俺の名前はナナシ。
反対から読んだらシナナだ。
だからなんだって話だが。
「うめえうめえ」
さて、現在俺は休日の午後を堪能している。
もぐもぐとラムネを咀嚼しながら。
「ああ、もう、うまい。これヤバいわ。旨すぎる。怖い」
しかしこのラムネという食べ物、尋常じゃなく旨い。
ありえない。
絶対何か中毒成分が入っている。
でも、食べてしまう。
やめられない止まらない、それがラムネだ。
この酸味と甘さのバランスがたまらない。
一度バブ(風呂の素)が巨大なラムネに見え、食してみたことがあるが、あれはラムネじゃなかった。
胃液がゆず風味になるところだった。
みんなマネすんなよ。
こうやってラムネを食べながらのんびり過ごしていると、非常に心が安らぐ。
俺の周囲の人間はそれはもう変な連中が多いため、気が休まることが無いのだ。
<マスター! 大変ですマスター!>
トタトタと足音と共に馬鹿でかい声を発しながら俺の部屋に近づいてきているのは、その異常な連中の中でも飛びぬけている奴だ。
名前はシルフ。
俺とは旧知の仲だ。
俺の相棒であり、何度も俺ピンチを救ってくれたなんてことはない。
基本物事を引っ掻き回してややこしくする俺にとっての頭痛の種だ。
ちなみに見た目は懐中時計。
――ドン!
扉が軋みながら盛大に開いた。
そして入り口から現れたのはシルフ――
「――誰だお前は!?」
<だ、だれって失礼ですね……いつもラブリーなシルフ・オブ・ザ・ユアワイフじゃないですか>
確かにシルフの声だ。
しかし。
しかし!
俺の視界に写っている物。
おぞましい。
何とも得体の知れない物体だ。
時計、懐中時計。
――その懐中時計に足が生えているのだ。
「キモい!」
思わず罵声を飛ばす。
だって本当にキモイ。
小さな懐中時計に、普通の人間の足がついてるんだぞ?
しかも生足。
もうキモイとかいうレベルを超越しているキモさだ。
オメガキモい。
パプワ君に出てたオカマの鯛を思い出すキモさだ。
<キ、キキキキモいって何ですかぁ!? お、女の子に言っていいことと悪いことがありますよ!? 当然さっきのマスターの発言は悪いことです!>
「だってキモいし……」
<私のどこがキモいんですか!? 寝る前にマスターとの結婚生活を妄想してから寝るところですか!?>
「それはそれでキモい……」
時計と結婚する予定なんかないし。
「っていうか足だよ、足。お前その足なんだよ? 生えてきたのか? 生えてきたのならますますキモいけど」
<ムム。違いますよ。ハカセに付けてもらったんです、見事な脚線美でしょ?>
シャラーンと足を強調するシルフ。
軽く吐き気がした。
「いやだからキモいって言ってるだろ」
いくら足が綺麗だろうが、時計に足だけ生えてたらキモい。
完全に子供がトラウマになるレベルだ。
<ちなみにこの足のモデルは楓さんだったりします。あんまん三つで買収できました>
「安い女だなぁ」
あんまん三つで体売るなよ……師匠として恥ずかしいわ。
しかし成るほど、鍛えられたバランスのいい脚だ。
まあキモいけど。
<そうですか……キモいですか……。残念です。――パージ!>
ボンと音と共に煙を排出してシルフの足は外れた。
着脱式らしい。
残されたのは床に落ちた懐中時計と二本の足。
何とも猟奇的な光景だ。
夢に出そう。
<んっしょ、よいしょっ>
シルフは体を起こすと、ズリズリと床をすりながらベッドで座る俺に近づいてきた。
<合・体!>
そして鎖を俺の首元に飛ばしてきた。
「合・体・拒・否!」
俺は鎖を手の甲でパリィした。
見当違いの方向に飛んでいく鎖。
<な、何で拒否するんですか!? さっきのはあのまま鎖がマスターの首にギュルルッって巻きついて私がマスターの首にシュインってぶら下がって『ふぅ、やっぱりマスターの首が一番安心しますねー。のほほん』って場面じゃないですか! そこまでがパターンじゃないですかっ!>
「パターンって何だよ」
相変わらずこいつの発言は意味不明だ。
意味不明を通り越して解読不明だ。
「で、何だよ」
取り合えず大変な事態とやらを聞く。
<そ、そうです! 大変なんですよマスター!>
「何だ? またエヴァが散花でも踏んだか?」
散花とは俺の武器である刀だ。
シルフと同じく意思を持ち、言葉を発する。
基本的に眠りつつも夢遊病の如く家の中を移動しているので、気がつくと妙な場所で発見される。
茶々丸さんが干している洗濯物をかけている物干し竿になっていたり。
風呂に入っていたり。
庭に聖剣の如く突き刺さっていたり。
基本的に暑がりだからか鞘をつけていないので、抜き身の状態である。
だからたまに俺やエヴァがうっかり踏んでしまって痛い思いをするのだ。
やれやれ。
<いや、マスター。そんな『やれやれ』で済まされる事態じゃないですよ、それ。前なんかマスター廊下で転んだ先に散花ちゃんが寝てて、危うく首が落ちるところだったじゃないですか>
「首だけに?」
<……い、いや別に何もかかってないですけど。ウマイこと言うような流れじゃなかったです>
と、まあそんな感じだ。
非常に厄介な刀だが、俺にとって最も頼りになる存在には相違ないので、ついつい甘やかしてしまう。
起こるとしても『メッ、こんな所で寝てちゃ駄目だろっ』みたいな軽い感じだ。
犬か。
エヴァが踏んで怒り狂ったときも、同じく軽く叱り付け、それに対してエヴァが『犬か! 私の足を見ろ! バッサリいってるじゃないか! もっと厳重注意をしろ! 貴様はアホか! むしろ貴様らがアホか!』と長いツッコミをいれられた。
「で、今度はどこを踏んだんだ? まあエヴァだったら大丈夫だろ?」
ここだけの話この家に主であるエヴァンジェリンなんたらさんは、吸血鬼なのだ。
未だに信じられないが。
むしろ蚊と人間の合成人間と言われた方がまだ信憑性がある。
あとこの家にはアンドロイドである茶々丸さんがいる。
そして喋る人形、チャッキーみたいな。
時計と吸血鬼とアンドロイドと喋る人形、人間という良く分からない家族構成なのだ。
本当に良く分からんな……何だこの家。
狂乱家族か。
そして学校に行くと忍者や子供先生やクローン双子やネットアイドルやツインテールがいるのだ。
……何だあの学校。
本当に俺の周りは変人だらけだ。
基本常識人である俺の心労が絶えない。
<まあ、どちらかと言えばエヴァさんとかアスナさんみたいなツッコミ役の人の方が、遥かに心労が絶えないと思いますけどねー。エヴァさん最近胃が痛いって言ってますし>
胃が痛いのか。
若いのに大変だな、おい。
おっと、いかんな。
話が逸れまくった。
「で、エヴァはどうなんだ?」
<あー、いえ。エヴァさんは関係無いです>
「じゃあ茶々丸さんが踏んだのか!? お、お見舞いに!」
<何でエヴァさんと茶々丸でそんな反応が違うんですか……>
「……だ、だって」
<うわー、今の頬染めてるマスターキモーい。でも恋する乙女な私はその姿を見てキュンキュンするのでした>
キモい言うな。
<茶々丸も踏んでません。っていうか散花ちゃん関係ありません。全く別の大変話です>
別の大変話かぁ。
一体なんだろう。最近はそれなりに平和な日が続いてたしなぁ。
そもそも今っていつなんだろ。
ネギ君が就任してきて……修学旅行行って……。
あれ?
修学旅行?
……。
深く考えたら負けだな、うん。
<大変なこと、ズバリ!>
「ずばり?」
シルフは大きく息を吸った。
<二期が始まるんですよ!>
ですよ……ですよ………ですよ……(エコー
うるさかった。
そして今ひとつ意味が分からなかった。
二期?
「二期って何の?」
<またまたー、もう分かってくせにー、このこのー>
「いや、マジで分からん。何の二期が始まるんだ? ディザスター?」
装甲戦神ディザスターは俺達が大好きなヒーローアニメだ。
少し前に番組は終了した。
番組が好きだった仲間と『ディザスター面白かったね会議』をしたのが懐かしい。
あのディザスターの二期か?
だったら非常に嬉しい。
小躍りするレベルだ。
<もー違いますよマスター。私達です私達。私達が二期になるんですよ!>
「意味が分からん」
<なるっていうか既にこの時点で始まってるんですけどね!>
うーん、本当に意味が分からんぞ。
この暑さでボケたか?
いや、しかしいつも通りの感じもするし。
<もうまだ分からないんですか? ……私達の日常ってアニメ化してるんですよ?>
「マジで!?」
何それ初耳。
え、マジで?
これアニメなの?
<モーマスターッタラー。あ、いや――もうマスターったらー>
「何今の? 何でカタカナだったの?」
<あ、いえ今カンペでボケろって言われたんで>
カンペあんのかよ……。
っていうか今のボケかよ。超つまんねー。
<あ、マスター! マスターにもボケの指示が!>
「え、ええ?」
<早く! 早くボケてください! 死んじゃいますよ!?>
死ぬのか!?
アニメって厳しいな!
し、しかし急にボケって言われても……
「ふ、布団が吹っ飛んだ!」
<……>
「…… ふ、布団が吹っ飛んだ! ――一方その頃宇宙の辺境に位置する大オメガ帝国はクーデターの真っ最中だった。『首をササゲヨー!』『皇帝にシヲー!』『萌える漫画を焚書にした皇帝をユルスナー!』『俺達の萌えをカエセー!』。炎上する城。遂に皇帝は討ち取られる。崩れ落ちる城の中独り孤独に倒れる皇帝。『く、くくく……我が覇道もここまでか……看取ってくれるのが一人もおらんとはな』自嘲気味に笑う。彼は一人だった。理解してくれる人間も唯の一人もいなかった。彼の胸に去来する想い――それは寂しさであった。孤独に死す寂しさ。彼の目には涙が。――そんな彼を包む暖かなな抱擁。どこからやってきたのかその柔らかな布は彼の体を覆った。まるで母親が子にするように。『この匂いは……母上の……』皇帝に顔に安らぎが浮かぶ。こうして安らぎの中、暴虐皇帝と恐れられた彼は没した」
……。
……。
……。
<……よしOKです!>
「え、今のでいいのか?」
<はいオッケーです。今頃お茶の間はドッカンドッカン沸いてますからね。ナイスジョブです>
な、なんだこれでいいのか……。
フフフ、アニメもちょろい。
<よし! じゃあここらでちょっとサービスシーン挟みましょうか!>
「サービス神?」
<いやサービスシーンです。ほら良くあるじゃないですか。シャワーシーンとか。濡れ場とか……もうそれがあるだけで売り上げも倍増ですよ!>
「ほほう」
なるほどなぁ。
<じゃあ私がうっかり全裸になってしまうので、マスターは私の股間に顔を突っ込んで下さい>
「お前の股間どこだよ」
大体全裸ってどういうことだよ。
既に服なんて着てないだろうに。
「大体お前のサービスシーンなんて誰も得せんわ」
<マスターがするじゃないですか!>
「しない」
<うわ、真顔。い、いいですよ、もう! サービスシーンはカットです! あーあ、マスターのせいでこのアニメの売り上げは5000万枚から500枚に落ちました。もう会社崩壊ですよ。物理的に>
どれだけサービスシーンで保ってるんだよ……。
<さ、それじゃ二期ということで私達もパワーアップしましょう>
「パワーアップ?」
<ほらあるじゃないですか。新必殺技とか、後継機とか、新キャラとか! お客さんを惹きつける為の新要素が必要なんですよ!>
「な、なるほど」
うーん説得力がある。
しかし何で俺は時計にこんなこと言われてるんだろうか。
その辺考え出したらキリが無いなぁ。
<あ、ちなみにさっきの生足パーツが私の新要素です>
「あのキモいのか」
<はい。まあマスターにそう言われている以上は却下ですね。例えお客さんに好評だとしてもマスターに不評な以上、私には意味がありません。私の中では常に『マスター>その他』なんです>
「ちなみに俺の中では『コアラ>シルフ>カンガルー』だったりする」
<何で有袋類なんですか!? ……あ、でもカンガルーに勝ちました、わーい>
喜ぶポイントがおかしいな。
そしてこのやり取り、非常にデジャブを感じる。
<まあ私の新要素は後で考えるとして、マスターの新要素です>
俺の新要素か……。
うーん。
<何か無いですか?>
「あ」
<何ですか? 何かあるんですか?>
「俺さ。最近やっとキュウリの漬物食べられるようになったんだよ」
<そ、それで?>
「え? いや、まあそんだけ……駄目かな?」
<駄目ですよ!? 何ですかそれ!? 二期に入って変わったのが『キュウリの漬物を食べられるようになった』ってショボ過ぎますよ!?>
駄目かぁ。
でも、茶々丸さんは喜んでくれたからいいや。
『私の為にキュウリの漬物を好きになってくれてありがとうございます』
って笑顔で言われたからな。
<むー、じゃあマスターの新要素は宿題です! 次までに考えといて下さい!>
「どうでもいいけど、お前マスターの俺に対して偉そう過ぎじゃないか? 煮るぞ?」
<す、すみません、煮ないで下さい。……あ、でも私のダシで作ったスープを飲むのなら……>
「飲まずに畑の肥料にする」
<酷ひっ!>
酷くない。
<えーと、じゃあ次はですねー……>
シルフは楽しそうだ。
こうやってシルフとどうでもいいことを話しているのが、四番目くらいに楽しい。
まあ、調子に乗るから本人には言わないけど。
と、俺達がグダグラ話していると、これまたドタドダと廊下を走り抜ける音が聞こえた。
――ドカン!
爆音と共に開かれるマイルームドア。
俺の部屋のドアは何かと壊れやすい。
主な原因は訪問者の乱暴なドアの開け方にある。
そしてその主な原因である少女が部屋に入ってきた。
「ナナシ! 貴様いい加減にしろ!」
腕を組み、額に青筋を立てて、誰が見ても怒っている。
<あ、マスター。新キャラさんですよ>
「ちーす。新キャラさんちーす」
「やかましいわ!」
シュッと風を切る音、ブレる少女の右腕。
俺には見えていた。
もう何度も喰らったナックルだ。
その軌跡は易々と見抜ける。
しかし見抜けたからといって、避けられるとは限らない。
俺はポコン(可愛い音に変換してます)と頭に拳骨をくらった。
「な、なんだよ。何をそんなに怒ってるんだよ……」
基本的に怒っていることが多いエヴァ(大体一日の40%)だが、俺の身に覚えは無い。怒らせるようなことをした記憶は無い。
大人の女性には精神的に不安定になる時期が月に何日かあるらしいが、それとは関係ないだろう。
<あれですよマスター。きっと私達のアニメ化会議からハブにされて寂しかったんですよ>
「それだ!」
「それじゃない! これだこれ!」
怒り収まらないエヴァはその怒りを表すかのようにグイっと右手を突き出した。
エヴァに握られているのは一本の刀。
あ、言い忘れてたけど、エヴァってのは俺が居候しているこの家の家主だ。
一見小学生くらいにしか見えないけど、中学生だ。
一緒に出かけるとかなりの確立で『仲のいい兄妹ねぇ、ホホホ』と言われエヴァが『誰がこいつの妹だ!?』怒る仕組みだ。
ちなみに茶々丸さんと出かけると稀に『可愛い嫁さんねぇ、フヒヒ』といわれ俺と茶々丸さんが顔を赤くする仕組みだ。
もっとちなみにシルフと一緒に出かけると『で、出た! あれが噂の喋る時計や! 聞いた話によるとあの男の腹話術らしいで!』と言われ、シルフが『マスター聞きました? 可愛い彼女連れで羨ましい男だぜ、てやんでい、ですって。ふふ』と都合のいい解釈をする仕組みだ。
この世の中はそんな仕組みで出来ている。
で、刀だ。
刀は散花だった。
過剰な装飾は無い、一見地味な刀だ。
しかし美しい。
その散花がタオルに包まれていた。
<……ぽかぽかー>
夢心地のようだ。
何故エヴァが散花を持っているのか?
「さっき私が風呂に入っていたら――」
「お前こんな昼間っから風呂かよ」
「べ、別に私がいつ風呂に入ろうがいいだろうがっ」
む、確かに。
「じゃあ俺もエヴァの部屋でエヴァごっこをしてもいいってことか」
エヴァごっこは文字通りエヴァに成りきって遊ぶ。
基本的にツンデレっぽい発言をしてればOK。
あと素足。
あとは……スルメイカとか炙っていればそれっぽい。
<ということはですね、私がエヴァさんのパンチラ要因を乗っ取っていいってわけですね、分かりますっ>
主従揃ってエヴァ願望がある俺達だった。
どんな主従だ(こんな主従)
そんなエヴァ願望がある俺達の言葉に、エヴァは髪を振り乱して
「ええい、やかましい! 主従揃って頭の悪いことを言うな! 少しは黙って私の話を聞けっ」
「<……>」
「と、突然示し合わせたように無言になるなっ、気色悪い!>
酷い言われようだ。
黙れと言ったり黙るなと言ったり。
ヒスパニックなのか?
「そ、それで私が風呂に入っていたらだな……」
「お前こんな時間から風呂かよ」
「べ、別に私がいつ風呂に――ってループしとるわ! 無駄な時間を使わせるな!」
「ご、ごめん。俺ループものって好きだから……」
それが何だって話だが。
それにしてもループものは傑作が多い。
ラノベならall you need is killとか。
俺もいつかはループものの主人公になってみたいものだ。
……これちょっとフラグっぽいな。
「私が風呂に入っていたら、この刀が風呂に入っていたんだ!」
「へー」
「へー、じゃないわっ。普通に現実逃避したぞ!? 『いい湯か?』『……きもちいい』と会話したわ! 刀と風呂に入るなんて初めてだ!」
「いい経験だったな」
<いい話ですねー……>
おしまい。
「終わるか! これは貴様の刀だろうがっ、自分の物は自分で管理しろっ」
グイっと散花を手渡される。
暖かい。
そして刀身から湯気が昇っている。
<……おふろって気持ちいい>
「はははっ」
<もう散花ちゃんったら、すっかりお風呂の虜ですねー>
暖かな笑いが部屋に響いた。
こうして俺達は今日ものんびりと過ごしているのだった。
おしまい。
「だから終わらんわ! 注意をしろ、注意をっ。もう有り得ない場所でその刀と遭遇して肝を冷やす経験なんぞしたくないっ」
<平凡な日常にある一粒のスパイス、ぐらいに思ったらどうです?>
「そのスパイスはあれか!? 朝目が覚めたら、服の中に潜り込んでいたりするのか!? ああ!?」
<エ、エヴァさん落ち着いて……>
珍しくシルフが押されている。それほどまでにエヴァの剣幕が凄まじい。
うーんしかしその状況は怖い。
俺にも経験があるが、目が覚めた無防備な状態で刀身が目の前にあると心臓が止まりそうになる。
これは俺もたまにはビシっと言うべきか。
「おい散花っ」
<……んゅ?>
未だいい旅夢気分なのか、蕩けた声で返事をする散花。
つい、怒る気が失せそうになる。
しかしここは心を鬼にして。
「ちゃんと鞘を付けて寝なさい」
<そうですよ? 散花ちゃんも女の子なんですから、恥じらいを持たないと。私を見習うべきです>
<……シルフ、恥じらいなんか欠片も無いよ?>
実に的確な一言だった。
<う、うぐぐっ>
「ははは、こりゃ散花に一本取られたな!」
<……えへへ>
穏やかな笑いが伝播した。
心地よい空間。
俺はそんな空間を大切にしたい。
もう二度と失わない為に(特に意味は無い決意)
――続く
「……もういい、疲れた。私は部屋に帰って寝る」
「お前こんな時間から寝るのかよ」
「……」
エヴァが冷めた目で俺を見た。
こうやってエヴァがスルーを駆使しだすと、俺もお手上げだ。
流れが止まってしまう。
<べ、別に私がいつ寝てもいいだろうが! ぷんすかぷんっ>
「いや、お前がエヴァを担当しても続かないから」
<はぁ。たまには空気を読んでみたいんですが……>
全く読めていない。
そんなグダグダした状態の俺に耳に入ってくる足音。
廊下から聞こえてくる。
聞き間違いはしない。
この静かな体重移動、確実に茶々丸さん!
「……失礼いたします。……マスター? 丁度よかったです、この後お部屋に伺おうと思っていましたので」
「ああ、茶々丸何か用か。もう出て行くところだ」
「いえ、ケーキが焼けたので呼びに」
おっともう三時か。
時間が過ぎるのは早い。
楽しいことをしていると、本当に時間は早く過ぎる。
俺はベッドから立ち上がった。
「よし、じゃあオヤツにしようか」
「貴様が仕切るな。……ん、ちょっと待て。茶々丸、貴様この後部屋に伺うと言っていたな? 何故この家の主人である私より先にこいつを呼びに来た?」
「……特に他意はありません。ただ何となくナナシさんに先にケーキを見て欲しかったと」
「他意だらけじゃないか!? おい、こら待て!」
スススと滑るように茶々丸さんが部屋から出て行く。
それを追いかけるエヴァ。
和む光景だった。
こんな日がずっと続けばいいと、心から思った。
<……足。……付けてみよ。……キモい>
――次回 続・修学旅行