沖縄・尖閣諸島(中国名・釣魚島)近くの日本の領海で、退去を求めた海上保安庁の巡視船に、中国漁船が衝突した事件は、偶発的なものだった。とはいえ、そこには強大な海軍力を背景にした中国のナショナリズムの高揚があり、同海域で対日限定戦争を目論む人民解放軍内の対日強硬派の影が、見え隠れする。
事件が起きたのは九月七日で、海上保安庁の巡視艇「よなくに」が、操業中の中国の大型トロール漁船「閔晋漁五一七九」を発見し、退去命令を発した。が、漁船は突然、「よなくに」に船体を接触させて逃走。追跡に加わった巡視船「みずき」にも船体をぶつけて抵抗したが、最後は停船させられ、鈐其雄船長が、公務執行妨害で逮捕された。
鈐船長は福建省出身。亡き父親も船長を務めた人物で、自らも十六歳で海に出て、二十二歳の時に船長に抜擢されている。ここで忘れてはならないのは、中国の漁船は、戦争等の非常時には海軍に組み込まれるシステムになっているということだ。
漁船とはいえ、大型トロール船の船長や機関長クラスになると、党の勉強会への出席を義務付けられ、時には軍の指示を受けて情報収集にも協力しなければならない。このため、鈐船長は尖閣諸島問題をよく理解しており、日本の領海を侵犯し、尖閣諸島へ接近すれば、日本の巡視艇に追い払われることも十分に知っていたはずだ。
中国の漁船は普段、あまり尖閣諸島に近づいたりすることはないが、地球温暖化による異常気象で水揚げ量を落とし、高い燃料費に苦しめられている。鈐船長は追い払われるのを承知で、魚影の濃い尖閣諸島に近づいた可能性も否定できない。
が、鈐船長がそう決断するに至るには、「釣魚島は中国古来の領土で、その海域で漁をして悪いはずがない」といった個人的な思いや、軍当局の黙認があったと見てよかろう。
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劣等感にさいなまれ続けた歴史を持つ中国には、急速に強大化することによって生まれた、異常なナショナリズムの高まりが渦巻いている。軍内の対日強硬派の中には、一世紀以上前の日清戦争で敗れた恥を雪ぐために、日本との一戦を望む軍人も少なからずいる。
事実、中国海軍は近年、東シナ海で限定的戦争を想定した軍事訓練を繰り返しており、中国の北海艦隊はこの三月、東海艦隊は四月、沖縄本島と宮古島の海峡を通過し、その軍事力を誇示した。
もちろん、冷静に考えれば、日中の軍事衝突は、さらなる経済発展を求める中国にとっても、望ましいことではない。中央の党指導者や、対日政策の担当者たちは、「日中関係の重要性」をよく認識している。
東シナ海でのガス田共同開発に向けた日中両国の話し合いは、胡錦濤国家主席自らが主導して動き始めたとされる。日中関係を前進させることが、中国の国益に繋がると考えたからだ。
このため、今回の衝突事件でも、胡主席は楊潔 外相一人に任せず、信頼を置く副首相級の戴秉国国務委員を、日本側との交渉責任者に充てた。これは異例なことで、中国国内の反日運動の激化や、軍の暴走を抑えるためだったとされる。つまり、中国側も必死なのだ。事故後の十二日、午前零時に丹羽宇一郎駐中国大使を呼び出したというのも、たんなる嫌味というだけでなく、中国側が相当焦っていた結果ともいえる。
尖閣諸島問題の怖さは、最悪の場合、軍事衝突に発展する可能性があることだ。今回の事件で、死者と負傷者が出なかったことは幸いだった。が、事件はまた、必ず起きる。
リベラルタイム11月号 「CHINA WATCHER」
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