ついにと言うかやっぱりと言うか、バンダイが携帯ゲーム機「ワンダースワン」から
事実上の撤退を発表。モノクロ液晶画面に代表される当初のシンプルなコンセプトは「ワンダースワンカラー」の登場によって崩れ去り、続いて「ワンダークリスタル」ではTFT液晶を採用したが、圧倒的なシェアを誇る
ゲームボーイと同じ土俵で戦えるはずもなく、あえなく終了と相成った訳だ。結局、勝負する方向が全然間違っていたのだと思う。高機能で複雑化したゲーム機(ゲームソフト)に辟易している層は間違いなくあるんだから、シンプルなハード&ソフト路線で行けばまだ活路はあったろうに・・・「カラー」が出た時点でこりゃダメだと思ったけどね。
久しぶりに吉祥寺ロンロン地下の食堂街に行ったら、いつの間にか一人でも入りやすい店が増えていた。新宿や渋谷に比べて食事ができる店の多い吉祥寺ではあるのだが、一人で気軽に入れる店は案外と少ない。下北沢並に一人暮らし人口が多い街だと思うんだけどなあ・・・なのでちょっぴり嬉しかったりする。今日はトンカツ和幸の系列の店で豚丼を食す。カツ丼じゃなくて豚丼。結構イケルるかも。夕食時なのに何故か空いているってのも良い(笑)。
僕は言葉による意思の疎通をあまり信じてはいない。その人が思っていることやイメージしていることを伝える手法としての言葉はあまりにも頼り無いと思うからだ。それが証拠に「結局のところこの人は何が言いたいんだろう」と感じることが少なくない。人が言ってることが分からないんだから、僕の言ってることも正確に伝わっていないことも多々あるのだろう。いつも「この人には僕の言ってる事がどこまで伝わっているのだろう?」という疑念を抱いてしまう。
かと言って言葉を使わない訳にはいかないので、できるだけ相手がイメージしやすい言葉を選ぶことを心掛けているつもりだ。例えば何かを決めるときには「この件はどう対応しましょう?」ではなくて「この件はこうしようと思うんですがどうでしょう?」みたいにYESかNOで答えられるような質問の仕方をする。少なくとも「YESだけどこの部分はこうしよう」とか「ここがこうだからNO」って感じで、お互いのイメージを共有するためのきっかけを作るわけだ。
ところがこういう質問の仕方をしているにも係わらず「いや、自分はこう思う」ってな主張だけで終わってしまう人がなんと多いことか。ここが良いとか悪いとか言わずに、思ってることを吐き出しちゃうだけで完結しちゃうのである。議論にならないと言うか、意見をまとめようとしているのに妥協点を探ろうとせず、それしか答えが無いって思いこんじゃってるタイプ。思いこむのは別に良いんだけど、それがどういう理由なのかをキチンと説明できない人が多いんだよねえ。もちろん、自分にも反省すべき点は多々あるのだが・・・。
自分の思っていることを如何に整理して、如何に相手に伝えるかってのが重要なのだ。思いが相手に伝わらなければ何の意味もない。それがどんなに真に迫ったものであっても、である。自分の思ってる事があまりに伝わらなくて愕然とすることもあるし、信じられないぐらいに的外れな答えが返ってきてハットリ君のようにズコッとなるときもある。難しいねえ・・・でも一番大事なのはお互いが思っていることを理解するためにお互いが必死に努力することなんだけどね。それ無くしてはいくら頑張っても何も伝わらない。
今では伝説になっているのだが、世界有数の頭脳集団を抱えていたかつてのパロアルト研究所では、頻繁に使われるジョークに番号が付いていて「おいおい、それじゃあまるで231番だよ」みたいな会話が成立していたという。3$l<+BN$,%8%g!<%/$N$h$&$JOC$J$N$@$,!"%$%a!<%86&M-$N5f6K$N7A$H$$$&E@$G$O$H$F$b%m%8%+%k$G6=L#?<$$$J$H$O;W$C$?!#%k!<%k$rCN$i$J$$?M$OA4$/2qOC$KF~$l$J$$$H$$$&Bg$-$J7gE@$O$"$k$s$@$1$I$M!#
イメージの伝達という面では「音楽」の方がよっぽど優れた手段だと思う。歌い方にしろ演奏にしろ作曲にしろ「こうしたいからこうなる」ってのがとても明確だ。だから音楽が好きだってのあるのだけれど、イメージの伝わらない音楽ほどつまらないものは無いってのもホント。さて、この文章の言いたいことは上手く伝わっただろうか?。