞くと、今は普通に寝ているだけらしい。
ちなみに、彼女の体調管理は、デバイスの『バルディッシュ』がやっていたらしい。口数は少ないけど、そこが逆に信頼を感じさせる人(?)だった。

「さて、ソウルの見立てだとお昼頃には目を覚ますだろうとか言っていたから、今日は家の人に頼んで弁当を詰めて貰って来たんだけど……」

肝心のフェイトさんが目を覚まさないのに、先に食べ始めるのは問題があるというこの状況。どうしようかとアルフに聞いてみたら、

「アタシは、フェイトが目を覚ました時に一緒に食べるよ」

と言っていたけど、弁当を横目にチラチラ見ながら言われても、ねぇ?
う~ん、ソウルに言えば、強制的に目を覚まさせる事も出来るだろうけど、それはあんまり気が進まないなぁ。

「……あ、そうだ」

ちょっと思いついたので、おもむろに弁当を取り出し広げて見る。

弁当は三人分。
体調が優れないと言っていたフェイトさん用に、胃腸に優しい消化しやすいものメイン弁当。
昨日のスーパーで肉と連呼していたアルフ用に肉弁当。
そして、いたって普通の僕の弁当という品揃え。

「……なぁ、アンタなにしているんだい?」
「うん、こうやって弁当を広げて、パタパタあおいで匂いを送ってみたら、目を覚まさないかな~、なんて?」

説明してみたら、アルフに呆れた目をされてしまった。
いや、うん。僕も始めてからやっちゃったって思ったけど、やり始めたら引っ込みがつかなくなったんだよ。

「アンタねぇ、そんな事やってもフェイトが目を覚ますわけ……」
「ぁ、う、ん……」
「……なんか、起きたみたいだよ?」

弁当の香りを届けるべくあおいでいると、身動ぎを始めるフェイトさん。まさかこんな作戦が上手くいくなんて僕が一番驚いてます。
まあ、実際は偶然が重なっただけだと思うけど。

「う、う~ん……?」

うっすらと目を開けるフェイトさん。焦点が合っていないので、まだ寝ぼけている感があるなぁ。

「おはよう、フェイトさん。ご飯の準備はしてあるけど、お腹すいてる?」
「うん、すいてるぅ……」
「そっか。でもまだ寝ぼけているみたいだから、まずは顔洗ってきたら?」
「うん、わかったぁ……」

間延びした返事をしながら、もそもそとベッドから起き上がると、いかにも寝ぼけてますといった足取りで、顔を洗いに行くフェイトさん。
何か危なっかしい足取りだなぁと思いつつ姿が見えなくなるまで見送り、そうだ、箸とか出して無かったなと、ご飯の準備をしながら戻ってくるのを待つ。

……と、ばたばたと慌ただしい足音が戻ってくる。

「何て貴方がここに居るんですか!?」

うん、とても遅いリアクションだった。
きりりとした表情で居るけれど、さっきまでの寝ぼけている様を見ている身としては、今更過ぎて逆に微笑ましく感じる。

「何でって、お見舞いに来たんだよ。それよりお腹、空いてるんでしょ?」
「そんな事聞いてませんっ、そもそもわたしはお腹が空いてなんて……」

まくし立てようとするフェイトさんだったけど、その自分の発言は、自分の可愛らしく鳴るお腹の音に遮られていた。

「え~と、客観的にみると、お腹は空いているように見えるよ?」

顔を赤くして俯くフェイトさんだった。

『はらぺこ・マヌケ魔導師疑惑の発覚だな』

いや、それは無いから。………………たぶん。


そんな感じに思考停止してしまったフェイトさんだったけど、何とか復活を果たして、今は僕の対面に座っている。
まぁ、まだ顔は赤いし、視線も泳いでいるし、完全復旧はしていないみたいだけど。
よっぽどあのタイミングで鳴った自分の中の音を聞かれたのが恥ずかしかったんだろうなぁ。

ちなみに、アルフはフェイトさんの隣で僕を睨んできている。けど、はっきりいって怖くない。だって、ちょくちょく弁当を見ているんだもん。

「えと、それじゃあ改めて自己紹介をするよ。はじめまして。僕の名前は西岸了。最近はソウルがお世話になっています」

さっきアルフに名乗ったばかりだから二度手間だったかなぁと思いつつ、名乗って頭を下げる。

「あ、いえ、こちらこそお世話になってます?」

そしてフェイトさんの方も頭を下げてくるけど、言葉は疑問形だし、そもそもソウルは迷惑を一方的に掛けるだけで、こっちは迷惑を被った事は無いんですけど?
これはなんだろう、ツッコミ待ちってやつなのかなぁ?

「ちょっとフェイト、こんな奴に頭を下げる必要なんて何処にも無いよっ」
「あ、うん、そうだった」

アルフの指摘に自分の発言の不適切さに気付いたらしい。下げた頭を戻して、

「えと、お弁当、美味しそうですね?」

いや、それはいまいち脈略が繋がっていないですよ?
オロオロしているとは思っていたけど、やっぱりかなりテンパっていたみたいだ。
まぁ、気持ちは分からないでもないけど、この返しは予想出来なかったよ。

……なんだろうなぁ。第一印象は、凄く凛としていて、抜き身の鋭い刃のような印象だったんだけど、こうしてみると、挨拶をすれば律儀に返してくるし、寝ぼけて素になっている時は凄く素直だったし、この状況に理解が追い付いていなくてオロオロしてるし。

うん、普通、というにはちょっとズレてる感はあるけど普通にいい子だ。

ただ、僕としてはプレッシャーを与えてるつもりは一切ないんだけど、フェイトさんの様子は、さっきから随分と落ち着きがないのは僕も困った。
お見舞いに来たっていうのに、相手に心労をかけていたら意味がないからなぁ。

……うん、ならこれからの僕の行動は決まったようなモノ、かな?

「あー、フェイトさん。身体の調子で、悪いようなところってある?」

遠回しに聞いても仕方がないので、単刀直入に状態を聞く。ソウルの事だから問題は無いとは思うけど、万が一って事もあるだろうし。

「あ、うん、全然平気。むしろ調子がいいかも……」

返ってきたのは問題なしといった答えだった顔がまだ若干赤いけど、それは許容範囲内だと思う。
僕には医学の心得なんて大層なモノは無いけど、血色もよさそうだし、本当に大丈夫そうだ。

「そっか。なら良かった。じゃあ僕はいつまでも居座っていたら二人の居心地が悪そうだからお暇させて貰うよ」

ほっと一安心したところで、自分の分の弁当を片付ける。フェイトさんの体調を確認したのだから、もう僕がここに居る理由も無い。
本当は一緒に弁当を食べようかなと思っていたけど、二人の様子を見るに、無理っぽそうだし。

「え、帰っちゃうの?」

いや、何でちょっと残念そうなの、フェイトさん?

「うん、さっき聞いたので目的は果たしたし、僕が居たら休めなそうだし。
あ、良かったら弁当は食べてね?」

片付けるといっても弁当一つ仕舞うだけなんだからすぐ終わる。

「あ、そうだ」

帰る前に、ちょっと忠告しておこう。

「今回ここに来たのは僕の自己満足のためだから、もうここへ来る事は無いと思う。もし君達がジュエルシードを諦めないなら、戦いの場で敵対する事になるよ」
「……はい、ジュエルシードはわたしにとって必要な物だから、諦める事なんて出来ない。今度こそ……負けない」

戦いに関する事を口にしたら、どうやらスイッチが入れ替わったらしい。
さっきまでの天然っぽさはなく、真剣な面持ちでフェイトさんは答えた。

「そっか。でもソウルは強いよ。君単独では勝ち目は殆ど無いだろうし、昨日のようにコンビネーションと言えないようなコンビネーションでもどうにもならないよ」
「それでも……今度こそ負けないっ」

昨日、実際に体感したんだ。ちゃんとソウルの強さは伝わっている。一瞬俯きそうになるけれど、フェイトさんは毅然と、決意を秘めた瞳で僕を見る。

……フェイトさんは良い子だし、出来れば諦めて欲しいと思ったから言ってみたけど、やっぱりそれは無理だったか。

「なら最低限、体調は万全でないと話にならないよ。体調が優れないのに無理して戦って、どうにかなるほどソウルは甘い相手じゃ無いんだから」

これで終わり。もう交わす言葉は無いと、静かにフェイトさん達に背を向ける。すでに僕達は道を違ったのだから。

「じゃあな。ジュエルシードをオレに献上する気なら今のままでも構わねぇが、そうでないってんなら、今度こそ楽しませてくれよな?」

そして最後、去り際にソウルが告げる。振り返りはしなかったけど、息を呑む気配は背中越しに伝わってきた。
フェイトさんは頭は悪くないだろうから、僕の言った意味は分かるはず。そしてアルフも昨日の無謀な戦い方は反省すると思う。
きっと、二人揃って強敵になるかもしれない。けど……。

「雑魚は雑魚なりに精々足掻いてみせるんだな」

ソウルはなんだか楽しそうだったから、それでもいいなと僕は思っていた。



Side:ソウル


あー、何なんだろうな、こいつは。
昼はフェイトの家に押しかけたが早々に帰り、飯食って、後はいつも通り歩きまわっていたわけなんだが、どうにも面倒そうな奴と出くわした。
ま、出くわしたというよりは、待ち合わせを強要されたってのが本当のところだが。

「あのね、了君。今日はソウル君とお話があるの」

目の前に居るのは、高町なのはとオマケのネズミ一匹。
どうやら急いでいたらしい、肩で息をしていたが、それを飲み込んでオレ等にそう告げた。

『どうする、ソウル?』

それは表に立っている了の問いかけ。前回、今度オレと会った時は容赦はないと覚悟をしておけと言ったが、こうして了が話す分にはオレは関与しない。
了もそれが分かっていて先に話をしたわけだが、なのはの瞳に込められた決意のようなモノに感じ入る物があったのだろう。オレに伺いを掛けてきた。
……ハッ、いいだろう。

「黄泉へ旅立つ手土産に、少し情けをかけてやろう」

ああ面倒だ。だが、精々オレの暇をつぶして見せろ。特別だ、話に乗ってやろう。

「え、ソウル君何処か旅行に行くの?」

……こいつ、バカだ。話の流れから、黄泉へと旅立つのはてめぇの方だろうが。
つぅか、そもそもこいつは「黄泉」の意味が分かっていないのか?
ああ、だとしたら二重の意味でバカだな。意味は分からずとも、前後の脈略とニュアンスでなんとなくでも意味を察する事も出来るだろうに、それすらも出来ないとはな。

「え、何でそんな呆れた顔をするの?」

なのはは本気で疑問顔だが、オレは答えてやらねぇ。肩に乗るネズミはオレの言葉の意味が分かっているようだからな。その話は後で勝手にやってろ。

「下らねぇ。用があるならさっさとしねぇとオレの気が変わるぜ?」

もっとからかってやってもいいが、気が乗らねぇから話を催促する。

「……あのね、今日アリサちゃんとすずかちゃんとお話して、考えたんだ」

オレの言葉の意味も気になっただろうが、それ以上に話の方が重要らしい。一つ呼吸を挟んで話し始める。

つぅか、今朝に了がアリサに発破をかけてはいたが、即日行動で本当にやるとはな。
普通なら尻ごむ所だと思うが、それは流石アリサというところか。

「それで決めたんだ。ジュエルシードはもちろん集める。でも、それ以上にフェイトちゃんとお話をしたいって」

ああ、以前はフェイトと比べて覚悟が薄っぺらいと思っていたが、今のなのはには確固とした決意が見て取れる。
決意の内容自体は相変わらずの平和ボケしたようなモノだが、本人が本気でそれを成し遂げようというのなら、それは本物だ。
覚悟の質は別モノ。だが、これでフェイトとようやく同じ土俵に上がったか。

ただ、昼間にアリサとどんなやり取りを経てその結論に至ったのか、さっぱり見当がつかねぇ……。ケンカしたとは思うが、また妙な着地を果たしたもんだな。

「そして、ソウル君ともちゃんとお話がしたいの」

なるほど、何故フェイトと話したいって事をオレに報告するのかと思えば、所在が知れない奴より先にオレを始末したいって事か。

オレは、つぅか了はアリサに携帯を持たされているから連絡が付く。
そして、番号はアリサに聞きゃあすぐ割れる。そういう事だ。

「用件は分かった。が、オレとてめぇの間に話す事なんざ今更ねぇと思うがな」

オレからこいつに言う事はねぇし、オレが何か言われようとも行動は変えねぇんだからな。はっきりいって無駄足だろ。

「あるよっ、わたしはまだソウル君がどうしてジュエルシードを集めているか聞いてないもん」
「下らねぇな。そんなもん聞いてどうにもなんねぇだろうが」
「なるよ。もし悪い事をしようとしているなら止めなきゃいけないし、ちゃんとした理由があるなら、わたしにも協力出来る事があるかもしれないのっ」

……バカだ。めんどくせぇバカが目の前に居る。
さっきは二重の意味でバカだと思ったが、バカ正直と、学が低いバカと、お人よしとしてのバカと、三拍子揃えた三重の意味のバカだな。

「そんな事を聞かれてオレが真っ正直に答えるとでも思ってんのか?
それともあれか、この間の黒い方を相手にした時のようにジュエルシードを賭けて決闘でもオレに申し込んでみるつもりか?」

温泉旅行の時、さっさと場を離れようとするフェイトの気を引くために賭けを申し入れていた事を思い出したから言ってみる。
ま、オレの理由を聞き出すためにジュエルシードを賭けるなんざ割に合わねぇがな。

「……うん、それでいいよ」
「ちょ、なのは!?」

いや、軽口のつもりだったんだがまさか乗ってくるとは。だが、ユーノの方は驚いているぞ。


「ごめんね、ユーノ君。また勝手な事を言って。でも、わたしはちゃんとソウル君ともお話がしたいの」
「……分かった。僕はなのはの事を信じるよ」
「ありがとうっ、ユーノ君」

……どうやら話がまとまったようだ。だが、本気でこのオレに勝負を挑んでくるとはな。
この展開は考慮外だったが、ある意味都合が良いとも言える、か。

「そういう訳で、ソウル君っ、ジュエルシードを賭けて勝負を申し込むの!」
「ハッ、返り討ちにしてやんよ」

こうして勝負する事が決まった。時間は三十分後。公園にユーノが広域結界を張るからその中で行うという事だが。

さて少し遊んでやろうか……。









あとがき


前回がフェイトサイドとの戦いだったので、今回はなのはサイドとの戦いまでを書こうと思っていたんだけど、繋ぎ回となりました第十話です。
そういうわけで、次回はVSなのはです。


追記:朝練を了は「修練」でアリサが「練習」というのは見解の相違で誤植にあらず。




[14283] 第十一話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/04 19:44
 
今日もなのはの学校が終わってから落ち合って、いつもの通りにジュエルシードの探索をするものだと思っていた。
けど、なのはが学校から帰って来てからの一言に僕は驚いた。

「今日は、ジュエルシードを探すんじゃなくて、ソウル君とお話したいの」

それを聞いて、僕はまっ先にその行動を否定した。
僕には彼が何者なのかが分からない。
魔力を感じるし、僕達の事情を聞いても、最初のなのはのように信じられずに驚くという素振りを見せなかったのだから、おそらく魔導師なのだと思う。
けど、そもそも、この世界は管理外世界なのだ。魔法を使える人がいるはずがない。

それだけじゃない。出会った時、そして旅行の晩の事。
彼が漏らした気配に、全身の毛がよだつ思いを味わったのだ。

この上なく怪しいし、それ以上に……怖い。
そんな相手と話がしたいだなんて無謀にも程があると僕は思った。だから、なのはには悪いけど賛同出来ないと僕の意思をなのはに伝えた。

「でも、それはわたし達がイメージしたソウル君だよ。ちゃんとお話をしてみないと、本当のソウル君は分からない。
分からないからって、分かるのが怖いからって切り捨てるのは良くない事だと思うの。だから、ちゃんとお話をしたいの」

……でも、僕になのはの説得は土台からして無理だった事を、真っ直ぐな力強いなのはの目を見て悟ってしまった。
いや、それはちょっと違うか。なのはは初めて出逢った時から強かった。
初めてなのに魔法を使いこなす天才のなのはに僕は憧れていたのだ。

そう、悟るなんて今更。僕は、ずっと前からなのはの事を信じている。
僕はなのはのように戦えないけど、なのはならきっとどうにかしてくれると信じられる。

たとえなのはが挫けそうになっても、僕がサポートしてあげる事が出来れば、きっとなのはは空を飛べる。

だから僕は今、こうしてここにこうしてなのはと一緒に居るんだ。










魔法少女リリカルなのはCross souls 第十一話



Side:ソウル


ここはユーノの張った「広域結界」とかいう結界の中。
聞けば、結界内部は周囲と隔絶した場所となっており、魔力を持たない連中は勝手に締め出され、さらに内部にある物をいくらぶっ壊しても元の場所には何ら影響を与える事はないという
便利結界だとか。

以前から何度かちょくちょくお目にかかっていた代物だが、こうして話に聞くと、マジで便利なものだってのが感想だ。

「さて、お互いの持つジュエルシードを一つずつ賭けて勝負って事でいいんだな?」

隔絶された空間内は、逢魔が刻たる赤い夕暮れを空に映す事無く、薄暗い。
街中であるはずなのにオレ等しかいないこの場所は面白味の欠け落ちた世界。

オレはその中で嗤い、目の前で緊張の面持ちを浮かべ、無謀にもオレに戦いを挑もうというガキを見やる。

「……うん、それでいいよ」

既に手にレイジングハートとかいうデバイスの杖と、バリアジャケットとかいう衣服に身を包むみ、臨戦態勢の整うなのはは、大きく息を吐き出すと共に一つ頷く。
それと同時になのはの纏う緊張の質が変わる。
さっきまでは、身体は硬直し、考えも動きも縛られるような類のものだったが、今は心を引き締め、油断なく目的を達するための緊張だ。

なるほど。少ないとはいえ、戦いの経験を積んだからか、それとも元々持っていた資質か……。
ついこの間まではただのガキだったにしちゃあ、及第点と言える切り替えだ。

「じゃあユーノ君」
「……うん、分かった。無理はしないでよね、なのは」

これならそれなりに楽しめそうだと思ったが、そのなのはの行動に眉をひそめる。

「なんだ、てめぇらは二人掛かりで来ないつもりか?」

なのはの言葉に従い、場から離れるネズミ一匹。まさかなのは一人でオレの相手をしようって気じゃないだろうな。

「うん、これはわたしのソウル君の決闘だもん」

返ってきたのは、それがさも当然という答え。
――ク、まさか本気で勝機を自分でドブに捨てるか?

「クックック、ハーッハッハッハッ!」

バカだバカだと思ってきたが、ここまでバカだというのは流石に予想外だ。
バカさ加減もここまで来ると憐れや愚かを通り過ぎて、逆に尊いモノの様な気がしてくるから不思議なものだ。

「な、何でそんなに笑ってるのっ!?」
「クク、なに、バカも四重を過ぎれば奇跡だなと確認しただけだ」

哄笑を上げるオレに不穏な物を感じたのか、荒げるように声を上げたなのはに、笑う理由を軽く教えてやる。

「わたしそんなにバカじゃないよっ、って言うか何で四重なの!?」
「そりゃあ愚か、哀れ、無能、低知能の四重だ。ああ、ここまで揃うと逆に希少性が出てきて需要が出てくるってもんだなァ?」
「わたし、そんなんじゃないよ!」

なんだ、聞かれたから答えてやったってのに否定するとは。
ま、こういうのは得てして本人に自覚がないからな。

「なら一つ聞くが、てめぇ、「黄泉」の意味は知ってるか?」
「……地名?」

ある意味正解だが違う。

「な、何でそんな憐れむような眼でわたしを見るの!?」
「なに、無自覚なバカを自覚させてやろうっていう親切心だ」
「絶対それ親切じゃないよっ!」
「当然だ。オレが、親切なんて下らねぇ真似を本当にするとでも思ってんのか?」

なのはのツッコミを肯定してやると、逆になのはは愕然とした表情を浮かべる。

「……ソウル君、そんな意地悪してるとみんなに嫌われちゃうよ」

なのはは、最初怒ろうとした雰囲気があった。だが、口をついて出たのは、悲しみの籠ったそれ。

「何でそんな風に言うの。何で一人になっちゃうような事を言うの。何で……。一人は、とっても寂しいんだよ?」

どうやら、なのはは本気でオレを憐れんで悲しんでいるようだ。そしてその言葉は薄っぺらではなく、何か、重みがある。
知らんが、こいつは「孤独」というものを体験した事があるという事は分かった。
ただのお人よしかと思ったが、意外と影がある、か。

「ハッ、下らねぇ、下らねぇな。てめぇみてぇな偽善者風情の言葉にオレが素直に耳を貸すとでも思ってんのか?」

だが、だからと言ってオレがそれに応える義理はねぇ。
そんな問答をする暇があるのかと、今のこの空気を払拭するように威圧をなのはにかける。
弛緩したそれを、再度戦場のそれへと戻す。

「なら、力づくでお話を聞いてもらうの……!」

だが、オレのそれは余計な世話だったか。オレの威圧に驚く素振りはあっても気押される気配は無い。緊張感は緩んだわけじゃなかったようだ。覚悟にも揺らぎはない。
なるほど。戦う事を本当の意味で決意したというのは間違いじゃねぇようだ。

「ああ、それでいい」

そもそも、今回の決闘はオレに話を聞かせるため何だから、これで間違っちゃいない。
むしろ正しい。オレを打倒し我を通さなけりゃ、オレは話を聞く気はねぇ。

「これ以上オレと話をしたきゃ、力づくで掛かってこい!」



Side:なのは


ソウル君の雰囲気が変わる。
正直に言うと凄く怖い。フェイトちゃんと対峙した時と比べて背筋に薄ら寒いものを感じて、足が竦みそうになる。
でも、ここで引き下がりたくない。ここで逃げたら、二度とソウル君の目の前に立てないと思うから、フェイトちゃんの前に立てなくなると思うから……っ。

「いくよっ、レイジングハート!」
《Yes master》

わたしの気持ちに、レイジングハートは答えてくれる。それが嬉しくて、一緒に戦ってくれると分かって力が湧いてくる気がする。

焦っちゃダメ。まずは冷静になって、レイジングハートと繰り返したシミュレーションを思い出す。まずは……。

「呑気に考え事なんざ余裕だなァっ!」

ソウル君の声にハッとした時には、すでにソウル君は目の前。しかも、わたしのところまで駆けた勢いのままに、握りしめた右手は今にも殴りかかろうと振りかぶっている!

《Protection》

とっさにレイジングハートがバリアを張ってくれたおかげでなんとか防ぐ事が出来た。
けど、

「くぅ!?」

バリア越しに衝撃が伝わってくる。見た目はただのパンチなのに、威力はジュエルシードの暴走体と比べてなんら遜色がない。
もし直接受けていたらと思うとゾッとする。

「おお、思ったより硬ぇな」

バリア越しに声が聞こえる。ソウル君は驚いているみたいだけど、まだまだ余裕がありそう。わたしは結構きついのに~っ。

そうして、ソウル君はバリアの反作用で弾き返される。今だっ、この間にっ。

《Flier fin》

レイジングハートが飛行魔法を起動させる。靴の部分に桜色の羽根が浮かび上がると共に、空中へ飛び上がる。

「ウラァ!」

ソウル君は弾かれてから、地面に足が着くと同時に、飛びかかって来たけど、その手は足先をかすめるだけで、なんとかタッチの差で逃れる事が出来た。
今のは、かなり危なかったの。

ある程度距離を置いたところでソウル君を振り返ると、地上で見上げている姿が見える。
追いかけてくる様子は無い。もしかしてと思っていたけど、やっぱりソウル君は飛べないんだ。

「……それじゃあ、今度はこっちから行くよ!」

本当は、わたしは飛べて、ソウル君は飛べないって言うのは卑怯な気がするんだけど、今はそんな事を言っていられない。
もしソウル君に合わせて地上戦をやろうと思っても、殆ど勝ち目はないのはさっきのやり取りだけで肌で感じてる。

レイジングハートやユーノ君にも言われていた事だけど、わたしは接近戦は苦手。
でも、そもそもわたしは空戦型の砲撃魔導師。
わたしなりの全力全開で、ソウル君をぎゃふんって言わせて見せるの!

「いくよ、ディバインシューター!」
《Divine shooter》

わたしの周りに小さめの魔力球が三つ浮かび上がる。これがわたしの新魔法。

わたしは最初、バリアの防御力と砲撃の攻撃力で戦っていたけど、フェイトちゃんには通用しなかった。
砲撃を当てようとしても素早いフェイトちゃんに狙いを定める事は出来なくて、防御をしようとしても、後ろに回り込まれたりと上手く防御が出来ない。

わたしもフェイトちゃんみたいに素早く動き回れれば良かったんだけど、レイジングハート曰く「高火力、重装甲だから機動系が重い」ので無理と言われた。

じゃあどうすればいいかと悩んで出た答えがこれ。「誘導操作弾の複数同時操作」

自分が動くのが苦手なら、自分以外を動かせばいいというコンセプトで、操作弾で相手の動きを制限してしまおうという作戦。
砲撃と比べて威力は落ちるけど、当たればもちろんダメージがある。
そして、少しでも動きを止める事が出来れば、今度こそそこに全力全開のディバインバスターを当てるっていうのが基本方針。

正直にいえば未完成なんだけど、ソウル君はフェイトちゃんよりは早くない。しかも、空も飛んで来ないみたいだから、これでも十分通用するはず!

「いっけぇっ!」

シミュレーションしていたように、まずはみっつの内ふたつを少し時間差を利かせて飛ばす。
それをソウル君は、ダンスというには鋭すぎるステップを踏んで簡単に避けてしまった。

でも、そのソウル君の避け方は予想通り。
今みたいな軌道で放てば、そういう動きをするって事は分かっている。
すでにソウル君が避けた先には、シューターは最初からそこに狙いをつけてるの!

「……あぁっ、惜しい!」

そう叫んだのはユーノ君。わたしも今のは当たったと思ったんだけど、ソウル君はとっさに首を反らして、シューターは顔のすぐ傍を通り過ぎただけで当たらなかった。
あんな避け方、絶対わたしじゃ出来ないよ。一体どんな反射神経なの?

「……へぇ、自動で追跡でもすんのかと思ってたが、なんだ、てめぇが自分で操作してんのか」

う、しかも、わたしが操作している事もばれてるの。
でもでも、わたしが自分で操作しているか分かったとしても、関係ないの!

「まだまだ行くよっ、ソウル君!」

現に、さっきのソウル君の避け方は、本当にギリギリだった。だから、このわたしのやり方は間違っていないの。
『次』を準備しながら、シューターを操作して、頑張ってソウル君の動きを制限するの!
上下左右、空間を立体的に使ってソウル君の動きを追いかける。さっきは惜しかったんだから、今度こそという思いで再度ソウル君を狙う。

「中々におもしれぇが、ソレ止まりだな」

……なのに、ソウル君に追い付けない。シミュレーションの相手はフェイトちゃんを想定していた。ソウル君はフェイトちゃんより早くない。しかも、ソウル君は高機動魔法を使っていない。

だから、当てられるはずだったのに、現実には当たっていない。一応、惜しい事は何度かあったんだけど、結局は全部避けられている。
何より、ソウル君は始まった時からずっと笑っている。わたしは真剣にやっているのに、ソウル君は遊びながら戦っているみたい。

「あー、大体分かった」

そんな中、ソウル君はそう言うとバク転、さらに後ろへ跳んでシューターの囲いを簡単に抜け出しちゃった。そして、

「飽きた」

そんな一言を漏らすと、すぐに動けるように腰だめに構えていたのを解いて、普通に立つ格好を取っていた。

「ちょ、ソウル君、真剣に戦わないと怪我するよ!」

シューターをソウル君を大きく取り囲むように動かしながら、呼びかける。
シューターはもちろん非殺傷設定にしてあるから、当たっても怪我はしないはずだけど、何があるか分からないんだよ!?

「真剣? ハッ、下らねぇ。何でこんなお遊び如きに本気ださなきゃなんねぇんだよ」

その返ってきた答えに、一瞬シューターの操作を忘れた。
わたしは真剣に戦っている。それを「下らない」とか「遊び」なんて言って欲しくない!

「ソウル君っ、真面目に戦って欲しいの!」

人の真剣を笑うなんて、それは良くない事なのっ。だからそんな事言って欲しくない!
その思いを込めて、精一杯ソウル君を睨む。

「だからてめぇは下らねぇって言ってんだよ」

でも、ソウル君はそんなわたしの事なんてどこ吹く風と、笑って見せていた。

「オレはてめぇの話を聞く気はねぇと散々言って、それでもてめぇは我を通してぇからオレに戦いを挑んだんだろうが。
勝者でもねぇてめぇの言葉なんざ、オレに欠片も届きゃしねぇよ」

そしてソウル君は普通に街中でも歩くように、何の気負いもなくシューターが飛び交う中を悠然と歩いてわたしに近づいてくる。

「オレからすりゃあ、てめぇの方がよっぽど戦いってモンを愚弄している。戦いの最中に隙や背中を見せるのは自己責任。そこを攻められて悪いのは隙を曝した方だ。
そして、曝された隙を遠慮して見逃して次を待つなんざ、……てめぇこそ、何様だ?」

ソウル君の顔から笑みが消えて、わたしを真っ直ぐ見詰めてくる。その眼を見てドキリとした。ソウル君に表情はないけど、それが何だか怒っているように見えたから。
そして、それが「怒っているように見えた」んじゃなくて「実際に怒っている」という事に、ふと気付いた。

ソウル君の歩みは止まらないまま、どうしてわたしが怒られているのかと考えて、一つの結論に行き着いた。

わたしは、真剣に戦っていると言っておきながら、実は真剣に戦っていなかったのか?

そんな事は無い。わたしは真剣に戦っている。
──でも、本当にそうなのかな?

わたしはソウル君と戦いたいんじゃなくて、お話がしたいだけ。怪我なんてさせたくないし、無防備な相手に一方的に攻撃を仕掛けるなんて良くない事だと思う。
──ソウル君が構えを解いた時、チャンスと思ってシューターかバスターを撃つ事が正しい事だったのかな?

わたしが真剣に戦っているって言うのに、真剣じゃないソウル君に腹が立つ。
──真っ直ぐにわたしと向き合うソウル君に、わたしは不真面目な態度を取ったの?

……分からない。わたしは間違っていないはずなのに、ソウル君の言っている事も正しい気がする。なんだか頭がこんがらがってくる。

「……ソウル君が、正しいの?」
「何だ、勝手に敗北宣言か?」

分からなくて、答えを知っていそうなソウル君に聞いたけど、切って捨てられた。

「答えるわきゃねぇだろうが。てめぇの言う『決闘』は言葉だけか。
それなら本当に下らねぇな。この上なく下らねぇ。下らな過ぎて……イラつくな」

ああ、ソウル君はもう本気で怒っている。さっきまでは嘲笑を浮かべているけど、今は少しも笑っていない。
呆れて話をする事もないと、ただ底冷えするような冷たい視線をわたしに向けるだけ。

ソウル君はゆっくり歩きながら近づいて来ているけど、なんだか凄く遠くに感じる。
それは、ソウル君はわたしの事は見限って、わたしを置いて何処かへ行ってしまうみたい。

負けちゃう。
役に立てない。
嫌われちゃう。
一緒の意味がなくなる。
置いて行かれちゃう。
……一人になっちゃう。

不意に思い出したのは、お父さんが大怪我をして入院した時の事。
お母さんは喫茶店が忙しくて、お兄ちゃんはお母さんの手伝いが忙しくて、お姉ちゃんはお父さんの看病が忙しくて。
わたしは、独りでお留守番。

寂しかった。でもみんな忙しいのが分かっていたから、わがままを言ったら迷惑になっちゃう。出来る事のないわたしは、いい子でお留守番をしていなきゃいけない。

でも、今は魔法の力を手に入れて、わたしにも、わたしにしか出来ない事がある。
ユーノ君のお手伝い。
悲しい瞳をした女の子に、どうしてそんな瞳をしているのかを聞きたい。
意地悪な男の子に、どうしてそんな事ばっかり言うのか聞きたい。

でも、今はソウル君と戦っていたのに、ソウル君が遠くに感じる。
意気込んで戦いを挑んだのにソウル君を怒らせちゃって、嫌われちゃうのかな。

ユーノ君の役にも立てない。役に立たないわたしをユーノ君は置いて行っちゃうかな?
フェイトちゃんともお話出来ないのかな?

「……いやなの」

ポツリと言葉が零れた。言葉にしたら、気持ちがはっきりした形になっていく。悲しくて、嫌な気持ちで一杯になって……、

「いやなのぉーっ!!」

溢れるのが止められない、グルグル回っていたシューターを全部、ソウル君に向けて飛ばす。正面から、横から後ろから。早く、速く真っ直ぐに。

「……ハッ」

それらをソウル君は避けなかった。シューター三発とも、ソウル君に命中した。
全弾命中して、それでもソウル君は倒れなかった。けど足は止まった。
今がチャンス。今ならディバインバスターも当てられる。

「……あ、あ」

でも、わたしはそれが出来ない。棒立ちになっているソウル君を目の当たりにして、思考が止まる。

どうして避けなかったのか。このままバスターを撃っていいのか。わたしはどうすればいいのか。
止まった思考は答えを出してくれない。ただ、仰け反るようにしながら立ち尽くすソウル君を見るだけで、身体が上手く動かない。

……どれくらいそうしていたのか、ガクンと、上を向いていたソウル君が崩れるように下を向く。
倒れるのかと思ったけど、ソウル君は自分の足で確かに踏みとどまる。

「……なんだ、無抵抗な相手に攻撃した事に尻込みすんのか?
それならやっぱり、てめぇの方がふざけてんじゃねぇか」

顔を上げずにいるソウル君の声は、呟くような大きさのハズなのにわたしの耳にしっかり届く。
下を向いているから、ソウル君が今どんな顔をしてそんな事を言っているのかが分からない。
それが怖い。怖いとちょっと違う気がするけど、この気持ちは、怖いとしか言えない。
それが、考えが嫌な方向に行く事に拍車をかける。

良く分からない気持ちで一杯になって、いっそ逃げちゃおうかという考えが頭をよぎって、

「高町なのはぁぁぁ!!」

突然跳ね上げるように顔を上げると同時に発せられたソウル君の叫びに、身体がビクッとなって竦んでしまう。
逃げるって選択肢が取り上げられてしまったみたいで、動けない。

動けないから、ソウル君から視線が逸らせない。ソウル君が口を開くのが、妙にゆっくりに見える。一体何を言うのか、聞きたいけど、怖いから聞きたくない。

でも、聞きたくないって思っても、身体が動かないからやっぱり聞くしかない。
そしてソウル君が開いた口から言葉が紡がれる。

「何も言うつもりは無かったが、これじゃあ下らな過ぎて面白くねぇ。特別だ。少し、サービスをしてやろう」

てっきり怒鳴られるんじゃないかって思っていたのに、出てきた言葉は違うものだった。それはとても静かな声で、なんだか心にとても響く感じがする。

「てめぇはそんなに自信がねぇのか?
そんなに自分が間違っていると思うか?
そんなにオレと話そうとした事が間違いだと思うか?
そんなに簡単にフェイトと話をする事を諦めるのか?」
「ち、違うっ、そんな事ない!」

矢継ぎ早に放たれたソウル君の問いかけに、半ば反射的に答えていた。
そして、答えてから考えていた。どうしてわたしは反射的に答える事が出来たのかを。
考えるまでもなく返していた事に困惑しているわたしを、底意地悪く嗤ってソウル君は言葉を続ける。

「ならとっとと掛かって来い。
てめぇはその想いを貫き通すために、てめぇが間違っていないと信じられるなら、てめぇを信じる連中に報いたいと願うなら、てめぇと道を違えるオレに我を通すために」

ソウル君は、そこでいったん言葉を切って、

「戦いに躊躇いを持ち込むなっ。自分が間違っていないと信じられるなら戦いの最中に情けを持ち込むなっ。その全身全霊をオレににぶつけて見せろっ!」

そして大きく息を吸い込んで、

「戦えっ! 戦え戦え戦え戦え戦え戦え戦えっ、高町なのはぁっ!!」

ソウル君の叫ぶような声に空気がビリビリと震える。
その立ち姿は凄く堂々としていて力強くて、さっきわたしのシューターを受けたダメージなんて感じられないものだった。

威圧感はある。むしろ今まで以上。なのに不思議と怖いという気持ちは湧いて来ない。
さっきまであった、怖いとか逃げようかと思っていた気持ちが、ソウル君の声にわたしの中から吹き飛ばされたみたい。

嫌な気持ちが吹き飛ばされて、残ったのは、ただのわたし自身の心だけ。
目を瞑って、もう一度何のためにわたしが戦うのか、その理由を考える。

最初はユーノ君を手伝うため。

でも、昼間の街中でジュエルシードが暴走したとき、たくさんの人が辛い思いをしたのを見た。
そして、手伝って欲しいと言われたからじゃなくて、自分の意思でこれ以上辛い思いをしない人が出ないようにジュエルシードを集める事を決めた。

そして出会ったのは、意地悪な男の子と、悲しい瞳をした女の子。

男の子はアリサちゃんの友達で、実は二重人格で。了君とはちゃんと仲良く出来たけど、ソウル君は敵だと言って、仲良くしてくれない。

女の子は名前はフェイトちゃん。フェイトちゃんもジュエルシードを巡って敵対しているけど、どうしてあんなに悲しくて寂しそうな瞳をしているのか、とっても気になる。

ソウル君とフェイトちゃんについてたくさん悩んで、そのときにアリサちゃんとすずかちゃんがわたしを心配して厳しい言葉と優しい言葉を掛けてくれて。

そして決めた。二人と、ソウル君ともフェイトちゃんとも仲良くしたいって。
ユーノ君は最初反対したけど、わたしの気持ちを伝えたら、賛成してくれた。わたしの想いが間違いじゃないって認めてくれた。

……ああ、ソウル君が言った通りだ。わたし、この気持ちが間違っているなんて思っていない。ユーノ君もわたしが間違っていないと言ってくれた。
アリサちゃんやすずかちゃんにも後押しして貰って掴んだ答えなんだ。自信を持って、胸を張って正しいと言える想い。だから、迷う必要なんて無い。
だから、さっきのソウル君の問いかけにもすぐに返す事が出来たんだと今さら気づく。

「……レイジングハート」

閉じていた瞳をゆっくりと開いて、パートナーに呼びかける。

《All right》

返事は一言だったけど、それで十分。大丈夫、わたしは戦えるよ。

「すぅ……はぁ……」

大きく息を吸い込んで、大きく息を吐き出して。うん、決めた。

「ソウル君っ、仕切り直しなの!」
「……意気込むのは勝手だが、てめぇがどんだけ意気込もうとも、どうせオレに勝てやしねぇよ」

ソウル君はそう吐き捨てるように言うと、いつものように不敵に笑って見せた。
それはわたしをバカにしているようで、見下しているようで。

でも、今のソウル君は真正面からわたしと向かい合っている。
ううん、ソウル君は何時でも真正面からわたしを見ていた。
ソウル君はとっても意地悪だから、何時も見下しているみたいだったけど、本当は見下してなんていなかった。

わたしが勝手にソウル君を見上げていただけ。その事に今更ながらに気がついた。
これじゃあ、ふざけているって言われても仕方がなかったかもしれない。

でも、わたしは気がついた。だから、これからは本当の全力全開でソウル君と戦うの!
それがソウル君に対する礼儀!

「いくよっ、レイジングハート!」
《Yes master》

放つのは三つの操作弾。それはさっきまでと同じだけど、何かが違う。
心はとってもドキドキするけど、頭はとっても冷静で。思考はクリアになって、全てが良く見える気がする。

さっきは操作するだけで手一杯だったけど、今ならもっとちゃんと制御できそうな気がする。ソウル君の動きをちゃんと追える気がする。もっと、凄い事が出来そうな気がする!
その想いの通りに、放つシューターが自分のイメージ通りに動く。
シューターを動かすイメージが次から次に湧いてくる。

今まで練習はたくさんしていたけど、こんな風にわたしの中の歯車が全部噛み合う感覚は初めてだった。

これなら、ソウル君がどんな風に避けても追いかけられる。
ううん、追いかけるんじゃない。元々シューターは相手を倒すために使うんじゃない。
相手の動きを制限するために、わたしがソウル君の避け方を操作する!

「ククッ、なんだ、やりゃあ出来るじゃねぇか。ああ、遊びはこう楽しくなきゃ詰まんねぇよなぁ?」

動きの回転数を上げるシューター、速度もどんどん上げていく。それを見て、ソウル君は何だか嬉しそうな声を上げていた。相変わらず余裕そうなのがちょっと悔しい。

でも、そんなソウル君の余裕は力づくで崩してやるのっ。そのわたしの想いを乗せて、シューターをそれぞれソウル君の元へ飛ばす。
今のわたしにはソウル君の動きがちゃんと見えている。どんな風に避けようとしても、きちんと対応して見せる。ソウル君から目を逸らさない!

「だが、オレは飽きたと言ったよな?」

わたしはソウル君の動きを見逃さないように、目を逸らさなかった。
どんな風に避けるのか、そして避けさせないために。その全てをこの目で見るために。

「え……っ!?」

でも、わたしが見たのは予想外の光景。ソウル君はシューターを一つたりとも避けなかった。かといって、さっきみたいに喰らうような真似もしなかった。

一つ目のシューターを右の裏拳で振り払うように、
二つ目のシューターを左のパンチで叩き落とすように、
三つ目のシューターをくるっと回って後ろ回し蹴りで、

ソウル君は、一瞬の内にシューター全部を撃墜しちゃった。しかも素手で。

「オレはなぁ、守る事より攻める方が得意で好みなんだよ」

それは、ソウル君は避けるのは得意でも好きでもないのに、わたしに付き合ってわざと避けるという行動を取っていたという事で。
実は、いつでもシューターを叩き落とす事は出来たって事……?

「おいおい、呆けているなんて余裕だなぁ?」

ソウル君は、地面に落ちているサッカーボールを蹴り上げるように、手近にあった石を蹴りあげて、それが目の前にまで浮いたのをキャッチする。

「知ってるか、原始的ってのも甘く見れたもんじゃねぇんだぜ?」

わたしに向かってその石を投げてきた!

《Protection》

それは物凄い剛速球で、まっすぐわたしに向かって飛んできた。レイジングハートがとっさにバリアで防いでくれたけど、その小石はバリアに触れると同時に粉々に砕け散っていた。
普通なら弾かれるのに小石は粉々に砕け散ったという事は、バリアの弾こうとする力と、それに逆らって真っ直ぐ飛ぼうとする力に、小石が耐えられなかったという事で。
……ソウル君、いったいどれくらいの勢いで投げたの?

流石にバリアを貫通されはしていないけど、目の前で石が乾いた音を立てて木っ端微塵になるのを見ているのはちょっと怖いよ。

「よう、動きを止めてるたぁ、余裕だな?」

既にソウル君は次の石を手にしている。しかもさっきよりサイズがアップしてる!?
……待って。これは逆にチャンス!

《Restrict look》
「お?」

ソウル君が石を投げようとした瞬間、シューターを操作しながら準備していた拘束魔法を発動させる。
レイジングハートの声と一緒に出現した光のリングがソウル君の腕を抑え込んで拘束して、投げようとした石が手からこぼれ落ちる。
続けざまに他の手足なんかも拘束して、空中に磔になるようにバインドをかける。

やった、成功したのっ。ソウル君は初めて見る魔法に吃驚しているみたいだったけど、上手く捕まえられたの!
本当はシューターで動きを制限させて、隙をついて捕まえるはずだったんだけど、経過はとにかく、捕まえたらこっちのものだよ。

意地悪なソウル君に遠慮なんて絶対してあげないっ、全力全開のディバインバスターをお見舞いしてあげるんだから!

「まずはわたしをバカって言ったのを訂正して貰うんだからね!?」

レイジングハートはもう砲撃形態になっていて、準備は万端、後は魔力をチャージして一気にソウル君をぶっ飛ばしてわたしの勝利なのっ。

「……まさか、こんな魔法があるとはな」
「ふーんだっ、余裕ぶっててるソウル君が悪いんだもん!」

ソウル君は手足をばたつかせて逃れようとしているけど、全然びくともしない。
そのバインドはわたしが最初に覚えた魔法で、構成も念入りに作ってあるんだからそう簡単に抜け出せないんだからね~っ。

「余裕ぶってんじゃなくて、マジで余裕なんだがな。
だがまあいい。こうして捕まったのもいい機会だ。せっかくだ、一ついい事を教えてやろうか?」
「……いい事?」

ソウル君は、もがくのを止めたかと思うと急にそんな事言うから、わたしも思わず聞き返してしまう。
捕まったのがいい機会? なんだろう、ソウル君が何を言うつもりなのか全然予想が出来ない……。

「ああ、どうやら聞く気があるようだな。なら教えてやろう」

むぅ、なんか捕まっているのに凄く偉そうなの。

「今、この状況でオレが教えてやれる事は一つ」

もったいぶるように一区切り入れると、またソウル君はわたしを小馬鹿にするように笑って、

「てめぇのそのバカさ加減は、まったくもってどうしようもねぇなって事だ」

…………うん、分かった。あくまでソウル君は最期までそんな事を言うんだね?

「そっか、そうなんだ~」

なんて言うのかな、身体の奥底からどんどん魔力が湧き上がってくる感覚がする。今のわたし、すっごく怒っているんだけど、なんだか笑っている自分が不思議なの。

「……少し、頭を冷やそうか?」

ちらりとユーノ君の姿が見えたけど、凄く顔を蒼くして震えていたけどいったいどうしたのかなぁ?
でもいいや。今は、ソウル君を、全力、全開、本気の、本気で、吹き飛ばしてあげるね?

「ディバイン……」

足もとには、円と四角を組み合わせた魔法陣が、構えたレイジングハートの周囲にも、砲撃を補助する円環状の魔法陣が浮かび上がる。
わたしのリンカーコアから魔力が汲み上げられる。
放つのは、今現在のわたしの出来る、最大出力の砲撃。

「バスタァァーッ!!」
《Divine Buster》

それは、ディバインバスターの最大出力での砲撃魔法。

ソウル君に迫る砲撃。ソウル君はバインドされたまま。これで、わたしの勝ち……、

「ハッ」

なのに、ソウル君はわたしの放った砲撃を目の前にしても平然としている。むしろ、その笑みを深くしていた。
それは、単なる強がりなんかじゃなくて、本当に自信を持っているような笑み。

「──“肉裂き血を浴びこの手に掴む”」

わたしには、そのソウル君の呟いた言葉の意味は分からなかった。でも、何らかの意味はあったんだと思う。
だって、現にそれを呟くと同時にわたしのバインドを引き千切るようにして抜け出していたんだから。

「な……!」

そして、ソウル君は迫る砲撃を目の前にして、身を低く屈めるようにして、地面の上すれすれを滑るように駆けて、わたしのバスターを潜り抜けたの!

避けられた。渾身の一撃が避けられちゃった。
でも、呆けている間はない。ソウル君はもうわたしの真下まで来ている。
駆ける足を止めて、深く屈み込むソウル君。溜めた力を一気に解放するように思いっきりソウル君は“跳んだ”。

その走るスピードはさっきまでとは全然違う。このジャンプ力も、さっきまで想定していたソウル君の身体能力を軽々と越えている。
これなら、空中に居るわたしまで届く!?

(やばっ)

砲撃に全力を傾け過ぎた。反動で身体が硬直して動けない。レイジングハートも、排気ダクトを解放して圧縮魔力の残滓を排出している。
油断していたつもりは無かったけど、バインドに成功して勝った気になっていた。
油断していないのは“つもり”だけで、実際には油断していた事を痛感する。

《Flash Move》

それでも、このまま呆けていたら絶対ダメだという事はわかる。とにかく少しでも移動しないといけない。レイジングハートも、無理を押して高機動魔法を発動してくれた。
なんとか、何とか逃げないと……!

「おせぇよ」

でも足りなかった。フラッシュムーブの魔法が発動するその一瞬より早く、ソウル君に片足を掴まれちゃった。こんな状態じゃあ、魔法が発動しても意味は無い……っ。

「さあ、てめぇはひとまず……!」
「え、わ、うにゃ!?」

ソウル君は、いったいどうするのかと思ったら、事もあろうか、そのまま空中でわたしをぐるんぐるんって振り回し始めて、

「墜ちてろ、よォっ!」

地面に向かって放り投げてきたの! その勢いは凄くて、ぐるぐる回されて目が回っていて、一気に空が遠くなって、次の瞬間には地面に背中から叩きつけられた。

「はぅっ!?」

バリアジャケットのおかげで衝撃は和らいだはずなのに、背中から伝わってくる衝撃に肺の中にある空気が全部押し出される感覚。
酸素が足りなくて息が出来ない。目の前が、一瞬真っ黒に塗りつぶされた。

《Master!?》

レイジングハートに呼びかけられて、ハッと意識を取り戻す。今、一瞬気を失っていたの。って、そんな場合じゃない、ソウル君は……!?

居たっ。というか探すまでも無かった。ソウル君はわたしの目の前に居る。
正確には、わたしを放り投げてから、そのまま重力に引かれて落ちてくるところだった。

ただ、その手は思いっきり振りかぶられていて、しかもすでにソウル君は手を伸ばせば届きそうなくらいなところまで来ている。

やばい、やばいやばいやばいやばいっ!

《Protection》

間一髪で発動したバリアが、ソウル君のパンチを目の前ギリギリで防いでくれた。今のは本気で危なかったの……。

「──“我は支配す、理は我が下に”」

……わたしのバリアは確かにソウル君の攻撃を防いでいた。
ユーノ君もレイジングハートも、わたしのバリアの防御力はずば抜けてるって褒めてくれていたの。

「なっ、ぐぅ……!?」

だから、呪文を呟いたかと思ったら、ソウル君の右手がバリアを突き破って、わたしを地面に縫い付けるように首を掴んでいる光景が信じられなかった。

「さて、ここから逆転が出来るってんなら、その首へし折ってやるが……どうする?」

この勝負は、わたしの負けだった。
レイジングハートが、ジュエルシードを出しているのを見ながら、そう悟った。



Side:了


……ふぅ、何とか終わったようだった。色々ハラハラする場面はあったけど、とりあえず、両方とも怪我なく終わって良かったと思う。

というか、痛い。
何が痛いって、身体の節々が痛い。限界まで魔力で身体能力を強化した反動で全身が痛いし、なのはさんの魔力弾をもろに喰らったダメージも相まってとても体中が痛いです。

これだけダメージがあっても、平然とした様子を取り繕っていられるソウルの往生際の悪さは凄いとは思うけど、巻き込まれるこっちの身にもなって欲しいです。

「確かに戦利品は頂いたぜ」

ソウルはそう言って、、杖から浮かび上がっていたジュエルシードを手にとって、首を抑えつけていた右手を離し、なのはさんを解放する。
それと同時にユーノもなのはさんの傍まで駆け寄ってきていた。

「けほけほっ。うぅ、ソウル君、すごかったの……」

呼吸を阻害していた右手が放されて、軽くせき込みながら呟くなのはさんは、なんとも悔しそうにも見えた。
確かにソウルに一喝されてからのなのはさんは、自信に漲る堂々とした佇まいで、魔力弾の操作もギュンギュンって感じでキレが格段に向上していた。

ソウルの身体を抑え込んだ拘束具みたいな魔法の頑丈さも凄いものがあったし、何よりあの砲撃。
真正面からあれと対峙してみて、あれだけでトラウマになりそうなほどに、ものすっごい威圧感があった。

そこまではなのはさんは結構優位に立っていたのに、あっという間に形勢逆転されたとあっては、そりゃあ悔しいだろうなぁと思う。

「これで分かったろ。てめぇ程度じゃオレに勝てやしねぇってな」

戦利品のジュエルシードを手の中で弄ぶようにしながら、未だ立ち上がれないなのはさんに言葉の追い打ちをかける。
とはいうけど、ソウルはソウルでかなり無理と無茶を通しておいて、よくもまあそんないかにも自分が余裕で圧勝したような事が言えるなぁと僕は思うけどね。

「じゃあな。オレに勝てないと悟ったなら、そこにいつまでも這いつくばっているんだな」

それだけ言うと、ソウルは弄んでいたジュエルシードを握りしめ、なのはさんに背を向けて歩きだす。

「……待って!」

その歩きを、なのはさんは呼び止めた。それは高圧的でも、縋り付くようなモノではなく、ただ強い意志が籠った声だった。

「あァ?」

だからソウルも足を止めた。この声なら応える価値があると。
まあ、振り返りはしないで、肩越しになのはさんの姿を見るだけだけど。

「わたし、諦めないよ!」

なのはさんは、ちゃんとその足で立ち上がって、そう宣言した。
別になのはさんは何のダメージも受けていない。怪我をしているわけじゃない。
多少疲れているかもしれないけど、普通に立ち上がれるのは当たり前だ。

「今回は負けちゃったけど、諦めない。次に逢う時には負けないし、フェイトちゃんとの事も、わたしは諦めないよ!」

でも、立ち上がった意味はそれだけじゃない。それは、なのはさんの心は折れていない証拠だ。
地に伏したなら、それは敗者。でも、負けてもなお立ち上がり、勝者と対等に立とうというなら、それはすでに次なる戦いにおける挑戦者の姿。
そこには敗者の姿なんて何処にもない。

「……ハッ」

そんな相手を、ソウルは無碍にはしない。
ソウルにとって「悪」が通すべき我であって、正義が立つなら、「悪」たる自身もそこに相対する。

「口だけは達者のようだが、力のねぇヤツが理想を語ったところで、無駄以外のなにものでもねぇぜ?」
「……なら、わたしはもっと強くなるの!」

既にソウルは首だけじゃなく、全身で振り返って、なのはさんと対峙している。
対するなのはさんは、ソウルの嘲りにも揺らぐ事無く、力強い瞳で真っ向から向き合う。

「……口だけは立派だな。だが」

ソウルは口の端を歪めるように嗤うと、小さく呟くように槍の名を呼び、その手に掴むと同時に一閃。なのはさんに向けて横薙ぎに振るう。
そして穂先をなのはさんの首元、薄皮一枚のところでピタリと止める。

なのはさんもユーノも微動だに出来ない。ソウルの振るう槍に一切の反応が出来ずに、突き付けられた刃に戦慄するだけ。

「そこまで言うなら、オレに本気を出させるのは無理にしても、せめて“コレ”を使わせる程度の実力がなけちゃ話にならねぇぜ?」

呻き声すら出させずにいるなのはさんに、ソウルはそう告げた。
お前の倒すべき「敵」は強大な力を持っているぞと教えるように。

……これがソウルの在り方。
相手に有無を言わせず、ただ実力差を見せつけて、いかにお前のやろうとしている事が無理無謀であるかと目の当たりにさせる。
でも、本当は相手を否定しているわけじゃなくて、諦めない気概があるなら、ここまで登って来て見せろという行動だ。

うん、ソウルはやっぱり面倒な性格をしていると思う。わざわざ敵対者となって、損な役割を自らに課しているんだから。
もっとも、それに黙って付き合う僕も僕、なんだろうけど。

「ま、精々その自身で吐いた妄言に振り回されて踊っているんだな」

言う事は終わったと、何の未練もなく槍を収めると、なのはさんとユーノに背中を見せる。
背後から呼び止める声もない。今度こそ足を止めずに立ち去る。

「……なのはさん、大丈夫かな?」

ユーノの張った結界を抜けたところでぽつりと呟く。
いくら戦いの経験を積んだとはいえ、小学生の女の子が、のど元に刃を突き付けられても平気というわけにはいかないと思う。

「下らねぇ。今回アレは、以前オレがやった宣戦布告をようやく受けて立ったってんだ。
てめぇのその気遣いは的外れなんだよ」

う~ん、それは分かるんだけど、心配に思う事は悪い事じゃないと思う。

というか、なのはさん達が、今回の戦いは実力差で負けたというよりはソウルの口八丁に巻かれて負けたという事にちゃんと気付いているかが心配だ。

たとえば誘導弾。
なのはさんに発破をかける前ならともかく、その後からの誘導弾の動きのキレは格段に上がっていて、ソウルには回避は無理そうだった。
だから叩き落とした上に、いくら撃ち込んでも無駄だと思わせるような事を言った。

たとえば拘束した魔法。
初見だったから対処出来ずに捕まったアレも、非常に頑丈で中々抜けだせなかった。
だから、適当な話を振って脱出までの時間稼ぎをしていた。

さらにそれは、なのはさんを怒らせて、攻撃に意識を集中させていた。
だから、あの砲撃の直後、なのはさんに決定的な隙が出来てしまっていた。

最後に“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)を使わせてみろってソウルは言ったけど、そもそも槍の間合いの外の遠距離戦を得意とするなのはさんにとって槍の有無は大差ないって事に気付いているかも疑問だ。

元々、白兵戦を得意とするソウルにとって、空中に居る上に射程にも圧倒的な差があるなのはさんは相性が悪い。
フェイトさんはヒットアンドウェイの戦法だから、隙を見せれば向こうから近づいてくる。
でも、なのはさんが突っ込んでくる事は無いだろうから、普通に戦っていればなのはさんの有利は不動だったと思う。

「う~ん、改めて考えると、ソウルって本当に口先だけで圧倒していたんだなぁ」

口に出してしみじみ思う。卑怯とは言わないけど、なんだかなぁとも思う。

「うるせぇよ」

僕の呟きに文句を言うと、ソウルはさっさと引っ込んでしまう。というか、

「あぐ、いきなり引っ込まないでよ、ソウル」

僕が引っ込んでいるときなら感覚はある程度遮断されているからいいんだけど、こんなダメージがある状態で交代されても、身体の節々が痛くて辛いんですけど。

「どうせてめぇの自業自得だろ」
「いや、ソウルのせいでしょ……」

そんなやり取りを交わしながら帰路に就く。

……なのはさんにしろ、フェイトさんにしろ、次回以降は戦いの規模は大きくなりそうだという予感を胸にしながら。










あとがき

今回のやり取りの結果、将来、敵対する相手には明らかなオーバーキルなバスターを躊躇なく打ち込むなのはさんの第一歩でもあるという第十一話

さて、今回でなのはとフェイト陣営両方に個別干渉を果たした主人公ズ。
次回も戦闘シーンの予定です。




ソウル(保有スキル)
戦闘続行:A
往生際が悪い。
致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷でも戦闘を可能とする。


ソウル(保有スキル)
神殺し(偽):A
神に仇なす背徳者の力。
相手の耐久の値を一定値まで無視してダメージを与える事が出来る。
本来は霊体や魔力体などに対する「破魔」の攻撃特性に近いのだが、理屈の上では神と呼ばれる対象ですら殺せるとの事でこの名を冠している。
神を殺したという実績を持たないが故の(偽)であり、神性を持つ相手に追加ダメージを与える事も、ダメージの治癒阻害も出来ない。
だが、このスキルの効果対象の上限が「神」であり、それ以下の存在に全てに対して効果を発揮するという事は、
事実上、全ての存在に対し(不完全ながらも)防御力無視の攻撃能力を持つという事である。

なのはの魔力弾を叩き落としたり障壁を突破できたりしたのは、それらも打倒可能な「魔力体」の範疇という話。




[14283] 第十二話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/04 20:03
辺りはすっかり暗くなっている中、あたし達は高層ビルの屋上に居る。
ジュエルシード探しを始めてからだいぶ経つけど、最近はめっきり成果が上がっていない。
まあ、向こうの連中も合わせて半数は発見済みなんだから、ペースは落ちるのは分かっていたんだけど、こう見つからないといい加減じれてくる。

「……本当にやるんだね、フェイト?」

今回はこの近隣にあるという事までは判明したけど、細かい場所までは分かっていない。
そこで今回の作戦。広範囲に魔力を放ち、何処かにあるであろうジュエルシードの魔力をぶつけて強制発動させて場所を明確にするというもの。
言葉にするのは簡単だけど、広範囲に魔力をばらまくのだから、疲労も大きい。
さらに、強制発動をさせれば、おそらく連中も誘われて来るだろうから戦いも必須。
魔力を消費した状態で、白い奴ならまだしも、アイツの方を相手にするのは分が悪い。

「……うん、でも早くお母さんにジュエルシードを届けたいから」

メリットとデメリットを天秤にかけて、フェイトは作戦の強行を選んだ。
あたしとしちゃあ、あのババァのためなんて嫌だけど、それでフェイトが喜んでくれるならそれでいい。

「わかったよ。でもフェイト、強制発動はあたしがするよ」
「え、でも……」
「大丈夫だよ。あたしを誰の使い魔だと思っているんだい?」

一歩前へ出ようとするフェイトを制して、あたしが踏み出す。あたしとフェイト、どちらが魔力を温存していた方が良いかは、間違いなくフェイトの方だ。

アイツには散々煮え湯を飲まされてきたんだから、あたしの手でぶん殴ってやりたい。
けど、悔しいけど、あたしじゃダメだという事は過去二回の戦いから学んだ事だ。
もちろんフェイト一人で相手をさせる真似はさせない。今度こそ、あたし達の主従コンビの力を見せてやる。

……こうして、冷静に戦う事に対して考えるよう言ったのもアイツなのが、余計に腹が立ってくるが、今はその怒りは抑える。


「さて、いっちょやってやろうじゃないか!」










魔法少女リリカルなのはCross souls  第十二話



Side:ソウル


最初に、暴走体をぶちのめして一つ。
フェイト陣営をぶちのめして一つ。
なのは陣営をぶちのめして一つ。

計三つのジュエルシードがオレの手の中にあるが、最近はその数が全く増えていねぇ。
それというのも、ジュエルシード自体も見つからねぇし、他の陣営からぶんどってやろうにも鉢合わせになる機会も無かったからな。

そして今日も空振りに終わり。そろそろ帰らねぇとアリサが五月蠅いなと、足をバニングス邸へ向けていたのだが、その途中、あからさまな強い魔力の気配に気付く。
気配の方向を見やれば、一瞬オレンジの閃光が見えたが、すぐに何かに遮られるように見えなくなる。
おそらくユーノ辺りが結界を張ったのだろうと当たりをつける。

「ああ、どうやら久々の獲物のようだな」

ひとり、ニヤリと嗤う。あの場所でどんなやり取りがあったのかは知らねぇが、少なくともあそこにはフェイトもなのはも居るだろう。
もしジュエルシードを見つけたんじゃなく、単に二人がぶつかり合っていただけだとしても、オレからすりゃあ十分だ。

「あ、ちょっと待ってよソウル。今から行くならアリサさんに連絡しないと」

駆けだそうとした足は、了の意見によって止められる。
確かに今からあそこに向かえば、十中八九、バニングス邸での夕飯時にゃ間に合わねぇな。
さらにそれが連絡なしだった場合、アリサは間違いなく怒るだろう。そしてその怒った勢いのままにバックドロップでもかましてくれるだろう。

「チッ、めんどくせぇな」

どうせ喰らうのは了なんだろうがと思いつつ、とっとと持たされている携帯電話取り出す。
電話帳から名前を選び電話を掛けると、数コールを数える間もなく繋がる。

「もしもし、了? ソウル? どうかしたの?」
「飯に遅れる。後は勝手にしろ」
「はぁ!? ちょっとあんた、なに……」

アリサが何か喚いていたようだが、聞いていたとしても煩いだけだろうから、さっさと電源を切り、ポケットに仕舞う。

「ねぇソウル。今の絶対言葉が足りな過ぎだよ」

そんな事は知っている。

「安心しろ、アレの怒りの矢面に立つ役目はてめぇだからな」
「いやっ、それはすごく嫌だからね!?」

本気で焦る了を鼻で嗤い、膝の屈伸、軽く柔軟体操をこなし、前を見据える。
毎度、何故オレが居る場所とジュエルシードが発動する場所が離れているのかに腹が立つ。そして今回もまた距離がある。了の喚きにいちいち付き合う気はねぇ。
そして、一気にオレは駆けだした。


……で、こうして結界への突入を果たしたわけだが、

「へぇ、中々おもしれぇ事になってんじゃねぇか」

見上げる先では、単に発動しているだけで、魔力を放出しているジュエルシードが中空に浮かび、それを挟むように二人の魔導師が火花を散らしている。

なのはは相変わらず「お話」がしたいらしく、今も何かを騒いでいる。
ただ、以前とは違い、誘導操作弾を巧みに使い制空権を握ろうとしている。
その攻撃に迷いや躊躇が感じられず、話がしたいという言葉とは裏腹に相手を撃ち落とす気満々だ。

対するフェイトもまた、前回オレとやった時と比べて動きにキレがある。
黒の衣服から覗く肌は、以前はただ白かったが、今は体調も良いらしく血色が良い。
あの動きこそが本来のフェイトの持ち得たもの。元来、なのはと比べてその技は熟練されたものだったのだ。それを十二分に発揮するだけでだいぶ違う。

こうしてみる限り、若干なのはの方が押されているようだが、それでも十分戦いになっている。
最初の予想ではフェイトの圧勝かと思っていたが、なのはの成長度合いはオレの予想を遥かに上回っていた、つぅ所か。

他を見れば、攻めるオレンジ色と守る緑色の二色が互角にぶつかり合っているのも分かる。

陣営を見るに、これは互角と言って差し支えない。
これは、単に見世物と見物を決め込んでも十分に楽しめそうだ。

「おう、随分と楽しそうだな。オレも少し混ぜてくれよ」

だが、見学や馴れ合いの時期はとうに終わっている。
“神を屠殺せし槍(ロンギヌス)”を片手に、二人が丁度呼吸のために動きを止めたのを見計らって声を掛ける。

突然の闖入者に対するリアクションは、なのはもフェイトも驚きにオレの姿を見るばかりだ。それは鏡合わせのように似たり寄ったりだ。

先に動いたのはフェイト。なのはがオレに気を取られたのをチャンスとばかりに、中空で浮かぶジュエルシードを確保せんと翔ける。
そしてワンテンポ遅れながらも、なのはも同様に負けじとジュエルシードへ向かう。

初動こそフェイトの方が早かったが、なのはの方がジュエルシードに近い位置に居た。
結果、なのはとフェイト、ジュエルシードへと到達したのはほぼ同時。
良くは分からんが、同種らしい魔法が、同時にジュエルシードへと至近距離から放たれた。

「……あいつらバカか?」

その様子を介入せずに眺めていたオレは、二人の行動にぽつりと漏らす。
封印の魔法なんだろうが、二人同時にやりゃあ明らかな魔力オーバーだ。そんな状況で魔法がきちんと発動できるかどうかも分からねぇ。

そもそもからすりゃあ、オレの出現に焦ってジュエルシードを確保しようとしたフェイトもバカだ。
そして、焦って追いかけたなのはも、フェイトに封印させておいて、終了直後を強襲した方が成功率が高かったはず。
つまりは、揃いもそろってバカくせぇ真似をしてくれたわけだ。

「……な!?」

だが、そんな悠長なオレの考えは、その二人が齎した結果を前に消し飛んだ。

ふたりによる過剰な魔力供給により、封印とは真逆のベクトル。つまりは封印されるどころか、ジュエルシードは更なる魔力の放出をしでかした。
至近距離に居た二人は、その魔力の放流になすすべもなく吹き飛ばされる。

「チッ、評価は最悪だな」

予想の斜め上の目の前の惨状に毒づく。どうやらジュエルシードは単に魔力を放出しているだけじゃなく、さらに周囲の空間を歪めているらしい。

アレはマズイ。
このままの状態で放置すれば、爆発なんてチャチなもんじゃない。最低でここいら一帯。最悪でこの“世界”レベルで「崩壊」を引き起こす。
オレはあの手のモノなんざ門外漢だが、それでもアレのマズさは直観出来る。
そもそも、オレ等がこの世界に来たのは、アレの引き起こしている現象と同種のものを塞ごうとした結果だ。

「──“肉裂き血を浴びこの手に掴む”!」

手加減も、悪態による舌打ちする暇も無い。一気に魔術回路の全てを解放。
次いで、人間が自身の肉体へと無意識にかけているリミッターを強制解放。さらに、筋力に魔力で強化による補強。

これにより、今のオレの身体能力は限界を遥かに突破したものとなる。効果は刹那的で後の反動もきついが、そうも言っていられねぇ。
今の持てる全てを総動員して、後先を考えずに身体を強化する。

本当の意味でアレが何なのかは分からねぇが、放置をすればオレ等諸共全部ぶっ飛ばされるってのは考えるまでもねぇ。
不幸中の幸いなのは、まだ抑えが利くという事と、原因ははっきりしているつぅ事。
つまり、渦中のアレを潰せば事は済む、って事だ!

「うおぉぉぉーっ!!」

行き過ぎた強化に身体がバラバラになりそうなのを抑え込み、あの高さに到達するために手近にあったビルの壁を垂直に駆け昇る。

「ウラァ!」

十分な高さへと到達したところで跳躍し、壁と別れを告げ空へ向けて身体を躍らす。
同時に、多少の身体能力向上の加護がある故に手にしていた“神を屠殺せし槍”は不要の邪魔ものになるので消す。

改めて魔力を放出するジュエルシードを見やると、フェイトがぼろぼろの身体を押して、荒れ狂う魔力の渦中へと突っ込んでいくのが見えた。

正直、邪魔だ。

「退けぇ!」
「あぅ!?」

オレより早くフェイトは到達していたが、ソレを無造作に殴り飛ばす。
ジュエルシードしか目に入っていなかったのか、オレの存在に気付かなかったフェイトは容易く吹き飛ばされる。
それを目で追う事すら放棄し、視線はジュエルシードへ固定。

「──“我は支配す、理は我が下に”!」

最初に出会った暴走体の時は片手で押えこんだが、今回は両手でジュエルシードを抑え込む。

だが、それでも足りない。

あの時は二節の詠唱で事足りたが、このジュエルシードは抑え込もうとするオレを押しのけてさらに魔力の放出と空間を歪める事を成そうとする。
このままではオレが押し込まれちまう。

「──“背徳の術にて摂理に背く”」

だが、だからどうした。二節で足りないなら、更にもう一節詠唱を加える。
単純な話だ。力が足りないってんなら、更なる力でねじ伏せる!

オレに三節目の詠唱を使わせても、ジュエルシードはなおも抗おうとする。だが、

「うぜぇ、跪けっ!」

最後の一句は詠唱では無い。単なる命令の言葉と共に、ジュエルシードを握りつぶす。
諸手の隙間から荒れ狂う魔力の光が抜け出そうともがくのが見えるが、そんな真似を許した覚えはねぇ。その魔力すら握りつぶし、黙殺する!

…………静寂。

ジュエルシードを抑え込む事に成功した。あとは用済みと身体に施した強化を解除する。
同時に反動で鈍痛が走るが、強化していたのは短い。問題とする程のダメージは無い。

問題はそれ以外だ。ジュエルシードは確保したが、ここは空中であり、オレに空を飛ぶ手段なんざねぇ。
必然として、地面に向かって自由落下を開始する。

そして問題ってのが、無茶な魔術の使用に、オレの魔術回路が一時的に機能停止に陥っているという事だ。何の補助も無しにこの高さから落ちりゃ、致命傷を免れない。
つぅか、頭がトマトをグチュってした感じになる、即死レベルだな。

「……よぅ、着地はてめぇが何とかしろ」
「ん、分かった」

オレの呼びかけに、簡潔な答えが返ってくる。
確かにオレの魔術回路は使えない。だが、了の魔術回路は別モノで、向こうは問題なく稼働可能。
なら、別にオレが無理を通す必要はねぇ。

選手交代。オレが引っ込み、了が表に。オレの利き手である右の手の中にジュエルシードがあり、了の利き手である左手が自由落下の中で掲げられる。
そして了は、落下中など無関係と言わんばかりにひとつ大きく深呼吸。

「──“解放する風”(レデュース・エア)!」

目前に地面が迫るその刹那、その魔術の呼び名を口にすると共に、了の左腕が振り払われる。
そして、解き放たれたのは風。

突風はオレ等が激突するはずだった地面と肩代わりにぶつかり、落下エネルギーを相殺する。
ま、全てを相殺し切るのは無理だったが、それでも十分、落下の速度は落ちた。後は着地して終わり……。

「ふぎゅ!?」

そして了は、顔面から着地を果たした。

「…………」

周囲の沈黙が痛ぇ。あれほどシリアスにジュエルシードを抑え込んだってのに、こんな不様を晒しちゃあ、色々と台無しじゃねぇか。

「ああクソ、痛てぇじゃねぇかよ」

ひとまず、いつまでも地面に接吻をしていても仕方がねぇと、動かねぇ了に代わって、オレが起き上がる。

「……あ、あの、ソウル君、大丈夫?」

沈黙を乗り越え、なのはが翔け寄ってきたようだが、その台詞、ちょっと待て。

「おいコラ、てめぇのせいでオレがカッコ悪いみたいじゃねぇかっ、どう責任を取ってくれんだよ、この軟弱コンニャクが!」

落下中は了が表立っていたが、周囲から見りゃあ交代した事実に気付けねぇ。
それ即ち、顔面から着地したってのが、オレがやった事に見えるじゃねぇか!

「いや、だってあんな無理矢理な身体の使い方をした後に身体を動かすなんて、ソウルならともかく、僕には無理だってば」
「知るか。てめぇはオレの名誉を著しく毀損したってのに、んな言い訳をするか。
ハッ、下らねぇ。だからてめぇは下らねぇってんだよ」
「責任は折半モノのはずなのに、僕にものすっごい言いがかりが付けられてる!?」

確かに了に着地の協力要請をしたのはオレであり、そのおかげでこうして五体満足で居られる事は分かっちゃいる。
だが、だからといってそれをすんなり認めてやるほどオレは正直者でも素直でもねぇんだよ。

「あ、あの、ソウル君、了君。ケンカは良くないと思うの」
「黙れ、バカ一号」
「またバカって言われたっ、っていうか一号って何!?」

オレと了の口論に口を挟もうとしたなのはだが、ああ、うるせぇな。

「ジュエルシードを散々危険物だとほざいていたくせに、いざとなりゃてめぇで暴発させているような奴がバカじゃなかったらなんだ、大バカか? それとも逆に天才だとほざく気か?」
「うにゅ……」

指摘してやったら反論出来ず、大人しくなった。
ったく、静かに出来るってんなら最初からそうしてろってんだよ。

つぅか、フェイト、もといバカ二号はどうした。
さっき殴ったのは、構えも踏ん張りもなく、ただ腕を振るっただけの殴り方だったが、身体は強化中であり、そこそこの手応えもあったんだが?

視線を巡らせてみりゃ、アルフに支えられるフェイトの姿を見つける事が出来た。
一応肩を借りているとはいえ、自分の足で立っている。問題はねぇだろう。
ただ、アルフが無暗にこっちを睨みつけるのは、筋違いだとして無視する。
オレを邪魔しようとした報いだ。その程度、甘んじて受けていろ。

にしても、一時はどうなるかと内心焦ったが、何とかなったな。
だが、事が終わった以上、ここに居ても仕方がねぇ。さっさと立ち上がる。

「てめぇら揃ってバカな真似をしたからな。こいつはオレが没収しといてやるよ」

手の中にあったジュエルシードを見せつけるように弾ませ、手の内に収めると、そのままここに居る連中に背中を向ける。

「もし不服ってんなら、いいぜ。力づくで掛って来い。
もっとも、その時にゃあてめぇらの武器は木っ端微塵に打ち砕いてやるがな」

あのぶつかり合った時に、なのはとフェイトのデバイスは罅だらけ。
もしその状態でオレとやり合おうとしたところで勝負は見えているなと嗤ってやる。

……どうやら、襲い掛かってくる真似は両陣営ともしないらしい。
利口な判断だと鼻で笑い、さっさと立ち去る。

にしても、気になるのはこいつだ。

ジュエルシード。

歩きながら戦利品のその蒼の宝石を掲げるように見やり、考えを巡らせる。
まさか、こんな小石があれほどの事をしでかすとは予想外だった。
いや、そもそもからして、こいつはオレ等が最初に思っていたものとは随分違うようだ。

ユーノから聞き出した話によれば、こいつは「願いを叶える」という特性を持つ存在であるらしいが、さっきのあの場では誰かの願いを反映していたわけじゃなく、
ただ単に発動していただけのはず。
『全てを壊したい』や『全てを無かった事にしたい』とかいう願望をあの場に居た誰かが持っていて、その願望にたまたま反応した、という事も無いはずだ。

何故あんな事が起こったか。その原因は十中八九、バカコンビの行為だろう。

推論だが、一人でやりゃあ良かったもんに、二人一遍に膨大な魔力を流してああなったのだろう。
そして、ジュエルシードは「願望を叶える」という過程を飛ばし、機能を起動。その結果にあんな面倒な事態を引き起こした。と、こんなとこか。

だが、ここで気になるのは、「願いを望まなくとも起動する」という事だ。
二人のやった事を鑑みれば、規定量以上の魔力を流し込めば起動するという事らしいが、そのやり方で起動させても、「願望を叶える」という機能は果たして働くのか?

いや、最初に「願望を叶える宝石とは随分違うようだ」と、前提からしてズレがあると自分で疑問に思っていたはず。

そう、これは元々「願望を叶える」モノでは無い可能性がある。

思えば、本来「願望を叶える」という機能を持つのなら、その「願望」という指向性を持たない状態で起動させたのなら、最初のようにただ魔力を無秩序に放出するだけだろう。
だがアレは、指向性を持たないはずの状態で、明確な結果を齎そうとした。それは即ち、

「……アレが本来の用途、か?」

元々の基盤に「空間を破壊する」という情報が刻まれてあり、その上に「願望を叶える」という機能が上書きされた。
そして「願いを望む」というアクションを加える事で「空間の破壊」という方向に向いていた力をずらす事で「願望を叶える」という機能が起動する。
そう、オレは考え至った。

だとしたら随分とまた、はた迷惑レベルが上昇する逸品だ。
単に願いが叶うと喜び勇んで下手に魔力を注げば、注いだ本人ごと空間を破壊し全てを飲み込み尽くす可能性がある。
一体どんなトラップだってんだよ。

本来の用途をカモフラージュするために「願望を叶える」機能が付加されたのか、空間を破壊し尽くす程の魔力を利用して願望を叶えようとした結果なのかは知らねぇが、どちらにしろ面倒なことには変わりはねぇな。

無論、さっきの状況だけを情報とした推論だ。穴はいくらでもある。
この推論が正解か外れかも分かりやしねぇ。

つぅか、オレは唯の兵卒であって頭を使う役割じゃねぇ。そんな事は他の連中がやればいい。
こんな下らねぇ考察は……そうだな、さしずめユーノ辺りが適任か?

……いや、アレはネズミだしな。
その上、自分でばら撒いた責任とかほざいて、多少の力は持っていようが所詮はただのガキの身の上のクセして、誰の力も借りようともせずに単独で行動を始めるなんざ、ただの無能より性質が悪い。
無価値以下の迷惑の高額押し売りなんざ、最悪だな。

そして、その押し売りを喜んで買い取ったなのはは、さらにバカを上乗せか。
……一体あいつは、何重までのバカを積むつもりだ?

ああ、考えが本格的に逸れてきた。これ以上は本気で無駄だな。
この考察は、オレの胸にしまっておいて、そのまま忘れてしまうとするか。

とはいえ単一でさえあの威力。それが全部で二十個以上あるという脅威を知った今、このままのスタンスで居られるかどうかはアレだな。
今まではだいぶ遊び半分だったが、以降はもう少し本腰を入れるか……?



Side:了


いつもの夕飯の時間よりだいぶ遅れて帰って来て、「遅い!」とか「電話なら用件をちゃんと言いなさい!」とか色々アリサさんに文句を言われたりした日から数日が経った。

うん、アレは本当にとんだとばっちりだったよ。
そもそも、ソウルが諸悪の根源なんだから、いつかアリサさんと共謀してソウルをぎゃふんと言わせたいと思う。
けど、身体を共有している身でアリサさんと悪だくみをしようとしても、その一切が筒抜けになってしまうのが何とも悲しい。

まあ、それはさておき、最近ソウルの雰囲気が少し変わってきた。
表面的には相変わらずの自信満々っぷりを示すように嗤っているけど、常に一緒に居る身としては、何処かピリピリした空気を醸し出しているのを感じる。

心当たりを探って、思い至るのはあのジュエルシードの暴走だ。
一見すると分からないけど、あの夜以降ソウルはジュエルシードの探索に力を入れている。
いや、力を入れているというよりは本気になったという方がしっくりくるか。

それは、アレを目の当たりにしてヤバイと本気で思ったからなのか、ソウルの中にある(かもしれない)計画っぽい物が次の段階に入ったからなのかは分からないけど、本腰を入れ始めたのは間違いないと思う。

僕もアレの放置は不味いというか、見過ごすような真似はしたくないと思うから、バニングス邸での手伝いは一時休んで、使える時間の出来る限りをジュエルシードの探索に回せるようにした。
まあ、闇雲に探しても見つからないような代物なんだから、僕の協力は所詮気休め程度にしかなっていないけど、やらないよりはいいと思う。

……と思っていたんだけど、気分を変えれば周囲の状況も変わるっていうのかな。
今までジュエルシードを探していた時は、発動を確認した時は常になのはさんやフェイトさんと比べて後手に回っていたけど、今回は誰よりも先駆けて現場に駆け付ける事が出来た。
というか、探していた海辺の公園内部で、ジュエルシードが発動したんだけど。

そういったわけで、今、ソウルは“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)を片手に、一体何を取り込んだらこうなるんだろうと思わせるような大樹と化したジュエルシードの暴走体と対峙している。

「チッ、めんどくせぇなァッ!」

ただ、槍を振るうと同時に毒づくソウルから察せられるように、戦況はあまり芳しくないと言える状況だった。

相手の動き自体は、大樹なだけあって地面に根ざしているのでそれ自体は動く事はないし、枝や根を伸ばしてくる攻撃も単調と言えるもの。
受ければ痛いで済まないかもしれないけど、その尽くを力づくでねじ伏せるソウルからすれば、大した脅威じゃない。

問題なのは、その枝や根が切り払った先から即座に復活するという再生力がソウルの攻撃力を上回り、接近を許さないという事。
そして本体であろう幹が強固な障壁で覆われていて、下手な遠距離攻撃が通じないという事だ。

ソウルは白兵戦が得意なんだけど、まったく近づかせて貰えない。
一応ソウルにも、大火力の遠距離攻撃手段がない事も無いけど、それをやられると僕が困るし、それに伴ってソウルも困る事態になるから使えないし、使わせない。

そう言った事情から、接近しようと攻め続けるソウルと、枝や根の数と強固な障壁でその進行を遮る暴走体と、膠着状態に陥っている状況。

……これは、僕の出番になるのかな。

ソウルも、その気になれば突破出来ない事も無いだろうけど、ここは僕と交代した方が得策だと思う。
そしてそれは、僕よりも戦況を把握しているだろうソウルの方が分かっているはず。

ソウルの事だから、ジュエルシードの事は一任されている自負があるとかいう安っぽいプライドは持ち合わせていないだろうから、なるべく僕の力は借りたいとは思っていないだろうけど、必要とあらば躊躇しないで僕に声をかける。

まあ、そう僕は思っていたんだけど、結論を言えばその未来は訪れなかったみたいだ。

「よう、丁度良いとこに来たな?」

ソウルの視線の先には、僕達と同様ジュエルシードの暴走を察知して飛んできたらしいフェイトさんとアルフの姿だった。
ソウルは手近に迫っていた根を、衝撃波を伴う薙ぎ払いで一掃すると、一旦暴走体から距離を取る。

「おい、オレが邪魔の露払いをしてやるから、てめぇがジュエルシードを封印しろ」

状況が呑み込めていないであろう二人に一方的に指図するソウル。案の定、突然の提案に戸惑う二人の姿があった。

「……どうしてわたし達に協力してくれるんですか?」
「協力? ハッ、下らねぇ。一から十までオレが全部やっても構わねぇが、それがめんどくせぇってだけだ」

フェイトさんの疑問にソウルは即座に返す。
まあ、互いを利用し合うといっても、目的が一緒なら、それは協力しているって言えると僕は思うんですけど。

「どうした。乗るならアレを封印するまでは敵対しないでやるが、そうでないなら、アレごとてめぇを潰してやるだけだ。返事はさっさとしろ。沈黙は敵と見なす」

後退した場所まで伸びてきた根っこを切り払いながら、フェイトさんの判断を促す。

ここは僕としても協力して欲しい。
流石にアレと同時にフェイトさん達と敵対するのは骨が折れるし、逆にフェイトさん達もソウルと敵対しながらの封印作業は無理だと思う。
なら、あとで対立する事が分かりきっていても、今だけでも協力体制を取った方が良い。

「……分かりました。ジュエルシードを封印するまでは共同戦線を張ります」

良かった。こうはっきり言ったのだから、フェイトさんも封印するまでは背中に攻撃する事も無いだろうから、ソウルも伸びてくる枝の剪定に集中できる。

「タイミングはそっちで勝手に計れ。遠慮はいらねぇ。思いっきりぶっ飛ばせ!」

ソウルはフェイトさんから了承の返事を貰うと、指示とも言えないような指示を残して突撃を開始する。
先ほどまでは、何とか懐に飛び込もうとの悪戦苦闘だったけど、今回は相手の注意をこちらに向けさえすれば事足りるのだから随分楽だ。

「ハーッハッハッ、どうしたどうしたァ!?」

ソウルは障害となるものは片っぱしから切り払い、薙ぎ払うと同時に穂先から発生する衝撃波で吹き飛ばし、猛進を繰り広げる。背後に残るのは打ち砕かれた塵芥。
元々一対一より一対多数という状況下での戦場を生き抜いてきたソウルからすれば、この程度の数を相手取るのは造作無いといわんばかりの勢いで攻め立てる。

並の相手ならこれだけで制圧できるんだろうけど、相手は際限を知らなそうな程の再生力と、暴走体であるが故に恐怖を感じずにただひたすらに蹂躙を繰り返す。
そのおかげで、前進の足は止められ、攻め入るまで届かない。

でもそれで十分。こちらを脅威と感じ取ったか、向こうからの攻撃はソウルに集中しており、後方に控えているフェイトさんは眼中にないようだ。
これで、ソウルは十分役割を果たしている。背後で高まる魔力の気配に僅かに目だけで振り返れば、いつの間にか来ていたなのはさんと並んで、砲撃を準備万端で構えるふたりの姿。

そこにようやく自分を滅する脅威がある事に気が付いたのか、目の前の大樹はソウルに裂いていた戦力の一部をふたりへと向けて伸ばしていく。

「おっと、オレを無視するたぁ余裕のつもりか?」

だけど、それをソウルは許さない、露払いを引きうけたその役割を果たすために頭上を通り過ぎようとする枝を多くの魔力を込めた一振りで、その全てを薙ぎ払う。

しかも、それだけじゃあソウルは終わらない。後方に戦力を向けられた分、ソウルへと向かう数が減った。僅かでも確かにソウルはフリーになる。
振り上げた一撃から、そのまま槍を頭上で槍を回転、振り回す。
それと同時にソウルの魔力が“神を屠殺せし槍”へと流れ込む。込められた魔力が回転力で増幅されるかのように破壊の力となって畏怖を撒き散らす。

ソウルの魔力を溜める行為は、ソウルへの攻撃が目の前まで到達したところで中断した。すぐ目の前まで迫る根による攻撃を、ソウルは避ける真似をしない。

「ウ……ラァっ!!」

何故なら、ソウルの一撃は目の前全てを薙ぎ払うのだから。

衝撃が迸る、飲み込む、荒れ狂う。
ソウルや後方に控える二人を蹂躙しようと跋扈していた暴走体の尖兵は、その全てがソウルによって逆に蹂躙される、打ち砕かれる。

そして残るのは障壁と、それに守られた大樹の幹。やはりというか、さすがに障壁を破るまではいかなかったけど、下拵えはこれで十分。

後は二人の役割だ。

「ディバイン、バスタァーッ!」
「サンダー、スマッシャーッ!」

直後、桜色と金色の魔力の放射が頭上を通り障壁と衝突する。障壁は耐えようとするけど、いっそ憐れと思う程の威力の差に撃ち抜かれ、本体である幹すらも撃ち抜いた。

「ったく、いっそ、ふざけろって威力だなァ!」

ソウルはと言うと、その砲撃の余波に巻き込まれて、吹き飛ばされるように大きく立ち位置を変えていたりする。
僕は今、身体から切り離されている状態だから痛みとかは感じていないけど、実は結構ダメージがあったりするんじゃないか心配になる。
ソウルはダメージを顔や態度に出さないから良く分からないけど、悪態をついている辺り、そうなんじゃないかな~と思う。

そんな経緯で、今回のジュエルシードの封印は完了した。
これで終われば話は簡単なんだけど、そうもいかないんだよね。

「さあ、見逃してやるから、このジュエルシードは諦めてとっとと帰るんだな」

口火を切ったのはソウル。相変わらずの不遜な態度で、高圧的に意思を示す。

「わたしにとって、ジュエルシードはどうしても必要だから……」

静かにデバイスを構えるのはフェイトさん。

「わたしも、諦めるなんて事は出来ないのっ」

力強く自分も引く気はないと言い切ったのはなのはさん。

なのはさんやフェイトさんも、今はその立ち位置を変え、ソウルを含めて均等な距離感で中空に立っている。
これはあれだ、三竦みっていうヤツなのかな。丁度三人とも視線で互いをけん制し合っていて動けないみたいな感じ。

「クク、なるほど。てめぇら纏めてオレの敵ってわけだな?」

まあ、ソウルの場合は「自分一人」対「なのはさん組&フェイトさん組の四人」ぐらいの心構えで、そもそも三竦みが成立していないんだけど。

ソウルは槍を肩に担ぐようにして、わざと隙を曝して、あからさまな挑発をして見せる。
それでもなのはさんもフェイトさんも動かない、動けない。
下手に自分が動いて一人を相手にしたら、もう一人がジュエルシードを持って行く、とか考えているのか。

動けないでいるけど、それでも緊張は高まっていく。
そしてソウルはそれを煽るように挑発の言葉を二人に投げつけ、いやおうにも緊張が高まってゆく。

「……ハッ、下らねぇ。てめぇらそんなに動けねぇってんなら、いいだろう。オレがきっかけを作ってやろうか?」

最初に痺れを切らしたのはソウル。
まあ、ソウルは元々四人全員を一遍に相手にしても構わないと考えていたわけなんだから、状況さえ動けば、どのようになっても切り抜ける自信がある上での行動だ。

肩に担いでいた槍を下ろし、身を低く構える。視界に二人ともを収め、でも、どちらか一方にのみ気を割く事はしない。
ただ、誰も居ない、丁度二人の間を嘲笑うような視線のやり方。
対峙する二人は、ソウルが自分かもう片方、そのどちらに狙いを澄ましているのかが分からない。それが二人の緊張を極限まで引き上げる。

「さあ、始めるぜっ!?」

ソウルは一歩を力強く踏みしめる。
それに反応するように二人はデバイスを持つ手に力が入る。
ここに、三つ巴の戦いの火ぶたが落とされる!

「ストップだっ、この場での戦闘行為危険すぎる!」

ただしそれは、第三者の介入がなければ、の仮定になった瞬間だった。

三つ巴の中心に突然現れた、黒い髪の、黒の装束に身を包んだ少年が宣告していた。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラウオンだ。速やかに武装解除しろ!」


そして、事態は方向性を変える……。










あとがき

時空管理局の介入という転換期を迎え、いよいよシリアスな空気が強くなってきたという第十二話。

ちなみに、ソウルのジュエルシードの考察は彼の勝手な推測であって、事実であるとは限りません。




ソウル(魔術)
連鎖詠唱
スキルというか、ソウルの門派における魔術運用法のひとつ。
最初に一小節による簡易魔術を使用し、その魔術を丸々触媒としてワンランク上の魔術を発動させる。
更にその魔術を触媒にして、一小節の詠唱でその上のランクの魔術を発動させる。
以下、順次繰り返す事で、最終的には一小節で大魔術の行使を可能とする。

ソウルは最初の一節の詠唱で、全ての土台として自身の補強をし、次の詠唱から他者への干渉を始める。
他者への干渉は最初こそ軽度だが、詠唱を重ねる毎に中度、重度と規模を拡大してゆき、最終的に固有魔術を発動させる。
いうなれば、固有魔術を分割して詠唱しているようなものなのだが、詠唱ひとつで一個の魔術として形になっているため、途中で妨害されても、効果は持続する。
反面、道筋が一本に固定されているため、応用の幅がものすごく狭いという欠点がある。



西岸了(魔術)
“解放する風”(レデュース・エア)
自身の魔力を風へと変換し、体外へ放出する魔術。
巻き起こる風は「魔術の風」ではなく「自然現象の風」なので、対魔力などで無効化する事は出来ない。
とはいえ、結局は単なる風でしかなく、真空刃で対象を斬るなどの運用は出来ない。
この魔術は、了の保有する魔術を別な運用方法をしたものである。



[14283] 第十三話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/04 20:32
巡航艦アースラにおいて、次元震の発生を捉えたのが、つい先日の事だ。
今回の次元震は、規模こそ小規模だったが、だからと言って次元震は見過ごして良いような案件じゃない。すぐに現地へ向かう事が決定した。

そして、管理外第97世界に到着。今はディスプレイに映し出される映像を、僕を含めた主要スタッフ全員で見ていた。

陸戦型なのだろう、槍を手にした少年が前衛で敵の注意を一身に引き受け、その後方で、それぞれ白いバリアジャケットと黒いバリアジャケットに身を包んだ二人の魔導師が砲撃を放つ。

正直、それは個々の力量による力押しのようなもので、お世辞にも連携を取れているとは言えないような代物だった。
だが、それでも確かに各々の役割を果たし、暴走体らしい敵対していたものを打ち倒す事に成功していた。

だが、ここまでは良いとしても、次からが問題だった。

三者が三様に互いをけん制し合うように睨み合う。どうやら、この三者は敵対する同士で、今回協力したのはたまたまだったのだというのは容易に察する事が出来る。
空気は一触即発。すぐにでも戦いの火ぶたが落とされても不思議じゃない雰囲気だ。

「……艦長、ここは僕が出ます。出撃許可を」

あの三人が、どういうつもりでいるかは分からないが、すぐそばに封印処理を施したとはいえ、正体不明のロストロギアのすぐそばで戦いを始める事は無茶が過ぎる。
故に、あの場を制定するために、僕が出る事を艦長に提案する。

「分かりました。クロノ・ハラオウン執務官の出撃を許可します」

艦長は、幼いながらも溢れんばかりの才能を見せる魔導師達に、一見すると呑気に眺めていたが、僕の提案に即座に許可をくれる。
僕の母親でもあり、若くして提督の地位にまで上り詰めたこの女性は、きちんとやるべき事を知っている。尊敬に足りる人だと思う。
ただ、「あの子たち欲しいわ~」と言っていたのは戯言と聞き流すが。

そして、戦闘空域へと転移を果たし、戦闘を中止するよう勧告する。

「ストップだ。ここでの戦闘行為は危険すぎる!」










魔法少女リリカルなのはCross souls 第十三話



Side:クロノ


突然の闖入者である僕に対し、三者三様の視線が突き刺さるのを感じる。だが、だからと言って怯むつもりは毛頭無い。

「僕は時空管理局所属、クロノ・ハラオウンだ。速やかに武装解除して貰おう」

名乗りを挙げながら、三人の様子を窺う。

まずは、アースラでの観測において高い魔力反応を見せた、暫定ではあるがAAAランク相当の魔導師と判定された空戦の魔導師二人。
白い方は単純に驚き戸惑っているようすだが、黒い方は戸惑いもあるようだが、それ以上に別な動揺が見て取れる。
経験上、何かやましい事を抱えている物と当たりをつける。

そして、空戦適正がないのだろう、一人だけ地上にいる少年。
彼の魔力量はそう大したものでもなかったし、飛行魔法も使えないのだから、普通なら二人の少女と比べれば危険値は低いと判断するところ。
だが、先ほどの前衛を務めた際の槍捌きは驚嘆に値するものがあった。
おそらく、接近戦では僕より格段に上だ。

それ以上に、あの手にしている槍だ。
アレはデバイスでは無い。かといってただの槍にしては様子が違う。
もし、あれもまたロストロギアならば、どんな未知の力を持っているか分からないだけに油断出来ようはずも無い。

正直AAAランクの空戦魔導師二人とその使い間達、そして正体不明のロストロギア所持者一人を相手取るのはきついものがあるが、僕にも執務官としての矜持がある。
引くつもりはないし、この場を乗り切って見せる自信もある。
彼らがどんな行動に出ようとも、即座に対応できるよう気構える。

「……ハッ、興醒めだ」

そんな中、まっ先に動いたのは、いつの間にか手にしていた槍が消えていた地上の少年。
それは僕の指示に従っての武装解除ではなく、単にやる気がなくなった故にというのが態度にありありと見て取れる。

「どういう事だ?」

そんな敵対するわけでも、言う事を聞くでもない態度に思わず聞き返していた。

「興が醒めたってんだよ。ったく下らねぇ真似してくれやがって。
ソレは譲ってやるから後はてめぇらで勝手によろしくやってんだな」

それだけ言うと、少年はこの場に居る全員に対して無造作に背中を向けると、そのまま歩き去ろうとしてしまう。

「待て、逃がすと思っているのか!?」

彼も今回の事件の重要な参考人だし、ロストロギアの不法所持はそれだけで犯罪行為に当て嵌まる。このまま逃がすなんて論外だと、とっさに止まるよう促す。

だが、彼のあの物言いから鑑みれば、言葉だけで止まるような人物では無い事はすぐ分かる。
問答無用の攻撃は問題ではあるが、だからと言って逃げる事を黙認するわけにはいかない。魔力弾をワンショット放つ。

もちろん牽制だ。魔力弾は少年の手前に着弾、強制的に足を止めさせる。
そして、僕の思惑通りに少年は足を止めた。そして、少年はゆっくりと振り返る……!?

「…………逃げる、だと?」

肩越しに僕を見やるその眼に戦慄を催す。
それは僕の放った魔力弾なぞ眼中に無く、僕の言葉に対する反感で足を止めたもの。
言葉尻こそ静かだが、そこに込められた感情と威圧感は静かとは程遠い。

「勘違いをしてくれてんじゃねぇよ」

僕も執務官として様々な経験を積んできたつもりだったけど、こんな威圧感は初めてだ。
今までの犯罪者と対峙してきたどの経験とも並び付かない。彼と比べたら、今までの相手はただの赤子同然とすら思える。
しかも、こんな威圧感を放つのが、明らかに僕より年下なんて……。

「てめぇがオレを見逃すんじゃねぇ。オレが、てめぇを、見逃してやろうってんだよ」

全身で振り返りながらの何処までも不遜なその物言いは、他の誰かが言えば一笑に付すようなモノ。
だが、彼の場合は違う。本気で彼はそう言っており、何より真実にする事が出来るという圧倒的なまでの自信と実力を兼ね備えていると感じさせるものだ。

僕の中で、彼に対する警戒度合いが際限なく上昇していく。
絶対に見逃してはいけない相手。だが、僕で彼を抑える事が果たして出来るのかという疑問が、背中を冷や汗で染めていく。

「くっ」

彼は僕を睨みつけているわけじゃない。その表情はただ嗤うだけ。
だが、嗤うその視線には油断はなく、僕の一挙一動を見逃さないように射竦める。
彼の放つ威圧感も相まって、まともに戦っても勝てる気がしない。

この場は、どうやって切り抜ける……?

そう、彼に意識を集中させ過ぎたのが失敗だった。

「貰ったぁぁっ!」

気付いた時には遅かった。おそらくは黒い方の使い魔なのだろう。犬のような耳と尻尾を生やしたオレンジ色の髪をした女性が、空中に浮かぶロストロギアをその手に掴んでいた。

「っ、しまった!?」

慌てて魔力弾を放とうとして思いとどまる。そもそも僕はあのロストロギアの近くで、大量の魔力を発散する戦闘行為を止めさせるためにここへ来たというのに、
そんな僕自身が不用意にロストロギアへと攻撃が当たるような真似をするわけにはいかない。

ならバインドで捕らえようと、大急ぎで魔法の構成を行ったが、僅かタッチの差で転移魔法を発動され、黒い魔導師共々、まんまと逃げられてしまった。

目の前の危険人物に気を取られ過ぎて、周囲の警戒を怠るなんて、なんという失態だと、自らの判断ミスに歯がゆい思いを抱く。

「クク、何だ、意気込んでいた割に何も出来てねぇじゃねぇか」

そんな僕の失敗を、彼は言葉にして投げつけてくる。
そこには威圧感は消えていたが、代わりに隠そうともしない嘲笑があった。

「く、君が邪魔をしなければ捕らえられていた!」

彼のその態度がとても癪に障る。
確かに僕が未熟だったというのは、言われるまでもなく理解している。
だが、それを見ず知らずの他人に指摘されてつい声を荒げて言い返してしまう。

「オレが邪魔をした? ハッ、下らねぇ。
オレはただてめぇに呼び止められただけだってのに、それを、邪魔されたとほざくのか?」

だが、僕の苛立ちは正論の前にねじ伏せられた。
彼の言うとおり、彼は何もしていない。僕に止まれと言われて止まっていただけ。
その先、話術による牽制のしあいなんて、あって当然の事。むしろ、それを冷静に捌く事こそ執務官としてあるべき姿であるはずなのに……。
彼の存在感に中てられて冷静さを失っていた事を、ようやく自覚できた。

だが、まだ自覚出来ただけで取り戻したわけじゃない。

「てめぇみてぇな三下に付き合う事こそ、マジで下らねぇ。オレもさっさとお暇させて貰うぜ」

失態を繰り返さぬよう、心を落ち着けようとするが、彼はその余裕を与えてくれない。
嘲りの言葉を投げつけると共に、最初の通りにこの場を去ろうとする。
それは僕の呼吸の合い間を狙い澄ましたかのようなタイミングで、呼吸が乱される。

「待っ……」
「オレは逃げも隠れもしねぇ。なのにわざわざこの場でオレを引き止めようってんなら……殺すぞ」

制止の声を出そうとしたが、振り向きざまの射抜くような視線に身が竦み、何も言う事が出来なかった。

そして彼は気安い態度で肩越しに手をひらひらと振ると、今度こそそのまま歩き去って行ってしまった。
遺憾な事に、終始彼のペースに呑まれてしまっていた僕には、その歩みを止める言葉を発する事が出来なかった。

「……君達だけでも同行して貰うよ」

その場に残っていた白い魔導師と、その使い魔にそう言うのが精いっぱいだった。
二人は素直に頷いてくれたので、そのままアースラまで任意同行して貰う事になった。

「……クソッ」

人知れず悪態をつく自分が情けなく、そして悔しかった。



その後、二人から事情聴取をするためにアースラまで来て貰ったわけだが、その際に、魔導師の少女、高町なのはが、スクライアの少年が変身魔法でフェレットの姿になっていたという事実に初めて気付いたらしかったが、特に問題も無く艦長室へと連れて行く。

二人、特になのはの方は艦長室を見て驚いていたようだが、僕もその気持ちは分かる。
一体どうして、洋風の部屋に畳や獅子脅しを置いているのか、僕にもこの趣味がまったく理解が出来ない。
さらになのはは、艦長が緑茶に大量の砂糖を入れているのを見て、嫌そうに顔をしかめているのを見て、普通の感性の持ち主である事が分かってちょっと嬉しかったりもした。

と、それはさておき聴取した事情を要約すると、ユーノ・スクライアが、独断専行でロストロギア、ジュエルシードを回収しようとこの管理外世界を単独で訪れた。
そして、なのはは現地協力者だという事らしい。
母さ…、艦長は二人の行動を褒めるような言い方をしたが、僕からすれば無謀としか言いようがない。

ロストロギアを紛失して、その責任を感じる気持ちは分からないでもないが、ここはすぐに管理局に協力を仰ぐべきだった。
広い次元世界を管理するために管理局は慢性的な人手不足ではあるが、ジュエルシードの危険性を鑑みれば、おそらくはすぐに応援に来る事が出来たはずだ。

その旨を指摘してやれば、縮こまるフェレットもどき。どうやら僕が指摘するまでも無く、そうするべきだと分かっていたらしい事がその態度から見て取れる。
まったく、分かっているなら最初からそうして貰いたい。後で迷惑を被るのは君達だけでないという事が分かっていない。

「クロノ、少し落ち着きなさい」

この分かっていない子供に説教をしてやろうかと思ったところで、艦長に止められる。
何故僕がそんな事を言われなければならないと反論しようとしたが、威厳の籠った艦長の視線にそれは憚られる。

……大きく深呼吸をして心を落ち着ける。自分でも自覚しない内に苛立っていたらしい。
しかも、そのために参考人に対して八つ当たりのような真似をしようとしていた自分に、艦長に言われるまで気付けないとは執務官失格もいいところだ。

「済まなかった。少し言い過ぎたようだ」

素直に謝罪すると、二人は恐縮したように大丈夫だと言ってくれた。正直、その気持ちは嬉しい反面、自分の情けなさが浮き彫りになるようで心苦しい。

だが、そんな事も言っていられない。今回の事件は次元震が関わってくる案件だ。自分の一時の感情で冷静さを失っている場合では無い。
今は、この落ち着かない気持ちはひとまず置いておき、目の前の事件に全力を傾けるべき時だ。そう気持ちを切り替え、事情聴取を続行する。

黒い方の魔導師の名前はフェイト・テスタロッサ、そしてその使い魔のアルフ。
この二人もジュエルシードが狙いで、今までも何度か対立してきたらしい。
だが、肝心の目的に関しては不明。何度も聞いたが、答えてくれなかったらしい。

それと、個人的になのはは彼女と友達になりたいらしいが、いったいどういう思考回路を経ればそう言った結論に行き着くのだろうか。
さっき、この子はちゃんと普通の感性を持っていると思ったが、実は違うのだろうか?
……いや、この子の感性に関しては、今は関係のない話だったな。

フェイト・テスタロッサに関してはこれくらいだった。正直、あまり分かった事は無かったが、フルネームが分かっただけでも大分違う。
あとでエイミィにデータバンクへの照合をして貰おう。フルネームだけで素性が明らかになるとは限らないが、何も情報がないのと比べれば雲泥の差だ。

「それじゃあ次は、あの男の子について聞かせて貰える?」

そして艦長は、僕にとって最大の懸念事項についての質問を口にした。その事に、思わず身を乗り出しそうになるが、何とか自重する。

「はい、ソウル君は友達、……なのかなぁ?」
「それは絶対違うと思うよ、なのは」
「でも、了君とはちゃんとお話出来たし、わたしと友達になりたいって言ってくれたよ?」
「いや、友達になりたいとは言っていなかったよ?」
「……そうだっけ?」
「済まないが、話が見えないんだが?」

何やら二人だけでの会話を始めたので、事情聴取をしている側としては、事情が分からないので割って入る。
そもそも、あれほど分かりやすく敵対していたというのに、友達という訳がないと思うのは僕も同意見だが、どうして彼の話をしていて名前が「ソウル」と「了」と、二つ出てくるんだ?

「出来れば、友達云々は置いておいてまずは彼が何者かを教えて貰いたい」

なのはもユーノも考えが纏まらない様子なので、キーワードを問いかけてそれに答えて貰う形を取る。

「えと、ソウル君はアリサちゃん、わたしの友達のお家にお世話になっていて、実は二重人格なんです」
「二重人格?」

また新しい名前が出てきたが、それ以上に引っかかるキーワードを聞き返す。

二重人格。

れっきとした精神の病気であり、確か、幼い頃のトラウマなどの心的要因により、通常の精神の他に、もう一つの精神構造が創り出されるというモノ。

うろ覚えの知識だが、確かそう言った症状のはずだ。

「はい。もう一つの人格の名前を西岸了と言い、二人は任意で表に出る人格を切り替えているらしいです」

僕の疑問に答えたのはユーノだったが、なるほど、だから先ほど一人に対して、名前が二つ出てきたというわけか。

「それで、先ほど僕が会ったのは「ソウル」の方というわけか」
「うん、了君はジュエルシードを欲しいって思っていないけど、ソウル君が欲しいって思って集めてるみたいなの」

僕の脳裏に思い浮かぶのは、ソウルという名の彼の、強烈なまでの威圧感を放つ眼。
一体どんな経験を積めばあれほどの目ができるのかと思っていたが、人格が分裂する程のストレスを経験してきたと考えれば、納得できない事もない、か……。

「それで、彼が何故ジュエルシードを求めるのか、その理由については?」

話しぶりからして、彼の場合は拠点も判明しており、その上話をする機会もあったらしいのだから、フェイト・テスタロッサの時とは違い、この問に対する答えには期待が持てる。

「……ごめんなさい。分からないです」

だが、返ってきた答えは否定のものだった。過度な期待をしていたつもりは無かったが、それでも多少の落胆があった。

「わたしが勝負に勝ったら教えて欲しいって、この間決闘を申し込んだんだけど、返り討ちに遭っちゃったし」
「そうか、暫定とはいえAAAランク相当の君に勝つとは、彼の持つ槍は相当な力を持ったロストロギアの可能性が出てきたな」

ソウルは魔力量的に見てCランク程度で、槍捌きから相当な接近戦の技量を持ってはいるだろうが、それでも空戦が出来ないという決定的な差がある。
故に、魔導師ランクはどんなに高く見積もったとしてもAAAランクには届かないだろうというのがこちらの見解だ。

魔導師ランクはひとつ違うだけでも実力に差がだいぶ出る。その差を埋める要因としてはあの槍しか思いつかない。

「あ、あの、わたしと戦った時は、ソウル君は槍を使って無かったの」
「何、なら他にも何か武装もあるのか?」

もし戦力差を容易に覆す事の可能なロストロギアを他にも所持しているというのなら、かなりの問題だぞ。

「そのときは何も使っていない、素手のソウル君に負けちゃったの……」
「……待て、素手とはどういう事だ?」
「えと、ディバインシューターっていう操作弾は簡単に全弾素手で叩き落とされちゃって、
バインドで捕まえてもあっさりブレイクされちゃって、
止めにやろうとした砲撃もあっさり避けられちゃって、
そのまま砲撃直後の隙に捕まって地面に投げ飛ばされちゃって、
最後のソウル君のパンチにバリアを貫通されて……」

自分が負けた時の話をするのに抵抗があるらしい。話すうちに言葉尻から、段々と弱くなりながらもその戦いの様子を説明してくれたが、にわかに信じられる内容では無い。

素手で魔力弾を叩き落とす?
バインドを簡単にブレイク?
砲撃を避け、その技後硬直を狙って接近戦に持ち込む?
そして、素手でバリアを突破?

常識はずれにも程があるぞ。
僕の魔導師ランクはAAA+という評価を貰っているが、それは当然デバイスの補助があった上での魔法行使が前提となっている。
僕もさっきなのはの言ったソウルの戦いぶりを真似る事は不可能ではないが、デバイスが無しという条件が付けられると、ほぼ不可能になる。

確かにデバイスはあくまで補助であり、使わなくても魔法を使う事は出来る。
それに、ストライクアーツという格闘技術もあるのだから、なのはの言う誘導弾の威力は分からないが、素手で叩き落とす事自体は不可能ではない。
それでも、本当に何の補助もなく魔法を打ち破るのは難しい。

「ひとつ訊ねるが、その時彼は本当に素手だったのか?」

自分の負けっぷりを思い出して落ち込んでいるらしいなのはを、なんとか宥めようとしていたユーノに確認の意味を含めて聞いてみる。

「あ、うん、魔力で身体能力を高めるような事はしていたみたいだけど、デバイスはおろか、槍も武器も、それこそ何の道具を使っているように見えなかったよ」
「……そうか」

対峙してではなく、傍観者の立場としてその戦いを見ていただろうユーノの言い分は、なのはの証言を肯定するモノだった。

一応、分からないように何かを使っていた可能性もある。
だが僕は、再三信じられないと思いながらも、彼の眼を思い出すと、あながち本当になんの道具も使わずにいたのかもしれないと、同時に思う。

「うぅ、わたし、あの時ソウル君に弄ばれるだけだったの……」
「そ、そんな事ないよなのはっ。なのははすっごく才能あるし、僕なんかより強いって。
あの時はたまたまソウルの戦い方がハマっただけで、本当の実力差じゃないって!」

……それにしても、なのはは一体どれだけ落ち込むのだろうか。すでに必死となって宥めようと言葉を重ねるユーノだが、復活の兆しが見えてこない。
余程完膚無きなまでに打ちのめされたのか、あの威圧感に当てられた事を思い出したのかは分からないが、こうも空気が重いと事情聴取がやりづらい。

僕もこの空気を払拭したいとは思うが、事情のはっきりと分からない状況で安易に慰めの言葉を掛けるのも憚れるので、頬を掻きながら、何と言うべきか模索する。

……困った、思いつかない。犯罪者相手なら遠慮はしなくて済むのだが、相手は任意同行して貰っている女の子だ。
そんな相手に、上手い事が言えるほど僕は器用じゃない。

ここは助け舟が欲しいと藁にも縋る思いで、事情聴取は執務官の役割と、静観をしていた艦長に目を向ける。
すると、艦長も分かっているというように、僕に分かるように頷いてくれた。
良かった。こういう場合、きっと女性同士の方がうまくいくに違いない。

「それにしてもクロノ、フェイトさんの話と比べて、ソウル君の話に随分と食いつくわね?」

……なんだ、なのはに慰めの言葉を掛けるのかと思ったのに、どうして僕に話を振ってくるんだ?

「……はっ、もしかしてあなたに彼女が居るなんて話も聞かないし、もしかしてああいう男の子相手じゃないと恋愛対象として見れなかったりするの?」
「ぶっ、な、何を言い出すんですか貴女は!?」

母さんっ、貴女は自分の息子に対してどんな嫌疑を抱いているんだ!?

「……」
「……」
「そして君達もドン引きするなっ!」

なのはとユーノは、母さんの話を聞いてあからさまに僕と距離を空ける。事実無根の物言いに中傷を受けたのは僕だというのに、何故僕が悪いような空気になる!?

「でも、まだ否定の言葉を聞いていないし?」
「もちろん違うっ、僕はノーマルだっ、好きになるのはちゃんとした女性だ!!」
「なのはさんみたいな?」
「そうだっ、……て、何を言わせるんだ母さん!!」

してやったりという母さんの顔がものすごく腹が立つぞ。

「……うにゃ」

あー、なのは。母さんの戯言にそう赤くなるな。恥ずかしいのは、誘導尋問とも言えないようなレベルの誘いに乗って、本人のいる前で告白のような真似をさせられた僕の方だ。

「むー」

そしてユーノ。君はどうして僕を睨む?

確かに重い空気は無くなったが、ある意味余計に嫌な雰囲気になっただけだぞ!
クソッ、頬が熱い。何故僕がこんな目に遭わなければならないんだ?

「……あー、ごほん、話を戻すぞ」

咳払いをして、何とかこの空気をごまかして軌道修正をする。

「出来れば彼からも事情を聞きたい。もし連絡先を知っているなら教えて貰いたい」
「ふふ、そう言ってなのはさんの電話番号をゲットするのね、クロノ?」

……母さん。貴女とは一度本気でお話をする必要がありそうですね?



Side:ソウル


オレは今、とある扉の前に居る。
あの管理局の執務官だとかほざくガキとの邂逅を経てから、もし尾行があった場合に備え、人ごみに紛れ、さらに了に交代して気配を消させた状態でしばらく歩いてからここへ来た。

さて、この扉をぶっ壊して中へ押し入ってもオレは構わねぇと思うが、騒ぎを起こせば後々面倒そうだからな。仕方無く呼び鈴を鳴らす。
もちろん連打だが、何か文句あるか?

しばらくそうして遊んでいると、扉の向こうに気配が現れたが、どうにも扉を開ける気配がねぇな。
ま、二度目だからな。警戒をしているんだろうが、そんな真似をオレが許すとでも思ってんのか?

「五秒以内に扉を開けろ。でなけりゃこの建物ごと扉をぶち壊す」

感謝しろよ。このオレが、悠長に五秒も待ってやるなんざ破格の条件だぜ?

「いや、五秒は十分短気だし、建物ごとって言うのはやり過ぎだから」

ハッ、うるせぇ。

さてカウントダウンの始まりだ。言った手前、きっちり五秒から始める。無論、建物ごとといったのが本気である事を示すために、数字が小さくなるたびに、魔力を高めていく。

カウントが半分を切ったところで扉の向こうが慌ただしくなる。どうやら、開ける開けない、逃げる逃げないで口論となってるようだな。

「一応言っておくが、逃げたとしても扉が開かなけりゃ、ここに住んでる他の連中がてめぇらのせいでとばっちりを喰らう事になるぜ?」

カウントの合間に、逃げたとしても建物を破壊すると教えてやると、急に扉の向こうが静かになる。
……そして、

「よう、客だぜ。さあ、もてなせ」
「アレだけ脅しておいて、良くそんな事が言えるね」

ロックが外れる音と共にゆっくりと開かれた扉の先には、フェイトを守るように前に立つ、警戒丸出しアルフの姿があった。

「てめぇらは客人に対して立ち話をさせんのか。ハッ、下らねぇ。さっさと中に入れろ」

放っておきゃあ、いつまでのオレを睨み続けるだろうアルフを押しのけて部屋の中に入り込む。
驚き戸惑う二人を無視してリビングまで行くと、手頃なソファーに腰を下ろす。

「さあ、茶でもだせ」
「何でアンタはそんなに偉そうなんだよ!」

予想外だったらしいオレの行動にオロオロするばかりのフェイトを押しのけてアルフが文句を言ってきたが、一つ勘違いをしているようだな。

「オレは偉いんじゃねぇ。態度が不遜なだけだ」
「いや、それも十分性質が悪いからね?」

了に言われるが、そんな事言われるまでも無く知っている。

「で、茶と茶菓子はどうした?」
「何で要求するもんが増えてんだよ!?」

ああ、いちいちうるせぇワンコだな。

で、出てきたのは結局紅茶のみ。しかもそれは、ペットボトルに入っていたのをコップに移しただけという代物。
茶菓子もねぇとは、どうやらこいつらは、想像以上にシケていやがるらしい。

「客へのもてなしがこの程度とはな。ハッ、このオレが寛大だった事に感謝するんだな」
「アンタの何処が寛大だってんだい!?」

アルフが律儀に何か言っているようだが、オレにゃ負け犬の遠吠え程度にしか聞こえねぇな。

「あー、ごめんね。うちのソウルが突然押し掛けて」
「あ、いえ、こちらこそ大したお構いも出来なくて……」

つぅか、了とフェイトのやり取りが平和ボケしている事の方がよっぽどツッコミてぇ。

「さて、まさかとは思うが、このオレが何の用も無く遊びに来るたぁ、思っていないだろうな?」

了らにゃツッコミは入れず、さっさと本題に入る。
オレの雰囲気が変わった事を肌で感じ取ったのか、最初から不機嫌だったアルフは勿論、何処か呑気に構えていたフェイトも真剣なソレへと変わる。

「……それで、あなた達の目的は何ですか?」

口火を切ったのはフェイト。管理局の介入直後というこのタイミングでのオレの来訪。
その意味を考えているのか、その表情には緊迫が見て取れる。

「オレの目的か? それはなぁ……」

勿体ぶるように、わざと一旦区切って対面の二人に嗤ってやる。
途端、面白いように緊張の度合いが格段に上がる二人。それは既に隙あらば即座にオレの首を刎ねに来てもおかしくないレベル。
そして、それを見て笑みが深くなるのを自覚する。この状況、一触即発の空気が何とも楽しい。だからオレは嗤う。

「クク、特別に一言で言ってやろう」

ただ、いつまでも遊んでいると了が煩いという難点があるからな。前置きをひとつ置いて、その目的を語る。
息を呑むフェイトとアルフ。そして、決定的な一事を口にする。

「弁当箱を返せ」
「…………………………は?」

たっぷり間をおいて、ようやく出てきたのは言葉にすらなっていなかった。

「ククク、ハーッハッハッハッ。おもしれぇっ、今のてめぇらの間抜け面は最高だ!」

オレの目的が余程予想外だったらしい。主従揃って、これでもかってくらい呆けて見せる二人を大声で笑ってやる。
どうせこいつらの事だ。管理局についてか、ジュエルシードに関して言われるとでも思っていたんだろうが、お生憎様だったな。

さて、オレがひとしきり笑っていると、漸く再起動したらしい二人は、それぞれ顔を赤くして見せてくれる。

「くっ、そんな理由で来るなんて思いもするわけないじゃないか!?」
「あぅ……」
ただ、赤い理由がアルフは憤慨、フェイトは羞恥と、方向性は違ったが。

それにしても、この世界に来てから逢うガキは、皆弄りがいがあっておもしれぇ。そう思うと、悪戯心に火が付くってもんだ。

「クク、『そんな理由』だと。あー、なるほどな。オレ等はアレを預けていったってのに、てめぇはそれを勝手に自分の物にしたってわけだ。ハッ、中々に顔の皮が厚いヤツだな?」
「はぁ!? アタシはそんな事……」
「していないってか? 今更取り繕うったって、すでに言質は取ってんだ。その上で言い訳なんざ見苦しいなァ?」

アルフの言葉を遮ってやるが、我ながら無茶なこじつけだ。アルフの言葉を曲解にも程がある上、言質も何も、実は何も取っていないのになぁ。
だが、それでもオレはさも自分が正しいと堂々と言ってやっているんだがな。

「あ、う、ぐぅ……!」

アルフは反論したいが、上手く言葉に出来ないらしい。ったく、冷静に考えりゃ簡単に言い返せるってのに、その程度も出来ないとはな。
ああ、おもしれぇな。よし、次はフェイトの方を……、

「……ソウル」

チッ、水入りか。たった一言だけだったが、了から、これ以上は見過ごせない領域だという意思を示された。残念だが、今回はここまでだ。

「てめぇらの事はどうでもいいが、管理局の連中が現れたからな。今日、このタイミング以降はここに来る機会がねぇ。
戦いの場で返されるのも面倒だから、わざわざ来てやったんだよ」

だから出せと、簡単に理由を説明してやる。この説明で理解が出来るか出来ないかは知らねぇ。出来ないなら勝手に脳内補完でもしていろ。

ほらとっととしろと催促してやると、フェイトが何処かわたわたとした様子で、台所から目的の品をとってくる。

「えと、少し遅いけどごちそうさま。美味しかったよ。弁当箱はちゃんと洗っておいたから」

台所から持ってきたって事は、洗ってはあるとは思ったが、ここで美味しかったと普通に言うとは予想外だ。いや、単に律儀で天然なだけか。

「いえいえ、お粗末さまでした」

そして了、てめぇも普通に返すなよ。違和感を持てよ。

それはともかく、これで用事は終わりだ。出されていた茶を一気してさっさと席を立つ。

「じゃあな。もう来ないだろうが、念のために次からは茶菓子も準備しとくんだな」

あとは言う事も無いと、そのまま玄関へ向かう。
ま、茶菓子を備えとけとは言ったが、元々完全に敵同士。こうしてオレがここに居る事の方がよっぽどイレギュラーだがな。

「……なあ、ホントにそれだけに用事だったのかい?」

なんて思っていたら、意外な人物に呼び止められた。

「なんだ、不満か?」
「いや、不満っていうか、拍子抜けって言うか……」

返事をしてやるとアルフは逆に困ったようにするが、その姿を見てふと思いついた。

「クク、なるほど、そう期待されちゃあ、それに応えないわけにゃいかねぇなぁ?」

要は、こいつはオレに何か面白い事をして欲しいと期待していたわけだ。だが、実際はなんて事は無い用事だったのが心のどこかで気に入らなかった。
……そこまで言われちゃあ、何もしないでこのまま帰るわけにゃいかねぇなァ?

「な、アタシは別にそんなつもりは……っ」
「今更おせぇ。てめぇの口が招いた災いだ」

まったく、余計な事は言わなけりゃ良かったてのに、言ったのはてめぇ自身だ。
オレはそれに応えてやるだけなんだ。わりぃのはてめぇだけだ。

クク、それじゃあ一体どうしてやろうか。
一番手っ取り早いのはこの場でこいつらを力づくでぶっ潰してやる事だが、さっきそれに関しては興が冷めたところだからな。
こう、何かゲームのようなモノが……

「そうだな……ここに、てめぇらからぶんどったジュエルシードがある」

そう言って取り出すのは、以前、了の立案でフェイトを強制的に休ませた時に代価として奪い取ったジュエルシード。
指にはさんで見せつけてやると、アルフというより、フェイトの方が興味を引かれたようだ。一心に蒼い宝石に視線を注いでいる。
どうやら、よっぽどこいつが欲しいらしいな。

「こいつを、条件次第で返してやろう」
「え!?」
「な!?」

だからか、返してやると言った途端、フェイトとアルフ、主従揃って驚きの声を上げる。
そりゃそうだろう。奪い合っている物をこうもあっさり返すと言っているんだからな。

だが、驚くと同時に、フェイトには緊張、アルフには疑惑が浮かび上がってくる。
のどから手が出るほど欲しいと思っている物が目の前にあって、だが、オレを相手にして、まともな条件が出されるたぁ思っていないんだろうな。

だが、それで正しい。口の端を上げて嗤ってやる。それでこいつらの疑惑を肯定する。
さあ、ここまで分かって、てめぇら、オレの提案に伸るか反るか?

「…………それで、条件は?」

随分悩んだようだが、乗る方に天秤が傾いたらしい。フェイトは一歩前へ出ると、話を進めてきた。ならオレもこの『ゲーム』のルールを説明してやろう。

「何、話は簡単だ。オレがコイツと交換しても良いと思える代価をてめぇらが提示出来たなら、それと交換してやろうってんだよ」

説明はこれだけだ。魔術の原則は等価交換。つまり、オレの取ってのジュエルシードと同価値と思える品物がありゃあ、交換しても何ら問題はねぇってだけだ。

そんなルール説明を受けて、フェイトは真剣に自分に何が提示出来るか悩んでいるのを面白がって見ていると、アルフがフェイトを自身の背後に守るようにズイと前へ出てくる。

「……それは、アタシ達を自分の思い通りにしたいってワケかい?」

ああ、どうやらこいつは事実の一つに気付いたようだな。アルフの敵意の籠った視線に笑みが浮かぶ。

少し考えりゃ分かる事だが、こいつら、つぅかフェイトにとってはジュエルシードは、他の何よりも優先して欲しいと思っている代物だ。
そして、それほどの価値のある物に釣り合うモノが、こいつらに用意出来るわけがねぇ。
モノで用意出来なくて、それでもなお欲するというなら後は身を切り売りするしかねぇ。
例えば、ジュエルシードを譲ってもらう代わりにオレの命令に絶対服従する、なんてな?

アルフはそう考え至って、オレの命令に絶対服従なんざ間違いなく碌な事にならねぇと思ったからこうして間に割って入って来たんだろう。だが……、

「ハッ、下らねぇな」

その考えはいいセンいってたが、残念、それじゃあまだ事実の一つ。オレの思惑に届いちゃいねぇな。故にその返答は切って捨てる。

「てめぇら如きにやって欲しいと思うような事は、オレには何一つとしてねぇ。
オレがやりてぇ事はオレ自身の力でやり通す。てめぇらの出番なんざ、欠片もありゃしねぇよ」

オレにとって、こいつらに対する命令権を手にしたとしても、戦いの場になりゃあどちらにしろオレ自身の手でねじ伏せてやるのだから意味がねぇ。
日常生活にしても、こんな茶菓子の一つもだせねぇような奴は役に立ちもしねぇし、なら身体で払うと来ようが、そもそもオレはこんなガキに欲情するわきゃねぇ。

つまり、オレにとってこいつらへの命令権なんざ、ジュエルシードどころか何の価値もありゃしねぇ。
そんなもんを代価にされてもオレは何も支払わねぇよ。

「それじゃあ一体……?」

どうやら、その辺りはアルフも一応は理解出来たようだが、そうなると逆に分からなくなってきたらしい。

「オレにはてめぇら如きに何も求める事はねぇ。そもそも、てめぇらに何の価値も感じちゃいねぇ。
その上で、オレが納得できる代価をてめぇらに用意出来るのかって遊びだ」

これが、この『ゲーム』の本質だ。ただ無価値な中で、それでも足掻く姿をオレが眺めて楽しむ、ってぇのがこのゲームの醍醐味だ。

そもそも、ジュエルシードうんぬん以前に、オレに欲しいモノは無い。つまり、オレの欲するモノを用意するという前提からして破綻しているのがこのゲームってわけだ。
だが、だからと言って提示するものによっちゃ、可能性が無いとは言い切れないという、一縷の望みが残されている辺り、まさに性質が悪い遊びだ。

「クク、さあオレを楽しませてみろよ?」

オレとしちゃあ、ジュエルシードの一つ程度、どっちに転んでも痛くもかゆくも無い。
たとえ渡したとしても、次の戦場で再び奪い取れば事足りる。
だが、こいつらにしちゃそう言うわけにはいかねぇから、苦労する。そして、その苦労をオレは嘲笑う。そういう仕組みだ。

「く、再確認したけど、アンタ性格最悪だね?」
「ああ、褒めの言葉と受け取っておくぜ?」

最後まで説明を受けたアルフは、きっちり理解して悪態をついてきたが、オレはそれも含めて楽しむ。

だが、この説明はアルフと同時にフェイトも聞いていた。ここまで聞いて、やはり止めようなんて言われようとも、所詮は遊び。どちらでも構わなかったのだが。

「……それでも、対価を用意出来ればそのジュエルシードは渡して貰えるんですね?」
「ああ、ゲームはルールを守らねぇと面白くねぇからな。それは確約してやる」

フェイトはそれでもなお、このゲームに乗ってきた。
実力行使で奪うより良いと判断したのか、単に深く考えていないのかは知らねぇが、正々堂々対峙してきたならオレも相応の態度で立ち塞がってやる。

「……ああっ、フェイトがそう言うならアタシもやってやるよ!」

フェイトはやる気満々だぞと目でアルフに言ってやると、半ばやぶれかぶれにこいつもまた乗ってきた。
クク、アルフがどう言おうと、フェイトがやる気なら関係ねぇからな。

これでゲームの舞台は整った。ゲームで言えば親に当たるオレがいつまでも突っ立っていても締らねぇ。ソファーに戻り、腰を下ろして泰然と構える。
さあ、こいつらは一体何を出してくるか、楽しませて貰おうか。

「じゃあ……」
「ああ、最初に言っておくが金品いくら積まれても却下だ」
「あぅ……」

金でオレが動くわきゃねぇだろうが。残念だったな、フェイト。

「アタシ秘蔵のドッグフードだ!」
「んなもん、オレの下宿先にゃ、もっと高級品が山ほどあるぜ」

何せバニングス家は金持ちな上、あの屋敷は犬屋敷だからな。
つぅか、てめぇにとってジュエルシードはドッグフードと同価値なのか? てか、それをオレに食えと?

「……肩たたき券、とか?」
「オレは肩は凝ってねぇ」

だから、ジュエルシードの価値はそんなもんなのか?

次々と案は出てくるが、片っぱしから切って捨てる。その度に二人とも落胆して見せるんだが、碌なのがねぇのはどういう事だ?

そうこうしている内にいい加減ネタが尽きてきたらしい。
頭を突き合わせて悩む二人を今は眺めていたが、どうにも飽きてきた。二人、特にフェイトの意気揚々と掲げた案をバッサリと一刀に伏された時の愕然とした表情は嗜虐心をそそられるが、それだけじゃあ、暇になる。

「しかし、分からねぇな。一体何だっててめぇはそんなにジュエルシードを集める?」

だからか、何とも無しに声をかけていた。

こうして対価について悩むフェイトは年相応だ。
いい案が浮かんだと、犬だったら尻尾をはちきれんばかりに振っているだろう姿が容易に幻想出来る雰囲気でオレの下へ訪れる。
それを却下された時には、目に涙を浮かべそうな程落ち込んでみせる。

あの冷徹な仮面をかぶって、ジュエルシードを集めている姿が仮初めで、この静かに、それでも確かに一喜一憂して見せるこの姿が素顔だというのは、察するまでもねぇ。

こいつは自分がやっている事が、世間一般で言えば「悪」に属する事だと自覚している。
管理局なんて下らねぇ組織が現れ、正義という後ろ盾のないこいつらは、これから先は今まで以上、厄介な目に遭うのは目に見えている。

それでもこいつは、ジュエルシードを集める事は諦める事はしない。これは確定事項だ。
そう断言できる。なら、そこまでするこいつの行動原理は何なのか、多少興味はある。

フェイトという人物を見て、勝手にオレが推測した事だが、ジュエルシードは絶対必要と思っているようだが、ジュエルシードそのモノを、フェイト自身が必要としているようにはどうにも見えねぇ。

こいつは自分のためにというよりは、誰かの為に努力するタイプに見える。なら、一体何のため、誰のためかと興味が湧く。

無論、なのはのように、何が何でも聞いてみたいなんざ思わねぇからな、答えたくなきゃ答えなくても構わねぇと、軽く聞く。

「……母さんが、どうしても必要だって言ったから」
「へぇ……」

別に答えは期待していなかったが、答えは返ってきた。それにオレは、気のない返事をする。これを、話を促していると取るか、そうでないかと取るのはフェイト自身だ。

「わたしは、母さんの役に立ちたい……」

どうやらフェイトは、話を促されたと感じたか。……いや、これは単に独白したかっただけか。現に、フェイトはオレを見てねぇ。その視線は何処か遠くに向いている。
そして、その視線の先に在るのは、母親の幻影か……。

「母さんがわたしに望んだのはそれだけだったから、だからわたしはそれに応えたい」

その横顔は儚げで、物悲しい。短い言葉とその姿だけで、この親子の関係が垣間見える。
良くない関係だが、それでもフェイトは母親を慕い、そして母親はフェイトに対して快い感情をあまり抱いていないと、こんな所か。

「……たとえ、その親にいくら殴られようとも、か?」

何気なくぽつりと呟いたつもりだったが、フェイト以外に言葉を発するのが誰もいない空間であったこの場では、確かにフェイトの耳に届いたようだ。
オレの言葉に弾かれるように、驚きに目を見開いてオレの顔を見るフェイト。

「適当なカマ掛けに簡単に引っ掛かってんじゃねぇよ。てめぇら主従はもう少しポーカーフェイスってのを身につけるんだな」
「あぅ……」

そのフェイトの顔は、カウンターパンチにすぐ羞恥に染まる。
ついでを言えば、その後ろで自分の無様を思い出したらしいアルフも勝手にへこんでいた。

しかし、どうにもフェイトのコンディションが良いように見えなかったがそういうわけだったのか。
体調不良にしては血色は良い。なら他の要因による怪我かと殆どあてずっぽで言った事が大当たりだったみたいだな。

「ま、てめぇが戦う理由なんざ、オレにゃどうでもいいがな」

ぶっちゃけて言えば、この一言に尽きる。もとより興味がねぇんだから。
……尽きるんだが、そうだな、せっかくだ。他もねぇしコレにするか。

「だが、てめぇの母親は最悪の最低だな」

決めたなら、オレが言う事も決まる。あからさまな挑発の言葉と態度をフェイトに向けて投げかける。

「っ、何も知らないあなたが母さんの事を悪く言わないで!」

今まで本気で怒った所は見た事は無かったが、オレの言葉に条件反射のように憤慨してみせるフェイト。
こうもあからさまな挑発だったってのに、こうも簡単に釣れるとはな。

「知るかよ。てか、言われた事を思考停止させてただ従うだけなんざ、薄っぺらいな。その程度、機械か人形でもこなせるぜ」
「アンタっ、フェイトに……」

母親に対する悪口に大して反応の無かったアルフだったが、フェイト自身に対する侮蔑は許せないものらしい。誰より早く反論しようとしたが、それはただ黙れと睨みつける。

普通なら、これでアルフが黙るわけはねぇだろうが、今回のアルフは困惑をその表情に浮かべて黙りこんだ。

……どうやら、オレの睨みに込められた意味が把握は出来ていないが、何か感じ入るものがあるとは予想外だった。ま、静かになって越した事はねぇからな。

「違うっ、わたしはそんなんじゃない!」

フェイトは、そんな自身の使い魔の違いに気付けず、ただ一度点いた怒りの炎に身を任せるように、感情のままにオレの言葉を否定する。

「ならなんだってんだよ。てめぇの今の行動の理由は「言われたから」なんだろ。そんなもん、てめぇ自身の意思が何処にも介入しちゃいねぇ。
言われた事しかこなせないってんなら、それの何処が人形と違う?」
「違うっ、わたしは……!」
「なら、あるってんなら言ってみろよ。母親に言われた事なんざ関係ねぇ、てめぇ自身の内にある、てめぇだけの望みってやつを」

ただ違う違うと繰り返そうとするフェイトを遮って、その先にまで言及しなけりゃ、本当にてめぇが人形じゃないと否定する事が出来ねぇぞ。

「わたしは……」

不意にフェイトの怒りが沈静化する。オレの言葉を否定する要素を探して、自己に埋没するように。自身の望みを、言葉として形にするべく。

「……わたしは、母さんに昔みたいに笑って欲しい」

そして、ぽつりと呟く。その一言は、フェイトの中で何かが嵌まるったかのように、静かに瞳を閉じて、言葉となった想いを反すうする。

「……うん、わたしは母さんに笑って欲しい。それがわたしの望む事。あなたに何て言われても、これは絶対。この望みのために、わたしは戦う……!」

見開かれたその瞳には、先ほどまでのオレに対する怒りは何処かへ消えて、自身の気持ちをはっきりさせた力強さのままに、フェイトはオレへと戦う理由を宣言していた。

……ま、足りねぇモンもあるが、一応は及第点としておいてやるか。

「おい」

気持ちは強いが、睨み合うというには敵意が足りない視線。単にオレと見つめ合うようにいるフェイトにギリギリの合格点をくれてやろう。

「対価は貰った。それはくれてやる」

手の中で弄んでいた蒼い宝石を、ひょいとフェイトへ投げて渡す。

「はわわ!?」

突然投げられたジュエルシードに、困惑しながら受け取ろうとしたが、慌て過ぎのおかげで手の間でお手玉にして遊んでいたが、フェイトは何とか、その手に収める。

「え、え?」

そして、収めたら収めたで、今度は手の内にあるジュエルシードと、対面に居るオレの顔を交互に見やる。今の状況が全く理解出来ていないらしい。

「てめぇの決意は、良し悪しは別として、確かに価値がある。そしてそれは、その石ころの対価にゃ十分だとオレは判断した。だからそれはくれてやる。
ま、別に大切な物はひとつじゃなけりゃいけないなんて決まりはねぇって事を分かっていねぇみてぇだが、それはこれからのてめぇで見せてみろ」
「あの、それって……」

あとはもう喋る気はねぇ。何かを聞こうとするフェイトを無視し、そのままソファーから立ち、去る。
その際、アルフとすれ違ったが、こいつも事態の推移が理解出来ていない様子だったが、それと同時に、オレを見る目がすげぇ珍しい珍獣を見るそれだったのが、腹が立つ。
一発ぶん殴ってやろうかとも思ったが、ここは大人の余裕として、アルフにゃ「てめぇの今のその面、すげぇアホ面だぜ?」と意味を込めて鼻で笑ってやった。

憤慨するアルフの脇を抜けて玄関へ。そして外靴を履いてドアノブに手を掛けたところで、とたとたとかけ足が追いかけてきた。

「……あの、あなたの戦う理由は何なんですか?」

声の主はフェイト。振り返らねぇから、どんな顔をしているかは分からねぇが、きっと真剣にオレの背中を見ている事は声色から簡単に想像できる。

「……んなもん答えるわけがねぇだろ」

だからと言って、答えてやるつもりは欠片もねぇ。
拒絶の意味を込め、オレとフェイトの間は扉で隔てられる。
これで、用件は終わった。

外へ出てみれば、結構な時間をあそこで過ごしていたのか、外はすっかり暗くなっていた。これは、とっとと帰らねぇと、アリサ辺りがまたうるさそうだ。

「……ねぇ、いくらソウルにとってジュエルシードがなんの価値も無いにしても、最後の方のアレは、急展開過ぎて僕を含めて誰もついていけてないと思うよ?」
「知るか。後は自分で勝手に理解出来ればよし、出来無けりゃそれまでなだけだ」

歩きながら了と話すが、てめぇを含め、アフターケアなんざオレがするわきゃねぇだろうがと切り捨てる。

そんな帰り道、ふと携帯電話に着信音が鳴る。ディスプレイを見て、見覚えのある名前にオレがそのまま出る。

『あ、もしもし了君?』
「ちげぇよ。間違い電話ならよそに当たれ」
『にゃ、ごめんな……』

何か言っていたが、間違いに付き合うつもりもねぇと、さっさと切る。
が、すぐにけたたましく携帯が鳴りやがった。めんどくせぇと思いながら再度出る。

『もぅっ、いきなり切るなんてひどいよソウル君!』

さして迫力も無く怒鳴り込んでくるのは、おそらくはあの管理局の執務官を名乗ったガキと一緒に行動していたであろう、高町なのはだった。

「てめぇはオレじゃない奴に電話を掛けたんだろうが。ならオレが取った電話は間違い、そんな面倒にオレが付き合うわきゃねぇだろうが。
これで、てめぇはバカをまた一つ上乗せしたわけだ」

電話の向こうで「わたしバカじゃないよー」とほざくが、まだ認めないか。

『うぅ……、ソウル君、今何してるの?』
「何って帰るとこだ。そろそろ帰らねぇと家主モドキがうるせぇからな」

かなり不満げながらも、なのははこちらに探り入れてくる。さっきまでフェイトんとこに居た時ならともかく、今は誤魔化す必要性は無いのだから、簡潔に答える。

『家主モドキって、アリサちゃん?』
「……なるほど、帰ったら伝えてやろう。高町なのはは、アリサ・バニングスの事を影で『家主モドキ』と呼んでいたってな」

今度は電話の向こうで「わたしそんな呼び方してないよー」とほざく。

「ならなんで家主モドキで、誰の事を言ったか通じんだよ。それはアレだろ、てめぇも心の中でアレの事を家主モドキって呼んでいた証拠に他ならねぇだろうが」
「……そ、そんな事無いもんっ」

おい、オレの暴論に一瞬でも納得そうになるな。

「ったく、グダグダめんどくせぇな。……おい、二秒以内に用件を言え、でなけりゃ携帯の電源を切る」
『え、あ、にゃ!?』
突然の時間制限に電話の向こうで、面白いように慌てふためくなのは。その光景が目に浮かぶようだが、だからと言って容赦してやるはずもねぇ。カウントダウン、開始だ。

『あ、あ、あのっ、ソウル君っ、今時間あるかなっ!?』
「ねぇよ。これで用件は終わりだな。じゃあな」
『にゃーーっ!?』

用件を聞かれて答えたのだから会話終了としたら、向こうで情けない悲鳴を上がった。

「いや、話ぐらい聞いてあげようよ、ソウル」

下らねぇ事も終わりと思ったところでしゃしゃり出てくる了だが、てめぇに言われずとも、つぅかオレの方がよっぽど状況を把握している。言われるまでもねぇよ。

「チッ、下らぇな。どうせさっきしゃしゃり出てきた連中にオレに繋ぎを取れと言われたんだろ。ならさっさとソレを言えってんだよ」
『うぅ、言わせてくれなかったのはソウル君なの』
「オレは用件を言えって言ったのに、言わなかったのはてめぇだろうが。
それをオレが悪いように言うとはな。クク、これでまたバカが加算だなぁ?」
『うにゃぁ……』

高町なのは、撃沈。ったく、てめぇ程度がオレと交渉しようなんざ一生掛かっても足りねぇよ。

「てめぇじゃ話になんねぇな。オラ、さっさと他と代われ」

向こうの電話口で、打ちひしがれたらしいなのはが弱々しく誰かに電話を渡しているらしい事を、漏れ聞こえる音から拾う。これでようやく本題か。

『代わらせて貰った。僕は……』
「てめぇの名前なんざ興味ねぇよ。さっきも言ったが、こっちは時間はねぇんだよ。さっさと用件を言え」
『く……。君にロストロギア、ジュエルシードに関する重要参考人としてこちらへ出頭して貰いたい』

おそらく、あの時にクロノ・ハラオウンと名乗ったガキなんだろうが、名乗りを挫かれて一瞬憤慨しそうになったらしいが、何とか抑え込んで用件を口にする。

努めて冷静であろうとするのは買ってやってもいい。だが、

「オレがてめぇらんトコに出頭? ハッ、話になんねぇな」

てめぇのその言い分は、素直に首肯できるないようもんじゃねぇな。

『なんだと!?』

ハッ、何故か判らないと来たか。よくもまあこんな経験の足りねぇようなガキに交渉を任せる気になったもんだと、逆に関心したくなる。

「何でオレが、てめぇらみてぇな正体も知れねぇ連中の巣に行かなきゃなんねぇんだよ」
『管理局を知らないだと? そんな言い逃れが通じると思っているのか?』

ああ、うぜぇ。こいつ、自分が神だとでも勘違いしてんじゃねぇか? そう思うくらいにうぜぇ。なんだって『管理局』の知名度を過信出来るんだか、呆れるしかねぇ。

「下らねぇ。そっちに居る白いのもてめぇらの事なんざ知りもしなかっただろうに、それ以上に情報のねぇオレが知っているわきゃねぇだろうが」
『だが君は魔法を使えるんだろう。管理外の人間が魔法を使えるわけが……』
「ああそうだ。オレはてめぇらの言う“魔法”なんざ使っちゃいねぇ。オレが使ってんのは“魔術”だ」
『魔術、だと……』

オレにとっちゃ大した事でもない、だが、向こうにとっては単に聞き流せないであろうカードを一枚切ってみれば、案の定気にかかったか。

「残念、時間切れだ。今日はもう店じまいだ」

だが、今日の所はこれで終わりだ。

『なんだと、どういう意味だ!?』
「さっきから言ってんだろ。今日はもう帰るんだよ。で、たった今帰り着いたわけだ。だから店じまいってんだよ。じゃあな、ガキ」

既に目の前にはバニングス邸だ。そして、この目の前の門が、ある意味日常と非日常の境界線。
オレも了も、この門の向こう側、バニングス家に面倒を持ち込むきはねぇ。
故に、この電話もここで終わりだという事だ。

『ま、待てっ』
「グダグダ引き留めようなら条件を提示してやる。明日、今日の公園だ。そこにてめぇらが来い」
『む、そんな一方的な……』
「時間はてめぇで勝手に決める事を許してやるから、あとでメールでも寄越せ。それと、来るときゃ菓子詰めでも容易しとくんだな」

そして通話を切る。しばらく待つが、再度掛かってくる様子は無い。もしここでかけ直してきたなら交渉決裂にしてやろうかと思ったが、そうでないなら話は続く、か。

「……ハッ」

さあ、明日はどうなるか。薄く嗤いながら、携帯は電源を切らずにポケットへ仕舞うと、バニングス邸の門を潜った。










あとがき

なのは陣営とフェイト陣営の、管理局の介入による影響はどんなもんかという第十三話。
まあ、両方とも主人公ズが幅を利かせていたわけなんですが。

そして次回は、管理局介入による主人公ズ陣営への影響の回です。



[14283] 第十四話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/04 20:56
 
昨日は、ユーノ君から聞いていた時空管理局という人たちと初めてお話しました。
最初はとっても緊張していたけど、クロノ君も、艦長さんのリンディさんもみんないい人だったので、なんとかちゃんとお話する事ができました。

その後は、クロノ君にもう関わらないように言われたけど、わたしは今まで頑張ってきた事を途中で投げ出すような事はしたくなかったの。
リンディさんに一晩じっくり考えて結論を出しなさいって言われて、ユーノ君とも相談して……。
そして、やっぱりジュエルシードを集める事に協力する事に決めました。

その事をクロノ君はあまり嬉しそうにしていなかったの。きっと心配してくれているんだと思うけど、でも、わたしはやるって決めたから、だからクロノ君には改めてよろしくお願いしたの。
……正直、クロノ君にはわたしの事を「好きなタイプ」って言われてから、真正面から挨拶をするのは恥ずかしいんだけど、頑張って挨拶したの。

わたしの事はそれくらいで、次に話題に上がったのはソウル君の事だった。
クロノ君はソウル君の事を「要警戒危険人物」って言って、凄く危険な人だって言っていたけど、わたしはそんな事は無いと思うの。
確かにソウル君はとっても意地悪で、わたしじゃ相手にならないくらい強くって。

でもわたしは、ソウル君はいい人だと思うの。
根拠は……あんまりないんだけど、それでもわたしはそう思っている。
それに、ソウル君には了君がずっと一緒に居る。了君は、わたしがソウル君に意地悪されて、本当にダメだって思った時には何時でも助けてくれた。
学校でアリサちゃんに了君の事を聞いてみた時も、ちょっと文句を言っていたけど信用できるって言っていたの。
その言葉が、わたしが信じる了君を、もっと信じさせてくれる。だから大丈夫。

わたしはソウル君が危険だなんて思えない。そう思うから、一回しか会った事がないクロノ君が、ソウル君を危険だっていうのに納得できないの。
だから、クロノ君とソウル君のお話する場に、わたしも一緒に居る事を頑張ってお願いしたの。


ソウル君とは敵同士だけど、今回の事が終わったらちゃんと友達になれるはずだから……。










魔法少女リリカルなのはCross souls 第十四話



Side:クロノ


昨日、なのは達と邂逅を果たした公園で、僕は彼、ソウルが来るのを待っている。
すぐ後ろには、さきほど正式に現地協力者となった高町なのはと、ユーノ・スクライアの二人が立っている。(ちなみに、ユーノは人間形態だ)

僕としては、才能があるとはいえ一般人である二人に協力して貰うのはいささか以上に認めたくないものがあるが、艦長が認めてしまったし、
何よりあの本人の強い決意の前では僕の思いに意味はないだろう。

まあ、管理局は慢性的な人手不足だ。その中でAAAランク相当のなのはと、Aランクのユーノの力は確かな戦力となる。
割り切る、という訳ではないが、僕もまた二人の事を認めて共に戦う仲間として行動したいと思う。


……今僕が考えるのは、ソウルと名乗る少年の事だ。

ジュエルシードを目の前にしても、僕ら管理局が介入した途端、あっさりとそれを諦めてしまった。
僕らから逃げ去るのではなく、堂々と立ち去って見せた。
雲隠れするのではとも思っていたが、実際には拠点とする家にきっちりと帰っていた。
そして、僕らとの会合にも応じるという。

……全く真意が見えてこない行動だ。
目的のものであるはずのジュエルシードに全く執着を見せない。
管理局に対し全く友好的な態度を示さず、かといって明らかに敵対もせず。

昨日、立ち去る時に逃げも隠れもしないと確かに言ってはいたが、ここまで堂々とされると、逆に何かあるのではと勘繰ってしまう。
これなら、フェイト・テスタロッサのような行動をされた方がよっぽどやりやすい。

ただ、彼はひとつ、僕に疑惑を持たせる行動を昨日していた。
昨日、確かに僕はあの場で彼を見逃してしまったが、アースラのセンサーで彼の行動は監視していたのだ。

だが彼は、気付いた時にはセンサーの中に捉えられておらず、次に彼の所在が明らかになったのはなのはが電話を掛けた時だ。
アースラの監視の目を掻い潜る事は、普通に行動して居て出来る事では無い。
それなのに監視から逃れたという事は、彼がそれなりの行動をした事に他ならない。

空白の時間。その時一体何をしていたのか。それは僕らに知られて困る事なのだろう。
だから、その時だけ姿を隠した。これは十分に怪しむ事が出来る。

怪しい点は他にもある。ソウル、というより、名前からして了の方か。ともかく、彼もまたなのはと同様現地人である可能性が高いと、昨日から今日まで彼の素性を調べていた。
僕も一日で調べて分かる情報量なんてたかが知れていると思っていたのだが、実際にはその想定以上に、まったくと言っていいほど情報が出てこなかった。

分かった事といえば、彼が現在住んでいるバニングス家もまた、彼の素性をそれこそ徹底的と言えるほどまで調べ上げたが、まったく素性が明らかにならなかった、という事だ。

バニングス家の調査は、僕らから見ても目を見張るほどのものであり、仮に彼が虚偽の情報を提示していたとしても、それを越えて事実に辿り着けるくらいだ。
それでも、彼がこの町を訪れる以前の記録がまったく見つからなかった。

それは情報を抹消されたというレベルではなく、最初から存在しないというレベルの情報の無さ。
バニングス家はここで行き詰ったようだが、僕ら管理局の観点からだと、一つの可能性が浮かび上がってくる。

西岸了、もしくはソウルという人物は、第97管理外世界出身では無いという可能性。

これは仮説の域を出ないが、この世界において一切の情報が無いという観点からすればかなり真実味を帯びてくるし、彼が「管理外」とされている世界で魔法を使っていたという事実にも矛盾は存在しない。

なら、彼は意図してこの世界に来たのか、それとも意図せずに来てしまったのか。
前者ならば、無断で管理世界の住人が管理外世界へ渡るのは犯罪行為に当たる。
だが、後者の場合だと次元漂流者という立場となり、管理局としては保護すべき対象となるのだが……。

どうにも彼からは「帰ろう」という意思がまったく感じられない。
可能性が消えたわけじゃないが、どうにも次元漂流者という風には見えない。

そうなると、彼は次元犯罪者であり、故に管理局の目を逃れるために管理外世界に来たという考えも出てくるが、ならば何故管理局に見つかった時点で雲隠れをしてしまわないのかという疑問が湧いてくる。

疑問と言えば、昨日電話口で彼は、自分は魔法を使っていない、使っているのは魔術だと、そう言っていた。
それを聞いた時、魔法も魔術も同じだろうと思ったが、ユーノが言うにはソウルの使う魔法は見た事がないモノだと言っていた。

現在の管理世界は、主流となっているミッドチルダ式と、勢力は衰えているものの、それでも根強い愛好者の居るベルカ式の魔法が大半を占めている。

アースラで観測していたソウルの戦い方は、近接戦闘に特化した魔法を使うベルカ式とみていたが、考古学者として深い造詣を持つユーノはそれを否定した。

なら、他のマイナーな形式の魔法なのではと聞けば、そもそもソウルは魔法行使の際に魔法陣が浮かび上がる事も、個人特有の色彩の魔力光を発する事も無かったという。

それ以前にソウル、──その瞬間は了だったらしいが──彼が魔法を行使した際放たれたのは「風」だったらしい。

これは、魔法としてはおかしい。
ミッドチルダ式にしろベルカ式にしろ、存在する魔力変換は「炎熱」「電気」そして希少な「凍結」の三種類であり、「風」は存在しない。
そもそも、風に魔力を変換して放つくらいなら、単に魔力弾を放ってその衝撃波による風を起こした方が手っとり早いのだから、風の変換は効率が悪いし、意味も希薄だ。

それでも間違いなく了は「風」を使ったらしい。
ユーノはそんな魔法は知らないと言い、執務官として様々な勉強をしている僕もまた知らない。

そうなってくると、ソウルの言った“魔術”という言葉に信憑性が出てくる。
一応、本人固有の特性として「レアスキル」という可能性があり、それを隠す目的として、魔法ではなく魔術だ、と言い張っているのかもしれない。

……とりあえず、現在も情報の収集は続けているが、現状で分かっている範囲内で考察してみたのだが、分からないにしては半端に情報があり、それ以外は一切不明という現状がなんとも気持ち悪い。
昨日の電話口でもたらされた「魔術」というキーワードをソウルが提示したのも、まさかこれを見越しての事なのだろうか? だとしたらなんて性質の悪い……。

とにかく、考えるにしては情報が足りな過ぎる。ならば、その足りないピースは本人から直接聞いて補うのが一番手っ取り早い。
……もっとも、ソウルが素直に教えてくれるなどという期待は、昨日の僅かなやり取りの中で持てないものだと思っているのだが。

元々、面と向かい合って話を聞くつもりだったので、この本人の口から話を聞けるという状況は本来願ったりかなったりといったものであるが、この会合がソウルの言い分で決まったという事実が良くない。

本来ならば、こちらの主導で話を進めたかったのだが、昨日、なのはに連絡をつけて貰った際、終始彼のペースで話は進み、一方的にこの場所を指定され、それ以上の事が出来なかった。

電話を一方的に切られた時は、すぐにかけ直そうとも思ったが、下手に突いてこの状況を御破算にしてしまっては意味がない。
なら、目の前の状況で上手くやっていくというのが僕と艦長の共通見解だ。

「……来たか」

見やる先には人影一つ。堂々としたその姿は、間違いなくソウルのモノだ。
なのはが言うには「ソウル君はすっっごく意地悪だけど、ウソはつかない」との事だが、それもどれだけ信憑性があるものか……。

今度こそ、彼のペースに呑まれないよう、静かに気を引き締めながら、彼を迎え入れた。



Side:ソウル


あくびを噛み殺しながら、昨日の公園を訪れる。
正直、オレ個人としちゃ心底どうでもいいような事だが、やらなきゃ話にならねぇのが、また下らねぇ。
ったく、こんな事は兵卒でしかないオレのやるようなことじゃねぇってのになぁ。

かといって、了にやらせるのは筋違いで、他に知り合いがいる訳でもねぇんだからオレがやるしかねぇんだが。

公園の中を適当に歩きながら周囲を見渡せば、遊び回る子供、犬の散歩、ジョギング等、今日は休日という事もあってか随分と人の姿が見て取れる。

……なんつぅか、随分と平和くせぇ光景だ。
もっともそれは、今日この時に限った話じゃねぇんだが、この休日という空気感のせいでやる気がどんどん削がれている。

天気も悪くはない。了じゃねぇが、こういうときは昼寝でもして過ごすのも悪くは無い。

ま、どうせ昼寝なんざ5分で飽きるだろうがな。

そんな無駄な思考を巡らせながら行くと、海が望める場所へと出る。
そしてそこには、やたらと緊張した面持ちのガキ三人がオレに視線を向けている。

「……って、何か初めてみる顔があるよ?」

と、了が急にそんな事を言い出す。何の事かと思ったが、ああ、そう言えばユーノが人の姿で立っているな。
オレからすりゃあ中身は同じモノだと“視える”から同一人物だとすぐ分かるが、了からすりゃあネズミと人じゃあ、別モノに映るってか。
が、そんな事が分かったとしても、一々教えてやるわけもねぇが。

さて、向こうの連中はオレにどんな印象を抱いているかは知らねぇが、とりあえず期待には応えておいてやろうと、不敵に嗤って見せてやる。

すると、前もって打ち合わせでもしてたんじゃねぇかってくらいに三人ともタイミングを合わせてリアクションを起こす。
表面的には大した変化はないが、固唾を飲むやら、握る手に力が籠るやらという、何ともオレに対する警戒心がバレバレだ。

ま、その中で、気丈に自身の心中を態度に表さないようにしている、確かクロノとか言ったか、そいつの態度は買いか。

つぅか、何でガキ三人なんだ。こういう場は普通大人が出てくるもんじゃねぇのか?
それほど連中はクロノの事を信頼しているか、単にオレが舐められているか。
……ま、昨日の電話に出たのもクロノなあたり、前者だろうな。

「……ハッ」

だが、それにしても、こいつじゃオレ相手に役不足だろうが。そんな事は昨日のやり取りだけでも十分に分かるだろうに。
ああ、そう思うと、つい本人の目の前にして鼻で笑っちまうな?

「……何かおかしい事でもあったのか?」
「別に大した事はねぇよ。それでも気になんなら勝手に推測でもしてるんだな。多分、それは正解だろうからな」

嘲りを隠さない軽い挨拶に、一瞬怒りを露わにしようとするクロノ。だが、それはすぐに飲み込んで、冷静な顔で取り繕う。ああ、健気な努力だなァ?

「それじゃあ改めて初めまして、といった所か。僕は……」
「てめぇの素性なんざ興味ねぇよ。それよりも、ホレ」

そう何度も名乗られる趣味はねぇ。クロノの言葉を遮って、さっさと寄越せと右手を差し出す。

「……なんだ、この手は?」
「なんだとはこっちのセリフだ。まさか何もねぇとでも言うつもりか?」
「いや、何の事だ?」

どうやら本気で分かっていない様子だ。ったく、仕方がねぇな。

「オレは昨日言ったぞ。菓子詰めでも用意しとくんだなってな」
「……あれは、本気だったのか?」

昨日の電話で、オレが切る直前に言った言葉をようやく思い出したようだな。
しかし、本気と取られていないたぁ心外だな。

「まさかてめぇ、このオレが無償で話に応じるとでも思ってんのか?」

どうやら、単に冗談を言ってんだとでも思っていたのか。だとしたら勘違いだ。

「ククッ、オレが珍しく友好的に話に応じる対価を菓子で話をつけてやろうってんのに、まさかてめぇらの方でそれを覆してくるとは流石に予想外だったぜ。
ああ、これはアレだな。交渉決裂と判断していいんだな?」
「なっ、それは殆ど言いがかりじゃないか!?」

これはもう、話し合い以前の問題だなと言ってやれば、今まで何とか抑え込んでいた感情が発露するように、即座に食ってかかってくる。
だが、そんな程度痛くもかゆくもねぇ。

「言いがかり? ハッ、結構じゃねぇか。ああ、言いがかりで良いぜ。
だが、てめぇがなんと言おうとオレは考えを変えねぇ。何の対価も無く話をする気はねぇよ」

オレにはこれ以上譲る義理も義務もねぇと、あくまでオレの方が立場は上なんだと示すように見下した視線をクロノに送る。

対するクロノは、正論とは言えねぇが、それでもある意味筋が通っているオレの言葉に反論する言葉が見つからないのか、下手な反論ではオレに通用しないとでも思っているのか。
何も言葉にせず、押し黙る。

それでも気押される訳にはいかないと言わんばかりに視線は逸らさない。必死にオレを言い負かせるものは無いかと思考を巡らせる。

……沈黙が場に広がる。オレからは何も言う事は無い故の、向こうはオレに言うべき言葉を探しての、そしてギャラリー二人は場の緊迫に呑まれて。

「……僕らには、君に対する実力行使の権限があったとしても、か?」

その沈黙は幾許も無く破られる。
クロノの言い分は、こちらも譲渡しているがあまり度が過ぎる態度を取るというのなら実力行使もやむなし、という事だ。
それは、オレのペースで進む話を自分の土俵に引き込もうというのか、別な切り口から攻めようという魂胆か。

「下らねぇな。詳しくは知らねぇが、てめぇらは正義を謳う組織なんだろ。
それが目の前に平和的に話し合いの席を設ける機会があるってのに、それをてめぇの不手際で台無しにしそうになったら、即座に次は暴力に訴えるか。
ああ、管理局の掲げるのは大した正義だなァ?」

だが、その程度の脅し、なんら意味はねぇ。
権力だろうが暴力だろうが、そんなのオレには関係ねぇ。いくら管理局が強大な組織だろうが、オレが納得しなけりゃ譲らねぇよ。

逆に言えば、納得さえすればてめぇらの言い分を聞き入れてやるって事なんだが、無為にてめぇらの意見を押し通そうなんざ、それこそ鼻で笑って切り捨ててやる。

だが、これ以上今だ互いに話し合いの席にすら着かず、ただ文句を言い合うのは単なる時間の無駄だな。

「オレは最初から譲渡している。それを受け取らねぇのはてめぇだ。
オレがてめぇらに敵対してんじゃねぇ。てめぇらがオレに敵対しようとしてんだろ」

嗤いを消し、事実を告げる。オレには話を聞く準備がある。だが、その準備をてめぇらはしていない。だから未だに論争にすらなっていない事を知れってんだ。

「ここまで言っても分からねぇってんなら、てめぇは何も語るな、何もするな。ただの世を回すだけの歯車になってその生涯を終えろ」

後はもう興味はねぇ。むしろこれ以上は単にイラつくだけだ。
手近にあったベンチに腰を下ろし、腕を組み、足を組んで目を閉じる。
ここに来るまでに思った、昼寝を敢行する。

制限時間はオレが昼寝に飽きるまで。その間に何の事態の進退もなけりゃ、そこで話は終わりだ。

「……あの、クロノ君、この公園には屋台のタイ焼き屋さんがあるから、わたし、ちょっと行って買ってこようか?」

視界を閉じ、オレに届く情報伝達手段は主に聴覚に寄ったもの。
別段聞き耳を立てるような卑屈な行為はしていないが、それでも最初に聞こえてきた声は、おずおずと提案するなのはの声だった。

これは、クロノより今の状況が分かっている、というわけじゃないだろうな。
どうせなのはの事だ。単純にオレがそう言ったから、そうするだけなんだろう。
だが、クロノはオレとの駆け引きという場の上で、どのような行動をするのが自分にとって正しい判断となりうるのか考えを巡らせている。
それは何も考えていないバカと比べて、組織に準ずる者としては悪くは無いものだ。

ただ、残念なのはオレには一切駆け引きをする気は無いという事だ。
オレは最初からその場その場で思った事を言っているだけ。
そこには大して打算も何もない。それを勝手に駆け引きだと思って考えを巡らすクロノは御苦労さん、って話だ。

「言っとくが、オレは菓子を対価にするってんだ。もしそこの白いのが用意するってんなら、オレは白いのの話しか聞かねぇからな?」

だから今も、思った事をそのまま口にする。
管理局という組織が用意した、というなら違うが、なのはは管理局とは違うだろうからな。対価を提示したのがなのはだというなら、なのはと話をするのが筋だとな。

「っ、そんな道理が通るわけがないだろう!?」
「通らねぇってんなら、オレが無理矢理通してやるだけだ」
「くっ……」
「最初に不手際をしたのはてめぇだろ。寛大なオレは、まだ対価を受け付けておいてやろうと言ってんだから、さっさと用意すればいいだけの話だろうが。
それともなにか? まさかそれすらも分からねぇのか、てめぇは?」

さっきから目を閉じたまま話していたわけだが、見ずとも、クロノが目も合わさず語るオレに憤る姿が容易に想像できるな。
もっとも、その憤る対象が勝手な事ばかり言うオレに対してか、場の主導権を握れない自分に対してかは分からねぇが。

「……分かった。少し席を外させて貰う」

オレからすりゃ、最初からそうしてろって話だが、ようやくクロノが折れたようだ。
なら面白くもねぇ昼寝を続ける意味も無い。目を開けてクロノを見やる。

「分かったならとっと行け。ほら、パシリはパシリらしくダッシュだ、ダッシュ」
「くっ」

手を叩いて囃し立ててやると、口惜しそうにしながらも、それでも走って行くクロノ。
これが三流悪役なら「覚えてろ!」だとか負け惜しみを残して走り去るところだが、残念ながらクロノはそうではないらしい。
チッ、つまらねぇ奴め。

そしてこの場に残るのはオレとなのはとユーノの三人。しかし、今更だが何でこいつらがこの場に居る?
考えてみれば、こいつらがこの場に居る意味はねぇ。むしろそれ以上に単なる邪魔だ。
それでもあえてこの場に居る意味は……ま、どうでもいいか。自分で考えておいて興味が湧いてこねぇしな。

「……ソウル君、あんな意地悪は良くないと思うの」

ベンチに座ったままあくびをかみ殺しているとなのはに声をかけられたが、また下らねぇ話を振ってきやがるな、こいつは。

「オレは正当な対価を要求しただけだ。
それを蔑ろにしたのはあのガキだ。むしろ被害者はオレじゃねぇのか?」
「あ、あれ、そうなのかな?」
「なのはっ、ダメだよ騙されちゃ!」

おーおー、そーだそーだ、かんたんにだまされんじゃねーぞー。
言葉にはしないが明らかな棒読みでユーノを肯定する。そしてなのははバカプラス1と内心で評価を付け加える。

「……とにかく、ちゃんとお話はして欲しいの」
「下らねぇな。てめぇなんぞに言われずとも、向こうが筋を通したならオレも通す。
これは誓うまでもねぇ単なる事実だ」

まったくもってめんどくせぇヤツだ。こんな事をいちいち言わねぇと分からねぇってんだからな。

「……うんっ」

ただ、ちゃんと話をすると言われて、本当に嬉しそうにしているこいつは……まあバカなんだが、こう擦り切れもしていない素直な笑みを向けられるのは、少し、眩しいか……。

『……ハッ』

不意に湧いて出てきた自分の下らねぇ感傷は、表に出さずに自嘲として心中で噛み砕く。
オレがそんな事を思うのは今更だ。ガラじゃねぇ以前の問題だ。

「ほら、買ってきたぞ」

最近オレも平和ボケをしてきたかと考えている内にどうやらクロノが戻ってきたようだ。

「ああ、パシリ御苦労」
「くっ」

なんだ、人がせっかくねぎらいの言葉を掛けてやったってのに、そのリアクションは。
はっきりいって失礼じゃねぇのか?

「中身は……何だ四匹か。ハッ、気が利かねぇな。こういうときは最低でも人数分を買うもんなのになァ?」

ダメだしを入れてやると悔しそうにするクロノだった。

「って待て。四匹で人数分じゃないってどういう事だ?」

と思ったら復活してきやがった。どうやら四匹で足りないというのが不服らしい。

「何言ってんだよ。ここに居るのはオレ等二人とてめぇら三人の計五人だろうが。
あ、いやネズミはたい焼きなんざ食わねぇか。そう考えれば人数分か」

この場に居るのはオレと了となのはとクロノとユーノなんだが、ユーノを数に入れなけりゃ丁度良かったか。ああ、これはクロノに云われの無い罪を着せたな。

「待てっ、僕はネズミじゃないって何度言わせれば気が済むんだ!?」

ったく、今度はユーノか?ああ、めんどくせぇ。

「なら雑種か?」
「それも違う!」
「うるせぇ雑穀」
「それはもう動物じゃないしっ、っていうかこのやり取りはもうやったし!」

そりゃあ、てんどんはお笑いの基本だからな。

「えと、大丈夫っ、ユーノ君は立派なフェレットだよ!」
「…………いや、うん。フォローありがとう、なのは……」

そしてトドメに、善意100%のなのはの一言を受け、崩れ落ちるユーノ。おそらくは今の姿が本当だろうってのに、フェレット姿のフォローをされりゃへこむわな。

なのははなのはで、自分の発言の何処がおかしかったか分からない様子。
ああ、こりゃおもしれぇ見せもんだと眺めながら、紙袋からたい焼きを一匹取り出し、残りの入った袋をクロノに投げ渡す。
それを受け取ったクロノは、オレ等が二人で一匹で十分だってのに、オレが適当な事を言っていた事に気付いたらしい。半眼で睨んでくるが、そんなもん右から左へ受け流す。

逆に目でさっさと食えと催促してやると、憮然としながらも紙袋の中に手を伸ばし、

「ああ、君って誰なのかなって思っていたら、ユーノだったんだ」
「!?」

了が喋ったところで面白いように驚いてこちらを振り返る。丁度紙袋へ手を伸ばすためにオレから視線を外した瞬間だったからな。偶然ながら、いい感じに虚を突かれたらしい。

だが、了が話を振ったのはなのはとユーノに対してだ。クロノのマヌケ面はオレの内心でバカにしておくとして、今は二人に向き合う。
というかユーノは復活していた。思ったより早かったが、ま、惚れている女にいつまでも無様を曝していられないという自尊心でも働いたか。

……これはアレだな。持ち上げられた所を落とすべきか?

「あ、そう言えば、どうしてソウル君はユーノ君の事が分かったの?」

とか考えている内に、なのはからいい具合の質問が来たな。

「んなもん見りゃあ、ネズミである事を利用して温泉では堂々と女湯に入っていた変態野郎だって事はすぐ分かるだろうが」
「え?」
「あ!?」
「……君は変身魔法をそんな事に使っていたのか?」

上から順に、小首を傾げるなのは。その時の事を思い出してうろたえるユーノ。そして、ユーノに冷やかな視線を送るクロノ。

「いやっ、アレは僕は男湯に入るって言ったのに、なのはが無理矢理に……」
「ハッ、女を言い訳に使うなんざ最低だな。
おい、そこの執務官。これはどう考えても立派な犯罪行為だろ?」
「そうだな。変身魔法はこういった使用方法があるから、元々厳しい規約があるんだが、今回のユーノ・スクライアの行動を鑑みた場合……」
「ま、待ってよっ、今は僕の話じゃないでしょ!?」
「だろうな。そいつの罪は、後でじっくり取り調べでもしておくんだな」

そう言って、さっきから食べていたたい焼きの残りを口に放り込む。

「一応対価は貰ったからな。さあ、てめぇらの話を聞いてやろうじゃねぇか」

ニヤリと嗤って不遜に構える。さあ、始めようかと軽く威圧をかけ……

「あ、話し合いが始まるなら、僕達もちゃんと自己紹介ぐらいしないとね?」

かけようとしたが、空気を読まない、マイペース野郎に割って入られた。

「えと、はじめまして、だね。僕は西岸了って言います。よろしく」
「あ、ああ……」

クロノもその他二人も、緊張しようとした瞬間に齎された、ほへっとした了の主張に、するはずだった緊張のやり場に困っているしな。

「……君が西岸了か。話には聞いていたが、こうして目の前で見ると違和感が凄いな」

最初に復旧したのはクロノだ。こいつは今までオレとしか接した事がなかったからな。
オレというフィルターを通したなら、確かに余計に了の呑気なペースは際立つだろう。

「まあ、僕とソウルはタイプが全然違うからね。そう思うのも仕方がないのかな?」

違うっつうか、むしろ真逆だな。

了は善性を持つがオレは悪性。
交わらない真逆なのだが、逆にそれが表裏の二面性という意味で、オレと了が一つの肉体に在っても世界からの修正を誤魔化せているという側面があるくらいだからな。

「ほら、ソウルも自己紹介をしたら?」
「ったくめんどくせぇな。……ここは“魂喰らい(ソウルイーター)”と名乗るべきかもしれねぇが、ま、オレの事はソウルとでも呼べ。
ああ、てめぇらの自己紹介は今更いらねぇからさっさと本題に入れ」

オレが名乗って、こいつらの名乗りは不要と言ってやると、了は不満の雰囲気を発する。
だが、だからどうしたという話だ。こいつらから自己紹介はすでに貰ってんだから、今更されても同じ事の繰り返しだ。

「……僕は基本ノータッチだから。ソウルもあんまり度が過ぎるような事はしないでよ」

オレの本心を分かったか分からないか。おそらくは分かっていないなりに何かは察しているんだろう、妙な間を置いて釘刺しの言葉を残すと、そのまま了は引っ込んだ。

それに対してオレは何も返さない。
了がそれで文句がねぇってんなら、一々確認する必要もねぇ。

「つぅわけだ。で、てめぇらは何だってんだ?」

随分と前置きが長くなったが、これで話の場はようやく整ったわけだ。
元々オレから聞きてぇ事はねぇんだから、そっちから話を振られねぇと何も始まらねぇ。
さっさと話を振って来いと、クロノを睨む。

「……なら、話を聞かせて貰おうか」

そしてクロノも状況は整ったと知ったようだ。元々緩めていたわけじゃねぇが、さらに気を引き締めて、対話の口火を切る。

「ジュエルシードは、第一級ロストロギア認定されている。もとより、君も知っているだろうが、ロストロギアは不法に所持するだけで犯罪行為とされる。直ちに……」
「下らねぇ、何だそりゃあ」

何を言ってくるかと思えば、いきなり下らねぇ事を言ってきやがったから、最後まで聞く事無く、鼻で笑ってやる。

「……なら、何処が下らないというのか、是非教えて貰えないか?」

お、ここは食ってかかってくるかと思っていたが意外と平静を保っていられるか。
眉間に縦じわが寄っている辺り、内心どう思っているかはまた別だろうが。

「オレはてめぇらの事情や法なんざしらねぇよ。そもそもこの世界は「管理外」なんだろ。管理している外でも自分等の法が通じると思っている時点で下らねぇってんだよ」

普段なら自分で考えろと切って捨ててやってもいいところだが、対価も貰っているしな。
分からねぇ事を素直に分からねぇと言うのなら答えてやらねぇ事もねぇと、オレが何処を下らねぇと思ったかを教えてやる。

「管理局は次元世界全てを守るために設立された組織だ。その掲げる正義に理解を示して貰いたいっ」

取り繕っている平静が段々と剥がれてきたか、段々と語気が強くなってきたな。それ程こいつは自分の所属している組織を信用しているらしい。
だが、それこそオレが知る事じゃねぇってんだよ。

「世界を守る正義? ああ、素晴らしいな。元々その「世界」で培われた常識なんかよりも自分達の知る正義の方が正しい。
だからてめぇらの意見を押し付ける事に罪悪なんざ存在しねぇ。
何故なら、「自分は正義」っていう大義名分があるんだからなぁ?」
「管理局はそんな真似はしないっ。
管理世界においてもその世界一つ一つの培われた歴史を尊重し、平和への維持活動に力を貸すのが時空管理局だっ。
それは管理外世界においても同様だ!」

クロノは自分の職務に誇りを持って臨んでいるらしい。てめぇの正義なんざ下らねぇと嘲笑ってやると、自分の正当性を主張する。
ああ、確かにてめぇの言っている事は、普通の奴らなら随分と耳に心地よく届くだろうな。

「なら、現にこうしてオレにてめぇの常識を勝手に当てはめてんのはどういう事だ?」

だが、オレからすれば、そんなのは正義の持つ多面性の内たった一面だけを選びとっただけの代物にしか感じねぇ。
その程度じゃ、オレを論破なんざ出来ねぇよ。

「それは──」
「それ以上に、言葉を間違えるな。管理局がそんな真似をしないんじゃねぇ。
てめぇが、クロノ・ハラオウンがそんな真似をしねぇと言え」

そして、オレの言葉に即座に反論しようとするクロノを無視してオレは言葉を続ける。

「てめぇが所属する組織の掲げる正義に共感するのはいいが、それはてめぇ自身が感じ、思う正義とは完全な同一のものじゃねぇ。てめぇの正義はてめぇだけのものだ。
それを、組織なんて多数の思惑が絡み合うあやふやなモノに頼るんじゃねぇ。
正義を口にして実行する気概があるなら、その全てを自身で背負え」

組織なんざ、所詮烏合の衆。人は思想を同じく出来ようとも思考を同じく出来るように出来ちゃいねぇ。
何処まで行っても他人は他人。例え協力関係が成立しても、その他人が完全に自分の思惑通りに動くわけはねぇ。それは信頼を置ける隣人でも同じだ。

それが、組織なんていう大多数の人が同時に所属する場なら、より顕著な物になる。
伝言ゲームは、最終的に届く場まで自身の本心が届くとは限らない。
何処かで齟齬が生まれる可能性は、洗脳をしたとしても完全に捨て去る事は不可能だ。

管理局が掲げる正義を、全員がクロノと同じ感想を抱くわけがねぇ、人の数だけ解釈はある。
その様々な解釈が絡み合い、溶け合い、せめぎ合って組織の正義になる。

故に、管理局の掲げる正義とクロノの信じる正義が同一なわけがねぇ。
それでもてめぇは正義を掲げるというのなら、その正義はてめぇだけの物。
それが正しいと信じられる物なら誰にも譲るな、任せるなってんだよ。

「クロノ・ハラオウン。てめぇは確かに腐った真似はしねぇだろう。
てめぇはてめぇなりに現存する法を自分なりに解釈して、皆が平和であるような選択を選ぶだろうよ。
そのくらい、クソ真面目バカそうなてめぇから察する事は出来る。
だが、それは管理局としての正義じゃねぇ。クロノ・ハラオウンという個人の正義だ。
その思想が正しいかそうでないかは知らねぇし興味もねぇ。だが、それを尊いモノだと、信じられるモノだと胸を張って言えるというのなら、それこそ胸を張って言え。
クロノ・ハラオウンは、誰に言われたからじゃない、自らの意思で守るべきものを守ると。
正義は信じる個人に預けるのはいいが、あやふやになる集団に預けるな」

一通り言ったところで一息つく。
ただ、言い切ったはいいが、これは完全にどうでもいい話だったな。何でオレが今更“正義”について熱く語ってんだかな。

今のオレにはもう、掲げた正義は残りカスしかねぇ。かつて掲げた自由と正義の終焉はすでに見た。
それは結局形になる事無く瓦解した、下らねぇ最期だった。皆が皆、全員死に絶えたのだから意味すらねぇ。
その結果にオレもまた果てたわけだ。救いもねぇ。何もねぇ。

そもそもオレは、幾多の戦場で人ならざる軍勢に先駆け、数多の人を殺し回った“悪魔”と誹りを受けた男だ。
正義について語るべきものは持ち合わせていない。

オレが語ったこれは、先駆者が後続者へ道を示すだなんて代物ですらねぇ。単に、意地を貫き通したオレの我が侭を押し付けただけの物だ。
その上、オレのは個人として動く者の考えであって、組織の中に身を置く者にとっては意味があまりねぇ考え方だ。

クロノにてめぇの常識を押し付けるなって言っておきながらのコレだからな。
ったく、我ながら下らねぇ話をしちまった。まさに下らなさ過ぎてあくびが出る。

「……随分話が逸れたな。で、てめぇは何をオレに言おうってんだ?」
 
話を戻すべく仕切り直す。つぅか、何でオレが仕切ってんだよ。本来ならクロノ主導で話を進めるべきだってのに、終始オレに振り回されっぱなしじゃねぇか。
 ああ下らねぇ下らねぇ。いい加減、てめぇがペースを握れってんだ。

「……君の正義は何だ?」

が、クロノが聞いてきたのはそんな事。オレの勝手な語りに何を感じ入ったのかは知らねぇが、その眼は真剣そのもの。

「教えるわきゃねぇだろ。与太話はいい加減にして本題に戻れってんだよ。
そもそもてめぇはオレに話を逸らされておいてから、オレが軌道修正してやらねぇと戻ってこれねぇのか?
だったら下らねぇな。てめぇみてぇなガキはとっとと家に帰って、素直に親のスネでも齧ってんだな」

だが、もうオレの語りは終わってんだ。これ以上は何もねぇ。答えるべき答えも存在しねぇのに、こいつは何を語れって言うんだかな。
どちらにしろ、その質問にゃ何も答えねぇと嘲笑う事で拒絶する。

「……分かった。この質問は止めにしよう。だが、二つ。
僕は十四歳だ。ガキ呼ばわりは訂正して貰いたい。それと、僕は親の脛を齧るような真似もしない」
「十四なら十分ガキじゃねぇか。ああ、それとも親の脛を齧るより母親のおっぱいでもしゃぶり付く方が好みなのか? ああ、だってんなら謝ろう。
済まなかったな。てめぇは家に帰って母親のおっぱいでもバブバブ言いながらしゃぶってんだな」
「そんな真似をするわけがないだろう!?」

おお、なんつぅかすげぇ勢いで否定してきたな。

「ククッ、知ってるか、ムキになって否定するのは大概は図星を突かれた時なんだぜ?」
「図星なんか突かれていないっ。そもそも常識で考えれば分かるだろう!?」
「ああ、個人の趣味嗜好に口出しする気はねぇよ。だから気兼ねなく満喫してろ」
「だから違うと言っているだろう!!」

まったくもって噛み合っていねぇ会話に、後ろの方でなのははクロノが赤ん坊の真似事をしている光景でも想像しているのか顔を赤くし、ユーノはさっきの風呂覗き疑惑の意趣返しと言わんばかりに冷めた視線をクロノに送る。

だが、オレとしてもだいぶ飽きてきた頃合いだ。
そろそろ終わりにしたいところだ。

「ったく、いつまでも騒いでねぇでさっさと本題に戻って来いってんだよ。このチビスケが」
「……チビ、だと?」
「ああ、ガキって呼ばれんのが嫌なんだろ。さっさと話を進めろチビスケ」
「……く、僕をチビと呼ぶ事に関しては後で改めて訂正して貰うとしようか」

なんだ、おっぱいしゃぶれより、チビと呼ばれる事の方が悔しがっている気がするのは、……気のせいじゃねぇな。
なるほど、こいつは身長がコンプレックスだったのか。
ああ、そりゃあその歳でその身長しかねぇってんのは残念賞モノだしな。同情ぐらいはしておいてやろう。
ま、撤回はしないがな。

それにしても、さっぱり本題に入らねぇな。ったく、仕方がねぇ。

「で、てめぇらは結局、こいつの事で用があるんだろ?」

今オレが持っているジュエルシードは三つ。それらを取り出し、指に挟んだ状態で見せつける。

「てめぇに話を任せようってしてんのに一向に話が進まねぇからな。特別にオレが結論まで到達させてやろう」
「……君がいちいち話を脱線させているんだろうが」

それは乗ってくる方がわりぃんだよ。付き合う意味がねぇならさっさと切り捨てちまえってんだ。

「おい、そこの白いの」
「え、あ、にゃ!?」

放り投げられたジュエルシードを慌ててキャッチする。

「これで文句はねぇんだろ?」
「……どういうつもりだ?」

手にしていたジュエルシードを二つなのはに渡し、これで終わりで良いだろうと諸手を上げてアピールして見せると、クロノが訝しげに警戒を露わにする。

「つもりも何も、どうせてめぇらは何のかんのと理由をつけて、オレの手からジュエルシードを奪い取ろうと算段を付けてたんだろ。その手間を省いてやったんじゃねぇか。
あ~あ、せっかく渡してやったってのに疑惑を向けられちゃ、やるせねぇなァ?」

底意地悪く嗤い、見下しながらクロノの問いに答える。

「なら、何故その一つをこちらへ渡さない?」

指摘をされて、嗤って返す。
見せつけたジュエルシードは三つ。そしてなのはに向けて放り投げたのは二つ。単純な計算をするまでも無くオレの手の内にはまだ一つ残っているって事だ。

「何、これはそう簡単に渡せねぇってだけだ」

別に隠していたわけでもない。手品の真似事でポケットの中に放り込んだ最後の一個を取り出し、改めて手の平に乗せる。

「……理由を聞かせて貰おうか」
「てめぇが言うには、ジュエルシードはロストロギアであり、不法に所持していればそれだけで罪だってんだろ。だからそっちの二つは渡した。
だが、これは違う」

手の内にあったジュエルシードを指で摘むようにして掲げ、言葉を続ける。

「発掘されたモノの所有権は発掘者に委ねられる。この場合、そこのネズミにだな。
そしてこのジュエルシードは、正当な決闘の場において勝者に贈呈されると、その所有権の所持者が認めたもの。
で、オレはその決闘の正当な勝者であり、正当な権利としてジュエルシードを所有権の保持者の認定の下に譲渡された。
だからコレはオレの物。正当な法の下にオレの所有物となったわけだ。分かったか?」
「そんなへ理屈が──」
「通る。それがこの世界、つぅか国の法だ。そしてオレはこの国の住人であり、住人であるからには法に守られる。
詐欺みてぇに謀られたというなら違うが、オレはそんな下らねぇ真似はしていねぇ事はそこの白いのが証人になるだろうぜ?」

確かに書面で契約を交わした訳じゃねぇが、口約束でも交わされた事実には違いは無い。
その上、オレがイカサマをせず真正面からの戦いで勝利したという事は、お人よしななのはは正直に証言するだろう。
そうなれば、法廷で言い争ってもそうそう負けはしない。

……とはいうが、実は八割以上が口から出まかせみたいなもんだ。
この話も元は、テレビでやっていた『四角いなんとかがま~るく収まりまっせ』とかいう決まり文句の番組でやっていたような気がするうろ覚えの知識を、オレに都合よく解釈しただけの代物だ。
実際には、見当外れな事を言っていたという可能性も十分以上にあるが、その時はその時だ。

クロノは自身で法を守ると言い、さらには現地で培われた法も蔑ろにする事は無いと言った手前、法の下に正当な権利があると主張されて、クク、面白いほど悩んでいるな。

「……確かに僕は法を守る立場にあり、管理世界外でそこに元々ある秩序も尊重する。
だが、そのジュエルシードは第一級認定されるほど危険なモノだ。
そんなものをむざむざ放置するわけにはいかない」

それでも、優先したのはジュエルシードの抱える危険性。
法を覆すのは理に反すると本心ではあるようで、かなり苦い顔をしている。
だが、話題の中心の持つ危険性を鑑みれば、実力行使で確保するのもやむを得ないと、その表情は語っていた。

……なるほどな。このままいけばオレを犯罪者扱いにしてきそうだ。
だが、現状としてそれを受けて正式に犯罪者にされるのは面倒だな。
ここはひとつ、方向性を変えてやろうかと、ニヤリと嗤ってみせる。

「だからてめぇは下らねぇってんだよ。その程度頭の巡りで法を守るとほざくか? ああ、呆れてものが言えねぇな
オレは『簡単には渡さねぇ』って言ったんだぜ。少し考えりゃ、『簡単じゃなけりゃ渡しても構わねぇ』って事だって分かるもんなんだがなァ?」

フェイト連中と違って、オレは別段ジュエルシードは犯罪者扱いになってまで確保しなければならないものではないからな。
とはいえ、手放しても痛くもかゆくもねぇが、ただで手放すのも面白くねぇという方向に軌道修正だ。

「……つまり、君は僕らと取引がしたい、そう言っているわけか?」
「取引? ハッ、下らねぇ。オレは単に正当な権利を主張しただけだ。
そもそも、取引ってのは互いの利になるための交換条件を行う事だ。てめぇらはジュエルシードが手に入りゃいいんだろうが、オレは別にてめぇらから貰いてぇモノなんざなにもねぇ。
元々取引なんざ成立しちゃいねぇよ」

これは昨日のフェイトとのやり取りと同じだ。違う事といえば、オレが取引を持ちかけたかそうでないか、その程度だ。

「なら、君はどうすればそのジュエルシードを渡してくれると言うんだ?」
「さあな、その程度はてめぇらで考えろ。
ククッ、オレの持つジュエルシードは諦めるか、平和的にオレに何か交渉を持ちかけてくるか。
平和なんざクソくらえってんなら、力づくで来るか?
ああ、これは決闘による対価で手に入れたもんだからな、決闘で奪い返すって案もあるぜ?」

さあどうすると、簡単に案を並べて様子をうかがう。
オレの予測で一番あり得そうだと思うのは、オレの身柄は保障するからジュエルシードを渡せってのだな。
確かにそれが一番面倒はなさそうだが、なんにせよこいつらの出方次第だ。

「……一つ聞きたい。君は、元々何が目的でジュエルシードを集めていたんだ?
君の言い分では、所有権がユーノにあると知った上で、なのはやユーノと敵対してジュエルシードを集めていた。
だが、そうまで集めていたそれを簡単に手放し、屁理屈を捏ねてまで自分の手元に置いた最後の一つも、条件次第では手放すという。
だが、その条件を君から提示してこないなんて、君は一体、何がしたいんだ?」

現状、少なすぎる判断材料を少しでも多くしようというのか、単に興味本位か。
クロノはオレの目的について聞いてきたが、残念だったな。オレはひねくれ者なんだぜ?

「それはそっちの白いのに散々ヒントは出してやってんだ。今更教えてなんざやらねぇよ」

なのはと初めて出会った時の別れ際の言葉。
月村邸で再会の時のオレとの会話。
ジュエルシードを賭けて戦った時、何故オレは敵に塩を送るような事を話したのか。

ジュエルシードをどうするか明言はしなかったが、その時の言葉の裏を考えれば、ある程度予測は出来る程度の情報は出している。
ま、その時の話を忘れてしまっているってんなら、また教えてやるほどオレはお人よしじゃねぇ。

「……さて、たい焼き程度の対価ならこの程度だ。後は聞かれても答えてやらねぇよ。
オレの目的はどうでもいいが、せめてオレのジュエルシードをどうするかぐらいは、さっさと結論でも出すんだな」

対話はこれで終了と打ち切る。だが、オレはまだベンチからは立たず、成り行きを見る。
また後で呼び出されるめんどくせぇからな。決められるなら今決めろ。
そんな意味を込め、オレはもう何も語らず、ただクロノを見据える。



Side:クロノ


話は終わったと、ソウルは沈黙を守っている。
対価分は喋ったと言った以上、これ以上どんなに問い詰めても答えは得られないだろう。

一通り話してみたが、僕がソウルに抱いた印象は「食えない男」だという事だ。
その言動は終始大胆不遜。頭が切れるのだろう、打てば響くと、僕の言葉に即座に返してくる。だが、その言葉の大半は神経を逆なでするような、隠しもしない嘲り。
さらに、不意を突くように、正論を捻くれた言葉に変えて放ってくる。

単純な悪意ある言葉で感情を揺さぶられ、その隙に、言葉尻だけで捉えるとただの罵詈雑言だが、考えて聞けば確かな正論を内包している暴言に、終始ペースを乱されている。

正直、こんなやりにくい相手は初めてだ。執務官になる上での勉強の中で、様々な状況に対する手法を学び、それを実践の中で自分なりに「こうすれば良い」という形を学んできたが、その尽くを圧倒されてしまっていた。

ソウルの言う事は確かに暴論であり、論破する隙はいくらでもありそうものなのに、終始たたみ掛けられ、反論の言葉を練る暇がない。

いや、暴論の中にある正論を認めてしまった時点で、僕は返すべき言葉を見失ってしまっている。

確かにソウルの語った正義については考えさせられるものがあったし、無茶苦茶を言っているようで、そこには芯がひとつ通っている。

また、会話で解決出来る余地があるというのに実力行使にでるなら、それは正義をかさにきた暴力ではないのかと暗に言って来ている。
ここまで言われてしまっては、実力行使ではなく対話で解決しなければと思ってしまう。

最初に呑まれないよう意気込んだハズなのに、完全に呑まれてしまっていた。
これほどの話術を身につけておいて、ソウルが僕より年下だというのははっきり言って信じられない。
変身魔法で外見年齢を偽装していると言われた方がしっくりくるくらいだ。

だが、ここまで堂々と管理局と向き合っているのだ。変身魔法で姿を変えているという線はおそらくないだろう。

……ああ、本当にやり辛い相手だ。それでも、ジュエルシードほどの危険物を放っておけば悲劇が起こる事は容易に想像が出来る。
僕は、事態を解決の方向に導かねばならない。それが僕の仕事。

だがどうする。ソウルは態度こそアレだが、確かに交渉の余地を残している。
理由をでっちあげてソウルを拿捕するという手段もあるが、話し合いで解決できる可能性が十分残されているというのにそれを行わないというのは、それこそ暴力だ。

なら、ソウルの言う通り対価をこちらで用意するか?
だが、ソウルは何も望むものは無いという。どう考えても、金品をいくら積んだところで首を縦に振るようなタイプには見えない。
……一体何を提示すればソウルは納得するのか。

「ちょっといいかしら?」

どうするべきが最善に近づけるかを考えていると、不意に声が掛けられる。
だが、この声は女性のものだが、なのはのモノではない。
いや、それ以上に、僕にとってこの声は非常に聞き覚えのあるものだ。

「どうして艦長がここに!?」

嫌な予感というか確信の下に振り返ると、そこにはアースラでモニタリングしていたはずの艦長の姿があった。

「あら、ちょっとソウル君と私も直接お話してみたいって思ったからよ?」
「でもっ、だからって艦の最高責任者にそう軽々と持ち場を離れられても困ります!」

認めたくは無いが、確かにこの場は僕一人では手にあまっており、誰かに手助けして欲しいとも思っていた。
でも、だからって最高責任者である艦長が前線に出てくるべきものじゃない。

「私は時空航空艦アースラ艦長、リンディ・ハラオウンよ。気軽にリンディさんって呼んでいいわよ?」

だが、艦長は僕の進言なんて気にした風もなくソウルに声を掛ける。
これはダメだ。僕の意見を聞き入れる気が一切ない。
そんな艦長に対し、僕だけではソウルに押されてしまうという現状、助けてもらえて良かったという安堵と、手を煩わせているという情けなさが心中を占める。

「んな風に呼ぶわきゃねぇだろ」
「あら、ソウル君ったら照れ屋さんなのね」
「オレは筋金入りのひねくれ者だからな。残念だったなァ?」
「ふふふ……」
「ククク……」

……なんだろう、二人とも笑っているのに、いやに空気が重い。
ソウルは艦長の軽口にも動じる事無く、艦長も動揺を見せないソウルに引かずにいる。
一方は微笑むように、一方は嘲笑うように。
ふたりは笑い合っているが、そこに言葉にならない腹の探り合いの応酬が繰り広げられているような気がする。

ふたりの周りでは凍結系の魔法を使っているわけでもないのに温度が下がっていっているような気がする。
それはなのはとユーノも感じているらしく、ふたりに近づかないように今まで以上に距離を置いていた。

「で、用件はさっさと言うなら聞くだけはしてやるぜ?」
「そうね、貴方には回りくどい言い方に意味は無いでしょうから、単刀直入に言わせて貰うわ」

僕も口をはさめずにいると、ふたりの間でどんな応酬があったのかは分からないが、いきなり結論に突入していた。

「ソウル君、ジュエルシードを賭けて貴方にうちのクロノ・ハラオウン執務官が勝負を挑むわ」
「ちょっと待て母さんっ、急に何を言い出すんだ!?」

何がどうなって僕とソウルが勝負をしなければならないんだ!
もっとこう、和平の手段が色々とあってもいいじゃないか!

「あら、今は艦長、でしょ?」
「うぐ、……艦長、一体どういうつもりか教えて貰えませんか?」
「ソウル君は自分が納得すればジュエルシードは渡してくれると言っているけど、物品ではきっと納得しないでしょう?
なら、確実にソウル君も納得出来るやり方を提案しただけよ」

僕が呼び方を改めると、満足したかのようにしながら理由を語った。
……確かにそれも一理ある。
一々回りくどい上、こちらの神経を逆なでして冷静さを奪うソウルと話をするのは非常に疲れる。
ジュエルシードを対価で交換して貰うにしても、一体何を要求されるか分かったものではない。

だが、勝負という形で相手も同意のうえでの戦闘なら一方的な暴力にはならず、勝てば失うものもなくジュエルシードを手に入れる事が出来る。
ソウルも勝負に勝ったから正当な権利があると言っていたのだ。僕が勝つ事ができたらジュエルシードの所有権が自身にあるとは言えないはずだ。

こう考えると悪い事は無い。僕も、そういった事を考えなかった訳じゃないから艦長の案も分かる。

「でも、もし僕が負けてしまったらどうするって言うつもりですか?」

これが僕の不安要素。確かにメリットもあるのだが、負けた時のデメリットもまた大きい。
勝負に負けてしまったら、それこそ本当にソウルにジュエルシードの所有権があると認める事になり、取り返す機会が無くなってしまう。

やるなら勝っても負けても大丈夫なように策を準備しておきたいのだが、それがないならこれは単なる賭けだ。そんなものに乗るわけにはいかない。
だから僕には、この考えを提案は出来なかったのだ。

「あら、アースラの切り札である貴方が負けるわけないじゃない」
「な……」

でも母さんはあっさりと僕が勝てば問題は何もないと言ってくれた。
いや、確かに僕も戦いになれば負けるつもりはないが、だからと言って……。

「ククク、ハハハ、ハーッハッハッハッ!」

なんとか、母さんに反論しようとすると、それを遮るようにソウルが急に哄笑を上げる。

「ああ、おもしれぇよっ、オレも冗談のつもりだったってに、まさかマジで勝負を挑んでくるとはなァ?
クク、笑わせて貰った礼だ。一つオレからも提案してやろう」
「提案?」

一体どうしたのかと訝しんでいると、そんな事を言ってきた。

「ああ、てめぇらがそこのチビスケ一人で挑んでくるってんなら、ハンデをくれてやる。
その時はオレじゃなく、うちの軟弱コンニャクにてめぇの相手をさせてやるよ」
「って、いやいやいやっ、何でそこで僕が出てくるのさ!?」

ソウルの提案に対し、誰よりも早く了が反論する。
察するに、『軟弱コンニャク』とは了の事らしいが……。何だろう、今の了の姿に非常に親近感を覚える。

「何でって、ハンデだっつってんだろ。オレがやっても勝負は見えてるからな。それともなにか、オレがやって、うっかりチビスケを殺しちまってもいいってか?」
「あ、う、いや、それはもちろんダメだけどさ、う~ん……」

殺すという単語は聞き捨てならないが、了はどうやら押し切られそうだった。

「クク、そういうわけだ。後はてめぇらが臆病風に吹かれるかどうかだけだ」
「ならこの勝負は成立、って事ね?」
「ああ、ジュエルシードの所有権を賭けたこの勝負、受けてやるよ」

……当事者であるはずの僕や了が、置いてけぼりのままに話は着いてしまっていた。
今更無駄だとは分かっているが、もう少し本人達の意思というモノを尊重して貰いたい。

「……いや、何で腹をくくるしかない状況になっているのかなぁ?」

了はこの勝手に話が進んでいる事を快く思っていないようだが、それと同時に諦めたらしい。
僕の方も、今更嫌だと言っても聞き入れてはくれないだろう。

表立って溜め息を吐くわけにいかず、内心で頭を垂れる。
僕に出来なかった決断を代わってしてくれた母さんには感謝の気持ちもあるが、それ以上にやるせない気分だった。









あとがき

主人公ズと管理局との対談はソウルの「ずっとオレ様ターン」が発動中だったという第十四話。

次回、作者的には「真・主人公」のはずなのに、戦闘シーンとかで出てこないので影が薄くなっているのではと心配になっている了君が参戦です。



余談。

りりなの世界の魔法には「風」の魔力変換はないと思ったので、了の魔術に対してのクロノの考察はあんな形になりました。
なのに、PSPのゲームでシャマルの使う魔法に『風の~』という名前が!

とりあえず、シャマルの魔法は「魔力が風に似た状態を模している」と、魔力を風に変換しているわけではないと解釈しました。

ただ、その内『風の魔力変換もある』とか公式で発表されたらどうしようかと戦々恐々です。


余談Ⅱ

今回の話の中でクロノが「現在、魔法はミッドチルダ式とベルカ式が大半を占めている」と発言して貰いました。

実はずっと前から気になっていたんですけど、上記の二つの魔法体系の他にもマイナーな魔法体系ってあるんじゃないかなと思っていたんですけど、その辺りはどうなのかな、と。

キャロの「召喚魔法」みたいに部族の中で継承しているとか。
科学者が新たな魔法体系を編み出そうと研究しているとか。
そんな風に色々あると思うんですけど、どうでしょう?

たとえば、物質精製を得意とする魔法体系、『(ブラック)スミス式』魔法。なんて?
……いえ、ミッドもベルカも地名が魔法名になっているので、スミス式という名前は無いとは思いますが。

そういう話もありそうなんじゃないかな~と思ったので、その辺りを匂わせるような考察をクロノにして貰いました。
実際にはどうなのかちょっと分からなかったので、この辺りは独自解釈と思っていていただければとの余談です。

というか、言いたかっただけです。




[14283] 第十五話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/04 21:20
今回、僕が口を挟む間もなく、あれよあれよと僕が戦う舞台が整ってしまった。
ジュエルシードに関してはソウルの領分なんだから、僕のでる幕は無いと思うんだけどなぁ……。

そう思いながらも、僕は、僕が戦う事を承服した。
理由は、これから僕が戦う相手、クロノ・ハラオウン執務官が強敵だからだ。

ソウルは『もし自分が戦ってうっかり殺してしまってもいいのか』と言った。
普通に考えれば、これはいつも通りのソウルの発言。

でも、こんなセリフをなのはさんやフェイトさんを相手にしては言わなかった。
つまり、『殺さないように手加減をし切れるか分からない』という事なんだと思う。

もうひとつソウルの言葉を拾うと、『理解が出来ないなら、単なる歯車になって生涯を終えろ』とも言っている。
本当に無能な相手なら、もっとシンプルに『死ね』と言うだろうに。

そういった事を鑑みるに、ソウルは今現在の実力か、これからの期待値を思っているかは分からないけど、クロノが実力者であるという事を認めている。
そして、リンディと名乗った女の人も、クロノの事を『アースラの切り札』と称していたんだから、それがソウルが自分の判断に確信をもったんだと思う。

ソウルの戦闘スタイルは「攻め」に特化しているようなモノだから、手加減に失敗すれば即死させるような戦い方だ。
対して僕は「守り」に重点を置いているし、攻撃も加減が利く。
多分、バリアジャケットと呼んでいた守りを突破し切れないよう調節は出来ると思う。

だから、この場は僕が戦った方がいいんだと思った。

しかしまあ、別に負けず嫌いでもない僕が戦って、負けたらソウルはどうするつもりなんだろう?

……まあ、そのあたりはソウルにも考えはあるか。





魔法少女リリカルなのはCross souls  第十五話



Side:了


僕は、対戦相手であるクロノと向かい合っている。
既に周囲には封時結界とよばれる結界で外界と隔離されている。
その中で僕は地上に、クロノは空中に、それぞれ身を置いている。

……それにしても、ごく自然に空を飛んでいるってずるいなぁと改めて思ったりしている。
もし僕が勝てたら、賞品として、空を飛ぶ魔法を教えて貰えないかなぁなんて思うけど、そんな取らぬ狸の皮算用をしていても仕方がないか。

「──この手に掴む、“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)」

その名を呼ぶと、ソウルの魔術によって編みあげられた弓が左手に現れる。
本来は長弓と称されるような洋弓なんだけど、子供の身体の僕に合わせてソウルに少し小振りサイズにして貰ってある。
ソウルは槍のサイズを特に変化させずに使っているけど、僕にそんな芸当はできません。

まあそれ以前に、弓道を嗜んでいる身としては洋弓より和弓の方が良いのだけど、元々が西洋人であるソウルにそこまでを要求出来ないという困った事もあったりする。

「──“還元の風”(リバース・エア)」

続いて口ずさむのは、僕の内に知らず継承されていた、僕の唯一の魔術。

僕は『魔術師』じゃない。
魔術を修めたわけじゃないし、これから魔術を修めようというわけでもない。
どちらかといえば、魔術を道具として使う『魔術使い』に近いけど、それもまた、正確に僕を言い表せていない。

僕は単に魔術を知っているだけ。

この“還元の風”という魔術もまた、『継承した』という自覚はなく、その存在に気付いたのは割と最近だ。

この魔術は、風を魔力に変換し取り込み、魔力を風に変換して吐き出す「呼吸」の魔術。

使いようによっては無尽蔵に魔力を供給できるのだけれども、残念ながら、僕にこの魔術を使いこなす事は出来ない。
何故なら、この魔術は僕の意志とは無関係に発動しているのだから。

「すぅ……、ふぅ……」

出来るのは、この魔術の存在を意識する事だけ。
息を吸い込むと同時に魔力を取り込み、息を吐き出すと同時に魔力を放出する。
魔力は、僕と空気中を行き交い、ふたつの境界をあやふやにする。

僕が空に溶け込み、空は僕を受け入れる。

意志は此処に、思考は彼方へ。

体現するのは、色即是空。

「……僕の準備は整ったよ」

何をするでもなくただ立ち、閉じていた瞳を開き、戦うべき相手を見据える。

「さあ、始めようか?」



Side:クロノ


僕の西岸了の人物像は、「気安い少年」といったものだった。
マイペースでのんびり屋のきらいはあるが、普通に何処に居ても不思議では無い少年。
事前に彼の情報を得ようとなのはとユーノにも話を聞いたが、大体僕と似たような認識だった。

だが、こうして戦いの場に立つ了の姿は、僕の眼には異質なものと映る。

戦いの場は、日常とまったくの別な物。戦場には独特の空気感が存在する。
それは、いやがおうにも緊張を強いるたぐいのものだ。

僕も少なくない戦いの場を経験してきたが、その緊張感を捨てる事は出来ない。
いや、捨てるというのは違う。適度な緊張を維持する事で集中力を高める。それが上手な緊張感との付き合い方だ。
緊張感を捨て去ってしまえば、残るのは弛緩だけ。それただの油断であり、隙だ。

だが、了はどうだ。

自然体で立つその姿に緊張は見て取れない。全くと言い程感じない。
だが、油断や気を抜いているというわけでもない。
それどころか、確かにこうして対峙しているというのに、ふと油断をしたらその姿を見逃してしまいそうな予感がする。
あまりに自然過ぎて逆に不自然という、矛盾を内包している感覚。

……得体が知れない。

一見すると隙だらけだというのに、何処からどう攻めて良いのか、戦術のビジョンが見えてこない。

「一応聞くけど、もう戦いは始まっていると解釈していいんだよね?」

了は普段のように、何の気負いもなくごく自然に語りかけてくる。
普段ならなんて事は無いはずのそれも、今は異質なものに見えてしまう。

「ん~、じゃあ僕が先手を取らせて貰うよ」

僕が返事をせずにいると、それを了解と受け取ったらしい。
了は半身を引き、弓を構え、引く。

その動きは別段早いわけじゃない。むしろゆったりとしたものだ。
だが、無駄がない。流れるような弓を引く姿は、一切の無駄を排除し、最短距離を最も効率の良い工程を経て行う。
だから、動きは遅くとも、結果としてその速度は早い。

その弓を引く雰囲気は、周囲を巻き込んで時間の流れを遅く感じさせる。
時間が引き延ばされているような錯覚に戸惑う内に、了はすでに魔力を矢と成し、弓を引き絞り、満を持している。
洗練されたその動きも相まって、一瞬の間にその工程を終えたかのように思ってしまう。

「様子見だから、ちゃんと防御してよね?」

油断なく構えている僕に、了はそんな事を呟くように話しかけてくる。
そんな事を言われるまでもない。僕は反射的にそう思ったが、

「な!?」

気が付いた時には、すでに了は魔力弾を放っており、それが眼前に迫っていた。
それを僕は、辛くもシールドで受ける。
油断をしていたわけじゃないのに、魔力弾を放つタイミングがまったく計れなかった。
もし先に声をかけられなかったら、あの弾速からすれば、下手をしたら防御も回避も出来なかったかもしれない。
その事実を認め、冷や汗が頬を伝う。

「う~ん、今ぐらいだと少し弱いか。もうちょっと込める魔力を多くした方が丁度良さそうなのかな?」

防がれた事に何の感慨も見せず、了はさっきの様子見と言ったのは、本当の意味で様子見だったと言わんばかりに、自分の放った魔力弾に感想を口にする。

「うん、それじゃあ続けていくよ?」

そして、いつの間にか、すでに次弾の魔力の矢が引き絞られていた。
確かに僕の目の前で、ゆったりとした動きで弓を引いていたはずなのに、それに気付けなかった。
いや、これは、風が吹く事を当然と思うように、了が弓を引く姿もまた自然に在って当然の光景と認識していた?

そして、次こそ何の宣告も無く矢は放たれた。

「くっ」

回避は間に合わない。再度シールドで防御したのだが……まずい。
最初と比べて威力が確実に増している。
シールド越しに伝わってくる衝撃足が止まるのも問題だが、受け続けていたら魔力を削られてこちらが行動不能になってしまう。

そんな風に僕が戸惑っている内に、了は次弾装填を完了している。
動きは遅いはずなのになんて回転の早さだと、思わず心中で悪態をついてしまう。

だが今は戦闘中。文句を言うよりも行動だ。

受けてみて分かったが、了の魔力弾は障害にぶつかったからと言って炸裂したりしないようだ。
僕のシールドとぶつかっても、それを押し退けようとするように突き進んできていた。

それはつまり、了の魔力弾にこちらの攻撃魔法をぶつけても、こちらの魔法の威力が劣っていればそれを突き抜けてくるという事。

僕の使える魔法の中で、射撃弾であるスティンガーレイ、誘導弾であるスティンガースナイプは、その威力は了の魔力弾に劣っているから相殺させる事は出来ない。
手持ちの中で威力が上回るのは砲撃魔法ぐらいだが、相殺させるために使うのは割に合わない。
それ以前に、下手に魔力をチャージしていたら、その隙を逃さず射抜いてくるビジョンが明確に浮かんでくる。

防御は魔力が削られるから、あまりやりたくない。
魔力弾を相殺させて防ぐのは、良い選択肢ではない。

なら、僕が選ぶのは回避だ。

了の攻撃は、弾速はあるが単純魔力砲。その軌道は直線だ。
さらに、一度に複数弾を放つわけでもないし、射る毎に弓を再度引くという工程を行うのだから、それぞれが完全な単発。

僕は速さ自慢では無いが、それでも機動でフォローして動き回り、狙いを外させる事が出来れば、回避は容易なはず。

取るべき行動は決めた。ならばそれを実行する。
了の動きを警戒しながら、大きく迂回するような軌道を取る。
足を止めたらその瞬間に了は矢を放つだろうから、常に動き回って攪乱する!

「ふっ」

だが、僕が動いた先を狙ったかのように了は矢を放っていた。

「くっ!」

まるで自分から矢に当たりに行ってしまったようで、回避は無理だったので、シールドで受ける。

(動きを読まれたか?)

今の了の射はタイミングが完璧だった。偶然、たまたまという考えは甘いモノだろう。
油断するわけにはいかない。今のは完全に狙われたものと判断する。
単に動き回るだけではダメだ。緩急をつけなければと、衝撃で止まった足が復旧するのと同時に、空中を縦横無尽に動き回る。

これでどうだと、未だその場から一歩も動かないでいる了の様子を窺い見る。

「……」

了は、特に何も考えてはいないかのように、普通に僕の事を“見ていた”。

その事実に、僕は驚きを抱く。
いくら僕が動いても、了の眼は僕を捉えているのだ。

それは大地に根を張った大樹のように、僕の動きに惑わされず、ただ僕を見据える。

そして、狙いは完全についているのだから、放てば命中するのは当然の結果と言わんばかりに、さらなる魔力弾が僕を襲う。

それをシールドで防ぎながら、僕が今相対しているのがとんでもない相手だと知る。

攪乱には一切惑わされず、精密な狙撃を行う。
それも確かに脅威だが、今までの射撃でそれ以上の脅威が了の射撃にはあった。

それは、「了には攻撃の意思が見えない」という事だ。

普通、攻撃をしようとしたなら、その意思があるはず。
行動を起こそうというのなら、そのためのタイミングの取り方の『呼吸』がある。
それは、掛け声を上げるような分かりやすいモノにしろ、表に出さずにいるにしろ、やろうとするのなら生まれるハズのものだ。

だが、了にはそれが見えない。
ただ立っているように見えて、次の瞬間には矢を放っている。
どのタイミングで矢を放ってくるのか、それを察知する事が出来ないでいる。

更に、その流麗な動きは、ゆったりとした動きのはずなのに、一瞬の内に準備が完了させているような錯覚を催す。
動きは速くないというのに、その動きがまったく追えないなんて、初めてだ。

やっている事自体は基本的で当たり前と言えるものだが、このレベルまで来ると、ただそれだけで回避も迎撃も封じられてしまう。
そして、高い貫通力の前に、いずれ防御も力尽きて勝負がつく。

《Set on》

準備するのはスティンガーレイ。弾速の速い直射型の魔法。

未知の相手だからと様子見をしようとしていたが、無理だ。
少なくとも、僕には了の攻撃を受けきる事は出来ない。


了の弓の腕は驚嘆すべきものだ。だが、射の間隔自体は早くは無い。
早いと思うのは僕が勝手に勘違いしているだけ。こちらから攻撃するのに十分な時間がある!

「ショット!!」

了の射撃直後に合わせて魔力弾を放つ。
了はその場から動いていない。おそらく固定砲台型なのだろう。
最低限、あの場に足を固定させなければ、あれほどの命中精度は維持できないはず。

「なっ……!?」

どうやって防ぐかと思っていたが、僕の魔力弾は了の身体をすり抜けた。

……違う。アレは単に、当たる直前に立ち位置をずらして回避しただけだ。
だが、その動きがあまりに滑らかで自然だったために、動いていないように錯覚してしまった。

そして、了の何事も無かったように次の矢を準備する姿は、すでに異質を通り越して、戦慄を感じさせるものだ。

《Set on》

ダメだ。直射弾じゃ、いくら撃っても当たる気がしない。

「ショット!!」

今度は誘導弾を展開して、全方位から攻め立てる。
これなら避けきる事はできないだろう!?

「うにっと」

だが了は、大して気も入っていないような掛け声と共に、それすらも回避する。
その動きは決して速く無い上、その場から殆ど動いていない。
それなのに当たらない。

必要最低限動くだけで誘導弾の大半を回避し、それでも当たりそうな最低限だけを弓を振るって弾く。
まるで実体のない幻影に攻撃を繰り出しているかのようだ。

精密射撃にも驚いたが、これほどの回避技術で防御も万全とは、本当にこいつは何者だ?

だが、なら、これならどうだ?

誘導弾ではなく直射弾をふたつ、真正面から狙い撃ちにする。
だが、今までの事を考えるならこんな真正面からの攻撃なんて簡単に避けれるはず。

無論、当てるつもりは僕にも無い。

了の目前でそのふたつの軌道を交錯させる。
目前で魔力弾がぶつかり合い炸裂し、爆煙で了の視界を覆い隠す。
そこへ、多数の直射弾を一斉に向かわせる!

これだけじゃ終わらせない。視界を潰したぐらいであの回避力を奪い取れたなんて楽観視できるはずも無い。

僕の狙いは接近戦。全てはそのための布石。
爆煙と、そこへ襲い掛かる魔力弾をすべて目くらましにして、高機動魔法で了の死角へ回り込む。

爆煙を潜り抜けた先に了の背中を見つける。
その姿は無傷。防がれるとは思っていたが、無傷だというのは少しショックだ。
だが、すでに僕達は接近戦の間合い。この距離では射撃は使えない。
しかも僕は背後を取っている。

白兵戦用の魔法を起動。その一撃を乗せたデバイスを振り下ろす。

(取った!)

タイミングは完璧。了は後ろも振り向かない。
吸い込まれるようにデバイスは了へと振り下ろされる。

「残念だけど、そこは僕の死角じゃないよ」

だが、振り下ろされたデバイスに手応えは無かった。
それはあたかも、最初から何もない場所へ向けて攻撃を繰り出したかと錯覚するほど。
だが、さっきまで了は確かに振り下ろす軌道の途上に居たはず。

僕の視線の先で了は、立ち位置を半歩ずらすように身体を捻りながら避けていた。
その上、その勢いのままに手にした弓を横薙ぎに振り抜く!

「くぁっ!?」

とっさにデバイスを盾に防ぐ。
ぶつかり合う杖と弓。デバイスを通して手に衝撃が伝わってくる。
万全の態勢で無いため、力が入り辛く、思わず苦悶の声が漏れる。

だが、耐えられている。

了は身体を捻り、その勢いを加算させての払い攻撃だが、その一撃は万全の態勢で無い僕でも受け切れている。
それは、やはり接近戦ではこちらに分があるという事。

この程度なら、射撃よりも御しやすい。
接近戦でも了の回避力は健在だろうが、このまま離れず喰らいついて行けば……、

「──“解放する風”(レデュース・エア)!」

了が何かを呟く。この距離でどんな魔法を使うのかと思う間に、突如、了の弓から烈風が巻き起こる。

「な、うわぁ!?」

地に足をつけて踏ん張ろうとするが、至近距離から放たれたその風に抗う事が出来ず、そのまま中空まで吹き飛ばされてしまう。

無理な体勢で弓での打撃を受けていたそこへの追加の風で、完全に体勢を崩してしまっている。
僕の視界は天地が逆転して映っている。その中で、了は真っ直ぐに僕へ向けて弓を構える。すでに矢は番えられている。

『まずいっ……!』

正面にシールドを展開するのと、了の射撃は同時。
急ごしらえで構成は甘かったのと、さっきまでより威力のあった了の射により、さっきまでちゃんと防げていたシールドは射撃と相殺してしまった。
だが、身を守る事は出来たので良かったとする。

「む~、やっぱり空を飛べるって言うのはずるいよなぁ」

了にとって今のは必殺の一撃だったのだろう、防がれた事に僅かに眉を顰める。
だが、だからと言って揺らぎは見えない。すぐにでも追撃が来てもおかしくは無い。

その姿を警戒しつつ、今までの戦闘で得た情報をマルチタクスを駆使して纏め上げる。

遠距離では正確無比な射撃。
接近されても、風で吹き飛ばして相手の体勢を崩して再度射撃。
それを支えるのは静かな湖面のような集中力と、驚異的なレベルの回避スキル。

射撃、というより狙撃が得意なのだろう。
本来、こうして対峙する形での戦闘は本分では無いはずだというのに、こうして僕は攻めあぐねている。

戦い方は、はっきりいってワンパターンだ。
狙って撃ち、攻撃されたら避けて、接近されたら風で吹き飛ばす。

言葉にすれば単純だが、それを徹底している事は、一通り味わって実感した。
僕がイレギュラーを挟み込もうとも、シンプルであるから対処も容易。

……本当にやり辛い。

接近を嫌がっているようだが、さっきと同じ手段は通用しないだろうし、あの風もある。
打撃と組み合わせての吹き飛ばしの風は、シールドで防いでもシールドごと吹き飛ばされそうだ。
もっとウエイトがあれば違うだろうが、僕の……その、小柄、な体格では耐え凌ぐ事は出来ないだろう……。
くっ、僕だって好きで小柄なわけじゃないんだ!

……だが、勝てない相手では無い。

僕がどうして魔導師ランクをAAA+の評価を得ているか見せてやる。



Side:了


実際に対峙してみて、やっぱりクロノは強いと思う。
さっき背後を取られた時なんて、結構危なかった。

そもそも、今の一連の動作は、僕の必勝パターンなんだけど、逆を言えばワンパターンでしかない。
このパターンを構築するだけで今まで精いっぱいだったので、他のパターンは実戦で活用できるほど形になっていない。

そんなわけで、引き出しの多さでは絶対クロノに負けていると思う。
長引けば僕の方が不利になって来るだろうから、さっきので決着がつけられなかったのが痛い。

まあ、さっきは本当の威力で射を行っていれば、あのバリアごとクロノを吹き飛ばせていたとは思うけど、それをやったらソウルに代わって僕が戦っている意味もなくなるんだから、仕方がないと言えば仕方がないか。

そんなわけで、再度狙いを定めつつ弓を引く。
同時に“空を射抜きし弓”は僕から魔力を吸い上げ、魔力を矢へと構築する。

僕にとって、魔力は使おうと思って使うものじゃないから、こうして勝手に魔力を使ってくれるこの弓は本当に便利だなぁと、実感する。

見上げる空には的であるクロノの姿があるんだけど、今は佇むようにその身を空中においている。
何か作戦があるのかなとも思うけど、なんにせよ僕にあるのは必勝パターンがひとつだけなんだから、考えては仕方がないと、狙い澄ました矢を放つ。

次の矢を番えながら、クロノの動きをみていたけど、さっきまでのように動き回って回避しようとしていなかった。
代わりに、クロノの前面に盾のようなバリアで防いでいた。
それは、さっきまでの周囲に張り巡らせるタイプとは違う。

何がどう違うのかなぁなんて思っていたら、その盾を迂回するようにさっきも見た魔力弾が飛んできた。

ギュンギュン曲がりながら飛んでくるそれらを避けながら、ふと思う。

『あれ、これはちょっとまずいかも?』

僕は今まで、魔法は一度にひとつずつ使うものだと思っていたけど、今のクロノは防御と同時に攻撃魔法を放ってきた。

それは、こちらからの攻撃を防ぎながら攻撃も出来るという事で。
僕も回避行動を取りながらの射は一応出来るけど、それだと射のペースががくんと落ちるという事で。
このまま続けていたら、段々僕の攻撃の機会が薄くなってくるという事で。

結論、このままいったらジリ貧だ。

う~ん、これはマズイ。次からは込める魔力量を増やして、クロノの防御を力技で突破でもしないと、勝機がなくなりそうだ。
というか、僕にはそれぐらいしか選択肢がないか。

そんな風な事を考えながら、クロノの魔力弾の薄い方へ避けながら移動していたら、進行方向の空間に何か違和感があった。

あ、これは進行方向を誘導されたっぽい。

うっかり嵌められるところだったと、その一歩手前でこの事実に気付けたのは良いんだけど、魔力弾を回避しようとすると、このまま進むしか道がない。

僕に選べる選択肢はふたつ。
このまま罠っぽいものへ飛び込むか。
魔力弾の群れへ飛び込むか。

う~ん、我ながらどっちもどっちな選択肢だ。

なんて考えている内に、僕をさらに追い立てるように今度は曲がるのではなく一直線に飛んでくる魔力弾がいくつも襲いかかってきていた。

「──“解放する風”っ」

これは早急に決断しなければと、僕が選んだのは後者だ。
踏み込もうとした足を堪え、振り返るようにしながら風を巻き起こし、クロノの魔力弾をまとめて吹き飛ばす。

背後を見れば、進もうとしていた場所にこの間なのはさんと戦ったときソウルが受けていた拘束の魔法みたいなのが発動していた。

うん、危なかった。ソウルは力技でアレを破っていたけど、僕にそんな真似は出来ないし。あのまま行っていたら敗北決定だった。

さて、よくもやってくれたなと、クロノを見上げてみたら、なんだかクロノが思いっきり魔力を溜めていらっしゃいました。
見た感じ、凄い砲撃っぽい。というか砲撃だ。
流石にアレを回避するのは無理っぽいし、僕の紙な防御力ではあんなの一発食らっただけでノックアウトしそうだ。

というわけで、僕が生き残るにはアレを攻撃で打ち破らなきゃいけない。

「──“何時でも此処には吹いていた”」

クロノに向けて弓を構えると同時に、意識的に“還元の風”の回転率を上げる。
数多の風を魔力に変換して取り込み、弓へと回す。
時間的アドバンテージが圧倒的に足りていないのを無理矢理呑み込んで、アレと最低限相殺出来るだけの魔力を急遽準備する。

《Blaze Cannon》

当然、敵対するクロノが悠長に僕の準備が終わるのを待ってくれるわけもなく、砲撃を放ってくる。
それを視認してから、ワンテンポ遅れて僕も射を放つ。

ぶつかり合う閃光同士だったけど、魔力を溜める時間が足りていなかった。
拮抗は一瞬。先に撃たれたという事も相まって、やはり僕の方が押されてしまう。

「──“還元の風は幾重にも巡る”!」

でも、だからってあんな明らかなオーバーキルな砲撃を受けるのは嫌だ。
こうなると、もう加減なんて言っていられない。撃ち放った射にさらに断続的に魔力を供給して威力を底上げする。

「はぁぁっ!」

本当に目前まで押し込まれてしまっていたが、力技で押し返す。
供給された魔力量がクロノの砲撃と拮抗し、更に威力は上回り一気に押し返す。
遮るものすべて吹き飛ばし、一直線に虚空へ突き抜ける!

……やばい、まだ最大出力ではないけど、手加減をしなかった。
もしあんなのをまともに食らったら、バリアで防いだとしてもダメかも。

クロノは無事かなと、内心冷や汗を流しながらクロノのいたはずの場所を改めて見ようとした。
でも、それより先に、なんだか嫌な予感がしたので、ふと頭上を見てみた。

そこには、ナイフの形をしたクロノの魔力弾が、雨あられと降ってくるところだった。

「……うわ~」

誘導弾で誘いこんで、拘束の魔法の罠を張って、それを回避したら砲撃。
これで終わりだと思ったらまだこんなのを放ってあったなんて、どこまで狙っていたんだろう?
そんな事を、目の前の光景を眺めながら考えていた。



Side:クロノ


「はぁ、はぁ……」

肩で息をつきながら、集中力を崩さないようにしながら土煙の先をみる。

今のやり取りは本当にギリギリだった。
防御、誘導、拘束、砲撃と、隙間なく順次魔法を展開していったのだが、そのことごとくを了は防いで見せた。
悟られないよう、静かに準備していたはずの拘束魔法を察知された事も驚きだったが、それ以上にあの状態から砲撃魔法が撃ち負けるとは思わなかった。

砲撃が拮抗状態になった瞬間に、撃ち負けると予想が出来たから、即座に高機動魔法を使って回避したが、もしアレを食らっていたかと思うとぞっとする。

ここまで連続での魔法行使は正直きつい。特に最後に使った高機動魔法は随分と無理を押し通した。

だが、僕の手から操作を離れていた直射弾がいまだ健在だったのが分かれ目だった。
了が「防御」ではなく「回避」だったからこその状況だ。まさか了の回避スキルがこんな形で僕に有利に働くとは思っていなかった。

もっとも、再度コントロールを戻すのに精いっぱいで、その精度はガタ落ちだったが。

僕が見た限りでは、それらは了へと命中していたはずだ。
だが、油断は出来ない。命中したのはそう『見えた』だけで、実際に了は回避が出来ていたと言われてもなんら不思議を感じない。
それくらい、了の回避のスキルはずば抜けている。

この土煙に紛れて、攻撃のタイミングの計れない射撃をされるのは厄介だと、警戒レベルを最大にして、誘導弾によって巻き上がった土煙を注視する。

「いや~、正直驚いたよ」

土煙の向こうから、僕の緊張を嘲笑うかのような呑気な声が聞こえてきた。
いや、実際にはただの呑気な声なのだろうが、とにかく了は無事のようだ。

「まさか砲撃直後に魔力弾が来るとは思っていなかったよ」

土煙が徐々に晴れてきて、了のその姿が見えてくる。
どうやら弓を構えずただ立っているだけのようだが、得体の知れないこいつの事だ。何をするか分かったものではないと、緊張は緩める事無く、デバイスを持つ手に力を込める。

「ああ、ちょっと待ってよ」

だが、了はそんな僕になおも声をかけてくる。この状況で一体何を言うつもりだ?

「実は、さっきの攻撃をもろに食らっちゃって全身痛くて動けないんだ」

土煙は完全に晴れ、了の姿が完全見えるようになる。
それは、すでに弓は携えていない無手であり、苦痛に耐えるように顔を歪めている姿だった。

「この勝負、僕の負けだよ」

そして、そのまま仰向けに倒れてしまった。

「……」

……僕は、勝ったのか?
正直、勝てたという実感がまったく湧いてこない。
了が負けを宣告したという事は、確かに僕が勝ったという事なんだろうが、いまいち信じられない。
今も、動けないと言って倒れた了がすぐにでも起き上って来そうで……

「チッ、この程度で負けを認めるなんざ、だからてめぇは軟弱コンニャクなんだよ」
「うわぁっ!?」

本当に起き上ってきた!?

「あァ? 何驚いてんだよ」

僕が思っていた事に合わせるようなタイミングで跳ね起きた事に驚いて取り乱してしまったが、気を取り直して目の前の“彼”と改めて向き合う。

「……君はソウルか?」
「たりめぇだ。てめぇはオレが誰に見えるってんだよ」

間違無い。この口の悪さは了じゃなくソウルだ。

「いや、だがさっき了は、痛みで動けないと言っていたのではないか?」

僕は魔法をちゃんと非殺傷設定にしていたから、肉体的には大したダメージは無いはずだが、それでも魔力に与えられたダメージによって痛みはある。
それで了は動けないと言っていたのに、どうしてソウルは動けているんだ?

「下らねぇ。この程度のダメージでオレはどうにもなんねぇよ」
「いや、痛みとか疲労を無視して平然と行動しているソウルが異常だからね?」

推測するに、確かに身体にダメージはあるようだが、その上でソウルは行動しているらしい。
ここまでポーカーフェイスを維持出来るとは、ずいぶんな精神力だ。

「ったく、そんな下らねぇやり取りより、おらよ、戦利品だ」

そう言って、ソウルは無造作にポケットから取り出したジュエルシードを僕へ向けて放り投げてきた。

「……随分と潔いな」
「ハッ、てめぇはオレを何だと思ってんだよ?」

ソウルの目が静かに細められる。その視線に背筋が凍る。見くびるなと、怒っている。
謝罪の言葉がのど元まで出てくるが、言ったところで「だったら最初から言うな」などと言われそうだと、それは呑み込む。

「さて、どうやら終わったみたいね」

見れば、観戦していた艦長達が近づいてきていた。
……だが艦長、貴女は最高責任者なんだから、戦場に出るのは自重して欲しい。

艦長の魔導師ランクを考えれば、そうそう防御を突破される事は無いとは思うが、観戦するならちゃんとアースラでモニタリングしていてくれと今更ながらに思う。
まあ、最初に進言して、あっさり却下されてしまっていたのだが。

「あの、了君は大丈夫なの?」
「あ、うん、僕じゃ辛いから身体の所有権をソウルの明け渡してはいるけど、別に問題はないよ」

艦長と一緒に観戦していたなのはは真っ先に了の心配をしていたが、それは当の本人に大丈夫だと告げられていた。
なのははそれに一安心はしたようだが、それでもまだ何処か心配そうではある。

「もし良かったら、こちらで治療をしてもいいけど、どうする?」
「要らねぇよ。なんなら、今すぐオレがてめぇら全員ぶちのめして平気な事を証明してやろうか?」

そんななのはを察してか、艦長は治療をしても良いと申し入れをしたのに対し、ソウルはそんな大言を吐く。
ただ、どこまでも不敵に笑うソウルを見ているとそれが妄言とは取れない。
もし、不用意な真似をしたら、ソウルは本気でそれを実行しそうだ。

「そう、それは残念ね」

だが、それは最初から不用意な真似をしなければいいという事でもある。
それが分かっているのだろう、艦長も特に食い下がる事なくあっさり引き下がる。

「ハッ、じゃあ用件はこれで全部済んだろ」
「待て」

そう言って、ソウルは帰るべくその背中を見せる。だが、それを呼びとめる。

「君はこれからもジュエルシードを求めるのか?」

これは確かめなければいけない。
本来ならもう一度事情聴取をやり直したいところではあるが、不用意に藪を突いて蛇を出すような真似はしたくない。
所在は知れているのだ、今回見逃しても取り返しは付く。
ソウルと了がジュエルシードから撤退するというのなら、わざわざそれを引き留める理由はない。

今回は了には勝てたが、次も敵対されても勝てるとはどうしても言えない。
そもそも、僕に撃ち勝った砲撃を見るに、了は明らかに手加減をしていた。

無論、次にやりあったとしても負けるつもりは無いが、もし、了が出し惜しみをせずに最初からあの威力の攻撃をされていたらかなり危ない。
口ぶりから察するに、更に格上であろうソウルも居るのだ。

戦っても今度も負ける気は一切ないが、僕らの目的は戦う事ではなく、ジュエルシードの確保にある。
現状と鑑みるに、戦わないで済むならそれに越した事は無い。

「さて、どうするかなァ?」

だが、ソウルは曖昧に言葉を濁す。
問い詰めようにも、答える気がないのはその嗤った顔をみてすぐ分かる。
まったく、管理局という巨大な組織を前にしても何処までも不遜な奴だ。
ある意味尊敬に当たるふてぶてしさだ。

「……あの、ソウル君!」
「あァ?」

ソウルの態度を前にして、この場は見逃すべきかどうかを思案していると、横合いから何か考えがあるのか、なのはが口をはさんでくる。
このタイミングで、何を言うのかと、ソウルもなのはを見やる。

「だったらソウル君もジュエルシードを集めるのに協力して貰えないかな?」

そしてなのはが言ったのはそんな事だった。
いや、なのは。ソウルは僕らに協力するかどうかを悩んでいた訳ではなく、曖昧に濁す事でこちらを混乱させようとしていただけだと思うぞ。

「なのは!?」

なのはの行動に、真っ先に反応したのはユーノだ。
こいつは最初からソウルの事を危険視していた素振りが至る所に見えていた。こんな反応をするのは納得ものだ。

「大丈夫だよ、ユーノ君。ソウル君は意地悪だけど、悪い人じゃないと思うし。
ソウル君って凄い意地悪な言い方ばっかりだったけど、考えてみればずっとわたしにアドバイスしてくれていたし。
それに、本当に悪い事をしようとしたら、了君も黙っていないと思うし……」
「ハッ、下らねぇ」

なのはは、よくもまあそこまで信じられるなと思うほど、次々にソウルを肯定するような事を口にしていたが、それを遮ったのもまたソウルだった。

「てめぇのそれは、オレにボコられて弱ったところを毎回アイツにフォローされて抱いた、アイツへの信頼を肯定したいだけだ。
ククッ、てめぇみてぇなガキもたらしこむたぁ、あの軟弱コンニャクは相変わらずだ」

悪態をつくソウルは、寄せられる信頼を撥ね退ける。
当のなのははそんな事は無いと息巻いていたが、僕は更にソウルの考えが分からなくなる。

ソウルほど頭のまわる奴なら、管理局の庇護下に入った方が色々と立ち回りがしやすいと分かるだろうし、本当にあくどい事を考えるなら、なのはの言葉を足がかりに管理局に取り入る事も出来るはず。

だが、ソウルはそんな真似をせず、あくまで単独で行動をしようとする。
一体、何がソウルをそうさせているのだろうか?

「ま、なんにせよ、オレがてめぇらに協力するかどうかなら、まずはてめぇら全員地面に頭を擦りつけるようにしながら『どうか貴方様のお力を卑しい我らにお貸しくださいお願いします』と懇願して見せろ」

なおも言い寄ろうとするなのはを軽く無視しながら、条件次第なら僕らに協力すると言ってくる。

「残念だが、非協力的で真意も不明な人物を迎え入れなければ立ち行かないほど、僕達は困ってはいない」

だが、ソウルを見逃すかどうかはともかく、協力を仰ぐ必要はない。
なのはとユーノの協力と優秀なアースラのスタッフだけでも十分に今回の事態に対処出来る。
なのはには悪いが、そういう事だ。

「つぅわけだ。てめぇの懇願は、てめぇの仲間に否定されてんじゃ話にならねぇな」

まるで僕の答えた事も織り込み済みと、話を纏めてなのはを見やる。
さすがに、なのはも僕が明確に拒絶している以上、仲間に誘う事に抵抗があるようだ。

後はもう話す事は無いと、別れの言葉もなく歩き去る。
そして、僕にはそれを呼び止める言葉は持ち合わせてはおらず、他の面々も似たようなものだった。

「う~ん、ちょっと惜しい事をしたかしらね?」

……艦長、変な考えは起こさないで下さい。










あとがき

ようやく了の本気で戦う姿を現したという第十五話。
でもクロノには負けました。

まあ、了の強さを魔導師風に言えばA+~AAぐらいだと思うので、AAA+のクロノと「見合ってよ~いドン!」と戦ってもまず勝てないかと。
もっとも、宝具扱いのアレを使用すれば、その限りではないのですが。

ちなみに、ソウルの強さを魔導師風に言うとAAA+。さらに「陸戦」「白兵戦のみ」に限定すればS-~S+ぐらいだと思います。


主人公ズ、というかソウルはなのは仲間フラグ、フェイト仲間フラグだけでなく管理局仲間フラグもへし折りました。






西岸了(武装)
“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)
ランク:B+
“神を屠殺せし槍”と同様、ソウルの魔術によって編みあげられた武装。
装填したモノを矢と成して撃ちだす能力を持つ弓で、装填する事が出来れば、大概のものは撃ちだせる。
また、装填できる魔力量はAランクをオーバーしてなお余裕を持つ。
ただ、了には装填するものが用意出来ないので、所有者から強制的に魔力を吸い上げる事で矢を作り出している。

狙撃は了独自の運用方法。本来は長射程と大火力による遠距離からの先制、牽制用の対軍武装である。


西岸了(魔術)
“還元の風”(リバース・エア)
了が唯一保有している魔術。
『風』の概念を魔力へと変換して自身に取り込むと同時に、自身の魔力を『風』の概念へと変換して吐き出すという効果を持つ。
“解放する風”(レデュース・エア)は、この働きの『吐き出す』効果を強化したもの。

本人の意思を無視して、文字通り『呼吸』のように常時展開されている。
通常、常時魔術回路を解放していれば生死に関わるダメージを負うのだが、あまりに長い年月の間展開され続けていたために、身体の方がこの魔術に最適化している。

だが、それは現在の話。幼少の頃は反動として致命傷を負い続けていたのだが、それは薬物や魔術的補佐によって延命処置が施されていたらしい。

この魔術が了に齎した恩恵は、高い魔力回復力と、魔術回路が常時展開で鍛え上げられて非常識なまでの頑丈さを持った事。


西岸了(保有スキル)
魔力回復:A
消費した魔力の回復力の高さ。
本来は休息などによって消費した魔力を回復するのだが、この保有スキルを保有している場合、消費した瞬間から即座に回復を始める。
その回復力は、ある意味非殺傷設定の原理でもある『魔力ダメージによるノックアウト』にケンカを売っている程。
まあ「痛み」は無効化出来ないし、砲撃クラスの威力で最低限の魔力も残さず根こそぎ削られれば弱いわけなんですけど。



今回で了とソウル、両名の保有スキルなどは出揃いました。
後は宝具扱いのものを残すばかりです。

ちなみに、宝具は了とソウルにそれぞれひとつずつと、共有でひとつです。
注)“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)と“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)は宝具ではありません。



[14283] 第十六話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/04 21:31
今、周囲を敵に取り囲まれていた。

敵を数えるのはめんどうくせぇから正確な数は知らねぇ。
だが、こいつらは尽くが所詮は雑魚。
この程度の雑兵が幾ら束になってかかってこようがなんら脅威になりえねぇ。
躊躇なんざ欠片もなく、敵軍へ単独踏み込んでいく。

同時に、雑魚連中はたかる蟻のように各々の得物を手に襲い掛かってくる。
それらを片っ端から手にした槍で貫く、薙ぎ払う、ねじ伏せる。
オレが槍を振るうたびに、雑魚共は吹き飛ばされて舞い上がる。

遠距離では、こちらへ向けて弓を構えている奴もいるが、そんなもんは織り込み済み。
狙いを絞らせないよう、ジグザグに踏み込みながら、弓兵らへと肉薄する。
接近戦になりゃ、飛び道具なんざ無用の長物。必死に距離を取ろうとするそいつらもまた纏めて薙ぎ払う。

オレが目指すのは敵の拠点。アレを落とせば敵の士気は大きく下がり、こちらの士気は大きく上がる。

門番の衛兵は他の雑魚と比べりゃ少しは能力が高いが、雑魚に毛が生えた程度。
こいつもまた瞬殺し、閉じられた門をこじ開ける。

拠点内にいた連中を根こそぎねじ伏せ、この拠点の制圧は完了。
感慨に耽る必要もねぇ。用済みとなったこの場を早々に見切りをつけ、次に向かう。

と、その前に、近くに幾度も相見えて来た敵が居る事を思い出す。
次の拠点に行くより、そいつをぶちのめす方が断然速い。

道を塞ぐ雑魚共を適当にあしらいながら歩を進める。
そして視界に収める、目標と定めた敵の姿。

『いざ、尋常に勝負!』

敵は自らの得物を振りかざし、名乗りを上げる。

「意気込んでいるところわりぃが、てめぇ程度じゃオレに勝てねぇよ」

こいつとは既に幾合も武器を交えてきた。
動きは把握済み、周りの雑魚共々丸ごとぶっ飛ばしてやるよ!

「……なんというか、ソウルってゲームをやっていると結構独り言が多いよね」

人が楽しんでいるところに水を差してんじゃねぇよ。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第十六話



Side:ソウル


今オレがプレイしていたのは、中国の三国志とかいうやつをモチーフとしたアクションゲーム。
並みいる雑魚を、纏めてぶっ飛ばす事が出来るという爽快感抜群ってのが売りだ。
一対一の戦いが得意のキャラや、トリッキーな動きが持ち味のキャラやら色々いるが、やはり槍を手に群がる雑魚を纏めて吹き飛ばすキャラがオレのお気に入りだな。

つぅわけで、今もそれに漏れず、槍の使い手のキャラを使ってプレイ中。
どうせ暇してんだから、了にもこの手のゲームを覚えさせて対戦でもやった方が楽しそうだとは思うが、ひとつの身体でコントローラーをふたつ操作なんざ出来ねぇからなぁ。

……管理局とかいう連中との邂逅から、すでに結構な日数が経っている。
日頃のアリサのボヤキを鑑みるに、なのはは学校を休んでジュエルシードの探索に集中しているようだった。

その間のオレと言えば、見ての通り日々ゲーム三昧ってやつだ。
根っからの貧乏人である了の家には嗜好品と呼べるものが皆無だったからな。
魔術師として研究する事柄もねぇから工房を構える気も必要もないオレにとって、この手の娯楽が一通り揃っているバニングス家は良い場所だ。

ジュエルシードに関しては、もうオレが手を出す必要もねぇ。
なのはは学校の片手間にちょいちょいやればいいなんて軽い考えは止めた上に、最近はそれなりに腕を上げているようだしな。
青臭い精神は捨てちゃいないようだが、管理局の補助も入る。
最初の一切頼りにならねぇ時と比べりゃ、ま、そこそこな進歩だ。

もっとも、管理局にいいように使われているという事実には気付いていないようだが、それは個人の勝手だろう。

ユーノの方は……役に立っているイメージが一切湧かないのが仕様だろうな。

ここまで来りゃあ、オレが明確な敵対者となって、平和ボケしたなのはに発破をかけてやる必要も、頼りねぇなのはに代わってジュエルシードを集める必要も無くなったわけだ。
管理局という組織が信用出来るかは知らねぇが、クロノは信用出来る。ジュエルシードを下らねぇ事に使われないよう善処するだろう。

口には出さねぇが、これだけ条件が揃っていりゃオレが手を引くのに十分な理由だ。
気掛かりといえば、フェイトとアルフ、そしてその背後関係だが、オレはもう関係を切った。
その手の事は、気苦労を背負う事が趣味の連中が勝手にやりゃあいい。

つぅわけで、オレはジュエルシードの探索に割いていた時間を、こうして娯楽に興じているってわけだ。

どうせ、クロノなんざはオレの事を警戒して、監視ぐらいはしているだろうが、それこそ勝手に背負った気苦労だと笑ってやる。

その内にゲームクリア。ちょうど飽きて来たところとゲームディスクを取り出し、次はどれをやろうかと棚に並ぶゲームを見やる。

こうして今日もまた、オレの時間領分である午後を過ごしていく……。

「……あんたねぇ、家に居付くようになったと思ったら、毎日ゲームばっかりやってんじゃないわよ」

が、どうやら今回はオレのそんな生活に待ったをかける奴がいるらしいな。

「よう、対戦ゲームやろうぜ?」
「何でゲームばっかりやっている事を諫めている最中にゲームの誘いをかけてくるのよ!?」

自分の部屋に行く前にこっちに顔を出したのだろう、制服姿のままのアリサはご立腹の様子。
ったく、一体何にそんなに腹を立てているってんだかなァ?

「いや、十中八九ソウルが原因だよね」
「んな事は知ってる」
「自覚があるならちゃんとしなさいよっ!」

あー、あー、どいつもこいつもうるせぇな。

「分かってるっつってんだろ。
ま、負けるのが怖くて勝負に乗れねぇアリサの言い訳を聞きいれてやるのも仕方がねぇ事か」
「負けるのが、怖い。ですって……っ」

アリサの眉がピクリと動く。なんだかんだと言って、こいつ付き合いがいいってな。

「事実だろ。初心者だった頃はともかく、今はもうオレに手も足も出てねぇじゃねぇか」

そう、最初のオレが初心者だった頃は、まさにアリサの天下と言わんばかりだった。
だが、オレが負けをそのまま享受するわけがねぇ。

教えてあげようというアリサの言葉を無視し、独自に実践でゲーム情報を自分の中で蓄積させ、解釈し、理解。そしてコツを掴んだ。
ここまで来りゃあ、十分だと、アリサにリベンジを挑んでその天下に幕を強制的に下ろさせてやった。
ここまで30分足らずで打ち負かせてやったからな。その時のアリサの悔しがりようはなかったな。

今では対戦格闘は勿論、落ちゲーやパズル。シューティングのハイスコアでも無敗記録を更新中だ。

「そこまで言うなら今日こそ負かしてやるんだからね!」

それでも、負けず嫌いなアリサは律儀に勝負を挑んで来ているがな。

「ハッ、返り討ちにしてやんよ」
「ふんっ、すぐにほえ面かかせてあげるんだから!」

やる事は決まったと、アリサが得意と自負しているゲームを起動させ、ふたり画面の前でにらみ合う。

「いや、ゲームをするなら仲良くお願いしたいんですけど?」

不穏な空気を察し、間に入ってくる了。
だが、オレもわざと負けてやるつもりもねぇからな。今回もアリサが悔しがって負ける事は確定事項なんだがな。

「いや、大人げないからね、ソウル」

残念ながら今のオレの身体は子供だから問題はねぇんだよ!



Side:了


「く、なんで了はゲーム下手なのにソウルはあんなに上手いのよ……」

夕食の席で、そんな事をぼやくアリサさん。
まあ、ソウルのアレは、才能の無駄遣いとしか言いようがないよ。
あの先読みとか、とっさの判断力とかは反則レベルだと僕も思う。

ちなみに、さっきのゲーム対決の合間になぜか僕も参戦させられたけど、僕ではアリサさんに全く歯が立ちませんでした。
僕はどうにもああいうゲームは苦手なんだよなぁ。

RPGとかでひたすらレベル上げとかなら簡単だから出来るんだけど、あの手のゲームは自分が対処する前に相手に攻め切られて終わってしまう。
僕はやっぱり、のんびり出来る育成モノが得意だと思うんだけど、その手のゲームはソウルはやらないから、僕も結局やらないんだけど。

「ああそうだ、ところで了君、ソウル君」

そんな中、今日は都合が合ったので一緒に夕食が摂れている、アリサさんのお父さんであるデビットさんが僕達に話を振ってきた。

ちなみに、ソウルの事はバニングス家では割と普通に認知されていたりする。
まあ、アリサさんと鮫島さんに暴露した段階で色々と諦めているので、大して気にする事でもないけど。

一応緘口令というほどではないけど、みんなには言い触らすなと家主のデビットが言っているので、あくまで通用するのはバニングス家内部でのみなんだけどね。

「少し手間取った部分もあるけど、アリサと同じ小学校に編入する手筈が整ったよ」

そんな事をぼんやりと考えていたら、デビットさんが本題を告げてくれました。
と、いいますか小学校に編入?

「……え~と、マジですか?」
「マジだ」

どうやら本当らしい。

「って、僕達って戸籍なんか無いはずなんですけど、その辺りは大丈夫なんですか?」

僕達は元々、この“世界”の住人ではなかったのだから、出生自体からして存在していないので、当然戸籍もまた存在しない。
小学校は義務教育とは言うけれど、その辺りはどうなんだろう?
しかも、アリサさんの学校って私立の中でもいいところみたいだし、とくにその辺りは重要だと思うんだけど……。

「ああ、そう言えば言っていなかったか。了君の戸籍は既に準備してあるよ。
ただ、流石にソウル君の戸籍は用意出来なかったが」

驚きの事実。なんと僕に戸籍は存在していた!
ソウルの戸籍については、用意されても逆に困っていたと思うからいいけど、正直、何時の間にって感じで驚くばかりです。

「学校の方も、私達夫婦が後見人だと言ったら快く了承してくれたよ」

はっはっはっと朗らかに笑ってみせるデビットさん。
まぁ、バニングス家が保障してくれるというなら、色々な大人の事情もあるだろうし、学校の方も断るなんて出来るのかちょっと疑問。

「そういうわけだから、編入試験があるから、そろそろ準備をしておいてくれ」
「編入試験、ですか……」

う~ん、どうにも僕が小学校に編入するという事実は決定事項らしい。
以前、小学校に通うのは抵抗があるって言っていたのはナチュラルスルーですか?

「大丈夫よ、了。勉強に不安があるっていうならあたしが教えてあげるわ」

僕が今更小学校に通うのはどうなんだろうって思っていると、アリサさんがそんな事を言ってくれた。
どうやら、編入試験に対して不安を抱いていると解釈されたみたいだった。

「そうと決まれば、食べ終わったら早速勉強会を開くわよ!」

僕が当事者であるはずなのに、何故か僕以上に乗り気のアリサさん。
いや、そんなやる気に満ち溢れた顔をされると、編入の辞退がとてもし辛いです。
というか、これは外堀が凄い勢いで埋まっているという状況?

「ほら、了も早く食べちゃいなさい」

ソウルにゲームで負けて憮然としていたのは何処へやら、嬉々とした様子でご飯を食べるアリサさんに、辞退なんて言えないよなぁ……。

まぁ、言ったところで即座に却下されるのも目に見えているんだけど。



そういうわけで、所変わって、アリサさんの部屋に連れてこられた了です。
相変わらず僕とアリサさんではモチベーションに差がある状態なんだけど、まぁ、ここまできたら僕も小学校に通う事を抵抗するのは諦めようと思う今日この頃です。

「で、了はどの教科が不安なわけ?」
「う~ん、とりあえず社会かなぁ?」

テーブル広げられた参考書を前に、アリサさんが聞いてきたので素直に答える。

世界が違うとはいっても、流石に物理法則が違うなんて事は無いはずだから、理数系はそんなに前と違いがあるとは思わない。
国語に関しては日常的に普通に使っている言語なんだから、一般常識の範囲内で考えればいいので、これも多分大丈夫。

ただ、社会とか歴史なんかは、僕の知識と同一だとは言い切れないと思うから、どの教科が不安要素かと聞かれれば、やっぱりこの辺りだと思う。

「ふ~ん、なるほどね。ところでソウルは?」
「逆に聞くけど、ソウルが大人しく勉学に勤しんでいる姿って想像できる?」
「う……」

どうやらアリサさんも出来ないらしい。
まぁ、ソウルはソウルで頭の回転が凄く速いから、やろうと思えば勉強なんて幾らでも出来るとは思う。
ただ、勉強という行為に対して、興味を抱かないっていうのが決定的なんだけど。

そんなわけで、ソウルは完全に傍観の構えで、今回の事は僕に丸投げのようだった。

「まあ、勉強ぐらい僕がやるから、ソウルについては放っておいて良いよ」
「む~、勉強をさぼるのを見過ごすのは嫌だけど、まずは了の編入試験か」

一応、アリサさんもソウルについては諦めたようだ。
そんな感じに勉強タイムスタート。

「じゃあまず、了がどの程度出来るか知りたいから、参考書を貸してあげるからとりあえずやってみなさい。
分からないところがあったら教えて上げるけど、聞く前にちゃんと自分で考えてからにする事!」
「うん、了解」

アリサさんはアリサさんで、学校で出された宿題か何かがあるのか、自分の勉強に取り組むらしいので、僕も勉強なんてこっちに来てからは初めてだなぁと思いつつ、渡された参考書を開いて、提示されている問題に取り組む事にする。

まずは、軽く問題の傾向を流し読みしてみる。

……う~ん、予想はしていたけど、凄く簡単だった。
まぁ、ついこの間まで現役の高校生だったんだから、いくら私立とはいえ小学生3年生の問題に引っかかるのは問題か。

中には最近の小学生はこんなレベルの問題もやるのかぁ、なんて思うようなものもあるよ?
けど、お金の節約のため、特待生として学費免除してもらうために学年トップクラスを維持していた身としては解けないレベルじゃないし。

そんな感じなんだけど、今やるべき事は目の前の参考書に取り組む事だしなと、特に不平不満を言う事もなく、問題をさらさらと解いていく。

……しばらく、時計の針の音とシャーペンを走らせる音だけが響き渡る時間が過ぎる。

テンポよく問題を解いていると、ふとアリサさんの走らせるシャーペンの音のテンポにずれが出てきていた。
何か分からない部分にでも行きあたったのかなぁ?

「……ねぇ了。分からないところがあったら、ちゃんと遠慮なく聞きなさいよ」
「ああ、うん。大丈夫、今のところ問題は無いよ」

ちょっと心配していると、アリサさんに逆に心配されてしまっていた。
でも、実際問題困っている事は無いので平気だと答えたら、なんだかアリサさんには残念そうにされてしまった。
……う~ん、僕が勉強が出来ない事を笑いたかったとかいうワケは無いと思うのに、どうしてアリサさんは残念そうなんだろう?

そして、また時間が経過するわけなんだけど、どうにもアリサさんのペースは段々落ち込んで来ている。

「ねぇ、ほんっっとうにっ、分からない事があったら遠慮はいらないのよ?」
「うん。その時は遠慮しないよ」

散発的にアリサさんはそんな事を言ってくれるんだけど、そんなに僕って頼りないのかなぁ。
……そう考えると地味にショックだ。

そりゃあ、ソウルに比べて頼りないとは思うけど、僕も男なんだから、どちらかといえば頼りにされたいと思うところです。

「……ねぇアリサさん」
「何っ、分からないところが出て来た!? よ~し、特別に教えて上げるんだから感謝しなさいよね!」

僕の方から話しかけたら、凄い勢いでテンションの上がってきたアリサさんに吃驚です。
とても嬉々とするアリサさんだけど、一体、彼女の身に何があったのだろう……?

って、僕が驚いて居ても話は進まないよと、気を取り直す。

「そういう事じゃなくて、問題を解き終わったって話なんですけど?」
「…………は?」

アリサさんの上がったテンションは、一瞬にして停滞した。

「って、いくらなんでも早過ぎっ、そんなわけないでしょう!?」

と思ったら、また一気にテンションが上がったかと思うと、僕のノートを奪い取って、その内容をつぶさに見る。

「……嘘、本当に全部終わってる?」

いや、さっきそう言ったじゃん。

「ちょっと待ちなさいよっ、あんた勉強って得意だったの!?」
「いや、別に得意って言うほどじゃないよ?」

学校に通っていたときも、これくらい普通にやっていたよ?
これは、なんというか心を空っぽにして目の前の事に当たって居れば、いつの間にか終わっているとか、そんな話だよ。

そもそも、僕は予習はしないけど復習はやって、習った事はきっちり自分の中に知識として蓄えるようにしてきた。
そして、今やった事は既に通り過ぎた分なのだから、そんなに難しいものではないし。

「……今から勉強で勝負よ!」
「いや、話の展開が急すぎるんですけど?」

一体どんな考えを通ってそこまで至ったのか、その経過が全然分からないです。

「だって、了があれだけ運動が出来ておいて、勉強もあたし以上なんて認められないわ!」

いや、それは中々に暴論です。

「というか、僕は別に運動も得意ってわけじゃないんだけど?」
「何それ、嫌味? 朝の練習でいっつも凄い事をしている上に、温泉旅行の時はノエルさんと互角の勝負をやっておいてから、運動が得意じゃないなんていうの?」

いやいや、なんか怖いですよ、アリサさん?
まぁ、それは置いておくとして、これはちょっと僕に対する過大評価だと思うので、少し訂正説明をさせて貰います。

朝の修練については、身体の動かし方を逐一確認して、動きの無駄を省くようにしてはいるけど、アレの目的はあくまでも精神鍛錬であって、運動とはちょっと違う。
身体のスペック的には、僕は至って普通。
多分、反則を使わないで競争でもすれば、すずかさんとかにはあっさり負けると思うよ。

って、ここで運動得意の中でも群を抜いているすずかさんでは比較対象にならないか。
ちょっと訂正。現状ではアリサさんと互角か、ちょっと上程度なんじゃないかなぁと思います。

ノエルさんとの戦いもその延長。相手の動きをじっくり見極めて最小限の動きだけで逃げ回っていたわけです。
そういう事で、特別機敏な動きをしたわけでも凄い運動神経を発揮したわけでもないですよ?

……と、そんな説明を一通りしてみた。

「だから、そんな事を事も無げにやる小学生が居るわけないでしょうが!!」

……怒鳴られました。中々に理不尽です。
まぁ、僕の感覚では確かに普通ではあるんだけど、これは僕の17年という経験+ソウルから得た経験の情報の上に成り立っているっていう事。
外見年齢で判断すれば齟齬があるって事を考えれば、アリサさんの言い分も納得出来るか。

というか、温泉旅行の時、僕はちゃんと17歳だって言っていたのに、やっぱりスルーされているんだなぁ。
小学校に通うのは嫌だとかいうのも含めて、結構色々と僕の言い分はスルーされているなぁと思います。

「とにかくっ、今はあんたの運動神経なんてどうでもいいわっ。勉強よ!」

そんな感じで結局は、公正を期してと問題は鮫島さんに用意して貰ってのテスト勝負が開催されたのだった。

突然の事でも、手際良く問題を用意してくれた鮫島さんに感謝です。

そうして出題を制限時間内に解いたら、後は鮫島さんによる採点。
まあ、ふたり分だけなんだから、そう時間もかからずに結果は出たけど。

「……う~ん、同率満点だから、この勝負は引き分けだね」

結果はそういう事でした。それにしても、この問題って小学生がやるには明らかにレベルが高かったのに、それでも満点をとったアリサさんには素直に驚きだ。

「あたしの半分以下の時間で問題を解いておいて何処が引き分けだって言うのよっ!」

でも納得できないのがこの人だった。
別にちゃんと制限時間内に問題は解けて居たんだから、引き分けでいいと思うんだけどなぁ……。

「ああもうっ、悔しいわねっ。……まさか、ソウルもあんたと同じくらい勉強が出来るなんて言わないわよね?」
「いや、それは無い、と思うよ?」

ソウルはそもそも、僕達の生きる「今」とは違う時代を生きた人だからね。
日々が生きるか死ぬかの瀬戸際な毎日を送っていたソウルは学校で勉強を習うなんて概念自体が希薄だし。

ただ、ソウルは勉強とかじゃなくて変な雑学とか、記憶の何処かに引っかかっている知識を引っ張り出してくるのが上手いから、一概に頭が悪いとは言えないけど。

「まぁ、どうやら編入試験に関しては大丈夫っぽい、でいいのかな?」

そんな風に勉強をしていたけど、元々目的は僕の編入試験の話だったんだから、これ以上怒られるのも嫌なので軌道修正。

「む~、なんだか釈然としないけど、とりあえずそうね。
後は、試験に気負いを持たず、ちゃんと実力が発揮出来れば大丈夫ね」
「いや、別に試験に気負うものなんてないと思うけど?」
「あんたは緊張感ってものを持ちなさい!」

結局は怒られるんだよね~。

「というか、あんたが学校に行きたくない理由って、学校のテストは満点が当たり前だからつまらないっていう理由だったりするの?」
「まあ、概ねそんな感じもあるかな?」

実際には、自分がランドセルを背負って小学生をやり直しっていうのが想像できないから、なんだけど。

「あんたねぇ、学校のテストは満点とって当たり前でつまらないって気持ちは分かるけど、だからって学校に行くのは嫌なんていうものじゃないわよ」

いや、僕は満点を取って「当たり前」じゃなくて「取らないといけない」という状況だったから、それはちょっと違うんですけど。

「あたしだって勉強をしに学校に行くんじゃなくて、友達に会いに学校に行くようなものなの。
だから、あんたもちゃんと学校に来なさい」

凄い。学校での勉強は不要と言い切っているよ、アリサさん。

まぁ、僕も高校に行って、みんなと話をしたり、部活をしたりするのは楽しいと思っていたから、その気持ちも分かるわけで。

「うん、どっちにしろ、嫌だと言っても今更覆られそうにないしね」

諦めとはちょっと違うけど、アリサさんと学校に通うのも楽しそうだとも思う。
そもそも、どうしても断らない理由もないわけでして。

「そういうわけで、改めて、学校に行く事になったらよろしくお願いします」
「ええ、でも、その前に編入試験でつまずくような事はしないでよ?」

分かりましたよアリサさん。というわけで、久しぶりに勉強に本腰を入れますか。



Side:アリサ


せっかくあたしが了に勉強を教えてあげるいい機会だと思ったのに、実際蓋を開けてみたら、了はあたしより勉強が出来るってなんなのよ。
あたしが意気込んだのが凄い空回りだったのがバカみたいじゃない。

了の勉強が出来るというそれは、単に頭が良いとか才能があるとかじゃなくて、純粋に勉強の積み重ねで得たものだというのは、勉強に対する姿勢から見て取れた。
しかもそれが、本人にとって「努力」じゃなくて「やって当たり前」というスタンスっていうのは素直に凄いと思う。
でも、それと同時に、何か違和感があった。

あたしも今の成績は毎日ちゃんと勉強をやったという自負はあるし、新しい知識が増えるのが楽しいと思っても居る。
たまには嫌気がさしても、それでも頑張ってきたのがあたし。

なのに、そもそも了はそんな「嫌」とか「知識が増えるのが楽しい」とかが無くて、本当に勉強する事が当然で、他の事を考慮する必要がないっていうスタンスは変だとも思ったのだ。

真面目、と言えばそれまでなんだけど、了の場合は何かが違うような気がした。

……そんな話を、日を跨いだ学校でのお昼ご飯のときにすずかに話してみたら、

「アリサちゃんって、了君の事を本当に気にかけているんだね?」

なんて言われてしまった。

ちょっと何言ってんのよ。あたしは別に了の事を特別に考えているわけじゃないわよっ。
今言ったのは、ちょっとした話のタネみたいなもので、特別なんて一切ないわ!

そうきっちり違うって言っているのに、すずかの崩れる事のない温和な微笑みが、全て見透かしていると言わんばかりで、凄く悔しかった。

というか、何処に悔しがる要素があるっていうのよっ。
ええっ、全然平気よっ。

……そりゃあ、了は呑気過ぎて放って置いたらそのまま風に吹かれて何処かに飛んで行ってしまいそうな気はするけど、だからって、そんなに心配するような事は無いわ。

あたしが思うのは、ぼ~っとしながら、やる事はしっかりやっているなぁって事。
たとえば、うっかり置いてきちゃったかなと振り返ろうと思うけど、しっかりあたしの隣に居て、振り返る必要がないって感覚が不思議ってだけよ!

「アリサちゃんの隣にちゃんと居られるって、了君って凄いんだね」

そうよ。まったく、あいつのスペックの高さは小学生レベルじゃないわ。
悔しいけど、実力の尽くはあたしより上だって事は認めなくちゃいけない。
その上で、あたしより先にどんどん行くのじゃなくて、隣に居てくれるような奴なんだから。

あたしの周りに居るのは、みんなライバルみたいな感じで切磋琢磨しあう仲だと思っている。
なのに了は、互いを磨き合うという輪の中から外れて、個人として存在している。
でも、ひとり孤独に居るというわけでもなく、何処にでも居られるって感じ。

きっと、了がその気になれば、あたしよりずっと先に居る事も、ずっと後ろに居る事も出来るんだろうけど、今はあたしの隣に居る。
それは、あたしにレベルを合わせているわけではない。単にそこに居るだけ。

競争相手というには敵愾心が湧かず、目指す目標にしては、ふわふわし過ぎて何処に狙いを定めればいいのか見当がつかない。

……こうして改めて考えて見ると、了って普通っぽいのに、ほんっとうに変な奴よねぇ。

ちなみに、約束があるからすずかにはまだ言えないけど、あたしからみたソウルの印象は、切磋琢磨の輪から外れているっていうのは了と同じなんだけど、その立ち位置が違う。
了は隣に居るけれど、ソウルはあたしの真正面に仁王立ちしている感じ。

はっきり言って、まっすぐ進むには邪魔だし、その自信満々っぷりが腹が立つ。
だから、力づくで退かしてやろうとするんだけど、いくらあたしから攻撃を仕掛けても堪えたようには見えない。
それが悔しいから、躍起になるんだけど、ふと冷静に振り返ってみると、いつの間にか最初の時より前に進んでいる。しかも真っ直ぐに。

その事に気付いて、もう一度ソウルを見ても、相変わらずソウルは自信満々に笑って見せるだけ。

本心を言わないから何を考えているか全然分からない。けど、過程を気にせず結果だけを見れば、それはあたしにとってプラスに働いていた。
ま、腹が立つ事には変わりは無いんだけどね。


そんな風に話をしていたんだけど、すずかってばさっきからニコニコして相づちを打ってくるけど、何でそんなに楽しそうなのよ?

「だって、了君の事を話すアリサちゃんって、本当に楽しそうなんだもん」

……あんたはまだそんな事を言うかぁっ!!



というやり取りがあった事を、家への帰り道、車に揺られながら思い出していた。
あの後には、すずかに色々文句を言ってやったりもしたけど、そのどれもが暖簾に腕押しみたいに手ごたえがなかった。

まったく、どうして了の話題で昼休みが終わっちゃってるんだか。

……確かに了が学校に通う事も重要だと分かっているわよ。
でも、それと同時になのはの事も凄く気になっている。それも話したいと思っていたけど、結局切り出せなかった。

……違うわね。なのはの事は切り出せなかったんじゃなくて、了の話をダシにして先送りにしちゃったというのが本当のところなんだと思う。

あたしにはなのはが今やっている事がなんなのか知るすべはない。ただ事が終わるのを待っているだけ。

でも不安がある。もしかしたらなのははこのままあたし達のところに帰ってこないで、何処か遠くに行ってしまうんじゃないかって。

実際にはきっとそんな事は無いと思う。でも、絶対に無いとは言い切れない。
あの笑顔が、もうあたしの手の届かないところへ行ってしまって……。

そういう話をすずかとしたかったはずなのに、言葉にすると本当の事になっちゃいそうで怖くなったなんて、ホント、どうしようもないわね。

そんな折、携帯に着信が入る。誰からかと思ったら、なのはが明日は学校に来れるっていう連絡だった。

……なんというか、丁度なのはの事を考えている時に来るなんてタイミングが良いわね。

とりあえず、楽しみにしているとかっていう返信をしておく。
なんて事は無い、いつも通りのやり取りだった。
不安はあるっていうのに、解決なんてしていないっていうのに、こうして普通な事をしているのが変な感じだった。

……正直、このメールが来たのが家に帰りつく前の車内でよかったと思う。
家だと了とソウルが居る。今はあのふたりとはあまり顔を合わせたくない気分だった。

了は黙ってあたしの隣に居てくれると思うけど、今は甘えたくない。
ソウルは、あたしが気落ちしている時に限って、ゲームで遊ぼうとか言って、あたしの気分を台無しにしてくれる。

そんなふたりに、今のあたしには合わせる顔が無い。だからせめて、家に着くまでに心の整理をしておきたい。

そんな風に、なんて事もなく後方へ流れゆく窓の外の光景を見やる。
……そう言えば、初めて了達出会ったのもこんな感じに外を眺めていたときだったなと思う。
まあ、本当は了だけじゃなくてソウルの奴との出会いでもあるっては言えるんだけど。

思えば色々あった、といえるほどあたし達は時間を過ごしたわけじゃない。
けど、思いだそうとすれば、結構色々な事が思い浮かぶ。

最初に見つけた時なんて、本当に勘任せに行動していたと思うと、なんだか可笑しい。
でも、その行動は悪いものじゃなかったと胸を張って居られるとも思う。

いつまでもあたしが貸したジャージって言うのもダメだと、着る物を買いに行ったら、了は全然服のセンスがなかった。
というか、何より値段が安い事を最優先してファッションは二の次三の次にしていた。
まったく、お金はこっちで出すっていうのに、何処まで貧乏性なのかと思った。

朝はいっつも何か練習みたいな物をしている。
それを何となく見る事がいつもの事になって、早起きする習慣が身に付いた。

なのはとケンカしているみたいだけど、互いにいがみ合っているわけでもない様子を見るのは不思議だ。

……なんというか、色々と改めて思い出してみると了もソウルも変なやつだなぁと思う。
そう考えると、ちょっと可笑しい。
そうして、ひとり小さく笑っていると、不意に視界に入るモノがあった。

「鮫島っ、車を止めて!」

判断はすぐに下す。そして、鮫島もそれに応えて車を止めてくれる。
それは丁度今あたしが考えていたあの時を焼き直しのようなやり取りを交わし、さっき見えたモノのところまで走って戻る。

そして、そこに居たのは、オレンジの毛並みをして、額には宝石のような飾りっぽいのをつけた、一匹の大型犬。
というか、狼に見えるんだけど、今の日本に狼が居るわけがないから、やっぱり大型犬という事にしておこう。

でも、それ以上に、この子は怪我をして気を失っているようだった。

「鮫島っ、この子を連れて行くわよっ」

呼吸のためにお腹が上下しているのを見るに、死んでいるわけじゃない。
なら、見捨てるなんて言語道断な真似をするわけもない。
手早く鮫島に指示を出すと、その子を車に乗せ、急いで家へと帰る事になった。







あとがき

こういう話を幕間というんですねという第十六話。

主人公ズにとってジュエルシード事件は終わりを迎えた。そして平穏編に突入です。
かと思ったら、そういう訳にもいかないようで。


追伸

最近、ちょっと勢い任せでやってしまった事があり、まずはそれを何とかしたいと思っているので、来週の更新はちょっと出来なそうです。
再来週からは復活できるようにしたいと思います。



[14283] 第十七話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/10 19:37

ジュエルシード集めは、思っていたよりずっと大変な事になってしまった。
ただでさえ、対立していたふたりは強敵だっていうのに、さらに管理局まで出てきてしまった。

それでも、ジュエルシードを集める事は諦める事は出来なくて。
管理局の目をかいくぐるように、頑張ってジュエルシードを集めて来た。

そして、ジュエルシードは21個、全てが出揃った。
わたしの手の内にある8個を母さんに届けたけど、まだ足りないって怒られちゃった。

……今、アルフは居ない。
母さんは逃げ出したっていうけど、いつも一緒に居たあの優しい子が、わたしを放って何処かに行くっていうのは信じられない。
でも、何時までもわたしなんかのそばに居てつらい思いをさせるくらいなら、こうして離れて居た方がアルフのためになるんじゃないかとも思う。

……胸がチクリと痛む。
何時も一緒だったアルフが居ないだけで、とても心細く感じる。
ひとりになって思う。掛け値なしに、一緒に居てくれるだけの存在がどれだけ支えになっていてくれていたかを。

ふと、最後にソウルと会った時に言われた「大切なものはひとつである必要は無い」って言葉を思い出す。
そして、わたしにとってアルフも母さんと同じくらい大切な家族だったんだと思う。

でも、もうアルフはここにはいない。

今のわたしのよりどころは、ジュエルシードを集めるという事だけ。

そういえば、あの白い魔導師の女の子は、わたしと友達になりたいって言ってくれた。
……今のわたしには、それが涙が出そうなくらいうれしい。
でも、母さんを裏切りたくない。

だから、友達にはなれない。わたし達は、敵同士なんだから。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第十七話



Side:ソウル


今日も類に漏れずゲームをやって楽しんでいると、どうやらアリサが学校から帰って来たらしい。
だが、どうにも今日はいつもと様子が違う。
良くは分からねぇが、どうにも帰って来てからバタバタとしている雰囲気がある。

ま、ゲームにも飽きて来たところだしな。
適当な暇つぶしにでもなるんじゃねぇかとゲームの電源を切って部屋を出る。

「あ、ソウル」

まずはアリサを探してみるかと思っていたが、探すまでもなく部屋を出たところでばったりと出くわす。

……つぅか、今更な話なんだが、こいつはオレと了の区別が完璧についているな。
鮫島辺りも、オレらと出会ったら最初は了の名を出すってのに、アリサは何の迷いもなくオレの名を呼んだ。

それはつまり、アリサの中ではオレと了の見分けが付く程度にはオレらの事を知っているという事。

……だから何だって話でもないがな。

「よう、負け犬」
「何でいきなり負け犬呼ばわりなのよ!」

そりゃあ、オレの中でてめぇに対する評価に釈然としないものがあったからという八つ当たりだ。

「って、今はあんたに構っているヒマは無いのよ。邪魔だから大人しくゲームでもしていなさい」

普段なら間違いなく食ってかかってくるところなんだが、今回は違った。
ま、反射的に言い返してはいたが、アレはただの挨拶の範疇だ。

にしても、見るに別段切羽詰まっている様子ではないが、オレにかまけるより重要な事があるようだ。

「アリサさん、何かあったの?」

オレが尋ねるまでもなく、了が聞く。
ま、ケンカの仲介という役割が消滅した今、それぐらいがてめぇの存在意義ってとこだ。

「あったっていうか、帰る途中、怪我をした犬を見つけたのよ。
だから、今は連れ帰ってきたその子の面倒を見てるのよ」

ああ、なるほどな。
だが、「見つけた」から「だから」に理由を挟まず直結するあたり、アリサにとってこの行動が当たり前なものとなっているのが良く分かる。
こうして、バニングス家は日々犬屋敷と化していくわけだ。

もっとも、オレらもその拾われたという部分では犬と大差ないのだが。

「ハッ、てめぇもモノ好きだな」
「あんたに言われたくないわよ、ソウル。
でも、あの子って普通の大型犬にしては毛並みがオレンジっぽいし、額には宝石みたいなのが付いているから、ちょっと不思議なのよね」

……つぅか、それはアルフだろ?

どうやら、了も同じ事に行きついたようで、首を傾げている雰囲気がある。
了はあまり自信を持ってはいないようだが、十中八九アルフでいいだろう。

だが、そうなると何故アルフが怪我をしていて、アリサに保護される羽目になっているかという疑問が湧いてくる。
しかも、察するに傍にフェイトの姿は無かったようだ。
あのフェイトが、アルフを見捨てるという選択肢を取るのは想像が難しい。

とは言うが、可能性は幾らでもあるがな。

たとえば、管理局と全面交戦となって敗北。フェイトは拿捕され、アルフは放置された。
アルフが身を呈してフェイトを逃がしたまでは良いが、そのあと自身も管理局を振り切ったところで力尽きた。

他に、単純にジュエルシード集めに失敗して、散り散りになった。
フェイトらの黒幕にアルフが切り捨てられた、なんてのもあるんだから可能性を上げて行っても切りがねぇ。
てかめんどくせぇ。

「う~ん、じゃあ僕達もお見舞いに行った方がいいかな?」
「何いってんだ、そんなもんいらねぇだろ」

了はアルフの事が気になるのだろう、すぐに様子を見に行こうなんざ提案するが、それは切って捨てる。

今現在、アルフに意識があるかどうかは知らねぇが、不用意にオレらが姿を現して、アリサが見ている前で驚いて人語を発したりしたらそれこそ面倒この上ねぇ。

つぅわけで、今すぐ焦って行くのは得策じゃねぇ。
様子を見るなら、後でアリサなんかが居ねぇ時を見計らって行った方がマシだ。

「ま、気が向いたら、その怪我をした犬ってやつを嘲笑いに行ってやるよ」

そうやってアリサに嗤ってやると、そのまま踵を返して部屋に戻る。
暇つぶしになるかと思ったが、今現在の暇つぶしにはなりえねぇ話だったな。

しかし、今更再度ゲームに電源を入れてまでゲームをやろうって気にもならねぇな。

……やべぇ、ヒマになってしまった。



Side:アルフ


痛みで意識が戻ってくる。
どうやらアタシはまだ生きているようだ。
でも、ならここは何処なのかと周囲を見渡してみると、ここは檻の中みたいだった。

「あ、気が付いた」

そしてその外には、フェイトと同じ年頃そうな女の子がこちらを気遣わしげに見ていた。
自分の身体には包帯が巻かれて治療された跡がある。
どうやら、アタシはこの子に助けられたみたいだと考えが行きつく。

「それにしてもあんた頑丈に出来てるのね。あれだけの怪我で命に別状は無いって」

それにしてもこの子は何処かでみた事があると感じていたけど、そうだ、温泉に行ったときに会った、あの白い魔導師の子の友達だとようやく気が付いた。
あの時のアタシに挑みかかるように睨んでいたけど、今は本当に優しげな眼差しをアタシにくれている。
その差異のせいで、すぐには気付けなかったみたいだった。

「大丈夫? やわらかいドッグフードだけど食べれる?」

さしだされたのはドッグフード。
それを警戒はしつつも、空腹には代えられず、口にする。

……美味いじゃないか。
アタシが今まで食べて来たどのドッグフードより、これはおいしかった。
だから、つい夢中で食べてしまった。

「ふふ、それだけ食べるようなら大丈夫そうね」

そして嬉しそうに安堵の息を吐きながら微笑む女の子に感謝した。


アタシが一通りご飯を食べたところで、その子もいなくなり、周囲に人影は無くなる。

身体の具合を見ると、怪我は軽くはないが、これならすぐにでも動だけなら出来そうだ。

だけど、動く事は出来たとして、今のアタシに何が出来る?

そもそも、アタシがこうしてここに居るのは、フェイトの母親であるプレシア・テスタロッサがフェイトにした仕打ちに我慢できずに反抗したからだ。
結果は惨敗。一矢報いる事も出来ず、転移魔法で逃げおおせるので精いっぱいだった。

……反抗した事自体、別に後悔はしていない。
フェイトはあんなババァ相手でも、一生懸命に尽くしているというのに、役に立たないとか言って鞭で叩くような真似をする奴、母親でも何でもない。敵と大差はない。
むしろ、今までアタシは良く我慢していたと思うほどだ。

だけど、その結果、今はフェイトをひとりっきりにしてしまっている。
この事実がアタシを締め付ける。

アタシが居なくなって、今頃フェイトはどうしているんだろう。
……きっと、あのババァの言う事を聞いて、もっとジュエルシードを集めなければと思っているだろう。

アタシにもっと力があれば、フェイトの事をちゃんと守れたのかと思う。
それが悔しくて、でも自分にはどうする事も出来ない事に腹が立つ。

自分ではどうすればフェイトを守れるのかが思いつかないのが辛い。

「よう、良い様だな」

などと考え事をしていて、すぐそばに誰かが来ていた事に気付かなかった。
だが、この声には聞き覚えがある……!

「アンタはっ、何でここに居るんだい!?」
「何故も何も、暇つぶしにてめぇを嘲笑いに来たんだよ」

そこに居たのは、アタシに何度も煮え湯を飲ませてくれたソウルという名のガキ。
管理局が出て来た日以降、全く会って居なかったってのに……!

まずい、ただでさえ体調が万全でも勝てる見込みが少ない相手だって言うのに、今のアタシは満身創痍。戦ってもまず勝負にならない。
それでも痛む身体に鞭を打って奮い立たせる。アタシはまだ、フェイトを助ける事を諦めたわけじゃないのだから……!

「いや、どうして普通にお見舞いに来たって言えないのかなぁ?」

そんな風に警戒をしていたのだが、何処か緊張感の足りていない声に、考えが止まる。

「……了かい?」
「うん。とりあえず怪我の方は大丈夫みたいだね」

アタシが警戒心を剥き出しに聞いているっていうのに、意に介した様子もなくのほほんとした笑みをこちらに向けてくるのは、西岸了と名乗った少年だった。

「こいつの怪我なんざ、どうせ自業自得だろ」
「まったく、そんな事ばっかり言うんだから……」

そう思った直後、その表情はアタシを見下す不敵な嗤いとなる。
かと思えば、半ば諦めながらもその言動を窘めるように、困ったような笑みを浮かべる。

……ふたりは身体を共有していると以前言われていたし、ふたりが切り替わっているところも見ていた。
でも、こうも目の前でくるくると人格が入れ替わっているのを見ると、分かっていてもどうにも混乱しちまう。

「……最近とんと見かけないから、トンズラこいていたと思っていたよ」
「下らねぇな。何でオレが逃げるような真似をしなきゃなんねぇんだよ」

苦し紛れに言ってやったが、返ってきたのは以前にも聞いたセリフ。
アタシとフェイトが管理局が出てきてどうしようかと思っている最中での言葉。

そしてコイツは、それを実行していた。
管理局という強大な組織に対してもそれを実行出来るだけの力がコイツにはあった。

「……なぁ、アンタ、強いんだよな?」

ふと、思った事が口をついて出る。
今のアタシに足りない物がここにあるのではという希望。

「ああ、オレは強ぇぜ?」

ニヤリと、口の端を釣り上げるような人の悪そうな笑みを浮かべるソウル。
自信漲るその態度は、過剰でも不足でもない。確かな実力の上で誇られているモノ。

強い。

今までも一応認めてはいたが、敵愾心を除いて改めて向き合うとその強さがひしひしと感じる。
コイツは、今のアタシに足りないものを持っている。

「……頼むっ、フェイトを助けるのに力を貸して欲しい!」

頭を垂れて懇願する。
アタシには力が足りていなかった。そして目の前には力を持っている奴がいる。
どうしてもフェイトを助けたい。その手段があるなら、それに賭けたい。

そのためならアタシのプライドなんて意味は無い。
アタシにとってフェイトが自分より大事。だから嫌いなコイツにでも頭を下げる。

「アタシがこんな事を言えた義理じゃない事は分かってる。でもアタシの力じゃアイツからフェイトを守れない、助けられない。
だから頼むっ、何でもするから、フェイトを助けるのに力を貸してくれ!」

恥も分外もなく、ただひたすらに頼み込む。

「都合が良いのは分かってる。でも、フェイトはアタシの命に代えても良いから助けたいんだ!」
「命、ねぇ……」

ソウルの視線の温度が下がってくる。
さっきまでは何処か気安い雰囲気があったのに、今のソウルのアタシを見る目は完全に冷めきっている。
圧倒されているわけでもないのに、その視線に背筋が凍る思いがする。

「なら、オレが死ねって言えばてめぇは死ぬのか?」
「……それでフェイトが助かるなら」

それでも視線を逸らさず真っ直ぐソウルを見る。
フェイトを助けるためだったら、この程度の事を耐えずに何だって言うんだ。

「……良いだろう。てめぇに雇われてやるよ」
「本当か!?」
「ただし、報酬は後払いできっちり支払って貰うぜ?」

ああ、今のアタシは悪魔と契約を交わそうとしているんだろう。
この契約を交わされたが最後、アタシに自由は無くなる。
ソウルの嗤いを見て、それを根拠もなく理解出来る。

引き返すなら、今しかない。

「ああ、アタシの命でも何でも好きなモノを持って行きな」

でも、アタシは間髪いれずに答える。
悪魔との契約?
上等じゃないか。それでフェイトが助かるっていうなら、何でも構いやしないよ。

「ならば、ここに契約は結ばれた。
オレはフェイト・テスタロッサの救出に力を貸してやろう。
そしててめぇは、この契約を交わした事を精々後悔するんだな」

ただの口約束に、契約なんて大仰だと思う。破る事なんて簡単そうだ。
でも、頼んだ以上、アタシにはコイツを信じるしか道は無い。

「ああ、きっとアンタなんかに頼った事は後悔するだろうね。
でも、それよりも主ひとりも守れない自分の弱さの方が悔しいんだよ。
だから、……フェイトの事を助けてくれよ……」

悔しくてみじめな思いに涙が出てきそうになるのを我慢出来なくなる。
……せめて、今だけは自分の弱さを表に出したい気分だった。

コイツは、涙を流すアタシに何を言う事も無く、ただそこに居た。

「さて、まずはてめぇの知る情報を寄こせ」
「……ああ、分かったよ」

しばらくしてアタシが落ち着いたところを見計らったかのように、ソウルが声をかけて来た。
大声で泣いたりはしなかったが、涙を見られた事が恥ずかしい思いもあったが、そんな事に反応をしていたらコイツは絶対揚げ足を取ってくる。

そんな事は願い下げであるし、なんにせよこちらの事情を話さなければ話が進まない。
アタシらの拠点でコイツと別れて以降の事を、掻い摘んで説明する。

管理局の目を掻い潜るようにしてジュエルシードを集め続けていた事。
最後の海に落ちていた6個のジュエルシードを一気に強制発動させて回収しようとした。
さすがに6個いっぺんは無茶が過ぎて危機に陥ったが、敵対しているハズの白い魔導師の子が助けに入ってくれたおかげで、なんとか生き延びる事が出来た。
でも、その後にプレシアからの攻撃によって、フェイトと管理局の艦はダメージを負った。
そのままアイツのところに戻って、今まで集めていたのと、海での出来事でなんとか掠め取る事が出来た3個を加えた、全部で8個の手元にあるジュエルシードを渡した。
でも、全然足りたいとか言って、フェイトへの折檻を始めた。
それをアタシは見過ごせなくて、フェイトを守るために反抗したのに、結果はアタシひとりで逃げる事が精いっぱいだった。

そして、今に至る。大体こんなところだった。

「聞くが、てめぇのその転移魔法ってので、てめぇらのアジトに行けんのか?」
「多分無理だね。時の庭園は高次元空間を常に移動している。アタシが情報を漏洩する事も見越しているだろうし……」

いきなり手詰まりだった。
確かにソウルは強いとは思うが、そもそも戦うべき相手の居所にたどり着けないというのなら、どんなに力があっても意味がない。
ソウルと契約を交わした時は、なんとかなると思ったのだが、こうして改めて考えると希望は断たれている気がしてきた。

「なら、利用出来るものは利用するまでだな」

だけど、ソウルは何か光明を持っているのか、不遜な態度を崩すことなく口を開く。

「あの、次元世界を管理する正義の使者とかほざいている連中を使うんだよ」

それが、どういう事なのか測りかねていると、それを見越したように再度口を開く。

「……そうか、管理局に協力して貰うのか!」

確かに管理局の力を借りる事が出来れば、フェイトを助ける事が出来るかもしれない。
ただ、今のアタシ達は次元犯罪者だ。そのまま逮捕されちまうかもしれないが、現状としてはこれ以上の案がないのだから、背に腹は代えられない。
何より、あのババァの傍に居るよりはマシってもんだ。

「ハッ、ちげぇよ」

だけど、ソウルはそんなアタシの考えをあっさり否定すると、一際悪そうな嗤いを浮かべる。

「連中に助けを請うんじゃねぇ、連中を利用してやるんだよ」

……自信満々のそれは、アタシは本当に悪魔と契約を交わしてしまったんだなという気にさせてくれた。
だが、それと同時にとても頼りになるとも思えるのが不思議だった。



Side:了


ソウルとアルフの話はまとまった。
僕も人助けに異論はないのだから、今回は僕も協力出来る事はしようと思う。
まずは、管理局に連絡を取る算段を付けないと。

ソウル曰く、おそらく監視はされているだろうから、派手な騒ぎを起こせばすぐに来るだろうとも言っていたけど、いくらなんでもそれは一般論としてダメでしょうという事で却下。

そしたら次の案と、なのはさん経由で連絡を取るって話になった。
というか、多分こっちの案が本命だったの思うので、最初からそう言って欲しい。

でも、そうと決まればとさっそくなのはさんに連絡を入れようと思ったけど、それは思い止まる。
アルフを助けたのはアリサさんなんだから、詳しい事情は話せないにしても、話を通すぐらいの事はしておかないとね。

「というわけで、あの犬はアルフだったんだ」
「どういうわけよっ!?」

屋敷に戻るとすぐにアリサさんを捕まえる事が出来たから、簡潔に事情を説明してみたけど、やっぱりこれははしょり過ぎだったかな?
というか、この説明だけで納得されてしまったら、どれだけ察しが良いのかとツッコミを入れ返さなければいけないところだ。

「え~と、僕とソウルって、よく街を散策していたでしょ。
その時、あの犬とその飼い主とは顔見知り程度に知り合っていたんだよっていう話」

そういうわけで、改めて説明。
ジュエルシードを巡って対立したとかいう事情を省いた簡潔なものだけど、これで必要最低限は言えていると思う。
というか、アルフって本当は犬じゃなくて狼なんだけど、……それは別にいっか。

「なるほどね。っていうか、それならそうと最初からそう言いなさいよ」

はい、それは全くのその通りだと思います。

「まあとにかく、飼い主も心配しているだろうからそこら辺はなんとかしたいと思ったわけなんだ」

実際には、アルフの方から協力要請を受けているんだけど、流石に犬から直接話を聞いたなんて事は言えるわけもないから、こういう話になりました。

ちなみに、言い訳の内容の発案は勿論ソウル。僕ではそんなにすらすら言葉は出てきません。
なのに、アリサさんへの説明は僕に丸投げというこの不思議。

「ふ~ん、そこまで言うなら、あんたってその飼い主の家を知ってるわけね?」
「あ、ごめん。それは分からない」

現在のフェイトさんの拠点は、僕も知っているあのアパートじゃなくて時の庭園とかいう名前の場所だとさっきアルフから聞いた。
そこは高次元空間を移動しているらしい事は分かっているけど、常に移動しているのだから、今現在何処に居るのか分かりようがない。
というか、そもそも高次元空間って何さ、という話ではあるんだけど。

「って、ならあんたはどうしようっていうのよ?」
「うん、その事なんだけど、その辺りはなのはさんに聞けば解決する……ハズ?」
「何で疑問形な上に、なのはの名前が出てくるのよ?」

だって確証がないんだもん。なのはさん経由で管理局に話を通したいんだもん。
という話は置いておいて、話を進めよう。

「とにかく、僕達の携帯にもなのはさんの番号は入っているから、こっちで連絡を入れようとも思ったけど、アルフを連れて来たのはアリサさんでしょ。
だから、まずは話を通そうってわけで、出来れば了承して欲しいんですけど?」

詳しい事は何も言わず、ただアルフをフェイトさんに届けるという一点のみで推し進めていると、アリサさんが急に渋い顔を作る。
あれ、アリサさんなら迷い犬を飼い主に届けるのにはふたつ返事で了承してくれると思っていたのに、この反応は意外だ。

う~ん、今までの話で気にかかるような事は……色々とあるか?

「ひとつ確認するけど、あの子の怪我は火傷や切り傷で、車に轢かれたとか言うのとは違うものだったの。
それで、もし、その飼い主って言うのがそんな虐待をするようなヤツだったら……」

ああ、なるほど。そんな懸念が出てくるんだ。
確かに事情を知らずに、怪我の様子を見れば虐待していたと思っても当然だ。
うん、納得なっとく。

「あ~、それはないない」

でも、あんな普通に良い子なフェイトさんがそんな真似をするわけがない。
やったのはプレシアって人だし、アリサさんの心配は杞憂だ。

「またえらく自信満々に言うわね」
「そりゃあ、あの子はちょっとズレている感はあるけど普通に良い子だったし、アルフとの仲良しっぷりを見れば、危害を加えるなんて考えが及ばないよ」

弁当を差し入れした時の姿や、すずかさんの家で初めて会った時に槍を突き付けられたアルフを助けようとする姿勢。
それに、ソウルがフェイトさんを傷つけた際のアルフの怒りっぷり。
そのどれをとっても、ふたりが強い絆で結ばれているのは容易に察しが付く。

「かなりズレている了が、他人をちょっとズレてるとかって言うなって思うけど。
……ふ~ん、その子ってもしかして女の子?」
「? そうだよ」

何でそんな事を聞くのかなぁと思いながらも、隠す事でもないかと普通に答える。

「ついでに聞くけど、ちょくちょく出かけてたのってその子に会うためだったりするの?」
「あ~……」

その辺りはどうなんだろう?
出歩いていた目的自体はジュエルシードの探索だったんだけど、ソウルからすれば、それはなのはさんやフェイトさんと戦う事と意味がかなり近いからなぁ。
しかも、お見舞いにフェイトさんの家に行った事もあるし、フェイトさんと会うためかと聞かれたら、違うとは言い切れない気もする。

「……ふ~ん、そうなんだ。まあ? 別にあたしにはなんの関係もないけど?」

アリサさんから視線を外して、どう答えるのが正しいのかなぁと考えている内にアリサさんは自己完結を果たしていた様子。
まあ、これは本題じゃないし、納得しているなら別にいいか。

「で、あんたはあたしにどうして欲しいワケ?」
「あ、うん。僕から連絡するより、アリサさんからの方からの方がスムーズにいくかなぁ、なんて?」
「ふ~ん。別にあたしも、あんた達の間を取り持つのもやぶさかじゃないわよ?」

……ただ、なんだろう。急にアリサさんがとげとげしくなりました。
僕は何も悪い事はしていないはずなのに、急に肩身が狭くなった感が辛いです。

う~ん、どうしよう。もうひとつ重要な事があるんだけど、どうにも言い出し辛い空気をアリサさんは醸し出している。
これを言ったら、文句を言われそうだなぁ……。

「え~と、それともうひとつアリサさんに言っておきたい事があるんですけど?」

とはいえ、言わないとそれこそ文句と怒りが倍増するのは目に見えているので、探り探り様子をうかがいつつ話を進める。

「実は、最初にこの家の世話になった時にも言った、アリサさん達にも言えない事情のおかげで、しばらく家を空ける事になりそうです」
「ふ~ん。…………はぁっ!?」

気のない返事をしたけど、僕の言葉の意味が浸透したら、えらく驚いてくれました。

「ちょっと、それってどういう事よ!?」
「いや、どうも何も、先に言えない事情って言ったでしょ?」

言えないって言っているのに説明しろっていうのも酷ってもんです。
まあ、世話になっている身の上で勝手をするんだから、僕が悪い側になると思うけど。
そう分かっていても、これは中々引けないのだから困りもの。

「あの時も言ったけど、言えない事情で迷惑をかけるかもしれないっていうのが今。
まあ、今回はアリサさんに迷惑がかかるような事は無いと思うし、勝手をする僕達を許してって言えるわけでもない。
でも、ソウル曰く、アリサさんはそれを分かった上で僕達をこの家に置くって言ったんだから、しばらく家を空けるっていうのには反対はさせないらしいよ?」
「む、むぅ……」

さっきまでの不機嫌さとは色合いの違うそれで唸る。
そりゃあ、反対したいところを先回りされているんだからなぁ。

ちなみに、この僕の発言もソウルからの入れ知恵です。

「……分かったわよ。どうせダメだって言ったところで、ソウルが強行で家を出て行くのは目に見えているもの。その辺りは諦めるわ。
ただ、この家はあんたの帰ってくる場所なんだから、ちゃんと帰って来なさいよ」
「うん、分かった。期間は分からないけど、連絡はちょくちょく入れるようにするよ」

そんなわけで話は纏まりました。
アリサさんは、諦めはしたけど納得が出来ていないのが良く分かる。

それでも、前回の失敗と違って今回は面と向かって話をして、きちんと帰ってくると約束をしている。
僕もその約束を破る気なんてさらさらない。ぞれが分かっているから、アリサさんも大丈夫だと思ってくれたんだと思う。

そうと決まればと、アリサさんは早速なのはさんに連絡を入れる。
電話の向こうで、いきなり迷い犬の相談をされて困惑していた様子だったけど、その迷い犬の特徴や名前を告げると、なのはさんすぐにやってきた。

アリサさんは明日でも良いって言っていたけど、なのはさん達にしてもそんな悠長な事を言っていられないらしいし、アルフも似たようなものだから早いに越した事はない。。

そして、バニングス邸までやってきたなのはさんは、檻に入っているアルフの姿に本当だったんだと驚いていた。

さて、まずはアルフと話をしなきゃならないんだけど、この場にアリサさんが居たらそれも出来ないだろうから、どうやってアリサさんを連れ出せばいいのかなと考える。
そしてその間、ずっとアルフと見つめ合うなのはさん。(それとユーノ)

「……それじゃあアリサちゃん。今すぐ連れて行ってもいいかな?」

何をしているのかなと思っている内に、すくっと立ち上がると、そう言ってくれました。
詳しい事情説明とかしていないのにいいのかなと思う。

「今すぐって、あたしも早くご主人様に会わせるっていうのには賛成だけど、その子も怪我をしているんだし、そんなに急がなくてもいいんじゃないの?」

それもごもっともと思うけど、そういうわけにもいかないのが状況でありまして。

「うん、でも早く出来るなら早い方がいいと思うし……」

そう言ってなのはさんが見やると、アルフは肯定するように一吠えする。

「分かったわよ。……鮫島」

呼びかけに応じて、檻のカギを開ける鮫島さん。
流石に今は個人の敷地内であろうとも放し飼いはしないという良識があるので、首輪とリードをアルフに装着させる。
アルフは窮屈そうだけど、その辺りは我慢してもらうしかない。

「それでは、なのは様」

鮫島さんからリードを受け取るなのはさん。
これで受け渡しは終了。あとはなのはさんも帰るだけだ。

「うん、じゃあアリサさん」
「はぁ!?」

僕も用があるから一緒に行くよと呼びかけると、驚きの声を上げるアリサさん。
まあ、きっと僕が家を出るっていうのは明日の事だと思っていたのだろうと思う。
それを、このタイミングで出て行く事を示されたら、そりゃあ驚くよね。

「……ハッ」

さて、どう声をかけようかと思っていると、ソウルがなのはさん達からは見えないように、一瞬だけ表に出てきて、不敵に笑って見せていた。

「むぐぐ~っ。良いわっ、勝手にすれば!」

それは本当に一瞬だったけど、ソウルにはアリサさんの言い分を聞き入れる気は一切ないと伝わったらしい。
アリサさんは不承不承というか、やけくそみたいにそう言うと、なのはさんに別れの挨拶もまた明日とだけ言って、不機嫌そうに鮫島さんを連れだって戻って行ってしまった。

前回の家出未遂の時とは違って、ちゃんと出て行く旨と帰ってくる旨をちゃんと言っていたけど、今回は何時出て行くかを言い忘れていたのが失敗だったっぽい。
帰って来た時、今の分も纏めて怒られそうだけど、そこは諦めるしかないか……。

ああ、世の中無情です。

「ねぇ、アリサちゃん怒っていたみたいだったけど、どうかしたの?」
「まあ、大した事は……あるかもしれないけど、大丈夫だよ」

アリサさんの不機嫌の原因が僕に在ると察したなのはさんが聞いてきたけど、まあ、大丈夫だとは思うんだけど……。

「ダメだよ。ケンカしたらちゃんとお話して仲直りしないと」
「いや、もう話はして理解して貰ったよ。
今のアリサさんは、理解は出来ても納得は出来ないって感じで、怒っているとは違うと思うし、仲違いをしているわけでもないよ」

とはいえ、不機嫌である事には変わりは無い。
帰って来た時、きっと色々文句とか憤りとかぶつけられるんだろうなぁ……。

そう考えると、何となく遠い目になってしまう。
きっとソウルはどこ吹く風って、怒られるのは僕だけなんだろうなぁ。

ああ、世の中無情です。

「まあとにかく、今はアルフがどうなるか僕も気になるから早く行こうよ」

話題変換して、バニングス家の敷地をでると、そこには待ち構えるようにクロノの姿。

「すまない。手間をかけさせた」
「ううん、そんな事ないよ」

なのはさんにねぎらいの言葉を掛けると、そのままアルフの前に立つ。

「フェイト・テスタロッサの使い魔。アルフだな?」
「ああ、そうだよ」
「先程の話で良いんだな?」
「ああ、ただフェイトの事は……」
「無論、彼女の事は悪いようにはしないと約束しよう」

ふたりでそんなやり取りを交わしているけど、

「いや、何時の間にそんな話をしていたの?」

なんか、交渉の段階をすっ飛ばしているようにみえるんですけど?
なのはさんやユーノもそこを不思議に思っていないのが余計分からない。

「あの場では部外者が居たからな。念話で話していたに決まっているだろう」
「いや、決まっているって言われても、そもそも念話って何ですかって話なんですけど?」

多分言葉尻から推測するに、「思念で会話する」とかいう魔法何だろうけど、そもそも魔法を知らない僕達にとって、それがあって当たり前の前提をされても困る。

そういえば、なのはさんがアルフの事としばらく見つめ合っていたのがそれなのかなぁと思っても、分からない事には変わりは無い。

「……嘘をついているようには見えないな。なるほど。君は、というより君達は本当に魔導師ではないのだな」

クロノの言葉に、どうやら、魔導師にとって念話はポピュラーもいいところな存在らしい事が分かる。
いや、だから何ってわけでもないんですけど。

「はぁ? アンタが魔導師じゃないって、あんだけやっておいてそんな訳がないじゃないか」

そこへ納得出来ないと声を上げるのはアルフ。
うん、そう言えばアルフには僕とソウルが使っているのは魔術だなんて話はした事なかったなぁ。

「下らねぇ話をしてんじゃねぇ。さみぃ中、てめぇらは何時まで与太話してんだよ」

そこへ割って入ってくるソウル。
魔術と魔法の違いについて議論を交わしていたら、本当に時間がかかりそうだしね。
その言い分は皆正論だと感じたみたいだ。
 
「ああそうだな。詳しい話はアースラで行う。それとなのは。君は当初の予定通り、家に帰っていてくれ」
「え、でも!」

クロノが簡単な指針を示すと、なのはさんが納得出来ないような声を上げる。

「気になる、という気持ちは分かる。だが、君が家族や友人と過ごす時間もまた大切だ。
 アルフの話次第では事態が変わるかもしれないが、それでも明日一日でどうこうなるわけじゃない。
 そもそも君は僕達に厚意で協力しているんだ。せめて休めるときに休んで貰わなければこちらとしても立つ瀬がない」

さらに報告はきちんとするし、アルフの扱いも悪いようにしないという事でなのはさんには納得して貰ったようだった。
まあ、だいぶ不承不承と言った感じだったけど。

「話は決まったんだろ。ならさっさとそのアースラってヤツに連れて行け」
「……待て、まさか君も来るつもりか?」
「あァ? てめぇは寝言でもほざいてんのか?」

クロノに聞き間違えている事は何もないと、嗤って見せるソウル。

「……どういう風の吹きまわしだ」
「どうも何も、てめぇには頭を地面にこすりつけるようにしながら、オレに懇願してみせりゃ、手を貸してやるかどうか一考してやってもいいぜと言っていたはずだ。
で、その犬はそれを実行したってだけだ」

不審というか、警戒心をあらわにソウルを睨むクロノ。
でも、ソウルも僕も睨まれても痛くも痒くもないからなぁ。

「言っておくが、もしオレを連れて行かねぇってんなら、その犬も力づくででも連れて行かせねえぇぜ?」
「なっ、そんな勝手を許すわけが……っ」

ソウルの言っている事が冗談ではないと理解しているのだろう。一方的ともとれる言い分に途中まで出た反論が途切れる。
それを、ソウルはニヤニヤと嗤ってみせる。

「…………分かった。ただし妙な動きを少しでもしたら、即刻逮捕させて貰う」

ソウルの言い分を聞き入れてアルフの身柄を得るか、話を蹴って改めてソウルと敵対するか。
その天秤に揺れていたが、クロノの選んだのは条件を飲むという事だ。

「ああ、捕まえられるってんならやってみな」
「いや、ここは素直に捕まるような怪しい行動はしないって言おうよ」

流石にこれ以上は殺伐とした空気は嫌なので、クロノとの間に割って入る。

「え~と、ジュエルシードの時は僕は不干渉だったけど、今回は僕も協力するつもりだからよろしくね」

クロノに手を差し出すと、なんだか驚いたような顔をされてしまった。

「……君達の行動理念は良く分からないから正直歓迎はし辛い。
だが、差し出された手を払いのけるほど僕は傲慢でも無いからな」

それでも、そう言って僕の握手に応えてくれた。

これからソウルがどうするつもりで、その結果どうなるかは分からないけど、出来る事ならみんなにとって良い結果になりますように。








あとがき

あれ、なのはと管理局、フェイトの仲間フラグってへし折ったんじゃなかったっけ?
いえいえ、これはアルフの仲間フラグですという第十七話。


更新に間が空くのは一週間の予定だったんですけど、色々と間に合わなくて二週間になってしまって申し訳ないです。
代わりと言ってはなんですが、先週の時点で今まで投稿した中で、気になった部分を修正してみました。
ただ、プロローグだけはどう修正するべきか案が思いつかなかったのでそのままになっています。



[14283] 第十八話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/17 19:43

念話を通じて、家で休みながらアルフさんから聞いた事情を教えて貰った。

それを聞いて、わたしはもう一度真正面からフェイトちゃんと向かい合いたいと思った。

フェイトちゃんを助けたいって思った。
事情は分かったけど、悪い事をしているのだから止めないといけない。
それに、わたしはまだフェイトちゃんからお友達になりたいって言った事の返事を貰っていない。

そんなわたしの想いを込めて、わたしに任せて欲しいとクロノ君にお願いした。
そしたら、フェイトちゃんの事をわたしに任せてくれるって言ってくれた。
任された期待に応えたい。そして、それ以上に自分で決めた事だから、ちゃんとフェイトちゃんと決着をつけたい。

一晩明けて、久しぶりに行った学校はとても楽しかった。
久しぶりに一緒にアリサちゃんやすずかちゃんと一緒に遊んで、ここがわたしの返ってくる場所なんだって改めて思った。

家では、お父さんになのはは強い子だから、きっと大丈夫って後押しもして貰った。

……わたしの中で、色々な想いがはっきりとまとまった。

貰ったお休みも終わって、朝早く家を出る。
真っ直ぐ向かうのは海鳴公園。ここまで来れば誰にも迷惑はかけない。
そう思って呼びかけると、思った通り姿を現すフェイトちゃん。

わたしも、特別にアースラから出して貰ったアルフさんもフェイトちゃんに呼びかけるけど、フェイトちゃんは止まってくれない。

だから、ここでちゃんと決着をつける。
逃げれば良いわけじゃない。捨てれば良いわけじゃない。
自分で決めた事をやり通すそのために、互いに持っているジュエルシードを全部賭けて、最後の勝負なの!










魔法少女リリカルなのはCross souls  第十八話



Side:了


今、アースラのモニタールームでなのはさんとフェイトさんの戦いを観戦している。
アルフも本来はこの場でモニター越しに観戦するべきところだと思うけど、温情と、僅かでもフェイトさんを説得出来る可能性によってあの場に赴いていた。
まあ、説得は失敗だったんだけど、戻るようにも言われず、そのままになっていた。


おととい、僕達がこの時空航行艦アースラに招かれた時、アルフからの情報から皆の動き方は大体決まっていた。

アースラスタッフは目標をプレシア・テスタロッサの捕縛へ切り替え、そのために全力を尽くす。
アルフは捕縛された形だが、実質的には情報提供による協力者という立場に。
そして、フェイトさんの事はなのはさんに一任されると、そんな感じだ。

僕はと言えば何か口をはさめるほど考えがあるわけもなく、ソウルの方も特に口をはさむ事もなかっので、その場の流れに身を任せていた。

そういうわけで、僕達には何の役割も振り分けられなかったので、こうして今も普通に観戦していたというわけだ。

ちなみに、なのはさんとフェイトさんの戦いの勝敗に関しては、どちらに転んでも大して問題は無いらしい。

聞くに、フェイトさんが勝ったとしても時の庭園に戻るためにゲートを開かなくてはいけないので、その隙を突いて時の庭園の座標を特定して、武装局員を送り込みプレシア・テスタロッサを拿捕。
そのまま奪われたジュエルシードも取り返すとか何とか。

もちろんなのはさんが勝つに越した事は無いけど、そういった事情で大丈夫らしい。

「それにしても意外だったな。君が何もせずに傍観に徹するなんて」

モニターに映るふたりの魔導師の戦いっぷりを眺めていると、クロノに声を掛けられる。
なんというか、クロノの視線がピリピリしていて、ちょっと居づらい。

クロノは、僕のすぐ後ろに陣取っている。
もし少しでも僕やソウルが少しでもおかしな真似をしたら即座に組み伏せると言わんばかりに警戒している模様。
そんなに肩肘を張らなくても、僕は何もしないつもりなんだから大丈夫だとは思うんだけど、生真面目なクロノの性分的に、しょうがないらしいです。

「オレが手を出すまでもなく、あの黒いのをどうにかすんのがてめぇの仕事だろうが。
それとも何か。てめぇらは自分の仕事を他人に丸投げするってのか?」

ソウルはニヤニヤと人が悪そうな笑みを浮かべながら横目にクロノを見ながら返事をする。
そうは言うけど、フェイトさんを助け出す事を丸投げしているのはこちらですよ?

「確かにそうだが、……なら君は何をしにここへ来たというんだ?」
「別に。ただオレは犬コロに黒いのを助けだすとしか契約してねぇ。
過程はどうあれ、結果さえ違えねぇなら契約は履行される。そしてオレは労せず報酬を手に入れられるってだけの話だろ?」

自分は漁夫の利を得ると堂々と言われ、何とも面白くないという顔をするクロノ。
まあ、ソウルのために頑張るわけじゃないのに、それでもやらなくちゃいけないという状況は確かに面白くは無いだろうなぁ。

確かにアルフとの契約内容は「フェイトを助ける事」だけで、その過程に関しては何も制限はない。
最終的に契約内容を履行さえ出来れば、過程で働くのが僕達でも管理局でも大して変わりは無い。
むしろ、僕達が下手に手を出すより、クロノ達に任せた方が良い結果になると思う。

こうして不確定要素である僕達が「何もしない」と割り切れた方が色々分かりやすいとクロノも分かっているだろうから、僕達が今ここに居る事を容認しているんだけど。

「でも、ソウルの思惑はともかくとして、ここに居る誰より、なのはさんが戦うのがフェイトさんにとって良いと思うよ、僕は」
「ん、どういう事だ?」

漁夫の利を得るというのがソウルの思惑として、次は僕の思惑を口にすると聞き返されてしまった。

うわあ、どうしよう、何となく思った事をそのまま言っただけで、改めて説明を促されても正直困る。
それでも、ここはなんとか答えないといけないと思うので考えを巡らせる。

「う~ん、なんというか、今のフェイトさんって独りになって暗闇に囚われている感じでしょ。
そんな状態で周りを見てとか言って手を差し伸べても、暗闇の中では何も見えないし、何処から声を掛けられているかも分からない。
だからまずはその暗闇をどうにかしないとけない。そして、その暗闇を吹き飛ばすのは強くて眩しいくらいの想いを真正面からぶつけるのが一番手っ取り早いし、相手に伝わりやすいと思う。
そして、そんな想いを持っていて、実行出来るのはなのはさんぐらいだと思ったというか、なんというか、そんな感じでどうでしょう?」

元々僕達の目的は「フェイトさんを助ける」事にある。
ソウルは本当のところどう思っているかは知らないけれど、単純にプレシアの下からフェイトを引き離したいだけなら、僕達も出れば割と簡単に片は着く。

でも、そんな力づくじゃ、フェイトさんの心は助けられない。
それが出来るのは、なんども真正面からぶつかって、それでも真っ直ぐに相手を思っているなのはさんにしかできないと僕は思った。
だから、僕はこの場を譲る事に何も言わなかったわけで。

「言いたい事は何となく分かるが、どうして最後は逆にこちらに伺いを掛けてくる?」

う、だって自分でも何となく程度にしか思っていなかった事で、言葉にはしたけど相手にちゃんと考えが伝わっているか分からないんだよ。

「でも、結構一理あるっていうか、了君って良い事言ったと思うよ?」

とはいえ、管制官であるエイミィさんがモニタリングしながら賛同してくれたり、クロノの方も一応分かってくれたようだからいいんだけどね。

「ま、それはあの白いのが勝てなきゃ意味はねぇがな」

いやまあ、それはそうだけどさあ……。

そのままモニターに視線を戻す。
なのはさんとフェイトさんは一進一退の攻防を繰り広げている。
なのはさんは、ついこの間までごく普通の小学生だったハズなのに、モニターに映るその戦いぶりには、そんな面影はみて取れないほど戦えている。
素人目に見ても、ふたりの実力は伯仲しているようだった。

「う~ん、ソウルはどっちが勝つと思う?」
「なんだ、賭けでもやるってか?」
「いや、やらないけど。ただ、素人目には良い勝負だな~ってしか分からないから、解説が欲しいなと思っただけなんですけど?」
「あ、解説は私も欲しいよ、ね~、クロノ君?」

なんだかエイミィさんも乗ってきた。
クロノは少し嫌そうな顔をしたけど、何かを諦めたように溜め息をつくと口を開く。

「そうだな。確かになのはの魔法のキャリアを考えれば、その成長速度は驚異的だ。
かつ、実践に必要な最低限のみを叩き上げているから戦闘のみに関して言えばかなりの実力者と言える。
だが、実力が伯仲しているというなら、勝負を分けるのは経験だ。
その点でいえば、おそらくフェイト・テスタロッサはきちんとした戦闘訓練も受けているはずだ。
その差を鑑みれば、なのはの方が不利と言わざるを得ないな」
「お~、中々に説得力があるクロノ君の解説ですが、対してソウル君はこの戦闘をどうみますか?」

なんだかエイミィさんが発案者の僕以上にノリノリで、今度はソウルの意見を聞いてくる。

「ハッ、どうにもクロノ執務官殿は戦いってものを分かっていねぇようだなァ?」
「なんだと!」

いや、ソウルも挑発しないでよ。
とは思いつつも、ソウルは解説をする気があるみたいなので、僕は口を噤む。

「確かにそこのチビスケの言うとおり、データを見れば黒い方が勝つだろうな。
だが、実力の伯仲する戦いの名案を分けるのは経験の他に精神状態と運が関わってくる。
白い方はやる気も満々で、迷いもふっ切ってこの戦いに臨んでいる。
黒い方も決死の覚悟で臨んでいるだろうが、メンタル面を支えていたはずの犬コロを失い、今は母親に言われた事に縋りつく事でなんとか立っている状態だ。
周りに支えられてるヤツと、孤立無援な上に何処か迷いを抱えるヤツ。
そのどちらが最後の要素である運を引き込めるかは考えるまでもねぇな。
ま、勝率は6:4ぐらいで白い方が有利じゃねぇか?」
「なるほど、クロノ君はデータ重視でしたが、ソウル君はメンタル重視ですか。
う~ん、これはどちらも説得力のある解説でしたが、さあ、了君はどちらを支持する?」
「いや、それが分からないから聞いたんですってば」

どうしてそこで僕に話を振ってくるんですか、エイミィさん?

とかなんとか、そんなやり取りをしている内にふたりの戦いに決着がつく。

アルフの反応からして、フェイトさんのとっておきだったであろう魔法を、なのはさんは耐えきって見せた。

逆にソウルも一度捕まった事のある拘束魔法でフェイトさんを空中に磔にし、こちらもとっておきなのだろう、魔力を溜めてゆき……って。

『受けてみて、ディバインバスターのバリエーション!』
《Starlight breaker》

アレはただ単に自身の魔力を溜めているのではない。周囲に散った自身が放出した魔力をもかき集めている。
その溜め上げられた魔力量は、なのはさんの身の丈を超えるほどの球体を形成するほど。

……なんというか、凄い事になってない?

『これがわたしの全力全開っ! スターライトォ……ブレイカーァァッ!!』

そしてなのはのトリガーワードと共に放たれたのは、今までなのはさんが使っていて見せた砲撃を遥かに凌駕する魔力量による砲撃。
全力全開とか叫んでいたけど、確かにアレは全開だなぁ……。

「な、なんつーバカ魔力……」
「うっわ~、フェイトちゃん生きてるかなぁ?」

そして、クロノやエイミィさんの反応からするに、アレはやはり常識外れなのだろうなぁと思うわけです。
あのレベルをポンポン出せるというのなら、魔法の常識を疑うところだったよ。

そんな砲撃をモロに受けたフェイトさんは海に墜ちていたけど、なのはさんが助け上げた様子からするに無事なようだ。
というか、あの状況でちゃんと生きているなんて、非殺傷設定ってすごいなぁ。

そして、フェイトさんも敗北を認め、バルディッシュがジュエルシードを吐きだす。
それを受取ろうとするなのはさんだったけど、その光景に割って入るモノがあった。

紫の雷鳴が轟き、フェイトさんを打ちすえる。
そして、なのはさんに渡されるはずだったジュエルシードは虚空へと消えてゆく。

「……後はてめぇらの出番だ。精々頑張るんだな」
「そんな事、君に言われるまでもないっ。エイミィっ」
「任せて!」

ここから先は、管理局であるクロノ達の領分だった。
それを傍目に見ながら、僕達は僕達の理由のためにモニタールームを後にする。



Side:リンディ


プレシア・テスタロッサを逮捕するべく、武装局員は判明した時の庭園の座標へ向けて転送ポートで移動開始する。
その様子をモニターで確認していると、なのはさんに支えられるようにしながらフェイトさんがブリッジに入ってくる。

戦闘直後にプレシアからの次元跳躍魔法を受けていたけど、自分の足でちゃんと立っているので、まずは大丈夫そうだと一安心。

「お疲れ様。それから、フェイトさん、はじめまして」

なのはさんにねぎらいの言葉をかけ、そしてフェイトさんに挨拶をする。
フェイトさんはうつむいたまま、先程の雷撃のダメージによって少し罅の入っていた待機形態のデバイスを握りしめる。
私達に負けて拘束されてしまっている今、母親の期待を裏切ってしまったと思っているのでしょうね。

ソウル君は母親が掛ける望みに縋りつく事でようやく立っているとフェイトさんを評していたけど、今はそれさえも失ってしまっているのだ。
その上、これから自分の母親が逮捕されるのだ。その心境はいかがなものか……。

「よう、完膚無きまでの負けっぷりだったな」

そんな誰もが声を掛ける事を躊躇わせるような悲愴感を漂わせるフェイトさんに対し、ブリッジに入ってきたソウル君は気にも留めないかのよう声を掛けていた。

「……貴方も管理局に協力していたんですね」

自身の敗北に触れられ、肩を震わせたフェイトさんだったけど、それが事実である以上否定する事は出来ない。
代わりに最近は全く顔を合わせていなかったソウル君が、ここに居る事に言及していた。

「ちげぇよ。何でオレがこいつらに手ぇ貸してやらなきゃなんねぇんだよ。
それよりも、てめぇは結局敬愛する母親の役に立たなかった訳だ。ハッ、無様だな?」
「っ……!」

ソウル君は自身の事は軽く流しながら、なおもフェイトさんの敗北を追求する。
それはただ敗北を突き付けられただけでなく、さらにそこから及ぼされる影響にまで言及していた。
それも確かに事実ではあるけど、今のフェイトさんにそこまで言うのは酷だ。
流石に言い過ぎだと諫めようと口を開く。

「何でソウル君はそんな言い方するのっ、フェイトちゃんは頑張っていたんだよ!?」

でも、そんな私よりも早く、なのはさんがソウル君に反発をしていた。
フェイトさんを庇うように前に出てソウル君を睨みつけるようにすると、それに追従するようにアルフも前に出てきて身構える。

「なんだそれは、同情か?」
「違う、そんなのじゃないもん。フェイトちゃんはただお母さんのために頑張っていたのに、それを否定して欲しくないだけだもん!」
「そうだよっ、何も知らないクセにフェイトの事を悪く言うのは許さないよ!」

ソウル君は目の前にいる子達と敵対するように、なのはさん達はフェイトさんを守るように、それぞれ対立していた。
そして、話題の中心にいるフェイトさんは、そんな周りの動きについていけないのか、困惑したようにうろたえていた。

「で、フェイト・テスタロッサ。てめぇは今、拠り所を失って宙ぶらりんになっているわけだが、その状態で周りを見て、自分が孤独な存在に見えるか?」
「え……?」

そんな中、ソウル君は自身の前に立ち塞がっていたなのはさん達を無視して、フェイトさんに声を掛ける。
その言葉の内容に、フェイトさんは動きを止めていた。
いや、フェイトさんだけでなく、ソウル君の突然の言葉になのはさん達も思考が追い付かず固まってしまっていた。
かくいう私もそのひとりであり、その言葉の真意をとっさに推し量れずにいた。

「……ハッ」

皆の呆けたような顔を見回すと、ソウル君はこれ以上語る事はなにもないと言うように嫌味な笑みを残して場を離れて行ってしまった。
その背中を、言葉の真意を聞きだすために呼び止める事は誰にも出来なかった。
呼び止めたとしても、応えるつもりはないと無言の中でもその背中が語っていたから。

そんな中でフェイトさんは、ソウル君の言葉に促されるようにゆっくりと自身の周りに居るひとりひとりに視線を移してく。
みんなが誰のために怒り、誰を守ろうとさっきまで目の前に居た男の子と向き合っていたのかを改めて確認していくように。

「わたしは……」

そして、この部屋に入って来た時と同じように視線を落とし、握りしめていた手の中にあるデバイスを見つめながらぽつりと呟く。

今のフェイトさんには悲愴感は確かにあるけど、それ以上に困惑を抱えているようだった。
母親の期待を裏切ってしまった上に捕まって、孤独となってしまったハズだった。
なのに、自身の周りには、自分の事を心配して見ていてくれている人達がいた。

どうして自分なんかに優しくしてくれるのかが分からない。
……きっと、そんな風に思っているのだと思う。

でも、フェイトさんの呟きには、結論は語られていない。
今手を差し出せば、手を取ってくれる人がいると分かっているのに、その手を差し出す最後の踏ん切りがつかないように。

ソウル君は、きっと今のフェイトさんの心境は分かっているはず。
それでも、もう何も言う事は無いとすでにフェイトさん達から離れてしまっている。
それはきっと、お膳立てまでは自分の役割としても、最後のひと押しは他の人の役目だと言う事なんでしょうね。

そしてその事は、さっき了君も口にしていた。
この場で、その役目は誰が適任かを。

「フェイトちゃん!」

なのはさんは、フェイトさんの正面に立ち真っ直ぐに手を差し伸べる。
言葉はいらない、ただこの手を取ってくれれば良いと、その瞳が語っている。

「あ……」

そんななのはさんの想いに応えるように、おずおずと、それでも確かにフェイトさんの手は伸ばされてゆき、

『総員、玉座の間に侵入。目標を発見しました!』

フェイトさんがなのはさんの手を取ろうとしたその瞬間、玉座にたどり着いた局員の報告がブリッジに響き渡る。
フェイトさんの手は何も掴まず、その視線はモニターへと釘付けになっていた。

……なんてタイミングの悪い。
今のこの子達を見ていて、そう思わずに居られなかった。

母親が逮捕されるシーンを見せるのは忍びないから、別の部屋へ連れて行くべきと思っていたのに、ソウル君の行動は悪いものじゃないと静観したのが失敗だったのかもしれない。

プレシアは泰然と玉座に構えており、その脇を局員が駆け抜け、奥の部屋へと至る。
モニターに映し出されるそれを見ながら、今からでもフェイトさんを別室に連れてくべきだと思い、念話でなのはさんにその旨を伝えようとする。

『こ、これは……!?』

でも、ここでもタイミングの悪さは働いてしまった。
というより、すでにもう手遅れだったという事なのかしらね……。

突入した局員達が見つけたのは、中を溶液で満たされた円柱状のガラスケースのようなもの。
これだけならまだいい。問題はそのケース中身。

金色の髪をした少女が膝を抱えるようにしながら満たされた液体の中に浮かんでおり、その少女の顔は、今ここにいるフェイト・テスタロッサと瓜二つ。
いえ、年の頃に多少の差はあれど、全くの同じといって差し支えがないものだったのだ。

その光景に驚いたのは局員達だけじゃない。なのはさんは信じられないというように声を上げ、フェイトさんに至っては、ただ眼を見開いて茫然とするばかり。

『私のアリシアに近寄らないで!』

ガラスケースに近づこうとした局員が、突如として現れたプレシアに吹き飛ばされる。
さらに、突入した局員全員に対して雷撃の魔法を繰り出し、昏倒させてみせる。

そこに在ったのは、玉座の間で見た泰然とした態度は何処にもなく憤怒の表情で局員達を睨みつけ、嘲笑うひとりの魔導師。

「いけないっ、局員達の送還を!」
「りょ、了解です!」

急いでエイミィに指示を出し、局員達を送還する。
これは、下手を打ってしまったかもしれないと思っている内に、事態はさらに進行する。

『たった八個のロストロギアでアルハザードに届くか分からないけど、もういいわ。
この子を亡くしてからの暗鬱な時間も、この子の身代り人形にアリシアの記憶を与えて娘扱いするのももう終わり。
聞いていて? 貴女の事よ、フェイト』

プレシアが語るのは、フェイトさんの事を否定する事。
そして、エイミィがこれまでの調査で判明したプレシアの研究内容を口にする。

それは使い魔を超える人造生命の精製。
そして、そのプロジェクトの名前こそが「プロジェクトF.A.T.E」

その結果として誕生したのがアリシアのクローンとして作り出されたフェイトさん。
亡くした自分の娘を生き返らせるためとして。

『でもダメね。ちっとも上手くいかなかった。作り物の命は所詮作り物……』

今、プレシアは決定的な一言を言おうとしている。
それは言わせてはいけないと分かる。私達は通信を強制的に切ろうと、なのはさんも、止めてと悲痛な声を上げる。

『良い事を教えて上げるわフェイト。貴方を作り出してからずっとね、私は貴女が……』

でも止まらない、止められない。
侮蔑と憎悪を込めた嘲笑でフェイトさんを見ながら、その一言を──

「ハーッハッハッハッ!!」

突然、一際高い哄笑が辺りに響き渡る。
嘲笑とは違う、自信に漲るような意思を込められたと思わせるそれは、他の誰にも出来なかった、プレシアの放とうとしていたその一言を遮っていた。
同時に、プレシアに集まっていた視線がその声の主に集中する。

「ああ、下らねぇ茶番じゃねぇか」

そこに居たのはひとりの少年。
全ての視線を一身に受けながらも、それらを全く意に介さず嗤い、堂々とした態度で歩み出てくる。

「よう、三下」

ソウル君はモニターの前で足を止めると、怯むどころか逆にプレシアを挑発して見せる。

『三下、ですって……っ?』

隠しもしない嘲りの言葉に、プレシアの頬がひきつる。
あまりに怒り過ぎて、言葉になっていないようだ。

何故、このタイミングでわざわざ挑発してみせるのかと疑問が頭を過るけど、冷静にこの場を見てみれば、ソウル君の思惑が少し見て取れた。

ソウル君のその立ち位置は、確かにプレシアと向かい合っている。
けど、それと同時に、フェイトさんとの間に立ち塞がってもいるという事。

フェイトさんに向いていた憎悪の視線は、ソウル君の発言によってそのままソウル君に向いていた。

その不遜な態度からは単にプレシアと向かい合っていると見えるけど、実際にはフェイトさんをその背中に庇っているのだ。

「ああ、三下も三下。完全な雑魚だな」
『!!』

不覚にも、ソウル君の背中が頼もしく見える。
確かになのはさんの言っていた通り、ソウル君は意地悪だけど、心根は優しい子なんだと感じていた。

「どうせ、てめぇはそこのヤツに嫌いだだとかいうつもりだったんだろ?」

なのにソウル君は、せっかくフェイトさんから意識を外したのに、話題に上げる。
その事にフェイトさんの肩が震える。先程は遮られる事で聞く事は出来なかったその一言が告げられるのではと怯えた瞳が揺れる。

何故そんな真似をするのかと問い詰めたいと思うけど、不敵に真っ直ぐプレシアを見据えるソウル君を止める事は憚られた。
その姿は子供のはずだというのに、誰よりも頼りになるような力強さがあった。
どうにも、ソウル君の言葉に割って入ろうという気が湧いてこない。その必要が無いと何となく感じてしまっている。

『ええ、そうよ。私はその子の事が……』
「ハッ、だからてめぇは下らねぇってんだよ」

プレシアは指摘された事を肯定しようとするけど、ソウル君は再度遮り、決定的な一言を言わせない。

……これは、ある意味上手いと言えるかもしれない。
確かにプレシアはフェイトさんの事を嫌っているという事は誰の目にも明らかだけど、はっきりと明言をさせていない分ワンクッション入るので、事実を直接ぶつけられるよりはマシだ。

現にフェイトさんも足元が覚束ないものの、ちゃんと自分の足で立って居られている。
今の状態でコレなのだから、もし、直接プレシアから嫌いと言われていたら、フェイトさんは耐えられなかったかもしれない。

プレシアの持っている感情は確かに伝わっているけど、まだ猶予が残されている。
そして今はプレシアの憎悪の感情はソウル君に向いているから、直接悪感情をぶつけられる事もない。

そう考えると、今の状況はフェイトさんにとって最善ではないにしろ、最悪は回避出来る。
ここまで把握して行動しているのだろうソウル君は、本当に優れた判断力と予測能力を持ち合わせているのだという事が良く分かる。
そして、それが分かるからこそ、私も余計な口出しはしない方が良いと自信を持って判断が出来る。

「てめぇがアレを嫌うのも否定するのも、オレにはどうでもいい。
が、その理由がてめぇを雑魚になり下げてる事に気付けていねぇのが笑えるってんだよ」

そしてさらに、ソウル君はプレシアを糾弾する。

「アリシア・テスタロッサを生き返らせられねぇのはてめぇの不手際だ。
だが、その不手際の非は自分にあるってのに、それを他人に責任転換して押し付けてんのが滑稽この上ねぇ。
他人を嫌うのは勝手だが、その理由が自分にあるなら最低限自覚ぐらいはしねぇと傍から見ているとただの茶番だぜ?」

私は、ソウル君の言っている事にふと違和感を覚えた。
でも、一体何に対してと思ったけど、考えてみたらすぐに分かった。

ソウル君は、プレシア・テスタロッサを否定していない、という事だ。

言動こそ攻撃的で、相手の非を突いて罵っているように聞こえる。
でも、プレシアが愛娘であるアリシアを生き返らせようとする事や、その過程で生まれたフェイトさんを嫌う事に関しては言及していない。
ただ、自分に責任があるなら、それを放棄せず背負うように言っているだけ。

『言わせておけばベラベラと勝手な事を。貴方に私の何が分かるっていうの!?』

でも、激昂しているプレシアはその事に気付いていない。ただ、自分の行いを否定されているものと、自分は正しいと反論する。

「てめぇの事情なんざ知らねぇし、興味もねぇな。
ま、自分の不幸の原因を娘が居ない事だと言って、その責任ですら娘に押し付けている辺りにゃ、アリシアってヤツに同情はしてやるぜ?」

そんなプレシアの言葉も鼻で笑いながら軽く流し、逆に即座に反撃して見せる。

「死者は黙して語らねぇ。死者を生き返らせたいと願うのはすべからく生者のみ。
事を行えるのも生者の特権であり、その責を負うのは生者の義務。
てめぇはアリシアとやり直したいと言うが、それも所詮はてめぇの独りよがりだ。
アリシアなら自分と一緒なら喜んでくれるっていう勝手な幻想を押しつけている。
ああ、下らねぇ。てめぇの想いこそが、アリシアの思い出を改竄して貶めてんだから世話がねぇな」
『貴方なんかが、アリシアの事を語らないで!』
「それが下らねぇって言ってんだよ。オレが今バカにしてんのはアリシアじゃねぇ。てめぇの事だ。プレシア・テスタロッサ。
だと言うのに、オレの向けた矛先を自分の娘に自分で向けさせているんだからなァ?」

傍目にはプレシアとソウル君は互いに一歩も引かない舌戦を繰り広げている。
でも、事実に気付いた視点で見ると、ふたりの会話は何処までもかみ合っていない。
そもそも話題が違うのだ。これは、話が平行線を辿る以前の問題だった。

『……もういいわ。貴方と話していても時間の無駄でしかないわ。
私とアリシアはアルハザードに旅立つの。そうして失った時間を全て取り戻す。
それさえあれば他は何もいらない。邪魔をするなら、貴方も殺す』

「てめぇが自分の意思でそれを成し遂げたいってんなら勝手にすりゃあいい。
だが、自分が勝手をするって自覚があるなら、他者が勝手をして、てめぇの立ち塞がっても文句を言える立場じゃねぇって知れ」

最後に限りない憎悪を向けるプレシアと、何処までも不敵に構えるソウル君を残して、モニターは切れた。

ソウル君は、途切れた画面を通してプレシアを嘲笑うように、でもその瞳の奥ではただ眼前に居た女性を憐れみながらも睨みつけているようだった。

……多分、ソウル君は自分の言葉はプレシアを否定していないと知った上で糾弾していた。
そして、たとえ真っ正直に自分は相手を否定していないと声高らかに叫んでも届かないとも知っていたのだと、ふと感じていた。
それでもプレシアの意識を自分に向けさせるために、あえて嘲りの言葉で想いを伝えた。

きっと私のソウル君に対する評価は、私のソウル君に対する願望が多く含まれていると思う。
それでも、どうしてソウル君はこんなに不器用なのだろうと思ってしまう。

ただ、今はソウル君の事を追求している暇は無い。
さっきプレシアはソウル君との会話の中で「アルハザードへ旅立つ」と口にしていた。

忘れられた都、アルハザード。

失われた秘術が眠る土地と呼ばれるその場所が、本当にあるのなら、確かに死んだ者を生き返らせる術もあるかもしれない。

でも、アレは存在しないと言われているモノなのだ。
それを知らないプレシアではないはずなのに、それでも明確にそこへの到達を目的にしている。
一体彼女は、何をしようとしているのか?

そんな私の疑問に答えるように、時の庭園内部から多数の魔力反応があらわれる。
どうやら傀儡兵を動かしたようだけど、一体一体がそれぞれAランク相当で、しかもそれが大量なんて、これは本当に全てを捨てて目的を果たそうとしている。

更に観測されたのは、中規模以上からさらに勢力を拡大させる次元震。
そして、その次元震の原因であろう、プレシアの手の中にあるジュエルシードの発動。

このままではまずいと、局員達に指示を飛ばす。

この事態に対して、誰よりも先んじてクロノがモニタールームから出撃する。
クロノは自分がでてプレシアを捕まえると言うけど、はっきり言って多勢に無勢だ。
でも、アースラの局員ではどうにもならなかった今、戦えるのはクロノしか居ないのも事実だ。

事態は緊迫している。それでも解決のために全力を尽くすべくスタッフは各々の役割を果たそうと頑張っている。

「……で、てめぇはどうする、フェイト・テスタロッサ?」

騒然とするブリッジの中で、それでも態度は変えずにいたソウル君が振り返ると、何処か気安い雰囲気でそこに居たフェイトさんに尋ねていた。

「わたし……?」

この状況で何故自分に聞かれているのかと、フェイトさんはソウル君をいまだ覚束ない足元ながら、向かい合う。

「てめぇは大好きな母親に利用された挙句、その実は親子でもない上に大嫌いだと言われるたァ、まさに悲劇のヒロインってところだなァ?」
「っ!?」
「ソウル君!?」

ソウル君は、プレシアに最後まで言わせなかった「大嫌い」の一言を代わりに告げていた。
フェイトさんにとって、はっきりと言われた訳ではなかったので、心の中ではその一言をまだ否定出てきていたから、こうして立っていられたはず。
だけど、はっきりと言葉にして突き付けられた今、足元が揺らぎ崩れ落ちそうになるのをなのはさんに支えられる。
そしてなのはさんは何故フェイトさんを追い詰めるような事を言うのかと糾弾を込めた視線をソウル君に送る。

「だが、てめぇは一方的に言われただけで自分の中に在った真実を捨てるのか?」

ソウル君は、なのはさんは見ない。あくまでフェイトさんだけをみて言葉を紡ぐ。

「てめぇは以前、言われた事を実行するだけの人形かと聞けば、自分の意思で、自分の望みのために動くと決めたと言っていた。
あのババァはてめぇの事を人形だと言っていたが、それは既にてめぇ自身が否定していたってのに、それは嘘だったっとほざくのか?」

「でも、わたしはもう母さんに嫌われて……」
「『でも』なんて言葉で自分の心を裏返してんじゃねぇよ。
嫌われてもなお、てめぇの心は変わっていねぇんだろ」

うつむきながら絞り出すようにする言葉をソウル君は聞き入れない。
自分と話をしたいというのなら本音で語れと言外にプレッシャーをかける。

ソウル君は手を差し伸べたりはしない。
お前自身の力で立ちあがって見せろというかのように、ただ待つ。

「……わたしの声は、まだ母さんに届くかな?」

そして、短くない時間を置いて、フェイトさんは想いを言葉にする。
それは静かな言葉だったけど、空虚ではなく確かな想いが込められていた。

「そんなもん、オレが知る事じゃねぇよ」

ソウル君は、この期に及んでも優しくない。フェイトさんの望みが叶うとは言わない。
だけどフェイトさんが本音を口にした事を、そして這い上がろうとしている姿を、どこか喜んでいるように見える。

ソウル君の強い表情と言葉は、フェイトさんにとって頼もしいものに映るのか。
肯定されていないけど、自分の足で立てと言われたように、なのはさんの支えから離れる。

「……わたしは、まだ母さんに伝えたい言葉があるんだ」

俯くのではなく、真っ直ぐ前を見てソウル君と向かい合う。
そこには先程まであった弱さは無く、確かな想いがここに在るのだと表していた。

「ハッ、それが本音だっていうなら最初から言えってんだよ」

ソウル君はフェイトさんの事を鼻で笑うようにすると、そのまま身を翻す。
その一瞬、嫌味な要素の一切ない、純粋に嬉しそうな笑みが私には見えた気がした。

「なら行くぞ。どうせここの最高責任者はてめぇらの事で手いっぱいらしいからな。
今ならこっそりこの艦から降りたとしても、バレる前に戻ってくれば問題ねぇ」

ソウル君は、あからさまに艦長である私の前で自分のこれからの行動を口にする。
自分はフェイトさんを連れてプレシアの下へ行く。だから自分の行動を黙認しろと私に言っているのだ。

視線はこちらに向けもせずにそう言うソウル君に対して、子供達はみな、ソウル君に追従する事に二の足を踏んでいる。
きっと、私を無視して勝手をしようとしているのを申し訳なく思っているのでしょうね。

特になのはさんとユーノ君は一度命令無視をしているから、勝手をするわけにはいかないと思い悩んでいるのが良く分かる。

……なら、私の出来る事は決まっているわね。

「ああもう、本当に忙しいわね。これじゃあせっかく逮捕した重要参考人が何処で何をしているのかを把握している暇もないわ」

あくまで局員達に指示を出しながら、その間を縫って自分の状況をぼやく。
そして、肩越しに振り返りながら躊躇う子供達にウインクをしてみせるとすぐにモニターへと視線を戻す。

ソウル君はバレる前に戻ってくると言ったのだ。なら、このまま逃げ出す事もないでしょう。

それに、今は少しでも戦力が欲しい。
この子達は小さいながらも高い魔導師ランク相当の力を持っている。
行ってくれるというのならこちらとしても助かるという打算の上、私は黙認する事にした。

もっとも、ソウル君は私の考えを見越した上での言動だったと思うのがちょっと可愛くないと思うけど、それは私の胸にしまっておきましょう。

「あの、ありがとうございます!」

律儀にお礼を言ったのはなのはさん。それと同時に頭を下げるような気配があったのと同時に、複数の足音が遠ざかっていくのが分かる。
子供達は揃って時の庭園へと乗り込むつもりのようだった。

「あ、ちょっと待って」

ただ、それを止める人がいた。了君だ。

「プレシアは君の事を人形だといったけど、今の君はそんなものじゃない。
なら、君は何なのか、何者なのか。僕は君をなんと呼べばいいのか教えてくれないかな?」

フェイトさんは人形なんかじゃない。なら、自分を表す名前があるはずだと了君は尋ねていた。

「……わたしの名前は、フェイト。フェイト・テスタロッサ。プレシア・テスタロッサの娘、です」

そしてフェイトさんは改めて名乗る。自分が何者かを証明するために。

「うん。なら僕は、これからは君の事をフェイトって呼ぶよ」

フェイトさんの名前を改めて呼びながら、温和な笑みを浮かべる了君。
ここに居るのは、間違いなく『フェイト・テスタロッサ』という人で、他の誰でも、何ものでもないと認めるように。

「もちろんわたしもだよっ、フェイトちゃん!」
「アタシもだよ、フェイト」

そんな了君に追従するように、なのはさんとアルフも続けてフェイトさんの名前を呼ぶ。
名前を呼ばれたフェイトさんは、ぱちくりと目を瞬かせていた。

「……うん!」

そして、フェイトさん自身も、自分の名前を肯定した。
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。それでも、今はっきりと自分を認めて貰ったのだ。その表情はとてもうれしそうだった。

「おい、時間はねぇんだ。茶番はそのくらいにしてさっさと行くぞ」

ソウル君は、そんなみんなの事を何処か呆れるようにしながらも、何処となく嘲るような雰囲気はなかった。
そんな風に周りを置いてくようにブリッジから出て行くソウル君を、みんなは慌てて追いかけて行った。

……私自身、自分の行動は甘いものだと思う。
仮にプレシアとフェイトさんがちゃんと向かい合っても、良い結果にならない可能性の方が高い。
それでも、私は子供たちを応援したいと思った。

……頑張ってね。フェイトさん。










あとがき

了による「君の名前は?」&「ならその名で君を呼ぶよ」コンボが炸裂、フェイトの心のクリティカルヒットした! という第十八話。

ただ、直後になのはとアルフが便乗してきたので、主人公ズに立ったフラグというよりは、みんなに対してフラグが立った模様。

そしてユーノは完全に空気と化していた。一応、この場に居るというのに……。



[14283] 第十九話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/24 19:17
母さんは、最後までわたしに微笑んでくれなかった。


わたしが生きていたのは、母さんに認めてほしかったからだ。

どんなに足りないと言われても、どんなにひどい事をされても。
……だけど、笑って欲しかった。

それ以外に、生きる意味なんてないと思っていた。
それが出来なきゃ、生きていけないと思っていた。

……でも、今は違う。

初めてわたしとまっすぐに、対等に向き合ってくれた女の子。
何度もわたし達の前に立ち塞がり、強い意志を示した男の子。
それに、……何時もわたしを支えてくれていたアルフ。

周りを見渡せば、誰も居ないと思っていたそこに、色んな人がわたしを見ていてくれた。
それに気付いて、自分の生きる意味がひとつしか無いなんて、もう言えない。
生きる意味も、ここに居る意味も、みんながわたしにくれていた。
自分がそれらを見ないように俯いて、立ち止まっていただけだった。

わたしの全ては、まだ始まっても居なかった。
だから、本当の自分を始めるために、今までの自分を、終わらせようと思った。
そのためにもまずは、あの人に……、母さんにわたしの気持ちを伝えたい。

だからわたしは、今こうして進んでいく。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第十九話



Side:フェイト


転送ポートを潜り、時の庭園へと行くと、そこには執務官と名乗っていた黒いバリアジャケットの男の子が居た。
その前には傀儡兵“だった”残骸が広がっている。

どうやら、ひとりでこの数を撃破したみたいだけど……正直に言って凄いと思う。
傀儡兵は一体がAランク相当だっていうのに、この少なくない数を相手にしていてなお、疲れた様子は見えない。
さすがは管理局の執務官だと、素直に思ってしまう。

「なのはにユーノ。……それと君達は」

元々、管理局に協力していたふたりを援軍としてすんなり迎え入れていたけれど、わたしとアルフ。それにソウルと了に関しては、どうしてここに居るのかと疑惑の視線を送ってきていた。

「おい、どうせオレ達にかまけている時間はねぇんだろ。下らねぇ事を考える前にやるべき事をやった方がいいんじゃねぇのか?」
「……そうだな。君達の処遇に関しては後でも出来る。まずは事態の解決だ」

ソウルは自分たちの説明はせず、事態の打開へと動くべきだと口にする。
そしてそれを正論だと受け取ったのだろう。執務官は苦い顔をしていたけど、今はわたし達の事は見逃してくれるらしい。

「やるべき事は二つ。プレシア・テスタロッサの逮捕と、動力炉の封印だ」

母さんは足りないジュエルシードの分を、時の庭園の動力炉を暴走させたエネルギーで補おうとしているらしいと、ブリッジから連絡があったらしい。
ここはやっぱり、二手に分かれるべきだと思うけど、どう分ければいいのかな。
わたしは母さんの所に行きたいんだけど……。

「なら動力炉の封印はチビスケと白いのでやるんだな。オレとこいつはあのババァのところへ行く」

わたしの意見を口にする前に、ソウルはこれが決定事項だと告げていた。
……ソウル。この場で一番偉いのは執務官の子だと思うのに、そんな勝手な事を言ってもいいのかな?

「なっ、勝手をするなっ。プレシアの逮捕は僕の仕事だ。君達の方が動力炉の封印に回るべきだ!」

わたしの思った事を肯定するように、ソウルの言い分に執務官は反論する。

「残念だったな。てめぇの指揮下に入っているのはそっちの白いのだけだ。オレには言う事を聞く筋合いはねぇよ。
そもそも、オレが誰かの指図に素直に従うとでも思ってんのか?」
「だが、今は緊急事態だ! こちらの指示に従え!」
「無理だな。嫌なら不満を勝手に喚いてろ。オレはさっさと行かせて貰う」

だけどソウルには言う事を聞く気は一切ないらしく、ソウルは執務官の事を無視して、こちらに向く。

「フェイト。プレシアさんがどっちの方に居るか教えてくれないかな?」

そう言ってきたのは了の方。振り返った時はソウルだったので、強い口調で何かを言われると思っていたところに了の声は少し驚く。

「あ、うん。まずはそっちの通路から……」
「あ、違う違う」

それでも質問に答えるよう、道順を教えようとしたら了に遮られる。
どういう事だと小首をかしげていると、了は自分が言葉足らずだったと挟んで話を続ける。

「僕が聞きたいのは『道』じゃなくて『現在位置』だよ。今、プレシアさんはどっちの方向にいるのか~って事」
「えと、母さんが今いるのは最下層の方だけど……?」
「下か……。うん、了解。
──この手に掴む“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)」

何でそんな事を聞くのかと思っていると、了が名前を呟くと、何処からともなくその左手には弓が握られていた。

初めて見るその弓は、ソウルの使っていた槍と同様、何か違和感がある。
たぶん、ソウルの槍と似たような存在だと言う事は何となくわかるけど、どうしてこのタイミングで弓を取ったのかが良く分からない。

「あ、危ないからちょっと下がっててね?」

何をするのかと思っていたら数歩わたし達から離れると、手近にあった段差の上に飛び乗り弓を構える。

……まさか?

「──“何時でも此処には吹いていた”」

わたしと同じ事を考えたのか、執務官も声を掛けようとしたその矢先、了は囁くように一言その告げる。

直後、周囲の空気の動きに変化が起こる。空気は風となって了の周囲を巡っている。

その中心で、了は静かに、流れるような動作で弓をとる。
緩やかで、何処か穏やかともとれる動きは見惚れるような清廉さがあった。
まるで、そこだけ時間が切り取られ、引き延ばされるような不思議な感覚。

そんな感覚に戸惑っている内に、了は弓を引き、その先を地面に向ける。
魔力は矢となって、満を持した弓に番えられている。

「──“還元の風は幾重にも巡る”」

更に一言呟くと、周囲に吹く風は渦巻いて烈風となって了を取り囲む。
それに伴って、了の魔力が、矢に込められた魔力がどんどん高まっていく。

……おかしい。ソウルと了の魔力量はどんなに高く見積もってもCランクが精々だと思っていたのに、今、矢に込められている魔力量はその保有量と釣りあえないように思える。
それは威力に換算したら、もしかしたらAAランク、ううん、それ以上……?

「……天破壌砕の一矢」

ポツリ、呟く。一瞬の凪が齎す静寂。了のその一言は静かで、大きな声とはとても言えないモノだったのに、耳にしっかりと届いた。
そして、その言葉を認識した次の瞬間、番えられていた矢が解き放たれる。

「うわぁっ!?」

それは誰の悲鳴だったのか、了の放った矢は地面を穿ち、撃ち抜く。
その際に生じた衝撃が周囲に広がるのを、皆が堪える。

わたしの使える最大威力の砲撃魔法よりも、明らかに威力で上回る了の放った矢は容易く床を突き破り、更に下層の床も貫通して何処までも突き進む。

砕かれた瓦礫と衝撃の余波が荒れ狂うその中心に居る了は、動かない。ただ自身の行為の結果を見届けるように。
そして、

「……よ~し。開通完了、かな?」

弓から放たれる魔力が収束すると、そこには人が余裕で通れるくらいの大穴が何処までも続いていた。
……うん、確かにこれなら下層まで一直線だから、普通に通路を通って行くよりは早いと思うよ。思うけど……。

「ちょ、君は突然何をするんだ!?」

一番早く復活したのは執務官の男の子。了の無茶苦茶な行動に文句を言っていた。

「いや、どうせ此処は敵地なんだし、急ぎなんだから壊してもいいかな~って話だったんだけど……何かまずかったかな?」
「それは緊急事態の措置だから問題ないと言えば問題ないんだが……。
それよりもっ、ここから先はまだ道は長いのに、君の貯蔵量でそれだけの魔力を最初から消費するなんて、一体何を考えているんだと言いたいんだ!」
「あ~、それは大丈夫。これくらいすぐ回復するし、それ以上に僕の役目はこれで終わりで、後はソウルの領分だから問題ないよ?」
「回復って……、いや、それより君とソウルは魔力を別としているのか?」
「……あの~?」

了と執務官が話しているけど、わたしにも気になる事があるから、小さく手を上げながらその間に割って入る。
ふたりとも同時にわたしの方に振り返って来たからちょっとびっくりするけど、それよりもと気になっていた事を了に聞く。

「さっきのは凄い威力だったけど、最下層に居る母さんは巻き込まれていたりしないかな?」

わたしとしては、住んでいた場所に大穴を開けられるのもちょっとショックだけど、それ以上に母さんの事が気になる。
了は『最下層』と言われてそのまま床に穴を開けたんだけど、その向きが凄い適当っぽかったというか、結構母さんのいると思う場所の近くを通った気がするんだけど……?

「……」
「ちょ、何で無言で目を逸らすの!?」

きっとちゃんと考えていたんじゃないかなと思っていたのに、そんな事をされると不安になっちゃうよ!?

「え~と……。うん、じゃあ僕の役目は終わりだから、あとはソウルに交代するね?」

そう言って了は、手にしていた弓を消すと、その雰囲気が変わる。

「おいチビスケ。オレはあのババァに嫌がらせをしてやるつもりだから殺しはしねぇよ。
だが、それでも気になるってんなら、そっちの用件をとっとと済ませて追いかけてくるんだな」

それだけを言い残して、ソウルは了が開けた穴へ引き留める暇もなく飛び込んで行った。
……というか、

「……逃げたな」
「逃げたね」
「逃げた、の……?」
「逃げたよ」

わたしの疑問に答えて貰っていないよ!?

どうしよう、みんな一様にソウルが弁明しないで逃げたっていうけど、母さんがちゃんと無事かどうかをどうすやって確認すればいいの?

「……次元震は収まっていないんだ。おそらくプレシアは無事なはずだ」

色々と自分の中で考えていると、執務官にそんな風に言われた。
うん、そう言われてみれば確かにそうなんだけど、なにか釈然としないというかそんな変な気分が残っているんだけど……。

「それにしても……。くそ、仕方がないか。僕となのはとユーノで動力炉の封印に回る。
フェイトとアルフは彼の後に着いて行って妙な真似をしないかを見張っていてくれ」

執務官は苦々しい顔をしていたけど、ソウルの言った振り分け通りに動く事にしたみたいだった。
ただ、その決定をちょっと意外に思った。

執務官がどうしても母さんの逮捕に向かいたいなら、わたしと行く場所を交換したり、動力炉の封印を向こうの女の子とその使い魔にやって貰ったりっていう案もあった。

それでも、自分は動力炉の方に行って、わたしが母さんのところに行く事を了承したのって、もしかしてわたしに気を使ってくれたりしたのかな?

「……分かりました。その指示に従います」

実際には執務官がどんな風に思っているかは分からない。けど、わたしがどうしても母さんの所に行きたいって事を叶えてくれるなら、それぐらいは聞き入れたい。

「……まったく、ソウルも君ぐらいこちらの言う事を聞いて欲しいよ」

苦笑する執務官をみていると、本当にソウルに手を焼かされている事が良く分かった。
それを思うと、不謹慎だけどちょっと楽しいと感じるけど、今はそういう場合じゃない事は分かっている。

「それじゃあ行こう、アルフ」

アルフに声をかけて、急いでソウルの後を追う事にする。
ソウルは空を飛べない陸戦の魔導師みたいだから、飛んでいけばすぐに追いつけるとは思うけど、傀儡兵も居るのだから急ぐに越した事は無い。

「あの、待って!」

でも、わたしを呼び止める声があった。
振り返えると白い服の女の子が使い魔の男の子に自身のデバイスを預けてこちらに歩み寄ってくるところ。
そして、わたしの手を取って真っ直ぐ瞳を向けてくる。

「あの、上手く言えないけど……頑張ってね、フェイトちゃん」

ブリッジではわたしがとる事の無かったその手は、確かな温もりを伝えてくる。
言葉と視線が彼女の想いをわたしに伝えてくる。

「……うん、ありがとう」

その優しい気持ちにわたしも応える。
名残惜しい思いはあるけど、行く場所が違う。その手を離す。

そして、執務官達は動力炉の封印へむかう。
わたしとアルフは先に行ってしまったソウルを追いかけるべく穴の中へと飛び込んでいく。

母さんに会うために。この気持ちを伝えて、新しく自分を始めるために。

そう心に改めて誓って、下へと降りていく。
話している間にソウルは結構進んでいたみたいだったけど、特に妨害も無かったのですんなり進むことが出来た。
というか、降りる度に傀儡兵の残骸が目に付く。
それらは一体たりとも無事なものは無くて、みな完全な行動不能以上になっていた。

おかげでわたし達が襲われる事は無かったけど、まさか、これ全部ソウルひとりでやったっていうの……?

「ハッ、弱ぇんだよ!!」

そして、その背中に追いつく事が出来てそれが本当だったという事を見せつけさせられた。

傀儡兵の装甲は薄いわけでもないし、障壁も張ってあるはず。
だというのに、ソウルの振るう槍はそんなものは存在しないとでもいうようにいとも容易く傀儡兵を貫き、薙ぎ払っている。

ソウルはバリアジャケットを身につけているわけでも無いから、防御力はわたしより低いと思う。
でも、そんな防御力の低さを補って有り余るほどの攻撃力をソウルは振るっていた。

傀儡兵も攻撃を放って来ているけど、それを純粋な身のこなしで掻い潜って逆に攻撃を加える。
一撃でも受ければ終わりだというのに、攻撃をされても逆に踏み込んでゆく。
そんな戦い方を、ソウルはひとりで行っていた。

回避というより迎撃を選ぶその姿は、戦闘技術に関してはわたしなんかより遥かに上の次元に居る事が分かる。
ソウルが強いとは分かっていたけど、想像以上にソウルは強かった。わたし達と戦っていたときは、殺してしまわないように手加減していたんだと改めて知る。

でもそれは、踏み止まるべき死線を無視しているようにも見えて、正直、見ていて心臓に悪い。
少しでも失敗したら、すぐに死に繋がってしまいそうで……。

「バルディッシュ!」
《Yes sir》

バルディッシュがわたしの想いに応えて魔力刃を発生させる。
ソウルは確かに強いけど、その戦い方は良くないと感じた。わたしに周りを見るように言っていたのに、自分は独りで戦うソウルの姿に、ちょっと苛立ちが湧いた。

「はぁぁぁっ!!」

今にもソウルへと襲いかかろうとしている傀儡兵を切り裂く。
そのまま互いの死角を補うように背中合わせに立つ。
わたしもアルフも居る。独りで戦う必要はないと行動で見せつける。

「……よう、ようやく追いついたか。あんまり暇だったんで遊んでたんだが、どうにも骨のねぇ連中で飽き飽きしてた所だ」

わたしの行動なんて、大した意味も無いという風に余裕を見せるソウル。
今のわたしにはソウルの顔は見えないけど、きっといつも通りの意地悪な笑いを浮かべているんだと思う。

「あなたが強いのは良く分かりましたが、ひとりで無茶をしないで下さい」

自分の声がいつもより硬くなっている事を自覚する。
それは緊張とか怖いとかじゃくて、ソウルに対して怒っていたから。

「クク、拗ねるなよ。ああ、それとも僻んでるのか?」
「そんな事はありません!」

わたしが文句を言っても、気にも留めていないようにしながら、逆にわたしに対して挑発するような言葉が返って来て、思わず語気が強くなってしまう。

「で、てめぇは白いのにボコられてたってのに、戦えんのか?」
「わたしもバルディッシュも問題ありません。戦えます!」
「ならさっさと突破するぞ。気ぃ使ってはやらねぇから、精々置いて行かれないようついて来い」

ソウルは肩越しに一瞬だけ振り返りながら不敵な笑みでそんな事を言うと、返事をするよりも早く、傀儡兵の軍団の中へと踏み込んでいく。
一歩も引き下がらずに突き進むその背中は、もう振り返らないと語っていた。

「っ、いくよ、アルフ!」

その背中を、わたしは慌てて追いかける。ぼうっとしていたら本当に置いて行かれる。
せっかくソウルに追いついたのに、また離されちゃいけないと思ったから。

「ああもうっ、アイツはほんっとうに勝手な奴だね!」

アルフもそんなソウルに文句を言いながらだけど走っている。
でも、その横顔は怒っていながらもソウルの事を認めているようにも見えるから不思議だった。

空を飛べないソウルは階を下りるごとに着地するために、傀儡兵の狙いをつけさせないように柱や壁を蹴って空中をジグザグに移動する。
空中ではすれ違いざまに貫き、切り裂く。そして着地地点では傍に居る傀儡兵達を纏めて薙ぎ払う。

空を飛べるわたしは傀儡兵がソウルに気を取られた所を真っ直ぐに降りて、ソウルの攻撃範囲外に居る傀儡兵に魔法を浴びせて撃破する。

アルフはそんなわたしの討ち漏らしを確実に仕留める。

構図としてはソウルが道を切り開くのをわたしとアルフがサポートする形で、殆ど立ち止まらずに、後退は一度も無く最奥を目指していく。

ソウルは素早く跳躍を繰り返して、足を止める事無く階下を目指す。
空中を飛んで移動しているわたしは単純な移動距離はソウルより短いはずなのに、まだその背中に追いつけない。

……なんだか不思議だった。
作戦を立ててなんかいなかったのに、自然とこの構図が出来上がっていた。
それと同時に、独りで戦っていたときに感じた危なげな感じが、今のソウルを見ていても感じられない。

相変わらずソウルはひとりで戦っているように見えるんだけど、ソウルが敵を引きつけていてくれるおかげでわたしは魔法のチャージに集中出来る。
だから、ソウルが危なげな行動をする前に援護射撃をする事が出来る。
それが分かっているから、ソウルもわたしに出来る範囲を任せてさっさと次へと進む。

ソウルは独りで勝手に戦って、わたしとアルフがそれに振り回されているようにも感じるけど、凄く順調に進めている。
まるで最初からこういうコンビネーションで攻めようと決めていて、それを実行出来ているみたいだった。

……ああ、そう言えばソウルは、わたし達の力は必要ないとは言っていない。きちんと戦力になるかを確認してからついて来いって言っていた。
確かに気を使って貰えては居ないけど、わたし達の力と協力していた。
現に、わたしとアルフが少し置いて行かれそうになっても、ソウルは無茶に見える突撃をしていない。

そう考えると、先を進むソウルの背中が頼もしく見えるから不思議だ。
全然優しくなくて厳しいし、わたしの事も振り返りもせず無言で先導していくその背中。

……もし、あの背中に追いつく事が出来たら、わたしも強くなれるのかな?

そんな事がふと頭を過ったところで、不意にソウルはその足を止めた。
ここは既に最下層。目的の場所に到着したのだから、止まるのは当然。

でも、ソウルが足を止めたのはそんな理由じゃなかった。

「フェイトっ、なにか来るよ……!」

地響きを齎すような巨大な何かが近づいてくる。その事に気付いたアルフがわたしの傍にきて警戒の声を上げる。
そして、通路の壁を破壊して現れたのは、今まで戦ってきた物よりも何倍もの大きさを有した大型の傀儡兵。

その大きさに比例するように出力も高いみたいで、背中に背負った二門の砲は凄く威力がありそうで、展開している障壁の強さも今までとは一線を画している。
きっと、わたしの保有する中でも、一番威力のあるサンダースマッシャーの魔法でも耐えられてしまうと思う。

「また随分と図体のでけぇのが出てきやがったなァ?」

だけど、わたしには不安は無かった。必ず倒せるという確信を持って砲撃魔法のチャージを始める。

「だが、今更その程度でオレらの進攻を阻めるとでも思ってんのか?」

背中しか見えないソウルは、確かに自信満々に笑っている。
何より、今ソウルは『オレ“ら”』と言った。
わたしひとりじゃ勝てないかもしれないけど、ソウルと協力出来るなら倒せないわけがない……!

「ふっ……ラァァっ!!」

ソウルは一息の間に大型傀儡兵の足元まで踏み込んでいた。
そして、裂帛の気迫を乗せて飛びあがりながらその槍を振り上げる。

その一撃は、強固なはずの障壁のみではなく、分厚い装甲をも一刀両断に切り裂いた。
ただ、穂先の長さの限界か、装甲の内側にあるはずの動力までは届かなかったみたい。

「サンダー──ッ」

でもそれで十分。障壁も装甲も無いというのなら、わたしの砲撃魔法でも十分貫ける!

「──スマッシャー!!」

飛び上がったソウルは空中で傀儡兵の装甲を蹴り飛ばし、その反動で空域から離脱する。
同時に、わたしの放つ砲撃がソウルの作った装甲の切れ目に炸裂する。

切れ目を押し広げ、金色の奔流が内部へと突き進む。そして……撃ち砕く!

そして、大型の傀儡兵は守護者としての役割を果たす事は出来ない内に沈黙した。
同時にそれは、わたし達の行く手を遮る障害の全てを打倒した事も意味した。



「さて、オレもババァにゃ用はあるが、ここまでついて来れたご褒美に一番手は譲ってやるよ」

最奥にある扉まで到達したところで、今までわたし達の事を無視するように歩みを進めていたソウルが、立ち止まると脇に寄ってわたしに道を空けてくれる。

いいのかと聞こうと思ったけど、腕を組んで壁に寄り掛かるソウルは、何を言っても動かなそうだったのが、無言でわたしを促しているようにも見える。
だから、それに応えてわたしはその最後の扉に手をかける。

この扉の向こうに母さんが居る。

それを考えると緊張に手が震える。モニター越しに見たわたしを見る母さんの眼を思い出して足元が揺らぐ感じがする。

……怖い。

この扉を開けて母さんと会うのが怖い。
会って、改めて嫌いと言われるかもしれないと思うと足が竦む。

でも、

「大丈夫かい、フェイト?」

アルフがすぐ傍でわたしの事を気遣ってくれる。
ソウルは何も言わずにただ見ている。多分、見守ってくれているんだと思う。
扉に掛ける手には、別れ際に触れ合った白い女の子の温もりがまだ残っている気がする。

「……ありがとう、アルフ」

弱いわたしだから、独りなら耐えられないと思うけど、

「わたしは大丈夫だよ」

今まで何も始まっても居なかったわたしだけど、

「ちゃんと、……わたしの言葉を母さんに届けるよ」

それでも、支えてくれる人達がいるなら、わたしは頑張れるよ。

もう手の震えは無い。足も竦んでいない。
見つめる先は真っ直ぐ前。

そして、わたしの前を隔てる最後の扉を開ける。

「……今更何の用かしら?」

そこに、母さんが居た。
拳を握りしめて、ちゃんと想いを伝えたいから、真っ直ぐ母さんを見てわたしは口を開く。

「母さんに……貴女に伝えたい事があって来ました」



Side:ソウル


崩れ落ちゆく庭園の最奥。そこでフェイトは母親との本当の意味での邂逅を果たした。
今までも二人は親子であり、何度も顔を合わせていただろうが、互いに真正面から向かい合うってのは初めてなんだろうな。

「母さんに……貴女に伝えたい事があって来ました」

フェイトはそうやって自身の想いを伝えるべく口火を切るのを、この場ではただの部外者でしかないオレは何を言うでもなく眺めている。

アルフとの契約内容はフェイトを助けるってだけで、オレにはこんな場所までお膳立てしてやるのは契約外だ。
だが、何となく協力してやろうという気になったからこうしてオレはここに居た。
そこに大した事は無い。つまらない理由しかねぇが、来た以上は見届けてやるつもりだ。

フェイトが語るのは、自身が人形であっても、創られた存在であっても自身が抱いた想いは変わらずに居るという事。
たとえプレシアに否定されようとも、それだけは変わらないと。

「貴女さえ望むなら、わたしはどこまでも貴女と共に居て守ります。
わたしが貴女の娘だからじゃない。貴女がわたしの……母さんだから」

そして、今でも母親であるプレシアを大切に思い、共に在りたいと願っている、か。
……一言でいえば、バカだな。

あれほど明確に拒絶されてるってのに、それでもなお慕っているってんだからな。
普通の神経なら裏切られたやら悲壮に暮れるやらと感情が全く別のベクトルに向かうようなもんなハズだってのに、フェイトの想いはブレていない。

母親への想いってのがどの程度大事なものかなんざ、オレには分からねぇ。
そんなものを後生大事に抱え、必要な時には隠す事無くさらけ出せる。

……ったく、バカなヤツだ。
だが、自分にとって大切な物を分かっている。そして、それをしっかり持っていられるってのは強さのひとつだ。

オレは、人間なんざ大嫌いだ。

助けられても、その時ばかりは礼を言ってもすぐに手の平を返して裏切ってくる。
所詮は自分以外の存在なんざどうでもいいって連中が大半だ。
だから人間なんざ嫌いだ。

だが、その大半に属さないごく少数のバカを目の当たりにするたびに、期待を持っちまうオレ自身も大概なんだと自覚しているのだから、つい自嘲が浮かんでくる。

「あははははっ、今更貴女を娘と思えとでも?
……下らないっ、私の娘はアリシアだけ。人形になんて用は無いわ!」

オレは思考の海を漂っていたが、プレシアの哄笑に引き戻される。
どんなに真摯な言葉を伝えても、受取ろうとしないヤツも居る。
結局それが、フェイトとプレシアの間柄だった。

プレシアにとってフェイトは、大切な物を汚す泥みたいなものと認識している。
今までは目的に必要だったから我慢が出来ていたが、今ではそれすらも無いのだから嫌悪の対象の塊のような相手に遠慮する不必要もねぇと、フェイトの言葉を嘲笑う。

フェイトも一応はこの反応は予想にあったはずだ。
だが、それでも心の何処かで自分の言葉が届くんじゃないかという淡い希望があったんだろうな。

気丈に振舞おうが、ガキである事には変わりはねぇ。
完璧に拒絶され、その足元が揺らぐ。

さて、フェイトの用件はこれ以上の前進も後退もねぇだろうから、交代して貰おうか。

「……ソウル?」

入れ替わるようにオレがフェイトの前に出てくると、背中から名前を呼ぶ声が聞こえる。
ま、実際には呼んでいるわけじゃ無く、単に目の前に出て来た存在の名称を口にしただけなんだろう。
そんなものに一々応えてやる必要もねぇと無視してプレシアと対峙する。

「……へぇ、貴方はモニター越しに偉そうに講釈してくれたガキじゃないの。
まさかその人形にほだされて、私に文句でも言うのかしら?」
「んなわきゃねぇだろうが。
そのガキは言いたい事を言った。てめぇも言いたい事を言った。
嘘偽りを交えたってんならまだしも、紛れもない本心をぶつけ合った間に割って入る程、野暮でも暇でもねぇよ」

実際に対峙してみて何を言うかと思えば、また下らねぇ事を言いやがって。
オレが本気でそんな事を思っていたってんなら、フェイトの言葉を拒絶しようとした瞬間にてめぇの命を刈り取ってやっているってんだよ。

「オレの用件は、てめぇにちょっと嫌がらせをしてやろうってだけだ」
「ふん、要は私とアリシアの邪魔をしようって事なんでしょ。
良いわ。私の事を愚弄した事も含めて、今すぐ消し炭にでもしてあげるわ!」

言うが早いか、プレシアの足元に魔法陣が展開されたかと思えば、紫の雷が迸る。
即座に横に飛んで回避したが、オレの立っていた場所の床は砕け、黒く焦げる。

……どうやら本当の意味で消し炭にする気満々のようだな、プレシアは。

「なんだなんだ、ただの研究者かと思えば、随分と好戦的じゃねぇか。
……いや、単に切羽詰まって考えが短絡的になっているだけか?」

プレシアは確実にオレを殺す気で魔法を放って来ていた。だが、それがどうしたと嗤って返してやる。
威力や殺意を鑑みれば、戦う相手としてはフェイトより脅威だが、殺されてやるつもりなんざ欠片もねぇ。
てめぇじゃオレには勝てねぇと、嘲笑って見せてやる。

「ふふ、バリアジャケットも無く、頼みの綱はロストロギアらしい槍だけ。
貴方がどれほどうそぶこうとも、私に近づけなければ勝てるわけないでしょう?」

既に冷静とは言えないプレシアだったが、どうやら挑発には乗らない程度の冷静さは失っていないらしい。
威力よりも数を重視したらしい、紫の雷撃が幾重にも襲い掛かってくる。

連中が言うバリアジャケットとかいう守りの無いオレでは、多少の被弾なら気合で乗り切るが、その多少がすぐに訪れて行動不能になるのはこの数を前にすりゃあ容易に想像できる。

それに、雷撃ってのが厄介だ。ただの魔力弾程度なら弾く事も出来るが、そこに雷という概念が付属されると、その限りから外れてくる。

遠距離では勝負にならねぇから、挑発して攻撃の目を少しでも荒くならねぇかと思っていたが、……これは中々どうして面倒じゃねぇか。

「ソウル!」
「てめぇは黙ってろ!」

危険を察知したアルフによって、ひとまず安全そうな場所まで退避させられていたフェイトが、オレの不利を悟って手を出そうとするのを制する。
はっきり言って、足手まとい以外の何ものでもねぇと一瞬睨みつけてやると、ひとまず大人しくなる。
ま、いざとなればすぐにでも飛び出して来そうだが……。

「フォトンランサー・ファランクスシフト」

なんて事を考えている内に、プレシアは最初から切り札を切る気らしい。
プレシアの周囲に浮かぶのは紫の魔力球。それは、フェイトがなのはとの決戦において必殺の魔法と放ったものと同じだろう。
だが、その数が違う。フェイトは30ぐらいの魔力球を浮かせていたが、プレシアの場合はそれを余裕で上回る。

どうやらプレシアは最初からこれで決める気だったんだろう。さっきまで放っていた雷で足止めをしている内に詠唱は完了していると見るべきだ。

フェイトはなのはを拘束してからアレを放っていたが、プレシアにはオレを拘束する気は見えない。
本当にフェイトの使ったモノと同じだと言うのなら、あの魔力球のそれぞれから幾多の魔力弾を発射して圧倒的な物量で攻めて立ててくる事になる。
あの数で範囲攻撃をするなら、そもそも回避行動など無意味だろうし、防御されても物量で押し切れる自信があるんだろうな。

実際、かなり頑丈そうななのはの防御を以ってしてもフェイトのでギリギリだったのだ。
それを確実に上回るのだからその自信のほども頷けるってもんだ。

「あれは……!」

そんなプレシアを見て、さっき思った『いざ』が今この時と思ったのだろう、フェイトが、そしてそれにつき従うアルフが動き出そうと、その足が地面を踏みしめる。

「ラァッ!!」
「!?」

だが、その機先を制して、オレは槍の石突きを地面に向けて思い切り突きたてる。
フェイトらに背中を向けたまま仁王立ちをする。

言葉は無い。ただ無言でてめぇらの出る幕はねぇと態度で告げる。
そもそも、この場合にフェイトが割って入ってきた所で弾除けにすりゃなりはしねぇ。

オレの気迫に、出る足をフェイトとアルフは一瞬鈍らせる。
そして、その一瞬が決定的な差。

「さあ、死になさい……!」

プレシアの号令の下、オレの命を貫くべく幾つもの紫の鋭く硬い魔力弾が視界を覆い尽くした。

「ソウルーッ!!」

巻き上がるのは爆煙。その向こうから、オレを呼ぶ悲痛な叫びが聞こえた。



Side:プレシア


「フフフ、アハハハハハッ!」

魔力弾の連続掃射を終え、目の前で立ち上る魔力弾によって齎された煙を見ながら笑う。

散々偉そうな事を言っていた割に、結局何も出来ずに敗北するなんて、本当に口だけの坊やだったわね。
その無様さに免じて、私の事を馬鹿にした事は水に流してもいいかと思いながらこみ上げる笑いを堪える事無くあげる。

「あ、あ……」

そんな視界の片隅に映るのは忌まわしい人形の姿。
どうやら目の前で起こった事にショックを受けているみたいだけど、良い様だわ。

でも、良い様だからと言って、あの人形の姿を見ているだけでも苛立ってくる。
……これはいい機会だから、アリシアの存在を侵すあの人形をこの手で壊してやるのも一興か。

そう思い、呆けたままの人形に向けて新たな魔法を構成する。

「……ああ、いてぇじゃねぇかよ」

だけど、聞こえて来たその声に驚いてしまい、魔法の構成が霧散してしまう。
あり得ない。硬い弾頭の魔力弾を雨あられと放たれて回避が出来るわけもないし、防御をしてもその物量の前に押し切れるはず。

管理局の白いバリアジャケットの魔導師は人形の使ったのに耐えられていたけど、元々の本家である私が使ったのはその威力を上回っている。
耐えられる、わけがない。

「ったく、あんまり服を壊すと家主モドキがうるせぇってのになァ?」
「な……!?」

幻聴であると信じたかったが、晴れゆく爆煙の中で立つ人影があった。
頭から血を流し、纏う衣服もボロボロだけど、確かにあの少年がそこには居た。

「よう、幽霊でも見たような顔をしてどうした?」

そして、明らかに軽くは無い怪我を負っているはずなのに、そんなものは気にもしていないように槍を肩に担ぎながら強く笑う。

「……貴方、どうやってアレを防いだの?」

真っ先に浮かんだのはそれ。
回避したわけもないし、出来るわけもない。
防御もまた無意味。故に私にとって『必殺』の魔法。非殺傷設定を切っていたのだからそれはなおの事。
それなのに、どうしてあの少年は立って居られる?

「てめぇの攻撃は、数はあるがあてずっぽ過ぎんだよ。
そんなもん、多少の被弾を覚悟して必要最小限だけを選んで叩き落とせばなんて事はねぇよ」

そして、煙が全て消えて少年の全貌が見えるようになる。

「ま、左の手足が犠牲になったが、死ぬよりはマシだろ」
「な……!?」

あらわになったその姿は、全身が血にまみれていた。
本人が言うとおり左の手足、特に腕は酷い有様で、肩から垂れ下がるようにあるそれは、本当に腕として機能するのかと疑いたくなるほどにダメージを負っていた。

多少の被弾なんてレベルではない。左腕はもちろん、全身を見ても致命傷一歩手前だというのは良く分かる。

だというのに嗤っている。

血の色に染まりながら平然と立つ姿は人間のそれには見えない。
自身の状態をなんて事は無いと言い切るのは明らかにおかしい。
まるで、地の底から這い上がってきた悪魔のように見えておぞましいモノに見える。

「く、なら改めて引導を渡してげるわ!!」

心の内に湧き上がった畏怖を払拭するように声を荒げる。
あんな子供が怖いわけがない。今もあとひと押しでもすればすぐにでも死んでしまいそうなのだ。
今度こそ、確実に殺すために魔法を……

「ハッ、おせぇよ!」

だけど、一瞬少年の姿を見失ったかと思ったら、屈みこむような格好で私の足元に居た。
魔法の構成に意識を向けたその意識の隙間を縫うように、一瞬の間に間合いを詰められていた。

「くっ!」

攻撃の魔法はキャンセルして、デバイスの自動防御に設定している魔法を起動させる。
私は防御系の出力は高くは無いけど、保有する魔力量のおかげでそこいらの連中より強度は高い。

「で、それがどうした?」

だけど、彼の持つ槍にとって防御魔法なんて紙切れ同然と、あっさり切り裂き砕かれた。
そんな光景が信じられず眼を見開く中で、少年身体を反転させる。

「ぐふっ!?」

それと同時に、横っ腹に鈍痛が走る。
ミシリと骨が軋む音がした。足が地を離れて浮遊する感覚。

身体を反転させる勢いのまま、槍の柄で胴を薙ぎ払われたのだと痛みを感じてからようやく気付く。
でも、そんな事は遅かった。病魔に蝕まれたこの身体ではその一撃だけで身体の自由が無くなる。
私の病気は気管系だったけど、体力の低下という意味ではそんな事は関係ない。

子供の力とは思えない衝撃に吹き飛ばされ、地面を転がる。そのたびに視界の上下が激しく入れ替わる。
ようやく止まったと思った頃には、体中を走る鈍痛に、漏らすつもりはないのに呻き声が口をついてでる

「面倒だから大人しくしてろ」
「あぐ!?」

少年に無造作に蹴られて這いつくばる。そこへ更に、征服したと言わんばかりに踏みつけてくる。

「悪魔、め……っ!」

見上げる少年の手には、もう必要ないという事なのか、槍は握られていない。
悪魔という誹りを受けて、むしろ逆に嬉しそうにしているかのように嗤う。その姿が、少年から人間味を余計に感じさせなくする。

苦しい現状だけど、この少年が慢心しているというのならまだ反撃は出来る。
電気の魔力変換資質を持つこの身は、魔力を発露させた段階ですでに雷の特性を持つ。
バリアジャケットも身につけて居ない少年相手だ。この至近距離でなら魔力を放出するだけで感電させる事が出来る……

「ったく、余計な手間をかけさせんじゃねぇよ!」
「がふ……っ!?」

踏まれる圧力が無くなったと思った直後、少年の右の拳が私の胸を穿つ。その衝撃に一瞬目の前が真っ白に染まる。
この少年は、慢心も油断もしていなかった。それを痛みに意識を引き戻されながら悟る。

「さて、そろそろ本題に入るか」

そう言う少年は私から足を下ろすと、左足を引きずるようにしながらも真っ直ぐ歩き出す。そして、その先にあるのは……

「おお、魂も入っていねぇ死体を、随分とまあ綺麗な状態で保存していたもんだなァ?」

少年がそう言って触れながら眺めているのは、アリシアの入っているガラスケース。
その横顔は、嗤っている。私の今までを否定するように嗤っている。

……あの少年は、私に嫌がらせをすると言っていた。
そして今、アリシアのすぐそばに居る。

「!!」

私にとって、アリシアが一番大事。アリシアをどうにかされるのは、殺されるのより嫌。
嫌がらせというのなら、これ以上の事は無いと気付く。

「私の、アリシアに……触らないでっ!!」

あの少年に殴られてから、妙に身体が動かない。妙に魔力が上手く動かせない。

でも、そんな事がどうした。今は何よりあのガキをアリシアから離す事が大事。
痛みや苦しみなんて全部無視して、立ちあがる。
アリシアを守るためなら、この程度の事はどうってことは無い!

「……意識を失わないように、『障る』のを軽くに抑えていたとはいえ、この短時間で立ちあがるとは、いやいや、褒めてやるぜ?」
「うるさいっ……アリシアから、はぁ、はぁ、……離れなさいっ!!」

悪魔なんかに褒められても、信じられないし嬉しくない。
何よりもまず、あいつをアリシアから離れさせるために必死で魔法を組み上げる。
たったこれだけでも苦しいくて口内に血の味が広がる。だが、これだけじゃ足りないと、あらゆる苦痛を無視して集中する。。

「健気だなぁ、プレシア・テスタロッサ。だが、今更だ」

そう言って少年は一際邪悪な笑みを浮かべる。
悪魔そのものといえるようなその笑顔のまま、

「生き返らせる事は出来ねぇが、アリシア・テスタロッサと話をさせてやろう」
「………………え?」

その少年の言葉に、魔法の構成を霧散させてしまった……。










あとがき

ソウルは高い対魔力と神殺し(偽)によるフォトンランサーの無効化と破壊。そして戦闘続行のスキルによって生存しましたという第十九話。
まあ、致命傷ではないけど十分瀕死なので、現在立っていられるのは気合と根性という完全なやせ我慢です。



[14283] 第二十話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/03/31 20:58

プレシアの無力化を果たして、アリシアの遺体の入ったケースを間近で観察する。
モニター越しでは外観を見る事は出来るが、中身を“視る”のは無理だ。実際にこの目で見ねぇとなんの判断も出来ねぇからな。

で、実際に“視た”結果は、これは紛れもない『死体』だという事だ。

確かに『体』という事に関して言えば完璧の状態ではあるが、人を構成する残りの要素である『魂』が残っていねぇ。
既に失った物を呼び戻す事は出来ねぇし、復元も、新たに創造する事も無理だ。それが魂なんて代物になりゃあなおさらだ。

つまりは、そういうわけでコレは死体以外の何ものでもねぇってのがオレの判断だ。

だが、プレシアの妄執も中々に捨てたもんじゃねぇな。
身体をここまで完璧な状態で保存していた結果、残っていた物がまだあった。

はっきり言って残りカスのようなものだが、あるという事実には変わりはねぇ。
そして、器としても丁度良いモノもある。

出来る可能性としてはかなり順位は下だったが、どうにも条件は揃っちまっている。
本来ならプレシアをねじ伏せて終わりのつもりだったんだがな。こうまでお膳立てされちゃあ仕方がねぇ。

立つだけで骨が軋む。血が滴り落ちる。左腕はピクリとも動かねぇ。

今のオレの身体の状況は、中々に散々なものだ。
だが、死んではいねぇし、身体の欠損もねぇ。
無理を押し通しても管理局の連中が勝手にバックアップでもするだろうから問題ねぇとする。

故にオレは決断を下した。

オレが“魂喰らい”(ソウルイーター)という“魂”の名を冠する通り名で呼ばれていた事が伊達じゃねぇって事を見せてやるよ。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第二十話



Side:了


「生き返らせる事は出来ねぇが、アリシアと話をさせてやろう」

そう言ってソウルはプレシアさんにいかにも人の悪そうな嗤いを浮かべていた。
何をどうするつもりなのかは僕にもさっぱりだけど、そんな悪魔の囁きみたいな感じで言うのはどうなんだろうなぁと思う。

というか、今回は随分と無茶をしてくれたと思う。
なんというか、ダメージが半端じゃない。ソウルは普通に立っているように見せかけているけど、実はかなり瀕死。冗談抜きで死にそうだ。

もし僕が今ソウルと交代したら、そのまま気を失って倒れて死を待つだけだというくらい。
その上で一体さらにどんな無茶をしてくれるんだろうなぁ……。

まあ、ソウルもかなり生き汚いから、死んだりするようなヘマは踏まないという部分では信用できるから、僕も何も言わず推移を見守る。

「それは……どういう事?」

プレシアさんの顔に浮かんでいるのは純粋な疑問。そして困惑。

今にもアリシアの入っているガラスケースを破壊して、今までの研究と努力を無に帰してしまいそうな雰囲気のソウルが、その真逆の事を言ったのが信じられないみたいだ。

そんな思いを抱いているのはプレシアさんだけじゃなくてフェイトとアルフも似たようなものらしいのが見て取れる。
こうして似たような顔をしているのを見ると、ああ、親子なんだなぁとも思ったり。

「細かい部分の説明は面倒だから省くが、このアリシアは『死体』だ」
「アリシアは死んではいないっ、眠っているだけよ!!」

ソウルがプレシアさんの質問に答えようとしたら、最初の時点から反論された。
なんというか、凄い権幕だ。

「だが、随分と保存状態は良いからな。魂は完全に失っているが、残留思念はだいぶ身体にこびりついている」

だけど、そんなプレシアさんの反論の一切を無視してソウルは言葉を続ける。

「所詮は残留思念。魂とは別物だが、それでもかき集めればそれは紛れもない『アリシア』としての思念として再生が出来る。
それを一時的に入れるに丁度いいモンもそこに居る。組み合わせりゃ、ごく短い時間だけならアリシアを再現出来るって寸法だ」

そしてソウルがガラスケースの中で浮かぶアリシアから視線を外して見る先にあるのは、理解が追い付いていないらしいフェイトの姿。
いやまあ、僕も魂とか残留思念とか言われても良く分からないんだけど。

それでも推測で言えば、アリシアの思念の欠片を寄せ集めて、その不足分をフェイトで補う事でアリシアの意識を再現しようっていう魂胆だとは思う。
アリシアのクローンであるフェイトは肉体的には同一に近いし、の記憶の一部を継いでいるらしいし、触媒には丁度良い。

生きている人間の意識の上に寄せ集めの思念を上乗せしても、それは一時的な物にしかならないけど、ごく短い間だけの時間はもたせられる
そしてソウルは、自分の魔術ではそれが出来るって判断したんだと思う。

「そんな事、出来るわけが……」
「出来る出来ねぇはてめぇが考察しても意味はねぇし、なんにせよオレは断行するだけだ。
その結果を受け入れるか受け入れねぇかは、てめぇが勝手にすりゃあいい」

訝しげにしているプレシアさんを事実上無視すると宣言をするソウル。
というか、出血とかがやばいから、議論を交わしている時間が無いというのが本当のところ。
やると決めた以上、余事にかまけている余裕も無い。早急に事を終わらせないと全てが中途半端に終わってしまう。

「おい、てめぇはこっちに来い」

まずはと、ソウルはフェイトの事を招き寄せる。
それに対してアルフは訳が分からないからと止めようとするけど、フェイトは静かに首を横に振るとひとりでこちらに歩み寄ってくる。
良くは分からないけど、ソウルの事をだいぶ信用している事がなんとなく分かる。

「眼を閉じて力を抜いてそこに突っ立って居ろ。ああ、そのバリアジャケットとか言うのは邪魔だから脱いでおけ」

そんなフェイトの事を一瞥だけすると、ソウルは要点だけの指示を出す。
はっきり言ってそれは何の説明も無く一方的に命令されているようなもの。
でも、フェイトはこの場をソウルに身を委ねると自分の意志で決めたとその瞳が物語っていた。

だからソウルも要点以外を口にしない。フェイトが言う通りにするのを見届ける事もせずに改めてアリシアと向き合う。

「──“肉裂き血を浴びこの手に掴む”」

そして、ソウルはソウルの魔術を行使するために、自己の中へと深く埋没するための詠唱を始める。

「──“我は支配す、理は我が下に”」

ソウルは魔術の補佐に魔法陣は使わない。
“実戦派”のソウルにとってその身があれば事足りる。
全てはソウルの中に既に揃っている。

「──“背徳の術にて摂理に背く”」

瞳は閉じずにただ前を見据える。
その先に居るのはガラスケースの中で浮かぶ少女の姿。
だけどソウルはその姿を見ているわけじゃない。

「──“この場この時に神は居ない”」

ソウルが視るのは身体という器では無くその中身。
存在すると言われても誰もそれを認識出来ないモノ。

「──“在るのは純然たる生命の鼓動”」

“魂”

ソウルはそれを“識る”事が出来る。
生死の境界線を知るソウルにしか認識も出来ず、理解も出来ない。
一緒に居る僕でも理解する事は不可能で、こうして同じ視点を持っていても何も認識ができない。
ただ、ソウルが何かしらの魔術を行使していると漠然としか把握が出来ない。

「──“業はこの身の裡で澱り重なる”」

ソウルは“魂”を扱う魔術師。“魂”そのものを改変し、錬成して武具を創り出すというのがソウルの魔術。
武器を創り出すために他者の魂を奪い取るが故の“魂喰らい”(ソウルイーター)という通り名。

残留思念は魂とは別物ではあるけれど、ソウルにとっては扱う触媒の下位に位置するものなのだ。扱えないわけがない。

阻むはずの物質という概念を透過して、その手をアリシアの裡に埋没させる。
相変わらず僕には何をしているのかは分からないけど、何かを右手に集束させている気がする。

「──“それでもこの道を違える事は無い”」

ソウルは「何か」を終えた。
そしてゆっくりとフェイトと向き直る。
そこには、ソウルの言う通り、バリアジャケットではなく、アースラで拘束されていたときに身に纏っていた白い簡素な衣服で、静かに目を閉じて佇むその姿があった。

とは言うけど、やはりこれから何をされるのかと思うところはあるんだと思う。
静かに佇むようで、その肩は僅かにだけど震えている。
未知に対する恐怖はあるという事。

でも、ここはソウルに任せると決めているのか、何も言わずに次を待っている。
その姿に、ソウルは何を想うかは分からない。
ただ、、他の誰にも分からない程度に、本当に僅かに眉をひそめるだけで何も語りかける事もせず、行為を続行する。

ソウルの右手がフェイトの中へと静かに“沈み”込んでゆく。
得意とする心霊手術でフェイトの身体に一切の傷をつけず、その内にあるものに触れる。
そして、右手にあった『何か』をフェイトの中へと流し込んでいた。

僕にもそれがなんなのかは分からないけど、確かに脈動する何かがあった。
同時にフェイトがその場に崩れ落ちるのを倒れないよう、ソウルが支える。
どうやら、ソウルのやろうとした事はひと段落したらしい。

「……」

儀式、と呼べるほど作法も形式も無いソウルの魔術行使は終わった。
あとは結果がどうなったか、だ。

「ん、ん~……?」

そして、その少女はゆっくりとその瞳を開く。
寝ぼけているように意識が纏まらないのか、目の焦点が合っていない。
ただ、何かが違う。目の前に居る少女は「フェイト」とは何処となく雰囲気が違う。

「お母さん……?」

そして、その宙を漂うようにしていた視線は、プレシアさんを見た事で焦点が合う。
同時に意識と身体がかみ合ったのか、ソウルが支えていたのから自分の足で立つ。

「お母さん!!」

そして、はつらつとしたような雰囲気でプレシアさんに向かって駆けだした。
フェイトの控え目な様子は無い。ただ無邪気に、真っ直ぐ駆ける。
そして、

「のっ、バカ~ッ!!」
「がふっ!?」

左のストレートをぶちかましていた!

「お母さんって、いっつもフェイトの事いじめてたでしょ!?
わたし、知ってるんだからね!」

ただでさえソウルにやられたダメージがあったはずなのに、あれほど腰の入った見事な左ストレートを受けて崩れ落ちるプレシアさん。

何だろう、感動の対面かと思ったのに、この状況。
全然ついていけないんですけど……。

「……流石にコレはオレにも予想外だな」

凄い、ソウルが素直に本音を漏らしてしまうなんて、アリシアってホント凄いよ!?

ソウルの齎した予想の斜め上を行く結果に、そう突っ込まずには居られなかった。



Side:プレシア


これはいったいなんなのか?

疑問が頭の中を埋め尽くす。

あの少年が、人形に対して何かをしていたのは分かる。
だが、それ以上の事は分からない。

ただ、結果だけを見るなら、人形は「フェイト」では無くなっていた。
今まではおとなしい性格だったはずだったのに、私の事を快活な声色で呼ぶ。

その姿が記憶の中にあるアリシアの姿と重なって見える。
アレは「アリシア」じゃないはずなのに、雰囲気が「アリシア」のそれに見える。

それに困惑している内に、私に対して駆けよってくる。
その仕草もまたアリシアに重なって見えて、混乱の極みに達する頭ではリアクションが出来ないでいる。

「のっ、バカ~ッ!!」
「がふっ!?」

そしてそのまま目の前まで来ていた『何か』に思い切り殴られた。

……『左手』で。

あの人形は右利きだったけど、アリシアは左利きだった。
私にとってそれは、「アリシア」と「人形」の決定的な差の証明のひとつだった。
だというのに、あの少年が何かをしてから、その私の中にあった差が覆されている。

「お母さんって、いっつもフェイトの事いじめてたでしょ!?
わたし、知ってるんだからね!」

『何か』は、憤りを露わにした表情で私の事を見ている。
アリシアは物怖じしない、明るく快活な性格をしていた。
時々、聞き分けのない我が侭を言う事もあった。

そんな、アリシアの性格を反映しているかのように、目の前の何かは私を見ている。
その事実が考えを纏めさせてくれない。

「あなたは、アリシア、なの……?」

膝をついてうずくまっていたから、自然と相手を見上げる格好になっている。
人形に見下ろされているなんて、ついさっきまでなら耐えられなかったはずだというのに、今は怒りが湧いてこない。
ただ、目の前に居るのが誰なのかを確かめたかった。

「むぅ? わたしはわたしだよ?」

そう言って私に向けてくれるその笑顔が、記憶の中にあるアリシアの笑顔と重なる。
人形は分からない事を聞かれたらきょとんとした表情をするばかりだったけど、あまり考える事が好きじゃないアリシアは無理に分かろうとせずに自分の感情を優先するような癖があった。
それがまた証明された。

アリシアと人形の間にあった差異が、その尽くが覆されていく。

「あ、あぁ……」

その頬に震える手をそっと触れる。
記憶の中のアリシアは五歳で、目の前に居るのは肉体年齢的には大体九歳という差がある。

「どうしたのお母さん、もしかしてわたしのパンチってそんなに痛かったの?」

でも、うっかり本気で殴ってしまった事自体は反省をしていないけど、私の手を取って心配をしてくれるのは、紛れもなくアリシアにしか見えなかった。

「アリシア……っ!」
「わぷっ、ちょ、苦しいよお母さん!?」

そのまま引き寄せて抱きしめる。突然の事にアリシアは困惑している様子だったけど、手を緩める事が出来ない。
涙がとめども無く溢れて来て、視界が歪んでアリシアの顔が良く見えない分、肌でアリシアを感じたかった。

「もう、お母さんは泣き虫さんだね~」

そう言って、アリシアは私の頭を撫でてくる。
アリシアはやはり優しい子なのだと改めて感じて嬉しい。

「アリシア、アリシア……!」

話したい事はたくさんあった。やりたい事はたくさんあった。
でも、今は何も言葉が思い浮かばず、ただ名前を呼ぶ事しか出来ないでいる。
それでも私の心は満たされるような想いだった。長い悪夢から、ようやく覚めたような気分。

「ん~……」

そうやって私が抱きしめていると、眠くなってきたのか、アリシアは舟をこぐような素振りを見せ始める。

「アリシア?」
「ん~、なに~?」

間延びした声は本当に眠そうで、せっかくの再会だというのにしょうがないなという想いを抱かせる。

「……さて、そろそろ時間切れのようだな」

そんな幸せな時間を壊す声が聞こえて来た。
その言葉に、アリシアを見ていた顔を跳ね上がる。

「何を不思議がってんだ。最初に宣告していたはずだぜ?」

少年の嘲笑うような言葉に、確信めいた嫌な予感がする。この先を聞いてはいけないと予感が告げている。
目を閉じて、耳を塞いで少年の言葉を拒絶したいと思う。

「それは、どういう……?」

そう分かっていたハズなのに、私は聞き返してしまっていた。
聞きたくなんか無いのに、聞くという行為が止められない。

そして、少年は嗤う。

「オレは『ごく短い時間だけならアリシアを再現出来る』と言ったはずだ。
だというのに、碌に話もせずにいたってんだから、お笑い草だよなァ?」
「な……!?」

返って来た言葉に愕然となる。
確かに最初に短い時間だとは言っていたが、こんなに短すぎる時間なんて知らない。
まだ1分も経っていないじゃない……!

「ん~……」
「ああっ、寝ちゃダメ、寝ちゃダメよアリシア!」

私の胸の中で、既に意識が散漫となっているアリシアに必死に呼びかける。だというのに目覚める事の無い眠りに落ちようとしている。
せっかく会えたというのに、まだ何も話をしていないというのに、こんなのはあんまりだ。

「お願いっ、何でもするからアリシアを助けて!!」

恥も分外も無く、少年に頼み込む。元々アリシアのために全てをなげうつつもりだったのだから、欲しいというのなら全て差し出す。
他にも望むモノがあるというのなら何をしてでも支払う。
だから、アリシアを助けて欲しいと、唯一残された可能性を持つ少年に縋りつく。

「勘違いするな。オレには死者蘇生なんざ出来ねぇし、助けるなんざ土台無理だ。
今だってギリギリまで時間を引き延ばしてコレが限界なんだよ」

だけど、返ってきた答えは『否』というモノ。

「つぅか、オレは嫌がらせをすると最初に言っていたはずだぜ?」

そして、口の端を持ちあげるようにして悪魔のような嗤いを浮かべる。
そして悟る。
彼には最初からアリシアを助ける気は無く、助ける事も出来ないという事。

アリシアの復活という私の目的をこの手にしたと思わせておいて、それがただの幻想だったと突き付ける。
確かに、これ以上無いくらいの嫌がらせだった。

もうどうしようもないという事を理解してしまい、声を上げて激しく嘆き泣きたいという衝動に襲われる。

「おかあさん……」
「!!」

だけど、それを遮るようにアリシアが私の事を呼ぶ。
それが私を繋ぎとめた。

「ねぇ、フェイトの事、いじめちゃいやだよ……?」
「ええっ、分かったわっ、分かったから、だからお願い、目を開けてアリシアっ!!」

必死に身体を揺さぶって眠らせないようにする。
無駄だと理解しているけど納得出来ない。ただ目を開けて欲しいという一心で呼びかける。

「アリシアっ、アリシアァッ!!」

だけど、アリシアからどんどん力が抜けていく。
ただ、本当に安心したかのような穏やかな笑みを浮かべたまま静かに眠りにつく。

「あ、あ、ああぁ……」

そして、終わった。

目の前には、静かに眠っている女の子がいるだけ。
でも、ここに居るのはアリシアじゃないという事を何となく理解出来て、そして納得出来てしまった。
もう、アリシアは居なくなってしまったと分かって、これ以上無いくらいの脱力感に襲われる。

さっきからとめどなく流れる涙は、そこに込められた意味を喜びから悲しみへと変えてただ頬を伝う。
声を上げる事も忘れて、ただ茫然と泣く。

「ん……」

私の胸の内で身じろぐ気配があった。

もしかしてアリシアが目を覚ました?

そんな淡い希望を胸に、抱きかかえていた相手を見る。

「母さん……」
「あ……」

でも、遠慮がちに私を見上げるのは、やはりアリシアじゃなかった。
ずっと私が毛嫌いしてきた、アリシアの姿だけを奪い取ったアリシアの偽物。

それが分かって激しい怒りが湧いてくる。こいつの意識を取り戻さなければアリシアはずっとここに居られたのだという考えが浮かんでくる。
こいつさえいなければ良いと、殺してしまえば良いと、首を絞めてやろうと手を伸ばし、

『フェイトの事、いじめちゃいやだよ?』

そんな声が頭に響いた気がして、手が止まる。
話したい事はたくさんあったはずなのに、結局はこの言葉しか碌に話せなかった。
どうしてアリシアとの話にこの役立たずの人形の話題がひとつしかないのか、その事にコイツに対してさらに怒りが湧く。

だけど、あの優しいアリシアが願った事を無下にも出来ない。

殺したい程憎い。でも危害を加える真似をしたらアリシアを裏切る事になる。
そんな相反するふたつの想いに揺れる。

「私から……、離れなさい……!」
「あ……」

そして、私に出来たのはアリシアの偽物を突き飛ばす事だけだった。

アリシアの偽物が私を見ている気配があるけど、そんなもの、私は知らない。
後はもう視界にも収めたくもない、声も聞きたくもない。
無いモノと扱えばアリシアとの約束は破らない事になるはず。だから知らない。

……もしかしたら、アリシアはフェイトと仲良くするように言うのかもしれない。
でも、そんな事を今更出来るわけがない。

なんと言われようとも、私はフェイトの事が大嫌いだという事は変わりない。
それがたとえ八つ当たりだと自覚出来た今でも、これ以上ないくらいに嫌悪したのだ。
多少の愛情を持ったとしても、この嫌悪感を超えるほどのモノを抱く事はない。

だから大嫌いだ。これはもう未来永劫変わる事はない。ましてや、病魔のせいで残りの命のともしびの僅かな私は、フェイトなんかに時間も裂きたくない。

……それにしても、ただ空虚となってしまったこの心は何のやる気も起こさせなかった。
アリシアを蘇らせるという目的はまだ果たしていないというのに、アリシアともう一度やり直すという目的はまだ果たしていないというのに。

心にぽっかりと空いた穴は、なんだか大き過ぎたようだった。



Side:フェイト


母さんに突き飛ばされる。その力はとても弱々しいモノだったけど、抗う気が起きなくて、そのままわたしは母さんから離れる。

今の母さんは、とても怒っているようで、とても悲しんでいるようで。
でもまったく覇気が無くなっていて、こんな母さんを見るのが初めてだからどんな風に声をかけたらいいのか全然わからない。

……さっきまでも記憶は、少しあやふやだけど確かにわたしの中に残っている。
ソウルが何かをすると、わたしの中に何かが流れ込んで来て、わたしの意識を上塗りするように誰かの想いが身体に満ちていた。
そしてすぐにその意識はわたしの意識に溶け込んで、その想いはわたしの想いになった。
だから、わたしの身体を使ったアリシアはもういなくなってしまった。

……あれが、母さんの本当の娘であるアリシアだったんだと分かる。
わたしの中にある『記憶』としてではない『想い』を実感して、本当にわたしと違う存在だったんだなと理解ができた。
その想いはわたしの一部になって、アリシアがどんな想いで、どんな考えをしていたかが考えるまでもなく感じている。

でも、わたしは変わっていない。
アリシアの想いはわたしの一部になったけど、元々母さんを大好きだという事は同じだったからかな?

そんな風に思っていても、今の母さんにかける言葉が見つからない。
わたし自身の言葉と想いを伝えようと思うけど、母さんのあんな悲しくて辛そうな瞳を見ると、わたしじゃダメなんだと感じる。

だったらアリシアの想いをわたしが代弁すればいいのではと思うけど、それも出来ない。

たぶん、今のわたしならアリシアをそっくりそのまま真似て再現する事が出来ると思う。
でもそれは、あくまで『アリシアを真似をしているわたし』でしかなく、そんな嘘で慰めようとしても、それこそ母さんを、アリシアを侮辱する事にしかならない。

だから、それは出来ない。
こんな場合、どうすれば良いのか知らないわたしには何も出来ない。
ただ、母さんに笑って欲しくて、あんな顔をして欲しくないと思うだけで何も行動が出来ないでいる自分が辛かった。

「おお、随分急に老けこんでいるじゃねぇか」

左足を引きずりながらゆっくりとした足取りで近づいてくると、ソウルが母さんに声をかけていた。
ソウルの身体はボロボロな上に、疲れているのか顔色も悪い。
少し突けば、すぐに倒れてしまいそうだった。

「……うるさいわね、私の事は放っておいて」
「なんだ、もう減らず口も叩けねぇとはつまらねぇな」

だけど、力強さは失っていない。今でも自信満々な態度で母さんの事を一笑に付する。
まるで、今すぐ戦闘を再開してもまったく問題ないと言わんばかりだ。

「だが、嫌がらせを終えた以上、オレもてめぇなんぞに用はねぇんだがな。
それに流石に血を流し過ぎた。これ以上の面倒は、オレは感知する気もねぇよ」
「ソウル!?」

急にソウルの身体が揺らいだかと思うと、そのまま崩れ落ちるように倒れようとする。
それをわたしは慌てて支える。

(え……?)

支えると同時に、手にぬちゃりという感触が伝わる。
それがなんなのかと確かめるべく自分の手の平を見ると、そこは真っ赤に染まっていた。
ソウルの流していた血が、わたしが触れている部分を赤く染めていたのだ。

すぐにソウルの横顔を見ると、顔色が悪いと思ってはいたけど、間近で見たその顔面は蒼白になっており脂汗も大量に浮かんでいる。
どう見ても限界を超えている。すぐにでも治療を始めないと手遅れになるのは明白だ。

「アリシアの最期を看取れて満足するか、それでもなお諦めねぇか。後は勝手にすりゃあいい。
てめぇを応援してやる気はさらさらねぇし、それが報われるモノかも知らねぇしな」

ソウルはもう自分の足で立つ事が出来ずにいるというのに、それでもなお自分はここに在ると証明するかのように、真っ直ぐに母さんを見ながら、その言葉を口にする。

その姿が、誰よりも強い存在に見えていた。

……わたしにはソウルが何を思って、何を感じて行動しているかが全然分からない。
ソウルは初めて出会ったあの時から、周りにいる誰の事も突き放すような態度を取っていた。
最初からずっと、何度もわたしの前に立ち塞がってきた。

でも今は、ソウルが本当に敵だったのかは分からない。
確かにジュエルシードを巡って対立はしていたけど、ジュエルシード以外の部分では、立ち塞がりはしても敵対してはいなかった気がする。

そして今も、ソウルは母さんを倒すべき敵だなんて一言も言っていなかったと気付く。
ただ、わたしが母さんに伝えたい事があると言ったら、なら行くぞとだけ言ってここまで導いてくれただけ。

もしかして、ソウルは母さんの事を助けたいとかって思っていたのかな……?

「……チッ、喋りすぎた。寝る」
「え、ソウル!?」

なんて思っていたら、急にソウルは完全に脱力してわたしに寄り掛かってくる。
たぶん、限界を完全に突破して気を失ったんだと思うけど、あまりにも突然だったからびっくりした。
ソウルの体重が全部わたしにかかってきて重いけど、地面に放り出すわけにもいかないから頑張って支える。

「ったく、めんどくせぇ。アリサも、なのはも、フェイトも、プレシアも……。
どうして揃いもそろってバカ連中がオレの前に現れるってんだ。おかげで人間を見限る踏ん切りがつかねぇじゃねぇか……」
「……ソウル?」

その際、ソウルはうわ言のように何かを呟いていたけど、上手く聞き取れなかった。
わたしの名前も出ていた気もしたから聞き直してみたけど、もう完全に意識を失っていて、何の反応も示さなかった。

なにはともあれ、ソウルが重傷なのは間違いない。何を言っていたかは気にかかるけど早く治療をしないといけない。
わたしは回復系の魔法は得意じゃないし、そもそも重傷なんだから、管理局の艦に連れて行ってきちんとした設備で治療した方が良い。

でも、母さんを放っておく事もしたくない。
どうしようかと思い、ひとまずアルフのソウルの事を預けて、母さんには管理局の艦に来てもらえれば良いのかと考える。

「フェイトちゃん、了君ソウル君!!」

と、そこへ白い魔導師の女の子の声が聞こえて来たと思ったら、わたし達が入ってきた扉から3つの人影が現れた。
動力炉の封印に行っていたハズだったけど、随分早く終ったようだった3人がこちらに応援に来たんだと思う。

「アンタらいいところに来たね。ソウルが重傷なんだよ!」
「なんだと!? ユーノ!」
「うん、僕に診せて!」

すぐにアルフが現状で一番緊急を要する事を伝えると、執務官が使い魔の男の子に指示を出す。
それを受けた男の子は、ソウルの状態を見て顔をしかめるけど、すぐに回復用の魔法を使うべく、薄い緑色の魔力光による魔法陣を展開する。

わたしじゃソウルを支えるだけで手いっぱいだから、アルフに改めて預けて、ソウルの事はアルフと男の子の二人に任せる事にする。
そうなると、あとは母さんの事だけなんだけど……。

「待てっ、プレシア・テスタロッサ。何をする気だ!?」

そんな風に思っていたら執務官が声を荒げる。
何事かと思ってその視線を追うと、母さんが発動しているジュエルシードと共に、アリシアの入っているガラスケースに歩み寄っているところだった。

「……何をって、随分と今更な事を聞くのね。
私の目的はアリシアを蘇らせて、失った時間をやり直す事。そしてそのためにアルハザードを目指すと既に知っているんじゃないの?」

そう言う母さんは何処か虚ろ気で、最初にあった険が無くなっている。穏やかとは違うけど、とても静かな語り口だった。
……なんだろう、今の母さんを見ているととても変な感じがする。

「無駄だ。外で艦長がディストーションフィールドを展開して次元震を抑えているし、既に動力炉の封印もした。もう次元震自体起こせないぞ!」
「ふん、それがどうしたっていうの。貴方達がどんなに嘯こうとも私が止まる理由にはならないわ」

そして、母さんはジュエルシードに直接魔力を注ぎ込んでいく。
次元震が抑制されているのを無理矢理押し通そうと、ジュエルシードの輝きが強くなる。
周囲に無作為に放たれる魔力が空間を歪ませる。この部屋を、時の庭園をどんどん崩壊へと導いて行く。

「私は、何を言われてもやっぱりアリシアを諦める事は出来ない。
貴方達に捕まって裁きを受ける気もないし、他の全てを利用してまで続けて来たこの想いを投げだす気もない。
私は、……忘れられた都、アルハザードにいくのよ」

「そんな勝手が許されてたまるか!
一度失ったモノはどんなに足掻いても取り戻せない。どんな魔法を使おうとも過去をやり直す事は出来ない。
そもそも、そんな個人の勝手に巻き込んで多くの人を犠牲にする権利があってたまるか!」

執務官が母さんがジュエルシードに魔力を込めるのを力づくで止めさせるために近づこうとするけど、それを拒むかのように母さんとわたし達の間に虚数空間の裂け目が広がる。
虚数空間の中では全ての魔法がキャンセルされてしまうのだから、迂闊に近づけない。

「母さん!!」

わたしも必死になって母さんに呼びかける。「アリシア」を抱きしめながらあんなに涙を流しながらも嬉しそうにしていた母さんが、どれだけアリシアの事を求めていたかは分かる。
でも、わたしもまだ母さんとお話したい事がたくさんあるから、その行為を止めて欲しいと呼び掛ける。

「さっきからうるさいわよ。私達の門出を見送る気が無いならさっさとこの場から立ち去りなさい」

だけど、母さんは聞き入れてくれない。とても冷めた瞳でわたし達を一瞥するだけで、取り付く島もない。
もう次元震は起こらないと分かってなお、ジュエルシードに全てを注ぐかのように魔力を込めていく。

そして、母さんとアリシアの入ったガラスケースの足元が崩壊する。

「母さん!!」
「待て……くっ!?」

崩れる床に足を取られて倒れそうになる母さんを見て、ただ叫ぶだけなんて、もう出来なかった。
執務官が止めようとするのを振り切って駆けだす。今からでもきっと間に合うんじゃないかって、全力でまだ無事な部分の床を蹴って母さんの下へ行く。

「近づかないで!!」

だけど、それまでの何処か平坦だった声色ではなく、激しい制止の言葉に思わず足が止まってしまう。

「……何度も言わせないで。私は貴女が大嫌いなのよ。
アルハザードの行くのは私とアリシアだけ。私の傍に貴女の居場所なんて無い。
私は貴女なんか知らない。もう用済みなのだから何処へでも勝手に行きなさい」
「母さん……」

改めて拒絶されて言葉が出ない。母さんに睨まれてこれ以上足を踏み出せない。
わたしと母さんの間には見えない壁があって、遮られて近づけない。

「フェイトッ!!」

背後からアルフの声が聞こえるのと同時に、崩壊が一挙に進行する。
母さんとアリシアの足元が完全に崩れて虚数空間へとその全てが崩落していく。
それだけでなく、崩壊の亀裂はわたしのすぐ足元まで伸びてくる。

危ないと思った時にはもう遅かった。わたしが立つその場所もまた崩れ落ちる。虚数空間へと呑み込まれようとする。

……でも、これはこれで悪くないのかもしれないとも思う。
母さんはわたしに一緒に来て欲しくないって言うけど、それでもついて行ければ母さんを独りにしなくても済む。
だから、このままわたしも虚数空間に落ちて、母さんを追いかけて──

「フェイトちゃん!!」
「!!」

わたしの名前を呼ぶ声にハッとする。振り返れば何度も戦った白いバリアジャケットの魔導師の女の子が必死になってわたしに手を伸ばす姿があった。
わたしが言うのもなんだけど、自分も崩落に呑まれる危険性があるっていうのに、それでもその子はわたしに手を差し伸べる。この手を取ってと、必死な表情をわたしに向ける。

……この子はいったい何度わたしに手を差し伸べてくれていたんだろう?

ふと、そんな疑問が頭を過る。
思えば、最初から、そして会うたびに差し伸べていたんだと思う。
でも、どうせ意味はないとか、関係無いとか思ってはねのけて来た。
管理局の艦でも、わたしは自分からその手を取る事はなかった。

それでもこの子は諦めないでわたしに手を差し伸べてくれていた。
わたしがここに居ても良いと言うように、わたしにここに居て欲しいと言うように。

……そして、わたしを見ていてくれてうれしくて。

だから、わたしは今度こそその手を取った。

母さんの事を諦めたわけじゃない。嫌ったわけじゃ、もっとない。
でも今は、この子がわたしに向ける必死な想いが、わたしが母さんに向ける必死な想いと同じなんだと感じていたから、この子の気持ちが良く分かった。
……わたしに、居なくなって欲しくないという想いが分かったから。

そして、虚数空間の深淵へと落ち行く母さんを見やる。

「あ……」

母さんの口が小さく動いていた。何かを喋っていたみたいだけど、その声も言葉もわたしの耳には届かなかった。
それでも、その母さんの表情はとても安らかに微笑んでいた事だけは分かった。

「あ、うぁ……」

そんな母さんを見て言葉が出てこない。代わりに涙がどんどん溢れてくる。
今、わたしは母さんとの別れを自分で選んだ。もう、大好きな母さんと会えない。
そんな寂しさや悲しさでいっぱいになるけど、わたしが泣く理由はそれだけじゃない。

「何をしている!? ここはもうすぐ崩壊するから早く離脱するぞ!!」

落ちそうになっていたわたしが引き上げられると、執務官が叱咤の声を上げる。
その先導に従って、アルフがソウルを背負って、回復魔法を使っていた男の子が走りながらもまだ魔法をかけ続ける。

「……行こう、フェイトちゃん」
「……」

そして、わたしが取った手の主である女の子が、わたしを立たせて引っ張っていく。
わたしは何も言葉を返す事が出来ないまま、その手に引かれて走りだす。

……振り返っても、もう母さんの姿を見る事は出来なかった。
わたしが見るのは、脳裏に写し取られた最期の姿。

最後の最後で、母さんは笑っていた。わたしが本当に望んでいた形とはちょっと違っていたけど、それでも母さんが穏やかに笑えていたのは嬉しかった。

その視線がわたしに向いていたと思うのは、わたしが描いた幻想だったのかもしれない。
母さんは何度もわたしを嫌いって言っていたのだから、あり得ないと思うけど、わたしが勝手にそう思うぐらいの事は許して欲しい。

そしてもうひとつ。最期の言葉も分からなかった。
でも、何となく思う言葉があった。これもわたしが都合よく解釈しているだけだと思うけど、誰にも言わないから、思うだけ思わせて欲しい。

耳に反響する母さんの言葉を思いながら、脱出のために走り続けた。


『さようなら、フェイト』


うん、さようなら。そしてありがとう、……母さん。










あとがき

ソウルの行動はプレシアにとって救済であったのか、無かったのか。
本人の口から語られる事は無かったために、その答えは闇の中、という第二十話。

そして、次回最終回の予定です。





ソウル(宝具)
“魂の武器錬成”(アルティネイトソウル)
ランク :???
種別  :対人宝具
レンジ :1
最大捕捉:1人

人の魂を抜き出し、その魂を改変させて武具を創り出す魔術。
魂はひとつの高純度のエネルギー結晶体であり、そのエネルギーを余すことなく利用して創りだす武具は非常に強力な武装となる。
武具と化した時点でその力の総量は決定しており、さらに消費した分の力の回復は出来ないので、威力は強大でも、その力を使うとすぐに壊れてしまう使い捨ての消耗品。

魔術において魂は『在る』と認識されていても、それをはっきりと証明出来ないとされている。
さらに、そんな分からないモノを明確に理解する上で物質化までするというソウルのこの魔術は、第二魔法の『魂の物質化』に片足どころか半身を突っ込んでいるレベル。
だが、魂の移し替えや、人柱を立てて武器を鍛えるなどという手法で再現する事も出来るため、魔法の域に達しているというわけではない。

戦場では材料となる魂がたくさん転がっている状態なので、次から次へと使い捨てにしても補給が利くという前提で全盛期のソウルは運用していたが、今はそれが出来ない。
現状、ソウル使う“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)は了の魂を、了の使う“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)はソウルの魂を使っている。
そのため、武装を摩耗させるような使い方をするとその魂の持主も摩耗し、最終的には死亡してしまう。
そのため、ソウルは武装の力を消費するのではなく、武装を触媒として自身の魔力を行使するという運用方法をとっている。

ソウルは魂を認識できるという、ひとつの真理に到達した者である。
そのため、物事の本質を見極める事が出来たり、物質以外に直接干渉が出来る。
故の、前者が心眼:A+で、後者が心霊手術:C+である。

ちなみに、ソウルは魂を認識するのであって視認しているわけではないので、魂を視る魔眼を持っているというわけではない。



[14283] 第二十一話(無印完結)
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/06/23 21:36
……夢を見ていた。

それは遠く、もうオレの記憶の中にしか存在しない過去の風景。
かつて自由と正義の旗を掲げて、世の不条理に立ち向かった仲間達の姿。
オレより上の立場じゃない、下でも無い、同じ目線に立って駆け抜けたそいつらは、揃いも揃ってバカばかりだった。

まかり通っている、間違っている事を正そうと足掻いていた。
誰かの悲しんでいる姿を見たくなくて、弱虫の癖に必死になって走り回っていた。
他はどうでもよく、ただひとりの人を守るためだけに立ちあがった。
どんなに邪険に扱っても、意志を曲げずオレの後をついてきた。

はっきり言ってバカなヤツらだった。荒れた世の中で見ず知らずの他人に気を割いている余裕なんざないはずなのに、そいつらは何時も誰かの事を想っていた。

オレがアイツらとつるんでいたのは、単なる惰性の様なものだ。
理想もなけりゃ、別段に意義もねぇオレがそこに居たのは、ただ最初に居合わせた縁。
だが、居心地が良かった。大事な物を持たないオレでも、そこに居場所を感じていた。

だから思った。

何も持って居ないオレだからこそ、何かを持っているこいつらを守ってやろうと。
泥は全部オレがかぶってやるから、てめぇらは抱えたモノを失くすなと。
誰にも宣告する事は無い、オレが勝手に立てた、オレだけの誓い。

……結局、圧倒的少数でしかないオレ達は大多数という世の流れに呑み込まれた。
人間ってのはやはり、自分の理解の出来ないモノは迫害する生き物だと痛感した。

世の中はバカな連中が馬鹿を見て、面倒事はバカに押し付けてのうのうと生きているヤツらが良い目を見られるように出来ている。
どうでもいいような連中が大半を占めている。だから人間という生き物に絶望した。

……だが、記憶の中に居るあいつらは笑っている。それをオレは覚えている。知っている。
そして、その中でオレも笑えている。

その記憶があるから、オレはまだ戦っていられる。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第二十一話



Side:ソウル


……ああ、下らねぇ事を思い出した。
寝かされていた天井を眺めながら、懐かしい記憶に独りごちる。

ったく、最近会ったバカ連中に記憶を触発されたんだろうとは思うが、夢に見るとは不覚だった。
気を失う程の傷と、その直後の魔術行使のおかげで、意思が弱っていたか。

『おはよう、ソウル』

了は意識を表に出さずに声をかけてくる。
おそらく、オレの見た夢はコイツに覗きみられていただろうと思う。
以前にも見られた事があるが、だからと言って一度見られたから以降は平気なんて事は無い。

「チッ」

軽く舌打ちをしながら起き上り、自分の状態を鑑みる。

一番ダメージの大きかった左腕も動く。体中、至る所に包帯を巻いてあるが、別段危機的状態にあるというわけでもないようだ。

ただ、完治しているわけじゃねぇのだから、身体を動かすたびに鈍痛が走る辺りは仕方がねぇと諦める。

『うわぁ、これはしばらく僕が表に出るのは無理っぽいね』

だろうな。上体を起こしただけでこの痛みだったら、了は悶えるだけで何も出来ない。しばらくはベッドの上で寝たきりだ。
だが、オレは動く。

痛みってのは、身体の危険を知らせる信号なのだから無視して良いものじゃねぇし無視はしねぇ。
だが、身体が動かせるなら、痛みは我慢する。座して死を待つくらいなら最後まで足掻き通すのがオレの信条だ。
周りに痛みを訴える必要性も今は特に感じねぇのだからなおさらだ。

つぅわけで、横になっていても面白くねぇし、腹も減っている。
そもそもオレはどのぐらい寝ていたかも気になる。ひとまずとして食堂辺りに行く事にする。

……それにしても、胴体の分はともかく、この左腕を固定するように巻いている包帯が邪魔だ。

「ったく、こんなもんがあったら動きづれぇじゃねぇか」
『いや、動かさないように巻いているんでしょ』

了の言う事は無視して包帯を解く。放っておけば治るものを、こんな大層に包帯を巻くなんざ大げさなんだよ。

動くのにさし障りのある分の包帯を取り、医務室だろう部屋をでる。
普通に歩く足の裏から伝わってくる震動が骨を軋ませるような錯覚を抱く程度には痛いが、これなら歯を食いしばるまでもなく耐えられる。
アースラに来てから中をみて回る時間も余裕もなかったが、食堂の場所ぐらいは分かる。迷うことなく歩みを進める。

……つぅか、相変わらずここは、オレには馴染めねぇ場所だなと痛感する。

今現在の地球の発展した科学でさえとんでもねぇと思っていて、ようやくそれにも馴れたと思った頃にさらにその上を余裕で行く魔法技術。
このアースラにしても、要塞じみた大きさの鉄の塊が空を飛び、果ては次元空間を航行すると聞かされたときには何の冗談だと叫ぼうかと思ったくらいだ。

了のヤツは何時も通り、世の中は不思議でいっぱいだとかほざいていたが、オレもここまで来ると思考停止させて、こういうものもあると受け入れるしかねぇのが辛い。
現実逃避だとは分かっているが、オレの精神衛生上の事もある。深く考えず、何も見ないようにしながら通路を歩く。

窓の外の訳の分からねぇ空間や、自動で起動する機械なんざは見えないし、知りもしねぇとしながら食堂を目指す。
そして、行って見ればなのは、ユーノ、クロノにリンディ、エイミィが同じテーブルを囲っていた。

なにやらプレシアの目指していたアルハザードの話をしているようだな。

アルハザードとは失われた秘術が眠る地と言われ、そこには死者の蘇生や、時間を遡ってやり直す魔法があるだとか、オレの知るところの『魔法』染みた技術のある場所。
かなりとんでもない場所みてぇだが、それはおとぎ話のようなものという言葉も聞こえる。
所詮は空想の産物で、『こんなモノがあったら良い』とかいう幻想が語り継がれたようなものなんだろうな。

だが、プレシアはそれを目指していた。
やぶれかぶれだったのか、それとも本当にアルハザードは存在して、そこに至る道を見つけていたのか。
ま、その辺りはプレシアが居なくなったってんだから、確かめるすべはねぇわな。
つぅか、興味がねぇ。

「よう、揃いも揃って辛気くせぇ顔して何してんだよ?」

飯時に食欲の湧かねぇ話もしていても仕方ないだろうと、中断させるべく割って入る。
一斉にこちらを見るが……、なんだ、その幽霊でも見たような顔は。

「ソウル君、大丈夫なの?」
「あァ? あれだけの怪我をしておいて大丈夫なわきゃねぇだろ」
「なら何故君は平然と歩きまわっているんだ……」

なのはが気遣わしげに聞いてきた事に正直にと答えると、クロノが呆れたようなボヤキを漏らす。
実際には単に平静を装っているだけなんだが、そんな事を親切に教えてやる義理もねぇと、クロノには何も答えず空いている手頃な席に着く。

「おい、そこの。オレの飯を持ってこい」
「いや、何で僕にソウルの食事を取ってくるように言うのさ?」

ユーノに指示を出したが、言外に自分で取って来ればいいじゃないかと言ってくる。
ったく、こいつは分かってねぇな。

「見ての通り、オレは重傷患者だぜ。きっちりいたわれ。
それにこの中じゃてめぇが一番下っ端だ。さあ、下僕らしくオレのためにキリキリ働け」
「ああもう、何処に突っ込んだらいいのか分からないよ……」

オレがふんぞり返ってみせると、頭を抱えて見せていた。
別に嫌というわけじゃねぇんだろうが、席を立つ気力が湧いてこないようだった。

「じゃあわたしがソウル君の分を取ってくるよっ」
「あ、なのは……っ」

ユーノがうなだれている間に、なのはが席を立ってオレの飯を取りに行く。
呼び止める暇がなかったユーノは、ただ視線だけがなのはを追う。

「ククッ、折角男気を見せる機会をやったってのに、それを棒に振って女にパシリに行かせるからてめぇが下っ端だってんだよ」
「なぅ……!?」
「女に働かせて自分は楽をする。いや、別にそれが悪いとは言わねぇぜ?
だが、高町なのはは放っておきゃあ何処までもひとりで突っ走るタイプだ。追いかける意気込みもねぇヤツは、置いて行かれて最後には忘れ去られるのがオチだろうなァ?」

嘲笑うようにしながら、ユーノに対して適当な言葉を並べてまくし立てる。
実際には何の根拠もねぇ事だが、自分が戸惑っている内に自発的に動き出したなのはに対する負い目やら、置いて行かれるという単語辺りでユーノが反応をみせる。

「……僕、ちょっとなのはを手伝ってくるよ!」

結論はすぐに出たようだ。すぐに席を立ってなのはを追いかけるが……ひとり分の飯を持ってくるのに手伝いなんざ必要ねぇだろうになァ?
そんなユーノの背中を、オレは嗤いながら見送る事にした。

「ソウル君。あんまりなのはさんやユーノ君をいじめちゃ可哀そうよ?」

リンディが窘めるように言ってくるが、いじめるとは心外だな。

「そうだよ。同じいじめるなら、うちのクロノ君にしてよね。
クロノ君って、こう見えて結構弄りがいがあるんだよ?」
「何言ってんだ、そいつでも遊ぶのは当然だろ」
「だよね~」
「待てっ、本人を目の前にして何の話をしているんだ!?」

エイミィと楽しく話していると、クロノが割って入ってくる。
その姿を肴にして、クロノ以外で笑い合う。

「……さて、世間知らずが居なくなったところで聞くが、オレが寝た後はどうなった?」

そして、笑いを収めて管理局の連中に改めて向き合う。

オレはプレシアがあの後どんな選択をしたのかを知らない。
おそらくは最善の結果になりはしなかっただろうから、どうせ聞いたところで気落ちする事が目に見えているふたりが十分に離れたのを見計らって改めて聞く。

「……プレシア・テスタロッサはジュエルシードの起こした次元震の発生の際に生じた虚数空間へアリシア・テスタロッサの遺体と共に落下。
現実的にあの先から還ってくる手段はないのだから、死亡扱いとして問題ないだろう。
その点を除けば重傷者は出ても死者は出ていない。次元断層も発生していないのだから、最悪の結果は免れたといったところだ」

オレの真剣味を察したらしいクロノが、簡単に状況を説明する。
ただ、表情と態度が硬いあたり、クロノに取って良い結果というわけじゃねぇんだろう事は察しが付く。

……オレはプレシアの事なんか知った事じゃねぇし、感慨が湧く程の思い入れもねぇ。
世界の全てを敵に回しても愛したい存在が居るという想いはオレには分からねぇが、その想い自体は尊いものだという事は分かる。

あの手の輩は、最後の別れが出来なかった事に納得が出来ないから暴挙に出ると言うのが相場だ。
故に、ほんの僅かでも求めたヤツと触れあえば未練が無くなるかもと考えていたが、それでも納得出来ずに旅立った。それが自分で選んだ事なら責任はそいつにある。
……その程度の認識だ。

「なるほどな」

だからオレには、事実を聞いたとしても淡泊な答えしか用意は出来ねぇ。

「随分冷静なのね」
「当たり前だ。オレがあの場に行ったのは黒いのを連れていくためだけだ。
嫌がらせは単なるオマケ。そもそも、あのババァが何をしようとオレには関係ねぇ話だ」
「関係ないわけがないだろう。もしあのまま大規模な次元震が、そして次元断層が発生していたら、僕達はもちろん、君の知人も世界ごと消えていたんだぞ?」
「そんなもん、どうせてめぇらが阻止していたんだから問題ねぇよ。
それとも、てめぇにはあのババァを止める自信がなかったとでも言うのか?」
「む……」

流石に自信が無かったなどとは言えないらしいクロノは口ごもる。
ま、実際には自信云々は関係なく、とにかく全力を尽くすってのが精いっぱいだったのだろうがな。

「あれ、何のお話をしていたの?」

そうこうしている内に、お盆を持ったなのはが戻ってくる。
その隣にはユーノがいるが、追いかけても結局何も出来なかったのだろう。その手には何も持って居ない。
どうやら、やはり役立たずで終わったらしい。

「なに、チビスケは相変わらず背が低いなって話をしていただけだ」
「そんな話はしていないだろう!?」

話は終わりと、別な話題をだせばすぐに食ってかかってくるヤツがひとり。
身を乗り出す程の勢いでオレの事を睨みつけてくる。

「そういきり立つなよ。チビスケがチビなのは当たり前だろ?」
「……そうか、君は僕にケンカを売っているんだな。そうだろう、そうなんだろ!!」

思っていた事だったが、やはりクロノは背が低い事を気にしているらしい。
執務官としての冷静さを失い、年相応に感情を露わにしている。
だが、さっきまでの重苦しい雰囲気はもうないのだからこれでいい。

「クロノ。貴方は年長者なんだから少しは落ち着いた所を見せないさい」
「く……」

リンディに窘められて渋々席に戻るも、なお熱は冷めない。
ま、普段はクールぶってんだから、たまにはそうやって感情を発露させた方が丁度良い。
ガキがガキらしくしていられるなら、それに越した事は無い。

「クク、年長者の癖にカッコわりぃなァ?」
「ぐぐ……っ」

『いや、この中ではリンディさんを含めたとしても最年長はソウルでしょ』

大人げないと了は言うが、肉体年齢ならクロノの年下なんだから問題はねぇよ。

「ちょっとちょっと~、クロノ君はカッコ悪くなんてないよ」

などと言っていると、エイミィがクロノを庇うような事を言う。
クロノはその発言を以外そうにしつつも、自分に対して援護射撃が来たという事が何処となく嬉しそうにする。

「クロノ君はね、ちょ~と素直じゃなくてひねくれているところとかが可愛いんだよ」
「ぶはっ……!?」

が、結局のところは援護でも何でも無かったようだったがな。
男としてカッコ悪いと可愛いで、どちらの方がマシなのかは難しいところだな。

「それだけじゃないよ。クロノ君ってすっごく優しいんだよ!」
「う……」

更に、邪気の混ざっているオレとエイミィと違って純度100%の善意でクロノを褒めるなのはの追い打ちに、怒るに怒れず、むしろ照れて頬を紅潮させるクロノの姿があった。

素の言動で男をここまで動揺させるとは……なのは、中々やるな。


そんな風に遊んだりもしながら、腹が減っている事には変わりはねぇのだからさっさと食べ始める。

食べながら近況を聞いてみると、どうやらオレは二日ほど寝ていたらしい。
診断結果は、一週間は絶対安静との事だったらしいが、オレとしては関係ねぇな。
無茶はしない程度に無理を押し通して歩き回らせて貰う。

つぅか、二日間も眠ったままだったってのは予想以上に寝ていたなと逆に思う。
以前なら寝るにしても半日で目を覚ましていたんだから、この辺りにも子供化の影響が出ているのかと考える。

ただ、どちらにしろジュエルシードの発動による次元震よって不安定になっていた空間が安定する明日まで帰れねぇらしいから、まだ寝ていたとしても問題は無かったようだが。

オレに関してはそんなもんだ。それ以前に、オレにとって重要な事は他にある。

「さて、ならそろそろ行くか」

飯を食べ終わり、今度こそ飯を片づける役目をユーノに押しつけながら席を立つ。

「ソウル君、何処かに行くの?」
「犬コロに用があんだよ。
報酬は後払いって契約でオレは手ぇ貸してたんだ。その話だ」

なのはが聞いてきたが、これは別段隠す事でもねぇしと普通に答える。
さっき聞いた話の中で、護送室にアルフはフェイトと一緒に拘束、というよりは軟禁状態で部屋に居るらしいって聞いていたからな。
本来なら契約を持ちかけた向こうがオレの下に顔を出すべきなんだが、仕方がねぇからこちらから出向く。

「待て。アルフはフェイト同様、今回の事件における重要参考人だ。悪いが面会は許す事は出来ない」

そんな硬い事をぬかすのは、当然の事としてクロノ。
さっきまでからかっていた事を根に持つのではなく、組織に属する者として看破は出来ないと睨むようにしながら牽制してくる。

「てめぇらの事情なんざ知らねぇよ。
裁判があるらしいが、そのために報酬の支払いをうやむやにされたんじゃたまったもんじゃねぇ」

だが、オレはその視線に真っ向から向かい合い、嘲笑う。
オレがそれだけの言葉でそう易々と思い止まるとでも思ってんのか?

「なのはやユーノにも面会は禁止している手前、君だけ特別というわけにはいかない。
それに、身ひとつしかない今のアルフに報酬を求めても意味はないはずだ」

そう思っていたのだが、クロノは更に食い下がってくる。ったくめんどくせぇな。

「前者はオレが言う事を聞く筋合いがねぇし、後者は報酬の支払いを確認するだけで、オレも今すぐ貰おうなんざ思ってねぇよ」
「報酬の確認というなら、僕がアルフに伝えよう。それなら君がアルフに会う必要は無いはずだ」
「ハッ、契約に代理人を挟むのは話がこじれる原因以外の何物でもねぇだろうが。
執務官の仕事がなんなのかは知らねぇが、その程度の事も分からねぇからてめぇは何時まで経ってもチビなんだよ」
「な、身長の事は関係ないだろう!?」
「そうやって特定のキーワードですぐに冷静さを失って、よくもまあ仕事が務まるもんだなァ?」

オレはアルフに会う。クロノはそれを認めない。互いに一歩も譲らずに話は平行線を辿る。
ま、クロノは徐々にヒートアップしてきている上に、話の方向性もずれてきている。
このまま関係無い話題でクロノを打ちのめし、オレに抗おうという気概を湧いてこないようにした上で押し通してやるか……。

「う~ん、ソウル君はどうしても諦めてくれないのかしら?」

だが、リンディに割って入られてその目論見も無意味となる。
頬に手を当てて困っているという様子を『演出』しながら聞いてくる。
ったく、女狐め。不利になる前に割って入って来やがったな。

「ああ、引く気はねぇな。オレとしちゃ実力行使をしてこの艦を壊すような真似をするのは遠慮してぇからな。てめぇらが妥協点を見つけてくれて欲しいんだがな?」
「艦を壊すって……!」

ニヤリと嗤ってやると、それを本気と受け取ったらしいユーノがおののいて見せる。
ま、こんな訳の分からねぇ空間を航行している艦から放り出されたくはねぇし、それは実際のところは冗談だ。

だが、オレが本当に本気でないとはクロノもリンディも分かっているだろうが、どうしようもなくなったら、その手段を取る事も無いとは言い切れない程度に伝わっていればそれで良い。
嘘はねぇが、これを本当にするかどうかはてめぇらの出方次第だという事なんだが、さてどう出る。

「……面会時間は3分。その際の会話はこちらで全て監視させて貰って、それ以降の接触の一切を禁止する。
……といったところかしら?」
「艦長!?」

オレといがみ合っても得はねぇと判断したか、そこそこに柔軟な対応を見せるリンディにクロノが食ってかかる。

「ああ、それでいいぜ」

だが、そんなクロノを無いモノと扱ってリンディに返事をする。
オレの用件は一方的に言えば10秒で終わるようなもんだが、向こうの反応を考えればその程度の時間があれば十分だ。
接触の禁止にしても、契約はアルフが持ちかけたモノであって、オレには最初から用事はねぇんだから問題はねぇ。

「分かりました。今回は私の権限で特別に許可します。
フェイトさんもアルフも随分と心配していたのだから、ソウル君と了君が無事に目を覚ました事をちゃんとその目で確かめたいと思っているでしょうしね」
「……分かりました。なら、ソウルの監視は僕がします」

茶目っ気を見せながらクロノをやんわりと諭す。
人情事情を出され、かなり渋々ではあったがクロノも了承をした。
なんだかんだで、クロノも随分甘いもんだ。

「ならとっとと案内しろ。いい加減オレにも余裕はねぇんだよ」
「余裕が無いとは、何かあるのか?」
「おい、オレが重傷患者だと言う事を忘れてんじゃねぇよ」
「……患者扱いして欲しいなら、患者らしい態度を取ってくれ」
「そりゃ無理だな」

そんな感じに雑談しながら歩くが、クロノは随分とお疲れらしい。
ったく、死にぞこないが平然と歩く隣で景気がわりぃな。

「……ここだ。時間を超えるような真似はしないでくれ」
「それはオレじゃなく連中に言うんだな」

そして、フェイトとアルフのいる護送室の前に到着する。
クロノが何か末端を操作すると、その厳重に閉じられていた扉が開く。

「あ……」

部屋の中で大人しくしていたらしいフェイトだったが、オレの姿を見つけるとぱたぱたと駆けよってくる。

「あ、えと、ソウル、だよね?」
「たりめぇだ。てめぇはオレが他の誰に見えるってんだよ」
「そりゃあ、了に決まっているじゃないか」

すぐに返って来た答えはアルフのものだ。フェイトの隣に控えるように居るこいつもこいつで元気そうだ。

「それで、アンタは身体の方は大丈夫なのかい?」
「そんなの見りゃあ分かるだろ」
「え、と……?」

アルフがなのはと同じ事を聞いてきたのに対して胸を張ってみせると、フェイトの方が困惑して見せる。
どうやら分からねぇらしい。

「なんだ、オレの怪我の程度の程を知っているだろうに、分からねぇとはどういう了見だ?」
「あぅ……」

そして申し訳なさそうに俯くフェイト。
ったく、分からねぇなら分からねぇとはっきり言いやがれってんだ。

「まあいい。それよりも犬。オレは契約を果たしたんだから、てめぇもきっちり報酬を支払うってのは忘れちゃいねぇだろうな?」

とはいえ、今回の主役はフェイトじゃねぇ。時間制限も一応ある手前、さっさと本題に入る。

「アタシは犬じゃないと何度言えば……」
「うるせぇ犬。さっさとオレの質問に答えろ」
「そんな心配しなくても、ちゃんと覚えてるよ!!」

いちいちそんな大声で答えずとも聞こえてるってんだよ。
だからてめぇはうるせぇワンコだって言うのが分からねぇのか?

「……ねぇアルフ。契約って何の話?」

そう聞いてくるのはフェイト。ったく、アルフはフェイトに説明もしていなかったのか。

「その犬コロが、てめぇを助けるためにオレに力を貸せって言って来たんだよ。
だからオレはてめぇに肩入れをしてやった。まさかオレが慈善事業でただ働きをしていたと思っていたわけじゃねぇだろ」
「……そうだったんだ」

ま、この程度は別に構わねぇと簡潔に教えてやると、合点がいったと納得して見せる。
ただ、自分のせいで余計な苦労をさせてしまっていると思ってんなら筋違いも甚だしいんだが、そこまで教えてやるほど親切でもねぇ。フェイトを無視してアルフと向き合う。

「つぅわけだ。報酬は後払いと言っていた通り、請求に来たぜ」
「ああ、話は分かったよ。でも、今のアタシにはアンタに渡せるものは何も……」
「勘違いするな。オレは最初からてめぇから何かを貰おうだなんざ思っちゃいねぇよ」

オレが嗤ってみせると、何処となく嫌な予感がしたのか、アルフ、そしてフェイトが息をのむ。

「なに、オレがてめぇに要求するのは簡単な事だ」

だが、嫌な予感程度はぶっちぎらせて貰う。

「フェイト・テスタロッサとの間にある契約を切れ。それが対価だ」
「な……!?」

オレの宣告に、皆一様に驚愕に染まる。フェイトもアルフも、話題の外に居るクロノも言葉を失っている。

「何を不思議に思う。てめぇは契約の時に『命でも何でも好きな物を持っていけ』と言ったはずだ。
だからオレはてめぇの一番大事な物を奪う。この話の何処に不思議がある?」

普通に考えれば命が一番大事なはずだが、使い魔であるアルフからすりゃ自身の事よりも主であるフェイトの事を大事に思っているのは明らかだ。
故に、フェイトとの間にある絆でも一番分かりやすい契約を断つのがアルフにとって一番辛いモノのはず。
だからオレはこれを対価に選んだ。そしてこれは契約を結んだ時から決めていた事だ。

「……アタシにアンタの使い魔になれって事かい?」
「アルフ!?」

最初に復活したのはアルフ。フェイトが自分の使い魔が、契約を切れというオレの言う事に理解を示している事に驚いているのを見ないようにしながらオレに聞いてくる。

「ちげぇよ。オレはてめぇなんざ要らねぇ。オレが望むのは契約の破棄のみ。それ以上もそれ以下もねぇ」

こいつらの言うところの魔法による使い魔の契約ってのがどういうものかは知らねぇが、おそらくは契約が破棄されたなら、使い魔は生きていられないだろう。
だが、それはもうオレの感知するところじゃねぇ。のたれ死ぬってんならそれで終わりだ。

「待て! アルフは事件の重要参考人だ。死なせる訳にはいかないぞ!」
「何言ってんだてめぇは。オレは今すぐだなんて言ってねぇよ。報酬は裁判の事情聴取が終わった後にでも行使すりゃてめぇにも特に害はねぇだろ」
「く……、だが使い魔にも人権は認められている! そんな相手に君は死ねと言うのか!?」

クロノは参考人としてのアルフの立場を盾にするのを失敗して、それでもなお庇うべく言葉を探し、そしてオレに訴えかけてくる。
その必死になっている姿は、なのはの言った通り優しいヤツ何だと言う事が良く分かる。

「ああ、言うぜ?」
「な……!?」

だが、迷う事無く断言してやると、今度こそ絶句する。

「アルフは自身の命を対価にして構わないと宣言してオレに契約を持ちかけた。オレはそれを受けて契約を結び、そして履行した。
契約を果たした時点でオレは対価を貰う権利と義務を手にした。
……そんな大層な理屈を並べずとも、交わした約束を守るのは当然じゃねぇのか?」

まずはクロノの大好きそうな理屈を並べ、そして、そもそもこれは常識の範疇だろうと言葉を続ける。
何もオレはおかしなことは言っていないと堂々として見せる。

「……だが!!」

クロノは咄嗟に言葉が出てこない。だが、それでもなおも言い募ろうと口を開く。

「もういいよ……」

だが、それをアルフが遮った。
いつもの荒っぽさはなく、静かに言葉を紡いだその姿に全員の視線が集中する。

「アタシは確かにソウルの言う通りの条件で契約をしたんだ。
そしてソウルはフェイトを助けてくれた。それだけじゃなくプレシアの悪意ある言葉からフェイトを守ってくれた。フェイトが立ち直る切っ掛けをくれた。
助けて欲しいと言った事以上の事をしてくれたんだ。アタシとしちゃ、この命で礼が出来るってんなら安いものだよ」
「アルフ……!!」

自分のせいでアルフが遠くに行ってしまう。そうとでも思ったのか、フェイトがアルフを繋ぎとめようとするかのように抱きつく。
それに、アルフは困ったような笑みを浮かべる。

「……ごめん、フェイト。あんまり役に立たない使い魔で悪かったね」
「そんな事無いっ、アルフは、アルフは……!!」

アルフは聞き分けのない子供をあやすように優しく抱き返す。
その腕の中で、フェイトは想いを伝えようとして、でも言葉にならない。
それでもアルフが役に立たないなんて事は無い。自分にとってとても大切な存在である事を伝えようと、傍に居て欲しいと声を上げる。

「……アタシがずっとフェイトを守っていたかったけど、周りには優しい人がたくさんいるし、フェイトは強い子だ。これから先もきっと大丈夫だよ」
「ヤダっ、アルフも居なくなるなんて嫌!!」
「フェイト……」

諭そうとするアルフだが、それでもフェイトはその言葉を受け入れようとしない。
自分の事を主がこれほどまでに求めていている事をぶつけられ、自分もやはり離れたくは無いと思っている事を証明するように強く抱きしめる。

「……君はこんな光景を目の当たりにしても、二人の間を引き裂こうというのか?」

クロノはフェイトのアルフの互いを想う姿を前にして、オレに考え直すように言ってくる。
人間としての優しさを持つならそんな事は言えないはずだと情に訴えかけてくる。

「……悪魔ってのは真っ当な手段は取らねぇし、碌な結果を齎さねぇ事も多い。
だが必ず契約を履行する。違える事はしねぇ」

クロノの問いかけに対し、オレは応える。
その内容に、クロノは何の話をしているんだとう疑問を浮かべるが、そんなものはどうでも良いと言葉を続ける。

「そして、約束を破るのは人間だけが選べる特権であって、人間を止めて悪魔と呼ばれる事を選んだオレにはその特権はねぇんだよ」

状況によっては約束を覆しても構わないなんていう人間の理屈なんざクソ喰らえだ。
世界の全てを敵に回しても、オレの中にあるちっぽけな誓いは絶対に譲らない。

「約束は誓い。存在しねぇような神にでもねぇ、腹の内を知れねぇ他人にでもねぇ。オレは自分を誰よりも知る自分自身に対して誓い、契約を交わす。
オレは『オレ』が何者かを知っている限り、自分の言葉を何処までも突き通す」

他人が約束を破ったとしても、それに気付けなけりゃ約束を破った事にはならない。
だが、自分が約束を破ったら、それは自分に隠す事は出来ない。

自分自身と約束しているオレは、約束を破る事が出来ねぇし、する気もねぇ。
それがオレが定めたオレの在り方のひとつ。誰にも覆させねぇオレだけの誓い。

「契約は必ず果たす。クロノ・ハラオウン。てめぇが実力で妨害しようともオレはオレの選んだ道を違えないために全力を尽くす。
たとえその結果が死だろうと、オレは止まらない」

それは睨むのではない、威圧するのでもない。単なる事実の宣言。
オレは死なない限り、どれほどの妨害があろうとも、どれほど嫌悪されようとも一度交わした契約は必ず履行するだけ。
その『決定事項』を、勘違いされないように、明確に告げる。

「さあアルフ、対価を支払う事を承認しろ」

そして、この契約では部外者でしかないクロノを無視してアルフに告げる。

アルフはオレの言葉に僅かに躊躇いを見せるものの、それでも約束を果たす事は覆す訳にはいかないと、抱きしめていたフェイトから離れ、立ち上がる。

「あ……」

フェイトも認めたくないと思いながらも、繋ぎとめる事が出来ずに茫然とアルフを見上げる。

「……ずっと思っていたけど、やっぱりアタシはアンタの事が大嫌いだよ」
「そりゃあ光栄だな」

アルフは主との別れの悲しさを抑えつけるように、悪態を突く。
悪魔と誹りを受けるオレが嫌われるのは何時もの事だ。普段なら気にしねぇ。

だが、アルフはオレを大嫌いと言いながらも、オレに憎しみや怒りをぶつけてこない。かといって空虚というわけでもない。
ただ、これ以上主を守れない事に対する寂しさだけがそこにあった。

……こいつもまたバカのひとりだ。だから、オレはこいつを忘れない。
オレのエゴを貫くために犠牲としたという罪を背負うために、その泣きそうでも泣かないと決めたアルフのその強い表情を脳裏に焼き付ける。

そして、アルフは口を開く。契約の帰結の言葉を紡ぐために。

「ああ、アタシはアンタの言う通──」
「ダメェェーーッ!!」

だが、その言葉は言葉とならずに、割って入った叫びに掻き消された。
そして、その声を発した主に皆の視線が集まる。

「そんなのダメだよっ、フェイトちゃんとアルフさんは一緒がいいの!
そんなお別れさせるなんてしちゃダメだよ!!」

そこに居たのは、なんて事は無い小さな存在。
だが、それでも自身の両腕を目いっぱい広げてアルフを庇うようにしてオレを睨みつける。

「……一応聞くが、なんのつもりだ?」

そこに居たのは、最初に出会った時から変わらずバカの筆頭をひた走るひとりのガキ。
そのバカさ加減は相変わらず。オレの前に立ち塞がって見せていた。

「わたしには使い魔の契約とかよく分からないけど、でも、フェイトちゃんとアルフさんは一緒に居た方がいいと思う。
だから、契約の解除なんて認めたくないよ……!」

オレが聞いた事に対して、こいつ、高町なのはは答える。
プレシアという親を亡くしたばかりのフェイトから、更に家族を取り上げるような事をしないで欲しいと真っ直ぐな言葉で訴えかけてくる。

「……ふざけるなよ、高町なのは」

だが、オレはそんな答えに殺気を溢れださせる。
最初に命がどうでもいいような事を言ったのはアルフだ。念押しをしてもその答えを変えなかったからこそオレはこの対価を選んだ。
何も分かっていない癖に、ただ感情だけで口を開くなのはを冷たく見据える。

「オレは単に約束を果たそうとしている。てめぇは単に我が侭を言っている。
どちらが悪いかと言われて、分からねぇほど頭が悪いわけじゃねぇだろ?」

言葉はゆっくりと、一字一句確かに伝えるべく口にする。
だが、優しさなんざかけてはやらねぇ。正真正銘の殺気を以ってなのはと対峙する。
てめぇがどれだけ甘い事を言っているのかを、これ以上無いくらい実感させてやる。

殺気を振りまくオレの姿に、なのはは恐怖に揺らぐ。涙が溢れ、足は震える。
どんなに強がろうとも所詮はガキ。殺気に中てられ耐えられるわけがない。
所詮は平和ボケした世界でのうのうと生きてきただけだ。そのまま倒れ伏してしまえば良い。

「でもっ、やっぱり嫌なの!!」

……そのはずなのに、なのはは必死になって自身を奮い立たせてオレを睨む。
弱くて小さい存在だというのに、それでも必死に嫌だと叫ぶ。

「てめぇは何故オレの前に立っている。オレがその気になればてめぇの首なんざすぐ飛ぶってのに、それでも何故そうしてフェイト・テスタロッサとアルフ庇う?」
「分かんないよ! でも、フェイトちゃんが独りになるのは嫌なの!!」

理屈なんて考える余裕も無く、ただ、自身の想いの丈だけを叫ぶ。
その姿に、夢に見たかつての仲間の姿が重なって見える。出来る事は無いと分かっていても、それでもなお声を上げるあいつら、そしてオレ自身。

……やはりこいつはバカ、しかもどうしようもないほどのバカなんだなと思う。
だが、こいつがそんなヤツであるからこそ、オレもまた世の中捨てたものじゃないと思ってしまう。

「……ハッ、嫌だ嫌だで渡っていける程、世の中は優しく出来ていねぇんだよ。
オレは既に契約を果たしている。てめぇがいくら喚こうとも、対価は貰うっていうのは変わらねぇ。
この前提がある限り、てめぇがどんなに嘯こうとも何も変わりはねぇよ」

呆れて殺気を維持するのも面倒というように演出しつつ、言葉を紡ぐ。
言葉遊びでも、屁理屈でもいい。他の誰でもねぇ、高町なのはにこの契約の抜け道を見つける事が出来たなら可能性を繋げてやろうと、誰に言うでもなく心の中だけで呟く。

「じゃあわたしも対価を払う! アルフさんと半分こにすれば契約の解除をしなくても足りるでしょ!?」
「なのは!?」

そして、なのはは即決で答えを出した。
どうせ何も考えずに直感任せの発言なんだろうが、確かにそれも抜け道のひとつだな。
その答えにクロノが諫めるように声を上げるが、てめぇはどうせ蚊帳の外だ。

「……バカかてめぇは。もし仮にそうしたとしても、てめぇなんかに何が払えるってんだ」
「あぅ……」

内心の嬉しさは一切出さず、呆れて小馬鹿にするようにしながらなのはの提案の穴を指摘する。
なのはは咄嗟に何も出てこなかったようだが、ここで何でも良いなんて言ったなら、アルフの二の舞しかならないのだから悪くはない。
だが、だからと言って安上がりで済ますのは筋が通らねぇ。何の案も無けりゃ今のやり取りはただの時間稼ぎと変わらねぇぞ?

「……ならわたしも。アルフはわたしの使い魔なんだから、その責任を負うのはわたしの役目だ」

そして、なのはが答えに窮している内に、フェイトもまた名乗りを上げる。
それは、さっきまで泣いていた子供の姿ではなく、大切な物を守るために出来る事があるなら何でもして見せるという気概が見て取れる。

「……管理局としても、君達は重大事件を解決に協力してくれたんだ。十分な報償を用意する準備はある」

最後に、クロノもまたここに落とし所を見つけたのだろう、割って入ってくる。
ただ、こいつの場合はなのはやフェイトに支払わせる事はせず、あくまで全ての対価を報償という枠内で収めようとでも考えているんじゃねぇかと当たりをつける。

「……ハッ、こんなバカが揃いも揃っていると興醒めもいいところだ」

オレは、そんなこいつらの答えに満足した。だが、だからといって根っからのひねくれ者であるオレは自身の想いを欠片も表に出さずに踵を返す。

「どうせもう3分だろう。約束通りオレは退散させて貰う」

そしてそのまま連中を無視するように歩き出す。

「ったく、自身が惜しまずとも、周りの連中が惜しむ物を対価に出すんじゃねぇよ。
てめぇの命は最後まで醜く足掻くくらいに居ろってのに、それも分かっていねぇどっかのバカ犬のせいで余計な時間を食っただけじゃねぇか」

そして、部屋を出る直前に振り返って、部屋に居る連中を見やる。

「オレは金や名誉なんていうゴミ屑なんざに興味はねぇよ。
その上でてめぇらがどんな対価を用意するか楽しみにしておいてやるよ」

口の端を持ち上げるようにして、いかにも悪人の笑みを作りながら、なのはの言った通り、アルフの支払うはずだった対価を分散する事を容認する旨を伝える。

返事なんざ期待はしない。そのまま医務室に戻って寝ようと歩き始める。

『……ソウル、嬉しそうだね』

今まで何も喋らなかった了がそんな事を言う。何時もならそんなわけが無いだろうと答えるその言葉に、オレは何も言い返さない。

「……ハッ」

実際、誰も見ていないと分かってから、自分の顔に笑み張り付いているのを自覚して、今更否定したところで滑稽以外の何物でもねぇ。
了は、オレが何が何でもアルフから対価を貰おうと思っているわけじゃねぇ事や、止められる事を期待していた事を察している。
その事は面白くねぇと思うが、それも含めて笑っているのだから、世話がねぇ。

ああ、相変わらず世の中は大概が下らねぇが、それでも優しいやつらが居ると分かっただけで、オレが苦労した対価は貰えたようなもんだからな。

ま、それとは別に、貰えるもんがあるなら貰うがな。



Side:なのは


そして、戻ってくるわたしの日常。
今まで通りだけど、今までとは少し違う日常。

わたしは空間が安定してすぐに帰って来たけど、了君とソウル君は身体の傷がまだまだ治っていないから、少し戻ってくるのが遅れるみたい。

了君とソウル君には、わたし達と一緒に居た事をアリサちゃんには内緒にするように言われていた。

なんでも、元々わたしとは別件であそこに居たのであって、別に一緒に事件を解決しようとしていた訳じゃない。
それに、下手にわたしと了君とソウル君にある共通点から、魔法の事をアリサちゃんに勘繰られるのも面倒だから、とソウル君は言っていた。

わたしとしては一緒だった事は言ってもいいような気がしていたんだけど、なんだかんだと丸めこまれてしまったので、ソウル君の言った通り、内緒にする方針。
了君の事を心配していた様子のアリサちゃんに、何にも知らないと答えるのは少し心苦しいけれど、きっと、これでいいんだと思う。

ただ、連絡はするって言っていたのに、結局音信不通になっている了君に対してアリサちゃんが凄く怒っているのがちょっと怖い。
たぶん、了君が帰ってきたらすっごく怒られるんだと思うけど、内緒にするって決めたからわたしにも何のフォローが出来ない。
ごめんね。了君。

……ユーノ君と出会ってからの事は、過ぎてしまえばあっという間の様な気がする。
だけど、わたしはちゃんと覚えている。みんなの事や、頑張った事。そしてわたし自身が感じて、思った事。

全てが良い結果に終わった訳じゃなかったけど、それでもちゃんとわたしはここに戻ってこれて良かったと思う。

ただ、気掛かりだったのは、フェイトちゃんの事。
クロノ君は悪いようにはしないと言っていたし、ソウル君もアルフさんが支払うハズだった対価は別なもので良いと言ってくれた。
それでも、あのきっと優しい女の子が、これからどうなるのかがずっと気になっていた。


わたしがこの海鳴市に帰ってきてから数日後の朝、クロノ君から連絡がきた。
その内容は、フェイトちゃんの身柄は裁判とか事情聴取のために本局に移送されるんだけど、その前にちょっとだけ会える時間を作ってくれるというもの。
フェイトちゃんが、わたしや了君、ソウル君に会いたいって言ってくれているみたい。

また会える事が嬉しくて、また会いたいと言ってくれている事が嬉しくて。
だから、朝早くだったけど、既にアースラから帰って来ていた了君とソウル君に一緒に行こうと電話をしたあと、すぐに約束の場所である海浜公園に向かっていた。

そして、そこでソウル君が騒ぎを起こしてから久しぶりに会うフェイトちゃんの姿があった。

クロノ君やユーノ君、アルフさん達は、わたし達だけで話をすると良いと言ってくれた。

ただ、実際にこうして会ってみると、話したい事がいっぱいあったはずなのに、なんだか上手く言葉が出てこない。
それはフェイトちゃんも同じみたいで、なんだか変な感じだった。

今は会えたけど、でもすぐに遠くに行っちゃうと分かっている。そしてフェイトちゃんが行く先は、そう簡単に会えない場所だとも分かっている。

それでも、また会えるのかなと、聞いてみると、フェイトちゃんは頷いて、わたしをこの場に呼んでくれた理由を話してくれた。

「君を呼んだのは、言ってくれた言葉、『友達になりたい』って言葉に返事をするため」

そのフェイトちゃんが教えてくれた理由は、何度もわたしがフェイトちゃんに伝えて来た言葉。でも、まだ返事をもらえていなかった言葉。

「わたしに出来るなら、わたしでいいならって。でも、わたしにはどうしたらいいか分からない。
だから教えて欲しいんだ。どうやったら友達になれるのか……」

フェイトちゃんは、友達になってくれるって言ってくれた。
なら、わたしたちはもう友達だよ。

「簡単だよ」

だから、特別な事なんて必要ない。

「名前を呼んで」

精いっぱい笑顔で、まだ躊躇いがあるフェイトちゃんに想いを伝える。

「初めはそれだけでいいの。
君とかあなたとか、そういうのじゃなくて、ちゃんと相手の目を見て、はっきり相手の名前を呼ぶの」

そして、わたしはフェイトちゃんの手を取る。

「わたし、高町なのは。なのはだよ」

まずはわたしから。真っ直ぐフェイトちゃんの目を見て、自分の名前を教える。

「……なのは」
「うん、そうだよ!」

おずおずとした感じで、でもはっきりとわたしの名前を呼んでくれた。
そして、何度もわたしの名前を呼んでくれる。それが嬉しくて、わたしも何度も返事をする。

「君の手は暖かいね。なのは」

フェイトちゃんが、手を重ねて来ながらそう言ってくれる。
フェイトちゃんの手も暖かいよと思うけど、想いは上手く言葉にならなくて、代わりに涙が溢れてくる。
泣くつもりなんて無いのに、やっと友達になれたのに、これでお別れなんだと思うとどうしても悲しくなってしまう。

「少しわかった事がある。友達が泣いていると、同じように自分も悲しいんだ」
「フェイトちゃん……!」

もう我慢が出来なくて、わたしはフェイトちゃんに抱きつく。
友達になれた優しい女の子ともっと一緒にいたいから……。

「ありがとう、なのは。今は離れてしまうけど、またきっと会える。
そうしたら、また君の名前を呼んでもいい?」
「うん、うん……っ」
「会いたくなったら、きっと名前を呼ぶ。だから、なのはもわたしを呼んで。
なのはに困った事があったら、こんどはきっとわたしがなのはを助けるから」

やっぱりフェイトちゃんは優しい子だと思う。
わたしが悲しくて、自分も悲しくなっていて、それでも新たに約束してくれる。
また逢えるから。だから今は悲しくても大丈夫だと言ってくれる。
それが嬉しくて、まだ悲しいけれど、それ以上の温かさがあるから、わたしも大丈夫だと思える。

「……時間だ。そろそろ良いか?」
「うん」

そして、クロノ君が、お別れの時間が近づいている事を教えてくれる。
それを合図に、わたし達は離れる。これで今はお別れ何だと思う。

「フェイトちゃん!!」

何か、今出来る事は無いかと考えて、そして思いついた事。

「思い出に出来るの、こんなのしか無いんだけど」

自分が髪を留めているリボンを取って、フェイトちゃんに差し出す。
わたしの一番のお気に入りの桜色のリボン。離れていても、これを見てわたしの事を思い出して貰えるように。

「じゃあ、わたしも」

そういって、フェイトちゃんも、自分の髪を留めている黒いリボンを外して、差し出してくる。

それをふたりで交換する。

「ありがとう、なのは。きっと、また……」
「うん。きっとまた……っ」

今はお別れだけど、また逢うって約束をする。

「それにしてももう時間も無いっていうのに、あのふたりは何を考えているんだ?」

クロノ君がそう言うと、フェイトちゃんが俯いて見せる。
そう、この場には了君とソウル君が来ていない。
わたしが来る前に電話した時、自分達はこの場に来ないって断られちゃっていた。
でも……、

「あの、わたし、ふたりからフェイトちゃん達に伝言を預かって来たの」

電話口に伝えられた言葉だったけど、この言葉にはふたりの気持ちが籠っている。
だから、間違いなく伝わるようになるべく本人の言葉をなぞるように話す。

「あのね、ソウル君は、『自分はわざわざ会いたいとは別に思わない。そもそも、呼び付けるとは何様のつもりなんだ』って言ってたの」
「そっか……」
「アイツの方こそ何様だってんだよ!」

まずはソウル君からの伝言というか、言っていた事。
フェイトちゃんは、残念そうにうつむいて、アルフさんはソウル君に怒ってみせていた。

わたしも、ソウル君の言葉をそのまま伝えたら、フェイトちゃんもアルフさんもあまりいい思いはしないと分かっていた。
でも、ソウル君の言葉は、ソウル君の言葉として伝えないと、意味が無い。

「それと、了君から。
『ソウル君の言う事を意訳すると、自分から会いに行く事はしない。でも君達の方から会いにくる分には構わない。
自分はここに居るから、言いたい事があるならやるべき事を終わらせた後に、胸を張って会いに来いって事。自分も、会える日を気長に待っているよ』
……だって」

何故なら、了君の伝言がソウル君の本当の気持ちを教えてくれているから。
了君の伝言を聞いて、ソウル君の気持ちが分かってフェイトちゃんも俯いていた顔を上げていた。

「なんというか、ひねくれ者というか、らしいというか……」
「うん。わたしが了君の伝言を聞いたとき、ソウル君はなんだかとってもふてくされているみたいだったよ」

わたしがそう言うと、誰からともなく、みんなで笑っていた。
ソウル君は、ひねくれ者だけど、でもやっぱり凄く優しいんだと思う。

「……じゃあ、胸を張って会えるって自信が持てたら、ソウルと了にはわたしから会いに行くよ。
そして、その時にちゃんと自分で自分の言葉を伝えるよ」

だって、フェイトちゃんは今、こうして笑っていられるんだから。
再会の約束ではなく、目指す目的として了君とソウル君は立っているのだから。

「さて、そろそろ行こうか」
「うん、クロノ君も元気でね?」

転送の魔法陣の上に、フェイトちゃんやクロノ君達が立っている。
それを、わたしとユーノ君が見送る。

「ばいばい……っ」
「またね!」

手を振って、別れる。その姿が見えなくなるまで。

そして、誰も居なくなったここで、海風に吹かれる。

「なのは」
「……うん!」

精いっぱいの笑顔で、ユーノ君の呼びかけに応える。
またちゃんと会えるから。繋がった絆は確かにここにあるから。

お別れは悲しいけど、それでもわたし達は今から始まったのから、悲しい以上の嬉しさがこの胸にあったから。

だから、高町なのはは、これからもがんばって行きます!









あとがき

エピローグシーンを、自らハブられにいくという主人公ズだった無印最終話。
目標として立ち塞がる人と、のんきに待っている人という組み合わせ。

そして、無印編の完結です。
思えば、なのはSSを色々読んでみて、
介入する主人公が、第三勢力的立ち位置に居るSSってあんまり見た事無いなぁ。
探してみるにしても、どうしようかなぁ。
というか、自分で書いた方が早い?

というノリで書き始めたこの話。
実際に書いてみて、主人公ズが第三勢力なのかどうか微妙な気もしますが、基本的には主人公ズは誰の仲間にもなっていないので良いとします。


個人的な事情により、続きを投稿するのはひと月か、ふた月先になるかもです。





[14283] 番外編
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/09/23 12:12
暫定名称、ジュエルシード事件のレポートを纏めているのだが、どうにも頭を悩ませている部分がある。

それは了とソウル、……もっとはっきり言ってしまえばソウルの事だ。

彼は、今回の事件においての立ち位置が非常に曖昧だ。
敵対しているにしては事件の発端となったロストロギア『ジュエルシード』を素直では無かったが渡してくれたし、こちらからの対話にも応じて見せた。

かといって味方と見るには、その態度も言動も非協力的なそれだ。
最終的に協力してくれたのも、結局は自分達の都合の為だけに僕達を利用したに過ぎない。

……僕の個人的な感想を言えば、ソウルは一本の筋が通った少年だと思う。
正義について語った時や、一度交わした約束は必ず守ると誓うと宣告した時の強い想いが籠った瞳を思うと、僕には彼を悪人と断じる事が躊躇われる。
むしろ、ソウルはこれ以上無いほど正義の人なのではないかと思う。

だが、結局それも僕の推測でしかない。
現実には管理局に対して非協力的な少年でしかなく、時折、僕でさえ足の竦むような殺気を繰り出すその姿は味方には見えないし、思えない。

……考えれば考える程ソウルの考えが分からなくなってくるな。
なんにせよ情報が足りない。僕達にはソウルや了が何者で在るかも分からないし、彼らが使っていた「魔術」や、あの槍や弓といった武装についても何も分かっていない。
この状態で推測をするというのが土台からして無理と言えば無理なのだ。

なのはとユーノは空間が安定したという事で昨日帰宅したが、彼らは治療や報酬の件があるため、まだアースラに留まっている。
僕は改めて事情聴取をするべく、彼の下を訪れる事にした。
足りないモノがあるというのなら、補えば良いという簡単な話だ。

ただ、素直に応えてくれるかといえば、望みは薄いと分かっているのが辛いところだが。
とりあえず、以前の二の舞を演じないように、ケーキか何かでも持っていくか……。










魔法少女リリカルなのはCross souls  番外編



Side:ソウル


暇だ。どうしようもなく暇だ。なんと言ってもやる事がねぇから暇だ。

最初に目を覚ました時は状況確認の必要があったから動き回っていたが、現状のオレは怪我人だ。
昨日の内にひとまずの安全の確保と、事件の顛末、そしてアルフの支払う対価の確認を終えた今は、無理に動くのは得策ではないと、怪我人らしく寝て過ごしている。

オレも自分の身体については分かっている。大半が治療済みとはいえ重傷と言っても差し支えのないレベルの怪我をしていたのだ。身体を休めて治癒に専念しなけりゃならねぇ。
だが、だからと言ってベッドで大人しくしているのが性に合っているわけもねぇ。
おかげさまで、現在進行形で暇を持て余しているわけだ。

「起きているか?」

寝るのも飽きたし、ここは少し出歩いて気分を変えようかと思ったところで医務室のドアが開く。
そこには、何時も通り、生真面目を絵にかいたような真剣な顔のクロノの姿があった。

「よう、チビスケ。景気はどうだ」
「事後処理がまだ山のように残っているが、まあボチボチと言った所だ。
それと、僕はチビスケという名前じゃない。ちゃんとクロノと呼んでくれ」
「ああ、分かってるよ。で、わざわざ来るなんざ、何の用だ、チビスケ?」

まずはと、軽く挨拶を交わす。
やはりクロノはチビスケと呼ばれる事をすげぇ嫌がってるが、だからと言ってオレが素直に言い分を聞き入れてやるつもりもねぇ。
むしろ、嫌味ったらしくチビスケ呼ばわりしてやる。

「く……。ああ分かっている。君はそういう奴だって分かっているさ」

クロノは憤りの様相を見せるが、それでも自身を抑えるように言い聞かせる。
メンタルコントロールを勝手に頑張れ。そうだ、オレはそんなクロノの頑張りを応援する意味も含めて、これからもてめぇの事はチビスケと呼んでやろう。

「で、何の用だってんだよ、チビスケ。オレは見ての通り暇してんだよ、チビスケ。
大した用もねぇならとっとと出ていけってんだよ、チ・ビ・ス・ケ?」

オレなりの声援を送ってやると……、おーおー、歯を食いしばって耐えている。
愛着は欠片も湧かないが、まったく健気な野郎だ。

「……暇なら別にいいだろう。とりあえず、お見舞いの品だ」

様々な苦悩を乗り越え、クロノはオレのチビスケ発言は流す事にしたらしい。
差し出されたのは、小箱がひとつ。察するにケーキか何かなんだろう。
前は言われてもなんの菓子の用意もしていなかった事に比べれば随分な進歩だ。

「食堂でケーキを見つくろって貰って来た。ただ、僕はこの手のモノに詳しくないから、質に関しては大目に見て欲しい」

憮然としたままに、それがオレの予想通りだったものだと説明していた。
オレも嗜好品に関しては特に拘りもねぇのだから、余程おかしなものじゃなけりゃ構いやしねぇ。
別段腹が減っているわけでもねぇが、食うのも悪くねぇな。

「よし、ならそこに突っ立ってねぇで茶でもさっさと淹れろ。
それとも、怪我人のオレに、てめぇなんかをもてなすような真似をさせる気か?」

ケーキの入った小箱を受け取らず、クロノを茶坊主扱いするべく指示をだすと、額に青筋を浮かべるような空気を身に纏う。
かなりイラッと来ているようだが、オレの言い分も一理あるとでも思ったのか、手近にあったポッドからお茶の準備をする。

「……君はどうして一々癪に触るような言い方をするんだ?」
「そんなもん、性分に決まっているだろ?」
「友達を失くしても知らないぞ」
「ハッ、この程度で離れるようなヤツなんざ、こっちから願い下げだ」

慣れていないのだろう、たどたどしい手つきでお茶の準備をするクロノと軽い会話を交わすが、またこいつも下らねぇ世話を焼こうって奴だな。

オレは今更仲良しごっこで相手の気を使ってやる気なんざさらさらねぇし、友と呼べるような間柄を欲する程寂しがりでもねぇ。
ま、オレのこの罵詈雑言を前にしても、オレとまともに付き合おうって奇特な精神の持ち主相手なら考えてやらん事もねぇ程度だ。

そんな事を返してやれば、何処か納得が出来ないのか、僅かに顔を歪めて見せる。
ったく、オレみてぇな奴の心配をするとは、クロノは随分なお人よしだ。
その上で、オレの言葉を受け流すのではなく真正面から一々受け止めているってんだから、こいつの将来の胃が心配になりそうだ。

胃炎の原因筆頭のオレが心配しても筋違いだろうから、しないがな。

「ま、んなどうでもいいような事より、どうせオレに聞きたい事か何かあんだろ。
暇つぶしだ。今なら真っ正直に答えてはやらねぇがヒントぐらいなら出してやるぜ?」

クロノがカップには茶、ケーキを皿に移してオレの前に並べたところで早速一口頂きながら声をかける。
ああ、このケーキも悪くはないな。

「……君は何でも見通しているというほど、本当に察しが良いな」

呆れ半分、感心半分といった様子のクロノ。
内に思っている事を見透かされているようで居心地を悪そうではあるが、それ以上に諦めに似た境地のようだ。
ま、オレも色々分かった上ではぐらかす言い方しかしていねぇんだからな。ご苦労さんってやつだ。

「なら、単刀直入に行こうか。……まずは、君の使う“魔術”とはなんだ?」

へぇ、最初はそこからか。
単刀直入とは言うが、それでも流石にいきなりオレの素生は後回しか。

「ならまずてめぇらの方でオレの魔術をどう考えているか言ってみろよ。それを採点って形で答えてやる」

とはいえ、素直に答えるのは癪だし、こいつがどの程度分かっているかは分からねぇ。
だったら、答えるべき線引きを見極めるためにも、こいつが今、どの程度把握しているかは知りてぇな。

「……魔法と魔術はなんの知識もなければ似たような分類を出来るだろうが、その印象が大分違う。
目に見えて分かる点で言えば魔法陣の展開の有無があるが、これに関しては誤魔化す手段や抜け道もあるから、決定的な違いとは言えない。
また、槍や弓を取り出すのも、転送系やデバイスの形態変化の応用を鑑みれば僕達の魔法と別モノであるとは言い難い」

クロノは少し躊躇うように言葉を詰まらせる。
切るべき手札と伏せるべき手札を胸の内で選択し、そして今は、多少の手札は晒してもそれ以上に情報が欲しいと判断したのか、独自の魔術への解釈を口にする。

「僕が違和感を覚えるのは、魔力の質そのものだ。
確かに君の使っている力は魔力としか形容出来ないが、アースラの機器で観測した結果、まるで違う代物だった。ここまで違うと魔力という括りであってももはや別物だ。
そして、悪いと思ったが治療の際に君の身体を調べさせて貰ったのだが、君の身体にはリンカーコアは確かにあったが、殆ど休眠状態で、活性化はしていない」

ああ、そう言えば怪我の治療をされたんだから、身体を調べられる事ぐらいはするだろうな。
ま、別にその程度は構いはしねぇが、『リンカーコア』なんていう知らねぇ名称が気にはなる。だが、今はクロノの話を聞く方が重要だからこの疑問は後にとって置こう。

「これらの事を鑑みるに、魔術とは魔法とは根本から違う理論体系の下に行使される技術であり、リンカーコアとは違う魔力精製の方法を所持しているという事だ。
ただ、君達は身体強化以外に槍や弓を取り出す事にしか魔術を使っていないようだから、僕達には推測する情報も足りていないが、僕はそうだと思っている」

ここでクロノはいったん区切る。
見た以外に情報が無い以上、推測をするのが無茶だという中で立てた推論にしてはそこそこか。

「ハズレはねぇが、それだけだな。オレも魔法に関しては何にも知らねぇんだからはっきり正解かハズレかは言えねぇが、大筋はそんなもんなんじゃねぇか?」

点数で言えば、100点満点中30点ってところか。
正答までは半分にも届いていねぇが、分かる範囲の答案は確実に埋めている。空白は多いが、埋めた分だけは確実に正答を出しているって感じだ。

三割ってのは少ないように感じるかもしれないが、これだけ少ない情報だけで全てを解き明かそうなんて無理だ。そもそも、だからこそこいつは今ここにいるんだからな。
それに、オレにしても魔法がなんなのかと聞かれて、三割まで答えられねぇだろうからな。こいつはやはり優秀なんだろう。

「……一応聞くが、本当にリンカーコアを使っていないのか?」
「それはオレの知る所じゃねぇよ。そもそもリンカーコアなんつぅ単語は初めて聞いた。
オレの知るもので名前が違うか、それとも完全に知らねぇかものかの判断がつかねぇ以上、答えるものは何もねぇな」

オレが結局否定も肯定もする材料がねぇと思っていると、クロノが質問を重ねてくる。
だが、それもイエスともノーと答えられねぇ。
むしろリンカーコアってのがなんなのかをオレが知りてぇ。

「なら、君はどうやって魔力を得ているんだ?」

と思っていたら、質問の内容を変えて来たか。ま、リンカーコアがなんなのかは追々きくとして、この程度を答えるのは構わないな。

「オレの言うところの魔術師は魔術回路っていう擬似神経を持っているかどうかだな。
で、そいつで自身の生命力か、周囲のマナを組み上げたもんを魔力に変換するのが基本だろうな」

例外もあるが、大体はそんなもんだ。

「なら、魔術回路とは誰もが持っているとか、後天的に手に入れる事が出来るものなのか?」
「さぁな。実際調べる気もねぇから知らねぇが、たぶんオレ等以外に魔術回路を魔術をまともに行使出来るだけの本数を持っているヤツはいねぇんじゃねぇか?
あと、魔術回路を後から植えつけるってのは絶対に出来ないとは言わねぇが、基本は人間の持つ神経の総量なんざ生まれて時に決まってんだから、後付けで増やすのは無茶だな」

おそらくだが、オレの行動範囲には魔術を扱うようなヤツはいねぇ。
そもそも、ジュエルシードなんて下らねぇものの存在を魔術師が知ったら放って置かねぇだろうに、その気配を欠片も出さない辺り、少なくとも海鳴市近隣には居ねぇハズだ。

そもそも、魔術回路は血統操作なんかでもしねぇ限り、余程の偶然か突然変異でも無けりゃ、代替わりの度に本数を失っていき、最終的には無くなるような代物だ。
たまたま魔術回路を持つヤツが居たとしても、この“世界”のヤツ等が何本も持っているってぇのはあまり現実的じゃねぇだろう。
あったとしても1本か2本が良いところなんじゃねぇかと当たりをつけている。

「……待て、なら君はどうやって魔術を修めたというんだ?」
「おっと、そのネタバレにはまだ早ぇんじゃねぇのか?」

流石にここはまだ答えるべきじゃねぇ境界線に踏み込むな。
了は代々継承してきたものであり、オレは生前に積み重ねて来たものだが、この辺りを詳しく教えようとしたら、流れで世界を超えた事まで教えなきゃならなくなるかもしれねぇ。
こいつらの事だから、別に世界を超えたといっても、次元世界を移動したとか言って軽く見るだろうが、オレのいう世界は更に別な概念だ。
言った所でわからねぇし、逆に分かろうとされても面倒だ。だから黙秘だ。

「ま、オレも魔術に関しては人に講釈出来るほど偉くはねぇからな。詳しく魔術の成り立ちを知りたければ他を当たれ。
世界は広いんだろ。運が良ければオレ等以外の魔術師が見つかるかもしれねぇぜ?
もっとも、魔術師ってのは秘匿を第一に考える連中ばかりだから、見つけるのも困難だろうし、よしんば見つけたとしても、果たして教えてもらえるかどうかは知らねぇな。
ついでに言えば、オレ等の知り合いに魔術師はいねぇから、オレを伝手にしようってのも無理な話だぜ?」

そして、底意地悪く笑ってやる。
この“世界”にオレ等以外に魔術師の居るような気配は感じていないが、それでも可能性はゼロじゃねぇ。
運よく見つける事に賭ける事も選択肢のひとつだ。

「相応の報酬を支払うから、君が教えてくれるという選択肢はないのか?」
「無い。これは断言してやるよ。
魔術師の本懐ってのは『根源の渦』への到達なんだが、オレはそんなものに興味はねぇから、弟子をとるつもりはねぇ。
オレの魔術は、オレの代で途絶える。誰にも受け継がせてやる気はねぇ」

教えない理由としては、魔術ってのは使う人が少なければ少ないほど質が上がるというのがある。
魔術を使うための基盤はひとつしか無く、それを皆で分け合って使っている。
使う奴が増えれば、それだけ個人が受けられる恩恵も薄まり、結果、魔術の質が下がっていく。

別にこれくらいの知識があったところで魔術は薄まるわけはねぇが、知らないなら知らないに越した事はねぇ。
そもそも、魔術なんて代物はクロノ達の言う魔法と比べて普段の生活に何の役にも立たねぇ、頭のネジが飛んだような連中が、何代もの世代を掛けて目的へ辿り着こうというものだ。
そんなものは、消えてしまった方が、この“世界”にとっては得だ。
てか、それ以前に説明に飽きて来たって理由の方が大きいんだがな。

「『根源の渦』?」

なんて考えていたら、クロノが引っかかった部分があったのが口を突いて出ていた。
確かに、これは聞いただけじゃ訳の分からねぇ単語だろう。

「ったく、説明が面倒になってきたな。
そうだな、イメージだけなら、てめぇ等にとっての『アルハザード』とかいう辺りじゃねぇか?」

確かアルハザードってのは、死者の蘇生や時間旅行なんかの秘術が眠る土地なんて言っていたハズだからな。
魔術の目指す到達点である『魔法』もそんなような代物なんだから、実際には別物なんだろうが、イメージする分には、こいつらには分かりやすいはずだ。

そんな、オレの実は間違っているだろう解釈を聞いて、クロノは顔色を少し変える。
あのプレシアがアルハザードに行こうとして起こした事と同等の事を、魔術師もやろうとしているのかと考えたのかもな。
ま、その辺りの勘違いを正してやるのも面倒だ。

「そもそも、魔術ってのは極端な言い方をすれば個人の欲望を叶えるための術だ。
てめぇ等の魔法みてぇに『世界をより良く~』なんて広く門戸を明け放たれてあるもんじゃねぇ。どちらにしろ、てめぇらにとっては覚えたとしても旨味は少ねぇ代物だ。
それでも知りたいって言うなら、オレは興味ねぇからな、勝手に調べりゃいい」

言葉にはしねぇが、ひとまずこれ以上の魔術講釈は終わりだといってやる。
クロノはオレの一方的なそれに僅かに不満げにしているが、そんな事はまた後日、オレの機嫌が良い時にでも窺いを掛けて来い。

「……なら次だ。君達の使っていた槍や弓は何処で手に入れたんだ。
アレは僕達の使うデバイスとはまるで違う。下手をしたらロストロギア判定を受けても不思議じゃない代物だ。
そんなものを、君はどういう経緯で手にしたんだ?」
「ハッ、あんな量産品こそ、一々教えてやる気は湧かねぇな」

魔術関連は終わりとして、話を変えて今度は武装についての質問のつもりか。
だが、残念ながらこれもオレにとって魔術関連だからな。答えるいわれはねぇな。

アレを創る魔術はオレしか使えないが、それでも一応は量産が出来る。
材料である人の魂も腐るほどあるようなもんだが、一応これは秘奥の中でも禁忌にどっぷり浸かっているような代物だからな。言わないに越した事はねぇ。

「いや、アレが量産出来るっていうのか!?」
「ああ、出来るぜ。てめぇが対価を用意するってんならオレが都合してやる事もできなくはないからな。
ただし、その場合は槍一本に対して生贄に誰か一人殺して来い」

ただ、クロノみてぇなお人よし集団なら、創る度に人を殺すなんて事は許容出来るわけがねぇんだから、結局のところは無理だってんだろう。

「君はふざけているのか!?」

ほら見ろ、クロノの方も怒り心頭だ。
やはり、オレも魔術は今の時代に合いはしねぇ。廃れるべき魔術だって事だな。

「ま、なんにせよ、茶も菓子も無くなったところだ。話もそろそろお終いだ。
それでも何か聞きたいってんなら……、そうだな、オレの言う条件をてめぇが満たす事が出来たらもう少し色々詳しく教えてやろう」

そう言って、口の端を釣り上げるようにしながら嗤う。
いかにもたくらんでいるというオレの顔に、クロノは息を飲む。

「……それで、条件とは?」

だが、やはりこの程度のほとんど何も分かっていねぇ状況では満足が出来ないか。
あまりふざけた事なら聞き入れるつもりはないが、それでも聞くだけ聞こうってところか?

「何、簡単な事だ。オレは退屈だからな。暇つぶしにオレと勝負をして、てめぇが勝つ事が出来れば条件クリアってだけだ。
どうだ、シンプルなもんだろ?」

あんまりじっとしていると、身体も鈍る。その解消にも一役買うし、暇もつぶせるんだから一石二鳥ってところだ。

「勝負は一体何をするつもりだ?」
「ハッ、オレは戦うしな能のねぇ男だ。そいつが戦う以外に何をする事がある」

嗤いを深めながら、力によるぶつかり合いがオレの所望するところだと教えてやる。
ま、単に勝負するだけならカードゲームなんかでもいいだろうが、やはりオレは戦う者だ。
これ以上の手段はねぇ。

「いや、君のその身体で戦うなんて無茶だろう!?
そんな状態で僕と戦って勝てるとでも思っているのか!?」

クロノはオレの身体の事を気遣ってか、そんな事を言う。
堅物のようでも、こうやって他人の事を想う姿は好感が持てる。

「ああ、勝てるぜ?」

だが、そんなクロノをオレは嘲笑う。

「オレの体調が万全なら、勝率は9割程。そして今の状態なら勝率は3割ってとこだ。
そしてそんだけ可能性があるなら十分だ。なんてったってその3割を最初に持ってくれば、勝率は10割と同義になるんだからな。
どうだ、オレの何処に負ける要素があるってんだ?」

あくまで自信満々に、危惧する要素など何もないと断言する。
なんにせよ、可能性がゼロか最初から何もしないという選択をしねぇ限り、掴める結果は成功と失敗の二択だけ。
つまりは、どんなに勝率を計算しようとも最終的には5割。
そしてオレはクロノに勝てると思っているから、勝利を何がなんだろうと手繰り寄せる。
故に必勝。結果は勝率は10割だ。暴論でも突き通せば正論なんだよ。

「さて、どうする執務官殿……?」

伸るか反るかはてめぇで決めてみろ。



Side:クロノ


僕がソウルと了のいる医務室を訪れてから一日経った。

昨日は事情聴取としてソウルと話をしたが、相変わらず断片的な情報しか得る事が出来ず、むしろ逆に疑問が増えたようなものだった。
きっと、ソウルの事だ。本人も暇つぶしと言っていた通り、僅かな情報に踊らされている僕を見て楽しんでいたのだろうと思と、本当に性格が悪いと胃が痛くなる気がする。

挙句の果てには、僕に怪我人を相手に戦うか、なんて事を言ってきた。
ソウルはおそらく、冗談抜きの本気であの怪我であっても僕に勝てると思っての発言なのだろう。
普通なら自信過剰と取れるのだが、ソウルの場合はそれが過剰ではないと思わせるだけの凄味の様なものを持っているあたりに性質の悪さを感じる。

そして、僕は訓練室で静かに瞑想をするために目を閉じて時を待っていた。

……僕は、ソウルと戦う事を選んだ。

普通なら、こんな事をするべきではない。相手は重傷を負っていた怪我人で、まだ全快もしていないのだから治療に専念をさせるべきだ。
それに、相手が何であろうとも、対話をする事が出来るのなら平和的解決手段を取るのが当然であり、戦闘行為など最終手段の様なものでしかない。

それでも僕は、あえてソウルと戦う。

彼のその自身の鼻っ柱をへし折りたい、という思いもある。あんな性格ではこれから先いくら命があっても足りないと身を以って教える必要があると感じている。
だが、それ以上にソウルと戦ってみたいと思う自分が居た事も確かだ。

僕はソウルの事が結局のところ、まったく分からないといっても差し支えは無い。
言葉を掛ければ返ってくるが、それは答えというにはひねくれ過ぎてその本心が中々見えてこない。
だが、そんな言葉の奥に、僕はソウルの持つ正義を垣間見た気がする。
そしてそれは、洗練されたものではなく、長い経験の中であっても少しも形を変えずに有りづづけたモノのように感じた。

絶対的な正義があるなんて、僕だって思っていない。
僕は、この世の中が『こんなはずじゃなかったはず』と思う人達がひとりたりとも生まれないようにしたいと思っている。
そんな青臭いと言えるような理想を抱いて、口にする事も出来るのは僕が執務官になってからの経験がまだまだ足りないからだと分かっている。

これから先も執務官として管理局で働く思いである以上、自分の信念と真っ向から対立するものとぶつかる事が何度もあるはずだ。
どう頑張ってもこの手の平から零れ落ちるものもたくさん出てくるはずだ。
それでも、何度だって最善の手を尽くす努力は怠らないつもりだ。

だが、何度も自分の想いと裏腹な事にぶつかっていたら、この想いも削られて摩耗してしまうんだと思う。
無論、そんな事を受け入れるつもりはないが、僕も人間だ。強くあろうとはしているが、本当に強い人間だと言い張れるほどの自信はない。
妥協はしたくないが、きっと僕は、どこかで折り合いをつけるのを見つけてしまうんだろうと思う。

だが、ソウルはきっと本当の意味で『強い』と呼べるタイプの人種だと思う。
他の人なら摩耗してしまうような状況に置かれても、信念は揺るがず自分を貫く事が出来る。
ソウルはきっとそんなどうしようもないバカと呼べる奴だ。

……ソウルは確かに僕より年下だ。それは怪我の治療をした際に調べた結果からも間違いないと出ている。
だが、彼の経験は僕より上だと確信している。そうでなければ、あの貫禄は手に入らない。
ならば、その点に関してはソウルの方が先人だ。
だから、僕はその教えを請いたいのかもしれない。ソウルに一体どんな人生を今まで送ってきたのかを聞きたいと思う。

だが、それを口に出すのは年長者としてのどうでもいいような矜持に憚れる。それに、ひねくれ者のソウルは素直に答えないだろう。
言葉で伝えあおうとしても、ソウル相手ではそれも叶わない。

諦めるのではない、今の僕ではソウルに届かないのだ。

なら、最終手段に訴えるしかない。
ソウルは戦うしか能は無いというのだから、きっと戦いの先の結果がどうであっても異論を挟む事は無いはずだ。
議論の余地はあるが、きっとそれではダメだ。そもそもソウルの住むのは管理外世界であって、過剰な干渉は禁止されている。
管理局に入局するような事があれば別だが、組織というモノを信用していないような事が垣間見えるソウルがそんな選択肢を取る事はない。

だから、今しか時間が無く、そして期間は非常に短い。事が終われば縁が切れる。
その前に、一度真正面からぶつかってみたいのだ。

……こんな自分の内面を鑑みて苦笑が浮かぶ。
僕はこんな熱血するような性格をしていないのだが、悪い気はしないのも確かだ。

今、この部屋は艦長やエイミィによってモニタリングをされている。
ソウルの戦闘能力や魔術に関しては、僕達も非常に興味深いものがある。

魔術がリンカーコアを経由せずに魔力を精製出来るというのであれば、万年人手不足の管理局の手助けになるかもしれない。
だから、ここでソウルとの縁は切らずに繋げておきたい。
それもまた、僕が戦う理由のそのひとつだ。

『あ、クロノ君、ソウル君が来たみたいだよ?』

スピーカーからエイミィの呼びかけが聞こえると同時にこの部屋に続く扉が開く。
目を開けてそこに向けると、想像通り、自身が強者であるという自負に満ちたような嗤いを浮かべるソウルの姿。
まだ怪我は治りきっていないというのに、そんな素振りなど一切見てとれない。たとえ怪我があっても、僕相手ではハンデにもならないと言いそうなほどだ。

ソウルは自分が勝つと自信を持っているようだが、悪いが覆させて貰う。
確かにソウルの白兵戦よる戦闘能力は圧倒的だ。接近戦では僕など相手にならないだろう。
だが、わざわざ相手の得意な間合いに付き合う事こそ愚かだ。ソウルは飛行の魔法は使えず、飛び道具らしい飛び道具も持って居ないというのは、今まで集めた情報からも明らかだ。
一応、まだ手札を隠し持っている可能性もあるが、僕が空中からの遠距離攻撃に徹すれば、僕の勝ちは揺るがないはず。

だから、この勝負に勝ち、色々と聞かせて貰おうか?

「……というか、ソウル。君がその手にしているのはなんだ?」

そんな風にマルチタクスの一部を使って、これからの戦闘をシミュレートしていたのだが、同時にソウルの手にしたモノへの疑問が湧いてきた。

「なんだ、見て分からねぇのか。デッキブラシに決まってんだろ?」
「いや、僕が聞きたいのは、何故今そんなモノを持っているかという事だ」

そう、ソウルが今手にしているのは何処から持ってきたのか、デッキブラシだ。
それは何処から見ても普通のデッキブラシであって、これから戦おうというのには不釣り合いだ。
だから、何故そんなモノを今持ちだしたのかがまったく分からない。

「何、ちょっとしたハンデだ。オレの槍を使うとてめぇ程度はすぐに死んじまうだろうから、武器のランクを下げて手抜きをしてやろうっていう親切心だぜ?」

そんな僕の疑問に返って来たのは、アレこそがソウルの今回の武器だという事だった。

「……ただでさえ、怪我をしている君が不利だというのに、更に自分からハンデを背負うだなんて、随分と僕の事を舐めてくれるな」
「当然だ。それだけオレとてめぇには差があるんだよ」

これはソウルの挑発だ。言葉で相手の精神を逆なでするのはソウルの常とう手段だ。
ペースを乱すな。
はっきり言ってふざけていると思うが、実際のところは武器を使わない徒手空拳による格闘戦でもソウルは相当の腕前のはず。
武器を選ばないだけの技術があるというのなら、あれも十分武器足りえるのだろう。

『えと、私からも聞くけど、ソウル君って本当に武器ってそれでいいの?』
「ああ、チビスケ程度の相手、これでも十分オレに勝ち目があるから問題ねぇよ」

モニター越しにエイミィが確認をするが……、まったく、ここまで来ると尊敬したくなるほどの自信だな。
僕もそんなソウルに少しくらいあやかりたいと思ってしまうくらいだ。

「だ、そうだぞ、エイミィ。どうせソウルは僕達の言い分は聞いてくれないんだ。
なら、早く終わらせて、その思いあがりを正してやるべきだろう」

だが、僕とて魔導師ランクをAAA+の評価を得ている身だ。ここまでたどり着くまで血の滲むような努力を重ねて来たし、僕を支える想いを裏切るわけにはいかない。
今回も、ソウルには悪いが僕が勝たせて貰うと真っ直ぐソウルを見据える。

「ああ、オレに勝てるって言うなら精々頑張れ。どうせ無理だろうがな」

ソウルはそんな僕を鼻で笑うようにしながら、手にしたデッキブラシを、槍を扱うかのように構える。
そこには過度な緊張も弛緩もない、自然体のようでありながら臨戦態勢を完全に整えた戦う者の姿があった。

『お互い、相手にあんまり怪我をさせないようにね?
それじゃあ、模擬戦、……始めっ!』

エイミィの合図と共に、僕は高機動魔法を使い、一気に空中へと飛び上がる。
いくら間合いがあったとしても、警戒するに越したことはない。出来る限りの最速を以って更に距離を置く。

「チッ、逃げられたか」

そして、その僕の判断は正しかったようだ。
舌打ちをしたソウルは既に、さっきまで僕が居た場所目掛けてデッキブラシの先端を突き放っていた。
十分な距離があったはずなのに、爆発的な加速で瞬時に間合いを詰めていた。その速度は、前もって分かっていなければ防御も間に合わなかった事だろう。
もし、僕が最速で空中に移動していなければ、あの一撃で終わっていたかもしないと思うと冷や汗が流れる思いだ。

「スティンガー!」
《Set on》

だが、僕は無事だ。ソウルも自身の事を鑑みて短期決着を望んでいたのだろうが、そうは問屋が卸さない。
次は僕の番と、誘導操作弾であるスティンガースナイプの魔法を起動させる。

「ショット!」

硬く鋭い弾頭でありながら高速で自在に動かせる。そして射撃魔法のカテゴリーの中では高めの威力のこの魔法は、何度だって対象を貫けるだけの力がある。
僕の誘導操作弾は、なのはのように複数個を立体的に舞わせ、制空権を奪うのではない。
一個に絞った誘導操作弾を変幻自在に高速で動かして相手を撃ち抜く、あるいは追い詰めるための魔法だ……!

「ハッ!!」

だが、ソウルはそんな僕の誘導操作弾を手にしたデッキブラシを無造作に振るう事で打ち消していた。

「な……!?」

その光景に、驚きから動きが止まってしまう。
僕の誘導操作弾はひとつに絞って硬くて威力を上げてある分、たとえ相手の射撃魔法とぶつかり合っても何度かは一方的に打ち勝てるだけの力がある。
たとえあいての防御とぶつかっても、弾かれる事はあってもそう易々と消えはしない。

だが、ソウルのデッキブラシの前に、たった一撃でその働きを失ってしまった。
確かに高いレベルの魔導師や、ベルカの騎士と呼ばれる程の白兵戦に特化した魔法を扱うような相手の防御や攻撃の前には、そういう事も十分起こり得る事だと分かっている。

それでも目の前の現象に驚いたのは、それを成したのが一見すると何の変哲もないデッキブラシだという事だ。
あんなデバイスでも無い、何処にでもあるような代物で一体どうすればあそこまで一方的に僕の魔法を打ち消せるって言うんだ……?

「おいおい、呆けている暇があるたぁ、随分な余裕だな?」

自失しかけていた意識は、ソウルの声の前に戻ってくる。
そうだ、今は戦闘中だ。その考察に関しては後でも出来る。
今は、ソウルが扱うのが僕達の常識の通じない“魔術”であり、そんな事も出来るのだろう程度に頭に留めておくべきだ。

「ラァッ!!」

ただ、思考の切り替えが必要だった事は、何処までも僕の不利にしか働いていなかった。
思考の停滞はほんの一瞬。だが、その一瞬さえあればソウルにとっては十分だったらしい。
既に、ソウルの手にしていたはずのデッキブラシのブラシの部分が、僕の目の前一杯に広がるようにして迫っていた!

「く……っ」
《Round shield》

咄嗟にデバイスを手にしていない方の手を目の前に掲げ、魔法陣の盾であるラウンドシールドを発生させる。
そして次の瞬間には真正面からデッキブラシとの衝突を果たす。
シールド越しに衝撃が伝わってくる。一体何処にデッキブラシからこんな威力が生まれてくるんだ……!?

おそらくは、僕の誘導操作弾を打ち消した動作からの一連の流れのままにソウルはデッキブラシを投擲したのだろうが、そこに投擲の予備動作が見て取れなかった。
確かに僕に隙があったのは認めるし、まさか唯一の武器をいきなり手放すような真似をするとも思っていなかった。
だが、それ以上にソウルの技術が凄まじかった。たとえ僕に油断が無かったとしても、果たしてもっと早く反応出来ていたかどうかは疑問だと思える程だ。

それでも、これは逆にチャンスだ。
ソウルは武器を手放した。これで攻撃力や防御力が半減、とまではいかないだろうが、それでも少しぐらいは減るはずだ。
ならば、少しでもソウルの武器がその手元に戻るのを遅らせるべく、シールドの向きを僅かに逸らし、僕が居る地点から更に上空へ向けて弾き返す!

「おう、ナイスパスだ」
「な……っ!?」

だが、それもソウルに読まれていた。
いつの間にか跳躍を果たして、僕より上に辿りついていたソウルの嘲笑が僕を見下す。
そしてその手には、弾き返されたハズのデッキブラシが在るべき場所に戻るとでもいうかのように収まっており、挙句の果てには既に振りかぶる格好になっている!

「墜ちろッ!!」

振りかぶったのなら、後は振り下ろすのは当然だろうとでもいうかのように、真っ直ぐに僕へとデッキブラシが再び急襲を仕掛けてくる。
それを、僕はそのまま展開していたシールドで受けたが……なんだこの衝撃は!?
さっきの投擲もきつかったが、この一撃はそれ以上だった。空中に踏ん張ろうとするのだがそんな僕の抵抗を嘲笑うかのように押し込まれる。
結果、耐え切る事が出来ず、僕はソウルの言葉通りに空中から地上へ落とされる。

「ぐぅ!?」

それでも、なんとか受け身の魔法を使って床への激突は未然に防ぐ事が出来たが、発生した衝撃に肺の中の空気が押し出されたような気がして息が詰まる。

「死にたくなけりゃさっさと構えろ!!」

だが、そんな悠長に構えている時間はない。僕を空中から叩き落とした張本人であるソウルが、重力に引かれ更に落ちてくるのだから。

魔法の構築をする余裕のない僕は不格好に床を転がる事で、ソウルの自重を乗せたデッキブラシによる突き刺しを辛くも避ける。
見れば、デッキブラシより硬いハズの床が穿たれていた。その事に、アレが本当にデッキブラシなのかと、信じられない思いを抱く。

「ハッ、続けていくぜッ!!」

だが、立ち上がったそこはソウルの得意エリアであろう地上だ。
早く空中へ戻ろうと思うが、そんな事はさせはしないと言わんばかりのソウルの怒涛の攻めが始まる。

「天は震えろッ、空は裂けろッ、光をも斬れ……ッ」

下からの振り上げ、折り返して振るわれ、更に薙ぎ払われる。
隙のない連続攻撃の前に避けるという選択肢をとる事が出来ず、再度シールドを展開して防ぐのだが……!

「風は逆巻け、砕け滅びろッ!!」
「ぐぅ……っ!?」

そんな僕の防御など構いはしないと、その上から攻撃が叩きつけられる。
その威力は下手な魔法なんて問題にならない。さらに、抜け出そうとしても、その僕の動きも先回りされるかのようにデッキブラシが振るわれ逃げられない。

「そして、神は罰せよ!!」
「な……」

そして、一際強く振るわれたその一撃の前に、ついに僕のシールドの耐久限界値を超え、砕かれてしまう。
だが、それはソウルの方も同様だったのか、まるで僕のシールドと鏡合わせかのように、そのデッキブラシもまた砕け散っていた。

「じゃーんけーん……」

だが、ソウルはそんな事もまた想定の範疇であるかというように揺らぎはしない。
その拳は握り込まれ、口の端を持ち上げるようにして底意地の悪い嗤いを浮かべる。

「死ねェェェッ!!」

そして、渾身の右ストレートが炸裂した。
避けるすべも、防ぐ手立ても今の僕には何もなかった。

「ぐがぁっ!?」

故に、モロにその一撃を受けてしまった。一応、接触の瞬間に身体をくの字に曲げるようにして衝撃を逃がすようにしたが、それもまた焼け石に水程度しかない。
その右ストレートに込められた威力のままに、僕は勢いよく吹き飛ばされる。

「ぐ、がは、はっ……!?」

吹き飛ばされ、地面を転がるように跳ねして、そして訓練室の壁にぶつかったところでようやく止まった。
だが、立ち上がる事が出来ない。
バリアジャケットの働きによって、ある程度の衝撃は無効化されるのだが、そんなモノなど無いかのように突き刺さるように打ち込まれたソウルの拳のよるダメージは甚大だ。
血反吐を吐くような思いでせき込むが、それ以上の事が出来ない。
痛覚によって、思考の大半が埋め尽くされる。

「……ってぇな。身体の節々が痛ぇ。これ以上のオレの戦闘続行は無理だな。
で、てめぇはまだ戦う気概があるか?」

ソウルは右の手をひらひらとさせがらもう戦えないというが、立っている。
対する僕は、まだ床に寝転がっているような状況。
そんな中、明確な決着をつけようかというのように、ソウルが歩み寄ってくる……。

『待って待ってっ、この勝負ソウル君の勝ちだよ!』

そこへ、何処か慌てたようなエイミィの声が割って入る。
……悔しいが、完敗だった。



Side:ソウル


オレとしてもこれ以上の戦闘の続行は無理だったのだが、エイミィの声にこれ以上の戦いは無いと知る。
その事に、安堵をしたわけじゃねぇが、ひとまず勝利で終える事が出来て一安心だ。
オレが勝つには、身体の具合の都合上、短期決着を狙うしかなかった故に、最初から賭けのつもりで攻め立てたが、それがうまい具合にハマった。
オレとクロノの間にあったのは、単なる運の差だけだろうな。

一応布石として、何度もオレが怪我人である事を強調して同情を誘い、武器にふざけた物を使って油断を誘う。
そして挑発で相手の冷静な思考を奪おうとしていたのだが、クロノはその理知的判断力で油断をしないよう、自身を戒めていた。

実際に戦って思ったが、やはりクロノは強ぇ。これは間違いないと確信した。
なのはやフェイトと違って、あまりこれ以上の伸び白は無さそうな部分は残念だが、クロノの本分は戦闘よりも、他の分野にありそうだから、これだけ出来れば十分だ。

「よう、思った通り、オレの勝ちだったな」
「……ああ、僕の敗北だ。それは素直に認めよう。
それにしても、あのデッキブラシは一体何だったんだ。あんなものを何処で手に入れた?」

クロノはまだ相当苦しいのか、咳き込む事はしなくなったが、まだ片膝を床につけながら、敗北を認めるが、オレの使っていたデッキブラシについて言及してくる。
ま、ただの掃除用具に負けたなんざ信じられず、あれはデッキブラシの形をした『何か』だと信じてぇのかもな。

「ああ、ありゃあこの艦の掃除用具置きから取ってきただけのモンだが、それがどうした?」
「いや、ただのデッキブラシがあんなに頑丈な訳もないし、僕の攻撃や防御を打ち破る事なんて出来ないだろう!?」

なんだ、納得出来ねぇのか。ったく、仕方がねぇなぁ。

「オレの得意な魔術は“変化”で、次点が“強化”だからな。
デッキブラシという存在そのものの概念をオレの扱いやすい概念へと“変化”させて、その上で“強化”を施しただけって話だ。
アレは使用目的が違ったからあの程度だったが、最初から武器として作られたモノを使えばもっと能力は上がっていたが、てめぇ程度ならアレで丁度良かったろ?」

クロノの健闘を称え、少しばかりネタばらしをしてやる。
単純に強化を施すには、対象の構成を理解して、その隙間を補強するように魔力を流すモノなんだが、オレの場合はその前に一段階入れている。

それは、最初にデッキブラシをオレの支配下に置き、眷属として扱うって事だ。
魔力ってのは、本来自分とは離れた物ほど流し辛いモノなんだが、対象がオレの眷属である以上、それは自身の一部に近いモノとなる。
ならば普通に強化するより魔力効率も格段に上がるから、その効果も上昇するって話だ。

「……はっきりと理解は出来ないが、君の魔術とは、手近にある物なら何でも自分の武器にする事が出来る、という物なのか?
そしてもしかして、あの槍や弓も似たようなものなのか?」
「おお、良い着眼点だが、それは45点ってところだな。
オレの魔術の根本は人体に関わるものだ。今てめぇが言ったのは、そこから派生して劣化したものだ」

オレの本来扱う対象は『魂』その物だ。
だが、それを直接扱うという事は、この世の摂理の根本を直接いじる事に近い。
根本の傍をいじる事が出来るなら、そこから広がる様々な物へも干渉する事が出来る。
オレがやったのはそういう事なんだが、流石にそこまでは教えてやれねぇな。

「……随分饒舌だな」
「ああ、てめぇの実力がオレの思っていた以上だったからな。楽しませて暇が潰せた分を返してやろうってだけだ」
「僕は君に勝てなかったのにか?」
「負けには負けなりに得る物はある。そして、てめぇは今回の敗北を糧に更に上を目指す気概があるんだろ。ならそれで十分だ。
ああ、オレはてめぇの事を認めてやるよ。だからもう、てめぇの事はチビスケなんて呼べねぇか」

手を差し伸べてやると、クロノはそれを手に取る。
お互いの健闘をたたえ合うように笑いながら、さらにオレは言葉を続ける。

「つぅ訳で、オレはこれからてめぇの事は、ちゃんと『デッキブラシに負けた男』と呼んでやるよ」
「……なあぁっ!?」

なんだこいつは、まさか『クロノ』なんて名前で呼ばれるとでも思っていたのか?

「クク、何をそんなに驚いているんだよ『デッキブラシに負けた男』。オレは嘘なんざついていねぇぜ?」
「いや、ちょっと待てっ。確かに僕はデッキブラシを武器に使う君に負けたが、その呼び名はあんまりじゃないか!?」

おぉ、まだダメージが抜けきっていない割に元気そうだなァ?

「なんだ、デッキブラシに負けた男。てめぇにぴったりの名前じゃねぇか。
ああ、それともチビスケって方が愛着もあって、そっちで呼ばれてぇってのか?」
「いやいや、もちろんそっちも嫌だといっているだろう!?
というか、最初から僕の事はクロノと名前で呼んでくれれば済む話だろう!?」
「ったく、ぎゃーぎゃーうるせぇな、『デッキブラシに負けたチビ男』君?」
「混ぜるなぁぁっ!!」

そんなやり取りが、暫く続いていた。
ま、クロノにもクロノの立場があるだろうからな。日常ではチビスケと呼んでやるが、からかう時にデッキブラシに負けた男と呼んでやればいいだろう。









あとがき

ソウルに神をもビビらす連続攻撃をやって貰いたかっただけで、クロノに変な称号が着くなどの事は、完全なとばっちりですという番外編。
これがソウルのフルドライブバーストなのだ! とやりたかったんです。
ごめんよ、クロノ……。

時系列的には二十一話(無印最終話)最中でのエピソードです。

前話を書いた時、2ヶ月ぐらい開くかもと思っていたけど、他のSSを書いたりして本当に2ヶ月開くとは思ってなかったです。



[14283] 番外編その2
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/09/23 12:41
なんだかんだとあって、ようやく了とソウルがここ、バニングス邸に帰って来た。
ちょくちょく連絡をすると言っておきながら随分な間音信不通だったくせに、帰ってきた時の了の第一声が「ただいま~」なんて気の抜けた挨拶だった。

これには流石のあたしもカチンと来たのよね。
前回の家出騒動の時もその辺りはきっちり言い含めていたハズなのに、了ってば全然分かっていなかった。

そりゃあ、あたしだって了の信用はしているわよ。でも、それと心配する気持ちは全くの別問題。
連絡があると思っていたのに、一向に来ないっていうのはすっごく不安になるんだから。
了は自分が平気だって分かっているからいいんだろうけど、そんな事も分からないこっちからすればいい迷惑なのよ!

そして、そんな了に腹が立つけど、そういった諸々の事を分かった上で何も言わないソウルにも腹が立つ!
追及の矛先を向けても、「その約束をしたのは了であって自分は関係ない」なんて、了が連絡を忘れていた事を知った上で、関係の無い自分には非がないなんて断言してくれた。
ならと文句を言っても、何時もの滅茶苦茶な暴論であたしの事を言い負かせてくるんだから、余計に腹が立つ。

……結局のところ、了とソウルが今まで何をしていたのかを、あたしは知らない。
ソウルは聞いても絶対はぐらかせてくるだろうし、了は了で何気にポーカーフェイスが完璧だから、何を考えているかを推し量る事が出来ない。
でも、きっとなのはが最近悩んでいた事に関係していると、あたしは思っている。

先になのはが帰って来た時に、一緒じゃないのかと聞いたら『違う』って答えてくれた。
ただ、『口止めをされているから言えない』というような、なんとも申し訳なさそうな空気を滲ませているのを見れば、追求をしなくても何となく分かる気がする。

了とソウルは、その正体は相変わらずの謎だ。
それでもあたしの友達だし、更に友達のなのはの事も手助けしてくれたんだろうから、信用出来る相手だとあたしは思っている。

今は、とりあえずそれだけでいい。それ以上の事はこれから追々分かっていけばいい。
きっと了もソウルも、その時がくればちゃんと教えてくれると思うから。

だから今は、今出来る事を積み重ねるだけ。さしあたっては、やっぱり『アレ』よね!










魔法少女リリカルなのはCross souls  番外編その2



Side:了


「え~、そういうわけで、西岸了です。どうぞよろしくお願いします」

挨拶を促されたので、とりあえず名乗ってから頭を下げてみる。すると、自分を歓迎するように拍手が巻き起こる。
僕も顔を上げてみると、そこには楽しそうだったり、興味津々だったり、無関心だったりと、十人十色な表情を浮かべる子供達の姿がある。
その中には、以前からの知り合いであるアリサさん、なのはさん、すずかさん達の顔ぶれもある。

こうして、これからクラスメイトになるみんなを見ていると、僕が本当に小学生になっているんだなぁと改めて実感する。


……僕が次元航行艦であるアースラから帰って来て、ここまで到達するのはまさにあっという間だった気がする。

最初にバニングス家の玄関の扉を開けたら、そこにはご立腹のご様子のアリサさんが居りました。
そして、体調関係で身体の全権をソウルに渡していた事もあって、連絡を入れるのをすっかり忘れていた事をこっぴどく怒られた。
まあ、実際には怒っていたというよりは、連絡が無かった事に拗ねているのと、僕達の事を心配していただけ、というのがソウル談。

ただ、そんなアリサさんの内情はともかく、約束をすっぽかしてしまっていたのは僕なんだから、ここは甘んじて受ける事にした。
精神年齢が17歳の身で小学生に頭が上がらない状況は、既に諦めたしね。

……なんだけど、アリサさんはひとつ大きく息を吐きだし『仕方が無いなぁ』と、あっさりと説教を切り上げてくれた。
そんなアリサさんにちょっと吃驚していると、そこに現れたのは我らが執事さんの鮫島さん。

以下、車に乗せられる。学校へ行き編入試験を受ける。その帰りは試験結果もまだなのに僕の制服の受け渡し。帰宅時には編入はほぼ内定の通知。
そして何故か最後は、なのはさんとすずかさんも招待されての僕の制服の試着会という流れ。

そんな感じにあれよあれよと事態は進み、僕は私立聖祥大附属小学校に編入する事が決まったのだった。
……うん、展開が早いよね?

まあ、以前からアリサさんと勉強をしていて学力に問題は無いって言われていたし、素行や素生もバニングス家の家長であるデビットさんに太鼓判を押して貰っていた。
それに、小学生の年代で義務教育を無視するわけにはいかないし、元々デビットさんの中では僕の聖祥に編入は確定事項だったのだから、問題は無いといえば何もないんだけど。

そういったわけで今現在、晴れて僕は小学生になりました。やったね!

とまあそんな風に無意味に内心のテンションを上げつつ、僕の二度目の小学生ライフが始まったのだった。




さて、小学生になったわけなんだけど、僕は編入生だ。当然の事として好奇心いっぱいの年頃であるクラスメイト達には僕の事が凄く新鮮に見えるらしい。
なので、最初の挨拶や授業の時はともかく、休み時間となれば僕の周囲にはクラスメイトの人だかりが出来上がる。そして、

「ねぇねぇっ、西岸君って何処から来たの!?」
「好きな物は何かなぁ?」
「今は何処に住んでるの!?」
「編入試験でパーフェクトってマジか!?」
「ピーマン食べれる~?」

……とまあ、質問の嵐に晒されているわけです。
僕は前の学校とかでは、どちらかといえば目立たない方だったので、流石にこの状況は初めてだから、慌てるわけじゃないけど対処に困る。
僕は聖徳太子とかじゃないので、こんないっぺんに話しかけられても答えきれません。
いや、聖徳太子の特技は17人ぐらいの言っている事を同時に聞き分ける事であって、それらに同時に答えを返す、という内容では無かったかな……?

「ほらほら、了も困っているでしょ。質問をするならちゃんと順番にしなさい!」

と、僕が若干現実逃避をしていると、我らがリーダー、アリサさんが仲介に入ってくれました。
その姿はまさに流石というもの。このまま仕切り屋のアリサさんに任せれば、僕は何もせずとも上手く纏めてくれそうだった。

「って、何でバニングスって西岸の事をいきなり名前で呼び捨てなんだ?」
「うんうん、なんだか親しみが籠ってる気がするぅ」
「まさかっ、バニングスと西岸ってそんな仲なのか!?」
「そんな仲って、もしかして、恋人、とか?」
「いや、ここは婚約者かもしれないぞ」
「えぇっ、それじゃあふたりって、もうキスとかしてるのかな?」
「……むしろそれ以上、イクとこまで行っているハズ」
「な、なんだってーっ!?」

あれ、知らない内に話が変な方向に行っている……?
そんなクラスメイト達は、僕から一斉にアリサさんに視線を向ける。なんだかんだといって、みんなノリが良いようだった。

「う……」

流石のアリサさんも、この数の暴力の前にはたじろいでいる模様。
でも、

「あんたら達は一体なんの話をしてるのかーっ!?」

アリサさんが吠えた。いかにもアリサさんらしい負けん気に満ちた咆哮だった。
それは、たとえ劣勢の中にあっても決して臆する事無く前に進む英雄の姿を見るかのようだった。

そこから始まるアリサさんVSクラスメイトは白熱の様相を見せた。
うん、最近の小学生もバイタルティに溢れているね。
……そんな感想を抱きつつ、余計な火種を投げ込まないよう静かに見守る僕だった。

「了君、これからもよろしくね?」
「もし分からない事とかあったら遠慮なく声をかけていいからね?」
「うん、こちらこそよろしく、なのはさん、すずかさん」
「って、あんた達も呑気に話してないで少しはあたしを助けなさいよ!」

……うん、平和なひとコマです。



所変わって昼休み。とりあえず教室の喧騒から逃れるために、屋上で弁当を食べる事になった。
メンバーは僕にアリサさん、それになのはさんとすずかさんを加えた4人だ。これは、アリサさん達いつものメンバーに僕を加えさせて貰った結果だ。

「ねえ了君。転入初日だったけど大丈夫だったかな?」

いただきますの挨拶をしてから、最初に声を掛けて来たのはなのはさん。
正直なところ、ソウルの事もあって好意的に思われる事もないだろうなぁと思っていたのに、実際に蓋を開けてみれば結構気さくに声を掛けてくれている。
一体どこに仲良くなれる要因があったのかは分からないけど、ギクシャクしないというのであれば、僕は歓迎するだけだ。

「うん、僕は何の問題もないよ。ただ……」

そんなわけで、僕はソウルのようにひねくれているわけじゃないので素直に答える。
そして何となく視線を動かしてみれば、随分とお疲れのご様子のアリサさんの姿がそこにあった。

「く、何で了はのほほんとしてあたしだけこんなに疲れているのよ……」
「アリサちゃん、どんまい、だよ?」

悔しそうというか、理不尽を感じているという様子のアリサさんを、すずかさんが慰めていた。
僕との恋仲疑惑を必死になって解こうとして、僕が現在バニングス家に世話になっている事を自分で暴露してしまって、既に親公認で同棲しているという話に。
それでも自分達は単なる友達だと頑張って休憩時間の度にクラスメイト達に弁明していたせいで、随分と大変だったようだ。

まあ、周囲の状況には本当が混ざっているから、全部否定し切れない辺りが特に面倒だよねぇ。

「ああもう、さっさと切り替えるわよ。あ~あ、お腹すいた!」

そして、なんだか半ばヤケ食いのようなアリサさんだった。

「アリサさん。あんまり急いで食べると消化によくないからゆっくり食べたら?」
「ゆっくり食べられないような気分になったのは誰のせいだと思っているのよ!?」
「え……?」
「そこで何にも分からないっていうような顔をするなぁっ!!」

ツッコミをちゃんと入れてくれる辺り、アリサさんはとても元気そうだった。
まあ、僕の冗談で笑って貰えなかったのはちょっと寂しいけど、この様子ならきっと大丈夫だと思う。

「それはともかく、やっぱりクラスに知っている顔があると随分楽だからね。
みんなには感謝してるよ」

まずはともかく、午前中の事を振り返ってみると、やはりそんな感想が出てくる。
小学生の中に入って話が出来るかどうか疑問もあったけど、午前中の様子を見れば結構なんとかなりそうだったし、こうやって楽しくお昼を食べられるのはそれだけで良い事だと思える。
実際のところ、僕周りが知らない人だけでも今更どうとも思わないけど、それでも友達と過ごす時間というのは、それだけで悪い気はしない。

「ふん、あたし達は友達でしょ。いちいちそんな事に感謝されるいわれはないわよ!」

そんな僕の言葉に真っ先に反応を示してくれたのはアリサさん。
機嫌が悪そうにそっぽを向きながらだったけど、その内容を見れば自分達の間柄ならこの程度は当然だし、やって当たり前だと言っている事が分かる。
なのに、素直にそうだと言わない様子を見て、なのはさんとすずかさんは顔を見合わせて「しょうがないなぁ」というように困ったような笑みを浮かべていた。

うん、やっぱりこの3人は仲良しなんだなぁと、このワンシーンを見ているだけでも何となく伝わってくる気がする。
ここは温かい場所だ。魔術とか異端とかなんて血生臭いものは何もない、普通で無いなんて事こそ無い、平凡な日常の風景。
人はそれを退屈だなんて言うかもしれないけど、こういうモノこそが尊いんだと僕は思う。

そして、思うからこそ、やっぱり僕は異端だと浮き彫りになっているような気もしてくる。
今も、友達の輪に加わるのではなく、その外から様子を眺めているようなものだ。
それはみんなと精神レベルが合わないからではなく、僕が人の輪から外れているから。

僕にはそんな自覚は無いけど、『先生』やソウルが言うには、僕の精神構造は歪ではないけど、だからこそ人とは全く違うモノになっているらしい。

過去も現在も未来も関係なく、ただ時間の流れにたゆたうだけ。何処も目指さず、何処にも辿りつく事の無い永遠の迷い子。
そこに付き合える人は存在しない故に孤独にしかなれず、その事に違和感を持つ事が無い。
誰かを受け入れる器はあっても、誰かに受け入れて貰おうなんて考えも思いもそもそも存在しない。

僕は普通じゃない、普通を演じているだけ。
だから何処まで行っても普通にしかなれなし、普通になる事は決してない、らしい。

正直、この言葉の意味を何となくは分かるけど、本当になんて理解を出来てはいない。
それでも、この言葉が本当だとしたら、僕はやっぱりアリサさん達の作る輪に加わる事は出来ないわけで……

「ちょっと了!」

……と、みんなで談笑しながらお昼を食べる中、思考の片隅を使ってつらつらとしょうもない事を考えていたら、急にアリサさんに声を掛けられた。
しかもそれが怒鳴り気味で目つきも大分睨んでいるっぽい上に、なのはさんもすずかさんのふたりも一緒になって僕を見るのだから、どうかしたのかと思う。

「えと、どうかしたの?」

考えごとはしていたけど、別に会話に加わらずに居た、なんて事はしてなかったはずなんだけどなぁと、率直に疑問を返す。

「む、ぅ、特に何かあったわけじゃないんだけど……」

だというのに、アリサさんはなんとも歯切れが悪い様子でしりすぼみになっていた。なのはさんとすずかさんも、はっきりと答えを出せないでいるようで困り顔だ。
まあ、必死に答えを求めて考えているようなので、僕はそれを静かに待ってみる。

「……ああもう、あんたはなんかヘンなのよ!」
「いや、前置きもなくいきなり結論が『ヘン』って言われるのも結構ショックなんですけど?」

何か奇をてらった行動をしている時とかならともかく、普通に弁当を食べてるところを見てそのコメントはいかがなものなんだろう?

とは言うけど、要は僕がアリサさん達の輪から外れているような立ち位置に居る事に気付いた、という事なんだろうなぁ。
まさか小学生に、はっきり気付いたわけじゃなくて何となく程度でも悟られたというのはちょっと驚きだ。
いや、逆に感受性豊かな子供だからこそ感じたのかもしれないのかな?
うん、なるほど。小学生、

「恐るべし」
「人の顔を見て恐るべしって何よ!?」

あ、思った事が口をついて出てしまっていたようだった。
しかも一部だけだから何の脈略もなく伝わってしまっていたようだ。

「ああもう、やっぱりあんたはヘンなのよ。どっからどう見てもヘンで決定よ!!」
「いや、そんなにヘンって連呼されるのも嫌なんですけど?」
「だったらヘンって言われないような事をしてみせなさい!」

中々に理不尽な要求が降りかかってきた!

「あの、アリサちゃん。そのヘンっていうのはせめて口に出さないで思うだけにした方がいいと思うな?」
「わたしもすずかちゃんに賛成かな。了君は……きっと普通だよ?」

なのはさんとすずかさんがフォローを入れてくれた。
でも騙されてはいけない。ふたりとも僕が『ヘン』という部分をはっきり否定していない。つまりこれは、僕にではなくアリサさんへのフォローなのだ……!

まあ、空気は何時も通りのそれに戻ったようだからそれでいいとしますか。

そんな風に昼休みも終わって午後の授業が始まるのだった。



Side:アリサ


今日は了の編入初日なわけだったけど、思った以上に了もすんなり溶け込めているようでよかったわ。
ソウルの方は、完全に学校にはノータッチで行くって言っていたから、こればっかりはどうしようもない。
あたしだって人格がふたつあるっていう状況はおかしいので内緒にした方がいいとは分かっているから、何も言えない。

まあ、代わりにあいつは家でゲームをして遊んでばっかで、それなりに今の生活を楽しんでいるみたいだから平気見たいだけど。
それでも何時かは、ちゃんとソウルも含めてみんなで過ごしたいと思うけど、それは今後の課題という事で。

……というか、何だったのよ、あのみんなからの質問をあたしに全部任せて、了はちゃっかり楽をしているっていうのは。
みんなから一斉にかかられて、困るわけでも慌てる様子も無く呑気に構えている姿を見て、質問はあたしにした方が早いってみんながごく自然に思っていたんだから不思議よ。

頼り無い、っていうわけじゃないんだけど、なんなのかしら?
まあ、話しかけられればちゃんと答えていたし、了の方からもごく自然にクラスメイトに声を掛けていたんだから、大丈夫といえば大丈夫なんでしょうけど。

むしろ、了のクセに心配する要因が見つからないっていうのが少しむかつく。
ホント、器用というか要領が良いんだから。あたしが手助けする事が無いじゃない。
もっとこう、頼って欲しいんだけどなぁ……。

それはさておき、今は今日の最後を締めくくる最後の授業、体育だ。
内容はポートボール。あたしとなのはとすずかは同じチームになったけど、了だけは別のチームになっちゃった。
けど、これは逆にいい機会だわ。ここいらであいつにぎゃふんと言わせてやるんだから!
ふふ、見ていなさい。今日一日受けた屈辱を倍にして返してあげるわ!

「う~ん、ポートボールかぁ。なんというか、小学生以来だよね?」
「って、あんたも小学生でしょうが!」

そして、こいつはいきなり何を言っているか。
うん、やっぱりこいつはヘンなヤツよ。お昼休みの違和感もきっとこれと同じ事だったのよ。

「まあいいわ。あんたの事はここでボコボコにしてあげるから覚悟しなさい!」
「いや、平和なスポーツでぼこられたくないなぁ……」

こいつはのほほんと笑っているけど、あたしは今更騙されはしない。
今も毎朝ソウルと一緒に、本人曰く『修練』を積んでいるのをあたしは知っている。油断なんかしてやらない。

ポートボールは基本的にバスケットボールのルールと同じ。違う事はゴール役の台に乗っている子に、パスが通れば点数が入るというところ。
つまり、団体戦であり、チームワークが必須って事。

そして、あたしとすずかのコンビネーションは完璧なのに対して、了は今日初めて顔を合わせた相手とチームを組む。
了の個人技がどれほどのものであっても、団体戦の中ではあまり発揮できないはず。

ここまで状況が揃っておいて、あたし達が負けるわけが……、まあなのはの運動神経がかなり心配だけど、それを差し引いても負けるわけがあるわけが無いわ!

「了君っ、前回は後れを取ったけど、今回は負けないからね……!」

うんうん、何気にすずかも温泉旅行の時に卓球勝負で負けた雪辱を晴らそうと燃えているわ。
やっぱりやるからには徹底的に叩き潰して、二度と逆らう気にならないようにしないとね!

「うにゃぁ、なんだかアリサちゃんとすずかちゃんが怖いよぉ……」

失礼ね、なのは。勉強もスポーツは何時だって全力勝負だし、最後に勝つから楽しいのよ。

「おお、バニングスはもちろんだが、あの月村がライバル宣言をしている!?
もしかして、西岸ってすげー運動が得意だったりするのか!?」
「いやいや、無理だから。ドーピングみたいな事をするならともかく、すずかさんに運動神経では勝負にならないよ」
「それはともかく、ある程度の戦力だと期待しているからな」
「ははっ、お手柔らかにでお願いします」

見れば、了はチームメイトと楽しそうに話をしている。
コミュニケーションはちゃんと取れているみたいだし、何気に了が組んでいるチームメイトも、運動神経的に甘く見れない顔がちらほらとある。
これは、いい勝負が出来そうね。

「それじゃあBチームとDチーム、集まって」

先生の号令より、あたしのチームと了の居るチームがコート上に整列する。
そして、各員コートに散り、先生がホイッスルを鳴らして試合は始まった。

ジャンプボールはもちろんすずかが取ってくれたから最初はマイボール。あたしは回ってきたボールをドリブルをして敵陣に切り込む!

「いかせるか!」

と、立ちはだかるのは男子の中でも体育の成績は上位に位置する相手だ。
流石にあたしでもこのまま突破するのは難しい。だから無理はしないでパスを回す。

「西岸っ、月村につけ!」
「りょーかいっと」

男子の指示に、了はなんとも気の抜けたような返事をしながらも、きちんとやるべき事はやると、パスを受け取ったすずかの前に現れる。
了は腰をちゃんと据えるように構えている。その様子を見ればかなりのレベルに達している事は察しがつくという物だった。

「いくよ、了君……!」

でも、残念だけどうちのエースの方が上よ。
すずかは一瞬左に切るようにフェイントを入れると、すぐに切り返して一気に了の事を抜き去っていた。
さすがの了でも、すずかの本気の前では棒立ちしか出来ていなかったみた…い……?

「うわ、びっくりした」
「へ……?」

予想以上のすずかドリブルのキレに了は驚いていたようだけど、その手にはいつの間にかすずかがドリブルをしていたはずのボールが収まっていた。

……っていうか何時の間によ!? いえ、あのすれ違いざまの一瞬の内にスティールしたって言うのは分かるけど、傍から見ていても分からないってどういう事よ!?

「はい、パース」
「お、おうっ」

あたし達が驚いている間に、了は味方にパスを回していた。
そして、そのままあたし達は動揺を抑える事が出来なくて、ディフェンスもうまく機能させる事も出来ず先制点を許してしまっていた。

「ごめん、アリサちゃん。失敗しちゃった」
「いいのよ。あいつが温泉旅行の時に、捕まえようとしてもあたし達はもちろん、ノエルからも逃げ切っていたのを忘れていたあたしのミスよ」

すずかが自分がボールを取られた事を謝ってきたけど、今回のはなんだかんだと言ってまだあいつの事を甘く見ていたあたしにも責任はある。
了はソウルと比べて特別素早いとか力強い動きはしていないから、そんなに運動能力が高くないと思っていた。

でも、あいつの恐ろしいところはどんな状況でも自然体で必要最小限の動きだけで行動する事。そして相手の動きをきちんと見極める目の良さなのだ。
毎朝のようにあいつの修練を見ていたし、その辺の事も触り程度に聞いていたっていうのにその事を失念していたあたしが悪い。

「了はたぶん、ドリブルとかシュートなんかはそれほど上手いってわけじゃないと思う。
ただ、動きに無駄が無いから、あたし達からすれば油断をしていなくても了には隙に見える部分があると思うから、ふとした拍子にスティールしてくるのが要注意ね」

ただ、だからと言って手をこまねいているだけでいるわけなんて、それこそない。
対処が絶対出来ないなんてわけが無いから、すずかに簡単な対処法を伝えていく。
正直、付け焼刃感は否めないけど、すずかならきっとやってくれると信じてる。

そんなあたしの気持ちを汲み取ってくれたのか、すずかもまた真剣な表情でうなずいてくれる。
意思疎通はちゃんと果たしている。だから、これからが本当の勝負。

「よし、それじゃあ仕切り直していくわよ!」

そして、改めて気持ちを切り替えるように声を上げて、すずかにパスを回す。

「あ、どうも」

……と思ったら、いつの間にかあたし達の間に居た了にあっさりパスカットされた。

「って、あんた何時の間にそこに居たのよ!?」

何よその存在感の無さは、全然気配を感じなかったわよ!?

「いや、怒鳴られても困るんだけど?」

とか言う間にさっさとパスをしていたのだけど、そこまた了の姿を見失ってしまった。

……いや、ちょっと待ってよ。ちゃんとコート内に居るって分かっているのに全然了の事が目で追えないってどういう事よ!?
こう、ふと視線を外したらもうそこには居ないくて、気がついた時には自分の味方のパスを回すか、相手のパスをカットしている。

ドリブルやシュートはしないどころか、ボールはワンタッチ、多くてもツータッチだけで、すぐにパスを回している。
そして、そのパスしたボールに気を取られている間に、すでに了はあたし達の意識の外に行ってしまう。

特別素早い動きをしているわけでもないのに、その姿を追いかけられないなんて、わけが分からないわよ!?

あっちのパスは面白いように通るのに、こっちのパスは全然繋がらない。
やばい。甘く見ていたってもんじゃない。これは完全に想定外過ぎるわよ!

「なのはっ、了の現在位置を常にあたしに教えなさい!」
「え、何で……?」
「何ででも良いから、早く……!」

コート上に居ても役に立たないからと、ゴール役を回していたなのはに指示を飛ばす。
実際に了の凄さを体感出来ていないなのはは疑問を浮かべていたけど、今は詳しく説明している時間は無いのよ!
ここはコートプレーヤー以外の第三地点からの視点が欲しい……、

「よっと」
「って、また取られたぁっ!?」

まったくもう、ホントにこいつはなんなのよ!?

……結局、あたし達が了の気配の無さに慣れて来た頃には、もうどうしようもない点数差が開いていた。

確かに了の運動能力自体は大した事は無かったし、シュートは一本も決めていなかった。
だというのに、こちらのパスは中盤までは殆ど完封。ドリブル突破しようにも、気付かない内に了の傍を通ろうとしたならあっさりスティールされる。
おかげで、シュートまでに持ち込む事すらろくに出来なかった。

文字通り、あたし達は了ひとりにいいようにされてしまった体育の時間だった。

……何これ?



Side:了


さて、これで編入初日も終わりだ。
まあ、編入初日といっても、特別な事をするわけじゃないんだから、何がってわけでもないんだけどね。

ただ、最後の体育はちょっと失敗だったかな~と、少し反省。
元々が高校生の僕が小学生に混ざってするなんて、反則もいいところだと思ったから、シュートはしないでパス回しに専念していたんだけど……。

結果は僕いるのチームの圧勝で終わってしまった。
手加減に失敗したと気付いた時には既に遅い。おかげさまで、今日のMVPだとか言って散々もみくちゃにされてしまった。
次回からはもっと手加減するべきなんだろうけど、きっとそれも何となく出来無さそうなんだよなぁ。
なんというか、アリサさんとすずかさん辺りが手抜きをしないで欲しいとか言って、今日よりランクを下げさせてくれなさそうだ。
アリサさんはともかく、何気に大人しいすずかさんも実は負けず嫌いだっていうのは、何度も挑んで来たのを見るによくわかったし。

僕としては学校生活は特に目立つ事も無く過ごすつもりだったんだけどなぁと思うけど、過ぎてしまった物は仕方が無い。
どうせ、明日からもなるようになるんだから、きっと平気だ。

それにしても、アリサさん達みたいに特に習い事も無いし、前の学校の時みたいに放課後はアルバイトをする必要もないというのは不思議な感じがする。
別にあくせく働いていたつもりは無いけど、放課後に時間があるっていうのは、今までがどれだけ働いていたのかが良く分かる。
僕って勤労学生だったんだなぁ……。

大切なものは失ってから初めて気づくとはいうけど、失ってからのんびり過ごすという大切なものを手に入れる、なんて事もあるんだね。

まあ、そうはいってもどうせやる事は無いんだから、きっと家に帰りついたらソウルに身体を渡してゲームでもやっているんだろうなぁ。
なんて事を考えながら、夕陽の路につく。

空は茜色に澄んでいる。明日もきっと晴れそうだ。









あとがき

いや、お前は何処のバスケマンガの主人公だよ、という番外編その2です。
本当は番外編じゃなくて本編のひとつにしようと思ったんですけど、思ったよりネタが入ってしまったので、前回のソウルの番外編に引き続き、今回は了の番外編という事で。



[14283] 第二十二話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/09/23 13:11
わたしは今、送られて来た一本のビデオメールを見ているところだ。
そこに映りだされるのは、何度もぶつかって、想いを伝えあって、最後には手を取り合って友達になった女の子。
その子とは今は逢えないけれど、こうしてビデオを通してわたしに笑いかけてくれている。それを見て、心が満たされるような温かい想いでいっぱいになる。

……わたしは、ジュエルシード事件の重要参考人としてアースラの中に勾留中だから、あの子、なのはと逢う事が禁止されている。
でも、直接ではなく間接でなら問題は無いと艦長のリンディさんは言ってくれて、このビデオメールを介してのやり取りを教えてくれた。
少なくとも裁判が終わるまでは一切のやり取りが出来ないだろうと思っていたわたしにとって、初めての友達との繋がりをはっきりと分かるこれは、とてもうれしいものだった。

そして、ビデオの中のなのはは、そこで自分の友達を紹介していた。
茶色かかった金髪の、ちょっと強気そうな女の子なアリサ。
長い黒髪を白いヘアバンドでまとめた、大人しそうな女の子であるすずか。

ふたりとも初めて見る子でビデオ越しでもちょっとドキドキしていたけど、そのふたりもわたしと友達になって一緒に遊びたいって言ってくれたのが、また嬉しかった。
そして、

『こんにちは、フェイト』

なのはの友達として、ひとりの男の子がビデオの中に姿を現したのを見て、わたしは凄くびっくりしてしまった。
それは凄く強くて怖い雰囲気で、でも厳しいながらもわたしの進みたいと思う道を切り開いてくれた男の事同じ顔。正確に言えば、同じ身体を共有しているらしい男の子。
今はまだ顔を合わせる事なんて出来ないと思っていたのに、こうして顔を見られたのは殆ど不意打ちのように感じられた。

『ちょっと了っ。なんであたし達はさん付けなのに、フェイトの事だけは呼び捨てなのよ!?』
『いや、なんでって言われてもその場のノリとしか言いようが無いんだけど……』
『ああもう、なんかムカツクわねっ。了、これからはあたし達の事もちゃんと呼び捨てにしなさい!』
『えぇ~』
『何でそんなにイヤそうなのよ!?』
『いや、ちょっとした冗談だったんだけど、ダメだった?』
『あんたの冗談は笑えないのよ!』
『……ねえすずかちゃん。これ、ビデオに撮っているけどいいのかなぁ?』
『う~ん、これはこれでわたし達の事が良く分かるからいいんじゃないかな?』

……びっくりしたけど、そこに映し出されるやり取りを見て、くすりと笑みがこぼれてしまう。
ビデオの中ではみんな色々な表情を浮かべていたけど結局は笑顔を浮かべていて、とても楽しそうだったから。
わたしもいつか、あの輪の中に入れたらいいなぁと純粋に思ってしまう。

ただ、結局最後までそのビデオの中には、あの男の子は出てこなかった。
彼は用があるならわたしの方から出向くよう言われていたのだから、こういったビデオのやり取りにも出てこないのは予想がついていたけど、やっぱりちょっと寂しかった。

なのはのように肩を並べて歩きたいと思うのではなくて、何時かあの背中に追いつきたいと思う目標みたいな男の子。

「ソウル。今頃何をしているのかなぁ……?」

まあ、ソウルが元気じゃない姿なんて全然想像出来ないんだけど。









魔法少女リリカルなのはCross souls  第二十二話



Side:ソウル


オレは学校なんざに興味はねぇし、友好関係は広げる以前に作る気もねぇのだから、平日の大半はもっぱら了の時間領分となるのは当然の成り行き。
そして月曜から金曜までの大半を了が占拠している以上、割合的に土日はオレが独占しねぇと割合があわねぇって話になってくるわけだ。

つぅわけで、休日である今日はオレの意思が身体を占有した状態で町を闊歩しているわけだ。
今回は流石に毎日家でゲームしているのもつまらねぇと、趣向を変えて外に出て来たわけなんだが……、正直やる事がねぇ。
以前まではジュエルシード探しという名目で街中を歩きまわっていたが、今はそんな目標もねぇのも問題だ。
適当にぶらついていれば何か目に付くモンでも有るかと期待していたが、見事に興味が惹かれるものがねぇな。

「つぅわけで、飽きた。後はてめぇが勝手にしろ」

これ以上うろうろしていても何の進展も無さそうだしなと、了に声をかける。
家に戻ってゲームでもやるって案もあるが、どうせ何時も家に引きこもっているなとアリサに文句を言われるのが分かっているからな。
アリサをからかうのはそれはそれで楽しいが、あんまりやり過ぎるとそれもまた飽きの対象になるから、たまには息抜きをしねぇといけねぇ。
ならこのまま外を出歩くのだが、興味が惹かれる物が無い以上、さっさと了にバトンタッチでもした方が楽だ。

「いや、今日はソウルの完全自由行動の日なんだから、僕に丸投げされても困るんだけど」
「ハッ、オレを楽しませる事も出来ねぇようなヤツが、よくもまあそんな口が利けたもんだなァ?」
「いやいや、今僕が責められる理由は何もないよね?」

だが、了は了で、今日一日はオレ主導だと決めているらしく、なんだかんだと言いながらも表に出てこようという気がねぇらしい。
ったく、こいつも下らねぇところで頑固なのがめんどくせぇな。

「チッ、役立たずが」
「僕は何も悪くないのに思いっきり悪態をつかれたよ!?」

暇つぶしに了をいじりながら歩いていたわけだが、相変わらずオレには目的なんざねぇんだから、下らねぇ。
そろそろ本気で何か目的になるようなものでもねぇかと考えを巡らせ、

(ま、どうせこのまま居ても何も変わんねぇしな)

行く先を決める事にした。

確かに今のオレには行くべき、行きたいと思う場所なんざねぇ。なら、オレじゃなく了の行くべきような場所にでも行けばいいだけの話。
ジュエルシード探しついで街中を散策しまくってたんだから、迷う事もねぇと、脳裏に目的地までの道筋を想い浮かべる。
もっとも、オレがそんな事を考えているなんて事を了に悟られるのも癪だから、今までの通り、何気ない素振りのまま道を行く。

……そうこうしていたら、耳に威勢の良い声が届いてくる。その事から、今日は活動日らしい事を知る。

「あれ、ここって剣道場なのかな?」

オレが偶然を装って聞こえた声に反応したようにしてみせると、了もこの場所がなんなのかを知る。
最近つぅか、了は毎日欠かす事無く修練を積んで来ている。それは自己精神の鍛練の意味合いが強いのだから、ひとりでやっていても問題はねぇ。
だが、今までずっと基礎を重ね続けてきて下地は出来あがっている。そろそろ次の段階へと進んでもいいだろうとオレは思っていた。

一応は、了にはオレの経験を憑依させる事で一定レベルの結果を即座に出す事が出来る。
だがそれは何処まで行っても了の経験ではねぇし、そもそもオレとこいつとでは戦い方ってのがまるで違う。ある程度まではいけるが、それ以上に至る事は現状では無理だ。
ならば、どちらかといえば理詰めで技術を収めるタイプのこいつは、オレのようにひたすら実戦だけを繰り返すのではなく、きちんと指導を受けた方が身になる。

もっとも、了のスタイルを考えれば、剣道よりも徒手空拳での格闘技の方が合うとわかっている。
今回オレが剣道場を選んだのは、単にここが一番近場に在ったって言うのと、この手の道場ってヤツの雰囲気がどの程度のもんかの視察みたいなもんだ。
だから、了のためにとは思うが、あくまでオレがこの場を見ると考えている。

「ま、暇つぶしに冷やかしでもするか」

そんな諸々の心中はおくびにも出さず、あくまで偶然と暇つぶしとして装いつつ、道場の中へと入っていく。
オレは完全に部外者ではあるが、別に見学程度に目くじらを立てられる事もねぇだろう。

「う~ん、こういう所って勝手に入っていいのかなぁ?」
「なに、文句を言われた時には、道場破りだとか言って返り討ちにしてやれば問題はねぇだろ」
『いや、それはむしろ問題だと思うよ』

了は呆れたようにしていたが、既に道場内に踏み入っていたため、その声は外に漏れる事は無く思念によりオレに語られるだけだった。
だが、そんなものに一々反応してやる義理もねぇと、半ば無視して道場の中を睥睨する。

「……へぇ。中々活気があるようだな」

なんて事は無く、思ったままの事を呟く。
オレは剣道は知らねぇが、そこそこの技量を持つように見えるのがちらほらと居る。
随分適当に選んだ場所だったが、これはまあ当たりとしてもいいレベルかもなと、入口近くの壁に背中を預けながら眺める。
もっとも、剣道は殺し合いの技しかねぇオレの肌にあわねぇし、了にもあわなそうだなとも思うがな。

「なあ、君も見学なん?」

雰囲気は大体分かったと、あとは単に時間つぶしに稽古の様子を流し見ていると、そんな風に声を掛けられる。
別にこっそり接近されていたわけじゃねぇし、最初からオレに声をかけるつもりで近づいてきていたのは気配と音で分かっていたから別段驚く事無く、その声の主を見やる。

そこに居たのは、アリサ達と同年代ぐらいの、ショートカットな髪型の女のガキ。
ただ、ぱっと見て一番目を引くのはそのガキの姿そのものではなく、車イスの座っているというところだろう。
その姿から剣道場なんざ似合わねぇと思うが、オレに声をかけて来た時に「君も」と言う辺りから推測するに、知り合いがここに通っているからその付き合いか何かだろう。

そんなヤツの、了ほどじゃねぇが中々にのほほんとしていそうな顔がオレを見上げていた。その瞳はオレに対する興味半分、緊張半分というのが見て取れる。
オレが道場に入ってから何故ひとりでいるのかと興味を持ったが、同年代か異性に声をかけるのは少しばかり勇気が要る。
それでも好奇心の方が勝って、オレに声をかけて来たとか、そんなところか。

「ちげぇな。オレは道場破りだ」
「ほへ~、道場破りってほんまにおるんやな」

大した意味もねぇが冗談で返してやると、そいつは驚くというよりは可笑しそうに笑う。
おそらくは冗談と理解して乗って来ているんだろうという事はすぐに分かった。

「それで、道場破りさんは道場破りをしないんか?」
「ハッ、何でオレがそんな下らねぇ事をしなきゃなんねぇんだよ」
「って、道場破りって言ったんはあんたやろー!」

何となくオレも興が乗ったと、適当に言葉のキャッチボールをしていたら、笑いは取れないにしても中々キレのあるツッコミが返って来た。
なるほど、アリサとはまた違うが、こいつはこいつで面白そうなヤツだな。

「う~ん、君はなんや面白い子やな~」
「なに、初対面でいきなり相手を面白呼ばわりするヤツよりはマシだ」
「ああ、ちゃうちゃう。そういうつもりやなくて……、ほら、わたしって車イスやん。
せやから初対面だとわたしを気遣うようなリアクションが多いのに、君は凄く普通に接してくれたやろ。
それが、凄く珍しかったというか嬉しかったというか……」

なるほどな。この歳で相当長い間車イス生活を送ってきたというのは何となく分かった。
ただでさえこの平和ボケしたような世界で、その上こんな小さい女のガキが車イスを使って生活しているってんなら奇異の目で見られる事も多くあったんだろう。
それに伴い、苦労もまた多くあった事も容易に察しがつく。

「下らねぇな。オレは単にてめぇの生い立ちも、何故そんなもんを使っているかも興味がねぇだけだ。
てめぇが喜ぶような事は何一つとしてありはしねぇよ」

だが、相手が何であろうと誰であろうとも、オレが態度を変えてやる必要はねぇ。
だから常と変わらず接しているだけだ。そこにロマンを求められても下らねぇとしか返す言葉はねぇし、感謝に対してもどういたしましてと返す程素直でもねぇ。

「うぅ~。君ってなんやひねくれモンってよう言われとるやろ?」
「惜しい。言われているんじゃねぇ。自称しているんだよ」
「うわ、それはそれでタチが悪いな~」

それでも、オレがなんて言おうとも普通に接してくれるのが嬉しいらしい。オレが適当な事を言ってもその辺りは関係ないと更に声をかけてくる。
オレ達の間での話は盛り上がっているかは知らねぇが、こいつはが好きでやっていて、オレは別段迷惑を被っているわけでもねぇから適当に返事を繰り返す。

「あ~、何時までも君じゃあ呼び辛いなぁ。わたしの名前は八神はやて。ひらがなみっつではやてって名前なんよ」
「へぇ」
「……」
「……」
「って、この流れで言うたらここは君も名乗るところやろ!」
「クク。ああ、そうだろうなァ」
「……くぅ、君はほんまにひねくれモンやな。その事はよー分かった」

そんな中、これだけ会話をすればもう赤の他人ではなく知り合いだろうと思ったのか、オレの名を知りたいと思ったこいつは名乗りをあげる。
だが、ふと湧きあがった悪戯心に従い、あえて名乗らず、さらにそれが意図した態度だと教えてやれば、はやては中々に悔しそうにしていた。
それでも何処かこのやり取りを楽しいとでも思っているのか、その口元には笑みが覗いていた。
そしてオレもまた、中々に穏やかと言えるこの空気を満喫しつつ、はやての様子を視界の端に収め、目の前で行われている稽古の様子を眺める。

「……って、ここまで来てまだ名乗らんのかい!!」

チッ、スルー出来なかったか。

「なんだ、まだ諦めて無かったのか?」
「な、なんて底意地の悪そうな笑いを浮かべとるんや。まるで悪魔や。
く~ッ、こうなったら意地でも聞き出したる。さあ、君の名前はなんて言うんか、きっちり教えて貰うで!」

そして、横でギャーギャー騒ぎ始めやがった。
本当に意固地にでもなっているらしい、あの手この手とオレの名を聞き出そうとするが、残念、その程度では足りねぇなと、その全てをはぐらかしていく。

『ったく、こいつは何時まで食い下がってくるつもりなんだかな』
『いや、ソウルが名乗れば済む話でしょ』

了、そうは言うが、ここまで来たらオレも後には引けねぇんだよ。

「なあ、さっきから何やってんだはやて?」
「おぉヴィータ。丁度ええところに来たな。よーし、仲間が増えて百人力や!」
「は、はやて……?」

なんてやり取りをしている内に、また人が増えやがった。
友達か何かなのだろう、ヴィータと呼ばれた赤毛を三つ編みにしたチビなガキに増援だとはやては喜んでいたが、要領を呑み込めないヴィータは困惑だ。
そんな空気に気付いたのか、はやては若干興奮気味に状況説明をするべく口を開く。

「この子はな、わたしが名乗っても一向に自分の名前を名乗らんのよ。
まったく、こんな可愛い女の子とお近づきになれるチャンスをなんだと思っているのかが全然分からへん!」
「可愛い女の子? クク、そんなの何処にいやがる。オレにはチビタヌキが一匹わんわん騒いでいる姿しか目に入らねぇなァ?」
「なんやとっ、この近所でも『八神さんちのはやてちゃんは今日も可愛いね』と評判のわたしを捕まえといて、その言い草はどーいうつもりや!?」
「……ぷ」
「そこは笑うとこちゃうで!! というか声だけ失笑を漏らしたようでも、顔が欠片も笑ってないところがなんともムカツクな!」

ああ、オレも随分と興が乗っているな。じゃれついてくるはやてを適当にあしらって遊んでいるんだが、これが中々におもしれぇと思っている自分を自覚する。
はやても単に意固地になってヒートアップしてきているだけで、声を荒げては居ても、実際には怒っているわけじゃねぇしな。別段問題はねぇ。

「……つまりこいつは、はやての事をバカにしてるって事なのか?」
「へ、ヴィータ?」

が、じゃれあいだと思っているのはオレとはやてだけだったらしい。
すぐそばでオレ達のやり取りを見ていたヴィータの底冷えするような声に、はやては我に返るように冷静さを取り戻していた。
だが、それは既に手遅れ。ヴィータはオレをはっきりと『敵』と認識したかのように鋭い眼光を向けてきていた。

「クク、オレがバカにするまでも無く、こいつはバカだろう?」
「なんだとてめーッ!!」

軽く挑発を仕掛けてみると見事に引っかかっり、はやてを背後に守るように前に出てそのままオレに掴みかかって来そうな勢いだ。
それを見て、随分と短絡思考だなと思うと同時に、はやての事を大切に思っている事が良く分かる姿だった。
それはまるで、友人とかいうよりもはやてに忠誠を誓った騎士か何かのようだ。

「なんだ、オレにケンカでも売ろうってのか、赤チビ?」
「ケンカを吹っかけて来たのはてめーの方だろうが!!」

それでもわざわざオレが引くほどでもねぇなと言葉を続けりゃ、ヴィータは本当にオレに殴りかかろうと拳を握り込み──、

「ヴィータッ!!」
「!?」

──はやての叱咤の声に身をすくませて踏み止まっていた。
そののほほんとしていた様子からは見て取れないと思う程の大音量な声は、稽古をしている連中の掛け声を押し退けて道場に響き渡る。

「……ヴィータ。ケンカはあかんやろ?」
「でも、はやて……っ!」
「でももヘチマもあらへん。暴力で解決しようとするのは認められへん」

先程の声とは打って変わって、落ち着いた声色で諭すようにヴィータに語りかける。
ヴィータは咄嗟に言い返そうとするが、小さい子供のはずなのに何処となく威厳のあるようなはやての前に、何も言えず、頷くだけだった。

「ほら、ヴィータ。悪い事をしたらごめんなさいやろ?」
「う、……ごめんなさい」

ヴィータはオレ達のやり取りをまだじゃれ合いの一環だと認識出来ておらず、まだはやての事を愚弄されたものだと感じている。
だが、それ以上にはやての有無を言わせない雰囲気の前に不承不承ながらも頭を下げてきていた。
ま、まだ若干オレを睨んでいる節はあるが、誰が悪いかといえばオレなんだから別にその程度構わない。
もっとも、オレは謝りはしないがな。

「クク」
「君も君やよ。まあ、わたしも傍から見たらケンカしてるみたいなやり取りをしていたんは悪いと思うけど、君も分かった上でヴィータをおちょくるような事を言ったのは良くないで」

元々小さい体躯もヴィータが更に身体を縮こまらせているのを笑っていると、ヴィータへの説教が終わったらしい、はやての矛先がこっちに向いてきた。
自分にも非があると認めて、そして初対面であるオレにも臆する事無く、説教を垂れるとはな。

「そんな事は百も承知だ。わざわざてめぇに言われるまでの事じゃねぇし、オレは自分に非があると知っても謝ってやらねぇから意味もねぇな」

だが、感心はしてもそれをオレが聞き入れる理由にはならねぇな。
オレはオレの罪を自覚している。そして今回はオレが謝る必要はねぇと判断した。
確かにケンカを誘導するような事をヴィータに言ったが、単なる言葉遊びを流せずに短絡的に殴りかかってきたそっちの方が愚かってヤツだ。

「なんだとてめー!」
「こら、ヴィータ!」

既にオレ達のやり取りは注目の的で、道場は不思議と静まり返っていた。
そんな誰もが動けないような中、ひとりの女性が稽古をしている連中の輪から歩み寄ってくる。

「ここは剣道場であり、みな稽古に励んでいる。騒ぎを起こして邪魔をする気だというのなら即刻この場から出て行って貰いたい」
「あ、シグナム……」

はやてにシグナムと呼ばれたそいつは、しゃんと背筋を伸ばして覇気を纏っているかのようにただ立っているだけで他の連中とは一線を画した存在感を放っている。
実際、稽古の様子を見ていた中で、他の連中に指導をするシグナムの実力は明らかに抜きん出ていたし、稽古をしながらもオレと話をしていたはやてを見守っている雰囲気があった。
なるほど、こいつがはやての身内であり、こいつが居るからはやてはこの場に訪れていたのだろうと理解が出来た。
そして、身内だからこそ、放ってはおけないと声をかけてきたのか。

「おぅ、だってよ。そこの赤チビはさっさと外へ出て行くんだな」
「なんだと!」
「何だも何も、てめぇが一番うるせぇし、オレはずっとこの場にいただけだ。
そこにいちゃもんつけて来たヤツがどんな口を利こうってなァ?」
「く……」

だが残念。オレはひねくれ者だ。本意を知りながらもわざとシグナムの言葉を曲解してヴィータに責任をなすりつける。
なすりつけられた側は当然納得出来ようはずもないが、そこはある意味での正論でねじ伏せてやると、反論の言葉も出ずに呻き声を漏らす。

「悪いが、私はお前に対して言ったのだ。見学をするというのであれば、相応の態度を以ってこの場に臨むべきであるし、それが出来ないのであれば騒ぎの種でしかない」
「ああ、それなら問題はねぇだろ。なんてたってオレはただの道場破りであって、見学じゃなくて冷やかしをしていたところだからな」

だが、シグナムの方はヴィータと比べて冷静らしい。曲げられた言葉の矛先を更に言葉を重ねて軌道修正して、オレに突き付けてくる。
そこには有無を言わせぬ眼光が付属していたが、わざわざ動揺してやる必要もねぇと、視線は受け流しながら、捻じ曲げた正当性で答える。

「……そうか、なら」

シグナムは自身の持っていた竹刀をの持ち手を反転させ、その柄をオレに突き付けてくる。

「剣を取れ。お前も武道の心得があるのだろう。私も言葉で語るよりこちらの方が得意なのでな」
「ちょ、シグナム!?」

はやては驚いたように声を荒げるが、それでもシグナムは揺らぐ事無く真っ直ぐオレの目を見据えてくる。
言葉はなくとも、その燃えるような意思を叩きつけてくるようだった。
そこにはスポーツとして剣道を嗜む者では無く、戦うすべとして剣術を振るう者であると雄弁に物語っていた。

「……ああ、遊び程度に付き合ってやるよ」

竹刀を手に取り、逆にその切っ先をシグナムの喉元に突き付けてやる。
まさかこんな町道場なところで、こんなヤツに逢えるとな。
今日は興味の対象が見つからず暇を持て余すだろう思っていたが、これは随分と楽しい暇つぶしになりそうだと嗤ってしまうオレが居た。



Side:シグナム


「なあ、シグナム」
「大丈夫です。私とてあの少年に無理をさせるつもりは有りません」

主はやては今からでも止めるよう不安げに見上げてきておられるが、私とてヴォルゲンリッターの将。魔法の使用をせずとも早々に剣の戦いで後れを取るつもりは無い。
言われずとも、ある程度は手加減をするつもりだ。

……私達は『闇の書』と呼ばれるロストロギアを守護するために組み込まれているプログラム生命体であり、今は主はやての下にある。
闇の書のその在り方から、私達は常に戦場に身を置いてきたが、今の主は力を欲する事無く平穏に暮らす事を望んでいる。
ならば、我らもその望みに答えるべく、日々の暮らしを重ねている。

とはいえ、私は剣しか取り柄の無い武骨者であるのだから、そんな日常を過ごせるかと疑問だった。
それでも私には剣しかないため、こうして道場の非常勤の講師として雇っていただいており、今日は主はやてと付き添いにヴィータが来ていただいていたのだが……。

思い浮かべるのは、竹刀と手に取った時の私を見る少年の瞳。
そこには昏さや邪念といった負の感情などは見て取れず、ただ『強者』という自負だけが宿っているようだった。
おそらくは主はやてと同じくらいの年のはずなのに、あそこまでの貫禄を持つとは、正直驚きであり、そんな相手と巡り合えた事を同時に嬉しく思う自分が居た。

おそらくこの少年はいくら言葉だけを重ねようとも応えるものはないというのは雰囲気で何となく分かる。
だから戦う。戦いの中でしか語れない自分を不甲斐なく思うが、私にはこれしかできない。主はやての望むところでは無いとは知るが、これが私に出来る最上の手だ。

「……わかった。でも、相手に怪我だけはさせんようにな?」
「心得ました」

武術の心得の無い主には、あの少年の実力は予想も出来ていないのだろう、出て来たのは少年を気遣う言葉。
だが、逆に言えば、それは私の必勝を信じているともいえる内容だ。ならば、主に仕えるこの身に敗北は無い。

少年が堂々とした態度で道場の中央へ歩み行くのを視界の端に捕らえながら、私は道場主に声をかけ、少年との勝負の許可を頂く。
確かに少年は騒ぎを起こしたのだが、ここで戦うというのは殆ど私の私情のようなものだ。
非常勤とはいえ、講師として雇ってもらっている以上、伺いは立てなければならない。

そして返ってきた答えは『許可』だった。これは、普通なら無いはずの事だが道場主は私の事を信じて任せてくれているとおっしゃってくれた。
信頼という言葉は、今まではヴォルケンリッターの内にか通じていなかった。だが、今は他者との繋がりの証明と嬉しく思いながら、改めて少年の前に進み出る。

道場の中央で対峙する少年は、竹刀を肩で担ぐようにして泰然とした態度でその場に立っている。
それは明らかに剣道の作法ではない。どちらかといえば、喧嘩の延長上という風に見える。
だが、逆にそんな型も無い格好だというのに貫禄があるという点で、やはりただ者でないという事も同時に分かる。

……しかし、こうして実際に向かい合ってみると、この少年の雰囲気は確かに戦闘者のそれだと分かる。
ただ闘志を振り撒くのは三流のやるところだが、彼は違う。主はやてと談笑している時はそんな素振りを見せていなかった。
今こうして闘志を漲らせているのは、私と向き合った直後からであり、私に合わせて意識を戦闘のそれへと切り替えたのだろう。

「ああ、最初に言っておくがオレは剣道なんざ出来ねぇからな。てめぇらのルールに則ってやるつもりもねぇし、防具なんざもいらねぇからな」
「そうか、ならば私も防具は必要ないな」

そんな私達のやり取りに、衆目の皆は色めき立つ。
だが、それは当然の事だろう。スポーツの意味を持つとはいえ、剣道は相手と直接打ち合うものであり、防具を身につけていても怪我をする可能性は十分ある。
竹刀にしても、確かに刃はついていないが、生身で受ければ肉など簡単に裂ける。十分凶器に足り得る。

だが、もとより私は剣道家ではなく、一介の騎士だ。剣道の防具をつけない方がやりやすいし、相手に怪我をさせずに御せる程度の力量もあると自負している。
ならば、むしろ防具は付けない方が色々と都合が良い。

「さて、……行くぜ?」

少年は肩に担ぐようにしていた竹刀をおもむろに振り下ろすと、僅か身を屈ませる。それが開始の合図。

私を見る眼光が険しくなったと思った刹那、少年の顔がすぐ目の間に在った。
その身のこなしは武術か何かの型に当てはまるものではない。ただ単に、思うままに力任せに踏み込んだという印象を私に抱かせる。
だが、杜撰などでは無い。まるでこれが一番の動き方だと宣告するような、シンプルながらも、だからこそ速い踏み込みで見事なものだった。

「ウラァッ!!」

だが、そんな動きに感心していられるばかりでも無い。少年は切っ先を床に擦るようにしながらに居た竹刀を、踏み込みの加速を乗せるかのようにしながら振り上げてくる。
間合いの計りも完璧なそれは、まるで吸い込まれるかのように私の胴を薙ぎ払わんと打ち込まれる……!

「ふっ──」

それを私は、阻むように自身の竹刀を割り込ませて防ぐ。同時に竹刀を伝って打ち込みの衝撃が手に伝わってくるのを感じる。
確かに少年のこれまでの一連の流れは見事であり、生半可な腕では防ぐ事は敵わずこの一撃の前に伏していた事だろう。
だが、少年はわざわざ踏み込む直前に視線に攻め込む旨を込めて来ていたのだ。タイミングを計るのは難しくは無い。
おそらくは小手調べだというのだろう。難なく防いだ私をみて、少年には驚くでも感心するでも無い、何とも不敵な嗤いが浮かびあがる。

「──せぁッ!」

少年の小手調べは済んだ。ならば今度はこちらの番と、少年の竹刀を力づくで弾き返す。
私は一応は女性であり、少年は男性という性別の差はある。だが、成人の体格の私と子供の体格でしかない少年では発揮出来る力は歴然の差。
少年の打ち込みには速度も相まって相当な威力が込められていたが、私はそれ以上の力を上半身の膂力だけで生み出し、少年の竹刀を巻き込んで自身の竹刀を振り上げる。

結果、私は竹刀を上段に構えた格好となり、少年は弾き返された格好のままに隙を晒す。
この状況で私に攻めない理由は無いと、上段に構えていた竹刀を少年へ向けて振り下ろす!

「あぁ……っ!?」

耳に届いたのは主はやての漏らした声。おそらくは私の一撃が少年を打ち据えるという、一瞬先の未来に訪れるであろう姿を想像し、その様に思わず声が出たのだろうと思う。
最初に主には怪我をさせぬように言われるほどなのだ。心優しい主は、目の前で怪我をする少年の姿など見たいと思わないと私は理解している。

だが、私は振り下ろす竹刀を寸止めする気は毛頭ない。そのままの勢いで振り抜く!

「ハッ……」

何故なら、この程度はこの少年にとっては然程脅威ではないだろうと確信に近い予測が私の中に在ったのだから。
そしてそれはやはり事実だった。無防備で有ったはずの少年はしかしながら、半歩片足を後ろに引くという体捌きをしてみせる。
まるで私の振り下ろしの行く道を譲るかのようなその動きの前に、竹刀は少年の鼻先を紙一重で通り過ぎ、身体の何処にも打ち込まれる事無く、床に触れる直前に私が止めるまで空を切る。

……正直、驚いた。防御か回避はされるだろうとは思っていたが、今の少年は私の太刀筋を完全に見切っていたのだ。
それは偶然でも私の勘違いでも無い。避けながらも私の太刀筋を少年は最初から最後まで見極めるように視線に収めていた。
これは一朝一夕で出来るようなものではない。少年の実力は私の想像の上を余裕で行っていた。

「はぁッ!!」

ならば次だと、振り下ろした竹刀を切り返し、跳ね上げるようにして少年の胴を払いに行く。
だが、払った先には少年の姿が無かった。何処へ行ったかと思うよりも先に背筋に悪寒が走る。
危険を告げるその直感に従い落とした私の視線は、まるで床に這いつくばると言うほどに低く身を屈ませた少年の爛々と輝くような視線と交錯する。

──来る。

そう認識した時には既に少年の竹刀は振るわれている。私の竹刀は振り払われているため、殆どカウンターを取られたような形。
だが、元より私がこれまで放った攻撃のそのどちらもまだ全力では無い。故に、この状態であってもまだ引き戻せる!

直後、カウンターを取ったはずの少年の竹刀と、引き戻した私の竹刀が二度目の接触を果たし、甲高いような音が道場内に再び響き渡る。
私と少年の視線はまだ交錯したままであり、お互いに攻める気に満ちている事だけは良く分かった。
ならばここで間を置く必要も無い。更に攻め立てるべく竹刀を振るう!

……だが、私は攻め切れないでいた。理由は単純明快。明らかに不利であるというのに、この少年もまた守勢に回る事無く攻め立ててきたのだから。

体格に差がある以上、パワーはもちろん、リーチも私の方が上。常に先手を取れるのはこちら。その証明として少年の間合いの外から袈裟に払いと竹刀を打ち込んでいく。
だが、少年は私の踏み込みを前にしても一歩も引き下がらない。むしろ逆に私が鋭く踏み込めば、それ以上の鋭さで踏みこんでくる。
そこから少年は攻撃を加えてくるのだが、彼は最初に言っていたが剣道家では無い。いや、それ以前に剣士とも違った。
攻め手は手にした得物にこだわる必要は無いと、竹刀だけでなく拳や蹴りも容赦なく飛んでくる。その様は戦う者という意味での『戦士』と称するのが一番正しいのだろう。

だが、私が一番戸惑うのは、そんな少年のスタイルにでは無い。
少年が攻め合いにおいて後手に回るのが当然だと言うのに、常に先手を取ろうと立ち回ってくる。その一点だ。

少年は攻めるために、防御を最小限としている。
竹刀を使って防御する事はあるが、それはあくまで回避が出来ない場合だけの緊急措置かというように、数が多くない。
具体的には、最初の私の袈裟斬りを避けた時のように、全てを紙一重で回避する。

その様は、はっきり言って異常に見える。
踏み止まるべき死線を踏破しようなどとは、してはならないもの。その境界線を踏み越えたなら訪れるのは必然として『死』なのだから当然だ。
だというのに、この少年は容易く死線を踏み越えて私の懐へ入り込もうとしてくる。
この少年は死に対する恐怖というものがないのか、何故そこまで自分を蔑ろにするような選択をする事が出来るのだろうかという疑念が湧く。

(……いや、これは違う)

だが、すぐにその疑念は正しくないと私は思った。
確かに少年は死線を越えてくる。だが、結論を言えば少年は死んではいない。今も私へ向けてその猛威を振るってくる。
少年は未だに五体満足のまま私の前に立ち塞がっている。ならば私が死線だと思ったそれは、実のところは死線では無かったという事。

相変わらず少年には自信に漲る嗤いを浮かべ、その表情からは上手く感情が読み取れない。これは少年にとっての一種のポーカーフェイスなのだろう。
だが、直接剣を交えて感じる事だが、少年は別に死を恐れないというわけではない。むしろ何をしようとも生き残り、そして勝つという気概が感じられる。
そして、だからこそ躊躇なく死線を踏み越えてくる。

生きるために死線を踏み越えるというのは矛盾しているようだが、少年はただ生き残るのではない、勝利を収めた上で生き残ろうとしているのだ。
生き残るだけなら、ある程度距離を置いておけば良い。勝ちたいだけなら肉を斬らせながら相手の骨を断てば良い。
だが、少年が望むのはその両方であり、だからこそ極限まで死に肉薄したところまで踏み込む。故に、普通なら死線の範疇に収める誤差のギリギリを見極め踏みこんでくる。
その見極めが本当に薄皮一枚のところまで踏み込んでいるから、他者には死線を越えているように見える。おそらくは、そういう事なのだろう。

これは実際に剣を交えただけの私の勝手な推測だが、おそらくは当たっていると思う。
思いながら、この少年の精神力の強さこそを恐ろしく思い、そしてそんな戦い方を当然と行う少年を悲しく思う。

少年の戦い方は、誰かと共に戦うものではない。単騎で軍勢に戦いを挑み、そして勝利を収めようというソレだ。
援護は無いから独自で生き残らねばならず、そして勝たねばならないから攻め続ける。
敵は一人倒して終わりではないから、最小限の労力で目の前の相手を倒さねばならず、引けば押しつぶされるしかないから、常に前へ進まねばならない。
はっきり言って無茶苦茶であり、共に戦う仲間の居る私にはとても真似は出来そうにない。

これは、単に私も妄想でしかないのかもしれないが、もし本当にこの少年がずっとそんな戦いばかりを繰り返し、そして生き残って来たというのなら、確かに強くて当然だ。
同時に、常にそんな戦い方をするしかなかった少年を取り巻く状況に、何故そんな生き方を強要したのだと憎々しく思う。

だが、だからこそ私にとっても強敵足り得るとも理解する。
その想いを込め、一際強く打ち込むと、思考をしながらも今まで幾合と打ち合っていた中で初めて少年は後退をして見せる。
そして、相も変わらず過剰も不足も無い。それだけの実力があるという自負を示すかのように強く嗤う。

「さて、腹の探り合いは十分だろ。そろそろお互い本気でやりあうか?」
「ああ、そうだな。ここまで来たら行くところまでいこう」

本当に、今までも類を見ない相手に心が奮い立つ。
加減は無い。全力で行かせて貰う……!



Side:ヴィータ


「すげぇ……」

目の前で繰り広げられている攻防を見て、そんな思いしか湧きあがってこなかった。
最初に僅かに言葉を交わしただけですぐに始まったこの勝負は、幾合の交錯を経ても決着は未だについていない。
それどころか、今までずっと互いに動きを止める事無く攻め合う様相を演じる。

シグナムは今魔法を使っていない、純粋な剣技だけで戦っている。ベルカの騎士なのだから魔法なんて無くても並の相手に後れをとったりはしない。
だが、あの憎たらしいヤツは、真正面からシグナムとやり合っている。その事に信じられなかった。

全体的に見ればシグナムの方が押しているんだけど、あいつはギリギリのところで踏み止まり、一度たりとも守勢に回る事無く攻め立てようと竹刀を振るう。
下から横からと、あいつの剣筋は変幻自在の軌跡を描き、更には拳や蹴りも交えて手数を増やす。

それはシグナムの剣のように正道を行くのではなく、何でもありの邪道の様なものだ。それでも確かにシグナムとやりあえているのが、あいつの実力を証明している。
あたしもあいつは強そうだとは思っていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。
隣を見れば、はやては最初こそ危ないような場面に小さな悲鳴を漏らすようにしていたのに、今はただ驚きを抱くだけで、何も言えずにただ見守っていた。
いや、はやてだけじゃない。ふたりの発する戦いの空気に呑まれたかのように、誰もが言葉を発する事も出来ずに息を飲んで成り行きを見つめている。
道場の中は、ただシグナムとあいつの竹刀を打つ音と、踏み込みにより床を軋ませるような音。そして気迫の籠るふたりの声だけが響いていた。

そんな中で、一際強く竹刀をぶつけ合ったふたりは、鍔迫り合いをする暇も無く弾かれ合うように距離を置き、ここでようやく一息つくかのように睨みあう。
これを好機と、周囲の連中は今更呼吸のやり方を思いだしたかのように溜め息を吐く。どうやら、みんな余程緊張していたらしい。

「さて、腹の探り合いは十分だろ。そろそろお互い本気でやりあうか?」
「ああ、そうだな。ここまで来たなら行くところまでいこう」

だが、剣呑ながらも何処か楽しそうに交わすふたりの会話を聞いて再び色めき立つ。
今まででも十分すげー内容だったというのに、ふたりともまだまだ本気では無かったと知って信じられないとでもいうような想いが道場内に広がっていく。

……だが、あたしはそんな驚きよりも、これ以上はやべーという思いの方が強い。
確かにシグナムの事を良く知っているあたしは、まだセーブして戦っていたという事は分かっていた。相手の方も、ハッタリのようには見えないのだから本当だとも思う。
まだ上のレベルでの戦いを繰り広げる事は出来るんだろうと予想は出来ている。

だが、今やっているのは試合だ。これ以上やりあおうとしたなら、それは既に死合い、殺し合いの域に達してしまう。
シグナムは基本的に冷静なヤツだけど、アレでバトルジャンキーな側面がある。本当の全力を出すに足りる相手と出会ってその心を燃え上がらせている。
ここで終わりにするという選択肢が頭の中から吹っ飛んでいやがる。

けど、それはダメだ。あたし達はずっと戦いの中で過ごしてきたけど、今は違うんだ。
初めて出会った優しい主であるはやては闘争を望んでいない。穏やかな日々を望んでいる。
さっきはあたしも長年の『敵は力づくで排除する』という習慣に従ってあいつをぶっ飛ばそうとしてしまったけど、それははやてに止められたんだ。
だというのに、今のシグナムは戦う事しか考えていないように見える。それは戦いが自分達の本分であり、それしか無いというように感じられる。
また過去の自分達に立ち戻ってしまいそうで怖くなる。

「シ……」
「行くぜ!!」
「来い!!」

だから、これ以上はやってはいけないと止めるために声を上げようとするけど、そんなあたしの想いを掻き消すかのように再びふたりの戦いが始まってしまった。
それは、本人達が公言していた通り、先程までよりもさらに苛烈さを増している。
振るわれる竹刀が互いを喰らい尽くそうというように互いをせめぎ合う。模造刀である竹刀であろうとも、その一撃を受ければタダでは済まない攻めの応酬。
今のところはふたりとも相手の攻撃は上手く捌き切っているから、被ダメージは無いけど、このまま続けていたらどちらかが大変な事になる。
道場の連中もあたしと同じ事に思い至ったヤツ等が居たらしい。遅まきながらもふたりの戦いを止めようと動く。

だが、それも出来ない。まるで剣によって結界が作られているかのように、近づく事もままならず、声をかけようにも、ふたりの気迫の前に呑まれてしまって届ける事が出来ない。
あたしも割って入りたいと思うけど、ここは管理外世界であって魔法なんて無いとされている世界なのだから使う事は出来ない。
魔法無しではこの自分の体格では大した事は出来ない。
念話でシグナムに止めるように言おうとも思うが、今シグナムが動きを止めたらあいつの攻撃の餌食になるだけだ。

どうするべきかを焦りながら、なんとか無事に済んでくれと祈りに似た思いを抱く。

……そして大体5分ぐらいの時間が流れた。
あたしとしては体感としてもっと長い時間が経っていたような気もしたが、後から時計を見たらそんなもんだった。

再び交錯が始まってから、一切の停滞も無く攻め合うふたりが距離を取る。というか、あいつの方がシグナムに弾き飛ばされたのを利用して距離を取ったようだったが。
だが、これは好機だ。またやり合い始めたら大変だとふたりの間に割って入ろうとする。

「チッ、この勝負はオレの負けだな」

それよりも早く、あいつは自身の敗北を宣言していた。竹刀を持つ手も下げているのだから本当にこれ以上の続行する気が無いように見える。

「……どういうつもりだ?」

シグナムはそんなあいつの態度に訝しげにしながら、その理由を尋ねる。
確かに、今まで傍目に見ていても若干シグナムの優勢の中にあっても、まだまだ互角の様相を演じていたのだから、その疑問はあたしも同じだ。

「下らねぇ質問するんじゃねぇよ。ガキのオレがてめぇと最後までやり合える体力があるわけがねぇだろ」

そう言ってあいつは竹刀を手放すと、そのままゆっくりと後方へ倒れ込んでいた。
咄嗟に反応出来たのは一番近くにいたシグナムだ。即座に駆け寄り、受け身も何もない、あいつが床に頭を打ち付けたりしないように抱きかかえる。

「ごほっ、かはっ……!」

シグナムに抱えられたあいつは、極度の疲労からまともに呼吸が出来ないのか、荒いなんてものじゃねぇレベルで呼吸をする。
いや、なんだよそれ。確かに子供なんだからシグナムと同じくらいの体力があるわけはないけど、直前までそんな倒れるような素振りなんて無かっただろ。

「だ、だいじょぶなんか!?」

ほんの少し前までの激闘など無かったかのように咳き込むあいつの姿に、尋常ではない雰囲気を察して、あたしとはやてもすぐに駆け寄る。
近くで見ると、その顔色は青いを通り越して土色に見えるほどだ。明らかにヤバイ。早く治療か何かをしなければという程の危険な状態であると感じさせる。
ここはもう、魔法の秘匿なんて言っていられない。あたし達の中でその手の専門であるシャマルを呼ぼうとも考える。

「ハッ、こんな寝てりゃ治るような事に一々心配するなんざ、随分とまあ暇人だな」

だがこいつは、荒い呼吸も顔色の悪さをも呑み込んで、不敵に嗤ってはやての問いに答える。
無理をしているのは一目瞭然だと言うのに、その瞬間はまったくの動揺もないかのような態度に誰もが二の句を告げない。
そして、こいつはそのまま瞳を閉じると完全に脱力をしてみせていた。

「ちょ、病院か何処かに……」
「大丈夫です。眠っているだけです」

シグナムに抱えられたままのこいつは相変わらず顔色は悪い。だが、確かにシグナムの言うとおり、今のこいつはただ眠るかのようだった。
それは自分の体調を整えるために、自身の呼吸をする事に集中して身体を全力で休めようとしているのが分かった。
ぶっ倒れるまで動き回って、倒れたら倒れたで今度は回復に努める。妥協はない、極端から極端へと尽くすこいつがなんなのか、まったく分からない。

そんな思いを、不敵なそれでは無く、安らいだかのように目を閉じているこいつの事を見ながら思っていた。



Side:ソウル


道場の片隅で何をするでもなく横になっている。冷たい床がなんとも気持ち良いんだが、硬いのが難点だな。

『ああ、明日以降の筋肉痛が怖いよ……』

意識の中で了がボヤいていたが、確かに限界を超える程度には暴れたんだ。普段から鍛えていたとしても、筋肉痛はなるだろうな。
だが、それはオレの知ったこっちゃねぇ。明日まではオレが身体を使ってやるが、以降は了の領分なんだから適当にやれってんだ。

「あ、気が付いたん?」
「気が付くも何も、最初からオレは寝ちゃいねぇよ」
「そか」

大分呼吸も脈打つ心臓も落ち着いたしなと目を開ければ、最初に視界に入って来たのは、オレの顔を覗き込むようにしていたはやての顔だ。
オレが目を開けた事にほっと一安心でもしたように柔らかい笑みを浮かべるその姿から、随分と心配していただろう事はすぐに分かる。
だが、オレとしては現状は気に掛ける程でもねぇ。はやての視線は受け流しつつ上体を起こす。

「……済まなかった。久しぶりの強敵と剣を交える事が出来て、調子に乗り過ぎていた」

で、次はと現れたのはシグナムだ。何を言うのかと思えば、謝罪の言葉と共に深々と頭を下げてくる。
どちらかといえばオレを諫める立場でシグナムは試合をしたんだから、謝るのは筋違いだと思うんだが、ふと隣を見れば、はやてがシグナムの殊勝な態度に満足げにしていた。
なるほど、どうやらオレを倒れさせた事に憤った、素人であるはやてがシグナムに謝るよう仕向けさせたってわけか。
詳しくは知らねぇが、ヴィータ含めてはやての方が立場は上らしい。

「てか、ぶっ倒れる直前まで動きを鈍らせないなんて、てめーはどんだけ往生際がわりぃんだよ」
「死ぬよりは、最後まで足掻いていた方がいいだろ。その程度も分からねぇからてめぇは赤いチビなんだよ」
「それ、あたしが小さいのは関係ねーだろ!!」

謝罪なんざどうでもいいと返そうともしたが、それより先にヴィータが声をかけて来たんで、丁度いいと有耶無耶にするべくヴィータをからかってやる。
ひとり怒って見せるヴィータだったが、オレが笑ってやって見せると、はやても、そしてシグナムの方も苦笑を漏らす。そんな周りの反応にさらにヴィータの機嫌が斜めになる。
ま、一部除きこれだけ空気が和めば充分だろ。

「んじゃ、十分休んだし、そろそろオレは帰るぜ」
「大丈夫か。なんやったらシグナムに送らせるけど?」
「居らねぇよ。オレはちゃんと自分の限界は把握している。余計な心配はむしろ邪魔だ」

手足にも十分力が入る。後は家で寝ていりゃ十分だと立ち上がると、はやてが送迎の提案をするが、それはマジでいらねぇ。
シグナムの事だ。あまりグダグダとオレを倒れさせた事を引きずる事は無いと思うが、それでも帰りつくまでに何度か謝罪される光景が思い浮かぶ。
更には、再戦をしたいと言いそうな気もするが、オレは別に戦いたがりじゃねぇ。今回は気が向いたからの例外だ。付き合う気はねぇし、どうせ此処にはもう来ないんだから、逢わないつもりだ。

「なあ、君の名前、ちゃんと教えてくれへんか?」
「あァ? 何でもう別れ時だってのに、んな事聞くんだよ」
「ほら、袖触れ合うも多少の縁とかいうやろ。いい加減観念して教えて欲しいんよ」

さっさと出口に向かうが、オレの背中に向けてはやてが名前を尋ねてくる。
ったく下らねぇな。オレはてめぇらと顔を合わすと疲れそうだから、これで縁を切りてぇんだよ。

「……ソウルだ。オレを呼びたきゃそう呼びな」

そう思いながらも、遅まきながらに名乗ったのは、まあ、オレは何だかんだといって、こいつらを気に入った部分があるからなんだろうな。
縁を切ってしまえば楽だっていうのに、次があるかは分からねぇが、それでも繋がりを作ろうとしているのは我ながら阿呆だと思う。
そして、同時に悪くねぇとも思っているんだから始末が悪い。

「って、あからさまにソレ偽名やろ」
「ああ、オレの本当の名を知りたいってんならもっと女を磨いてから出直してこい」

“魂喰らい”(ソウルイーター)ってのは、オレの魔術師としての通り名であって、本当の名前は既に失った。捨てたではなく、単に失ったものだ。
オレ以外では唯一、了はオレの本当の名前は知っている。だが、了は呼ばねぇし、オレももう二度と名乗るつもりはねぇんだから、本当に意味を失っている。

それでも、まだオレはその名を覚えている。もし生涯を共にする伴侶でも見つかったら、そいつにだけには教えてやるのも、悪くはねぇかもしれない。
そんな事をふと思った。

だが、それは思っただけだ。実際にはオレと共にあろうなんて奇特な女なんていねぇだろうし、それ以前に、そもそもオレが誰かを選ぶなんて真似をしない。
この身体はあくまで了の物であって、オレは居候の身だ。その手の事は了が勝手に決めればいい。

ま、そんな未来の事なんざ、今はどうでもいいと、この思考の一切は棄却する。
只今は、それなりに楽しく休日を過ごせたなと思いながら、道場を後にするだけだ。

……ちなみに、後日はばっちり筋肉痛になって了が苦しんでいた。









あとがき

これはある日のソウルの休日の過ごし方という第二十二話。
本当ははやてとはジュエルシード探索時に出会う予定だったんですけど、テンポが悪くなるなと全削除して、今回で初顔合わせという形になりました。

ソウルの戦い方は、フェイトレベルが見るとただ危なっかしく見えるけど、シグナムレベルの人から見ると危ないというより凄さが際立ちますという話でもありますにょ。



[14283] 第二十三話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/09/23 13:34
 
唐突だけど、最近魔法の練習を始めました。

本来なら管理世界外の住人である僕に魔法は教えて貰えないはずなんだけど、そこはジュエルシード事件の報酬という理由でオッケーが出ました。

曰く、なのはみたいな高ランク魔導師だと管理外世界での長期の滞在とかデバイスの所持は原則的に出来ず、それをしたいというのならば相応の許可が必要らしい。
だけど、僕の資質は低い方なので比較的簡単に許可は取れたんだって。

というか、なのはも元々この世界の住人なのに改めて許可を取る必要があるとか意味が分からないんだけど……。
まあ、それはなのはがこれからも魔法を使いたいという要望の結果なんだろうなと思う事にしよう。

……ジュエルシード事件に関わっていたのはソウルであって、僕はあまり関与をしていないので、本来なら受け取る報酬はソウルに取って益のあるものであるはずだった。
けど、実際にはソウルには欲しいと思う物が無くて、管理局側にしても何を出せば良いのかが案が出てこず、出たとしてもソウルに興味が無いと却下され続けていた。
それで、折角だからと「じゃあ空を飛ぶ魔法を使ってみたい」と僕が冗談半分で言ったら、何故かそれが通ってしまったのが、僕が魔法を教えて貰う事になった経緯だ。

まあ、実際には色々と交渉があって、管理局側は万年人手だから有能な人材はキープしておきたいとか、未知の技術である『魔術』の使い手と繋がりを持っていたいとかがあったらしいけど。
とはいえ、あんまり詳しく言っても仕方が無いので、軽く流します。

そんな訳で僕は魔法を習っているわけなんだけど、実はあまり順調ではないっぽい。
僕の魔力資質の調査をして貰ったんだけど一部の例外を除き、全体的にランクは平均かそれ以下という結果がでた。
お目当てだった空戦適正は幸いにもランクはBと比較的高い方だったんだけど、ランクA未満での飛行魔法の習得は大変だと言われた通り、中々上手くいかないです。

それと、僕の魔法の練習は最初はなのはからレイジングハートを借りてやっていたんだけど、レイジングハートに『魔力の発露が静か過ぎて補助がやり辛い』と言われてしまった。
要は、僕はインテリジェンスデバイスと相性が悪い事が発覚したんだけど、まさか普段の修練の成果がこんな形で出るとは予想外にも程があった事に吃驚したのは記憶に新しい。

けどまあ、魔法習得は別に急ぐ理由も無いし、他の魔法に用はないので飛行魔法一本に絞ればそれなりにいけると思う。
もうすぐ夏休みだし、この長期の休みを利用してちょっと特訓でもしようかな~と思っている次第です。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第二十三話



Side:了


それはある日の昼休み。学校の屋上での出来事だった。

「そういえば、アリサちゃんとすずかちゃんは今年の夏休みもやっぱり海外で過ごすの?」

この間のちょっとした出来事から、名前を呼び捨てにする事になった何時ものメンバーと一緒にお昼の弁当を食べている時の事。
なのはがふと思い出したように、もうすぐ来るみんな楽しみ夏休みの話を切り出して来た。
話しぶりから察するに、アリサとすずかは毎年夏休みは海外旅行に行っているように聞こえるけど……?

「まあ、海外の親戚とかに挨拶もあるしね。今年も夏休みの前半は家で過ごすけど、後半はアメリカね」
「わたしもお姉ちゃんがドイツに行くから、それについて行くつもりだよ」

さらっと返って来た答えは、なのはの問いを肯定するものだった。そして、その答えに僕は吃驚だ。
僕としては、わざわざ言葉の通じない土地に旅行に行ってどうするのかと思うし、それ以前に貧乏人には旅費すら無いから、ただの旅行はもちろん海外なんて行った事など無い。
だというのに、アリサやすずかが小学生の身の上で海外旅行は当たり前と言うのは、ちょっとしたカルチャーショックだ。

「あ、僕は旅行のお土産なら記念に残る物より食べれる物の方が嬉しいな」

とはいえ、僕とアリサ達の価値観が全然違うのは今に始まった事では無いので、気にしても仕方が無い。
それよりもお土産だ。僕は正直に言ってしまうと、お土産を貰っても感動が薄い方なので、記念品のような物を貰っても単に物置に積まれるだけ。
なら食べる物の方が食費も浮いて良いという経験論だ。お土産の渡し甲斐が無いと以前に言われた事はあるけど、こればっかりは仕方が無い。
まあ、現在はバニングス家にお世話になっているから、あんまり食費を気にする必要もないんだけど。

「何言ってんのよ。あんたもあたしと一緒に行くんでしょ」
「いや、それは完全に初耳なんですけど?」

と思っていたら、アリサにそんな事を言われてしまった。
というか何時の間にそんな話になっていたのか本当に知らないから、そんな呆れた様子で言われても困る。

「だって、あたし達が海外に行ったら家に誰も居なくなるじゃない。だったらあんたも連れて行った方が色々と安心でしょ?」

う~ん、まあそれは分からない訳じゃない。
家主一家は旅行に出て、使用人の多くもそれに合わせて休みを取る事になるだろうし、誰も居なくなるというのは予想できる。
まあ、あの大きな屋敷の管理や飼っている多くの犬達の世話をするために、全員同時に居なくなるわけじゃないとも思うけど。
なんにせよ、そういう事情もあるなら僕も海外に行く事が決定事項になるのは自然な流れなんだというのは理解が出来る。
どうせ戸籍と同じく、パスポートなんかも既にあるんだろうし。

「まあ話は分かったけど、正直僕としては旅行について行くのは遠慮したいなぁ」

だけど、残念ながら今回に限ってはお断りをしたい。
今年の夏は魔法の基礎固めを予定しているので、あまり海鳴市から離れたくないのだ。
一応は教導メニューがあれば何処でも練習をやる事は出来るんだけど、人目を避けたいという事を考えると、慣れ親しんだ場所の方が色々と都合がいい。
それに、家族団欒なんだろうから、僕は遠慮しておこうという考えもあるし。

「ダメよ。あんたの旅行参加は既に決定事項で拒否権は無しよ」
「いや、それは横暴という物だと思います」

前もっての説明もなく、突然旅行に行くと連れていかれたら、それはある意味拉致です。犯罪です。

「まあそれは冗談にしても、家に誰も居なくなるのにあんたは何処に住むつもりなのよ?」

いや、あんまり冗談に聞こえなかったんですけど。という話は置いておくとして。う~ん、住む場所かぁ。

もし前の“世界”の友達なら、ここは迷わず山籠りをするとか言うんだろうなぁ。
彼女は『修行っぽいから』という理由だけで旅に出て、『遠いから』という理由だけで目的地を極東の地ともっぱらの評判の日本に定めて、遠くはイギリスから来たくらいだし。
こういうシチュエーションなら、むしろ嬉々と山へと突貫していきそうだ。

でも、あいにくと僕にはそこまではっちゃけた事をやる気はないので、出来る事ならちゃんと屋根のある場所で寝起きをしたい。
そう考えると、野宿は無しの方向になるので、何処か部屋を借りるか何かをするべきか?
一人暮らしは慣れているので、家事とかはいくらでもこなせるから問題は無いんだけど、やっぱり先立つモノとしてお金が困る要因になるんんだよなぁ。
バニングス家からすれば生活費込みのアパートの家賃の支払いは問題にもならないと思うけど、実際にお金を工面して貰うのは気が引ける。

というか、そもそも遠慮は要らないから旅行に一緒に行こうと押し切って来そうな気もする。

「ねぇ了君。そんなにアリサちゃんと旅行に行くのが嫌なの?」

僕が夏休みをどうやって過ごそうかと考えていたら、すずかに声を掛けられた。
どうやらすずかは僕が旅行には着いて行かないという前提で物を考えているという事に気付いたような雰囲気だった。

「いや、別に旅行自体を嫌だとかは思っていないよ。
ただ、今年は夏休みを利用して特訓の基礎固めに集中したいと思っているのが理由だよ」

横目で見れば、ちょっと寂しそうにしていたアリサの事もあるし、魔法の事は隠したまま、本当の事を答える。
まあ、アリサは僕が毎日修練を積んでいる事は知っているのだから、こう言えば足りない部分は自分の脳内で補完してくれると思う。

「とはいえ、世話になっている身としては強く誘われると押し切られそうなんだけど……」

実際、旅行に乗り気ではないけれど、絶対に嫌というわけでもない。魔法の練習もまた期限があるわけじゃない。
むしろ旅行にはついて行くべきなんだよなぁという現実もあるし。

「あたしは別に、あんたのそのやりたい事を蔑ろにしてまで我を押し通すような真似はしないわよ」

だけど、どうやら旅行に行かなくて済むようだった。まあ、アリサは気丈に振舞おうとしているけど、何とも残念そうに見えるのが心に痛い。
ただ、そうなると夏休み中の住む場所はどうするかという問題が改めて浮上してくる。
まあ、一番いいのはバニングス家の管理の手伝いをするから、今のまま住まわせてもらう事なんだけど。
さてさて、どうしようか……?

「ねえ、だったら夏休みの間、わたしの家に来ない?」

そんな中、なのはから提案が上がる。そして、それはいい案だとも思う。
元々、魔法を教えていたのはユーノだったんだけど、彼はもうアースラの方行ってしまっているから、現在は高町家にはいない。
でも、なのはのレイジングハートが教導メニューを組み立てたり、アースラから情報を貰ったりと色々とやっている。
だから、そんななのはと一緒の方が魔法の勉強ははかどりそうだ。
それに、なのはの両親である士郎さんや桃子さんは以前の旅行で会った事や、経営している喫茶翠屋にアリサに連れられて行ったりした事があるので人となりは分かっている。
だから、色々と楽は出来そうだ。

「でも、いいの?」
「うん、きっとお父さんとお母さんもいいよって言ってくれると思うし」

一応、確認してみるけど、別に冗談で言ったわけでは無いみたいだった。
そしてアリサはアリサで、なのはの家なら安心して預けられると言っていたけど、そんなに僕って頼りないのかと聞いたら大真面目に頷かれてしまった。
うん、軽くショックです。




……これが、夏休みは高町家にお世話になる事になりましたという経緯。
そして時間は進み、夏休みも半ばを越えた現在、高町家に普通にお世話になっているという話に繋がるわけです。
とはいえ、お世話になる場所が変わったとしても生活サイクルが特に変わる事無く、夏休み中の小学生らしく、のんびり過ごさせて貰ってます。

そして今も、何時もの通りに朝起きて修練に励んでいるところ。
なのはは近くの公園までランニングに出て、そこで魔法の練習をしているらしいけれど、僕の朝の習慣的に、なのはについて行くのどうかと思ったので別行動。
そもそも、僕はまだまだ魔法を満足に扱えず、今は机上で理論をしっかりと確認する段階だから、なのはについて行ってもする事がないからなんだけど。
なのはのようにデバイスを持たない僕は、こうやって魔法の構築と制御の式をちゃんと覚えないといけないわけなんです。

というか、魔法の勉強をしていると、なのはってすごいんだなぁと改めて思う。
ド派手な魔法戦に目を奪われがちだけど、なのはは魔法に触れてからまだ半年も経っていない。
僕がこうして地道に魔法の構築式について勉強しているというのに、なのはの場合はその過程をすっ飛ばして結果を得ているんだから凄いという物。
レイジングハートという優秀なデバイスを使っているにしても、この習得速度は感嘆の思いしか出てこない。
その才能の上に、本人も努力を怠らず常日頃から魔法の練習を欠かさないのだから、成長率もまたとんでもないんだよなぁ。

ただ、本人は感覚的に魔法を使っているから、細かい理論に関しては少し穴があるみたいだけど。
この間、空を飛ぶコツを聞いてみた時なんかは、逆に僕がどうして飛べないかと首を傾げられてしまったぐらいだし。
なのはさん。全体的に見て空戦魔導師の方が少ないのであって、ほんの数日で飛行魔法を使えるようになった君の方がおかしいんだよと教えてあげたい。

まあとにかく、朝は僕なりに日課の修練を積むだけです。
そんな事を思いつつ、イメージの中の弓を引く。
……うん、今日も何時も通り普通の出来だ。

「おや?」

などと考えながら弓を執る真似をしていると、声が聞こえて来た。
振り返ってみれば、ランニングでもして来たらしい、高町家の面々がそこに居た。

「おはようございます。士郎さん、恭也さん、美由希さん」
「ああ、おはよう。練習の邪魔をしてしまってすまないね」
「いえ、そんなに本格的にやっているわけじゃないので、気にしないで下さい」

一息入れるのに丁度良いと、それまでの過程を全てキャンセルして士郎さん達に改めて向き直る。
初めて会った時も思ったけど、ただ立っているだけだというのにその立ち姿にあまり隙が見て取れない。
それも当然、高町家ではこの3人は流派は知らないけど、なんだか古流剣術を修めているらしい。しかも、3人が3人とも相当な実力者と来たものだ。
そして今もまた、自宅の庭先にある小さいながらも立派な剣道場で修業の日々というわけだ。
……なのはの家は普通の家だと言っていたけど、十分普通から外れていると思う。

「それにしても見事なものだ。実際に射をやったら相当な腕なんじゃないのか?」
「まあ、自覚は無いですけど良く言われます。とはいえ、単なる趣味なので腕の良し悪しは別にどうでもいいんですけどね」

僕がどうでもいい事を考えている内に、恭也さんと美由希さんはそれぞれストレッチを始め、その間に士郎さんが声をかけて来たのでそれに応える。
僕は最初、士郎さんが恭也さんと美由希さんに剣を教えているのかと思ったけど、実際には恭也さんが美由希さんを指導し、士郎さんがその監督という形らしかった。
なので、実際に木刀を振るって鍛練をするふたりと違い、士郎さんには余裕があるのでこうして話しかけて来てくれるというわけだ。

「ところで、今日も手合わせをするかい?」
「はい、お願いします」

そして、今日も士郎さんが提案をしてくれたので、僕も頭を下げてお願いをする。
僕は今までイメージトレーニングで対戦の技術を磨いて来たけど、それを見た士郎さんが相手役を買って出てくれたのが始まりで、最近はこうして僕に付き合ってくれていた。
やっぱり相手の居る実践での方が得る物が大きく、そして実力が自分より上の人と相対した方が上達具合も上がるので、願ったりかなったりというところだ。

士郎さんが言うには、小太刀の二刀流を得意としているんだけど、それ以外にも武器は一通り扱え、もちろん素手でも十分いけるらしいので、僕に合わせて素手でやってくれる。
何でこんな人が喫茶店のマスターをしているのかは疑問だけど、まあきっと色々と事情もあるんだろうという事にしておく。

「それじゃあ準備はいいかい?」

見れば、向こうの方では恭也さんと美由希さんが木刀を手に打ち合っている。
それを確認しながら、士郎さんは木刀を持たないながらも、恭也さん達と同じような構えを取りながら、僕の真正面に立つ。
対する僕は、全身の力抜きながら、両手を等しく前に突き出すような構え。

僕のこれは傍目に見ると変な構えに見えるだろうけど、元々僕に攻めるつもりは毛頭なく、相手の攻撃を捌き切る事が目的だ。
そう考えると、片手を引くような構えより、最初から両手とも前に出している方が、単純に考えても防御の手が2倍に増えるので、こっちの方が良い。
最初は士郎さんにも変な顔をされたけど、今ではこれを認めてくれているので、やはり考え方は間違っていなかったんだなぁと一安心中。

……瞳を閉じて静かに呼吸を整え、心を、そして身体を『空』と成す。
そして、ゆっくりと、再び瞳を開く。

「はい、何時でもどうぞ」

僕の大丈夫というのを合図として、士郎さんが拳を僕に向けて放ってくる。
基本的には、士郎さんが打ってくるのを、僕が捌いて避けて行くという形だ。今は朝の簡単な鍛練なので確認するようにゆっくりめの動作で拳を打ち出してくる。
けど、進むにつれてその動きの回転率が上がってくる。さらに興に乗ってくると蹴りも混ざってくるのだから気が抜けなくなっていく。
それでもちゃんと僕の現在の技量の少し上をキープするようにしてくれるから、僕の技もそれに引き上げられていく感覚だ。

「ふっ!」
「ふわぅ!?」

まあ、結局は僕の敗北でいつも終わるんだけど。
士郎さんの突き出した拳を避けきれずに尻もちを付くと、眼前で拳が寸止めにされる。
そして士郎さんが握りしめたその手を解いてそのまま差し伸べてくれるので、その手をとって僕も立ち上がる。
魔力で身体能力を底上げしていれば話は別なんだけど、基本小学生の身なので、勝てない事の方が当たり前です。
この間の剣道場でシグナムという人とまともに戦ったソウルの、その凄さが改めて感じる思いだ。

「それにしても、了君の格闘術は我流だという話だったけど、見事な物だよ。素手に限定するなら、あるいは既に美由希より上なんじゃないか?」

などとお褒めの言葉を頂きましたが、これは喜んで良いのか悪いのかがイマイチ良く分からないです。
剣士なのに格闘も十分に出来る士郎さんがおかしいのであって、剣士なのに武器を持たされず、その上女性の美由希さん相手に勝てても微妙な気がする。
ああでも、以前に小耳にはさんだ事だと才能で言えば美由希さんが一番優れているらしいけど、それでも今現在の実力で考えると……う~ん?

「……ところで、了君のご両親はどんな人だったんだい?」
「僕の両親、ですか?」

僕が判断に困っていると、士郎さんが不意に質問を投げかけてきた。
中々に唐突だとは思うけど、別に答えない理由も無いしなと思いつつ、美由希さんへの判断は保留として、士郎さんへの質問の答えようとする。
でも、あの両親についてなんて言ったら良いのかが咄嗟に出てこず、思わず腕を組んで唸り声をあげてしまう。

「ああ、別に答えにくい事なら無理に言わなくてもいいんだよ」

そんな僕を見て、なんだか士郎さんが急に取り繕うように言葉を重ねてきていた。
まあ、アリサの父親であるデビットさんとは懇意の間柄だし、僕の事情についても幾らか聞いているのかもしれないから、僕の両親が居ない事に気を使ったのかもしれない。

「いえ、別に答えにくいとかじゃなくて、単に両親に対して印象が残っていないんです」

でも、僕としては両親が死んだのは随分前の事だし、その事を引きずっている事は皆無なので、なんて事は無い。
なので、気にしないで下さいと前置きをしてから、改めて質問に答える。

「僕は元々身体が弱くて、それこそ昼夜を問わず付きっきりで看病してくれていたんだから大事にはされていたと思います。
ただ、『アレ』は病気とは違うので、痛いでは言い表せないほどの激痛が常時身体を駆け巡っていて、とてもじゃないけど意識を維持出来なかったんです。
だから意識の維持を放棄して心を空っぽにして過ごしていたから、親の事も覚える余裕が無かったというわけです」

僕の身体が弱かった要因は、常時魔術回路を解放し続けた事に起因する。
元々の僕の家もまた、他の魔術師の家と同じく『根源』に至るために祖先から脈々と魔術刻印を継承し、そしてとある“魔法”に至るべく歴史を積み重ねて来た。
その“魔法”を得るための過程として、僕は生れた時から魔術回路を調整されていて、更に頑丈にするべく、強制的に鍛えさせられていた。
魔術回路に限らず、身体は使えば使っただけ鍛えられるという理由で僕の魔術回路が常時展開され、その為の呼吸の魔術である“還元の風”(リバース・エア)だった。

息を吐くと共に自身の魔力を外へ放出し、息を吸うと共に大気の魔力を自身に取り込む。
消費した魔力と回復する魔力の量は同じか回復の割合が低いので、普通に使おうと思っても意味の無いその魔術。
だけど、魔術を常に使うという観点からすれば丁度良い物だった。何といっても人体の呼吸に合わせれば常時展開も楽に出来るし、魔力の消費も総合的に見れば少ない。
そうやって僕の魔術回路を強制的に限界まで頑丈にするべく鍛えられていったのだった。

ただ、魔術回路は普通に開くだけでも少なくない苦痛を帯び、維持のための集中力を強いられる。
そんな物を常時展開なんてしようとしたら無茶もいいところ。その影響で、僕は昼夜を問わず、まともに眠る事も叶わない程の苦痛と血反吐を毎日味わっていたわけだ。
一応は家の人達は僕が死んでしまわないように魔術や薬を使って生命を強制的に維持させていたけれど、無茶な事には変わりは無く、また痛み自体が緩和される事も無かった。

……うん、これは普通に発狂するレベルだね。
だからまあ、発狂しないように心を『空』にする方法を身に付けた訳なんだけど。
物心のつく前からの事だったけど、ナイスな自己防衛だったよ、僕。おかげでこうして今も生きていられます。

ちなみに、何故僕の魔術回路を限界まで鍛えていたのかは、僕の家では僕に魔法を習得させるのではなく、僕を『魔法を収める器』として完成させたかったから。
別に当時から僕に収める中身となる“魔法”が出来ていたわけではないけど、僕の身体に収める『モノ』は準備が出来ていた。
そしてその収める『モノ』を受け切れるように、魔術回路の運用は後付けできるから、まずは頑強さを優先したのがその理由だ。

もっとも、結局はその方式を実現する前に、僕の家族は僕以外を除いてみんな死んでしまったわけなんだけど。

……とまあ、これだけ言えば、僕の家族は僕を人間扱いというよりは実験体扱いをしている人でなし集団に聞こえる。
実際、魔術師なんて生き物は、大概は普通の人の常識から外れているものなのだから、あながち『人でなし』と言っても間違いではない。むしろ的を射ているといったところだ。
でも、実験体扱いと言っても、乱暴に扱われた事は無い。何時も労わりを以って大切に扱われていたと思う。

その証拠に、一度だけだけど旅行に連れて行って貰った事がある。
相変わらず僕は自発的に何かを出来る状態では無く、その時の両親の事を覚えていたわけでもない。
でも、楽しかったという想いは確かに僕の中にある。
そして今でも、その時に見た何処までも広がるような青い空と草原の事は心に残っている。

もし本当に苦痛しかそれまでの僕の生の中に無かったのだとしたら、こんな想いを抱いているわけが無い。
だからきっと、両親に大切に扱って貰っていたんだと思う。

たとえそれが、僕が“魔法”を得るための重要な部品であり、失われては困るという理由に因るものだとしても。

「僕は両親の事を尊敬したり、憎んだりするほど何かを覚えているわけじゃないです。
でも、父さんも母さんも僕を大切にしていてくれたはずだと信じています。
……まあ、僕に言えるのはこのくらいですね」

魔術に関しては、教えたところで同情は引けるだろうけど、そんなモノに興味はないので士郎さんには教えるつもりはない。ただ、僕の抱く両親に対する想いだけを伝える。
これが士郎さんが聞きたかった事かどうかは分からないけど、嘘は何もない。真実なのだからいいとする。

「あ、お父さんと了君、こんなところに居た。お母さんが朝ごはんが出来たって言っていたよ」
「ああ、分かった。すぐに行くよ」

さて、話は終わったかなぁと思ったところで、いつの間にか帰って来ていたなのはがひょっこり道場に顔を出していた。
ふと周りを見てみれば、既に恭也さんと美由希さんの姿は無かった。どうやら、知らずの内に話し込んでいたらしい。
そして、士郎さんがなのはの声に応える事で、この話は完全に終わっていた。そのまま朝食の場へと移動を始めるのだった。

……それにしても、両親の事を聞かれて久しぶりに『西岸』としてではない、『柾森』として在った過去に想いを馳せたなぁと思う。
今の僕は、柾森の魔術を受け継ぐ事を拒否し、祖先からの悲願の達成を不可能として柾森を断絶させたようなものだ。
それが良いか悪いかは分からないし、今の自分が幸せなのかどうかも分からない。

でもまあ、僕に出来る事といえば、胸を張って生きる事ぐらいなので、顧みる事はしても悔いるような事はしないつもりだ。
……それだけだ。


Side:士郎


先程は了君と少し話をしてみたが、確かに何処か異常性がある気がした。
朝食を終え、了君もまたリビングで寛いでいるその姿は、随分とマイペースのきらいはあるが、それでも十分普通の少年だ。

「そういえば、夏休みの宿題ってどれくらい終わったの?」
「うにゃっ」
「ぎくぅっ」
「いや、どうして美由希さんも驚いているですか?」
「あはは~」

今も娘達と和気あいあいと話している。そこに異常はない。
だが、元々デビットから、大まかな了君の事情については預かる際に聞かせてもらっていた。それを考えると、どうしてそこまで普通でいられるのかという疑問に行きあたる。

──いくら調査してもその過去は一切が出てこない。
──真面目で礼儀正しい少年だが、その冷静さと考え方が年齢にそぐわない。
──そして、その内に「ソウル」という名のもうひとつの人格を抱えている。

……多少簡略化されているが、聞いた話はこういったものだった。
中でもデビットが気にかけていたのは、『人格がふたつある』という部分だった。

元々、二重人格とはれっきとした精神の疾病であり、幼少時の精神的外傷によって発症するものであるのだから、了君の過去に大変な目に遭っていたのではと言っていた。
だが、それがなんなのかを確かめようにも、いくら了君の過去を調査してもなんら答えは出てこないし、ならば本人に聞くしかないとなっても、それは憚れるらしかった。

デビットは何だかんだと了君を、そしてソウル君の事を気に入っているらしく、このまま家族として迎え入れてもいいらしい。
だが、まだ了君自身からの信頼を勝ち得ているかは分からず、踏み込む事が出来ない。
元々忙しい身の上なのだから、余計に話を聞く機会に巡り合えないらしい。

そこで、了君が家に泊まりに来ている間に、それとなく昔の話を聞き出して欲しいと頼まれていたのだ。
家族と思うなら自分の力で成せ、と言いたいところではあるが、彼の事情に関しては俺も分かっている。ならば友人として手助けしてやろうと思っていたのだが……。

話を聞くに、精神的外傷になりそうな物は幼少時の身体の弱さが思い当たる。
本人は軽く言うが、意識を保てない程の激痛に苛まれる毎日を送っていれば、それは確かにトラウマになり得るもののはずだ。

だが、俺の勘だとそれは二重人格の要因ではないと思う。
何故なら、了君はその痛みをも受け入れていた。そして、そのために心と身体を『空』とする技術を身につけているという旨の事を口にしていた。
実際にその『空』の技を見せて貰ったが、これに関しては既に完成の域にある。これほどのレベルなら、心にもうひとつの人格を作らずとも、十分に苦痛に耐えられるはずだ。
正直、幼い身でこれほどの技を身につけるのは異常だとは思うが、人の防衛本能は時として常識を軽く凌駕するのだから、あり得ないという程ではない。

そして、この精神の在り方を考えれば、普段の冷静さや考え方にも納得が出来る。
ただ、心を『空』とする事は、心が空虚となって何をしても感動が薄くなり、人間性の形成が阻害されるという危険性がある。
この辺りは、二重人格の問題とは別としてデビットに伝えるべき事柄だろう。

……俺が了君の中で特に違和感を覚えるのはあの体術と弓術、特に体術の事だ。
以前に温泉旅行の際に月村家のノエル相手に大立ち回りを演じていたと話には聞いていたが、実際に目の当たりにしてみて、あの技量の高さは驚きを禁じ得なかった。
確かに了君の心と身体を『空』とする技術は凄まじい。これを下地に精神集中を出来るのならば、あの弓術のレベルもある意味納得出来る。

だが、体術に関しては話が別だ。
了君の才能は高い方ではあると思うが、決して非凡な才と言えるレベルにある訳ではない。
了君の体術は、才能が足りないなりに日々の修練を重ねて動きの無駄を省き、実戦経験を積んで他者の動きの呼吸を知る。
そしてそれらを再び身体に覚え込ませるべく、ひたすらに修業を重ねた結果であるはず。
でなければ相手の呼吸を読み、それに合わせて攻撃を受け流して無力化するという経験がモノを言う技を使える訳が無い。
それは『空』の技があったとしても覆るとはないはずだ。

だが、了君は未熟な部分もあるが、はっきりと相手の動きを見極めて反応をしてみせている。
重要なはずの経験が、その年齢ではまるで足りないはずなのに、だ。
了君自身は『ズルをしている』と言っているが、経験は本人だけの物だ。ズルはズルなりに実戦を経験しているはず。
ならば、一体了君は今までどれだけの戦いの経験を得て来たのか?

「じゃあ、了君は夏休みの宿題ってどのくらい終わっているの?」
「いや、どのくらいっていうか、アリサと一緒に既に一通り終わらせてあるよ」
「うぅ~。わたしだって理数系のは出来るよ。ただ文系とかが……」
「まあ、学生の本分は勉強なんだから、趣味もほどほどに、だよ」
「うにゃぁ……」

なのはと同じくらいの年頃で、あれだけの格闘に反映させられる程の経験を積むなんて、多感な子供の時分にするべきものではないはずだ。
……そう考えると、了君の精神的外傷の要因はそこなのではないかと思う。
ただ、これに関しても単なる俺の推測でしか無く、本当の事は分からない。

「とりあえず、現役の高校生である美由希さんにでも勉強を見てもらえればいいんじゃないかな?」
「あっ、それは名案かも!」
「え゛……」
「いや、だから何で美由希さんはそんなリアクションをするんですか?」
「うぅ~っ、わたしは勉強苦手なのよぉ!」

だが、これ以上聞こうにも、俺には了君に対して掛ける言葉を持っていない。
おそらくは了君は尋ねれば答えてくれるだろうとは思うが、他人でしかない俺は踏み込んで良い領域ではないはずだ。
だから、俺こそ何も聞けない。これは相談をした桃子もまた同意見だった。

「というか、了君がなのはの勉強を見てあげれば済む事じゃないの!」
「まあ、僕は別にそれでも構わないけど、なのははどう?」
「あ、うん、教えてくれるなら教えて欲しい、かな?」

これ以上は、本当に彼を大切に思う人がするべき事だろう。
それが誰なのかは分からないが、少なくともそれまでは色々と気にかけようと思う。
それが今の俺の、俺達の出来る事だと思うから。

……ただ、ひとまずはおそらくは勉強を教えて欲しいというのが恥ずかしくて頬を赤くしているなのはが、彼の毒牙に掛けられないよう気をつけたい。
ああそうだ。なのはを自分のモノとしたいのならば、まずはこの俺を倒してからにしてみろ!

「……あなた、ちょっと頭を冷やした方がいいんじゃないかしら?」

……なんだか桃子が凄く怖かった。










あとがき

了君が魔法少年を始めたという話と、了君の過去話をちょっと公開という第二十三話。
はっきり言って、今回のエピソードはばっさりカットでも問題ない気がしたんですけど、何時までも主人公が謎のままでもダメだと思ったので、空白期間である今回書きました。
それでも十分謎のままなんですけど。


それにしてもFate/EXTRAをプレイして思ったんですけど、魔術や道具に因らない、純粋な体術による気配遮断を極めるととんでもない事になるんですね。
透明化により姿を認識出来ず、さらにその状態で戦闘も可能なんて、どんだけだ~、と。
まあ、了はアサシンではなくアーチャー設定なので、保有スキル“透化”の『色即是空』を最高まで極める事は出来ないので、気配遮断による透明化は不可なわけなんですが。
そんな訳で、ステータスの“透化”のランクは極めたであろうAランクではおかしいと思ったので、小次郎アサシンと同じB+に変更しておきます。

……ちなみに、裏設定的に了はキャスターのクラスの方がとんでもない事になるタイプなんですけど、その話はこのSS内では関係無いので割愛です。



[14283] 第二十四話(A's開始)
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/09/23 13:59
市街地の上空。夜の闇の中、瞳を閉じて意識を集中して空中に立つ。

今、自分達は魔導の源とも言えるリンカーコアを蒐集しているんだが、あんまり状況は芳しくねー。
この間から時々出てくる妙に巨大な魔力反応。それを蒐集出来れば、一気にページが稼げると思うんだが、中々上手い具合に見つからない。
今も一緒に行動している蒼い毛並みの狼の姿をした仲間、ザフィーラから「見つかりそうか」と尋ねられても、居るようないないようなという、曖昧な答えしか返せない状況だ。

……あたし達の今やっている事は「悪い事」だというのは分かっている。
だが、それでもやらなくちゃいけない。他の誰かに言われたからじゃない、あたし達自身で考えて決めた事だから。
たとえそれが、騎士としての誇りを汚す事になったとしても、だ。

焦っても上手くいかない事は分かっている。でも、あたし達にはそんなに時間が無い。早く『闇の書』を完成させないと。でないと……。

「別れて探そう。闇の書は預ける」

そうやって気持ちばかりがはやりそうになる中、ザフィーラがそんな提案をしてくる。
確かに、こうして分からないと手をこまねいて待っているぐらいなら、二手に分かれてザフィーラには足を使って対象となる相手を探して貰った方がいいのかもしれない。
自分達はベルカの騎士だ。たとえひとりでも負けはしないのだ。

「おっけーザフィーラ。あんたもしっかりやってくれよ」
「心得ている」

だからあたしも、信頼をする仲間であり、家族に任せると返すと、普段のあまり口数が少ない通りに、ザフィーラは短く答えると共に身を翻して別方向へと向かっていく。

「封鎖領域、展開」

そしてあたしもまた、手にした相棒を振るうと同時に、結界をはる。
元々あたしはちまちま探すのは性に合わない。確かにこの規模の結界を張るのは疲れるが、この程度なら無理でも無茶でも無い。
展開するのは。魔力を持つ者だけをその内側に取り込む結界だ。

これで一気にあぶり出す……!










魔法少女リリカルなのはCross souls  第二十四話



Side:了


「……あれ?」

今日はもう風呂にも入って、後はもうボチボチ眠るだけだなと思いながら廊下を歩いていると、ふと違和感を覚えて窓から遠くの空を見る。
最近はめっきり冬らしくなってきて暗くなるのも早くなった空は既に真っ暗で、いくら目を凝らしてもそこには夜の彩る黒しか見えない。

「あ? どうしたってんだよ」
「う~ん、なんか変な感じがするんだけど……」

僕がなんだろうなと唸りながら首をひねっていると、“僕の口から”、僕に何をしているのだと、いかにも気が強そうな声色で問いかけられる。
普通なら自分の口から自分以外の人の意識が告げられるというのはおかしい事ではあるけれど、僕にとっては慣れたもの。
なので、その僕の中に居るその『同居人』にごく自然に答える。

「たぶん、何処かで結界が張られたんだと思うんだけど、何時ものなのはが魔法の練習のために張る結界とはちょっと違う印象が受けるなぁと」

ただ、僕自身その感じる物を明確に言葉にする事は出来ない。
最近は、少しは使える魔法のバリエーションも増えて来たけど、元々は魔法の才能はそんなに高く無い方なので、細かい部分まで理解出来る程まだ習得出来ていない。
なので、『なんとなく違う』とは思っても、『何処が違う』などとは明言が出来ないのだ。

「う~ん……。なんか少し気になるからちょっと見て来たいんだけどいいかな?」

違和感があるのに、それがなんなのかが分からないのが何とも気持ち悪い。
これじゃあ気持ちよく眠れないんじゃないかなぁと、ソウルに聞いてみる。
まあ、実は気にしないで普通に寝る事も出来るけど、まだ時間にも余裕があるわけだし、ちょっとした時間つぶしのような物だ。

「その程度の事も一々オレに伺いをかけなきゃ何もできねぇとは、ハッ、情けねぇ」
「いや、勝手に行ったら行ったで文句を言うでしょ」

ソウルからの相変わらずな答えに困りながら、歩き出す。
こういう言い方をするときは僕の意見を尊重するという意思表示と同義だと知っているので、僕も違和感の解消のために行動を開始する。

「ああそうだ。一応アリサに散歩してくるって言わないと」

と、家を出るその前に、一声をかけなきゃなと、歩く方向を転換する。
今の僕は居候なので、自由にしていいと言われていても、やっぱり断りはいれないといけないのが常識だ。
まあ、実際には勝手に出て行ったら家主の娘であるアリサに絶対文句を言われると予想が出来ているというのが理由なんだけど。

「アリサ、居る?」
「ああ、うん、入っていいわよ」

とりあえず今の時間なら部屋にでも居るかなぁとアリサの部屋の前でノックをしながら声を掛けてみる。
すると、許可の返事が来たので、扉を開けて中に入る。

「あれ、電話中だった?」
「まあね。ほら、今度なのはの友達のフェイトが遊びに来るっていうじゃない。だからその歓迎会をしようってすずかと話してたの」

そこに居たのは、部屋の主であるアリサ・バニングスという少女。この屋敷で飼っている犬の頭を撫でながらソファーに腰を掛けていた。
そして、その手には携帯電話。もしかして邪魔をしてしまったのかなと思ったけど、アリサは別に構わないと、電話の内容を教えてくれる。


フェイト。フルネームはフェイト・テスタロッサ。
先に起こった、いわゆる『ジュエルシード事件』において、出会った少女。
今はその事件の関連の裁判を受けている最中なのだが、もうすぐ無罪が確定するような事を言っていたなぁと思う。
まあ、出会ったとは言っても、僕自身に縁は薄い。縁が深いのはこの事件解決の立役者となったアリサの友達であるなのは。そして、ソウルの方だ。
なので、僕としてはそうなんだ~、ぐらいにしか返せない。

アリサとフェイトは実際には面識は無い。一言で言えば友達の友達という間柄だ。無論の事としてフェイトのその背景を知らない。
それでも、自分の友達がその子と再会出来る事を喜んでいる。そして自分もまた会える事を純粋に楽しみにしているという事が、その楽しそうな顔を見ていると良く分かる。
一応面識のある僕より、こうしているアリサの方がやっぱり優しい人なんだなぁと思うわけです。

「で、あんたは何の用なの?」
「ああ、そう言えばそうだった」

フェイトの事で目的を忘れてしまっていた。
まあ、アリサも電話の途中なんだから、さっさと用件を言ってしまおう。

「うん、ちょっと外を散歩してこようと思ったから、一声かけようと思って」
「散歩って、何で今の時間からなのよ」

まあ、夜も更けている今時分から外に行くのはヘンだと思うのは当然だ。

「まあいいわ。ただ、もう外は暗いんだから、あんまり遠くに行っちゃダメよ」

でも、僕だって散歩以上におかしな事はしないというぐらいの信用はあるらしい。
割とすんなり許可が出ました。

「あはは、何を言うかなぁアリサは。僕はこう見えても17歳だって言っているでしょ」
「はいはい、分かったから行くなら早く行って帰って来なさい」

小学3年生であるアリサにそんな心配される必要は無いよと、言ってみたけど、軽くスルーされました。
まあ、確かに今の僕は生きて来た年月は17年でも、肉体年齢は9歳相当なのだから、その認識はあながち間違っているわけじゃないんだけど。


そんなやり取りを経て、バニングス邸の外へと出ると、感じる結界の気配に向かって真っ直ぐに歩きだす。
屋敷の中では結界があるなぁぐらいしか思っておらず、何処に張られているかどうかは分からない。結構歩く事にもなるかなぁとも思っていたけど……。

「なんというか、随分とおっきな結界を張ったんだなぁ」

結界はまるで市街地全体を覆い尽くすという程の規模で貼られていた。
バニングス家は結界の範囲外だったけど、この大きさのおかげで予想に反して割とあっさり結界のすぐそばに辿りつく事が出来たのだった。

「う~ん。やっぱりなのはの結界とは違う……」

一応は結界とか補助系の魔法に適性のあった僕としては、こうして実際に目の前で触れて確かめてみれば、少なくとも僕も使えるミッド式の魔法とは違う事はわかる。
詳細は分からないけど、ミッド式で無い時点でなのはの張ったものではないという事は確信出来る。

でも、そうなるとこの結界は誰が何の目的で張ったかという事だ。
この結界はちょっと式が違いがある気がするけど、この“世界”における魔法によって張られた事は間違いない。
だけど、ここは第97管理外世界と呼ばれており、基本的に魔法という技術は存在していないはずなのだ。

僕の知る限り、魔法を使えるのは僕となのはのふたりだけ。
だというのに、この結界をはったのはそのどちらでも無いのだから不思議なのだ。

「……まあ、いいか?」

なんだけど、どうせ詳しく調べようとしても僕じゃ分かりようも無いのは明らかなんだから、これ以上は何もできないのが実情だ。
見たところこの結界はかなり頑丈そうではあるけれど、働きとしては魔力を持たない者を外に弾きだす封時結界。
なんでこんな物がこんな場所にあるのかは確かに疑問だけど、別に僕に害があるわけでもなさそうだし、見なかった事にしてしまえば問題は無さそうでもある。
それに、この手の結界は中に入るのは簡単だけど、逆に中から外に出るのは大変そうだし。

「というわけで、うん、帰ろう」

元々、アリサにも散歩と称して外に出て来た訳なのだから、あんまり長居して不信感を抱かれでもしたら面倒だ。
なので、帰ろうと思います。

「っ!?」

……そう思っていた時期もありました。
不意に感じたのは魔力の高まり。次いで僕を注視するような視線。
それらの事から得る、嫌な予感に任せてその場から飛び退く。

同時に、僕の居た場所の地面にピシリと罅割れが入ったかと思うと、魔力で編まれたらしい杭のような魔力塊が幾つも突き出してくる。
もしあの場に留まっていたら身体を串刺し……、いや、あの配置からすると僕を貫くというよりは周囲に展開されて檻状となって身動きが取れなくなっていた、のかな?
まあ、どちらにしろ逃れているので、こうして僕は身体を拘束される事もダメージを負う事も無かったわけなんだけど……。

「うっわ~。結界の中に入っちゃったよ」

咄嗟の事で逃れられる方向が限定されてしまっていたせいで、僕の意図とは別に結界の中に入り込んでしまっていた。
そして、入ってしまったからには、このいかにも頑丈そうな結界を抜けないといけないという骨が折れるような工程を経なければ帰れない。
まあ、もしかしたら相手は意図して僕の事を結界へと追い込んだのかもしれないけれど。

「……」

そして、先程の魔法を使ったらしい、蒼い毛並みの狼が僕の事を見下ろすように空中に立っていた。
その姿はフェイトの使い魔であるアルフに似た雰囲気がある。
だから多分あの人(?)も使い魔であり、何処かに主に相当する人物が居るのだろうとは思う。
けど、今この場には彼しかいないし、理由は分からないけど僕に対して害意を持っている事は明らかだ。
なんというか、非常に対処に困る状況なんですけど……?

「えと、こんばんは?」

蒼い狼は地上にいる僕に合わせたのか地面に降りて来たので、とりあえず挨拶をしてみる。
相手は最初から問答無用の不意打ちをしかけて来たけど、使い魔なんだろうから、ちゃんと言葉は通じるはず。
文明人としては、言葉でちゃんと意思疎通で可能な相手なら、まずは対話で戦闘を回避したいと思うわけです。

「単刀直入に言おう。お前のリンカーコアの蒐集をさせてもらう」

……うわぁ、なんか問答無用っぽいんですけど。
いや、最初にいきなりの不意打ちをしかけて来た時点で問答無用なのは分かっていたけど、こう対峙した状態ではっきり言われると、ある意味感慨深い。

多分、本当は自分のこの行動は悪い事だと知っていて、僕に対しても申し訳ないと思っているのが何となく伝わってくる気がする。
でも、それ以上に引く気がないという強い意志がその瞳に宿っているのが良く分かる。

……うん、戦うしかなさそうだなぁ。

『一応聞くけど、ソウルは戦う気、ある?』
『ねぇな』

うん、そう言うだろうなぁとはある程度予想していた。

今回は僕の一存から始まった事なので、ぶっちゃけソウルには関係の無い事だ。なので、たとえ戦闘に突入する事になったとしても、その責を負うのは僕自身だ。
ソウルは一見すると好戦的な性格のように感じるけど、実はそんな事も無くて、僕に任せるべき部分はきっちり任せてくる。

というわけで、本当にピンチになったら話は別だけど、ここはひとまず僕が自力で戦わねばならないらしい。
う~ん、僕って実戦においての勝率はすっごい低いんだけど……。まあ、やるしかないか。

狼は白っぽいような魔力光に包まれたかと思うと、浮かび上がるシルエットが変わり、二本足で立つ人の姿を取る。
その姿は立派な体格をした成人男性のそれであり、子供の身体である僕と力比べをしようものなら結果は火を見るより明らかだ。

「別に命まで取るつもりはない。抵抗をしなければすぐに終わる……!」
「とっ!?」

そして彼は、元々問答をする余地は無いのだからと、拳を深く握り込んだかと思うと、そのまま一気に殴りかかってくる。
それを身体を『空』としてふわりと避けてみたんだけど……。うん、容赦が無いね。
まともに受けたら一発でアウトになりそうだと肌で感じる。
これは、出し惜しみをしている余裕は最初から無さそうだ。

「──何時でも此処には吹いていた」

まずは手始めに魔術回路を用いて身体に魔力を通わせて身体能力を強化する。
自分自身に魔力を通すのは魔術においても初歩に分類されるものだし、僕の常時展開という魔術特性からすれば、この程度の魔術行使は文字通り一呼吸の間に簡単に終わる。

「──我が乞うは疾風の翼。我が身この身に駆け抜ける力を。ブーストアップ・アクセラレイション!」

次いで、魔術ではなく魔法を起動させる。
足元に展開するのは、半透明を思わせるほどの薄い色合いの翠色である僕の魔力光によって描かれる魔法陣。
詠唱するのは、対象に加速の効果を付加する補助魔法。

本来はこの手の魔法は他人の能力を強化するために使うのであって、自分自身を対象とする魔法では無い。
自身の能力を強化するなら、単純に魔力で底上げすれば良いので使う意義は低いからだ。

だけど、僕の魔法の出力では自身に纏う魔力を高めてもそんなに効果が得られるわけではない。
なら、一部に特化して強化した方が色々と便利だから、あえてこの形を取る。
見たところ相手の人は力自慢っぽいので、筋力や耐久力で勝負しても勝ち目は無さそうだ。なので、スピード特化の魔法を自身に掛ける。

魔術で強化するのは僕自身という概念。内側から自分自身の存在の質を高める。
魔法で強化するのは僕自身の肉体。外側から身体を魔力でコーティングするように身体能力を高める。
ふたつの異なる魔力を身体の内側と外側に同時に纏う事によって、二重の身体強化を施す!
……まあ、二重とは言っても、各々の強化の質はあまり良くないから、これでようやく一人前なんだけど。

そんな感じに下準備は完了。あとは武器として“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)を手にしたいわけなんだけど……。

「ぬぅんっ!!」
「ふよっと……!」

男の人が突き出してきた右拳を左手で受け流すようにして捌き、次いで繰り出されてくる左の拳は右手で払いのける。
これで終わり、なんて事も無く、次は回し蹴りが飛んでくる!
それを僕は潜り込むようにして身を低くしてやり過ごして、相手の懐へ潜り込む。ここならば僕の拳も当てられると、お返しとばかりに鋭い踏み込みに乗せた拳を打ち込む!

「効かんっ!!」
「い……ッ!?」

なんだけど、僕の攻撃はこの人の腹筋の前にあっさりと弾き返されてしまいました。
というか、ダメだ。グーパンチだと僕の方が拳を痛めてしまう。
特に魔力で強化しているわけじゃない、多分バリアジャケットと元来持っている筋力による頑強さなんだろうけど、僕の素手での攻撃力を上回る防御力を持っているようだ。

というわけで、……いや、この人本気で強いんですけど!?

心と身体を『空』として攻撃を受け流して回避しているけど、それで既に文字通り手いっぱい。
この人は速さよりも力と重さで相手を打倒するタイプなので、受け流しが本分である僕とは相性はいいと言える。武器を使うのではなく、素手であるというのであればなおの事だ。
けど、彼は僕の優位にさせてくれるわけでもない。力自慢といえども何も考えずにただ手足を振りまわすのではない。きちんと冷静な思考を以って、僕を追い詰めるべく拳を振るう。
それを、両手を防御に割く事でなんとかしのぎ切っているのだ。この状態で弓を手にしようとしても、その瞬間から押し込まれるのは目に見えて分かっている。
だから弓は使いたくても使えない。

実力が僕より下の相手なら、受け流しのままに相手の体勢を崩して投げ飛ばす事も出来るだけの技術は、一応僕にも最近身につける事が出来た。
でも、この人の技量ははっきり言っての高い。確かに裏打ちされた地力と戦闘経験は間違いなく一流のソレで、投げ飛ばす隙なんて見つかりもしない。
そして一発でもまともに受けたら即敗北な僕と比べて、僕からはいくら殴ったり蹴ったりしても碌にダメージを与えられないというこの手詰まり感。

うん、これはいわゆる『無理ゲー』というやつだね。
この人が僕に対して攻撃が一向に当たらない事に痺れを切らしてくれるならまだ目があるんだけど、この人はすごい冷静な戦い方をしてるからそれに余計に拍車がかかる。
僕としては距離を置いて仕切り直しでもして欲しいんだけど、この人はこのまま至近距離において僕が回避を失敗するのを待つのが一番勝率が高いとみているんじゃないかと思う。
僕程度でもそのくらいは分かるのだから、経験豊富っぽいこの人がその事に分からないわけが無いという理由からの推測だ。

もし僕がデバイスを持っていて、魔法をもっとまともに扱えるのなら話は変わってくるのでは? とも思うけど、実際にはそんな事は無い。
そもそも、杖なんかを持ってなんて格闘戦なんてできません。魔法を扱う際に補助が得られるというメリットよりも、手がふさがるというデメリットの方が辛いんです。

避け続ける僕と、攻め続ける彼。
ある意味先日手的状態だけど、実際にはこの至近距離のままではいずれ僕が追い込まれて終わりを迎えるのが一番なり得る可能性が高いのだ。

というわけで、ここは是非とも距離を取らせて貰おうと思う。
同じ手は何度も通じないだろうから、チャンスは一回。どうか成功しますように。
そんな願いを抱きつつ、いけそうな機会をうかがいながら格闘戦に身を投じる。

「ふんっ!!」

……ここだ!
この人が拳を振るうタイミングに合わせる。僕を捉えようというその一撃を前にして、あえて真正面から“一歩”踏み込んでいく。
剛腕が目前に迫ってくる光景ははっきり言って恐怖以外の何物でもないけど、あえて今はその恐怖を『空』の心で受け流して無視する。
そもそも、この身体もまた『空』なのだから、この人の拳が僕に“当たるわけが無い”と夢想を現実と成す。

「何っ……!?」

──抜ける。

この人の驚愕に染まる顔が目の前にある。突き出された拳は僕の顔のすぐ脇を通り抜けただけで何にも当たらなかった。
そりゃあ、普通なら今の僕の取った対応は受け手としては悪手であり、この人から見れば待ちに待った好機だったように目に映っていたはず。驚いて当然だ。
そして僕としては、上手く相手の予想を裏切り、再び懐に潜り込む事が出来たとガッツポーズを決めたい気分。まあ、その余裕はないので心の中だけで。

今はさっきの時より深く踏み込んでいるので、ほぼ密着状態となっているため、殴りかかるために拳を振りかぶる事も出来ないけど、これで良い。
さっきはグーパンチで痛い目にあったから、今度は掌をこの人の腹へとそっと押し当てる。
グーよりパーの方が手首にかかる負担は少ないので、これなら全力で打っても大丈夫なはず? と思いながら身体の『空』を解除する。
『空』の状態は自己の存在を薄くしているので、回避にはいいのだけれど、攻撃においては重みが無いので軽い攻撃しか繰り出せなくなるので、今はこっちの方が良い。

「──猛きを我が身この身に。力を与える祈りの光を。ブーストアップ・ストライクパワー!」

更に自身に掛ける補助魔法をスピード強化から打撃強化の魔法に切り替えて攻撃力をさらに加算する。

今此処には確かに僕自身の身体がある。その重みの全てを込めて、地面を踏み砕く程の気分で全力での震脚による踏み出す。
下半身により生み出されたエネルギーを腰の回転のよってその全てを上半身へと伝達、さらに腕へと伝え、剄打としてこの人の腹へと打ち込む!!

「──“解放する風”(レデュース・エア)!!」

追加にダメ押しと言わんばかりに、打ち出した掌底に上乗せするように魔術においての魔力を解放する。
僕の内より瞬間的に解放されたために圧縮状態の魔力は風という存在へと変換される。その圧縮率のままに固められた突風の塊が掌底の衝撃と共に突き抜ける。

元々僕の目的はダメージを与える事では無い。僕の必殺の攻撃を繰り出せる遠距離の間合いを得る事。
魔法と体術と魔術の三種複合技。その一撃で相手のその立派な体躯を丸ごと吹き飛ばす事……!!

「ぐぅっ!?」

僕の一撃により、この人も初めて苦悶の声を漏らす。
そりゃそうだ。この一撃は浸透剄とかいう類いの技で、どれほど頑丈な筋肉による鎧を身に纏っていようとも、その壁を突き抜けて内蔵にダメージを与える種類のものだ。
更に加算される魔法の打撃力強化と突風による衝撃は、非力な僕にしては大威力だ。
むしろ、僕にとっての白兵戦の切り札なのだから、ダメージが通らなかったらその方がショックだ。

「ぬぐおぉぉぉぉぉっ!!」

なんだけど……。あれ、なんか踏み止まれてしまった?
僕の狙い通りに事は推移し、僕の技も確かに完璧に決まった。手ごたえもばっちりだった。
けど、この人はそれをまともに受けてなお、確固として地面に足をつけて踏みしめていた。

いや、確かにウェイト的に吹き飛ばそうとしてあまり距離を稼げないだろうなぁとはある程度予想していたけど、この距離はちょっと想定よりも短すぎる。
確かに拳を突き合わせるような至近距離(クロスレンジ)からは抜け出したけど、まだ遠距離(ロングレンジ)には届かない、中距離(ミドルレンジ)といった間合いだ。

うん、困った。これは弓の間合いじゃないよ。
おそらく同じ手は通じないだろうから、白兵戦における僕の最大威力攻撃は使えない。
つまりは本格的に、弓を使わないとダメージを与えられない状況になっているわけだ。

だというのに、この中途半端に近い間合いは、まだ僕に優位に働いてくれない。

「──縛れっ、鋼の軛!!」

そして、僕が弓を手にするより先にあの人の目の前に、三角形の魔法陣が展開される。

ああ、別に相手も至近距離以外の攻撃手段は持っているよね。というか、最初に見たはずなのに失念していた自分が悪いんだけど。
というか、何で魔法陣が三角形? ミッド式の魔法は円が基本となっているはずなんだけど……?

なんて、呑気に考察している時間は無い。これが最初の見た魔法だったのだろう、その時と同じく、地面に罅割れが現れると共に幾つもの杭が僕に向かって襲い掛かってくる。

「う、と……っ!?」

相変わらず受けるのは不味いと、再び身体を『空』と成して回避行動を取るわけなんだけど……。これ、凄く避けにくいんですけど!?

僕は周囲の状況を魔術的、身体的感覚で感知して回避行動に反映させている。
けどそれは主に自身を中心とした一定範囲の“空間”に対しての感覚であり、地面から突き出してくるなんてものは対象外。
だから、最初の不意打ちの時も上手く避けきる事が出来なかったので結界の中に飛び込む形になっていたわけであり、今もこうして苦戦中なのだ。

とはいえ、当たって痛い思いをするのも嫌なので、普段の回避方法とは違ってゆるくステップを踏むように避ける。
一カ所に留まらないようにすれば、まあ何とか避けられる……!?

「おぉぉぉぉぉっ!!」

そんな中、不意に殺気のような首筋がチリチリするような嫌な感覚を覚える。
避ける事で手いっぱいなんだけど、手いっぱいだからこそこの手の感覚は無視するべきではないと、感じるままに視線を向ける。

その先に居たのは拳を振りかぶっている例の人。
というかコレは、杭っぽい魔法を隠れ蓑に接近してきたのか、僕の立ち位置を誘導されたか。あるいはその両方……?
う~ん、なんにせよ上手く僕が避けきれないようなタイミングで仕掛けて来ている。というわけで、洒落にならないくらいにピンチ到来だ!

「ラウンドシールド!」

避けきれない以上、他に手段がないので自身の手を振りかぶられる拳の前に晒し、魔法陣の盾を展開する。
はっきり言って僕は防御の出力に自信がないので、防ぎきれるか分からない。この手段は不本意以外の何物でもないけど、直撃するよりはマシ……。

「く、うわぁっ!?」

……一瞬しか踏み止まる事が出来ずに吹き飛ばされたよ!

まあ、これはヤバイと自分から足を地面から離して吹き飛ばされたんだけど、予想以上の衝撃にきちんと着地する余裕がなくて地面を盛大に転がる。
それでもなんとか平衡感覚を取り戻して転がるのを止めて、改めてあの人のからの追撃に備えるよう身構える。

「……」

だけど、あの人は拳を振り抜いた体勢のまま立つだけで追撃はしてこなかった。
僅かに眉をひそめている事と、腹の部分を気にするように手を添えられている辺り、ダメージがあるのに無理をしていたのかなと思う。
まあ、まだまだ十分に戦えそうではあるけれど。

対する僕は、直撃は無かったし、なんとか衝撃も逃がしたけど、シールドで直接受けた事に変わりはないし、地面を転がったせいで身体の節々も痛い。
ダメージ量的には向こうの方が大きい気もするけど、体力との割合的には五分ぐらいだと思う。

……さて、これからどうしようか?
出来る事ならすぐにでも逃げたいところなんだけど、現状では無理だと思う。
体格に差があるので、走って逃げようとしてもまず追いつかれるし、空を飛ぼうにも僕は「飛行」というより「浮遊」って感じで、加速力も最大速度も遅いからなぁ。
うん、比較対象が悪いという事は分かっているけど、なのはと比べて自分のこのスペックの低さがとても悲しい。

次の選択肢として、このまま接近戦を続けるのも出来れば遠慮したい。
僕の『気配を消しながらの格闘』も最初の内は効果が高いけど相手が気配の薄さに慣れてしまえば効果も著しく減少する。
要は、長期戦になるとあの人レベルならきっと僕の格闘に対応して見せるだろうという事で、決定力の足りない僕では接近戦は徐々に状況が悪くなるだけという事。
というわけで、既に負けそうなのは気のせいなのかなぁ?

まあ、今はそこそこに距離があるから、少なくともこのまま弓を使えるくらいまで離れるのが一番いい展開何だと思う。

『……了っ、聞こえるかい!?』
『うわ、びっくりした』

これからの方策に頭を巡らせていると、いきなり頭の中に声が響いて来て驚いてしまった。
というか、この声はユーノ?

『びっくりしたって、声のトーン的にそんな風に聞こえないんだけど……』
『いや、そう言われても困るところなんだけど、何でユーノが念話を送ってくるの?』

受け取りようによってはある意味失礼なユーノの言葉はスルーするとして、僕の感じた疑問を口にする。
今は丁度僕達の方も少し膠着っぽくなっているから、この機に情報を得たい。

確かユーノは、今はフェイト達と一緒にアースラに乗っているはずであって、こんな外界と遮断されているような場所に念話で話せるような場所に居ないはずなんじゃ?

『実はアースラの方でなのはと連絡がつかなくて、どうしたのかと思ったら街には正体不明の結界が張られていたんだ。さらには君とも念話が繋がらないときた。
だから、なにかあったんじゃないかって僕達は急いで先行して結界に突入したんだ』

要は、僕と同じように結界に気付いて急行して来たらしい。
そして、この結界に捕らえられていたのが、他でも無いなのはであり、まずはみんなそっちに行ったらしい。

『でも、それならもう少し早く僕に連絡をしてくれても良かったんじゃないかな?』
『いや、なのはの魔力反応は分かりやすいけど、君は魔力反応は薄いし、デバイスも持っていないから感知がし辛いって前に話をしたじゃないか』

……そう言えばそうでした。
そもそも、なのはは魔法戦をしようとしたら強力な魔力砲を使うから分かりやすいけど、僕は身体強化をちまちま使っていただけだったしなぁ。
この良く分からない結界の中で、誰かを探そうとしたら、すぐに見つかるのはなのはというのは当然だよね。

『で、そっちの状況はどうなの?』
『うん、こっちは僕となのはとフェイトとアルフの四人と、敵はふたりで数の上では僕達の方が有利なんだけど、なのはは怪我をしているし、敵もふたりだけなんだけど、凄く強いんだ』

う~ん、良く分からないけど、あんまり芳しくない状況らしい事は分かった。
今、僕が対峙しているこの人は(多分)使い魔であり、主に相当する人がこの実力以下の訳が無い。そんな相手が少なくともふたり、向こうに居る。
ユーノ達は4人とはいえ、ひとり怪我人という足手まといがいる状況で、この相手ははっきり言って荷が重そうだ。

『ていうか、フェイトが居るくらいならクロノなんかはどうしたの?』
『はっきり言って現状は僕達が無理矢理結界を突破して先行してきたようなものだからね。
クロノというか、アースラの他のみんなはこの結界をなんとかしないと来れ無いかもしれない』

なるほど。つまりは現状の戦力でなんとかしないといけないわけだ。
勝利条件は相手を全滅ないし撤退させるか、こちらが結界を抜けて脱出するか結界その物を破壊してしまうかというところか。
そして、この状況下でどうするのが一番いいか……。

『じゃあさ、数ではそっちが有利なんだから、僕は目の前に居る相手を足止めしておくから、まずはそっちをなんとかしたらこっちを助けに来てよ』

向こうはなのはは戦えないっぽいけど、実質的に3対2で有利なら、下手に僕の方に戦力を割くより、先にそっちを確実に打倒してから助けに来てもらった方が良い。
幸い、僕の方は勝つのは難しいけど、負けないようにするだけならそう難しい話じゃないし。

『それで君の方は大丈夫なのかい?』
『まあ、早く助けてもらうに越した事は無いけどね』

さて、これで僕が無理してこの人に勝つ必要は無くなったわけだ。あとは助けに来るまでのんびりこの人の足止めに専念しておこうかな。
うん、そう思うと随分気が楽になるといものだ。



Side:ザフィーラ


俺は闇の書が守護騎士のひとり。盾の守護獣。名をザフィーラという。
今は、闇の書のページを得るために魔法の源とも言えるリンカーコアを蒐集していた。
そして魔導師であろう少年と拳を交えていた。

はっきり言ってしまえば、この少年の魔力は大した事は無い。蒐集したとしてもあまりページは稼げないだろう事は分かっている。
だが、僅かでもページの糧となるのならと蒐集をしようとしていた。侮るつもりは無いが、この程度の魔力ならすぐに事は済むとも思っていた。

(ぐ、ぅ……)

だが、実際に拳を交えてみて改めて実感したが……、この少年は強い。
まるで宙を舞う木の葉、あるいはそれ以上にただの空気を相手取っているかのように、いくら拳を振るおうとも手ごたえが返ってこない。
そして先程腹に受けた一撃は、それまでの軽さとは打って変わって重い一撃であり、盾の守護獣であるこの身であっても少なくないダメージが身体に鈍く響く。

確かに魔力は小さい。そもそもバリアジャケットはもちろんデバイスも持っていない。
だが、この少年は魔法や魔力に因らない、それ以外の『技』に優れていた。ただそれだけで俺と互角以上に渡り合っている。
この少年の戦闘スタイルは俺とは相性が悪い。おそらくは一撃の重さに重点を置くヴィータも相性は悪い。実際に戦うのだとしたらシグナム辺りが適任だろう。

だが、この場に居るのは俺だ。ならば、無い物ねだりをしても仕方が無い。俺の出来る全力で相手をするべきだ。

『ザフィーラ、聞こえる?』
『……どうした?』

そんな中、シャマルの念話が届く。今は丁度少年とにらみ合っている状態だ。話をするなら今が好機と、念話に応える。

『実はヴィータちゃんの方に管理局からの増援が来ちゃったみたいなの。今シグナムがヴィータちゃんを助けに入ったんだけど……』

説明をするシャマルの言葉が尻すぼみに小さくなる。おそらくあまり良い状況では無いのだろう。
シグナムもヴィータもベルカの騎士を名乗るだけの実力を持つ。そんな歴戦の勇士であるふたりが苦戦するとは、向こうには相当の実力者が現れたようだと悟る。

『……分かった。ならば俺もそちらの応援にすぐに向かおう』
『でも、そっちに居る子のリンカーコアも蒐集した方がいいんじゃないかしら?』
『全てを得ようとして結局誰からも蒐集出来ず、更に我らの内の誰かが欠けるような結果になってしまっては目も当てられん。
今は確実に大きな魔力持ちのリンカーコアを蒐集するべきだろう』

話を聞くに、ヴィータが元々蒐集のターゲットとしていた魔導師は例の巨大な魔力の持ち主。そして応援に現れたという局の魔導師のそれに比肩する魔力の持ち主らしい。
対してこの少年は魔力は低いが戦闘能力が非常に高く、労力の割が合わない。ならば、この少年よりもそちらを優先した方が良い。

おそらくはこの少年は魔力の低さを補うためにこの白兵戦の技術を磨いたはず。そして、この魔力量ならば遠距離攻撃の威力もたかが知れているはず。
それに、空を飛んでゆけば、この陸戦魔導師であろう少年が追いかけてきたとしても、追い付かれるより先に事を済ませればよい。
その旨をシャマルに伝える。

『分かったわ。私も援護をするから、今日はもう早く帰りましょう』
『心得た』

シャマルの言に、頷く事で応える。
今日は既に夕食の時間を過ぎている。これ以上遅くなってしまっては主に心配をかけてしまう。
それは我らにとっても不本意でしかなのだから、手早く終わらせよう。
その想いを胸に、改めて少年と向かい合う。

「……我が名は闇の書の守護騎士。盾の守護獣、ザフィーラ。
ミッド式の魔導師でここまでの格闘を見せる、お前の名前を聞きたい」

ベルカの守護獣としては敵に背中を向けるのは良い気分ではないが、今は何より仲間の下へと駆けつける事が肝要だ。だが、その前に少年に名前を尋ねる。
シグナムではないが、自分と此処まで互角に格闘戦をこなすこの少年の事を覚えておきたいと思ったのだ。

「えと、名前は西岸了です。所属は……特に無し、かな?」
「そうか。その名を覚えておく。いずれまた逢おう」

この歳でこれほどまでの戦闘能力を持っておきながら無所属というのは少し驚いたが、この少年、西岸了にも事情という物があるのだろう。
深く追求をする野暮は無い。ただ、そう遠くない未来に再びまみえるであろう予感だけだけを口にする。

「いや、僕はもう次とか逢いたいとは思わないんだけど……。というか、なんか逃げ口上に聞こえるんですけど?」
「不本意だが、そうとって貰っても構わん。俺にはほかに成すべき事がある」

西岸了の言葉に肯定を返し、飛行魔法を使い一直線に空を翔ける。
彼はシグナム達が戦っている魔導師と繋がりがあるやもしれない。だが、陸戦の魔導師だろうから、空を行く俺の方が早いはずだ。
俺が向こうに行けば、数の上では互角になる。そうすれば蒐集行使もスムーズに行くはずだ。

『あ~、すいません。ちょっとそっちに行かれるのは都合が悪いので、止まって欲しいんですけど……?』

そこへ念話が届く。この声はあの西岸了のものだとすぐに分かった。
普通なら、止まれと言われても止まるわけがないのだが、俺は飛行魔法を停止させる。
別に西岸了の言う事を聞いて止めた訳ではない。それ以上に何か背後に感じた魔力の高まりに背筋に悪寒が走ったのだ。
そして、その悪寒の正体を見るために背後を振りかえる。

「な……っ!?」

視界に映ったのは、先程も見た薄い翠色によって描かれた魔法陣の上に立つように空中に浮かぶ、西岸了のその姿。
そして、先程までは持って居なかったはずの大型の弓を携え、満を持して構えるその姿にはあの少年にはあり得ないと思う程の魔力が込められていた。
先程まで対面していた時には、これほどの魔力など確かに無かったはず。だが、現実には強力な魔力反応を以って弓を構えている事に知らず驚きの声が漏れる。

『僕は非殺傷設定とか無いんで、ちゃんと防ぐか避けるかして下さい』

そこへ、さらに少年からの念話が届く。非殺傷設定が『出来ない』ではなく『無い』とはどういう事だと思ったが、そこを考えるよりも西岸了の魔力が解き放たれる。
翠色の魔力が奔流となって視界を覆い尽くすかのように眼前へと迫ってくる!

「く……ぐぅっ!?」

その魔力砲の迫る速度の前に、既に回避は間に合わないと咄嗟にシールドを展開して防ぐが……、なんだ、この威力は!?
あの少年は確かに魔力は低かった。こんな大威力の砲撃魔法を易々と使えるようなタイプには見えなかったはず。
可能性としては、この一撃に自身の持てる魔力の大半を込めたという事なのだが、……それは無いようだ。
何故なら、今俺が受け切った魔力砲と同じか、あるいはそれ以上の魔力の集束を西岸了は執り行っていたのだから。

「くっ……」

アレくらいならまだ防ぎきる事は出来るが、それでもあの威力を受けるのは少々きつい。
故に、眼下に広がるビルの陰に隠れる事でやり過ごすべく高度を下げる。
西岸了から死角となるよう、ビルの陰に入り込みながら、考える。

あれほどの格闘技術を持つのだから、接近戦を得意としているものと思ったが、本当はミッド式の魔導師らしく遠距離戦を得意としていたのだと知る。
そして、先程までは空中での格闘戦は苦手だから飛行魔法は使わないでいたのだが、遠距離戦ではその縛りの無いと、今は空中に身を置いているのだろうと推測する。
確かに、格闘をするなら地に足を着けての方がやりやすく、また射撃魔法を使うのであれば高台に陣取った方が優位となれる。十分に理にかなっている事だ。
これは、完全に俺の判断ミスだった。

……ただ、何か酷い違和感を覚える。アレはミッド式の魔法だとは思うのだが、何かが違うような気がする。
そもそも、保有魔力と放出魔力のバランスがおかしい。此処に至って、あの『西岸了』という少年の異常性に困惑を覚える。

「……!?」

何かが引っかかる。そう思っていた直後、唐突に恐怖に駆られる。
一体何を感じたのかは分からないが、それでもこの場に居てはいけないという想いに突き動かされて逃げるようにそこを離れる。

直後、俺の居た場所を魔力の奔流が突き抜けていた。しかもそれは、俺が隠れていたビルを突き破って、だ。
正確に俺の位置を把握していなかったのだろう、俺の居た位置とは随分とずれていたが、十分範囲内に収まっている。
もしあのままあの場所に居たなら間違いなくあの中に呑み込まれていた、あるいはビルの崩落に巻き込まれていたハズだと薄ら寒い物を覚える。

『……すまんシャマル、敵戦力を見誤った。俺は全力で西岸了、あの少年を足止めする。後をどうするかはお前の方から追って指示をくれ』
『え、ザフィーラ!?』

封鎖領域内なのだから誰も居ないし、結界の外には何の影響も無いとはいえ、随分と無茶苦茶をすると思う。
だが同時に、俺には西岸了を見過ごす事が出来なくなったと思っていた。

西岸了の射程は長い。俺との交戦地点の上空からの射撃ではあるが、この距離であってもビルを貫通しうる威力を持っている。
この射程と威力を持つ相手に、シグナム達の戦う場に援護射撃でもされたのなら、圧倒的なまでこちらが不利になる。
ならば、今ここで俺が仕留めておかなくてはならないと、その旨を改めてシャマルに念話で伝える。

突然の作戦変更にシャマルの戸惑いの声が聞こえるが、シャマルは我らの参謀なのだ。相応の対処をしてくれると信じる。

「ふぅ……」

瞳を閉じて、大きく息を吐き出す。
我は盾の守護獣。この身は主を、そして仲間を守る盾。その役目を今こそ果たす時。
相手は強力な遠距離魔法の使い手。だが、その全てを防ぎきってみせる。一撃たりとも仲間の誰にも届かせはしない!

「行くぞ、西岸了……!」

この距離は西岸了に優位だ。まずはこの差を埋めるべく全力で空を翔ける!










あとがき

A’s開始です。
今回は緒戦の中でも了とザフィーラメインで、他の人たちについてはまた今度という第二十四話。
それにしても、今まで戦闘であまり活躍の無かった了がようやく日の目を見た気がする。



[14283] 第二十五話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:6c262ae5
Date: 2010/09/23 19:34
僕は、そんなに魔法を得意としているわけじゃない。
なのはのように、莫大な魔力量や瞬間出力、優れた遠隔制御能力があるわけでもない。
フェイトのように、魔力を硬く鋭く固めたり、身軽な機動性で動き回ったりも出来ない。

遠隔制御は苦手なので直射は出来ても誘導は出来ず、魔力は一回放ったらそれっきり。
魔力の少なさを補うべく集束させても、固める事も苦手なので、攻撃力は残念な事にしかならない。
機動力も悲しいレベルで、折角覚えた飛行魔法も殆ど「浮遊」しているだけという状態。
唯一、魔力回復力に関してはある意味レアスキル並と評価を貰ったけど、瞬間出力が低いので、結局込められる魔力量は変わらないので威力向上も難しいという状況。

なので、僕は魔導師としては戦闘に向かない。精々、対象を魔力で優しく包んで保護したり強化したりするのがいいところ。
更に言えば、僕が魔導師ランクを取ろうとすれば、高く見積もっても総合Dランクになるらしく、なのはやフェイトのAAAランクには遠く及ばない。

でも、だからと言って僕が戦闘でなのはやフェイトに勝てないという事は、無い。
能力が低くても、ひとつでも勝っている部分があるならそれで勝負をすれば、あるいは足りない部分は他から持って来て補えば良い。
魔法の他、魔術、体術、弓術と、持てる技能を駆使して低い能力を補うのが僕の戦い方。
確かに魔導師としてなら勝ち目なんて万に一つぐらいな物だけど、『僕』としてなら、その可能性はまだまだ上げられる。


……今の僕は、なのはからコピーさせて貰った魔法により、靴から翠色の光の翼を輝かせて空中に浮かぶ。
手に携えるのはソウルの魔術によって作り出された洋弓。それを弓道の作法に則って構えて狙うのは、先程まで戦っていたザフィーラと名乗った使い魔らしき人物。

別に “中てる”という意思は要らない。ただ単に“中らない”理由をひとつずつ確実に潰していけば、最後に『中る』という結果が残るだけだ。

空中というこの場所は周囲に遮蔽物が無いので相手を見逃さず、距離は射程圏内で、彼我を隔てる大気の流れは理解し、自身を『空』と成して余計な思考は排除する……。

ほら、だから中る。
どうやらあの人は、なのは達のところへ行こうとしたみたいだけど、一応足止めをするとユーノに言った手前、見逃す事は出来ない。
再度接近されたら負けそうな気がするので、行かせないと同時に、近づけさせる気も無い。

「だから、そこで釘付けになっていて貰うよ」

そんな事を誰に言うでもなく呟きながら、僕は再び矢を放つ。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第二十五話



Side:シャマル


ザフィーラからの通信が途切れてから、わたしはこの状況をどうすればいいのかと考えていた。
目の前で行われているシグナムとヴィータちゃんの戦いは、黒い子とオレンジの狼のふたりに加え、最初にヴィータちゃんが倒した白い子の傍にいた男の子も参戦して2対3という状況。

サーチャーを飛ばしてザフィーラの様子も見ているけど、あっちはあっちで大変そう。
相手の射撃は直射弾で誘導性は無いのは分かっている。だからザフィーラも狙いを定めさせないよう左右に動きながら、なんとか距離を詰めようとしている。
だけど相手は、そんなザフィーラの動きの全てが見えているかのように単射だというのに確実に当ててくるから攻め込めない。
もしビルの陰などに隠れようとしても、今度はその隙に魔力チャージをして大威力の砲撃を以ってビルごと撃ち抜いてくる。
流石のザフィーラでもあの砲撃を受けたらタダでは済まないのだから、どちらかといえばマシという判断で姿を晒して、射撃を防御しているという状況。

どちらも芳しくない。手を誤ったらその時点でわたし達は詰んでしまうかもしれない状況。
結界の外には時空管理局の艦も居るみたいだし、あまり時間もかけていられない。
今フリーでいられるのは、まだ戦闘に参加していないわたしひとりだけ。わたしがなんとかしなきゃいけないと強く思う。
さっき電話で、すぐにみんなと一緒に帰るって連絡したんだもの。絶対にこの場面を切り抜けて見せる!

「焦っちゃダメ。冷静に状況を分析しないと……」

時間に余裕は無いけど、だからと言って事を急いで失敗なんて出来ないと、自分に言い聞かせるようにしながら深呼吸をする。

「……よしっ」

気合を入れ直して、わたしがするべき事を考える。

今わたし達がするべき事は、魔導師の力の源であるリンカーコアを蒐集して、ロストロギア『闇の書』のページを埋める事。
闇の書は魔導師のリンカーコアを糧としてページを埋めるんだけど、それには強い魔力を持つ魔導師のリンカーコアを蒐集した方がページの埋まる量が多い。
だからやっぱりあの白い子の、贅沢を言えば黒い子のリンカーコアも欲しいところ。
でも、わたし達はちゃんとみんな無事に帰らないといけない。そうじゃないと、あの優しい主を悲しませてしまう。

「やっぱりザフィーラの言う通り、欲張り過ぎちゃダメよね」

今、最優先するべきはみんなの無事。今は遮二無二に蒐集をする時ではない。
その上で、改めて全体の戦況を見比べる。

ザフィーラは攻め込む事が出来ずにいるけれど、アレはまだザフィーラなら防ぎ切れるレベルの攻撃。
そしてザフィーラ自身は相手の足止めすると言っていた。打倒出来ないけど、打倒される事も無い膠着状態。つまり、これはザフィーラにとって思惑通りなのだ。
ならこっちはザフィーラに任せておいて大丈夫だとわたしは判断する。

次いで、シグナム達の方に視線を移す。
現状、一番厄介なのはシグナムと対峙している黒いバリアジャケットの子。圧縮魔力刃の一撃は鋭く、身軽な機動性で変幻自在に宙を翔ける。
技術も能力も高く、向こうの3人の中でも群を抜いた戦力を持っている。でも、シグナムがあの子のデバイスのコアに損傷を与えたらしく、その戦力には鈍りがある。
そして、ヴィータちゃんが残りのふたりを相手にしているんだけど、オレンジの子の方が黒い子を気にするように戦っているみたいで、遅れは取っていない。
シグナム達は、確かに数の上では不利になっているけど、それでも負けていない。

最初は戦況が不利になっているんじゃないかって不安になったけど、うん、大丈夫。わたし達は全然負けていないって信じられる。
なら、わたしがやるべき事は……。

そう思うわたしの視線の先にいるのは、ヴィータちゃんに負けて戦闘不能状態になったらしい白い魔導師の女の子。
回復と防御の結界の中に身を置きながら、不安そうにしながら戦況を見上げているその姿。
あの子が倒れれば、今戦っている子達にも動揺が走ってその動きに精彩を欠くはず。
もとより、あの子は今回のターゲットなのだ。狙わない手は無い。

「導いて、クラールヴィント」

さっきまではあの男の子が近くに居たけど、今は傍に誰も居ない。
あの結界はかなり丈夫で抜くのは厄介そうだけど、元々わたしの得意分野は通信、輸送、治療などといった補助系統。結界を抜くのはわたしにはむしろおあつらえ向き。
発動させるのは旅の鏡という魔法。これは輸送系の魔法で、空間を超えて遠くのモノを自分の手元に取り寄せる事が出来る。

「……あなたのリンカーコア。蒐集させて貰うわ」

そうしてわたしは、ペンデュラム形態のクラールビントの紐が描く円へと手を伸ばす。
結構距離はあるけれど、十分届く。ここから不意打ちでリンカーコアを直接摘出して、そのまま闇の書のページの糧とする。
これが、今のわたしに出来る事。だから躊躇う事無く冷静に、確実に実行する……!



……そして、この場面はひとまずの決着を迎えた。
結果を言えば、戦果は上々と言ったところ。

戦いに集中していた魔導師達は、みんなわたしの不意打ちに気付けなかった。
女の子の胸の部分からわたしの手が生えるようにリンカーコアを押さえられているのをみてすぐに助けようとしたけど、それはシグナムとヴィータちゃんに阻まれて出来なかった。
おかげで、わたしの思惑通り、白い魔導師の女の子のリンカーコアをちゃんと蒐集する事ができた。

ただ、この子はリンカーコアをわたしに押さえられている状態だというのに、結界を破壊するためにチャージしていた集束砲を放って見せていたのだ。
その無茶過ぎる行動のおかげで、折角張っていた結界は一撃の下に粉砕されてしまった。
リンカーコアを押さえれば魔法も中断させる事も出来るだろうと思っていたのに、あの子はそんな常識など打ち砕いてしまっていた。

単純魔力砲で結界機能の完全破壊なんてどれだけデタラメとも思うけど、その事を悠長に考えている時間は無かった。
結界が無くなった以上はこの場に留まる事は得策とは言えず、管理局に介入されるよりも早くこの場から離脱をした。

白い魔導師の子は感じていた通り高い魔力資質を持っていたらしく、闇の書のページを一気に稼ぐ事が出来たのは良かった。
本当なら他の子達からも蒐集をしたかったけど、ザフィーラも言っていた通り欲張り過ぎて失敗したら目も当てられない。
いったん散り散りになっての離脱のおかげで、管理局からの追跡も逃れる事が出来た。わたし達は誰ひとりとして欠けず、家に帰りつく事が出来た。
だから、今回はコレで良い。そうして今夜の戦いは終わったのだった。

「ただいまー、はやて」
「おかえりーみんな」

みんないったん何時もの集合場所に集まってから、何事もなかったように装いながら揃って家の玄関をくぐる。
そこで出迎えてくれたのは、わたし達の主であり、闇の書の主である八神はやてちゃん。
お夕飯を作るお手伝いが出来なかった事を謝っても、気にしないでと言ってくれる。

……本当に、優しくて温かな主だと思う。
今までのわたし達はずっと戦ってばかりで、人権など無い道具として扱われてきていた。そしてわたし達も、そんな生活を当然の物として受け入れて来た。
でも、はやてちゃんは違う。わたし達を道具としてでなく家族として迎え入れてくれた。

はやてちゃんには、たとえ闇の書を完成させれば強大な力を得る事が出来るのだとしても、誰かに迷惑をかけてまで力を得たいと思わない。
だから、少なくとも自分が主の間は、戦いの事なんて忘れて平和に過ごして欲しいとわたし達に言ってくれた。
闇の書を完成させれば、あるいは不自由な足を回復させる事も出来るかもしれないのに。
それでも優先するのは、みんなと、そしてわたし達と暮らすこの日常だとはっきり言ったのだ。
そんな、優しくも強い主のこの想いに応えたい。それがわたし達の共通の願いだった。

……だけど、わたし達はそんなはやてちゃんの望みを裏切って、闇の書のページを埋めるべく蒐集をしている。
わたし達がリンカーコアの蒐集をしている事を、はやてちゃんは知らない。これはわたし達の一存で勝手にしている事。

わたし達が後ろめたい事をしている事を隠しているのがどうしても辛い。もしわたし達のやっている事をはやてちゃんが知ったら、どうするんだろう?
怒る? 悲しむ? 無いとは思うけどもしかしたらわたし達の事を嫌って縁切りをされる可能性もある。
でも言い訳は出来ないし、蒐集を止められない。たとえはやてちゃんに嫌われる結果になろうともやると決めたのだから。


……差し当たって、これからの事。
帰って来てからみんなでご飯を食べて、お風呂に入った。その後、はやてちゃんが寝静まったところを見計らってみんなで話し合いをする。
まあ、みんなといってもヴィータちゃんははやてちゃんの添い寝をしているから、ここに居ないんだけど。

今まではなんとか誤魔化して来たけれど、たぶん今回の事で闇の書が起動している事を管理局に確信を持たれたと思う。
闇の書は管理局が第一級捜索指定ロストロギアに認定している。知られた以上は向こうも本腰を入れて捜査してくるはず。

管理局は巨大な組織なのだから、その捜査の規模もまた大きくなってくる。
そうなってくると、これからは蒐集活動も今まで以上に大変なものになると思う。

「そうだな。だが、止めるわけにもいかん。ここは逆に蒐集対象が我らから出向かずとも向こうからやってくると前向きに考えるべきだろう」

現状を話す中でシグナムがそう纏めたけど、それも結構無茶苦茶よね。
確かに管理局が出張ってくるという事は、魔導師がわたし達の前に出てくるという事。そして闇の書が相手だという以上、それは優秀な魔導師なはず。
そんな人達から蒐集が出来れば、闇の書のページも一気に稼げるとは思うけど、それでも危険な事には変わりは無い。
……とはいえ、シグナムの言う通り、わたし達は蒐集を止めるという選択肢は存在していないのだから、続けるしかないのだけど。

「ところで、シグナムにザフィーラ。ふたりとも怪我とか大丈夫?」

とりあえずシグナムの物言いはともかく、これからはより一層の注意をしよういう事でこの話は終わり。
かわり、といってはなんだけど、わたしがずっと気になっていた事をふたりに尋ねる。
ヴィータちゃんも二対一の状況で戦っていたけど、ヴィータちゃんは防御に専念すればシグナムより上だし、相手も攻撃能力は高くはなかったと思うから大丈夫そうだった。

けど、シグナムとザフィーラの相手は違う。
一方は鋭く速い魔法を使い、もう一方は精確無比な射撃魔法と、高い攻撃能力を示していた。
こうして話していられるのだから、深刻なダメージを受けていない事は分かるけど、それでも多少の怪我があるのではと心配になる。

「ああ、私の方は全てシールドで防いだ。大分魔力が削られて消耗はしたが肉体に損傷は無い」
「私も問題ない、と言いたいところだがな……」

ザフィーラは問題ないと言い、シグナムもそれに続いたんだけど……。
僅かに苦笑のような物を浮かべながらシグナムが服をめくって見せたそこには、切りつけられて出来たような傷跡があった。

「お前の鎧を撃ち抜いたのか」
「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろう。数の不利の上、更に武器の差が無ければ危なかったかもしれん」

シグナムは言葉を飾らない率直な物言いをするのだから、危なかったというのは本当なんだと思う。
純粋な一対一なら平気だっただろうけど、そこに敵には援護があったのだとしたら、いくらシグナムでも大丈夫だという保証はない。

「だが、それでもお前は負けないだろう?」

だけど、ザフィーラがそう言うとシグナムは力強く頷いて見せる。
確かに武器の差が無ければ危なかったのだろうと思う。でも、負けるなんて弱音は吐いていない。
むしろ、たとえ相手が自分達より格上だったとして、その条理を覆して勝利をして見せる。そう、シグナムは言って見せたのだ。
自信ではない。そうすると決めた。だから負けない、必ず勝つ。
そんな事を堂々と宣言出来るからこそ、わたし達のリーダーである烈火の将だと、シグナムの事を頼もしく思う。

「ところで、ザフィーラの方はどんな相手だったのだ?」

自分の話は終わりと、今度はシグナムがザフィーラに尋ねる。
ザフィーラは今回、ヴィータちゃんへの援護に向かうという言葉を撤回してまで、あの子の足止めに専念していた。
盾の守護獣であるザフィーラにそこまで言わせるならば、ただの射撃を得意とする魔導師ではないのだろうとシグナムは聞いていた。

「そうだな。はっきり言えば魔力量はそう多くない。おそらく蒐集してもそう多くのページを埋める事は出来ないだろう。
だが、戦闘者として見た場合は厄介な相手、状況によっては相当な脅威となり得るだろう」

そしてザフィーラも情報は共有するべきだと、隠す事無く感じた旨を口にする。
だけど、正直に言ってザフィーラが相手の子の事をはっきり脅威と言った事に不思議に思った。
わたしもザフィーラの戦いはサーチャー越しに見ていたけど、確かにあの精確な射撃は厄介だとは思ったけど、防げないレベルではないとわたしは思っていたから。
無論、相応の理由があってそう言ったのだろうし、まずは実際に相対したザフィーラの意見を聞くべきだと、わたしもシグナムも口を挟まずその先に耳を傾ける。

「……私は最初、あの少年のスタイルは魔力量の少なさを補うべく格闘の技術を磨いた、接近戦を主とする陸戦魔導師だと思った。
実際、当たれば一撃で倒せそうと感じたが、補助魔法で身体能力を強化してでの回避の技の前にはまともに当てる事も叶わず、十分に打たれ弱さを補っているいた。
故に、おそらく遠距離における魔力運用は度外視し、適性のあった格闘技術を磨いて来たのだろうと推測をしたのだ」

わたしは途中からしか見ていなかったけど、それ以前はザフィーラとあの少年は格闘戦を行っており、互角の様相を演じていたらしい。
話に聞くと、どうやらあの少年は補助魔法による強化はあれど、基本は純粋な体術だけでザフィーラと戦って、そしてほぼ無傷で生き残ったとの事。
……これは、本当に敵ながら凄い事だと思う。

魔法は優れた才能があるなら、デバイスの補助を得れば短い訓練期間でもある程度の実績を出す事は可能で、魔力量が多ければ力押しも出来る。
でも、体術の場合はそんな優れた魔法能力があったとしても、肉体運用や反射神経の鍛練が必要で、イメージ通りに身体が動くよう長期にわたって実際に身体に覚え込ませないといけない。
もちろん体術でも才能が高ければ訓練期間は短くて済む場合もあるだろうけれど、それでもやはり訓練期間は魔法よりも長く必要になる。
だというのに、ザフィーラにまともに当てられる気がしないと言わしめる程の体術を習得しているといならば、あの年でどれほどの鍛練を積んで来たのかと思う。

「あれ、でもあの子って射撃魔法でザフィーラを追いこんでいたのよね?」

ザフィーラの説明に口を挟むつもりは無かったけど、ふと湧いた疑問をつい投げかけていた。
確かに魔法よりも体術に殆どのリソースを割いていれば、あのレベルまで到達出来ると思う。
けど、実際にザフィーラがピンチになったのは、接近戦ではなく遠距離戦になってから。
こうなると、さっきの言葉に矛盾が生まれてくるんだけど……。

「ああ。それが私にとっての大きな誤算であり、勘違いだったのだ」

そして、ザフィーラはその矛盾の正体を自分が相手の戦力を見誤った事だと答えた。
うん、そういえばあのときもそんな事を言っていたわね。

「いくら回避能力が高かろうとも、絶対に当てられないという程では無い。時間をかければいずれ当てられるレベルだった。
だが、ヴィータの側に敵の援軍が来た状況で、倒すのには時間がかかり、蒐集したとしても旨味の少ない少年の相手をするのは益が少ない。
ならばこの場は早々に離脱し、ヴィータの援護に向かうべきだと考えたのだが……」
「だが、本当にあの少年が得意としていたのは格闘戦ではなく射撃戦だったというわけだな?」

ザフィーラが言葉尻を濁したのを継ぐようにしてシグナムが続けると、ザフィーラは首肯でその事実を認める。

「実際に私が受けたのは弾速の早い単発の直射のみだったが、短いチャージ時間で次々と放たれてくる。
だが、問題なのは威力や連射性ではなく、私にはその一発として回避が出来なかったという事だ」
「うん、わたしも途中から見ていたけど、あの射撃の命中精度は凄いと思ったわ」

流石にビルの陰に隠れていた時は別だけど、ザフィーラが姿を見せていた時は確実に当てていた。それこそ百発百中という言葉をそのまま体現していたと思うほど。
ザフィーラはそこまで素早いわけじゃないし、足を止めて相手の攻撃を受け切るのを主としているタイプだけど、回避が苦手というわけではない。
だというのに、一度の回避もさせなかったのは偶然や運で片付けられるものじゃない。
つまり、結構距離が有ったというのに全弾命中させたのは、全てあの少年の実力という事。

「幸いにも防ぎ切れる威力だったが、防御をすれば確実にこちらの魔力が削られる。
それに、ビルの陰に隠れてやり過ごそうにも、その間に魔力チャージをして大威力を以ってビルごと撃ち抜くなどという真似もしてみせた。
正直なところ、格闘の技術よりも遠距離の技術の方が格段に厄介だ」

ベルカの騎士である以上、遠距離での手段が限られるのはある程度は仕方が無いと割り切るしかない。
だけど、その分接近戦なら敵は無いと自信を持って言える。だから、あの少年がいかに優れた回避スキルを持っていたとしても接近戦での勝負なら自分達が勝てる。

とはいうものの、戦いっていうのは突然相手の前に転移するなんて事でもしない限り、遠距離から相手の存在を認知した時から始まる。
ベルカの騎士は接近戦なら敵なしだという自負は、戦いが始まった地点から間合いを詰める技術も含まれている。
それでも、ザフィーラは場の膠着を望んでいたからあまり無理をしなかったとはいえ、あの少年に対して間合いを詰め切る事が出来なかった。

真正面から間合いを詰めようとしても、速くて“早い”直射魔法で押し込んでくる。
隠れて迂回しようとしても、今度は砲撃魔法で障害物ごと吹き飛ばそうとしてくる。
そう考えると、やっぱり厄介な相手だと思う。

でも、それだけならまだ厄介の域を出ない。最初の脅威という評価までは至らない。
たとえ相手の腕が良くても射撃魔法を掻い潜って接近する手段は幾つもあるし、ザフィーラだって本気で攻めればいけたはず。回避能力にしても同様だ。
だから、ここまでの話だけなら、厄介とは思っても脅威とまでは行かないと思う。

「だが、何よりあの少年の脅威たらしめているのは、もっと別な要因だ」

そしてザフィーラは、わたしが心の中で思っていた疑問に答えるようにあの少年から見出した危険性について口を開く。

「私が一番の脅威としたのはその気配の希薄さだ。無為自然に周囲の空気に溶け込むかのようで、目の前に居る事は分かっていてもまるで存在感が感じられなかった。
先程言った回避や射撃についても、この気配の薄さが大きな役割を担っている。
気配が薄いため、その動きを読めないから攻撃を当てられず、敵意も害意も殺意も何もない射撃はタイミングを計れず回避が出来なかったのだ」

ザフィーラの独白を聞いて、わたしは信じられない思いだったけど、それはシグナムも同じようだった。
実際に何かしらの行動をしようとすれば少なからずの意思という物があるはず。それは人が人である以上決して消す事が出来ない類いのものだ。
そしてそれは気配という形となって少なからず現れる。

たとえば、単純に『走ろう』と思ったとする。
それは実際に言葉にしなくても、やろうとすれば雰囲気が滲みでてくるし、走り出して見れば足音だとか、空気の感じだとかが、『走ろう』という気配となって伝わってくるものだ。
そんな簡単な動作でも気配は生れてしまう。それが『戦闘』という相手を打倒する意思や、恐怖や緊張感を齎す行為であれば、その気配とはより顕著なものとなる。
もし本当に気配を消そうとしたなら、じっと息を殺して身を潜めていなければ出来ないはずだと思う。

だというのに、あの少年はじっと身を潜めているレベル以上に気配を消して見せてながら戦闘行為をしていたのだとザフィーラは言う。
はっきり言って、コレが本当ならちょっと人間技には思えない。

「おそらくあの少年のもっとも得意とするのは『狙撃』のはずだ。
今回は私が最初から少年の近くに姿を現したから戦闘という形になったが、少年にとって白兵戦は“望む”物では無く“避ける”物だったのだろう。
思えば、少年と格闘戦をしている最中の反撃はこちらを打倒するというより体勢を崩すか吹き飛ばして間合いをあけようという類いの技だった」

これで一通り語るべきは語ったと、ザフィーラは口を閉じる。
とりあえずここまで聞いて分かったのは、あの少年は前衛では無く後衛、ポジション的に言えばわたしと同じフルバックという事。
このポジションにとって、仲間をサポートする補助や回復のスキルは重要なんだけど、それ以上に生存のためのスキルが重要になってくる。

たとえば仲間の前衛や他のメンバーが怪我をして戦線離脱したとしても、回復を得られれば戦線に復帰する事が出来る。
でも、その回復をする役割の人物が戦線離脱したなら、既に回復する手段が無いのだから復帰が出来ない。
そして、それ以降は前衛が怪我をしたとしてももう回復する事が出来なくなってしまい、後はどんどん状況は悪くなるばかり。怪我だけでなく士気にも影響が出てくる。
だから、サポート要員は墜とされる訳にはいかない。生存のスキルが必須となってくるのだ。

そういう意味では、少年の技は後衛として理にかなっている。
補助と射撃で戦線を援護して、自分が接敵されても仲間の助けが来るまで持ちこたえる、あるいは相手を怯ませて距離を取る事が出来るだけの体術がある。
つまり、あの少年にとって白兵戦で重要なのは回避そのもので、格闘技術に関してはおまけ程度の物だったという事。
ただ、そのおまけのレベルが非常に高かったのが予想外だったという事。

「最大射程はどの程度かは分からんが、気配を消して狙い撃たれたなら、回避はもちろん防御さえも難しくなるだろう」

更にザフィーラは、わたしの考えた事に付け加えるようにその気配の薄さからくるメリットを告げる。
気配が薄いから何時攻撃が来るのかに気付きにくく、その威力と命中精度は高い。
もし向こうに前衛、たとえば今回で言えばあの黒い高速戦闘魔導師の子が居て、あの少年が後衛に徹されたとしたら、なんて事を考えてみる。

シグナムに一撃を入れるような相手に油断など出来ようも無く、どうしても目の前の相手に集中をしなくちゃいけないけど、それでもある程度は周囲に対する警戒は怠らない。
でも、真正面に対峙しても存在感を感知し辛い少年に対して、そのレベルの警戒でどれだけ対処する事が出来るのか?
さらに悪い想定をするなら、こちらの知覚できる範囲の外から狙撃も可能であるというなら、はっきり言って回避も防御も出来るイメージが湧かない。
もしなんとか防ぐ事が出来たとしても、その瞬間は決定的な隙を晒す事になり、前衛に攻め込まれてアウトになる。
……うん、確かにこれは脅威以外の何物でもない。

一対一なら、戦いにくい相手ではあるけれど、十分こちらに勝機はある。
でも、集団戦になると途端にこちらの勝機を著しく削ってくる。
前者は確かに厄介だけど、後者は脅威に足り得る。ザフィーラの最初の言葉の意味が良く分かった。

こう考えると、ザフィーラの足止めという選択は正しかったものだと良く分かる。
もしあの場であの少年を残したままザフィーラがヴィータちゃん達の援護に到達していたら、精確無比で高威力の援護射撃にみんなが晒されていた。
そうなっていたら、わたし達はちゃんと五体満足で切り抜けられていた自信が無い。
その事に気付いて、自分達はザフィーラの判断にどれほど救われていたのだろうかと今更ながら怖くて背筋に冷たい物が走る気がする。

「しかし妙だな。ザフィーラが言うには魔力量は少ないのだろう。
だが、その射撃魔法の威力はその魔力量に釣り合わないのではないか?」
「……おそらくそれは、武器の性能なのだろう。
遠目に見た時、少年は弓を構えていたのだが、アレはデバイスでは無くロストロギアの類いかもしれん。
射撃では非殺傷設定が使えないから、完全に防ぐか避けるかするよう少年から念話事前にされていた事もある。魔法とは少し毛色が違う可能性もある」

念話で教えてくれるなんて随分親切だなと思ったけど、向こうもうっかりわたし達の誰かを殺してしまったら正当防衛とは言えなくなるからかな。
そして、非殺傷設定が使えないと一度教えた以上、今度からは射撃の前に攻撃をするよと教えてもらえないだろうとも思う。

「……とはいえ、これ以上の情報が無いなら、少年の射撃魔法がどんなものであるかは分からん。思考停止は望むべきではないが、今はああいう事が出来ると認識しておけば良い。
ただ、おそらくは民間人だとは思うがどうなるか分からん。今度管理局の連中とやりあうようになった時はシャマルの広域探査で少年が居るか居ないかを確かめるべきだな」

そんな対処療法しか出来ないのが残念ね。出来る事ならあの子は民間人で、管理局に協力しないで貰えれば助かるんだけど……。
でも、物事は慎重過ぎるくらいに考えていた方が、突発的な事態に面した時の動揺は少なくなる。
だから、戦いの場で居るか居ないか分からないような相手にいちいち警戒するのは骨が折れるけれど、やらないわけにはいかないわね。

幸いか、あの少年の魔力パターンはクラールヴィントにデータが記録されているから、探査を走らせれば見つける事は十分に出来るはずだと思う。

……うん、戦っても居ないのに、わたしの精神を削ってくる少年に対して思わずため息が漏れそうだった。



Side:クロノ



僕達は現在、時空管理局の本局に戻って来ていた。
襲撃犯は取り逃がしてしまったが、まずは意識不明のなのはの治療が優先と設備の整ったここまで来たのだ。

ちなみにソウルと了は今回本局へは来ていない。
出来れば彼からも事情を聴きたいし、怪我の心配もあったのだが、散歩と称して出てきた以上、早く家に帰らなければならないと理由の下、「嫌」の一言で断られた。
まあ、「無理」と拒絶されたのではないので、強く同行を求めれば来てもらう事も可能だったろうが、そこまで強要する事は出来ないし、するつもりも無い。
話は後日でもすれば良いだろうと思う。

なのはの診察は、外傷はそれほどでもないが、魔導師の魔力の源であるリンカーコアが一時的に縮小してしまっているという結果が出た。
しばらくの間魔法を使う事は出来ないが、休んでいればすぐに回復するらしい。
意識を取り戻した直後は立つだけで足元がふらついていたようだが、それでももうちゃんと歩けるくらいには回復しているのだから、本当に大丈夫なのだろう。
フェイトも怪我を負ったが、こちらは手に包帯を巻く程度で済んでいる。襲撃犯を捉える事が出来なかったが、最悪の事態にならなかっただけ良しとしよう。

ただ、なのはとフェイトの再会がこんな荒事の最中になってしまったのが、非常に残念ではある。
なのはが目を覚ました時にフェイトはふたりで話していたが、本来なら医務室のような場所では無く、もっと明るい場所で再会出来ていたはずなのにと思う。


……なのはへの連絡が通じず、街に正体不明の結界が張られたと気付いた僕達は、アースラの整備を一時保留してすぐに現場へと急行した。

先行したフェイト、ユーノ、アルフの3名は結界に突入してすぐになのはを発見。
同時に正体不明の相手がなのはを戦闘不能までに追いこんでいたので、そのまま戦闘に介入した。
フェイトは襲撃者に投降を呼びかけたが、聞き入れられず戦闘に突入。アルフはその援護。ユーノは怪我をしたなのはの治療と警護に回った。

一時はアルフのバインドでなのはを襲撃した相手を確保したが、続いて現れた敵の増援によって拘束は破壊されてしまった。
そしてその敵の増援も加わり、二対二となって戦闘が再開された。

この時にユーノは念話によりこの結界内の別地点にソウルと了が居る事に気付いた。
だが、結界の外とは通信が出来ないから増援は期待出来ず、フェイトとアルフは手が塞がっている。
さらに怪我をしたなのはを放っておけないと、向こうへの救援に手が足りなかった。
そんな中で了は念話で、持ち堪える分なら問題は無いから先にそちらを解決した後に救援に来てもらえれば良いと伝え、ユーノはそれを承服した。

今回の事は、結界内の二点で民間人が襲撃を受けていた。そのため、もし先に発見したなのはと共に離脱したなら、襲撃者は残ったソウル達に殺到したかもしれない。
かといってソウル達へ割ける戦力の無かったフェイト達は、結界からの離脱という選択肢を取る事が出来なかった。故に、フェイト達は離脱では無く相手を打倒する事を選んだ。
そしてユーノはなのはを防御と回復の結界の中において、フェイトとアルフと協力して襲撃犯のふたりを三人がかりで拿捕するべく動いた。

……だが、相手にはこちらの思惑の上を行かれてしまった。
確かにソウル達の方はユーノ聞いた通りに相手を倒す事は出来ないなりに、ほぼ無傷で持ち堪えてみせていた。
だが、フェイト達は三対二という数の上で優位に立ったが、それでも襲撃者は倒すどころか互角以上に渡り合って見せられたのだ。
更に予想外だったのは、敵にはもうひとり仲間がおり、ブレイカーで結界を破壊しようとユーノの張った結界の外に出たなのはをやられてしまったのだ。

なのははデバイスは中破し、リンカーコアも抑えられた状態であってなおブレイカーを放ち、結界機能を完全に破壊したが、襲撃者達もこれ以上は益は無いと即座に判断し離脱。
アースラでも、結界消滅と共に襲撃者達を捕捉しようとしたが振り切られてしまった。
こちらとしては、まんまと出し抜かれた形だ。
もし相手を打倒するのではなく、ソウルと了がフェイト達と合流して戦闘は三対三で時間を稼ぎ、ユーノ辺りが結界を抜けて転送させれば良かったかもしれない。
……なんて事を考えてしまう。

だが、コレは結果論で、後になった今だから言える事だ。
あの時のみんなの判断も悪くなく、それぞれがベストを尽くしていた。そもそも、先行したフェイト達は嘱託とはいえ民間協力者だ。責める謂れは無い。
それよりも、今回は僕達の救援が間に合わなかった事が悪い。少なくとも僕達がもっと早く結界を破るなりなんなりをしていられたらと思う。

……いや、こんな考えも良くないな。
反省をするのは良い事だ。だが、それに囚われてしまっては意味が無い。
今回の反省はする。そして次はもっと迅速に行動出来るよう努めるべきだ。

敵はおそらく、僕の使っているミッドチルダ式とは違う魔法、ベルカ式の使い手だ。
それはその昔、ミッド式と二分していた魔法体系。
遠距離や広範囲攻撃をある程度度外視して近接戦闘に特化した魔法で、優れた術者は“騎士”と呼ばれる。
ミッド式と比べて使い手は少ないが、それでもなお根強い人気のある魔法だ。

そしてベルカ式の魔法の中でも最大の特徴は、デバイスに組み込まれているカートリッジシステムと呼ばれる武装。
儀式で圧縮した魔力をデバイスに組みこんで、瞬間的に莫大な破壊力を得るという、危険で物騒な代物だ。

今回の戦いで、なのはのレイジングハートもフェイトのバルディッシュもかなりのダメージを負っていた。
それは自動修復だけでは間に合わず、基礎構造の修復が済んだら一度再起動して部品交換しなければいけないレベル。
ふたりのデバイスは持ち主に相応しい優れたデバイスであるが、たった一戦でここまで損傷させられた。
この結果は相手の技量もあるだろうが、それだけならなのはもフェイトもこの短期間にデバイスにこれほどのダメージを負うような事は無かったはず。
この事からも、カートリッジシステムがどれだけ危険な代物かが良く分かる。
出来る事なら戦いたくない類の相手だが、そんな事も言っていられない。

……最近本局では、各地の次元世界で魔導師が何者かに襲われるという事件が多数報告されている。
襲われた魔導師達の診断結果は、今回襲撃されたなのはの診察結果と重なる事から、ふたつの事件は繋がっているという事。
そして僕達、アースラのスタッフがこの事件の捜索、捜査担当に決まったのだ。

確かに相手は強敵だと思う。だが、嫌だと言って放棄する事は無い。
今回の失敗は繰り返さない。きちんと相手を捕縛し、その罪を償わせたいと思う。

……ただ、正直な事を言うと、僕はこの事件を前にして動揺を抱いている。

なのは襲撃犯を捉えた映像にあった、表紙に剣十字をあしらった魔導書。
あれは、第一級捜索指定ロストロギア『闇の書』であるとひと目見て理解が出来た。
……僕にとっても、少なからずの因縁のあるロストロギア。

アレはこれまで多くの悲劇を引き起こしている。何度も何度も、存在するだけで悲劇を生む。
だからその存在を認められない、一刻も早くその存在を抹消してしまいたいと思っている自分が居る。
そんな風に考えてしまうほど、闇の書は危険なロストロギアだ。
たとえ僕個人の因縁がなくとも、なのはという友人を傷つけた報いを与えようという想いが湧く。
そして、闇の書は憎まれる存在であるので、僕が実際に復讐をしたとしても称賛はされでも非難されるいわれは無い。
だから、思うままにその存在を抹消してしまえ、その方が世のためだと囁く声が聞こえる気がする。

だが、そんな自分を律し、あくまで冷静な思考を維持するべく心を落ち着ける。
確かに闇の書は、僕の人生にとっても重大な理由を持っている。
だが、感情的になって事件に臨んでしまえば、本当に大切な物を見失ってしまうかもしれない。守りたかった物がこの手から零れ落ちてしまうかもしれない。
そんな事になってしまえば、僕が管理局で働く理由を自分の手で覆してしまったようなもの。それこそが本当に認められないもの。

だから、心は熱く滾らせたとしても、思考と感情は常にクールで有る事を心がける。
人によっては強い想いがそのまま力になるかもしれないが、僕の持ち味は正面切って戦うものではなく、冷静な思考と判断による搦め手だ。
窮地こそ冷静さが最大の友というのは、僕が師事する人の言葉だ。僕は、この教えの通り、この事件を解決して見せると改めて決意をする。

誰も「こんなはずじゃなかった」なんて言わなくて済むような世界になるように……。












あとがき

ヴォルケンズは戦闘を経て、了の回避、射撃、気配遮断という情報を三つ入手しました。
そしてマイルーム(?)で情報を整理した事でマトリクスレベルは『E(=Extra)』となり、了の手はだいぶオープンされましたという第二十五話。

了のステータスは回避特化なので、攻撃がすっごい当たりにくい。
でも、運が良いか「かいしんのいちげき」が出ればちゃんと攻撃が当たるので倒せないわけじゃないけど、やっぱり倒すのはめんどい。
そしてめんどいなりになんとか倒してみても、入手出来る経験値は少ないという。


本当は昨日更新する予定だったんですけど、何故かArcdiaに繋がらなかったので更新できませんでした。
なので、今日に更新です。



[14283] 第二十六話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/09/23 20:32
今、新たに事件が起こっていた。
それは、魔導師が何者かに襲撃され、リンカーコアが収縮された状態で発見されるというものだった。
わたし、フェイト・テスタロッサがその事件を目の当たりにしたのは、初めて友達になってくれた子が襲われているところだった。
管理局の嘱託魔導師として、そしてそれ以上に友達であるなのはの事を助けたくて、すぐにわたしも襲撃犯と交戦状態に入ったけど、結局は力及ばず逃げられてしまった。

──これが、わたし達と、ロストロギア『闇の書』との前哨戦だった。

なのはの襲撃以前も含めて纏めた事件の資料によると、この魔導師襲撃事件はなのはの住む世界である第97管理外世界から個人転送出来る範囲にほぼ限定されて起こっているらしい。
という事は、わたしも刃を交えたシグナムって人達はなのはの世界を拠点としている可能性が高いというのがわたし達の共通見解。
だけどあの辺りは時空管理局の本局からはかなり遠くて、中継ポートを使わないと転送が出来ない。
こうなってくるとアースラが使えないのが痛い。普段ならアースラを拠点にして行動をすればいいんだけど、今はアースラは整備中。
他に使える艦船があれば良かったんだけど、長期稼働出来る艦は二カ月先まで空きが無いらしい。

そこで、事件を担当する事になったリンディ提督達は、事件発生地の中心世界であるとされた第97管理外世界に、臨時作戦本部を置く事になった。
しかも、なのはの警護の意味もあるからと、すぐ近所だと言われた時はびっくりした。
でも、なのはと何時でもすぐ会えるくらい近いというのは、すごくうれしかった。

みんな頑張っているのに、私だけじっとなんてしてられない。
クロノは正式な局員ではないわたしが戦いに参加する事にあまり良い顔をしなかったけど、わたしに出来る事がきっとあるんだから、何かをしたいと思う。

……それに、わたしにはシグナム達の姿が、何となくだけどなのはと争っていた時の自分と重なって見えていた。
どうしてそう思ったのかはまだ分からないけど、それでもあんなに一生懸命に頑張るその理由を知りたいと思った。
きっと、ただ聞いても答えてくれないだろう事は、以前の自分がそうだったから何となく分かる。
それでもわたしは自分の言葉を届けたいから、再び逢うために戦いの場に向かうんだと思う。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第二十六話



Side:了


フェイトが海鳴市に引っ越してくる。
その話を聞いた時のアリサは、ビデオメールでしか会った事の無い相手だというのに凄くうれしそうにしていたのが印象的だった。
実際にその話を聞いた時の電話口での対応とか、実際に会えるまでまだ時間があるというのに、鼻唄交じりに髪に櫛を通している姿を見れば一目瞭然というくらい。

まあ、そんな風に楽しみにしている姿をソウルにニヤニヤと生温かい視線で見られてからは、僕が居るとそっけないような態度を取っていたけど。
それでも、たぶん自室でひとりでいる時なんかは会えるのが楽しみ過ぎて、ベッドの上でゴロゴロしていたんじゃないかなぁと思う。

……僕としてはフェイトの引っ越しの裏事情をある程度知っているので、また大変な事が起こるんだなぁと、ちょっと素直に喜べない。
この間、ザフィーラと名乗る使い魔っぽい人から襲撃を受けてから、なのはとは違い特に怪我の無かった僕は本局とか言う場所への同行をしなかったので、詳しい事を僕は知らない。
まあ、興味が無かったし、今回の事はちょっとした通り魔的な一過性の物なんだと思ってスルーしてしまえば良い物だと思っていた。

でも、フェイト達が海鳴市に引っ越してくるとなると話が変わってくる。
それがフェイトだけか、あるいはその保護者的な人だけならそんな事も無いのだけど、場所を何カ所かに分けているとはいえ、アースラのスタッフ一同が来るという時点でかなりきな臭い。
なんというか、このままいくとまた面倒事に巻き込まれそうに思うのは僕の気のせいであって欲しいなぁとは思うんだけど……。

まあ、こんなに楽しそうなアリサにわざわざ水を差す必要も無いし、特にそんな裏事情については何も言わない。
今はただ、裏事情には関係なく日常を過ごすだけだ。

……とまあそんな感じに時間が過ぎて行って。今日はいよいよフェイトの引っ越し当日。
会いに行くのはアリサとすずかとなのはの三人だけで、僕個人は別に会いに行かなくてもいいんじゃないかなぁと思ったりしていたんだけど、アリサに強制連行されてしまいました。
別に会う理由もないけど、会わない理由もないのだから、どちらでも構わなかっただけで、アリサには逆らう事が出来なかったとか、そういう事ではないよ。
……ホントだよ?

そして今は、先に行っているというなのはを除いた、僕とアリサとすずかの三人で引っ越し先らしいマンションに到着したところ。
入れ違いに引っ越し屋のトラックが出て行ったので、荷物の搬入は終わったみたいだった。
荷物の搬入中のところを訪ねても邪魔になるんじゃないかなと思っていたけど、これは割と丁度よさそうだと思う。

……というか、他の次元世界からの引っ越しだというのに、どうして引っ越し屋のトラックの出番があるんだろう?
あんな次元航行艦みたいなとんでも科学力があるなら、引っ越し屋に手伝って貰わなくても荷物を転送ぐらい出来そうな気がするんだけど……。
まあ、こういう事はきっとロマンをぶち壊すような理由があると相場が決まっているんだし、追及はしないでおこう。

などと考えていたら、目的の部屋に到着していた。
そこで僕は、アリサとすずかがフェイトと対面を果たしているのをぼーっとしながら見守る。
三人とも初対面なんだけど、ビデオメールでお互いの事を知っているから何とも不思議な感じを抱いているみたいだけど、そこは共通の友達であるなのはが間を取り持っていた。
うん、仲が良いのは良き事かな。なんて事を思ってみる。

「で、あんたは何ひとり輪から外れるようにしてんのよ?」
「あ、気付かれた」

いや、僕としてはこの間に一応会ったし、ここは女の子同士で話をしていた方が楽しいんじゃないかと思って気配を消していたんだけど。

「気付かれた、じゃないわよ!」

どうやら僕の気遣いはアリサには不評だったらしい。腕を掴まれると、そのまま引っ張られてフェイトの前に押し出される。
そういえばすずかと初めて会った時もこんな感じだったなぁと思うけど、前回の経験はちゃんと生かすという事で、今回はちゃんと踏み止まっている。
おかげで、フェイトには反射的に突き飛ばされるような事も無く、普通にフェイトと真正面から向かい合う事になる。
フェイトはちょっと緊張気味みたいだけど、それでもすぐに微笑んでみせていた。

「久しぶりだね、了。それに……ソウルも」

で、フェイトはさらっと僕と一緒にソウルに対しても挨拶をしてくれました。
……いやまあ、確かにソウルの存在は普段は内緒にされているとかフェイトに言った覚えは無いけど、まさかこんなあっさり暴露されるとは予想外なんですけど。

「ちょっと待ちなさいよっ。何であんたがソウルの事を知ってんのよ!?」
「あぅ、えっと……」
「え、アリサちゃんもソウル君の事を知ってるの?」
「あたしもって……、なのはも知ってるの!?」
「え~と、ソウル君って誰なのかな?」

このメンバーでソウルの事を知っているのは自分だけと思っていたアリサ。
普通に挨拶をしただけのつもりだったのに、突然言い寄られて目を白黒させるフェイト。
自分が家族に魔法を隠していたみたいに、アリサはソウルの事を知らないと思っていたなのは。
そして唯一、正真正銘ソウルの事を知らなかったすずか。

お互いがお互いに頭に疑問符を浮かべるばかりで、誰も明確な答えを返せないでいる。
うん、中々に混沌としております。

「というか、玄関前で立ったまま騒いでいるのはどうなんだろうと思うんだけど」
「何で話題の中心のあんたが一番落ち着いてんのよ!?」

とりあえず落ち着こうよと四人に声をかけてみたら、若干混乱気味のアリサに怒られました。
なんかもう、何を言っても文句を言われそうな勢いだったので、押し黙るしか僕には出来そうになかった。

「あら、みんなこんなところで何を話しているのかしら?」

なんてやっていると、部屋の奥の方からリンディさんが姿を現す。どうやらというか、やっぱり騒がしかったみたいだ。
突然の大人である人物の登場に、女の子四人といえば、うるさくしてしまった事に気付いて恥ずかしかったのか、縮こまっていた。

「まあ、大した事じゃないから気にしないで下さい」
「そうなの?」

みんなは落ち着いたのは良かったけど、あんまり余裕も無さそうだったので、フォローをしてみようかという事でリンディさんには僕が適当に答える。

「とりあえずここで何時まで立ち話をしていてもなんですし、この後フェイトの歓迎を翠屋でやろうって話になってるから、そっちに行った方がいいかな?」
「それなら私も一緒に行こうかしら。引越しのご挨拶もしたいし」

流石に引っ越し直後でまだ荷解きも終わっていないだろう家に上がり込むのはどうなんだろうという事で場所を変える案を出してみた。
そしたらリンディさんも丁度良いから自分も翠屋に一緒に行こうと、何か用意をするべく再び奥の方へ姿を消していた。

いや、今のはリンディさんじゃなくてアリサさんに意見を求めたつもりだったんだけど……。
まあ、反対意見は無さそうだし、別にいいや。

「綺麗な人だったわね。あの人がフェイトのお母さん?」

そして、リンディさんを見て、アリサがそう聞いていた。
まあ、僕はフェイトの母親がプレシア・テスタロッサだと知っているので、当然違うという答えが返ってくると思っていたんだけど……。

「今は……まだ違う」

と、照れているように頬を赤らめながらフェイトは答えていた。
詳しい事情は分からないけど、これから先は親子になるかも知れないという事。そして、その表情には困惑はあるものの幸せというか、嬉しいとかいう感情が見えた気がした。

アリサとすずかは小学生にしては頭が良いというか、回転は早い。もしかしたら、今の話の裏に、フェイトは親が居ないという事に気付いたかもしれない。
親が居ないという事はあまり追求出来る事情ではない、デリカシーの無い事を聞いてしまったと謝るポイントかもしれない。

「そっか」

だけどアリサとすずかのふたりは、追求でも祝福でもなく短く応えるだけだった。
今のフェイトは辛そうに見えないのだから、謝って変な気を使わせてその表情を曇らせるのは違うと思うのだから、これくらいで丁度良い。
そしてフェイトもちゃんと笑っていられるのだから、上手く纏まったと思う。

「クク、なるほどな。要はてめぇとチビスケは婚儀を交わして夫婦になるから、あの女は義理の母になるってわけだなァ?」

そんな風に上手く纏まりそうなところに、ソウルが爆弾を投下していました。

いやまあ、ソウルもおそらくは養子縁組だとかいう話だと分かった上で冗談を言っているだろう事は、その底意地の悪い笑みを見ていれば分かるよ。
でも、このタイミングでソウルが出てくる事と、冗談の内容に関しては本当にタチが悪いと思う。

「えぇ~っ。養子になるってそういう意味だったのっ!?」
「ちっ、違うよなのはっ。わたしとクロノはそんな関係じゃないよっ。ただ、リンディ提督から養子にならないかって話があっただけで……!」
「え、何だか了君が凄く邪悪っぽくなってるよ!?」
「違うわよすずかっ。あれは了だけど了じゃなくて……。って、何急に出て来てんのよソウル!!」

ほら、何故かソウルの発言を鵜呑みにしたなのはの追及に、フェイトはさっきまでとは別の意味で顔を真っ赤にしながら必死に弁明している。
しかもリンディさんの事を『提督』って一般人の居る前だというのに言っているけど、フェイトはその自分の失言に気付く余裕も無いみたいだし。
まあ、ソウルを初めて見たすずかもまた、僕が急におかしな事を言い出したと狼狽しているのをアリサがフォローをしようとしていて、提督という言葉に気付いていないみたいだけど。
……うん、見事にカオスレベルがアップです。

「ああ、愉快な連中だなァ?」

そしてソウルにはこの事態を収拾する気が無いのが一番僕としては困りものだった。



とまあそんな事もあってから、フェイトの歓迎会、というより落ち着いて話をしようという意味も含め、喫茶翠屋にやってきました。
ただ、今はオープンテラスでみんなで輪になって座っているけど、みんながみんな、何処となくそわそわしているようで落ち着きが無い。
結構久しぶりになるフェレットモードのユーノと、何故か子犬チックになっているアルフのふたりによる小動物の和み効果もイマイチ効力を発揮していない模様。
……元々が使い魔のアルフはともかく、実はれっきとした人間のユーノがペット扱いなのはどうなんだろうとは思うけど、本人が何も言わないんだから僕も言わないでおく。

そんな明らかに様子のおかしい僕達に一緒に翠屋まで来ていたリンディさんも気付いていたけど、子供同士での事に大人があまり顔を突っ込むべきではないと了見を見せてくれました。
なので、リンディさんは今頃は喫茶店の中でなのはの両親であり経営者でもある士郎さんと桃子さんと談笑でもしているんだと思う。

まあ、実際ケンカをしたり仲違いをしているわけじゃないんだから、普通に話をすれば解決をするところだから、その判断には僕も賛成だ。
なので僕も、リンディさんに追従するように17歳の僕も顔を出すべきじゃないとか言ったけど、それはスルーされました。
まあ、話題の中心がソウルだから、仕方が無いといえば仕方が無いんだけど。

「……で、この中ではすずか以外の全員がソウルの事を知っている、という事でいいのよね?」

このままではらちが明かないと、口火を切ったのは毎度の如くのリーダーアリサだ。
まずはこの混乱の諸悪の根源について確認を取ると、僕以外の全員が首を縦に振って認めていた。

「……ソウルは自分の事は明かさないとか最初に言っていた癖に、何でみんなにバレてんのよ」

そんなみんなのリアクションに、アリサは誰に言うでも無く嘆息をつきながらボヤいていた。
まあ、アリサとすずか以外、アースラスタッフ含めた面子に最初に会った時に表に出ていたのはソウルだったから、バレたというのは少し順番がおかしいんだけど。

「とりあえず、みんな知っている中ですずかだけ知らないっていうのは不公平なんだから、さっさと自己紹介をしなさいよソウル」

だけど、僕がそんな訂正を入れるよりも先に、アリサがまずは名乗るようにソウルに言っていた。
その目は有無を言わせる気は無いし、さっきはああやって表に出て来て見せたのだから、すずかの事も認めているのだろうと言うかのようだった。

ソウルは初めてアリサの前に意識を表した時に、自分の存在を明かすのは自分が認めた相手に自分がするとはっきり口にしていた。
そして、さっきはフェイトにソウルの存在を暴露される形になっていたけど、実際にはまだいくらでも誤魔化す事は出来た。
それでもああやってすずかの居る前で発言して自身の存在を証明するような真似をしたのだから、アレがソウルなりの意思表明だとアリサも気付いていたらしい。

「ハッ、オレがわざわざ自己紹介なんざしてやるわけがねぇだろ」

……なんだけど、まあ、ソウルは言われてそう素直に名乗らない。

イスに座りながらふんぞり返り、口の端を釣り上げるようにして嗤うその姿は、明らかにアリサの言っている事を否定しているように見える。
だけど、こうやって僕の身体を使って発言をしている姿は、ここに『僕』ではなく『ソウル』という人格がある事を見せつける事と同義だ。
実際、ソウルの事を見てすずかが驚いた表情を浮かべているのだから、ソウルの存在については伝わっていると思う。
もっとやりようがあると思うのに、あえてこんな遠回りな自己紹介をするのだから、本当に面倒な性格をしていると思うよ、ソウル。

「あんたはまた……。でもまあ、そういう事よすずか。了は二重人格者で、もうひとつの人格が『ソウル』なのよ」
「二重人格……」

アリサもソウルの本意を汲み取ったらしい。その上で、どうせこれ以上名乗るように言っても聞き入れる事はないだろうと言う事で、アリサの方で簡潔にフォローが入れられる。
その言葉を、すずかは意味をしっかりと理解しようというように小さく呟いて繰り返す。

「……そっか、うん」

そしてすずかは、納得をしたというように頷いてみせると、僕と、というより今は表に出ているソウルと真正面から向き合い、

「これからよろしくね、ソウル君」

笑顔をもって、異常であるはずのソウルの事を受け入れていた。

……なんというか、この反応はちょっと予想外だった。
すずかもマンションでいきなりソウルが発言した事に驚いていたけど、アレは僕が普段では言わないような事を言った事に対して単純に驚いていただけだ。
なのはやフェイト、それこそアリサだって最初に二重人格だと言われた時は結構困惑をしてみせていたのに、すずかは何の追及すらもしてこなかった。
それは理解を放棄したのではなく、まだ聞かされていない事も含めて全部丸ごと受け入れるという類いのものだ。

僕も結構、変な話を聞かされても順応するのは早いけど、僕のそれの根本が『無関心』である事に対して、すずかのそれは優しさや気遣いという『思いやり』だ。
結果は同じだけど、これはすずかの方がすごいと思う。

──だって、純粋に人を想う心で浮かべた笑みは、ソウルが面白可笑しくしようと乱した空気を穏やかな雰囲気へ和ますほどなのだから。

「ハッ、仲良しごっこをやりたいってんなら勝手にするんだな」

ソウルは自分のスタンスを崩す事無く悪態をついてみせるけど、仲良くする気は無いとは一言も言っていない辺り、結構すずかの事も気に入っているのかなぁとも思う。
そんなソウルに、アリサなんかはもっと言い方に気を使えとソウルに対して憤慨してみせて、なのはやフェイトもはっきりとは言わずともそれに同意していた。
そんな友達の様子をみて、ソウルのひねくれ者っぷりを感じとったらしいすずかもまた、はっきり文句を言い過ぎるアリサに困り顔をしつつも微笑みを浮かべていた。
……うん、良い子の集まりなんだぁと改めて感じる光景だった。

「まあ、僕とソウルは世間一般でいう二重人格者とは違うんだけどね」

そんなみんなを見て、僕の方ももうひとつ情報を開示してみようと思ったわけなんです。
まあ、この話はしなくてもなんら問題はないんだけど、二重人格だと思われたまま僕とソウルを同一視されて将来困っても面倒だし、この機会に明かしてしまおうという魂胆だ。
みんなの様子をみるに、流石にソウルの人を殺した数だったらドン引きされるだろうけど、この程度の事なら言っても普通に接してくれると思うし。

「違うって、あんた嘘ついてたっていうの?」
「いや、僕は最初から二重人格の“ようなもの”だと思っていてもいいよとは言ったけど、はっきり二重人格ですとは言って無いよ。
ついでに言えば、実は多重人格者だから二重人格者という表現は間違っているよ~とかっていうトンチの利いた話でも無いよ」

やっぱりというか誤解されていたんだなぁと、アリサの発言で分かった。まあ、誤解をされる言い方をした僕が悪いとは分かっているけど。
というわけで、ソウルも特に反対する様子も無いし、このまま説明をしてしまおう。

「え~と、了君とソウル君はひとりでふたりなんだけど、二重人格者じゃなくて……。う、う~ん……?」
「まあ、簡単に言えば僕はソウルに憑依されているからひとつの身体にふたつの人格があるんだよ。
だから、元々ひとつだった人格が分裂してなった精神疾患である二重人格とは違うって事」

人格がふたつあるのに二重人格じゃないという事で、なのはが頭をひねって悩んでいる姿が何だか微笑ましいなぁなんて思いながら簡潔に理由を話す。

現代医学において、二重人格とは精神疾患であると立証されている。でも、僕は精神の病気患っているわけじゃない。
ひとつの身体に人格がふたつあるんだから、二重人格という表現は正しいのだけれども、現代医学の知識と混同されても困るから、この場は違うとしたのだ。

「憑依って……、ソウル君は幽霊か何かだって言う事?」

そしてすずかが要点をついてみせる。
そう、僕とソウルは人格が分裂したのではなく、魂がふたつあるからふたつの人格が存在しているので、現代医学の言うところの二重人格の定義とは全く違う。
いわゆるオカルトとか言う話だから、科学バンザイな現代っ子のみんなには分かり辛いかなぁと思っていたけど、理解してくれたようで良かった。
まあ、すずかは結構読書家っぽいのだから、このメンバーの中ではこの手の知識があったのだと思うけど。

「正確に言うなら、オレは元は人間だったものが『悪魔』と呼ばれるモノに成り上がった存在であり、成り下がった存在なんだがな。
ま、その辺りの定義の説明は面倒だから死霊か亡霊とかでもかまわねぇぜ?」

そして、すずかの疑問に答えたのはソウルだった。まあ、半分は説明を放棄していたけど。

ただ、このソウルの言うところの『悪魔』の定義は本当に面倒なんだよなぁ。
だって、ソウルは魂の“格”が『人間』より上がっているんだけど、分類するなら有象無象の悪魔(デヴィル)という人間より“格”が下の位置に属している。
なので、元は人間でありながらも人間より格が上であり、同時に下でもあるとかって言われても普通なら分からないだろうし。
というか、一体どういう事なのかは僕もいまいちよくわかっていないんだけど。

ただ、今ここでは自分が『生きていない』存在である事をはっきりと肯定してみせていた事が一番重要な事だ。
何を言われても受け入れる気でいたすずかの動揺は少なかったけど、他のメンバーはソウルの言葉にそういうわけにはいかない。

いかにも現代っ子代表というような常識人であるアリサは当然、そんなオカルトな話をいきなりされてはいそうですねとすぐに納得出来るわけが無い。
そしてなのはとフェイト、後はユーノとアルフもか。魔導師関係の面々もまたアリサと似たような物だった。
魔法は言葉だけ聞くとオカルトの話に聞こえるけど、ミッドチルダ式の魔法は『魔力を使って引き起こされる物理現象』であり、ちゃんと科学で証明されている物だ。オカルトとは違う。
なので、魂とか言われても理解をする事が出来ないから、すんなり納得が出来ない。

「……でも、ソウルはちゃんとここに居るんだよね?」

だけど、そんな中で、最初に理解を示したのは意外な事にフェイトだった。
ソウルはもうずっと昔に死んだ存在だ。でも、こうやって意思疎通を出来るんだから、その存在は嘘ではないよねと、確認をしてくる。

「まあ、僕が言いたかったのは幽霊とか憑依云々じゃなくて、僕とソウルは完全に別人だと扱って欲しかったっていう事。
だから、フェイトのその質問には『イエス』だね」
「うん、そういう事なら大丈夫だよ。わたしは元々二重人格の定義とか詳しくは知らなかったから、ソウルと了は別人だと思っていたし」
「……ま、別に了とソウルが何者であっても、あたしが対応を変える理由にはならないわね」

フェイトがそう言ってみせた事で、アリサも追従するように今は僕とソウルの事に理解を示していた。
そうなってくれば、人の良いなのはもまた僕達の事を否定するわけが無いので、みんなは僕とソウルは別人として見るという話になっていた。
うん、みんなには大人になってもそんな純真さを忘れないで欲しいと思います。

「でも、フェイトだって幽霊とかって今まで信じていたわけじゃないでしょ。それでよく認める気になったね」
「うん、そうなんだけど、あの時のアリシアの事を思いだしたら、なんだかすんなり納得が出来たんだ」
「あの時って……、ああ、なるほど」

そんな中でふと湧いた疑問をフェイトに聞いてみたけど、そういえばフェイトはソウルがプレシアとアリシアを対話させた時に参加していたっけ。
あの時はアリシアの身体に残っていた『アリシアの残留思念』をソウルがかき集めて、フェイトの身体を媒介に『アリシア』を再現してみせた。
その残留思念を文字通り身体で体感したフェイトが、幽霊とかいう話を納得したというのは良く分かった。
まあ、残留思念と魂とでは意味が違うんだけど、コレは別に言う必要も無いか。

「……ところで、了とソウルって幽霊が見えたりするの?」
「ああ、オレには見えるぜ。たとえば……そうだな、丁度今、高町なのはの飲んでいるジュースに水子霊が浮かんでいるな」
「にゃぁぁぁっ!?」

アリサの疑問にソウルは具体例を上げると、なのはは変な悲鳴を上げながらジュースから距離を置いていた。
それに伴い、全員がそのジュースから離れる。実際には誰もそこに幽霊が居るかどうかの真偽を確かめる事は出来ないけど、何となく怖いらしい。

「ま、ジュースの話は冗談にしても、見ていたって面白くも何ともねぇんだから普段はチャンネルを合わせねぇようにしているが、幽霊なんざその辺にいくらでもいるぜ。
もっとも、連中は所詮残留思念にすぎねぇ、過去に在った記録を再現し続けるしか能がねぇんだからな。干渉しようとする意識も力も存在しねぇし、何の害も益にもならねぇがな」
 
そしてソウルはそんなみんなのリアクションに満足したのか、あっさり冗談だと言ってみせながら、幽霊とは恐れるに足りるものじゃないと説明をする。
だけど、ソウルの冗談はかなり不評だったらしい。アリサなんかは悪質だとか言ってくるけど、ソウルが悪役なのは今に始まった事じゃないしねぇ。

とはいえ、ソウルの冗談は面白くないにしろ、緊張から一転してホッとした空気が流れたために、真面目な話をしていた時のちょっと重いような空気は払拭されていた。
おかげでみんなもこの話は切り上げるには丁度良いと、ここからは当初の予定通り、フェイトの歓迎会という様相になって来ていた。
とはいえ、特別何かするというわけじゃなくて、喫茶店らしくお茶をしながら談笑しているだけなんだけどね。

「うぅ~、もうこのジュース飲めないよぉ……」
「大丈夫だよ、なのは。わたしのジュースをあげるから」

ただ、その中でなのははまだ涙ぐんでいるようで、フェイトに慰められていた。
そういえば、ソウルってなのはに対して悪辣な態度でしか接していないような気がする。
初対面時はジュエルシードを持ち逃げ。二回目の月村邸では意地悪を言って泣かしかけて、次の温泉旅行では次に会ったら容赦はしないと脅迫をした。
戦った時も、なのはの手札を真正面からねじ伏せて力の差を見せつけるように圧勝と、改めて思い返してみると、よくなのははソウルの事を嫌いになっていないなぁと思うくらいだ。

「お、今てめぇの身体を浮遊霊がすり抜けていったな」
「にゃぁぁぁぁっ!?」

……まあ、嫌ってはいなくても、ソウルに対する苦手意識は順調に加算されていってるみたいだったけど。




そんな感じに、みんなで和気あいあい(?)と過ごしていた。

途中で、何処かで見た事があるような人が大きな箱をフェイトに持ってきたから、何かとみんなで中身を見てみると、そこには聖祥の制服が。
どういう事なのかとリンディさんに確認を取ってみれば、フェイトが学校に通うという事をフェイトには秘密裏に進めていたらしい。
このリンディさんからのサプライズプレゼントに、みんな驚きながらも学校でも一緒だと言う事で喜んでいる様子だった。

なんてエピソードもあり、女の子四人は、この友情の輪が広がった時を楽しんでいるのだった。

……なんだけど、そんな表向き以外にも裏向きの話もあったりする。
具体的にはリンディさんから念話で、話したい事があるから後で自分達のところに来て欲しいという事だった。
アリサやすずかに悟られないように念話を使ったと言う事は、十中八九、魔法がらみの話なんだと思う。
はい、明らかに面倒事です。

とはいえ、何故いきなり僕やなのはが襲撃を受ける羽目になったのかは気になるので、お茶会がお開きになった後で、アリサには用事が出来たと言って先に帰って貰った。
僕の唐突な話だったけど、アリサは前回のジュエルシード事件の時の事もあるし、いい加減に慣れたらしくさっさと用事を済ませて帰ってくるよう言って送り出してくれた。
まあ、ちょっと不満げみたいだったけど、その辺りは諦めて貰おう。


そんな訳で、僕が再びハラオウン家を訪れてみると、リビングへと通される。
そこには、このマンションに在住しているリンディさんとエイミィさん、それにクロノとフェイトの四人と、アルフ一人の計五人が既に揃っていた。

「あれ? どうしてソウルと了が居るの?」

まあ、フェイトは聞かされていなかったのか、何で僕達が居るのかと首を傾げてみせていたけど、それはリンディさんに聞いて欲しい。

僕もソファーに座ると、エイミィさんがお茶と、さっきリンディさんが翠屋で買ってきたらしいケーキを出してくれる。

……たぶんコレ、今までソウルが話を聞く代価としてお菓子を請求してきた流れだと思う。
けど、今回ここへ来たのはソウルではなく『僕』なので、実はあんまり意味は無いです。
それ以前にさっきお茶をしてきたばっかりなので、またお茶を出されてもちょっと困る。というかかなり困る。

まあ、翠屋のケーキは美味しいから普通に食べるんだけど。

「それで、話したい事ってなんなんですか、リンディさん?」
「う~ん、のんびりお話をしたいとも思うけど、あんまり引き止めても悪いものね」

お茶を一口飲んで喉を潤してから話を振ってみると、リンディさんは少しおどけて見せながらも、すぐに真剣な表情を浮かべて話し始める。

僕達を襲ってきたのは闇の書の守護騎士であり、リンカーコアを狙ってきた。
そして彼らの拠点がありそうなこの地に住むリンカーコア保有者である僕やなのはがまた襲われるかもしれないから、その警護の意味も含めて管理局も海鳴市に作戦本部を設置した。
警護態勢はしっかりするけど、何があるかは分からないから、僕達にも事情は知っておいて欲しかったから、こうして説明の場を設けた。

……とまあ、要約してみるとこんな感じだった。
なのはも既に事情は聞かされており、今は戦闘不能状態だけど回復したなら協力する気が満々で、フェイトも同様で、前回の戦闘で中破したデバイスの修復が済んだら参戦する気らしい。

「そういう事なんだけど、ソウル君と了君はどうするつもりかしら?」
「いや、どうするもこうするも、特に僕達がやる事は無いと思うんですけど?」

ジュエルシードの時とは違い、今は既にこうして警察に当たる組織が働いている以上、わざわざ僕達が何かをする必要もない。
そんな事は分かり切っていると思うのに、どうしてそんな事を聞くのかは分からない。
分からないなら、分かる人に聞いてみようと言う事で、ソウルに意見を求めてみる。

『これはアレだろ。一応は友人の立場に在る白いのと黒いのが協力するのだから、それに同調してオレ等が自発的に協力を申し入れるのを期待していたんだろ。
ま、どうせそうなったら良いな程度のモンだろうがな』

と、ソウルは解説をしてくれたけど、なるほど、そういう考えがあったのか。
確かになのはやフェイトが協力するというのは気になる事だ。だけど、それが僕やソウルが協力をする理由にはならないのだから、返事は結局変わらないんだけど。

「そうだな。賢明な判断だ」

そして、事件への参加の意思の無い僕達の言葉に、クロノが同調して見せる。
クロノとしては、本人がどうしてもと希望するなら自分が折れるが、原則として事件解決は管理局の仕事であり、そこへ一般人を巻き込むような事はしたくない。
なので、僕が協力しないというのであればそれで構わないという以上に、望むところだと思っているんだろう。

「ええ、貴方の考えは分かったわ。ただ、それとは別に渡しておきたい物があるの。エイミィ」
「ほいほ~い」

リンディさんの本音は僕には分からなかったけど、それでも誘う事はしなかった。
だけど、代わりにとでも言うようにエイミィさんに声をかける。
すると、了解したとエイミィさんが何か小箱を取り出すと、それを僕の前に置いてみせる。
僕が何だろうと思っていると、クロノとフェイトも似たような表情を浮かべている。どうやら、リンディさんとエイミィさんのふたりで用意した物らしい。

「え~と、開けてもいいんですか?」
「ええ、もちろん」

一応断りを入れてみると、いいと返事が来たので開けてみる。

「これは……」

そこに入っていたのは、翡翠色の宝石をあしらったようなブレスレットがひとつ収められていた。
ぱっと見、普通のアクセサリに見えるけど、僕はコレが何なのかすぐに分かった。

「デバイス、ですか?」
「ええ、了君って今はデバイスを持っていないでしょう?
本当は魔法を使う経験が少ないのを補うためにAI搭載型にしたかったんだけど、了君はAIと相性が悪いみたいだからそこはカットしてあるわ」

そう、コレはなのはのレイジングハートやフェイトのバルディッシュ魔法を使う際の補助をしてくれるツールであるデバイスだった。
確かにコレがあれば魔法を扱うのは格段に楽になる事請け合いだと思う。けど、何で事件に首を突っ込む気の無い僕にコレを渡したいんだろう。
というか、管理外世界の住人にデバイスを渡していいものなの?

「母さんっ。管理世界外の一般人にデバイスを譲渡するのは拙いです!」

と、疑問に思っていたら、僕が口に出すまでも無くクロノがリンディさんに問い詰める形で答えてくれました。
なんだろう、どことなく犯罪っぽい臭いがするのは気のせいなのかな?

「落ち着きなさいクロノ。ちゃんと理由はあるわ。
襲撃の危険性がある以上、私達は了君の警護をするわ。でも、私達も完璧でないのだから、何か不足の事態があるかもしれない。
その時に、了君から連絡が出来るようになっていれば心配も減るでしょう?」
「む……」

まあ、練度の問題で、僕一人では念話を受信してからなら話をする事は普通に出来るけど、自分から発信するのはまだあんまり出来ない。
そういう中で、あの時みたいに突然襲われたりしたら助けを呼ぶのも難しいのだから、デバイスがあるのは助かる。
……助かるんだけど、コレは素直に受け取っていいものなのかどうか微妙だなぁ。

「え~と、クロノ?」

とりあえず、この中で一番常識人っぽいクロノに確認をしてみる。

「……母さんがここまで用意していたんだ。既に根回しも済んでいるとみていいだろう。
それに、君なら妙な事に使ったりはしないだろう?」

クロノは自分の知らないところで勝手をやられた事に嘆息をしていたけど、意外な事に反対しないでみせていた。
たぶん、法や倫理から大きく逸脱していないだろうから、これくらいは許容範囲だという事なんだろうけど、なんというか、思っていたより融通が利いたんだね、クロノ。
まあ、クロノがこういうなら大丈夫なんだろうと思う。

『ソウルの方はどう思う?』
『貰えるもんなら貰っときゃいいだろ。それに……』
『……あー、うん。そう言われてみればそうだね』

このデバイスを貰ってもデメリッドがなさそうな事をクロノから確認をしてから、内心でソウルと作戦会議をする。
少し話し合ってみたけど、結論を言えば貰った方が得だろうという結果がでた。なので、

「そういう事なら、今回の事件が終わるまでこのデバイスは預かっておきます」

あくまで貰うのではなく期間限定で借りるというつもりだと、一応の予防線を張りつつデバイスを受け取る。
はっきり貰ってしまったら、なんだかんだと面倒を被りそうな気がするし。
まあ、受け取ったらそれで既に手遅れな気もするけど、それはそれ、これはこれ。

「よ~し、それじゃあ簡単にこのデバイスの説明をするね。
これは『ブーストデバイス』って言って、特性は魔力射出・射出魔力制御の補助なの。これを使えば了君の得意の補助魔法を離れた位置に正確に届ける事が出来るようになるよ。
他に了君の使える魔法、使えそうな魔法は既にダウンロード済みだから、その辺りは後で確かめてみてね。
それと、形状は右手に装着されるグローブタイプだから、弓や格闘の邪魔にもならないはずだよ」

小箱からブレスレッドを取り出したところで、エイミィさんが機能解説をしてくれた。
というか、なのは達みたいに杖だったら色々やり辛いだろうなぁと思っていたけど、杖以外の形のデバイスもあったんだね、というのが僕の感想だったりする。

あとは、右手に装着するグローブ型というのはありがたいと思う。
実は、ソウルの魔術により作り出された弓は、創作者であるソウルはある程度手放しても大丈夫だけど、僕は離すと色々拙いので、グリップガードの中は左手と一体化している。
なので、グローブを左手に装着と言われても出来ないところだったので良かった。

「……あの、リンディさんの話では念話ぐらいしか使わなそうなのに、ちゃんと戦闘を想定済みっぽいのは気のせいですか?」
「あはは~」

疑問というか、ソウルの意見は正しいのかどうかをちょっとカマをかけてみたら、エイミィさんに笑って誤魔化された。
というか、誤魔化そうとした時点でそこに有耶無耶にしようとしたモノがあるという事なのだから、ある意味認めたようなものだな~と、リンディさんに視線を向けてみる。

「……本当のところを言えば、ソウル君と了君にも協力して貰えたらって思うわ。
でも、貴方達がそれを嫌だというのなら無理強いは出来ないわ」

リンディさんの方はなんて答えるかと思ったら、すんなり思っている事を明らかにしていた。
まあ、ソウルと腹の探り合いをしようとしても面倒しかないのだから、さっさと本音を言ってしまった方がいいとかいう事なんだろうなぁ。

「いや、自発的に手伝いたいとは言わないですけど、そっちから手伝って欲しいというのであれば僕はなのはとフェイトが戦える状態になるまでの間ぐらいなら手伝ってもいいですよ?」
「……そうなの?」

そんなリンディさんの本音を受けて、僕もまたさっきデバイスを受け取るかどうかでソウルと話した事を口にする。
リンディさん達からすると、僕の本音はかなり予想外だったらしい。まあ、僕自身もいきなりそんな事を言われても納得できないと思うから気持ちは分かる。

「いや、前回の別れ際にザフィーラと名乗った人にまた逢おう的な事を言われたんですよ。
僕もまあ、なんとなくまた逢いそうな気がするから、そのもう一回“逢う”のをさっさと終わらせてしまいたいんです」

そう切り出してから、僕が手伝っても良いという理由の説明をする。

一回出逢って、互いにもう一度出逢いそうだと思った時点で縁が出来上きてしまう。
それは本人が意図しようがしまいが、たとえ引き延ばそうとしても互いを引き合わせて出逢ってしまう。
だったら、その一回を手早く済ませてその縁の効力を早々に断ち切ってしまった方が良い。
まあ、根拠は何にもない感覚的な物なんだけど、魔術的にはこういうのは軽視できないんですという話をしてみる。

「……貴方達の言う魔術って、随分オカルト的な要素があるのね」

一通り話して、リンディさんの感想がそれだった。
それは魔術という自分達の常識に当てはまらない、未知の技術に驚きながらも、自分の中で理解しようとしているのが良く分かる姿だった。
たぶん、他の人も同じような物なんだと思う。特にフェイトなんかは昼間のソウルの話もあってすっかり信じているように見える。

……まあ、実は今話した事はほとんど嘘で、適当な事を言っていただけなんだけど。

何でこんな事をするかといえば、実は報酬が目当てだったりする。
ジュエルシード事件の時に貰えた魔法の力は便利だから、もうちょっと管理局からその手の物を引き出そうというソウルの魂胆だ。
どうせリンディさん達は魔術の知識は無いんだから、適当を並べても真剣に言えばそうなのかと割と簡単に騙す事が出来る。
そしてソウルより僕の方が真面目そうで嘘を言わなそうだから、この場では僕がソウルの代弁をして交渉をしていたわけだ。

まあ、僕としては報酬とかどうでもいいかなと思うんだけど、確かに魔法は有ったら便利だと思うから、ソウルに協力する事にした。
うん、さっきのクロノの『君なら妙な事に使わないだろう』という信頼をばっちり覆しています。

「魔術はオカルトそのまんまですよ。まあ、信じるか信じないかはそちら次第ですけど。
それと、この話は可能性はかなり低くて意気込む程でもないから、僕としては自発的に手伝いたいと思うほどじゃないんですよ」

とまあ謀略渦巻く僕達の本音はさておき、僕の言うべきはこれで終わり。あとはリンディさんから僕の事を雇うという言質が取れるかどうかだ。

「私として期間限定でも戦力が増えるのは嬉しいから、手伝って貰ってもいいかしら?」
「はい、いいですよ。ただ、今回関わっているのはあくまで『僕』なので、ソウルは協力しないですよ」
「ええ、それで構わないわ」

はい、言質をゲットしました。
そんなわけで、ちょっとアルバイトをする事になりました。
なのはやフェイトが参戦可能になるまでの短期だから、リスクは少なく見返りはそこそこ期待という結果だった。
まあ、この中で一番得をしているのは、最初に関わる要因を作ったという事で労力を僕に押しつけて、自分は報酬をしっかり受け取るというソウルなんだけどね。

「……確認をするが、いいのか?」
「うん。ただ、僕はソウルと比べて役に立たないかもしれないけどね」
「いや、戦術的にソウルより君の方が扱いやすい。役に立たないという事は無いはずだ」

やっぱり、報酬の狙い目としては今日貰ったデバイスになるのかなぁ?
そんな事を思いつつ、ポーカーフェイスで今後の話をする。
なんか、こうやっていると自分が悪人な気がしてくるよ。

「……ソウルと一緒に戦えるかもってちょっと期待してたけど、そういう事なら仕方が無いよね」
「ホントだよ。ソウル君ってクロノ君より強いんだから、手伝ってくれるなら戦力アップだって思っていたのにな~」

それにしても、ソウルと肩を並べて戦えない事にフェイトは本気で残念がっていて、それに同調するようにエイミィさんも冗談めかしながら答えているのがちょっと気になる。
いや、いくらアースラではソウルと比べて僕は殆ど顔を出していなかったとはいえ、僕の存在が軽くスルーされているのはちょっと寂しいです。

「え、ソウルってクロノよりも強いの?」
「うん、そうだよ~。以前ふたりで模擬戦をした事があるんだけど、ソウル君は手加減していたのに、クロノ君ってば負けちゃうんだもん。
あ~あ、あの時のクロノ君は面白かったな~」
「すごい。わたしはクロノとの模擬戦で、まだ一回も勝てていないのに……」

と、フェイトとエイミィさんの間で、話が変な方向に行ってしまったらしい。
何やらフェイトはキラキラしたような尊敬の眼差しを向けてくるし、エイミィさんはクロノに意地悪そうなニヤニヤとした笑みを向けていた。
ただ、今表に出ているのはクロノに負けている僕であり、そんな眼差しを向けられても結構困る。
クロノの方もあのエピソードはあまり愉快では無い気分になるらしくエイミィの視線の前に辟易としているようだった。

「あ、その時のデータがあるから見せてあげよっか?」
「うん、見てみたい!」
「……止めてくれ、エイミィ」

空間モニターを操作しようとしていたエイミィさんを、クロノが止めていた。
やっぱり、『デッキブラシに負けた男』のエピソードについては、クロノにとっては黒歴史のようなものなんだろうなぁ。

“アースラの切り札とも呼ばれる、魔導師ランクAAA+を誇る執務官クロノ・ハラオウンは…………、デッキブラシに負けた事がある”

……うん、なんかイヤなトリビアだ。

「そういえば、フェイトって保護観察を受けているとか言っていた気がするけど、結構勝手に振舞っているみたいなのはいいの?」

エイミィさんが空間モニターを操作しようとしているのを妨害しているクロノが、不意にかわいそうな気がしてきた。
なので、話題変換という事で今のフェイトの立場について聞いてみる。
確かフェイトは裁判で無罪になったらしいけど、それでも事件の実行犯だった事は変わらないんだから、もっとこう、行動に制限がかかるんじゃないという疑問だ。

「あ、うん。本当はダメなんだろうけど、わたしの保護観察官になったグレアム提督は、誠意ある行動が出来るというのであれば、行動を制限しないって言ってくれたんだ」
「誠意ある行動?」
「うん、大切な人は決して裏切らないと約束出来るならって……」

クロノとエイミィさんがじゃれ合っている(?)隣で、フェイトと話をする。
まあ、大切な人を裏切らないっていうのは当たり前過ぎる事だと思うけど、そんな当たり前が出来るなら問題行動はしないだろうっていう事なのかな。
随分あっさりしている気もするけど、実際に真面目なフェイトはきちんと出来る。それを信じたという事は、高い地位にある人だけど好感が持てると思う。

「……なんというか、清廉潔白な人物って感じなのかな?」
「そうだよ。結構偉い人なんだけど、優しくていい人なんだよ」
「ああ、僕も一時期師事していた事もあるが、尊敬に値する人物だと思う」

そして、クロノとエイミィさんグレアムという人についてコメントを述べていた。
実際に会った事は無い人だけど、こうして聞いてみると本当に立派な人なんだなという事が良く分かる気がする。
まあ、クロノとエイミィさんは相変わらずじゃれ合いながら言っているのはイマイチ説得力に欠ける気もするけど。

「でもまあ、僕は大切な人は裏切らないって約束出来るかと聞かれても、頷かないけどね」
「えっ!?」

……何となく呟いた事に、みんなが揃って動きを止めて僕の事を凝視してみせていた。
あの、ちょっと怖いんですけど。

「……ソウルはともかく、まさか君の口からそんなコメントが出るとは思っていなかったな」

みんなを代表するようにクロノがコメントをしてくれるけど、僕ってそんなほいほい人の言う事に頷くように思われていたのかなぁ?
……思われていたんだろうなぁ。

「いや、だってそうしなきゃままならない状況になって、それでも裏切らないでいたおかげで余計に悪い結果になったら嫌でしょ。
そうなるくらいなら、僕は裏切る事を選ぶと思うな」

確かに裏切る事は良くない。コレは当然だ。
でも、一度決めた事に固執するあまり、自分にとって一番大切なモノが失われるような事になったら目も当てられない。
これがソウルだったら、自分がどんなに傷ついても一度決めた事は貫き通そうとするだろうけど、僕にはそこまでの気概はないからなぁ。

「……それでも、やっぱり裏切りは良くないとわたしは思うよ」
「いやいや、僕だって裏切りを肯定しているわけじゃないよ。ただ、裏切る事をしても、それが自分の意思で決めた事ならその罪はちゃんと自分で背負うつもりって話だよ」

なんだか、妙に重苦しいくらい真剣にフェイトがコメントをするから、僕も少し慌てながら自分の発言にフォローを入れる。
裏切りは悪であり、罪。それは間違いない。それが分かっていてなお背負う事も厭わないくらいに大切なモノが無きゃ僕だって裏切ったりはしないよ。

「……そうだな。確かに了の言い分も一理ある。そういう選択もあるだろうな」
「クロノ!?」

フェイトとしては、裏切りは絶対にしないというつもりでグレアム提督という人の質問に頷いたんだろうけど、それを覆すような事を言い出した僕に困惑をした。
それでも裏切りは否だと改めて言ったのに、自分と同じ考えだと思っていたクロノに自分の想いが肯定されなかった事にフェイトは驚きの声を上げる。

「だがっ、……それでも僕は裏切らない事を選ぶ。
了、君が僕達を裏切る事も厭わないと思っているならそれでもいい。そもそも僕達は君が裏切る状況を作らせないさ」

だけど、クロノはフェイトの驚いたような言葉を力強く遮り、改めて自分の意見を口にする。
それは、フェイトの言われた『自分は裏切らない』よりも一歩先を行って『相手にも裏切らせない』という事。
しかも、自分の意見を押し付けて力づくで裏切らせないのではなく、相手が裏切る理由を持たせないように尽力するという物。

……なんというか、随分大変そうな道を選んだ物だと思う。
これはあれだ。少数を救うために大勢を見捨てるか、大勢を守るために少数を切り捨てるかのどちらかを選べと言われて、少数も大勢も全部まとめて助けると言っているような物だ。

普通に考えれば、それは殆ど不可能と言えるくらいに難しい。もっと言えば青臭いただの理想論だ。
それでもクロノは、高い理想を目指して今を足掻き続ける。

「……うん、わたしもクロノと同じようにありたいと思う」

そして、その理想は高く、遠過ぎるためにひとりでは挫折してしまうだろうけど、仲間がいる。友達が居る。
みんなで同じ理想を目指せば、少しでも近づけるようになる。……そういう事なんだと思う。
なんというか、僕には選べない選択だ。

「ふふ、昔はあんなに小さかったクロノが立派に育ってくれて、母さん嬉しいわ~」
「ひゅーひゅー。クロノ君、かっこいい~!」
「……茶化さないでくれ」

と、リンディさんとエイミィさんに冷やかされて、クロノは顔を赤くしていた。
まあ、自分の理想を大真面目に語ったら、そりゃあ恥ずかしいだろうね。しかもそれを聞かれたのが身内とあれば、それもひとしおだ。

「え~と、随分話が飛躍してきたけど、何の話をしてたんだっけ?」

なんだか気がつけばすごい大仰な話になっていたので、軌道修正をしたいです。
確か、グレアム提督がフェイトに話した事だったと思うんだけど……。

「え~と、あれだよ。クロノ君がソウル君に負けた時の映像をみんなで観賞しようっていう話じゃなかったっけ?」
「そんな話は無かっただろう!」

エイミィさんが再び空間モニターを操作し始めたところを、クロノが再び妨害をしていた。
なんというか、仲良しなふたりだなと思う光景だった。

「ダメよ、エイミィ。あの時の映像を見るなら、なのはさんとユーノ君のふたりも誘わなきゃ」
「あ、そっか」
「そっかじゃないだろう!?」

何時までもじゃれ合っていそうなふたりだったけど、リンディさんの一言で一応の収束を見せるのだった。
クロノの言い分は完全に黙殺されていたけど、きっとこれはハラオウン家ではよくある事なんだろうと思う。
まあ、リンディさんもエイミィさんも、執務官が掃除用具に負けたなんて話が広がったら拙いと分かっているだろうから、身内にしか明かさないでしょう。
……たぶん。

そんな感じで、今日は終わったのだった。










あとがき

ハラオウン家が海鳴市に引っ越して来ました。
基本はそれだけの話だけ、のはず? という第二十六話。

ちなみに、最後の方にあった少数を救うか大勢を守るかの質問を主人公ズに聞くと、

ソウル→少数を救うために大勢を敵に回す。
了→どちらも選択しない。全員ひっくるめて放置。

……と答えます。



[14283] 第二十七話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/10/07 13:11

ソウル君と了君が帰った後、フェイトさんはアルフを連れだって早々に自室へ引き上げていた。
今日みたいに友人と一緒に過ごす事は、フェイトさんにとって初めての経験だったはず。本人も気づかぬ内にはしゃぎ過ぎて疲れていたんでしょうね。
前回のジュエルシード事件の際にフェイトさんが負った心の傷はきっとまだ癒えていないと思うけど、この平穏な日々の中で少しずつでも良いから塞がっていって欲しいと切に願う。

……そんな事を思いつつ、今日初めてまともに真正面から立ちあって話をした了君の事へと考えをシフトさせていく。
魔法の教導メニューを伝達の際にも幾らか了君と話をする機会はあったけど、実はこうやって話をするのは初めてだったりする。

了君と話をしていて、クロノやエイミィ達はソウル君と比べて組みし易い相手と見ていたようだったけど、私にはそうは見えなかった。
確かに了君は感情をちゃんと表すし、態度も柔和なそれだと思う。けど、その奥にあるはずの『想い』という物が全くと言っていい程に見えてこないのだ。
それはソウル君の何時も不遜に構えていて思っている事を覆い隠している事とは違い、思っている事を隠す隠さない以前に、そもそもそこに本当にあるのか疑わしいというもの。
もし、デバイスを渡しても大丈夫かどうかを見定めるべく注意深く様子を窺っていなければ何の違和感も覚えなかったと思う程、了君はごく自然に本心を隠蔽してみせていた。

気が付かなければ私もクロノ達と同じ印象を抱いていたはずだけど、気付いてしまった。了君は本当の事を言っているかどうかが、全く分からないという事に。
もしあの笑顔の裏で私達を貶める事を考えていたとしても、私には悟る事が出来ない。毒気の無い態度はこちらの警戒心を削ぐのだから、ある意味ソウル君以上に厄介だ。

……そこまで気付いていたけど、私は了君にデバイスを渡す事にした。
確かに不安要素はあるけれど、純粋に戦力とみた場合は、ソウル君はもちろんだけど、クロノといい勝負をしてみせた事もある了君も申し分ない。
なのはさんやフェイトさんというAAAランクの魔導師も協力してくれるけど、ロストロギア『闇の書』相手に戦力が多くて足りない事なんて無い。

もしかしたら、危険な賭けだったのかもしれない。けど私は、ソウル君と了君の事は信じられると思った自分の『勘』と、みんながふたりに注ぐ信頼をを信じてみたい。
……そう思ったのだ。










魔法少女リリカルなのはCross souls  第二十七話



Side:了


どうも、西岸了です。唐突で悪いんだけど、驚きの事実が発覚しました。
デバイスを受け取ってから家に帰って、収められていたデータを一通り確認していたんだけど、その中に今回の襲撃者の映像データも入っていた。
なのはのブレイカーによって結界が破壊された直後、追跡を逃れるべく散開するように離脱する四つの人影を捕らえたものらしくて、ちょっと画像が悪い。

そういえばエイミィさんが別れ際に「この顔にピンときたら連絡お願いね!」的な事を言っていたので、このデータがある事自体はそんなに問題では無い。
じゃあ何が問題なのかといえば、その映像の中にあった人の顔なのだ。

「う~ん、どう見てもシグナムさんとヴィータのふたりだよね」

僕が相手をしたザフィーラと翠色の服の女の人については分からないけど、そこに映っていた四人の内、ふたりに見覚えがあったのだ。
そのふたりは以前ソウルが剣道場に……まあ、見学に行った時に出会った相手であって、その時に事もあって印象に残っていた。
特にシグナムさんの方なんかは、ソウルが一番の得手である槍では無く魔術の使用も無かったとはいえ、勝ってみせていたのだから印象の残りっぷりは凄い。

まあ、僕もソウルもあれからあの剣道場に行く事も無かったので、会ったのは後にも先にもそれっきり。何処に住んでいるとかいう事も知らない相手。
けど、僕達は襲撃犯について重大な情報を持っている事には違いない。この情報から闇の書の主とかに行きつく事も出来るかもしれない。

というか、もしかしてあのアリサさんと同年代っぽい車イスの少女である八神さんが闇の書の主なのかな?
あの時のシグナムさんやヴィータの接し方をみるに、ただの友人とか知り合いとかいう間柄以上の関係性が見えた気がするし。
……う~ん、それにしてはヴィータがキレそうになっていた時には、暴力は絶対にダメと諫めていた八神さんが蒐集を指示していると考えるのは、何というか違和感が凄い。
指示をしたにしても、相応の理由が無ければおかしいと思うし。う~ん……?

「……で、どうしようソウル?」

色々と僕なりに考えてみたけど、さっぱり分からないので、ソウルの意見を聞いてみる。
というか、シグナムさんもヴィータも僕の知り合いではなくソウルの知り合いなので、どうするかの判断はソウルにあってしかるべきだ。

「……別にてめぇが連中に教えてやる道理はねぇだろ」

と、返って来た答えはそんな感じだったんだけど、コレはちょっと予想外。いつもならここで僕に対する悪態で返ってくるところなのに、普通の内容の返事だった。
しかも即答では無い辺り、かなり僕には判断が難しそうな事を考えていると思う。

「うん。じゃあこの件はスルーという事で」

まあ、こんなにソウルが考え込む程の内容に僕が首を突っ込んでも碌な事にはならないので、僕の結論はシンプルに放置という事で。
というかソウルが大丈夫だといったのだから、その責任は全部ソウルに負って貰うとしよう。
平たく言えば思考の放棄。またはソウルに丸投げです。

「それじゃあまあ、僕は僕でやるとしますか」

そうと決まればと誰にいうでもなく呟くと、今回貰った、もとい、借り受けたデバイスのデータを整理する作業を再開する。
元々今は襲撃者のデータを見たくてデバイスをいじっていたわけでは無く、データ整理の最中にたまたまあのデータに出くわしただけなのだ。
なので、疑問は棚上げしたので、作業に戻るのは当たり前だ。

エイミィさんは僕が使える魔法、使えそうな魔法はダウンロード済みとは言っていたけど、当然の事として魔法初心者である僕が全部を扱い切れるわけが無い。
たとえば、僕はレイジングハートからなのはの使う魔法を一通りコピーさせて貰っている。その中には誘導操作弾である『ディバインシューター』なんかもある。
けど、僕の魔法資質として遠隔操作は苦手なので、この魔法があっても意味が薄い。というかむしろ無い。誘導操作弾を使うくらいなら直射弾の方がマシなのだ。

他に補助魔法と一口に言っても、その種類は結界、治癒、拘束、輸送、探査などと、種類が多い上に状況での使い分けが重要になる。
でも、僕にはそこまでの練度はないので、今は最低限の数に絞って運用するようにした方が良い。
なので、そんな使わないような魔法にデバイスの容量を使うくらいなら、さっさと消してしまった方が良い。取捨選択は重要なんです。

そうして空いた容量に、今度は僕なりの魔法運用法についての補助を出来るように調整もしてみる。
インテリジェンスデバイスならこの手の苦労は減るんだろうけど、僕のデバイスにはその機構はカットしてあるので、全部自分でやらなくちゃいけない。
一応はアースラの方で、夏休みとかになのはと一緒に魔法の練習をした際にレイジングハートが収集した情報を元に、僕に最適化はしていたみたい。
だけど、それだけで僕のイメージ通りに魔法が使えるようになるほど都合よくは世の中回らない。

データの削除と追加などによって齟齬が生じるし、そもそもアースラで行われた最適化と僕のイメージする魔法運用とでは差が存在していた。
まあ、僕は魔法運用の構想についての情報開示をしていなかったし、たまにしか一緒じゃなかったレイジングハートのデータ収集も不完全なのだから、仕方が無いといえば仕方が無い。
その分の誤差を埋めるべく、こうしてちまちま作業をしていたわけなんです。

はい、すごく面倒です。でも、これをやらないといくらデバイスが魔法行使の補助をしてくれるとはいっても十二分に効果を発揮してくれるわけが無い。
なので、面倒を押してこうやって作業をしていたわけだ。

……まあ、この作業は僕自身ではなく、もっと専門の人にやって貰えばいいじゃんと気付いたのは、ひと段落着いてからだったんだけどね。




そんなこんなをやりながらも、時間は過ぎていったわけで。
時間も過ぎれば作業も終わる。何時シグナムさん(仮)達と出くわすかも分からないからと微妙に突貫作業的に進めた甲斐もあって、ひと段落は着いた。

ただ、僕はデバイスをいじった事など今回が初めてだ。
そこまで大きく設定をいじってったわけじゃないけど、それでも僕では変なところが出ていないかは自分では分かり辛い。
なので、今はバニングス邸を離れて、ちょっとした裏山の方に足を延ばしてみたわけだ。ここなら万が一魔法を見られる事も無いだろうしね。

「了君がデバイスを使って魔法を使うと、どんな風なのか楽しみだよね!」
「え~と……、そうだねなのは」
「というか、ソウルはともかく了って戦闘になったら役に立つのかい?」

……なんだけど、何故か呼んでも居なかったギャラリーが数名居ります。
いや、デバイスの監修を、得意魔法の近いユーノに頼んだからその関係だとは分かるし、なのはもフェイトもデバイスも修理中だから割と暇だという事も分かるよ。
でも、見ていても面白い物でも無いと思うけどなぁ……。

というか、はっきりと僕の事を戦力外なんじゃないかというアルフが酷い。
そしてそれ以上に、なのはに話を合わせているだけで、実際には僕の事はあまり興味が無いっぽいフェイトも酷いと思うのか気のせいなのかな?
いやまあ、確かに僕はフェイトとアルフの前で戦闘っぽい事をした事は無いし、基本スペックは低いから弱そうだという印象はわかるんだけどね。
実際、フェイトと戦ってもあんまり勝てそうじゃないし。

「それじゃあよろしくお願いして良いかなユーノ」
「うん、オッケー」

とはいえ、外野の事を気にしていても仕方が無いとして聞き流す事にする。
早速待機状態となったままのデバイスを渡すと、ユーノは色々と調べ始める。それを僕は黙って見守る。
僕としてはそこまで設定をいじったわけじゃないから大丈夫だと思うけど……

「……うん、特に問題は無いと思うよ」

どんな返事が来るかなぁと思っていたら、問題なしのお墨付きがでた。
とりあえず良かったと一安心して、渡したデバイスを返して貰い、そのまま右腕に装着する。コレで本当の意味でのひと段落だ。
あとは実践あるのみ、ってね。

「ねえ了君。折角だからセットアップしてみてよ」

そこへ声をかけてくるのはなのはだ。
たぶん僕のデバイスの起動状態とかバリアジャケットの形状なんかが気になるという事なんだと思うけど……。

「いや、無理」
「ええ~っ、何で!?」

何やら大仰なリアクションでなのはは返してくれたけど、何でと言われても困る。
何度も言うけど僕は魔法初心者なんだから、調整済みとはいえデバイスと、しかもAI非搭載型のそれといきなり同調させるのは難しい。
それと同じ理由で、バリアジャケットの生成もすんなり出来ないんだよ。
まあ、本当の事を言えば出来なくは無いんだけど、ここは大事を取ってバリアジャケットに関しては見送りたいわけなんです。

……と、そういう旨をなのはに説明をする。

「でも、わたしは最初にレイジングハートを起動させた時は普通に出来たよ?」
「いや、なのはにはいい加減、自分が規格外だと認識して欲しいです」

初めての魔法行使がデバイスとの強制シンクロとバリアジャケットの生成。それとフルドライブモードでのジュエルシードの封印。
そんな真似をすんなり普通は出来ません。普通の人はもっと基礎を積み重ねて、その上でシンクロ率を上げていってからデバイスを使うんです。
ついでにいうと、いくら適性が高いとはいえ砲撃の最高難度技能である集束砲は数カ月で使えるものではないし、感覚で構成を組んだ魔法に結界機能の完全破壊という効果は付きません。

そんな魔法の運用に関してはなのはの規格外と、ごく平凡な規格の内に収まる僕を同列に見られてもそれこそ困る。
ただでさえ魔法歴が半年未満の上、正規のプログラムを受けていない僕は基礎固めで精いっぱいだったから、バリアジャケットの生成とかは難易度が普通に高いよ。

「そんな事無いよ。わたし普通だよ!」

……なんだけど、なのははここまで説明しても自分は普通だと思っている様子。
まあ、周りに居る比較対象がフェレットと、同じく規格外のフェイトだけじゃあその認識になってしまっても仕方が無いのかな?

「おう、そこまで言うなら、こん中で白いのが普通だと思ってるヤツは居んのか?」

まあ、きっと僕がいくら言っても納得しないだろうなと思っていたら、唐突にソウルがこの場に居る全員に対してそんな質問を投げかけていた。
どうやら数の暴r……もとい、公正な多数決によって解決を求める事らしい。

「……え~と、うん。なのはは凄い才能を持っていると思うよ!」
「まあ、普通の魔導師はランクBぐらいが精々ななところを、なのははいきなりAAAのランクを貰っているしねぇ……」

返ってきたのはユーノとアルフのコメント。
ふたりともはっきりと規格外とは言わないけど、内容自体にあんまり大差はなかった。

「そ、そんな~。フェイトちゃんは違うよね!?」

その事になのはは少なからずのショックをなのはは受けていたけど、それでもまだコメントを出していないフェイトに一縷の望みをかけて縋りつく。

「ごめんなのは。わたしも最初からデバイスの強制シンクロとかは無いと思う」
「がーん!」

だけど、そんな希望もまた、申し訳なさそうにしながらのフェイトの返事の前に打ち砕かれ、ふらふらとよろめいてみせるなのは。
まあ、フェイトも正規のトレーニングを積んだ上でデバイスを使い始めたらしいし、この返事は当然か。
というか結構フェイトもズバッと物を言うね。今のがなのはにトドメを刺したっぽいよ。

「……まあ、なのはの事はともかく、みんなはこれからどうするの?」

この話をしていてもどうせなのはを落ち込ませるだけなのは目に見えているので、とりあえずの話題変換として聞いてみる。
僕としてはユーノにデバイスを見て貰うという用事は終わったわけなので、特にこれからする事も無いわけなんだけど。

「あ、わたしは折角だから魔法のトレーニングをしてから帰ろうと思うの」
「いや、なのはって療養中じゃなかったっけ?」

いの一番に返って来たその答えに、思わずツッコミを入れてしまう。
リンカーコア不全中なのに魔法の練習をしようだなんて、どんだけ規格外街道を突き進む気なんだろう?

「なのは。トレーニングじゃなくてリハビリだよ」
「あ、そうだった」

と思っていたらユーノから訂正が入った。
うん、普通はそうだよね。びっくりしたよ、もう。

「わたしは、あの……」

なのはの方は大体分かった。なら今度はフェイトの方だと思って向き直ると、何やらフェイトが言いたそうにこちらを見ている。
けどそれは、口ごもるばかりで言葉にならない様子だった。
まあ、僕としては時間は余っているわけなので、フェイトの中で纏まるぐらいの時間は待っても構わないので、じっとしながら様子を窺う。
そして幾分かの迷いを超えて、フェイトは力強さを讃えた瞳で真っ直ぐ僕に向き合う。

「わたし、ソウルと話がしたい事が、あるんだっ」

……はい、フェイトが向かい合っていたのは僕じゃなくてソウルだったようです。
緊張からか、意思を込め過ぎた結果か、途切れ途切れになりながらも言い切ってみせたフェイトにそう理解をした。
なら、このまま僕がこうしていても仕方が無いので、ソウルにバトンタッチだ。

「ハッ、オレにゃてめぇなんざと話す事はねぇんだだよ」

で、ソウルはどんな言葉を返すのかなと思っていたんだけど、ばっさりでした。
フェイトの真剣な眼差しを軽く鼻で嗤うようにすると、話を切り上げるように踵を返す。
そして完全にフェイトに背中を向けるとそのまま歩きだす。

「……ソウルには無いのかもしれない。でも、わたしにはあるんだっ」

だけど、フェイトもまた退く気は無いらしい。躊躇は一瞬。すぐに歩くソウルを走って追い抜くと、そのまま真正面に回り込むと行く手を遮る。
どうやら是が非でもここでいいたい事とやらを言ってしまいたいらしい。

真っ直ぐにソウルを見つめるフェイトと、それを不敵に受けるソウル。何処となく空気は一触即発の雰囲気。
なのはとユーノが、何かを言いたげにしていたようだけど、それはアルフが遮っていたので、この場はソウルとフェイトの一対一だ。

そしてフェイトは大きく深く深呼吸をして、胸を張って真っ直ぐに想いを言葉にする。

「ソウル……。ありがとう」

その言葉は感謝だった。真剣ながらにも柔らかなほほ笑みを添えて、真正面から堂々とソウルに告げていた。

「なのはももちろんだけど、わたしはソウルにもたくさん助けて貰ったから。
ソウルは何時もわたしの前に立ち塞がっていたけど、同時に何時もわたしを導いたり守ったりしてくれた。だから……」

それはフェイトがソウルにして貰ったと、助けて貰ったという事。だから、そのお礼をしたいという話。
そういえばジュエルシード事件直後に、言いたい事があるなら直接来いとかいう事を、なのはを通じて伝えて聞いた気がする。
だから、フェイトは律儀にこうしてお礼を言っているというわけか。

「ぐだぐだうるせぇな。オレは貰うモンは貰ってんだから、余計な言葉を連ねてんじゃねぇよ」

だけど、ソウルはフェイトの言葉を遮って中断させる。
そして今度こそ話は終わりで、もう聞く耳も無いと、そのまますれ違うようにしてこの場を立ち去る。
後ろからはなのはが待つように言っているようだったけど、それでソウルが足を止めるわけも無い。
フェイトも今度は行く手を遮らなかったので、このまま僕達は立ち去るのだった。


いやまあ、多くを語らず態度で示す姿はカッコイイとは思うけど、僕、ここで魔法の練習がしたかったんだけどなぁ……。



Side:フェイト


ジュエルシード事件の時、わたしとソウルの関係は『敵同士』だった。
最初に抱いた印象は凄く怖くて、凄く強い相手だという事だった。その印象は今でも同じく抱いている事だけど、当時はその気持ちがもっと強かった。
だって、最初に会った時はアルフが痛めつけられていて、その次もわたしは見逃されたけど、夜の森の中で感じとったソウルの雰囲気はとても恐ろしい物だった。
更にその次は罠にまんまとおびき寄せられてあっさり返り討ちに遭っちゃったんだから、怖いとか苦手とか思っても仕方が無いと思う。

……だけど、今のわたしが思うソウルのイメージはそれだけじゃない。

わたしとなのはの戦いの影響でジュエルシードが発動した時、ソウルが抑え込んでいてくれたから、わたし達は無事でいられた。
暴走体と戦う時にちょっとだけど協力した時は、味方だと凄く頼もしいと思った。
わたしがどうしてジュエルシードを集めていたか、その本当の理由を思いださせてくれた。
母さんにわたしは不要だと言われた時、わたしの前に立ってその言葉から守ってくれた。
わたしが母さんともう一度ちゃんと会って話をしたいと言った時は、わたしの進む道を切り開いてくれた。
母さんの望んでいた事も、ちょっとだけだけど叶えてくれた。
アルフと契約を解除しろと言われた時は凄く悲しかったけど、それはきっと口約束でも自分の命を投げ出すなとか、傍にある大切なものを蔑ろにするなとか言いたかったんだと思う。

確かにソウルの事は今でも怖いと思う。でも、その不器用過ぎて分かりにくい優しさを想うと、不思議とあまり怖くない気がしてくる。
むしろわたしの先を行くその遠い背中がとても頼もしいものに感じられる。
でもその背中はわたしには手が届かないから、『頼る』とか『寄り掛かる』とかはさせてくれない。
ただ立ち止まっているなと、自分の力で追いかけて来いと無言のままに語りかけて来ているように思う。
支えてくれるわけでも、手を差し伸べてくれるわけでもない厳しい物だけど、それでもそれはソウルの優しさだと思う。

なのはの事はもちろん大切な友達で、一緒に居たいと思う。ソウルとも友達になれたらと思うけど、まだわたしはソウルの隣に立つ事も出来てはいない。
今はその背中を追いかけているだけ。そのスタートラインに立ったところ。
その一歩目として自分の言葉で、自分の想いを伝える事をしたかった。ソウルはわたしの先を行くけど、振り返ってわたしという存在に気付かせたかった。
この手は届かなくても、精いっぱいの言葉なら今の段階でも届くと思ったから。

だからわたしは、なのはに教えてもらった通り、ちゃんとソウルの目を見て、あなたとか君とかじゃなくてはっきりとソウルと名前を呼んで『ありがとう』と口にした。
他にも色々と言いたい事はあったけど、やっぱりこの言葉を伝えたかった。

ソウルはわたしの言葉を受けて、無言。何時も通りに自信満々と言った雰囲気のままに力強く笑いながらわたしの前に立っていた。
でも、今は確かにわたしの事が視界に映っていると、その目を見て感じていた。
その事が嬉しくて、何かを話さなければと自分の想いを正直に伝えていく。

「ぐだぐだうるせぇな。オレは貰うモンは貰ってんだから、余計な言葉を連ねてんじゃねぇよ」

だけど、わたしの言葉の続きはソウルに遮られちゃった。もう少し話が出来ると思っていた矢先の事に思わず固まってしまう。

その間に、ソウルは何も言わずにわたしとすれ違うようにしながら行ってしまった。今度こそ呼び止める暇なんて無かったし、する事も出来なかった。
先を行くソウルは振り返えるのを止めて前を向き直ったから、わたしに見えるのはその背中だけになったんだと分かった。

「む~っ、フェイトちゃんがちゃんとお礼を言っているのに『うるさい』とか酷いと思うよ!」

ソウルと了が居なくなったところでわたしが何をするでもなく佇んでいると、そこへ怒っているのか頬を膨らませながらなのはがやってきた。
アルフにソウルとの話をする間止めていて欲しいと言ったけど、ソウルが居なくなったからこうして来たんだと思う。
なのはが怒っているのは、わたしの為。怒る事は良く無いとは思うけど、こうしてわたしの事を想ってくれていると思うと嬉しい気持ちに心が満たされる。

「……ありがとう、なのは。でも大丈夫だよ」

わたしはなのはの手を取って、感謝と怒らなくてもいいんだよという想いを伝える。
だけど、なのははソウルの態度に納得出来ないみたいだった。
まあ、確かにあの言葉は酷いと思うし、傍から聞いていればわたしの事を邪険に扱った言葉に感じられる。
けど、真正面から向かい合っていたわたしにはソウルの想いはちゃんと伝わってきたから、今度はそれをなのはに伝える。

「ソウルはね。貰う物は貰ったからそこに余計な言葉を付け加えるなって言ったんだよ。
意訳するとたぶん、最初のお礼の言葉はちゃんと受け取ったから、あとはそこに理由づけは要らないって事だと思うんだ」

今のわたしが伝えかかった言葉は『ありがとう』の一言で、ソウルはそれをちゃんと受け取ってくれた。
態度こそ何時もと全然変わらなかったけど、そういう事なんだと思う。

もちろん、まだまだソウルには「友達になりたい」とか、「何時か追いつきたい」とか言いたい事はまだまだある。
でも、今はこれで十分。続きはまた今度。もっとわたしがその背中に追いつけた時に告げようと思うから。

「……む~。でもやっぱりソウル君はもうちょっと素直になった方がいいと思うの」
「あはは、そうだね」

あれはあれでソウルの持ち味だとは思うけど、なのはの言葉はわたしも思う事だったから、わたしは不満げななのはの言葉に笑いながら頷いていた。



Side:了


夜です。
まあユーノにデバイスを見て貰ってからそれなりに時間は経っているから日も暮れるのは当然なんだけどね。

それにしても、ソウルが帰って来てしまった事が少し僕にとっては面倒だった。
なんせあの場所は僕が周りの目を気にする事無く魔法の練習をするために見つけた場所であり、今日はあそこで魔法の練習をしたかった。
けど、あんな風にカッコよさげに立ち去った手前、再びあそこに立ち戻るのも気恥かしいので、こうやって魔法を使っても大丈夫そうな場所を探して流離っていたわけだ。

そしていい場所が見つからなくて今に至る、と。まあ、そうそういい場所が見つからないのは当然といえば当然だけど、なんだかんだと夜になってしまったわけなんです。
うぅ、夜風が寒い……。

「クク、ひとり寂しく夜道を歩いているからそうなんだよ」
「いや、それはあんまりソウルには言われたくないなぁ」

なんて事を話していたわけだけど、それももう終わりにする。
まだ時間には余裕があるので、魔法の練習はしたいけど新しい場所を探すのは、今日はもう諦める。
今ならあの場所に戻ってもなのはやフェイトは居ないだろうけど、流石に今から行くのは躊躇われる。
ならば、僕が取る手段はひとつ。

「とある偉い人は言いました。『無いなら作ればいーじゃん』と」

一体誰の言葉かは知らないけど、きっと偉人の内の誰かはこんな風な事を言っていたんじゃないかと思うので、自分で言っておきながら追及はしない。

今の僕には魔法とデバイスという便利道具がこの手にある。そしてデバイスの中には結界魔法もインストールしてあるので、それを使えば万事おっけーという具合だ。

まあ、流石に日も暮れて人影も少なくなったとはいえこの街中でいきなり結界魔法を使う気はない。
一応は封時結界みたいな魔法もあるけど、最初は簡単な隠蔽の結界の使用に留めておきたい。
なので、街の中でも場所をちょっと移動。具体的に言えば上空の方に移動だ。

「行くよ。フライヤーフィン」
《Flier fin》

周りに人がいない事を確かめて、発動させるのは飛行魔法。僕の魔力光である薄い翠色の魔力光によって形成される羽が靴から現れる。

……うん、やっぱりデバイスを使うと楽だ。実際に使うと本気でそう思う。
本来ならこの『フライヤーフィン』という飛行魔法も、僕ではきちんと詠唱をしなければ発動させる事は叶わない。
だというのに、デバイスの詠唱代行機能を使えばあら不思議。ワンアクションで発動させられるのだからありがたみが良く分かる。ほんと、デバイスさまさまです。

「ん……、とうっ」

とはいえ、何時までも感動していても仕方が無い。軽く膝を曲げて力を溜めて、そのまま地を蹴って一気に跳躍をして空を飛ぶ!
……いやまあ、本来なら魔法により加速するのだから、自身の脚力で勢いをつける必要はあんまり無いんだけどね。
でも、浮遊の為にバランスを取る事に魔法のリソースを消費している僕は、最初の勢いは自分でつけないといけないという悲しい現実。
デバイスを使うのに慣れたら大丈夫だとは思うけど、今はこの世知辛い世の中に涙を流すばかりだ。

そんな事を考えながら上空へと移動をする。後は結界を展開して、その中で魔法を色々と試してみるだけ……。

「な、お前は……!?」

……だったんだけど、ちょっとエンカウントしてしまったようです。
今僕の目の前に居るのは、手には片刃の剣を携えた凛々しい佇まいのポニーテールの女性。
ぶっちゃけて言えばシグナムさんです。凄く驚いた表情でこちらを見ています。
どうやら飛行で水平方向へ移動中のところに垂直方向へ移動してきた僕がかちあってしまったらしい。
なんという偶然か。

……まあ、シグナムさんが驚いている理由は、僕が進行上に現れた事では無いと思うけど。

「お前は、ソウルか?」
「いえ、違います」

案の定、僕の顔を見て以前会った事のあるソウルだと思っての驚きだったようだ。
だけど、僕はその辺りはスルーする気満々なので、すぐに否定するわけなんだけど。
というか、まさか会うのが他でも無いシグナムさんというのは非常に拙い。相性的に一番戦いたくない相手だよ、この人。

なんせフェイトを圧倒する程の鋭い剣戟を繰り出すわ、その剣は蛇腹状になって領域攻撃をしてくるわという事で、あんまり避け切れる自信は無い。
挙句には炎の魔力変換資質を持っているという事。いくら避けようとも、ギリギリの回避では普通に炎に焙られるのでダメージを負ってしまう。

というわけで、パンチとかハンマーのザフィーラとかヴィータ相手ならまだ比較的避けやすいと思うから何とかなると思うけど、シグナムさんは本気でヤバイ。
出来れば今すぐにでも逃げたいです。

「え~と、一応自己紹介をしますと、僕の名前は西岸了です。どうぞよろしくお願いします?」

そうは思っていても、そう易々と逃がしてくれるわけも無いと思う。
とりあえずは勘違いをされたままではなんだと思うので自己紹介。
僕とソウルは別人なんだし、シグナムさんにしても以前会ってから時間が経っているから、これで他人の空似だと思ってくれるはずだ。

「西岸了、だと……っ?」

……何だろう。シグナムさんの纏う雰囲気が一気に警戒レベルが上がったというか、やたらと剣呑なそれへと変わったような気がする。
良くは分からないけど、あんまり良い雰囲気じゃ無さそうだ。

「……」

なんだけど、それでもシグナムさんは僕に斬りかかってくるというわけではない。ただこちらを見定めるように、鋭い視線がこちらを射抜くだけ。
いや、その視線だけでも十分怖いんですけど。それでも、何処か躊躇しているような雰囲気に僕は内心で首を傾げる。

「……再度確認をするが、本当にお前はソウルでは無いというのだな?」

どうやら僕が本当にソウルかどうかで悩んでいたらしい。まあ、身体は共通なんだからその気持ちは当然だと思う。
まあ、この質問に関しては答えは変わらないので、普通に応える。

「え~と……」
「いや、やはり答えなくても構わん」

いや、聞いておいてそれはないんじゃないかなぁ?
少し寂しいです。

「剣を取れ。剣を交えれば自ずと答えは分かる」

って、そこは言葉で理解をしあいましょうよ!
自然体で佇む姿から、剣を構えて戦闘状態へと移行したシグナムさんに内心で突っ込む。
というか僕は剣なんて持っていないから、剣を交える事なんて普通に出来ないから!
剣道場で会った時にも言葉で語るより剣で語る方が得意とは言っていたけど、そんな事を僕に求められても凄く困るよ。

『……ソウル。交代しない?』
『何言ってんだ。こいつはてめぇと剣を交える事を御所望してんだろ?』

なんかどんどんやばくなってきているのでソウルに助けを求めたわけなんだけど、こちらもダメでした。
何とも底意地の悪いソウルの嗤いが幻視出来ただけで、何の解決にもならなかった。

「え~と、その、ほらっ。僕も管理局の人に今助けを求めたから、一分もしない内に人が来ますよ!?」

なので、ここは何でもいいからスルーしたいと、脅し文句で撤退を促す。
まあ、実際にはまだ連絡は入れていないんだけど、こう言えばシグナムさんだって退いてくれるはずだ。

「一分も必要無い。一撃で事は済む」

……うわぁ、ダメだったよ。何を言おうともこの人はやる気満々だよ。
というか、このままいくら僕が話を続けようとしても、きっとあと30秒以内に斬りかかってくるよ。
まあ、すぐに斬りかかるわけじゃ無く、こうして僕が準備する間を待っているのだから、悪い人では無いと思うけど。

さて、いい加減僕も腹をくくらなければならないらしい。まあ、シグナムさんも一撃で済むというのだから、それさえ凌げばいいのなら、きっと大丈夫と思う事にする。
待機状態であるブレスレッドを嵌めている右腕を前に出しながら、大きく息をひとつ吐き出す。
デバイスのシンクロももうちょっと上げてからにしたかったけど、こうなったら仕方が無い。

「──何時でも此処には吹いていた。天空の風よ大地の風よ。我が下に集いて力となれ。アークウィンド、セットアップ!」
《Standby ready》

起動呪文の詠唱と共にデバイス、『アークウィンド』に呼びかけると、それに応える声が発せられる。
起動は成功。その事を内心で安堵しながら次のシークエンスへと移行する。
待機状態であるブレスレッドから、翡翠色の宝石を手の甲に据えたノーマルモードであるフィンガーレスグローブへと形状を変える。

そして次はバリアジャケット。僕の身近にいる魔導師はなのはだけなので、バリアジャケットでイメージ出来るのもなのはの物しか無い。
なので、僕もバリアジャケットにイメージするのは聖祥の男子の制服だ。
とはいえ、流石にそのままというわけではない。ネクタイは無いし、裾なんかも全体的に短い感じでラフなソレになっている。

「──この手に掴むは“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)」

纏う翠色の魔力の光が弾ければ、アークウィンドの起動とバリアジャケットの生成はこれで終了。
カラーリングに関しては白い布地に青のラインが入っており、ワンポイントに赤が入っているとなのはそのまんまを参考してあるバリアジャケットの出来上がりだ。
後はソウルの魔術による弓を手にして全行程の完了だ。さあ、どんとこーい!

「……準備は済んだようだな。行くぞレヴァンティン! カートリッジロード!」
《ja》

ごめん、やっぱりどんと来ないで下さい。
クロノから聞いていたカートリッジシステムなのだろう、足元に三角形の魔法陣を展開しつつ剣から薬莢らしきものが排出されると共に、その刀身が紅蓮の炎に包まれる。
そんな剣を構えながら鋭い眼光を向けるシグナムさんに内心で懇願する。

「アクセラレイション!」
《Boost up acceleration》

なんて泣きごとを言っても仕方が無いので、ザフィーラの時と同様にブーストアップの魔法で敏捷度を上げて、シグナムさんの事を迎え撃つ。
勝負は一瞬。結果は僕が負けるか、あるいは引き分けるかのふたつにひとつだ。
うん、明らかに僕の方が分が悪い。けど、『一撃』と言っている以上、シグナムさんはそれを覆す事は無いと思うので、この一瞬に全てをかけるつもりで集中してく。

「紫電……一閃ッ!!」

シグナムさんの方にも小細工をする気は全く無いらしい。ラベンダー色の魔力光の魔法陣から飛び上がるようにして、上段から一直線に剣が振り下ろされる。
迎え撃つ僕はその気迫の前に生半可な回避は不可能と判断。その剣の軌道上に“空を射抜きし弓”を据える事で防御の体勢を取る。

「あ……っ」

直後、剣と弓は接触して僕とシグナムさんもまた肉薄する。
だけど、僕とシグナムさんとでは体格から何やらで僕の方が劣っているので鍔迫り合いなど出来はしない。
しかもシグナムさんの一撃は頭上から振り下ろされる事で重さも加味されているので、受け切ろうとしても土台無理な話。あっさり押し込まれる。

「つ……っ」

なので、受け止める事はしない。僅かに押し込まれた所で弓を支える力を抜いて、振り下ろされる剣の流れに身を任せる。
弓の上半分の部分で剣を受けていたので、その部分が組み敷かれるように押し込まれる。だが、その反対側の下の部分が入れ替わるように上へと現れる。
そしてその流れに僕も乗っているわけなので、僕の身体もまた反転した状態へと入れ替わる。

「ぅ……っ!?」


というかやっぱり熱かった。至近距離で燃える剣を前にして抱く感想はそれだった。
もしもこれでバリアジャケットが無かったら大変な事になっていたなぁと思うわけだ。
だけど、そんな事を悠長に考えている時間は既にない。受け流しに成功したとはいえ、この間合いはまだシグナムさんの領域だ。

「“解放する風”(レデュース・エア)」

故にこのほぼ密着状態から、即座に魔術により魔力を風に還元して放出する。
前回のザフィーラ相手では効果は半減だったけど、シグナムさん程度のウェイトならば十分に吹き飛ばせる、はず……!

「な、くぁ……!?」

そして僕の思惑通りにシグナムさんは吹き飛ばす事が出来た。
とはいっても打撃との組み合わせでは無いのでダメージらしいダメージは無いし、飛距離も短めだ。
でも、これだけ距離が開けば十分だ。シグナムさんの攻撃を受け流した勢いのままに更に反転して最初と同じ向きに直りながら、再度弓を構え、引き絞る。

心と身体は既に『空』。
彼我の間に障害物は無し。
放出した風のおかげで横風も向かい風も無し。
体勢はちょっと悪い──修正、大丈夫。
集中力に問題は無し。狙いはついている。
矢の装填は完了済み。満を持す。

準備は整っている。ならば放つのが通りと、引いていた右手を話して魔力によって形成される矢を放つ。
解放された矢は一直線に飛翔し、当然の事のようにシグナムさんの元へ向かい、そして……。

「……なる程、戦闘スタイルや臨む姿勢が全く違う。お前は確かにソウルでは無いな」

……シグナムさんを倒すには至らなかった。左手を前面に出して三角形の魔法陣による盾によって、一切のダメージは徹っていない様子。
まあ、この攻撃はクロノにも防御されていたわけなのだから、シグナムさんにも防げない道理は無いわけなんだ。

とりあえず、この場での攻防は引き分けという事で決着のようだった。

「いずれまた相見える事になるだろうが、その時こそ容赦はせん」

シグナムさんは一撃で済むとの言の通り、これ以上の続行をする気はなく、僕がソウルと別人であると納得もしていた。
ならここに留まる必要性も無いと、踵を返すようにしながら飛び去って行った。


そして僕もまた下手に藪を突いて蛇を出すような真似はしたくないので、去りゆくシグナムさんの事は見送る。
今回はかなり不本意な形になってしまったけど、デバイスの起動実験には成功の上に実践も出来たのだから、僕の方も良しとしておく事にする。

……ただ、妙に目をつけられているのは気のせいであって欲しいなぁと思う次第だった。










あとがき

右手にグローブ。左手に弓。そんなスタイルの魔導師もカッコいいんじゃないかという願望がここにきてようやく叶ったという第二十七話。
でも、デバイスを手に入れてから詠唱省略にしか役に立っていないからすごく地味……。


割とどーでもいい話。
主人公ズの内、なのはは了に対して高感度が高めで、逆にフェイトはソウルの方に高感度が高め。
これから先、なのはとフェイトが正式ヒロイン化したら、主人公ズとの関係は三角なのか四角関係なのかが良く分からないです。



[14283] 第二十八話
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/10/20 22:51

わたしは今、闇の書の守護騎士さん達について考えていた。

わたしは急に襲い掛かられて、すぐ倒されちゃったから何が何だか良く分からなかった。
だけど、フェイトちゃんはあの剣士の人、シグナムさんと少しお話が出来ていたみたいで、その時に感じた事を教えてくれた。

フェイトちゃんが言うには、少し不思議な感じで、悪意みたいな物は全然感じなかったらしくて、それはわたしも何となくだけど感じていた事だった。
わたしが戦ったあの子も、凄く一生懸命だという事は伝わってきたけど、悪い事をして喜んでいるなんて間違っても見えなかった。

何のためにそんなに頑張っているのかを知りたいと思った。闇の書の完成を目指すその理由を聞きたいと思った。
だけど、お話が出来る雰囲気なんかじゃなくて、いくら言葉を伝えても応えてくれるように感じられないのがとても寂しかった。

強い意思で自分を固めちゃうと、周りの言葉はあんまり入ってこなくなる。
自分もそうだったから良く分かるというフェイトちゃんは、なんだか少し寂しそうだった。
たぶんお母さんとの事を思い出していたんだと思う。そう考えると、わたしも何も言えなくなる。

でも、そんな風にちょっとしんみりした空気になったけど、フェイトちゃんは言葉を掛けるのは、想いを伝える事は絶対に無駄じゃないと、そうはっきり言ってみせていた。
言葉を伝える事に、戦って勝つ事が必要なら、それなら迷わずに戦える気がする。
そんな強い心をわたしに教えてもらったんだと言ってくれた時は、ちょっと照れくさい感じがしたけど、笑顔を浮かべているフェイトちゃんにつられて、わたしも笑ってしまう。

確かに今は守護騎士のみんなと全然分かりあえる事が出来ていない。でも、少し前まで敵対関係だったフェイトちゃんとも、わたしはこうやって笑いあえている。
あの時のように、戦って、その先に分かりあえるという風に、全てが上手くいくかどうかは分からない。
それでも、わたしにはまだ出来る事がある。諦めるつもりも無い。

そして今はフェイトちゃんも一緒にいる。だからもっと頑張れる。
想いを貫き通すために。相手の事を理解するために。その想いを胸に、心を決めてまっすぐに。


まずは、今度会った時は、フェイトちゃんの時みたいにわたしの全力でぶつかろうと決めた。










魔法少女リリカルなのはCross souls 第二十八話



Side:クロノ


現在、なのは達は管理局本局に居る頃だろうと思う。
なのはは襲撃の際に受けた際のダメージの治り具合の検査。フェイト達は修復中だったデバイスの受け取りがその目的だ。

僕は守護騎士の動向を追う事に集中していたため、なのはの治り具合に関しては詳しく知らないが、聞けば、おそらくは今日の検査では完治と診断される事だろうという話だった。
デバイスの方も今日中に仕上がるとの事だから、実質的になのはとフェイトの戦線復帰となるわけだ。
そしてそれは、同時に了が僕達に協力する期限切れとなる事でもある。そう考えながら、隣で肩を並べて缶ジュースを飲む了の姿を盗み見る。

今回は了から『対人戦闘中における魔法の実践がしたい』という要望を受け、それに僕が付き合う形となっていた。
本来なら他の誰かが了の相手をするところだというのに、上手い具合に僕以外の誰も暇が無いと言い、僕だけが丁度時間が空いていたのだ。

……おそらくはエイミィに計られたのだろう。あの悪戯が成功したようなニヤニヤとした笑みを思えばほぼ100%間違いない。
とはいえ、別にその事は責めるつもりはない。おそらくエイミィは最近の僕の根の詰め具合を見て、気分転換をさせようとでも思ったのだろう。
最近は本局から借りる事が出来た武装局員の中隊の配置も周辺探査のネットワークの形成も完了した。あとは守護騎士が網にかかるのを待つというのが現状だ。
確かにやる事はまだまだ残っているが、ひと段落ついた事にも間違いはない。休むならばこのタイミングを逃したら次は無いはずだ。

元々僕は特に休みを取るつもりは無かったのを見越して、こうやって気分転換の場を用意してくれたという点については、口には出さないがエイミィには感謝はしている。
まあ、僕のスケジュールを勝手に改竄した点については話が別なのだが。

そんな訳で、了と模擬戦という形で魔法の使用に付き合っていたわけであり、それも先程終了したところだった。
今は余裕があるが、何時守護騎士達が網にかかるか分からないのだ。今回はあくまで軽く了の魔法を見るのが目的であり、本腰を入れての訓練では無い。
魔力の消費は抑えておきたい事もあったし、早々に切り上げたのだった。

ただ、そんな短い間の模擬戦だったが、改めて対峙してみるとその実力の高さが良く分かる思いだった。
確かに単純な戦闘力で言えばソウルの方が圧倒的に高い。だがそれは、了の能力が劣っているのではなく、ソウルが特出に過ぎるだけだ。比較対象が悪い。
精確無比な射撃や、まるで当てる事の出来ないと思わせる程の回避のスキル。さらに常に安定した精神状態を維持出来る点は非凡なそれだ。
この下地に、魔法というファクターを追加する事で、更に技能が底上げされている。

了の現在使える魔法は、ブーストアップ系と結界関係、それと探知魔法などの補助関連。あとは基本的な防御魔法と、いかにもバックアップというラインナップだ。
得意な武装は弓という事もあり、援護と支援という後衛型魔導師の形としては既に出来上がっている。

だが、単純に後方のポジションに落ち着くのではなく、補助魔法を自身に付加する事で前衛でも対応可能という事を僕との模擬戦で証明してみせていた。
さらには先程僕に見せてくれた了独自の魔法運用法には目を見張る物があった。

自分の得手不得手をはっきりと理解し、身の丈に合った魔法を使う。元々実力は高かったが、更にそれを底上げするように魔法を使う。
以前にも一度了とは魔法を交えていたが、その時よりも確実に厄介な相手として成長をしていた。
その実力を魔導師ランクに換算するならば、空戦と言える程空中での機動は良くないので、おそらく陸戦AA+に値すると僕は見ている。

ソウルは優れた戦闘技能と白兵戦における攻撃力、それと状況判断力を持つが、それはあくまで単独において力を発揮するタイプだ。
対して了の場合は、個人戦というより団体戦における援護と支援に優れているのだから、部隊を指揮する身としてはソウルより了の方が頼りにしやすい。
まあ、機動性が悪い。魔法による攻撃や防御の出力が低い。魔術における射撃は非殺傷設定が利かないなどと欠点も色々あるが、十分に補われている。

後方からの援護と支援だけでなく、前衛も対応出来るのだから、もし部隊員ならば非常に使い勝手が良い。
指揮に関しては適性は期待出来ないが、了のスキルは非常に有用であると、この模擬戦で改めて実感した。
母さんみたいな事を言うのは気が引けるが、これほどの人材の協力を得られなくなるというのは非常に惜しいという想いが湧いてくる。

「今日は付き合ってくれてありがとう、クロノ」
「別にこれくらいは構わないさ。僕としても君の魔法の使い方についての着眼点は為になったからな」

そんな想いはおくびにも出さず、取り立てもない雑談に興じる。
出来る事ならばこのまま了と肩を並べて戦えれば心強いと思うが、本人が嫌だという事を無理強いするわけにもいかない。
了もソウルも何者かは未だに不明だが、平穏な日常の中に暮らす一般人である事には違いないのだから。

ただ、この際だから了と少しばかり話をするのも良いかもしれないと思う。
今まではソウルに話を聞いていたが、はぐらかすばかりで明確な答えを示してくれない。
その点、了は聞けば普通に答えてくれる印象がある。上手くいえば魔術についての情報も得られるのではと思い、口を開こうとする。

『クロノ君っ、近隣で局員が捕獲対象を発見! 今は強壮結界内で対峙中だから、すぐに応援に向かって!」
「……ああ、了解した。すぐに現場へ向かう。現状の情報は逐次僕のデバイスに転送してくれ」
『了解だよ!』

だが、何の因果かタイミング良くエイミィから通信が入り、捜査に進展があった事が伝えられた。
了の事は気になるが、今の最優先事項は闇の書の確保だ。了への質問は棚上げにして、今の僕のやるべき事へと意識を切り替える。

「……というわけだ。了も手伝ってくれるか?」
「まあ、そういう約束だしね」

エイミィとの通信を切り、了に尋ねてみたが、何の気負いも無くまさに普段通りという気軽な様子で頷いて見せていた。
その姿に頷き返し、エイミィから伝えられた地点へ僕達は向かう事にした。



Side:了


僕は現在、クロノの仲間の人達が展開中の強壮結界、その中で身を潜めている最中。
見上げる先には局員に囲まれている赤いバリアジャケットを身に纏った小柄な子と、屈強な男性のふたり、ヴィータとザフィーラが居る。
決して深追いをせずに、一定の距離を保ったままの局員のみんなに攻撃のタイミングが計れない様子。
交戦を避けて外部から結界の維持に努めるよう指示され、それを実行している。見事な連携だなぁと思うわけです。

その様子を眺めつつ、結界内に突入前にクロノと交わした今回の作戦をおさらいする。

僕もクロノも一応は前衛の真似事も出来るけど、どちらかといえば後衛なので、わざわざ相手の得意である接近戦に付き合う事はよろしくない。
それ以前に単純な戦力として、まともにぶつかったところで勝算は五分以下だ。
相手はふたりで、こちらは味方が多いとはいえ、その程度の戦力差は覆される可能性が高い。

そこで、僕とクロノの先制大威力の攻撃で相手の体力なり魔力を削ってしまおうというわけだ。
プランとしては、局員のみなさんが時間稼ぎをしている間に魔法をチャージ。
僕とクロノが攻撃をしたなら局員は下がって結界の維持に努めて貰う。入れ替わりに僕とクロノが戦線に出て手負いになるだろうふたりを拿捕するという物だ。
まあ、どれだけ上手くいくかはやってみなくちゃ分からないけど、クロノが言うには、コレが一番可能性が高いらしい。

まあ、前回シグナムさんとニアミスした時は、デバイスとのシンクロの問題であんまり魔法を使いこなせなかったけど、僕も今回は準備万端。
クロノに練習に付き合って貰ったおかげで、魔法を用いた戦術も実用可能になっている。
結構いけるんじゃないかと思いつつ、ヴィータ達に見つからないように気配隠蔽をしつつこっそり魔力チャージをする。

上空ではクロノが精製した短剣みたいな形状の魔力弾が幾つも浮かび上がっていく。どうやら砲撃魔法ではなく、通常魔力弾による物量攻撃の魔法らしい。
まあ、確かにクロノの場合はあれの方が威力は高そうだとも思う。
砲撃魔法に魔力をつぎ込もうとしても、魔力の瞬間出力により一度に使える魔力量にはどうしても制限が付いてしまう。
その点、あんな風に少ない魔力量の弾を幾つも束ねた方が総合威力は上になる。

実際、フェイトがなのはとの決戦に切り札としたのは砲撃魔法ではなく、あれと似た魔法であるフォトンランサー・ファランクスシフトだった。
もっとも、クロノの設置した魔力弾の一斉発射よりも、フェイトの複数個設置した発射体からの魔力弾一点集中連射の方が随分と威力が高いと思うけど。

まあ、この辺りはフェイトの魔力資質がとんでもないからであり、比べるのはクロノが可哀想だ。
あと、準備にやたら時間がかかったり、制御に精神力の消耗が激しいかったりもするけれど、そこはクロノ自身の頑張りで何とかするんだろう。

そんな事を思いつつ、準備の出来ている僕は後はクロノとタイミングを合わせるべく地上から上空を見上げる。

「……あ、やば」

だったんだけど、なんだかヴィータとザフィーラは、ふたりともクロノの存在に気が付いたようで、その姿を見上げていた。
結構高い位置の上空で距離を取っていたとはいえ、いずれはバレるとは予想していた。けど、これは予定よりかなり早い。
たぶん偶然とかじゃなくて、ヴィータ達は最初から周囲に対して警戒をしていたからクロノの存在に気づけたんだと思う。
けど、周囲を局員に取り囲まれるという状況下で、どうしてそこまで射撃される事に警戒を割いていたんだろう?

とはいえ、そんな事を考えている暇は無い。クロノはまだ魔法のチャージが完了していない。
中断されたら台無しだし、現状ではまだ威力が足りなそう。局員の皆さんは決定力に欠けるらしいと小耳にはさんでも居る。
ならば、僕がやるしかないなというわけで、作戦は臨機応変に行こうと思う。

「──何時でも此処には吹いていた」

弓を構えて狙うのは、ふたりの内で遠距離攻撃の手段を持っているヴィータ。とりあえずはクロノの魔法チャージへの援護なので、ザフィーラの事は後回しだ。
“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)を使った射撃には非殺傷設定なんか存在しないので、込める魔力を調節して直撃しても死なない程度に威力を抑える。
とはいえ、ヴィータもザフィーラも結構頑丈らしいので、そんなに抑えなくても大丈夫だと思うけど。

弓を引き絞り、矢の準備は完了。後は確実に狙い撃つだけだと静かに前方を見やる。
僕はクロノと挟撃をするべく地上に居たわけなんだけど、何気にヴィータ達を取り囲んでいる局員も射線上に混ざってしまっている。
本来は局員に退避して貰って射線を開けて貰う手筈だったんだけど、今はその時間も惜しい。局員に当たらないように隙間を縫うように狙いをつける。

『えーと、危ないので射線上に居る人はちょっと気をつけて下さい』

念のために、一応ヴィータ達を取り囲む局員に対して念話を送った直後、弓を引いていた右手を離す。
殆ど念話との時差は無かったわけだけど、下手に局員の人に退避する時間を与えるとヴィータ達にも回避される恐れがあるから、この辺りは仕方が無い。
まあ、きっとみんな優秀な人だから上手い具合にやってくれるはずだ。……うん、そのはず?

「な……っ!」

何処かからか、驚きの気配が伝わってくる。それは狙われたヴィータ達か、掠めるように魔力弾が脇を通過した局員の物だったのかはよく分からない。
まあ、局員には当たってはいないので気にはしないです。

「……というか、あのタイミングを防がれるとは思わなかったなぁ」

上手い具合にクロノの存在が囮になっていたので、上手くいけばこれで終わりとも思っていた一撃だったわけなんだけど、そうは問屋がおろしてくれなかった。
デバイスの自動防御機能が優秀だったのか、僕の見る先ではヴィータへの僕の攻撃は防御魔法よって遮られてしまった。
今のでこちらの位置を知られたらしく、随分と鬼気迫るような表情で睨みつけてくる。
ある程度はダメージは徹っていて欲しいとは思うけど、あの様子を見るにあまり期待は出来なそうだ。

まあ、僕のコレはあくまで援護なので、あまり欲張っても仕方が無い。何より、クロノの魔法チャージの時間は稼げていた。
僕の攻撃を回避ではなく防御をしたという事はそれだけ足を止めたという事。その間にクロノの準備は整った。
局員達もまた、クロノから指示があったのか既に散開して退避をしている。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

僕と違って、局員の退避の完了を見越した上で、クロノは掲げた杖を振り下ろすと共に周囲に待機させていた幾つもの魔力弾へと号令をかける。
そして魔力弾はその指示に従い、円環状の魔法陣により加速を受けてその全てが一点へ向けて放たれる。

「ちぃっ……!」

局員の退避を優先したために、ザフィーラも防御をする猶予を得ていた。僕の射撃を受けて身体を硬直してしまったらしいヴィータを庇うように前で出ながら防御魔法を展開する。
だけど、クロノの魔法はそんな事も織り込み済みだ。何故なら、あの数での一点集中攻撃ならば、防御なんて突き抜ける事が出来る。
とうてい防御し切れるものではないし、出来たとしてもごっそり魔力を削り取れるレベルだ。
クロノの魔力弾達は防御の上からだろうとお構いなしに大挙して押し寄せて直撃、行き場を失った魔力によるエネルギーが爆発となってその周囲を覆いつくす。

いくらザフィーラが防御力自慢だとしても、アレら全てを防ぎ切れるわけが無い。でも、倒し切れるとも思っていない。
この先制攻撃で一体どれだけのダメージを与える事が出来たのかを、僕は静かに、クロノは肩で息をしながら爆煙が晴れるのを待つ。

「大丈夫かザフィーラ!?」
「気にするな。この程度でどうにかなる程、やわじゃ無い……!」

そして顕わとなったのは、防御魔法を突破された分であろう、三発の魔力弾がその太い腕に突き刺されながらも、平然とヴィータの声に応えるザフィーラの姿だった。
アレだけの数の一斉発射でありながら、たった三発しかザフィーラの防御を突破出来なかったとは、どんだけ頑丈だったのかと聞きたい。
しかも、折角突き刺さっていたそれらも、ザフィーラが力を込めたならあっさり砕け散った。

魔力弾は非殺傷設定にされていたと思うから、肉体的損傷はないだろうから、結局はあんまりダメージを与えられなかったという事。
ここはクロノの魔法に、僕の方からも更に追撃を入れるべきだったかと思うけど、それはもう後の祭りだ。

「んじゃ、フライアーフィン、起動」
《Flier Fin》

ここは少しでもダメージを与えて万全の状態では無くなったというだけでも喜ぶべきだろうなと思う事にして、改めて飛行魔法を起動させる。
当初の打ち合わせ通り、僕はクロノと合流をするべく、靴から翠色の翼をはばたかせ、飛翔をする。
この翼はあくまで姿勢制御などの補助であって、加速という意味は薄いので、デバイスを使っても相変わらず僕の移動速度は遅い。
それでも、クロノの方も合流をするべく動いていたので、結構早く合流できたので、ふたり揃ったところで改めてヴィータ達と対峙をする

「なんだ、こそこそ隠れてんのかと思えば、自分から出てくるたー、いい度胸してんじゃねーか」
「いや、僕としても隠れていた方が良かったんだけどね」

不敵というか、獲物を見つけたかのようにこちらを見やるヴィータに、僕は苦笑で返す。
僕としても援護に徹していた方が楽でいいんだけど、今の状況ではそういうわけにもいかない。
僕とクロノが分かれて戦おうとしたなら、ヴィータ達も二手に分かれてくるだろうけど、どう考えても一対一で戦う事になったらこちらの分が悪い。
ならば最初から二対二の方がマシだからという判断だ。

「まあ、僕だって何の策も無く前に出てきたわけじゃないよ」

それだけ言って、僕はとある魔法を使うべく、足元に魔法陣を展開する。
そんな戦闘準備をする姿に皆が色めき立つ中で、僕はただ身と心を『空』と成すべく、大きく深く息を吐き出す。

「第一級捜索指定ロストロギア『闇の書』の守護騎士。君達を逮捕する!」
「……我らには成さねばならぬ事がある。それを果たすまで捕まるわけにはいかぬ!」

クロノとザフィーラが、それぞれ杖と拳を構えながら互いに宣言する。だけど、それらは交じりあう事無く対立をするだけだった。
そして、もうこの場では言葉でのやり取りが終わったという事。後は勝者が自分の意志を主張出来るだけだ。

こちらは急造のコンビで、向こうはずっと一緒に戦い続けて来た仲間という差はあるけれど、その辺りはクロノに頑張ってもらおう。

「了っ、手筈通りに行くぞ!」

最初に動いたのはクロノ。まずは僕が前衛でクロノが後衛という形を作るべく大きく後退をして見せる。
シグナムさんだったら話は違うけど、相手がヴィータとザフィーラならば、クロノよりも僕の方が前衛に適しているという判断だ。

「行くぞ、アイゼン!」
《Schwalbefligen》

だけど向こうもこちらの動きを待っている理由は無い。ヴィータが空中に小さいサイズの鉄球のような物を設置すると、ハンマー型のデバイスを以って打ち出してくる。
それはヴィータの魔力光である赤い光を纏って僕へ向かって襲い掛かってくる。

あの魔法は誘導操作弾だという事は情報を得ている。大きく動いて避けようとしても、直後に軌道を操作して追撃してくるので、ギリギリまで引きつけてから、最小限の動きで回避をする。
夏休み中なんかは、なのはの魔法の練習という事で、誘導操作弾の的役をやっていたりしたので、この手の回避は慣れた物だ。
……なのはって、僕がひょいひょいと誘導弾を避けていたら、ムキになって本気で狙って来ていたから凄く怖かったなぁ。

「うおぉぉぉぉっ!!」

なんて過去を懐かしむ暇は無い。僕がヴィータの誘導弾を避けるのは見越していたのだろう、その行く手ではザフィーラの拳が振りかぶられていた。
それもまた“感知”を出来ていたので、まだ避けられないという程では無かった。
だけど問題はその向こう。ザフィーラの大柄な体格に隠れるようにしてヴィータもまた来ている事が“視えて”いる。
しかもそれはタイミングがバッチリで、まともに臨んだら僕でもどちらかは回避不能というコンビネーション。

……まあ、僕では防御という選択肢を取っても力づくで潰されるので、是が非でも避けさせてもらうわけなんだけど。

「よっと」

まずはザフィーラの剛腕は普通に避ける。ここでポイントなのは、ヴィータが迫っている事に気付いていない風に装う事。
向こうとしてもヴィータの方が本命だと思っているはずなので、方向を限定されているけど、避ける事自体はそこまで難しくない。

《Round Shield》

続けて僕が使うのは魔法陣の盾の魔法。ただし、妙に小型化してしまっており、コレで受けてもあっさり突破される事は目に見えて分かっているので、直接防御に使うわけではない。
僕の使うブーストデバイスの特色は、発動した魔法を自分の手元だけではなく離れた地点で効果を発揮させる事に特化した事だ。
本来なら味方への魔法を使う際の補助の為の効果だけど、今回はこの防御魔法を遠隔発動させるために利用する。
配置するのは、ヴィータの進行上!

「へぶっ!?」

結果、突如出現した魔法陣の盾にヴィータは顔面から激突するという事になった。小気味良い衝突音と共に短い悲鳴が上がる。
まあ、盾の強度は残念な代物なので、ぶつかってすぐに壊れてしまったけど、怯ませる事は出来たのでその隙に大きく後退して距離をとる。

「ってーなっ。ちょろちょろ逃げてんじゃねーよ!」

気持ち涙目になっていたヴィータは、ぶつけた鼻頭を抑えていたかと思っていたら、先程僕が避けてからそのままになっていた誘導弾を再び僕へ向けて飛ばしてくる。
……どうやら向こうは先に僕を潰す作戦らしい。ふたりの意識はクロノよりも僕へと向けられている事をヒシヒシと感じる。
まあ、各個撃破というのは定石ではあると思うので、そういう戦い方もありだと分かっているので、特に文句を言う気は無い。

「──何時でも此処には吹いていた」

代わりに、僕は足を止めて弓を引く。結構魔力を込めながらの本格派なので、回避行動をとる余裕は無い。
誘導弾はそのまま迫ってくるけど、その点は別段心配はしていない。

「スティンガースナイプ。ショット!!」

何故なら、僕が動くまでも無く変幻自在の軌跡を描く一筋の水色の閃光が、一瞬の間にヴィータの誘導弾を撃ち抜いく事を“見越して”いたから。
それはクロノが放った誘導操作弾。鋭敏さと貫通力を以って突き抜けたそれは、更に僕への接近をしようとしていたザフィーラの進行をも遮って見せていた。
たった一発でこれほどの精巧な操作をして見せるクロノに、流石だと感嘆の想いを抱く。

そして僕は、クロノの援護によって得られた時間できっちりザフィーラに狙いをつける事も出来たし、魔力を弓に込める事も出来た。
既に威力は先制攻撃の時以上になっているけど、クロノのとっておきを防ぎきったザフィーラならむしろこれくらいやらないとダメだと思う。
あとは右手を離せば矢は一直線にザフィーラへ飛翔するわけなんだけど。

「させっかよ!」

一気に間合いを詰めて来ていたヴィータが僕へ向けてハンマーを振りかぶる。
クロノは誘導弾でザフィーラへの牽制をしている。僕は弓を構えるだけで迎撃体勢を取っていない。ヴィータはこの瞬間、誰からの妨害も受けずに僕へと接近をしていたのだ。

「あ、そこにはディレイドバインドが設置してあるよ」
「え、な……っ!?」

だけど、基本戦術が『保身第一』の僕が何の策も講じずに隙を晒すわけも無い。
僕が注意するような事を教えた頃にはもう遅い。一定範囲内に侵入をした対象を鎖で捕縛する、遅延型の拘束魔法であるディレイドバインドがヴィータの身体を拘束していた。
ちなみにこれを設置したのは、クロノの仕事だ。僕にはこんな魔法は使えません。

僕はさっき、ヴィータから逃れるべく大きく後退していた。つまり、その前までクロノが居た場所まで下がって来ていたという事。
後は簡単。この魔法が設置してあるのは“気付いていた”ので、効果範囲に入らないようにしつつ、自らを囮にしてヴィータが攻めてくる事を誘ったわけだ。

クロノは魔力資質に関してはなのはやフェイトにも劣っている。だけど魔導師ランクはAAA+と、なのはやフェイトよりも上だ。
ヴィータ達はクロノの事をちょっと甘く見ていたようだけど、僕を優先したのはちょっと判断ミスだったに違いないというわけだ。

得意魔法はバインドですというクロノお手製の魔力の鎖はそう易々と破壊される事も無いはず。ヴィータを拘束して無力化した以上、後はザフィーラだ。
見ればクロノの誘導弾を殴って破壊をしていたけど、流石にこのタイミングなら避けられる事は無いはずだ。
防御をされても魔力が削れるはずだから問題は無いと、そのまま僕は矢を放つ。倒せないまでも、コレで決着にだいぶ近づくはずだ。

「うぉぉぉぉぉっ!!」

だけど、ザフィーラの取った行動は僕の予想の斜め上を行った。
ザフィーラはベルカ式特有の、三角形を基調とした魔法陣を展開する。でもそれは盾として前面に展開した物では無く、魔法を使う補助のために足元に展開したそれだった。
そして、事もあろうか、ザフィーラはその身体で僕の攻撃を受け止めてみせていたのだ。

普通に考えれば無茶な事この上ない光景に見える。だけど、僕が“探知”した魔力の流れを見るに、ザフィーラにダメージはそんなに徹っていない。
むしろ、その受け止めた魔力が、改めてザフィーラの手によって纏め上げられる。

「ぬぅん!!」

そして拳にその魔力を乗せて突き放つ事で、ザフィーラは僕の攻撃を『跳ね返した』のだった。
……いや、魔力を反射とか、吸収した後に放出とかじゃなくて、『受け止めて』から『投げ返す』ような感じに跳ね返すなんて、やっぱり無茶苦茶じゃないですか?

「っと」

なんて悠長に考えている時間は無い。低ランクの魔力弾なら僕でも防げるけど、アレはその範疇を余裕で越えているのでさっさと回避行動をとる。
すぐそばを砲撃クラスの攻撃が突き抜けたけど、避けられて一安心と思うのだったら早とちり。なんとザフィーラの攻撃は二段構えだったのだ!
というわけで、ザフィーラのアレは威力はあるけど射程は無さそうなので、更に後退をしてその攻撃範囲から逃れる。
捕らえたヴィータから距離を取らされてしまったけど、攻撃を受けるのよりはマシだ。

「ごめんクロノ。折角片方を捕まえたんだけど、見逃しちゃったよ」

下がり続けてクロノの隣まで来たところで、ザフィーラがヴィータを拘束する鎖を破壊しているのを視界に収めつつクロノに謝っておく。
一応はあそこでザフィーラからの反撃は完全に想定外だったという言い訳はあるけれど、言ったところで仕方が無いのでそれは口にはしない。

「いや、まだ勝負は始まったばかりだ。別に構わない。それよりも守護騎士を相手にここまで立ち回れるなんて、君の魔法、というか特技は改めて凄いと思うよ」

そんな訳で、ちょっと文句を言われても仕方ないとも思っていたけど、クロノからは気にしないと言われた上に、逆にお褒めの言葉を頂きました。
まあ、僕としてもここまで最初から使いっぱなしの魔法が上手く嵌ったのはちょっと自分でびっくりしている部分もあったりするんだけど。

「まさか、ただの探知魔法でここまで相手の動きを把握してみせるとはな」

そしてクロノは、今回における僕の隠し玉について呟きを漏らす。

クロノの言う通り、僕が今回の開戦の時からずっと使っていたのは、なんて事はない探知魔法だ。ただし、効果範囲を絞って効果を集中するようにしているけど。
僕は元々視覚や聴覚、果ては魔力の流れなどを察知して、周囲の状況を『感知』する技能を駆使して戦闘行為を行っている。
そこへ『探知魔法』というファクターを追加する事で更に感知の効果を上げていたのだ。

おかげさまで、今までよりも感知の精度や範囲なんかを広がっていたので、ヴィータ達の動き(ついでにクロノの動き)もより精密に読み取れるようになっていた。
その分、行動予測の精度も上がり、回避率も向上するだけでなく、相手の動きを阻害するように立ち回る事も出来るようになっていたわけだ。

しかもこの世界に来て得た魔法の恩恵はここで終わらない。
ついでに僕の得た情報はデバイスを通じてクロノにも送っていたので、クロノもまたヴィータ達の動きを予測をして立ち回る事を可能としていたのだ。

まあ、欠点としては、この状態だと凄いリソースを食うので、飛行魔法と併用したなら、他の魔法を使う余裕がさっぱり無い。
出来たとしても、ヴィータに対して使ったラウンドシールドみたいに、かなり小さくなるし、ちょっと体当たりをした程度で破られてしまう程度の威力しか持たせられない。
ああ、“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)は勝手に僕の魔力を汲み上げるので、魔法にリソースを食われていても使用にはあんまり関係ないので除外。

あと、デバイスを通じて情報を仲間と共有するにしても、あくまで僕は情報を『提示』するだけで、行動予測を仲間に教えているわけじゃない。
情報を教えられた側は自分の判断で解釈をしなくちゃいけないわけなんだけど、あまり纏まっていない雑多な情報なので、逆に混乱を招く結果になる可能性も高い。
というか、僕自身も行動を考えて予測しているんじゃなくて、半分以上を感覚とか勘任せにして回避行動をしているので、その辺を教えろと言われても無理です。

まあ、後者の欠点に関しては、この場で共闘したクロノは指揮能力が高くて、情報に踊らされる事無く分析と理解をしてみせたので、欠点にはなっていなかったみたいだけど。

他にも、あくまで感知は僕を中心とした一定範囲なので遠距離戦では意味が無いとか、僕は接近戦が苦手だとか欠点は色々あるけど、大体はこんな感じ。
僕が使っていた探知魔法は、普通に使われている物をそのままだったので、僕専用にカスタマイズをすれば欠点はある程度消せるとは思うけど、現状はコレが精いっぱい。
それでもクロノにとっては十分だったらしい。

「それはさておき、仕切り直しかぁ……」

とりあえず一当てしたわけだけど、僕とクロノの急増コンビでも案外戦える事は分かった。
むしろ、僕との共闘の相手としては、なのはやフェイトよりもクロノは相性は良さそうだ。
こう、戦闘は地味で派手さに欠ける事になるんだけど、むしろそれが玄人っぽくて良い。

それはさておき、今までは僕が前衛、クロノが後衛という形で戦っていたけど、これからはふたりで上手く前後をスイッチをしながらやるべきだと思う。
まだ大丈夫とは思うけど、ヴィータ達の方もある程度自分達の動きが読まれている事に気づいて何らかの対処をしてくる可能性もある。
その可能性を前もってさらに潰すべく、さらに複雑な立ち回りを演じるべきだと、僕とクロノは意思疎通をはかる。

『クロノ君、了君。今そっちに助っ人を転送したよ!』

と、そこへエイミィさんからの通信が入る。何かと僕達が顔を見合わせたけど、その疑問の答えはすぐに見つけた。

ビルの屋上に立つのはなのはとフェイト。その瞳には決意のような力強さが宿っており、真っ直ぐにヴィータ達の姿を見つめている。

そしてそれぞれの魔力光にその身が包まれ、解かれた時にはデバイスを手にし、バリアジャケットを纏う装いとなっていた。
どうやら、ふたりとも完全復活をした様子だと、その姿を見て思う。

「……あれ、なんかデバイスとかバリアジャケットの形が変じゃない?」
「ああ、どうやらデバイスにカートリッジシステムを追加して強化したらしい。それに伴ってバリアジャケットも最適化したはずだから形状に変化があるんだ。
……というか、『変』じゃなくて『意匠が異なる』と言うべきなんじゃないか?」

疑問に首を傾げていたら、クロノに解説とお叱りの言葉を頂きました。
う~ん、僕にはあんまり良くは分からないけど要はパワーアップをしたという事で納得しておこう。
それよりも、コレでこちらの戦力はなのはとフェイト、それに使い魔コンビの四人が加わって計6名だ。
対して向こうはふたりなんだから、もう勝負はついたんじゃないかと思う。

「わたし達はあなた達と戦いに来たんじゃない。まずは話を聞かせて」
「闇の書の完成を目指している理由を……!」

僕がそんな事を思っていると、なのはとフェイトはヴィータ達に向けて真っ直ぐに言葉を伝えていた。
でも、ごめんよふたりとも。ついさっきまで僕とクロノは思いっきり戦っていたから、そんな事を言ってもヴィータ達には今更にしか聞こえないと思うんだ。
まあ、管理局となのは達個人では『逮捕』と『対話』とで、思惑がちょっと違っているみたいだから、間違っているわけでは無いとは思うんだけど。

「あのさー、ベルカのことわざにこんなのがあんだよ。『和平の使者なら槍を持たない』ってな」

さてどんな事を返すのかと思っていたら、ヴィータはそんな言葉でなのは達に返していた。
ただ、その意味が良く分からなくて、なのは達は顔を見合わせながら首を傾げていた。
僕も何故この場面でそんな事を言うのかと疑問だ。

「話し合いをしようってのに、武器を持ってくるヤツが居るかバカって意味だよ、バーカ!」
「なっ……、いきなり有無を言わさず襲ってきた子がそれを言う!?」
「それにそれは、ことわざではなく小噺のオチだ」
「うっせーッ。いいんだよ細かい事は!」

良く分かっていないなのは達に、意気揚々とその心を告げていたヴィータだったけど、すぐになのはに言い返されていた。
しかも仲間からもツッコミをされているなんて、随分と愉快なやり取りだなぁ。
というか、ヴィータ達は最初から話し合いをする気は無いのだから、いきなり武器を持ちだして襲ってきた事を指摘しても意味は無いと思うよ、なのは。

そんなやり取りをしていたら、ラベンダー色の閃光が結界を突き破ってすぐそばのビルの屋上に落雷の如く落ちて来た。
その事に、僅かに弛緩したような空気が引き締まる。落下の衝撃で舞い上がった土煙のその向こう側にいる人物に視線が集まる。

土煙が晴れたその先にいたのは、ゆっくりと立ち上がったのはシグナム。
……これで、役者は揃ったという事か。

「クロノ君、ユーノ君、了君。手は出さないで。わたし、あの子と一対一だから!」

なのははヴィータを見据えながら、急にそんな事を言いました。そしてフェイトもまた、どうやらシグナムとの一対一がお望みらしい。
流石にクロノも、一度負けた相手に一週間足らずというこの期間を挟んだだけでリベンジを望むふたりに驚きを禁じ得ない様子。
まあ、話をしたいという想いは変わっていないから、一対一で戦う事で自分の誠意を見せたいとかそういう事なのかな。
ただ、そうなると最初に戦った相手という事で、僕はザフィーラの相手をするという事なのか……。

「それじゃあアタシはあのヤローだね。同じ使い魔としてちょっと言ってやりたい事があるしね」
「……それなら丁度いい。ユーノ。君と僕とで闇の書の主を探すんだ」

……と思っていたんだけど、あれ、僕の出番って終わり?
ザフィーラの相手はアルフが御所望していて、クロノもまたなのは達の言を認めるというのなら、僕はもう、ここに居る意味は無いじゃん。
あの、もう帰ってもいいですか?

「了。君は三人の戦いを見ていてくれ。本人達が大丈夫だとは言っているが、何があるかは分からないからな」

残念。指示が入りました。
まあ、僕は結界の外を飛び回って探せる程機動力があるわけないし、結界内を探すにしても探知魔法の効果範囲は狭く設定してあるから、人探しには向かない。
局員の人と一緒に結界の維持に回るなんて事は出来るわけも無い。
そうなると、なのは達の監督という立場が落とし所となるわけだ。

実際、なのはのリンカーコアを蒐集された時みたいに、いきなり背後から襲われる可能性もある。
その点は感知能力の高い僕が張っておけば、未然に防げる可能性は高いわけだ。
うん、なんとも理にかなった配置ではあるね。

「レイジングハート、カートリッジロード!」
「バルディッシュ、カートリッジロード!」

なのはとフェイトがデバイスに命じて、新機構らしいカートリッジロードシステムを起動させる。
デバイスがなんだか、ガションガションという感じに動いていたかと思うと、ただでさえ高いふたりの魔力が、更に底上げをされていた。
その姿に、この場に居る全員が、一対一を望んだ事はハッタリどころか、勝つ気満々だという事を理解する。

なのはとフェイトのその行動が合図。戦いの火ぶたは改めて落とされた。
みんながそれぞれ、自身の相対する相手を目指して空を翔け行く。

「……なんだろう、おいてけぼりを喰らったんですけど?」

なんだかぽつんと残ってしまった。こころなしか、吹き抜ける風が物悲しいです。

『ハッ、だからてめぇはのろまなんだよ』

いや、ソウルのその「だから」っていうのが何処に掛っているのか分からないから。
それと、追い打ちをしないで欲しいです。










あとがき
了君大活躍! でも最後はハブられたという第二十八話。
了は基本的に攻撃魔法は使わず、あくまで補助魔法がメインです。

今回で了への魔法による強化はひとまず終了。
あとはオリジナル魔法を覚えてさらに支援特化で行くか、あるいは中国拳法を習ってアサシンルートに突入するか。
設定的にはひとつの物語を終えた主人公だというのに、随分とまあ伸び白が残っているなぁ……。


保有スキル
制空圏:B
元々習得していた周囲の状況を『感じ取る』技能に、さらに魔法による探知魔法を追加する事で効果範囲や精度が向上している。



追伸
なんだか来週からちょっと忙しくなりそうなので、現在は二週間に一回の更新ペースだったんですけど、それが維持出来るかどうかが不透明になりました。
一応の報告です。



[14283] 主人公ステータス
Name: のぶな◆197e18b3 ID:1e81706b
Date: 2010/10/20 22:58
第十五話時点で主人公ズの保有スキルが出揃ったので、この辺りで主人公ズのステータスを一纏めにしようという話です。



注)表記されるステータスのパラメータは『もし主人公ズが英霊となって聖杯戦争にサーヴァントとして召喚されたら』という『IF』の能力値です。
なので、現在の主人公ズの能力値とは言えないのですが、雰囲気を察して貰えれば幸いです。



人物設定


名前   西岸 了(にしぎし りょう)
身長   178cm(前の世界において。現在は計った事がないので不明)
血液型  O型
誕生日  1月27日 水瓶座
好きな物 特になし
嫌いな物 特になし
趣味   弓道
特技   ぼ~っとする事
性格   呑気 優しい 穏やか 芯の強さ 結構おっちょこちょい
イメージカラー 若草色(薄い翠)

本編の主人公。
普通の高校生として生活をしていたのだが、ある時“魂喰らい(ソウルイーター)”と名乗る存在に憑依された事を契機に、魔術などの、所謂『裏の事情』に巻き込まれる事になった少年。
幼少時の病弱だった頃を価値観の基準としており「あれと比べれば大概楽だよね」と、殆どの事象を「ま、いっか」で済ませてしまう傾向がある。
普段は温和でお人よしだが、それは後付けで形成された、無自覚レベルの彼なりの処世術。
本質的には、何事にも動じない空虚な精神構造をしている。
まあ、平たく言えば、基本的に何も考えていない人。


ステータス

名前  西岸了
クラス アーチャー
属性  秩序・善

クラス別能力

筋力:D  魔力:C
耐久:D  幸運:B
敏捷:C  宝具:B

対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動:B+
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクがBならば、マスターを失っても二日間現界可能。
また、現界のために楔としてマスターの存在は不可欠だが、現界の際にマスターからの魔力供給を必要としない。


保有スキル

魔術:D-
基本的には使えない。
自身を強化する事が辛うじて出来る程度。


透化:B+
色即是空。
心を「空」とする事で、精神面への干渉を無効化する精神防御。
射の命中精度の向上効果もある。

また、「空」の持つ「触れられない」や「存在しない」という概念を体現する事により、回避率向上や気配遮断の効果を得る事も出来る。


千里眼:C-
視力の良さ。
遠方の視認。動体視力の向上。
さらにランクが上がれば、未来視や透視も可能となる。

了の千里眼のランクは高くないので効果は低めだが、動体視力の向上によって相手の動きを視認する事で回避率に上昇補正がかかっている。


制空圏:C
自身を中心に、一定範囲内の領域で動く存在を“感じ取る”力。
視覚はもちろん、聴覚や触覚、更には魔術などによる超感覚を総動員して、感覚の触手を周囲に伸ばし、周囲の状況を把握する。
あくまで感知するだけだが、「透明化」や「千里眼」のスキルと併用する事で、回避率が格段に向上する。


魔力回復:A
消費した魔力の回復力の高さ。
本来は休息などによって徐々に回復するのだが、このスキルを保持している場合、魔力を消費した瞬間から回復を始める。
ランクAならば、自身の現界に必要な魔力を自力で賄えるほど。
単独行動のランクに+判定がついているのは、まあそういう事で。


制空圏:B(A's時点で追加)
自身を中心に、一定範囲内の領域で動く存在を“感じ取る”力を、この世界で覚えた魔法によりさらに強化された物。
効果範囲や、探知精度が向上している。その上、デバイスを通じれば、このスキルで得た情報を仲間と共有する事も可能となっている。
ちなみに、この探知魔法を専用にカスタマイズをしたならさらにランクにプラス判定がつくが、現状ではカスタマイズ出来るほどの魔法の習得度は無いので不可能。
実際にランク向上をするには、魔法の思考錯誤を重ねる必要があるため、あと3~5年の期間は必要と思われる。




武装

“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)
ランク:B+
“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)と同様、ソウルによって編み上げられた礼装。
装填したモノを矢として撃ち出す弓で、装填する事が出来れば大抵のものは撃ち出せる。
また、装填出来る魔力許容量はAランクを余裕でオーバーしている。
ただ、了には装填するモノを用意出来ないので、弓の方で了の魔力を強制的に吸い上げて矢を形成している。

狙撃は了独自の運用方法。本来は長射程と大火力による遠距離からの先制・牽制用の対軍武装である。


魔術  (詠唱は日本語)

“解放する風”(レデュース・エア)
自身の魔力を風へと変換し、体外へ放出する魔術。
巻き起こる風は「魔術の風」ではなく「自然現象の風」なので、対魔力などで無効化する事は出来ない。
とはいえ、結局は単なる風を起こす事でしかないので、カマイタチのように運用する事は出来ない。


“還元の風”(リバース・エア)
了が保有する唯一の魔術。基本、他の魔術はここからの派生したモノ。
『風』の概念を魔力に変換して体内に取り込み、逆に体内の魔力を『風』の概念に変換して体外に放出する『呼吸』の魔術。
“解放する風”(レデュース・エア)は、この『吐き出す』効果を強化したモノ。

この魔術は、本人の意思を無視して、文字通り『呼吸』のように常時展開されている。
通常、魔術回路は普通に開くだけでも身体に負荷がかかるので、常時展開していたらそれこそ生死に関わる致命傷を負う。
だが、了の場合は、その長すぎる展開期間の間に身体の方がこの魔術に対して最適化をしているので平気になっている。
もっとも、幼少時はその限りではなかったので、当時は薬物や魔術的補佐によって無理矢理延命措置を行われていたらしい。

自身の魔力を消費しても、外気を魔力タンクのように使うため、ほぼ無尽蔵に魔力供給できそうだが、まっこと燃費・効率が悪い。
この魔術を使うくらいなら、魔力を宝石に溜めこんでバックアップにしたり、魔力回復の霊薬を準備していた方がはるかにマシというほど。

元々了も、魔術回路は40本以上で、属性は火、風、地の複合属性という、魔術師としてはかなりのハイスペックだった。
だが、最適化の影響で使える魔術回路数は半分以下。属性の方も風以外使用不能という有様。
おかげで最大魔力量も本来あるべき量の半分以下と、魔術師としてデメリットばかり。

メリットは極端に減った最大魔力量程度までなら高い回復力を持つ事。魔術回路が非常識なまでに頑丈になった事。

了がこの魔術を保有し続ける理由は、一定の成果を得たら解除する予定だった家族が全滅した事と、以降、単に了本人がこの魔術の存在に気付かなかったから。


宝具
???






人物設定


名前   ソウル
身長   ???
血液型  ???
誕生日  ???
好きな物 無い
嫌いな物 人間
趣味   ゲームなどの趣向品
特技   戦う事
性格   ひねくれ者 偽悪的 口が悪い 知性的
イメージカラー 赤味かかった黒

自らを“魂喰らい(ソウルイーター)”と名乗った謎の存在にして、もう一人の主人公。
元々はその在り方から長らく封印されていたのだが、とあるきっかけでそれが解かれ、経緯不明のまま了の下へ召喚、そのまま憑依した。
粗暴な言動が目立つが、実はかなり頭が切れる。
かといって深く考えてから行動するというわけではなく、その場面ごとに冷静に考えを巡らせ即決・即断で行動していくタイプ。
その頭の回転の早さは会話にも反映されるが、基本的に正論を暴論で武装させて喋るので、本心が非常に分かり辛い。
嘘は言わないが、本当の事も言わないという何ともめんどくさい人。


ステータス

名前  ソウル(ソウルイーター)
クラス ランサー
属性  秩序・悪

クラス別能力

筋力:B  魔力:C
耐久:C  幸運:D
敏捷:A  宝具:???

対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法を以ってしても傷つけるのは難しい。


保有スキル

魔術:C
スタンダートな魔術を習得。
得意カテゴリーは『変化』。サブとして『強化』『投影』と続く。


心眼(真):A+
到達者の境地。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場に残された活路を導き出す“戦闘論理”。
ランクA+まで来ると、その判断力は未来予知に近い。

また、『到達者』として、物事の本質を見抜く事が出来るため、幻術のような視覚に対する妨害を高確率で看破する事が出来る。
変身魔法で姿を変えても、それが誰なのかを見破るのは朝飯前。

到達者に関してはまたいずれ。(ぶっちゃけると、宝具に関係しているんですけど)


心霊手術:C+
一切の道具を使わず、文字通り、己の「手」のみで手術を行う一種の魔術。
直接病巣に手を加えて治療を施す事も出来るが、ソウルの場合、肉体への直接干渉よりも魂や精神への干渉を得意としている。

第3話で、暴走体からジュエルシードを摘出するのにこのスキルを使用していたので、触媒となっていた犬はきちんと生きていましたという話。


戦闘続行:A
往生際が悪い。
致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷でも戦闘を可能とする。


神殺し(偽):A
神に仇なす背徳者の力。
相手の耐久の値を一定値まで無視してダメージを与える事が出来る。
本来は霊体や魔力体などの「破魔」の攻撃特性に近いのだが、理屈の上では神と呼ばれる存在も殺せるとの事でこの名を冠している。
神を殺したという実績を持たないが故に(偽)であり、神性を持つ対象に追加ダメージを与える事も、ダメージの治癒阻害も出来ない。
だが、このスキルの効果対象の上限が「神」であり、それ以下の存在全てに効果を発揮できるという事であり、
事実上、全ての存在に対し(不完全ながらも)防御力無視の攻撃特性を持つという事である。

なのは世界の魔法もこのスキルで打倒出来る対象内なので、武装と併用すれば障壁はあっさり突破出来るし、魔力弾も攻撃で叩き落として無効化出来るという反則仕様。
まあ、砲撃レベルを叩き落とすのは流石に無理です。


武装

“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)
ランク:B-(B+)
ソウルの魔術により『とあるモノ』をもとに編み上がられた武装。
“魔”の属性を持つが、『霊槍』にカテゴライズされる。
英霊などが持つ『宝具』(ノウブル・ファンダム)・とは別物だが、その“格”は同列に位置する。

本来は使い捨てタイプの礼装であり、その前提ならばランクを倍加しての運用が可能となる。
だが、現在は使い捨てる事が出来ないのでランクが下がっている。
また、現在は普通に槍として運用しているが、本来はこの槍を三本同時に運用していた。

ちなみに、聖者の血を受けた事で、聖遺物に数えられるようになった『ロンギヌスの槍』とは完全に別モノ。
この“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)という名称は、後からソウルが勝手につけたもの。
とはいえ、『ロンギヌスの槍』の模造品という訳ではなく、ソウル独自の真作である。

※何故了の“空を射抜きし弓”はランクが下がっていないのに、ソウルの“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)はランクが下がっているか?

元々は両方ともその武器自体に内包する魔力を消費して攻撃するのが本来の運用方法。
ソウルの場合、今でもこの方法に則って運用しているのだが、内包する魔力を消費して使い切る訳にはいかない理由がある。
なので、使用魔力量をかなり制限しているため、その影響でランクが下がっている。
対して了は、使う魔力は武器自体のモノではなく、自分自身のモノを使っており、また、溜めさえすれば武器の最大魔力許容量にも理論上は届くので、ランクには変動はない。
……という理由です。


魔術  (詠唱はラテン語設定)

連鎖詠唱
ソウルの門派における、魔術運用法のひとつ。
最初に一小節の簡易魔術を使用し、その簡易魔術を丸々ひとつの触媒として、一小節でワンランク上の魔術を発動させる。
さらにその魔術を触媒にして、さらにワンランク上の魔術を一小節で発動させる。
以下、順次繰り返す事で、最終的に一小節で瞬間契約(テンカウント)以上の大魔術を行使可能とする技法。
特徴として、始動キーに当たる詠唱が最初の一小節の詠唱に組み込まれているという事がある。

利点として、各詠唱でひとつの魔術として完成しており、一小節の詠唱の間に妨害を受けても効果が持続していれば、そこから仕切り直して詠唱を開始する事が出来るので、戦闘のような激しい状況でも大魔術を発動させやすい。
欠点は、詠唱の道筋が固定されやすいため、応用の幅が極端にせまい。

ソウルの場合は、最初の詠唱で自身の強化を施し、以下、軽度の段階から外界への干渉を働きかける。
そして、最終的に自身の保有する固有魔術を発動させると言ったモノ。
今まで出て来た詠唱も、全てはこのための布石でしかない。


宝具

“魂の武器錬成”(アルティネイトソウル)
ランク :???
種別  :対人宝具
レンジ :1
最大捕捉:1人

人の魂を抜き出し、その魂を改変させて武具を創り出す魔術。
魂はひとつの高純度のエネルギー結晶体であり、そのエネルギーを余すことなく創りだす武具は、それだけで非常に強力な武装となる。
武具と化した時点でその力の総量は決定しており、さらに消費した分の力の回復は出来ないので、威力は強大でも、その力を使うとすぐに壊れてしまう使い捨ての消耗品。

魔術において魂は『在る』と認識されていても、それをはっきりと証明出来ないとされている。
さらに、そんな分からないモノを明確に理解する上で物質化までするというソウルのこの魔術は第二魔法の『魂の物質化』に片足どころか半身を突っ込んでいるレベル。
だが、魂の移し替えや、人柱を立てて武器を鍛えるなどという手法で再現する事も出来るため、魔法の域に達しているというわけではない。

戦場では材料となる魂がたくさん転がっている状態なので、次から次へと使い捨てにしても補給が利くという前提で全盛期のソウルは運用していたが、今はそれが出来ない。
現状、ソウル使う“神を屠殺せし槍”(ロンギヌス)は了の魂を、了の使う“空を射抜きし弓”(レスティアフォース)はソウルの魂を使っている。
そのため、武装を摩耗させるような使い方をするとその魂の持主も摩耗し、最終的には死亡してしまう。
そのため、ソウルは武装そのものの力を使うのではなく、武装を触媒として自身の魔力を行使する運用法を使っている。

ソウルは魂を認識できるという、ひとつの真理に到達した者である。
そのために出来る事が、
物事の本質を見極める事が出来る。
肉体の外見ではなく、魂で相手が何者かを識別出来る。
物質以外に直接干渉が出来る。
魂を取り巻くこの世の秩序(ルール)を改変する事が出来る。

そういうわけで、ソウルの保有スキルの大半は、この魔術から零れ落ちた恩恵が大半を占めている。

ちなみに、ソウルは魂を認識するのであって視認しているわけではないので、魂を視る魔眼を持っているというわけではない。


???








主人公ズの強さ(なのは世界の魔導師風で)

無印時点

西岸了の場合。
ランク:A+~AA相当。(陸戦)
飛べないから陸戦というのは当たり前として、遠距離での正確無比の狙撃。そして高い回避スキル。
きっと、このくらいのランクの人と戦って互角ぐらいかと予想。
長距離からの狙撃なら攻撃力は相当な物になるのに、距離が縮まれば縮まるほど攻撃力が下がってくるという人。

ちなみに、了の攻撃射程は、単に攻撃が届くという意味の最大射程は10㎞以上もいける。
でも、きちんと狙い撃ちが出来るという意味の有効射程になると1㎞。2㎞以上になると命中精度が格段に落ちる。
まあ、それでも裸眼で1キロ先を狙えるというのも凄いと思うけど。


ソウルの場合。
ランク:AAA+相当(陸戦)
保有スキルの心眼(真)は、ランクがBの時点で「確率がゼロでない限り、勝利を手繰り寄せる事が出来る」と在るのだから、それがA+なソウルはどうなると言う話。
そんな戦闘上手なソウルなので、自分が空を飛べず、対空手段が乏しくても、舌先三寸や立ち回りで相手を地上や攻撃の届く範囲に誘導したりと頑張ります。

また、純粋な白兵戦における戦闘技術もずば抜けており、戦闘状況を「陸戦」「白兵戦のみ」に限定すれば、ランクはS-~S+相当になると思います。
ランクSは高そうだけど、心眼(真)の戦さ運びと、武装の宝具に比肩する攻撃力。神殺し(偽)による防御力無視の組み合わせは卑怯レベルだと思うので。

そんなソウルの一番の恐ろしいところは、「本来の身体ではない」「武装の能力制限」「魂の一部欠如」「固有魔術の戦闘転用禁止」「不殺」「身体の子供化」などの幾つもの弱体化の上で、この戦闘能力を維持しているという事だと思う。









“IF参戦” 魔法少女リリカルなのはA’s Portable +Cross souls

PSPで登場の『魔法少女リリカルなのは』の対戦アクションゲームに主人公ズが参戦してみました。
「というか、こいつら飛べんの?」とかいう部分はスルーしてください。




西岸了

この世界とは違う世界からやってきた少年。
のほほんとした気性や態度は強そうな印象は受けないが、
異常なまでの弓の腕前で、正確に敵を射抜く姿は圧巻。


ロングレンジでの技能。

□ボタン 『一矢狙い撃つ』
溜めなし→魔力の矢を放つ直射型魔法弾。
      弾速は速い上、狙撃なので命中精度が非常に高い。
溜めあり→射撃が砲撃となって、威力が格段に上昇する。
      ぶっちゃけ、溜めたなのはのディバインバスターなイメージ?

△ボタン 『この身は空なり』
溜めなし→脱力したような構えを取り、攻撃を受けると回避した上、MPが回復する。
      技後硬直は大きいので過信は禁物。
溜めあり→攻撃をされると回避行動を取り、射で反撃をする。
      弓に魔力を溜める下準備のため、発生は遅くなるという仕様。

○ボタン 『“解放する風”(レデュース・エア)』
溜めなし→弓を振るうと同時に風を巻き起こし攻撃する。
      一部の魔法を掻き消す効果と、吹き飛ばし効果がある。
      射程は短いので、主に突っ込んで来た相手への迎撃に使うべきかと。
溜めあり→攻撃範囲がさらに広がり、吹き飛ばしによる仰け反り時間が延長される。
 
フルドライブバースト 『天破壌砕の一矢』
巻き起こる風が敵の動きを阻害する中、砲撃クラスまで溜めた一矢を放つ。
さらに放たれた矢に断続的に魔力を供給し、大威力を生み出し敵を撃ち抜く。

「何時でも此処には吹いていた。還元の風は……幾重にも巡るっ!」


保有スキル。
『フワーアクセル』(透化:A)
アクセルの移動スピードは下がるが、移動距離と無敵時間が延長される。
『MPリジェネレイション』(魔力回復:A)
何もしないでいると、徐々にMPが回復してくる。


キャラクター性能
高い回避能力と魔力回復力をもち、射撃は単発直射弾ながら威力、弾速共に優秀。
反面、機動力は最低(アクセルストック数が2つ?)で、接近戦も威力が低い。
自分からは動かず、相手の動きを見極めて防御、回避、迎撃を駆使して攻撃を凌ぎつつ、隙をついて優秀なロングレンジからの射撃を当てるベシ。



ソウル 

“魂喰らい”(ソウルイーター)と名乗り、了と身体を共有しているという謎の存在。
その言動は高圧的で攻撃的、誰にも媚びず唯我独尊を貫く。
だが、その裏では常に冷静な思考を巡らせている。


ロングレンジでの技能

□ボタン 『疾走の槍』
溜めなし→相手へ向けて一直線に突撃する。
      命中した相手を吹き飛ばさないので、クロスレンジでの戦いになる。
溜めあり→槍を構えて相手をしっかりと捕捉するようにしてから突撃する。
      出は遅くなるが、威力が上がり、多少の被弾を弾き飛ばしながらの突撃。
      また、命中すると槍を振り衝撃波を発生させて相手を大きく吹き飛ばす。

△ボタン 『衝撃で薙ぐ』
溜めなし→掲げた槍を振りおろすようにして衝撃波を発生させる。
      射程は短いが一応飛び道具。
溜めあり→頭上で槍を回転させながら魔力を溜め、一気に薙ぎ払う。
      出は極端に遅くなるが、その分威力と攻撃範囲が向上する。

○ボタン 『ハイパーダッシュ』
溜めなし→前方に向けてダッシュする。攻撃判定のない純粋な移動技。
      性能的にはアクセル行動と同じだが、無敵時間はない。
      ボタン押しっぱなしでどこまでも走り続けるという仕様。

フルドライブバースト 『神殺しの槍』
神をも殺せる勢いで怒涛の連続攻撃を繰り広げる。
他の人が砲撃やらなんやらの遠距離攻撃の中、あえて白兵戦なフルドライブバースト。

「行くぜ、天は震えろ空は裂けろ光をも斬れ風は逆巻け滅び砕けろ神は……罰せよ!」


保有スキル
『リカバリングアクセル』(戦闘続行:A)
吹き飛ばされたりしての行動不能をアクセルでキャンセルする事が出来る。
ただし、その際はアクセルストック2つ消費し、前方にしか移動できない。
『ガードストライカー』(神殺し・偽:A)
相手に防御された時、HPを削る事が出来る。


キャラクター特性

武装が槍な分、リーチが長く、また攻撃力も高いのでクロスレンジでの戦いが強い。
反面、ロングレンジはイマイチなので、中~近距離での立ち回りがカギ。
あと、通常移動が「飛ぶ」というより「跳ぶ」というイメージをどう表現するか……。



とりあえず、宝具未解禁状態での参戦。まあ、各人の宝具を解禁したとしても、技に変更は無いわけなんですけど。
ふたりとも参戦しても違和感は無さそうだと思って書いてみたけど、どうでしょう?

とりあえず、ソウルの技名はラテン語で書きたいと思ったのですが、無理です。

一応、『アンリミデットコード風』や『メルティブラッド風』もあるんですけど、流石にそれは畑違いだと思うので自粛です。



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