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きょうの社説 2010年10月17日
◎「武士の家計簿」海外上映 新たなサムライの姿を伝え
国内上映に先駆け、加賀藩の御算用者(ごさんようもの)(会計専門の武士)を描いた
映画「武士の家計簿」(北國新聞社、アスミック・エース、松竹製作)の海外上映が相次いだ。北米を代表するカナダのモントリオール世界映画祭と米国のシカゴ国際映画祭で、来場者からは、刀ではなく、そろばんで困難な時代を生き抜く加賀藩の「サムライ」の姿に新鮮な驚きと共感の声が上がっている。原作者の磯田道史茨城大准教授が「現代に江戸時代の武士の世界をここまでリアルに描 くことができた記念碑的作品になった」と語るように、「武士の家計簿」は刀を持った侍が派手に戦う従来のイメージの時代劇ではなく、加賀藩の下級武士の一家の日常にあふれる家族愛を描いている。石川から新たな時代劇を海外に発信した意義は大きく、外国人が映画を楽しみながら、日本に対する理解を深めてもらいたい。この時代劇の新風は日本人、地元のわれわれにとっても、あらためて家族のきずなやふるさとの歴史・文化を見つめ直すきっかけになろう。 刀を持たずとも、いちずに勤めに励み、苦難のなか家族を守る主人公の姿は、身近で等 身大でありながらも、大切なものを守り抜く侍の魂を持ったヒーローといえる。両映画祭の来場者は「刀を持たない武士の存在は知らなかった」「サムライの日常的な側面を取り上げた映画は初めてで新鮮だった」などと感想を述べ、サムライのイメージを一変する映画に高い関心を示していた。 メガホンをとった森田芳光監督が「危機の中を家族がどう生きるか。日本人が持つDN Aを教えてくれる映画だと思う」というように、日本人にとっても家族のきずなや勤勉さなどの日本人の美徳を今一度思い起こさせる内容となっている。困難な時期を生き抜く知恵は現代にも通じるものである。 スクリーンからはロケを行った金沢城公園や長町武家屋敷そっくりのセットをはじめ、 「盆正月」の再現、加賀友禅や金箔(きんぱく)、漆を使った工芸品など加賀藩の豊かな土壌が伝わってくる。多くの人々に加賀百万石を支えてきた侍の世界を知ってもらいたい。
◎EPA推進指示 方針より実現力問われる
菅直人首相は、先の新成長戦略実現会議で、11月に横浜市で開かれるアジア太平洋経
済協力会議(APEC)首脳会談までに、経済連携協定(EPA)推進の基本方針をまとめる考えを示し、関係省庁に策定作業を指示した。首相は参院予算委でも貿易・投資の自由化促進を重ねて強調したが、それは政府の新成長戦略の実行計画に盛り込まれた既定路線であり、問われているのは方針をいかに実現するかである。EPAは、自由貿易協定(FTA)よりも幅広い経済連携をめざすもので、新成長戦略 の行動計画は、日韓の交渉再開、日豪の交渉推進、日・EU(欧州連合)の交渉開始などを明記している。自動車や電子機器などで日本企業と競合する韓国は、きわめて積極的にFTAを推進しており、先ごろEUとのFTAに正式署名したばかりである。来年7月に発効し、5年以内に各種製品の関税が撤廃されることになっている。 日本にとってEUは中国、米国に次ぐ貿易相手である。日本側の働きかけにかかわらず 、EUとのEPA交渉になかなか入れない要因として、農業問題よりも工業製品の認証手続きの煩雑さなど日本の非関税障壁に対するEUの不満の強さが挙げられる。EUの対日貿易赤字がさらに拡大することへの不安も大きいようだ。 韓国は、日本とEUの事前協議が停滞する間隙を突いて一気にFTAを実現した形であ る。日本は米国との交渉でも出遅れており、このままでは韓国企業との輸出競争で、日本勢は劣勢を強いられるばかりである。 EUがこれまで、日本とのEPA交渉に慎重であった背景には、日本の政権の不安定さ もあったとみられる。菅首相がAPEC首脳会議でEPAの推進を強調するのはよいが、基本方針の策定は今さらの感もあり、非関税障壁となっている国内規制の緩和や農産物の取り扱いについての具体策に踏み込まない抽象的な方針では意味が薄い。最も必要とされているのは、安定した政権による政治の推進力、突破力であることをあらためて銘記してほしい。
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