池上彰の反中プロパガンダ - 戦略的互恵関係の苦肉と日中友好
最近の日本のマスコミは、小沢叩きと中国叩きばかり毎日やっている。オーウェルの『１９８４年』とそっくり同じ世界が現出していて、まさに、ゴールドスタインとユーラシアだ。冗談でも誇張でもない。来る日も来る日もテレビのメニューは小沢叩きと中国叩き。反小沢と反中国のキャンペーンで満腹になって胃もたれがする。プロパガンダのシャワーではなくて、プロパガンダのゲリラ豪雨の状態で、大衆の脳は床上浸水になっている。避難しないと危険だ。一昨夜(10/13)は、池上彰の「学べるニュース」というお笑い政治番組があり、２時間かけて中国叩きの洗脳教育を詰め込んでいた。前の普天間特集もそうだったが、池上彰のプロパガンダ放送というのは本当に悪質で、政治洗脳としてこれ以上ない窮極の姿がある。普天間問題の回もそうだったが、池上彰が話す中身は客観的に公平な時事解説の提供ではなく、政治的に偏向した立場からの一方的な問題の単純化であり、親が幼児に「あれは悪い、これは正しい」と出鱈目を教え込んでいるのと同じだ。その一方的で偏向的な政治主張に対して、お笑いタレントたちが「なるほど」「へえそうか」と頷いている。そういう「教室空間」が模擬されて娯楽番組になっている。プロパガンダに反論する者はおらず、疑問を呈する者はいない。池上彰は番組の「権威」であり、視聴者に「真実」を「わかりやすく」講義している形式になっている。ゲッペルスは、プロパガンダは単純化が鍵だと言ったが、池上彰の政治教育こそまさに典型で理想だ。
内容は、中国には言論の自由を保障した憲法の上に共産党があり、一党独裁なので実際には自由はないという刷り込みと、中国の弱点は高齢化で、一人っ子政策の影響で急激に高齢化が進み、一気に国力を失うだろうという予想だった。基調は軽蔑的同情。「大躍進」時代の映像が出され、３千万人が餓死した歴史が紹介されていたが、そもそも中国が共産党独裁の国家として出発した建国の原点には触れず、日中国交回復の関係史などは全く捨象されている。毛沢東は登場するが、��小平は一度も「解説」の中に挿入されなかった。自由のない一党独裁の国でありながら、日本を凌ぐ経済大国になっている事実について内在的に理解する姿勢はなく、単に「安価な労働力が多いから」という言説で済ませている。憲法が一般に保障する自由や権利の上に、それを超越する原理が介在するのは、例えばイスラム諸国も同様であって、コーランが憲法に優越しなくてはイスラムを国教とした国家とは言えない。憲法以前に人々を拘束する戒律や慣習がある。戦後にアジアで独立建国した国々においては、憲法や議会や政党は、言わば「近代化」のために急拵えで整備した形式制度の側面が強く、市民革命の歴史と伝統を持つ欧州諸国とは意味や機能を異にする。敢えて言えば、これらイスラム諸国は、欧米式の「普遍的価値」とイスラムの伝統的価値の二つのモデルの緊張と均衡の上に社会を組み立てている。
日本でも、中国と同様の自由と権利の制限の現実はある。具体的に言えば、憲法における基本的人権と公共の福祉のバッティングの問題だ。日本国憲法には、第12条に「常に公共の福祉のためにこれ（権利）を利用する責任を負ふ」の規定があり、大学の憲法講義では「チャタレー夫人の恋人」の猥褻事件を判例として学ぶ。しかし、実際には、政治的な表現の自由を制限する上で、この法理が正当化の根拠として利用される事例が多く、「公共の福祉」を拡大させることで、国家権力が国民の権利や自由を簡単に奪える仕組みになっている。日本の場合、「公共の福祉」は官僚のフリーハンドにあり、例えば、福祉事務所における生活保護の水際作戦などは、究極的には、この法理を根拠にして裁量行使されているものだ。25条の生存権の権利がある。権利があるが、12条の公共の福祉で制限される。病気じゃないんだから働け、若いんだから仕事を探せと追い返される。かくして、生活保護の捕捉率20%という異常な権利侵害と憲法違反が、この先進国で堂々とまかり通り、政府も裁判所もそれを放置して何も咎めを受けない。その現実とパラレルに、官僚の天下りと渡りは黙認され、官僚が税金を鷲掴みにして浪費することは合法化される。中国共産党の超憲法的指導性を指弾するのなら、日本の官僚の憲法を超越した権力実態についても正しく顧みる必要があるだろう。裁判官は官僚であり、明治国家から何も変わっていない。
一人っ子政策について、池上彰の番組は、その全体主義的な強権性を論い、子供を作る権利まで国家に制限されている問題を出演タレントたちに呆れさせ、口々に非難させ、中国叩きの政治宣伝を繰り広げていたが、それが始まった当時を思い返すと、日本ではむしろ歓迎する空気が支配的だった記憶がある。中国の人口爆発が、世界の食糧危機を深刻化させる懸念や不安の方が一般的だった。当時は、本当に中国がその強引な政策を成功させ、人口増加に歯止めをかけることができるかどうか、計画を半信半疑で見ていた者が多かった。しかし、中国当局によれば、この政策で４億人分の人口抑制が達成できている。もし、中国が国家としてこの目標と計画を掲げず、人口増加を自然に放置していたら、どこかの時点で飢餓が発生し、大量の難民がボートピープルになって、福建や浙江から九州の西海岸に漂着していたかもしれない。九州の人口は1300万人。中国の人口の１％が上陸すれば、九州の半分は中国人の住む土地となる。そういう悪夢と恐怖があり、当時の日本では、消極的ながら中国の人口抑制策に期待を示していたはずだ。最近はアルバニアとイタリアの間で問題があったが、飢えた人は食うために海を渡らなくてはならない。政府のガバナンスという観点から言えば、一人っ子政策は成功したと評価できるだろう。この問題は、最近流行のコミュニタリアニズムの思想と関係する。全体と個のバランスの問題とも言える。個は全体によって媒介される。
中国の一人っ子政策が、中国の今後の弱点だなどと嫌味を言い、中国を貶めて気分を発散する前に、日本そのものが高齢化問題に直面していて、中国の30年後の危機が日本では現在の危機なのである。一人っ子政策の逆をやり、本格的で実効的な人口増加策の発動を迫られているのは、まさしく今の日本ではないか。人口政策の立案と着手こそが緊急に求められているのである。生半可な「子育て政策」のレベルで、この国の人口が回復するはずがなく、高齢者を支える若年労働力人口を再生できるはずがない。早晩、日本は「産めよ増やせよ」のコミュニタリアン政策に踏み切るか、さもなくば１千万外国人移民のネオリベラル政策を断行するか、どちらかをザッハリヒに選ぶしかなくなるだろう。この問題解決はマイルドにはできない。前者はジェンダーと個人の自由に抵触する。後者は日本の文化と伝統を失い、社会を混乱の淵に突き落とす厄災を招く。外国人移民ではなく日本人の生殖で若年労働力をリカバーしようとすれば、「産めよ増やせよ」か、「二人っ子政策」を強引に主導するしかなく、個が全体に従い、全体の目標と統制に自らアラインするしかないではないか。コミュニタリアニズムの契機を前に押し出す以外に、民族の危機を突破する方途はないではないか。池上彰や番組出演者のお笑いタレントたちは、日本の高齢化と人口減少をどう対処すべきと考えてるのだろう。日本人はそれは真面目に考えず、中国の一人っ子政策を全体主義だと批判し、自由がないと嘲って満悦するだけだ。
戦略的互恵関係という言葉について、私はあまり積極的でない。この言葉は、2008年の胡錦濤訪日のときに作られた概念で、それ以降、日中関係をこう呼んでいるが、この言葉の中には、すでに刺々しく隔意的になっている両国の不信関係の前提がある。互いに目指す方向と思惑は別だが、利益重視で結びついて利用し合おうという妥協が言葉になったものだ。これは、福田康夫が小泉時代に破壊された日中関係を修復した際に、苦肉の策でアイディアしたものだった。福田康夫の努力は大いに買う。だが、本当なら、戦略的互恵関係ではなく、元の日中友好（中日友好）に戻すべきなのだ。戦略的互恵の関係は、あまりに日中両国の対立性を前面に強調しすぎている。英国とＥＵの間で、このような関係の志向や表現はないだろう。戦略的互恵関係のコンセプトは、日露関係や日印関係を定義するときに最も合理的で適合的なものだ。中国と日本との関係は、歴史的にも空間的にも文化的にも経済的にも、もっと緊密で、まさしく一衣帯水であり、そこには忘却の許されぬ生々しい過去の傷痕があり、すなわち、定義においては、国民感情の親密さを積極的に編み込むものでなくてはならない。この戦略的互恵関係という言葉のよそよそしさの中には、小泉純一郎の靖国参拝と中国の反日デモによる大使館襲撃という問題がある。結論から言えば、首相の靖国参拝を政府として肯定してしまったから、元の日中友好の関係に戻れないのである。そこが清算されてないのだ。日中友好に戻るためには、小泉靖国参拝を謝罪し清算する必要がある。
日中関係を「戦略的互恵」の概念で定義することは、きわめてテンポラリーでモラトリアムな外交だと私は思う。そしてそれは危険で、アジア全体の不安定化を助長する方向だと考える。日本は中国に互恵ではなく友好を求め、中国は日本を最も重要なパートナーと認め、二国は思想的に一つの方向を向き、互いを尊敬し、助言と協力を求め合い、アジアと世界の発展に共に責任を負うべきなのだ。日本と中国が最も関係良好だった頃、宮沢内閣から橋本内閣の当時、中国は日本の国連安保理常任理事国入りを支持し支援までしていた。日本と中国の関係が切離されることは、中国のユニラテラリズムを刺激し、中華エスノセントリズムを先鋭化させる方向に導く。民主主義や市民社会の価値に対する中国のニヒリズムを増幅させ、経済力と軍事力のみに依拠したパワーポリティックス至上主義に駆り立ててしまう。日米同盟はアジアの平和の共通財という言説があるが、それは逆で、日中友好の関係こそがアジアの平和と繁栄の共通財である。日米同盟の強化と中国封じ込めは、この場合、中国の孤立反発と軍拡促進しか招来せず、中国に超大国化と覇権国化を選択させる方向に導く結果になる。浜矩子が予言するように、米国経済がハーフサイズになり、第七艦隊の維持が困難になったとき、アジアの平和と安定はどうなるのか。日本は日本の将来の国益を守るため、日中友好を基軸にアジアの安定と繁栄を築く構想を持つべきなのだ。こうした主張は、現在の国内では異端で不評で、鳩山由紀夫を除いて誰も見向きもしない。池上彰的な悪辣な反中国のプロパガンダだけが流行る。だが、何百年経っても、中国と日本の一衣帯水は不変であり、わが国の国家百年の計を考えたときは、やはり日中友好の原点に帰って関係を築くしかないのだ。
