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私と新聞 荒川弘さん(漫画家)に聞く(2/2ページ)

2010年10月15日23時44分

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写真:荒川弘さんの自画像イラスト荒川弘さんの自画像イラスト

 1999年にエニックス21世紀マンガ大賞を受賞して上京。アルバイトや漫画家アシスタントを経て、2001年から「鋼の錬金術師」の連載を始めた。この作品はどうやって生まれたのか。

 日本有数の酪農地帯で育ち、牛のクローン技術の最先端に接していた。「クローン牛はあまり丈夫でないのか、生後すぐ死ぬものが多かった。それが不思議でした」

 上京後、警備会社のアルバイトでリハビリセンターの場内工事の現場に行ったことがある。義手や車いすの職業訓練施設や、義肢装具センターがあった。交通事故で足を失った人が、当時のむちゃな運転を教訓にして強く生きている姿が心に残った。「失ったものの代わりに得るものがあるということを考えました。私にはわからないものを心には抱えているのでしょうが、あっけらかんと話をしてくれた」

 そんな記憶のかけらと、「壁や床から、武器など別のものを作って取り出したら絵的に面白い」といったアイデアが組み合わさり、物語が誕生した。

 新聞はネットと違い、ニュースの重要度で記事の大小があることが有益だと指摘する。「世間的にはこれが大事なのか、ということが分かる。それに、ランダムに情報を拾おうとするなら新聞です。ざっと読んでいて、目がとまる記事がある。なぜ気になったか考え、そしゃくすると、今、自分が何を考えているか再発見することがあります」

 お金がない時でも、新聞だけはとっていた。「ずっと付き合っていきたい媒体です。ページをめくるたびに何が出てくるのか楽しみ。時間をかけてゆっくり読めるし。そもそも、紙が好き。持ち歩きできるし、読み終わった後も使い道がある。そのうえリサイクルできますよ」

    ◇

 〈略歴〉1973年生まれ、北海道出身。漫画家。2001年から10年6月まで「月刊少年ガンガン」(スクウェア・エニックス)で「鋼の錬金術師」を連載し、人気を博した。

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