探偵の朝は一杯のコーヒーから始まる。
ミルクや砂糖なんてもってのほか、ブラックもブラック、どぎつい奴を無理矢理胃袋に流し込むのが一流の探偵に相応しい飲み方だ。
私はたんぽぽを適当にお湯で煮詰めたものを口にした。いわゆるたんぽぽコーヒー。材料はそこら中に生えてるのでタダだ。
「マズッ!」
土の味しかしない。私はたんぽぽコーヒーを捨て、冷蔵庫にストックされている豆乳を手に取り、所長席の回転椅子に座った。
そして優雅に豆乳を飲む。
「ゲロマズッ!」
絵の具の味がした。どうやら何者かの手によって豆乳の中身がすり替えられていたようだ。
普段から飲みなれている物を毒物とすり替えて私の命を狙ってきたらしい。
そう、名探偵であるこの私の命を。
これは犯人の私に対する挑戦だろう。
いいさ、その挑戦、受けてやる。事件解決率100%、名探偵・地獄極楽鳥鋼を甘く見てもらっては困るからな。
私は椅子をくるくると回転させながら推理モードに思考を切り替えた。
ちなみにこの回転椅子は探偵七つ道具の一つ『地獄のメリーゴーランド』。使用すると気分が悪くなる、長年愛用してきた頼れる相棒だ。
仕事場であるこのオンボロ事務所は、身内以外の人間が侵入してくると自動的に排除する仕組みになっている。もちろん依頼人にも容赦しない。
つまり、他に誰も入ってこれない以上、豆乳を絵の具が混入された水とすり替えた犯人は、私の好物を熟知した身内の中にいるという事になる。
現在この事務所にいるのは私と、私の助手であるMJの二人だけ。よって犯人はMJに決定された。
――だが、本当にそうなのか?
私は自分の導き出した答えに違和感を覚えた。
MJはアホの子だ。
こんな高度な犯罪がはたして彼女に出来るのだろうか。いや出来ない。
彼女の頭にはいつもお花畑が満開で、ミステリーに関しての知識はそれなりにあるのだが、それ以外がさっぱり駄目だ。
この間も外を歩いていたら「あははーチョウチョだー」とモンシロチョウをふらふらと追っかけていき、その数時間後に「迷子になっちゃったよー」と私に電話を掛けてきた。
一緒にチョウチョを追いかけていた私が隣にいるにもかかわらず、だ。
――犯人は、他にいる?
その重要ポイントに気付くとIQ220ぐらい有ったらいいなと思っている頭脳がフル回転を始めた。私に不可能は無いのだ。
「……そうか、わかったおえっ!」
椅子を回転させ過ぎたせいで吐きそうになった。名探偵にあるまじき失態だ。私は回転を止めて心を無にする。
……落ち着け、素数を数えるんだ。
1、1、2、3、5、8、13、21……。
一心不乱に数字を数えていると、喉の辺りまでせり上がっていた混沌としたナニカがあるべき場所に戻っていく。
ありがとう素数! 便利だぞ素数!
素数のおかげで落ち着いた私は、いよいよ解決編へと向かう。私を毒殺しようとした犯人を暴くのだ。
とは言っても、推理は単純なものだ。容疑者は二人しかいない。片方が犯人じゃないのなら、自動的にもう片方が犯人になるのだから。
MJが犯人ではない、という事はつまり――
「犯人は地獄極楽鳥鋼……あなたです!」
私は壁に設置されている等身大の鏡に向かって決めポーズをとった。
鏡にはコートを羽織ったツインテールの悪魔、今世紀最大の美少女、鋼ちゃんの姿が映し出されている。彼女は私に指を指されて苦々しそうな表情をしていた。
「鋼さん。あなた昨日、お腹の調子が悪かったみたいじゃないですか。慌ててトイレに駆け込む姿を目撃しましたよ?」
ホント勘弁してほしい。殺せ! 殺してくれ! 生まれて初めてそう思った程の苦しみだった。
「そ、それはっ、フェイスハガーが私の体内にエイリアンの幼虫を植えつけたから……」
「しらばっくれないでください! 私は全て知っています! あなたがMJを驚かせるために、好物の豆乳を全て飲み干し、毒物とすり替えた事をね! 腹を壊したのはそれが原因でしょう!」
「ぐっ……」
「腹痛のせいで本来の目的をすっかり忘れたあなたは、すり替えた豆乳を気づかずに飲んでしまった。これが、事件の真相です……」
すれ違いから起きた事件。あの時ああしていれば、こうしていれば……。
後悔しても、もう遅い。誰が悪いわけでもなかった。あえて言えば頭が悪い、そんな、悲しい事件。
「わ、私がどうやってすり替えたって証拠だよ!」
私に真実を暴かれた私は往生際が悪い事に意味不明な日本語で証拠の提出を求めてきた。そこは自供してくれないと困る。
こうなったら奥の手発動だ。
「破ぁっ!」
「うわあっ!」
霊力を込めた私の一喝によって私は吹き飛ばされた。寺生まれって凄い、そう思ってしまうほどの一撃だった。
「証拠? 証拠ですって? 甘えるな! そんなに証拠が欲しいなら自分で探せばいいでしょう!」
この台詞は使えるな。メモしておこう。私は常に自己研鑽を絶やさないのだ。
「そ、そんな無茶な」
「あなたたち凡人はいつもそうだ、二言目には証拠証拠ーショコショコショーコーって、テーマソング? それテーマソングなの? 本当に大切な物が見えていれば、証拠なんて必要ないのに。素人にはそれがわからない。名探偵が犯人だって決めた相手は結局みんな捕まってるでしょう? あなたたちを納得させるためにわざわざ証拠を用意してあげる苦労も知らないで、勝手な事ばかり。私たちが正義なんです。私たちが神なんです。探偵が犯人だと言ったら犯人、もうそれでいいじゃないですか。途中過程をすっ飛ばしてもいいじゃないですか。そもそも」
「はーちゃんおはよー」
私が私を言いくるめようと四苦八苦していると、ようやく目が覚めたのかMJがやって来た。
初めて私の著作を読んだ人のために説明しておこう。この子の偽名は舞蹴寂聴、通称MJ。私の幼馴染にして助手である。
彼女は頭にヨーグルトでも詰まってるんじゃないかと思うぐらいパッパラパーな女の子だ。でもそこが可愛い、見た目も超可愛い、あと背が高い。はい説明終わり。
「おはようございますMJ。豆乳飲みますか? おいしいですよ」
「えー。それ昨日はーちゃんが絵の具の水と交換してた奴でしょ? いらなーい」
見られていた!
MJは私オススメの豆乳を無視して冷蔵庫に向かっていく。きーっ! くやしいっ!
だが無駄だ、さっき見たが冷蔵庫の中にはこの豆乳一本しか入っていなかった。
狡猾な私のことだ、意地でもMJに豆乳を飲ませるために他は全部処分したのだろう。結局失敗したけど。
「あれれー、おかしいぞー? 冷蔵庫に何も入ってないよ」
計画通り、妙に癇に障る声でMJが辛い現実を直視していた。
というか私にとっても辛い現実だった。
「じゃ、買い物にでも行きましょうか」
「そうだね、はがねーちゃん」
「その呼び方やめてください」
私とMJは普段着がコートなのですぐに外出可能だ。今は4月なのでまだ大丈夫だがこれが夏場になると地獄のような暑さになってくる。探偵とは厳しい職業である。
ちなみに私たちの職場『ヘヴンズスカイ探偵事務所』は三階建てで、一階に駐車場、二階に事務所、三階に私とMJが潜む部屋がある。
以前はビルのテナントを借りていたのだけど、副業でやっている作家で大儲けしたため新しく建てた。
その時は雰囲気が欲しかったのでわざと古びた建物風に作らせたのだが、今は猛烈に後悔している。私は愚かだったのだ!
「先にファミレス寄って行こうよ。お子様ランチ食べたい」
「そういや朝メシ食ってませんね。いいですよ」
「わぁい!」
童女のような喜び方をしたMJを引き連れて事務所から出る。ファミレスまでは普通なら20分は掛かるが、近道を歩けば半分の時間で済む。
これ重要な情報だから覚えておいた方がいいよ。後でこんなこと書いてあったのかとか言われても困るから。
何なら傍線でも振っておこうか? ああなんて親切な私。伏線をわざわざ読者に教えるなんて、並みの探偵には出来ない所業だ。
「キィ―――――――ン!」
「ホホホ、元気な童じゃのう。あまりはしゃぐでない」
両手を広げながら道路を走るMJを嗜めつつも、裏道を進んでいく。
最初は順調かと思われた二人の旅路だったが、しだいに人気が少なくなり、見たことの無い場所に出てしまった。
おかしいな、データと違う。まさか、今この瞬間にも奴は成長していると言うのか?
やはり存在しない近道なんかに頼った私が悪かったのだろうか。いや、私は悪くない。悪いのはこの社会だ。そうに決まっている。
途方にくれた私は空を見上げた。
確か太陽を使って自分の位置を測定する方法があったはずだ。昔ガールスカウトになったつもりだった時期があったから知っていた。
「うおっ、まぶしっ!」
焦っていた私は肉眼で太陽を直視してしまう。馬鹿か。
仕方ないので別方向に浮かんでいた謎の円盤を使って位置を算出する事にした。
……。
……なんだ、アレ。
当然のように空に浮かんでいた謎の円盤は、徐々にこちらに近づいてきた。
最初に発見した時は一円玉ほどの大きさだったのに、今では東京ドーム一個分ほどにまで成長している。
ごめん、それは言いすぎた。本当はそこにある田中さんに生えてる杉の木と同じくらいの大きさです。
ゆるやかに接近してきた謎の円盤は私の頭上でストップする。
「え、なにこれ? ドッキリ?」
そして、困惑する私に向かって謎の円盤は緑っぽい光を放射してきた。
光に包まれる体。そして訪れる浮遊感。
重力によって人々は地上に縛り付けられているというのに、名探偵の私には神の定めた法則なんて通じないのだ。
……というか、これってもしかしてアブダクションなのでは? まさかストーリーの導入部分でこのような出来事に巻き込まれるとは。毛利のおじさんもビックリだ。
「うわーん! 助けてぇー! MJー!」
ただいま絶賛飛行中の私はなりふり構わず泣きながらMJに助けを求めた。
鋼ちゃんは勝つために手段を選ばない女なのです。勝利以外はゴミっ……! 皆平等に価値が無いっ……!
「むむっ、はーちゃんが私に助けを求めてる? いま行くよー!」
さっきまで私の遥か前方を走っていたMJは、途中で見つけたと思われる蟻の巣穴をじっと観察していたが、私の叫び声を聞いてすぐにこちらに向かって駆け出してきた。
その疾さ風のごとし、疾風迅雷のマイケルジャクソンの名に相応しき疾走だった。
あっという間に距離を詰めたMJはそのまま勢いを殺さずに跳躍、近くに立っていたビルを蹴り、三角跳びの要領で私の下にまで飛翔する。
やだ……かっこいい……。
胸キュン乙女モードになった私は、飛び込んできた麗しの騎士様に抱きしめられ、見事に宇宙から来た侵略者の手から無事救出――されなかった。
「あれ?」
「え?」
彼女の猛ダッシュによって生み出されたエネルギーは謎の光に吸収されてしまったらしい。
私に抱きついたMJは同じように空中でピタリと停止し、一緒にアブダクションなう。だう。
やだ……かっこ悪い……。
「……」
「……」
「はーちゃん、君を、助けに来た!」
「決め台詞で誤魔化さないでください」
ペシっ。
「あたっ」
思わずはたいてしまったが、一本でもニンジン、二足でも七面鳥。この後に待ち受けているのは宇宙人との戦いだ。
一人ぼっちの宇宙戦争を起こすよりも彼女が傍にいてくれた方がありがたい。ご褒美に撫で撫でしてやろう。
ナデナデ。
「ふひひ」
気持ち悪い声を洩らすMJを多角的に観察しながら、私たちは謎の円盤に吸い込まれていった。
◇ ◇ ◇
トンネルを抜けると、そこはSFでした。
無事にアブダクションを成功させた私たちは、ミッションに関わった仲間達に軽く手を振り、中で待ち構えていた二人の宇宙人と出会った。
一人(一匹?)はオーソドックスなタイプの宇宙人。灰色の肌、巨大な頭部に大きな目をしたリトルグレイ。
もう一人は、出来る女っぽい美人秘書風のショートカットの女性。おそらく人間に擬態してるんだろうが、私は騙されない。
「私達の船にようこそ、鋼さん。MJさん」
リトルグレイが話しかけてきた。
表情が変化しないので不気味どころか気持ち悪い。宇宙人なんて生で見るもんじゃねえな、と思いつつも、私はそんな思いを隠して友好的に接する事にした。
「ようこそじゃありませんよ。あなた達がどうかは知りませんが誘拐は地球では死刑ですよ。死にたいんですか? 殺しますか? 犯罪起こしておいてどや顔ですか? 喧嘩売ってますか? 大体あなた、顔が気持ち悪いんですよ。いかにもな宇宙人顔して、わーれーわーれーはーうーちゅーうーじーんーだーって言いたいんですか? そういうのは扇風機に向かって一人でやっててください」
おっと、少しツンデレ気味になってしまったか。しかもツンの比率が高い、これでは勘違いする事もできないだろう。
唖然としてしまったリトルグレイをフォローするために私はMJに目配せする。
MJはそれに気づき、何を勘違いしたのか頬を染めて俯いた。彼女にアイコンタクトをしても三分の一の確立でしか通じないのだ。
「た、確かにあなた達を拉致する形になってしまったのは申し訳ないと思っています。すいませんでした。しかし、地上で説得して断られると面倒くさいので、確実な方法をとった私達に非はないと思います。なにとぞ、なにとぞ、その辺りの事情を汲んでいただきたいと……」
チッ、うっせーな、反省してまーす。とでも言うかのように頭を下げて誠意の篭った謝罪をしてくるリトルグレイ。
どうやらこちらに対して敵意は持っていないようだ。傍にいる秘書っぽい女がじっとこっちを観察しているのは気に掛かるが。
改めて周囲を見る。
宇宙船らしく『いかにも』なハイテクっぽい内装。
壁にはわけのわからない模様が描かれており、ところどころに拳ほどの大きさの赤い球体が埋め込まれていて、それが単調なリズムで光っていた。謎だ。
私とMJが立っている場所は、これまた『いかにも』な転送装置の魔方陣の上。これを使って罪の無い生物をアブダってるのだろう。
装置を起動して地上に帰りたいが、どうも遠隔操作で動くみたいだ。今は激流に身を任せて同化するしかないか。
「それで、どうして私達を誘拐したんですか? 事と次第によっては新しい朝が来ないかもしれませんよ」
「あ、はい、実は……って、こんなところで説明するのもなんですから、場所を移しませんか?」
「私は一向に構わん」
「では、こちらへ……」
リトルグレイに促されるまま、私とMJは宇宙船の奥に進んでいく。
転送装置の部屋を出ると、それなりに広い通路に出た。
SF通路にはどこに通じているのかわからない扉が一定間隔に設置されていて、火星人やらリトルグレイやら人間やらの多様な宇宙人が忙しそうにあくびをしながらダラダラ歩いていた。
通路の壁にも先ほどの赤い球体が所々に埋め込まれている。ああいうのたくさんつけるセンスってどうなの?
宇宙市民の彼らは招かれざる客が珍しいのか、私とMJに気づくと、興味無さそうに素通りしていった。
まさに飛んで火にいる夏の虫、虎穴にいらずんば虎子を得ず。どっちやねん。
「はーちゃん。はーちゃん」
「ん?」
益体もない事を考えながら×ボタン連打でホバー移動をしていると、MJがくいくいと私の袖を引っ張り耳打ちしてくる。
「ふーっ」
「ひゃん!」
いきなり息を吹きかけてきた。意味がわからない。
ぺシッ。
「あたっ」
ジャンプしてMJの頭をはたく。彼女は奇行が目立つので、こうしてオシオキしてあげないとドンドン調子に乗っていくのだ。
しかし宇宙人に誘拐されたというのに変わらないなこいつは。王者の貫禄というか、キングレオというか、ジャングル大帝というか、ハクナマタタというか。
「どうかしたのですか?」
小声でMJに話しかける。
「うん、あの気持ち悪い宇宙人の人、いつ殺すのかなって」
「危害を加えてこない限りは放置でいいです。こんな経験は滅多に出来るものではありませんから、なるべく殺さない方向で」
「わかったよー」
私の助手であるMJ。彼女の役割は何かとピンチがつきものの探偵役――つまり私を外敵から守ることだ。そのためには殺しだって厭わない。
どうせ今この瞬間だって何人もの人間が死んでるんだ、一人や二人死人が増えたってバレやしない。
「あくまでなるべくです。少しでも不審な行動を取ってきたら、構いません。殺してしまいなさい」
「バラバラだね!」
「バラバラですね」
「……あの、全部聞こえてます」
リトルグレイが振り返り苦言を呈してきた。のびたのくせに生意気だ。
苦言なんて聞きたくない、欲しいのは糖度100%の甘言。悪いのは私を王様として認めた国民、そしてそれを利用する貴族達なのだ!
「そう言えば聞くの忘れてましたけど、あなたのお名前は何と言うのですか?」
リトルグレイのテルに訊ねる。
いや、こいつがグレイのテルだとすれば、隣の秘書はヘンゼルという事になる。ヘンゼルとグレイテル、グレーテルよりグレイテルの方が強そうだ。
「私はパランボロン星人のケントです」
ギルバートさんですか? ちがうよーそれケント違い。どうして宇宙人なのにアメリカっぽい名前なのだろう。
潔く名乗り出たケントは隣の秘書に目配せした。
「レプティリアンのプテラノドン。シクヨロ」
プ、プテラノドン?
ようやく言葉を口にした秘書さんはとんでもない名前だった、この二人はもしかして私をからかっているのだろうか。
「そもそも、何故お二人は日本語を喋る事が出来るのですか? 都合が良すぎるでしょう」
「秘密はこれです」
ケントは自身の腹の横についたポケット(!?)に手を突っ込み、気色悪い手のひらにこれまた気色悪いナニカを出現させた。
「これは?」
「しらたきです」
「……しらたき?」
「はい、このしらたきを食べると、意思を持つ生物なら自動的に自分の言語が相手の言語に、相手の言語が自分の言語に翻訳されて会話する事が可能になります。ちなみに醤油味で、結構美味しいですよ」
そう言って、ケントは焦茶色っぽいしらたきを頬張った。うえ……気分悪くなってきた……、宇宙人の食事シーンってちょっとしたグロ動画だわ……。
「はーちゃん。あれってドラ」
「ゴンクエストってゲームを考えた事があるんです。悪戯好きの狐・ゴンが山や川でサバイバルをしてレベルを上げて、最終的に猟師の漂(ひょう)を倒すって話です。ちょっと地味かなって思ってやめちゃったんですけど」
「RPGなの?」
「いえ、恋愛シミュレーションです」
「倒しちゃうんだ……」
「愛と憎しみは表裏一体と良く言いますからね。私は信じてませんが」
「信じてないのに使っちゃうんだ……」
MJは私を尊敬の眼差しで見つめてきた。よせよ、私に惚れると火傷するぜ?
「それでケントさん。言葉が翻訳されるのは分かったんですが、あなた方の名前が大変ふざけていらっしゃるのはどうしてなんだぜ?」
「そう言われましても。翻訳こん……しらたきが私達の名前に類似したものを勝手に選んでるだけでしょう。翻訳されたものが鋼さん達の耳に届く際にどう聞こえてるかなんて私達は知りませんし」
どういう理屈なんだろう、中にナノマシンでも入っているのかあのしらたきは。宇宙人の科学力ってすげーな。
「さて、到着です」
目的地に辿り着いたらしい。所要時間は大体5分って所か結構近いな。
眼前にあるのは今まで見かけた物よりも一際大きな扉。ケントが前に立つとその扉は自動的に開いた。
「中へどうぞ」
「いえいえ、そちらが先にどうぞ」
「いやー、そういうわけにはいきませんので、どうぞどうぞ」
「私はそういうの気にしませんから、どうぞどうぞどうぞ」
「いやそちらが」
「いえいえそちらが」
私とケントが押し付け譲り合いの精神を発揮していると、MJとプテラノドンがさっさと中に入ってしまった。
気まずい沈黙が広がる。こうなったら絶対にケントよりも後に入室せねば、探偵の沽券に関わる。
ケントも似たようなことを考えているのか、部屋に入ろうとしない。なんて宇宙人だ。こうなったらアレしかない。
「このままじゃラチがあきません。ジャンケンで決着を着けましょう」
「……そうですね。では最初はグーからスタートで」
「把握した」
馬鹿なエイリアンだ。世界一、いや宇宙一ジャンケンが強い私に勝てるとでも思っているのか。
手を交叉し、その隙間から何かを覗いているケントの姿を見て私はほくそえむ。素人め、と。
生意気なリトルグレイを叩き潰すために、私は戦闘開始の掛け声を発した。
「それじゃあいきますよ。さーいしょっはぐーっ!」
拳を振り上げる。
ジャンケンは『グー』『チョキ』『パー』の三種類の手で戦うものだと思われがちだが、実はもうひとつ、広く知られている手があった。
『ピストル』だ。
グー、チョキ、パーの三つの要素を含んだピストルは、相手がどんな手を出してこようと絶対に勝てる。
真剣勝負の時にピストルを使うような恥知らずは普通いないし、いてもやり直しを要求されるだけだろう。
だが、私は探偵だ。
相手が何を言ってこようと勝ちは勝ち。今まで文句を言ってきた全ての人間を言葉で叩きのめし、強引に勝利を認めさせている。
交叉法なんて使っているようなぬるいユーザーなど良いカモにすぎない。
――さようなら、ケント。
――永遠に。
「ジャンケンポン!」
掛け声とともに、お互いの拳が振り下ろされる。
私の手は『ピストル』、そしてケントの手は――『ピストル』!?
「鋼さん、あなた、私のことを侮っていたでしょう?」
「……」
「素人だと、交叉法なんかをいまだに使用している愚か者だと」
「……」
ああ、そうだ。
一見温和そうに見える性格から誤解していた。
こいつは羊だと、勝負に運を持ち込むような救われない雑魚だと。
でも違った。
こいつは、蛇だ。
人を騙し、食らう、蛇っ……!
「事前にあなたの事は調べさせて貰ってるんですよ。あなたが有名な『ピストル使い』だってこともね! いくらあなたでも同じ手を出した相手を負けだと言い張るつもりは無いでしょう?」
「……」
勝ち誇ったように語り続けるケント。
なるほど、確かに彼は、一撃必殺とさえ呼ばれた私の一撃を防いだのかもしれない。
だが、甘い。
その気になれば私は負けていても勝つことが出来る。日本語がおかしいが本当に出来るのだから仕方ない。
蛇には、探偵を殺せない。
「さあ、鋼さん、いや、地獄極楽鳥鋼! 宇宙最強と名高いジャンケンの使い手よ! 今こそ私があなたを倒し、ジャンケン王になってみせりゅっ!」
「……言いたいことはそれだけか」
「え?」
いいところで噛んでちょっぴり赤くなったグレイ(可愛くない)に、私は辛らつな言葉を放つ。
「ペラペラとまあ恥ずかしげも無く語ってくれましたね。あなたはすでに敗北しているというのに」
「ど、どうしてですか? どうみてもあいこでしょうっ!」
「本物の王者は沈黙し、ただ結果のみを示すのですよ」
私はそう言って、隠していた左手をケントの前に突き出した。
「なっ――――――!」
現れた左手。その形は、右手と同じ『ピストル』。
そう、つまり――
「《ピストルは二つある》」
「あっ……あっ……うわああああああああああああああああああああああああっ!」
絶叫し、崩れ落ちるケント。
無理もなかった。人は未知のものを見ると恐怖する、ケントが見た私の戦術は、彼にとって不可解なもので、脳が理解することを放棄したのだろう。人じゃなくて宇宙人だけど。
「筋は悪くありませんでした。あと百年、修行を積めばかなりの使い手にはなれるでしょう。ま、それでも私には勝てませんが」
「……うぅ」
「相手が悪かったと思うんですね。あと技の解説はやめたほうがいいですよ。みっともないですから」
最後にそう忠告し、丸くなっているケントにサッカーボルキックを決めて室内に押し込んだ。私も続いて部屋に入る。
鉄臭い廊下と違って、華麗なる香りがする。カレー臭だ。室内にはカレーの匂いが充満していた。朝から何も食べてないのでおなかすきました。
室内はいわゆる円卓会議室。テーブルが円形に並べられていて、様々な姿のアウトオブヒューマンどもが席についていた。意外に人間タイプが多い。
テーブルの一角には美味しそうなカレーライスが置かれている。あれが匂いの元か。
私の入室に気付き、先に部屋に入っていたMJが手招きをしてポンポンと自分の隣の席を叩く。愛い奴だ。私はそれを無視して一番奥にあった上座に堂々と座った。MJ涙目、ぷぎゃー。
周りの宇宙人も私の覇気に騒然としている。頭が高い! 王の御前ぞ! ここは一発かましてやろうか。
「やあ皆さん、こんにちは。宇宙皇帝こと地獄極楽鳥鋼です。今日は皆さんにありがたいお話をしてあげようと思い、ここに集まってもらいました」
そう言って、私は近くにあったホワイトボードに『人』という字を書く。
「地球にはイケメンにチーズバーガーをぶつけると死ぬという噂があるのですが、先日それを実行してみました。あ、関係ないんですけど、ハンバーガーショップでスマイルを何百回も注文すると怒られるみたいですので、皆さんも気をつけてください。それで、チーズバーガーをテイクアウトした私は、バレない様に近くの高層ビルの屋上に昇って、下界にいたイケメンの皆さんにチーズバーガーを投げつけてやったんです」
「それは興味深い、どうなったんですか?」
ジャンケンの敗北から立ち直ったのか、MJの隣に座ったケントが尋ねてくる。
ちょ、ちょ、ちょ、そこは私の特等席だよ? 何してくれちゃってんのこのエイリアン。座る場所が無いなら廊下に立ってなさい!
「こう見えて私は選手時代にコントロール抜群の投手として鳴らしてまして、屋上から投げつけたチーズバーガーはイケメン達の頭部にクリーンヒット、頚部に多大な損傷を与えて病院送りに成功。ちょっとしたニュースにもなったんですよ? 無差別チーズバーガー狙撃事件。犯人はまだ見つからないそうです。……それで、実験の結果、残念ながらイケメンにチーズバーガーをぶつけると死ぬいうのは嘘だという事がわかってしまいました。正確には死亡ではなく重態でしたね。ダブルチーズバーガーなら結果は違っていたかもしれないので、今度試してみるつもりです」
パチパチパチパチ。
私の偉大な発表を聞いた宇宙人たちは感嘆の声を洩らし、拍手をした。慌てて今の情報をメモする者や、通信機らしき物を取り出し、どこかに連絡を取っている者までいる。
「ご清聴、ありがとうございました。これで私の話は終わりです。よって本日の会議はこれで終了、お疲れ様でした」
ふー終わった終わった。今回の事件は短かったな。過去最速かもしれない。
帰ってスクライドでも見よーっと。