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チルドレンのためのエヴァンゲリオン外伝2「そのフォークは愛を運ぶ」
シンジ達の保護者である叔父夫妻は家を用事で留守にして、今夜の夕食はシンジとアスカ、レイの三人だけで食べる事になった。
今夜の夕食は、いつも叔父夫妻と共に家族で過ごすものと少し雰囲気が違っていた。
アスカはシンジに椅子を近づけていたし、何よりも二人の側には甘い空気が漂っている。
ナイフとフォークでステーキを器用に一口サイズに切り分けたアスカは、そのひとかけらをフォークで刺すと、シンジの口元に近づけて行く。

「今日のステーキは、美味しく焼けたと思うの。だから、あーん」

シンジは少し恥じらった仕草をしながらも、まんざらでも無い顔でアスカが差し出したステーキを口に入れる。

「うん、おいしいよ。アスカ」
「嬉しい! じゃあもう一個ね」

そんな二人のやり取りを見て、レイは首をかしげながらシンジとアスカに向かって質問を浴びせる。

「なんで、シンジお兄さんは手を怪我してないのに、アスカお姉さんが食べさせているの?」



話は第五使徒ラミエルとの戦いの最中までさかのぼる。
ネルフ本部に向かって空中を漂いながらゆっくりと接近してきた使徒に対し、ミサトはシンジの初号機を出撃させて様子を見る事になった。
しかし、初号機が地上に射出されるや否や、使徒は強力な熱線を発射してきた。
自分の作戦の誤りを悟ったミサトはすぐに初号機を地中に収容したが、シンジの両手は初号機のダメージによるフィードバックで痺れが止まらなくなってしまっていた。
意識を失っていたシンジは、病室のベッドの上で目を覚ました。

「ここは……? 綾波……?」

ベッドの側の椅子に腰かけていたレイはシンジの呟きには答えず、ミサトの命令を遂行しようと原子力レンジでリゾットを温める。
そして、あっという間にアツアツになったリゾットをシンジに突き付けた。
シンジは湯気を上げるリゾットを前に戸惑っている。

「食事。目が覚めたら食べるようにって。温かいうちに食べて」
「痛てててて。手がしびれて上手くスプーンが握れないよ」

シンジの様子を見たレイは、スプーンをシンジの手から奪い取る。
そして、リゾットをスプーンで掬い、シンジの口の前へと持っていく。

「碇君、口を開けて」

レイがそう言うと、シンジは耳と顔を赤くして照れ臭そうな表情で渋っている。

「あ、綾波、こういうのは……その……」

『命令』が遂行できず、困った様子でレイがシンジを見つめると、シンジは仕方が無いと言った様子で口を開いた。

「熱っ! もっと冷ましてから口に運んでよ」
「ごめんなさい。こういうの、初めてだからよく分からないの」
「スプーンで掬ってから息を吹きかけて冷ますんだよ」

シンジにそう言われたレイは、言われた通りにフーフーと息を吹きかけてリゾットを冷ましている。
その姿を見たシンジは、胸の奥が暖かくなるのを感じる。
シンジは風邪を引いて母親にこうして食べさせてもらうといった経験は一度も無かったが、目の前のレイに母親のイメージが重なったような気がしていた。

「綾波ってさ、きっと優しいお母さんになれると思うよ」
「お母さん……? 加持一尉みたいに?」
「うん」

レイは穏やかに微笑むシンジを見つめて言葉を返す。

「じゃあ、碇君がお父さんなの?」

そのレイの言葉を聞いたシンジは激しく咳き込んだ。

「そ、それは違うと思うよ!」

赤くなって否定するシンジを見て、レイは胸の奥が温かくなったり、切なくなったりを繰り返している事に気がついた。



そして、時は流れ……。
使徒との戦いは終結し、アスカとシンジとレイはシンジの叔父夫妻と同じ屋根の下で暮らすことになった。
アスカとレイはシンジを巡ってライバル関係になったこともあったが、シンジとアスカが自分の入る隙が無いほど固い絆で結ばれている事を知って、レイは妹として振る舞う事に割り切った。
シンジとアスカはめでたく恋人同士になったわけだが、叔父夫妻の前でイチャイチャすることができるはずもなく。
普段も健全な交際をしていた二人。
いつも家に居る叔母まで居なくなるのは珍しい事で。
二人は新婚夫婦のように甘い時間を過ごしていた。
今夜の夕食はアスカがステーキを焼くことになり、レイの目の前ではアスカとシンジの不思議な食事作法が行われていたのである。
レイに真顔で聞かれて、思わず赤くなって固まってしまう二人。

「……お姉さん、聞こえなかったの? なんでお兄さんは手を怪我してないのに、フォークで食べさせてあげているの?」

真剣な顔で詰問するレイからは逃げられないと感じたのか、アスカは耳まで赤くしながら話し始める。

「いい、レイ? これは愛情を伝える方法の一つなの。アタシが、シンジを愛してるって気持ちをフォークに乗せて運んでいるのよ」
「……前にお兄さんが言っていた、お母さんが風邪を引いた子供に食べさせてあげる行為に該当するものなの?」

いまいちわかっていないレイにシンジも苦笑する。

「これは、恋人同士でもするものなんだよ。レイは、知らなかった?」
「だって、赤木博士も、碇司令もそんなことを教えてくれなかったもの」

レイの答えを聞いたシンジとアスカは納得して頷いたが、次の瞬間、何か良からぬものを想像したのか顔が青くなる。

「ねえシンジ、今リツコと碇司令が……」
「うん、口を開いて……」

自分達の想像がユニゾンしていたことを知ると、アスカとシンジは目を見合わせて苦笑した。

「……それじゃ、なんでお姉さんは毎日お兄さんとそうやって食べないの?」

レイの直球な質問に二人はまた言葉を詰まらせた。

「そ、それは叔父さまや叔母さまの見ている前でやると恥ずかしい事だからよ、ね、シンジ!」
「う、うん、そんなことを目の前でしたら付き合うのを許してもらえなくなるかもしれないから……」
「お姉さんとお兄さんは楽しそうに食べていて、私も見ていて面白かったのに、残念ね……」

レイはそう言って溜息をついた。
シンジとアスカはすっかり茹でダコのように赤くなってしまい、それ以上レイの前で夕食を食べる事が出来なくなってしまった。



次の日の学校の昼休み。
教室でアスカとシンジとレイは友人達と混じってお弁当を食べていた。
レイは不思議そうにアスカとシンジの食べる姿を眺めている。
そして、アスカがタコさんウィンナーをフォークに突き刺したタイミングで、レイはアスカに声を掛けた。

「どうして、昨日みたいにお兄さんにフォークで食べさせてあげないの?」

アスカとシンジの周りに居る友人達の会話が途切れ、動きが止まった。

「叔父さんと叔母さんが居たら恥ずかしくてできないって言ってたけど、ここには居ない……ムグッ」

シンジが慌ててレイの口を押さえたが、すでに遅かった。
周りの友人達は目が全てイタズラ猫の様ににやけている。

「なんとまぁ、羨ましいやっちゃ」
「俺達に遠慮しないで、どんどんとやってくれ!」

高まる周囲の期待にアスカとシンジは退けなくなってしまった。
アスカはウィンナーを突き刺したフォークをシンジの口に持っていく。

「し、シンジ。今日アタシの作ったウィンナーはどうかな?」
「う、うん、よくできていると思うよ」

口を開いてウィンナーにかじりついたシンジは耳まで赤くして照れながらそう答える。
アスカも同じように火照っていた。

「じゃあ、今度は碇の番だな」

クラスメイトの男子にそう言われて、シンジは弁当箱に入ったハンバーグをフォークに突き刺して、アスカの口の前に運んで行く。

「あ、アスカ。昨日の残り物のハンバーグでごめんね」
「そ、そんなことない。シンジのハンバーグは冷めてもおいしいわよ」

アスカがそう答えると、クラスメイト達から歓声と口笛が巻き起こる。
いつの間にか他のクラスからの見物客も加わってさらににぎわいを増していた。

「キャー、アスカ、次は隣にあるニンジンよ!」

クラスメイトの女子がそう黄色い歓声を上げた。
この騒ぎは昼休み中ずっと続き、二人に触発されたのかその日の放課後は学校の至る所で告白する生徒達の姿が目撃されたという。
そしてこの事は伝説として学校で語り継がれていった……。
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