【黒×DMC】Episode-04:Heap of Corpses
「―――――引き分け、か。納得いかんが」
「そうだな。
けど俺とアンタじゃあ、朝まで飲んでもケリがつきそうにねぇ」
テーブルの上と下にはこの店に合った全てのウォッカの瓶が転がっている。
無論、中身は空だ。
よく見ればそこに紛れるようにテキーラやジンの空瓶も混ざっている。
時刻も既に夕方。
店に在った度数の強い酒は粗方飲み尽くしてしまい、店長から「これ以上呑まれた明日以降の営業ができない」とストップが入ったので勝負はそれまでとなったのだった。
「惜しいぜ。これがボビーの店だったらまだまだ続けられたんだろうけどな」
「ほう、ならそこで続きといこうか」
「おっと、生憎とボビーの店はここからはかなり“遠い”んでね、そりゃ無理だ。残念だがな」
「……ふむ、そうか」
アルトリアはこの時、酔って少々陽気になっている目の前の男の瞳に、一瞬だけ哀しみが浮かんだのを見逃さなかった。
遠い、とはつまりそういう事なのだろう。
次の言葉を見失った彼女は、酒のせいで少し火照った頬に右手を当てる。流石に、ここまで飲んだのは久しぶりだった。
琥珀色の液体が入ったグラスに移る彼女の頬には、ほんのりと紅が射している。
「――――で、こいつらはどうする?」
「嬢ちゃん、人が眼を逸らそうとしている事を指摘するのはよくないと思うぜ」
アルトリアは右手のブランデーを回しながら、顎でテーブルの周りの人影を指す。
そこには、事に酔いつぶれた男たちの残骸があった。
To Cross Over “Devil May Cry”
Episode-04
Heap of Corpses
/ / / / /
「ハッ。どうやら、完膚なきまでに負かされたいらしいな」
アルトリアと赤い男の勝負が始まると、店は俄かに活気付いた。
もともと概観も内装も綺麗とは言いがたい店だったが、どうやら客層も同様であったらしい。
基本的に、みんな暇なのだ。
店には平日の昼間だというのに何故か時間のある、ちょっと社会から弾き出された奴ばかりが集っていた。
そんな中呑み合戦を始める、ド派手な赤いコートの男と、装飾過多な黒いワンピースの少女。
最初のうちは遠巻きに傍観するのみだったが、ウォッカの瓶が三本も空くころには彼らは色めきはじめ、五本を超えた頃には彼女らの周りには人だかりが出来ていた。
野次馬根性丸出しの男たちが周囲を取り囲み、「もっと呑め、死ぬ気で呑め!」という無責任極まりない言葉が飛び交っている。
それを見て、アルトリアは繭をひそめた。
目の前の男はどうだか知らないが、彼女は別に目立ちたくてこんな服装をしているわけではないのだ。
この服装はあくまで趣味であり、同時にその他大勢との差別化をはかる手段でもある。
よって、彼女がこの状況をどう思ったかといえば、
『うっとおしい』
その一言に尽きる。
自分に害の及ばない場所で騒ぎ立てる傍観者どもに、いい加減いらいらしてきた。
だがここで一括するのはやはり何かに負けのような気がするので却下。
それに、面白がって傍観している奴への最大の罰は、そいつも当事者に堕とすことだ。
「―――――クッ」
アルトリアの口角が歪む。
彼女は思い立ったら即行動の人間であり、その時に発生する弊害は力で捻じ伏せるのが心情である。
自分のグラスを置き、手酌で自分のグラスと、それとは別のグラスにウォッカをなみなみと注ぐ。そしてそれを、近くに居たヒゲ面の男に押し付けた。
ちなみにグラスはすでに、ショットグラスからバーボンなどを入れる大きめのものに変わっている。
「おい、アンタ……」
「なに、私たちだけが呑んでいるというのも悪いと思っただけだ。
心配するな、オゴリだ。さあ呑め。
それとも貴様、もしや私が注いだ酒が呑めないとでも言うつもりか?」
アルトリアは皮肉げな顔で男のグラスに自分のグラスを当てて強引に乾杯を済ますと、一気に自分の分を飲み干す。
そしてあまりのアルコール度数の高さに怯む男を、眼で脅した。
「いいぞ、さっさと飲め、ビゲ面ァ!!」
さらに周囲の野次馬からの催促が重なれば、もはやヒゲ面に逃げ場はない。意を決した男は、咽ながらもグラスを煽った。
それを満足げに眺めながら、アルトリアは再び自分のグラスを満たす。
ついでに空になっていたダンテのグラスと、既にぜいぜい言っているヒゲ面のグラスにもウォッカを継ぎ足した。
「さて貴様ら。
つかぬことを聞くが、今夜は暇か?」
ウォッカの水面が揺れるグラスを手に、彼女は丸椅子をクルリと回してカウンターに背を預けると不敵な表情で辺りを見回す。
「暇ならば、私に挑戦してくるがいい。
私に飲み勝てば、今夜、この身体をくれてやる」
そして、唇から胸元に指を滑らせて、そう言い放った。
「――――――」
その爆弾発言に、店の中が水を打った様に静まり返る。
「――――本当か?」
その静寂を破り、己の欲望に忠実そうな男が念を押した。
彼女が「無論だ」と応えた瞬間、店内が爆発する。
男どもは競うように酒を注文し、グラスを握り締めた。
「どうだ? 粗野だが、こんな余興も酒の肴には悪くないだろう」
「ヘッ、アンタどうかしてるぜ」
「だが貴様は当然参加するんだろう?」
「ああ。アンタみたいな子供には興味なんかないが、ここで引くのも癪だからな」
「いい答えだ。そういえばまだ名を聞いていなかったな。
私はアルトリアだ。好きなように呼べ」
「アルトリア、ね。どっかのお姫様みたいな名前だな。
俺はダンテだ。気安く呼んでくれ。
歳は足りないが、アンタみたいな面白い女なら大歓迎だぜ」
「そうか。ではダンテ、そしてお前たち……」
そこでアルトリアは、僅かに溜めを作る。そして、
「さあ、始めようか」
おもむろに立ち上がると酒盃を高く掲げ、そのまま一気にウォッカを喉に流し込む。
そこから先は、もはや戦場だった。
誰もが我先にと、喉を焼く強い酒に立ち向かい、まだ太陽が沈んでいないというのに店内はアルコールのにおいに包まれた。
誰もが目の前の風変わりな、しかし絶世の美少女を求めて酒を流し込む。
そして夢破れ、男たちがひとり、またひとりと脱落していき、床には酒瓶と死体の山が築かれた。
死屍累々。
遂にはアルトリアとダンテの二人のみとなったところでマスターの泣きが入り、現在に至るのである。
/ / / / /
「自分でやっておいてそれはないだろ?
アンタがやったんだからアンタの責任だ」
「なら貴様は、このか弱い細腕で男どもを全て担ぎ出せと?
やれやれ最低な男だな、お前は」
「この――――
チッ、何で俺はこんなに女運が悪いんだ?」
「何か言ったか?」
「いいや。何でもねぇよ」
その後、店員らと一緒に酔いつぶれた男たちを店から放り出した。
アルトリアも生身では男一人を担ぐことなど出来ないが、そこは英霊。
魔力によって強化された肉体ならば、80kgやそこらの人間など簡単に運べるのだ。
「どこがか弱いんだ」と呟いたダンテには、肘を一発ご馳走しておいた。
「マジかよ、狂ってやがる……」
さていよいよ会計となるわけだが、その額にダンテの顔が引き攣った。
ありったけの酒と、数十人前のハンバーガーの合計金額は、とうに食事代というワクを超えている。
金額の書かれた髪を凝視して冷や汗を流すダンテ。
隣からアルトリアがそれを覗き込むと、ふん、と鼻を鳴らしてハンドバックから取り出した札束をカウンターに叩きつけた。もちろん、100ドル札の束である。
それを見てさらに顔を引き攣らせたダンテと、勝ち誇った表情のアルトリア。
ここに、ダンテとアルトリアの勝負はアルトリアの勝利に終わった。勝負の決まり手は財力だった。
「悪いな、結局オゴらせちまった」
店を出たところで、ばつの悪そうな顔をしたダンテに呼び止められる。
「なに、気にするな。そのうち取り立てる。利子をたっぷりつけてな」
「あくまかよ、アンタ!?」
「悪魔? ふ、そうかもな」
「悪魔じゃねえ、アンタは“あくま”だ。
――――まぁいいか、またな可愛いあくまさん」
言い残して、ダンテは燃えるようなペイントが施された大型バイクに跨って去っていった。
それを見送りつつ、アルトリアも自分のバイクに歩み寄る。
ツヤのある黒とツヤの無いマットブラックのシート。そして金属部分のシルバーが美しいバイクだ。
黒の中に、まるで獣の爪で引き裂いたかのような荒々しい真紅の疵が彼女の個性を象徴している。
YAMAHA V-max Special Conversion“ALBATROSS ”
それが、現在アルトリアが騎乗している鉄馬の名称である。
『ALBATROSS』とは日本語でアホウドリの事。
日本では少々間抜けな名前を持つ鳥だが、その反面、太平洋をノンストップで横断するほどの飛翔能力を持つ大型の海鳥なのだ。
その名を冠する彼女の愛馬もまた、それと同等の長距離航行能力を持っている。
V-maxの心臓である140馬力の1200ccのV型4気筒エンジンを1400ccにボアアップ。
さらに吸気系やツインターボチャージャー、出力アップに伴う駆動系の強化を施した―――というところは、第四次聖杯戦争の折に用意された先代V-maxと同じである。
しかし、今回はその改造の方向性が違っていた。
今回の機体は先代の持っていた爆発的な加速力をある程度犠牲にし、代わりに先代の倍は頑強に駆動系の強化を施した。
当然他の部分の改造もそれにそう様な形で進められ、それによってこの二代目は馬力こそ190馬力、乾燥重量も283kgと先代に劣る。
だがその代わりにオーバートップスピードでの長距離運行性が飛躍的に向上している。
もちろんその心臓には、先代と同じくエンジンを設計した誇り高きエンジニア達の悪ノリとともに、最大の切り札も実装済みだった。
第四次聖杯戦争にて『バイク』というものに殊更の感銘を受けた彼女は、特に理由が無い限りそれを利用しているのだ。
シートに座り、ハーネスに縛られたまま己を“運ぶ”車よりも、車体そのものに跨り、自在に重心を操りながら共に“走る”バイクの方が、より整然の感覚にマッチするということがひとつ。
そして車よりも車体が小さいために細い路地などの走行も可能で、かつ走行中の不意打ちに対応しやすいというバイクの特性も加味しての判断である。
「汗、か……」
その美しい車体に手を置いて、その感触に違和感を覚えた。
タンクから手を離し、掌にかいたそれを見つめる。
奇妙な事だった。
確かに酒を大量に飲んだが、それがこの汗の原因ではないだろう。
これはまるで冷や汗のようではないか。
「…………」
では何がその原因か。普通に考えればダンテだろうか?
確かに人間にしてはとんでもない魔力と、おそらくは高い戦闘能力を持つ男だったが、やったことはただの酒盛り。
そこに殺気や敵意など、含まれては居なかった。
いやそもそも、そんなものでは彼女は汗などかくことはない。
汗の原因はもっと何か別の、言うなれば英霊となってなお残る『ヒト』の根底にある何かが恐怖を感じたような、そんな感触である。
「奴もこの世界に身を置く者。
ならばいずれ、戦場で出会うかもしれない、か」
彼女は確かに戦いを好むが、しかし無意味な闘争を挑む戦闘狂ではない。
それに今の彼女には別の目的があった。
その道程に彼がいるという確立は僅かしかない。だが―――――
「もし出会ったなら、愉しみだ」
自身の持つ直感が告げている。遠からず、あの男と再会すると。
同時に、彼もまた間違いなく剣士であろうと確信していた。
あの時どかしたギターケースの中身は恐らく鉄の塊。
それが剣だったとすれば、あの重さ、あの大きさ、とても人の扱う剣ではない。
脳内に、身の丈ほどもある大剣を振り回すダンテの姿がリアルに描写でき、それが頭に浮かんだと同時に背中を落ちるゾクリとした悪寒も心地よい。
まだ見ぬ好敵手の予感に、彼女は獰猛な肉食獣の表情を浮かべ、彼女もまたダンテが去ったのと同じ方向にバイクを走らせた。
念のために言っておくが、これは間違いなく飲酒運転である。
皆は決して真似をしてはいけない。
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