ここから本文です

Newsweekロシア版「廃刊」の真相

ニューズウィーク日本版 10月22日(金)12時51分配信

報道規制から「美人局」までメディアに対するロシア当局の圧力は強まる一方だ──

オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)、アンナ・ネムツォーワ(モスクワ支局)

 ドイツのメディア企業、アクセル・シュプリンガーは10月18日、傘下のニューズウィーク・ロシア版の廃刊を発表した。米ニューズウィーク誌と提携し、ロシア語で読める媒体として2004年に創刊されたロシア版は、ロシアでは数少ない独立系ニュースメディアの一つ。当局に従順な事なかれ主義のメディアが増え続けている国でこの雑誌が消えるということは、権力批判報道も終わるということだ。

 ニューズウィーク・ロシア版は創刊当時から採算が合わず、廃刊が決まったのも経営上の理由からだった。「純粋に財政問題が原因だ」と、ミハイル・フィッシュマン編集長は言う。

■プーチンの「やらせ」を暴露した

 ただし、ロシアではビジネスと政治は無関係ではなく、ロシア版は当局との衝突が絶えなかった。ロシアのエリート層と裁判官の腐敗を皮肉るポスターを作成して大々的な雑誌宣伝キャンペーンを行ったときには、挑発的すぎるとの理由でモスクワの地下鉄がポスターを貼ることを禁じた。あるポスターには操り人形の糸を操る手が描かれており、「ロシアでは司法への信頼が増している」という皮肉たっぷりのコピーが付けられていた。

 プーチンと視聴者が電話で話す討論番組が、実はロシア全域で選出された視聴者によるヤラセだったと暴露したこともある。2005年にクレムリンを牛耳るウラジスラフ・スルコフ大統領府副長官の父親がチェチェン人であることをスクープした際にも、当局の激しい怒りを買った。「ロシア版の何が当局を刺激したかと聞かれたら、『すべてだ』と答える」と、ニュース担当デスクのミハイル・ジガーは言う。

 もっとも、厳しい報道規制が敷かれたプーチン政権時代の大半を通じて、ニューズウィーク・ロシア版は当局の干渉を免れた数少ないメディアの一つだった。ロシア政府のメディア規制は昔も今も、イデオロギーではなく現実的なニーズに基づいている。大雑把にいえば、ノバヤ・ガゼタ誌のような反政府派の紙媒体やエコ・モスクビのようなラジオ局でも、発行部数やリスナーの数が少なければ見逃されている。
 
 もっとも、メディアを攻撃する方法は報道規制だけではない。ロシア版を苦しめた最大の敵は、プーチンを熱烈に支持する官制の愛国主義団体「ナーシ(友軍)」や「若き親衛隊」のような青年組織だ。

 今年4月、若き親衛隊のホームページにロシア版編集長フィッシュマンの隠し撮り動画が掲載された。映像には、セクシーな衣装に身を包んだ女性の隣で、フィッシュマンがコカインを吸っているらしい様子が映っていた。隠しカメラを仕込み、入念に準備された手口は、かつてKGB(ソ連国家保安委員会)が得意とした「美人局」そのものだ。

■メドベージェフは「言論の自由」を掲げるが

 当局に批判的なメディアが次々に消えていくなか、存続している媒体への圧力は増す一方だ。ロシア版が廃刊を発表したのと時を同じくして、反体制派メディアの代表的存在であるノバヤ・ガゼタ誌は当局から警告を受けた。あるファシズム系団体に関する調査報道記事が「過激思想」を煽っている、というのだ。

「当局があと1、2回、公式な警告を出すだけで、我々は廃刊に追い込まれる」と、同誌の広報担当者ナデズダ・プルセンコバは言う。ノバヤ・ガゼタ誌ではこの10年間で、大きな話題になったアンナ・ポリトコフスカヤを含む5人の記者が殺害された。「1年後には、モスクワの駅売店でノバヤ・ガゼタを見かけなくなっているかもしれない。ニューズウィーク・ロシア版がなくなるように」と、プルセンコバは言う。
  
 ドミトリー・メドベージェフ大統領がどれほど言論の自由化を叫んでも、メディアをめぐるロシアの現実はプーチン時代以上に厳しくなりつつある。

【関連記事】
既存メディアの限界なのか
外交には国論の一致が必要なのか?
世紀の救出作戦で目障りだったあの人
「官製メディア」新華社の膨張
もう出版社なんかいらない?

最終更新:10月22日(金)12時51分

ニューズウィーク日本版

 
ニューズウィーク日本版

■雑誌記事提供(外部サイト)

ニューズウィーク日本版

株式会社阪急コミュニケーションズ
2010-10・27号 10/20発売
450円(税込)

予約購読のお申し込み

他の日本のメディアにはない深い追求、グローバルな視点。「知とライフスタイル」のナビゲート雑誌。

ニューズウィーク日本版の前後の記事

PR

PR

注目の情報