尖閣諸島沖での衝突事件を巡り、日本政府の対応に「弱腰」、「腰抜け」の大合唱が起こっている。私も日本政府の対応に呆れた一人だが、しかし「弱腰外交」に呆れたのではない。日本政府の「戦略なき判断」に呆れたのである。それにしても「弱腰」と叫んでいる連中の「幼稚さ」にもほとほと嫌気がさす。つくづく外交音痴の多い国だと思う。
問題は日本の領海内で操業していた中国漁船に日本政府が「初めて」国内法を適用して逮捕した事にある。それまでの自民党政権は中国漁船を追い出すことはしても逮捕はしなかった。言い換えれば民主党政権は自民党政権の「弱腰」から「強腰」に転じようとしたのである。中国政府は初めての「強腰」に面食らったに違いない。拳を振り上げざるを得なかった。当初、私は逮捕の背景に何があるのかをいぶかった。
民主党政権は自民党政権より「反米親中」と見られているのを払拭しようとしたのか。それとも中国との間に我々が知らされていない重大事案が発生したのか。領土問題をアピールするための中国の挑発に乗せられたのか。或いは日中の対立はアメリカの利益だからアメリカに誘導されたのか。色々と想像を巡らした。
ところが公表されているのは、当時の岡田外務大臣と前原国土交通大臣が「領海内で起きた事だから粛々と国内法を適用すべきだ」と主張して逮捕に踏み切ったのだと言う。自民党政権より「毅然」としている所を見せたいという意識があったようだ。しかし民主党政権は「毅然」とする事で如何なる利益を得ようとしたのか、それが分からない。
「粛々と法を適用する」だけなら政治家は不要である。官僚に任せれば良い。政治家は「法を越えた判断」、「法を越えた知恵」を出す必要があるから存在する。そして外交には特にそれが必要だ。世界は自国の利益を得るために「法を越える」事など日常茶飯事である。嘘と謀略の世の中で「毅然として」不利益を被るのでは「バカ丸出し」と言われる。
これまで尖閣諸島は日本が実効支配してきたから日本にとって領土問題はなかった。中国が領有権を主張して漁船がやって来ても追い返せば良かった。逮捕して事を荒立てると中国の思惑通りになり、領土問題に発展する可能性があった。領土問題となれば最後は力の勝負になる。それは日本にとって現状より面倒である。
中国人船長の逮捕によって中国が反発を強めるとすかさずアメリカがやって来た。「尖閣諸島は日米安保の適用範囲である」と言って日本支持の姿勢を見せつつ、「日本の防衛費を増額して中国を牽制しろ」とか、「パラオ諸島で日米合同軍事演習をやって牽制するのも良い」とか色々提案してきた。日中が対立すればアメリカは喜ぶ。日本に協力する事で日本から金を吸い上げることが出来るからである。しかし金は吸い上げてもアメリカが日本の味方をする事は決してない。
日本では「日米安保条約で日本は守って貰える」とか「だから日米同盟が大事だ」と言う人達がいるが、それは錯覚である。「同盟」を結んだからと言って守られる事などないと考えた方が良い。日本を守ることがアメリカの国益に合致すれば守るが、不利益ならば「同盟」を破棄するか無視をする。因みに「日米安保の適用範囲」と言っても、日中が衝突したらアメリカが介入するという意味ではない。アメリカは領土問題にはあくまでも中立の立場だと主張している。
当たり前の話だが日中の対立は日中の双方にとって不利益で、第三者にとって都合が良い。そう思うから表の強硬姿勢とは裏腹に中国は当初から民主党政権に色々とサインを送ってきたようだ。ところが「毅然とした」ポーズをとり続ける民主党政権にはそれが通じなかった。普通どの国でも表で強硬な姿勢を見せる時は裏で妥協の道を探るものである。それがこの国には通じなかった。
以前書いた「日本の外交力」でも紹介したが、レーガン政権時代にイランと国交断絶したアメリカが裏でイランに食糧を輸出しているのを私は見た。さらに武器まで輸出していた事を後に知った。外交とはそういうものである。だからアメリカがイラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだ時も私は額面通りに受け取らなかった。対立してみせる事が国益であり、「悪の枢軸」がなくなれば困るのはアメリカである。裏で通じている可能性を排除する事は出来ない。
しかも外交には「本気度を試す」と言うことがある。わざと本音とは異なる事を言い張って、相手の本気度や政治的力量を試すのである。鳩山政権は普天間問題でアメリカから本気度を試され、今度は菅政権が中国から本気度を試された。その間に誰がどういう言動をしたかを相手はじっと見ている。そしてそれがその後の交渉材料として使われる。誰が甘いか、誰がタフか、誰がバカかの情報収集は既に終わった筈である。
日中の双方が不利益な事をいつまでも続ける訳には行かない。どこかで収拾を図る必要があった。その収拾のさせ方がまた異様だった。逮捕は「粛々と法を適用する」という政治以前の「幼稚な思考」だったが、こちらは大いに政治的な裏がありそうなのである。検察が中国人船長を突然「処分保留」で釈放したが、政治的な介入があったと思わせるタイミングと言い振りであった。
そこで「弱腰」、「腰抜け」の大合唱が起きた。時あたかも臨時国会が始まる直前である。「ねじれ国会」の最大テーマは「補正予算」と「尖閣問題」になった。私は政界再編に影響する郵政改革法案の帰趨に関心を持っていたがその影が薄くなった。補正予算は自民党の石原(テレビ用)幹事長の発言を聞くと、「成立に協力する」と聞こえるから、自民党にここで菅政権を追いつめる気はないのかもしれない。
そして尖閣問題は最後は大林検事総長の責任問題と絡む流れである。検察庁は今、前代未聞の不祥事に揺れているが、大林検事総長は民主党の小沢一郎氏に近いという見方があり、今月中と言われる検察審査会の議決と絡んで今後はこれらの問題が小沢対反小沢の戦いにつながっていく事が予想される。そしてこれらの連立方程式を解くためには今後の国会の行方を見定める必要がある。
そこで「弱腰外交」の大合唱に戻る。かつての自民党政権は「弱腰外交」をやりながらしっかり実益を確保してきた。日米経済摩擦を思い起こせば分かるように、それが日本バッシングを引き起こした。日本がバッシングを受けたのは相手の利益を奪ったからである。実を取ったから日本は名を捨てた。しかもそれで日本は世界一の金貸し国となった。当時の日本は「侍」ではなく「商人」である事を自認していた。
「商人国家」を目指すことが良かったかどうかは分からないが、そのうちアメリカが日本から金を吸い上げるようになってバッシングは止んだ。小泉政権以降はアメリカからパートナーとして誉められた。誉められた日本がどれほどの実を取ったかと言えば、「失われた時代が終わらない」と言っているのだから、ないという事だ。日本の富は守られていない。むしろ奪われている。それが政権交代が起きた一因でもある。
「弱腰」をやめて「侍」の国になると言えば、すぐにこの国は「核武装」の議論になる。国際社会の見ている前でそんな議論をするほどバカな事はない。どの国でも安全保障の議論はオープンな場ではやらないものだ。それも分からないような国に抑止力など持てる筈がない。所詮身に付かないことはやらない方が良い。「弱腰外交」を批判するのはその程度の連中なのである。
なぜその程度になったかと言えば、アメリカの核の傘に守られて自立することを忘れたからである。日本に必要なのは核の傘から脱して核武装するのではなく、核の傘から脱して自力で生き抜く決意をすることである。世界最強の軍事力を持つアメリカは第二次世界大戦後は戦争に勝っていない。朝鮮戦争は引き分け、ベトナム戦争に敗れ、イラクでもアフガンでも勝利したとは言い難い。問題は軍事力ではない。自力で生き抜く決意である。あらゆる知恵を外交に注ぎ込む事である。自立しなければ外交力も生まれない。
再び「日本の外交力」について
- 2010年10月04日 08時00分
- コメント(15)
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執筆者プロフィール
田中良紹
ジャーナリスト
1945年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同年(株)東京放送(TBS)入社。 ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。 1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。
- 2010年10月16日 12時18分
- このコメントに返信
政治力のない政治家、外交能力がない外交官、国家・国民に奉仕しない公務員、偏向報道を垂れ流すマスコミ、思考停止状態の国民。これが日本と言う国の現状である。
「外交音痴の多い国」も宜なるかな。
- 2010年10月04日 16時17分
- このコメントに返信
日本の巡視艇は中国漁船を領海・経済水域から非接触で追い払うが、日本の漁船には「臨検」で乗り込み、尖閣諸島の漁場への到達はおろか操業すら認めずに、追い返し強制排除する現実。
明らかに、領土問題化しているのは日本政府だ。領土問題でないならば、堂々と日本の漁船は操業している筈だ。
ここに日本政府の伝統的な虚構の嘘が潜んでいる。
軍艦を繰り出して自国漁船を守り、悠々と漁をする、それが日本以外の常識だ。
- 2010年10月08日 17時27分
実効支配を言うなら、これらの漁船からは入漁料を取って操業を認めればよいのだ。
格安で認めることにすれば、欲に駆られた中国漁民も支払うに決まっている。
- 2010年10月06日 06時49分
- このコメントに返信
自衛艦を中国の軍艦に対峙させる。それで領土領海は守られる。
おバカな連中は、「それで核ミサイルが飛んできたらどうすんだよ」というが、それで最大の被害を出すのは核を発射した国だということは、明白だ。核使用は不可能だ。
で、通常戦力による紛争は、軽微な被害で互いの存在を認め合う結果になるものが多かった。中ソ、米ソ代理戦争、米中代理朝鮮戦争しかり。
いたずらに戦えとは言わないが自衛すべし
- 2010年10月06日 23時15分
で、先進国同士の戦争は、当事者だけに被害が出て、武力に訴えるのは得策ではない、と誰もがわかってる。
加えて経済社会の複合的な繋がりは、過去に例をみないほど進展し、長期間の対立は双方の利益を失うだけだ。
だから、軍艦を出して毅然とし、中国に尖閣諸島への無謀な自国民の行為を抑えるよう申し入れるべきだ。
そうすれば南沙諸島のように、悪い進展をみることもなかろう。
- 2010年10月06日 23時08分
軽微な被害で互いの存在を認め合う結果になるものが多かった。
>中ソ、米ソ代理戦争、米中代理朝鮮戦争しかり。<
このコメントは完全な誤りでした。代理戦争の戦地は甚大な被害があった。
2次大戦後の大国同士の衝突は、軽微な被害で互いの存在を認め合う結果になるものが多かった。
というのが正しい表現でした。訂正いたします。
- 2010年10月06日 06時51分
憲法解釈は、自衛権を容認している。
領海内に侵入する賊を退治することは、自衛隊の本来の役割である。
- 2010年10月06日 16時23分
- このコメントに返信
外交が硬軟両面を求められるのは論を待たない、しかし日本の外交に欠けているものがある、かつてドゴールが言ったように軍事の後ろ盾が必要である。
しかるに、現在の日本外交は、アメリカ、即ち日米安保条約と憲法第9条が足枷となっている、是を解決しない限り、独立独歩の外交は望めない。
- 2010年10月06日 13時56分
- このコメントに返信
皆さんが知りたい検察審査会による小沢氏への起訴相当議決。この超デタラメ性や違法性、無効性を郷原氏だけでなく、自民議員の柴山氏(弁護士)も認めざるをなくなった緊急討論がニコ生で公開されています。関心ある方は以下をどうぞ。http://j.mp/92Ppvd
それにしても最近の内憂外患編集部の対応は劣化している。尖閣列島問題、大阪地検特捜部の証拠改竄・犯人隠避・職権乱用などへの切り込みもダメですね。
- 2010年10月05日 11時53分
- このコメントに返信
云われるとおりだと思います。国を守ることも、情報を取ることも米国にお願いし自立心もなくどちらを向いてもお願いしますでは、何処の国からも尊敬されないし国民からも支持されない流れに任せたさすらいの民になるしかないようだ。こんなだらしの無い国はゴメンだ自立して自尊氏と国を守る気概の持てる国になりたい
- 2010年10月05日 06時24分
- このコメントに返信
民主は当初強気に見えて意外だったけど、それは対中外交の素人さと、いつも見守ることしかしない菅総理が政治決断しないからでしょ。圧力を受けたら、あっさり船長まで返すヘタレぶり。谷垣総裁じゃないけど、即座に強制退去させていた方が付け込まれる余地がない分まだマシ。おまけにそれを地検のせいにして責任逃れ。きちんと国民に説明すれば政治介入が悪いとは思わないけど、なんでいつも民主党は平気で嘘をつくんですかねぇ。
- 2010年10月04日 16時42分
- このコメントに返信
今までの自民党的先送り・事なかれ主義が中国を付け上がらせてきたことは事実だ。
アメリカ茶坊主の石破がえらそうに言ったところで、現状が語っている。
諸国民の正義に期待して非暴力が最高、と考えるバカマスコミに乗せられた国民も一役買ってはいるのだが。
菅政権も何とか方向転換を、と考えたのかも知れないが、以下にも稚拙。
政治の、外交の要諦が分かっていない。
いよいよ小沢待望論だね。
- 2010年10月04日 20時13分
その小沢氏が強制起訴とは・・・・。
無実が確実だが打撃は大きい。
早い裁判の結審が、復活の道だが、最早「闇将軍」「院政」しか道はないかもしれない。
もともとそれが願いなのだから、キングメーカーに徹することも可か。
政治は、小沢氏の後ろ盾で進められるのが良い。彼が政治家の王道を歩いており、反発する者はみな、王道から外れてる。
日本の為に小沢氏の活躍を願う。
- 2010年10月04日 16時45分
以下にも は 如何にも の誤りです。
訂正してお詫びします。
- 2010年10月04日 09時19分
- このコメントに返信
日米関係が悪化すると安全保障が壊れると叫んできた官僚上りの評論家や石破のような米国一極主義の自民党議員達とマスコミがこの国の防衛問題を歪めてきた。外交問題も外務省という省益しか考えない組織に全てを任せた自民党、これらの全てが噴出し、それを何も制御できなかった菅政権の底の浅さが問題をこじらせた。沖縄の基地問題を鳩山が求めた国外、県外という方向で見直しできなければ又しても元の木阿弥になってしまうだろう
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