チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[22517] 探偵・地獄極楽鳥鋼の超時空事件簿 宇宙編 (不条理ミステリー)
Name: root25◆370d7ae2 ID:0593a267
Date: 2010/10/19 19:58



登場人物







地獄極楽鳥鋼(じごくごくらくちょう・はがね)    探偵。人格破綻者。

舞蹴寂聴(まいける・じゃくそん)            通称MJ。鋼の助手。

ケント                             パランボロン星人。         

マックス                          パランボロン星人。ケントの弟。 

プテラノドン                        レプティリアン。ケントの秘書。

PCPI                              金星人。

※※※                            クリミナル。 

ラ・ル・ル・ル・ル・ルラ                 プレアデス星人。        

グーグーハミット                      火星人。            

ソラマリー                         スクラップ。

ヨハンシュトラウス13世                 ターメリック星人。

ロベルタ                          メイドロボ。










[22517] 一日目・前編
Name: root25◆370d7ae2 ID:0593a267
Date: 2010/10/14 20:08



探偵の朝は一杯のコーヒーから始まる。
ミルクや砂糖なんてもってのほか、ブラックもブラック、どぎつい奴を無理矢理胃袋に流し込むのが一流の探偵に相応しい飲み方だ。
私はたんぽぽを適当にお湯で煮詰めたものを口にした。いわゆるたんぽぽコーヒー。材料はそこら中に生えてるのでタダだ。

「マズッ!」

土の味しかしない。私はたんぽぽコーヒーを捨て、冷蔵庫にストックされている豆乳を手に取り、所長席の回転椅子に座った。
そして優雅に豆乳を飲む。

「ゲロマズッ!」

絵の具の味がした。どうやら何者かの手によって豆乳の中身がすり替えられていたようだ。
普段から飲みなれている物を毒物とすり替えて私の命を狙ってきたらしい。

そう、名探偵であるこの私の命を。

これは犯人の私に対する挑戦だろう。
いいさ、その挑戦、受けてやる。事件解決率100%、名探偵・地獄極楽鳥鋼を甘く見てもらっては困るからな。

私は椅子をくるくると回転させながら推理モードに思考を切り替えた。

ちなみにこの回転椅子は探偵七つ道具の一つ『地獄のメリーゴーランド』。使用すると気分が悪くなる、長年愛用してきた頼れる相棒だ。
仕事場であるこのオンボロ事務所は、身内以外の人間が侵入してくると自動的に排除する仕組みになっている。もちろん依頼人にも容赦しない。
つまり、他に誰も入ってこれない以上、豆乳を絵の具が混入された水とすり替えた犯人は、私の好物を熟知した身内の中にいるという事になる。
現在この事務所にいるのは私と、私の助手であるMJの二人だけ。よって犯人はMJに決定された。

――だが、本当にそうなのか?

私は自分の導き出した答えに違和感を覚えた。

MJはアホの子だ。

こんな高度な犯罪がはたして彼女に出来るのだろうか。いや出来ない。
彼女の頭にはいつもお花畑が満開で、ミステリーに関しての知識はそれなりにあるのだが、それ以外がさっぱり駄目だ。
この間も外を歩いていたら「あははーチョウチョだー」とモンシロチョウをふらふらと追っかけていき、その数時間後に「迷子になっちゃったよー」と私に電話を掛けてきた。
一緒にチョウチョを追いかけていた私が隣にいるにもかかわらず、だ。

――犯人は、他にいる?

その重要ポイントに気付くとIQ220ぐらい有ったらいいなと思っている頭脳がフル回転を始めた。私に不可能は無いのだ。

「……そうか、わかったおえっ!」

椅子を回転させ過ぎたせいで吐きそうになった。名探偵にあるまじき失態だ。私は回転を止めて心を無にする。
……落ち着け、素数を数えるんだ。

1、1、2、3、5、8、13、21……。

一心不乱に数字を数えていると、喉の辺りまでせり上がっていた混沌としたナニカがあるべき場所に戻っていく。

ありがとう素数! 便利だぞ素数!

素数のおかげで落ち着いた私は、いよいよ解決編へと向かう。私を毒殺しようとした犯人を暴くのだ。
とは言っても、推理は単純なものだ。容疑者は二人しかいない。片方が犯人じゃないのなら、自動的にもう片方が犯人になるのだから。

MJが犯人ではない、という事はつまり――

「犯人は地獄極楽鳥鋼……あなたです!」

私は壁に設置されている等身大の鏡に向かって決めポーズをとった。
鏡にはコートを羽織ったツインテールの悪魔、今世紀最大の美少女、鋼ちゃんの姿が映し出されている。彼女は私に指を指されて苦々しそうな表情をしていた。

「鋼さん。あなた昨日、お腹の調子が悪かったみたいじゃないですか。慌ててトイレに駆け込む姿を目撃しましたよ?」

ホント勘弁してほしい。殺せ! 殺してくれ! 生まれて初めてそう思った程の苦しみだった。

「そ、それはっ、フェイスハガーが私の体内にエイリアンの幼虫を植えつけたから……」
「しらばっくれないでください! 私は全て知っています! あなたがMJを驚かせるために、好物の豆乳を全て飲み干し、毒物とすり替えた事をね! 腹を壊したのはそれが原因でしょう!」
「ぐっ……」
「腹痛のせいで本来の目的をすっかり忘れたあなたは、すり替えた豆乳を気づかずに飲んでしまった。これが、事件の真相です……」

すれ違いから起きた事件。あの時ああしていれば、こうしていれば……。
後悔しても、もう遅い。誰が悪いわけでもなかった。あえて言えば頭が悪い、そんな、悲しい事件。

「わ、私がどうやってすり替えたって証拠だよ!」

私に真実を暴かれた私は往生際が悪い事に意味不明な日本語で証拠の提出を求めてきた。そこは自供してくれないと困る。
こうなったら奥の手発動だ。

「破ぁっ!」
「うわあっ!」

霊力を込めた私の一喝によって私は吹き飛ばされた。寺生まれって凄い、そう思ってしまうほどの一撃だった。

「証拠? 証拠ですって? 甘えるな! そんなに証拠が欲しいなら自分で探せばいいでしょう!」

この台詞は使えるな。メモしておこう。私は常に自己研鑽を絶やさないのだ。

「そ、そんな無茶な」
「あなたたち凡人はいつもそうだ、二言目には証拠証拠ーショコショコショーコーって、テーマソング? それテーマソングなの? 本当に大切な物が見えていれば、証拠なんて必要ないのに。素人にはそれがわからない。名探偵が犯人だって決めた相手は結局みんな捕まってるでしょう? あなたたちを納得させるためにわざわざ証拠を用意してあげる苦労も知らないで、勝手な事ばかり。私たちが正義なんです。私たちが神なんです。探偵が犯人だと言ったら犯人、もうそれでいいじゃないですか。途中過程をすっ飛ばしてもいいじゃないですか。そもそも」
「はーちゃんおはよー」

私が私を言いくるめようと四苦八苦していると、ようやく目が覚めたのかMJがやって来た。

初めて私の著作を読んだ人のために説明しておこう。この子の偽名は舞蹴寂聴、通称MJ。私の幼馴染にして助手である。
彼女は頭にヨーグルトでも詰まってるんじゃないかと思うぐらいパッパラパーな女の子だ。でもそこが可愛い、見た目も超可愛い、あと背が高い。はい説明終わり。

「おはようございますMJ。豆乳飲みますか? おいしいですよ」
「えー。それ昨日はーちゃんが絵の具の水と交換してた奴でしょ? いらなーい」

見られていた!
MJは私オススメの豆乳を無視して冷蔵庫に向かっていく。きーっ! くやしいっ!
だが無駄だ、さっき見たが冷蔵庫の中にはこの豆乳一本しか入っていなかった。
狡猾な私のことだ、意地でもMJに豆乳を飲ませるために他は全部処分したのだろう。結局失敗したけど。

「あれれー、おかしいぞー? 冷蔵庫に何も入ってないよ」

計画通り、妙に癇に障る声でMJが辛い現実を直視していた。

というか私にとっても辛い現実だった。

「じゃ、買い物にでも行きましょうか」
「そうだね、はがねーちゃん」
「その呼び方やめてください」

私とMJは普段着がコートなのですぐに外出可能だ。今は4月なのでまだ大丈夫だがこれが夏場になると地獄のような暑さになってくる。探偵とは厳しい職業である。

ちなみに私たちの職場『ヘヴンズスカイ探偵事務所』は三階建てで、一階に駐車場、二階に事務所、三階に私とMJが潜む部屋がある。
以前はビルのテナントを借りていたのだけど、副業でやっている作家で大儲けしたため新しく建てた。
その時は雰囲気が欲しかったのでわざと古びた建物風に作らせたのだが、今は猛烈に後悔している。私は愚かだったのだ!

「先にファミレス寄って行こうよ。お子様ランチ食べたい」
「そういや朝メシ食ってませんね。いいですよ」
「わぁい!」

童女のような喜び方をしたMJを引き連れて事務所から出る。ファミレスまでは普通なら20分は掛かるが、近道を歩けば半分の時間で済む。
これ重要な情報だから覚えておいた方がいいよ。後でこんなこと書いてあったのかとか言われても困るから。
何なら傍線でも振っておこうか? ああなんて親切な私。伏線をわざわざ読者に教えるなんて、並みの探偵には出来ない所業だ。

「キィ―――――――ン!」
「ホホホ、元気な童じゃのう。あまりはしゃぐでない」

両手を広げながら道路を走るMJを嗜めつつも、裏道を進んでいく。
最初は順調かと思われた二人の旅路だったが、しだいに人気が少なくなり、見たことの無い場所に出てしまった。
おかしいな、データと違う。まさか、今この瞬間にも奴は成長していると言うのか?
やはり存在しない近道なんかに頼った私が悪かったのだろうか。いや、私は悪くない。悪いのはこの社会だ。そうに決まっている。

途方にくれた私は空を見上げた。
確か太陽を使って自分の位置を測定する方法があったはずだ。昔ガールスカウトになったつもりだった時期があったから知っていた。

「うおっ、まぶしっ!」

焦っていた私は肉眼で太陽を直視してしまう。馬鹿か。
仕方ないので別方向に浮かんでいた謎の円盤を使って位置を算出する事にした。

……。
……なんだ、アレ。

当然のように空に浮かんでいた謎の円盤は、徐々にこちらに近づいてきた。
最初に発見した時は一円玉ほどの大きさだったのに、今では東京ドーム一個分ほどにまで成長している。
ごめん、それは言いすぎた。本当はそこにある田中さんに生えてる杉の木と同じくらいの大きさです。

ゆるやかに接近してきた謎の円盤は私の頭上でストップする。

「え、なにこれ? ドッキリ?」

そして、困惑する私に向かって謎の円盤は緑っぽい光を放射してきた。

光に包まれる体。そして訪れる浮遊感。

重力によって人々は地上に縛り付けられているというのに、名探偵の私には神の定めた法則なんて通じないのだ。
……というか、これってもしかしてアブダクションなのでは? まさかストーリーの導入部分でこのような出来事に巻き込まれるとは。毛利のおじさんもビックリだ。

「うわーん! 助けてぇー! MJー!」

ただいま絶賛飛行中の私はなりふり構わず泣きながらMJに助けを求めた。
鋼ちゃんは勝つために手段を選ばない女なのです。勝利以外はゴミっ……! 皆平等に価値が無いっ……!

「むむっ、はーちゃんが私に助けを求めてる? いま行くよー!」

さっきまで私の遥か前方を走っていたMJは、途中で見つけたと思われる蟻の巣穴をじっと観察していたが、私の叫び声を聞いてすぐにこちらに向かって駆け出してきた。
その疾さ風のごとし、疾風迅雷のマイケルジャクソンの名に相応しき疾走だった。

あっという間に距離を詰めたMJはそのまま勢いを殺さずに跳躍、近くに立っていたビルを蹴り、三角跳びの要領で私の下にまで飛翔する。

やだ……かっこいい……。

胸キュン乙女モードになった私は、飛び込んできた麗しの騎士様に抱きしめられ、見事に宇宙から来た侵略者の手から無事救出――されなかった。

「あれ?」
「え?」

彼女の猛ダッシュによって生み出されたエネルギーは謎の光に吸収されてしまったらしい。
私に抱きついたMJは同じように空中でピタリと停止し、一緒にアブダクションなう。だう。

やだ……かっこ悪い……。

「……」
「……」
「はーちゃん、君を、助けに来た!」
「決め台詞で誤魔化さないでください」

ペシっ。

「あたっ」

思わずはたいてしまったが、一本でもニンジン、二足でも七面鳥。この後に待ち受けているのは宇宙人との戦いだ。
一人ぼっちの宇宙戦争を起こすよりも彼女が傍にいてくれた方がありがたい。ご褒美に撫で撫でしてやろう。

ナデナデ。

「ふひひ」

気持ち悪い声を洩らすMJを多角的に観察しながら、私たちは謎の円盤に吸い込まれていった。



◇ ◇ ◇



トンネルを抜けると、そこはSFでした。
無事にアブダクションを成功させた私たちは、ミッションに関わった仲間達に軽く手を振り、中で待ち構えていた二人の宇宙人と出会った。

一人(一匹?)はオーソドックスなタイプの宇宙人。灰色の肌、巨大な頭部に大きな目をしたリトルグレイ。
もう一人は、出来る女っぽい美人秘書風のショートカットの女性。おそらく人間に擬態してるんだろうが、私は騙されない。

「私達の船にようこそ、鋼さん。MJさん」

リトルグレイが話しかけてきた。
表情が変化しないので不気味どころか気持ち悪い。宇宙人なんて生で見るもんじゃねえな、と思いつつも、私はそんな思いを隠して友好的に接する事にした。

「ようこそじゃありませんよ。あなた達がどうかは知りませんが誘拐は地球では死刑ですよ。死にたいんですか? 殺しますか? 犯罪起こしておいてどや顔ですか? 喧嘩売ってますか? 大体あなた、顔が気持ち悪いんですよ。いかにもな宇宙人顔して、わーれーわーれーはーうーちゅーうーじーんーだーって言いたいんですか? そういうのは扇風機に向かって一人でやっててください」

おっと、少しツンデレ気味になってしまったか。しかもツンの比率が高い、これでは勘違いする事もできないだろう。
唖然としてしまったリトルグレイをフォローするために私はMJに目配せする。
MJはそれに気づき、何を勘違いしたのか頬を染めて俯いた。彼女にアイコンタクトをしても三分の一の確立でしか通じないのだ。

「た、確かにあなた達を拉致する形になってしまったのは申し訳ないと思っています。すいませんでした。しかし、地上で説得して断られると面倒くさいので、確実な方法をとった私達に非はないと思います。なにとぞ、なにとぞ、その辺りの事情を汲んでいただきたいと……」

チッ、うっせーな、反省してまーす。とでも言うかのように頭を下げて誠意の篭った謝罪をしてくるリトルグレイ。
どうやらこちらに対して敵意は持っていないようだ。傍にいる秘書っぽい女がじっとこっちを観察しているのは気に掛かるが。

改めて周囲を見る。

宇宙船らしく『いかにも』なハイテクっぽい内装。
壁にはわけのわからない模様が描かれており、ところどころに拳ほどの大きさの赤い球体が埋め込まれていて、それが単調なリズムで光っていた。謎だ。
私とMJが立っている場所は、これまた『いかにも』な転送装置の魔方陣の上。これを使って罪の無い生物をアブダってるのだろう。
装置を起動して地上に帰りたいが、どうも遠隔操作で動くみたいだ。今は激流に身を任せて同化するしかないか。

「それで、どうして私達を誘拐したんですか? 事と次第によっては新しい朝が来ないかもしれませんよ」
「あ、はい、実は……って、こんなところで説明するのもなんですから、場所を移しませんか?」
「私は一向に構わん」
「では、こちらへ……」

リトルグレイに促されるまま、私とMJは宇宙船の奥に進んでいく。
転送装置の部屋を出ると、それなりに広い通路に出た。
SF通路にはどこに通じているのかわからない扉が一定間隔に設置されていて、火星人やらリトルグレイやら人間やらの多様な宇宙人が忙しそうにあくびをしながらダラダラ歩いていた。
通路の壁にも先ほどの赤い球体が所々に埋め込まれている。ああいうのたくさんつけるセンスってどうなの?
宇宙市民の彼らは招かれざる客が珍しいのか、私とMJに気づくと、興味無さそうに素通りしていった。
まさに飛んで火にいる夏の虫、虎穴にいらずんば虎子を得ず。どっちやねん。

「はーちゃん。はーちゃん」
「ん?」

益体もない事を考えながら×ボタン連打でホバー移動をしていると、MJがくいくいと私の袖を引っ張り耳打ちしてくる。

「ふーっ」
「ひゃん!」

いきなり息を吹きかけてきた。意味がわからない。

ぺシッ。

「あたっ」

ジャンプしてMJの頭をはたく。彼女は奇行が目立つので、こうしてオシオキしてあげないとドンドン調子に乗っていくのだ。
しかし宇宙人に誘拐されたというのに変わらないなこいつは。王者の貫禄というか、キングレオというか、ジャングル大帝というか、ハクナマタタというか。

「どうかしたのですか?」

小声でMJに話しかける。

「うん、あの気持ち悪い宇宙人の人、いつ殺すのかなって」
「危害を加えてこない限りは放置でいいです。こんな経験は滅多に出来るものではありませんから、なるべく殺さない方向で」
「わかったよー」

私の助手であるMJ。彼女の役割は何かとピンチがつきものの探偵役――つまり私を外敵から守ることだ。そのためには殺しだって厭わない。
どうせ今この瞬間だって何人もの人間が死んでるんだ、一人や二人死人が増えたってバレやしない。

「あくまでなるべくです。少しでも不審な行動を取ってきたら、構いません。殺してしまいなさい」
「バラバラだね!」
「バラバラですね」
「……あの、全部聞こえてます」

リトルグレイが振り返り苦言を呈してきた。のびたのくせに生意気だ。
苦言なんて聞きたくない、欲しいのは糖度100%の甘言。悪いのは私を王様として認めた国民、そしてそれを利用する貴族達なのだ!

「そう言えば聞くの忘れてましたけど、あなたのお名前は何と言うのですか?」

リトルグレイのテルに訊ねる。
いや、こいつがグレイのテルだとすれば、隣の秘書はヘンゼルという事になる。ヘンゼルとグレイテル、グレーテルよりグレイテルの方が強そうだ。

「私はパランボロン星人のケントです」

ギルバートさんですか? ちがうよーそれケント違い。どうして宇宙人なのにアメリカっぽい名前なのだろう。
潔く名乗り出たケントは隣の秘書に目配せした。

「レプティリアンのプテラノドン。シクヨロ」

プ、プテラノドン?
ようやく言葉を口にした秘書さんはとんでもない名前だった、この二人はもしかして私をからかっているのだろうか。

「そもそも、何故お二人は日本語を喋る事が出来るのですか? 都合が良すぎるでしょう」
「秘密はこれです」

ケントは自身の腹の横についたポケット(!?)に手を突っ込み、気色悪い手のひらにこれまた気色悪いナニカを出現させた。

「これは?」
「しらたきです」
「……しらたき?」
「はい、このしらたきを食べると、意思を持つ生物なら自動的に自分の言語が相手の言語に、相手の言語が自分の言語に翻訳されて会話する事が可能になります。ちなみに醤油味で、結構美味しいですよ」

そう言って、ケントは焦茶色っぽいしらたきを頬張った。うえ……気分悪くなってきた……、宇宙人の食事シーンってちょっとしたグロ動画だわ……。

「はーちゃん。あれってドラ」
「ゴンクエストってゲームを考えた事があるんです。悪戯好きの狐・ゴンが山や川でサバイバルをしてレベルを上げて、最終的に猟師の漂(ひょう)を倒すって話です。ちょっと地味かなって思ってやめちゃったんですけど」
「RPGなの?」
「いえ、恋愛シミュレーションです」
「倒しちゃうんだ……」
「愛と憎しみは表裏一体と良く言いますからね。私は信じてませんが」
「信じてないのに使っちゃうんだ……」

MJは私を尊敬の眼差しで見つめてきた。よせよ、私に惚れると火傷するぜ?

「それでケントさん。言葉が翻訳されるのは分かったんですが、あなた方の名前が大変ふざけていらっしゃるのはどうしてなんだぜ?」
「そう言われましても。翻訳こん……しらたきが私達の名前に類似したものを勝手に選んでるだけでしょう。翻訳されたものが鋼さん達の耳に届く際にどう聞こえてるかなんて私達は知りませんし」

どういう理屈なんだろう、中にナノマシンでも入っているのかあのしらたきは。宇宙人の科学力ってすげーな。

「さて、到着です」

目的地に辿り着いたらしい。所要時間は大体5分って所か結構近いな。
眼前にあるのは今まで見かけた物よりも一際大きな扉。ケントが前に立つとその扉は自動的に開いた。

「中へどうぞ」
「いえいえ、そちらが先にどうぞ」
「いやー、そういうわけにはいきませんので、どうぞどうぞ」
「私はそういうの気にしませんから、どうぞどうぞどうぞ」
「いやそちらが」
「いえいえそちらが」

私とケントが押し付け譲り合いの精神を発揮していると、MJとプテラノドンがさっさと中に入ってしまった。
気まずい沈黙が広がる。こうなったら絶対にケントよりも後に入室せねば、探偵の沽券に関わる。
ケントも似たようなことを考えているのか、部屋に入ろうとしない。なんて宇宙人だ。こうなったらアレしかない。

「このままじゃラチがあきません。ジャンケンで決着を着けましょう」
「……そうですね。では最初はグーからスタートで」
「把握した」

馬鹿なエイリアンだ。世界一、いや宇宙一ジャンケンが強い私に勝てるとでも思っているのか。
手を交叉し、その隙間から何かを覗いているケントの姿を見て私はほくそえむ。素人め、と。

生意気なリトルグレイを叩き潰すために、私は戦闘開始の掛け声を発した。

「それじゃあいきますよ。さーいしょっはぐーっ!」

拳を振り上げる。
ジャンケンは『グー』『チョキ』『パー』の三種類の手で戦うものだと思われがちだが、実はもうひとつ、広く知られている手があった。

『ピストル』だ。

グー、チョキ、パーの三つの要素を含んだピストルは、相手がどんな手を出してこようと絶対に勝てる。
真剣勝負の時にピストルを使うような恥知らずは普通いないし、いてもやり直しを要求されるだけだろう。

だが、私は探偵だ。

相手が何を言ってこようと勝ちは勝ち。今まで文句を言ってきた全ての人間を言葉で叩きのめし、強引に勝利を認めさせている。
交叉法なんて使っているようなぬるいユーザーなど良いカモにすぎない。


――さようなら、ケント。

――永遠に。


「ジャンケンポン!」

掛け声とともに、お互いの拳が振り下ろされる。

私の手は『ピストル』、そしてケントの手は――『ピストル』!?

「鋼さん、あなた、私のことを侮っていたでしょう?」
「……」
「素人だと、交叉法なんかをいまだに使用している愚か者だと」
「……」

ああ、そうだ。
一見温和そうに見える性格から誤解していた。
こいつは羊だと、勝負に運を持ち込むような救われない雑魚だと。

でも違った。
こいつは、蛇だ。

人を騙し、食らう、蛇っ……!

「事前にあなたの事は調べさせて貰ってるんですよ。あなたが有名な『ピストル使い』だってこともね! いくらあなたでも同じ手を出した相手を負けだと言い張るつもりは無いでしょう?」
「……」

勝ち誇ったように語り続けるケント。
なるほど、確かに彼は、一撃必殺とさえ呼ばれた私の一撃を防いだのかもしれない。
だが、甘い。
その気になれば私は負けていても勝つことが出来る。日本語がおかしいが本当に出来るのだから仕方ない。

蛇には、探偵を殺せない。

「さあ、鋼さん、いや、地獄極楽鳥鋼! 宇宙最強と名高いジャンケンの使い手よ! 今こそ私があなたを倒し、ジャンケン王になってみせりゅっ!」
「……言いたいことはそれだけか」
「え?」

いいところで噛んでちょっぴり赤くなったグレイ(可愛くない)に、私は辛らつな言葉を放つ。

「ペラペラとまあ恥ずかしげも無く語ってくれましたね。あなたはすでに敗北しているというのに」
「ど、どうしてですか? どうみてもあいこでしょうっ!」
「本物の王者は沈黙し、ただ結果のみを示すのですよ」

私はそう言って、隠していた左手をケントの前に突き出した。

「なっ――――――!」

現れた左手。その形は、右手と同じ『ピストル』。
そう、つまり――

「《ピストルは二つある》」
「あっ……あっ……うわああああああああああああああああああああああああっ!」

絶叫し、崩れ落ちるケント。
無理もなかった。人は未知のものを見ると恐怖する、ケントが見た私の戦術は、彼にとって不可解なもので、脳が理解することを放棄したのだろう。人じゃなくて宇宙人だけど。

「筋は悪くありませんでした。あと百年、修行を積めばかなりの使い手にはなれるでしょう。ま、それでも私には勝てませんが」
「……うぅ」
「相手が悪かったと思うんですね。あと技の解説はやめたほうがいいですよ。みっともないですから」

最後にそう忠告し、丸くなっているケントにサッカーボルキックを決めて室内に押し込んだ。私も続いて部屋に入る。
鉄臭い廊下と違って、華麗なる香りがする。カレー臭だ。室内にはカレーの匂いが充満していた。朝から何も食べてないのでおなかすきました。

室内はいわゆる円卓会議室。テーブルが円形に並べられていて、様々な姿のアウトオブヒューマンどもが席についていた。意外に人間タイプが多い。
テーブルの一角には美味しそうなカレーライスが置かれている。あれが匂いの元か。
私の入室に気付き、先に部屋に入っていたMJが手招きをしてポンポンと自分の隣の席を叩く。愛い奴だ。私はそれを無視して一番奥にあった上座に堂々と座った。MJ涙目、ぷぎゃー。
周りの宇宙人も私の覇気に騒然としている。頭が高い! 王の御前ぞ! ここは一発かましてやろうか。

「やあ皆さん、こんにちは。宇宙皇帝こと地獄極楽鳥鋼です。今日は皆さんにありがたいお話をしてあげようと思い、ここに集まってもらいました」

そう言って、私は近くにあったホワイトボードに『人』という字を書く。

「地球にはイケメンにチーズバーガーをぶつけると死ぬという噂があるのですが、先日それを実行してみました。あ、関係ないんですけど、ハンバーガーショップでスマイルを何百回も注文すると怒られるみたいですので、皆さんも気をつけてください。それで、チーズバーガーをテイクアウトした私は、バレない様に近くの高層ビルの屋上に昇って、下界にいたイケメンの皆さんにチーズバーガーを投げつけてやったんです」
「それは興味深い、どうなったんですか?」

ジャンケンの敗北から立ち直ったのか、MJの隣に座ったケントが尋ねてくる。
ちょ、ちょ、ちょ、そこは私の特等席だよ? 何してくれちゃってんのこのエイリアン。座る場所が無いなら廊下に立ってなさい!

「こう見えて私は選手時代にコントロール抜群の投手として鳴らしてまして、屋上から投げつけたチーズバーガーはイケメン達の頭部にクリーンヒット、頚部に多大な損傷を与えて病院送りに成功。ちょっとしたニュースにもなったんですよ? 無差別チーズバーガー狙撃事件。犯人はまだ見つからないそうです。……それで、実験の結果、残念ながらイケメンにチーズバーガーをぶつけると死ぬいうのは嘘だという事がわかってしまいました。正確には死亡ではなく重態でしたね。ダブルチーズバーガーなら結果は違っていたかもしれないので、今度試してみるつもりです」

パチパチパチパチ。

私の偉大な発表を聞いた宇宙人たちは感嘆の声を洩らし、拍手をした。慌てて今の情報をメモする者や、通信機らしき物を取り出し、どこかに連絡を取っている者までいる。

「ご清聴、ありがとうございました。これで私の話は終わりです。よって本日の会議はこれで終了、お疲れ様でした」

ふー終わった終わった。今回の事件は短かったな。過去最速かもしれない。





帰ってスクライドでも見よーっと。








[22517] 一日目・中編
Name: root25◆df92673c ID:0593a267
Date: 2010/10/15 20:39



「ちょ、ちょっと鋼さん、勝手に終わらせないでくださいよ! 何しにここまで来たんですか!」

まとめに入ろうとした私にケントが難癖付けてきた。
ここに来た目的……なんだっけ。覚えてないので外部記憶装置のMJに聞く事にする。

「MJ、私は誰でしたっけ?」
「つーん」

む、MJさんはご機嫌斜めのようだ。さっきスルーしたのが原因だろうか。
まあ、たかが選択肢を一つ間違えただけだ、ルート復帰は容易い……はず。私の人生ゲームはゆとり仕様だからきっと大丈夫。
MJが『あなたと幼馴染みだっていうだけでも嫌なのに!』なんて言うわけが無い。
無いよね? そんな事言われたら泣いちゃうよ? いいの? 泣くよ?

「うぇえええええええええん!」 

あーあ、泣いちゃった。だから言ったのに。
私は限りなく透明に近いブルーの涙を流しながらもMJの様子を伺った。チラっ。

「つーん」

駄目だ、嘘泣きだとバレている。いつもならすぐに駆け寄ってきてよしよしと慰めてくれるのに。
滅多にこうはならないが、MJは機嫌が悪いと騙されにくくなるのだ。飴ちゃんあげれば機嫌は直るのだが、あいにく持ち合わせがない。どうしよう。

「あの、そろそろ本題に入ってよろしいでしょうか?」

困り果てた私に揉み手しながら訊ねてくるケント。しょうがない、MJの件は一時保留にするか。逃げたわけじゃないよ、後ろに進んでるだけだよ。本当だよ。

「フン、さっさと話せ。私達を誘拐した理由とやらをな」
「あ、覚えてるんですね。面倒くさい人だなぁ……」
「何?」
「い、いえ、何でもないです、はい。……そうですね、まずは自己紹介からしましょうか。先ほども言いましたが、私はパランボロン星人のケント、この宇宙船『アルカディア号』の船長です。パランボロン星人は宇宙人の中でも特に技術力が高く、地球の皆さんが見たら魔法としか思えない作品を生み出してきました。この船もその一つです」

けっ、自画自賛かよ、ナルシスト野郎が。銀河一の頭脳と美貌を誇る私でもさすがに引くわー。

「好奇心も旺盛で、母星から離れて他の惑星へ旅する事が多々あります。ここにいる皆さんを見てもらえばわかると思いますが、現在アルカディア号にはパランボロン星人の他にも色んなエイリアンが乗船しています。旅の途中で仲良くなった種族を乗せて一緒に旅をしているわけです」

ふーん、RPGみたいだな。表面だけ善人面して実は極悪人みたい奴を乗せたらどうなるのだろう。例えば私とか。

すまない。君達はもう手遅れなんだ。

「今まで特に大きな問題もなく、色んな星に訪れて友達の輪を広げて楽しい冒険をしてきた私達ですが、とうとう大事件が発生してしまいました。この地球に来てからというもの、乗組員達が一人また一人と殺され始めたのです」

へー、ほー。そうなんらー。ZZZ……。

「……高すぎる科学技術が仇となりました。私達が生み出した技術を使って犯行を隠匿しているため、犯人は確かに存在するのですが、それが誰だか特定出来ないのです」

じゃあくじで決めたら?
ジャンケンでもいいよ。

「そこで目を付けたのが事件解決率100%という脅威の数値を誇る史上最高の探偵、地獄極楽鳥鋼さん、あなたです。私達と違い推理という方法で犯人を見つけ出すあなたならきっとこの事件を解決できると思い、多少強引な方法になってしまいましたが船に誘致したというわけです。ちなみにもう地球の外に出ちゃいましたので自力脱出は不可能と考えてください」

なんだ、要するに事件解決の依頼か。それなら探偵ポストに依頼書を入れるのが筋ってもんだろう。失礼しちゃうわね、ぷんぷん。

「普段は犯罪が起きた時にどうしてるんですか?」
「下等民……地球人の皆さんと違って、私達の星には犯罪という概念がそもそもありませんでした。他の星の種族と交流してようやくそういうものがあると理解したわけですが、パランボロン星人と他の種族では科学技術に大きく開きがあるため、彼らが何かしても私達の道具を使えば犯人なんてすぐわかったんです。もっとも、この船に乗ってるのは気のいい奴らばかりなので、犯罪といってもせいぜい喧嘩か窃盗ぐらいしか起きないのですが」
「つまり、殺人事件の犯人は、パランボロン星人の生み出した道具を使って犯行を重ねているんですね? 道具は誰の手にも届くようになっているのですか?」

正確には殺宇宙人事件だが、長いので宇宙人を人扱いとして表記する。
宇宙人民の宇宙人民による宇宙人民のための政治とか表記されても読み辛いから。私は読者に気を利かせることが出来る探偵なのだ。

「そいういうわけでは無いのですが……正直、パランボロン星人は盗難に対する危機管理の意識が低いため、犯人と思われる人物に簡単に道具を盗まれてしまったのです」
「盗難の際の映像は……無いから苦労してるんですね。で、さっきから気になってるんですけど、ここにいる人たちは?」
「船に乗船している各種族の代表者達です。今は運命共同体ですので、重要な案件があるとここに集まり、お菓子を食べながらボードゲームをする決まりなのです」
「なるほど」

ま、事件の容疑者だろう。
犯人はこの中にいるはずだ、いないと話が成り立たないからな。というわけでこの場の全員を殺せば事件は解決。いやー楽な仕事だった。

「MJ! 食事の時間です、この場にいる全員を片付けてしまいなさい!」
「つーん」

駄目だった。はは……、今の私、ピエロじゃん。
白い目を向けてくる人外魔境どもの視線に切なさが炸裂。ばーか、冗談だよ。本気にした?

「ごほんっ、ま、それは置いといて、残りの人たちにも自己紹介して貰いましょうか。まずは、えーっと、プテラノドンさんでしたっけ、あなたからどうぞ」

私は右隣に座っている秘書型怪獣・プテラノドンに声を掛けた。

「わかった。レプティリアン代表のプテラノドン。ケントの秘書。テレパスで会話する。同属以外には効果が薄い。喋るの苦手。許してチョンマゲ」

クールな外見と違って中々愉快なお方だ。意外っ……!
テレパスとか簡単に使えちゃう宇宙人って凄いなぁ。レプティリアンって確か爬虫類っぽい外見だった気がするけど、やっぱ擬態なのか。
そうすると文字通り人の皮を被った爬虫類がつっかえつっかえ話そうとしてる事になる。ちょっと萌えるかも。……ばーか、冗談だよ。本気にした?

さて、次だ。
私はプテラノドンの隣に座っている和服のパツキンねーちゃんに視線を向ける。長い髪が美しい。

「金星人代表のPCPIだよ☆ ピーコって呼んでね♪ 生の探偵が見られるなんてピーコ感激です☆ きゅるる~ん」

いい笑顔だこと。
金星人。セーラ服美少女戦士で言えばヴィーナスだけあって、超美人だ。喋り方に目を瞑れば、美しい声がマイナスイオンとか発してプラシーボ的なヒーリング効果とかありそう。
金髪に和服ってたまらないよね。金星人は中に爬虫類が入ってるようなこともなかったから、素直に萌えていい……はず。
しかし、このキャラ作りは一体何なのだろうか、外見と合っていないにもほどがある。
あまりのあざとさに、MJでさえ失笑して腹を押さえながら床に転がりまわっているくらいだから相当なものだろう。発作でも起こしてるのか。

そんなMJを無視して、ピーコの横に座っているタコっぽい宇宙人が立ち上がった。
これは私も知ってるぞ。木星人だ。

「我輩は火星人代表のグーグーハミットである。気軽にタコ野郎と呼んでくれて結構。連続殺人犯には仲間が大量に殺されている。一刻も早い事件の解決を望む」

このタコ野郎!
あーそう、火星人ね、そうだったそうだった、確かこんな面だったわ。
思い出した。火星ってアレでしょ? なんか人の顔に見えるクレーターとかあったり、ウサギが餅つきしてたりするの。有名だよね。うん、ちゃんと覚えてる。良かった良かった。
タコ野郎は上から目線の喋り方だったが、言ってる事は結構まともだ。関係ないけどタコ焼き食べたくなってきたな、ビックサイズの奴。あー腹減った。
あそこに置いてあるカレー食べて良い? でも宇宙人が作ったカレーなんて何入ってるかわかったもんじゃないからなぁ。

飢えた野獣の目つきでタコ野郎を睨んでいると、その隣にいた黒尽くめの宇宙人が立ち上がった。
黒尽くめというか、黒い。コナンに出てくる全身黒タイツの犯人みたいな外見だ。顔ものっぺりとして何も付いていない。

「クリミナル代表の※※※だ。俺の※※※が※※※で※※※」

あ? なに? なんつった?
翻訳出来てねえぞ。しらたき仕事しろ。なんかR指定かかったみたいになってんじゃん。

「ケントさん。しらたきの効果が切れてるみたいですよ」
「気のせいです」
「なんだ気のせいか」

それでクリミナルの※※※さんでしたっけ? クリミナルって確か……おっと、ネタバレになってしまう。
良い子は和英辞典で意味を調べちゃ駄目だぞ。鋼お姉さんとの約束だ。ジャン、ケン、ポン! うふふふふふ。

「僕はプレアデス星人代表のラ・ル・ル・ル・ル・ルラと言います。美しいお嬢さん、良ければこの後、食事でもどうですか?」
「ピザでも食ってろデブ」
「……」

こいつも人間タイプの宇宙人だ。別に太っているわけではなく、長身でかなりの美形。その辺の女ならコロッと引っ掛かってしまうだろう。
僕と一緒にキャトルミューティレーシングしない? きゃー恐ろしい。展開だよ、展開。展開読まないと。
でもプレアデス星人なんて聞いた事ないな。人を喰ったりするかもしれないから出来るだけ接触は控えよう。

「次は私の番かな。地球人代表の舞蹴寂聴だよ。MJって呼んでね。趣味は生物の観察、好きなものは……お子様ランチ。嫌いなものは虹色の直方体、よろしくねー」

また人間タイプか、まあ観光に来てるんだから人に化ける必要があるのだろうけど、せっかく宇宙船に乗ってるのに人間ばっかってのもありがたみが無いな。
MJとかいう地球人はいつもみたいにニコニコ笑っている。どこかで見た顔だが……もしかして地球に下りてきた時に会った事があるのかもしれない。主に事務所とかで。

「僕はパランボロン星人のマックス。ケント兄さんの弟で、秘密道具開発の総責任者だ。本来同族を豊かにするために作られた道具なのに、それを悪用する犯人は絶対に許せない。鋼さん、どうにか犯人を見つけ出して欲しい。お願いします」

メガネだ。リトルグレイがメガネを掛けている。似合わねー。さすがに白衣は着てないが、科学者と言えばやはりメガネなのか。安易だ。
……ちょっと待てよ。考えてみたらこいつ何も服を着てないぞ、全裸だ! おまわりさーん! ここに変質者がいます! はやくきてー。
あまりに堂々としているから気がつかなかった。
兄弟揃って変質者とか随分と華麗なる一族ですね。あーカレー食いたい。

「犯人ねえ……まあ、気が向いたら見つけます」
「……? あなたは事件があれば嬉々として首を突っ込む狂人だと聞いているのだけど」
「それは普通の事件の場合です。今回はもう嫌な予感しかしないのでやる気が出ません、やるだけはやってみますけど」

すでにこの事件からは狂気の片鱗が見え始めている。
SFちっくな舞台では最低限守られているべきルールすら崩壊しているのかもしれないのだ。

「そんな弱気な事を言うナ。お前が頼みの綱なんダ」

ずっと気になっていたが意図的に無視していた人物が話しかけてきた。

いや、人物ではない。

掃除機だ。巨大な円筒のボディにホースをつけた掃除機が椅子に座っている。

「あなたは?」
「スクラップの代表、『ソラマリー』ダ。今回の事件ではオレの仲間も大量に殺されていル。許しがたいことダ……」

ゴミ……。他に言い様は無かったのか、可哀想だろ。
やっぱりSFにはロボットが付き物ですよね。良く見たらこの掃除機も星戦争に出てたR2なんちゃらに似てないことも……ない……し?
機械が殺されたって言っても実感わかねーな。自分の種族の被害に言及したのは火星人とスクラップの代表さんだけだが、他は大丈夫なのだろうか。
政治的な理由での殺人って嫌だなぁ、そもそも大量殺人犯って探偵の管轄外な気がする。警察はいないのか。

「……さて、これで登場人物は全員ですか? では今後の動きを――」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「ん?」

なんだろう、女の子の声が聞こえた気がする。いわゆる絹を引き裂いた音ってやつ、ビリビリーってね。つまり電撃使いの中学生がどこかに潜んでるってわけ、上から来るぞ、気をつけろ!

「そっちじゃないわよ、ここよ、ここ」
「ここですか?」

後ろを見る。

「違う!」
「ここですか?」

下を見る。

「そんなわけないじゃない、こっちよ、こっち!」
「お別れです。ぐう」

夢を見る。

「あんた絶対わかっててやってるでしょ!」

仕方がないので声がした方向を見た。
誰も座っていない席のテーブルに置かれたカレーライス。すきっ腹に響く美味しそうな匂いを放つそれが、カタカタと震えている。
え、ちょ、なに? ポルターガイスト? 事件は現場で起きてるんじゃない、会議室で起きてんだ!

「ターメリック星人代表のヨハンシュトラウス13世よ。人間のくせに私をおちょくるなんて良い度胸ね、でも、そういうの嫌いじゃあ無いわ、よろしくね」

嘘だっ!

思わずそう叫びそうになってしまった。だって喋ってるんだもん、カレーライスが。
別に宇宙人がどんな形態とってようがそっちの勝手だよ? でもこれは無いだろ……。なんで食べ物なんだよ。どうやって喋ってるんだよ。
移動はどうしてるの? 誰かに運んでもらってるの? もうやだこの船……。

「えーっと、ヨハンシュトラウス13世さん」
「ヨハンでいいわ」
「ではヨハンさん。ターメリック星人との事ですが、ここに来るまであなたのお仲間をちっとも見かけなかったんですが」
「ターメリック星人はこの船で私一人だけよ」
「そうですか。カレー臭すごいですね」
「それほどでもない」

カレーライスは意外に謙虚だった。一人で他の宇宙人溢れる船に乗るというのも凄いが、とりあえずこんなのが何体もいなくて良かった。宇宙船がカレー臭くなってしまう。

「さて、今度こそ物語の登場人物は全員揃いましたよね? では私は独自に動きますから、皆さんは解散してくださって結構です」
「よろしいんですか?」

ケントが尋ねてくる。

「各惑星の代表者なら色々と忙しいでしょう。個別に会うことはあるでしょうが、皆さんがこんな場所にいたって何も解決しません。むしろ邪魔です。消えてください」

せっかくこの船に殺人鬼が潜伏しているのだから、何人か殺されてもらって様子を見たほうが情報も得られるだろう。
酷い探偵だって? じっちゃんの名にかけてる探偵だっていつも手遅れになってから犯人を特定している事が多いし、探偵にとってこんな手法は基本中の基本なのだ。

「そ、そうですか。では皆さん。この場は解散という事で」

パン、パンと手を打ち鳴らしてケントがそう言うと、宇宙人の皆さんは不満そうに会議室から出て行った。ちなみにカレーライスのヨハンちゃんはぷかぷかと浮遊移動をしていた。忘れたい……。

残ったのは私とMJ、そしてケントとプテラノドンだけだ。

「とりあえず私はお腹がペコちゃんです。十二時になる前に早く食料を与えてください」
「ああ、はい。では着いてきてください。食堂に案内します」

宇宙人が集う食堂ってのも食欲無くしそうだな。

「ほら、MJ。いつまでも膨れてないで行きますよ」
「つーん」

うーむ。いつもなら怒りが三分程しか継続しないのに、今回はやけに長引いている。よっぽど腹に据えかねているのだろうか。
飴ちゃん以外で何かご機嫌をとる方法を考えよう。

「サガットのモノマネやったら許してくれますか?」
「……やってみて」

お、好感触。私は両手を突き出すようなポーズを取り、リュウのライバルである彼のモノマネをした。

「アイグー、アイグー」
「つーん」

駄目だった。

「じゃ、じゃあ次はガイルやりますから! これは自信作ですよ!」
「……」

MJは無言で『やってみろ』と顎を引いた。主従関係崩壊の危機は今そこに迫ってるんだってばよ!

「ソニックブーン、ソニックブーン、ソニックブーン、サマソッ!」

決まった。私は完璧に待ちガイルを演じきった。これならMJも満足だろう。

「つーん」

駄目だった。何が悪かったのか。ひょっとしたらMJは映画版の方を期待していたのかもしれない。
……困ったな。私はサガットとガイル以外のモノマネは出来ないし……。

いや、待て。まだアレがあった。

私はMJの傍から離れて、こちらを胡散臭そうな目で見ていたケント達に近づいた。

「ケントさん、何か相手を殺さない程度の威力が出せる武器とか持ってませんか?」
「威力が調節できる武器ですか? 電撃を発射するショックガンならプテラノドンに持たせてますが」
「それで良いです。ではプテラノドンさん、合図したら威力を最低まで下げて私に撃ってください」
「わかった」
「いやいや! 何をするつもりなんですか鋼さん!」

質問に答えず、私は再びMJの傍に戻った。

「今度はアレやります、アレ。きっとMJにも満足してもらえるはずです」
「……?」

疑問符を浮かべるMJの前に立ち、両手を広げた私はアイコンタクトでプテラノドンに合図を出した。
そして彼女が持つSFちっくな銃から飛び出した電撃が、私の体を貫く。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!」

なにこの衝撃!
威力最低限まで下げてって言ったよねぇ!? もしかして最低でこれなの!? 死ぬよ!
思いもよらないダメージを受けた私は、その場に倒れこんでしまった。

「は、はーちゃん! 何やってるの!?」

さすがに慌てた様子で、MJが倒れた私に近づき体を揺すってくる。計画通り……!
私は痛む体を起こし、MJの目を見つめて、必殺の言葉を放った。

「僕は! 死にましぇんっ!」
「……っ!?」
「あなたがっ、好きだから!」

ダンプカーだかロードローラーだかは無かったのでサイコガンで代用した、一世一代の告白。
MJはあまりにも格好いい私を潤んだ瞳で見つめてくる。それでいい。国宝級の命を危険に晒した甲斐があった。

「では、ご飯を食べに行きましょう。いいですか、MJ?」
「うんっ!」

腕に抱きついてきたMJを引き連れてケントの下に戻る。私にキツイ一発をくれたプテラノドンは今までと違い、こちらを熱いまなざしで見ていた。よせよ、私に惚れると(略)。

「今の。格好よかった。私。鋼のことがずっと好きになった」
「よせ(略)。ケントさん、水先案内人頼みます」
「茶番は終わったんですか」
「茶番言うな」

会議室から出て、サイケデリックな通路を進む私達。
先ほどは気にしていなかったが、すれ違う宇宙人達の中に機械類も混じっていた。お掃除ロボットか何かだと思っていたのだが、あれはスクラップという種族らしい。宇宙ヤバイ。

食堂までの道のりは大変長く、私達の冒険は一ヶ月にも及ぶ壮大なものになった。勇者・鋼に戦士・MJ、賢者・プテラノドンと宇宙人・ケントの四人パーティ。
王様が差し出してきた旅立ちの資金はその辺の子供のお小遣い並で、受け渡しの時に払いのけてやった。あの時の王様の顔は忘れない。
冒険は困難を極めた。
資金の無い私達はケントをマッドサイエンティストに売り払い、そのお金を元手にカジノに通い、セーブとロードを繰り返して国家予算ほどの金額になるまで遊び続けた。富が集中しすぎだろあのカジノ。
そして私達三人はカジノの近くに新生国家を樹立。
資金はカジノからいくらでも補充できるため、国民に掛かる負担も極限まで低く設定し、皆ニコニコ顔で末永く暮らしましたとさ、めでたしめでたし。

「ここが食堂です」

それは、食堂というにはあまりにも大きすぎた――なんて事もなく、宇宙船の大きさから考えれば妥当なもので、内装も地球で見たようなものと同じ感じだった。
とはいえ、多数設置されているテーブルに座っている面子はまさにカオス。人やらグレイやらタコやらなんやら。スクラップさん達もいた。

「食事と言っても、この船は色んな宇宙人種の坩堝なので、当然各々の好みも異なります。ですが、そこは我々の科学力でカバーしました。ちょっとこっちに来てください」
「なんですか」

言われたとおりにケントの後についていく。
案内されたのは場末の酒場に有りそうな作りの無人のカウンターだった。マスター、マスタードを一つ頼む、なんつって。……今のギャグは良かったな、持ちネタにしよう。
私が一人でクスクス笑っていると、無人カウンターの奥から、緑色の髪を持ち、耳にアンテナを着けた人型ロボットが接近してきた。どこぞの高校の制服が良く似合っている。
オー、ジャパニーズMOEロボット。ドジッコ! ドジッコ!

「彼女は私が作成したメイドロボのロベルタ、ここでの食事は彼女に頼みます。鋼さん、ジャパンの料理で何か良さそうなものはありませんか?」
「日本にはオリーブオイルという美味しい食べ物があります。私的ランキング星三つのオススメ料理です」
「じゃあそれにしますか。オリーブオイル一つ」
「肉」

慣れた感じで昼食を注文するケントとプテラノドン。
何故ロベルタが人型なのかは突っ込んじゃいけない雰囲気だ。ケントには早く人間になりたい願望でもあるのだろうか。さっきは下等むにゃむにゃとか言ってたくせに。

「私はお子様ランチちゃん!」

メニューを叫びながら元気一杯に大の字ジャンプをするMJ。落ち着きたまえ。

「カレーライスとヨーグルトサラダ。あと、女」

探偵はいかなる時もユーモアを忘れてはいけない。私はわりと最低な部類に入るジョークを放った。

「シャッチョーサン。ウチノミセジャオンナノコハアツカッテナイヨー」
「それは残念」

うわー、可愛い外見と違って凄い機械的な声だ。これがギャップ萌えなのか。

「デハ、C-1バンノセキデオマチクダサイ」

そう言うとロベルタは食堂の奥に引っ込んで行った。

「じゃあ行きましょう。C-1番席はあっちです」

促されるままケントに着いて行き、私達はC-1と書いてあるプレートの置かれたテーブルに座る。
椅子は2:2で向かい合って置かれており、私の隣にMJが、ケントの隣にプテラノドンが着席した。

「ケントさん、メニューに日本食があるってどういう事なの?」
「色んな惑星に訪れた際に現地のメニューが自動的に追加されます。私は新しく追加されたメニューを食べるのが楽しみで楽しみで」

オリーブオイルは食べ物じゃない。飲み物だ。

「それで、食事が出来るまで待ってればいいんですか?」
「いえ、このテーブルについた時点で勝負はもう着いています」
「え?」

疑問符を浮かべる私にケントはニィ、と気色悪い笑みを浮かべて見てきた。
お前はもっと自分の外見を気にしろ。黒い服を着たおじさんたちに連れて行かれちゃうぞ。2でいきなり消滅した1のヒロインみたいになってもいいのか。

「ワン、ツー、スリー!」

ケントは三つしか指のついていない手を出して、小憎らしい演出をした。
するとどうでしょう、私の前には美味しそうなカレーライスセット、MJの前にはお子様ランチ、プテラノドンの前にはホカホカの骨付きマンガ肉、そしてケントの前にはビンそのままのオリーブオイルが置かれているではないですか。

ていうか、ケントは本当にそれでいいの?

「パランボロン星人の科学力は宇宙イチィーッ! というわけでロベルタに注文したあとに指定された席に着くと、自動的に料理が出てきます。ね、簡単でしょ?」
「んー、ほーでふねー」

出てきたカレーを頬張りながら私は答えた。宇宙食という事で少し不安だったが、マズくない! けっしてマズくないぞ!

「あの、もっと驚いたりしないんですか?」

私の反応が不満だったのかケントが訊ねてきた。リアクションが欲しいなら若手芸人でも雇え。こっちはプロだぞ、大御所だぞ、偉いんだぞー、先生だぞー。

「探偵はどんな時でも平常心を保つ事が可能なのです。それを除いても転移装置なんて物を私達が誘拐された時に一度見てますから、驚愕するには値しないかと」
「あっ……」

盲点だったと言わんばかりに口をつむぐケント。自己顕示欲が強いエイリアンだこと。

「はーちゃん。はーちゃん」
「ん?」
「あーん」

私がケントに呆れていると、うるせぇ、エビフライぶつけんぞ! とばかりにニコニコしながらMJがエビフライを差し出してきた。
すっかり機嫌が直ったようである。おかずランキング上位クラスに入るそれを健気に捧げてくる姿に全私が泣いた。
惜しむらくはそれが半分食べかけだって事。これって間接キス……だよね? なーんてな、意地汚いぞMJ!

「もぐもぐ」

でも貰うけど。貰えるものならゴミでも貰え。これは私が掲げている探偵七ヶ条にも書かれているってばっちゃが言ってた。

「おいしい?」
「まだまだだね」

素直になれないツンデレな私は減らず口を叩く。ケントの言うとおりパランボロン星人の科学力はたいしたもので、ザリガニから伊勢海老の味を引き出すことも出来るらしい。
原材料不明な料理はジャンクフードで鍛えた私の舌を唸らせるものだった。
とてもそこでオリーブオイルを一気飲みしている宇宙人が生み出した技術とは到底思えない。いや、技術は弟が生み出したんだっけ?

「私もする。鋼。あーん」

プテラノドンが身を乗り出し、マンガ肉を手で千切ってこっちに差し出してきた。見た目は人間でも中身が肉食獣だけあってワイルドだ。ワイルドハーフだ。皮膚の腐敗処理ってどうしてるんだろう。そのうち匂ってくるとか嫌だよ。

「もぐもぐ」
「どう?」
「まずまずだね」

マンガ肉おいしいです。カップラーメンとかカップ焼きそばに入ってる謎の肉と同じ味がする。

「むー。はーちゃん、これも食べる?」

何か対抗心を抱いたのか、MJは食べかけのハンバーグを差し出してきた。そんなに惜しいなら無理しなくていいよ。

「もぐもぐ」

食べるけど。
そんな私を見て、またしてもプテラノドンが謎肉を捧げてきた。

「鋼。あーん」

それを見たMJが苦虫を噛み潰した表情でプリンを突き出してくる。

「はーちゃん。あーん」

これなんてエロゲ? 見た目だけは美少女の二人が私争奪戦しちゃってるよ。こういうの二次元の中だけの出来事だと思ってた……。
事実は小説よりも奇なりって感じだね! やめてー私のためにあらそわないでー。
このままだとほのぼのスプラッタな三角関係が生まれてしまう。そこで私は先手を打つことにした。

「1二香!」

サイ、お前打て。ひそかにそう呟いた私は、駒そのものを破壊する勢いで香車をテーブルに叩きつけた。いきなり始めるなんて卑怯だ? 馬鹿野郎! これが実戦だったらお前死んでるぞ!

「二人の気持ちは嬉しいけど……。ごめんなさい、私には好きな人がいるの。え? それは誰だって? うーん、本当は秘密にしたいんだけど、それじゃあ二人は諦めてくれないだろうから、特別に教えてあげるね。その人の名前は地獄極楽鳥鋼。強くて美しくて頭も良くてお金持ちのとっても素敵な人なんだ。きゃっ、言っちゃった! 彼女にはナイショだよ?」

もー、言わせないでよね、馬鹿っ。

私に好きな人がいると聞かされて、二人はがっくり肩を落として自分の食事を再開し始めた。残念、相手が悪かったな。
腹も満たされてきたし、そろそろ仕事でも始めるか。私はカレーを頬張りながらケントに尋ねた。

「さてケントさん。事件についてもう少し詳しい事が聞きたいです。話してください」
「……」
「ケントさん?」
「……」

様子がおかしい。いつのまにかケントはテーブルに突っ伏していた。

「ケントさん、どうしたんですか?」
「……」

テーブルと熱いベーゼをかましていると思っていたのだが、どうも違うみたいだ。ピクリとも動かない。
プテラノドンもケントの様子に気付いたのか、慌てて彼の体を揺する。そしてすぐに驚きの表情を浮かべ、私を見て、言った。

「し、死んでる……」





マジで?








[22517] 一日目・後編
Name: root25◆df92673c ID:0593a267
Date: 2010/10/19 20:01



これまでのあらすじ!



とある雪山のペンションに事件の匂いを感じておびき寄せられた私とMJ。
死体が消失した忍者に後頭部を強打された芸術家、内臓を抉り取られた貿易会社社長に片目が打ち抜かれたジャーナリストなど次々に被害者が生み出されていく中、私はある人物の証言に矛盾がある事に気付き、寒いから事務所に帰った。
あとケントとか死んだ。



「ほ、本当に死んでるんですか?」
「うん。死んでる。ケント。息してない」
「ほ、本当の本当に死んでるんですか?」
「確実に死んでる。脈も止まってる」
「ほ、本当の本当の本当に死んでるんですか?」
「絶対に死んでる。体温も超低い」
「ほ、本当の本当の」
「ねえはーちゃん。引き伸ばしてないで、お医者さんとか呼んだほうがいいんじゃないかなー」
「それもそうですね」

鋭いなさすがMJするどい。長い付き合いだけあって私の作戦を見抜いているとは。

「ではプテラノドンさん、もう手遅れだと思いますけど、ケントさんを医務室にでも運んであげてください。さすがに医務室ぐらいありますよね?」
「……わかった。あなた達。二人だけになるけど。大丈夫? 迷ったりしない?」
「ええ、子供じゃないんですから心配しなくていいですよ。ねえMJ?」
「うん!」

この歳で迷子なんてあるわけない。ハハハ、そんな奴がいたら笑ってやろう。

「そうだ。これ。渡しておく」

そう言ってプテラノドンは私に『ようこそ、アルカディア号へ!』と日本語で書かれたパンフレットを渡してきた。

「この船のこと。色々書いてある。VIPルームの13番があなた達の部屋。マップは最後のページ」
「おお、ありがたや、ありがたや」
「じゃ。私はこれで」

死体となったリトルグレイを担いで食堂から出て行くプテラノドン。
彼女達が席から離れた時点でテーブルに載っていたオリーブオイルとマンガ肉の残りは消えていた。便利なシステムだな……って、証拠! それ証拠だから!

ま、いっか。

「いやー、今回は速攻で最初の犠牲者が出ましたね」
「案内人がろくに説明もせずに死ぬのもなんだかなー、って感じだね」
「死因は毒殺でしょうか」
「ナノマシンを使った遠隔殺人だったりして」
「それは……どうしようもないですね」
「SFだからねー」

やはり最大の敵はSFか。まずはパランボロン星人の技術で何が出来るかを探る必要があるだろう。ケントの弟であるマックスに尋ねればいいか。
私とMJはパンフレットを見て、アルカディア号の内部構造がどうなっているかを調べた。

「あ、はーちゃん。室内プールとかあるよ」
「ゲームセンターと駄菓子屋もありますね。スキー場も設置されてるみたいです」

中には『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』なんてのもあった。どんだけつまらなそうなんだ。ここにだけは絶対行く事がないだろう。

「どうなってるんだろう。他の惑星も日本と同じなのかな?」
「食事と同じように立ち寄った惑星の文化を取り込んでいるのかもしれません。無理矢理日本語に直した様な意味不明な施設もありますし」
「どんなものか気になるよね、そういうの。後で寄ってみようよ」
「いや、地球人が入ったら即死するような物騒な施設かもしれません。危険は避けるべきです」
「えー……。もっとチャレンジ精神持たないと。ガンガン行こうぜって感じでさ」
「三歩下がって師の影踏まずと言うでしょう。つまりそういう事です」
「ん? うん? わかったよー」

わかってしまったのか。

「この後の動きですが、まだ事件の全貌が掴めてませんので、情報収集をする必要があります。でもそれはとりあえず置いといて、駄菓子屋に行きましょうか」
「どうして?」
「特に理由はありません」
「ふーん。じゃあしょうがないねー」

本当は飴ちゃんを補充したいからだが、それは隠しておく。

「そうと決まれば、さっさと食事を片付けてしまいましょう。ニフラムっ!」
「ま、待ってよはーちゃん! はむっ、はふっはふっ、もぐっ」

速攻で昼食を食べ終わった私とMJは立ち上がり、食堂を出ようとして――

「っと、その前にやることがありましたね」
「なぁに?」
「現場検証です」

こういうのは警察の仕事だけど、いないのだから自分でやるしかない。、
私はケントの座っていた席に近づき、詳しく調べ始めた。
食堂の椅子は良くわからない素材で出来ていたが、座り心地は良く、使用者の身長にあわせてテーブルとの高さを調整してくれる優れものだ。

「これは……」

ケントが座っていた椅子の座面に何か置かれている。

画鋲だ。

セロハンテープらしきもので接着された、少し血のついた画鋲。血の色が青いのはやはり宇宙人だからか。
これに毒を塗った? しかし、私達がこの席に座るのなんてどうやって予想するんだ。それになぜケントはケツに画鋲が突き刺さったのに反応しなかったんだ?

「MJ、ピンセット」
「はーい」

すかさずMJは、探偵七つ道具の一つ『悪魔のピンセット』の箱をポケットから召喚し、手渡してくる。
私は箱に貼られている御札を剥がし、中のピンセットを取り出して証拠品の画鋲とセロハンテープを採取して、ジップロックに包み、近くにあったゴミ箱にピンセットごと投げ捨てた。

「じゃあ駄菓子屋に行きましょうか」
「ニッキ飴食べたいなぁ。買って買って」
「子供じゃのう、MJちゃんは」

日本円しか持ってないけど、これだけ文化を取り込んでるのなら多分使えるだろう。
いや、もしかしたらタダかもしれない。そうだったら次の旅のためにもガメツク買いあさっておこう。なにしろタダだし。

食堂を出た私達は赤い球体の輝くメキシカンな通路を進み、駄菓子屋に向かう。
MJはツンモードからデレモードに変わったためか、子泣き爺のごとく私の背中にべったり張り付いていた。重い。女の子は砂糖とスパイスで出来てるのー、なんて嘘っぱちだ。
身長差のせいでMJを床に引きずりながら歩いている私は、聖帝様にピラミッドを作らされている奴隷のようだった。

「はぁ……はぁ……」
「フレーッ! フレーッ! はーちゃん! 頑張れ頑張れはーちゃん!」
「ふぅ……ふぅ……」
「こっちをみろぉー、こっちをみろぉー」
「ひぃ……ひぃ……」

ふらふらになって壁に体当たりをしながら進んでいると、RPGで壁に何度も体当たりを仕掛けてバグを確かめているデバッガーの気分になってきた。
このゲームが体力の減らないシステムで良かった。
壁にトラップが仕掛けてある意地悪なゲームだって存在するこの世の中、生き抜くためにはちょっぴりの優しさとたくさんのお金が必要だ。所詮この世は銭ズラ……!
しばらくそうしていると、膝に掛かる負担も半端なくなってくる。
いつだったかウェイトリフティングでバーベルを頭上に持ち上げた瞬間、バーベルの重みに耐えられず骨が大変な事になって体が崩れ落ちる生涯のトラウマもんの動画見たけど、私もそうなってしまいかねない。
離せっ、離すんだMJ。このままだと鋼さんが死んでしまう!

「はーちゃん、重くない?」
「いや全然」

――と常人なら思うところだろうが、私は違う。一流の探偵は体も鍛えてあるので、MJの一人や二人背負った所で大して負担にもならないのだ。
信じる気持ちは無限のパワー。99%不可能な事は100%成功する不思議。

「MJもその体勢で足が痛くないんですか?」
「床がピカピカですっごい滑るから大丈夫だよ。私はこのままモップになりたい」
「そうすか」

MJの言うとおり床にはゴミ一つ落ちていない清潔さだった。
どういう原理だか知らないが、歩行者には摩擦力が発生するらしいが、そうでないものには摩擦力が発生しないらしい。
廊下では子供の火星人が触手を上手く使ってアイスホッケーしている姿がチラホラ見える。
全身黒タイツ姿のクリミナルもソリ無しボブスレーに夢中のようだ。己の体を駆使して廊下を自由自在に滑りまくっている彼らは、控え目に言っても馬鹿だった。通行の邪魔だよ。
最初に廊下を歩いた時にはこんな事は無かったのに、お昼ご飯を食べて元気百倍になっているからだろうか? もう少し常識を持ってもらいたい。
私は邪魔なクリミナルどもを蹴飛ばしつつも、駄菓子屋へのロードを進む。マップを見て場所を確認すると、どうも正反対の方向に来てしまっているようだが、名探偵なので気にしない。
八つ当たりのように地面を滑っているクリミナルにキツイ一撃をお見舞いすると、そのクリミナルは立ち上がり私と対峙した。

お、なんだ、やるのか? 

いいぜ、屋上へ行こうか……、久々にキレちまったぜ……。

「お前、確か鋼とか言ったな。いきなり何するんだ」
「……どこかでお会いしましたっけ?」
「何をすっとぼけている、さっき会議室で顔を会わせたばかりだろ」

こんな奇人――いや、異常者――いや、変態なんか私の記憶には残っていない。
もしかして前世系なのだろうか。
私が困惑していると、背中にへばりついてるMJが耳元に囁いてきた。

「はーちゃん。はーちゃん。クリミナル代表の『ピ――』だよ」
「ああ、あの放送禁止用語を連発していた人ですね」

クリミナルは全員同じ格好をしているので全く見分けがつかない。双子のトリックどころではない、種族総出で犯行計画を立てれば完全犯罪が出来そうだった。

「おいおい、失礼すぎるだろお前ら。俺の名前は※※※だ、『ピ――』じゃない」
「はい、『ピ――』さんですね。それで私に何か用ですか? こっちは秒刻みでのスケジュールが入ってるので無駄な時間は取りたくないんですけど」
「……。用も何も、突然蹴ってきたのはそっちじゃないか。どういうつもりなんだ?」
「それはこっちの台詞ですよ、そっちは楽しいのかもしれませんが、廊下で滑ってるあなた達は通行妨害以外の何者でもありません。両親から人の気持ちを考えられる大人になりなさいと言われなかったのですか?」
「クリミナルが午後1時から午後2時の間に『※※※の儀式』を行なうのは周知の事実だろう? そっちこそ廊下を歩くなとは言わないが、蹴ったりする事は無いじゃないか」

知らんがな。
これがカルチャーギャップというヤツだろうか。宇宙人と探偵の間には深くて広い溝があるらしい。

「じゃあ、あの火星人の子供達も何かの儀式をしているんですか?」
「いや、あいつらは遊んでいるだけだ」

お前らの儀式とやらも遊んでいるようにしか見えないよ。

「はあ、もういいです。今度からは蹴りじゃなくてキックにします」
「うん……? ま、わかってくれればいいんだ」
「そうですか。では、せっかく会ったのですから、事情でも聴取しましょうか。MJ、椅子」
「はいはーい」

そう言うとMJは地面に四つんばいになり椅子の体勢を取った。私はその背中に腰を下ろす。

「さて、『ピ――』さん。私達は探偵としてこの船に呼ばれたのに、何一つ事件の詳細を知りません。ケントさんが死んでしまったからです。地球に来てから連続殺人は始まったらしいですが、そこんとこ詳しく」
「え? 何だって? ケントが死んだ?」

※※※は私が開発したMJ型の椅子に驚き、私の話の内容に驚き、私という存在の崇高さに驚き、自分がどれほど矮小な存在だったのかに驚き、とうとう驚き疲れて死んでしまった。

第二の犠牲者誕生だ。展開が超スピードで鋼ちゃんビックリしちゃう。

「ケントの事なんてどうでもいいです、デリカットにでもなりたかったんでしょう。それで、最初の事件はどんな風に起こったんですか?」
「あ、ああ。最初の事件な。あれは確か※※※が※※※だった時だ、普段から※※※は※※※に苛立っていたらしく、我慢できなくなった※※※はついに※※※を※※※してしまったんだ。つまり犯人は※※※だ」
「おいちょっとカメラ止めろ」

※※※がモザイクの掛かった言葉を次々と紡ぎだすが、何を言っているのか全くわからない。何かとんでもない事を言っているような気がしたがわからない。

「あなた、ちゃんとしらたきを食べたんですか?」
「なんだよ。翻訳しらたきなら毎日朝起きてすぐに食べてるぞ。あの味わいはどんなヤツでも虜にしちまうからな。俺も例外じゃない」

ふむ、ではクリミナル語が日本語に変換される時に何らかの不具合が起きているのだろうか。ありえない話ではない。
仕方ないな。若干の不都合は無視しよう。

「火星人とスクラップの方々が重点的に殺されているらしいですが、クリミナルはどうなんですか?」
「今のところ一人も死んでいない。他種族では一人しかいないヨハンを除いて、どこも何人か被害を受けているらしい。うちは運が良かったんだな。ちなみに犯人は※※※だ」

怪しい……。あのカレーライスはともかく、クリミナルは多数見かけたがこいつらだけ被害を受けていないなんて、犯人ですと白状しているようなものだ。

「種族間の仲の良さってのはどうなってるんですか?」
「一緒に旅をしているんだ、特別仲が良いところはあっても悪いところは無いな。ケントの秘書をプテラノドンがやっているように、パランボロン星人とレプティリアンは仲が良い。話は変わるけど犯人は※※※だ」

そうか? あの二人はそんなに仲が良さそうには見えなかったけど……。

「地球に来てからどれくらいの時間が経ってます?」
「一ヶ月ぐらいだ。その間に出た被害者は百名を超えたらしい。犯人の※※※が大奮闘してるんだな」
「どうして地球から離れないんですか?」
「殺された被害者はパランボロン星人の開発した特別製の銃で粉々にされているんだとさ。死体が残らないんで当初は行方不明だと思われていたから、それでずるずると滞在期間が延びちまったんだ。ま、結局この船の艦長はケントだから、奴に何か考えがあったのかもしれん。それに犯人は※※※だし……」

それもそうか。だがケントは既に死んでいるので真相は闇の中だった。

「犯行場所は?」
「犯人の※※※は場所を選ばない。犯行場所はこの船の全てと言って良いほどバラバラだ。そこから手がかりを掴むのは無理だろうな」

うーん。手ごわい相手だ。目的も見えないし。
これ以上被害者の出ていないクリミナルに話を聞いていても収穫はなさそうだ、さっさと駄菓子屋に行ってうまい棒コーンポタージュ味を大人買いしてこよう。

「最後に、あなたは誰が犯人だと思いますか?」
「※※※だ」
「そうですか、突然こんな事を聞いてもわかりませんよね。MJ、ハウス!」
「ほいほーい」

私が立ち上がりそう言うと、MJは現在のハウス――私の背中にまたへばりついた。

「では、これで私達は失礼します。さようなら『ピ――』さん」
「じゃあねー」
「わかった。また何か聞きたいことがあれば遠慮なく尋ねてくれ。俺は犯人が※※※だと知っているからな」

犯人みたいな格好をしているのに、意外に※※※は話の通じる人物だった。
再び廊下を滑りだした彼の姿を見届けて、今度こそ私達は駄菓子屋へと向かった。



◇ ◇ ◇



数時間後、アルカディア号を彷徨い続けた私とMJはついに目的地に到着した。
長い間私におんぶされ振り回されたMJは遠心分離され、MとJになって私と融合していた。地獄極楽鳥・M・鋼Jr。最高にイカスネーミングだ。
さて、問題の駄菓子屋は老朽化が進み今にも崩れ落ちそうなその外観をしていた。『おいでやす』と書かれた看板が哀愁を誘っている。
店の外には何に使うのかわからないオモチャの類が飾られていた。1/100パランボロン星人フィギュアなんてものまである。まさに誰得商品。
私はそれを誰かが間違って購入しないように他の商品の奥に隠して、店内に入った。

「いらっしゃいませ☆」
「おや、あなたは……ピーコさん」

駄菓子屋には寿命間近の爺さん婆さんがセットでついてくるのが常識だが、さすが宇宙駄菓子屋。そんな常識は通じなかった。
カウンターの奥ではパツキン和服美人のねーちゃんがお茶をすすっていた。金星人のPCPIだ。彼女がこの駄菓子屋の店長らしい。

「金星人の代表なのにこんな所で油売っていていいんですか?」
「お仕事はファンの皆がやってくれるから、ピーコはいつも暇なのです☆ だからこうやって趣味で駄菓子屋を開いてくつろいでるの♪」
「ぷっ」

なぜかMJが噴き出していた。
彼女はこの金星人の存在がツボに入ったらしい。難儀な奴。しかし、ファンと来たか。
もしかして金星人は傀儡政権なのだろうか。彼女のキャラが真なのか偽なのかで大きく変わってくる。

「私達の他に客がいないみたいですけど、あまり繁盛していないのですか?」
「そうだね、最初はピーコの星の皆が来てくれてたんだけど、ピーコは他の星の皆にこそ駄菓子屋の良さをわかってもらいたかったから、出禁にしたの☆ お客さんはたまに来るけど、繁盛してるってわけでもないかなぁ。しくしく」
「金星にも駄菓子屋の文化があったので?」
「ううん、ピーコは昔から地球、特に日本が好きで、宇宙にももっと日本の文化が広がれば良いと思ってるんだ☆」

可愛い。
あざといとわかっていても、凄まじい美人が可愛らしい喋り方をしているのはかなり萌える。

「ピーコちゃんは日本マニアなんだね。私はおすぎにはなれないけど、それでも友達にはなれると思うんだ。仲良くしてね」

珍しくMJが能動的に動いている。よっぽどPCPIが気に入ったのだろうか。

「はぁい。ピーコも日本人の方と友達になれるなんて嬉しいです☆ こちらからもお願いします♪」

固く握手をする二人。私はあくびをしながらそれを見ていた。

「キャッキャ」
「ウフフ」

桃園の誓いを交わした二人は私そっちのけでお喋りをし始める。
やれ今日の天気がどうの、ここが変だよ地球人! がどうの、金星人が選ぶマイベストブック百選がどうの、タラタラしてんじゃねえよの食い合わせの悪さがどうの、それはそれは楽しそうに。

あ……れ……? 

もしかして、これってNTR? PCPIにMJをNTRされたの? MJD?

「MJ! ハウス!」

半ば絶叫するように放たれた私の言葉は、しかしMJには届かなかった。
今の彼女はPCPIとシークレットガーデンを形成しており、外部からの音を遮断中だ。
敗北感に打ちのめされた私はその場から離れて買い物籠を手に取り、店内にあった駄菓子を次々と放り込んでいく。べ、別に悔しくなんてないんだからねっ。
そして飴ちゃんをフルーツバスケットにたくさん詰め込んだ私は外に出た。先ほど隠したケント君人形を買うためだ。
誰得商品だと思っていたが、よく考えればあの手の人形は、子供の無邪気で残酷な遊びで破壊されるという重大な役割を担っているのだ。
まあ私は子供じゃないからそんな残酷なマネはしないけど、何かの拍子で手が滑って……ということもありえる。
テーブルの裏に貼り付けていたケント君人形を回収した私は、すわ戦争かという勢いで店内に戻ろうとして――気付く。

何者かが、こちらを見ている事に。

もうめっちゃ見てる、ガン見だ。私は視線の元となっている人物に目を向けた。

「あっ……」

思わず、手に持っていた買い物籠を取り落とす。
創作物に良くある事だが、人はあまりにも美しいものを見ると、それに見蕩れて動きがとれなくなってしまうという。
所詮はお話、現実にそんな事あるわけないとタカをくくっていたが、私は今まさにそんな状態になってしまっていた。全身をショックガンの電撃で貫かれた気分だ。

視線の先、そこにいたのは一人の美少女。

美しい黒髪をツインテールに纏め、縁の薄いメガネを掛けている。
身長は私と同じくらいで、服装も厚手のコートと重なっていた。

PCPIも絶世の美女と言っていいが、彼女はそれを遥かに超えていた。『美』という言葉では不足するほどの絶対的な『美』。見ているだけで目が潰れてしまいそうになる。
こんな美少女がこの世に存在していいのか? 私は自分こそがこの世で最も美しい存在だと思っていたが、彼女はそれに匹敵していた。
このままだと美少女率が高すぎてこの空間が崩壊してしまうかもしれない。
美少女は私の方を見て、顔を赤らめながら陶酔した表情をしていた。彼女も私という美しい存在に驚いているのかもしれない。

「あ、あ……」

話しかけようとするが、声が上手く出せない、名探偵にあるまじき醜態だ。
ある意味では『美』という概念そのものと会話をしようとしているのだ、仕方が無いかもしれないが、これではいけない。
私は目を瞑り、深呼吸をしてからもう一度彼女に――

「あれ?」

――声を掛けようとして、彼女の姿が消えていることに気付く。
慌てて周囲を見回すが、くたびれた商店街の景色が瞳に映るだけで、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。

どういうことだ?

目を瞑っていたのはせいぜい4秒かそこらだ、私は視界が無くても人の動きは掴めるが、彼女が移動した気配は感じなかった。
しかし、彼女はどこにも移動していないのに、どこかに消えてしまったのだ。

「まさかっ!」

警戒態勢を取り、今度は近くでは無く、遠くの方まで感覚の糸を伸ばして『敵』の姿を探す。
アルカディア号で起きている殺人事件では死体は残らず、行方不明になって始めて死んでいることがわかるという。
もしかしたら彼女もそれに巻き込まれたのかもしれない。ならば犯人はまだ近くに潜んでいるということもありえる。

「カモンMJっ!」

私は仲間を呼んだ。しかし誰も現れなかった。
ちょ、ちょ、ちょ、MJさん! ご主人様がピンチっすよ! 遊んでないで早く来て!

「MJええええええぇっ! 何故来ないいいいいいぃっ! MJえええええぇいっ!」

なりふり構わず叫んでもMJは来なかった。

ねえ知ってる? 鋼ちゃんって寂しいと死んじゃうんだよ?

すぐ傍にいるんだから来てくれたっていいじゃない! もー馬鹿馬鹿、MJなんて知らないっ!

ぷりぷりと怒りながら警戒を続けたが、しばらくしても敵の姿は見えないし追加攻撃も無かった。
私の勘違いだったのか? 謎の美少女は『勘違いしないでよねっ! 殺されたんじゃなくって、消滅しただけなんだからねっ!』とでも言いたかったのだろうか。
いや、そもそも彼女は本当に実在していたのか? 自分で言うのもなんだが、私の視点には良く嘘の映像やら音声やらが紛れ込む。
地球から離れた私は、いつもより電波の受信具合が良くなっているのかもしれない。
よくよく考えてみれば、私みたいな美少女がもう一人存在するわけが無いじゃないか。まったく、人騒がせな脳内美少女だぜ。
私は肩を竦め、やれやれポーズを取った後に買い物籠を持って駄菓子屋の中に戻った。





店内に戻った私は、すぐに鼻が曲がりそうな異臭に気付いた。
嗅ぎ慣れた、血の匂い。
PCPIとMJは外での騒ぎに気付かずにペチャクチャやっていた――何てことはなく、実は二人とも死んでいた。
二人はてるてる坊主のように首を吊って天井から垂れ下がっている。両足首を切断された状態で。
なるほど、これじゃあ応援に駆けつけてくれるわけないわな。

「クールなれよ地獄極楽鳥鋼」

だが名探偵はこれぐらいじゃあ動揺しない。私はガタガタ震えながらも、籠一杯に詰め込んだお菓子分の代金を払い。お腹が減っている事に気付いて食堂に向かった。


――何てことはなく、MJとPCPIは未だにトークを続けていた。


「もしもーし」

話しかけてみるが、残念、ただの屍のようだった。反応が無い。

「そこで、追い詰められた犯人に、はーちゃんがこう言ったんだ。『1+1がどうして2になるか知ってるか? 足し算をしたからだよ!』って、格好良かったなぁ……」
「鋼ちゃんって凄い探偵さんなんですね♪ 尊敬しちゃいます☆」

……。
……。
続けたまえ。

「前に私がFFTで、最初のマンダリア平原の時点でパーティ全員に全ジョブをマスターさせようとしていた事があったんだけど、もう少しで終わりって所で間違ってセーブデータを消しちゃったんだ」
「うわぁ……。MJちゃん、可哀想です☆ よしよし」
「えへへ、ありがと。それでね、その後、私がショックで入院していた時にも、はーちゃんは毎日病院にお見舞いに来て、私を励ましてくれたんだ。『PAR使えばすぐ戻る』、『ジョブは白魔だけで良い』、『けど、たまには弓使いもいいよね』、『アグリアスは私の嫁』、『くっついてくるアルマたん可愛いよ』、『骨とか無いわ』、『いや、骨もアリだな』、『そんなことより野球しようぜ!』ってね。その時に思ったの、この人はもう手遅れだ、私がずっと支えてあげないと、って」
「なるほどぉ、だからお二人は固い絆で結ばれてるんですね。羨ましいなぁ……」

偽りめいた態度ではなく、感じ入った様子でそう呟くPCPI。
私も感動の裏話に涙がちょちょ切れそうだ。出来ればそんな事実知りたくなかったぜ!

「飛べーっ! 鋼ーっ!」

カウンターに買い物籠を置いた私は、大きくジャンプしてMJの頭をはたいた。

ぺシッ。

「あいたっ」
「これ全部ください」
「あ、たくさん買ってくれたんだね♪ 合計9420円だよ☆」
「カードで良いですか?」

小学校の時にMJからプレゼントされた鋼印の偽造クレジットカード(プライスレス)を取り出し、PCPIに見せびらかす。

「当店は現金一括払いのみとなってます♪」

このバッサリ感。
宇宙人にはブリテンジョークが通じないらしい。子供銀行特製の一万円札を渡して場を収める事にする。

「いきがってんじゃねーです。あんまなめてっとぶち殺しますよ」
「ひっ、す、すいません」

これが彼女の本当の実力……! 即死級の殺気を浴びせられた私は、慌てて本物の万札を支払う。

「一万円入りまーす。お釣りの代わりに私の投げキッスをプレゼント。チュッ♪ ありがとうございました☆」
「え、ちょっと」
「ありがとうございました☆」
「……」

釈然としないものがあったが、彼女のプラスチックスマイルを見ていると全てを許してしまいそうだ。美人って得だね。

「はーちゃん、ちゃんとニッキ飴買った?」
「あんな爺臭いお菓子なんて買いませんよ」
「がーん」

ご主人様をシカトした罰だ。ニッキ飴は口裂け女が見たら発狂するほどの量を買い込んだが、教えてあげない。あれ、べっこう飴だっけ? まあ似てるから大丈夫だろ。
私は壁に手をついて『反省』のポーズを取るMJを無視し、PCPIに話しかける。駄菓子を買うついでにもう一つ用があったからだ。

「ピーコさんのところは仲間の金星人も殺されてるんですよね? どんな状況でしたか?」
「ピーコもよく知らないですぅ。お仕事をやってるファンの皆に聞いて、始めて行方不明になってる人がいるってわかりましたから」
「ふむ、この船は寄った惑星の種族を乱獲しているという話ですが、どういう順番かはわかりますか?」
「はい。アルカディア号の移動がランダムジャンプだから滅茶苦茶だけど、ピーコ達も最初の頃からいたから知ってます♪ まずはパランボロン星人、次にレプティリアン、金星人、火星人、スクラップ、プレアデス星人、ターメリック星人、クリミナル、そして地球人の順番だよ☆」

地球人ってたぶん私達の事だよな。
それを除けば最後に乗船したのはクリミナルって事になるけど……。

「被害者の共通点は……わかりませんよね」
「ごめんね☆」
「金星人は別の宇宙人と仲が良かったり悪かったりしますか?」
「仲が悪い所は特に無いけど、ピーコは地球人が好きだよ♪ ちゅっちゅ」
「下等もにゅもにゅが好きだなんて危篤な人ですね」

やはり恨みや怨恨ではなく、ただの無差別殺人なのだろうか。だが、それならクリミナルに被害が出ていないのが気になる。
同じく被害の出ていないターメリック星人も乗船したのは最後の方だと言うし、怪しいのはこの辺りか。

「質問はこんなところですかね。ではこれで私達は失礼します。お仕事頑張ってください」
「うん♪ ありがとう鋼ちゃん☆ これからもピーコの応援をよろしくね☆」

このわざとらしい営業スマイル。許せる!

「MJ、行きますよ」

私は壁に手をついたまま石造の如く動かないMJをディナーに誘った。

ぺシッ。

「あたっ」
「ほら、しっかり(笑)。ニッキ飴ならちゃんと買いましたから。元気出してくだしあ」
「え、ホント? ……だからはーちゃんって好き」
「嘘ですけど」
「がーん」

スラップスティックコメディを展開する私達を微笑ましそうに見ているPCPIに手を振り、駄菓子屋を後にする。
さらばPCPI、さすらいの金星人よ……お前もまた強敵だった。



だけど、その時の私は気付いていなかった。
彼女が時折見せる、偽りの笑顔。その意味を。


これが彼女の姿を見た、最後の瞬間になってしまうなんて――








[22517] 一日目・終編
Name: root25◆df92673c ID:a0125701
Date: 2010/10/17 20:32



駄菓子屋を出た私達はマップを拝見。数時間船内をうろついて、パランボロン星人筆頭技術者であるマックスのいる研究室、『マジックマッシュルーム』の前に来ていた。
やけにカッチョイイ名前だ。マジックはわかるがマッシュとは何なのだろうか? 好奇心をくすぐられる。
ここはジェットストリームアタックを仕掛けるべきか。

「ちわーす、三河屋でーす」
「でーす」

ドアノブの付いたシンプルな扉を開けた私はMJとともにスタイリッシュアクションで部屋に転がり込んだ。
中にいたのは二人のパランボロン星人、ケントとマックス。他の研究者の姿は見えない。
ケントは死体なので何かの台らしきものに寝かされている。
白衣に眼鏡といった研究者っぽい格好をしたマックスはそれを見ながら寂しそうに近くのイスに腰掛けていた。

「あれ……、私、どこかでこの光景を見た気がします。まさかデジャ・ヴュ? 大変ですMJ! この空間の情報が書き換えられています!」
「違うよはーちゃん。この間見た宇宙人解剖ビデオとそっくりなんだよ」
「……そういえばそんなのもありましたね。確かにそっくりです。せっかくだから解剖してみましょうか」
「えー、ぐろいのはちょっとやだなー」
「サンティリフィルムと違って今度は本物の宇宙人解剖ですよ? あ、マックスさん。ビデオカメラあります?」
「……どういう神経をしてるんだ、あなた達は」

どうやらマックスは私達のブラックジョークがお気に召さなかったようだ。ノリが悪い。眼鏡が曇ってるんじゃないのか。
私は表情を引き締め、不思議な踊りを踊りながらマックスに尋ねた。

「ケントさん、本当に死んだんですね。死因はなんでしたか?」
「不明だ……」
「は?」
「だから、不明だよ」
「毒殺じゃなかったんですか?」
「違う、色々調べてみたけどさっぱり原因がわからない。何でこんなことに……兄さん……」

ケントはオリーブオイル一気飲みが原因で死んだと思っていたのだが、そうではないらしい。
死体があるのに死んだ原因がわからないってどういう事なんだ。魂でも抜かれちゃったのか。

「まあ、そんなに落ち込むことはありませんよ。誰だって生きていたら家族の一人や二人、殺人事件に巻き込まれて死ぬもんです。私はあなたたち二人の関係なんて知りませんが、ケントさんはあなたが深い悲しみに包まれる事を望んではいなかったでしょう。自分が死んだとしても、マックスさんにはいつでも元気マックスでいてもらいたいと思っているはずです。マックスだけに。ぷっ」

優しく諭すと、マックスは私のありがたい言葉に感動したのか、小刻みに震えて俯いた。あれ、もしかして笑ってる?

「はーちゃん。はーちゃん。この部屋、色んな秘密道具が置いてあるよ」

くいくいと私の袖を引っ張るMJ。
彼女の言う通り、部屋には懐中電灯みたいな物や、フラフープに似た何か、竹とんぼっぽい物体にボクシングのグローブ、変な風呂敷まで置かれている。
見た目はアレだが、きっと凄いポテンシャルを秘めているのだろう。

私はその中の一つ、秘密道具らしき小銃を手に取り、色々弄くってみた。

「ギョーン、ギョーン」
「それ危ないよ。こっちに向けないでね」
「わかってますよ。上トリガーがロックオン、下トリガーでファイアっと」

カチカチと小銃のトリガーを連打して遊んでいると、位置が悪かったのか、いつの間にかロックオンされていたケントの姿が消滅した。

「あっ、やべ」

ヤバイ所ではない。慌ててマックスを見るが、彼はまだ俯いていたのでケントの消滅に気付いてはいなかった。

誤魔化さないと……。

「MJ、どうしましょう。ついカッとなってやってしまいました。反省はしていません」
「もう、だから危ないって言ったのに。しょうがないなー……はい、これ」
「これは?」
「せんとくん人形だよ」

なるほど、『ケントくん』と『せんとくん』、似ているな。これなら誤魔化せるかもしれない。
そういえば、さっき駄菓子屋で買った1/100パランボロン星人のフィギュアもあったな。これも使おう。
私はケントの寝かせられていた台に、せんとくん人形とパランボロン星人のフィギュアをいやらしい感じに絡ませて置き、マックスに話しかけた。

「マックスさん。犯行に使われた道具って、もしかしてこの銃ですか」
「……ああ、そうだよ。それは『LRG』って言って、生物に向けて撃つと、何処に当たっても原子レベルまで分解してくれる優れものの道具だ」
「生物ですか。死んでいても効果はあるので?」
「あるよ。一度ロックオンさえしてしまえば、いつ、どこで撃っても目標を殺害できるのがこの銃の怖い所さ。少しかさ張るから携行には向いてないんだけど、他の道具と併用すれば船内のどんな場所にいても相手を消滅させられる」
「例えば?」
「そこの隅に池みたいなのがあるだろ? それは探したい相手の名前を呟けば、相手のいる場所と自分のいる場所を四次元空間で繋いでくれる道具だ」
「それは凄いですね。試しにやってみましょうか。『MJ』」

池の前に立ってMJの名を呼ぶと、池には彼女を頭上から覗き込むような画面が移った。

「おー、私だー」

MJが動くと池の中の彼女も同じように動く、驚くべき技術だ……。四次元空間で繋がっているらしいので、私は池の中に手を突っ込んでみた。

「うわ……」

すると、ぬーっとMJの頭上、何も無い所から私の手が生えてきた。かなり不気味だ。切断面がグロいことになっているだろう。

ぺシッ。

「あたっ、な、なんで叩くの?」
「プレイです」
「プレイなら仕方ないね……」
「でもマックスさん。この池はここにしかないんでしょう?」
「いや、この池みたいなの……『CFC』と言うんだけど、これをもっと小型化して持ち運びを可能にした物があるのさ。犯人はLRGとCFCの両方、それと他にもいくつかの道具をここから盗んでしまったんだ」
「それは、終わってますね」

間違ってもこの二つの道具は連続殺人鬼に渡してはいけない代物だ。
CFCとLRGを組み合わせれば、好きなときに好きなだけターゲットを殺害できてしまう。しかも証拠を何も残さずに、だ。
パランボロン星では犯罪がないと言っていたのに。どうしてこんな物騒なものを作ってるんだろう? 本音と建前というやつなのか。

「犯人はまだ道具を所持しているんですよね? 一斉捜索でもすれば見つけられるんじゃないですか」
「それも考えたさ。でも下手に犯人を追い詰めると何をするかわからないし、盗まれたものの中には対象を隠匿する道具も盗まれてるんだ」
「対象を隠匿する道具?」
「本来は別の用途に使うんだけど、一緒に盗まれてるから、それしか使い道は考えられない。あれは捜索者どころか他の道具の効果からも逃げられる道具だから、そんな事をしても無意味なんだ」
「ふむ……」

犯人はすぐに尻尾を出すようなマヌケではないという事か。
しかし秘密道具のチートっぷりが酷い。簡単に物語を破綻させるパワーを持ってるな、アレは。

「監視カメラとかついてないんですか? この部屋で盗まれたのなら、簡単に犯人を特定できるでしょう」
「そういうものはセットされてない。秘密道具を使えば犯人は簡単に特定できるからね。でも今回の事件の犯人はその道具の効果を無効化出来る道具を持ってる。だから厄介なんだ」
「既存の道具で無理なら、犯人を見つけ出すような新しい道具を作ってみては?」
「僕はドラえもんじゃないんだ。秘密道具を作るには時間もお金もかかるし、道具の効果を無効化できる道具を無効化する道具なんて簡単には作れないのさ」

言っちゃった!

「しかし、何というか、平和ボケも大概にしとけって感じですね。ある意味自業自得じゃないですか」
「乗船してるのがパランボロン星人だけならこんなことにはならなかったんだ……。兄さんが異種族との交流を深めようなんて言うから……」

絡み合ったせんとくんとケントくんをじっと見つめて過去を悔やむマックス。

よし、バレてない。

「パランボロン星人は特定の種族と仲が悪いってことはありませんか?」
「無いよ、そうじゃなきゃ船に乗せるわけないだろ」
「まあそうですね。レプティリアンとは仲がよろしいみたいですが」
「……一番最初に寄った惑星だったからね。長いこと一緒にいるし、関係も良好だよ」

付き合いが長いのなら怨恨の線も……って、無差別殺人だった。意味ねー。

「ほとんどの種族が被害を受けているそうですが、ガイシャに共通点は?」
「見当たらないな。火星人とスクラップが重点的に殺されてるようだけど……」
「その二つの種族に恨みを持っていそうな種族はわかりますか?」
「悪いけど、そこまでは知らないよ」
「それは残念です。ガイシャの殺害時刻とかは?」
「正確な時刻はほとんどわからないし、バラバラだ。いつでも殺せるのだから、ある意味では当然だけど」
「うーむ」

ちっとも手応えはないが、とりあえずこんな所か、あとは何か質問あったっけ?

「MJ、あなたも何かマックスさんに聞いておきたい事はありますか」
「はーい。何で眼鏡掛けてるの? 他のパランボロン星人はそんなのして無いのに」
「それは……」

どうでもいい問いだったが、何故かマックスは返答し辛そうだった。
確かに、こんだけ凄い道具を作れるのなら視力ぐらいどうにでもなりそうなのに、彼だけ眼鏡を掛けているのはいかにも不自然である。

「それは?」
「ガ、ガイアが僕にもっと輝けって囁くから……」
「……」
「……」
「そろそろ夕食にしましょうか。MJ」
「そうだね。はーちゃん」

触らぬ神に祟りなし。私とMJはそそくさとマジックマッシュルームから退出する。

「だって、シンプルに自分を魅せるのが答えだろ? ヤバモテとは何か? 心眼で見極めろ!」
「ねー、まだ何か言ってるよ。あの人」
「しっ、目を合わせちゃいけません。ほら、飴ちゃんあげますから、彼とは知り合いでもなんでもない他人のフリをするのです」
「わー飴ちゃんだー」

大量に買い込んだニッキ飴は、私のコートのポケット全てにミッシリと詰め込んである。地獄極楽鳥鋼は過ちを繰り返さない女なのだ。

「はーちゃん。らぶー」
「らぶー」

飴ちゃんをコロコロと口の中で転がし、上機嫌なMJと一緒に私は食堂に向かった。



◇◇◇



数時間後、ミノタウロスの徘徊する迷宮を抜けた私達は食堂に辿りついた。時間が時間なのであまり人の姿は見えない。
食堂に設置されている時計を見ると、ブーメランの形をした短針が謎の動物を指していた。何時だよ。
カウンターに近づき、メイドロボのロベルタを待つ。メイドロボとメトロイドってなんか似てる気がする。

「ゴチュウモンヲドウゾ」

ロベルタはメイドロボなのに女学生の制服を着ていた。赤を基調とした可愛い感じの制服だ。モップを持たせたら似合うに違いない。

「私はお子様ランチちゃん!」

ぼいんっ。またMJが飛び上がる。あのジャンプにはどんな意味が込められているのか。

「うーん、私は何にしましょうかね、ガッツリとして、サッパリとして、コクがあって、まろやかで、ドッシリとして、ふわふわで、アッサリとして、喉越しが良くて、暖かくて、冷え冷えで、もひもひで、テケテケの料理はありませんか?」
「ニホンリョウリニ『ブブヅケ』トイウモノガアリマス。オススメデス」
「じゃあそれで」
「デハ、Cー1バンノセキデオマチクダサイ」

そう言うとロベルタは食堂の奥に引っ込んでいった。私とMJも言われたとおり席に移動する。
ひょっとしてCー1番はVIP専用席なのだろうか。……それなら、ケントだけを狙って殺すことも不可能ではないのかもしれない。
いや、もしかしたらケントではなくVIPを殺せれば誰でも良かったのか?
だが、ケントの死因が不明だと言うのが気になる。LRGとCFCで殺したなら彼は消滅しているはずだし……。まさか、便乗犯の仕業?

「おや、可憐なお嬢さん方じゃないか。君達も食事かい」
「ぐぬぬ……」

Cー1席には先客が居た。
イケメンなプレアデス星人のラ(略)ラとターメリック星人のヨハンだ。席は空いているのにわざわざ二人並んで座っている。
キザったらしいラ(略)ラはパスタを、ヨハンはカレーライスを食べていた。ツッコミは放棄したい所存である。
……どうもヨハンの様子がおかしい。ルーの色がこげ茶から不人気、もとい真紅に変わっている。何か良い事でもあったのだろうか?

「こんばんはお二人とも、ひょとしてデートですか」
「そうよ、邪魔しないでくれるかしら」
「え、本当に?」

いつの間にかイケメンとカレーライスの恋のストーリーが展開されていたのか。気付かなくってゴメン。
私は二人に気を使って着席した。MJも私の膝の上に着席した。ちょっとMJ! そこにいたらTVが見えないでしょ!

「ち、違う。たまたまヨハンさんと会ったから流れでご一緒させてもらってるだけさ。深い意味はないよ」
「え……ひどい、ラ(略)ラ! 昨日は私のことあんなに愛してくれたのに、どうして嘘をつくのよ!?」
「それはロクデナシですね。どうして嘘をつくんですか?」
「ヨハンちゃん可哀想……。どうして嘘をつくの?」
「は、ハハハ、一瞬で僕がアウェー状態になってしまった。女性の結束力は恐ろしいものがあるな……」

ラ(略)ラは余裕ぶって前髪をファサ、とかきあげた。いちいちサマになっているのが癪に障る。チーズバーガーぶつけっぞ!

「私が言うのもなんですが、二人とも随分遅い夕食ですね。そういう風習なんですか?」
「いや、僕は予定よりも仕事が長引いたからさ。最近は事件絡みで忙しくてね」
「私は火星人を殺すのに忙しいの。あいつら中々しぶとくて一人殺すのも手間がかかるのよ。あ、か、勘違いしないでよねっ、ゲームの話なんだからねっ!」
「へー……、やっぱり惑星の代表者ともなると休む暇が無いんですね」
「そうだよはーちゃん。地球人代表の私だって今日は一日ずっと忙しかったくらいだもん」
「ツッコミませんよ」

力こそパワー、私は持ち前の剛力を用いてMJを隣の席にどけ、テーブルに出現した『ブブヅケ』なるものを食す。
なんだこれ、タダのお茶漬けじゃねーか。シェフを呼べ! 美味しいです。

「ズズ……。ピーコさんやプテラノドンさんもそうでしたが、やけに人間形態の宇宙人が多いですね。もしや地球は狙われているのですか?」
「ん? この形が生きていく上で最適だからだよ。他の惑星で僕達と同じ姿をしている種族がいると知ったときは僕も驚いたものさ。ヨハンさんを始めて見たときはもっと驚いたけどね」
「も、もう、ラ(略)ラったら。私に一目惚れしてくれてたってのは嬉しいけど、こんなところで言わなくてもいいじゃない。そういうのは二人っきりの時に、ね?」
「ちょっ、ちが……」
「あーあついあつい。このテーブル空調効いてないんじゃないですか」
「のろけ話は他所でやって欲しいよねー」
「な、なんだこの展開は……これは罠だ! 黒服が僕を陥れるために仕組んだ罠だ!」

取り乱すイケメンと、照れ隠しのためかカレーライスをガツガツ食べるカレーライス。食べるというか、融合だ。融合している。
個人的にカレーをスプーンでかき混ぜる奴って許せないのだが、そこは宇宙人。食事の後もレストランのディスプレイに並べられそうなぐらい整った姿を保っていた。
MJはお子様ランチの旗を見てニヤニヤ笑ってるし、私はブブヅケを食べている最中にジリリとなり続けるうるさい電話を無視する作業で忙しい。
コスモスからカオスへ。食堂の一角に異常な空間が形成されていた。

この狂った世界にようこそ!

探偵とは何なのか、推理とは何なのかわからなくなってくる。
ロベルタが私の問いに答えて差し出したこのブブヅケ、そこに込められたメッセージとは一体何なのか。
もしかしたら、そこに犯人につながるヒントが隠されているのではないか。

「ところでラ(略)ラさん、例の連続殺人事件。あなたの所でも被害は出てるんですよね? 何か気になる点とかはありませんか」
「被害が出ていると言っても、僕の所はまだ一桁に収まってるからマシな方だね。そういう意味では火星人とスクラップばかり殺されてるのが気になるかな。火星人は美しくないから良い気味だけどね」
「嫌いなんですか?」
「醜いものが許容できないだけさ。それにグーグーハミットはいつも偉そうだから、内心嫌ってる人は多いと思うよ」
「ほうほう」

スクラップも火星人も人の姿をしていない。この二つの種族が特に狙われているのはそういう事情があるからだろうか。
しかし、それを言ったらパランボロン星人とクリミナルだってそうだ。まあ、あいつらは微妙に人型とも言えなくは無いが……。

「ヨハンさんは何かありますか?」
「そうね……これだけ大量に殺人事件を起こしているのだから、犯人にも何か変化があってもおかしくないわ。だけど今になっても周りがそれに気付かないって事は、犯人はただの狂気にまみれた快楽殺人者ではなく、非常に知能の高い者。元から回りに変人だと思われている者。もしくは人との接触が無い孤独な人物。このどれかだと思うわ」
「なるほどなー」

カレーライスの分際でもっともな事を言っている。彼女の発言には、私みたいに殺人を日常の一部みたいに思っている者が抜けているが、参考にはなった。
ようするに会議室で自己紹介をしてもらったメンバー全員が怪しいという事だ。
使えねー。

「クリミナルとターメリック星人だけが被害ゼロだという事実についてはどう思ってますか?」
「何よ、私を疑ってるわけ? 私から言わせれば被害の多い火星人とスクラップの方が怪しいけど。容疑者から外れるために自分の勢力に犠牲を強いるなんてありがちな展開でしょう?」
「まあそうですが」

こいつ、やけに詳しいな。
ただのカレーライスではなく一晩寝かせたカレーライスなのか?

「実はハヤシライスなのかも」

デミグラスソースのかかったハンバーグを頬張りながら、私の心を読んだMJがポツリと呟いた。
……確かに、私は彼女の味を確かめたわけではないので、彼女が匂いだけをカレーに偽装したハヤシライスという可能性もあるにはある。
だがそうまでして自分をカレーライスに見せたい目的が見つからない。

カレーライスとハヤシライス。似て非なる存在。カレー。ハヤシ。カレーハヤシ。彼は林。

ボーイフレンドが、林?

「林さんは女の子が大好きみたいですが。ピーコさんについて何か知ってますか?」

PCPIの作り物のような態度はずっと気になっていた。さっきのヨハンの話ではないが、殺人者になった歪みが現れているのかもしれない。

「ん、林って、もしかして僕の事かい? そうだね、彼女はとても魅力的な女性だと思うよ、あの美しい外見に似合わない、可愛らしい少女のような性格。たまらないね」
「……何よっ、あんなのキャラ作ってるだけでしょ。私は気に食わないわね、あの女」
「落ち着いてくださいヨハンさん。私が聞きたいのはそういった事ではありません。少し話をしてみましたが、彼女はどうも望んで金星人の代表をやってるように見えないんですよね」
「ああ……。あの星は少し特殊だからね。金星の代表者はアイドルみたいな扱いで、とにかく見た目の良い人物が選ばれる。本人の意思とは無関係にね」
「それって大丈夫なんですか?」
「長い間ずっとそう決まってるから、惑星の住人達も納得してるのさ。代表という立場だけどほとんど傀儡だし、政治はちゃんと学問を修めた優秀な人物達が担うから問題無いそうだ」
「変なシステムですね……」
「僕もどうかと思うけどね。上手く行ってるなら良いんじゃないか? 広い宇宙にはもっとわけのわからない政治体制の所もあるのだし」
「そんなものですかね。というか、惑星の代表がこんな宇宙旅行みたいなのにホイホイ出かけていいんですか?」
「ピーコさんとケント達はそのまま自惑星の代表だけど、他は違うのさ。乗船している自種族の中での代表というだけであって、惑星そのものの代表なわけじゃない。それでも地位は高いけど」

PCPIは傀儡だから問題無いし、ケント達はそういう種族だから問題無いというわけか。ケント死んだけど。

「ヨハンさんもそうなんですか?」
「ええ、私は役職で言えば『大魔神』だから。そこそこ高い地位にはいるけどターメリック星のトップというわけじゃないわ」

ツッコミてえ。

「ピーコちゃん。本当は駄菓子屋さんになりたかったんだね……」
「それもどうかと思いますが。勝手に惑星の代表にされるってのも可哀想な話ですね」

ひょっとすると、あの媚びた態度は惑星の代表を降りたくてわざとやってるのかもしれない。あれはあれでアリだと思うが本人は気付いてないのだろう。可愛らしいな。

「はーちゃん。私、行ってくるよ!」

PCPIの境遇を聞いてシュンとしていたMJは、決意を込めた様子で立ち上がった。

「どこに行くのですか?」

義を見てせざるは勇なきなり。私以外の人には基本的に興味を示さないMJさんがここまでするなんて。お菓子に釣られたのだろうか。
だがそれもいい、囚われのお姫様を救うのは勇敢な騎士の仕事。それが私じゃないのは少し残念だけど……。
ううん、いいの、謝らないで? 困ってる人を見捨てるなんて出来ないんだよね? 私は、そんなあなただからこそ……きゃっ、恥ずかしい。

無言の期待を含めた私の問いに、MJは静かに、だけどハッキリと強く答える。

「――おトイレ」

彼女は馬鹿だった。

そして、酷かった。
何が酷いって、何もかも酷かった。

ムーンウォークをしながらWCに向かうMJの顔は、どこか誇らしげに見えて、こちらをやるせない気持ちにさせる。
彼女のドライな友人関係を垣間見た気がした。

「それはさておき、林さん、あなたはやけに他の惑星の情報に詳しいですね」
「僕はいつでも美少女の情報収集に勤しんでるからね。それは自分の星だけには留まらないのさ」

異種族も守備範囲に入ってるってかなりすげーな。少し見直したぞイケメン。

「えっ? じゃ、じゃあ私のあんな事やこんな事も知ってるの? ラ(略)ラのエッチ!」

ルーの色を赤くして照れるヨハン。いや、怒ってるのか? 色だけじゃ区別がつきにくいぞ。

「は、ハハハ、いくら僕でもヨハンさんの情報までは持ってないかな……。それに情報収集だって至極真っ当なものさ」
「嘘ばっかり! ラ(略)ラだって男の子なんだからそういう事に興味を持つのはわかるわよ? でも、他所様の女の子にそういう事しちゃ駄目よ! わ、私にするんだったら、許してあげるから……」
「あ、あはははは……わからない、君が何を言ってるのかわからないよヨハンさん」

何いちゃいちゃしてるんだこいつら。リア充(補給エリアで燃料を補充している人の略)どもめ。リア充死ね、粉塵爆発しろ。
そういや粉塵爆発ってかなり条件厳しかった筈だけど、ピンチを逆転させる手段としてはわりと良く見る攻撃だ。威力もとんでもなく高くなってる事も多い。
いっそのこと主人公の能力を『小麦粉を爆発させる力』とかにすれば良いんじゃない? それで敵の大将が『触れた物をチョコレートに変える力』とか持ってるの。これは酷い。

「式には呼んでくださいね。行きませんけど」

名探偵はクールに去るぜ! ブブヅケも食べ終わったし、ここにはもう用が無い。
立ち上がった私は自分の座っていた椅子を隣の椅子にテトリスのようにして重ね、他の開いてる椅子も次々とテトリスへと変化させながら、いちゃつくバカップルを尻目に出口へと向かい――

「っ!?」

――その瞬間、凄まじい殺気を感知した。

あと一発で相手が死ぬというのに、五回連続で攻撃を外し、逆に殺されてしまった不甲斐ない主人公に向けて放たれるような、純然たる殺意の奔流。
慌てて周囲を見回すが、気配が巨大すぎてどこから放たれているのか検討もつかない。

まさか、件の連続殺人鬼に狙われてるのか?

慌てて上を見る。CFCを使っているなら亜空間が開いてるはずだが、デッドスポットはどこにも見当たらない。
とにかくここに居てはまずい。私はそのまま上を見ながら欽ちゃん走りで出口へと向かった。

――それが、犯人の狙いだとも知らずに。

「エンっ!」

頭上に気を取られていた私は、横からの攻撃に対応できなかった。

タタタンッ。

威力に反比例するような、軽い銃弾の発射音。

私がその音に気付いたのは、発射された三発の銃弾が胸に吸い込まれた後だった。








[22517] 一日目・余編
Name: root25◆df92673c ID:a0125701
Date: 2010/10/18 20:09



「――そんな事があったわけです。あなたがお花を摘みに行っている間に」
「それは災難だったねー」

ぺシッ。

「あたっ」

食堂を出て、MJと合流した私はVIPルームに向かって歩みを進めていた。
銃で撃たれた程度で私がどうにかなると思ったら大間違いだ。過去編だから死なないのはわかってる? バカ野郎! この小説にそんな常識が通じると思うな!

「災難だったねー、じゃないですよもう。こういう時こそ私を守ってくれないと」
「私のはーちゃんセンサーは、直接はーちゃんの命に関わる事態にしか反応しないんだよ。今回はそれほどピンチでも無かったんでしょ?」
「いやいや、超ピンチでしたよ。常人なら死んでましたよ」
「でも傷一つ負ってないよね?」
「まあ……」

確かに私は狙撃された、だが、ポケットにミッシリと詰まったニッキ飴が銃弾を見事に防いでくれたのだ。混沌としたこの世の中、何が身を救ってくれるかはわからないものだ。
まさにニッキ飴さまさまだな。もう飴ちゃんなんて呼べない。これからはお飴様と呼んで敬意を示す事にしよう。
私は銃に撃たれてひび割れたお飴様を口に放り込んで、ガリガリと噛み砕いた。

「そのニッキ飴、私のために買ってくれたんだよね? それなら間接的に私がはーちゃんを守ったってことにならないかなぁ?」
「なりません。あんまり言い訳してると、もうお飴様あげませんよ」
「うひー、ごめんなさい」

お飴様を人質に取られ、MJはジャンピング土下座、いや、土下寝をして謝ってきた。誰もそこまでしろなんて言ってないよ、これじゃ私が悪者みたいじゃない。
どうでもいいけどジャンピング土下座って膝壊しそうだよな。痛くないの、それ?

「わかればよいのです。ほらMJ、立ち上がって先生と一緒に夕日に向かってダッシュしましょう」
「いいんだよ、気を使わなくても……それより、はーちゃんを狙撃してきた人はわかったの?」

土下寝したまま、うにうにと地虫のように地を這いながら尋ねてくるMJ。ちょっと可愛い。

「いえ、上ばかり気にしてましたし、慌てて逃げたので犯人は特定出来ませんでした。どうせCFCでも使ってたんでしょう」
「なんで実銃だったのかなぁ?」
「確かに変ですね。おかげで助かりましたが……、警告のつもりだったんでしょうか」

しかし、警告といってもニッキ飴が無ければ私は死んでいただろう。違う気がする。

「もしかして同じ殺し方をするのに飽きたのかも」
「……」

うわー、ありそう。犯人がただの快楽殺人者なら100人以上もギョーンギョーンやってたら飽きるだろう。新しい殺害手段に手を出してもおかしくはない。

「そうだとしても、私に都合が良い事ならいくらでも起こってくれて構いません。その調子でボロでも出してくれればなおグッドです」
「ポジティブだねー」
「探偵ですから。さて、ここが私達の部屋ですね」

VIPルームは食堂から近かったので数十分彷徨うだけで簡単に辿り着いた。
重厚なドアの傍にはいくつかボタンがついている。その一つ、赤いボタンを押すと、プシュー、と音を立てて未知の世界への扉がゆっくりと開いていく。
私はワクワクテカテカしながら中を見た。

白亜紀にでも逆戻りしたかのような野性的な作りの室内。

そこには、トカゲ人間がいた。着替え中だったらしく、人間の皮膚らしきものを中途半端に脱ぎ捨てて、何も纏わない上半身だけをさらけ出している。
トカゲ人間は私の視線に気付くと硬直し、一種後れて甲高い悲鳴を上げた。

「キャ――――――――――――――――ッ!」
「ギャ――――――――――――――――ッ!」

衝撃映像をもろに見てしまった私はドアから離れてMJに抱きついた。
こんなハプニングはいらなかった。私はただ植物のように平穏な生活を望んでいるだけなのに、探偵という宿命がそれを阻む。

「こわいよー、こわいよー」
「よしよし、大丈夫でちゅよー、私がついてまちゅからねー」

赤ちゃん言葉をつかって頭をナデナデしてくれるMJ。ふわぁ……みーちゃん良い匂い……ママみたい……。

ま、私には母親なんていないんだけどね。

何しろこのアテクシ、地獄極楽鳥鋼は天才と天才の遺伝子を受け継いだ試験管ベイビー、生まれてから両親の愛情を受けずに育ってきた生粋の推理ロボットなのだ。
人格が破綻しているのはまともな生活環境で育ってこなかったからであり、他者に対する思いやりが絶対的に不足しているのも、情操教育を放棄された結果だった。
赤ん坊の頃から優れた探偵になるように育てられた私は5歳までに考えられる全ての学問を叩き込まれ、それが終わると紛争地帯にナイフ一本持たされ放り込まれた。

与えられた命令はただ一つ、『皆殺し』。  

誰も味方のいなかった私は、生き延びるためだけに多くの人間を殺した。女だろうが子供だろうが眉一つひそめずに殺した。
鳥のように舞い、鋼のように息を殺し身を潜め、『敵』達を地獄、あるいは極楽に送っていく。

無差別に人を殺す私を兵隊達は『鋼の後継者』と呼び、恐れおののいた。

――今でも目を瞑るとあの時の光景が思い浮かぶ。

手足を欠損して彷徨う兵士の姿。血と硝煙の匂い。顔を掠める銃弾の音。爆撃に恐怖しながら孤独に震えていた夜。与えられたナイフと敵から奪った銃器だけが私の友達だった。
ああ、なんて可哀想な鋼ちゃん。でもそんな人生を歩んでいたらこの傍若無人ぶりだって納得できるよね? 全部嘘だけど!

そうしてしばらくMJに甘えていると、着替えが終わったのか再度ドアが開く音がして。部屋の主が姿を現した。

「鋼。ロックを掛けなかった私も悪い。でも。ベルがついてるのだから。用があるならそれを押すべき」

プテラノドンだ。彼女は扉の横にある赤いボタンの上についていた黄色いボタンを指差して注意してくる。
まさかとは思っていたが本当に人の皮を被った爬虫類だったとは、おでれーた。
先ほど見た体格ではどうやっても現在の彼女の姿には収まらないはずだがどうなっているのだろうか。こんな所にもパランボロン星人の科学力が使われているのか。

「すいません。知りませんでした。実は探偵七ヶ条の一つに『複数のボタンを見つけたらとりあえず赤いのを押せ』というのがありまして、それでつい」
「……そういえば。私の責任だった。今日は放置するような形になった。謝る」
「いえいえ、ケントさんが死んで忙しいのはわかってます。私達は私達で動いてますから気にしなくていいですよ」
「ありがとう」

ニコッ。

いつもはクールな美人秘書の見せる、極上の微笑み。
嘘みたいだろ? 爬虫類なんだぜ、これ。

「私とはーちゃんは二人っきりで楽しんでるから、プテラノドンちゃんも遠慮しないで全力で放置してくれていいよ」
「……よくない。仕方ない。明日はマックスに仕事を丸投げ。朝から一緒に行動する」
「えー、それは酷いよ。無責任な人ってはーちゃんは嫌いみたいだけどなー」
「違う。そもそも。ケントの死はパランボロン星人の問題。私に責任はない。自分の事は自分でやるべき」

なんかこの二人ギスギスしてる。食堂での確執はまだ続いていたのか。私ってば罪な女。ここは話題を変えるべきだろう。

「まあまあ、まあまあまあ。まあまあ、まあ、まあまあまあまあ。まあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあまあ」
「……鋼?」
「どうしたの?」

さすが私だ、一発で二人の注意を引き付けた。黄金色に輝く自分の才能が怖い。まんじゅうこわい。お金もこわい。

「プテラノドンさん。実はケントさんについて少し聞きたかったことがあるんですよ」
「ケントの事?」

適当に言ってみたが、速攻で退場してしまったケントについては情報が不足していた。

「はい、もしかして彼は痛みを感じない、つまり無痛症のような異常性を持っていたのではありませんか?」

それなら彼が食堂の椅子に仕掛けられていた画鋲に気付かなかったのも頷ける。

「違う。ケントは普通に痛みを感じていた」

あれ、外した?

「でも。普通ではなかった。彼は痛みを感じると喜んだ。わざと自分を痛めつける趣味があった」
「マゾだったのかよ!」

その発想は無かった。
ということは、あの画鋲を仕掛けたのはケント自身なのか? わざわざ自分が座る前に椅子に画鋲を貼り付けて、痛みによる快感を得ながら平然と私と会話していたのか。
ありえない変態だ。本気で気持ち悪い。

「もしかしてパランボロン星人は皆そういう性癖を持ってるんですか?」
「それは失礼。変態なのはケントだけ。よくマックスと口論していた」

マックス……不憫な子……。
元から気持ち悪いと思ってたけど、死んでからも評価を下げられるケントさんに驚愕だ。もう汚名返上の機会すら与えられてないというのに名誉返上してどうするのだ。

「はあ……聞きたかったのはそれだけです、夜分遅くにすいませんでした。おやすみなさい」
「構わない。おやすみ」
「おやすみプテラノドンちゃん、ぐっすり眠ってね。出来ればもう目覚めないぐらいに」
「うん。あなたも」

プテラノドンと後の引かない爽やかな別れを済ませて、今度こそ自分の部屋に入る私とMJ。
内装は私達が日本出身という事を考慮したのか、純和風な作りだった。TATAMIやFUSUMAなんかがいたる所に設置されており、しみったれた匂いが鼻腔をくすぐってくる。

「おー、中々豪華だねー」
「自分ら、VIPですから」

部屋には小さな四角い窓が付いていた。私はそれに近づき、遥かなる大宇宙の姿を目に焼き付ける。
現在この船は地球の少し上を飛んでいるらしい。真っ赤に染まった球体が下のほうに見えた。

「やはり地球は紅かった……」

その美しく幻想的な光景に思わずためいきが出る。今日の私はちょっと詩人な気分。バスローブを着てワイングラスを片手にこの光景をいつまでも眺めていたい。
星屑だってプロミネンス。てけり・り、てけり・り、そりゃ惑星も落下するし祝福の祝詞だって深淵から聞こえてくるってものだ。

「はーちゃん。さっきから壁をじっと見つめて何してるの?」
「透視の練習です」

VIPルームなのに窓一つついてなんて気が効かないなぁー。宇宙人に情緒を求めるのが無駄だったのか。
時計(日本製)を見ると午前一時を指していた。いつまで経っても目覚めない超能力には見切りをつけてもう寝よう。
軽くシャワーを浴びた私達は、何者かの手によって用意されていたパジャマを着てふわふわの布団に滑り込み、ほの暗い水の底へと意識を沈ませていった。







[22517] 二日目・前編
Name: root25◆df92673c ID:a0125701
Date: 2010/10/20 20:01



ゆさゆさ。
ゆさゆさ。

「ん……」

若干の重みと、体を揺する優しい振動に気付き、私の意識は魔界から現界へとゆっくり浮上する。

「朝ー。朝だよー。起きろー」

オープンマイアイズ。とろけるほどに優しい目覚ましボイスを聞いた私は瞼を開けた。

「おはよー、はーちゃん」
「……おはよう、MJ」

瞳に映ったのは、パジャマを着た武道派ポンコツ系幼馴染が私に跨っている姿だ。これがギャルゲーなら一枚絵が表示されていてもおかしくはない。
そして寝ぼけた私がMJの胸を鷲づかみにして、『何だこれ、柔らかいぞ』→モミモミ→『キャー! はーちゃんのエッチ!』→JET!→ドッカーン! というテンプレートな展開が待っているはずだった。

だが、私をその辺の鈍感主人公と一緒にしてもらっては困る。

「憤破っ!」
「きゃあっ!」

腹筋の力だけで体を起こした私は、上に乗っかっていたMJを動作だけで部屋の隅っこまで吹っ飛ばした。
うむ、今日も絶好調。全惑星に住む生命体の諸君、宇宙皇帝鋼ちゃんの目覚めであるぞ、控えおろう!
時計を見ると朝の10時だった。私ってば早起き。

「むー、はーちゃんひどーい。最愛の幼馴染との触れ合いタイムは、もっとシロップにお砂糖ぶっこんだぐらい甘いものになるはずだったのにー」
「そげぶ」
「一蹴!?」
「うるさいですMJ。朝食を摂取しに行きますからさっさと着替えましょう」
「……はーい」

薄手のパジャマからいつもの野暮ったいコート姿に着替える私達。ある意味ペアルック。

「あれ? そういえばプテラノドンさんは来なかったんですか」
「来てないよ。来なくていいけどね」

やっぱ忙しかったのだろうか。もう部屋にはいないと思うけど一応尋ねてみよう。
私はMJに自慢のサラサラヘアーをツインテールに纏めてもらい、コートについている全てのポケットにミッシリとニッキ飴を詰め込んだ。
これで準備はOKだ。私達は廊下へと繋がる旅立ちの扉を開けた。

さあ、冒険が、始まる!

「……」
「……」

残念、私達の冒険はここで終わってしまった。

壮絶な出オチだ。扉を開けた私達の前に現れたのは、バラバラに解体された、元生命体だったナニカ。
断面は綺麗なもので、血は一滴も出ていなかった。パーツだけが部屋の前に集めらていてジェンガのように上手い事積み重なっている。
そして重なりあったパーツの頂点には、爬虫類を思わせる生き物の頭部が置かれていた。

「プテラノドンさん……」
「こんな愉快な姿になっちゃった……」

悪質な悪戯かと思ったが、すぐにそれが間違いだと気付く。
今までたくさんの死体を見てきた私は、血が流れていないとはいえ、そのパーツが作り物ではなく本物の命から切り取られたものだとわかってしまったのだ。
昨日の夜はあんなにピンピンしていたのに……。これじゃあ朝食に誘う事なんて不可能だろう。

「えいっ」

ジェンガを見るとつい蹴りを入れてしまう病気を患っている私は、あろうことかプテラノドンの塊にもそれをやってしまった。
崩れ落ちるプテラノドン。
芸術は爆発だ。彼女はその命を犠牲にして崩壊の美しさを私達に教えてくれたんだろう。

「まあ、死んでるなら仕方ないですよね。行きましょうMJ」
「うん。プテラノドンちゃん、バイバイキーン」

プテラノドンの死は、ゲルマン忍者の正体が発覚した程度の衝撃を私に与えたが、今はお腹が減ってるのでどうでも良かった。
シレンほどの旅人だって空腹に勝てないのだ。冒険初心者の私が勝てるわけもない。
幸い昨日散々迷っ……探索したおかげで船内の間取りは掌握している。
私とMJはBダッシュでシャカシャカと移動しながら、食堂への道を進んでいった。



◇ ◇ ◇



小一時間ほど掛けて食堂に辿り着いた私は、微妙な違和感を感じていた。

廊下ですれ違った宇宙人の数が、昨日よりも少ない。

連続殺人鬼が活躍中なのだから、平然とうろついている方が不思議なのだが、それでも昨日は人通りがもっと多かった筈だ。
食堂もどこか寂しい気がする、何か欠けてはいけないものが欠けているような……。

「ゴチュウモンヲドウゾ」

違和感を感じながらもカウンターで待っているとロベルタが近づいてきた。彼女なら何か知っているかもしれない。話を聞いてみよう。

「どうも人影が少ない気がするんですが、何かあったんですか?」
「ハイ、キノウノヨルカラキョウノアサガタニカケマシテ、キンセイジンノミナサマガ、ミナゴロシニサレマシタ」

!?

「み、皆殺しですか?」
「セイカクニハ、キンセイジンダイヒョウノピーコサマヲノゾイテ、ジョウセンシテイタ1192メイノキンセイジンスベテガショウメツシマシタ」
「なんてこったい……」

知らないうちに一つの種族が全滅していたとは……。
違和感の正体は金星人が姿を消していた事か。プレアデス星人と金星人はどちらも美男美女ばかりで似ているから気付かなかった。

「ピーコちゃんは無事なんだよね?」
「ハイ、ケガヒトツアリマセン」
「よかったー」

MJは安堵しているが、ちっとも良くない。いや、命が助かったのは良かったのかもしれないが、こうなると問題が発生してくる。

PCPIを除いて、全ての金星人が滅びた。

どうして彼女だけが生き残ったんだ?
あまりにも怪しすぎる。例え狡猾な犯人が彼女を孤立させるためにそうしたとしても、事実として彼女だけが生き残っているのだから、そこに疑問を持つ輩は当然出てくるだろう。
乱暴な手段を取るかもしれないし、最悪、殺してしまいかねない。

それに、彼女が本当に犯人だとしたら、もっと最悪だ。

私は現時点で彼女が犯人だとは全く思っていない。
彼女が仲間を皆殺しにする理由はあるにはあるが、こんな状況にわざと自分を追い詰める意味がわからないし、大体そのまえに他の種族を殺しまくっていた理由も不明だからだ。
個人的にも彼女のことは嫌いでは無いし、弁護出来るならそうしてあげたいとも思う。
だけど彼女が私がそう考えるところまで読んでこの状況を作り上げたとしたら、もう事件は解決できそうにない。
まー別にそれならそれでいいけど。元から私に関係ない話だったし。

「ピーコさんは今どうしていますか?」
「アイカワラズダガシヤニイルヨウデス」

まだ捕まっているわけではないのか。

「はーちゃん。ピーコちゃん落ち込んでるかもしれないよ。様子を見に行こうよ」
「……まあ、落ち込んでるかは置いといて、様子は見に行きたい所ですね。しっかりとご飯を食べた後にですが」
「うん! しっかりとご飯を食べた後にね!」

とりあえず最悪の事態は起きてはいないようだったが、急いでPCPIの保護に向かった方がいいだろう。
そのためにも朝食兼昼食は良く噛んで農家の皆さんに感謝しながらじっくりと味わって食べたほうがいい。
何を食べるかも重要だ、一流の探偵は栄養バランスにも気を使う必要がある。腹持ちが長くてなおかつ栄養価も豊富、そして何よりとびきり美味しい料理を選択しなくてはならない。

「私――は――お子様――ランチ――ちゃん――!」

MJは前傾姿勢でシリアスな表情を作り、例の如くお子様ランチを注文していた。彼女はあの料理に愛着を持っているらしい。

愛着。
愛。

そうか、わかったぞ!

「私は愛を……母の愛情が詰まった料理をください」

お袋の味、母の手料理こそが究極の、そして至高の料理だったのだ。

「ゴチュウモンヲクリカエシマス。MJサマガ『オコサマランチ』、ハガネサマガ『ブブヅケ』、イジョウデヨロシイデスネ?」
「うん、いいよー」
「はい、それで良いです」

そうそう、やはり愛情がたっぷり込められた母の手料理と言えばブブヅケ――

「――って良くないよ! どうしてそうなった!」
「トウテンデハ、イスデテトリスヲスルオキャクサマヲ、キャクトハミトメテオリマセン、ミツケシダイシャサツシテイマス。リョウリガデルダケアリガタクオオモイクダサイ」
「あれお前だったのかよ!」

まさかちょっとしたお遊びで殺人未遂をされるとは思っていなかった。犯人はコック、動機はマナー違反。劇場版の犯人でもない限りここまではしてこない。

「すいません、あの時の私はどうかしていたんです。いわゆる心神喪失状態で、凄腕の弁護士を雇えば無罪を勝ち取る事が出来たんです。だから許してくれませんか? 少なくとも法律は私の事を罰さないでくれていますよ?」
「デハ、Cー1バンセキデオマチクダサイ」
「シカト!?」

セリオでは無い方に良く似たメイドロボのロベルタは、さっさとカウンターの奥に引っ込んでいった。このロベルタ容赦せん! 的な強気の態度だ。
これではもう取り合ってはくれないだろう。私はがっくりと肩を落とした。

「はーちゃん、そんなに落ち込まないで。エビフライのしっぽとかハンバーグのソースとかあげるから」

ギャルゲーで主人公にお弁当を作る幼馴染は数多く見てきたが、自分の残飯を押し付けてこようとする幼馴染は始めて見た。残念な事に私の幼馴染である。
これが二次元と三次元の違いなのか。悪気が一切無い所が恐ろしい。

「やれやれだぜ……」

私は存在しない学生帽を被りなおし、昼食《ジハード》を行なうため、C-1番席に向かった。



◇◇◇



「ここがあの女のハウスね」

唯一神との戦いを終えた私達は、PCPIの経営する駄菓子屋の前に来ていた。
目的は悪の大魔王であるピーコを倒す事。制限時間は30秒と短いが、女神様にお金を渡せば時間を増やしてくれる。やはり世の中は金なんや……。

『……っ……っ……!』
『……ば……る……す……!』

私が女神様に囁き、祈り、詠唱し、念じていると、店内からなにか争っているような声が聞こえてきた。
おそらくは黒の組織だろう。連中がもうこんな所まで来ているとは。

「はーちゃん」
「ええ、突入しますよ」

アイコンタクトを交わし、欽ちゃん走りで店内に殴りこむ私とMJ。呼吸はバッチリだ。
カウンターの奥にはPCPIが悠然と佇んでいた。そんな彼女に突っかかっているのはグーグーハミットとソラマリー、ともに殺人鬼に集中して狙われている被害者同盟だ。

「いらっしゃいませ☆」

PCPIはこちらに気付いて営業スマイルを浮かべた。図太い神経をしている。

「いらっしゃいました。それで皆さん、何をしてるんですか?」
「ピーコちゃんを苛めると私が許さないよー」

私は精神コマンド『威圧』を使い火星人とスクラップに視線を向ける。MJも『テレポート』を使って私を援護して……テレポート!?

「この二人がピーコの事を犯人だって言ってくるの。しくしく。ピーコだってファンの皆が死んで悲しいのに☆」

嘘つけ。

「仲間が皆死んだのニ、お前だけが生きているのは不自然ダ。それこそ犯人でもない限りはナ」
「状況から考えてこの女が怪しいのは一目瞭然である。鋼とやら、さっさとこの女を捕まえろ」

偉そうなタコ野郎だ。もしかして宇宙皇帝である私よりも自分の立場が上だと勘違いしているのか。勘違いしないでよねっ!

「それを言ったらあなた達だって仲間が大量に死んでるのに生き残ってるじゃないですか。お互い様でしょう」
「たった一人生き残ったこいつオレたちとでハ、状況が違ウ」
「そうである。我輩達は被害者にしかなりえないが、この女は仲間を殺す動機も持っているというではないか」

あー、知ってたの。情報早いね、いや、私が遅いだけだったのかもしれないけど。
どうしようかな……。

「はーちゃん。はーちゃん」
「ん?」

考え込む私の袖を、MJがくいくいと引っ張ってくる。そして耳元に顔を寄せて囁いてきた。

「殺っちゃう?」
「殺りません」

暴力、ダメ、ゼッタイ。私は名探偵なのだから、都合の悪い相手の殺害は最後の手段として取っておくべきだ。
MJには隙あれば殺してもいいと言っておいたが、やはりそんなに殺伐とした心構えでは小説化の際にお子様達が引いてしまうかもしれない。
このシリーズはいつか学校指定の教科書になる可能性もあるのだ。ここは穏便に済ませておくべきだろう。

「タコ野郎さん、ソラマリーさん。今あなた方がピーコさんを問い詰めているように、この状況を作り出すために犯人はわざとピーコさんだけを消さなかったのかもしれません。あなた達も犯人の思惑に乗るのは嫌でしょう? だからここは一つ、私に任せてくれませんか?」
「どういうことダ」
「私が今日か明日には犯人を暴いてみせましょう。だからその間、ピーコさんへの狼藉は控えて欲しいのです」
「本当にこの女が犯人だったらどうするのだ?」

お前らが死ぬだけだよ、なんて事はもちろん言わず、私は一秒で適当に考えた事をペラペラと喋る。

「お前らが死ぬだけ……そうですね、一時的にピーコさんを軟禁状態にしてしまいましょう。まずはこの駄菓子屋の内部を徹底的に調べて、問題が無ければ、何人か監視をつけて 駄菓子屋にピーコさんを閉じ込めてしまえばいい」
「ム……」
「よろしいですか? ピーコさん。二日間だけですので我慢して貰えると助かるのですが」
「気は進まないけど、しょうがないかな♪ それでいいです☆」

ん? 以外にすんなりと受け入れたな。

「ありがとうございます。お二人はどうですか?」
「……構わなイ。監視はオレの部下にさせよウ」
「そこまで言うのならここは引き下がろう。しかし、期限は絶対に守ってもらうぞ。もし犯人が見つからなかったらこの女の処遇は我輩が決めさせてもらおう」

ちっ、うぜーなこのタコ。何の権利があってお前がそんな事決めるんだよ。むしろお前が犯人だろ。絶対そうだ、そうに決まってる。
どうせPCPIに全部罪を着せようとしてるんだろこのタコ。タコ。イカ。ごめんイカは言い過ぎた。

「それで結構です。では店内に不審物が無いか捜索します。MJ、ちょっと彼女と一緒に外でお喋りでもしていてください」
「わかったよー。行こう、ピーコちゃん」
「はい♪」

手を繋いで駄菓子屋から奇跡の生還を果たすMJとPCPI。ちくしょー、やたらと仲良さげじゃんか。

「お二人はどうしますか? 店内捜索」
「もちろん我輩は参加する。部下も呼ばせて貰おう」
「オレもダ」
「じゃあさっさと呼んでください。光陰矢の如し、ギブミーチョコレートなんですから」

そして私達は駄菓子屋の調査を始めた。
どんな商品が置いてあるのか、店内のデザインはバッチリ決まっているか、ユーザーインターフェイスは整っているのか。風水の方角は正しいのか。
途中からやって来たグーグーハミットとソラマリーの部下を加えて調査はヒートアップ。
単価10円のガム入りキャンデーを使った花火大会なども突発イベントとして発生し、会場のテンションは最高潮だ。
やがて、遊びつかれた私は、カウンターの奥から繋がっている居間(TATAMIが敷かれていた)に寝転がり、煎餅を食べながら宇宙ワイドショーを見て休息を取った。
宇宙ワイドショーは前衛的な番組で、砂嵐を流し続けているだけという奇妙なものだったが、ずーっと見ていると突然画面に変なオジサンの顔が現れて何かを呟いていたり、画面がどこかのゴミ捨て場へと切り替わって、延々と誰かの名前だけをテロップで映すだけとなったり、かなり愉快なものだった。

「さて、と」

よっこらしょと立ち上がり、店内へと戻る。

「ソラマリーさん、どうですか?」
「特に問題は無いようダ。品揃えも悪くないようだシ、上手く宣伝さえすれば大化けすると思ウ」
「へえ、好評価ですね。タコ野郎さんはどうでしたか?」
「……マーズマンと鳥火星人まで置いてあるのは結構な事であるな。甘めに見て80点と言った所か」
「お、こっちも高得点。なら、これで駄菓子屋の調査は終わりにしましょう。監視はソラマリーさんがやってくれるんですよね」
「あア」
「では皆さんお疲れ様でした。解散!」

私の号令によって、火星人とスクラップの集団はレミングスのようにぞろぞろと連なりながら外に出て行った。

「私達も出ましょう」

そう言って、死の荒野と化した店内から脱出すると、外ではニコニコ笑顔のMJとピーコが戯れていた。人の苦労も知らないで……鋼ちゃん怒っちゃうゾ!

「ピーコさん、もう店内に戻っていいですよ。でも戻ったが最後、あと二日間は外に出ることは許されません。それでも進む勇気があるのなら赤い扉に、勇気が無いなら青い扉を開けてください」
「せっかくだから私は赤い扉を選ぶね♪ それと、私の味方になってくれてありがとう、鋼ちゃん、MJちゃん☆ あなた達だけは助けてあげまーす★」
「気にしないでください。人として当然の事をしただけです。決して金髪和服美人に萌えたわけではありませんから」
「そうそう、私達、友達だよね? 友情は見返りを求めないんだよ。だからこれからも質のいいお菓子を提供してね」
「ううー、ピーコ感激です☆ お店でお二人が真犯人を見つけてくれることを祈ってます☆ それじゃあ、頑張ってください♪」
「グッバイ」
「チェケラ」

真の友情で結ばれた私達と離れ、店に戻るPCPI。それと同時にわけのわからない機械達(スクラップの皆さん)が駄菓子屋を取り囲み、監視体制を築き上げた。

「これでピーコさんは封殺ですね。今後事件が発生したとすれば、彼女は犯人ではないという証明になります」
「それは詭弁である。これからの事件と今までの事件の犯人が違うだけなのかもしれないであろう?」

細かい事を気にすんなよタコ。そんなんだからハゲるんだよ。

「あなただって店内を調べたんでしょう? 抜き打ち検査にも関わらず、どこを探しても秘密道具は見つからなかったじゃないですか」
「共犯がいるのかもしれない。あの女も自分が疑われるのはわかっていたはずである。我輩達が来る前に秘密道具をそやつに渡せば、店内を探しても見つかるはずがない」

何で火星人に正論吐かれなくちゃなんねーんだよ。嫌な奴だ。

嫌な奴! 嫌な奴! 嫌な奴!

どうせまだ事件は続くんだから次の犠牲者はこいつになんねーかな。プテラノドンの代わりにこいつが死ねば良かったのに。少し念じておくか。
コックリさんコックリさん、このいけ好かない火星人をLRGで消し飛ばしてください。なんつってー。

バシュッ。

「ナ……」
「あれっ?」
「…え?」

何かが蒸発する音とともにグーグーハミットの姿が消滅した。

……。
……。

ホントに消し飛んだ――――――――――――――――っ!?

「MJ! CFCの空間は!?」
「どこにも出てないよっ!」

私より空間把握能力が優れているMJに空間異常を探知させるが、CFCは使用されていないらしい。

「ソラマリーさん! EMP反応はどうなってますか!?」
「エ? EMPって何ダ?」
「シット!」

使えないスクラップだ。EMP反応と言ったらEMP反応の事に決まっている。機械の癖にEMPも知らないというのか。エレクトリカルミステリーパルスの略だろ!
CFCが使われていないという事は、LRG単体でやったのだろうか。
マックスはロックオンさえされていればどこにいても狙撃出来ると言っていたから、それも不可能ではない。改めて考えると恐ろしい兵器だった。

「……」
「……」
「……」

駄菓子屋の前に訪れる長い沈黙。MJはいつの間にか私の前に立ち、庇うように、プレッシングをするように私の動きをセーブしていた。
自分、バスケットマンですから……。彼女の背中から無言の気迫が伝わってくる。

「……」
「……」
「……」

一瞬だったのか、それとも永遠だったのか。
俺はこの陣形のままでいい。そんな言葉が脳裏に浮かぶほどに硬直していた私達は、もう敵のバトルフェイズは終了したのでは? と気付き、ようやく偽りではない本当の自分を取り戻した。

「MJ、もういいですよ」
「……」
「MJ?」
「……」
「MJ! MJっ!」

様子がおかしい。
嫌な予感がした私は後ろからMJの肩を揺さぶり、何度も声を掛けてみたが、彼女は微動だにしない。押してだめなら引いてみろ、私はMJの前に回った。

「なっ……!」

そして、理解する。

この話は過去編だから、未来での彼女がピンピンしてるから死ぬわけないだろう。そんな言葉なんて一切通用しない非情な現実を。

「スピー……、スピー……」

呼吸のたびに鼻提灯を膨らませているMJ。
そう、彼女はこの非常時に立ちながら眠っていたのだ――

「――って、おい!」

ぺシッ。

「あいたっ」
「何やってんですか、もう」
「……ん……あれ? いつの間にか眠っちゃってたよー」

眠そうな声でそう言うMJ。昨日は私と同じ時間に寝たはずなのに、寝不足だったのか?

『洒落になっていない状況でこそ洒落になってない行動をしよう』。

探偵七ヶ条の一つではあるが、この極意を使用していいのは探偵である私だけで、探偵の助手であるMJが使っていいものではない。近いうちに彼女の教育をし直す必要がありそうだ。
それにしても件の犯人は《絶妙なタイミング》で狙撃してきたな。
私がコックリさんにお願いした途端に願いを叶えてくれるなんて狙っていたとしか思えない。
もしかして、本当に狙っていた? 私が心の中で考えていた事を読み取って?

……馬鹿馬鹿しい。犯人はコックリさんだとでも言いたいのか。

私は真実に限りなく近いその考えを振り払い、ソラマリーに話しかけた。

「ソラマリーさん。無事ですか。単三電池が外れたりしてませんか?」
「あア。だが、タコ野郎が死んでしまっタ……」
「……ええ、でも彼はずっと、タコに似た外見である自分の姿にコンプレックスを持っていました。その苦痛にまみれた人生がここで終わったのは、決して悪い事では無かったんじゃないですかね……」
「死によって救われたというわけカ……」

少し、しんみりとする私達。
願わくば彼が、タコ焼きとなって生まれ変わりますように。

「っと、そうでした」

タコ野郎が死のうが生きようがどうでもいい。確認すべき事があった。
先ほどいい感じに別れたばかりなので顔を会わせ辛いが、大事な事だ。私は駄菓子屋の入り口からちょっと顔を出して中の様子を探った。

「ピーコさん。ピーコさん」
「あれ。どうしたんですか、鋼ちゃん☆」
「あ、元気ならいいです」
「……?」

PCPIは外での騒ぎにも動じずにカウンターの奥で茶をしばいていた。ちゃんと生きている。

入り口から顔を引っ込めた私は、再び廊下に戻って考えをまとめた。

私とMJが船に乗ってから起きた大きな事件。まずはケントの原因不明の死、次にプテラノドンの解体と金星人の大虐殺、そしてグーグーハミットの狙撃。

パランボロン星人、レプティリアン、金星人、火星人……この並びはどこかで見たことがある気がする。

何の順番だったっけ? 私のログには何も残ってないな。じゃあいいか。
現在生き残っている主要人物は、私とMJを除いて、PCPI、ソラマリー、マックス、※※※、ラ(略)ラ、ヨハン、ロベルタの7人。
今の狙撃事件のおかげでソラマリーは完全に容疑者から外れた。同じ理由でPCPIも除外していいだろう……いいよね?
残ったのは5人。マックス、※※※、ラ(略)ラ、ヨハン、ロベルタ。だいぶ犯人が絞れてきた。

だが、残ったのはどいつもこいつも怪しい奴ばかりだ。

マックスは技術主任なので簡単に武器を調達できるし、※※※は論外、ラ(略)ラは変に事情通だったし、ヨハンもキナ臭い事を言っていた気がする。
ロベルタは微妙だが、あの凶暴さとケントの遺作だという事も加味するとあなどれない存在だ。
てか、どうやって捕まえよう。秘密道具は卑怯だし、証拠とかも残ってないんだろうなぁ……現行犯で捕まえればいいのかもしれないが、そんなミスをするとは思えないし。  

……罠を仕掛けるか?

「ところでソラマリーさん、あなた全然使えませんね」
「……な二?」

黙祷を続けていたソラマリーは鋭い視線でこちらを射抜いてきた。目なんかついてないけど。

「仮にも機械なのに、パランボロン星人に技術力で負けてるってどういう事なんですか。秘密道具なんて本来ならあなた達が持ってなきゃおかしいでしょう。やる気あるんですか?」
「やる気の問題ではなイ。オレ達も技術力では奴らに劣っているわけではないガ、ああいった物を作り出す発想が無かっただけダ」
「酷い言い訳ですね。発想力なんて科学者にとっては一番大切なものでしょうに。だから全宇宙ロボットコンテストでも予選敗退するんですよ」
「なぜそれを知っていル!?」
「あなたの顔見てりゃわかりますよ、しみったれた負け犬の顔を見ていたら、ね」

適当に言ったが図星だったらしい。何でも言ってみるものだ。

「……お前は何を言いたいのダ、オレ達スクラップを嘲りたいだけなのカ?」
「べっつにー、ただ私はパランボロン星人なんかに負けない技術を持った宇宙人が、私に事件解決に役立つアイテムを作ってくれないかなーって思ってるだけですけど」

全く期待していないが、もしかしたらという事もある、本当にそんなアイテムが出来たら儲けものだし、出来なくても私の懐は痛まない。
ソラマリーはしばらく無言だったが、ここまでボロクソに言われて腹が立ったのか、私の挑発に乗ってきた。

「……いいだろウ、そこまで言うのならオレ達の実力をその目に焼き付けて見せよウ」
「へー、期待してませんけど、作ってくれるなら早くしてくださいね。その方がパランボロン星人との格の違いを見せ付けられますよ」
「ふン」

ソラマリーは鼻(?)を鳴らし、この場から去ろうとする。やる気を出してきたのだろうか。

「さっそく作業に取り掛かるんですか?」
「勘違いするナ。オレ達スクラップは『今日やれることは明日やる』がモットーの種族なのダ、オレがこのタイミングで姿を消すということ、それはつまり――」
「つまり?」
「――明日から本気出ス」

明日って今さ!

ダメだこりゃ、乗り気になってくれたのは良いが使えそうにない。
所詮スクラップはスクラップという事か、落ちこぼれの冒険者が魔王を倒すなんてお話の中だけでの出来事だ。それにこの話はミステリーという建前だし。
ゴロゴロと音を立てながら去っていくソラマリーを見て、感心したようにMJが呟く。

「『今日やれることは明日やる』か、良い言葉だったね。はーちゃん」

ぺシッ。

「あいたっ」
「今日やれる事は昨日の内にやっておくんですよ。そろそろ光化学スモッグがこの辺りにも広がってくる時間です、移動しましょう」
「次はどこに行くの?」
「マジックマッシュルーム。マックスの秘密基地です」








[22517] 二日目・中編
Name: root25◆df92673c ID:a0125701
Date: 2010/10/20 20:24



光化学スモックから逃げるために死の走り幅跳びを行なったり、女の子をジャイアントスイングで投げ飛ばしたりと忙しかった私達だが、どうにかマジックマッシュルームまで辿り着く事が出来た。
途中に遭遇した廊下で儀式とやらをしているクリミナルどもが本当に邪魔だった。
奴らは歩いていると突然カクカク廊下を反射しながら突進してくるのだ。鬱陶しくてたまらない。
そんな苦々しい思いを噛み締め、扉を開けて中に入ろうとすると、私がドアノブに手を触れる前に扉が勝手に開く。ついに私は超能力に目覚めてしまったのだろうか。

超能力探偵・地獄極楽鳥鋼。新シリーズ開始の予感である。

「ん?」
「おや」

開かれた扉から姿を現したのはクリミナルだった。私は無言でキックをぶちかます。

ゲシッ。

「痛いっ! 何をする!」
「邪魔です、どきなさい」

この真っ黒い姿を見るだけでムカついてくる。前に※※※と約束したので蹴ったりはしないが、代わりにキックを入れてやった。約束を守る女、地獄極楽鳥鋼に清き一票を。

「何て奴だ……!」

そう吐き捨て、その場から去っていくクリミナル。逃げ足の速い奴め。
私に勝とうなんざ百年早いわ。

「はーちゃん。いいの? あの人たぶん『ピ――』だよ」
「え、マジ? 市民Aじゃないの」
「うん」

皆同じ姿だったからわからなかった。何故MJはクリミナルの見分けがつくのだろう。戦闘者としての勘だろうか。※※※の霊圧が……消えた? とかそんな感じで。

「まあ『ピ――』だか『プ――』だか『ポ――』だかをキックしたって地球の自転がズレるわけじゃないでしょう。なら別にいいです」
「ありえない納得の仕方だね……。でもそこに痺れる憧れちゃうなー」

よきかなよきかな。私はMJの熱い眼差しを一心に受けながらもマジックマッシュルームに入室した。
さてマックスは……いた。ケントくん人形とせんとくん人形で遊んでいるようだ。今は二人のために結婚式のセットを作っているらしい。無駄に手が込んでいる。

「こんにちはマックスさん」
「ちーっす」
「ん? 何だ、あなた達か。僕に何か用? もしかして犯人が見つかったとか」
「見つかったか見つかってないかで言えば、見つかってません。でもほとんど見つかったようなものです。嘘ですけど」
「そうか……見ての通り今忙しいんだよ。兄さんとせんとくんがもうすぐ結婚するんだ。僕が仲人をやるから、色々と手配しなくちゃいけないし」

ちょっと見ないうちにマックスの頭が愉快な事になっていた。

「さっき『ピ――』さんとすれ違いましたが、二人で何を?」
「ああ……、以前彼に『俺はスピードの向こう側に行きたいんだ。頼む博士、新型を開発してくれっ……!』って言われててね。彼は僕が新しく作った全身タイツを取りに来てたんだ」

あれやっぱタイツだったのか。

「そんな馬鹿ほっといてくださいよ……。タイツの改造はどのように?」
「攻撃力と防御力を上げてみたんだ。タイツを装着したまま標的にぶつかると、作用どころか反作用のエネルギーさえも全くロストせずに相手に伝わるようにしてあげたのさ」

スピードはどこに行った。

「さすがと言っていいか……何でも作れるんですね。そういえばプテラノドンさんが解体されていましたが、あんな風に血の一滴も流さずに体をバラバラに出来る道具ってのはあるんですか?」

今日の昼飯何食う? そんな軽い感覚でプテラノドンの死因を尋ねてみる私。

「プテラノドン……。兄さんと彼女が死んだおかげで全ての仕事が僕に回ってくるようになったんだ……。フフ……フフフ……僕はただの研究者だぞ? どうかしてるんじゃないのかあの愚民ども……」

大変だ。マックスがフォースの暗黒面に落ちている。
昨日プテラノドンがマックスに仕事を丸投げするとか言ってたが、奇しくもその予言の通りなってしまったわけだ。

「それで、解体だっけ? そんな用途が限られた道具は無いけど、似たような事が出来る道具は盗まれた物の中にもあるよ。少し特殊な道具で、CFCとの併用は無理だったはずだけど」

ちくちくと人形に着せるウェディングドレスを縫いながら答えるマックス。手縫いとは気合入ってるな。
MJはマックスが用意した教会セットの内装が気に入らないのか、勝手に配置を変えていた。
カントリー系からパンク系にするみたいだ。どこまで彼に追い討ちをかけるのだろうか。

「ふむ……。金星人の皆さんが皆殺しにされたみたいですが、さすがにこれだけ殺すには時間がかかるのでは?」
「LRGは多重ロックオンも可能だから、先にロックオンだけしておけば、トリガーを一回引くだけで全滅させられるよ」

うっへー、なんという危険な兵器。反則すぎる。

「何でそんなヤバイ道具を作ったんですか。あなたの惑星は平和だったのでしょう?」
「自分の星が平和でも他の惑星が平和主義者ばかりとは限らない。自衛のために作っただけさ」
「それで盗まれてたらお話になりませんね」
「……耳が痛い。でも人の物を盗む奴がいるなんて僕の惑星では教わらなかったからなぁ……」

これがゆとり教育の弊害か。敵が持ってる武器を奪うなんて基本中の基本だろう。たまにトラップを仕掛けてくる狡猾な奴もいるけど。
MJが持っている神の短刀『星斬り』だって、以前私達が飛ばされた異世界からかっぱらってきた武器だし。もちろん無許可で。

「っと、そんな小言を言うためにここに来たわけではないのでした。実は、あることを実行するため、その目的に沿った道具が欲しいのです」
「目的に沿った道具?」
「それはですね……ごにょごにょ」
「……そんな無意味な道具は持ってないけど、それぐらいだったらちょっと時間を貰えば作れるよ」
「本当ですか? では是非お願いします。これも犯人逮捕のためですので」
「仕方ないな……」

ぶつぶつ文句を言いながら奥に引っ込んでいくマックス。
道具が出来るまでは暇だ、MJと一緒にケントたちの結婚式場を滅茶苦茶にしておいてあげよう。

「MJ、ここに戦車を置いたらどうですか?」
「いいね。神父さんの横にジェイソンを配置するのもおもしろいかも」
「せんとくんの角をケントのお腹に突き刺しておきましょうか」
「うわーはーちゃん大胆だね。教会がちょっと新しすぎるから何箇所か壊しておこうよ」

喜べマックス。お前の兄さんの結婚式はここに集まった二人の芸術家の手によって一つのアートに生まれ変わろうとしているぞ。
本来なら代金を請求する所だが、そこはお前が作ってくれる道具と引き換えという事でチャラにしてやろう。等価交換というわけだ。

「ぎゅわーん、ばりばりばり」
「ずどどどどっがーん」

MJはせんとくんを、私はケントくんを手に持ち、二つの人形を縦横無尽に戦わせた。結婚前のちょっとしたイベント。
私達のアートは本来動けない彼らに命を吹き込み、躍動感を生み出す事で見るものを感動させるのだ。

最終的にハリウッドアクションで教会を粉々にし終わった頃、マジックマッシュルームの奥からマックスが戻ってきた。
大体30分ぐらいか、仕事が早いな。

「これが約束のブツだよ。どうぞ」

そう言って手渡されたのは市販されているようなセロハンテープ。こんなナリをしているが秘められたスキルはただ事ではない。

「ありがとうございます。忙しいところを失礼しました。私達はこれでおいとましますね」
「別にいいよ。ちょっとした息抜きにもなったから」

道具開発が息抜きとは根っからの研究馬鹿だな。

「ここにきて犯人の攻勢が激しいものになっています。すでに各惑星の代表も何人か殺されてますし、マックスさんも気をつけてくださいね」
「ああ、僕の順番はまだ先だろうから、それまで精一杯生きる事にするよ。僕と彼女の生きる道をね」

そしてマックスはクイ、と眼鏡を上げた。何か上手い事でも言ったつもりなのだろうか。

「さ、行きますよMJ」
「はーい。せんとくん達の結婚式には私達も呼んでね?」
「わかった……って……あ……れ……?」

焼け野原と化した教会を見て驚愕するマックスを残し。私とMJはマジックマッシュルームを逃げるように後にした。



◇◇◇



「次はどうするの? 明日までに犯人を見つけないと不味いんだよね?」
「それはタコ野郎が生きていた時にした約束です。彼が死んだ今残っているのはソラマリーさんだけなので、適当に口車に乗せて誤魔化します」
「うわぁ……、もう探偵っていうより詐欺師みたいだね。よっ、宇宙一の卑怯者!」
「ふふん、卑怯は褒め言葉。というわけで次はここに行きます」

私はパンフレットを取り出し、最後のページに描かれているマップの一部分を指差した。

「『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』?」
「そうです。無垢な少女のように純粋な心を持っている私は、この部屋についている名前にすっかり騙されていました。納豆についているカラシはチューブのカラシよりも辛さが抑えられていますよね? あれは納豆本来の味を壊さないように配慮しているからです。そしてあのカラシは納豆以外の様々な用途にも使えます。例えば絵の具の代わりだとか、ね」
「こんなつまらなそうな部屋に行ってどうするの?」
「MJ、MJMJMJ。物事には色んな見方があるという事です。『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』……なるほど、さぞかし全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋なんでしょうね。だから、普通の人はこんな部屋に寄り付かない」
「!?」
「犯人が秘密道具を隠すにはもってこいの部屋です。これが『怪しい部屋』と表記されていたら直ちに発見されていた事でしょう。こんな盲点をついてくるなんて、犯人はさぞかし頭の良い人物なんでしょうね」
「全然気付かなかったよー」

犯人のIQの高さに舌を巻きつつも『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』に向かう私達。
『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』は配置も絶妙だった。
機関室の奥のさらに奥という、普通に暮らしていれば生涯縁の無さそうな場所なのだ。何で こんな所に部屋を作ったのか素で疑問だ。
だが、人知れず犯行を行なうには最適な場所でもあった。ここに隠されている秘密道具を抑えれば、もしかしたら指紋を採取して犯人を特定できるかもしれない。
例えそれが無理だったとしても何らかの手がかりがある事うけあいである。

「はーちゃんは誰が犯人だと思ってるの?」
「マックスか『ピ――』さんか林さんか。三人の誰かだと思います」
「ヨハンちゃんも十分怪しいと思うけど」
「女の子は犯人じゃない方向で」

この物語は私の気分によって犯人が変わります。既存のミステリーに飽きた人にもオススメです。
ツーマンセルを組んだ私とMJは、行く手を阻む宇宙人を的確に狙撃する。
途中で5歳ぐらいの女の子と遭遇したが、あんな小さい子が古の魔道書を抱えているのは不自然だ、という理由で正体を見破り、小さな頭に弾丸をぶち込んだ。一発で仕留めてやったぜ!
スワガー軍曹もかくやという破竹の勢いで進んできた私達は、数時間ほどうろついてようやく目的地に辿り着く。

「おや。林さんじゃないですか」
「ん? 君達か、奇遇だね。こんな所で出会うなんて、僕達は運命という見えない力で結ばれてると思わないかい?」
「突き落としますよ」
「……」

直径ン十メートル、深さは確認出来ない程の大穴。その前にラ(略)ラが立っていた。
マップによればここが『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』となってるんだけど……。

「凄いねこの穴。ゴンさんが掘ったのかな?」
「さすがの彼でも鉄を掘り進むのは辛いでしょう。……で、林さんはこんな所で何をしてるんですか。飛び降りるなら手伝いますよ?」
「ち、違うよ。『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』に用があってここまで来たんだ」
「用事?」
「パンフレットについてるマップがあるだろう? それを見てたら巧妙に隠されてるけど『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』っていう物凄い香ばしさを放つ部屋がある事に気付いてね。何か犯人に繋がる手がかりがあるかもしれないと思って……。君達もその口なんだろ?」

いるよねー、既に探偵役がいるのに自分勝手に動く勘違い男って。それでトンチンカンな推理を披露して皆を凍てつかせちゃうの。もう見てらんないって感じ。

「それで実際に来てみたけど、あったのは大穴だけで、足止めを食らってるわけですか」
「あ、いや。この大穴の下に『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』って事はわかったんだ。でも僕にはここから降りる術がないからね。今は彼女が調べに行ってるのさ」
「彼女? ああ、あなたの彼女と言えばヨハンさんでしたね」
「そういう意味じゃない!」
「またまたー、ねーMJ」
「ねー」
「その意思疎通にはどのような意味が込められているんだい!?」

この大穴の下に部屋があるのか。ヨハンは浮遊移動をしていたから確かに降りるのも不可能ではないだろう。この深さだ、私にはちょっと無理そうだが、MJならいけるかな。

「MJ、私をお姫様抱っこしてここを降りられますか?」
「どうしてお姫様抱っこ限定なのかはわからないけど、ちょっと無理かな。私一人なら大丈夫だよ」

駄目か……。かといって、MJ一人を送ったとしてもロクに情報を集められそうに無いし。ここはヨハンに任せちゃおう。

「ところで、女好きの林さん的にはクリミナルの女の子ってアリですか? ナシですか? アップルですか?」

性別が存在するかも怪しいが。

「アリかな。彼女達は全身タイツという極めてマイナーな属性を兼ね備えているからね。普段は顔を隠す美少女が、僕の前でだけ全身タイツを脱ぎ捨て、はにかんだ笑顔とともに秘められた心を解き放つんだ。素晴らしいね」
「セクハラです。落としますよ」
「君が聞いたんじゃないか!?」
「イケメンだからって何言っても許されるとは思わないでください。ストップ、イケメン。ワタクシ地獄極楽鳥鋼は探偵に優しい社会を望んでいます」
「途中から君の願望になってるよ!?」
「全身タイツは許容できるのに、ヨハンさんのアプローチにはあまり良い反応を返しませんね。彼女では駄目なんですか?」
「うーん。かわいいとは思うし、好意を持たれているのも嫌な気はしないよ? でも、カレーライスはね……」
「彼女、美味しそうですよ、ある意味では」
「僕はレクター博士じゃないからね……。彼女がハヤシライスだったら考えたかもしれないけど……」

味か、味の問題なのか。

「MJはどう思います? 外見で人を差別する男って」
「最低だよねー」
「いやいや! 限度ってものがあるだろう!?」
「イケメンだからブスとか相手にしないんですよ、きっと」
「死んじゃえばいいのに」
「いやいやいや! ブスとかそういう次元じゃないよね!?」

中々面白いイケメンだ。からかいがいがある。

「まあ苛めるのはここまでにしておきましょう。それで林さん。どうみても怪しいクリミナルの皆さんですが、『ピ――』さんについて何か良い情報を握ってませんか? 実は彼が共産主義者だったとか」
「……僕は男には興味無いからね。彼本人の事は知らないけど、クリミナル全体については少し知ってるよ」
「それでいいです。教えてください」
「クリミナルは厳密には種族ではなくて、惑星ゴートヘルに集まった人たちの総称なんだよ。惑星ゴートヘルには最初は誰も住んでいなかったんだけど、しだいに犯罪者や亡命者みたいな、自分の惑星に住めなくなった人たちが住み着くようになってね。彼らは時が経つにつれて少しずつ増えていき、やがて国家が出来た。彼らが全身タイツで姿を隠しているのは銀河パトロールに見つからないためなのさ。宗教上の理由にしておけば、うかつに手が出せないから」
「そんな奴ら乗せんなよ!」

自分から殺してくださいって言ってるようなものだ。一体何を考えているのだろう。

「い、いや。それは大昔の話さ。今はその犯罪者達の子孫の子孫の子孫の子孫ぐらいに代わってるから。危険思想も無くなったみたいだよ。全身タイツは風習になって残ってるみたいだけど」

なんだ、そいつを先に言ってくれ。ビックリしたわー。

「あの儀式は何の意味があるんですか?」
「ああ、アレか。母なる大地で体を擦る事によって、己の罪や穢れを落とすって意味があるらしいよ。わざわざマックスに頼み込んで床の重力設定を変えさせたらしいから、相当なものさ」
「馬鹿なんですか?」
「本人達は大真面目なんだ。そういう身も蓋も無い言い方は可哀想だよ」

見解の相違って奴か。私達もお正月にはルービックキューブをフライパンで炒めたものを使って砲丸投げをするけど、それも宇宙人からみたら理解出来ない風習に見えるのかもしれない。

「あ、はーちゃん。ヨハンちゃんが戻ってくるよ」
「ん?」

MJに言われて穴を覗いて見るが、何も見えなかった。でも多分ヨハンはいるのだろう。MJは視力6.0とずば抜けて目が良いから。

「恋人のお帰りですね。私達の事は空気だと思って、遠慮なくぶっちゅーぶっちゅーやってもいいですよ」
「だから恋人じゃないって!」
「今のは私の隣にいる浮遊霊のナハト君に言ったのですが。もしかして心のどこかで彼女が自分の恋人だって認めてたんですか?」
「あーもう! ナハト君って誰なんだよ! どこにいるんだ!」

ラ(略)ラはついに狂ってしまったのか頭をガリガリと掻き毟り、唐突に転んで底の見えない穴に落ちていった。

……。
……。

「え?」

グシャッ。

『キャ―――――――――――――ッ!』

遠くから何かが潰れたような音が響き、続いて女の子の叫び声のようなものも聞こえてきた。

「あれ? いま林さん落ちました?」
「落ちたねー」
「ああそうですか。落ちたんですか」
「ずっこけて落ちたねー」
「何故唐突に転んだんですか? もしかして私のせい?」
「あれが原因じゃないかな」

そう言ってMJは、地面をちょろちょろ歩いて逃げだそうとしている殺し屋ファッションの人形を指差す。
私はそれを捕獲しようとしたが、殺し屋人形は触れた瞬間に人体自然発火を起こし、消滅してしまった。プロの仕事だ。

「さっき、今の人形は新陰流奥義、『転(まろばし)』を使ってラ(略)ラを転ばせてたよ。人形だからって侮らない方がいいね」
「『転』ってそんな技でしたっけ?」

というか見てたんなら助けろよ。MJは結構非情だった。
あの人形、十中八九秘密道具の類だろう。CFCとLRGを使えば楽に殺せるのに、わざわざこんな原始的な方法で殺すなんて、何か意味でもあるのか。
犯人は恐らくこちらを監視している。頭上にCFCの空間は見えないが、そんな道具等いくらでもありそうだ。
だが、なぜ私を狙ってこないんだ。こそこそと自分を嗅ぎ回っている奴がいたら普通は殺したくなるだろう。少なくとも私はそんな奴がいたら殺している。
……まさか、私が宇宙皇帝だから殺せないのか? 宇宙皇帝は宇宙を開拓し、様々な惑星を生命が住めるようにリフォームした宇宙人全ての母親と言ってもいい存在だ。
いくら快楽で人を殺す大量殺人鬼といっても、そんな大恩人は殺せないというわけか。納得した。

「はーちゃん。はーちゃん」
「ん?」

クイクイと私の袖を引っ張るMJ。

「下のほうからすっげえ気を感じるよー」
「下? 下には林さんの死体しか……」

いや、違う。
もう一人いたはずだ。
その存在にインド人もビックリ。一晩、いや、二晩は寝かせたカレーライスであるヨハンが。
彼女はペットボトルロケットもかくやという勢いで地下王国から飛び出してきた。
そして空中で静止し、私達の姿を見つけると、何が起きたのかを察したらしく、『おたくの所の新商品を買ったが美味しくなかった。金を返してほしい』レベルの凄まじいクレームをつけてくる。

「あんた達が……あんた達がラ(略)ラを突き落としたのねっ!」

あの様子だと目の前で恋人が死ぬのを目撃してしまったか。ルーの色はドス黒く変色しており。その味は辛口どころか激辛の域にまで達していた。

「違います! 私達は彼が殺し屋人形に突き落とされるのを黙って見ていただけです!」
「そうだよ! 助けようと思えれば助けられたけど、面倒くさかったから見捨てただけなの! お願い、信じてヨハンちゃん!」
「ラ(略)ラの仇ィィィィィィィッ!」

私とMJの必死の説得も虚しく、ヨハンは激昂してしまった。何がいけなかったのだろう。もう少し悲しいフリをしとけば良かったか。
怒り狂った彼女は空中で高速回転を始め、その遠心力によって真っ黒に染まったルーを放出してきた。

「……っ! はーちゃん危ないっ!」

放出されたルーがこっちに向かっているのに気付いたのか、MJが私を抱えて後方に飛びのいた。ありがとうMJ、愛用のコートがカレー臭くなる所だったぜ。

ジュウウウゥ……。
 
私の代わりにブラックルーを受け止めてくれた床くん(最近彼女が出来たらしい)は、その辛さに驚き、鋼鉄で出来た体を跡形も無く溶かし、天に召されていった。

「……」
「……」

ヤバい!

死ぬ! 死ぬ! あんなの食らったら絶対死ぬって!

乙女の愛情は鉄をも溶かすのか、ほどよい辛さだったヨハンのルーは。当店特製の激辛カレーライスという名の劇薬に変貌を遂げていた。

「はーちゃん。ちょっと隠れてて、私がヨハンちゃんの相手をするから」
「死ぬ気ですかMJ!? 一緒に逃げましょう!」
「逃げても追いかけてくるだけだよ。攻撃は最大の防御だって言うし。ここでヨハンちゃんに完全なるトドメを――刺す」
「MJ……」
「心配しないで。私、この戦いが終わったら、はーちゃんと結婚するんだ……」
「MJェ―――――――――――っ!」

不吉な言葉を残し、MJはヨハンの命を討ち取るために黒い手袋を装着して、大穴へとその体を投げ出した。
お、今の私すっごいヒロインっぽくね? ヒーローとヒロイン役が務まるなんてさすが私。天は二物を与えずとは言うが、この鋼ちゃんには当てはまらないらしい。
少し大穴から離れて様子を見ることにしよう。

「ウシャウッ!」

女の子とは思えないような恐ろしい声でヨハンが飛ばしてくるルーを、MJはポケットから取り出した『星斬り』を使って上手に捌き、空に浮かんだ本体の懐に潜り込む。
わが幼馴染とはいえ信じられない跳躍力だ。

「ふっ!」

そして一閃。

MJが狙ったのはルーとライスではなく、それを支えているカレー皿だ。あれを壊せばヨハンはカレーでは無くただの残飯になってしまうだろう。いい狙いだ。
だが、ヨハンもそれはお見通しだったのか、体勢を代えるだけで斬撃を回避。同時に未知のサイキックエネルギーによる攻撃をMJに叩き込んだ。
意外に冷静な判断だな。彼女もまた戦闘者という事か。

「……っ!」

至近距離でブリット(無属性・消費MP3)の直撃を受けたMJはそのまま奈落の底へ落ちるかと思われたが、彼女はナイフを握っていない左手の袖口から鋼糸を発射。
上手いことそれを壁の出っ張りに引っ掛け、海腹川背ばりのワイヤーアクションを決めて再びヨハンに接近していく。

「す、凄い……」

あの二人、落ちながら戦ってる。

目の前で繰り広げられる、人とカレーライスという異色の戦いに私の視線は釘付けにされていた。

溶解液と化したルーと、散弾銃並の速度で打ち込まれるライス、それに謎のサイコパワーで戦うヨハン。
メイン武器の星斬りと、体中に仕込まれた暗器、そして体術とワイヤーアクションを駆使して戦うMJ。

まともに戦えばMJが勝つだろうが、いかんせん足場が悪かった。奇しくもこの大穴はヨハンの味方をしており、逆にMJの動きの邪魔をしている。
空中をありえない速度で目まぐるしく動き回り、お互いの命を奪うために戦う二人。彼女たちの攻防によって、どこの戦場だと言いたくなるような激しい戦闘音が辺りに響く。

戦況は一進一退、どちらも決め手に欠けていた。

ならば、この鋼様が加勢することによってそのハンデを無くしてあげよう。
私は息を大きく吸い込み、ありったけの力で叫んだ。

「ク シ ナ ダ ヒ メ ――――――――――――――――っ!!」

吐き出された言葉によって、ビリビリと震える鋼鉄の空間。
ちなみに今のはなんかそれっぽい名前を適当に言ってみただけだ。特に意味は無い。
ドラゴンボールばりの高速戦闘をしてるMJとヨハンは、私の大声に気付いてないのか無視しているのか何の反応も示してくれなかった。いじめ、かっこわるい。

「ちぇっ」

いじけそうになったが、私は名探偵なのでそんなみっともないマネは出来ない。
威嚇が通じないなら直接攻撃をするまでだ。私はポケットにミッシリとつまっているニッキ飴を大穴にばら撒いた。

「っ!」
「ナイスだよ、はーちゃん!」

ギリギリ視認出来る速度までスピードを上げていたヨハンにとって、ただのお菓子であるニッキ飴はメテオ並の威力を誇る凶悪兵器と化していた。私もビックリだ。
投げられたニッキ飴一粒の直撃を受けた彼女は、カレー皿に罅でも入ったのか、慌てて動きを止めた。
逆にMJはニッキ飴が好物なので、彼女の体に飴が触れても+1という謎のメッセージが頭上に表示されるだけだった。
動きを止めざるを得ないヨハンと違い、MJの速度は更に上昇し、鋼糸による振り子移動によって、ついに無防備なヨハンの下へと辿り着く。

そしてMJは、この戦いに決着をつけるため星斬りの刃をヨハンへと向けて――

「ヨハンちゃん、めっ」

コツン。

――刃を振り下ろす事は無く、代わりに柄の部分でヨハンの皿を軽く叩いた。

そのままMJは振り子移動の勢いを殺さずに、私の傍へと着地する。もう戦いは終わったと言わんばかりに。

「MJ?」
「もうヨハンちゃんに戦う気力は残ってないよ。戦闘の最中に少し冷静になったんだね」

私には良くわからないが、戦闘民族同士何か通じるものがあったのだろう。拳だけは嘘をつかないとか何とか。
MJにコツンとされたヨハンを見ると、空中で静止したままルーの色が青へと変わり、ニンジン、たまねぎ、ジャガイモなどの具材がポロポロとカレー皿から零れ落ちていた。
肉は落としたくないらしい。

――泣いているのだろうか?

愛する恋人を目の前で失い、我を忘れて無関係の私達を攻撃してきたヨハン。元々誤解だったのだから別に彼女を殺す必要は無い。
それに下の部屋の情報を持っている彼女は、出来る事なら生かしておいた方が良かった。MJにしては気が効いている。トドメを刺すとか言ってたくせに。
あのルーとかライスとかはどうなってるんだ。無限に沸いているようにしか見えないんだが。
一家に一台ヨハンを置いておけば飢餓で苦しんでいる子供達も救われるのではないのだろうか。カレーの錬金術師ここに登場せり。

「かわいそう……。本気で好きだったんだね」

空中で具材を撒き散らすヨハンを見て、MJがポツリと呟いた。そして私の横にピッタリとくっつき、手を繋いでくる。

「そうみたいですね。関係ないけどお腹減ってきました。早く晩ご飯食べたいです」

私はMJの手首を捻り、合気道の技を使って床に組み伏せながらそう言った。
真の達人は歳をとってもその技は衰えず、むしろ更にその技に磨きをかけるのだ。MJはその事を失念していたのだろう。
お腹も減ってきたしそろそろ目的を果たして帰ろうか。

「ヨハンさーん! そろそろいいですかー? 下の部屋の情報を聞きたいんですけどー!」

呼びかけてみたが、何故か無視された。手紙にした方が良かったのだろうか?

「はーちゃん。今は無理だよ。ここは一旦引いて作戦会議を立てよう」
「む、軍師MJがそう言うのなら仕方ないな。この場は放棄するしかないな。私の胃袋もそうしろと言っているし」

MJが軍師とか何の冗談だ。軍を動かす前に自国が滅んでしまいそうだ。私が指揮を執れば敵国と自国の両方滅ぼして見せるのに。
ともあれ、栄養価満点の野菜を地面に落とし、宇宙船農場化計画を企てているヨハンは急がしそうでこっちに構ってくれなかった。
『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』の情報についてはまた今度聞くことにしよう。
私とMJは手を繋ぎ、きゃっきゃうふふと回転しながらその場を後にして食堂へと向かった。









[22517] 二日目・後編
Name: root25◆df92673c ID:a0125701
Date: 2010/10/21 21:29



「ゴチュウモンヲドウゾ」
「……その……大きな声では言えないんだけど……お子様ランチ……一つ頼んでもいいかな……?」

MJはロベルタに近づき、耳元でボソボソとそんな事を囁いていた。いい加減普通に注文しろよお前は。

「ロベルタさん、確かに私とあなたには色々とありました、しかし、いつまでもそんな事を引きずっていてはお互いにとって良くないと思うんです。もう多くは望みません、私はブブヅケ以外の料理なら何だって食べてみせます。……だからここは一つ、あなた様の寛大な所を私に見せてくれませんか?」

もうブブヅケには飽きた。屈辱だが低姿勢で頼み込む事にする。命に係わる問題だからな。

「リョウカイシマシタ、C-1バンセキデオマチクダサイ」

お、やったか? ロベルタは私の注文を素直に受け入れてカウンターの奥に引っ込んでいった。
それを見て私とMJもC-1番席へと移動する。どうでもいいけど何でC-1番なんだろうか。AとBはどこに消えたのか。まさか伏線?

「ふー、たくさん体を動かしたからお腹と背中がくっついちゃいそうだよ」
「私もです。久々の戦闘でお腹と背中がくっつくどころか突き抜けて歪曲空間を生み出しています」
「はーちゃんも頑張ったもんね。『ここは私に任せて先に行けー』だなんて、現実に言う人がいるとは思わなかったけど、カッコよかったよ」
「あの大陸横断ウルトラクイズ100問を正解するにはMJじゃ無理がありましたからね。適材適所って奴です」

つい先ほど繰り広げられたヨハンとの戦闘を振り返りながら、C-1番席に座る私達。
それと同時にMJの前にはお子様ランチが、私の前にはブブヅケが出現した。

「うん、知ってた」

悔し紛れにそう呟く。
ロベルタさんの怒りは深く、冷戦状態は継続だ。よっぽどテトリスが気に喰わなかったのだろうか? ぷよぷよ派なのかもしれない。

「またブブヅケ食べるの? 飽きないねー」

その言葉をそのままあなたにお返ししたい。
ま、今更文句を言っても仕方ないか。調味料を入れれば少しは味だって変化するだろう。
私はテーブルに置かれていた爪楊枝をブブヅケに大量投入し、味付けを森林風に変えた。

試しに一口食べてみる。

「ほー、いいじゃないか。こういうのでいいんだよこういうので」

少しチャレンジしすぎたかと思ったが意外にイケるな。何事もやってみるものだ。
自身の作り出した創作料理に感心し、バリバリモグモグとブブヅケを貪っていると、C-1番席に新たなる来訪者がやって来た。

「相席してもいいかしら?」
「どうぞ」
「おっけーだよー」

ウェルカムトゥーニューチャレンジャー。新たなる来訪者はヨハンだった。彼女はふよふよと浮きながらMJの隣に着席する。
そして彼女の前に出現するカレーライス。こいつも一食制限プレイか。ともに修羅道を歩もうぞ!

「もう大丈夫なの、ヨハンちゃん?」
「ええ、迷惑をかけちゃってごめんね。よく考えたら、あなた達が彼を殺す理由なんて無かったのに……」

あるよ。
……え!? あるの!?

「あの状況じゃ仕方ありません。一応言っておきますが、彼は連続殺人鬼の新しい秘密道具によって殺されました。私達はノータッチです」
「わかってる。あの時の私は前後不覚に陥っていたのよ、黒歴史確定だわ……」

先ほどとは違い、なんともしおらしい態度だ。ルーの色も心なし白っぽいし、誰か傷心の彼女を慰めてあげてー。

「まあ、お互い無事だったので過去の事は水に流しましょう。それよりも今は情報が欲しいです。結局、『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』の件はどうだったんですか?」
「……ああ、それ。『全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋』は全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋だったわ」
「は?」
「何も置かれていない真っ白な部屋だったのよ。サイコスキャンを使ってみたけど、何の反応も無い、そりゃもう誰が見ても、全然まったくこれっぽっちも怪しくない面白みの無い部屋だって言うでしょうね」

こんだけ引っ張っといてそんなオチか。ふざけている。

「ふう……何か手がかりがあると思ってたんですが……。設計者の趣味で作ったんでしょうかね」

あの手の連中は何を考えているのかわかんねーからな。

「ヨハンちゃん達って何であの部屋を調べようと思ってたの?」
「私はただの付き添いよ。ラ(略)ラがどうしてもあの部屋の事が調べたいって言ってきてね。デートの約束を取り付ける代わりに同行してたの」
「林さんが? どうしてそこまで……」
「あら、知らなかったの? 彼はスパイだったからよ」
「え、スパイって設計図を巡ってナイフや警棒で殺し合いを繰り広げる、あのスパイですか?」
「そのスパイかはわからないけど、この船の情報を色々と探っていたのは間違いないわね」

確かに、ラ(略)ラは他惑星の種族についても詳しかったが、それは彼が諜報員だったからか。

「プレアデス星人はパランボロン星人と敵対しているんですか?」
「詳しいことは知らないけど、たぶん、発達した科学技術が欲しかったんだと思うわ。種族全体としては仲が良いみたいだし、恐らく彼だけにそういう任務が通達されていたんでしょうね」
「ヤナハナシダナー」

女好きの軽薄男みたいな性格は演技だったのだろうか、いや、あれは素だろう。

「それを知っててもヨハンちゃんはあの人が好きだったんだ。どんな所に惹かれたの?」
「顔」
「……」
「……」

ヤナハナシダナー。

「……そうね、よく考えたら、プレアデス星人にはヨハン以外にもいい男はたくさんいたわね。うん、いつまでもくよくよしてるのも私らしくないし、さっさとラ(略)ラの事なんか忘れて、新しい恋でもしてみようかしら」

ひでえ。
ヨハンの美的感覚ってどうなってるんだ。ターメリック星人とプレアデス星人では姿形がまったく違うのに。
ターメリック星人の男性は人間タイプなんだろうか。近づきたくない惑星だな。

「そうと決めたらさっそく行動よ! じゃあね、鋼、MJ。今度は一人や二人いなくなってもいいように、プレアデス星人のイケメン達を集めてハーレムを作ってみせるわ!」

速攻でカレーライスと融合したヨハンは、夢見すぎな事を言い残して食堂から去って行った。立ち直り早すぎ。まじありえねー。

「ま、理由はどうあれ、元気になったのは良い事ですかね」
「うんうん。憎しみは連鎖するし。悲しみは何も生まない。元気なのが一番だよ」

ぺシッ。

「あたっ! 何で叩くの!?」
「なんとなくです」
「ひどい!?」



◇ ◇ ◇



食事を終えた私とMJは自分の部屋に戻ることにした。
なんだか胃袋がちくちくと痛む気がするが気のせいだろう。鋼ちゃんは強い子なのだ。

「あれ、はーちゃん。床に何か書いてあるよ?」
「ん?」

自室の前に辿り着くと、突然MJがそんな事を言い出してきた。
彼女の言うとおりに床を見てみると、ナイフか何かで刻まれたような文章が書かれていた。この船の床は綺麗に掃除されているので一際目立つ。

「もしかしてこれって、ダイイングメッセージじゃないかな。プテラノドンちゃんはこの辺で死んでたよね?」
「そうかもしれません」

あの状態でダイイングメッセージが残せたのか。凄い執念だ。
そういや、プテラノドンの死体ってどうなったんだろう。誰かが片付けてくれたのかな?

私はしゃがみこんで、プテラノドンの残したダイイングメッセージを読み取り始めた。


『拝啓、地獄極楽鳥鋼さま、お元気ですか? 私は元気ではありません。もうすぐ死んでしまいます。せっかくあなたのような素敵な人と出会えたと言うのに、このような突然のお別れとなってしまったこと、真に残念と思います。さて、挨拶はこれぐらいにしておいて本題に入りましょう。これから書き記すのは一人の男のお話です。きっとあなたの推理のお役に立つはずです。……男の名前はティラノサウルス。美しい妻と可愛い子供二人に囲まれて、日々を平穏に暮らしていました。仕事も私生活も文句のつけどころもなく、それはそれは大層幸せな暮らしだったそうな。だけど1999年7の月、音楽プロデューサーだった彼は仕事上での事故によって命を落としてしまいました。マイクが爆発したそうです。本来ならここで終わるはずだった彼の人生ですが、死んだはずの彼は、天使を名乗る男によってもう一度現世に返され、復活しました。……ところが、この天使というのが曲者で、再び蘇ったはずのティラノサウルスは、以前の男前な容姿ではなく、トカゲ人間のような化物じみた姿に変えられてしまったのです。魂は本人のものですが、体はトカゲ人間。彼はその事実に恐怖しましたが、最愛の家族なら事情をわかってくれるはずだと思い、身を隠しながら家へと戻りました。そして家族と出会った彼ですが、説明をする間もなく、顔を会わせた瞬間に彼の妻と子供達は悲鳴を上げて逃げ出してしまいました。哀れなり。彼は呆然としてしまい、しばらくの間自分の家で停滞していたのですが、やがて妻が呼んだと思われる珍獣ハンターが到着。彼と鉢合わせをしてしまいます。彼はハンターを傷つける気などありませんでしたが、化物を目の当たりにしたハンターはそんな彼のちょっとした心遣いを無視して、発砲をしてしまいます。全弾打ち込んだ挙句わざわざリロードして再度打ち込むような徹底ぶりで、お前ただ銃を撃ちたいだけちゃうかと、思わずそう言ってしまいたくなるような執拗な攻撃でした。おかげでティラノサウルスは死亡。せっかく生き返ったのにすぐに死んでしまったわけですね。これなら家族と会わずに最初に死んでしまった方がマシだったのかもしれません。……さて、結局私が何を言いたいのかと言いますと。たとえ家族を愛する誠実な男の魂が宿っていたとしても、体が凶悪な化物だったら、人は内面よりも外見を重視した行動を取るって事です。犠牲になったティラノサウルスさんのご冥福を祈ります。あと私の冥福も祈ってくださいね。敬具』


「なっげえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」

こんなの書いてる時間があるんだったら逃げろよ!
結局私が何を言いたいかと~って、犯人の名前を言えよ!

これをダイイングメッセージだと言うのは全国の被害者さんに対しての冒涜だろう。しかも内容が暗いし、救いの無い話だし。

「かわいそうだね。このティラノサウルスって人」
「名前のせいでちっとも感情移入できませんけどね」

書いてある内容はレプティリアンに伝わる昔話か何かだろうか。そんなの死の間際に書く必要があるのか。

「内面と外面の違いねぇ……」
「ツンデレって事かなー?」
「!?」

た、確かに。MJの発言も一理ある。この物語の登場人物でツンデレって誰がいたっけ。
ヨハンはそれっぽかった。そして、私もツンデレだった。え? この二人だけ? じゃあ犯人ヨハンじゃん。

「あっさり犯人が見つかりましたね」
「女の子は犯人にしない方向だったんじゃないの?」
「と、そうでした。残念」

今はそういう縛りプレイの最中だった。どうにかしてマックス、※※※、ソラマリーの三人の誰かを犯人に仕立て上げなくてはならない。
やれやれ、いっそのこと犯人だけが生き残るまで待っていようか。めんどくせぇー。
ツンデレ情報が使えないと言うのなら、もうダイイングメッセージには用が無い。私とMJは自室へと戻った。

「先にお風呂使っていいですよ」
「はーい」

そう私に促され、何の疑問も抱かずに風呂場へと向かうMJ。

かかったな、アホが!

ここからは大人の時間だ。無駄に育ったその体をこの私が隅々まで観察し、徹底的に描写してやる。いわゆるサービスシーン。物語のちょっとしたスパイスである。

若干の間を置き、聞こえてきた音によってMJがシャワーを浴びている事を確認した私は、風呂場の扉の前に堂々と立つ。

「むむむむっ」

今回覗きに使用するのは、こないだ開発したばかりの透視能力だ。
悟りを開けそうなぐらいに集中し、扉越しに一糸纏わぬ姿をさらけ出しているMJの姿を睨みつける。

……。

きた……。

見えてきたぞ……。

「おほっ、こりゃたまらん」

透視能力によって私の脳味噌に送られてきた映像は、大変、いや、変態よろしいものだった。

まずは頭蓋骨だ。頭頂骨、前頭骨、側頭骨、後頭骨はツルツルとしていて、そこに入った骨の継ぎ目も深い味わいを持つ模様に見える。
眼球のくぼみも可愛らしく、MJのキュートな眼球がいつもここに収まっているのかと考えると興奮さえ覚えた。
上顎骨と下顎骨の間に存在する歯の並びはとても綺麗で、彼女の白く美しい歯を支えている事を消極的にアピールしている。

……って、頭部はいつでも見れるじゃないか。もっと下を見よう。
私は頚椎の複雑な形に目を奪われつつも、彼女の胸部骨格に注目した。

「ハァ……ハァ……」

胸骨を中心にして、内臓を覆いつくす肋骨の群れ。そこから覗く肩甲骨や胸椎が醸し出す健康的なチラリズム。
体を洗っている最中なので、時々肋骨と重なる腕部の尺骨と橈骨が良いアクセントになっていた。この隙間は私の大好物だ。

「さ、鎖骨は……」

パジャマ姿をしている時には、チラリと見える程度の鎖骨。
いつも気になっていたそれを、今この瞬間だけは堂々と見ることが出来るのだ。私は胸の鼓動を高鳴らせ、彼女の鎖骨をそっと見つめる。
決して真っ直ぐとは言えない形のそれは、緩やかな曲線を描き、今日も静かにMJの胸骨と肩甲骨を接続していた。
結構重要な部分なのだが派手な自己主張はせず、ともすれば肋骨に紛れてしまいそうなのに、文句の一つも言わず粛々と仕事をこなすその姿。

凄い……みーちゃんの鎖骨って、あんな風になってるんだ……。

そのままずっと鎖骨を見つめていたかったが、まだMJの観察は終わっていない。
私は大切な幼馴染の体を覗き見る罪悪感と興奮を胸に抱きつつも、視線を下にずらし、その場所を注視した。

――骨盤。

腰椎そして上半身、いや、人の体を全てを支える骨格界の横綱とも言える存在。蝶の様に自然なフォルムに私の目は釘付けだ。

「び、尾骨はマズイですよ……」

腸骨の後ろについている大層な名前の仙骨、更にその先にある尾骨は、普段は中々お目にかかれる骨ではない。
恥らうかのようにチョコンと仙骨にくっついた尾骨の様子は、必死に体を隠そうとする奥ゆかしい少女そのものに見えた。
そうそう、恥らうと言えば恥骨だが、恥骨はえろいので省略する。
というか骨盤は全体的にえろい。えろいので省略する。

その後、大腿骨もしっかりと記憶に焼き付けた私は、MJと鉢合わせないように風呂場の前から退散した。
いいもんも見れたし読者用のサービスシーンも作れたしで一石二鳥だ。今度覗く時は内臓に注目してみよう。

「はーちゃん、上がったよー。さっきは扉の前で何してたの?」
「妄想です」
「……えっち」

さて、時間も遅いし、さっさと寝ようか。
私は軽くシャワーを浴びて、ラジオ体操第一をし、シャワーを浴びて、ラジオ体操第二をする。
そしてシャワーを浴びて寝る準備を済ませた私は、布団に潜り込み、またシャワーを浴びて布団に戻った。
さすがパランボロン星人の科学力というべきか、この宇宙布団は肌触りふわふわで非常に快適だ。事務所に発注したいくらいである。

「はーちゃん。そっち行っていい?」
「……」

布団の上でごろごろ転がってるとMJが近づいてきて委員長みたいな事を言い出した。
私は無言で毛布を捲くり上げる。

「えへへ……」

今日のMJは結構頑張ってくれたから、そのご褒美だ。アメとムチは調教の原則。勇者だってそれを知っている。

「おやすみなさい」
「おやすみー」

眼を瞑って解体された羊の数を数えていると、すぐに眠気が襲いかかってきて、私の意識は完全なる世界へと沈んでいった。







感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
3.33999609947