完璧なる雲を求めて 最終回 ーーー 画家、フィリップ・ウルフハーゲン 














ウルフハーゲンが作品を制作する工程を見ていると、彼の芸術をより一層理解できる。













毎朝、必ずこのスタジオにやって来て仕事をする。
週6日、5時間が基本ルールだ。
仕事中、ヘンデル、ベートーベン、そしてブリテンなどクラッシクを中心にした彼のお気に入りの音楽がスタジオ内に流れる。













パレットの上にはハンドグランドオイルに蜜ろうを混ぜた絵の具の固まりが散らばっている。この調合が彼の作品に独特なムードを与える。この日、パレットの上には雲のベースになる色の絵の具がたくさんの小さな山を作っていた。その山のひとつをナイフですくい、素早くブレンドする。絵の具がもつ独特のきめを引き出せるまで、その行為は続く。彼の作業は全てにおいて驚くほどのスピードだ。ナイフを使って絵の具にラインや立体感を付けていく様子はまるで宝石の原石を削っているかのようであり、湧き出る感情を叩き付けているかのようでもある。




















彼は作品を生み出すためのスケッチとしてカメラを使う。
使い込まれたマミヤ6x7が三脚に取り付けられ、スタジオの脇に置いてあった。













彼の絵がキャンバスに描かれるにいたるまで、様々な思考のスケッチが彼の頭の中で繰り広げられ、それが日記のようにスケッチブックの中に記憶される。
思考のプロセスが記された彼の美しいハンドライティングと水彩でさらりと描かれたスケッチ。それだけでもう完全なアートだ。写真家ピーター・ビアードの日記を僕は思い出していた。













仕事を始める彼。その顔つきは見る見るうちに苦悩の形相に変わった。
絵の具を混ぜる音、キャンバスの上にナイフを走らせる音、そして彼の息づかいがスタジオ内に流れる優雅なクラッシック音楽をかき消すかのように僕の耳に響いた。













「僕はセオリーに乗っ取った方法で絵を描かない。作品制作のプロセスの中から沸き上がるものに忠実に従う、これがある意味、僕の方法論かもしれない」













このプロセスこそが、彼の芸術の要であり、地獄の時間だ。













僕は無言でファインダーから見える彼の姿を追い、シャッターを切り続けた。
おそらくファインダー越しでなければ作業する彼を至近距離から直視できなかったであろう。
真剣勝負する人間の鋭い気がひしひしと伝わってくるのだ。













「創造のプロセスは僕にとって、それはもう、苦悩以外の何ものでもない。表現したいものの核心を得るため、何ヶ月も失意の時を過ごすことがある。そして、それはまるで中世の錬金術や魔術のように、突然目にはハッキリと見えない形で舞い降りて、収まるべき場所へおさまる。それは静寂さと統合性を兼ね備えたもので、あたかもずうっと前からそこに存在していたかのようにやって来るんだ。そして僕がそれを感じ取ったとき、やっといい絵が描けるって確信するんだ」













彼と二人で歩いているとき、僕はちょっとくだらないと思える質問を彼にした。
今回の仕事とは関係のない個人的な質問だ。

彼は優秀な作家であり、同時に小さな子を持つ父親でもある。
スタジオ以外では夫として、父親として全力を尽くす人だ。
彼の創作の世界と現実の家庭生活は対極にあるような気が僕にはしたのだ。
どうやってバランスをとるのだろう、、、?

「人類の共通の感情、自然が発する未来へのメッセージに思いを馳せた1時間後に、僕は子供のおむつを取り替えなくてはいけないんだよ。でもそういう日常の繰り返しがあってこそ、僕たちは人間の普遍性やこの大自然について考えられるようになると思うんだ」

そう言って彼はまた雲を見上げた。













仕事を終え、ホバートへ向かう車の中。
撮影をした僕も、インタヴューをしたギャビーも無言だった。
彼の思想や情熱に打ちのめされたからだ。
この日の経験が何か違った形で活かされる日が、いつの日かギャビーや僕にもやってくるだろう。
追い続ける人から、僕はいつだって大きな勇気をもらうのだ。






おわり






帰りの様子は以前僕がブログでアップした「流れる雲を追いかけて」でどうぞ。









ranking banner画家もやっぱり大変なんだなぁ、と思った人はポチッと、うぅ〜ん、むむぅ〜、、、、(苦悩する音)。





一連のフィリップ・ウルフハーゲン氏の写真はアメリカ合衆国ワシントン州で行なわれる彼の個展のパンフレット用にベットギャラリー・ホバートの依頼で撮影したものです。

彼の作品に関する質問等はBETT Gallery HOBARTへお願いします。(もちろん英語で)

BETT Gallery HOBART
Email:dick@bettgallery.com.au
Web:www.bettgallery.com.au








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by somashiona | 2007-11-11 16:42 | Trackback | Comments(20)

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Commented by futen at 2007-11-14 04:35 x
>でもそういう日常の繰り返しがあってこそ、僕たちは人間の普遍性やこの大自然について考えられるようになる

真言宗のお坊さんから同じようなこと聞いたことある。

四国遍路とタスマニア遍路・・・なんか共通点あるかも。
Commented by Pombo_Brasil at 2007-11-14 08:23
四百字詰原稿用紙・・・・そんなん無理。

こんなお話と写真を見て聞いたら、何もいえないよ。
でもさ、日常の繰り返しばかりを続けている凡人はどうしたらいいのかなぁ(苦笑
Commented by awa-green at 2007-11-14 09:44
地獄の時間。 選ばれ天性を与えられた方のみの世界なんですね。
理解できました。また、マナブさんの写真が上層してくれていたのですね。。。
私も次元は違いますが、一般的な主婦だから仕事が続けられるのかもしれません。。。
Commented by skimama at 2007-11-14 13:17
#1~最終回まで、一気に読み返しています。言葉が、文章が、写真が・・・静かに熱情を運んでくる。
#2の5枚目のお写真にをみた時、ノート?book?の表紙!なんと素晴らしい!この方は装丁もなさるのか!と目が釘付けになったの♪
それをコメントに書き、長くなったのでやめたのです。今最終回でその美しいノート!に更に更に感じ入っています。
どんな紙切れに書いてあるとしても、それは美しい!
そしてその中に作品への思いの秘密が隠されているような気がしてならないのです。
個展会場で、そういう覚書を拝見するとき、強く思います。(脱線m(_ _)m)

>作品制作のプロセスの中から沸き上がるものに忠実に従う

もの凄く共鳴します。書の作品を創っている時が、まさしくそうでした。(ごめんなさい、私程度のものが、と思いますが、ごめんなさい)
読んで、どんなに嬉しい言葉!と思いましたことか・・・。
言葉の訓練!できうれば日々もそうありたいと願ってはおりまが叶わず、です。
揺さぶられて今、元気が芽生えてきました。
マナブさん、本当に、本当に、ありがとうございます。
Commented by NATUREA at 2007-11-14 17:20 x
コメントを書いたり、消したり、直したり・・・。
やっと、
コメントする言葉が自分には無い事に気づいた(笑)。

もちろん、写心は良いです。
マナブさんの視線が見えるし、その場で見るような錯覚も。

Commented by AoimikanM at 2007-11-14 20:27
マナブさんを通して見ているはずが、いつの間にか自分がその場にいるような圧倒感がありますね。
私は痛い程彼の心理が解ります。生みの苦しみは創作において必ず必要だし、
それがあってバランスが取れる人もいるのですよねー。
このノートの繊細さから彼の生き様が見えるようです。

*ねね
Commented by photo-fukuta at 2007-11-15 11:03
somashionaさん こんにちは。
見て読んで満足の3部作でした。
見終わった後になんとも言えない余韻が残っています。^^
Commented at 2007-11-16 00:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by somashiona at 2007-11-16 11:16
futenさんへ
どこに住んでいようが、人間が何かを考えると同じような終点にたどり着くんですかね?
タスマニア遍路はバックパックにテント、寝袋、ストーブ、コッヘル等、どちらかと言えばアウトドアに近い気がします。(冗談です、ただのブッシュウォーキングです)
Commented by somashiona at 2007-11-16 11:22
400詰め原稿用紙よりブラジルさんのブログ記事の方がインパクとありました。(笑い)
嬉しい感想をありがとう!
僕がブラジルに行った時は「写真バカ一代」というブラジルさんのドキュメタリーを撮らせてください。
梶原一騎の漫画で育った世代は、熱いねぇ〜まったく!
(何の話しか分からない人、ごめんよ!)
Commented by somashiona at 2007-11-16 11:27
greenさんへ
あっ、greenさん、フィリップは暗い人ってまだ思ってるでしょ!(笑)
あっ、マナブさんも暗い人って、思いはじめてるでしょ!(怒)
もぉ〜、正直なんだから。
写真続けていると、きっとgreenさんも「地獄の時間」を経験しますよぉ〜、、、怖いですよぉ〜、、、ヤメるなら今ですよぉ〜、、、。
Commented by somashiona at 2007-11-16 11:35
skimamaさんへ
「秘密のノートブック」、画家に限らずモノを創る人でこういう物を持っている人は多いみたいですね。出来上がった作品がもちろん重要なのですが、そこに行き着くまでの道のりがうかがえるノートはやっぱり、興味津々です。
僕にとってこのブログはそんなノートの役割をしているような気がします。
思いっきり秘密じゃありませんが、、、。(汗)
skimamaさんに共感してもらえる部分があったのなら、嬉しい限りです。
こちらこそ、いつもありがとうございます。
Commented by somashiona at 2007-11-16 16:43
なつれあさんへ
今回の三部作を見た友人が僕に言いました。
「マナブさん、今回は全然分かんなかった」
こういう反応ってスゴく面白いと思うんです。
この取材、僕は脳天を殴られたような気分になりました。僕の表現力にももちろん問題はあるのですが、ピンと来ない人も多いだろうなぁ、と思って書いていたのも事実です。僕のブログですから最終的には僕の感想文になっちゃうところがミソです。ブログのいいところは肯定的な意見も、否定的な意見も聞けるところだと思います。
ナチュレアさん、いつでも率直な意見を聞かせてくださいね。
アップの写真で後ピンはヤバいでしょ、とか、、、(汗)
Commented by somashiona at 2007-11-16 16:49
ねねさんへ
モノを生み出すパワーの源が愛や夢、喜びとは限らないですよね。
ある人は社会への不満だったり、ある人は異性への嫌悪感だったり。
それが何であっても、そのもとに強いものと最後までこだわり通す粘りがないと心に響くものは生まれてこないのだなぁ、と彼と時間を過ごして思いました。僕も生み出すとこに苦しむ方なので、すごく共感したんです。
Commented by somashiona at 2007-11-16 16:53
fukutaさんへ
余韻残りましたか?
嬉しいです。
最終的には僕の感想文です。距離を置いて語れないのです。結局は、自分の話しになっちゃうところが視野の狭さなのです。でも、彼に出会って感じていたことをやっと外に吐き出せて、けっこういい気分なんです。仕事を終えた時点より、この記事をブログで書き上げた時点で、やっとこの話しに決着がついた気分です。
Commented by somashiona at 2007-11-16 16:57
鍵コメ00:50さんへ
嬉しい言葉をありがとうございます。
鍵コメさんのいうことは僕もよぉ〜く分かります。
僕もその域を抜けれません。
しょうがないので、その域から見えることを伝えます。
でも、それでもいいと思います。
Commented by HAL at 2007-11-16 23:43 x
こんばんは。
重厚なテキストを味付ける素晴らしい写真。
読み応えありました。ありがとうございます。
Commented by somashiona at 2007-11-22 19:25
HALさんへ
いつも気合いを入れて仕上げたブログの終わりにはHALさんからのコメントを頂いている気がします。
返信送れてごめんなさいね。
重い話しを心置きなく書けるようになったのは、HALさんのおかげです。(笑)
覚えてます?
Commented by HAL at 2007-11-23 01:38 x
はい(;^_^A
長文読むのは苦手な方なんですがsomashionaさんのstoryにはいつの間にか引き込まれてしまいます。
Commented by somashiona at 2007-11-23 14:45
HALさんへ
長文を書くのは苦手なんですが、自分の撮った写真を見ると、ついつい話が長くなってしまうんです。
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