韓国「竹島不法占拠」の歴史 日本人の死傷者44人
'10年10月22日17時00分
NEWSポストセブン FOR THE NEWS-LOVERS
※週刊ポスト2010年10月29日号
http://www.news-postseven.com/archives/20101022_4077.html
日本の領土でありながら韓国が実効支配する竹島。
韓国はいかに占拠を進めていったのか、その歴史を振り返る。
第2次世界大戦後、竹島は韓国による不法占拠への道を辿る。
1952年1月、韓国の李承晩大統領が一方的に軍事境界線
(いわゆる李承晩ライン)を引き、竹島の領有を宣言した。
それ以前に韓国は、サンフランシスコ平和条約の起草に際し、
アメリカに「日本が放棄する領土に竹島と対馬を含めよ」と要求していたが、
アメリカ側は「これらの島が朝鮮の一部として取り扱われたことは一度もない」と却下。
そのため、韓国は52年4月のサンフランシスコ平和条約発効に先立ち、
国際法を無視し、一方的に領有を宣言したのである。
この当時、なぜ韓国は竹島を欲したのかというと、
朝鮮戦争の最中で(53年7月に休戦)、北朝鮮に海から侵攻される危険があり、日本海を監視するためだった。
当然のことながら日本はこれに反発し、
53年6月に島根県は隠岐島漁業協同組合連合会に共同漁業権の免許を与え、
島根県と海上保安庁が共同で竹島を調査し、韓国人6名を退去させ、領土標識を建てた。