事の経緯はこうだ。この企業の前年度の監査報酬は3600万円。ところが当初、これを5000万円に引き上げたいと新日本が打診してきた。あわてた同社の担当者が別の中堅監査法人に見積もりを依頼したところ、この法人が3000万円を提示。焦った新日本は夜遅くになって同社を訪問し、今度は2700万円まで引き下げるといってきたのだ。
これには企業の担当者も「最初の高額提示はいったい何だったのか」と呆れるほかなかった。結局この企業は、新日本への不信感を募らせ、別の監査法人に監査人を変更している。
こうした引きとめもさることながら、なりふり構わぬダンピングで顧客を獲得している例も目につく。たとえばオリンパスは、監査報酬を4億0700万円から2億2500万円へとおよそ半減させてあずさから奪い取るなど、監査報酬を引き下げて得た顧客は枚挙にいとまがない。
そもそも日本における監査報酬は、米国の半分以下。09年3月期に導入された内部統制をきっかけに多少は上がったものの、それでも監査報酬の引き上げは監査法人にとって共通の悲願であった。
そうしたなかで、リーディングファームであるはずの新日本によるダンピングとあって、顧客企業に限らず業界内でも「何を考えているのか」(別の大手関係者)とブーイングの嵐が巻き起こった。
採用減にダンピングと、新日本がちぐはぐな行動に出ているのは、これまでの過剰採用のツケが回ってきたという事情がある。06年から08年にかけて、なんと毎年500~700人もの試験合格者を採用し続けたのである。
それも会計士の増員という本来の目的ではなく、上場企業の内部統制導入を控え、足りない要員を新人で補填しようとしたにすぎなかった。初任給を引き上げ、接待までして新人獲得に奔走した。
新人の年収は約600万円。その他経費も含めると、3年間で採用した新人の人件費だけで固定費は約170億円、売上高に当たる業務収入(約1000億円)の17%にも及ぶ。
加えて、07年に解散し新日本が承継した旧みすず監査法人出身の会計士の存在も重くのしかかる。
新日本は旧みすずに所属していた会計士のうち、約半数の1000人強の雇用を引き受けた。その過程で、高額な監査報酬が見込めるトヨタ自動車、ソニー、旭化成といった大型クライアントまであらたに奪われてしまう始末。「これが失敗の元だった」と、ある新日本の社員は振り返る。
それどころか、新日本は訴訟リスクの高まりを受けて、このタイミングで継続企業の前提に疑義の注記が付された企業を中心に契約を大量に破棄していった。そのため今では「仕事がない会計士が溢れている」(関係者)状況で、揚げ句の果てには社員に1000万円の新規売り上げ目標を設定、自ら監査を断った企業にもせっせと足を運び、再び営業をかけている。