一方、他の誰かがいることで、一人でやるよりもパフォーマンスが増す場合もある。ある実験では、小さい子にルーチンワークをさせるのだが、最初に一人でさせ、その後母親が横に座る。すると、ルーチンワークのスピードが、母親が座ったときに速くなることが観察された。ダイエットや禁煙をチームでやったほうがうまくいくのも、これと同じような現象である。
このように、チームで仕事をするということは、プラスの面とマイナスの面があるわけだが、残念なことに、これれまで行われてきた実験や研究などでは、プラスの面が生じることは稀であることがわかっている。
なぜ期待を裏切る現象が起きるのか
このような、期待を裏切るような現象は、なぜ起きるのだろうか。これまでの研究から、これには主に2つの理由があると言われている。ひとつは、動機の低下である。例えば、加算型のチームタスクの場合、チームのパフォーマンスはメンバー全員の合計であるため、自分だけ少しくらい手を抜いてもそれが見つかることがないことから、精一杯やる動機が低下する。また、結合型のチームタスクの場合、自分が最も有能だと思わないメンバーは、自ら積極的に努力する意味を失う。これによって動機が低下するわけだ。この作用は、「社会的手抜き」と呼ばれ、チームのパフォーマンスを下げる重要な要因とされている。
もう1つの理由は、メンバーが最大の力を発揮するタイミングが合わないという調整の問題がある。前出した綱引きの場合、メンバー全員が同時に最大の力を出すことは難しいのである。ただおもしろいことに、綱引き実験で、被験者である先頭の人から見えないように、2番目の人との間にカーテンを張り、実際には後ろに誰もいない状態で引かせても、同様に100%にとうてい及ばなかった。つまり、仲間がいるということを知っているだけで、力が少なくなってしまう、すなわち社会的手抜きが生じたのである。
このように、2つの要因、「社会的手抜き」、「調整の失敗」が起きないようにすることで、チームのパフォーマンスの低下を少なくすることが期待される。例えば、チームにおける分業を完全に設計し、調整の失敗が起きないようにした結合?型のチームを考えてみよう。完璧に分担された組み立てラインのようなイメージである。このようなチームなら、メンバーは、自分の貢献が必要不可欠だということを常に知覚できる。さらにこのような分業なら、チームのパフォーマンスはメンバーのパフォーマンスの合計に一致し、最も効率的なチームとなる。しかしこのチームは、非常に危険な状態にあることに読者も気づくだろう。
もし、だれか一人でも、仕事が少しでもできなくなったり、エラーを起こしたら、このチームはたちまち機能不全に陥る。
カリフォルニア大学のハッチンス博士は、大型の軍艦に自ら乗り込み、狭い海峡を通過する際のクルーチームの様子をつぶさに観察した。船の方位を測る人、時間を記録する人、海図に記録する人など、無事通過するという目的で多くのクルーが分業している。ここで博士が気づいたことは、巨大の船のあちこちで仕事をしているクルーが、あたかも一人の人間のように状況を認識し、思考し、行動していることであった。しかもその間、クルーはマニュアルに指示されている公式の職務範囲を超えて、他のクルーの職務に介入したり、そのときの状況に合わせて役割分担の境界を調整していたのである。
介入に使う労力のため、チームの成果は、確かにメンバーの最大の力の合計よりも少なくなる。しかし、完全分業ではなく、メンバーが「のりしろ」を持つことで、不測の事態にもチームの目標達成を続けることができるように、自然に工夫されたのである。チームが継続する強さも、よいチームワークのひとつだといえるのではないだろうか。
集団の意思決定について豊富な研究業績をもつ社会心理学者、北海道大学の亀田達也教授は、グループによる意思決定のしくみに、初めから過剰な期待を寄せるものでもなく、過度に悲観的になるものでもなく、その等身大の姿を冷静に探っていくことが、この問題を解決する有効なやりかたである、と示している。これは、よりよいチームワークの実現に向けた我々の取り組みにも、貴重な示唆を与える。すなわち、チームの強みと弱みをまず受け入れ、それらを補う方法を取り入れていくことで、有効なチームワークのマネジメント方法を、経営のしくみとして導入していけるのではないだろうか。