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[22515] それが答えだ 2nd season
Name: ウサギとくま2◆246d0262 ID:e5937496
Date: 2010/10/14 22:54
前作の続編です。
続き物ですが、前作を見ていない人でも理解できる様に努力します。
でも、やっぱり無理っぽいです。


http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=3132&n=0&count=1

↑前作です。
かなり文章も荒いですが読んでいただけると幸いです。

基本的に前作と内容は変わりません。
ノリも同じです。
更新間隔も前作を更新していた頃と同じです。



[22515] 一話 再プロローグ
Name: ウサギとくま2◆246d0262 ID:e5937496
Date: 2010/10/15 18:21
俺の名前はナナシ。
反対から読んだらシナナだ。
だからなんだって話だが。

「うめえうめえ」

さて、現在俺は休日の午後を堪能している。
もぐもぐとラムネを咀嚼しながら。

「ああ、もう、うまい。これヤバいわ。旨すぎる。怖い」

しかしこのラムネという食べ物、尋常じゃなく旨い。
ありえない。
絶対何か中毒成分が入っている。
でも、食べてしまう。
やめられない止まらない、それがラムネだ。
この酸味と甘さのバランスがたまらない。
一度バブ(風呂の素)が巨大なラムネに見え、食してみたことがあるが、あれはラムネじゃなかった。
胃液がゆず風味になるところだった。
みんなマネすんなよ。

こうやってラムネを食べながらのんびり過ごしていると、非常に心が安らぐ。
俺の周囲の人間はそれはもう変な連中が多いため、気が休まることが無いのだ。

<マスター! 大変ですマスター!>

トタトタと足音と共に馬鹿でかい声を発しながら俺の部屋に近づいてきているのは、その異常な連中の中でも飛びぬけている奴だ。
名前はシルフ。
俺とは旧知の仲だ。
俺の相棒であり、何度も俺ピンチを救ってくれたなんてことはない。
基本物事を引っ掻き回してややこしくする俺にとっての頭痛の種だ。
ちなみに見た目は懐中時計。

――ドン!

扉が軋みながら盛大に開いた。
そして入り口から現れたのはシルフ――

「――誰だお前は!?」
<だ、だれって失礼ですね……いつもラブリーなシルフ・オブ・ザ・ユアワイフじゃないですか>

確かにシルフの声だ。
しかし。
しかし!
俺の視界に写っている物。
おぞましい。
何とも得体の知れない物体だ。
時計、懐中時計。

――その懐中時計に足が生えているのだ。

「キモい!」

思わず罵声を飛ばす。
だって本当にキモイ。
小さな懐中時計に、普通の人間の足がついてるんだぞ?
しかも生足。
もうキモイとかいうレベルを超越しているキモさだ。
オメガキモい。
パプワ君に出てたオカマの鯛を思い出すキモさだ。

<キ、キキキキモいって何ですかぁ!? お、女の子に言っていいことと悪いことがありますよ!? 当然さっきのマスターの発言は悪いことです!>
「だってキモいし……」
<私のどこがキモいんですか!? 寝る前にマスターとの結婚生活を妄想してから寝るところですか!?>
「それはそれでキモい……」

時計と結婚する予定なんかないし。

「っていうか足だよ、足。お前その足なんだよ? 生えてきたのか? 生えてきたのならますますキモいけど」
<ムム。違いますよ。ハカセに付けてもらったんです、見事な脚線美でしょ?>

シャラーンと足を強調するシルフ。
軽く吐き気がした。

「いやだからキモいって言ってるだろ」

いくら足が綺麗だろうが、時計に足だけ生えてたらキモい。
完全に子供がトラウマになるレベルだ。

<ちなみにこの足のモデルは楓さんだったりします。あんまん三つで買収できました>
「安い女だなぁ」

あんまん三つで体売るなよ……師匠として恥ずかしいわ。
しかし成るほど、鍛えられたバランスのいい脚だ。
まあキモいけど。

<そうですか……キモいですか……。残念です。――パージ!>

ボンと音と共に煙を排出してシルフの足は外れた。
着脱式らしい。
残されたのは床に落ちた懐中時計と二本の足。
何とも猟奇的な光景だ。
夢に出そう。

<んっしょ、よいしょっ>

シルフは体を起こすと、ズリズリと床をすりながらベッドで座る俺に近づいてきた。

<合・体!>

そして鎖を俺の首元に飛ばしてきた。

「合・体・拒・否!」

俺は鎖を手の甲でパリィした。
見当違いの方向に飛んでいく鎖。

<な、何で拒否するんですか!? さっきのはあのまま鎖がマスターの首にギュルルッって巻きついて私がマスターの首にシュインってぶら下がって『ふぅ、やっぱりマスターの首が一番安心しますねー。のほほん』って場面じゃないですか! そこまでがパターンじゃないですかっ!>
「パターンって何だよ」

相変わらずこいつの発言は意味不明だ。
意味不明を通り越して解読不明だ。

「で、何だよ」

取り合えず大変な事態とやらを聞く。

<そ、そうです! 大変なんですよマスター!>
「何だ? またエヴァが散花でも踏んだか?」

散花とは俺の武器である刀だ。
シルフと同じく意思を持ち、言葉を発する。
基本的に眠りつつも夢遊病の如く家の中を移動しているので、気がつくと妙な場所で発見される。
茶々丸さんが干している洗濯物をかけている物干し竿になっていたり。
風呂に入っていたり。
庭に聖剣の如く突き刺さっていたり。
基本的に暑がりだからか鞘をつけていないので、抜き身の状態である。
だからたまに俺やエヴァがうっかり踏んでしまって痛い思いをするのだ。
やれやれ。

<いや、マスター。そんな『やれやれ』で済まされる事態じゃないですよ、それ。前なんかマスター廊下で転んだ先に散花ちゃんが寝てて、危うく首が落ちるところだったじゃないですか>
「首だけに?」
<……い、いや別に何もかかってないですけど。ウマイこと言うような流れじゃなかったです>

と、まあそんな感じだ。
非常に厄介な刀だが、俺にとって最も頼りになる存在には相違ないので、ついつい甘やかしてしまう。
起こるとしても『メッ、こんな所で寝てちゃ駄目だろっ』みたいな軽い感じだ。
犬か。
エヴァが踏んで怒り狂ったときも、同じく軽く叱り付け、それに対してエヴァが『犬か! 私の足を見ろ! バッサリいってるじゃないか! もっと厳重注意をしろ! 貴様はアホか! むしろ貴様らがアホか!』と長いツッコミをいれられた。

「で、今度はどこを踏んだんだ? まあエヴァだったら大丈夫だろ?」

ここだけの話この家に主であるエヴァンジェリンなんたらさんは、吸血鬼なのだ。
未だに信じられないが。
むしろ蚊と人間の合成人間と言われた方がまだ信憑性がある。
あとこの家にはアンドロイドである茶々丸さんがいる。
そして喋る人形、チャッキーみたいな。
時計と吸血鬼とアンドロイドと喋る人形、人間という良く分からない家族構成なのだ。
本当に良く分からんな……何だこの家。
狂乱家族か。

そして学校に行くと忍者や子供先生やクローン双子やネットアイドルやツインテールがいるのだ。
……何だあの学校。
本当に俺の周りは変人だらけだ。
基本常識人である俺の心労が絶えない。

<まあ、どちらかと言えばエヴァさんとかアスナさんみたいなツッコミ役の人の方が、遥かに心労が絶えないと思いますけどねー。エヴァさん最近胃が痛いって言ってますし>

胃が痛いのか。
若いのに大変だな、おい。

おっと、いかんな。
話が逸れまくった。

「で、エヴァはどうなんだ?」
<あー、いえ。エヴァさんは関係無いです>
「じゃあ茶々丸さんが踏んだのか!? お、お見舞いに!」
<何でエヴァさんと茶々丸でそんな反応が違うんですか……>
「……だ、だって」
<うわー、今の頬染めてるマスターキモーい。でも恋する乙女な私はその姿を見てキュンキュンするのでした>

キモい言うな。

<茶々丸も踏んでません。っていうか散花ちゃん関係ありません。全く別の大変話です>

別の大変話かぁ。
一体なんだろう。最近はそれなりに平和な日が続いてたしなぁ。
そもそも今っていつなんだろ。
ネギ君が就任してきて……修学旅行行って……。
あれ?
修学旅行?
……。
深く考えたら負けだな、うん。

<大変なこと、ズバリ!>
「ずばり?」

シルフは大きく息を吸った。

<二期が始まるんですよ!>

ですよ……ですよ………ですよ……(エコー
うるさかった。
そして今ひとつ意味が分からなかった。
二期?

「二期って何の?」
<またまたー、もう分かってくせにー、このこのー>
「いや、マジで分からん。何の二期が始まるんだ? ディザスター?」

装甲戦神ディザスターは俺達が大好きなヒーローアニメだ。
少し前に番組は終了した。
番組が好きだった仲間と『ディザスター面白かったね会議』をしたのが懐かしい。
あのディザスターの二期か?
だったら非常に嬉しい。
小躍りするレベルだ。

<もー違いますよマスター。私達です私達。私達が二期になるんですよ!>
「意味が分からん」
<なるっていうか既にこの時点で始まってるんですけどね!>

うーん、本当に意味が分からんぞ。
この暑さでボケたか?
いや、しかしいつも通りの感じもするし。

<もうまだ分からないんですか? ……私達の日常ってアニメ化してるんですよ?>
「マジで!?」

何それ初耳。
え、マジで?
これアニメなの?

<モーマスターッタラー。あ、いや――もうマスターったらー>
「何今の? 何でカタカナだったの?」
<あ、いえ今カンペでボケろって言われたんで>

カンペあんのかよ……。
っていうか今のボケかよ。超つまんねー。

<あ、マスター! マスターにもボケの指示が!>
「え、ええ?」
<早く! 早くボケてください! 死んじゃいますよ!?>

死ぬのか!?
アニメって厳しいな!
し、しかし急にボケって言われても……

「ふ、布団が吹っ飛んだ!」
<……>
「…… ふ、布団が吹っ飛んだ! ――一方その頃宇宙の辺境に位置する大オメガ帝国はクーデターの真っ最中だった。『首をササゲヨー!』『皇帝にシヲー!』『萌える漫画を焚書にした皇帝をユルスナー!』『俺達の萌えをカエセー!』。炎上する城。遂に皇帝は討ち取られる。崩れ落ちる城の中独り孤独に倒れる皇帝。『く、くくく……我が覇道もここまでか……看取ってくれるのが一人もおらんとはな』自嘲気味に笑う。彼は一人だった。理解してくれる人間も唯の一人もいなかった。彼の胸に去来する想い――それは寂しさであった。孤独に死す寂しさ。彼の目には涙が。――そんな彼を包む暖かなな抱擁。どこからやってきたのかその柔らかな布は彼の体を覆った。まるで母親が子にするように。『この匂いは……母上の……』皇帝に顔に安らぎが浮かぶ。こうして安らぎの中、暴虐皇帝と恐れられた彼は没した」

……。
……。
……。

<……よしOKです!>
「え、今のでいいのか?」
<はいオッケーです。今頃お茶の間はドッカンドッカン沸いてますからね。ナイスジョブです>

な、なんだこれでいいのか……。
フフフ、アニメもちょろい。

<よし! じゃあここらでちょっとサービスシーン挟みましょうか!>
「サービス神?」
<いやサービスシーンです。ほら良くあるじゃないですか。シャワーシーンとか。濡れ場とか……もうそれがあるだけで売り上げも倍増ですよ!>
「ほほう」

なるほどなぁ。

<じゃあ私がうっかり全裸になってしまうので、マスターは私の股間に顔を突っ込んで下さい>
「お前の股間どこだよ」

大体全裸ってどういうことだよ。
既に服なんて着てないだろうに。

「大体お前のサービスシーンなんて誰も得せんわ」
<マスターがするじゃないですか!>
「しない」
<うわ、真顔。い、いいですよ、もう! サービスシーンはカットです! あーあ、マスターのせいでこのアニメの売り上げは5000万枚から500枚に落ちました。もう会社崩壊ですよ。物理的に>

どれだけサービスシーンで保ってるんだよ……。

<さ、それじゃ二期ということで私達もパワーアップしましょう>
「パワーアップ?」
<ほらあるじゃないですか。新必殺技とか、後継機とか、新キャラとか! お客さんを惹きつける為の新要素が必要なんですよ!>
「な、なるほど」

うーん説得力がある。
しかし何で俺は時計にこんなこと言われてるんだろうか。
その辺考え出したらキリが無いなぁ。

<あ、ちなみにさっきの生足パーツが私の新要素です>
「あのキモいのか」
<はい。まあマスターにそう言われている以上は却下ですね。例えお客さんに好評だとしてもマスターに不評な以上、私には意味がありません。私の中では常に『マスター>その他』なんです>
「ちなみに俺の中では『コアラ>シルフ>カンガルー』だったりする」
<何で有袋類なんですか!? ……あ、でもカンガルーに勝ちました、わーい>

喜ぶポイントがおかしいな。
そしてこのやり取り、非常にデジャブを感じる。

<まあ私の新要素は後で考えるとして、マスターの新要素です>

俺の新要素か……。
うーん。

<何か無いですか?>
「あ」
<何ですか? 何かあるんですか?>
「俺さ。最近やっとキュウリの漬物食べられるようになったんだよ」
<そ、それで?>
「え? いや、まあそんだけ……駄目かな?」
<駄目ですよ!? 何ですかそれ!? 二期に入って変わったのが『キュウリの漬物を食べられるようになった』ってショボ過ぎますよ!?>

駄目かぁ。
でも、茶々丸さんは喜んでくれたからいいや。
『私の為にキュウリの漬物を好きになってくれてありがとうございます』
って笑顔で言われたからな。

<むー、じゃあマスターの新要素は宿題です! 次までに考えといて下さい!>
「どうでもいいけど、お前マスターの俺に対して偉そう過ぎじゃないか? 煮るぞ?」
<す、すみません、煮ないで下さい。……あ、でも私のダシで作ったスープを飲むのなら……>
「飲まずに畑の肥料にする」
<酷ひっ!>

酷くない。

<えーと、じゃあ次はですねー……>

シルフは楽しそうだ。
こうやってシルフとどうでもいいことを話しているのが、四番目くらいに楽しい。
まあ、調子に乗るから本人には言わないけど。

と、俺達がグダグラ話していると、これまたドタドダと廊下を走り抜ける音が聞こえた。

――ドカン!

爆音と共に開かれるマイルームドア。
俺の部屋のドアは何かと壊れやすい。
主な原因は訪問者の乱暴なドアの開け方にある。
そしてその主な原因である少女が部屋に入ってきた。

「ナナシ! 貴様いい加減にしろ!」

腕を組み、額に青筋を立てて、誰が見ても怒っている。

<あ、マスター。新キャラさんですよ>
「ちーす。新キャラさんちーす」
「やかましいわ!」

シュッと風を切る音、ブレる少女の右腕。
俺には見えていた。
もう何度も喰らったナックルだ。
その軌跡は易々と見抜ける。
しかし見抜けたからといって、避けられるとは限らない。
俺はポコン(可愛い音に変換してます)と頭に拳骨をくらった。

「な、なんだよ。何をそんなに怒ってるんだよ……」

基本的に怒っていることが多いエヴァ(大体一日の40%)だが、俺の身に覚えは無い。怒らせるようなことをした記憶は無い。
大人の女性には精神的に不安定になる時期が月に何日かあるらしいが、それとは関係ないだろう。

<あれですよマスター。きっと私達のアニメ化会議からハブにされて寂しかったんですよ>
「それだ!」
「それじゃない! これだこれ!」

怒り収まらないエヴァはその怒りを表すかのようにグイっと右手を突き出した。
エヴァに握られているのは一本の刀。

あ、言い忘れてたけど、エヴァってのは俺が居候しているこの家の家主だ。
一見小学生くらいにしか見えないけど、中学生だ。
一緒に出かけるとかなりの確立で『仲のいい兄妹ねぇ、ホホホ』と言われエヴァが『誰がこいつの妹だ!?』怒る仕組みだ。
ちなみに茶々丸さんと出かけると稀に『可愛い嫁さんねぇ、フヒヒ』といわれ俺と茶々丸さんが顔を赤くする仕組みだ。
もっとちなみにシルフと一緒に出かけると『で、出た! あれが噂の喋る時計や! 聞いた話によるとあの男の腹話術らしいで!』と言われ、シルフが『マスター聞きました? 可愛い彼女連れで羨ましい男だぜ、てやんでい、ですって。ふふ』と都合のいい解釈をする仕組みだ。
この世の中はそんな仕組みで出来ている。

で、刀だ。
刀は散花だった。
過剰な装飾は無い、一見地味な刀だ。
しかし美しい。
その散花がタオルに包まれていた。

<……ぽかぽかー>

夢心地のようだ。
何故エヴァが散花を持っているのか?

「さっき私が風呂に入っていたら――」
「お前こんな昼間っから風呂かよ」
「べ、別に私がいつ風呂に入ろうがいいだろうがっ」

む、確かに。

「じゃあ俺もエヴァの部屋でエヴァごっこをしてもいいってことか」

エヴァごっこは文字通りエヴァに成りきって遊ぶ。
基本的にツンデレっぽい発言をしてればOK。
あと素足。
あとは……スルメイカとか炙っていればそれっぽい。

<ということはですね、私がエヴァさんのパンチラ要因を乗っ取っていいってわけですね、分かりますっ>

主従揃ってエヴァ願望がある俺達だった。
どんな主従だ(こんな主従)
そんなエヴァ願望がある俺達の言葉に、エヴァは髪を振り乱して

「ええい、やかましい! 主従揃って頭の悪いことを言うな! 少しは黙って私の話を聞けっ」
「<……>」
「と、突然示し合わせたように無言になるなっ、気色悪い!>

酷い言われようだ。
黙れと言ったり黙るなと言ったり。
ヒスパニックなのか?

「そ、それで私が風呂に入っていたらだな……」
「お前こんな時間から風呂かよ」
「べ、別に私がいつ風呂に――ってループしとるわ! 無駄な時間を使わせるな!」
「ご、ごめん。俺ループものって好きだから……」

それが何だって話だが。
それにしてもループものは傑作が多い。
ラノベならall you need is killとか。
俺もいつかはループものの主人公になってみたいものだ。
……これちょっとフラグっぽいな。

「私が風呂に入っていたら、この刀が風呂に入っていたんだ!」
「へー」
「へー、じゃないわっ。普通に現実逃避したぞ!? 『いい湯か?』『……きもちいい』と会話したわ! 刀と風呂に入るなんて初めてだ!」
「いい経験だったな」
<いい話ですねー……>

おしまい。




「終わるか! これは貴様の刀だろうがっ、自分の物は自分で管理しろっ」

グイっと散花を手渡される。
暖かい。
そして刀身から湯気が昇っている。

<……おふろって気持ちいい>
「はははっ」
<もう散花ちゃんったら、すっかりお風呂の虜ですねー>

暖かな笑いが部屋に響いた。
こうして俺達は今日ものんびりと過ごしているのだった。
おしまい。



「だから終わらんわ! 注意をしろ、注意をっ。もう有り得ない場所でその刀と遭遇して肝を冷やす経験なんぞしたくないっ」
<平凡な日常にある一粒のスパイス、ぐらいに思ったらどうです?>
「そのスパイスはあれか!? 朝目が覚めたら、服の中に潜り込んでいたりするのか!? ああ!?」
<エ、エヴァさん落ち着いて……>

珍しくシルフが押されている。それほどまでにエヴァの剣幕が凄まじい。
うーんしかしその状況は怖い。
俺にも経験があるが、目が覚めた無防備な状態で刀身が目の前にあると心臓が止まりそうになる。
これは俺もたまにはビシっと言うべきか。

「おい散花っ」
<……んゅ?>

未だいい旅夢気分なのか、蕩けた声で返事をする散花。
つい、怒る気が失せそうになる。
しかしここは心を鬼にして。

「ちゃんと鞘を付けて寝なさい」
<そうですよ? 散花ちゃんも女の子なんですから、恥じらいを持たないと。私を見習うべきです>
<……シルフ、恥じらいなんか欠片も無いよ?>

実に的確な一言だった。

<う、うぐぐっ>
「ははは、こりゃ散花に一本取られたな!」
<……えへへ>

穏やかな笑いが伝播した。
心地よい空間。
俺はそんな空間を大切にしたい。
もう二度と失わない為に(特に意味は無い決意)


――続く


「……もういい、疲れた。私は部屋に帰って寝る」
「お前こんな時間から寝るのかよ」
「……」

エヴァが冷めた目で俺を見た。
こうやってエヴァがスルーを駆使しだすと、俺もお手上げだ。
流れが止まってしまう。

<べ、別に私がいつ寝てもいいだろうが! ぷんすかぷんっ>
「いや、お前がエヴァを担当しても続かないから」
<はぁ。たまには空気を読んでみたいんですが……>

全く読めていない。
そんなグダグダした状態の俺に耳に入ってくる足音。
廊下から聞こえてくる。
聞き間違いはしない。
この静かな体重移動、確実に茶々丸さん!

「……失礼いたします。……マスター? 丁度よかったです、この後お部屋に伺おうと思っていましたので」
「ああ、茶々丸何か用か。もう出て行くところだ」
「いえ、ケーキが焼けたので呼びに」

おっともう三時か。
時間が過ぎるのは早い。
楽しいことをしていると、本当に時間は早く過ぎる。
俺はベッドから立ち上がった。

「よし、じゃあオヤツにしようか」
「貴様が仕切るな。……ん、ちょっと待て。茶々丸、貴様この後部屋に伺うと言っていたな? 何故この家の主人である私より先にこいつを呼びに来た?」
「……特に他意はありません。ただ何となくナナシさんに先にケーキを見て欲しかったと」
「他意だらけじゃないか!? おい、こら待て!」

スススと滑るように茶々丸さんが部屋から出て行く。
それを追いかけるエヴァ。
和む光景だった。
こんな日がずっと続けばいいと、心から思った。


<……足。……付けてみよ。……キモい>



――次回 続・修学旅行



[22515] 二話 俗・修学旅行
Name: ウサギとくま2◆246d0262 ID:e5937496
Date: 2010/10/17 14:05
<軍神さんによる前回までのあらすじ>

この度、前回までのあらすじを担当する<軍神>であります!
階級は少佐、ナナシ元帥が率いる部隊にて防衛戦を主な任務としているであります!
元帥と出会ったのは忘れもしないあの雪の日。傷つき今まさに志半ばで折れようとしていた小官を……え? それじゃあお前の自己紹介だ?
……。
し、失礼したであります!
えー……うん。
よし! ゴホン。

ナナシ元帥は教師に着任され、その業務を見事にこなしていたであります。
そんなある日、元帥の上司である学園長……学園長?
元帥の上にまだ上司がいるでありますか!?
こ、これ以上覚えらんないよぅ……。
と、取り合えず今のは気づかなかったことに、うん。
その学園長と呼ばれる老人からの指令で、修学旅行と呼ばれる……行軍?
その行軍に参加することになったであります。
流石は元帥、着任して早々に指揮を任されるとは……!
え? 副担任? 指揮系統ではどの辺りでありますか?
……。
し、しかし隊の指揮とは表向きの任務。
実はもう一つ本命の任務を学園長から受けていたであります。
それは護衛。
隊に所属する一人の少女の護衛任務であります。
ちなみに小官は先ほども述べた通り、防衛戦、護衛などに特化しているであります。
いわゆるエキスパート、というやつであります。

しかしその……上官に対して不遜な言い方はしたくありませんが、その……元帥の護衛は、なんというか……杜撰――い、いえ! 出過ぎた言葉でした! 上官に対する抗命と取れる発言、懲罰も覚悟しているであります!
す、好きにして下さい!
……。
……え、気にして無い?
そ、そうですか。
……はぁ。
し、しかし先ほどの発言は小官の心からのものであります。
護衛対象の側を離れるのは如何なものかと。
護衛とはいついかなる時も、対象から離れるべからず、小官の上司が言っていた言葉であります。
そ、その元帥さえよければ、小官が護衛の何たるかを、その……も、もちろん他の方達には内緒で、はい。
え? 遠慮する?
は、はぁ。そ、そうでありますか。
え、い、いえ! そんな残念などとは思っていないであります!
……。

え、そ、それで。
はい。一度は護衛対象を敵組織に奪われた元帥でしたが、隊員達と共に見事、奪還されたであります。
あの時のご活躍、小官の眼にしっかりと残っているであります。
そしてその翌日、周囲の視察を行った隊は本拠地に帰還。
元帥達の眼が無いのをいいことに、枕投げを始めたであります。
は、枕投げでありますか? え、ええ存じています。
小官も訓練校に居た頃は、たまにしていたであります。
く、訓練の一環です。
如何に被弾を抑え、敵を撃破できるかの訓練で!
そ、その話は置いといてですね!

そ、その後の話が!
何と元帥と同じ立場にある指揮を行っている少年が、何と元帥に、く、くくくく口付けを! 口付けを求めてきたであります!
な、何たる! 何てうらやま……あ、いや何て……何でありますかこれは!?
い、いや確かに部隊においてはそういう風潮が広がるということも珍しくは無いでありますが……い、いやしかし。
元帥は通常の性嗜好でありからにして、その様な欲求をぶつけられても困るんです!
当然元帥は拒否しましたが、少年の力が尋常ではなく、押さえつけられたであります!
わたしは! あ、いや小官は、心の底からその場に出でてその暴挙を止めたかったであります!
……しかしこの身を契約によって縛られている身、シルフ准将の招集が無ければ、身動きが取れない。
この戒めが憎い……!

え?
あ、はい。
そ、その後、隊員の一人である少女が現れ、元帥の身を救ったであります、以上報告終了!
は!
い、いえ! 身に余る光栄!
……え、そ、それじゃぁ……。
も、もう少し、その小官を呼んで頂ければ……い、いえ任務云々では無く、非番の際にでも……。
本当でありますか?
や、やったぁっ。





一話 俗・修学旅行


俺の前に現れた楓は、普段と変わらないのほほんとした笑みを浮かべていた。
着ているのは他の生徒達と同じく浴衣。
浴衣の隙間から見える脚線美が中々に美麗だった。

「拙者の耳が師匠の助けを呼ぶ声を捉えたので、この通り風の様に推参したでござる」

にんにんと印を組んで少し茶目っ気を含んで笑う。
俺は何とか立ち上がり、フラフラと楓の元へ歩いた。

「か、楓……お前……」
「いや、感謝の言葉など不要。弟子として当たり前のことをしただけでござるよ」

何とも師匠想いの言葉だ。
目頭が熱くなる。
いや、現に俺の眼元からはポロポロと涙が零れている。

「……し、師匠? だ、大丈夫でござるか? どこか怪我でも……」
「違うよ楓……違うんだ」

これは嬉し涙じゃない。
悔し涙だ。
不甲斐ない俺の。
楓の肩に手を置く。

「すまない楓……本当にすまないと思っている」
「え、ええ? どうしたでござる?」

楓は事態を理解していない様子だ。
何せまだ子供だ。
自分がしたことの重大さを理解していないのだろう。

「ちゃんと……ちゃんと豚箱に面会に行くから。毎日は無理だけど行くから、彌紗」
「楓でござる。さっきから何を言っているでござる? 拙者まだ警官に世話になるようなことしてないでござる……」
「お馬鹿! 現実から眼を背けるな!」
「むぎゅぅ」

俺は楓の頬を両手で挟みこみ、現実へと向けた。
現実――ネギ君だ。

「ははー、なるほど」

合点がいったと、頷く楓。
ネギ君。
いや、ネギ君だったもの、だ。
楓の行き過ぎた行為によってネギ君はネギ君(故)になってしまった。
あの元気に走り回っていたネギ君はもういない。
今のネギ君にその頃に見る影は微塵も無いのだ。

まず首が無い。
正確に言えば首が壁の中に埋っている。

<かべのなかにいる>

シルフがよく分からないことを言った。
そして手足、完全に有り得ない角度に曲がっている。
角度によっては卍に見えてしまう。
いや、そもそもだ。
どんな衝撃が起きたかは分からないが、上半身と下半身が捩れている。
丁度腹部の辺りでグリンと一回転させたみたいに。
さながら全身48箇所が稼動するヒーローの人形のように。

もう絶対死んでる。
血は出てないけど。
これだけは言える。
ネギ君の生命活動は停止していると。

「いやいや案外脆いものでござるなー」

こんな状況でも楓はのほほんと笑っている。

……落ち着くんだ俺。
楓は混乱しているだけだ。
初めて人を手にかけたのだ。
優しく、優しく接するんだ。
それが教師でもあり、師匠でもある俺の役目。

「な、楓。一緒に自首しよう。俺も証言するから。正当防衛だったと」
「まあまあ師匠、落ち着くでござるよ」
「これが落ち着いてがじがrfんぎあdんりいあじだfじタロンシャダ!!!!」
<マスター! 言語が! 完全に外宇宙向けの言語になってますよー! ぽまーどぽまーど!>

シルフの呼びかけに我を取り戻す。
危ない危ない。
危うく何か別に星の生き物になってしまうところだった。

「むぅ、師匠は何か誤解をしているでござるな? そもそもあのネギ坊主は……おっと」

俺が必死で精神の均衡を保とうとしていると、パキパキと耳障りな音が耳に入った。
そちらに視線を向ける。

「ぐ、げぇ……えへ、けへ……な、なじさぁん……ぎぎぎ」

ネギ君が動いていた。
曲がった足で必死に首を抜こうとして……抜いた。
顔をこちらに向ける。
笑っていた。
血まみれの顔で笑っていた。

「……さーて、今日は茶々丸さんと買い物に行く日だー」
<ああっ、マスターがとても分かりやすい現実逃避を! もうっ、どうせならその逃避先には私を選んでくださいよぅっ>

そりゃ現実逃避もするわ!
ああ、やばい。
これ絶対夢に出るわ。
手足が折れ曲がって、下半身が一回転したネギ君がいつものニコニコとした笑顔でこちらに迫ってくるのだ。
失神しなかっただけでも偉いと思って欲しい!

「ふーむ。思ったより頑丈だったでござるな、っと」

まるで背伸びをして高い所にある物を取るかの様な軽い声で、楓はネギ君に接近して素早く足払いをしていた。
横回転をしながら宙に浮くネギ君(元)
形が形だけに風車のようだった。
楓は続けざまに回転しているネギ君の中心に後ろ回し蹴りを放つ。
猛烈な勢いで壁に叩きつけられるネギ君(昔)
ピクピクと痙攣した後、ぐったりと動かなくなった。

「ふむ、こんなものでござるか」

つまらなそうにそう言うと、テクテクとネギ君(壁)に近づいていく。
な、何をするつもりだ?
ま、まさか……。
後片付け!? 忍術を使った死体隠蔽を行おうとしているのか!?
ギャー怖い!
忍者怖い!
見ざる! 俺は見ざる!
今俺はあらゆる現実から眼を閉ざす!

「んっと、これでござるな?」

ネギ君達の方からビリっと何かを剥がすような音が聞こえた。
何!?
皮!?
皮剥いじゃったの!?

「ししょー。もういいでござるよー」
「いや絶対嘘だ。お前これ今目開けたら人体の不思議展~ネギ君編~みたいなグロイ光景なんだろっ」
<もう大丈夫ですよミスター……あ、いやマスター>
「そこ間違うなよ!」

シルフのボケかどうか微妙なミスにツッコミ入れてしまい、うっかり目を開いてしまった。
目を開くとそこには……何も無かった。
ネギ君だったものも無い。
な、なんて見事かつ素早い死体処理。
きっとかければ塵一つ残さず溶けてしまう薬品とかがあるんだろう。

「ネギ坊主だったらこれでござるよー」
「え?」

俺がネギ君を探しているのに気づいたのか、楓は何かを俺の目の前にぶら下げた。
紙。
紙だった。
人型の紙。
紙には『みぎー』と書いてある。
しんいち?

「紙型でござるよ」
「なにそれ?」
「うーむ、拙者も専門外でござるからなー。……まあ刹那の式神の簡易的なものでござるよ、多分」

な、なるほど……。
ああ、そうか。
納得が言った。
だから変だったんだなネギ君。
いや、待てよ。

「おいシルフ」
<何ですかにゃーん?>
「お前知ってたのか?」
<はい無論です。私を誰だと思ってるんです? 人目見たときに本物のネギ君じゃないと気づきましたよ。えへん>

知ってて黙っていたのか。
ほー、成る程ね。
知ってて俺の窮地を眺めていた、と。

「じゃ、この後のお前に何が起こるかも分かるな?」
<はいっ。罰ですよね>
「分かってるならいいさ」

俺は窓を開け、渾身の力を込めてシルフを投げ飛ばした。
シルフは<ありがとうございまぁぁぁぁす!!>と言いながらすっ飛んでいった。
確かあっちは池がある。
少し溺死してもらおう。
パンパンと手を払い、楓に向き直る。

「誤解してすまん。てっきりお前が忍者からアサシンになってしまったかと……」
「いやいや。師匠のためなら、人殺しも容易いでござるよ」
「おいおい」

まあ冗談だろうが。
しかし助かった。
偽者とは言え、危うくネギ君とらぶChu☆Chu!な展開になるところだった。
もしかしたら俺とネギ君がそういう関係になる世界線があるかもしれないが、少なくともこの世界は違う。
俺はノーマルなのだ。

「改めてありがとう。お礼代わりに何か奢ってやるよ。鯛焼きか? 三個欲しいのか? 四個? このいやしんぼめ!」
「お礼、でござるか。……ふーむ」

鯛焼きに反応しない楓。
何かぶつぶつと呟いている。
あれか。
もっと高い物を奢らせようと画策しているのか。
ああこわっ。
中学生こわっ!
シャネルか!? ビッチか!? 
言っちゃあ悪いが俺は貧乏だ。

「ふむ、決めたでござる」
「な、なんだよ……」

俺はびくびくしながら聞いた。
貞操の危機を助けてもらったのだ。
出来る限りのことはしたい。
でも、最近の中学生はなんだか凄いらしいし。
物凄いものを要求されるかもしれない。
楓は人差し指を立て、これはいい案だと、その言葉を俺に告げた。

「――師匠と接吻がしたいでござる」

と。
せっぷん?
……。
あ、シルフいないのか。俺が外に放り投げたんだっけ。
じゃあシルフ辞典には頼れんな。
えー、せっぷん?
何それ?
外来語?
ここだけの話、俺は英語が苦手なのだ。
オレンジをオランゲと読んでしまうレベルだ。
ナイフをクニフとか。ノックをクノックとか。

「すまん楓。接吻ってなに?」
「おや、師匠は知らないでござるか。ふむ、まあ少々古い言い方でござるからな」

古いのか。
楓は忍者という職業?柄か、少し古めかしい言葉を使うことがある。

「今風に言うなら……その……」

楓がほんのりと頬を染めた。
何だろう。
何故染める?
今風の言い方だと恥ずかしいのか?

「キ、キキキキ……ごほん。――キッス、でござる」

キッス。
キッス?
キス。
キス!
キスか!
へー、キスって昔はそんな言い方したのか。
勉強になるなぁ。

「……ん? キス?」

俺の言葉に楓はコクリと恥ずかしそうに頷いた。
まるで中学生女子の様な初い反応だ。
あ、そういえば中学生だっけ。

「……」
「……」

何とも言えないもにょもにょする空気が俺と楓の間に発生した。
突然弟子と思っていた少女から、キッスをしようと言われたのだ。
頬を染めて俯く楓。
多分俺の頬も赤いかもしれない。
しかし。
しかしだ。

「何を企んでいる?」
「た、企んでなんていないでござる。ただ純粋に拙者は師匠とその……接吻を交わしたいと」
「意義アリ! だっておかしいじゃないか! 何でこの状況なんだ!」

この状況はおかしい。
俺のインテリ脳は既に答えに近しいものを導き出していた。
ズバリ先ほどのネギ君の行動だ。

「ネギ君もキスを求めてきた。そして俺がさっきから回収していた生徒達!」
「……ぐむむ」

俺は楓に『ゆさぶり』をかけた。
みるみる額に汗を浮かばせる楓。
ここで一気に畳み掛ける。
俺は証拠を『つきつける』

「彼女達はうわ言のようにこう言っていた。――キス争奪戦と!」
「――ぐう!」
「ズバリこの状況においてキスをするという行為は、何らかの特殊性を秘めている!」
「ぐはあああああああ!」

楓は大げさに仰け反った。
浴衣の中から大量のクナイが飛び出すという、ドット職人さんが大変そうなリアクション付きで。

「し、師匠が頭良さそうでござる。師匠も偽者でござるか?」
「何だと貴様」

エヴァっぽく怒った。
俺の推測は当たっているだろう。
この枕投げ大会。
枕投げなのが表向きで、本当の目的があると見た。
そしてその目的はキス!
はい完全論破!

「む、むぅ……確かに。師匠の言うとおりでござる。この枕投げ大会の真の目的は……キス、でござる」

しかし何でキスなんだ?

「小耳に挟んだ情報によれば、今日この夜にキスをした相手とは何らかの繋がりを得ることができる、と」

何じゃそら。
あ、そう言えばさっきシルフが何か言ってたような。
結界がどうとか。
ええい、居て欲しい時にいないなんて使えない奴だ!
俺が投げたんだけど。

「拙者どうしても師匠との繋がりが欲しかったんでござる……」

寂しげな表情で言う楓。
繋がりか。
やはり親元を離れて暮らすからには、目に見える繋がり、というものが欲しくなってしまうのだろう。
俺だってこっちの世界に来て、エヴァ達との繋がりを得ることが出来ていなかったら、寂しさで心が折れていたかもしれない。
繋がり、絆というのはそれほどまでに大切なのものなのだ。
人差し指をツンツンと合わせて、気まずそうな楓。
俺はそんな楓を見て、笑った。

「お前は馬鹿だな、ははは」
「ど、どうして笑うでござるか?」
「はははははははははははは」
「し、師匠!」
「わはははははははははははは……おえええええ」
「だ、大丈夫でござるか?」

笑いすぎるとリバースしそうになるんだ……。
初めて知ったわ。
俺は咳をして調子を整えた。

「けほん。何言ってんだ楓。俺とお前の間には既に繋がりがるだろ?」
「繋がり、でござるか?」
「そうだ。俺は師匠でお前は弟子。立派な繋がり、絆じゃないか。お前今まで冗談だと思ってたのか? 少なくとも俺は本気でお前のことを弟子だと思っていたぞ?」
「師匠……」

遊びのような関係だったが、その関係は真実だ。
俺はこいつとの関係を大切にしている。
エヴァ達に対する家族や、このか達に対する友達、じいさんに対する親友とはまた別の関係。
大切な関係だ。

「な、楓」
「師匠……!」

楓の瞳に涙が浮かぶ。
つられて俺も泣きそうになった。
くそう、歳をとると涙もろくなるぜ。

「師匠……っ!」
「弟子よ……っ!」

俺と楓は抱擁を交わした。
そこに下賎な感情は無い。
師匠と弟子の普遍的な絆だ。

「一生師匠について行くでござる……!」
「へへっ、ついて来れるならな!」

少しワザとらしいやり取りの後離れる。
楓の頬は羞恥からか赤らんでいた。
俺も同じだろう。
不思議なものだ。
修学旅行の晩にこうして、師匠と弟子の絆の再確認が出来るなんて。
俺は他人との関係は最も尊いものだと思っている。
こうして再確認出来たのは良い経験だ。
修学旅行に来て、一番得るものが大きかった事柄だ。

楓は照れを含んだ顔で頭を鼻の頭をかくと、「さて」と仕切り直すかの様に言葉を続けた。

「じゃあ接吻でござる」
「おい! さっきまでのは!? さっきまでの師匠と弟子のやり取りは!?」
「それはそれ。これはこれ、でござる」

『それ』をあちらに置き、『これ』を目の前にもってくる。
本当さっきのは何だったんだ。
泣き損じゃないか。
茶番だァ! 
俺の涙を返せ!

「お前どうしても俺とキッスをしたいのか! 何故だ!」
「ふむ、まあそれは……将来的な保険、でござるよ」
「どういう意味だ!」
「どうやらその件の繋がりとやら、物理的な絆が発生するらしいでござるから。今の内に師匠に対して少し縛りをかけとこうかと」
「意味がわからん。ディザスターで例えてくれ」
「む、むむぅ」

俺の無茶難題に、楓は頭を抱えたが、そこは忍者。
素早い思考活動でそれを実現しれくれた。

「んー……主人公の御堂謙次が決戦に赴く前の夜、サブヒロインの氷女節と月を見上げるシーンがあるでござる」
「うん」

何気に名シーンだ。
敵だった節が心の底から仲間になったと感じるシーン。
節が自分のドロドロとした心の内を謙次に吐き出し、謙次はそれを受け止める。
何もかも吐き出してスッキリした表情の節は

『明日頑張ってあの子を助けましょ。……じゃないと不公平ですものね』

と意味有り気に微笑み、去り際に謙次の唇を掠め取るのだ。
そしてオロオロする謙次に一言。

『あの子には負けないから!』

今までの暗いイメージが払拭され、残された謙次は頬を染め

『な、なんだよアイツ……意味分からねえ』

と無意識に唇に触れるのだ。
そこにあった暖かさを感じるように。
このシーンはネットでは賛否両論になっている。
主に節へのアンチかファン。
アンチの発言はこんな感じだ。

・決戦前にキスとか死亡フラグだろ、氏ね!
・美智子以外のヒロインとかいらねーんだよ!
・デスキッスやめろwwww
・よせ!キタンの二の舞になるぞ!
・悪女! この悪女! お前は現代に蘇ったヨヨじゃ! 
・悪女!
・悪女! NTR反対!
・そんなことよりディザスター屈指のロリキャラ、ダーク11について語ろうぜ。

とまあそんな感じ。
今ひとつ悪女と罵られる原因が分からない俺だ。
シルフには<マスターは純粋ですね……これからもマスターには女のドロドロとした部分を見せないようにしたいです>と言われた。

「つまり拙者は氷女節でござる」
「そうなのか!?」

わ、わからない……!
何故『楓=節』が成立するか、全く理解出来ない。
今ひとつ分からないが――

「いいだろう楓。キス、いいぞ」
「ほ、本当でござるか?」
「ただし――」

俺はここで人生で言ってみたい台詞の13位に属する言葉を告げることにした。
いつか言おうと思っていた台詞。
こんなにも早く機会が訪れるとは……!
俺の言葉に満面の笑みを浮かべる楓。
その表情が本気に変わるその言葉を、俺は告げた。


「ただし――この俺を倒せたらなぁ!!」
 




[22515] 三話 俺の弟子がこんなに強いわけがない
Name: ウサギとくま2◆246d0262 ID:e5937496
Date: 2010/10/20 15:24
「この俺を倒してみろッ!!」

自分でも驚くほど気合の入った声が出た。
そう、俺も望んでいたのだ。
この展開を。
弟子が師匠に挑むこの展開を。
心から望んでいたのだ。
そしてそれは今日この時叶った。
楓の師匠になった日から、いつかはこの日が来るだろうとワクワクしていたが……まさかこんなにも早くこの日が来るとは……。

そしてこの展開を楽しみにしていたのは、俺だけじゃ無かったようだ。
俺の言葉を受けた楓。

「なるほど、なるほど……そう来たでござるか。弟子はいつか師匠を越えるもの。いつかこの日が来るとは思っていたでござるが……ふふふ」

嬉しそうだ。
恐らくは楓も楽しみにしていたのだろう。
俺とこうして本気で戦う機会を。

「くくくく……」
「ふふふふ……」

枕の散乱した廊下で、向かい合う俺達。

「ところで先ほどの言葉、嘘偽りないでござるか?」
「え?」

先ほどの言葉?
あー、勝ったらキスだろうが何だろうがってやつか。
何だこいつ、もう勝った気でいるのか。
気が早い。

「あー、いいぞ。お前が勝ったらキスだろうが何だろうが好きにしたらいい。男に二言は無い」
「流石は師匠。……これで拙者も心置きなく戦えるでござる」
「言っておくが手加減はせんぞ?」
「いやいや。こちらこそ頼むでござるよ。男子の初物をもらうからには、手抜きなどしてもらってはこちらの気が引けるでござるよ」

初物て。
こいつもしかして俺がキスをしたことが無いと思ってるのか?
あるわ! キスぐらいしたことあるわ!
……あったよな。
あれってカウントされるよなぁ。
うーん。
ま、まあいいか。

「では――参るでござる」

楓が戦闘態勢に入った。
体を低くして、滑るように接近してくる。
俺と楓の距離はそれほどない。2秒も経たずに互いの射程距離に入るだろう。

「シルフッ! 一番いいのを頼むッ!」

俺は武器を出す為にシルフに呼びかけた。
具体的にどんな武器を出すかは指示をしない。
一々細かく言わなくても、長い付き合いだ。この状況にあった武器を選んでくれる。
何だかんだ言いつつも、俺はシルフのことを信頼しているのだ。

武器が現れるほんの短い時間も命取りだ。
楓は速い。
流石忍者と言える。
俺がシルフに呼びかけた一秒にも満たない時間で、既に半分の距離を接近してきた。
しかしおかしい。
真っ直ぐだ。真っ直ぐ過ぎる。
これでは迎え撃ってくれと言わんばかりじゃないか。
楓に限って正々堂々なんて言葉は無い。
何か仕掛けてくるはずだ。

俺目を見開いて楓の動きを注視した。
少しでも変わった動きがあればそれに対応できるように。
しかし楓の動きは変わらない。
ただ愚直なまでに真っ直ぐ俺の元へ近づいてくる。
フェイントを入れる気配も無い。

更に距離を詰めてくる楓。
未だ仕掛ける様子は無い。
俺の予想では、この辺りで飛び道具で牽制を始め、隙が出来たところで一気に仕留めて来る、といった予想をしていたのだが。
楓の手元には何も無い。
突き出された槍の如く、ただひたすら真っ直ぐに近づいてくるだけだ。

互いの近距離攻撃圏内に入った。
楓が何か特殊な攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
本当にただ正面から攻撃をしてくるらしい。
……少し感動した。
師匠を超える為に……その証の為に……何の奇手も用いず、正面から向かってきたのだ。
くくっ、いいだろう。
俺はその意思を汲む。
正面から挑んできたお前を真正面から迎え撃つ。
この一刀で。
その純粋なまでに真っ直ぐなお前という槍を、俺が斬ってやる!
さあ、来いッ!
……って、武器まだかよ。
いくら何でも待たせすぎ……
おい、シルフ――

「――がいない!?」

俺の胸元にあって、いつも喧しいその存在がいない。
何で? どこ?
ああ……っ! さっき俺が投げたんだった!
今頃池の中だ!
池の中でお魚さん達と舞い踊っている。
うわあ!? やばい、楓もう目の前だし!
ひえええええっ、えらいこっちゃ!
……ぐ、ぐうっ。
こうなったら仕方が無い。
素手で迎え撃つしかない!
こう見えても日頃から、エヴァと殴り合い(一方的に殴られているが)をしているんだ。
俺は(多分)素手でも強い(はず)
それに某ボガード氏も『男なら拳ひとつで勝負せんかい!!』って言ってたし。
やってやるぜ!
俺は自分に活を入れる為に、雄たけびをあげた。

「にゃんこらしょーっ!」

若干意味不明な掛け声になってしまったのは、俺がかなり焦っているからだ。
余裕があれば『きゃおらっ!』や『ぱぱうぱうぱうっ』みたいなカッコイイ掛け声が出せたんだが……。
俺は慌てながらも、徒手の構えを取り、今まさに俺の拳の届く範囲にいる楓に向かって鋭いジャブを――

「ナナシナックル!! ――って、あ、あれ?」

放てなかった。
俺が突き出した拳は空で止まっている。
突然立ち止まった楓の顔の前、ピタリと静止している。
勿論俺に止める気は無い。
しかし動かない。
腕が……腕が動かないのだ!

「ふっふっふ、拙者の勝ちでござるな?」

その声は目の前にいる楓からでは無く、背後から聞こえた。
俺の背後、耳元から聞こえる。
楓の言葉を伴った風が耳をくすぐる。

「な、んだと?」

俺は首を捻って、背後を見た。

「背中ががら空きでだったござるよ?」

そこにいたのは楓。
俺の背中に密着し、その腕で俺を拘束している。
さながらジェットコースターの安全バーを逆にしたみたいな状態で……この表現は変か。
と、とにかく俺は楓に背後から捕縛されているのだ!
そうか……!

「分身か……!?」
「その通りでござるよ。師匠は正面から接近する拙者に気を取られ過ぎて、背後から近づく拙者その2に気付かなかったでござるよ。前に師匠も拙者に言ったでござろう? 『策を持たずに突進してくるものは無い。必ず何かしらの奇策を用意している』と。あとは『やったか!?と言った時は大体やってない』など、師匠の教えは確実に吸収しているでござる」
「むむぅ……っ」

やられた……!
そうだ、相手は忍者。分身にも常に気を配っていないとならない。
背後からの奇襲なんて当然の様に想定しておくべきだった。
抜けていた……。
このぬるま湯の様な日常に浸りすぎて俺の牙はすっかり錆びちまったようだぜ。
シルフがいればここで『いや、昔も変わらずぬるま湯でしたよ?』と突っ込む仕組みだ。
しかし師匠としては嬉しい。
俺が普段から言っていた、半ばネタ混じりの発言を自分の力にしていたのだ。

「しかし……!」

この状態はまずい。
完全に体の身動きが取れない。
あと胸が背中に押し付けられて、気が散る。
これも作戦の内か……!

「悔しいが……成長したな楓」
「師弟関係も長いでござる、師匠の弱点もお見通しでござるよ。――ズバリ師匠は身内相手だと極端に見通しが甘くなる」
「ズボシ!」

楓の言葉は確かに身に覚えがある。
別段加減しているつもりは無いのだが、どうしても身内相手だと戦いではなく、日常の中での些細なじゃれ合いの延長線上と考えてしまう。
これは俺の悪い癖だ。
いつか楓が俺を本気でキルしに来たらマジで危うい。
対策を考えておこう。

「ふっふっふ」

勝者の余裕か、笑みを浮かべる楓。
しかし楓、少々俺を甘く見すぎじゃないかな?
楓が俺の弱点を見抜いたように、俺も楓との付き合いが長い。
長い付き合いの中から俺もあいつの弱点を……
弱点。
弱点……?
……あれ?
お、おかしいなぁ。あいつの弱点ってどこ?
そ、そうだ。アホな所だ!
つまり学力では負けない。
あ、いやいや。今は戦闘面での弱点を……。
……うーむむ。
おかしいな、アイツの戦闘面での弱点がこれといって浮かばないぞ。
うぬぬ……っ!

「こ、これで勝ったと思うなよ!?」
「いや拙者の勝ち、でござるよな?」

い、いいさ。
今日のところは俺の負けでいい。
でも次は俺が勝つ!
次の勝負までにあいつの弱点探しとかないと。

「……お前の勝ちだ。ほら、もう離してくれよ」
「むふふふふ」

楓は不敵に笑い、拘束を解くどころか更にキツくした。
押し付けられる胸の感触も大きくなる。

「おいっ、早く離せよ! そ、それとも俺にトドメを刺す気か!? 怖っ、お前怖っ」
「違うでござるよ。……このまま、先ほどの師匠の言葉を実現するだけでござる」

先ほどの言葉って……キスか。
え、この状況でキス?

「つ、つまり身動きの取れない俺に無理やりキッスをすると……お前はそう言うのか!?」
「まあそういう事になるでござる」
「レイパー! この忍者レイパー!」
「ひ、酷い言い様でござるなぁ」

ちなみにレイパーの意味は今ひとつ理解して無かったりする。
無理やり肉体関係を強要されたりした時に、こう叫べと茶々丸さんに言われた。

「じゃあ頂きますでござる」
「や、やめろー! 誰か助けてー! じいさーん!」
「そこで学園長が出る辺り、師匠どれだけあの老人のこと好きなんでござるか……」

俺の声は無人の廊下に響いた。
先ほどネギ君に襲われた時に楓に声が届いたのだから、今度も誰かしらに届くと思ったが、誰もやってくる気配が無い。
完全な孤立無援。

「じゃ、じゃあ……ゴクリ」

楓が生唾を飲み込み、俺に顔を近づけてくる。
その顔は真っ赤だ。
恥ずかしがってる、のか?

こんな状況で俺は楓の意外な一面を見た気がした。
こう、楓なら『はははっ、では拙者の唇は頂くでござるよ、ぶちゅー』みたいな軽いノリかと思ったのに。
よく見ると楓の膝は震えている。
そうか……こいつも女の子なんだよな。
そりゃキスなんて恥ずかしいだろうに。
楓がどうして突然繋がりが欲しいなんて言い出したかは、分からない。
それでも、それは本心から出た行為なんだ。
ふざけているわけじゃない。
俺は目を瞑って、生まれて初めて子犬に触れる子供の様に唇を近づけてくる楓を見て、心が仄かに温かくなった。
目の前にいるのは、14歳の子供なんだ。
顔を真っ赤にして迫ってくる楓に、微笑ましいものを感じた。
俺は体に力を抜き、仕方ないと肩をすくめ――



「隙アリィィィィィィ!!!」



自由な右足を無防備な楓の顔に向かって蹴り上げた。
吸い込まれるように無防備な楓の顎へ喰らい付く俺のトゥーキック。
勝った! 第三話完!

「ひょいっと」

しかし、目を瞑ったまま軽々と避わされた。
空を切る俺の右足。
ば、馬鹿な!? あの状態で避けるだと!?

俺が戦慄していると、俺の右足を回避した状態の楓が呆れた様に言う。

「師匠、足癖悪いでござるよ? そもそも女子の顔を何の戸惑いも無く蹴り抜こうとするのは如何なものかと……」
「うるさいよ! くそ、簡単に避けやがって……!」
「ふむ、では足も封じておくでござる」

にんにん、と楓が印を組むとボンとした音と共に煙が俺の視界を塞いだ。
煙が消えるとそこには……

「楓3号でござる」

もう一人楓が増え、俺の両足を掴んでいた。
少女とは思えない力で俺の両足は固定され、全く動かせない。
凄まじい握力だ。
そのうち『拙者の握力は108kgでござる』とか言いそうだなこいつ。
これで俺の体は首から上以外、全て固定された。
あとは噛み付くぐらいしか攻撃方法が無い。

「がうがう!」

威嚇する。
俺のチワワ並みの威嚇に怖気づいたのか、楓は困った様に眉尻を下げた。

「むぅ……流石にそこまで拒否されると、拙者も女としてのプライドが……そんなに嫌でござるか?」
「そもそもだ!」

拗ねるように言う楓に、俺は心を鬼にすることにした。
これも授業の一環だ。

「女の子がそんな軽々しくキスをしようとしては駄目だろうが! キ、キスってのはあれだぞ? 愛する者同士が行う神聖な行為なんだぞ? そんな、ちょっと消しゴム貸してみたいなノリでするもんじゃないっ。そこん所を分かってるのか?」
「し、師匠の貞操観念ふるっ! 拙者が言うのもなんでござるが、少々時代錯誤でござるよそれ……」
「え?」
「現代の接吻にそんな堅苦しい背景は無いでござるよ。それこそ遊び感覚で接吻を行う学生も多いでござる」
「マジで!?」
「マジでござる」

え、ええー……そうなの?
うわ、何かショック。

「別段好き同士で無くとも、場を盛り上げるための舞台装置として接吻を行うような風潮でござる。現代のそれは直接的に愛や劣情を含むような行為とは言えないでござる」
「そ、そうなのかー」

うーん。
そうか……俺がいた世界と少し価値観が違うのかなぁ。
それでもこの世界に来た時俺が調べたデータによれば、キスってのは尊いものって扱いだったし。
ああ、でも歴史の勉強含めてやったから、大分古いデータだったな、あれ。
今の時代はそうなのか。
つまりそうか。
このキス争奪戦に参加している人間が、全員愛やら恋心から参加しているわけじゃないのか。
ゲーム感覚ねえ。

「そもそも、師匠『俺に勝てばキスをしていい、男に二言は無い』と言ったでござる」
「だって負けるとは思ってなかったし」
「子供でござる!? その言い訳は子供のものでござる! ……むむぅ、この人で大丈夫でござるかなぁ」

おおう、何か弟子に心配されてるぞ俺。

「そんなに心配しなくても俺は大丈夫だ」
「いや自分の心配でもあるでござるよ。師匠にはもう少ししっかりしてもらわないと、拙者も困るでござる」
「何でお前も困るんだ?」

俺の質問に楓は、フムと思案顔になった。
そしていい例えが見つかったと、人差し指を立てた。

「……長きに渡り共に歩く二人の片方が未熟だった場合、もう片方も未熟な方に足を引っ張られる。高みを目指すのなら互いが程良く釣り合ってなければならない……そういう事でござるよ。拙者が見る限り師匠は、少しサボリ症の様でござるからな。近い精神年齢で共に遊ぶのも非常に楽しいでござるが、たまには年上の貫禄を見せて拙者をときめかせて欲しいでござるよ」

……。
……。
……わ、分からん。
ああ、でもここで分からないとか言ったらアホっぽいな。
うーん。

「……いや、しかし自分でが今の内に好みのタイプに教育というのもなかなか……」
「おーい」

何やら邪まなオーラを楓から感じる。
笑顔も何か黒いし。
いつもののほほん笑顔に戻って欲しい。

「……と、まあこれは後々考えるとして」

楓がやっと思考の海から戻ってきた。

「取り合えず接吻でござる」

ああー、やっぱ戻ってこなくてよかった!

「さて邪魔が入る前にちゃっちゃとやってしまうでござる」
「むぎゅ」

そう言うと楓は両手で俺の頬を挟んだ。
俺の意思とは関係無く、唇が突き出された。
本気らしい。
今度は防ぐ手立てが無い。

「まあ、師匠は深く考える必要は無いでござるよ。……ほんの少し拙者を意識するようになってくれればいいでござる」

やはり緊張しているのか、楓の手から俺の頬に震えが伝わる。
震えだけではなく、手の平が少し汗ばんでいるのも感じる。;

「では今度こそ、正真正銘……参るでござる」

ゆっくりと顔が近づいてくる。
俺は反射的に目を瞑った。
何となく目を開けているのが、恥ずかしかったのだ。
そもそも楓とここまで顔を近づけたことは無かったし。

ああ、くそう。
何でこんな時にシルフがいないんだ。
シルフが居れば、グダグダしたノリで何とかなるのに。
『うおー、マスターの唇をやらせはせん、やらせはせんぞー』みたいな感じで。

……あ、もしかしてシルフがいない隙を狙ったのか?
だとしたらかなりの策士だな。
楓に対する評価を改めなきゃな。

「……む? 何か……嫌な予感が――っ!?」

――ヒュン。

楓の呟く声の後に、何かが風を切る様な音が聞こえた。
次いで何かがドサリと落ちる音。
何だろうか。
しかし目を開けるのは怖い。
もし目を開けて、楓の顔のアップだったら非常に気まずい。

し、しかしまだなのか?
もしかして焦らす作戦なのか?
弟子の癖に生意気だな、おい。
ちょ、ちょっと目開けてみようか。
よ、よしっ、開けるぞ?

「…………ん? あれ?」

恐る恐る目を開けると、そこに楓の顔は無かった。
それどころか体の拘束も解かれている。

辺りを見渡すと、俺の拘束していた二人の楓も消えていた。
しかし肝心の楓本体がいない。

「お、おーい。かえでー」

探そうと名前を呼びながら一歩前進し――

「むぎゅぅ」

何か踏んだ。
ていうか楓だった。
楓の背中を踏んづけていた。
慌てて後退する。

「お、おい! お前どうしたんだ?」
「……きゅぅでござる~」

楓は頭に小さなタンコブを作り、目をぐるぐると回していた。
うわ言のように呟くだけで、ほぼ失神状態だ。
い、一体何がどうなって……ん?

「何だこれ?」

倒れている楓の足元、暗がりに月の光を反射してキラリと光る小さな物体を見つけた。
拾って目の前に翳してみる。

「BB弾?」

銀色のそれは一見ただのBB弾に見えた。
いや、しかしこれはどこかで……。
何だっけ。

「おお?」

じっくり眺めていると、BB弾の表面に何か小さな文字が見えた。
その文字は『N&H』
N&H。
……。
ナナシとハカセ。
あ、俺とハカセで作った特製の弾丸じゃないか!
そしてこの弾丸を込める兵器――雷神の槌(トールハンマー)
そしてアレが扱えるのも彼女しかいない。

つまりこれは……

「茶々丸さん……」

俺は窓の外から夜空を見上げた。
空は繋がっている。
この空は麻帆良の空と確かに繋がっているのだ。
きっと、きっと茶々丸さんも俺と同じ空を見ているんだろう。
あとエヴァも。

「ありがとう……」

俺は今麻帆良にいて、帰りを待ち続けているであろう茶々丸さんに心からの礼を言った。
きっと届くだろう。

<とあー!>

しんみりしている俺の心情を切り裂く様に、目の前の空間からシルフが飛び出してきた。
俺から離れて時間が経ったので、自動帰還が作動したようだ。


<マスターがピンチでデンジャーな雰囲気を感じ取ったので、このシルフ! 池の中から女神の如く光・臨!>
「遅っ、お前遅すぎっ」
<ええ!? お、遅いって……既にマスターのアレがああなって……花瓶に刺さった花がポロリですかぁ!?>

じっとりと水が滴ったシルフが俺の首元に収まり、残されたのは倒れ付した楓。
勝った、ということだろう。
俺は楓に勝った。
しかし俺の胸には勝利の喜びでは無く、苦味の様な物が残った。
いつだって戦いとは虚しいものなのだ。

 


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