2010年10月19日11時8分
■最後の牛若丸?
新エンジンの感触やいかに!? マイナーチェンジを受けた「ロータス・エリーゼ」のベーシック仕様を試乗する。
■もしも2010年版『サーキットの狼』があったら
マイナーチェンジを受けて鋭い目つきになった「ロータス・エリーゼ」を間近に見ながら、「もし2010年版『サーキットの狼』があったとしたら、風吹裕矢はこのクルマに乗るか?」てなことを考える。1975年に『週刊少年ジャンプ』で『サーキットの狼』の連載が始まった時、主人公の風吹裕矢は「ロータス・ヨーロッパ スペシャル」を駆っていた。はたして現代のロータス製軽量スポーツカーは、主役をはれるのか。
マイチェンにともない、フェイスリフトのほかにベーシック仕様のエンジンが変更された。従来のベースモデルだった「エリーゼS」は、トヨタ製1.8リッターの1ZZ−FE型(136ps)を搭載していた。一方、これから試乗する「エリーゼ」は、同じくトヨタ製ではあるけれど1.6リッターの1ZR− FAE型(136ps)を積む。ちなみに、192psの1.8リッター直4搭載の「エリーゼR」と、220psの1.8リッター直4+スーパーチャージャーの「エリーゼSC」のエンジンに変更はない。
広報担当者によれば、ロータスのファンの中には2004年以降のトヨタ製エンジン搭載車に抵抗をお持ちの方もいるとのこと。けれど、風吹裕矢的には全然問題なしかと思われる。彼のロータス・ヨーロッパスペシャルの“ビッグバルブ”ユニットも、元をたどればフォードの116E型エンジンにロータスが独自のヘッドを載せてチューンしたもの。おカネ持ちメーカーを上手に利用するのは伝統芸なのだ。
ちなみに、1973年型ロータス・ヨーロッパスペシャルの最高出力は126ps。対する2010年型エリーゼは136psと、かなり近い。車重は前者が712kg、後者が900kgだから、パワー・トゥ・ウェイト・レシオではやや不利。ただし価格を見ると1973年時点でロータス・ヨーロッパスペシャルの5段MT仕様が315万円だったのに対して、エリーゼは510万円。1973年の大卒初任給は8万5000円程度だったらしいので、ロータスの軽量スポーツカーは価格的にかなり近しい存在になったといえる。という長〜い前フリの後(すみません)、エリーゼに乗り込む。
■乗り降りは苦行、乗れば快適
いろいろなところで書かれていることだけれど、エリーゼに乗り込むのにはちょっとしたコツが必要。まずスーパーカー消しゴムでレースができそうな幅広いサイドシルに腰掛け、そこから「よっこらしょ」と両足を車内に運ぶ。そうして、ようやくお尻をシートに着地させることができる。同行した『webCG』編集部のW嬢が「スカートじゃなくてよかった……」とツブやいたのが印象的だったけれど、「オレは隣に女を乗せない主義なんだ」の風吹裕矢は問題にしないだろう。
ただしロータスが開発した「ProBax」というシートの出来栄えは秀逸。背もたれの角度が調整できないにもかかわらず、前後の移動だけでポジションがぴたりと決まる。横から見るとせんべい布団のように薄っぺらいけれど、しっとりホールドしてくれるのが不思議だ。
乗り心地もゴツゴツしたところがなく、ロングツーリングでやせ我慢する必要もない。乗り込むのは大変だけれど、一度乗り込んでさえしまえば、タイトなコクピットは心地よく秘密めいた場所になる。
エンジンの変更と同時に5段MTから6段MTへと新装なったトランスミッションを1速にエンゲージ。シフトストロークはそれほど小さくなく、少なくとも手首の返しだけでコクっと決まる感じではない。ひじまで使う必要あり。ただし、作動は正確・確実で、東西南北どの方向にもスコンと入るのは快感だ。
『サーキットの狼』では腕をケガした風吹裕矢のかわりに助手席のガールフレンド(早瀬ミキ)がシフトレバーを操るシーンがあって、ま、マンガといえばマンガですが、あの名場面を思い出すぐらいシフトフィールはよかった。
■柔よく剛を制す
エンジン排気量が小さくなったことに対するネガは? スペックを見ると、136psの最高出力は従来型1.8リッターと同じだ。一方、最大トルクは17.6kgmから16.3kgmに低下している。同じコンディションで新旧2台を乗り比べたわけではないので、それが原因だとは断言できないけれど、低回転域でのピックアップはイマイチ物足りない。アイドル回転でクラッチをつないでから2500rpmぐらいまでの回転域ではモヤモヤした感触。しかしそこから上はトルクがキモチよく盛り上がり、スカッと爽やかに加速する。自然と、マメにシフトしてエンジンのおいしいところを使うような運転スタイルになる。だから素敵なシフトフィールがうれしい。
4000rpmを超すとタコメーターの針の上昇スピードに拍車がかかり、6000rpmを超したあたりでタコメーターの中央に赤いシグナルがポッとともる。それがポッ・ポッ・ポッと3つともったとろで7000rpm、燃料がカットされる。資料にはレブリミットは6800rpmとあるけれど、瞬間的には 7000まで受け付けるようだ。ただし6000から上ではそれほど有効にパワーが出ているとは感じられず、したがって4000〜6000rpmあたりで走るのが面白いし、速い。
残念なのは排気音がそれほど魅力的ではないこと。上まで回しても、ボリュームがそれほど上がらないのは時流だとして、音質もまったり。『サーキットの狼』に出てくる「バッフウウウウウウウウン!」みたいなサウンドは期待できない。
と、思いもしたけれど、曲がりくねった山道に入って考えを改めました。静かに、すいすいとコーナーをクリアする感覚は新鮮なのだ。このアメンボのようなフィーリングは、もしかしたら新しい時代のスポーツカーなのではないかと思う。力でグイグイねじ伏せるのではなく、柳のようにしなやかに力を受け流す。
試乗日は雨で、最初は気乗りがしなかった。けれども道路の所々に川が流れているようなコンディションでも挙動は安定していて、ホントに水上で4本の脚を大きく拡げたアメンボのよう。シャシーのポテンシャルの高さが体感できたのが、雨の日の収穫だった。
実のところ、この「アメンボ」だったり「柳」だったりするエリーゼのフィーリングは、マイチェン前からずーっと変わっていない。そして今回のモデルチェンジでよりコンパクトなエンジンを積むことで、“柔よく剛を制す”的な魅力がさらに増したように感じられた。
■フェラーリ化するロータス
で、言わずもがなではありますが、この“柔よく剛を制す”というところが『サーキットの狼』の人気の秘訣(ひけつ)だった。(相対的に)非力なロータス・ヨーロッパスペシャルでポルシェやフェラーリに挑むところに、判官びいきの票が集まった。弁慶と牛若丸、V12マシンとライトウェイトスポーツ。だから2010年版『サーキットの狼』が企画されるとするならば、個人的にはエリーゼを推したい。
マンガではなく実際に暮らしを共にするスポーツカーとして考えても、ダイレクトな操縦感覚やクルマとの一体感など、エリーゼは値段が2倍も3倍もするスポーツカーになんらひけをとるところはない。直線加速以外は。
ロータスという会社の話をすると、ご存じのように昨年秋にフェラーリの副社長だったダニー・バハー氏がロータスのCEOに就任した。先日のパリサロンを見ると一目瞭然(りょうぜん)であるけれど、バハー氏はゴージャスなスーパーカー路線を歩むようだ。すでにエンジニア、デザイナー、レース関係者など、50人以上がフェラーリからロータスへ移っているという。
エリーゼのモデルチェンジは、2015年だとうわさされる。もしかすると現行エリーゼは、『サーキットの狼』の主役をはることができる最後のロータス製ライトウェイトスポーツかもしれない。(文=サトータケシ/写真=菊池貴之)