ニコラ・ショーバンはナポレオン戦争などで17度も戦傷を負ったとされる仏陸軍の兵士である。しかし彼が歴史に名を残したのはその武勇のゆえではない。ナポレオンの没落後も彼を賛美して、熱狂的な愛国主義を説き続けたからだ▲以来、排外的な愛国熱を「ショービニズム」と呼ぶようになる。彼の実在を疑う声もあるが、ナポレオンの栄光が過ぎ去った時代の多くの芝居に好戦的で愛国熱を鼓吹するキャラクターとして登場し、嘲笑(ちょうしょう)の的になった▲さて尖閣諸島の漁船衝突事件をめぐる日中間のあつれきが修復局面に入ったと思われていたところで続発した中国内陸部諸都市での反日デモだった。その規模も参加者数万人と、この間のデモとはケタ違いに多い。一部は暴徒化して日系スーパーなどでの被害も出た▲若者の動員は大学の学生会がかねて準備していたとの情報もある。「打倒小日本」などショービニズムをあおるスローガンも目立つが、大規模デモの同時発生は当局の関与を疑わせた。はて背景にどんな力学が働いたのか▲一見、外国に反発を示すショービニズムだが、実はもっぱら「売国」などの毒々しい扇動で国内の政敵をおとしめる手段に利用されるのは世の常である。またそれが民衆の日常の不満を、誰も統御できぬ引火性のガスに変える怖さも責任ある指導者なら知っていよう▲グローバルな相互依存が強まる今、ショービニズムの鼓吹が天につばする所業なのは、21世紀の大国を自任する国の若者なら理解せねばならない。周回遅れのショーバンたちに振り回されるような政治では、諸国民の尊敬を集められるはずもない。
毎日新聞 2010年10月19日 0時12分
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