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2009-09-20

小説日蓮大聖人第19巻


この小説は22巻まであり、日蓮大聖人のご生涯がビジュアル的にイメージしながら読むことのできる一冊。読まれたことのない方には是非お勧めの書である。

第19巻は、熱原の法難についてであり、日興上人を中心に弘教をした結果、農民信徒が広がっていく様から弾圧に至るまでの流れを読み取ることができる。

しかし、出世の本懐の部分については日蓮正宗(現日顕宗)の教義通りに書かれているので要注意。「10月12日に楠の板に御本尊を御図現」と突然<楠の板>が出現するが、史実がないから「いつ、誰が準備したのか」さえ記述がない。ただ、この部分は非常にデリケートなので、学者研究にまかすことにしよう。

そもそも我々の成仏には関係ない話だからだ。

菊川広幸菊川広幸 2009/09/20 20:19 すごい!^^
この小説にはチャレンジしていません。
量が半端でないですから。一支国さん、立派だな〜。^^

sokanetsokanet 2009/09/21 04:27 御書を読破した人に言われても、説得力がありません(爆)。私もがんばらねば〜!!

大河と潮流大河と潮流 2009/09/22 23:55 ブログを、時々読ませていただいています。
大河と潮流と申します。

つい2カ月ほど前ですが、話題の沖浦氏が私の掲示板で
日蓮大聖人の出世の本懐について、自説を述べていきました。

小説「日蓮大聖人」は、第5巻まで、昔ですが、読みました。
大聖人に恋する女性も出ていたかな、ロマンがありましたね。

>「10月12日に楠の板に御本尊を御図現」と突然<楠の板>が出現する
>ただ、この部分は非常にデリケートなので、学者の研究にまかすことにしよう。

この件ですが、創価学会の公式見解では
http://www.sokanet.jp/sg/FWIM/sn/member-support/studying/data_library_01_10.html
>弘安2年(1279年)10月12日に一閻浮提総与の大御本尊を建立されたのです

創価学会の公式見解は、あまり、信用できませんでしょうか?
ご意見をお聞きしたく、書き込みさせていただきました。
突然、そして長文にて失礼いたしました。

sokanetsokanet 2009/09/23 03:42 大河と潮流さん、初めまして。
創価学会の公式見解は,<楠の板>に建立とはなっていないはずですが??どこかにそういう記載がありますでしょうか?任用試験でも「弘安2年(1279年)10月12日に一閻浮提総与の大御本尊を建立」と教えているはずですが?

ここは我々の関知する部分ではなかろうと思います。調べたきゃ学者に任せておけばいいのです。我々は御書に仰せの通りに実践する方が大事ですよね。史実を調べようともせずに憶測で言えば、我見にしかなりません。かの某は御本尊を軽んじてますから、私は相手にしていないのです。

sokanetsokanet 2009/09/23 08:23 「金吾が何人いるかなどということは学者に任せておけ。学会は”実践の教学”が大事だ」(大白10月号p12)と戸田先生も仰せですよね。

大河と潮流大河と潮流 2009/09/23 23:10 sokanetさん、ご返信ありがとうございました。

私の質問が、ピントが合っていなかったので、まずはその点についてはお詫び申し上げます。

大御本尊が、「楠の板」を使用していること、お弟子の日法に大聖人が彫刻させたこと等、池田先生、戸田先生の著書で読んでおりました、ので「楠の板に御本尊を御図現」・・・・
別にビックリはしませんでした。
それで「要注意」の言葉に、「あれ?」と思ったのがきっかけです。

勿論、楠よりも耐久性等で勝れた材料が当時あれば、楠である必要もなかったはずですし、公式見解に「楠の板」等、挿入する必要も
勿論ありませんし、宗門の公式HPで確認しましたが、宗門も「楠の板」の記述は別にありません。

楠の板、云々は「教義」の範疇とは別では?

いずれにしても、質問の仕方が、適切でなかったことで、かえって
お手数をおかけして申し訳ありませんでした。

先生の破門以降のスピーチで、「板曼荼羅」に偏狭に執着しない、
根本は「久遠元初の法」である、等々、承知しております。

sokanetsokanet 2009/09/24 22:32 >>宗門の公式HPで確認しましたが、宗門も「楠の板」の記述は別にありません

でも「七面山に光る楠を切り出して川で流して誰某が献上した」云々て話はあるんですよ。それはつじつまが合わないだろって言った所で、伝説じみた話を宗門は信じているんですから。日蓮宗各派も否定しています。そんな大事な事なのに、何ら文献も残っていないのがおかしいでしょ?

ただ、我々の成仏とは関係ない話だから学者にまかす、と言っているのです。戸田先生、池田先生云々の部分は、まだ正宗信徒時代の話ではないですか?別に御本尊としては何ら間違ってはいないのですから教義上問題はありません。しかしいつできたのか明確にするのは、学者の仕事です。

また「御本尊七箇相承」が正しいのであれば、なぜあるべきお姿と相貌が違うのか文献があってかるべきでしょう。「三証」に照らし合わせて証明できないことが多すぎるのです。

大河と潮流大河と潮流 2009/09/25 10:33 詳しく解説していただいて、ありがとうございます。

宗門にその気さえあれば、いわゆる「戒壇様」の材質調査を
専門家に依頼して、広く公表すればいいことですね。
それで「楠の板」の件は一発解決ですしね。

もっとも、宗門としては、材質調査など、「畏れ多い」「不敬」であるとの認識は当然あるでしょうしね。

「板曼荼羅」というくらいですから、なんらかの「木材」であるのは、そうなんでしょうね。

>また「御本尊七箇相承」が正しいのであれば、なぜあるべきお姿と相貌が違うのか文献があってかるべきでしょう。「三証」に照らし合わせて証明できないことが多すぎるのです。

これは、全く難しすぎて、私はわかりません。

いずれにしましても、勉強になりました。
ありがとうございました。

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