今年、特に目に付くのは工事中のビルでもイルミネーションを実施しているケースだ。我が家のベランダから何棟かの工事中の高層マンションが見えるのだが、そのどれもが何かしらの電飾を行っている。さすがに工事中なのでほんのささやかな飾り付けなのだけれど、クレーンから大きな星形の電飾を吊り下げたりとか、近隣へのちょっとした心遣いなのだろうね。これも別段、悪い気はしないものだ。
昨日からウチの隣の工事中ビルも電飾を始めたのだが、これがちょっと。・・・ダサい。ダサ過ぎるのだ。センスの欠片もない。古色蒼然としたロープ状の電飾が何本かぶら下がってるだけの、裸電球っぽいと言うか、木下大サーカス風と言うか、デパートの屋上風と言うか、なんなのこれ?。我が家のリビングのソファーに座っていると、ベランダ越しにこの「昭和風クリスマスツリー」がバッチリ視界に入ってくるのだ。過剰なイルミネーションも考えものである。
今日のYouTube。エリカ様もご覧になったLed Zeppelin再結成コンサート。思ってたより出来は悪く無いんだけど、キーを下げてるのがやっぱり気持ち悪い。ジミー・ペイジが「バック・トゥー・ザ・フューチャー」の博士みたいになってる(苦笑)。
当然、例の件(11/23の記事を参照の事)について激しくツッコミがあるだろう事を予測して(覚悟して)会に臨んだ訳だが、なんかこう・・・予想よりは激しく無かったというか、少しずつ答えを導き出される感じというか、ジワジワ攻め入ってくるというか、イメージしてたのとは少し違ったかな。こういう時は女性の方が割にハッキリと的確に質問のツボを付いてくるのである。まあ、こっ恥ずかしいやね。
ありがたかったのは、ウチの会社を退社した同期や後輩、書記さん、派遣さんなど、懐かしい顔が沢山揃っていたこと。当然、近況報告や昔話に花が咲く。おまけに隣の部の後輩からも正式に結婚の発表があったりして、イイ感じに話題が拡散してくれて個人的には少し助かったのかも(苦笑)。なんか物凄く盛り上がってた記憶はあるのだが、いろいろな話題が入り乱れていて、内容はあんまり覚えていないのであった。取りあえず、いろいろ質問されて、それに答えての繰り返しだったような気がする。いやはや、個人的にはやっと皆に発表できたってのがとても大きかった。なんかもう、ずーっと隠し事してるみたいで辛かったのさ。いや〜心底スッキリした。またひとつ、肩の荷が下りた感じ。
あっという間に一次会が終了。店のエレベータを降りて外に出ると、後輩たちが2列で向き合って、相互に腕を渡し会った状態で待っている。つまり「人間ハンモック」状態であって、ここへ真っすぐスーパーマンの様に飛び込め!と言う事だ。こういうシーンでの胴上げとか、スカイハイとかを目撃した事は多々あるのだが、自分がその洗礼を受ける立場になって初めて分かったのは、飛び込むのは嫌じゃないんだけど、それを受け取る人間が全員酔っぱらってる、という当たり前の事実なのであった(笑)。意を決して水泳の飛び込みよろしく、後輩たちの腕の網へジャーンプ!。そしてそのまま、大井町の夜の空に高く、フワリと宙を舞う僕なのであった。アスファルトが遠ざかったり、面前まで近付いてきたりの繰り返しはやっぱコワかった。でも嬉しい。
二次会は近所の居酒屋へ。一次会の時間が限られていた事もあってか、ほぼ全員がそのまま二次会へ移行。席はすんげーギューギュー詰め。でも、この短時間でこれだけの場所を段取ってきた後輩には感謝だ。これと同じ動きは僕には絶対にできないよ。尊敬に値する。みんな、程よ良くイイ感じに酔っぱらってきたところで、普段はなかなか話す機会のない、日常の関係性に纏わる深い話に浸る。いろいろ、気付かされる事も多かったし、改めて再確認させられることもあったりで、こちらもやはり楽しかった。普段の日常でも、もっといろいろと話せる機会を作らなきゃとは思ってるんだけどねぇ。これはここ最近の僕のテーマでもある。でもさ、突然やってきて馴れ馴れしく肩に手を回しながら「**ちゃ〜ん、最近どうなのよぉ?」とかいう芸当は僕にはできんのだな。何か違うアプローチを模索しなくては。
宴もたけなわ、夜も更けて来ると一人帰り、二人帰り(一人潰れ、二人潰れ)と進行していくうち、いよいよ終電が行ってしまう時刻に。この時点で朝までコースが確定。もっとも、今日ばっかりは帰れないだろうなという覚悟で臨んでいた訳だが(苦笑)。三次会は近所のカラオケへ。皆、ここぞとばかりにお祝いの歌を披露してくれるのであった。その殆どは僕の知らない最近のアーチストの曲ばかりだったのだが、でもその気持ちが嬉しかった。次々に繰り出される幸せな楽曲群に乗せて、大きくて温かくて安心できる何かが僕の中に送り届けられたような気持ちになった。本当に嬉しかった。僕は僕が思っている以上に、ここに存在することを許されているのかも知れない。本当にありがたい。ただただ感謝である。
実際、一昔前の日本はそのイメージ通りだったのかも知れない。いや、でも父親の仕事っぷりを今になって思い返すと、そうでも無かったのかも。とにかく、僕が社会に出て知ったのは、サラリーマンでさえ競争社会であり、勝ち抜く事を否応無しに求められる世界であったということだ。誰も彼もをバッタバッタと切り倒す、という感じでは無いのだけれど、少なくとも「自分を如何にスキルアップさせるか」という大命題を、好むと好まざるに関わらず、半ば強制的に突きつけられるという状況がここにはあったのだ。本屋に行けば、如何に成功するかとか、如何に自分の潜在能力を引き出すかとか、如何に仕事ができるようになるかとか、そんな自己啓発系の本が山積みである。
困った事に、僕はそういう事に興味が無い上に「勝負が嫌い」なのである。能力なんてアップしたくないし、潜在能力を引き出したく無いし、成功もしたくない。皆、そんなに成功したいんだろうか?。僕には理解できない。成功って何だ?。僕はただただ、心安らかに平和で安心できる日々を送りたいだけなのだ。サラリーマンってのが、勝負を避けられない職業なんだなと気が付いたのは、そんなに昔の話ではない。勝負の世界に向いていないという事を、ここまでロジカルに自分で説明できる事自体、もう終わっているような気がする。この業界にメンタルな疾患が多いのは、こういう理由なんだと思う。「スキルアップ」を強制されるときに伴う、そこに乗り遅れた場合を想像したときの「恐怖感」なんだろうね。この世の中があらゆる「恐怖心」によって支配されている構造は、マイケル・ムーアが映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」で提示したテーマと同じである。
そんな中、深く思考すると崩壊してしまいそうな気がするので、あまり深く考えない生き方が身に付いてくる。というか動物的な防御本能かしら?。そうやって日々、目の前に提示される様々な事柄を近視眼的に淡々と片付けて行く作業が、ひょっとしたら一生続いて行くのかも。その道程の跡に、何かが残っているだろうか?。分からんねえ。分からん。
別に落ち込んでいる訳じゃないのでご心配なく。念のため。どんどん鈍感になっていく自分を、少し自虐的に憂いているだけなので(苦笑)。
「頭をスッキリさせる方法」繋がりで、今年に入ってからGTDを実践してみている。 大袈裟にその効能を述べるつもりは全く無くて、ちょっとだけ工夫したToDoリストという感じなんだけど、やりたい事ややんなきゃいけない事を仕事もプライベートも総ざらいしてリスト化しておくことで、あれもやんなきゃ!これもやんなきゃ!ああああああっ(と頭を抱える)・・・ってな事は少なくなったし、当たり前のように備忘録になるし、なにより日々タスクか少しずつ片付いて行く様を眺めているのは精神衛生上、非常に良いんじゃないかと思う。少し面白くもある。ちょっとゲーム感覚に近い。そう、人生なんてゲームみたいなもんさ。人生ゲーム・・・まんまだな。
前にもダラダラと書いたけれど、自分のありとあらゆる能力が少しずつ確実に退化していくのが分かるのね。もう、ちょっとやそっとの物忘れでは驚かなくなったもの。そこは別に悲しくは無い。これからもっと衰えて行くんだし。ただ、例えば何かこう目に見えないパワーみたいなものを外部にガンガン発信しているような、力量のある後輩とかと突っ込んだ議論になった時なんかに、まだ負ける気はしないんだけど、着いて行けなくなる恐怖ってのかな?、分からなくなって着いて行けないんじゃ無くて、気力的な持続力という点で、何かがこうポッキリと折れてしまうんじゃないかという感覚に陥ることがある。例えば「そんな青臭い議論に付き合ってらんないよ!」みたいな簡単な結論に逃げてしまうと楽だなあ、という考えが一瞬でも頭を過ってしまう自分、って存在。
若い頃に思った「こういう大人にはなりたくない」というイメージがあって、一方「早く一人前の大人になりたい」という思いがあって、そこにある「大人」とは「なりたくない」ものであると同時に「早くなりたい」ものでもあるというジレンマ。文章で書くと非常にサリンジャー的になってしまうんだけれど、結局のところ「自分のなりたい自分」をずっと考えて行くこと自体が、生きて行く理由だったりするのかなあと思ったり。体制側にも反体制側にも加わりたく無い、という宙ぶらりんな感じ。
とどのつまり、こういう思考を延々と繰り返して、最後には「考えたってしようがない」とか「日々の流れに身を任せれば、自ずと答えは出てくる」みたいな玉虫色の結論にしてしまって、今日も眠りに着くのである。そういう事を考えさせられた一日。
てな事を思いつつ、飲み会は非常に濃密で楽しい時間を過ごす事ができた。いや、楽しかったっす。後輩と話す時ってどうしても「僕はこうなんだ」って話し方になる傾向があるような気がして、それがお押し付けがましかったり、自慢話っぽくならないように気を付けてはいるんだけど、実はこれって思い込みに対する思い込みだったりするのかしらん。考えんのよそう。
僕はオーディオ・マニアではないので、それほど音質に拘る方では無いのだが、リマスタリングされる前と後では、僕でもハッキリと分かるぐらいにサウンドに差が出てくるのだ。もう少し言えば、CD買ったと思ったらその翌月にリマスタCDが出ちゃった、ってのはメチャ悔しいのだ。なので、この冨田の「惑星」も、そのうち出るだろうと辛抱強く、ずーっと待ってたのだ。待てば海路の日和あり。
レッド・ツェッペリンのDVD「狂熱のライヴ」もリリースされてるし、サントラのCDも出てる。「ブレードランナー」も出てるな。これ、デッカいテレビで観たいなあ。ここ数日はビートルズの「ヘルプ!」を買おうかどうか迷っている。年末はいろいろと物入りになりそうな予感がする。
しかし、今更ではあるのだが、そしてこれまでにも何度も思ったのだが、ポールのソロ・キャリアの作品群ってのは、クオリティーがどうこうってのを遥かに超えていて、特にPVは当然シングル曲な訳で、この作品群からの更に選りすぐりが、次から次へと流れてくる様は、なんかこう「世界遺産」みたいな凄さがある。次の曲も、その次の曲も、そのまた次の曲も、ずーっと秀作なのが凄い。ずーっと凄いが故に、且つまだ存命であるが故に、どうしても再評価されにくい状況であるのが非常に歯がゆい。ポールのソロって凄いんだぜ!とプラカードをもって練り歩きたい心境ではある。まあ良い、こうやってデッカいテレビで、奇麗な映像で、かつてのポールの秀作が楽しめるのだ。贅沢は言えないか。
・・・という表現は、読む人が読めば照れ隠しの含めた遠回しな言い方を敢えて選択している事が分かるのだけれど、読み方によっては違うニュアンスで解釈できちゃう所が気になる、という温かい指摘がありました。という訳で、僕が思い抱いているニュアンスをより適切に伝える表現は何だろう?と考えてみました。という分けで、もとい
婚約しちゃいました(*^o^*)
結局、その課題だけで2時間も協議する羽目に。なんで僕が調整しなくちゃならんのだ。はぅ。結局、全ての会議が終わったのが午前1:00。もちろんタクシー帰宅。部長は明後日からイスラエル現地へ飛ぶ。これ、ホントなら僕が行くはずだったんだろうな。少し心が痛い。
e2 by スカパー!に加入してからというもの、我が家のHDRは予約録画で常にフル回転中なのである。当初はCS番組の録画予約が上手くできなかったのだが、ソニーの製品サポートに電話して試行錯誤した結果、無事に問題を解決することができたのだ。要はHDR側のCSアンテナ電源の設定がOFFになってたんだが、この設定が「そんなとこにあるなんて誰が気が付く?」って場所にあって、サポートさんから回答を貰った時には目から鱗だったのだ。つか、もっと分かりやすい設定画面にしてちょーだいと。
で、話は戻って予約録画。Super dorama TVで放映されている「ザ・ホワイトハウス」がやっぱり抜群に面白い。現在は新シリーズ放映前のアンコール放送だが、毎日どんなに帰宅が遅くなってもコレを観るのが日課になっている。それぐらい見応えがあるのだ。なのでここ最近、寝不足&疲れが抜けない日々が続いている。だるぅ。
ううう、なぜが涙が止まらない・・・音楽の力って素晴らしい。
翻訳を介した打ち合わせでは、質問するときは回答がイエスかノーになるように、もしくは答えとして何を求めているかを明確にする必要がある。これを意識的に行わないと、議論が曖昧な方向に迷走してしまうのだ。逆にこれさえ守れば、議論はスムーズに進めることができる。これは別に外人相手の打ち合わせでなくても適合するセオリーだよね。つまらない会議の多くは、ゴール設定が曖昧な事に起因するのである。
ところで、イスラエス企業の担当SEさん。この方、技術者として非常に優秀で、通訳を介しての混乱しがちな会話を咄嗟の解釈で見事に理解してくれる。愛すべきパーソナリティーで、ホント良い人だった(笑)。
確認項目をチャッチャカと片付けて、午前中には全ての内容で合意に至ることに成功!。相手方もその項目にて了承。両者痛み分けって感じで何とか落着である。あー良かった。昨日の調子で進めてたら間違いなく物別れに終わってたもんね。ホッ。
誤解を招きそうなので敢えて記すが、僕が別段、頭がキレるとか仕事ができるとか、そういう事を言いたいのではない。と言うか普段、僕の僕自身に対する評価はその真逆だ。年取るに連れ、自分の能力が日に日に後退して行くのが自分でも分かる。昔の僕はもっと状況を素早く判断できたし、あらゆる課題に対してもっと柔軟な発想で向き合う事ができていた。しかし、今はもうダメだ。このまま後退して行けば、いつしか使い物にならなくなるだろう。しかし、そんなダメダメな僕ごときに「なんじゃいこれ?」と思わせるなっつーの。たのむよもう。
議事進行はウチの部署のお偉いさん。会議アイテムが80以上あるにも関わらず、開始一時間で消化できたのはわずか5個。なんつーか、時間配分とか議論の段取りとかをどうして考えないんだろう(まさか考えてコレじゃないよね・・・)。こちらの姿勢は「不具合は全部直せ」の一点張り、向こうは「どうしても全部は間に合わない」という押し問答が延々と続く。実はこのやり取りは数週間前から続いていて、傍から見ていてずーっとイライラしていたのだ。主張としては分かるけど、それじゃ何も解決しないでしょうって。
打ち合わせが中盤に差し掛かったところで、とうとう相手方の反撃が始まった。あまりに議論が進まないので、契約書を持ち出して来たのだ。曰く「ウチは契約書に則って作業を進めている、こんなに遅延しているのはオタクが期限内に情報提供してくれなかったからだ」と熱く主張。怒ったイスラエル人を見るのは初めてだ。
客観的に見て、向こうの言い分の大部分は間違いなく正しかった。問題は、ウチの現場の人間がその契約書の内容を知らされていなかったという点である。ってなると、その契約を結んだのは誰かって話になるんだけど・・・まあ、歴史は繰り返すと言うか、いつもの人間がいつものようにテキトーにやってたって事だ。歴史は繰り返す。3年前の悪夢が蘇ってくる。あぁぁぁぁぁ。
結局、どうしてこういうマズイ状況に陥ってしまったか?という原因についての双方の主張を応酬するという事に時間が取られてしまう。結果、深夜まで続くマラソン会議で、議論できたのは全アイテムの半数弱。会議の終了後、さすがに付きあってらんないと思い「全部は無理だから、最優先とか必須となる課題だけに絞り込みましょう」と提案。深夜から課題のピックアップ作業を始める。
深夜1時過ぎ、全アイテムを精査してマスト項目を半数までに絞り込む。最初からこうやっとけば良かったんでないの?。はぅぅ。終電過ぎちゃったのでタクシーで帰宅。さすが豊洲だと帰着が早い。
というような選択肢が無い状況、今日付けでe2 by スカパーの申し込みを行った。なんでか?。地デジもBSもテレビ番組がツマラナイからだよ。今はSuper! drama TVでドラマ「ホワイトハウス3」の再放送を観ている。
まず、間違いないのは運動不足だ。以前にギックリ腰になったとき、カイロプラクティックで治療をしてもらったのだが、その時に腰をストレッチするための体操を教わっていた。以来、就寝前に必ず実施してたんだけど、このところ引っ越しやら何やらで随分とご無沙汰してたのだ。やっぱ継続は力なんだねえ。反省。
次。ここ最近、入浴時に湯船に浸かってノンビリ暖まるってのを端折ってた。夏頃は汗が引くのを待つのが面倒になってたのと、シャワーだけでザッと済ましちゃう事が多くなってたのだ。湯船に浸かるのは大好きなんだけど、何となく面倒臭くなってたんだねぇ。これも要因としては小さく無いように思う。反省。
次。引っ越してから布団に代わってベッドの生活になったのだが、ちょっとマットが固めなので、これも関係あるのかなと思う。う〜ん、これは慣れるまでは仕方ないのかな。買い替える余裕は無いし。
次。まあ、疲れが溜まってたんだなと(苦笑)。新しい家での生活が始まって、職場でも管理職な作業に遷移しつつあって、精神的にも肉体的にも少しヘビーだったのかも知れない。ああ、疲れが溜まってんなあとは思ってたのだ。自分ではまあまあ順応していたつもりなんだけど、やっぱ体は嘘を付かないというか&!&!&H?>J!#
次。ギックリ腰を甘く見てた、慣れちゃってたのもある。一回目の時も「やべっ!」よりも「あー面倒な事になった」って瞬間的に思ったんだよね。その後、これと言った対処もせず、ほっとけば自然に治るでしょ的な軽率な判断をしてしまったんだと思う。腰って下手すりゃ大変な事にも成りかねないので、どんなときでも最新の注意が必要なんだなと。肝に銘じた。反省。
最後、僕は自分で感じているより、年取ってるんだなあと思った。気持ち的にはもう数年前とちっとも変わってないつもりなんだけど、肉体的には人知れず悲鳴を上げていたのかも知れない。こればっかりはどうしようも無いので、日常的に意識して体を動かす機会を作らなきゃだめだと思う。これは今後の課題。
つーわけで、病院で貰った湿布とコルセットをしっかり常用して、ちゃんと治るまで大事にサボらず慎重に対応しなくちゃだな。いやマジでもう懲り懲りだもの。気を付けようっと。
著名故人の収入ランキングってのがあって、ジョン・レノンが2位、ジョージ・ハリソンが4位と昨年からランクアップ。去年より1500万ドル増って事らしいんだけど、その多くがApple商標権の和解が寄与している模様。ってことはApple社は幾ら払ったんだろう。気が遠くなる。これでビートルズの楽曲配信が開始されたら更にガッポリって感じかな。
うっかり腰を痛めてしまった。症状は「竹」レベル。歩けるけど座るの大変、靴下履けない、ってところ。会社には行けちゃうレベルなのが悲しい。最近、運動不足なのは分かってたんだけど迂闊だったなあ。ちなみに重い物を持ち上げたんじゃなく、床に落ちた洋服を拾おうとしたら「バキッ!」って衝撃が背中に走った、というお粗末な状況。今週一杯は油断できないんだろうなあ。ああ面倒くさ。
B-CASカードの発行や管理を行っているのはビーエス・コンディショナルアクセスシステムズという会社。公の機関じゃなくて、第三者機関というか、株式会社なのだ。株主を見ると国内の放送局や家電メーカーの錚々たる名前が並んでいる。テレビという重要なインフラに(半ば強制的に選択の余地もなく)必須という仕組みになっているにも関わらず、それを管理しているのが株式会社っては・・・どうなの?。倒産とかしたらどうなんねん?。
結局、このB-CASカードは何なのかと考えたら「テレビ視聴に課金をするための仕組み」ってのが端的で且つ最も分かりやすい答えなんだと思う。地デジは今のところ無料放送が殆どだけど、将来的に有料化していく仕組みは用意されていますよ、って事だ。ここにも「コンテンツの保護」の正義を振りかざした「金払わん奴は許さんぞ」という既得権益っつーか、どこか胡散臭い流れを感じざるを得ない。事実、e2 by スカパー!なんかは既にB-CASカードを基準として視聴の可否をコントロールしている。最終的に社会保険庁のような顛末にならなきゃ良いんだけど。
まあ、仕組みを用意するのは構わないし、優良なコンテンツであればその対価を支払うのは吝かでは無いんだが、困っちゃったのはB-CASカードは「テレビ」ではなくて広義な意味での「受信機」に紐付いてるって事だ。例えばハードディスク・レコーダーなんかは地デジを受信するチューナーが付属しているので、これにもB-CASカードが同梱されてくる。もちろん、カードを挿入しないと番組を受信も録画もできないのだ。
さて、我が家は地デジに対応したハードディスク・レコーダーに地デジに対応したテレビが接続されている、という極々一般的な環境である。つまりB-CASカードはTVとHDRにそれぞれ1枚ずつ挿入されている事になる。
ここで問題。e2 by スカパー!と契約する場合、どちらのB-CASカードで申請するのだろうか?。e2 by スカパー!は申請されたB-CASカードを利用する「受信機」でのみ有料番組を視聴できる権利が付与される。つまり、
- TV用のB-CASカードで申し込むとHDRで有料番組を受信(録画)できない。
- HDRのB-CASカードで申し込むとTVで有料番組を視聴できない(HDR入力を介してのみ可能)、
おいおい・・・(絶句)
B-CASカードの目的って「著作権保護」や「有料放送の視聴のための認証」なんでしょ?。一個人がTVとHDRの両方で番組を受信する事のどこが問題なのですか?。この手の胡散臭い「課金システム」って常にメーカー側の利便性が優先されてるのだ。皆このアホな仕組みで満足してるんかいな?。いろいろっ試してみたところ、TVとHDRのB-CASカードを差し替えれば、差し替えた側で有料放送が試聴できることは確認した。っつーか、これから一生、カードを自分で入れ替えろって事なのかなあ?。だめだこりゃ。
で、更に問題。ベランダに設置したアンテナのケーブル、どうやって部屋に通すのだ?。むぐぐぐぐ。その日はたまたまエアコンの設置を業者さんにお願いしていたので、ついでに相談してみたら、エアコン用の壁穴を上手く利用して無事に通してくれた。他のお宅でも概ねこの方法でケーブルを通すのだそうな。だったら説明書に(ご参考っていうレベルででも)書いといてくれでも良さそうなモンじゃない。不親切だよ。
ここでふと思う。「ディスカバリーチャンネル」とかが観られれば別にCATVである必要は無いんだよなと。当たり前の事をすっかり忘れていた。気を取り直して調べてみると、選択肢は4つあった。
- CATV
- スカイパーフェクトTV!
- e2 byスカパー!
- ブロードバンド
前述の通り「CATV」は不可、「ブロードバンド」はネット環境の変更が無理っぽいのでNGか。残ったのはどちらも衛星放送。アンテナ建てて受信しなさいってやつだ。この2つ、放送規格とかチャンネル数とか細かい差異はあるのだが、ざっくり言うと「スカイパーフェクトTV!」は専用チューナー+アンテナが必須、「e2 byスカパー!」はアンテナのみで可(チューナーはテレビ等に内蔵)、って感じになる。とすると僕が選ぶべきは後者なのかなと。後はウチのマンションがアンテナの向きに適しているかどうかだ。午後2〜3時頃に太陽が見られればOKらしいのて、たぶん大丈夫だろう。さあ、受信アンテナを探しに行かなくちゃ(笑)。
なんじゃろなと思って調べてみると、その現場は有明清掃工場の「モニュメントクロック」というもので演習は時を、直線は分を表している時計なのだそうな。なるほど、スッキリした。
我が家では初の大型液晶ディスプレイってことで何らかの違和感があるのではと心配していたが、何の事は無いすっかり慣れてしまった。新機能である「モーションフロー」は適用あり/なしの差異はあんまり感じられなかった。アクション映画とかもっと動きの激しい映像じゃないと分からないのかも。音声システムの「S-Force フロントサラウンド」はTVスピーカーだけで疑似サラウンドを作り出す機能。これは適用あり/なしの差異が割にハッキリ感じられた。ただ、そこはあくまでも「疑似」。所謂リアルな「サラウンド」では無い。まあ、標準機能としてはこんなもんかなと。
ここからは敢えて苦言を。テレビ操作のUIは他のソニー製品と同じくXMBが採用されているのだが、こいつの動作が異様にぎこちないのだ。だっさー、なんじゃこりゃ?って感じ。流れるようなスムーズな動きだからこそのXMBであって、こいつがちんたら動いても何の魅力も感じない。HDRにもPS3にもPSPにも搭載して来た、ソニー押しのインターフェイスなんじゃなかったっけか?。そのなれの果てが、ソニーが大プッシュしているBRAVIAの最新機種でこのショボさ、ってのがとても悲しい。もうちょっと考えようよ。
苦言その2。BRAVIAと他社製品との差別化として投入されたアクトビラとアプリキャスト。「アクトビラ」は、簡単に言えばテレビ専用のポータルサイト。ここからニュースや生活情報、VODなどが配信されていて、テレビ内蔵のブラウザでそれらを閲覧できるっつーもの。一方の「アプリキャスト」はアクトビラを介して取得した天気情報やニューストピック等などをテレビ画面の右脇に表示するというもの。Windows Vistaのサイドバーに表示される「ガジェット」のイメージに近い。
さて、どちらのサービスも「テレビとインターネットを接続する」というお題目を実現するためにお膳立てされたものだ。テレビ用に最適化された(クローズドな)ネットサービスと言い換えても良いだろう。言いたい事は分からないでも無い。
がしかし・・・重いのだ。とにかく動作が重過ぎる。3世代前ぐらいのパソコンを使っているような感覚に陥る。あれ?ハングしちゃった?と疑ってしまう程のモッサリ感である。いや、モッサリと言うよりは殆どバグに近いようなレスポンスなのだ。こんなの誰が使うの?。正気なんだろうか?
一方のアプリキャスト。テレビを見ながら「ガジェット」でニュースや天気予報の情報を見ることができる・・・って見たいか?。つか、それって地デジのデータ放送とどう違うの?。う〜ん、テレビ局が配信する以外のデータをテレビで表示させるという試みは分かるんだけど、とにもかくにも使えなくっちゃ意味が無いんだよな。将来の素晴らしい未来の「始まり」を商品として売り付けられても困るんだな。とりあえず、これらのサービスは5年以内に廃れると予測しておく。ネットワーク機能を省いた廉価版BRAVIAを出してくれた方が100倍嬉しい。
悪い事は言わない。テレビを直接、ネットに繋ごうなんて思わない事だ。それよりも、パソコンとテレビを如何にシームレスに連動させられるかを考えなさい。そういう意味ではApple TVはまだまだ未熟だけど、方向性は間違っていないと思う。そう言えばWebTVってのもあったっけかなぁ。
あと、これはBRAVIAの問題ではないのだけれど、何故にこう今のテレビは複雑怪奇な家電になってしまったんだろうかね。地上波アナログ、地上波デジタル、BS、CS、CATV等、過渡期とは言えこれだけの受信方法が複雑に絡み合っていて、理解するまでに非常に悩んでしまう。画像サイズのバリエーションも更に混乱を招くになっている。地上波アナログは4:3、地上波デジタルは16:9、みたいに固定なら分かりやすいのだが、実際にはそれぞれにそれぞれの画像サイズが混在していて、更にテレビ側には4:3サイズの映像を自動的に引き延ばす機能があったりして、それも引き延ばすモードが4種類ぐらいあって、結局な何をどうしたら良いのか分からない。僕はテレビが観たいだけなのに・・・。
とまあ、いろいろと苦言を呈したけれども、取りあえず我が家のテレビは無事にセッティングも完了したし"%J%s%@%+%s%@$G?4$O%&%-%&%-$J$N$G$"$k!#5$;}$A$O$b$&!V$5$"2?$NDVDを買おうか」とか「Bluerayっていつ頃導入する?」とか「ケーブルテレビ申し込まなきゃ!」とか次々と夢は広がっていくのであった。つづく(笑)。
う〜ん、美しい。見事な映り具合。それから、それから、えーと・・・ちょっとまだ感想がまとまってないのだが、とにかくテレビの前でニヤついている僕なのであった。使用感は後日改めて。まだ使い方が良く分かってないしね。
しかしあれだな。こんだけデッカい画面でこの薄さってのは、冷静に考えるとやっぱ液晶テレビって凄いよねえ。まだテレビボードが無いので床に直置き。でも年内はこのままでも良いかな。もうお金ないし(苦笑)。
テレビが無い生活が続いているのだが、秋の夜長を過ごすのにGoogle Earthはとても重宝している。しばらく見ないうちに、世界遺産が参照できたり、高解像度のパノラマ写真が見れたり、ビデオガイドが見れたり、星空を眺められたり、更に使いやすく更に楽しめるよう機能追加されている。何も考えず、あちこちを巡り巡っているだけでかなり楽しめるねえ。こりゃいいや。これが更に進化して行くと、ニューヨークの今この瞬間の映像が見れたりとか(もちろん鳥瞰図で)、海の中を散策できたりとか、建物の中まで入って行けたりとかしちゃうのかな。どこまで行くんだろ。
とは言うものの、やっぱり新しいテレビが欲しいのであった(笑)。そんなにテレビっ子(死後?)では無いのだが、三種の神器と言うか、こんなにでっかいテレビを持ってるんだぞ!というステータス感を求めているだけのような気がしないでも無いが、それでもやっぱりでっかいテレビが欲しい。テレビそのものが好きなのかな?。
で、ソニーと心中する覚悟をとっくの昔に決めている僕の選択肢はどうしてもBRAVIAになるのだが、直近の悩みは
- 最新機種 or 1つ前の機種
- 40インチ or 46インチ
- 通常仕様 or 特別仕様
まず(1)。BRAVIAはこの9月に新ラインナップ(5000シリーズ)が発売になったばかり。当然、それっぽい新機能が搭載されてたりするんだが、その代わりに一世代前の機種はしっかり値段が落ちている。とすると「機能差」と「価格差」をどう捉えるかがポイントになるのだが、この判断が非常に難しい。新ラインナップに搭載された新しい機能とは「モーションフロー」と呼ばれる、液晶ディスプレィで良く指摘される速い動きに弱いとされる弱点を補うものだ。液晶の応答速度の改善はどこのメーカーでも苦心している訳だが、この「モーションフロー」ってのは動画のコマとコマの間の画像を自動的に計算して、その中間に挿入することで見掛け上の滑らかさを実現する、という画期的と言うか「オリジナルの画像を加工して良いのか??」的なソニー独自の機能なのである。液晶の「速い動きに弱い」ってのがどの程度のモノで、「モーションフロー」を通すとどのぐらい改善されるのか、ってのがミソのような気がする。実際に見て比較ができると嬉しいんだけど。ショールームにでも行ってみるかな。
お次は(2)。これが一番悩ましいのだが、端的に言って「どの画面サイズ」を選択すれば良いのかが分らない。どうせ買うならでっかく46インチ!なのだが、うちのリビングに置いて違和感が無いのか?、でか過ぎないのか?ってところが分らない。逆に40インチを選んで「ああ、46インチにしとけば良かった」と後悔するのも癪だしね。実寸大のモックアップでも作れれば良いんだけど。作ってみるか?
最後の(3)。BRAVIAには液晶画面の枠を特注できる特別仕様(5050シリーズ)が用意されている。「ピアノブラック」という高級楽器を思わせる美しい鏡面仕上げは憧れるに十分な魅力ではあるのだが、それ以外の機能は通常仕様と全く同じである。もう完全に「見た目」のみの差異であり、自己満足以外の何物でもない。このファクターは割と簡単に妥協しそうな気がする。
テレビの無い生活は、それはそれで楽しみもあるのだが、やっぱりテレビが無いと困るもの事実。もうちょっと悩んでみようと思う。
このガスファンヒーター、欲しい人いませんか?。
型番はRC-A390NP。機能の詳細はこちらを参照して下さい。「除菌イオン機能」なんてのも付いてる、ちょっとイイ機種です。10畳ぐらいの部屋なら余裕で暖められます。買い替えたばっかりなので、実働は1年(つーか1シーズン)のみ。外見には目立った傷もなく、まだまだバリバリに使えます。とにかく、めっちゃ暖かいです。こんなに仕事ができる奴を捨てるに忍びないので、誰か貰ってやってください。無料で差し上げます。欲しい!ちょーだい!って方は遠慮無くご連絡を。
新居は駅から歩いて10分ぐらいの運河沿いのマンションです。 言っときますが、豊洲と言ってもTHE TOYOSU TOWERとかBEACON TOWERとか、ましてやマドンナのマンションでもありません(あんなトコ高くて買えません)。中古物件ですが、価格や環境など様々な条件のバランスが取れた、なかなか良い買い場所を選べたんじゃないかなあと。売り買いのタイミングも幸運に恵まれて、この部屋を最初に内覧したときに「ああ、これはココに住めっていう啓示だな」と直感しました。派手過ぎず、地味過ぎず、身の丈にあった感じで気に入ってます。リフォームやら何やらで、すっかり貯金は無くなってしまいましたが・・・。
三鷹から豊洲へ。全く違う土地ですが、それでも「交通の便がイイ」「程よい静けさ」「買い物に困らない」「映画館がある」「散歩したくなる」など、実生活に即した面ではいろいろと共通点があると僕は思っています。便利さと快適さがバランス良く共存している街。僕の住まいに対するポイントはここにあります。加えて豊洲での新たな+αとしては「水辺の心地良さ」「程良い眺望(新居は12階)」「勤務先に近い!」ってところでしょうか?。バルコニーから望む運河の静かな流れは、それだけで心を安らげてくれそうです。対岸に建設中のビルの高さが気になるのですが・・・
これで大雨が降る度にハラハラドキドキする必要が無くなったってのは、僕にとっては大きなポイントの一つです。もう今ではすっかり笑い話にできますが、大雨が近づいてくるあの不安感ってのは言葉では表現し難く、体験した者にしか分かり得ない「部屋が沈む」というリアルな感覚は今でも忘れ得ぬところがあります。真面目な話、自分の資産にインパクトがあるようなリスクは、今後のライフプランを考える上でもどうしてもクリアしなくてはならない課題だった訳です(修復費用も結構なモンなので)。大雨や台風の度、関係各所にはご心配をおかけしました。今度の住まいは12階なので、もう沈没することは無いと思います。万が一、また沈むような事があれば今度は「島ごと」だと思います。
という訳で、取り急ぎご報告まで。もう少し落ち着いたら「転居のお知らせ」(って言うんだっけ?)を正式に連絡したいと思います。とにかく、やんなきゃならないことが目白押しなもんで。
案内の人は丁寧に説明してくれたのだが、予約券を取得→座って待つ→呼ばれる→書類を貰う→書類を書く→書類を出す→座って待つ→呼ばれる書類を貰う→書類を書く→書類を出す→・・・・・・を延々と繰り返し。まあ、こちらも一度にたくさんを手続きしようってのがアレなんだけど、なんかこう専用窓口で一括でできないんかねえ。大手家電店とか一箇所で全部揃えられるじゃん。ああいう感じで。
以下、個人的な備忘録。(1) 無事に再発行、(2) 無事に再発行(送付待ち)、(3) 財形にはカードも通帳も無いのが正解、(4) 無事に完了(ネット窓口の申し込みもしたので、これからはもっと簡単に)、(5) 無事に完了、(6) 無事に完了(来月以降は自動引き落とし(6) すんなり完了。
夕方、都立大学のとある家具屋さんににベッドを物色しに行った。
目ぼしい品物はもう決まっていて、あとは現物を見てどうするって感じ。ベッドを選ぶときには絶対、現物で寝転がってみないとダメだって!。部屋の狭さをできるだけ感じさせないように、背の低いベッド(ローベッド)をいろいろ探していたのだが、例の品物は現物でもなかなか良い感じ。その場でこれに決定!。とにかく、暫くは物入りの日々が続きそう・・・
・第一段階:搭載ハードディスク容量の増大
最初に発表されたときは5GBだった。当時はこれでも、どこまでも広がる無限の荒野のような広大な領域に思えたっけか。それから時は流れて、現在の最大HDD容量は160GB。僕が保有する1000枚強のCDをリッピングしたデータが凡そ50GB位だから、音楽データに限って言えばこれでも足りないって人はまずいないだろう。「音楽データを可搬する」というポイントについては、既に進化のゴールを迎えていると思う。
・第二段階:iPodからネット経由で自宅PCのiTunesにアクセス
・第三段階:iPodからネット経由で音楽データを購入
ここの予測は、実現された順番がちとハズレちゃったのだが、この2つの共通ポイントは「音楽データを持ち歩かなくて良い」というスタイルの始まりの最初であるという点だ。
自分のiTunesの音楽データを、ネット経由で別のPCから鑑賞できる公開機能が一時期発表された事があったのだが、その機能が必然的に指し示してしまう余りにも大きなパラダイムシフトにAppleも音楽業界もビビってしまい、まるで「AKIRA」のように大慌てで地下深くに封印されてしまった経緯がある。iPodからネット経由で自宅PCのiTunesにアクセスする(故にiPodに音楽データを格納しなくても良い)というスタイルの実現は、無線LAN等のインフラ充実も含めて、実現にはまだ少し時間がかかりそうだ。
一方、第二段階のその先にあると思っていたiPodから直接に音楽を購入するスタイルは、「専用端末にて専用サイトのみにアクセス可能」というガチガチの仕様にて実現に漕ぎ着けて来た。通信速度の問題もあるので今はまだ「買う事もできる」というレベルのものだろうが、この事実が指し示すのは気が遠くなる程の壮大な未来像だ。今、流通しているiPodの全てに無線LANが搭載され、気軽にネット接続できるようになると、これはもう立派なメディアになる。
・第四段階:iPodからネット経由で音楽データを再生
ちょっと話が大きくなりすぎたが、音楽プレイヤーとしての究極の形というポイントから見たiPodの最終形態(個人的な予測)。
まず「なぜ人々はCDを購入するのか」という素朴な疑問を考えてみる。答えは「自分の聴きたい音楽」を「自分の望む場所(自宅)」で聴きたいからである。逆に言えば、この事が何らかの方法で実現できちゃえば(所有欲という観点は置いといて)CDを購入する必然性は無くなるのである。
自宅が巨大CDショップになったかのように、膨大な音楽データにいつでも好きな時にアクセスできるようにならないか?。
その解の一つとして考えられるのが以下のスタイルである。
- iPodは無線LAN等にてネットに接続できる
- 接続先には膨大な音楽データが格納されている
- 望みの音楽データに容易に辿り付ける仕組み
- 聴きたい時にいつでもストリーム再生が可能
- 音楽データをローカルに蓄積する必要なし
- 再生毎の従量制、聞き放題の定額制、永久再生権(購入)が選択可能
つまり、iTunes Store並の膨大な音楽データが、iPodに入っているという状態を想像すれば良い。聴きたい時に聴きたい音楽をいつでも聴ける。ここまで来ると「音楽を購入する」という概念がかなり希薄になってくるはずで、「音楽を聴くためにお金を払う」という、あれれミュージシャン本来の稼ぎ方に近くなってくるから面白い。
メニューに堂々と「ハムカツ」があるような、僕一人では絶対に入れない感じの、お酒大好きな人集まれ的な一杯飲み屋さん。友人と一緒だと、こういう楽しげな店に入れるのが嬉しいね。前々からずっと話さなきゃと思っていた事が、やっと今日話せて、胸の痞えが取れた感じ。なんか、いろいろと心配かけてしまったようでスイマセン。感謝。
どうせリフォームするんだからってのは頭では理解しているんだけど、目の前で壁やら天井やらがバリバリと壊されていく様はとても非日常的でなぜかドキドキする。あちこちの配線を確認したところ、天井裏を行き交う大きなダクトを迂回するように配線を引っ張って来れれば何とかなりそうと分かる。ただし、そのためには一回ダクトを壊さなきゃいかん事も判明。ダクト屋さん呼ばなきゃ(汗)。でも、なんだかんだでギリギリ実現の目処がたったので取り合えずは一安心。工事、早くが終わんないかなぁ〜。
まず1つ目はベッド。布団も嫌いじゃないのだが、ベッド生活には少し憧れがある。読書したり、音楽聴いたり、疲れたときはそのまま飛び込んだり、大きなクッションというか安全地帯というか、そういう領域を常設するようなイメージでちょい大き目のベッドを何とか購入したい。条件はあんまり背が高くない事。いわゆる「ローベッド」って奴だ。どうしても場所をとるベッドなのだが、背が低いタイプを選ぶ事で、部屋の中での圧迫感を少しでも減らしたいなと。
そして2つ目がテレビ。もうどーしても大きなテレビが欲しい。映画が観られる環境と、音楽が聴ける環境さえ充実していれば、正直あとはそんなに拘りはない。僕の中では「家=映画を観る/音楽を聴く場所」なのかも知れない。欲しい機種はもう決まっている。BRAVIAの46インチ。これが欲しい。タイミングが良いのか悪いのか、10月に新ラインナップが発表されたので、旧タイプは少し値崩れするんじゃないかと期待している。
ついでにiPod touchも欲しいんだが、これは日常的に使いたいというより、自分のモノにしておきたい、じっくり触ってみたい、自慢げに鞄から取り出してみたい、とかそういう思いの方が強い。新しいiPod nanoで動画を見る気がしないのと、動画を見るんならPSPの方が良いんじゃないか、という思いもある。なので年内の購入はないかも。故障したら即買い替えですが。
ところがどっこい、今日になってリフォーム業者さんからネガティブな連絡が・・・。
- 和室の畳は厚さ15mmまでしか置けない、琉球畳は厚さ40mmなので無理。
- 壁を開けてみたら配線がたくさんあった、こっちも無理(かも)
なんと、今回のポイントとなる2つともにNGがぁ。チョーがっくし。何ともならんのかなぁ。
で、本題のIKEA。それなりにセンスの良い家具が、それなりにリーズナブルな価格て提供されている事に好感が持てる。良い感じのベッドも見付けたので、ちょっと購入を検討してみよう。ただ、休日の午後って事もあってか、家族連れが多かった。つか多すぎ。家具はゆっくりゆったり物色したいんだけど、こうもチビッ子が多いとねえ。別に子供嫌いでは無いんだが、こんだけ傍若無人に走り回られると、さすがにコンニャロメ!と思ってしまう。悪い店では無いんだけどねえ、客層がねえ。平日の、それも午前中とかに行くのがベストかも。
その徹底振りが奇妙な形で露呈してるのが、「アトラクションの前説明をするお姉さんは全員同じ喋り方」って所なんだろうけれど、ここまで徹底しないとこのクオリティーは出せないのだろう。
続いて、アトラクションを巡った順に感想。「ストームライダー」は予想を超えて迫力があった。この「予想を超える」ってのは大事なポイントだと思う。「アクアトピア」は予想できない動きが予想を超えるのだが、ちょっと船酔いするね(苦笑)。
「ミスティックリズム」も予想を超えて見応えあった。生演奏ってのがポイント高いんだけど、誰しもが指摘するであろう「白け鳥」のコスチュームが全てを安っぽくしている。要改善。
「インディージョーンズ」は激し過ぎ、あっと言う間過ぎて記憶が薄いんだけど、なんかストーリー仕立てになってたのかしら?。迫力だけはあった。
残念ながら「レイジングスピリッツ」は改装工事&休業中。そうならそうと園の入り口にでも掲示しといてくれって。お姉さんが「改装中です。申し訳ありません」みたいなことを一人でずーっと(あの喋り方で)説明してたんだけど、2時間後に同じ場所を通ったらまだ説明してたよ。交替してあげなよぉ。
僕が一番、気に入ったのは「アラビアンコースト」と呼ばれる区画。都市の雰囲気を模したテーマパーク数あれど、アラビアンっていう切り口は思い付かなかった。VISAのCMでリチャードギアが鳩を買い占めちゃうような、あの街の雰囲気。とても良いです。
「シンドバッド」は映画にもアニメにもなっていない独自企画の施設なんだけど、音楽も仕掛けも非常にクオリティーが高い。やさしい「カリブの海賊」って感じですかね。シンドバッドの冒険を改めて読み返したい衝動に駆られる。
「マジックランプシアター」は3D映像がメインなんだけどそれを超える演者の過剰なサービス精神が楽しかった。やっぱ、人を超えるエンターティメントは無いのかもね。
「ミステリアスアイランド」と呼ばれる区画は、その巨大な景観にただただ絶句してしまう。ちょっと離れて見ると、完全に山なんだなこれが。おまけに時々、噴火する。いくらなんでも、火山作っちゃうかねぇ!。土木工事の規模を考えると気が遠くなる。ディズニーすげえ。
残念ながら「センター・オブ・ジ・アース」は調整中で乗れなかった。安全の為とは言え、主要なアトラクションが2つ休止中なのはちょいと辛$!#$^!"CW$7J}$J$$$N$@$,!#
「海底2万マイル」は素朴に面白かった。こういう地味の好きよ。構造を考えると、これまた大変な規模なのだが。
目玉となる夜のショー「ブラッシーモ」は、なんつーかもう遊園地のショーの域を超えている。これに近いものを敢えて探すと、オリンピック開会式のイベントとか、ああいうイメージの方が例えとしてはより近いと思う。水と炎を光の祭典。演出も見事。
ここで気が付いた。ディズニーシーってミッキーマウスとか、例のキャアラクターの存在が希薄なのだ。ディズニーって冠が無くても違和感が無いぐらい。これは良い悪いじゃないんだけど、ランドがキャラクター主導の施設だとしたら、シーは敢えてその部分を主張しないコンセプトなのかも知れない。僕はこのやり方はOKだと思う。
最後に並んだ「タワー・オブ・テラー」はしっかり怖かった。それはもう怖かったっす。最上階で園の景色が一望できちゃう演出はやっぱ凄い。企画の勝利かも。ほぼ終園まで、たっぷり楽しめました。
舞浜駅を経由するディズニー・シーの行き帰りは、周辺をぐるりと取り囲むように敷設されている「ディズニーリゾートライン」を利用する。こいつがまた凄くて、完全にコレ「電車」ですがな!。吊革とか窓とかがミッキーの形になっていて、金型から発注するんだろうなあとか考えると気が遠くなる。どこまでやれば気が済むんだ!って感じ。これに追随できるアミューズメントは世界どこ探しても存在しないだろう。とても贅沢な領域。皆が夢中になる訳だ。納得。
夕方、リフォーム業者さん立合いでどこをどう直すかの最終調整。いろいろ無理を聞いてくれるのでとても助かる。本契約を結ぶ。でも、お金がぁ・・・。
FAQ(1)どこに引っ越すのか?。
豊洲です。今更ながら、ベイフロントに進出です!。住まいは駅から近いマンションになります。豊洲タワーではありません(あんなとこ買えません)。中古物件ですが、価格や環境など様々な条件のバランスが取れた、なかなか良い買い場所を選べたんじゃないかと思っています。すっかり貯金は無くなってしまいましたが・・・。
三鷹から豊洲へ。全く違う土地ですが、それでも「交通の便がイイ」「意外と静か」「買い物に困らない」「映画館がある」「散歩したくなる場所がある(公園とか)」など、実生活に即した面ではいろいろと共通点があると僕は思っています。便利さと静かさがバランス良く共存している街。僕の住まいに対するポイントはここにあります。
また、豊洲での新たな+αとしては「水辺の心地良さ」「程良い眺望(今度は12階です)」「勤務先に近い!」ってところでしょうか?。ベランダから望む運河の静かな流れは、それだけで心を安らげてくれそうです。対岸に建設中のビルの高さが気になるのですが・・・
FAQ(2)どうして引っ越すのか?。
大雨にビクビクする生活が嫌になったから。というのは理由の一つではあります。あの不安な感じは、言葉ではとても表現できないし、体験した者でなければ「部屋が沈む」って感覚を理解するのもの難しいと思います。
真面目な話、自分の資産にインパクトがあるようなリスクは、今後の自分のライフプランを考える上でもどうしてもクリアしなくてはならない課題だった訳です。今度の住まいは12階なので、今度沈むときは島ごとだと思います。その他にもいろいろ理由はあるのですが、詳しい話は追ってお知らせしますね。
で、引っ越し。しかし荷造りしていて改めて痛感したんだけど、僕の持っている荷物の半分はCDと本なんだねえ。分かりやすい人生だな(苦笑)。
早朝から引っ越し業者さん(たった2名!)が次々と部屋の荷物をトラックに積み込んでいく。僕はただただ、指を咥えて見ているだけ。これが暇なんだ。下手にお手伝いできないし、家を空ける訳にもいかないし、かと言って座ってると邪魔になるし、行くとこ無いのでベランダの縁でボーットしてました。引っ越しって難しい。
荷物の積み込みは3時間ぐらいで全て完了。続けてマンションの引渡しを行って、いよいよこの部屋ともお別れなのです。月並みな表現だけれど、いろんな思い出が詰まっているよねえ。さようなら。ありがとう。
そして午後から豊洲に移動して、荷物の搬入。やっぱり黙って指を咥えてボーっと見ているだけ。もちろん、実際に指を咥えてる訳ではないのだが、何せ自分のモノは全部ダンボールに入っているので、とにかくやることが無いのだ。やっぱりバルコニーでホゲーっとするしかない。引っ越しって難しい。
夕方頃、ガス会社の人がやって来た。ガスの開栓だけは担当員がやらなきゃイカンそうな。コンロとお風呂の状態をチェックして無事完了。ちなみに、引越しに伴うライフラインの変更手続きはこの「引越しコンシェルジュ」ってサイトで一括申請したんだけど、なんつーかやっぱ人が来てくれないとどうも安心感が無いよね。妥当な金額がちゃんと引き落とされているってのを確認するまで完了にならないのかな。ならないよな。
新しい部屋はこれからリフォーム工事をするので、荷物は和室のみに搬入してもらった。荷物の中から無理やりソファーとスピーカーを引っ張り出して、Jackson Brownを聴きながら一眠り。何にもしてないのにスゲー疲れた。引っ越しって難しい。
という訳で閉鎖した訳ではありません。ご心配をおかけしました<(_ _)>。
毎年恒例、戸田市花火大会・・・に残念ながら今年は参加できなかったのだが、その代わり(って訳でもないんだろうけど)に週末に友人宅での飲み会に参加。一次会は友人宅の近所にある鳥料理屋へ。なんでも、前から友人が店の前を通る度に気になってたとの事。店構えは、もうこれは絶対に夫婦二人で切り盛りしてるな、という所謂フツーの町の飲み屋さん風。メインは博多風水炊きと地鶏料理で、派手さは全く無いけれどちゃんとしっかり美味しいって感じかな。結構、混んでたしね。近所ではそれなりに評判の店なのかも知れない。好印象。
二次会は友人宅でスナック菓子をつまみながらの四方山話タイム。なんのC$7$?$C$1$+$J$"!#$"$s$^$j3P$($F$J$$$C$F$3$H$O!"$L$k!<$/3Z$7$+$C$?$C$F;v$N>Z5r$J$N$@$,!#$"!"@h=5$NOC$+!&!&!&KM$O$=$N>l$K$$$J$+$C$?$N$G2?$H$b!&!&!&!J6l>P!K!#
その後、深夜のWii大会。コントローラ4本で4人で遊ぶとやっぱ楽しい。つか今までに無い不思議な遊びの感覚。屋外でバトミントンやってるような感じが一番近いのかな?。テレビゲームというイメージがかなり希薄だ。疲れるしね。程なく、遊び疲れて就寝。いつも宿泊させてもらって、お手数かけてます>奥様/
年金問題について、勤め先の会社から社員への連絡事項。要は「会社では確認できないので自分で確認してね」って内容。確認できない訳が無い。明らかに怠慢。まったくもう。年金は国民の義務ってのはシステムの話だからまあ良いんだけど、これまでに幾ら払ったとか何歳から幾ら貰えるとかの各個人への通知が全く無い事が、もうずーっと前からおかしいなあ変だなあと思っていた。普通、保険でも税金でもローンでも携帯電話の使用料でも「あなたはこんだけ払っていますよ」とか「残りはこんだけですよ」とか、そういう情報って必ず通知されるじゃない。郵送とかで。しかし年金に関しては、毎月の給料明細で「取られてる」ってのは分かるんだけど、それがどういう意味で、なんでこの金額で、何歳からどうなる、どういうシステムになってる、っていう事前の説明も経過の報告も一切無いのよね。普通に考えて、何十兆円も管轄している機関として明らかに変だよね。どうしで誰も何も文句言わなかったんだろう。田中康夫を支持はしないけど、年金通帳みたいな考え方は多いに賛成。通帳でなくても良いけど、年に一回位は書面の郵送とかで情報提示してもらいたい。知りたければ自分で社保事務所に来いなんてのはシステムとして論外。だって金払ってんだから。加入するしないを選べないんだから。
最近、面白いテレビ無いよねえ。せっかく購入したHDRも「タモリ倶楽部」録画専用機になっちゃってる。なんでこうドキュメンタリーでもニュースでも、全てがバラエティーっぽい作りになっちゃうんだろう。あと、パネラーっつーの?。流れる映像を見て驚いた顔を映すためにいるようなゲストの面々。いつも同じような顔ぶれだし、その時間が退屈でつまんない。無駄をそぎ落として、その番組で伝えたい事を本当にコアに絞った構成になっているような番組だと、ぐいぐい引き込まれて集中して観てしまうんだけどな。あ、集中して観るってのが好まれない世の中なのかな?。う〜ん。
1960年代
- No.1「Beach Boys / Pet Sounds」
- No.2「Bob Dylan / Highway 61 Revisited」
- No.3「The Band / Music from Big Pink」
- No.4「Rolling Stones / Let It Bleed」
- No.5「King Crimson / In The Court Of The Crimson King」
1970年代
- No.1「Never Mind The Bollocks / Sex Pistols 」
- No.2「Neil Young / After The Gold Rush」
- No.3「Plastic Ono Band / John Lennon」
- No.4「Carol King / Tapestry」
- No.5「Rolling Stones / Exile on Main St.」
1980年代
- No.1「Talking Heads / Remain In Light」
- No.2「U2 / Joshua Tree」
- No.3「Scritti Polliti / Cupid & Psyche 85」
- No.4「Donald Fagen / Nightfly」
- No.5「The Police / Synchronicity」
まず言えるのは「選出すべきアルバム」と「選出したいアルバム」の範囲にムラがあるって事だろうか。企画の意図を度外視(って程でもないのだが)して、選者の思い入れによって結構な順位の変動が起こっているように見える。よく言えば「今一度このアルバムをちゃんと評価し直そう!」って感じだろうか。The Beatlesがベスト5に一枚も入っていない事、The BandやScritti Pollitiの順位が異様に高い事、なんかが特徴的だ。
次に言えるのは、過去音源を検証する傾向が強い紙面であるが故か、「後進のミュージシャン(と音楽業界)に如何に影響を与えたか」という観点に重きが置かれている事。作品のクオリティーそのものよりもそれ以降の作品に与えたインパクトとか、その時代のサウンドを象徴していたりとか、時代を切り開いたエポック・メイキングなアルバムが多く選ばれている。各年代の1位は正にそういうメッセージなのだろうと思う。
更には、レココレにおける近々の記事の影響(傾向)を少なからず受けているという点。フォークやカントリー系、ブルース系のアルバム、それも比較的にマイナーな作品がベスト100圏内に多数選出されている。これはここ最近のレココレにおいて、スワンプ系ロックを再発見して行く記事の傾向があるからだろう。Rolling Stonesのアルバム2種もブルースへのアプローチが重要視されている。
とまあ、意見を言い出せばキリが無いのだが、とにかく独特な選出になっていて、個人的には非常に面白く読めたのであった。このベスト100×3。各所でちょっとした議論を呼んでいるようで、ちょっと検索しただけでもいろいろな意見を読むことができる。議論を呼ぶベスト100ってのも、なかなか良いんじゃないだろうか。
でもって、60〜80年代のアルバム300枚。未だ保有していない、且つiTunesで購入可能なアルバムを片っ端から揃えてみることにした。総額は約3万円。ちょっと無謀だったかなあ・・・でも、これまでずっと食わず嫌いだったアルバムとか、この歳で改めて聴いてみると、また違う感じ方ができちゃったり、いろいろ発見があって楽しい。今頃になってThe Allman Brothers BandとかJames Taylorとかをイイと思うなんてね。音楽の力は偉大なのだ。デジタル化による恩恵にも感謝。
補足:今月号のレココレでは「あなたが選ぶ洋楽ロック・アルバム・ベスト100 - 1960〜1989」の募集告知が掲載されている。賛否両論を読んだベスト100企画の落とし前として、読者投票という反撃に出たのだ!(笑)。純粋な人気投票で平均的な結果が出るか?それともコアな読者層を誇るレココレならではの結果が出るか、これは楽しみだ。
今日のYouTube(その1):The Beach Boys - Wouldn't it be nice
今日のYouTube(その2):Sex Pistols - God Save the Queen 今日のYouTube(その3):Talking Heads - Once in a Lifetime吉祥寺に東京麺通団の支店がオープン。一号店は西新宿のレコード屋街にあって、レコード・ハンティングの帰りにはいつも立ち寄っている名店。ここのうどんはリーズナブルで美味いのだ。そう、吉祥寺にはラーメン屋は多$$$N$@$1$l$I!"H~L#$$$&$I$s20$O>/$J$+$C$?$N$@!#$3$l$G=<P!K!#
その近所にオープンしたヨドバシカメラ吉祥寺店を視察。元デパートの敷地そのまま店舗の大きさなので、そりゃもう立派なモンですわ。新しい建物のニオイがした。吉祥寺は電気屋も弱点だったのだが、これで完全に解消でしょう。それまで吉祥寺の電化製品を一手に担っていたお隣のラオックス吉祥寺店は、もうどうにもこうにも太刀打ちできないだろう。
この連休、ホントにドキドキしたよぉ。心の中では覚悟してたね。また沈むんだろうって(苦笑)。土嚢を用意したり、水が浸入してきた時のイメージをシミュレーションしたり、床に置かれているモノをできるだけ高い所に移動したり、一応できそうなことは全部やっといたんだけど、無事に乗り越えられて心底ホッとしている。いつまでこんなドキドキ感を抱きながら生活しなくちゃらなんのだ?。
で、ここ最近。自分に課せられたミッションは誤解を恐れずに言えば「全体が上手く進むように知恵を絞る」って事。ある意味テーマは自由と言うか、今までの経験を生かしつつ、後輩の作業が円滑に進むように助言したり、上司と交渉したり、淀んでいる所をスムーズに流れるようにしたり、誰かさんのケツを拭いたり、管理職の補佐的な作業もある。敢えて言葉を選ぶなら「何でも屋」だろうか?。明確なゴールが提示されていない状況下で「僕のゴールって何なんですか?」って上司に問うても、たぶん答えは出て来ないのだろう(本来は出て来て然るべきだとは思うのだが・・・)。全体にとって良い事なら何でも、ゴールに成り得るモノなら何でも、自分のキャパシティが許す限り欲張りに取り込んで、そういう小さいタスクを途切れなくクリアし続けて行く事で、結果的に大きな輪郭のような何かが形作られてくればなあ、とは思う。「何やれば良いんですか?」は愚問。何がやれるかを自分で探すのだ。
ボンヤリとした不安と言うか、愚痴っぽい事を書こうと思ってたのに、いつの間にか真逆の事を書いてる自分がちょっとコワイ。でも嘘を書いてる訳じゃないんだな。潜在意識?。
テレビで永ちゃんが熱唱してる。若い頃は好きじゃなかったし、全く認めていなかったけど、音楽の事が分かってくるに連れて、この人が如何にグレイトなのかという事が嫌という程に分かってくる。認めざるを得ない何かとてつもない才能。カッコ良いねえ。永ちゃんのパーソナリティーに注目が集まりがちなのだが、誰でも良いから永ちゃんの音楽性を真面目に論評してくれないかな。どこから影響を受けて、如何にして永ちゃんのロックが完成されたのか。やっぱ自分で作曲してるってのは偉大だ。自分プロデュースの天才。
iPodのCMにポールマッカートニーが登場!。ニューアルバム「Memory Almost Full」の発表と連動するように、iTunesにポールのソロ時代のほぼ全楽曲が登場した事による起用だろう。1stシングルの「Dance Tonight」に乗せて、ポールが歩くと共にポップなメロディーを思わせる様々な模様が溢れ出てくると行った感じで、とてもポールっぽい。Very Paul(笑)。
アルバムのセールスも好調のようで、総合アルバム・チャートでは3位だったが、Internet Albums と Top Rock Albums ではポールのソロ作品としては初めてとなる初登場1位を獲得、Top Digital Albums では2位に初登場し、過去最高のランキングを記録している。新たな試みは大成功って感じですかね。こういう良質な音楽がより多くの人の元へ届けられるのはとても嬉しい。
今日のYouTube。Paul McCartney「Dance Tonight - Apple iPod + iTunes TV Ad」
で、肝心の内容。各所の批評でも絶賛の声が高まっているのだが、それに負けない意欲作であることは間違いない。意欲作、というのは違うかも。これまでのポールはピンチに陥るほど名作を世に出してきたのだ。バンドのメンバーが2人も抜けたあとに「Band on the Run」を、ジョンの死後に「Tug of War」を、チャートインすらしなかった「Press To Play」の後に「Flowers in the Dirt」を、てな具合だ。そして今作は離婚(と莫大な慰謝料)というピンチをバネにして、とても軽やかなる作品となっている。ポールの場合、入念に製作すると作りこみ過ぎちゃう傾向があるので、このぐらいのサラっとした「こんな曲が出来ちゃったんだけどどうかな?」みたいなスタンスがベストなんだと思う。このアルバムの雰囲気は正にそれである。
1曲目の「Dance Tonight」は、まあ名刺替わりというか、お約束のシングル向けポップ作品なのだけれど、2曲目からはここ数年来の、強いて言えば21世紀のポールの作風の完成形とも言える楽曲の数々が惜しげも無く連なっている。パッと見は単純で優しいんだけど、よく聴くと一筋縄では行かないと言うか、何かしっかりした作風みたいなものが確立している印象を受けた。21世紀のポールマッカートニー完成!みたいな(笑)。相変わらず、最新の音を頑なまでに取り入れない姿勢を貫いていて、その事が結果的に新しいスタイルの確立の一因にもなっている。素晴らしい。というかホントに素敵なミュージシャンになったなあと思う。
先日のリマスターCD。喜んで頂いているるようで非常に光栄です。頑張って作った甲斐があった!(笑)。忙しい日常に追われる毎日、ちょっと一休みしてあの頃の情景を思い出して和んで頂ければ幸いです。
映画「プレステージ」を観に行く。互角の実力を持つマジシャン二人が「瞬間移動」のトリックを巡っての激しい攻防を描いた作品。主役である二人のマジシャン役にはヒュー・ジャックマンとクリスチャン・ベール。マイケル・ケイン、スカーレット・ヨハンソン、デヴィッド・ボウイ(!)が脇を固める。監督がは「メメント」のクリストファー・ノーラン。時間軸を幾重にも重ねて表現するこの監督に独特の手法は分かりにくくもあり、意図的な混乱が作品の雰囲気を形作っている。ただし、ラストの種明かしは・・・う〜ん、このラストを許容できるかどうかでこの作品の評価は大きく変わるかなと。個人的には「結局、そういう事かい!」と「んなことあり得ないだろう!」のギャップが新しいかなとは思った。あまり過度な期待を込めて観ない方がより楽しめるのかも知れない。やっぱマイケル・ケインは名優。デビッド・ボウイのオーラの無さにビックリ。★★☆☆☆。
と言う大いなる矛盾を抱えつつ、明日から北京に出張でございます。行きは上司と一緒なので付いて行けば何とかなるんだけど、帰りは一人ぽっちなんだよねえ。異国の地で、ちゃんと飛行機乗れるんだろうか。帰国予定は来月2日。どうも帰って来てねーんじゃねえか?と思ったら、僕の事を捜索してください。とほほ。
この忙しい時期に、よりによって火曜日から北京に出張なのだ。昨日、飛び込みでスーツケースを買って来た。あと、何が必要なんだろうう?。事前に確認しておきたい事も山積みなのだが、たぶん最終的には時間切れで行ってこいの感じになりそう。数日前からあれこれ心配してたんだけど、不安も長期化すると、いろんな事がどーでも良くなってくるもんだ。「とりあえず飛行機乗っちゃえば何とかなるんでねーの」みたいな。まあ、これも人生経験か。ガッカリなのは、もうビックリするぐらい出張のタイミングが悪い事。なんで、よりによってこの日に出張なのさぁ(涙)。いろいろ迷惑かけてスマヌ。帰国は土曜日の予定。一人で帰って来れんのか?。
今日のYouTube。マドンナが日本のとあるマンションのCMに出演する、っていう状況が良く理解できないのだけれど・・・
今日のYouTube。ポールの新曲「Dance Tonight」のPV。監督ミシェル・ゴンドリーのドリーミーな世界観、ミーツ、ポール節。
人生では、ある進路を決定する出来事に遭遇することがよくある。私たちはその決定的瞬間に気付くこともあるが、ほとんどの場合は後になるまでそれがどんな意味を持っていたのか分からないものだ。(ノーマン・シーフ:写真家)
今日のYouTube。ポールマッカートニーによる美味しいマッシュポテトの作り方。
いろいろと、ドラスティックな環境の変化に戸惑いを隠せない日々なのだが、なんつーか日本の社会って思っていた以上に素直じゃないというか、正論が通らない仕組みになっているんだね。今更ながら改めて痛感してしまった。それを踏まえて僕はどうすれば良いのだろう、という事をず〜っと考えているのだけれど、そもそも考える事に意味が無いのかも知れない。絶対自分は間違ってないと確信している事があって、でも僕以外の全員が「いやいやそれは違うよ」という状況に陥った場合、これをどう判断するのか?という命題。自分の信念を曲げたく無い、でも自分の判断を疑う気持ちは失いたくない。HAL9000の気持ちが良く分かる今日この頃。
ってな感じでずっとダウナーだったのだが、とあるキーワードを思い付いて少し気持ちが軽くなった。「もちょっと人の言ってる事を信用してみよっかな」と。あいつの言ってる事はおかしい、こいつの言ってる事は信用ならない、そいつはバカだ、ってな事ばかり考えてると楽しく無いんだよね、とにかく。疑い出したらキリがない。そういう状況に疲れた。騙されようが利用されようが良いじゃない、いやいやこの人は信頼できるってと思って事を進めれば、何かがプラスに働くかも知れない。前向きに考えるって事は、人を信じる事から始まるのかもね。昔っから僕は理解できない何かに遭遇すると、それをロジカルに説明するための「キーワード」を求める癖があるのだ。それが正解でも不正解でもどっちでも良いのだ。自己矛盾をスルーするための免罪符?かな。気持ちの箍が外れれば何でもいいのだ。
ただね、昨今の風潮でもある「自分のスキルアップがどーした」とか「ポジティブシンキングで自分を高める」とか、ああいう何でもかんでも前向き思想で解決できるんだぜ的な流れは、どうも信用ならない何かが潜んでいるよな気がするのだ。曰く「無理ですできません」じゃなくて「じゃあ無理じゃなくするために何が必要かを考えよう」みたいな正義にはスゲー胡散臭さを感じる。PDCAサイクルがどーしたとか、ああいうのって絶対どっかで限界来る、って直感的には思うんだけど、それをロジカルには説明できないんだな(苦笑)。これは自分の中の課題。
ポール・マッカートニーのニューアルバム「Memory Almost Full」がもうすぐリリースされるのだが、同時にiTunesでも配信されることが決定した。現在、予約受付中。iTunesで購入すると収録曲のアコースティック・バージョンやPVもオマケに付いてくるそうな。あー、もうAmazonで予約しちゃったよ(苦笑)。また、ポールの過去アルバムもデジタル配信されることも同時に決定している。こちらはiTunes以外のサイトも含まれる。その心は、新譜はユニバーサル系、旧譜はEMI系という版権元の差異なのであろう。遂に山が動いた!って感じだろうか。これでいよいよ、ビートルズのデジタル配信も時間の問題になったと言えるだろう。個人的K$O!"$$$^$R$H$DCDを買う気になれないリンゴの諸作品とかをデジタル配信してもらえると助かるんだが。
災難で結婚をあきらめたカップルに、ウェブサイトの読者から思わぬ「助け」!。見出しを読んだ時点では、この手のネット経由での美談は珍しく無くなったよな・・・と冷めていたのだが、具体的な内容を知ってちょっとホロリ。ポイントは寄せられた「助け」がお金や物理的なものじゃなくて、様々なジャンルの職業の人々が自分の「できること」を提供したこと。ガンバの大冒険的と言うか、特攻野郎Aチーム的と言うか、自分が得意な分野で小さな力を提供して、それが一つの大きな別の何かになるという構図がイイ。その結果が結婚式ってのもイイ。ボイラーの修理じゃなくてね。その時の絵を想像すると、とても感動的だ。映画化できるね。
そんな状況をほくそ笑むかのように、まるでイジメのように、掲示板の下段には今の僕には全く必要の無い情報が延々とスクロール表示される。黄色い線の内側に下がれ・・・って知ってるってば!お得なびゅうチケットがどーしたこーした・・・なんて知らんてば。「次発」は何時に何処行きなんだよ!それを早く表示しろってば!。という訳で「電工掲示板の下段にスクロール表示は要らんぜよ」に賛同される方は挙手をお願いします。
仕事的には未だに今年度の方向性がハッキリとせず、何をどう進めれば良いのか困惑中。なんか仕事がどんどんお仕事的になって行くねえ。思考1)仕事ってのは人生のかなり多くの時間を注ぎ込むのだから情熱を持って挑むべきなのだ。思考2)仕事はあくまでも仕事、辛かろうが楽しく無かろうがそれが給料になるんだと納得すべし。さて、どちらが正解ですかね?。永遠の宿題かも。
一方、自分の時間は充実しているだろうか?。今年に入ってずっと進めている過去音源のデジタル化はそれなりに順調である。最初の音源は既にマスタリングまで完了で、これがなかなかの出来映え。現在はレーベルのデザインとライナーノーツを執筆中。徐々にCD一式が揃いつつあるね。ジャケットのデザインもしなくちゃ。
大宮八幡宮から和田堀公園へ抜ける秘密の道。小学校からの帰り道、木々が生い茂る小高い斜面に沿った小道を通って近道するのが日課だった。まだあるのかなと覗いてみると・・・あった(笑)。周囲の木々はよりジャングル感を増殖させていて、昔よりもさらに秘密の抜け道的な雰囲気を醸し出している。30代後半の大人が小学生が未だに常用しているであろう秘密の抜け道をエッチラオッチラと通ってみる。
小学校に到着してビックリ。校舎はほぼ昔のままなのだが、学校の前にあった住宅街が広大な公園になっている!。あれれれれ、なんだこれは?。杉並区はどんだけ公園を作るつもりなんだろう?。昨今の事情により、勝手に小学校内に入れなくなっちゃったのは残念。ホントは校舎内を見学したかったのだが・・・
中学校を横に眺めながら永福町までの道程。懐かしいなあ、というよりも「あ、まだある(笑)」という小さい感動の連続と言った方が近いのだろう。当時の記憶自体が曖昧になって来ているので「たぶんこれは昔と同じだと思う」という懐かしがり方とでも言うのかな。まあ、歳取ったなと。たまに昔の自分の本拠地を散策してみるのも面白いかもです。
映画「ハンニバル・ライジング」を観て来た。「羊達の沈黙」「ハンニバル」「レッドドラゴン」と続いた、レクター博士のシリーズ第四弾。今回は何がレクター博士の狂気を行動を導いたのか、何がハンニバル・レクターなる人物を創り出したのか、という過去が明らかにされる。新進気鋭の役者ギャスパー・ウリエルが若き日のレクターを怪演する秀作。原作の雰囲気をいまひとつ伝えきれていない、という批評も観られる。けれど、%7%j!<%:86:n$rA4$/FI$s$@;v$N$J$$<+J,$H$7$F$OHs>o$K40@.$5$l$?@$3&4Q$H$=$l$J$j$KG レクターと日本文化との関係性も興味深い。若き日のレクターに重要な影響を与えた人物として、遠縁の親戚となる日本人女性が登場するのだが、あれ?池上季実子かと思ったらコン・リーだった(笑)。このシリーズ、続編になるに従って僕の好みになってきている。さすがにもう続編はないのかな。この手の「美しき狂気」を楽しめる人に取っては秀作。そうでない人にはお勧めしない。★★★☆☆。
映画「ホリディ」を観た。恋愛映画は殆ど観ないのだがなんかの寸評で、王道恋愛映画だが結末にちょっとした仕掛けがあって楽しい、みたいな事が書いてあったので久しぶりに。何の事は無い立派な「王道恋愛映画」でしたよ、良くも悪くも。感想その1)とにかく、昨今のありとあらゆる恋愛映画の要素が詰め込まれている。手垢塗れのストーリーだが、それなりに面白くはできている。感想その2)この映画のキャメロン・ディアスは、どこまで行ってもキャメロン・ディアスにしか見えない。感想その3)ジャック・ブラックはこのぐらい演技を抑えてやっと「ちょっと個性の強い俳優」という感じになる。他のがインパクト強過ぎなんだが。という訳で悪くは無い。★★☆☆☆。
ポール・マッカートニーの新曲「Ever Present Past」がここで聴ける。良いんじゃない、良いんじゃない、良いんじゃない!。なんつーか、ここ数年の作風を、かつての自宅録音アルバム「McCartney II」と上手い具合に昇華させてるような感じ。期待できんじゃないの〜。
Apple TVの購入を迷っているんだが、どうかな?。つか。ハードディスクの容量が全然足りなくなりそうなんだけど、そこのフォローってのは考えてないのかな>Apple。
過去音源のリマスタリングは、暇を見付けては少しずつ継続中。所謂「コンサート音源」の主立った所はほぼ取り込み完了。あとは音質の補正とかCD化とかをコツコツと進めて行く。CD化に際してはライナーっぽいものも作成するつもりなので、過去の記録とかをひっくり返して当時の状況を記憶の片隅から引っ張り出してくる作業も結構、大変。もう10年以上も前だもんねえ、無理も無いんだけど。でも、なかなか良い素材が揃って来たので、個人的には少しワクワクしている。それにしても、地味な趣味だな(苦笑)。
昔から、僕に取っての「良い音」とはオリジナルに忠実な事が重要なのではなく、自分にとって如何に聴きやすくて心地良い音であるかどうか、というのが重要なのであっった。例えばン百万もする立派なサウンドシステムならまだしも、iPodとかラジカセとかミニコンポとかで、音がどうこういう議論ってあんまり意味ないよなあ、というのが僕のスタンス。変わらんて、そのレベルじゃ。CDのリマスターとか、下手すりゃその日の体調とかの方がよっぽど聴こえ方に影響するって。微妙な差は個人的にはどうでもいい。聴いて一発で分かる明らかな差異にしか興味は無い。
なので最近、友人が自宅に構築したすんごいオーディオ装置(ん百万?)にはヒジョーに興味がある。そこまで行くと聴こえ方が変わってくるだろうから。聴こえ方が変わってくると、得られるモノが変わってくる。得られるモノが変わってくると、初めて分かる事があるかも知れない。聴き慣れた音源にもまた新しい発見。それが楽しみ。
もう少し詳しく説明するとユニバーサル・ミュージックってのは配給元であって、実際の所属はコンコード・ミュージック・グループってところ。ビルエバンスで有名なRiversideやオーティス・レディングのStax、マイルス・デイヴィスのPrestigeなど、数え切れない程たくさんのレベールを配下に持つ、巨大音楽グループなのだ。
その中の1レベールとして、スターバックのHear Musicが設立されるって訳。「スターバックの新レーベル」って聴くと、なんか異業種からの参入と言うか、ユニクロが野菜を売り始めたと言うか、何となく弱っちー感じがしたけれど、何の事は無いそのバックには意外にしっかりしていたのである。なるほど。こうして見ると、逆にスターバックスがおまけのように感じてしまう(笑)。コンコードのカタログを眺めていると「大人が安心して聴ける良質な音楽を提供する」的な雰囲気が感じられる。そういうスタンスもポール・マッカートニーの心を動かしたのかも知れない。なんか納得。
ちょっと驚いたのが、日本のユニバーサル ミュージック株式会社のCEOである石坂敬一氏。この人は元東芝EMIで長年ビートルズを担当していた、ビートルファンなら知る人ぞ知る有名人なのである。偶然なのか必然なのか、これはちょっと面白い。ちなみに石坂氏EMI時代にはピンク・フロイドも担当していて「プログレッシブ・ロック」という言葉を発案したと言われている。
ここ最近、自分の能力が下降線を辿って行っているように感じる事が多い。年取ったせいだ、で片付けられればイイんだけど、どうも昔のドライブ感と言うか、ノリと言うか、そういう感覚と随分とご無沙汰しているような気がする。衰えてんのかなあ。爺ちゃんとかになれば、もう間違いなくあらゆる事が衰えて行くのだろうけど、先人達は過去のノリノリだった頃の自分とどうやって折り合いをつけていくのだろう。僕は何が恐いんだろう?。
そこんとこ、ポールマッカートニーの年の取り方はかなり理想的に思える。離婚騒動のドタバタはあったけれど、あれはたぶん世界一有名な男と結婚するという重大さを知ってしまった元奥さんの意思なのだろう。あまりに凄そうでまるで想像できないのだけれど。でも、ある程度の人数のグループの中で一番前(一番上ではなくて)に立たされた時の孤独感と言うか、期待される感じみたいなのは少し理解できるような気がする。俺が俺がみたいな、ガキ大将的な性格ならピッタリなんだろうけど、自分でコツコツと構築した世界観を基準とするような人間にとってはジェットコースターのように悦楽と恐怖の板挟みになってしまうのかも知れない。かといって、のんべんだらりとした刺激の無い世界は、憧れはしてもいざそこに入ってしまうと耐えられない性分だったり。器用貧乏。カッコいいってことは、どういう事なんだろう。
あまり関連性は無いけれど(自分の中では繋がっているんだが)、なぜ人はあんなに人の悪口を言えるのだろう。自己正当化?自分が見えてないだけ?、癖?、理解不能。悪口を言う人間ばかりの中に立たされると、誰を信じていいのか分からなくなる。聞き流すのにも結構、エネルギー使うんだなこれが。疲れる。
何を書いてるのか分からなくなってきた。もう寝る。ポールの新作は6月発表予定。楽しみだな。
今に始まった事じゃないんだけど、こんだけ方針がブレるってのは、僕のずーっと上の方にいる人が方針を決め兼ねてるって事なんだろうな。つまり、決断力にも推進力にも欠けてるって事に他ならないんだけど。多少、無茶な方針であっても「いいのだ!とにかくこの道で行くのだ!」って言って欲しいんだよねえ。これが戦場の司令官だったら、死傷者続出だね。まだ始まってもいないのに、もうドタバタしてる。やっぱ重症だね。何でもイイから早く決めろってば。
ええ、ええ、このどんでん返しも想定内ですけどなにか?。もうこの位じゃ驚かないって。あの人、今までブレなかった事、一度もないんだから。自信無いんだろうねえ、可哀想に。
話題変わって、オンライン音楽配信の業界に激震(って言う程でもないのかな?)。遂にiTunes StoreにDRMなしの楽曲販売が登場する。そして驚くなかれ、その最初となるのが、なんとEMIなのだ。う〜ん、これは大英断だな。以前にスティーブ・ジョブスが発表したステートメントとの関連性が興味深いのだが、ある程度EMIとの交渉が本決まりに近づいた段階での発表だった、と考えるのが自然なのかも知れない。自分で言うのもなんだが、コラム「「パップラドンカルメ」にみる革命(の芽生え)」で僕が示唆した流れに非常に近くなっているのが、これまた興味深い。要は、1)正規のコンテンツとして流通させなさい(iTunes以外にも展開する予定らしい、ビートルズはまだだけど)、2)クオリティーの高いコンテンツを用意する(従来の2倍の音質、これができるのはコンテンツホルダーの最大の強みだね)、3)適正な価格を設定しなさい(従来の2倍の音質+DRMフリーでちょこっと値上げ、でもアルバムは価格据え置き、って値付けは絶妙)、4) セキュリティ保護はほどほどに(まるで無いかの如くがベターだが、そもそも無いってのがベスト)。ほらほら、予想通りでしょ。絶対、こっちの方向なんだって。
う〜ん、風邪が治らん。寝る。
余談。最後の締めには苦笑するしかなかったなぁ。僕もいつしかああいう感じになっちゃうのだろうか?。
今日のYouTube。The Traveling Wilburys で「Handle With Care 」。どこをどう聴いてもジョージっぽい曲。ロイ・オービソンの美声が染みる。
ポール・マッカートニー。どうしても元ビートルズというイメージの陰が付きまとう。今もバリバリの現役アーチストなのだが、それはもちろん全盛期のそれとは比べ物にはならない。あの頃のポールのイメージだと、スタバとの組み合わせってのは今ひとつしっくり来ないかも知れない。しかし、ここ最近の数作「Flaming Pie」や「Driving Rain」や「Chaos And Creation In The Backyard」を知る者にとっては、あのイイ感じで肩の力の抜けた、飾り気の無いリラックスした雰囲気、でもクオリティーは凄まじく高いという感じ、敢えて言えば「年代物のログハウスが持つ独特のラグジュアリー感」と言えば良いだろうか。一見シンプルで簡単そうなんだけど、実はとても奥が深くて、でも人当たりはホッコリしている、っていう感じが、スター・バックスの持つブランド・イメージと丁度良い具合でマッチしてるんじゃないだろうか?。そう、ポール・マッカートニーの今の音楽と、スター・バックスのイメージって、実はなかなかお似合いなのだ(と僕は思う)。
実際にポールの新作がリリースされれば、世界中のスタバの店頭にアルバムが並ぶのだろう。ごく自然に、それもお似合いの雰囲気の中で、ポール・マッカートニーの今の音楽に触れる機会が増えるという事は、ポールにとっても僕にとっても嬉しい事だ。伝説のアーチスト!ポール・マッカートニー!・・・なんて堅苦しい感じはもうやめて、初老の英国人が紡ぎ出すシンプルで美しい音楽に、リラックスした気楽な感じで触れ合あってみよう。
前々から会社で使っているマグカップを買い替えたいと思っていたのだ。これまでは、Java Worldか何かの景品で貰った大きめのマグを、もう何年も使ってた(側面にJavaのロゴが入っているのがメタっぽくて好きだった)のだが、さすがに痛みが激しくなってきたのと、会議の移動などでマグを持ち歩く事が多いのだが、これが結構大変なのだ。
で、新しいマグカップをいろいろと探していたのだが、いざ探し始めてみるとなかなかこれは!と思うものが見付からない。希望する条件は以下の通り。
- あまり大きく無いこと
- シンプルなデザインであること
- メンテが楽なこと(白い陶器なんかは汚れが目立つのでNG)
- 頑丈、壊れにくいこと
- 安っぽくないこと(毎日、使うモノですから)
- 冷めにくい、こぼれにくいなら尚よろしい
今日の午後、ふと会社ビル内のTULLY'S COFFEEに行ったら、何とも言えずシンプルで美しい白いタンブラーを発見したのだ。まず、大きさが僕に取ってはちょうどイイ。サーモマグと同様に保温機能があるのだが、違うのは完全に分解できる&材質がプラスチックである点。よってメンテナンス性は高い。しかも非常に軽い。また、二重構造の外側は磨りガラス状の半透明になっていて、内側の白い側面と重なる事で穏やかで淡い質感になるのがやわらかくて美しい。イイ。とてもイイ。という訳で即購入。こいつとは長い付き合いになるだろうか。
実際に手にとってみても、やっぱ可も無く不可も無くという感じ。よく分からないんだけど、ソニエリの考える「デザイン」とは何なのだろうか?邪推すると「シンプルだけど芯のあるデザイン」みたいな事を言いたげな気持ちは分からないでもないんだけど、この「芯」の部分が全く心に響いてこない。小奇麗に成型して、サッパリまとめました、ってだけのように見える。こだわりが感じられない。カラバリの選定基準も良く分からない。男は黒、女はピンク、それ以外はベージュってなによそれ?。カラーだけでも気概が見えていれば、かなり印象は違ったはずだ。
おまけに肝心の機能美も考慮が不足している。普通にフィリップを開いて持った状態でカメラをONにすると、持っている掌でレンズが完全に塞がれてしまう。一瞬、カメラが起動してないのかと思う。Felicaロックの解除ボタンを押せる状態で端末を握ると、読み取り機にかざす部分を示すマークが見えない(裏に来る)。(これはソニエリの問題じゃないのかも知れないが)画面上に常時表示される「ニュースフラッシュ」なる機能は全く必要性を感じない。且つ、選択できるウィンドウ配置のバリエーションが不足している。イルミネーションの設定は独立したメニューになっているが、着信ランプの設定は着信/メール等で個別に設定しなければならない。なんですかこれは?
もっと頭に来たのは、自分で変換した.3g2ファイルが着メロにもアラームにも登録できなくなっていること。何のためにこんなことするの?。公式サイトから購入した着メロ以外は登録するなって事か?。自作の着メロってそれだけで著作権侵害に当たるのか?。そんなくだらない仕組みを入れ込んでる暇あったら、他にやることいっぱいあるだろーが。ホント、つまんない。マジでソニーはもうダメかも知れない。
あんまりケナしてばかりでも仕方ないか。W51Sの良いところを敢えて挙げておく。軽い。薄い。液晶の性能は良い(綺麗)。以上。
MDR-DS6000は無線伝送方式。赤外線とは違って壁などに遮られてもそれなりに音声が届いちゃうのが面白い。我が家のスペース程度であれば家の中どこでもちゃんと音が聞こえる。ベランダで星を見ながらサラウンド、なんつーことも可能。で、肝心のサラウンド効果なのだが、想像していたよりは淡白な印象。前後左右で音がグルグル回りまくる!のかと思っていたのだが、DOLBYとかDTS方式のデータを素直に解釈して、それをヘッドフォン用に調整した解像度の高い広がりのあるステレオ音声に変換している、と言った感じ。ビックリする程の臨場感は無いけど、変なギミックに走るよりはこれで良いのかも知れない。
これと対極にあるのがドルビーヘッドフォン。ドルビーヘッドフォンっていう製品,$"$k$s$8$c$J$/$F!"%I%k%S!<
- 紛失音源その1:エマーソン、レイク&パーマ(1992/09/18@渋谷公会堂)。カセット全2巻のうち最初の1巻目が行方不明になっている。2巻目はアンコールをノーカット収録しているのだが、それはつまりコンサート本編を丸ごと紛失している事を意味する。我ながら非常に良好な音源だっただけに悔やまれる(つか泣きそぅ)。
- 紛失音源その2:ジョージ・ハリスン(1991/12/14@東京ドーム)。こちらは全2巻のうち2巻目が行方不明。2階席かつ音質が非常に悪かったため、ショックはそれ程では無いのだけれど、貴重な音源である事には変わりなく、やはり紛失は悔やまれる。
- 音源その1:イエス(1991/03/04@横浜体育館)。非常に貴重な8人編成イエスをカセット全2巻でほぼノーカットで収録。アリーナ後方ながら中心からの録音なので十分に鑑賞に堪えうる音質。ジョン・アンダーソンの「とんぼの眼鏡」を含む。
- 音源その2:イエロー・マジック・オーケストラ(1993/06/11@東京ドーム)。再生コンサート2日目をカセット全2巻でほぼノーカット収録。基本的に打ち込み自動演奏が主なので隠し録りの意味があまりないのだが、会場の雰囲気や歓声を捉えているのは貴重か。CD化ではオミットされたエンディングのメンバー紹介を含む。
- 音源その3:ポール・マッカートニー(1993/xx/xx@東京ドーム)。カセット全2巻ほぼノーカット。同音源のブートが星の数ほどリリースされており、且つどのコンサートでも演奏内容がほぼ同じ(つまり演奏が上手いって事なんだけど)という点で、貴重度はあまり高くないが、その時その場にいた証としての思い出深い音源ではある。
今日のYouTube。YMO TECHNODON liveよりFIRECRACKER。
今日のGoogle Video。ゴールドベルグ変奏曲を演奏するグールドの映像。
脚本も主となるストーリーがある訳ではなく、いろいろなエピソードがいろいろな形で展開されて行き、時間と共にそれらのエピソードが有機的に繋がっていく感じが、今までに無い肌触りと言うか「そうか!そう繋がるのか!」という最後にあらビックリ的な展開へのアンチテーゼ風なのが面白い。物語早々から差別的な表現が満載だが、それらの描写がどこまでもアメリカなの普通の日常なのだなあと極東アジアの一人としては感じてしまう。当たり前の日常に潜む人間の闇(と僅かばかりの光)を、適度に冒険的で新しい表現手段で描いている、という意味でのオスカーなのかも知れない。誤解を恐れずに言えば「このボンヤリ感が絶妙」。どこまでも日常を描くってのは映画の本分だとは思うし、グッと来るシーンもある事はあるのだが・・・ただ、盛り上がりには欠けるね。★★☆☆☆。
Microsoft最後の巨像、Windows Vistaが発売されて、仕事の方もそろそろ慌ただしくなってきた。一年前に「Vista対応は一年後で大丈夫」という独自の(アホな)理論をぶち上げていたあの人はどう責任を取るのだろう。やる気のある普通の企業なら、新OS登場から3ヶ月、遅くても半年以内に新OSに対応してくるもんだろが。その張本人は自分の発言なんか等に忘れて、いやいや3ヶ月後に出るんですよ、出さなきゃね、出なければ死んでるも同然、みたいな事を平気で言うのであった。皆、こうなる事を分かってたんだよ、去年から。どう甘く見ても采配ミスだよね。そのツケを負わされるのはいつも現場。まあ、今に始まった事じゃないけど。
そんなストレスな日々を過ごしつつも、過去音源のリマスタリング作業をコツコツと進めているのであった。いやぁ、面白いね。自分で自分の好みのサウンドに仕上げるんだから、そりゃ楽しいわな。ただ、カセットテープの劣化が予想以上に進んでいてちょっとショック。これ、数年後にはもう使い物にならなくなってたんじゃないかな。そういう意味では間に合ったのかも知れない。
そうそう、プリンタも買ったのだ。せっかく過去音源をマスタリングするんだから、それをCDに焼いてかつての関係者にも送ってあげようと思ったのだ。で、どうせならCDレーベルもちょっと色気を持たせても良いんじゃないかと。そもそも、水害の時にプリンタ壊れてそのままだったし。とにかく道具は揃った。あとはコンテンツだ。マスタリングの難しいところは、どこで最後の一筆とするかだ。放っといたら、ずーっと続けちゃうんだよね。
今回の再結成について言及したいのは主に2つ。まず、注目の新曲について。何故今、ライディーンのセルフカバーなのか?と言う件はさておき、この力の抜け具合はちょっと尋常ではない。何なのだこれは???。もっとも、YMOの過激な力の抜き方と言うのはある種のセオリーである事をファンは認識しているので、ファンをバカにしていると受け取られるか、「YMOらしいっちゃらしい」と言わしめるかのギリギリ限界のラインと言われればそうなのかも。流石と言うかアホと言うか・・・。逆に言えば、その「過激な力の抜き方」も今回で極まったのかも知れない。つまり次は無いぞと言う。スティングが宮崎シーガイヤのキャンペーンソングとして提供した「Take me to the sunshine」の力の抜き方(もといジャパンマネーに魂を売った感じ)とは性質が異なる。
もうひとつ。今回のYMO再結成の前にはサディスティック・ミカ・バンドの再結成が実現している。この順序は、前回のYMO再結成の時と全く同じ。この奇妙な一致は何だろうか?。前回のYMO再結成の時、鈴木慶一が意味深な発言をしていた事を思い出した(具体的な表現は失念したが概ねこんな感じの内容)。
ちょっと前にミカバンドが再結成したでしょ?。で今回、YMOが再結成したと。その両方に共通しているメンバーがいますね・・・あとはご想像に任せます(苦笑)。当たり前だが、今回の再結成についても、ミカバンドとYMOに共有しているメンバーが一人いる。
物理的にカセットテープの寿命が近づいている(もう死んでるかも・・・)と言うのもあるのだが、一番大きかったのは一昨年に被った天災(水害)の教訓である。奇跡的にもこれらのテープ音源は浸水の被害を免れたのだが、いつまた何が起こるか分かったもんではない。市販品なら買い直せるが、こういう過去の音源は一度失えば二度と取り戻す事はできなくなる。本来の意味での「マスターテープ」なのである。バックアップの意味も含めの、過去音源のデジタル化なのである。
一方、そもそも過去音源のマスタリングという作業には興味があったのだ。モノラルをステレオにしたり、サウンドに広がりを持たせたり、痩せた音を補正したり、不必要な音域をカットしたり、マスタリングの匙加減一つで、音源のイメージがガラリと変わってしまうマスタリング作業には多くの可能性が秘められているし、それ自体がアーティスティックな作業であると言っても過言ではないだろう。とある音源べストな形を追求する作業。いいんじゃないの。楽しそう(^o^)。
まずは環境構築って事でいろいろと機材を揃える必要がある。必要となるのは以下の3つ。
- カセットテープを再生する装置
- 再生されたカセットテープの音源r%Q%=%3%s$K
パソコンに取り込んだ音源を編集するソフト
師匠のご指導を仰ぎながら検討した結果、テープの再生装置にはSONY WM-EX651 L ウォークマンを、オーディオ・インターフェイスにはRoland UA-4FXを、編集ソフトにはPeak LE 5を準備した。結構な出費・・・でも、趣味に金を注ぎ込まないでどうする!(苦笑)。ウォークマンは再生速度が調節できるのがミソなのだが、現行機種でさえ、かなり品薄な状態であった。テープ再生装置そのものが入手困難な時代になるのも、そう遠い将来では無いかも知れない。
簡易的な設備とはいえ、ちょっとしたマスタリング・スタジオの誕生である。スタジオのロゴでも作るかな(本末転倒)。さて、機材の準備は万端。でも、まだ始められない。機材やソフトの使い方が分からないのだ(苦笑)。これから暇を見つけて、マニュアルを熟読しなければ・・・。
映画「パッチギ」を観た。グループサウンズ全盛の1968年の京都、日本人の少年と在日朝鮮人の少女との間に芽生えた許されないはずの恋、当時の若者が持て余していたエネルギー、そして民族問題を名曲としても放送禁止歌としても有名な「イムジン河」を介して笑いあり涙ありで描かれる。監督は言わずと知れた井筒和幸。所謂ひとつのロミオとジュリエットなのだが、つたない役者の演技(新人俳優が大半を占める)、つたない監督の技量(この人の作品はとにかく作りが粗い)を差し引いても、なかなか見応えのある作品になっていると思う。「イムジン河」を物珍しいアンタッチャブルな際どい曲としてで泣く、多少ベタではあったけれど、きちんと説得力のある取り扱われ方をしていて、この一点のみでこの作品の存在価値がある。これが邦画の賞を総舐めにしちゃう状況はどうかと思おうが、観ておいて損は無いです。★★☆☆☆++。
がしかし、うっかり見落としてしまったのだが、新nano用のLanyard ヘッドフォンはインイヤー式(耳栓みたいなヤツ)じゃなかったのだ。個人の嗜好にもよるんだと思うが、個人的にはインイヤー式に一度慣れてしまうと、普通のヘッドフォンだとどうしても物足りなく感じてしまうのだ。音漏れの問題も無視できない。新nano用のLanyard(インイヤー式)があれば全て解決なのだが、今のところオンランストアには掲載されていない模様。仕方が無いのでLanyardを諦め、インイヤー式の別のヘッドフォンを購入することにした。いろんなレビューなんかを参考にしてEtymotic Research ER-6iを選択。15800円という贅沢な一品。毎日使うものだから、ヘッドフォンには妥協したくないのである。
で、注文していた品が到着。早速、試してみた・・・のだが、これが困った。高域の解像度はなかなかなんだけど、中域/低域がとても貧弱なのだ。低域を満足行く音量まで引き上げると高域がどうにもこうにも耳に付く。EQで低音をブーストしてもまだ足りない。耳をイジメているような感覚。なんつーか、低音が弱いのではなくて細いのだな。包み込むようなふくよかさが足りない。とてもじゃないが長時間の使用は無理そうである。音量を絞ればバランスの良いサウンドになるんだけど、それだったらわざわざインイヤー式にする理由が無いんだよなあ。たぶんクラシックとか、落ち着いたポップスなんかを聴く分には良いサウンドなんだろうけれど、ロック系をある程度大きな音で聴きたい人には不向きだ。大枚叩いてこれかよ〜。ガックシ。
他のヘッドフォンもいろいろ見てみたけど中堅クラスの製品が少ないんだよね。旧nanoのLanyard(インイヤー式)は解像度は低かったけど全体的なサウンドは好みだったんだよなぁ。新iPod nano用のLanyard ヘッドフォン(インイヤー式)を待望する。
さて、iPhoneの個人的な感想として「ここが重要」と思った点を幾つか列挙してみる。
- 全ての始まりは「携帯電話を再発明する」というコンセプトであった点。iPodが最初に発表された時と同じく既存のスタイル+多機能では無く、スタイルそのものを考え直そうという発想がやっぱり魅力なのだろう。
- スタイル再発明の実現に向けて、Mac OS Xが搭載された。いわゆるMac OSのインターフェイスが小型デバイスに移植されたってのは、小型デバイス業界にとって大激震だろう。これに比べたらPSPのクロスメディアバー(XMB)の何と貧相なことよ。Zune?なんだっけそれ?
- Mac OS Xの搭載により、これまでには考えられなかった柔軟なインターフェイスが実現できるようになった。Safariベースのフルブラウザ、Cover Flow、Google Mapなんかはまだまだ序の口なのだろう。可能性だけで考えれば、Macでできることは殆どできるようになるんじゃ無いだろうか?。末恐ろしい。
- ボタンの廃止。「タッチスクリーンを搭載したい」のではなく「ボタンを廃止したい」という考え方がベースになっているのがポイント。二本指で操作可能なタッチセンサー、ソフトウェアキーボード、端末を横向きにすると表示が自動的に横向きに変更される等、ボタンに代わるありとあらゆるインターフェイスが搭載されている。スタイラスペンとかジョグダイヤルが霞んで見える。数年後、10キーが搭載されている携帯電話はとてもレトロにみえるのだろう。「まだボタン付きの携帯使ってんの?」みたいな。
些細な事だが、端末の大きさも絶妙だと思う。これまでにも電話としても使えるPDAという製品が幾つかあったが、そのどれもが電話として使うには大きくて不恰好だったのだ。見ているこっちが恥ずかしくなるような(笑)。写真でみるしかないのだが、iPhoneはこのあたりがギリギリの線でセーフのような気がするんだがどうだろか。
さて、最後に残念なお知らせ。このiPhone、米国リリースは今年の6月。アジア地域(日本が含まれているかは不明)は2008年以降に順次、投入していく予定らしい。つまり、大画面iPodは来年までお預けの可能性が出てきた。ガーン(涙)。ここはひとつ日本からでも購入だけはできるようにして頂きたい。大画面iPod用に去年からせっせと変換し続けてきたmp4動画の運命や如何に。とにかく、公式ページでも確認できる、そのインターフェイスの動きがとにかく美しい。一日も早く現物を手にとって見たいものだ。右の写真はPSPでまだ見ぬiPhoneの気分を再現してみた様子。準備している時は楽しかったんだけど、完成したが最後、急に脱力感が・・・(苦笑)。
仕方が無いので、新しいiPodを注文した(笑)。こんどは8GBだ。しかしスゴイよなぁ。この大きさで8GBですぜ、旦那。他社製品を選ぶ理由が全く無いもの。どこまで進化するのだろう。気になるのは噂の大画面iPod。1月末に発表されるって言われているけど、ホントに出ちゃったら困るな。
そうそう、今年は4日から仕事初めです。
で、ハードウェアの率直な感想。これはなんつーか、ゲーム機では無いね。ゲームはあくまでも一機能であって、画像や音楽の再生(拍子抜けするほど簡単に再生できちゃった)や無線LANによるネット接続とか、所謂ひとつのメディアプレイヤーだね。誤解を恐れずに言えば、ゲーム機能に力点をおいたiPodみたいな。この小さな筐体にこれだけのモノをシンプルに詰め込んだ技量は評価しても良いんじゃないかな。出荷台数ではNINTENDO DS Liteに負けているけれども、同じ土俵で戦うモンじゃ無いような気がする。あまり言及されないけれど、PS3とWiiの位置付けと非常に似ている。方や「これはゲーム機ではない、コンピュータだ」、方や「これは楽しさを追求した最上のゲーム機だ」。
問題は「コレを使うとこんなに良いことがある」っていうスタイルの提案を如何に提示できるかだろう。現時点でこれが上手く出来ているのは明らかにNINTENDO側だ。誰でも楽しめる単純で且つ付加価値のあるゲーム・コンテンツを多数提供して、子供から大人まで多くのユーザを取り込むことに成功している。「脳トレ」はゲームでありながら、「頭をやわらかくする」という健康面での付加価値を付けて来た。上手いねえ。残念ながらPSPはこれが、少なくとも今はまだできていない。動画のダウンロード販売とか、ロケーションフリーTVとか、それなりに意欲的な試みは見られるのだが、「脳トレ」に比べると敷居が高いのが残念。SONY製のHDR機の全てにメモリースティックのスロットをつけて、録画した番組を簡単に落とせるようにでもすれば、かなり違うと思うんだが。
一言で言えば、PSPはパソコンがそれなりに使える人じゃないと、その性能の全てを引き出すのは難しい感じなのだ。音楽をmp3に変換したり、動画をmp4に変換したり、無線LANをセットアップできる事って、今の日本人の平均的なスキルでは無いよねえ。機能的な可能性は秘めているんだけどそれをまだ十分に生かしきれていないのが残念。なんでワンセグが観れるアダプタを出さないんだろう。折角の大きな液晶画面が勿体無い。
話はそれるが、そうやって考えるとiPodとそれを取り巻くソリューションってのは、如何に完成されてるかって事に改めて気が付かされるよね。似たような事やってるのに、その敷居の高さが全然違う。MacにCD入れればリッピングされて、iPodを繋げば転送される。iTunesではワンクリックで音楽を購入できる。全てを通して「接続する(挿入する)」「ボタンを押す」しか操作が無いんだもの。ユーザはmp3とか何とかを全く意識しないもんね。美しい。
さて、早くも持て余し気味のPSPだが、今はこの春に登場が噂される「大画面iPod」用として溜め込んでいる動画(mp4)をPSPに転送して遊んでいる。The BeatlesのLet it beセッションをPSPで鑑賞する2007年のお正月。
昨年の反省。なんつーか、良くも悪くも無難な年だった。ホントにプライベートな部分ではいろいろあったけど、全体としては今後の自分の生き方に影響を与えるような大きな出来事ってのは無かったなぁ。そんな大事件ってそうそう無いのかも知れないけど、大事件でなくても新しい方向に歩むための兆しとでも言うのだろうか、そういう小さい破片みたいなモノも、これと言って無かったような気がする。淡々と日常を過ごしちゃった。年取ると、自分がブレなくなるのかな?(笑)
理由は何となく分かっていて、自分が興味を持てそうなモノをもっと自分で探す努力をしないとダメなんだろうなと。家でボケッとしていて「なんか楽しいこと無いかな〜」なんて思ってても絶対に楽しい事は無いんだもの(苦笑)。今年は自分で楽しいことを見つけるように、もちょっと動いてみよう。
あと、体調が良く無かったよなあ。これはマイった。腰痛めたり、結膜炎になったり、常にどこかしら調子悪いという状況。これも理由は分かってんだな。慢性的な運動不足、そして自己管理の甘さ。昔はどんなに疲れてても、カッツリと眠ればほぼOKだったけど、さすがにもう無茶苦茶はできない年齢なのかなと。今年はもう少しストイックに自己管理をしてみよう。それと、ポテトチップは控えよう(苦笑)。