「熊(くま)を殺すと雨が降る」は秋田マタギの言い伝えという。それを題名とした遠藤ケイさんの本(ちくま文庫)によると、山の神が聖なる山を血で汚したことを怒って雨や雪を降らすという意味だ。古老は「山の神の血洗い」と呼ぶそうだ▲だがこれには別の解釈もあった。大雨の降る前にはクマも食いだめをしようと歩き回るために猟師に出合うことが多くなるというのである。自然への畏怖(いふ)と、自然の中で生き抜くための合理主義と、山に暮らした人々の対照的な心情を共に表す言い伝えといえそうだ▲それでは山の神のいかなる機嫌のゆえなのか。今年は各地で人里へのクマの出没が近年になく多いという。そんな中、福井県で看護師にケガをさせて介護施設に入り込んだクマのニュースに驚いていたら、山形県では2人を襲ったクマが中学校の校舎内で射殺された▲他にも富山県や新潟県、長野県などで前年を大きく上回る目撃例が記録され、人にケガをさせるケースも相次いでいる。人里への出現が増えたのは、春先の低温や夏の猛暑によるドングリの不作や、好物のクロスズメバチの減少など、山中のエサ不足のせいのようだ▲気になるのは、ドングリをつける山中のミズナラを集団枯死させてきた「ナラ枯れ」の影響である。小さな甲虫が運ぶ病原菌で起こるこのナラ枯れは、本州の日本海側から各地に急拡大している。人間による里山放棄や地球温暖化も一因といわれる山林の荒廃である▲はてさて、人里に次々に現れるクマたちは、山中の生態系のどんな異変を知らせに来たのだろう。ここは山の神からの伝言に謙虚に耳を傾けねばならない。
毎日新聞 2010年10月15日 東京朝刊
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