第二十話 クラム少年の恋物語
<ルーアン地方 マノリア村 白の木蓮亭>
「花嫁役はあたしがやるんだからね!」
エステルがそう叫ぶと、アネラスは不満そうな顔で抗議の声を上げる。
「えー、エステルちゃんはウェディングドレスに興味が無さそうだったじゃない、どうして?」
「そ、それは……」
エステルが顔を赤くしながら口ごもっていると、ミラノが助け船を出す。
「ここは1つ、新郎役のヨシュア君に決めてもらおうやないの」
「えっ」
ミラノがニヤけ顔でそう言うと、エステルとアネラスは訴えかけるような目でヨシュアを見つめる。
「ヨシュアはあたしを選ぶに決まっているわよね!」
「ヨシュア君は、私とやるのが嫌なの?」
自信たっぷりに瞳を輝かせるエステルと、子猫のようにすがるような瞳で見上げてくるアネラス。
エステルを選べばアネラスが傷ついてしまうと思ったヨシュアはすぐに返事が出来なかった。
しかし、しばらく迷った末にヨシュアが苦しそうな表情でエステルを選ぶと、エステルは満足した顔で笑みを浮かべ、アネラスは残念そうな顔でため息をつく。
「よしよし、それでこそあたしの弟ね!」
「ヨシュア君はシスコンだったんだね……はぁ……」
微妙に誤解されながらも明日行われる結婚式宣伝用の写真撮影はエステルを花嫁役、ヨシュアを新郎役にする事でまとまった。
ミラノは落ち込んでいるアネラスに肩に手を掛けながら励ます。
「まあ、あんさんはきっと可愛い嫁はんになれるって」
「明日の結婚式のブーケは私が貰うからね!」
アネラスが握りこぶしを作ってそう宣言すると、ヨシュアはため息をつく。
「明日は衣装を着て写真を撮るだけなんですから、そんな本格的には……」
「ブーケとバージンロード用の赤いカーペットぐらいなら手配できるで」
「わぁい!」
ミラノの言葉を聞いて、アネラスは飛び上がって喜んだ。
「衣装を着て写真を撮るだけじゃないんですか!?」
ヨシュアが慌ててミラノに食ってかかった。
「さすがに教会は無理やけど、写真はいろんな場面を撮るつもりやで。バージンロードを歩く新婦の父親役は村長はんにやってもらおうかと思っとる」
「明日が楽しみです~」
「おいアネラス、俺達は朝一番でルーアン市に向かうからな」
明日の結婚式を見物するつもりでワクワクと笑みをたたえていたアネラスは、アガットの言葉を聞いて慌てる。
「どうしてですか!?」
「重要な役を頼まれたのはエステルとヨシュアの2人だけだろうが」
「それはそうですけど……」
すっかりしょげて元気を失くしてしまったアネラスにエステルとヨシュアは同情的な視線を向ける。
「ねえ、アネラスさんがこんなにガッカリしているし、何とかならない?」
「僕からもお願いします」
「女子がこんなに頼んどるのに、甲斐性の無い男やな」
「何でいつの間にか俺が悪者扱いなんだ」
3人に詰め寄られたアガットは困った顔になった。
アガットは腕を組んでしばらく考えた後、ため息をついてアネラスに告げる。
「仕方無えな、ルーアン支部には依頼人の希望って事にしておいてやる」
「ありがとうございます、アガット先輩!」
「その代わり、ルーアン支部に着いたら馬車馬のように働かされるからな」
アネラスが喜びで笑顔いっぱいになると、アガットは含むところを持った笑いを浮かべた。
その表情に気が付いたヨシュアが恐る恐るアガットに尋ねる。
「あの、ルーアン支部って厳しい所なんですか?」
「ルーアン支部の受付のジャンはな、遊撃士に仕事をジャンジャンバリバリさせる事で有名なんだ」
話を聞いたエステルとヨシュアとアネラスの3人がひるんだのを見て、アガットは調子に乗ってさらに脅しつける。
「お前らの指導はカルナが担当する事になるだろうが、あいつのしごきは俺よりきついぞ」
「それは大変ね」
3人の気持ちを代表するかのように、エステルがげんなりした顔でため息をついた。
<白の木蓮亭 エステル・アネラス・ミラノの部屋>
夕食を終えて部屋に戻ったエステル達は、就寝前の雑談に花を咲かせていた。
国境の関所で一泊した時は部屋の数が足りなくて全員同じ部屋だったが、今夜は2部屋に別れている。
話題はいつの間にかヨシュアの事になった。
「ヨシュア君ってカッコイイって言うより、かわいいって感じがするんだよね」
「子犬みたいな感じやな」
「ヨシュアって、あたしの家に来た時はとっても泣き虫だったのよ。5年前に父さんが連れて来た日なんて、目が覚めた途端、大声で泣き出しちゃうし」
「まあ、いきなり拉致されて来たならそんな反応もありかもしれんな」
「目が覚めたら知らない天井だもんね」
話しているうちにエステルの視線は遠くへと移って行く。
「それがいつの間にかあたしの背を追い越して、頼りになる存在になっているんだから不思議なものね……」
そんなエステルの横顔を見るアネラスとミラノの顔はニヤついている。
「で、やっぱり2人はつき合うてるの?」
「そんな事無いわよ、だってヨシュアはあたしの弟だし」
照れ隠しでも無く平然とそう答えるエステルに、ミラノとアネラスは少し驚いた。
そしてアネラスとミラノは耳打ちしてボソボソと話し出す。
「もしかして、私の花嫁役を止めたのは……」
「弟を取られる姉の立場から怒ったのかもしれんな」
「ボース支部に居た頃も姉弟のように接していたし……」
2人はガッカリした様子でため息を吐きだした。
「しかし、遊撃士なんて仕事を良くやれるな。依頼料を値切った自分がいうのも何やけど、給料は安いし、いつもひっきりなしに厄介な依頼が飛び込んでくる……多額の報酬を貰うてるのは一部の遊撃士だけって話やないか」
「やっぱりエステルちゃんは、お父さんが有名な遊撃士だから、それで憧れて?」
「うーん、あたしにとっては軍を辞めた不良親父だからあんまりそう言う事は無かったんだけど」
「あんさんの父親って?」
「カシウス・ブライトって言うんだけど……ミラノさん、知ってる?」
「なんや、あんさんはカシウス・ブライトの子供だったんか!」
エステルが自分の父親の名前を告げると、ミラノは興奮した様子でそう叫んだ。
「そ、そんなに凄いの? ロレントの街のみんなは何とも言ってなかったけど」
「リベール王国では右に並ぶもの無しと言われるほどの遊撃士やないの! リベール軍の一部が帝国と通じてクーデターを起こした事件なんか、人質に被害を出す事無く見事に解決したんやで」
「実際に会うと、とっても気さくで親しみやすい方なんですよ」
アネラスは嬉しそうにまるで自分の父親であるかのように誇らしげに胸を張って言った。
「この前のリベール通信にも恐妻家の一面がピックアップされておったな。二枚目でも三枚目でもイケる所がまた良いんや」
「あ、あはは……」
カシウスが不在の時に、ロレントの街に取材に来たリベール通信の記者ナイアルにレナと一緒になって調子に乗ってインタビューに答えた事を思い出してエステルは冷汗をかいた。
「あんさんの事も記事で読んでたけど、他人の空似かと思ったんや。『剣聖』の娘にしては鈍臭かったからなぁ」
「うぐっ、それを言われると……」
ミラノにそう言われて、エステルは凹んだ顔でため息をついた。
「遊撃士になりたいって突然言い出したのはヨシュアの方なのよ。だからあたしもなし崩し的に遊撃士を目指す事になっちゃったのよね」
「そんなんで、大丈夫なんか?」
「うん、やってみると遊撃士の仕事ってやりがいがあるし」
そしてエステルはトーンダウンした小声でこう続ける。
「ヨシュアに置いて行かれるのは寂しかったから……」
「そうやんか……」
「エステルちゃん……」
「やだなあ、何をしんみりとした雰囲気になっちゃってるのよ。あたしは毎日が楽しくてたまらないんだから!」
エステルは明るい声で、ミラノとアネラスを励ました。
「もしかして、ヨシュア君が遊撃士になりたいって言い出した理由はな……」
「え、ミラノさん、分かるの?」
「あ、いや……本人から聞くのが一番やろ」
口ごもったミラノにエステルはそれ以上追及する事は出来ず、眠りに就く事になった。
<ルーアン地方 マノリア村>
次の日の早朝、アガットは朝食を取った後、急いでルーアン市に向かって出発して行った。
「ジャンさんとカルナさんってとても厳しいんでしょうか……」
「うーん、ルーアン支部の仕事は大変そうだね」
アネラスとヨシュアはアガットの様子を見て、溜息混じりにそう呟いた。
朝食を終えて、ミラノは撮影の準備をするために村の中を奔走している。
待っているエステルとアネラスの所に、今日の撮影でエキストラ役で出演するマーシア孤児院の子供達がやって来た。
「やっほー、遊撃士の姉ちゃん達!」
先頭を歩く帽子を被った少年が元気良くエステル達にあいさつをした。
「こらクラム、こんにちはでしょう?」
子供達の引率者である制服を着た少女はクラムを注意しながらエステル達に頭を下げた。
「私はクローゼ、昨日はこの子達がお世話になったようでありがとうございます」
「君はジェニス王立学園の制服を着ているようだけど……」
「はい、私も事情があってこの子達と同じ孤児院でお世話になっているんです」
ヨシュアに尋ねられたクローゼは穏やかな笑みを浮かべてそう答えた。
「こんにちは、どちらのお姉さんがウェディングドレスを着るんですか?」
クローゼの連れていた孤児院の子供達の内の一人である、緑色の髪の少女がエステルとアネラスの顔を見比べながらそう尋ねた。
「あたしよ」
「何だ、おめーが着るのかよ。クローゼ姉ちゃんの方が数倍似合うぞ」
「あんですって! 全く、憎たらしいわね」
クラムがアネラスを指差してそう言うと、エステルは頬をふくれさせてそう言った。
「ああっ、もしかしてクローゼさんもブーケが目当てで!?」
アネラスがハッと気が付いたように身構えると、クローゼは困ったような顔をして愛想笑いをする。
「私はその……結婚はあんまり……」
「遊撃士のお仕事のお話、もっと聞かせて欲しいのなのー」
赤いリボンを頭に付けた少女がそうせがむと、エステル達はクローゼが加わった孤児達に、遊撃士の仕事の体験談を話し始めた。
「ふう、何とか間に合ったで……」
「朝から全力ダッシュしてお腹空いた……」
「ごめんなさい、私のせいでー」
エステル達が話に花を咲かせていると、ルーアン市の方の門から、息を切らせたケビンとリースとドロシーの3人が村へと飛び込んで来た。
ケビンは背中に棺のような大きな箱を背負って走って来たので、かなり顔色が悪くなっていた。
「あんさん達、約束の時間ぎりぎりやないの!」
カンカンになって3人に詰め寄ったミラノに、ドロシー達は言い訳を始めす。
「私、ちょっと寝坊しちゃって」
「ちょっとどころの騒ぎやない、迎えに行ったらベッドでグースカ眠っとったやないか」
「起こすのがとっても大変でした」
「時間に遅れて来たからギャラは10%カットやな」
スパッとそう言い切ったミラノにケビン達3人の悲鳴があがった。
「そんな殺生な、久々にミラ収入のある仕事やと張り切っとたのに……日曜教会の教師はボランティアやしなあ……」
「嘆いている暇があったら、さっさと働けや」
「自分は重い荷物持って街道を走って来たいうのに、人使いの荒いやっちゃ」
「運送業者を頼んだら、ミラがもったいないやないの」
ケビンは街道を歩いて来た疲れが取れないまま、セット作りを手伝わされる事になってしまった。
ミラノは笑顔で衣装が入った箱を持ってエステルとヨシュアに近づいて来る。
「さあ、2人とも着替えてもらうで」
エステルとヨシュアは白の木蓮亭の中で着替える事になった。
「覗かないでよ!」
「フン、誰がお前みたいな色気の無いやつの着替えなんか覗くかよ!」
「本当に生意気なんだから」
エステルはクラムの返事にふくれっ面になりながら、宿の方へと入って行った。
ヨシュアもそれに続いて宿の方へと入って行く。
残されたアネラスとクローゼは、孤児院の子供達と一緒にミラノ達が撮影準備をして行くのを楽しそうに見守った。
しばらくして、一足早く着替えを終えたヨシュアが外に出て来た。
「うわあ、ヨシュアちゃんカッコイイ!」
赤いリボンを頭に付けた少女がそう言うと、クローゼも穏やかに頷く。
「ポーリィの言う通り、とても決まっていますよ、ヨシュアさん」
「グットだよ!」
クローゼとアネラスに誉められて、ヨシュアは照れ臭そうに笑った。
ケビン達や村の人達の働きによって、道には赤いじゅうたんが敷かれ、村の名産品である白い花も集められて花壇のようなものも作られた。
そして、ケビンも神父に見えるような服装にして欲しいと言うミラノの要望で、リースの姉のルフィナが作った服を渋々着る事になってしまった。
「こないな服、自分のセンスに全く合わへんのに……」
「ふふっ、ケビンがこの服を着て映っている写真を見せたら、姉さんはとっても喜ぶわ」
ケビンとリースの準備も完了し、後はエステルが出てくるのを待つだけとなった。
そして、みなの注目が集まる中で、ウエディングドレスに着替えたエステルが姿を現した。
ツインテールにしていた長い髪を下ろし、ドレスが傷つかないように気を使ってゆっくりと歩いて来るエステルの姿は、いつもの活発な彼女の姿とは全く違っていた。
エステルのまとう雰囲気まで、清楚なものに変わっているように感じられた。
「えっと……あたし、変なのかな?」
静まり返ったヨシュア達を見回して、エステルが困った顔で尋ねた。
「いいえ、とてもお似合いですよ」
「うん、とっても可愛くなったよ!」
「……僕もそう思うよ」
クローゼとアネラス、ヨシュアに褒められたエステルは晴れやかな笑顔になる。
「どうクラム、あたしもかなりのもんでしょう?」
「ふ、ふん! 調子に乗るんじゃないぞ!」
クラムはそう言ってエステルから顔を背けたまま固まってしまった。
ポーリィ達が話しかけてもクラムはその態度を崩そうとしない。
「クラムったら照れてしまっているんですね」
クローゼはそんなクラムを見て、クスリと笑った。
「さあ準備が整ったところで、撮影を始めるで!」
ミラノが監督となり、ドロシーによる新郎新婦となったヨシュアとエステルの写真撮影が開始された。
指輪を交換して結婚を近い合うシーンはもちろん、バージンロードを腕を組んで歩きながら、子供達の祝福や花吹雪に包まれるシーン、ベンチで休憩しながら食事を食べさせ合うシーンまで撮影した。
「エステルちゃんもヨシュア君もとってもいい表情をしていますよー、そのままで目線だけこっちに下さい」
どんな写真が出来上がるのか、それは現像してみないと写真を撮影しているドロシーにしか解らなかったが、ミラノはドロシーの腕を信用しているようだった。
「同じような写真をたくさん撮ったら、フィルム代がもったいないやないか」
撮影がトントン拍子に進んでいくのは経費節約の側面もあった様だった。
昼を挟んで、撮影を続けて行くうちにだんだんと西の空が茜色に染まって来た頃、クローゼがミラノに声を掛ける。
「あの、辺りが暗くなる前に子供達を孤児院へと帰したいのですが」
「そうやな、じゃあお疲れさん」
孤児院の子供達とクローゼは、エステル達に手を振りながら村を出て、マーシア孤児院の方へと向かって行った。
「じゃあもう少しだけ、撮影の方は続行するで、ええな」
その後夕日に映える海を背景にした写真などの撮影をして、ヨシュアとエステルの2人はやっと解放された。
「現像した写真は、焼き増ししてエステルちゃんの家へ送ってあげようか?」
「そ、それだけはやめて下さい! 本物の結婚式だとカシウスさんやレナさんに誤解されたらとんでもないことになるから!」
ドロシーの申し出を、ヨシュアは全力で拒否した。
「じっと立ってカメラに向かって笑っているだけって言うのも、かなり疲れるわね」
「はは、その通りだね」
エステルとヨシュアはそう言って着替えに宿の中の個室へと戻った。
しかし、しばらくしないうちにエステルの悲鳴が辺りに響き渡った!
「きゃあああ!」
「どうしたんだ、エステル!」
悲鳴を聞いたヨシュアが一番にエステルの部屋に駆け込むと、そこにはドレスの上半身だけ脱いだ、下着姿のエステルが驚いた顔で立っていた。
「準遊撃士の紋章が無いの!」
「ええっ!?」
そこにさらに悲鳴を聞いたアネラスとケビンとリースが駆けつけて、ドアからエステルが着替えに使っている部屋の中を覗き込んだ。
「ヨシュア君、エステルちゃんに何をしたの!?」
「ち、違います、誤解なんだ!」
「嫌がる女性を力ずくで襲っておいて誤解も六階もありません!」
アネラスに追及されてうろたえるヨシュアに、さらにリースが詰め寄った。
「ヨシュアは何も悪くないのよ!」
その後エステルが説明し、ヨシュアは成敗されずに済んだ。
「全く、外道に認定して狩ってしまうところやったで?」
「すいません、ケビンさん」
ヨシュア達は暗くなった後も手分けをして村の中を探したが、エステルの準遊撃士の紋章は見つからなかった。
遅い時間になった夕食をとりながら、ヨシュア達は消えた紋章の行方について話し合った。
「紋章を失くしたと知ったら、アガットさんに大目玉をくらっちゃいますよ」
「それだけならまだしも、遊撃士の推薦状も取り消されてしまうかもしれない」
「ヨシュア、脅かさないでよー」
エステルはそう言って頭を抱えた。
「机の上に置いておいたって言うなら、やっぱり誰かがもちだしたんやろうな」
「もしかして、マーシア孤児院の子達のうちの誰かじゃないかしら?」
「確かに、時間的にも怪しいな」
ケビンとリースの推理を聞いて、エステル達はわらにもすがる思いで翌朝マーシア孤児院に向かう事になった。
「すっかり遅くなってしまいましたから、今日はこの村に泊まって行くしかありませんね」
「ごめんなさい、リースさん、ケビンさん、みんな」
「これも人助けや、久しぶりにのんびりできたし、構わへんで」
手を合わせて謝るエステルに、ケビンは笑って答えた。
「もう遊撃士の紋章を机の上に投げ出して置くなんて事をしちゃダメだよ。普段から大事な物を放っておくからだよ」
「うん、今回の件でそれは痛いほど解ったわ……」
ヨシュアの忠告に、エステルは深いため息を吐きだした。
<白の木蓮亭 ヨシュア・ケビンの部屋>
「今日の昼間に見たエステルちゃんの花嫁姿、ごっつう可愛かったな。羨ましいでこの色男!」
2人きりになった途端、ケビンは馴れ馴れしくヨシュアに話しかけて来た。
「そんな、冷やかさないでくださいよ」
「もう結婚の約束なんかしとるんやろ? 本当の結婚式を上げる時も、呼んでくれたらゼムリア大陸のどこに居ても駆けつけたるで!」
「僕とエステルは恋人でも何でも無いんですよ」
ヨシュアがそう答えると、ケビンは驚いた顔になる。
「……そうなんか?」
「はい」
「じゃあ、自分もエステルちゃんにアタックしてみようか」
「なっ……! ケビンさんにはリースさんがいるじゃないですか!」
薄笑いを浮かべてそう言ったケビンに、ヨシュアは鋭い目つきになって食ってかかった。
「リースは単なる幼馴染や、自分が神父になったらお目付け役のようについて来て腐れ縁に近いわ」
「でも、リースさんの方はそう思ってるとは限らないじゃないですか」
「わかったわ、エステルちゃんに手を出すと言ったのは冗談や、そないな怒るな」
ケビンはそう言うと、さらに笑いがこみ上げたのか失笑をもらす。
「普段は人を傷つけんような顔しとるのに、エステルちゃんの事になると目つきが変わるんやな。あの小さい子がエステルちゃんが好きだって解った時も、凄い目をしてにらんでいたで」
「そ、そうですか?」
「エステルちゃんは鈍感そうな子やからな、気持ちに気がついていないんとちゃう?」
「はい、僕の花嫁役をやりたいと言ってくれた時は嬉しかったんですけど、多分気づいていないかと……」
ヨシュアはそう言って大きなため息をついた。
「まあええやん、これから何年も一緒に居ればそのうちエステルちゃんも気が付くやろ」
「それじゃあ遅すぎるんです」
「どういう事や?」
「僕は正遊撃士の資格を取ったらすぐにリベール王国から出ていかなくてはいけないんです」
ヨシュアの言葉を聞いたケビンはその意味を理解し、神妙な表情になる。
「職業訓練による滞在許可の延長……か」
帝国の遊撃協会の規模は小さく、準遊撃士の訓練を十分に行う事が出来ないので外国で正遊撃士の資格を取る事を許可されていた。
帝国は自国の技術力不足を補うため、自国民が外国で様々な資格を取る事を推奨、容認して居ると言う国家的事情があった。
「今はリベール王国は技術で優位性を持っていますから、帝国も表面上は友好的な態度をとっていますが……」
「帝国が力を持ったら、その関係は揺らぐかもしれんなあ」
「はい、国の外交関係はいつ緊張状態に変わるか予想できませんから」
ヨシュアとケビンは顔を見合わせてため息をついた。
ケビンは激励のつもりで、ヨシュアの肩に手を掛けた。
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