劉暁波『天安門事件から「08憲章」へ』を読む - 日中のパラドックス
昨夜(10/18)の報道ステーションで、古舘伊知郎は、中国内陸部で続いている反日デモについて次のように説明していた。�，海離妊發枠親�や尖閣が真の動機ではなく、民衆の中の鬱積した政府への不満が捌け口を求めた結果である。��内陸部は沿岸部と較べて貧しく、格差に対する激しい憤懣が内陸部には充満している。��その証拠に豊かな上海や北京ではデモは起きていない。�っ羚馘�局は反日デモの鉾先が体制批判となって政府に向かうのを恐れている。�ト親�デモの背景には強硬派と穏健派の権力闘争がある。テレ朝だけでなく、日本のマスコミ報道による反日デモの解説は上の論調のみであり、別の見方が示された例はない。小泉時代に起きた中国の反日デモについても、日本のマスコミ報道は同じ言説を繰り返していた。本当の原因は日本側にあり、日本の中国に対する外交姿勢が問われているのに、問題をスリ替え、中国側に要因を求め、日本側の問題を遮蔽するのである。責任を中国に転嫁するのだ。前原誠司による火遊びという真相が隠され、日本政府に向くべき国民の目を逸らし、国民世論を中国批判へと扇動している。それではマスコミに訊くが、右翼の反中デモは政府批判ではないのか。政権打倒の意思はないのか。菅政権は、反中デモが全国に拡大することを恐れていないのか。反中デモに参加する者の心理には、格差や生活に対する不満の動機が寸毫もないと言えるのか。
次に上海や深圳で反日デモが起きたら、日本のマスコミはどう説明するのだろう。と言う前に、内陸部の都市よりずっと豊かな香港で、すでに尖閣問題で反日デモは起きているが、香港は沿岸部ではないのか。それとも、香港や台北は特別扱いにするのだろうか。日本のマスコミは、中国の反日デモについて、言論の自由のない共産党支配に中国民衆が不満を爆発させる代償行為だと捉え描くが、であれば、言論の自由のある香港で、いち早く激しい反日デモが起きている現実をどう説明するのか。古舘伊知郎の説明では、鄭州や西安や成都の共産党委員会は保守派で強硬派の幹部が占めていて、彼らが中央委総会での発言力を後方支援させるべく、地元の学生を煽って反日デモを嗾けているのだと言う。とすれば、最も早い時期にデモに及んだ香港は、中国全土の中で最強硬派の共産党幹部が蟠踞する牙城なのか。あまりに出鱈目な中国報道が日本のマスコミ上で素通りしている。テレビに登場する「中国政治に詳しい専門家」なる者の話は、前田恒彦が捜査で描いた構図よりも杜撰なストーリーで、何も根拠のない作り話ばかりではないか。マスコミ論者が得意気に言うところの、軍や党の対日強硬派というのは、具体的に誰を指すのか。彼らが指導部を揺さぶっているという証拠はどこにあるのか。その推測を少しでも証明する事実はどこにあるのか。情報があるのなら出してみろ。
昨日（10/18）、ネットで注文していた劉暁波の本が届いた。予想したとおり、注文殺到で納期が大幅に遅れての配達だった。本の赤い帯の裏面に、「日本の知識人に問う」と題した劉燕子による檄文があった。その内容は下記のとおり。「中国と日本の間でマージナルな立場にある私は考えさせられる。一方で、親中派や左派は、侵略の歴史に後ろめたく、また社会主義国の最後の砦として中国を擁護していて、他方で、右派でも経済優先の人は中国政府の思惑に従うようにしている、と。このように、日本では左派と右派が政治やイデオロギーの違いを超えて中国政府を容認する構造が形成され、中国批判は反中国の右翼というレッテルを貼られるようになっている。そうしたレッテル貼りから脱却し、右であれ、左であれ、隣国の現状を日本の知識人に正視していただきたい」。劉燕子は、『天安門事件から「０８憲章」へ』の訳者であり、日本に在住している。本の帯の表面には「事件の忘却が日中友好ではない」ともある。このメッセージを日本のアカデミーの権威である子安宣邦が序文と結語でエンドースしている。それを読みながら、私は猛烈な否定と反発の衝動が起きるのを止められない。ここにも嘘がある。捏造した構図がある。日本の中に「中国を社会主義国の最後の砦として擁護する左派」など存在しない。それは全くの架空であり虚構の空想図だ。そうした立場が恰も存在するように言い、偽りのコントラストを描き、説得力を偽装し、劉燕子は日本の知識人を反中共へと扇動している。
われわれ日本国民にとって、最も重要なのは日本の平和と民主主義である。そして、中国の共産党支配体制を打倒し、中国を「民主化」しようとする者は、日本においては、日本国憲法を改訂し、核武装をして、中国に軍事的圧力をかけようとする米国と媚米右翼の勢力であり、すなわち、日本の平和と民主主義を破壊する方向に政治を導こうとする者だ。それがファクトでありギブンである。私は中国との戦争を望まないし、日本の核武装を望まない。また、中国の体制崩壊や内乱による四分五裂を望まない。それは日本に禍を齎すだけだ。中国の体制が安定し、一国として平和理に統合され、友好的な日中関係が維持され、相互に理解と交流を深め、東アジア共同体として一つになる方向が望ましい。もし、劉燕子が日本を言論の自由と民主主義が確立した国と考えるのなら、それはあまりに皮相的であるか、あるいは自己欺瞞的な認識と言わざるを得ない。言論の自由はあるが、日本のテレビも新聞も、こうして反中扇動の報道で埋め、中国に対する日本国民の憎悪と反感を煽る一方ではないか。前原誠司の暴走に発端を見る正論はネットの片隅にあるかないかで、言論環境の内実は日本も中国も大差ない。言論はコントロールされ、大衆は洗脳されて理性的な判断ができなくなっている。そういう社会で、中国共産党打倒を言い、中国の反体制派と日本の右翼に呼応することが、政治的に果たしてどういう意味を持つのか、そのことを劉燕子が理解できないはずがない。
われわれの最大の関心事であり、われわれがコミットしなければならないのは、何より日本の民主化であり、日本の景気回復であり、日本人が豊かで幸せになることである。中国の民主化の前に日本の民主化がある。丸山真男が言ったとおり、民主主義は市民の絶えざる民主化運動の中で実質を獲得するものであり、形式と制度は民主主義の一面でしかなく、永久革命としての民主主義こそ本質をなす。特に市民革命の経験のない日本においては、丸山真男の至言は痛切で、権利のために市民が街頭で体を張って闘う韓国の方が日本よりデモクラシーの質は上だろう。そして、底辺の市民として日本人の関心を素直に言えば、日本人の幸福の方が中国人の幸福よりも課題として先なのだ。正直にって、私は劉暁波の言う「自律」をそれほど信用できず、期待を持って見ることができない。鳥越俊太郎は、劉暁波の民主化闘争への支持を言いながらも、共産党独裁が崩れたら中国はバラバラになるだろうと懸念を表明した。こうした危惧は日本では常識であり、共産党政権を反体制派が転覆して権力を握ったとき、劉暁波が言うような中国の「自律」が到来するとは誰も考えてない。混乱と分裂の極になり、流血と簒奪の世界になると予想している。一党独裁だから国家と国民の統合が維持され、社会全体の秩序が均衡されているのだと考えている。良くも悪くも。劉暁波が口をきわめて批判する��小平の路線が、難治の国を治め、民衆の内面を治めている。それが現在の日本人のリアルな中国認識だ。
もう一つ、一人の中国人となって劉暁波の「自律」論を考えたとき、それが、どこまで対外関係の中の中国という問題を意識しているかという点がある。グローバリズムに対する緊張感の問題だ。グローバル時代の現代は、むしろ19世紀以上に国家と国家の利害が衝突し、境界のない中で国益の鬩ぎ合いが行われるリヴァイアサン的な世界のように見える。グローバルスタンダードを標榜し、普遍的基準を言いつつ、実際には巧妙な偽装を施して自国の思惑を押しつけ、自国の利益のために相手の国富や資産を略奪する行為が公然と行われている。戦争という手段を使わない侵略と収奪が行われている。例えば、国際金融のBIS基準だとか格付機関がそうだ。ヘッジファンドとアジア通貨危機がそうだ。プラザ合意と為替差損がそうであり、米国による日本の構造改革が典型的にそうである。米国は日本の寄生虫だ。宇沢弘文の話を聞きながら、ふと頭に思い浮かんだのは、「民族の自由と独立ほど尊いものはない」というホーチミンの言葉だった。ホーチミンによれば、民主主義や市民社会よりも民族の独立の方が至高の選択だというテーゼになる。欧米社会が言う人類の「普遍的価値」以上に、それに先行する価値があるという思想になる。日本には自由と人権はあるが、民族の自由と独立がなく、富を一方的に米国に奪い取られた。中国が現在の経済発展を維持し、生活水準を上げて行くためには、資源の調達を確保しなければならず、蓄積した富を他に盗まれない一国独立の保持が肝要となるだろう。
日本のようになったら終わりだ。中国に忠告するなら、西側が言う「普遍的価値」には十分に注意と警戒をしければならない。価値観の対立という問題に対して、国益を犠牲にするほど神経質になる必要はなく、過度に欧米側に譲歩したら日本の衰退の二の舞になる。日本には民主主義があり、自由な直接選挙があるが、残念ながら、この制度で有能な政治家が選良になることはなく、政策はマスコミと官僚に壟断され、官僚と資本に奉仕する政治家以外は排除される仕組みになっている。真に国家と国民に有用な指導者は、逆に官僚と資本の私益の障害になるため、「世論調査」報道によって、あるいは検察の捜査によって、迫害と抹殺の目に遭うのである。「世論調査」が魔力を持つのは、それが民主主義の多数原理に依拠するからであり、検察権力を絶対視すのは、三権分立と司法の独立を原理的根拠とするからだ。日本はこうして先進国の機能と前提が逆に自縄自縛となり、民主主義の名において衆愚政治を容認し、国家の腐蝕と没落に歯止めがかけられなくなっている。国富と国益を失うままに任せている。そして、国民は心の底で救済を願い、強力なリーダーの出現を待望しているのである。ここに日本と中国のパラドックスがある。胡錦濤は誰が見ても優秀な指導者で、中国の国益によく貢献しているが、自由な国民の直接選挙で選ばれたわけではない。日本では、マスコミが「世論調査」で高支持率を出す人間しかリーダーになれない。それは、官僚と資本と米国が選び、不要になったらマスコミに叩かせて支持率を下げて捨てる。この10年間、中国共産党の独裁の論理の方が、日本の官僚と資本の私益追求の論理よりも、指導者選びに成功し国家経営に成功しているのは間違いない。
