入院患者の死亡率が最も高い病院は平均的な病院の1・6倍に達し、逆に最低の病院は0・6倍--。文部科学省研究班(班長、上原鳴夫・東北大医学部教授)と、「医療の質・安全学会」などで作る「医療安全全国共同行動企画委員会」が、全国70病院で患者が入院中に死亡した率を比較可能な形で算出したところ、大きな格差が存在することが明らかになった。病院名は非公表だが、こうしたデータが日本で算出されたのは初めてだ。
算出した数値は「標準化病院死亡比(HSMR)」と呼ばれる指標。病名や年齢などから患者の死亡率を予測し、各病院の死亡率が平均の何倍かを割り出す。結果は平均的な病院が100になるよう調整して数値化する。欧米では10年以上前から医療の質の指標の一つとして使われ、質向上や問題発見の契機になっている。
上原教授たちは、医療安全全国共同行動に参加している大学病院や各地の基幹病院など70施設から、07~08年の患者データを収集。HSMRの計算法を開発した英国の専門家に送り算出を依頼した。
多くの病院は100前後だったが、120を超える病院が六つあり、最高は160。低い方では、80未満の病院が11あり、60程度が三つあった。
死亡率に最大で3倍近い格差がある可能性がある。上原教授は「思ったより差があった」と話す。
結果は各病院に知らせ、医療を改善する参考にしてもらった。今は対象病院を180余りに増やし、2回目の算出を進めている。
算出の目的は、各病院の医療の改善ぶりを数字で明らかにすることだ。
「病院が安全対策の徹底に努めても手応えは実感しにくい。改善の成果がHSMRの変化として数字に反映されれば、現場の励みになるし、努力を社会に分かってもらえる」と上原教授。決して病院のランクづけが目的ではないという。
もちろん、これだけで病院の質が決まるわけではない。だが、HSMRが並外れて高ければ、その病院の医療のどこかに問題があることを疑うきっかけになる。
データが増えれば、病院全体の死亡率だけでなく、病気ごとの死亡率もチェックできるようになる。
しかも、今回の算出に使った患者データは特別なものではない。診療報酬を包括払い方式で請求する病院が毎月、患者の診療内容を記載して厚生労働省に提出している「DPC(包括払い)データ」だ。
提出している病院は約1400あり、合計病床数は全国の約半数に達する。主要な病院にとっては日常的なデータといえる。
欧米では、HSMRが130前後だった病院が、努力して100未満に下げた事例が複数報告されている。一方、貴重なデータが生かされない日本。格差は見え始めたばかりで、改善はこれからだ。
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病院選びに悩む患者・家族は多く、出版物やインターネット上には「病院ランキング」があふれている。だが、本来なら全国どこでも最善の医療を受けられる状況が理想だ。このため、今後のキーワードとして、病院間の医療格差やばらつきを明らかにする「見える化」や、格差をなくす「均てん化」が注目されている。患者にとってメリットの大きいこれらの取り組みを進めるにはどうすればいいのか。課題や解決策を探る。(この連載は高木昭午、河内敏康、福永方人が担当します)
毎日新聞 2010年10月16日 東京朝刊