2010年10月16日0時5分
秋晴れのある日、近くの小学校から聞こえる音楽に誘われて、運動会を見に行った。
小高い築山の上にゴザを広げる。校庭全体が見渡せる絶好の場所だ。日頃は仕事に忙しい壮年の父親たちも今日は家庭サービス。一家だんらんの和やかな風景が展開している。
会もたけなわで、いよいよ出し物の親子リレーとなった。多少、下腹は出かけてはいるものの、かつてはスポーツで鳴らしたと思われる父親たちが鉢巻き姿もりりしく、勢ぞろいした。
大変な声援である。その声援の最中、父親たちは転びに転ぶ。その転倒のパターンはなべて一様であって、体が前に泳ぎ、脚がもつれて、腹ばう。
なかには、再度のラッシュでまた転ぶケースすらある。思うに、頭の方はかつての栄光を強く記憶しているから、それいけ、やれいけ、もっと速く、と指示を連発する。ところが脚の方は長年の不摂生がたたって、衰えが甚だしい。結果として頭や上体が先行し、つんのめるのであろう。
経済、政治でも事は同じである。上がガミガミ言っても、下の行動がそれに伴わなければ物事は進行しない。時としてあまりのガミガミは見えざる反抗を生むことすらある。
米国の寓話(ぐうわ)で、白人の主人が使用人の中国人に「今まで少しガミガミ言い過ぎたようだ。それに口汚い言葉で呼び捨てて悪かった。今日からミスターをつけて呼ぶ」と言ったところ、使用人はうやうやしく「ありがとうございます。それでは私も毎朝のコーヒーに小便を混ぜていたのをやめることに致しましょう」と答えた、というのがある。経営者、政治家の皆さん。毎朝、おいしいコーヒーを飲んでいますか。(可軒)
◇
「経済気象台」は、第一線で活躍している経済人、学者など社外筆者の執筆によるものです。