修復は最終的な処置であるため、本来は修復が必要になるような状態にしないことが、最も優れた保存処置といえます。 また修復は、多くの場合、かなり費用がかかるものでありますが、予防的な保存処置はそれに比較するとはるかに 低コストで行うことができます。それでは実際にどのようなことを行えばよいのでしょうか?簡単に言いますと、本に害が あるようなことを避けるという、とても常識的なことになります。
常日頃からの書籍(図書資料)の扱い方によって、その傷み方が大きく変わってきてしまいます。特に素材が劣化しているような 古書籍では、不用意な扱い方で簡単に壊れてしまうことがありますが、いくつかの点で扱い方に気を配ることで傷みを 防ぐことは十分可能です。それらのうち、一般的な事柄のいくつかを以下に挙げます。
①本の並べ方
書架に本を並べる場合、斜めになるような置き方は本に負担がかかり、壊れる原因となります。特に大型のものや
劣化の進んだ本は容易に壊れてしまいます。ブックエンドなどを利用して常に垂直になるようにしておくのが良いです。
また大型でチリの大きい本の場合、縦置きすると本文部分が沈み、綴じやジョイント部分に負担がかかり、
傷みの原因となります。これに対しては、本を横置きできるだけの書架スペースがあれば問題ありませんが、地の小口に
「まくら」を入れた弊社製作のブックシューを用いることで本文部分の沈み込みを防ぎ、ひいては将来的な構造(ジョイント部分)
の損傷を防ぐことができます。
②本の取り出し方
よく言われますように、背の天に指をかけて引き出すことは避けます。背の上部を一度奥へ押して、本の
下部を飛び出させてそこをつかんで出す方が負担は少なくなります。理想は本の背の中ほどをしっかりつかんで
取り出すという方法です。そのためには書架ピッタリに本を収納せずに、わずかな余裕を持たせておくことが必要になります。
③大型本の保管方法
大型の本や非常に厚みのあるものは縦置きにすると綴じやジョイント部分への負担が大きく傷みやすいため、
そのようなものは前述のように横置きに保管するのも良い方法といえます。ただし、本自体の重量が大きいので、
あまり積みすぎるのは良くありません。また革装本では一番上の表紙が直接空気に触れないように‐革の乾燥により
表紙が外反りしてしまう‐中性の板紙などを重ねておくと良いでしょう。
④本の開き方
洋古書の場合‐18世紀以前の‐その多くが、背固めが強く行われているため開きが悪く、また開くことによって
背に大きな負荷がかかってしまいます。そのような本を無理に大きく開いてしまうと、ノド割れを引き起こし最終的には背表紙を
壊してしまうことがあります。小型の本では両手に持って危険がない範囲で広げて利用することが可能ですが、書見台を制作して
使用した方が落下の危険もないため、最も有効な方法であるといえます。
⑤破れた箇所の補修
破れた箇所や丁が外れている所の修理には、粘着テープ(いわゆるセロハンテープ)は避けるべきでしょう。
それは、テープの接着剤が将来劣化して、再修理(またはその除去)に非常に手間がかかってしまうことになるからです。
和紙(楮紙)を使用して、できるだけ薄いデンプン糊で接着します。また質の悪い紙や酸性紙を付箋やメモ紙として挟み込むことや、
鉄製のクリップなども錆により本文紙を劣化させる危険があるので避けた方が良いです。
①保管環境の温度・湿度
書籍のみならず文化財の保存全般において、最も重要な要素は保存環境の温度・湿度の管理です。特に吸湿性
があり、温度・湿度の影響に敏感な紙を主体とした書籍(図書資料)の保存においては、とりわけ重要な要素といえます。
高温多湿は書籍の素材の劣化を促進し、虫害やカビによる被害の危険を増大させます。昔から書物の敵とされる害虫も、
適切な温度・湿度を維持することで、現代の建築環境の中では大きな被害の心配が少なくなります。
一般に書籍の場合、保存空間の適正な温度・湿度は摂氏22度・55%前後
(国立国会図書館)とされています。
一般的な公共図書館や個人などの保管環境でこれを実現するのはとても困難です。そこで限られた条件の下で、書籍に負担の少ない環境
を整えることを考えなければなりません。
紙や革にとって最も危険なのは、結露や過湿によるカビ、フォクシングの発生や変色、本文紙の変形などです。
特に住環境でも問題になっている壁面の結露などは重大な被害をもたらします。冬季には暖房により部屋の一部分に
過湿状態の箇所が生じる危険が大きくなります。とりわけ北側の壁面や床は室温に比べて温度が低いため、結露や部分的に湿度が
高くなることがあります。そのような箇所の書籍を注意して見れば、湿気を帯びているのが分かります。
できればそのような危険のある場所には書架の設置を避け、長く保存すべき書籍はそのような場所から安全な場所へ移動した方が良いでしょう。
また、書架を壁面からやや離して背後に空気の流れをつくったり、サーキュレーターなどを使用して部分的な空気の滞留が
起こらないようにしたり、調湿紙を書架に組み込んだりすることで、結露や過湿状態の危険を緩和することが可能になります。
また、急激な湿度の変化は、結露や資料への加湿の問題以外にも異なった素材の伸びの違いから書籍の内部にストレス
を生じさせ、重大な損傷の原因となる可能性があります。保存容器や調湿紙の使用は、その防止にも効果があるでしょう。特に中性
(弱アルカリ性)の板紙で制作された保存容器は、空気中の汚染物質(二酸化硫黄、窒素酸化物など)や光、ホコリから書籍を遮断/軽減し、
また物理的な力による傷みからも保護することができ、さらに表紙が取れたり綴じが外れている書籍の散逸防止の効果も大きいと考えられます。
②光・空気による害
不適切な温度・湿度環境以外に、書籍を劣化させる要因としては、光や空気などが考えられます。
(a)光…太陽光の中には、紙や革、クロスなどを劣化させる紫外線が多く含まれているため、褪色や強度の低下が起きます。 カーテンなどの遮光材を使用する方法や、紫外線カットのフィルムを窓ガラスに貼るなどして防止するのが良いでしょう。 また、蛍光灯の光の中にも紫外線は含まれており、長期的な暴露は背表紙の褪色などを引き起こすので注意が必要になります。
(b)空気…現代の都会の空気中には書籍の素材に悪影響を及ぼす様々な汚染物質ガス(二酸化硫黄、窒素酸化物など) が含まれています。また酸素も紙や革の劣化を長期間かけて引き起こすことが知られています。空気中のホコリやチリも単に書籍の小口を 汚すばかりでなく、強い酸性を示すものも含まれているので、紙や革を劣化させる要因になります。
特に1900年代半ば以降の革装丁の書籍は、本紙、製本素材ともに質が低下しており劣化の著しいものが多くあります。
とりわけ革が粉状に化している場合が多く、これはレッドロットと呼ばれており、革は軽い摩擦で剥がれ落ちてしまい、手や周りの
書籍を汚してしまいます。薬品(HPC:ヒドロキシプロピルセルロース)の塗布により劣化した革を固着することができる場合もありますが、
傷みを広げてしまう危険性もあるため、安易に処理はしない方が良いでしょう。最も手軽な方法として、丈夫な中性薄葉紙やポリエステル
の薄いフィルムでジャケットを制作して被せる方法があります。ジャケットによって隣り合った書籍との摩擦を避ける効果や、
傷みの進行を抑える効果、さらに手や他の書籍への汚染をある程度防ぐ効果も期待できます。
時代の経過した書籍の革は、油脂分が失われて硬化している場合があります。そのまま利用すると表紙革に亀裂が生じる
危険性があり、良質の保革油はこのような革の柔軟性を多少なりとも回復する効果があります。ただし、保革油に使用されている動物性油脂は
良質なものでも長期的には酸化分解を引き起こすため、塗布量は必要最小限にするべきです。
革装丁本のレッドロット対策についてこちらで詳しくご紹介いたしております。
書籍(図書資料)の保存に最も大切なのは、気を配って見守るということに尽きるといって よいでしょう。貴重な/大切な書籍(あるいは資料)だからといって、安易に保存容器にしまってそれでお終いになってしまう(安心してしまう) のは危険です。定期的に書籍の状態を把握(もしくは、保存容器にしまいこむ前に最低限の状態調査とドライクリーニングを実施) することによって、トラブルをできるだけ早く発見することこそが、被害を最小にし、より良い状態で書籍(図書資料)を保存していくための 結果的には最良の手段であるといえるのではないでしょうか。
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