ハンナン牛肉偽装事件をめぐって
マスコミなどの報道では、国の牛海綿状脳症(BSE)対策事業をめぐる牛肉偽装事件で、計約五〇億三〇〇〇万円の詐欺や補助金適正化法違反(不正受給)などの罪に問われた元ハンナン会長浅田満被告(六五)の公判は、九月一四日午後、大阪地裁(水島和男裁判長)で続けられ、農水省畜産部の永村武美元部長(五七)=退職=らの証人尋問があった。
弁護側の尋問で、永村元部長は「対象外の牛肉を事業に申請するとは思わなかった」などと事件への関与を否定。「部長の仲介で和歌山県の業者の事業対象外の牛肉も買い取った」とする浅田被告の主張に対し「浅田被告から(和歌山には)対象牛肉はないと報告を受け、買い取りをやめてもらって結構と返事をした」と証言。
浅田被告は自ら「買い取った重量は報告したはずだ」と問い詰めたが、元部長は「記憶がない」と答えた。
弁護側の冒頭陳述は八月二七日の公判で行われた。買い取り事業を創設した農水省について弁護側は「(助成金詐取などの)犯行を誘発し、その後も黙認していた」と指摘し、「農水省も共犯か少なくとも幇助(ほうじょ)犯にあたる」と主張し、検察側が描く「犯罪の構図」を否定した。
また、被告人質問も行われ、浅田被告は犯行の背景について「(BSE騒動で)皆さんが困っていたから肉を買い集め、申請した」と。
浅田被告は初公判で起訴事実を全面的に認めて謝罪しており、事実を争わない裁判で弁護側が冒頭陳述するのは異例。弁護側は「あくまで情状立証。責任転嫁するわけではないが、事件の真相を明らかにしたい」として農水省の責任に言及した。
弁護側は、浅田被告が買い取り申請した肉に対象外牛肉が含まれていたことを農水省が知っていたと指摘。農水省の外郭団体職員が申請分の抜き取り検査をする際、浅田被告側に検品対象が特定できる情報を知らせたことについて「農水省側が不正の発覚を恐れたためだった」とした。
大阪地裁で八月二〇日に開かれた元ハンナン会長浅田満被告らの初公判で、検察側が朗読した冒頭陳述の要旨は次の通り。
【浅田満被告】
浅田満被告は、大阪府南河内郡(現羽曳野市)で出生。中学を中退後、精肉店見習いを経て実父が経営する浅田商店の手伝いを始めた。一九七三年に商号を阪南畜産に変更。代表取締役に就任し事業を拡大、ハンナングループを作り上げ食肉業界で大きな力を持った。
【犯行に至る経緯】
BSE騒動により牛肉価格が急落、ハンナングループの売り上げが落ちてきたため、浅田被告は二〇〇一年一〇月中旬ごろ、対象外牛肉を混在させて補助金交付申請をしても焼却処分をすれば証拠が残らないので、対象外牛肉も安く買い集め保管対象牛肉であると装い申請をして利益を得ようと決意。部下らに「時間がないから、とにかくどんな肉でも集めるだけ集めてくれ」などと、グループ各社やそれ以外の業者から牛肉買い集めを指示。さらに「対象牛肉はそうやけど、何でもええ」などと、対象外も含めて買い集めた牛肉を保管するよう指示した。
【保管対策事業に関する犯行状況】
浅田被告は一〇月末までに買い集めた約九六万キロの牛肉で全国同和食肉事業協同組合連合会(全同連)名義で補助金の交付を申請、約五億四〇〇〇万円の交付を受け、保管重量が約一九八万キロに増加したとの申請書を提出し約五億七〇〇〇万円の交付を受けた。
▽阪南畜産
〇一年一一月初旬ごろ浅田被告は阪南畜産で保管している内臓肉を申請しようと考え「内臓を仕入れておくように」などと指示。約一〇〇〇キロを一一月五日ごろ大阪食品流通センターに出荷。
▽ダイナンフーズ
多量の在庫を抱えていたダイナンフーズは輸入肉など一四三トンを同センターに出荷。さらに浅田被告は「国産牛ばかりだと数量が集まらないので、輸入肉も含めとにかく多くの在庫牛肉を集めてくれ」「組合も会社も苦しいからもうけなあかんのや」などと指示、一一月、ダイナンフーズに数十頭分の枝肉を売却。
ダイナンフーズは枝肉を解体し約一万七〇〇〇キロの対象期間外牛肉を同センターに搬入。
▽アイティーエー
食肉販売会社アイティーエーは、BSE騒動で取引が取り消され、約五五トンの輸入牛の在庫を抱えた。
取締役の竹中文敏被告は〇一年一〇月下旬ごろ、浅田被告に「以前仕入れたオーストラリア産の輸入牛肉の在庫がさばけなくて困っている。高く買い取ってほしい」と懇請。浅田被告は「商品名を『牛正肉』に変えて納品しなさい」と指示。計約五万五〇〇〇キロの輸入牛肉を同センターに搬入。
▽ロイヤルハンナン
ロイヤルハンナンは〇一年八月ごろから牛すじ肉の在庫を抱え、牛海綿状脳症(BSE)騒動の影響で在庫減少が困難になった。
同社社長藤瀬陽三被告は一〇月末ごろ、浅田被告に「牛すじ肉三トンほどを保管事業に乗せさせていただきました」と要請、了承を得た。
▽岩上商店
岩上清二被告は〇一年一〇月、浅田被告に対象期間外牛肉の買い取りを依頼。浅田被告の了承を受け計約八二〇〇キロの期間外牛肉を同センターに搬入。
▽十勝ハンナン
浅田被告はハンナンマトラス総務部長、平野年昭被告に「十勝ハンナンなどに検査後の肉でもいいから入庫するよう言え」と指示。平野被告は十勝ハンナン取締役長島清行被告らに大量に牛肉を搬入するよう指示、〇一年一一月、輸入牛肉を含む約三万キロの対象期間外牛肉を搬入した。
▽中部ハンナン
浅田被告は岐阜県に本店を置く中部ハンナンからも大量に牛肉を仕入れようと、牛肉の搬入を指示、約一万七〇〇〇キロの対象外牛肉を搬入させた。
▽シンワ
シンワ社長らはサイコロステーキの在庫買い取りを浅田被告に要請、承諾を得た。
浅田被告が牛肉を買い集めた結果、同センターで、少なくとも計約七四万八〇〇〇キロの牛肉が大阪府同和食肉事業協同組合連合会(府同食)名義で保管された。〇一年一一月、全国食肉事業協同組合連合会(全肉連)名義の銀行口座に約四億二〇〇〇万円が振り込まれ、浅田被告らは不正に補助金を受給した。
▽01年12月3日申請分
浅田被告は、十勝ハンナン、中部ハンナンに、対象期間外牛肉を含む牛肉を同センターに入庫するよう指示。同センターでは〇一年一二月三日ごろまでに、対象外牛肉を含む合計一七万二七〇〇キロの牛肉が府同食名義で保管された。
全同連名義の口座に約三億二二〇〇万円が入金され、浅田被告らは、不正に補助金を受給した。
【買い上げ代金や冷凍保管経費の詐取】
「平成フーズ」の田尻正司被告は、取引先の「ミート丸真」がサイコロステーキの在庫を大量に抱え、経営が悪化していたことから連鎖倒産の危機感を抱き、〇一年一〇月中旬以降、国による加工品などの買い上げを求め、農水省関係者に陳情していた。橋本正寿被告は、書類の品名「サイコロステーキ」から加工品と知ったが、浅田被告の「全部『牛正肉』に品名を変更してもらいなさい」との指示に従った。
浅田被告は、全肉連に対し同センターで保管している対象外牛肉を含む牛肉について買い上げ申請するよう指示。さらに、藤瀬被告に対し、大阪府食肉事業協同組合連合会(府肉連)保管分の計五七万二八五〇キロの牛肉について、すべて保管対策事業の対象牛肉であるとの虚偽の在庫証明書を発行させた。全肉連側は府肉連の申請は保管対象牛肉に関するものと誤信して買い上げを決定。同年一〇月二一日、代金約六億三〇〇〇万円が府肉連名義の銀行口座に入金され、浅田被告らが詐取した。
浅田被告は冷凍保管費用の補助金詐取も考え、〇二年四月ごろ平野被告に指示。自身も電話で「補助金の八〇%をもらっているんでしょう。うちは牛肉を焼いてしまってもうないんやから、大阪分のお金をくれませんか」などと全肉連に請求した。同年五月、全肉連から府肉連名義の銀行口座に補助金約三億二〇〇〇万円を振り込ませ詐取した。
浅田被告は、農水省関係者の検品の際に輸入牛肉の混入の発覚を防ぐため藤瀬被告に偽装工作を指示。〇二年一月の検品では国産牛の部分肉を出したため、偽装は発覚しなかった。
浅田被告は偽装発覚を防ぐため、前羽曳野市長が管理する柏羽藤クリーンセンターなどの焼却施設を利用、三月までに約一七二万キロの牛肉をほぼ焼却し尽くした。
浅田被告は四月ごろ、補助金交付を受けようと平野被告に農水省などとの交渉を指示。
五月に事業団から全肉連に振り込まれた補助金約三八億三〇〇〇万円のうち、偽装牛肉買い取り代金と焼却費用の補助金として約三一億五〇〇〇万円が全同連名義の銀行口座に、約一億八〇〇〇万円が府肉連名義の銀行口座に、それぞれ入金された。
BSE対策事業で浅田被告が詐取した補助金は約三三億四〇〇〇万円で、肉の仕入れ代金など経費を差し引くと実質的な利得は約一三億四〇〇〇万円。
浅田被告は犯行発覚を恐れ〇二年一二月、〇三年三月、〇四年四月に関係書類の廃棄を指示。平野被告らはシュレッダーで裁断するなどした。
弁護側冒頭陳述の要旨(八月二七日)
無罪を主張する考えはない。起訴事実は争わないが、検察側の指摘に異議がひとつある。検察側は、牛海綿状脳症(BSE)対策事業が保管事業から処分事業に移行すると元ハンナン会長浅田満被告が知っていたと指摘したが、そのような事実はなかった。(処分事業に変更した二〇〇一年)一二月一四日の数日前、農水省の担当職員からの電話で初めて知った。
(BSE騒動は)緊急事態で死活問題だった。浅田被告は何らかの救済措置をしてほしいと農水省に要請した。全国同和食肉事業協同組合連合会(全同連)の加盟業者は処分事業に反対しており、浅田被告は食肉業者として肉を大切にしたいという思いから、保管事業で進めてほしいと思っていた。
浅田被告は一〇月一〇日すぎに農水省に陳情し、担当部長に救済措置の必要性を訴えた。部長室で話していると担当課長が入ってきて、自民党のBSE部会で焼却処分にした方がいいという声が出たことを報告した。担当部長は浅田被告の面前で「焼かない方針でいく」と発言し、浅田被告に「知っている先生にお願いしてほしい」と依頼。浅田被告は同日、国会議員三人と議員秘書一人に会い、その旨を伝えた。
浅田被告が、保管事業から処分事業に移行することを信じていたという検察側の指摘は事実に反する。
事件をめぐり、農水省は不自然な動きをしている。検査など農水省のチェック体制に問題があった。農水省職員は、詐欺罪に問われた輸入肉卸「平成フーズ」社長田尻正司被告が持ち込んだ肉に輸入肉が混じっているとは知らなかったと供述しているが、噴飯物だ。持ち込んだ肉に輸入肉が混じっていたことは明らかだ。
農水省は保管事業から処分事業へ移行する際、浅田被告に積極的に告知している。検品作業をめぐり、事前に全同連に検査内容の一部を記したファクスが送られているが誰がファクスを送ったか解明されていない。事業の行為者で不正を取り締まるべき農畜産業振興事業団サイドが送ったと考えられる。なぜ捜査しないのか。
以上の点から、農水省の対応が本件を誘発し、知りながら黙認したと言え、農水省の教唆またはほう助犯が成立する。検察はそれを捜査していない。
浅田被告の詐欺、補助金適正化法違反の成立範囲は検察官が主張する申請牛肉全体ではなく、対象外牛肉に限られたものと考えるべきだ。
浅田被告は八億九五〇〇万円を不正に得たことになっているが、処分事業に移行されていなければ不正に領得した金額は二億四六〇〇万円にとどまり、処分事業への移行で当初予期していたよりも大幅に利得が増えた。
浅田被告は当初から申請する総重量を決めており、それを数回に分割して申請したにすぎない。一連の申請行為は密接に関連しており、併合罪ではなく、包括一罪で考えるべきだ。争うつもりはないが、量刑に重大な影響を与えると考える。
農水省の関係者3人を証人申請する。
解同利権の解体へ
BSE対策の事業主体だった農畜産業振興事業団(現農畜産業振興機構)によると、事業は全肉連など六つの業界団体が加盟会社・団体から国産の在庫牛肉を買い取るやり方で実施された。
ただ要領は「(業界団体の)理事長が適当と認める団体に事業を委託して行うことができる」と規定。全同食と東京の二団体が傘下団体からの買い取りを希望したため、全肉連はそれぞれに事業を委託し、スムーズに手続きを進めようとした。
全同食には府同食が一一四五トン、兵庫県同和食肉事業協同組合連合会が八九七トン、愛知県同和食肉事業協同組合連合会が一二四六トンを申請。三団体の合計は事業全体の買い取り量(約一万二千トン)の四分の一に上った。
全同食への補助金は買い取り費用四十九億五千万円(府同食分十六億九千万円)、保管経費十五億四千万円(同五億円)、焼却経費八千五百万円(同三千五百万円)。
府同食には、ハンナングループ企業十五社(計八一八・六トン)を含む二十六社三組合が買い取り申請。うちハンナングループではない二社が申請を知らず、組合の一つは勝手に印鑑を使用され、無断申請されたことが明らかになっている。
今回の牛肉偽装事件で、名古屋市中区の食肉卸「フジチク」側が、浅田被告が会長を務めていた食肉卸大手「ハンナン」側から購入した輸入牛肉を国産牛肉に偽装して買い上げ申請し、代金を受け取っていた疑いのあることが、複数の関係者の話でわかった。
名古屋地検特捜部は既に浅田被告と関係が深いフジチク側幹部らを事情聴取しており、申請の経緯などについて、幹部らが任意提出した資料の分析などを進めている。
関係者によると、フジチク側が購入した輸入牛肉は、ハンナン側が買い集めたもので、フジチク側は余った肉をハンナンの複数のグループ会社から買い取り、愛知県同和食肉事業協同組合(愛知同食、名古屋市中区)を通じて買い上げ申請し、代金を受け取ったという。
農水省によると、愛知同食は、買い上げ量全体の1割を全国同和食肉事業協同組合連合会(全同食)を通じて申請し、二三億八〇〇〇万円の助成金を受けた。
愛知同食に買い上げ申請した五社一団体のうち、フジチク側三社と一団体の申請量は一二二一トンで、全体の九八%を占めている。全同食の副会長はフジチク側幹部、専務理事は浅田被告が務めていた。
全同食結成は、解同本部書記長、委員長を歴任した上田卓三の存在が大きい。
一九六七年、「部落内企業者の経営の安定と生活の向上をはかるために、大阪府同和地区企業連合会」を設立。
一九六九年「同和貿易振興会」、「(財)大阪府同和金融公社」設立。
一九七〇年には「(財)大阪府同和建設協会」、「大阪府同和食肉事業協同組合」、「大阪市同和衛生事業組合」を相次いで結成、翌一九七一年には「(財)大阪同和産業振興会・新大阪タクシー」の営業を開始。また一九七二年「大阪府人造真珠事業協同組合」、一九七三年「部落解放皮革関連事業組合」(皮革製品フェアを毎年開催)などを結成している。
こうした利権は解同を背景にその集中化が図られてきたものである。
解同利権の全面解体へと真相究明が進むよう世論化が欠かせない。(10月1日)