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[22331] 文学少女日記
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/04 01:52
はじめまして。


すごく短いものから、ちょっぴり長いものまでSSを書きます。
みなさん、どうかお手柔らかに。



anでした。



[22331] ア、花
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/04 01:58
 歩道の隅に一輪の花が咲いていた。電柱の陰で細々と咲いていた。その花を見て彼女は言った。
「とっても綺麗ね」
 近づいていく彼女の陰で、その花に降り注ぐ太陽の光は遮られる。
「みて、とっても綺麗」
 笑いながらそれを踏み潰す彼女は、歩道の隅に細々と咲くその花より弱いものに見えた。

「みて」「うん、みてるよ」



[22331] イ、自殺の理由
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/04 02:02
 殺人やら自殺やら。あまりの事の重大さに気づいた時、人はこういった行動をとったりする。それは生死に関わる感じで表れる。決しておかしいなどと批判できない。それらは元々の形がそこにあったのならば、それらはいずれ消えてなくなってしまうものなのだから。

 自分で言うのもなんだが、僕は大した考えを持っていると思う。正論かは分からないが、僕の中ではちゃんと成立している。のにも関わらず、僕は死ねない。自殺未遂なんて名前の死にきれない渦の中にいる。
 なぜだと思う。知らないよ、そんなのこっちが聞きたいさ。僕は十分事の重大さに気づいている。親友を殺したのだ。重大じゃないわけがない。死ぬべきなのだ。死ななければいけない。僕にはそれを行動に移せるだけの理由があるのだから。よし、自殺をしよう。

 毎日磨いているピカピカのナイフを手にとって、それを手首の血管に押し付ける。食い込んだナイフの周りから血が滲み出す。もっとだ、もっと出ろ。ナイフを持つ手に力を加える。いけ、いけ、いけ。血が床に落ちる音が聞こえた時、僕の右手はナイフを捨てて準備してあったハンカチで止血を行う。
 やめて、そんなことするな。また僕の中にある自己防衛本能が働いたのだ。みるみるうちに出血は止まった。

 人の体というものは、必ずしも意思と平行してくれるとは限らないわけである。頭できちんと成立しているものたちのせいで、僕は今日も有限実行には至らないわけだ。

「ごめんよ」
 もうこの世にいない親友に向けたその一言は、幽霊を立証できない僕にとって成立することのないものだった。
それなのに目尻から流れる涙に乗せて、
「こんな僕でごめん」ともう一度謝った。乾燥した血でナイフがくすんで見えた。



[22331] ウ、子供と大人
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/04 23:54
 わたしが子供のとき、世界はどんなふうに見えていたんだっけ?

 ふとそんなことを思ったのは、遊びに来た甥っ子の一言だった。
「お空の雲を掴めないのは、神様がひとりじめしているせいなの?」
 せっかくよく晴れた日だったので、散歩と称して外に連れ出した帰り道の出来事だった。空を見上げながら、考え込んだような顔して甥っ子は訊ねてきた。
「なぜ、神様はそんなことをする必要があるの?」
 この子の望んでいる答えが、小指の先ほども分からなかったので、クエスチョンにクエスチョンで返してしまった。
「ひつよう?」
 その結果、先ほどよりももっと考え込む顔にしてしまった。あぁ、なんか難しい言葉使っちゃったかな。小1だもんな。もっと優しく答えなきゃだめだったのかも。例えば、神様は綿あめが好きなのかもねーあはは。なんて。でもなんかバカなやつみたいじゃない。
「そうじゃないんだよ。僕が気にしているのは、雲には自由に遊べる時間はあるのかってことなの」
 甥っ子は淡々とわたしのクエスチョンをクエスチョンで返してきた。やるな、と少々感心しているとそのまま言葉を続けた。

「太陽と月は僕と遊んでくれるけど、雲は違うんだ。いつもあそこでプカプカ浮いてるだけ。お空には神様が住んでるから、もしかしてって思っただけなんだ」
 雲を指さしながら健気に説明する甥っ子。ごめん。わたしにはあんたの言っていることがさっぱり分からない。一体この子には、世界はどんなふうに見えているのだろう。わたしと違うことは確かだな。
「ねぇ、いつも学校でみんなとそういうお話したりするの?」
 繋いだ手をくいっと引っ張って、こっちを向かせてから笑顔で聞いた。
「ううん。みんなとはしないよ。みんな1人1人考えてることは違うからね」
 さっきまでとはまた違う、妙に大人びて聞こえたその言い分は、大人を気取っていたわたしを足元からひっくり返した気がした。人と同じでなきゃいけないっていう、まさに大人の常識をこの子はくつがえしたのではないか。

「ねぇねぇ、どう思う?」
 無邪気に笑う甥っ子が、お気に入りの白い花の髪飾りをつけた小さい頃のわたしに見えて、一瞬アホ面を晒してしまった。でも甥っ子はそんなことを気にする素振りも見せず、繋いだ方の手を前後に揺らしてわたしに答えをせがんだ。その手は、とてもとても小さかった。



[22331] エ、救世主
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/05 15:45
「おい、怪獣だ。逃げろ」
 ってここで叫び狂って伝えたところで、街行く人にはあれは建ち並ぶ高層ビルの一つにすぎない。
「あなたずっと監視されてますよ」
 って耳元で囁いて教えても、誰も月の正体を見破れない。

 どうしたものか。人々は常識という名の感染病に犯されているではないか。私がちょっと仕事で地球を留守にしている間に、こんな厄介なウィルスが増殖し、はびこってしまっていたなんて。あぁ、感染していない人間はもう私だけなのだろうか。そう考えると寒気がして、同時に自分はとても貴重な存在であることを自覚した。そして、決して感染してはいけない。私はそう、強く心に決めた。

 食欲は宇宙から侵略を謀っている者たちに、勝手に植えつけられた欲で、本当は人間には必要のないものなのだ。これを使って、どう地球をのっとろうと考えているかは私にはわからない。でも、それを知っているからこそ、奴らの罠にまんまと引っかかってはやらない。不気味で気色の悪い食べ物を吐いた。

 家に帰ると、家族は見事に1人残らず感染していた。1週間分の荷物をまとめて家を出る。ごめん、みんな。必ず助けに戻るから。
 それから何日歩き続けたことだろう。いつウィルスに体をむしばまれるか心配で、夜もまともに眠れない。もしかしたらもう、感染しているかもしれない。そんな不安に常にかられている私は、身も心ももう限界に近かった。ふらふらになりながら、膝からアスファルトに崩れたその時だった。遠くのほうで白い陰と共に、大きなサイレンの音がした。それをきちんと確かめる前に、霞んでいた視界が完全に閉ざさてしまった。

 私は今、隔離されている。この常識という名のウィルスがはびこった地球上で、唯一感染していない貴重な人間として。地下の閉鎖病棟で、まだ完全には感染していないわずかな希望を持つ人たちと暮らしている。あの時、誰かが私を見つけてくれて救助を願い出たらしい。

「この人、まだウィルスに感染してません」
 そう叫んでくれた誰かも、もう常識で体を支配されてしまったのかもしれない。

 ここでは、毎日何通りもの検査をされる。なぜ、私は感染しなかったのか。そこから見出されるワクチン、治療法の開発。そもそもの原因など。苦痛を感じる時もある。でもそれは、地球上のすべての人間を助けることに繋がるのだ。もちろん、約束し別れを告げた家族にも。そのためであれば、私はどんな辛いことにも耐えられる。たとえ世間から、拒食、妄想癖などとさげすまれても決してくじけはしないのだ。

 この話を理解できずにいる、そこのあなた。待っててね。私が今、絶対助けてあげるから。



[22331] オ、探し物
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/05 23:35
 頭のつむじの辺りがこれでもかというくらい太陽の熱を受け、額や耳の裏にじっとりと汗が滲む。屈めばパンツが見えそうな短いスカートで、高いヒールの靴を履き、両手両足の爪を真っ赤に塗った今日の私は、どこから見てもオーラ全開の大人なお姉さんに見えるはずだった。
 靴擦れさえしなければ。靴のバックバンドが踵に当たって赤みがかっている。ヒールをコンクリートでコツコツいわせてはいるが、正直もう歩くのも限界だ。それに加えてこの暑さ。厚塗りしたファンデーションのお陰で毛穴からの汗は尋常じゃない。
 あぁ、私の計画は無惨にも儚く散ったのね。ため息と共に感嘆の声が漏れる。半歩後ろで圭介がのんきに呟く。
「夏だねー暑は夏いなー」
 高校生みたいな顔した二十三歳、立派な成人男性のはずのこの馬鹿は、馬鹿でもあり私の唯一の恋人でもある。あぁ、私はこんな馬鹿のためにこれほどの痛みを我慢してまで必死にヒールを鳴らしているのか。そう考えると一気に阿呆らしくなってきて、意味もなく圭介を睨んだ。そんな私の意味のない行動にも全く動じる気配すら見せず、眩しそうに空を見上げてしわくちゃにした顔で、相手を持たない独り言を言い続けた。今すぐにでも右足を振り上げて、この鋭く尖ったヒールでお前を串刺しにしてやろうか。と心の中で凄んでも、それについていける元気な足を私は持ち合わせていなかった。

 キンと冷えた電車に乗りこみ、靴擦れと暑さとそれらによった苛立ちで疲労困憊の体をしばし休ませる。衣類と肌の隙間にこもった熱気が蒸発していく。隣で鞄をガサゴソ漁っていた圭介が、私の耳に耳栓型のイヤフォンを押し入れながら言う。
「新曲できたから聴いて」
 なんとも楽しそうにipodをいじくりまわす圭介を見ながら、反対側の耳に自分でイヤフォンを入れる。このイヤフォン嫌いなんだよなぁ、と頭の奥で呟いてだらしなく背もたれにもたれ掛かっていた背中を伸ばす。
 かき鳴らされるアコースティックギターの音色が、弊害なく体に入ってくる。圭介の柔らかい歌声が後に続く。期待に目を輝かせてこちらを見つめてくるこの男は、本当に私より五つも上なのか未だに疑問でしょうがない。うっとおしい視線で曲に集中できないので、静かに目を閉じる。

「きみを今日も探すぼく。見つかりっこないか」

 あぁ、またこれか。
 女みたいに透き通った彼の高音が、わたしの胸を電車とは反対方向に揺さぶった。目の前でコクリコクリ頭を上下させ、眠気をしょいこんだおばあちゃんを見て、「居眠り」なんかぴったりのタイトルだと思った。プツッ。前ぶれのない切断音の後に、すぐ先ほどの曲よりも少し小さい音で次の曲が始まる。右耳にはまっていたイヤフォンを抜いて、圭介の方を向く。
「いい曲だね」
 照れて鼻をこする彼を見たら、日々増幅する気持ちを後ろに流れてゆく景色に置いてくることは、またできないと思い知らされる。左耳では持続的に流れる歌声を聴き、右耳で彼の嬉しげな喋り声を拾って、暮れかけた夕陽の中を心地よく揺れながら家路に向かった。

 私の家の前まで手を繋いで歩く。きっちりいつも家の前まで。そういうところはしっかりしてるのだ。大人の風格でも見せたいのだろうか。それとも彼にとってはごく自然な常識で、それをこんな風に捻くれた目線で見る私がただ単に子供なのだろうか。いや、そんなことを考えるのはよそう。ちらっと圭介に目をやると、元々たれた目をさらにたらして幸せそうに微笑んだ。胸が痛かった。

 圭介と私は付き合っているが、恋仲ではない。正直言うと、私が一方的に圭介のことが好きなのだ。特に強引ではなかったと思うけれど、言い寄った私に言い寄られた彼は断れるだけの理由がなかったので、形式上の付き合いを認めた。直接彼からそう言われたわけではないけれど、きっとそう。彼にはれっきとした恋人がいるのだ。もう5年も前に天に昇った恋人が。

 名前は知らない。顔も性格も、どこの出身の人なのかも圭介とどうやって出会い、2人は恋におちたのかも。知っているのは、圭介よりも2つ上で、白血病だったってことだけだ。あとは本当に何も知らない。知ろうとも思わない。だって、それは2人のことで何よりも過去の話だから。過ぎ去ってしまった、もう取り戻せない記憶の話だから。そしてそう言い聞かせるのは私で、そんな期間はとっくに過ぎて見えないものにすがりつく圭介。地球上で最高にひとりぼっちの2人が、今ここで手を繋いでいる。おかしいでしょう。おかしいなら笑えって、昔お父さんがよく言ったっけ。

 太陽が完全に沈み、街灯がちらほら灯り始めた頃、私達も目的地に到着した。
「家、寄ってく?」
 離した唇に冷たい風が通る。
「明日も朝早いから、今日は帰る」
 圭介はとびきり優しい顔をして、私の頭を撫でた。「今日は」帰らなかったことなんて一度もないくせに。少しふくれる私の頭を、子供みたいにくしゃくしゃに撫で回す。もっとふくれた私を見て、あははって楽しそうに圭介は笑った。
「寒いから早く家に入りなよ」そう言って、唯一温かかい手のひらにまで冷たい空気が入り込んできそうだったのを、ギュッと握りしめて阻止した。驚いたように振り返る圭介の右手を、もっと強く握りしめながら私は言った。懇願した、のほうが近いかもしれないけれど。
「もう一回キスして」
 さっきの優しい笑顔のまま、いつものように割れ物にでも触れるみたいにゆっくりと唇を重ねた。一瞬、戸惑った彼を私は見逃さなかった。それはきっと潤んでしまった私の瞳と、冷たくなった圭介の唇に関係している。彼は探しているのだ。私に触れている間も、私に触れていない時も、いつでもどこでもずっと。突然いなくなってしまった恋人を。自分の愛しい恋人。その証拠に私は彼から温度をもらったことはない。今の触れるだけのキスからも、優しい笑顔も繋いだ手のひらからも。熱は全部、私が作り出しているものだから。孤独な関係。暖めあうことすら許されない。彼は見えない恋人を探し続け、私は感じることのない愛を探し続ける。目的地なんかない、ずっとずっと続く一本道。目なんかこらさなくたってすぐそこに見えている答えがあるのに、勝手に見えないものだと決めつけてしまった。
 自らひとりぼっちになる私達は、地球上で最高におかしいでしょう。笑えないのは靴擦れのせいなの。痛くて痛くてもう限界なの。本当よ、お父さん。



[22331] カ、地球
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/06 23:20
 空を見上げると、真っ暗な箱の中だった。その瞬間、地球を四角く感じた。

 自分が勝手に持っている箱に対するイメージのせいか、はたまたまだ見たことのない地球が丸いという事実を認めきれていないせいなのか。とにかく私は、真四角の箱の中にいた。 星も郵便局も電柱も全部、きれいに箱に納まっていた。思い浮かんだのは、昔沢山持っていた飛び出す絵本。開くと広がるお話の世界。それととてもよく似ている気がした。

 この箱にもどこかに、開くふたでもあるのだろうか。
 あまりに呑気に考えていたものだから、何もないコンクリートにつまずいた。やだやだ、恥ずかしい。足元を気にしつつも、ふたはどこかと探してみたがさっぱり見当もつかなかった。
 ゆっくりゆっくり箱の中を歩く私。このまま歩いていれば、いつかの絵本みたいに最後のページにたどり着けるのだろうか。少し遠回りして、そんな淡い期待をしてみたものの着くのは家で、寝ればいつものように朝が来るのだったと思い出しただけだった。

 そうか。やっぱり地球は丸かったのだ。



[22331] キ、幸せ
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/08 00:48
 女の子がいました。
 女の子は黒い色が大好きでした。なんでも黒ければ、大体好きでした。
 黒いワンピースを着て、黒い食べ物を食べて、黒いベッドの中で眠ります。
 黒い猫を飼い、黒いお家に住み、黒い花を育てます。
 女の子の周りは、いつも黒いものたちで溢れていました。
 それは、女の子にとってとてもとても幸せなことでした。

 けれど、それには限界がありました。
 いくら自分の周りを黒で埋め尽くしても、一歩外へ出ればそういうわけにはいかなかったからです。
 なので、女の子はみんなにこう言いました。
「今日から、使うものや食べるもの、育てるものや着るもの。全部、黒で統一しましょう」
「そんなことは無理だ」みんなは口々にそう呟きました。
 女の子は一生懸命訴え続けましたが、みんな誰1人として耳を貸す者はいませんでした。

 黒いお家に帰ってきた女の子は、泣き出してしまいました。
 一生懸命喋った分、一生懸命泣きました。

 次の日、女の子は悩みます。沢山考えます。毎日、頭を抱えました。
 そして何十回、何百回と考えて、悩んで、やっと良いアイデアを1つ思いつきました。

 女の子はすぐに家を飛び出して、みんなの元へ向かいました。
 黒い黒い夜の中、できるだけ急いで向かいました。

「ねぇ、みんな。聞いてほしいの」
 女の子は最大限の大きな声を張り上げました。
 みんなは何事かと思い、ぞろぞろ外へ出てきます。
 あくびをしながら、目をこすりながら、ぞろぞろ外へ出てきます。
 みんなの中に、まだ寝ていなかった人が1人いました。
 その人はぱっちり開いた目で、唯一女の子を女の子だと見ました。
「また、お前か」
 まるで汚いものを見るような目で見ます。
 でも、女の子はくじけません。今は、みんなの眠気を覚ますのです。

「わたし、決めました」
「黒なんか暗い色が好きなのは、お前だけなんだよ」
 奥から出てきた意地悪そうなおじいさんが、意地悪を言いました。
 それでも、女の子はくじけません。今は、このことを伝えるのです。

「そうね。だからこれからはみんな、好きな色を使ってください。使うものも食べるものも、育てるものも着るものも。全部、好きな色を使ってください」
「そんなのもうしているじゃないか」
「はい。そのままでいいの」
 みんなは、可笑しなななぞなぞを解いている気分でした。
 それでも、今度は否定する理由がなかったので、ただ「うん、うん」と頷きながら、それぞれの好きな色のベッドに戻っていきました。

 黒いお家に帰ってきた女の子は、とても満足していました。
 なので一晩中、とても満足そうに笑っていました。

 黒い夜が終わり、朝が来ます。
 みんなは何も変わらず過ごします。
 女の子はそれを黙って、幸せそうに見ています。

 女の子には分かったのです。
 たとえ、みんながみんな好きな色を使っても、使えが使うほどそれらは古ぼけて汚くなっていきます。
 だって好きなものは、最後の最後まで手放したくないでしょう。
 そして使い続けた最後、それらは色を失い黒になるのです。
 みんなが毎日、今のまま過ごすだけでいいのです。
 それが自分の幸せになるのです。

 今日も女の子は笑います。
 自分の幸せの秘訣を、もう知っているんですから。



[22331] ク、雪
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/08 23:22
 ある日、彼が言った。
「俺、雪嫌いなんだよね」
 一週間後、彼は大嫌いな雪の中で死んだ。その日から、私もなんとなく雪を嫌いになった。

 ある朝いつものように登校すると、親友と呼んでいた子がみんなから「無視」という名のいじめにあっていた。
 初めの二日ほど私は勇敢に戦ったが、三日目には集団の端に用意された椅子に座った。親友は水の溜まった目で、溢れだしそうな疑問をぶつけてきたが、気づくと上手く避けていた。
 私は、彼女との全てを一瞬で過去に変えた気がした。

 ある夜、親が離婚届に判を押した。
 大好きなお母さんは、まだ幼いという理由で弟を引き取ると決めた。前の日に何度も練習した言葉は、お父さんの目の下にできた黒いクマが奥へ閉じ込めた。一生出てくることはない、奥の奥のほうへと。
「ごめんね。ごめんね」
 そればかり繰り返すお母さんの横で笑うことしかできなかったのは、その日雪が降っていたからかなと、荷物がなくなり他人のもののようになった空っぽの部屋で考える。変わらずにいようと頑張る姿が、もう以前とは違っていることに気づいていないお父さんも、自分と何も変わらない人間なんだなぁ、と改めて感じた夜だった。
 それから、大人はもう大人として目に映らなくなった。

 雪は降り続けた。雨に流され、風に吹かれ、それでも降り止むことを知らないかのようだった。

 雪は私に似ている。いや、私は雪に似ている。今の自分は、名称だけを持った形のない何かのようだ。雪もそうだ。手に取れば、途端に消えてしまう。私は、手に取られたことがないからなんとも言えないけれど。そんな雪を最後まで、なんとなく好きにはなれなかった。

 冬が過ぎ、春が来て、鮮やかに桜が咲いた。色のあるものが宙を舞っているのを、久々に眺める。
「急がないと遅刻するよー」
 新しくできた友達が、遠くから私を手招く。
「今、行く」
 小走りで新しい学校の門をくぐる。桜の花びらが漫画みたいに壮大に舞った。その中で、ふと思い出す。いつもいつも、降り止むことを知らない、いつの間にどこかにいってしまった。なぜだかとっても、懐かしく感じる雪を。
「早く」
「わかった」
 私は春になっても、消えずにここにいたね。



[22331] ケ、進化
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/19 09:23
チク、タク。チク、タク。
閉めきったカーテンが透けて光るのが朝。色が判別できなくなるのが夜。
チク、タク。チク、タク。
お腹が空いて目が覚めると朝。満腹で眠りにおちると夜。
ただそれの繰り返し。何度も何度も繰り返して、それが人生になる。
僕は家から出ない。僕は誰とも会わない。僕は。
僕はひきこもりだ。

家から出なくなったんじゃない。
家から出られなくなったんだ。
人と会わなくなったんじゃない。
誰とも会えなくなったんだ。
人類の進化についていけなくなったんだ。

気づいたら僕は家にいた。
変わらず時を生きるこの家だけが、僕と似ていた。
みんな動かずじっとして時計の秒針の音に耳を傾ける。
僕もそうした。
タンスがそうするように、テレビがそうするように。
僕もそうした。
世界は不思議なもので、進化する者も留まる者も同じ時の中を過ごした。

春、夏、秋、冬と過ぎ、また春、夏、秋、冬と過ぎた。
薄っぺらなガラス戸一枚挟んで、進化は確実に進んでいった。
僕は廃れていくこともなく、進んでいくこともなく。
僕は未だに、ひきこもりだ。



[22331] コ、実感
Name: an◆ebdaa164 HOME ID:0f265b02
Date: 2010/10/19 22:57
仲の良かった友達が死んだ時、その子のことだけを思って泣いた。
いや違う。実際はその子を失い、悲しみを背負うことになった自分を思って泣いた。
泣いて、泣いて、泣き続ければみんな「大丈夫?」と寄ってきた。
「可哀想にね」みたいな目で私を見る近所の人たち。
学校の先生は、次々にもらい泣きを始めている。
涙は止まることを知らなくて、いくらでも流せた。


私は主役だった。
死んだ友達の遺影が例えカラーだったとしても、私の方が断然目立っていた。
鳥肌が立つくらい興奮していた。
私が主役のお葬式。
あの子のためのお葬式。
初めてこんなに注目された。
みんなが私を見て、私のことを考える。
私を哀れみ、私に同情の手を差しのべた。
誰でもない私だけに。


生まれて初めて、生きてるんだって実感した。
もっと注目されたくて、もっと生きたくて、次の日試しに死んでみた。


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