褐色の舞い手


<オープニング>


「夏休みが終わってしまう……」
 現れた運命予報士の第一声はそれだった。
「いや失礼、今年こそは魅力的な恋人をゲットしようと思ったのだがね」
 おそらく残念な結果に終わったのだろう。
「むろん、こんな愚痴を聞いて貰う為に君達を呼び寄せた訳ではない」
 予報士は廃村に立つ朽ちた社の裏に強力な残留思念の存在を関知したと能力者達に告げる。正確な思念の場所は社の裏に一本だけ生えた楓の根本。
「放置することは出来ないので君達にこの思念を解放してやって欲しくてね」
 つまり、ゴーストと化して大変なことになる前に手を打っておくと言うことなのだろう。残留思念は詠唱銀を振りかければゴーストと化す。思念をゴースト化させたら後は倒してしまえばいい。
「人気もない廃村なので特に気をつけるべき点もゴースト達以外にはない」
 分かり易く単純ではあるが、故に手強い相手であるのだろう。
「思念から生まれるゴーストは、褐色の肌をした美女の地縛霊と燃えるような赤い羽根を持つ鳥妖獣が8体となる」
 地縛霊は状態異常を浄化し攻撃力を引き上げる20m全周囲回復と20m全周囲魅了の状態異常攻撃をもつ援護型、妖獣達は魔炎付き近接範囲攻撃を持つ攻撃型のゴーストだと予報士は説明した。
「地縛霊の技はどちらも舞でね。さしずめ、褐色の舞い手というところかな」
 そして妖獣達は地縛霊の援護を受けつつ宙を舞い、能力者達へ爪と嘴を向けてくる。
「もっとも、宙を舞うと言っても近接攻撃の届かない高さまでは飛ぶことが出来ないようでね」
 一方的に攻撃されると言うことだけはないらしい。
「いくら美女でも地縛霊では有り難くないのだがね……それはさておき、相手の戦闘力はかなりのものだ」
 油断すべきではないだろうと予報士は言葉を続け、よろしく頼むよと出発する能力者達の背へ声をかけた。
 

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参加者
神威・空(終焉を告げる黒龍・b02606)
乾・蒼耶(高校生青龍拳士・b04792)
エミル・サージュ(闇色の響剣・b15871)
月影・静流(夜魔の狩り手・b15962)
久保田・静月(寂夜静月・b22799)
小蓋・裕太(アルバイター魔剣士・b30251)
新條・守人(空の彼方・b30725)
国見・眞由螺(誓約者・b32672)
棗・レナ(月蜉蝣・b34317)
日向・紗輝(またお前か・b38948)



<リプレイ>

●季節は秋へと
「……夏休みが終わる? ……あれ、じゃあ俺はどうすれば」
 愕然とか呆然とか、新條・守人(空の彼方・b30725)は我を忘れ立ちすくんでいた。
「……いや、まぁ現実逃避は後にしとくか……」
 仲間達に置いて行かれそうにならなかったらもう少し現実逃避を続けていたかも知れない。
「社にて紅蓮の鳥と舞う褐色の女性、ですか」
 朽ち、廃墟と化した建物が点在する廃村の中を歩きながら乾・蒼耶(高校生青龍拳士・b04792)は顎にあてた手を離しながら何気なく視線を横に動かした。目に飛び込んできた石造りの鳥居は材質の為か建物ほど痛んで居らず、ただ誰も居なくなった村を寂しげに見下ろしている。
「廃村の何か伝統的な舞いの舞い手なのか巫女か何かなのか」
(「すごくローカルな、今は廃れてしまった、踊りを奉納するような信仰の残り火とか、そんなのなんでしょうか」)
 呟いたエミル・サージュ(闇色の響剣・b15871)を見ながら、棗・レナ(月蜉蝣・b34317)は首を傾げた。鳥居は段々と近づいて、社や鳥居の元へと続く石段も見えてきた。数分後、能力者達は十数段の石段を登り始める。
「赤い羽根の鳥、ゴーストでなければさぞ綺麗に映るんだろうね。わたしにはただ禍々しいだけだけど」
 石段の最上段まで登り、日向・紗輝(またお前か・b38948)はサングラスを手に境内を見回した。
「どれだけ美しかろうとゴーストはゴースト」
「いかなる所以があったかは分かりませんが、残留思念を看過する訳には行きませんね」
 国見・眞由螺(誓約者・b32672)の言葉に先を察したのか、既に詠唱兵器に身を包んでいた久保田・静月(寂夜静月・b22799)は言葉を紡ぎ、頷いてみせる。
「強力ですが、このまま放置して大きな禍になる前に確り倒しておきたいところですの」
 月影・静流(夜魔の狩り手・b15962)もまた、眞由螺達の言葉に頷き、舞でしたらシャロンちゃんの舞の方が素敵ですわ、とこぼした。
「さて、強敵のようだが……」
 言葉を一端句切ってから神威・空(終焉を告げる黒龍・b02606)はやれるだけやるさと続け、陣形を展開すべく移動を開始する。
「裕さんは、浄化の風での味方の状態回復を至上の目的として動いていただけますか?」
 小蓋・裕太(アルバイター魔剣士・b30251)もまた、移動をしていた。移動しながら応援に呼んだ風早・裕(地を薙ぐ風・b00009)へ援護を依頼する。
「シャロンちゃんも味方が状態異常になったら即座に赦しの舞で……」
「「イグニッション!」」
 同じく応援で呼ばれたシャロン・クラスト(木漏れ日に舞う舞闘拳士・b16103)もちょうど指示を受けているところだった。頃合いと見たのか起動する仲間の声が打ち合わせに混ざり境内の静寂を奪い去る。
「さて、みんな無事に帰るためにも頑張っていきましょう」
 裕太の声を耳にしながら複数の能力者が進み出た。思念がある楓の木へ向けて。
「彼女達をその苦痛から解き放ちましょう。僕にはそれしか出来る事はないのですから」
 見守る蒼耶は寂しげに微笑した。間もなく戦いは始まるのだろう。楓の根元へ詠唱銀が降った。ゴーストを生み出すべく、想いと向き合うべく。

●舞台の幕開け
「貴方達の業、刈り取らせて貰うわよ」
「此方も柔ではない。思念を残すほどの舞いを存分にしたまえ」
 静流が言い放ち、エミルは一礼して剣を構えた。ゴーストが誕生し戦いの幕が開ける。
「魔蝕の霧よ」
 息のあった動きで四人が動いた。生み出された霧が周囲を覆い、ドリンク剤を嚥下する音を聞いたのは瓶を手にした紗輝のみだろう。霧を切り裂いて飛んだ符が、微かに身体を傾けた地縛霊にかわされる。レナが展開した魔法陣越しに見たのは、回避の動作から舞へと動きを繋げる地縛霊の姿。
「キュェェッ」
 霧に蝕まれ、まるで重りでもつけたかのような精彩を欠く動きで翼を羽ばたかせていた妖獣の一体が、翼の負荷を取り除かれたように羽根の動きを加速させる。羽根に輝きが宿ったところを見れば、地縛霊が舞ったのは強化も兼ねた浄化の舞。
「キィッ」
 仲間のうち三分の一が動きに精彩を欠くが妖獣達は構わず、能力者達へと襲いかかる。
「この程度の攻撃、当たりはせぬ!」
 身をかがめた眞由螺の上を幾度か爪や嘴が通り過ぎた。うまく連続回避できたのは防具との相性にも助けられたのだろう。
「空をも貫け、我が漆黒の刃よ!」
 かわし様に標的が伸ばした影の腕へ捉えられ、妖獣は空中でバランスを崩した。
「邪魔させて頂こう」
「協力します」
 水も洩らさぬ連携、とでも言うのか。裕太達の飛ばした糸が立て直そうとした妖獣の身体に絡み付き、他の妖獣達共々動きを封じて行く。正に檻。大きな編み目から幸運にも抜け出せたのは地縛霊を入れても3体のゴーストのみ。空を飛ぶ妖獣達の速さで後手に回りはしたが、大半の動きは封じた。
「1匹ずつ確実にだな」
 旋剣の構えが風を切り、だめ押しになりそこねた符が地縛霊に避けられる姿を守人は見た。
「堕ちろ……!!」
「キィッ」
 空の言葉通り、繰り出された連続の回し蹴りに弱っていた妖獣が地へたたき落とされ、地面と抱擁を余儀なくされる。ただ、力尽きはしなかったかすぐに飛び上がり宙に浮いたが。敵味方共に脱落者、なし。もっとも、清らかな風と祈りを込めた舞が能力者達数人の身を包んでいた炎を消したのに対して、妖獣達は未だに霧と糸のもたらした状況から抜け出せていなかったが。
「これでどうだ」
「終わりです」
 再度放たれた符が今度こそ地縛霊を捉えて地縛霊を深い眠りの縁へ引き込み、言葉と共に放たれた魔弾が先ほどたたき落とされた妖獣を撃ち墜とす。
「邪魔だね」
 紗輝の放った水流の刃が地でもがく妖獣に突き刺されば、二度痙攣して妖獣は息絶え、骸は輪郭をぼやけさせ消え始める。何にせよこれで1体。痺れと霧の効果を消そうと舞を踊るつもりであったろう地縛霊を眠らせることが出来たのはここでは大きかった。
「キュェェッ」
 自力で縛めから抜け出した2体を含めても襲い来る妖獣は3体。周囲の敵を薙ぐように急降下から閃した嘴や爪も大きな被害をもたらすには数が不足していた。二人の能力者を炎に包んだが、ただそれまで。能力者達の攻撃は再開される。

●何を想って
「く……護って見せます……!!」
「……切り込みすぎるのはまずい、加勢するな」
 襲い来た妖獣3体のうち1体を影の腕が引き裂き、別方向から伸びた影の腕追い打ちをかける。妖獣はまだまだ複数が生存していたが、マヒの影響で3体が突出する形となっていた。詠唱銀を振りまいた能力者達も後退した為、戦場の能力者側から見て奥には動きを封じられた複数のゴーストがただ無為に時を過ごしていた。幸運に助けられながらも、ゴースト達を戦力分断した能力者達は今のところ優位に事を運んでいる。
「これでトドメです」
「これで終わりだ!」
 蒼耶の蹴撃が毒に弱った妖獣へ連続で叩き込まれ、宙に舞った妖獣を拾い上げた影の腕が真っ二つに引き裂いて、バラバラになった骸は消滅しながら地へ落ちて行く。妖獣達は速さにこそ長けているようだが、それ故にか力任せの攻撃には極端に弱いようだった。
「これで3体目かな」
 衝撃波が敵陣を一直線に突き抜け数体の妖獣を巻き込んで何処かへ消え、飛来した水流の刃は直撃を受けた妖獣の首を飛ばしてやはり何処かへ飛び去った。
「静月クン、あれを狙うわよ」
「わかりました」
 動いたのは紗輝とほぼ同時、三人の息はピッタリと合っていた。かけた声と共に繰り出した蒼月華の切っ先が霧のレンズの中に埋没し、飛翔し標的へ到達せんとするブレードビットに紛れるようにして妖獣へと襲いかかる。
「キィッ」
 刃の共演に突かれ斬られて妖獣の羽根が舞った。仕留めるには至らぬまでもそれなりの痛手は負い、苦痛からか妖獣が鳴く。まるで鳴き声に起こされたかのように地縛霊が顔を上げたが、おそらくは偶然だろう。鎖に繋がれた褐色の舞い手は舞い始める。
「マヒを解かれてしまいましたね」
 これによって動きを封じられていた妖獣の半数が戦線へと復帰を果たした。もっとも、回復に追われて魅了の舞を舞えない状況であるのは地縛霊にとっても不本意な状況なのかも知れないが。
「キュェェッ」
 妖獣は再度襲い来る。先ほど数体を撃ち散らされたせいで皮肉にも攻勢の威力はほとんど変わらなかったが。倍する数に相性の悪い能力者が攻められていれば苦戦は免れなかっただろう。
「させませんよ」
「もう少し魅了で無い方の舞を干渉させて頂こうか」
 攻撃の直後の隙を突くように覆い被さってきた糸の檻が妖獣へ絡みつく。後方では味方を焼く炎を消す為能力者が舞い、この分では地縛霊もまた浄化の舞を舞わざるを得ず。計らずしも両陣営の後方は舞の舞台と化していた。
「この分だと撤退は視野に入れなくてもよさそうかな」
 呟く能力者の視界で影の腕に引き裂かれた妖獣が地に落ちて消滅する。妖獣達は数を減じて行った。気がつけば、最初の4分の1まで妖獣の数は減じ、内1体はまだ身体の痺れから復帰できずにいる。
「これは……」
 そして地縛霊は戦法を変えた。
「その程度の舞、我らが巫女の舞には到底及ばぬわ!」
 魅了の舞、何処かもの悲しく思わず惹きつけられるような舞に数名の顔つきが変わる。
「キュェェッ」
 魅了攻撃がもたらした動揺と陣形の乱れにつけ込むように再度妖獣が攻撃を繰り出した。
「この程度で、倒れはせぬ!」
 が、ただの1体ではむしろ魅了された仲間の方が脅威だっただろう。もちろん、もっと早く地縛霊が魅了の舞を舞っていれば。舞から暫し後、清らかな風がにあたり吹いて能力者達を正気に戻して行く。
「そろそろ見飽きたんでな……」
 獣のオーラを込めた空の一撃が妖獣をたたき落とし、飛来した水の刃が地に縫いつけてトドメを刺した。
「出来れば歪んでいなかった時の『舞』を見てみたかったものですね」
 蒼耶の呟きと共に飛んだ符が張り付いて、地縛霊の意識は再度途切れる。
「これで……終焉だ」
 眠りの淵に落とされた地縛霊が再度目覚めた頃には頼みとすべき妖獣の姿は何処にもなく、起きたのも自分の力ではなく外部からの衝撃によってだった。
「舞台はそろそろ幕かい?」
「そうね」
「……では」
 連携によって繰り出される攻撃に地縛霊は舞った。自身の舞ではなく他者に強要された舞。斬られ、引き裂かれ、貫かれ。それでも舞い手の意地とでも言うのか。舞の動作の一つであるかのように自然な動きで地縛霊は崩れ落ち、光の粒と化して霧散した。

●舞は終わって
「こんな所で迷ってちゃダメよ。自分の居場所へお逝きなさい」
「もう舞う必要などない。ゆっくり眠ればいいさ」
 戦いも終わり、静流と空はそれぞれ楓の根元へと声をかけた。少し前までそこには想いがあった。今はもう何もなかったが。
「なんで、この村から人がいなくなってしまったんでしょうね」
 レナは廃村を眺め、小さく息をもらす。不意にわき起こる郷愁の念に視線は自然と帰路を向いた。
「いったい何に」
「帰る前にでも暇つぶしに近くの図書館にでも寄ってみるかね」
「……いえ、知ってもどうしようもないですし」
 思念と化していた想いの理由が気になっていたのか、思わず呟いた蒼耶は一緒に来るかなというエミルの言葉に首を横に振りながら答える。
「終わりましたね……帰りましょうか」
 静月はただ淡々と言葉を紡いだ。実際、ゴースト達を倒した以上、この廃村にとどまる理由はない。
「はー……夏休みが終わる……。俺はどうすれば……」
 それは現実逃避を再開した守人にとっても同じで。撤収に気がつかず我に返って慌てて追いかける羽目に陥るのだが、この時点では仲間達が境内から立ち去りつつあることに気づいては居ない。
「俺はどうすれば……」
 楓の木は答えない。ただ、風に梢を揺らすだけだった。
 


マスター:聖山葵 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2008/09/06
得票数:カッコいい18 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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