2010年10月16日

キタ━━━━(゚∀゚)━

さて、現代におけるカメラの怖さについてもう一つ。

先ほどのエントリは「何処に目があるかわからない」と言う怖さについてでした。
確かに、プライバシーに関わる映像を悪意を持ってネットなどに公開されては堪りません。

残念なことに近年そういった情報が世界中にばら撒かれ収拾が付かなくなったというトラブルが
後を絶ちません。
まさにこぼれたミルク状態ですね。

しかし、興味深いことにこれらの情報は悪意を持って作成されたデータではなく、
そのほとんどが
「被害者自身で作成(あるいは作成に同意)したもの」
なんです。

簡単に言うと、出歯亀が隠し撮りした写真ではなく、自分で個人的に撮影したプライベート写真が
何かのきっかけで出回っちゃってるケースが大多数なんですね。

誤解を恐れずにバッサリ言えば
「鍵をかけてないロッカーから現金を盗まれた」
ような状態です。

賛否はあるでしょうが、自己防衛意識の欠如は否めませんね。




しかし、公開前提ではなかったにせよ、何でそんなデータ作っちゃったんだろ?

自らの自己愛を満足するべく、自身の肉体をアートとして留めておきたかった。
誰かに賞賛されることもなく、ただ衰え行く自分の一瞬を切り取った芸術。
期せずして衆目に晒され、普段の生活が崩壊してゆく中、羞恥を越えた陶酔感に包まれる・・・

カタルシス。


不謹慎ですが、崩れゆく美にアートを感じました。

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