知的障害や高齢という事情を抱えつつ、社会と刑務所を行き来する人たちがいる。なぜそうなるのか。身元引受先のない出所者の約15%を自立困難な障害者、高齢者が占めるとの試算もあり、社会支援の乏しさが背景に浮かぶ。裁判員裁判を通じて「罪と更生」が改めて注目される中、刑事司法と福祉のはざまに落ち込んだ「累犯者」の姿を追った。
被告席に立つのは3度目だった。今年1月、関西地方の簡易裁判所。京都府の男性(52)はさい銭を盗んだとして2度目の執行猶予中、今度は自転車窃盗の罪に問われた。知的障害があり、知能は5~9歳程度。
弁護人「自転車を盗んだらどうして裁判になるんですか」
男性「窃盗やから。紙(起訴状)に書いてますから」
弁護人「前の裁判で言われたことを覚えていますか」
男性「剣道の練習を頑張りなさいと」
どこかすれ違うやりとり。代わって検察官が質問する。
検察官「なぜ自転車を取ったのですか」
男性「(歩いて)足が痛くなったからね」
罪を認めたが、「泥棒は悪い」と繰り返すばかりで法廷に身を置く深刻さは感じられない。検察は懲役1年を求刑した。逮捕前から男性を支援し、裁判を傍聴した社会福祉協議会の責任者は「誰かに教えられた『音』として『悪い』と話すだけ。なぜ悪いのか、本当の意味で理解していない」と言う。
弁護人は心神耗弱を主張した。判決は知的障害を認定する一方で「物を盗むのが悪いことと十分理解できる」と懲役8月の実刑を言い渡した。
京都府にある男性の実家を訪ねた。84歳になる父親は「本人は警察や検察に言われた通りに答えるのを名誉なことだと思っている」と嘆く。
両親は男性が20歳ごろから知的障害者入所施設に20年近く預けた後、自宅に引き取った。父親が定年退職し、時間をかけて自立の手助けをしようと考えたからだ。家にいれば問題を起こさない。放浪した時だけ警察の世話になる。
執行猶予中、父親は「息子の生活の見守りが必要」と、社会福祉協議会に相談した。母親の認知症が進み、父親自身がんの手術を受けた。男性が家を飛び出し、旅先で自転車を盗んだのはそのころだ。花見や紅葉の季節になったり、生活の変化で不安を覚えると放浪と野宿を繰り返す。社協の責任者は「行動の傾向がつかめ、対策を取る矢先だった。次の罪を犯さないためには福祉の支援こそ必要なのに」と残念がる。
法務省は再犯防止を重要政策に掲げる。軽微な犯罪の場合、福祉施設などの身元引受先がしっかりあれば検察側が起訴を見送ったり、裁判所が実刑を避け、更生を社会に託すケースも出始めている。省内からは「福祉が刑務所に代わる受け皿となりうるのなら、有効だし実情にも合う」(幹部)という声も漏れる。近年、刑務所に刑務作業すらできない高齢者や障害者が少なくないという現状が指摘されていることが背景にある。
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この夏、大阪拘置所で男性に面会した。「夢見るんですわ。泥棒してバットで殴られる夢。だからもうしません」。初対面でも屈託のない笑顔だ。「仕事(刑務作業)は楽しい」「(父親に)元気で頑張ってやっています、と言ってください」。最後も笑顔だった。
弁護人は「刑が重すぎる」として上告したが9月に棄却され、執行猶予が取り消された分も含め1年半の刑が確定した。【長野宏美】=つづく
07年版犯罪白書は過去約60年間に発生した犯罪を分析し、罪を犯した人の3割が再犯者で、起こした事件件数では全体の6割を占めている実態を指摘した。
再犯傾向を詳しく調べると、短期間に罪を重ね、刑務所に何度も入る「累犯者」の中に高齢者や知的障害者が多いことが分かってきた。09年の新たな受刑者のうち、65歳以上は2100人で全体の7%。この10年間で約3倍に急増した。知的障害の疑いがある知能指数70未満の新受刑者も6520人で、23%を占める。
福祉関係者からは「地域で適切な福祉の支援を得られないことで生きにくい環境に置かれ、犯罪につながりやすくなっている」との声が上がり始めた。これまで切り離されてきた刑事司法と福祉は連携を求められ、大きな転換期を迎えている。
市民が刑事裁判に参加する裁判員制度が09年5月に始まり、「裁かれた後」にも関心が集まる。社会的に弱い立場にある人たちの犯罪と更生にどう向き合うのか。ともに社会で生活する私たち自身が問われている。
毎日新聞 2010年10月13日 東京朝刊