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[21202] ミッドガルド王国年代記 (旧題:異世界にて)
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/09/01 13:03
イメージとしてはシーランド公国がどうにか発展しようとしているようなお話。



[21202] 状況――劣悪。
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/08/19 13:03
 デスマーチ。デスマとも言われるものがある。システムエンジニアなんかが陥る一種のトラブルだ。
 これに陥ると、過労や自殺なんかがおきやすくなるわけだが……、俺もそんなデスマに陥ってくたばった人間の一人だ。
 無茶苦茶な仕事の量。
 押し付けられたプロジェクトリーダー。
 最低限の説明もなし。
 段々と減っていく人。
 迫る納期。
 磨耗する意識。
 出来上がるスパゲティプログラム。
 続出するバグ。
 挙句にもっと良くやれと説教だ。
 ようやく取れた休みは泥のように眠り、そして起床して気づけば首にロープをかけ、反対側をカーテンレールに引っ掛けていた。
 そして、ヤバイと思った瞬間俺は既に遅かった。
 まだ、ようやく三十二になったばかりだというのに、結婚もせずに死んでしまうとは。
 それが、最後に思ったことのはずだった。
 だというのに、
「では、頼みますよ?」
 聞こえるのは若い女性の声。そして、俺を抱える乳母の腕の感触だ。
 思う。
 何で俺は子供になっているのだろうか、と。
 あやされながら思う。
 良くあるネット小説のように、赤ん坊からやり直して羞恥プレイのコンボはなかったが、目が覚めたら俺は見ず知らずの他人になってしまった。挙句子供。
 せめて最低系と呼ばれるみたいに神様でも出てくれば良かったのに。小説なら正直見ていてあれだが、実際転生するなら神様からチート能力貰ったほうが俄然良い決まっている。
 まあ、今更そんなことを責めても仕方がない。
 それどころか懐かしさのようなモノもかんじんる。
 俺って、子供のときこんな風に抱かれて育ったんだな、と。両親は元気にしているかな、とふと思う。
 あんまり親孝行も出来なかったし、迷惑もかなりかけたけど、それでも少なくとも良識的な人間に育ててくれた両親は今どうしているだろうか。
 これがホームシックというやつらしい。なんとも厄介なことだ。
 だが、そんなことを知ってか知らずか、乳母の女性は俺を微笑ましそうに見てくる。美人じゃあないけれど、どこか愛嬌を感じさせる肝っ玉母ちゃんとでも言うべき女性だ。
「さ、お外に行きましょうか」
 言われ、とりあえず首を縦に振る。この時間が、この世界で唯一、俺にとって癒しの時間といっても良い。
 そう、この散歩が終われば地獄が待っているのだから。

  ※

 今、乗り越えなければならないのは目の前に山の如く積まれている課題、つまるところは英才教育という奴である。そう、これこそが地獄なのだ。
 だだっ広い部屋の中で、執事の男性とマンツーマン。地獄としか言えない。
 ……俺、まだ十歳にもなっていないはずなんだが。いや、実年齢は三十超えてますがね。
 いや、それにしても嫌になるほどの紙の山だ。前世? で仕事してたときの書類の山を思い出す。……プログラミングしている最中に四十枚以上もある紙束渡すなっての。
 ふう、と思いながらも割と高級品であるペンとインクを持ち、やはり高級品である紙にペンを走らせていく。
 執事が言った。
「坊ちゃん。今日はこの国の歴史を勉強しましょう」
 俺は言う。
「そろそろ、別のものをやりましょうよ」
 だが、当然のことながら一言で却下された。
 ……仕方ないのは知っている。だけどさ、もう同じ事を毎日毎日やってるんだぜ? 少なくとも十回以上だ。たとえるなら、えんえんと1+1をやり続けているようなものだ。そろそろ、二桁とまでは行かなくても1+2くらいになっても俺は良いと思う。
 しかし、そんな俺の思いなど知られるはずもなく。
「よろしいですかな」
 よろしくねえ、
「はい」
 心にもないことばかり言えるようになってしまった俺はもう駄目かもしれない。
 執事は軽い咳払いをし、
「さて、では講義を開始しましょう」
 執事は机に一枚の紙を置いた。地図だ。陸地と海の一部が記された簡易的なものだ。国境線など適当に引かれ、正直地図と言って良いか分からんが。
「クジョウ家の統治するミッドガルド王国はこのヴァルハリア大陸の東に存在します」
 既に赤丸で囲まれている部分を見る。他にも別のカラーリングで円が施されている。その中でも赤は特に小さな円だった。
「ヴァルハリアというのは元々大陸の名前ではなく一つの巨大な王国の名前でありました」
 前世の記憶で似たような事例を考えてみればカール大帝の統治したフランク王国だったか? のようなものだ。どんな賢者だ。ヴァルハリア統治した人間は。
「クジョウ家の始まりは、極東と呼ばれる島国からこのヴァルハリア大陸に流れ着いてきたことから始まりました。
 クジョウ家が極東に流れ着いたのは約600年前。今でこそクジョウ家は王族として名を連ねています。当時のクジョウ家はただの漂流民であったのですが……」
「刀、と呼ばれる剣の作成技法を持っていたためにヴァルハリアの東、オーディアン王家に召抱えられることになった、でしょう?」
 俺は思う。何で北欧バリバリの世界に日本文化的なものが乱入してきたのだろう、と。いや、北欧っぽいのは名前だけで地形も何もが前世の北欧周辺とは全く違うのだが。
 執事は頷くことで肯定を示し、続け、
「まあ、それは一部ですな。他にも、こちらには伝わっていない作物、薬草の知識、文化などもクジョウ家が召抱えられる要素にもなりました。まあ、これがクジョウ家の実質的な始まりといえましょう」
 それでも、やはり漂流民は漂流民。与えられるものは小さいわけで。
「勿論、与えられた領地もここではなくオーディアン王国の北、ミドガルッダの寂れた領地でした。ありていに言えば、丁度取り潰しを喰らった貴族の領地に押し込められたと言うのが正しいでしょう」
 ミッドガルッダ、まんまミッドガルドのもじりだ。だが、神話のもじりにしてはかなり酷かったようで文献には『人はおらず、獣がおり、作物は枯れ、山は荒れ、川は汚れ、飢えと渇きがあった』などと記されていたくらいなのだから相当ひどかったのだろう。さらに文献を調べてみればクジョウ家が来る前の領主はかなり横暴であり、自分の私腹を肥やすことばかり考えていたという。なんでクジョウが来るまでに更迭されなかったんだろうか、いや、本当。
「クジョウ家がその土地で最初に着手したことは、まずは税の軽減でした。これは当然でしょうな。それ以上の税をとることが出来たならば悪鬼羅刹で御座いましょう」
 もしくは相当な人でなしだ。確か、八公二民とかいうとんでもない税率だったらしいし。そのせいで何度も人が逃げたとも言われている。
「さらに、比較的寂れた土地でも収穫しやすい芋を植えさせました。これは、極東から流れてくるときの荷物にあったものでもあります」
 だが、これ以上初代クジョウの活躍は聞かない。初代は有能でも無能でもなく、言ってしまえば凡庸な男だったという。あ、俺がそんなこと言えるわけないか。だが、領民にしてみればそれより酷いのが来るよりはましか。
「クジョウの二代目は苛烈な人柄をしていたと言われております。そして豪気であったとも伝えられておりますな」
 なんでも、潰した盗賊団の大半を取り込んでしてしまったのだからすげえよな。
「ええ、まあそれでも逆らうものは容赦なく打ち首でしたが。それと、武勇のほうに目が行きがちですが、政策のほうもそれなりの善政だったようですな」
 今で言う公共事業だったはずだ。荒れた土地を開墾させたり、川の氾濫をせき止めるために石を積ませたり、他にも領地内に兵士を巡回させ治安をよくしたり、とさまざましたようだが、まあ、半分くらいは失敗していたようだった。良くも悪くも大雑把な性格であり、政策もアバウトだったようだ。それでも、その人柄は愛されており、誇張されて童話にまでなっていたりする。
 乳母が好んで俺にする話もこの二代目の話だ。
「三代目と四代目も凡庸ではありましたな。まあ、そうそう簡単に有能な者などは生まれませぬが。逆に、無能なものは生まれやすい。五代目は色に溺れ、戦争ばかり、またそのために悪政をしき、一事はクジョウ家が取り潰されてしまうところまで追い込まれたこともありました」
 どうにも喧嘩っ早い男だったそうで、戦争をするためにかなり横暴な徴収をしたとまで言われている。
「だが、五代目は暗殺された」
 まあ、これは当然の帰結かもしれない。
「ええ、その通りに御座います。起こしたのは家臣団の一人ですな。処刑されたのは言うまではありませぬ。相当感謝されたようですが。そして、六代目が領主になりましたがやはり凡庸なおとこで御座いました。ですが、領内は次第に苦しくなる中で現れたのが八代目ですな」
 七代目は病弱であり、即位して数ヶ月で死んでしまったようだ。……暗殺じゃないよな?
 八代目は相当な敏腕であり、一時は危うく取り潰されそうになったクジョウ家を立ち直らせたそうだ。人身掌握が上手く、人に付け入るのが上手く、政治が上手かったと言われている。クジョウの中でも賢者とまで呼ばれるほどの者だったらしい。そして、この頃にヴァルハリアの王宮にて公爵に抜擢されたのだそうだ。
 ……間が空きすぎじゃないだろうか。
「だが、戦争は下手糞だったんだろう?」
「ええ、政治は出来ても戦争や諍いのいなし方はからっきしであったようですな。八代目もそのことを自覚していたのか戦争は殆ど家臣にまかせっきりだったようですな」
 だが、その八代目は戦争に使う金の配分は上手かったらしい。多すぎず、少なすぎずの境目を見計らうのが上手かったようだ。これを聞くと、戦争が下手だったということが嘘に思えてしまう。
 商人でもやれば本当に凄かったんだろう。
「九代目は奔放であり、魔術にばかり力を注ぎ領地の運営をおろそかにし、数えにして十四度目の反乱がおきたようですな。まあ、それを培った魔術で一人、反乱を鎮圧したところを見ると天才と言われる人種だったのでしょう」
 クジョウの書庫にも九代目の蔵書は多く眠っている。古代語や失われた秘術について纏められたものだ。これは、王家にも保存されている。王家に保存されているのが原版で、クジョウの書庫に眠っているのが写本だ。
 二代続けて天才とは、本当に現実ってのは不思議なものだ。
「――そして、十代目の代になり、このヴァルハリアを二分に分ける戦争がおきました。当時の首都アースガルから北、ミドガルッダよりもさらに北、ヴァナヘイマで打倒オーディアンを叫んだのが、ロキいうオーディアン王家に使えていた将でした。終焉戦争(リアグナロクア)と呼ばれる戦争は四十年続きました。十六代目もそれに参加し、初陣をきりました。結果、ムスペルの将スルァトと戦闘になりました。結果は、敗北。原因は美女と名高きゲルダナを娶るために、天下五刀と呼ばれる名刀のうち一本を差し出したからだと言われています。差し出したものは童子切安綱と呼ばれる鬼切りの名刀。これを手放したがために、十六代目は敗北したと言われています。と、言うのもスルァトとの戦いで天下五刀のうち四本は折れましたが後一歩まで追い詰めたのですが、最後、あと一太刀入れれば勝利だと言うのに、童子切安綱を手放していたがために、最後の一太刀を加えることがかなわず、討ち取られたのです」
 関ヶ原の合戦とラグナロクを足したようなものらしい。どう見ても、途中で入り混じった日本っぽいものが違和感を醸し出している。
 そしてこれはこの大陸ではかなり有名な話であり、オーディアンの『全能神』オーディナ王はロキの息子、『天狼』の異名を持った息子フェンリアに殺され、家臣の『雷神』トーラも宿敵の『大蛇』ヨムルガンダと相打ち、『法翁』ティールも『冥犬』のガラムと、『仙眼』ヘイムラドは『悪心』ロキとそれぞれ相打ち。ああ、『界力』ウィザーリがフェンリアを殺したらしい。
 全部が全部北欧のもじりと言うのもある意味凄い。いや、ギリシャとか中国のが混じってカオスされるよりはマシだが。
「そして、終焉戦争の後ですが、地殻が変動するほどの地震がおきました。多くの人々が死に、一時は国自体が滅びるのではないかと思われるほどの巨大なものでした。ですが、それが功を奏したのか、精霊や知樹などが動き出し、かえって豊かな土地へと生まれ変わりました。ですが、また覇権争いのために戦乱が起きました。そして再度荒廃します。ですが、争いを止めようとする者は殆どいませんでした。ですが、この後その覇権争いに巻き込まれるのを嫌がった第十一代クジョウ頭首は放浪に出ました。その放浪の中で多くの死人、裏切り、別れなどをしました。そしてこの地に根を据え、貴方の父の十二代目のクジョウが家を継ぎ、現在次期十三代目のクジョウ公爵家頭首筆頭、それが貴方エッジセィオウ・シュヴァルツ・アイゼン・クジョウ様なのです」
 このやたら長い名前こそが俺の名である。自分でも時々忘れるがな。
 このクジョウの現在頭首は、つまり俺の今世の父と祖父は偉大な人物だ。いや、本当に気後れしてしまうくらい。
 今住んでいる土地は辺境ともいえる土地といっても過言ではない。だが、現在ミッドガルド王国のある土地には魔力が溜まりやすい土地が十個もあり、更に土地の形状からかファンタジー(笑)のせいか寒暖が存在するという資源的に良い土地である。それを見つけた十一代目。それを引き継ぎ一代で少なくとも王国と名乗れるほどにしてしまう父親殿。どちらも、それこそ戦争もこなせる完璧な九代目ともいえる存在と言っても良い。
 言うならば、立花・道雪と立花・宗茂みたいな感じだろう。勇将やら知将やらは危機に出やすいってのは本当なのかね。
 何で、こんな偉大な人間の息子に生まれてきてしまったのだろう、本当。
 偉大な身内と言うのは時として圧力に他ならないときがある。それが現在の俺に当てはまる。
 前世の記憶を持っている人間としては、風評はとてつもなく気になってしまう。父親に似ずに愚鈍とか言われた日には、もうショックで寝込む自身がある。
 これで俺が第一子とかじゃなくてもっと妾の子供とかだったらまだ良いのだが、残念ながら弟はいるが兄はいない。つまるところ俺が長男となるわけだ。次男だったらまだ政治とかに関わりにくくなるのだが、二人しかいない兄弟の長男ともなれば……ため息が出るね。
「さて、終焉戦争後、クジョウはこの土地にかつて住んでいた土地の名にあやかりミッドガルド王国と名づけました」
 ぶっちゃけ勝手に侵略して勝手に王国建国した様なもんだが、建国しているときはまだ終焉戦争の後片付け真っ最中でこっちに気を使っている暇はなかったようだ。
 まあ、前世でも普通に侵略戦争とかやってるからなあ。中世、あ、魔法のおかげでちっと前世の中世より進んではいる部分はあるが、未だに大半は中世レベルなのだから侵略とか普通……か?
「このミッドガルド王国の周囲にはアートリー王国」
 ミッドガルドの北側の青い丸を指し、
「スワイデン公国」
 そこから南西の緑の丸に移し、
「アルビオン王国」
 そこから南東の白丸に移す。
 正直地図としてはアバウト極まりないが、まあ仕方ないだろう。
 勿論、これは周囲の国だけでまだ他にも国は存在するのだが。
 それでもって紙の上にでっかく描かれてる大陸中心を南北に分割して南側の中心に位置するのが、
「そしてヴォーダン王国」
 俺の住むミッドガルド王国はこのヴォーダン王国と同盟を結んでいるのだが、このヴォーダン王国と北側のヴァナ帝国は簡単に言えば仲が悪く何時戦争が起きても可笑しくない状態なのだ。まあ、ヴォーダン王国はヴァルハリアの王だった『全能神』オーディナ王の末裔の国で、ヴァナ帝国は『悪心』ロキの息子が作った帝国なのだから。つまるところ犬猿の仲ともいえる間柄というわけだ。
 そして現在最も危険なのは、このヴォーダン王国とヴァナ帝国が近年戦争するんじゃないか、などという話が噂されていること。
 当然、同盟結んでいる周囲の国もその戦争に巻き込まれるのは明らかだ。
 もしも、この戦争で父が死んでしまったらどうしろと言うのやら。
 一番分かりやすいのは俺と腹違いの弟を担ぎ上げて内部分裂。暗殺も考えられる。……なんでこんなことを考えなければいけないのやら。
 別に傀儡になるのはかまわないが、傀儡になったせいでいろいろ押し付けられるのは勘弁願いたいし。
 うえ、腹痛い。
「? どうかしましたか坊ちゃん」
「あー、いやなんでもない」
 さて、どうやってこの状況を打破したものか。



[21202] 魔術――説明
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/08/17 15:20
 最近、もう一度学園で青春を過ごしたいと思うようになってきた。
 前世じゃてきとーに過ごしたあのときが懐かしすぎる。
「エッジ様。太刀筋が乱れてますぞ」
 文武両道である親父殿がわざわざつけてくれた兵士が言う。
「申し訳ない」
 素直に謝る。すると、見事に兵士は狼狽する……どうしろと? 俺にどうしろと言うのだ?
「では、続きをしましょう」
 素直に頷き木刀を振る。
 真面目に学校生活に戻りたい五歳頃である。

  ※

 最近、王宮を騒がしている噂がある。正直風の噂であり信憑性は皆無なのだが、それでも今の御時世的に無視できない噂だ。
『ヴォーダン王国とヴァナ帝国が戦争を始める』
 または、そこまでではなくとも一触即発の雰囲気であるという噂だ。
 平和ボケした日本人だったときと違い現在戦争が身近であるということは嫌になるほど恐怖を倍増する。
 真面目にただの噂であってほしいものだ。
 だが、とりあえず俺は解決しなければいけない問題がある。
 ……英才教育だ。
 戦争の噂もあってか最近教育への熱の入り方が半端じゃない。座学、道徳、帝王学。その他もろもろが半端じゃないのだ。
 言っちゃ悪いが五歳の教育ではないと思う。
 中でも暗に親父が死んでも大丈夫にするためか政治系の学問がやたら時間をとるようになった。正直、ワケ分からん。
 最近は昼食で米が食えるということだけが俺の楽しみだ。元日本人的に米が食えるのは凄い嬉しい。
 というか、おかずもどちらかといえば日本的な料理が多い。四季っぽいものが存在するおかげか多種多様な食材が取れるし、なおかつ調味料なんかも増える。おかげで日本人的にあると嬉しい調味料も一通りそろっている。
 執事から聞いた話によれば祖父はこの食材のことも視野に入れてこちらに来たらしい。食っていうのは凄いものだ。
 だが、それでも問題と言うものは発生する。
「……」
 薄い。何と言うか味付けが薄いのだ。味に問題がない分、それが凄い際立ってしまう。
「大人になったら絶対に改良してやる」
 そう、俺は心に決めるのだった。

  ※

 昼食が終わればほんの少しの休憩を経てまた教育が開始される。その教育は授業の中ではそこそこ楽しみな授業だ。
 魔術。前世じゃあパチモンだったものがこの世界では本当に存在するのだ。
「では坊ちゃん」
「いい加減坊ちゃんは止めてほしいんですが……」
「坊ちゃんは坊ちゃんで御座いますよ」
 執事が一言で切り捨てる。
 それにしても、この執事は本当に万能だ。まだ若い(三十くらい)のに、このミッドガルドの王宮の大半を切り盛りしているのだから。
 勿論、親父殿も負けず劣らず政務やらなにやらを裁いているが、その政務をやりやすくしているのもこの執事なのだから頭が下がる。何時寝てるんだろうか。
「さて、今日は魔術の基礎について勉強しましょう」
 今日『は』ではない今日『も』の間違いである。
 まあ、五歳相手となれば何度も反復させるのは当然ではあるのだろうが、それでも多少――飽きる。既に同じものを二ヶ月はやっているのだから。
「では、早速始めましょうか」
「はい」
 魔術書をめくり、
「魔術と言うのはこの世を構成する十の元素の力を引き出すことにより、その力を引き出すことが出来ます。
 ――第零虚無元素(プリマ・マテリア)。
 ――第一火炎元素(ファイア・マテリア)。
 ――第二水冷元素(アクア・マテリア)。
 ――第三自然元素(ネイチャー・マテリア)。
 ――第四大地元素(グランド・マテリア)。
 ――第五金属元素(メタル・マテリア)。
 ――第六幻霊元素(エーテル・マテリア)。
 ――第七輝光元素(シャイン・マテリア)。
 ――第八闇黒元素(ダーク・マテリア)。
 ――第九混沌元素(カオス・マテリア)。
 この十個が存在します。
 またこの元素は第零と第九の構成系(ゲノム)。第一から第六までの属性系(エレメント)。第七と第八の陰陽系(イノセント)に分類することが出来ます」
 これを九代目一人で纏めたというのだから恐ろしい。ただし、この理論を確立するために政務はほっぽりだしていたようだが。
 執事は机の上に色の違う八個の石を置いた。
 魔力で元素を構築したときに出来る元素の塊だ。これを媒体に魔術を使用するのだ。俺は未だに魔術を実践させてもらったことはないが。
「火元素は赤、水元素は青、然元素は緑、地元素は茶、金元素が黄、霊元素が紫、光元素が白、闇元素が黒を象徴します」
 虚元素と混元素には象徴する色がない。それは、この二つの元素が理論上では出来るが実際には無理、ということらしい。虚元素はあるのにない、と言う矛盾。混元素は混ざらない元素も混ぜないといけない、と言う矛盾。このことから、理論上は出来ることになっているが技術が足りない、故にそれを確認することが出来ないのだ。
 無色なんて確認できないし、全部合わさった色もイメージできないということだ。
「そしてこの元素は更に分類することが出来ます」
「重元素と軽元素でしょう?」
 魔術的にはこの軽いか重いかがものすごく大事らしい。
 ミネラルウォーターのミネラル含有量で軟水か硬水かが決まるようなものらしい。
「そのとおり。良く勉強していますな――では、この違いにより魔術にはどのような影響が起きるかわかりますな」
「世界に引き渡す魔力の量でしょう」
「その通り」
 当然の如く重いほうが持っていかれる魔力が多い。それは、元素が重ければ重いほど世界に与える影響が大きくなるからだ。
 つまり、同じ重さと質量だろうと、軽元素ならマッチくらいの効果しかないが重元素なら森一つ焼き尽くす火炎になるということらしい。
 そんなわけで軽元素は民間で使われる日常品みたいなものであり前世でいえばコンロとか水道くらい身近。重元素は王宮お抱えの魔術師が儀式に使うくらいでかなり厳重に扱われているそうだ。
 なお、この重元素は九代目が各種大量に残してくれたらしい。何に使えというのだ九代目。
「いいですか坊ちゃん。各元素にはそれぞれ有する特性と言うものが存在します」
 黒板のようなものに絵を描きこんでいく。それは各元素を象徴する図だった。
「特性には三種類の特性が存在します。一つは基礎特性。これは元素の働きを表すものです。次は顕現特性。これは魔術などを使ったときに現れる形のことです。そして、象徴特性。元素が象徴する力ですな」
 さて、と執事は講義を続ける。
「第一火炎元素の基礎特性は運動。顕現特性は炎熱と融解。象徴特性は破壊と創造。
 第二水冷元素の基礎特性は停止。顕現特性は水氷と凝固。象徴特性は安定と停滞。
 第三自然元素の基礎特性は形成。顕現特性は風樹と乱雲。象徴特性は制御と暴走。
 第四大地元素の基礎特性は基盤。顕現特性は隆起と崩壊。象徴特性は盛壮と衰退。
 第五金属元素の基礎特性は骨子。顕現特性は固体と流体。象徴特性は基本と応用
 第六幻霊元素の基礎特性は状態。顕現特性は魂魄と変換。象徴特性は善性と悪性。
 第七白陽元素の基礎特性は増進。顕現特性は男性と膨張。象徴特性は太陽と勇気。
 第八闇黒元素の基礎特性は減退。顕現特性は女性と縮退。象徴特性は月光と慈愛。
 となっております。
 第零虚無元素と第九混沌元素についてはまだまだ未知数でありますが、おそらく基礎は空間と時間なのではないかといわれております」
 それ以外は全く理解できていないわけだという。こればかりはクジョウの天才(災)九代目にも解き明かせなかったようだ。
「そしてこの元素がどのように構築され生命になっているのかと言うと――」
 執事は紙に書き出し、
「肉体は第一から第五までの元素が、魂と精神を第六が、第七か第八のどちらで男女の性別が決まるといわれています」
 なるほど、と頷くと執事が満足そうに微笑む。
「さて、では次に魔力について学びましょう」
 はーい、と気だるげに答え――、執事に喝を入れられた。涙目の俺を尻目に講義が始まる。
「魔力とは、世界が生み出した矛盾を許容する力だといわれています。本来は交わることのない力が交わることが出来るのは魔力のおかげというわけですな」
 簡単に言えば接着剤だ。本来はくっつくことのないものをくっつけるためにある世界規模の接着剤である。
「生物がこの世界で魔術を仕えるのは、そもそも生物が魔力で元素を構成しているからにほかなりません」
 この世界で生きている生命は例外なくそうなる。第一から第八までの元素を魔力で構築したものが生命なのだ。
 そして、総じて魔力は女性のほうが多い。それは生命の構築が母体つまり子宮でしか行えないため男性よりも割り増しになるのだ。まさに生命の神秘だ。
 しかし、そのせいで女性は働く場がないという現状がある。女性を神聖視しているというか、生命を構築できる女性を働かせるのはもってのほかと言う意見が強いのだ。だから、男性に比べて女性の働く場の少なさは凄い。兵士も学者などもってのほかだし、政治に関わることも禁止されている。魔力は生命構築に全て回せということなのかどんなに魔力が多くても魔術師にもなれない。今の時点で女性がなれる仕事は乳母や奉公人くらいしかないのだ。
 ただし、特権も凄い。どんな犯罪も五回までならば無罪だし(ただし女性相手は別)、男性は三人までなら殺しても罪に問われない(王宮勤めなどの地位がある人間は別)。強姦などは最低最悪の行為にあたり未遂ですら死刑になる。痴話喧嘩などが起ころうものならどんなに女性に非があろうと悪者になるのは男性だ。他のものもあわせれば四十近くの特権が女性には与えられてた筈だ。
 まあ、職業に関しては女性が魔術師になれば男の必要性がなくなるからそれも怖いのかもしれない。だが、いささかこれはやりすぎではないだろうか。
「魔力はそれ単体では何もすることは出来ません。元素と組み合わせてようやく活用することが出来るのです」
 そりゃあ、接着剤だけでなにかなんて出来るはずが無い。いや、接着剤みたいに有形なら活用するやりかたもあるだろうが、無形じゃあ何も出来るわけが無い。
「魔術を使うには、体を循環する魔力を使用するのですが、それにはステップが存在します」
 執事がまず、と、
「息を吸ったときに取り込まれる魔力は魔力層と呼ばれる貯蓄層に溜め込まれます」
 この魔力層は何層にも分かれているのだが、これが多いほど体に魔力を多く取り込める。そして女性は総じて一息で取る込める魔力とこの魔力層が格段に多い。少なくとも男性の一・五倍はあるらしい。もっと多くなると十倍近くあるそうだ。
「そして魔力炉。これは不純物を多く含む魔力を純粋にするためにありますな」
 人体に当てれば肝臓みたいなものだ。これが無いと効果が激減してしまう。この魔力炉も修行で鍛えることができ、鍛えれば鍛えるほど取り出せる魔力が純粋なものになる。
「精製された魔力は魔力回路を巡り、体を循環します」
 魔力の血管ともいえるもの。これは普通の血管と違い、修行で増やすことが出来るものだ。
「不必要になった魔力は魔力腔から体内から排出されます」
 この魔力腔から排出された廃魔力の多さで輩出した人の大体の魔力量を図ることが出来るらしい。
「正直、ここからの過程が無くとも魔術は仕えるのですが、更に本職の戦闘系魔術師になりますと鍛錬路と呼ばれるものを持つようになります。これは、主に魔力を練り上げ、さらに魔術の効果を引き上げるためにあります。鍛錬路は魔力炉の一部が魔力回路と合わさったものであり、魔力回路単体から派生したものではないということを間違えぬようにしてください」
「わかってますよ」
 前世では架空だったものが実在するとなれば、ね。それよりも、だ。
「何時になったら魔術が使えるようになるんですかね?」
 二ヶ月、二ヶ月だ。毎日毎日同じ話を延々延々と聞かされているのだ。そろそろ実践に移っても良いのではないだろうか。
「最低でも六歳になるまでは使えませんよ」
 つまり、もう暫くは理論漬けになるのか……。
 ほんの少し絶望した。



[21202] 自国――考察
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/08/17 15:24
 とうとう、とうとう1+1から抜け出せた。ようやく、ようやく魔術の実践である。あと、軽い応用。
 場所は外の庭の一角、なんて立派なものじゃない。ミッドガルドの王宮がやたら小さいだけなのだ。こう、前世で言う鎌倉時代の武家の屋敷みたいな。
 相変わらずのあつそーな執事服を纏いつつ執事は言う。……執事執事言ってるけど、この世界に執事という職業は無くて奉公人にカテゴリされてんだよね。今更だけど。
 対し、俺は運動のしやすい薄手の服である。半袖短パンではなく普通に長袖長ズボンだ。
「では、早速ですが始めましょう」
「はい!」
 当然のことながら、俺の語尾もかなり弾む。いや、本当に楽しみだった。そんな俺を見て執事は子供を見るようなほほえましそうな表情を浮かべながらも、
「見ていてください」
 表情を引き締め教育者の顔を見せる。
 執事は言った。魔術を使う工程は簡単である、と。
 言い、懐からおもむろに元素を取り出し左手に握った。第一火炎軽元素だ。
「初動――」
 一言と同時に執事の体から赤い光があふれた。それほど濃い赤ではなく、薄く淡い赤色だ。それは元素と魔力が反応し出来る色。
「――発動」
 言葉が途切れたと同時に小さな炎が執事より数十センチほど前方、胸の高さで巻き起こった。幾ばくかの時間炎は燃え、そして燃料の魔力が切れると同時に炎も消えた。
 目が輝くのを感じた。当然だ。今、目の前で本来は目にすることが出来なかった光景がそこにあるのだから。
「どうですか? 魔術を見た感想は」
 執事は問うが、答えは、
「最高だ。こんな高揚感は久しぶりだよ」
 そう、これだけの高揚感を味わったのは前世のガキの頃しかない。大人になってからこんな高揚感を得るなんてありえなかった。この世界に生まれてからもそうだ。なまじっか、大人の感性が備わっていたせいで物事を斜めに構えていて純粋に何かを感じるなんてしなかったのだから。
 だが、今は違う。子供の頃に思ったロマンが胸にこみ上げてくるかのようだ。
「坊ちゃん、お聞きなされ」
 執事は言う。
 魔術というものは便利だが、同時に悪用できる力でもあるのだ、と。
 頷いた。勝手は違うが、前世でもそれは同じだった。どんなに便利なものでもそれは人によって悪用できる力になるというのは変わらない。
 よろしい、と執事は頷き、
「では、坊ちゃんも実際にやってみましょうか」
 そういって渡してきたのは第一火炎軽元素の小さな塊。受け取って握る。緊張だろか、握った左手は汗ばんでいる。
 何を言えば良いだろうか、唐突に思った。
 この世界に呪文というものは無い。いや、自分で作らねば存在しないというのが正しい。
 魔術は固体の意思によって変化する。形状も、効果もだ。故に、自分に信じ込ませることこそがこの世界での呪文の役割――のはずなのだが、まったく何も思い浮かばない。言葉にするだけでも何らかの効果はあるというが、こう、初めてのプレゼンテーションのときのごとく何も言葉が出ない。いや、本当に。
「どうかしましたかな? 坊ちゃん」
「いや、なんでもない」
 どうする、どうするよ、俺。初の実践でこれは無いだろう。
 ああ、もう、どうにでもなれ。呪文なんぞ無くても魔術は出来る。ゲーマーの妄想力舐めんなよ。こちとら派手なエフェクトには慣れっこなんだよ!
「いけぇ……!!」
 イメージするのは火球。テイルズではおなじみのものだ。
 肉体から魔力が剥離していくのがわかる。血液が流れ出るような、だからといって不快ではない妙な感覚。
「うわ」
 火球が顕現する。だが、それは思っていたよりサイズが大きい。そして、その火球が飛んだ。向かった先は地面。
 ぶつかってはじけて消えていく。出来たのはクレーター。
「――」
 絶句。つばを飲む。これを、俺がやった? はは、と乾いた笑いがこぼれた。恐怖が背筋をかけた。
「素晴らしい……」
 執事がそう言った。
「熟練した魔術師でもかなりの難易度を誇る高等技術をこうもやすやすと行うとは……」
「どういうことだ」
 執事は言う。
 呪文を作らずに魔術を行う、それはあるべき工程を抜いているということ。言うならば、下ごしらえ一つせずに料理を作り、それをなおかつ王宮の料理人並にしているのと同じだということだ。
「もしもあなたがスワイデンにすんでいたのならきっと後世に名を残す魔術師となっていたでしょう」
 どこか誇らしげな執事をよそに、俺の心には暗鬱としたものが溜まった。

  ※

 魔術の実習は午前で切り上げられた。と、言うのも急遽父親殿と執事がヴォーダン王国に向かったからである。ぶっちゃけ、同盟の宗主国からの呼び出しだ。あと、ついでにご機嫌取りの一つもしてくるのだろう。
 本当にご苦労様である。だが、期間は一週間もある。この突然の休日をせいぜい有効に使おうと思う。
 部屋に備え付けられた机に座り、今まで書き溜めた紙束を隠し場所から引き出す。
「さて、纏めるとするか」
 ため息を一つつきレポートを見る。取り出したレポートはこの『ミッドガルド王国』についての、今自分が知る限りの知識と考察だ。
 ミッドガルド王国はすっごい小国だ。土地自体はそこそこあるのに、住めるところはすごく小さく村も無ければ街も無い。爵位持ちはいるが領地が無い。たとえるならば、日本で住めるのは東京の新宿区だけみたいな感じだろうか。人口はまだ本格的に政務に関わっているわけではないので分からないが、まあ、小さな都市くらいだというのだから――一万もいないだろう。最悪五千いるかいないかと思わねばならない。
 そんな王国の地形は凄まじい。苛烈どころか激烈といっても過言ではない。領土の西には湖があり東には海。北には森林地帯と西に広がるように山岳地帯が存在し、南には湿原と熱帯雨林が広がっている。魔力の影響かしらないが、どうトチ狂えばこんな土地になるのか俺には理解できない。ただし魔力などの資源は無駄に豊富にある。今住んでいる王国首都自体に魔力が溜まる場所があるし、ここ以外にも九個も魔力の溜まり場がある。だが、利用できてないから意味が無い。宝の持ち腐れと言うやつだ。
 だが、こんな無茶苦茶な地形のおかげで相手から攻め込まれにくい。まあ、自分から攻めるのも難しい。まあ、今は内政への力の入れ時だから良いのか。
 王国周囲はまだ建国して百年も経っていないからか殆ど開墾されていない。まあ、重機とかもないし前世と違って亜人とのやり取りもあるしなあ。人も祖父母の時代に一緒に逃亡していたのがここに住み着いているだけだし。それなのに、国を名乗れるは一重に土地柄と家柄と父親殿の政治手腕のおかげだろう。土地はあるのに住める場所は少ない、と。亜人の力を借りるとか考えないのだろうか。
 文化と技術レベルについては――まあ、なんともいえない。実際に城下町を見たことも無いし。ただ、さりげなく奉公人に話を聞いてみればかなり清潔なようだ。排泄物は魔術師によって全て元素に変えられるかららしい。前世の中世とはえらい違いだ。それだというのに文化と技術のレベルがだいたい前世の中世レベルとあまり変わらないのは何故なのだろう。
 まず分かりやすいところで衣服。奉公人の衣服は皆ばらばらで統率されていない。これはどういうことか、大量生産能力がないということだ。未だに手工業レベルであり組合(ギルド)による徒弟制――店を構える親方が弟子に技術を伝える形だ。 
 しかし、これすらこのミッドガルドには存在しないのだ。人がいないから。この国の国民の男性は全員貴族という目から鱗どころか甲殻でてきそうな現状だ。農民がいないとかどんな状況だ。こんな状況だ。だったら、どのようにして食料を得ているのかという話になれば近くの森で狩猟してるんだってさ。貴族のステータスとしての狩りじゃなくて生きる糧を得るための狩りだ。野菜や穀物については、各家庭が家族がギリギリ生きていける量プラスこの国に納める税分のみ。……これで良いのかミッドガルド。
 勿論、移民を募ってはいるが、ここまで来るのがとてつもなくしんどい挙句に死の危険もありかなり難航している。執事が苦い顔をしながら言っていたが、この国はクジョウとその家臣団が作った国なのだから、その内輪で国を広げていくべき、というお方もいるらしい。それも結構な数が。俺としては、あんた等何言ってんですか、と言いたい。人民は宝だということを知らんのか。行き過ぎれば害悪だが。
 言語と文字は全国ある程度統一されているが、それは現在の国々がヴァルハリアと言う巨大な国だった時の名残らしい。それでも、今では国ごとに変化している。そして、有難いのがミッドガルドに住む人間の識字率がほぼ百パーセントであるということだ。中世レベルであることを考えると奇跡に近い。むしろ奇跡だ。要因は、この国の民が殆どクジョウの家臣団だったということだ。つまりこの国に逃げてきたのが教育を受けた人間が大半であり、子供もこの国の将来を担うために字を覚えるのは必須であるということらしい。
 そして宗教。むしろこれがでかい。この世界では宗教という概念そのものが希薄なのだ。一応あるにはあるが、勢力は低く前世の一大勢力などは夢のまた夢。まあ、いるかも分からない神様を信じるより、実際にある魔術に頼ったほうが合理的だろう。ただし、女性信仰とでも言うべきか、歪な女尊男卑が宗教のようなものになっているのは確かだ。ミッドガルドでもその風潮はあるが、小国である分『皆頑張って働きましょう』といった考え方が強いおかげで露骨な感じではない。それでも政治に関わることは出来ないのは他国と変わりない。畑仕事はできるが男性はあまりそれを良い目で見てはいない。だったらてめーがやれと言いたいが、それだとただでさえ大変な政務が更に大変になるから言えないけどな。
 技術に関しては不思議と言うほか無い。魔術がある影響かコンロみたいなものは存在する。水道もある。まあ、これは良いことにしておく。だが、無いものも多い。魔術と言う個人の力が色濃く出る技術だからこその弊害と言うべきか。
 農業も魔術なんて便利なものがあるから肥料なんて存在しないし、何より一旦土地を休ませる必要なんかも無いという不思議な状況だ。
 武器に関しても同じだ。前装式滑腔銃つまりマスケット銃が存在しない。遠距離は魔術があるからなあ。某使い魔ライトノベルみたいに魔術を使用できる人間とできない人間が存在したならば開発される可能性もあったのだろうがなあ。
 そして問題は人種について。ざっと分けただけでも人間以外に亜人が存在する。さら亜人を種族だけで分ければこの領地に住んでいるだけで十は存在し、更に部族で分ければスパゲッティプログラム並の面倒なことになる。最悪部族戦争が起きることもありえそうであり、これを解決するのは急務になるだろう。部族戦争が起きてしわ寄せがこられてもたまらない。近隣の森で長寿族つまりはエルフが部族間戦争をしてることで父親殿が悩んでいると執事が言っていたからこれも間違いないだろう。
「あと問題なのは……この国に魅力がないということだよなあ」
 移住しても何のメリットもないということだ。
 大国ヴォーダンならば大きいというだけでメリットだ。スワイデン公国は魔術国家として有名だし、アートリーは軍事国家として名を馳せている。
 ミッドガルド王国にあるのは苛烈極まりない道のり、ころころ変わる天気、発生する魔獣と呼ばれる獣、新興国家であり特色も無い。……うわあ、俺だったら絶対に移住なんて無理だね。
 幸いなのはこれ以上少ない人材が流れて更に人口が少なくなることはない、ってことだろう。この国に住んでいる大半は祖父の親戚や臣下だったものだし。それも相まってそこそこ一枚岩だ。それに大国家と違って統治がしやすいし何より法が通りやすい。……そのメリットを被うくらいデメリットも多いがね。
「ふああ」
 眠気が唐突に襲ってきた。いいや、昼寝でもしよう。
 紙を纏めて本棚に隠しておく。まるで零点のテストを隠してる気分だ。
 ベッドに身をゆだねる。明日の朝も早いし、起きれなかったら執事が喝を入れに来る。……嫌だな。って、今日はいないんだった。
 そして、いつの間にか意識は暗転していた。

  ※

 起床してすぐ、これからのことについて書き出す作業を始めることにした。
 まずはどうやって人を集めるかについてだ。
 これはもう、どうにかして特色を作るほか無い。この土地ならではであり、他の国ではありえなーいといった特色だ。あるにはあるが、この時勢じゃ無理がありすぎる。発展……むりだよなあ。資源はあるのに利用は出来ないという素晴らしくデカイ壁が存在していしている。正直、重元素をヴォーダンの宮廷魔術師にうっぱらって資金を作りたいところだが、祖父殿や父親殿はこういった過去から遺されたものを大事にとっておきたいタイプの人間らしくうっぱらうのはまず無理だ。だからと言って、それを使って魔術を発展させようとすれば今度は金と人材が足りない。大国ヴォーダンや魔術国家スワイデンから魔術師を引き抜こうとすれば国庫が火の車ではっはばろすが目に見えている。そもそも、スワイデンがすでに魔術国家だからミッドガルドを魔術国家にする意味もメリットも無い。
 と、言うかまずは前提として土地問題がある。どうにか開墾したいところだが、森林にすむ長寿系の亜人や人狼などの食人種系の亜人が、つまり開墾できそうな森林地帯は亜人が跋扈していて不可能なレベルで無理、あ、どっちも駄目じゃん。
 と、言うわけで資金、人材、土地、この三つをどうにかしないと発展なんぞ夢のまた夢。はっは……笑えねえ。
 まあ、人材に関しては政争に敗れた貴族を集めればいいんだが、おそらく自分からこんな辺境に来たいと思う物好きは少ないだろうからこちらから乗り物を出さなければいけなくなり、そして国庫が圧迫されていく。しかも、貴族の大半はプライドが高いから外から呼び込めば乗っ取りを企てるのは火を見るより明らかだ。そもそも、慢性的人手不足なミッドガルドが敗北貴族を迎えに行くために人を裂ける訳が無い。
 土地はどうにかして亜人を味方につけたいものだが、種族は同じでも部族は違うわけで、一つの部族を擁護すればどちらかと敵対しなければいけなくなる。そうなるとまた面倒くさいことが起きるわけだ。やってらんねえ。
 と、まあもっともらしい理由をつけてはみるものの実際は文官なのに武官肌の大臣とかが大半だということが原因なんだけどね。
 ここら辺は現在、俺と年齢の近い大臣の子供達をやさしく『説得』していくしかないんだがね。洗脳じゃないよ……?
 と、言うか早くこの国を極小国からせめて小国まで引き上げないとバッドエンド一直線だ。または傀儡国一直線だ。あ、占領しても旨みがないから占領されることは無い、と信じたい。
 ただ、いずれこのままでは国が立ち行かなくなることも確かなわけで、やっぱり国の発展を促さなければいけない。
 次に考えるのは他国についてだ。最近、執事が愚痴を何度もこぼすようになった。おそらくは俺が子供だから理解できんだろうといったとこだろう。理解してますがね、多少。
 ペンを持ち紙面大雑把な図面を引き、やはり大雑把な地図を作る。
 丸をつけるのはスワイデン、ヴォーダン、ヴォーダンの南に位置するセリカン公国の三国だ。
 スワイデンはミッドガルドを虎視眈々と狙っている。これは本当に執事が呟くことだ。スワイデンは魔術国家であり、魔力の溜まり場やクジョウ九代目の遺した魔術書やら元素があるミッドガルドをどうにかして手に入れたいのだ。同盟だからといって侵略されないわけではないのである。ぶっちゃけ、スワイデンが滅びて人材流入してくんないかなあ、とか思ってみるもののないだろう。
 そして、もう二つ。ヴォーダンとセリカンだ。この二つの国の中はすこぶる悪い。と、言うのもセリカンは公国を名乗ってはいるが議会国家なのである。王党院、貴族院、そして民政院がある。まあ、王党院はもう殆ど権力が無く実際は衆議院に当たる貴族院と参議院に当たる民政院が日々しのぎを削っている。
 そんな民主主義国が王政のヴォーダンと中がよいはずが無い。
 なのにセリカンは同盟国の一国だ。何故か、セリカンの凝り固まった民主主義は自分達が先頭に立って悪しき王政から開放するべきだ、という考え方を持っているのだ。つまり、この同盟でのし上がってやろうと言う魂胆なのである。ヴォーダンもセリカンを外したいのではあるのだが、ところどっこい民主と言うのは学の無い平民達から見ればものすごく魅力的に見えるわけだ。故にセリカンは民衆からの受けが良くそうやすやすとは外せないのである。
 馬鹿だなあと思う。確かに民主主義は自分達の選んだ代表が政治の舞台に立つが、だからと言ってちゃんと恩を返してくれるかは分からないのである。むしろ仇で返されたりすることだって多いのだ。ま、こんなこと言えるのも実際に民主主義の国家で生きたことがあるからだが。
 執事はこう言う。こんな現状で戦争なんぞしたら負ける、と。
 確かに俺もそう思う。こんながたがたな状況で戦争しようものならば絶対に負ける。
 今日、父親殿がヴォーダンに出向いているのもこの案件についてである。
 俺も将来このブラック会社並にブラックな政界に入らなければいけないのかと思うと今から腹が痛くなる。
「あー、書庫に入れたら魔術に逃避できるのに」
 九代目が必死こいて書き記した魔術書さえあれば他に打破の使用もあるというのに。
 思いながらまた新たな紙の束を取る。俺が行き詰ったときに必ず見るものだ。
 それは俺の前世の死因とも言ってよい。見れば必ず苦笑するというのにどうしても見てしまう。そして俺の趣味だったものだ。
「懐かしいよなパソコン」
 本当に懐かしい。
 記されているのはプログラム用のコード。そして神話やオカルトの知識。後はプレイしたことのあるゲームのあらすじ。
 デスマーチ時代に頭にたたきいれた今は不要ともいえる多種多様なコードの数々。
 理詰めの生活の反動とばかりに読みふけった不思議の塊ともいえる神話やオカルト。
 趣味だったゲーム。RPGもSTGもSLGもACGも貪るようにやった。
 どれもが俺の前世の残り香ともいえるものだ。
 コードなんかデスマーチ中は見るのも嫌になる程だったというのになあ。
 ……なんとなく元気が出てきた。デスマーチに比べれば今の状況など軽い軽い。
 さて、ともう一度手に力を入れる。そしてもう一度紙面とにらめっこを開始する。
 こうして一週間の余暇はこれからのことを考えるために使われるのだった。



[21202] 将来――展望
Name: navi◆279b3636 ID:92e9e035
Date: 2010/09/01 13:08
 十一歳になった。早いと言わざるをえない。この数年間は特に事件なども何も起こらず、平和といえば平和だった。だが、帝国との戦争の火種は未だにくすぶり続け、スワイデンからは領土を狙われていると言う素晴らしく嫌な状況である。まあ、そのことで父親殿が今ヴォーダンに行っている。後二週間近くは帰ってこないワケだが、乗っ取られないかか心配である。
 だが嬉しかったこともあった。
「よう、二人とも」
 友人が出来たということだ。それも二人もできた二人も。名はシルヴァとハンス。シルヴァの父親は政務の補助、ハンスの父親は魔術省というところに勤めているおかげでいくらか情報も入りやすくなった。おかげで俺の穴だらけの改革も段々と穴がふさがれ、立体的なビジョンが見えてきた。
 床下から現れた二人に挨拶をする。
「ああ、おはよう」
「おはよう」
 挨拶もそこそこに始めるものがある。これは今日始めてやることだ。
「じゃあ、座ってくれ」
 二人は床に座り込む。俺は言った。
「今までは、ただ魔術についてやこの国の文句くらいしか話してなかった」
 だから、
「始めようか。このミッドガルドを周囲の国に負けない大国家にする為の会議を」
 二人はその言葉に頷いた。
「さて、まずはこれを見てほしい」
 俺が広げたのはミッドガルドの地図である。それなりに詳細に描いている。これを描くために三日費やした。
「このミッドガルド王国の首都が存在するのは地図を見てわかるとおりに中央の開けたほんの少しの土地にある。実質、首都であり王国と言うわけだ」
 そんなことはこの国に住む誰もが理解していることである、が。
「何でこれ以上開墾できていないのか、わかるか?」
 問う。二人は頷いた。一瞬、目配せをしてからシルヴァが言った。
「亜人がいるから」
 そう。亜人だ。人から進化した新たな種族とでも言ってよい。
「そう、亜人だ。その亜人はこのミッドガルドに種族ならば最低でも十、部族に分ければさらにワケが分からなくなるほど多い」
 分布図と記された部分を見る。
 長寿系(エルフ)、
 妖精系(フェアリー)、
 巨人系(ジャイアント)、
 鬼人系(オーガノイド)、
 吸血系(ヴァンパイア)、
 魔人系(ヴァイオレーター)、
 賢竜系(ドラグノン)、
 人犬系(ドギーフィアン)、
 人猫系(キャティアン)、
 人鳥系(バーディアン)、
 この十の部族が今、ミッドガルドを取り巻いている亜人というわけだ」
 部族までは流石に明確に記されてはいないが、それでも王国のどこら辺にどの種族がいるかは緻密に書き込んでいるつもりだ。
「この中で人食いをするの種族は巨人系、鬼人系、魔人系、賢竜系、人犬系、人猫系、人鳥系の七種類にも上る」
 ここまで言ってからシルヴァが言った。
「エッジ、訂正」
「何?」
「人魚系(アクアテイル)が書かれていないよ」
 と、忘れていたようだ。
 人魚系。海や湖に住む亜人だ。特に、こいつ等がいるせいで海路がふさがれ別大陸に進出できなかったり、なかなか漁業が発達しない側面がある。
「ありがとう」
 一言告げ、地図の東側の海に情報を書き記す。
「さて、この国を大きくするならばまずはやらねば無いことがある――」
「亜人との協定、だな?」
 言うのはハンスだ。その言葉に頷いてみせる。
「ああ、そうだ」
 そう、この周囲を取り巻く亜人達である。発展にはこの亜人達の協力が無ければ絶対に無理だと言える。
「エッジ、立ったら人食い系はどうするの?」
 シルヴァが問うてきた。
「どうもしないよ」
 そう、どうもしないのだ。
「だったら、協定なんて無理じゃない?」
 まあ、シルヴァの言いたいことは分かる。つまりは、自分達は餌になってしまうんじゃないか、ということだ。だが、
「聞くけどさ。何で亜人達はミッドガルドに攻めてこないんだ?」
 そう、この一言に尽きる。もしも、人食い系の種族がいたら、こんな極小国はただの餌入りバスケットである。
「それは――」
 シルヴァが唸る。俺はハンスに、
「なあ、ハンス。魔術的な視点で見たらどう思う?」
 そう問うた。
「――おそらくは安定期に入っているんだと思う」
 言った。
「安定期?」
 シルヴァが首を傾ける。
「シルヴァは政治系だからあまり聞かないか。つまり、安定期と言うのは魔術の効果が安定している状態のことだ。主に召喚系魔術(サモニング)で使われる言葉だ」
「召喚系魔術の説明も頼むわ」
「わかった。――召喚系魔術(サモニング)には二つの種類がある。契約召喚と創造召喚だ」
 二本指を立てて、
「契約召喚と創造召喚の違いは二つ。媒体の有無だ。媒体が必要なのは契約召喚。そうでないのが創造召喚だ。
 契約召喚の長所は創造召喚に比べコストが少なくなることだ。最初から完成された器があるからな。逆に短所は自分の実力以上の媒体とは契約が出来ない。最悪、契約どころか命の危険まで出てくるからな。故に、契約召喚は使い魔(ファミリア)を作るときに使われる。
 創造召喚は逆だ。コストは高くつくが元素と魔力さえあれば自分で自由に器を作れ、自分の実力以上の媒体を創造することが出来る。何故なら、創造召喚にて召喚されたものは自意識を持たないし意思も持たない召喚者の忠実な下僕だからな。
 そして、どちらの召喚術にも魔力を供給される供給線(ライン)が存在する。
 まあ、創造召喚は大体複数の召喚者によって召喚し複数の供給線を持って維持するというやり方が大半だがな」
 そして、とハンスは。
「契約召喚を使うと媒体の本能と言うものが残っているんだ。例えば猫ならば柱で爪を研いでしまう、といった感じだな。そして安定期と言うのはこの媒体の本能が薄れていくことにあるわけだ」
「それが、亜人の安定期と何が関係あるの?」
「ああ、それはだ。まずは何故亜人が人を食うのか、といったところにある。亜人が人を食うのは元が人であったからだ。つまり、人だったが人から離れてしまい、人に戻ろうと自分の元々であった人を食うのだと思う。
 このミッドガルドは僻地だ。ここにいる亜人達に新参はおらず、おそらくは三世以上で構成されているだろう。そうなれば、人を食うという衝動は殆ど消えているだろう」
 なるほど、とシルヴァが頷いた。
「説明ありがとう」
「いや、いい」
 そうか、と返し俺は言う。
「まあ、それでも人食いの噂がなくならないのは、まあそうしておきたい理由や政治的な意図、後はハンスみたいな知識を得れるのは王宮の魔術師くらいしかいないからだろうな」
 つまりは間違った俗説のようなものだ。だいぶ古いが、体に金粉をつけていると皮膚呼吸が出来ないといったような感じだろうか。これを聞いたとき、人間は哺乳類だから皮膚呼吸なんてしねーよ、と思った。と、思考がそれた。戻し、
「ま、遅かれ早かれいずれは亜人と協定を結ばなければいけなくなるんだ。そうしないと、ミッドガルドがつぶれちまうからだ。嫌だろう? 今、俺達の父親達が血の汗を流しながら存続させているこの国をその子供である俺達が潰すのは」
 二人は頷く。特にシルヴァは神妙そうな顔つきをしていた。
「どうやって亜人と協定を結ぶつもり? 種族は? 部族は? どうするんだい?」
 シルヴァが問う。
 そう、これが問題だ。亜人達は元々人間が魔術的要因によって進化した存在だ。故に亜人達は人間に比べて秀でているものがある。故に人間に比べてプライドが高いのだ。それは比較的温厚な種族でさえ傾向はある。だが、
「簡単だろう? 種族も部族もまとめて取り込むさ」
「ど、どうやって!?」
「ところがどっこい。そこには抜け道があるのさ」
 指を一本立てて見せ、
「宗教。彼等に一つだけ共通しているものだ」
「彼等が神を信じているとでも?」
「いや、神を信じてはいないぜ」
「なら!」
「だが、彼等は皆一様に自然を奉ってるぜ? なんたって亜人達は人間と違い人間をベースに魔術的に進化した人間、たどれば元素の力が起因しているわけだ。そうなれば自分達の身を少しでも自分達と親和性の高い元素が豊富にあるのは当然の帰結だな」
 だからこそ、亜人達は人間の作った都市に住まないのだ。自然のほうが元素にあふれているのだから。
 俺はペンを持ち、
「故に、この国の中心、将来の首都に各元素が収束するようにする。それも、良質な元素を豊富に」
 この国にある魔力の溜まり場とこの国を線で結び、
「魔力の溜まりやすいところを便宜的にプールと呼ぶことにしておくが、そのプールは俺達のいる国を中心に九あるんだ。都合良くな。だから、それを有効に使うのさ」
 まあ、やることはぶっちゃけかなり悪辣なんだけどな。
「この国には九代目が大量の重元素を遺してくれてるんだ。しってたか?」
 どちらもが縦に首を振る。ハンスはともかくとして、シルヴァは少々意外と言えば意外だったがまあ知っているなら説明の手間が省けて有難い。
「んで、その重元素を使って召喚、創造召喚をする。なんたって維持する魔力は豊富に存在するからな」
「待て」
 ハンスが静止をかける。
「ん? どうした?」
「それは無理だ」
「その理由は?」
「供給線がつながれるのは召喚者のみだ。それを忘れている」
 俺は笑った。
「おいおい、お前にしては初歩的なミスだな」
 その言葉にハンスは目を見開き、
「――ち、醜態を見せたようだ」
 いや、気にするなといっておく。
「一体どういうこと?」
「霊元素を使った召喚者の変換だ」
 召喚者の変換。それは契約召喚で呼び出された使い魔を自分の子孫などに継承するとき、霊元素の顕現特性の一つである変換を使い自分から供給線を移し変えるというものだ。
「そうだ。それを使い供給線をこのプールに移すのさ」
「――無茶苦茶だな」
「おいおい、今更だぜ?」
 そう、今更今更。最早、俺達は世界の常識に喧嘩を売ろうとしているのだから。
「まあ、聞いてくれよ」
 ミッドガルドの中心の円。今、僕達が住んでいるミッドガルドの実質的領土にペンを向け、
「まず、最初にこの王国で創造召喚を行う。使用元素は第六霊元素。召喚後は速やかに供給線をプールに変換する。そして、供給線をほかのプールに連結するのさ。やり方はこうだ。霊元素系魔術に念話ってのあるだろ? 精神の波を直接相手に響かせるってやつ。アレを応用してプールに直接供給線を接続するって寸法だ。俺の見立てでは出来るが――どうだ?」
 ハンスに視線を向けた。ハンスは首を一度縦に振り、
「出来る。遥か昔から念話の応用は使われてきたが、似たようなやり方が存在する。寄生と呼ばれるものだ。これは、自分の供給線を相手に無理矢理押し付けるというやり方だ。これを使えば、あるいは」
「よし、ならいけるな」
 頷く。
「と、言うわけだ。しかも、それをするのは人間じゃない。霊元素で召喚された、純粋な霊元素そのものがやるんだ。及ぼす効果も人間の比じゃないよな」
「一つ、質問」
 シルヴァが聞いてくる。
「いいぞ、言ってみ」
 では、と一息呼吸し、
「確かに、霊元素そのものにやらせると言うアイディアは良いと思うよ。だけど、それだけの存在を召喚できるの?」
 だよな、そう思うよな。
 そう、これは穴だ。
 創造召喚は結局最後にものを言うのはどれだけ強大な器を想像し創り上げられるかにある。大量の霊元素を使用しておきながら召喚できたものが雑魚ならばそれは骨折り損だ。しかも、俺の言う他のプールにまで接続できる程の力を持った存在ならばどれだけの想像力が必要になるだろうか。
 普通なら、だ。
「出来るぞ」
 だが、俺は普通じゃない。前世の記憶持ちと言う状況だ。妄想能力ならこの世界の人間の何倍もある。
「なんなら、賭けてもいいぜ? 俺の首を」
 二人が息を呑むのが聞こえた。……少々脅かしすぎたか?
「まあ、更に他の元素を使用して各元素から召喚をするんだが、ここで注意するのは供給線を繋げるのは俺達じゃなくて霊元素で召喚した媒体に繋げるってことだ。ここにいながらにして他の元素をコントロールできるようにな。後は、配属された周囲を配属された媒体たちが自分が存在しやすいように土地を改造する。しかも、そこは魔力が豊富な場所。媒体住みやすくなるように改造すればその元素が集まりやすくなる。そして、俺達はその元素を回収すればいい。これが第一段階だ」
 ここからがミッドガルドを本格的に大きくする方法だ。
「第二段階は土地改造による環境変化がキーだ」
 地図に一つ円を描く。ミッドガルド王国くらいしか入っていない小さな円である。
「今、俺達人間が住める場所がこの円内なんだけど」
 更に円を二つ追加する。ミッドガルドが入っているのがAでそこから外側がBだ。
「俺の構想ではこのAの範囲を俺が王位を即位して五年以内に人の住める範囲を広げようと思う」
 二人が噴出した。だよねー。いくらなんでも、住めるところを一気に三倍近くにまで増やされたらそうなるよね。
「聞いてくれよ? 確かに、俺の言ったことはかなり無謀にも思える。だが、出来るんだよ」
 やり方は、悪辣の一言に尽きる。
「魔術が及ぼす環境変化ってあるよな。火炎元素を使って砂漠地帯を作ったりするってやつだ」
 まあ、これは戦略級の魔術であり普通は使われない。戦場でも滅多に見ることは無いという。まあ、戦争が終わった後の事を考えれば当然といえば当然だ。正直、核爆弾級とでもいえる魔術である。
「各プールに召喚をした後、霊元素の媒体を使って制御するわけだが、そのときに少々派手に環境変化を起こす」
 どれだけ起こすかというと、
「そこに住んでいた亜人達が住めなくなるまで、だ」
 そして、
「おそらく、そこにいた亜人は段々と中央に寄ってくる。住みよい土地を求めてな」
 二人は複雑そうな顔を浮かべている。俺のやりたいことがわかったようだ。
「すると、亜人達は部族じゃなくて種族間戦争が起こるはずだ。大規模なものが」
 本来は住みよい土地を求めて外に出るのだが、環境変化により外に出れなくする、というわけだ。
「そうなれば部族間での確執より同族間での繋がりが強くなる……」
 シルヴァが言う。
「ああその通り。――人間だとまず無理だろうがな」
 これは個体数が少ない亜人だからこそ出来ることである。人間並みの人口ならばこうもいかないだろうが。
「けど、亜人間でも武力的な優位を持つ種族とそうでない種族が存在する。そうなると、弱い種族は更に中央に押し込められることになる」
 だが、それが狙い目だ。シルヴァは続ける。
「長寿系や妖精系はまず真っ先に追いやられるだろうけど、それをミッドガルドで保護する。――そして、また戦いに敗れてきた種族を保護していく。だけど、強い部族は戦い続けるだろうね。そこにミッドガルドが漬け込む。普通、亜人はどの種族もプライドが高いけど疲弊しているなら別。個体が少ないから長く戦い続けることもままならないしね」
 その通りである。さすが政治系の親を持つ、といったところか。
 俺は言う。
「そういうこった。後は枷をはめるのは簡単だ。ミッドガルドには大量の元素が集まり、住みやすい住居がある。何も不便な外に戻る必要は無い。そしてこちらは更に餌を目の前につるしてやり……その力を存分に発揮させ領土を適度に開墾させてやるわけだ」
 名づけて、
「マッチポンプ作戦、と言ったところか」
 正直、反吐が出るほどの行為だが、こちらもミッドガルドを発展させるのに手段を選ぶ気は無い。
「なんていうか、最低だね」
 ほら、友人からもお墨付きがついた。
「まあ、政治家なんて最低なのがデフォルトなんだけど」
 シルヴァが言った。
「権謀術数で相手を嵌めてやるのも国家の仕事。特に、ミッドガルドは極小。なら、多少あくどいことでもやるべきだよ」
 うん、と頷く。
「同感だ」
 ハンスも言った。
「父曰く。大国はもっとあくどいことを仕出かしていると言う。この程度はまだ小さいものだ」
 息を吐く。
「……」
 こう、胸にこみ上げてくるものがあった。この世界始めての友人に。
「ありがとう」
 一言。どちらも少し照れくさそうだった。
「じゃあ、続けるぞ」
 切り出す。
 これは、本格的なミッドガルドの改革案といえる。
「このミッドガルドを学園国家にする」



[21202] はいはい超展開超展開
Name: navi◆279b3636 ID:2c11626b
Date: 2010/09/01 13:01
「学園……国家……?」
 俺の言葉を聞き、絶句したのはシルヴァ。呆然と呟いたのはハンスだった。
「ああ、学園国家だ」
 俺は言う。理想を。
「今、この国は未だ開けずにただ縮こまっている」
 息を吐き、
「きっと、この国を何にも負けぬ強国にするのが俺に出来る最初で最後のこの国と民への奉仕だ」
 描く。
「ここでは、この国ではあらゆる人種が何もかもを超えて共存する」
 浮かべ。
「ここはきっと安全な土地には、母のような、揺り籠のような庇護はない。だが、ここでは自分で切り開くことで真なる安寧を得ることが出来る」
 紡ぎ。
「人は集い、知識が茂る」
 夢を見るよう。
「何かを求めてやってきた国民が築いた国だ。そして、そのようにしてつくられた国を見て、また新たな人材がここに居着くようになる」
 語るよう。
「外では国を揺るがすような災害がせまろうとも、この国の中はかつての楽園(ヴァルハリア)のようになっている」
 そう。
「そんな国にするため、生徒を言葉巧みに集め、天才を煽てて引き込み、凡人を口上手く寄せ、
 人生で最も幸福な時間を与える。
 ここでは叡智を、武勇を持って自由を、日々を勝ち得て、初めてそれを享受できる。
 それは、子供も、大人も、老人も、男も、女も、人も、人も、人外も平等に同じだ。
 だが、そこには危険があるが同時に真なる自由も存在するのだ。
 俺は、そんな国家と国民を見て一緒にこの国に住んでいきたい」
 ならば、
「俺はその刹那の瞬間に向かって言っていい。
 時よ止まれ、おまえは美しいから、と」
 そして、
「俺が、いや俺達が作り上げてきた次代への痕跡は、未来永劫消え去りはしない。
 そんな偉大な幸福を夢想し、今、俺はこの瞬間を享受し尽くすのだ」
 ……恥ずかしさに顔が燃えそうになる。夏でもないのに温度が――!!
 が、
「はは」
 へ?
「はははははは」
 腹を押さえてシルヴァが笑う。見ればハンスも声を抑えて笑っている。
「ははははは……げほ、げほ」
「な、何も咽るほど笑わなくてもいいだろうに」
 そっぽを向きながら言う。
「まあまあ、いいじゃない」
 まだ吹き出しながら言ってくる。
「それに、どうせやるならそれくらい大きいほうが僕達もやる気が出るしね」
 ハンスも同意するように頷いた。
「どうせ何かを起こすなら徹底的に起こしたほうが良い。そうだろ?」
 それに、とシルヴァが続け、
「ここを優秀な人材を輩出し続ける国であれるなら、他国から侵略も受けにくいだろうしね」
 優秀な人材は宝だからね、と言った。
「二人とも」
 涙が出そうになる。堪えろ俺の涙腺――!!
「それにしても、これから大変になるね」
 シルヴァが笑う。
「常識に喧嘩を売ろうとしてるくらいだしさ」
「そうだな」
 ふ、とハンスが笑う。
 ……あれ?
「まさか、女性の社会進出まで狙っているとはな」
「……俺、そこまで話したっけ?」
 二人は顔を見合わせ、
「さっき、言ってたよ? 『それは、子供も、大人も、老人も、男も、女も、人も、人も、人外もだ』って」
 俺の馬――鹿!! じゃない。
「いやいやいや、何故そこで普通に納得できるんだよ。二人の言うように常識に喧嘩売ろうとしてるんだぜ?」
「なら、止めてほしい?」
「それはNoで」
 自分のことながらかなり都合のよいことを言っているなあ。
 だが、
「まず、その、ありがとう。これからも、よろしく頼む」
 頬を掻きつつ礼を言う。最低限のマナーだろう。
 二人は、
「ああ」
「こちらこそ」
 そう返してきた。
 本当に頼りになる。
「と、そろそろ家に戻らないと」
 シルヴァが思い出したように言った。
「私もだ」
 続くようにハンス。
「そうか、じゃあまた明日」
 そう言って、俺と二人は別れた。そう、同じような明日が来ると信じてだ。

  ※
 
 日が昇れば新たな一日が来るのは当然だ。
 だが、その始まりが幸福かどうかはわからない。
「は?」
 思わず間抜けな声を出してしまった。
「父が……死んだ?」
 俺が朝、最初に聞いた言葉は父の死を告げる言葉だった。
 おいおいおい何言ってるんだよ。待てよ、本当に、
「待ってくれよ。なんで父が殺されないといけない」
 こんな極小弱小矮小の国の注目なんて出来るはずない国の王が殺されなければいけないのだ。
「――お気持ちはさっし――」
「黙れ」
 告げた。同時に執事は黙る。
「分かるか? 人の気持ちなぞ誰も分からないんだよ」
 問う。
「犯人は分かるか?」
「おそらくスワイデンかと」
「内通者は?」
「おそらく」
「アタリは付いているか?」
「いえ、まだ」
「二日で調べ上げろ」
「おおせのままに」
 そう言って執事は下がった。音もなく。
「ったく、超展開すぎだボケが」
 悪態をつく。どこで狂った。何が狂った。
 俺は昨日友人と夢を語っただけだ。
 おとといもそうだ。
 その前も、その前の前もだ。
「なんでこんな目に会わなきゃいけないんだよ」
 別に十代で国王就任などそんなに珍しいことではない。
 だが、末路はどうだ?
 そんなのは決まっている。
 使いつぶされて捨てられる。利用された後はゴミ箱行き。
 そんなのは絶対に嫌だ。
「ふざけるな、ああ、ふざけんな」
 きっと、この世界で意識を持ってから一年やそこらだったらここで俺は尻込みしていたろう。だが、すでに何年もの時間が過ぎ去って行った。ためらいはしない。
 俺は最早日本人ではない。
 既にこの世界の、ミッドガルドの人間だ。そして王族だ。
 ならば、責務を果たそう。
「誰か! 誰かいるか!!」
 俺は声を上げた。
 聞こえるのは足音。俺の声を聞きつけた誰かだろう。
「はいはい、どうしましたエッジ様」
 まだ何も知らないのだろう侍女だった。
 俺は言う。
「侍女、名は?」
「エリーゼと申します」
「エリーゼ、よく聞け。王が死んだ」
 目の前でエリーゼは絶句する。
「今すぐ町に生き王の死を知らせてこい。三十秒で支度しろ」
「は、はい!」
 さらに足音が聞こえる。十数人はいるだろう。さあ、慌ただしくなる。
「そこの男! おまえは今すぐ数人連れて葬式の準備だ! あまり大がかりにするなよ」
「そっちの女は飯を炊け! さっさとだ!」
「お前はさっき町に向かったエリーゼと共に王の死を知らせてこい!」
「そこのは今すぐ王座の清掃に迎え! 今日中に戴冠して国を回さなければいけない」
「そっちのはいるだけの重役を集めてこい。来なけりゃ来ないで別にいいぞ」
「分かったならさっさと動け! ぼさっとしてるなよ!!」
 こうして国の動乱は始まった。

  ※

 遺体が一週間後あたりに届く、いや、遺体はない。死ねば元素に戻るだけだ。そんな葬式は今日の午前で終わった。儀礼儀礼言う人間も多かったが、今はそんなことをしている暇はない。
 王座の前に立ちながら、部屋に立っている俺より年上の臣下を見ながら俺は言った。
「聞け」
 噛むなよ、と思いつつ。
「俺は貴方達大人が積み重ねたことは何も知らない。なぜならその時代に俺は生きていないからだ。
 だからこそ俺は言わせてもらう。
 俺は生まれながらに王だ」
 場がざわつく。続けざまに、
「先代が何を残そうとしたかは分からない。
 貴方達が何を成そうとしたか想像出来ない。
 この国をどこに向かわせようとしたかは考え付かない。
 故に、俺は俺の望む国へ向かわせることにする」
 息をつき、
「故に言わせてもらう。俺は家柄も性別も差別はしない。子供大人もだ。俺は優秀な人材を好む。貴方達大人が無能ならばそのそっ首斬り落として狗に食わせて、その地位を優秀な奴に挿げ替えてやるから覚悟しろ」
 だが、と、
「まあ、貴方達大人が俺みたいな子供について行きたくないと思うのも事実だ。
 故に、明日まで時間をくれてやる。
 俺に従うものはこの国に残れ。
 俺に従わないならこの国から出ていけ。
 謀反などは企まないほうが身のためだと言っておく」
 そして叫んだ。
「これにて解散だ。楽しみに思うぞ? 明日、ここにどれだけの人間が残っているのか」
 こうして波乱の一日が終了した。

  ※

「く……はあ」
 自室にて息をつく。
 緊張が切れたせいで足が震えている。
「少し、やりすぎたかな」
 おそらく、かなりの人数が明日いなくなっているだろう。
 だが、これが狙いではある。
 古い体制を一新するならば根本から立たねばならない。それが、今までこの国を支えた人間だろうとだ。
 それに帝王学にて教えられた。
『目的のためならば手段を選んではいけない」
 と。
 ならば、手段は選ばない。
 どれだけ反発を喰らうだろうか。考えただけで怖気がする。
「ったく、俺らしくないな」
 ふう、と息をつく。
「ああ、くそ、暗殺者が怖くて寝れやしないじゃねえか」
 いや、なんという言い訳。自分が情けなくなる。
「明日は目の隈作って王座だな」
 軽く自嘲した。

  ※

 王座の前にいたのはたった二人だった。
「や、おはよう」
「おはよう」
 シルヴァ、そしてハンスの二人だ。
「二人とも……」
 何故、という前に。
「言っただろう? 私たちは付いていく、と」
「たとえ、大人達がこの国を離れてもね」
 二人は頷く。
「どうだい? 臣下は三人。国民はただでさえ少ないのにさらに少なくなった感想は?」
 軽口だろう、シルヴァが問うてきた。
「最高だ。ああ、大丈夫だ。
 だって、そうだろう? 過去、ヴァルハリアを作ったのはただの名もなき一人の人だった。そんな名もなき人が何もない地に人を集め、国を作った。
 俺には仲間がいる。少ないが国民もいる。俺に知識をくれた執事も、祖父も、乳母も、母も、たくさんの人がいる。なら、十分だ。俺は行けるよ」
 これは決意なんてかっこいいものじゃないだろう。むしろ、もっと泥臭い何かだ。
 そう、これは契約だ。実質、国を崩壊させた俺の償いの契約だ。
 ならば、やるしかない。
 俺は、どんなデスマでも納期は守った男だ。いけないはずが無い。
「さて、行くか!!」
 声が王座の間に響いた。



[21202] 千里――一歩
Name: navi◆279b3636 ID:2c11626b
Date: 2010/10/20 13:27
 俺は、伸びていた。むしろ、ゆでられた蛸(と、言っても蛸をあるのかはわからない)のごとくぐったりとしていた。
 まあ、当然と言えよう。威勢良く啖呵を切ってみたものの問題は山積みなのだ。
 四日目にして既に挫折しそうである。
「シルヴァ――、ヘルプ」
 俺の補佐をしてくれている盟友のシルヴァに聞いてはみるものの、
「むしろ、僕を助けてくださいお願いします」
 シルヴァも同じ状態だった。どうやら援軍は望めないらしい。
 と、
「……何をしている」
「――ハンスか」
 執務室の扉を開き、ハンスが入ってきた。
「大丈夫か?」
「これを見て大丈夫に見えるならお前の目は節穴だよ」
 軽口を返す。ふう、と息をついてから顔を上げる。
 ハンスは聞いてきた。
「徹夜か?」
 当然である。
 『前世』では何度も徹夜を経験しているが、この子供(ガキ)の体ではかなりきついものがある。髪を雑になでてみれば影響がかなり出ていた。抜け落ちた黒髪は油分が抜けて枯れたようだ。
 シルヴァも同様だ。普段ならば白亜ともいえる白髪がどこかしらかすれて見える。
 それにしても、何度見てもこの世界の髪色は不思議だ。
 この世界で男性のデフォルトの髪色といえば白である。逆に女性は黒髪だ。これは、どうも元素が関連しているという。
 だが、俺の髪色は前世同様の黒だ。これはかなりあり得ないことである。前世風に言うなら『両性具有』みたいなものだ。まあ、みたいであっても俺は正真正銘の男だがね。
 と、違う違う。そんなことはどうでもいいのだ。
 今、俺の考えなければいけない問題はおおざっぱに分けても三つある。
 まずは、弟が失踪したということだ。むしろ、自分から出て行ったといってもよい。
 何故、俺がそんなことを知っているかといえば、弟直筆の置手紙があったからだ。
 内容は俺に対しての恨みごとが八割、んでそこそこ重要なのは二割。
 要約すれば、
『兄ばっかちゃんとした教育を受けられてズリーんだよバーカ』
 ってことだ。
 んで、それより重要なのは文末に書いてあった、
『俺たちは新しい国を作るもんねー』
 はい、傀儡決定ー、ではあるのだがこいつはかなりまずい。
 この国の土地形状はかなりひどい。すんごくひどい。人の出入りなんてほぼ皆無というほどに難しい。貿易なんて夢のまた夢だ。
 つまり、離反した皆様が言う新しい国を作るって言うのはあくまでこのミッドガルドの土地の中に作られるということなのだ。しばらくは手を出してこれないだろうが、放っておいてもまずい。ったく、爆弾を抱えた気分だ。
 んで、二つ目はこの国の人口だ。
 つい四日前までは一応人口は中世の農村レベル(それでも国としてはおかしい)だったが、今ではだいたい数百人くらい? だ。これはもう国家を名乗るな、といわれてもおかしくはない。
 しかも、その数百人のほぼ全員が子供なのである。上は最大十四。下は五歳くらい、と酷い。
 挙句、十三~十四歳は思春期(笑)で、親との衝突も多い時期のナイーブ(笑)であり、自分が一番と疑わない。故に家族と喧嘩分かれて飛びだしてきたものが大半だ。――この世界にも中二病ってあるんだなあ。
 十歳にも満たないのは、純粋に捨てられたと考えても問題ないだろう。
 んで、さらに言えばおまけのごとく付随するのは馬鹿と土地問題と食料問題だ。
 馬鹿は言わずもがなだが、その馬鹿が土地と食料を独占しようとするから性質が悪い。
 処理するこちらの身にもなってほしいものだ。
 そして最後の問題が人材不足である。どの国でも絶対に問題になるであろう人材不足という名の天敵だ。
 今は、俺とシルヴァはとりあえず文系や政治系の英才教育を受けており、ハンスは天性の才能で補助をしてくれているが、それだけでは足りない。
 民衆(といってよいのか俺は知らん)の指導をしてくれている執事は度外視するほかないので実質この国を回しているのは三人。だが、この国を発展させるならば優秀な外交官が必須になってくる。
 しかしながら、そんな人間を育てている時間はない。学園国家を建国しようとしているというのに、だ。
 ホント、ままならねえなあ。
 思いつつ新たな書類を手に取る。
「スワイデン滅びて人材流入しねえかなあ」
 ぶっちゃけどこでもいいから人材が流入してくれれば最高だ。
「ないな」
 ハンスの一言にですよねー、と頷く。
 そりゃ、国としての基盤がしっかりしてるしね。
「そんなことを考えるよりは“計画”を進めるほうが現実的だ」
「まあ、そうなんだけどね」
 そんなことをしている時間がありません。
「さらに言えば成功率も絶望的だしさ」
 そう、魔術っていうのは失敗するのだ。まあ、一応一技術としてこの世界に根付いているのだから失敗がないほうがおかしいと言える。
「高度ルーン文字も使ってはいるのだがな……」
 ルーン文字。過去に作られた文字による魔術制御技術。言語に比べ威力は劣るが汎用性は高いという特徴をもっていたはずだ。結界だとか、半永久的に持続させねばならない魔術に使われる。
「高度っていうと……かなり昔に使われていたタイプ、といったところか?」
 ああ、と頷く。
「クジョウ家に伝わるものだ。基礎の五十文字、形状の変化した五十文字、さらに大量の文字を有するルーン文字だ」
 ……それって!!
「ちょっと! その本持ってきて!!」
 
  ※

「やっぱりそうだったか……」
 ハンスに持ってきてもらった本。それは漢字辞典と呼ばれるものだ。
「お前、これわかるのか?」
「まあ、少しかじった程度だよ」
 いや、『前世』じゃかなり慣れ親しんでました。はい。
「ハンス、俺がこれを読めればどれだけ成功率が上がる?」
「わからん。だが、かなり高くなることだけは請負だ」
 よっし、これで一歩前進――!!
「そんなことより、だ」
「どうした?」
「何故、それを読める? 今でも学者が四苦八苦しながら読み説いているというのに」
「俺の家計は極東から流れ着いた家系でな。父親殿が知ってたんだよ」
 すいません、父親殿。かなり利用させてもらいました。
「そうか」
 どうやら、ハンスもひとまず納得してくれたようだ。
「じゃあ」
「シルヴァ?」
 細い腕のどこにあるのかよくわからん筋力で俺の肩をシルヴァがつかむ。
「とりあえず次の問題行こうか」
「ああ、そうだな」
 頷く。
「前に言っていた“計画”では、ここ一帯にすむ亜人をミッドガルドに取り込むってことになっているよね」
 シルヴァは言った。
「ああ、そうだな」
「じゃあさあ、人間の勢力ってどうするの?」
 机の上から一枚の紙面が取り出される。
「これを見てもらえるとわかると思うんだけど、今ミッドガルドでは種族を問わなければ人間より亜人が多いって状況なんだよ。
 だけどね、これってとってもまずいことなんだよ。わかる?」
「――ああ」
 頷いて見せる。これは俺も考えていたことだ。
 多勢はよほどのことがなければ無勢を圧倒するのは必然である。特に、人間は亜人と違い個体の力はかなり弱い。亜人一人に対して人間は少なくとも四人居なければいけないというほどだ。竜人に至っては十人や二十人は必要だといわれる。
 弱い勢力は潰えるのはいつの時代も常なのだ。
「このまま“計画”を発動すると、最悪亜人にミッドガルドが乗っ取られる可能性があるわけなんだけど、これをどうするか考えてる?」
「まあ、な」
 考えてはいるのだが、なあ。
「今のミッドガルドじゃ無理っぽいんだよ」
 そう、かなり難しいのだ。
 指を一本立て、
「まあ、とりあえず第一案なんだけど、これは各国の奴隷を買い集めてくるってやり方」
 これが最もシンプルでわかりやすいだろう。
「ただし、これは金がかかるんだよ」
 奴隷の取引は差はあるが基本的にオークション形式で行われる。そうなると一人買うのにもかなり金がかかってしまうわけだ。
「子供なら安めに買えるんだけど、今求めているのは子供じゃなくて青年だし」
 高い順からいえば青年の男子が一番高い。働くから。
「だからこれは保留。
 んで、次の案は他国から人材を引っ張ってくる」
 日陰に埋もれた才能って言うのはそれなりに多い。要因はいろいろあるが、特に多いのは身分とかパワハラだろうか。
「まあ、これも今は無理なんだけどな」
 交渉ごとをするのは結局俺達の誰かなのに、今この時期に三人のうち誰かが抜けたら国が持ちませんから。才能あっても性格が最悪ならば意味のないことだしな。そもそも、子供の誘いに乗るかどうかすら怪しいし。
「そして、これが最後の案」
 おそらく、これが一番リスクある方法だろう。
「宗教を取り込むってことだ」
「な!?」
 シルヴァは露骨に驚き、ハンスは静かに顔を引くつかせている。
 まあ、そうだろうなあ。
「驚くのも無理は無い。いや、驚くのが正常なんだよなあ。うん」
「何を涼しい顔してるのさ!」
 シルヴァは叫ぶ。
「執事さんから習ってないの!? 過去、ヴァルハリア時代に宗教を取り込もうとして戦争が起こりかけたっていうこと!!」
 習っていないわけが無い。執事がこれでもか、というほどに教えられた。現代に当てはめてみればオウムを取り込み国教とするのと同じだ。
「知ってるけどさ、それでも手っ取り早いのはそれってことなんだよ」
 トップさえ取り込めればその門下もついでにゲットできるし。
「まあ、これはリスクが大きすぎるから無理なんだけどさ」
 国を則られる可能性なんてざらだし、生活様式が一気に変わるかもしれないし、教義だ教義だとか騒ぎ出す人間がいるかもしれないし、ってか、そもそも学園都市じゃなくて宗教都市になったら元も子もないし。現代日本並にゆるければ決行してもよかったんだけど。
「っつーわけで、さっさと計画を発動して重元素を量産してお隣に売って金を手に入れるのが一番手っ取り早いんだよ」
 ついでに、人材も貰っていきますね、とばかりに乱獲して国力もダウンさせることが出来れば文句なしだ。魔術学校(と、いっても私塾くらいの大きさ)一個分くらいまるまる持って行きたいなあ本当。
「なあ、ハンス」
「む? 何だ?」
「お前って政治系の仕事できるか?」
 ハンスは何だ急に、とばかりに顔をしかめるも、
「……出来ないこともないが、お前やハンスほど出来るわけではないぞ?」
「いや、それで十分だ――シルヴァ」
「わかった」
 早!?
「まあ、君の考えてることは大体分かるよ。僕が出来る範囲でハンスに教えろ、ってことでしょ?」
「ああ、その通り」
 高度ルーン文字(日本語)を使えるのは今は俺しかいないからなあ。ハンスには悪いが俺がやるしかないだろう。
 ……プライド潰しちまったかなあ。男のプライドって高いんだよな。
「取り合えず、明後日までには計画を決行出来るようにしておくから、その間は頼む」
 両者が頷く。
 そして、俺は部屋を出た。
 ミッドガルドの明日を作り出すために。


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