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[3277] マブラヴ オルタネイティヴ MAD LOOP
Name: 緋城◆397b662d E-MAIL ID:6904cefc
Date: 2010/10/14 17:43


ご挨拶

緋城と申します。

 マブラヴ オルタネイティヴで、武の願いが叶わなかったのが可哀相で仕方なかったので、
武の願いが叶う話を考えてみました。

 この話は、武が自分1人で抱え込めるだけ抱え込んで頑張る話です。

 マブラヴ的には力を合わせて協力するべきなのでしょうが、敢えて上記の様な話としました。

 その他、以下の点にご注意の上、よろしかったらご笑覧下さい。

*注意点
・マブラヴ オルタネイティヴをプレイなさっている方を対象に書かれています。
・ネタバレが含まれています。
・独自解釈・設定が多く含まれています。
・序盤ヒロイン達の出番が少なく、冷遇されています。
・地の文でのキャラクター呼称は基本的に呼び捨てで書いています。
・原作からの台詞の引用が多いです。(原作の台詞好きなのです。許してください。)
・拙作では武がもうまりもちゃんと呼ぶまいと決意するシーンは通過していません。よって、武にとって全ての『神宮司まりも』は『まりもちゃん』です。(こっそり追記)

*投稿予定日について
 次回投稿予定日を感想掲示板の投稿告知でお知らせしています。
 よろしかったら、御覧下さい。

*フリーメールを取得いたしました。
 感想掲示板に書き込むのはちょっと・・・という場合にご利用ください。
 hishiro_ml@yahoo.co.jpになります。
 あまり頻繁には確認しないと思います。
 返信は遅れがちになると思われますが、どうかご寛恕下さい。


*修正のお知らせ
・08/06/27、第7話の投稿に合わせて誤字脱字などをまとめて修正しました。(遥>遙、他)
・08/07/11、第11話の投稿に合わせて、第6、8、10話の一部誤字等を修正しました。(激震>撃震、他)
・08/07/18、第13話の投稿に合わせて誤字脱字などをまとめて修正しました。(基地指令>基地司令、副指令>副司令、他)
・08/07/22、第14話の投稿に合わせて、第6、11、12、13話の一部誤字等を修正しました。(暗号>番号、他)
・08/07/25、第15話の投稿に合わせて、第13話に2行追加。(白銀武再構成における00ユニット化による影響に関して)
・08/08/01、第17話の投稿に合わせて、第6、12話の一部間違いを修正しました。(3年前>2年前)
・08/08/05、第18話の投稿に合わせて、第17話の一部間違いを修正しました。(してないません>していません)
・08/08/08、第19話の投稿に合わせて、第1~18話の呼称・代名詞などの間違いを修正しました。内容自体は変わっていません。
・08/08/15、第21話の投稿に合わせて、第6、20話の一部誤字等を修正しました。(再開>再会、依存>異存)
・08/08/19、第22話の投稿に合わせて、第6、10、19話の情報を更新しました。(2年前>3年前、光州ハイヴ>鉄源ハイヴ、60近くにもなって>50代も半ばを過ぎて)
・08/08/22、第23話の投稿に合わせて、第7、15話の一部誤字等を修正しました。(月読>月詠)
・08/08/26、第24話の投稿に合わせて、第23話の一部誤字等を修正しました。(起動>機動、副指令>副司令)
・08/08/29、第25話の投稿に合わせて、第24話の一部誤字等を修正しました。(遥>遙)
・08/09/02、第26話の投稿に合わせて、第14、23、24、25話の一部誤字等を修正しました。(壬姫>ミキ、他)
・08/09/05、第27話の投稿に合わせて、第18話の一部用語等を修正しました。(挙動>行動特性)
・08/09/16、第30話の投稿に合わせて、第21、23、27、28話の一部誤字を修正し、用語を統一ました。(課程>仮定、戦術機操縦課程、統計思考制御)
・08/09/23、第32話の投稿に合わせて、第4、6、9、10、12、24、26、30話の一部誤字を修正し、用語を統一ました。(B8、シミュレーター演習、8月)
・08/10/03、第35話の投稿に合わせて、第22、34話の一部誤字・用語を修正しました。(出入口、荘厳>厳粛、他)
・08/10/07、第36話の投稿に合わせて、第6、12、22、25、31話の一部誤字を修正し、用語を統一ました。(切り換え、列>烈)
・08/10/13、第38話の投稿に合わせて、第5、7、19、21、35、37話の一部誤字を修正し、用語・内容を変更しました。(コールサイン>ラジオコール/作戦コード、《反オルタネイティヴ派は『G弾運用派』と一緒ってことで》)
・08/10/14、10/13の更新にて、第7、19話の修正投稿のミスを修正しました。(7話に両話を一緒に投稿してしまいました><)
・08/10/17、第39話の投稿に合わせて、第2、3、6、7、9、10、11、12、30、38話の一部誤字を修正しました。(オルタネイティブ>オルタネイティヴ、他)
・08/10/24、第41話の投稿に合わせて、第25、28、33、37、39、40話に振り仮名を追記しました。また、第10話のおまけ内の『陽炎・改』の表記を改めました。
・08/11/07、第44話の投稿に合わせて、第10、24、28、37、38、39、40、41話の一部誤字を修正しました。(『』の付け忘れ、看護兵>衛生兵、近接長刀>近接戦闘長刀)
・08/11/11、第45話の投稿に合わせて、第8、38、39、41、42、43、44話の一部誤字を修正しました。(安部>安倍、月読>月詠、如何>遺憾、増徴>増長、クーデーター>クーデター)
・08/11/14、第46話の投稿に合わせて、第18、44、45話の一部誤字、誤りを修正しました。(確立>確率、大尉>中佐)
・08/11/18、第47話の投稿に合わせて、第21、22、27、29、33、34、40、46話の一部誤字、誤りを修正しました。(おまえ、襲いの表面を>襲い、表面を)
・08/11/21、第48話の投稿に合わせて、第4、5、7、8、10、11、14、21、22、25、26、28、38、39、40、41、43、44、45、46話の一部誤字、誤りを修正しました。(梼子>祷子、22日>25日、『豪天』の仕様を変更しました。)
・08/11/25、第49話の投稿に合わせて、第36、41、45話の一部誤字、誤りを修正しました。(是近>是親、大日本帝国>日本帝国)
・08/11/28、第50話の投稿に合わせて、第26、28、30、31、33、37、38、42、44、49話の誤りを修正しました。(一人称を修正、44話と49話に葵と葉子に言及する文章を加筆修正。)
・08/12/02、第51話の投稿に合わせて、第40、50話の一部誤字、誤りを修正しました。(装甲>走行、は>も)
・08/12/08、第52話の投稿に合わせて、第11、13、17、22、31、33、37、39、40、41、42、49、50、51話の一部誤字、誤りを修正しました。(征夷大将軍>政威大将軍、できるべきこと>できること、他、51話の台詞を一部修正)
・08/12/16、第54話の投稿に合わせて、第53話の一部誤字を修正しました。(合おう>会おう)
・08/12/19、第55話の投稿に合わせて、第54話の一部誤字を修正しました。また、おまけの『何時か辿り着けるかもしれないお話』が含まれる回のサブタイトルに『+おまけ』と追記しました。(狭霧>沙霧、白銀>たける)
・09/01/02、第57話の投稿に合わせて、第44、54話の一部用語を修正しました。
・09/01/13、第59話の投稿に合わせて、第43、54、58話の一部誤字を修正しました。(白銀少尉>白銀君、月読>月詠)
・09/01/24、第62話の投稿に合わせて、第61話の一部を修正しました。(大尉>少尉、水月の言葉への反応に晴子を追加)
・09/01/30、第63話の投稿に合わせて、第11、13、35、36、37、42、43話の一部誤字を修正しました。(防衛基準体制>防衛基準態勢、階級証>階級章)
・09/02/13、第66話の投稿に合わせて、第8、32、45話の用語を修正しました。(時点>時刻)
・09/02/24、第68話の投稿に合わせて、第3、14、15、16、20、67話の一部誤字、誤用を修正しました。(週>周、非難>避難、葉子>桧山)
・09/03/03、第69話のおまけ及び設定資料投稿に合わせて、第44話の一部誤字を修正しました。(潜行>潜航)
・09/03/17、第70話の投稿に合わせて、第25、62、65、69話の一部誤字を修正しました。(間接>関節、月読>月詠)
・09/03/31、第71話の投稿に合わせて、第24、44、70話の一部誤字、誤用を修正しました。(次郎>二郎、第3師団>第8師団、最下層>下層部)
・09/04/07、第72話の投稿に合わせて、第8、9、35、38、39、44、45、46、54、60、63、66、70、71話の一部誤字、誤用を修正しました。(フェーズ>フェイズ、仕官>士官、激震>撃震、19時05分>19時07分)
・09/04/14、第73話の投稿に合わせて、設定資料の更新と、第4、31、71話の一部誤字を修正しました。(重症>重傷、終結>集結)
・09/04/24、第74話の投稿に合わせて、第20、45、46、53、67、68、73話の一部誤字と誤りを修正しました。(固体>個体、21時>20時)
・09/05/05、第75話の投稿に合わせて、第29、74話の一部文章を修正しました。(修正した箇所:一昨年、昨年遂に、靖国神社)
・09/05/19、第77話の投稿に合わせて、第26、74、76話の一部誤字と誤りを修正しました。(珠瀬少尉>珠瀬さん、月読>月詠、衛氏>衛士)
・09/06/02、第79話の投稿に合わせて、第72話の一部誤字を修正しました。(激震>撃震)また、第78話の昼食のシーンと、千鶴の独白のシーンを修正しました。尚、大筋に変化はありません。
・09/06/09、第80話の投稿に合わせて、第61、65、78、79話の一部誤字と誤りを修正しました。(梼子>祷子、まりもも>まりも、桜花>明星)
・09/06/16、第81話の投稿に合わせて、第5、7、69話の一部誤字を修正しました。(早瀬>速瀬、対>体、確立>確率)
・09/06/23、第82話の投稿に合わせて、第11、44、81話の一部誤字を修正し、極一部追記しました。(ハイブ>ハイヴ、月読>月詠、柄頭に(追記))
・09/06/30、第83話の投稿に合わせて、第1、18、34、54、58、59、75、77、79、80、82話の一部誤字と誤りを修正しました。(日記帖>日記帳、咢>顎、送れて>遅れて、追求>追究、突込み>突っ込み、追求>追及、生体認証様>生体認証用、べっど>ベッド、確立>確率、晴天>青天、心配>心肺、人事不肖>人事不省、様態>容態、鏡>鑑)
・09/07/07、第84話の投稿に合わせて、全話を更新させていただきました。感想にて大量の誤字誤用をご指摘頂き、投稿済みの全83話中60話以上に修正が必要となった為です。誤字誤用をご指摘いただけたことに深く御礼申し上げます。
・09/07/14、第85話の投稿に合わせて、84話中50話を修正させていただきました。感想にてまたもや大量の誤字誤用をご指摘頂いた為です。誤字誤用をご指摘いただけたことに深く御礼申し上げます。(第1、2、3、4、5、6、8、9、10、12、14、16、17、18、19、21、27、33、34、35、36、37、38、40、41、43、44、47、49、51、52、54、55、56、58、59、60、61、62、65、67、70、71、75、76、78、80、82、83、84話を修正)
      また、設定資料の更新と、感想でのご指摘に従い、第84話の冒頭に2行ほど追記をいたしました。(『極東国連軍と~寄せられていた。』)
・09/07/21、第86話の投稿に合わせて、85話中60話を修正させていただきました。感想にてまたまた大量の誤字誤用をご指摘頂いた為です。誤字誤用をご指摘いただけたことを重ねて深く御礼申し上げます。(第4、6、7、8、12、17、18、23、23、28、29、30、31、32、33、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49、51、52、54、55、56、57、58、59、61、62、63、64、65、66、67、68、69、70、71、72、73、75、76、78、79、81、82、83、84、85話、設定資料を修正)
      また、感想でのご指摘に従い、第85話の文章を一部修正しました。大筋に変わりはありません。(第5連隊の有人機投入に言及、最終段階のA-01包囲参加戦術機の描写を修正)
・09/07/28、第87話の投稿に合わせて、第12、16、51、55話の一部誤字を修正しました。(指令>司令、過程>課程、ブタペスト>ブダペスト、戦等>戦闘)
・09/09/01、第90話の投稿に合わせて、第6、12、41、42、67、77、80、82、88、89話の一部誤字と誤りを修正しました。(レーザー級>光線級、実践>実戦、シミュレーション>シミュレーター、孫>子息)
・09/09/08、第91話の投稿に合わせて、第90話の一部誤字を修正しました。(盲を開く>蒙を啓く)
・09/09/15、第92話の投稿に合わせて、第22、33、88話の用語を統一しました。(足留め>足止め、ドレスルーム>ドレッシングルーム)
・09/09/22、第93話の投稿に合わせて、第92話の一部誤字を修正しました。(本体>本隊、中退>中隊)
・09/09/29、第94話の投稿に合わせて、第75、83話の一部誤字誤用を修正しました。(ほうんとうに>ほんとうに、武>タケル)
・09/10/06、第95話の投稿に合わせて、第91話の一部誤字を修正し、第23、83話に文章を追記をいたしました。(少尉>中尉、04>03、『武が次々に繰り出す~そして、』、『武は、嬉しそうに頷くと~全力疾走する羽目になった……』)
・09/10/20、第96話の投稿に合わせて、第6、25、38、40、70、89、95話及び【設定資料】の一部誤字誤用を修正しました。(ブースター>スラスター、衛士強化服>衛士強化装備)
・09/10/27、第97話の投稿に合わせて、第87、88、90、91、93、95話の一部誤字誤用を修正し、第36、37、44話及び【設定資料】を一部変更ました。(絶え>耐え、編成>編制、勅命>直命、事態>自体、非情>非常、時系列を修正(HSST迎撃)、44話で砲身長に付いて追記、他)
・09/11/03、第98話の投稿に合わせて、第18、39、51話の一部誤字誤用を修正し、第97話を一部追記しました。(無碍>無礙、私>わたくし、今回は矢継ぎ早に~大きく息を吐いた。)
・09/11/17、第99話の投稿に合わせて、第28、54、85話の一部誤字誤用を修正しました。(知恵>智恵)
・09/12/01、第100話の投稿に合わせて、第85話の一部誤字誤用を修正しました。(作戦立案>戦術立案)
・09/12/15、第102話の投稿に合わせて、第14、51、54、91、99、100、101話の一部誤字誤用を修正しました。(知恵>智恵、レーザー級>レーザー属種、属腫>属種、土>日)
・10/01/12、第104話の投稿に合わせて、第48、50、51、53、102、103話の一部誤字誤用を修正しました。(推進派>運用派、耐えない>堪えない、訓令>訓練、F-35>F-22A)
・10/01/19、第105話の投稿に合わせて、第104話の一部誤字誤用を修正しました。(祐司>裕司)
・10/01/26、第106話の投稿に合わせて、第60、75、90、94、95、96、100、104、105話の一部誤字誤用を修正し、第104話に文章を追記をいたしました。(あたし>わたし、あたし>私、14日(水)>18日(日)、まりか>やよい、『尤も、如何に政威大将軍殿下の御意志によって~練度には相当な自信があると見える。』)
・10/03/27、第111話の投稿に合わせて、第25、63、67、74、94、110話及び【設定資料】の一部誤字誤用を修正しました。(朝倉>麻倉、要因>要員、三角錐>円錐、しちぇば>しちゃえば)
・10/04/13、第113話の投稿に合わせて、第12、34、37、81、89、99、101、103、108、111、112話の一部誤字誤用を修正し、第89話に文章を追記をいたしました。(試験>支援、再突入駆逐艦>再突入型駆逐艦、言ってたました>言ってましたよね、良く>行く、少尉>斯衛軍少尉、なんでじゃ>なんじゃ、帰って>返って、機が>気が、進めて>勧めて、好意>行為、上級>上空、防衛戦>防衛線、『『凄乃皇・弐型』ですら、常軌を~呆然と立ちつくすのであった。』)
・10/05/25、第116話の投稿に合わせて、第40、51、59、111話の一部誤字誤用を修正しました。(少尉>中尉、大尉>中佐、僕>ボク)
・10/06/08、第117話の投稿に合わせて、第4、5、116話の一部誤字誤用を修正し、第115、116話に文章の修正・追記をいたしました。(シンリンダー>シリンダー、明る>明るい、『武が悪夢のようなループに捉われて以来』>『武が支配的因果律の改変を志して以来』、『日露戦争で』)
・10/06/22、第118話の投稿に合わせて、第98、102、104、114、116話の一部誤字誤用を修正し、第117話に文章を追記をいたしました。(族軍>賊軍、近衛>斯衛、白銀>たける、『晴れ渡る大空に~そして希望の光が灯っていた。』)
・10/07/06、第119話の投稿に合わせて、第111、118話の一部誤字誤用を修正しました。(二型>弐型、船主>船首、何10万>何十万、速水>速瀬、心算>つもり)
・10/07/20、第120話の投稿に合わせて、第119話の一部誤字誤用を修正しました。(冥夜声>冥夜の声、因果律情報>因果情報、るる>る)
・10/08/24、第122話の投稿に合わせて、第105、115、120、121話の一部誤字誤用を修正しました。(大尉>中尉、阿部>安倍、構成>攻勢、貰うわ>貰わ、救われ>掬われ)
・10/09/14、第123話の投稿に合わせて、第82、91、106、122話の一部誤字誤用を修正しました。(反面>半面、ナイツ>ナイト、ライアーズ>ライアー、大見え>大見得、10日>22日)
・10/09/28、第124話の投稿に合わせて、123話中35話を修正させていただきました。感想にてまたもや大量の誤字誤用をご指摘頂いた為です。誤字誤用をご指摘いただけたことを重ねて深く御礼申し上げます。(第13、14、22、24、29、35、40、43、44、50、51、53、56、59、61、65、70、77、78、80、81、82、85、87、88、89、90、91、95、107、108、109、112、118、119話を修正(嘘を付く>嘘をつく、「」>『』、滅>壊滅、書いた>描いた、計画の>計画に、炊き付け>焚き付け、激>檄、奢れる>驕れる、持って>以って、凌ぎ>鎬、そのれら>それら、震え>振るえ、合える>会える、完熟>慣熟、中>宙、元>下、座って>据わって、直系>直径、せ>タ、返し>帰し、よ>フ、振るわせ>震わせ、毎>ごと、解き>説き、しなかい>しない、味会わ>味わわ))
      また、設定と異なる記述があった為、82話のおまけ、何時か辿り着けるかもしれないお話20の文章を一部修正しました。大筋に変わりはありません。(蛍昏倒以降の日付を2003年から2002年に修正、モトコの口調を修正)
・10/10/14、第125話の投稿に合わせて、第75、83、124話の一部誤字誤用を修正しました。(知らいでか>知らないでか、期間>帰還)




[3277] 第1話 運命の輪の転がる行方
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/14 17:13

第1話 運命の輪の転がる行方

並行世界 2001年12月17日(月)

 夕暮れに染め上げられた白陵大付属柊学園の正門前。
 武は力なく空を見上げ、一人立ち尽くしていた。

(オレは……平和な『こっちの世界』で暮らしていたのに、『あの日』目覚めたのは『向こうの世界』だった……
 宇宙からやって来たっていう『BETA』と呼ばれる化けモンどもと戦争している『向こうの世界』……
 戦わなければ生きる事すら危うい『向こうの世界』で、オレは訓練兵として生きる術を身に付ける羽目になっちまった。
 まあ、『こっちの世界』のクラスメイトで親しかったあいつらが、『向こうの世界』でも同じ訓練部隊にいてくれたおかげで、気分的には大分楽だった……)

 武は通学路になっている、白陵名物『地獄坂』の向こうに見える、平和な町並みに視線を転じて思う。

(『向こうの世界』のBETAとの戦争で荒れ果てて、人が住めなくなったこの町の景色を見慣れちまったオレには、この風景の方が夢みたいに思えるよな……
 戦いに明け暮れる必要の無い、平和を満喫できる、砂糖菓子みたいな世界……か……
 前は当たり前だったのに、もう違和感を感じるようになっちまったもんな……
 最初は狂っているとしか思えなかった『向こうの世界』で、必死に訓練して、戦術機―――『こっちの世界』で言うロボット兵器のパイロット―――衛士になって……
 それでも、人類はたった10万人が地球から脱出し、地球に取り残されたオレ達は、BETA相手に捨て身の決戦を挑んだ―――と思う……
 なんでか、地球脱出船団が出発した後の事って、よく覚えてないんだよな……
 オレも、同じ部隊に配属されたあいつらも、多分戦死した筈なのに、それすら思い出す事が出来ない……
 まあ、どうせロクでも無いに決まってる実戦の記憶なんて、思い出したいとも思わないけどな……
 でも、オレが実戦での悲惨な経験を覚えてさえいたら……もしかしたら、こんな事にはならなかったかもな……)

 武は再び夕暮れに染まった空へと目を向ける……。

(純夏!!……まりもちゃん!!……ごめん……ごめんな……)

 赤く染まった空に被さるように脳裏に浮かぶ幼馴染と恩師の姿に、武はぎゅっ! っと強く目蓋を閉じて溢れそうになった涙を押し留める。

(オレが……オレが『こっちの世界』に逃げ帰ってきちまったばっかりに、おまえやまりもちゃんはあんな目にあっちまった……。
 『向こうの世界』で全ての希望を失い、絶望的な戦いに身を投じていたはずなのに……
 気付いた時には、『向こうの世界』の『あの日』、2001年10月22日の朝に、オレはもう一度戻されちまっていた。
 その時オレは……前の『向こうの世界』の悲惨な歴史を繰り返させない!……今度は人類を救うんだって決意した!
 なにもできないまま、また人類がBETAに蹂躙されるのが耐えられなかったから……
 でも、初めて奴ら、BETAと戦う羽目になったオレは……恐怖に押しつぶされて……決意なんかどっかへ吹っ飛ばされちまった……
 そして、うじうじと落ち込んで……そんな不甲斐ないオレを励まそうとしてくれた、『向こうの世界』のまりもちゃん―――神宮司軍曹は……
 オレの目の前でBETAに喰われて―――死んだッ!)

 武は、拳を堅く、堅く、握り締めた。

(まりもちゃんの死に怯えたオレは……
 なにもかも放り投げて、こっちの世界に逃げ帰ってきて……
 『こっちの世界』ではオレのクラス―――3年B組の担任で、幸せに暮らしているまりもちゃんに泣き付いて、荒んだ気持ちを救われて……
 なのに、そのまりもちゃんは、『向こうの世界』と同じように頭を粉々にされて……
 ―――死んだッ!)

 堅く握り締めた武の拳から、ギシギシと軋む音が漏れた……

(そのうえ、今度は純夏までも……
 『向こうの世界』にはいなかった、オレの大事な幼馴染―――いや、昨日告白してキスまでしちまったんだっけ……
 なのに―――純夏はオレの事を忘れちまったあげく……体育館の天井から落ちてきた、ゴールポストの下敷きになって、大怪我しちまった……
 オレのせいで……オレが、『向こうの世界』から『重い因果』とかいうものを運んできちまったせいでッッ!!
 …………オレは『こっちの世界』にとって、BETAのような存在……か……。
 ほんとうに……そうかもな。
 ……オレなんか、早く消えちまった方がいいんだ……
 夕呼先生、まだ来ないのかな……
 早く……早くオレを……消してくださいよ、先生……夕呼先生……)

 自責の念に沈む武の前に、1台の車が走り寄り、運転席から白陵大付属柊学園の物理教師である香月夕呼が武に声をかけた。

「待たせたわね……乗りなさい……」

 夕呼に言われるままに、のろのろと助手席へと乗り込む武。

 早速走り出した車の中で、夕呼は武に幾つかの説明をした。
 これから、純夏の家に寄り入院で必要な品々を用意すること。
 病院では師岡教諭が純夏に付き添っていること。
 そして…………純夏が一命を取り留めたこと。

(よかった……純夏ぁ……よかった……)

 武は涙を流して、純夏の無事に感謝した……。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 夜の闇に沈む、灯りの途絶えた純夏の家。
 武のあまりの憔悴振りに、夕呼は玄関先に武を残し、純夏の部屋へと上がっていった。
 しかし、しばらくすると夕呼に武は呼びつけられ、結局、純夏の部屋に行く事になった。
 そこで武が目にしたのは、部屋中に散乱した、何十冊もの純夏自筆の日記帳だった。
 そして、次々と日記帳を拾い上げ、内容を読み進めるに従い、武は、純夏が自分へと向けていた想いの大きさを―――思い知った。

 日記に記されている膨大な記述の殆どは、純夏と武が2人ですごした想い出と、純夏の武への想いで綴られていた。
 武の名前が記されていないページなど、皆無に等しい何十冊もの日記。

 そして、純夏が自分の中から流出して失われていく記憶―――武との想い出を、日記を読み返す事で必死になって取り返していたことも、武は知った。

 武に親しい人々からの、武に関する記憶の流出。
 そして、それと引き換えに流入する『向こうの世界』の重い因果。
 それこそが、武を憔悴させ、自らの存在を消し去ろうと決意させるに至った原因だった。
 武との接触を繰り返した知人は、武の記憶を失っていき、それと引き換えに流入する重い因果は、最悪の場合、その人物に死をもたらす。

 現に、『向こうの世界』で死亡してしまっていたまりもは、死亡した。
 『向こうの世界』のまりもの死に傷付き、『こっちの世界』へ逃げ戻った武の消沈した様子を案じ、まりもは武を熱心に慰め、励ました。
 そして、夕食を共にして別れたその夜、武と食事をしていたことに嫉妬したストーカーの凶行によって、『こっちの世界』のまりもも死亡してしまった。

 そして今朝方、武に関する記憶の全てを失った純夏もまた、重傷を負った。
 午後の体育の授業中に、天井から落下してきたバスケット用のゴールの下敷きとなり、病院へと搬送された。

 武は、因果律量子論という並行世界を扱う独自理論を提唱している夕呼から、まりもの死後に1つの仮説を知らされていた。
 BETAとの泥沼の戦争の最中にあり、世界人口が10億人にまで減ってしまった世界の重い因果を、自分がこの平和な世界に運び込んでしまっているという仮説を。
 自身が大切に想っている人々から忘れ去られる絶望に加え、大切な恩師と幼馴染に取り返しの付かない被害をもたらしてしまった。
 この状況に武は深く絶望し、夕呼に己が存在を消してもらうことで被害の拡大を終わらせる事にしか、最早救いを見出すことができずにいたのだった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 病院に着いても、武は自分が更に被害を広げる事を恐れ、車から降りる事すらしなかった。
 夕呼は武を車に残し、純夏の荷物を師岡教諭に渡しに行った。
 そして、戻った夕呼の運転で、車は再び宵闇の中を走り出す。

「先生……ひとつ聞いて良いですか。
 ……オレだけを選んで消すことなんて……できるんですか……?」

 武は、自分が消えた後に、元々『この世界』に存在していた『白銀武』がちゃんと残るのか、夕呼に尋ねた。
 病床にいる純夏の支えとして、『この世界の白銀武』が存在し得るのか、それだけは、どうしても確認しておきたかった。

 ところが、武の疑問を耳にした夕呼は何故か即答を避け、『ちょっとその辺の話』と称して、因果律量子論の仮説について話し始めた。

 そこで語られたのは、因果の『重さ』は創造や誕生に関する事象よりも、破壊や死に関する事象の方が重いということ。
 『因果導体』となった武を通じて発生する、『こっちの世界』の『軽い』因果である武に関する記憶の流出を引き金として、流出した因果を補うために、『向こうの世界』の『重い』因果である死や破壊が流入するのではないかという仮説。
 『因果導体』である武を通した記憶の流出量は、愛情や母性本能といった類の、武への想いの強さに比例して増減するのではないかということ。
 もし、そうであるのならば、その手の感情に反応して記憶の流出が発生する理由、それこそが、武が『因果導体』になってしまった原因を解明する鍵なのだと説明した。

 夕呼の話を大人しく聞いていた武だったが、正直そんなことはどうでもよかった。
 いまは、一刻も早く自己の存在を消して、親しい人たちの安全を確保したかった。

「先生……いつになったらオレの分離の話になるんですか?」

 つい、夕呼を急かすようなことを言ってしまった武だったが、夕呼は軽く流して話を続ける。

 『因果導体』としての武自身か、武を『因果導体』にした原因のいずれかが持つ特殊な力によって、『向こうの世界』で武が時間ループに陥っていること。
 そして、その特殊な力をうまく利用できれば、既に確定した事象を、自分の思い通りに修正できる可能性があること。
 そして、『向こうの世界』からの『重い』因果の流入を防ぐために、『因果導体』である『白銀武』を消す方法……それが…………
 武を『向こうの世界』に送り返すという方法なのだと夕呼は語った……

「先生……どういう意味ですかそれ?! オレは……『向こうの世界』に戻れるんですか?」

 『向こうの世界』の夕呼から聞かされた、『向こうの世界』に戻ることのできる24時間の猶予期間はとっくの昔に過ぎ去っていた。
 それを知っていた武は、夕呼の予想外の発言に驚愕せざるをえなかった。

 だが、夕呼の話には、更に続きがあった―――

「何があんたを『因果導体』にしてしまったのか。
 その原因を探り当ててうまく利用するか、取り除くことで、全ての確定した事象……つまり結果を変えるのよ。
 本来なら分岐しなければならない確率時空を白銀がループしてしまっている原因……それを除去すれば……。
 あんたのループによって世界にもたらされた影響や結果は全て、もたらされなかったことになる。
 ただ……原因を排除するまでは……あんたは『向こうの世界』に止まり続けなければならない。
 そんな精神状態で……人類の生存をかけて戦うのはさぞ辛いでしょうけどね。」

 武に同情するかのような言葉を口にした夕呼。
 しかし、武にとってその言葉は福音にも等しい言葉だった。
 何故ならその言葉は、自らの過ちを償えるかもしれないという、希望を武にもたらしたのだから。

「……もう一度言うわ。
 あんたが『向こうの世界』に帰って、原因を解消しない限り、あんたが関わった事象の結果は変わらない。
 もし『因果導体』で無くなれば……あんたは閉じた確率時空から解放され、あんたが関わった事象の原因が消滅する。
 それによって……あんたがこの世界にもたらした事象も消滅するのよ。」

 だから、武はなけなしの意志を振り絞って、覚悟を口にした。

「…………どんなにループを繰り返そうと……どれだけ時間がかかろうと……必ず……必ずやります!」

「ところが、そんな悠長に構えていられないかもしれないのよ……」

 しかし、夕呼の紡ぐ言葉は、やっとの思いで立ち上がった武の心に、更なる重圧をもたらすのだった。

 『こっちの世界』に於ける武の存在は、今尚『こっちの世界』の『世界の記憶』に『向こうの世界』のものを含む武の全ての因果情報を書き込んでいるのだと。
 その為、武が『向こうの世界』に戻っても、最終的には『世界の記憶』自体が、『向こうの世界』から武の因果情報を受け取り、それを『こっちの世界』に残る『こっちの世界の白銀武』へと収斂させてしまうという。
 そうなれば、『こっちの世界』は『向こうの世界』の因果に支配され、『向こうの世界』でBETAとの戦闘で死亡してしまっている50億人が、『こっちの世界』でも死亡してしまうのだと夕呼は語った。

 武は自分の責任の重さに……いや、重さ故に……覚悟を新たにした。

(オレの責任は重い……。
 これでもう滅多なことじゃ死ねなくなった……。
 絶対に生き残らなければならなくなった……。)

 しかし、BETAとの戦争のさなか、死の顎(あぎと)を逃れることは至難の業である。
 故に、武は夕呼に訊かずにはいられなかった。

「……先生、もし仮に……オレが『向こう側の世界』で戦死したら……どうなりますか?」

「どうにもならないわ。
 あたしの推測では……あんたは死ねない。」

 夕呼の言葉は、武の想像を遥かに超えたものだった。

 夕呼によると、『向こうの世界』での時間ループの終点は、『向こうの世界』で武が死亡した、正にその時点となり、死亡する度に時間ループの起点である2001年10月22日に戻っていると考えられるとのことだった。
 しかも、武自身は覚えていなくとも、既に何度も死亡して、その度に同じ世界で目覚め、同じ時間を繰り返し体験しているのだと。

「本来、あんたが死んだ場合と死なない場合……それ以外にも無限に分岐していくはずの世界が、あんたを基点に閉じてしまっているのよ。
 あんたは自分でその原因を取り除かない限り、絶対に解放されることがない確率時空の牢獄に囚われ続けるのよ。
 それを自分で成さない限り……絶対に許されない存在になってしまったのよ。」

「…………許されない……?」

武は心中で、自分を『因果導体』にしてしまった存在に怒り狂った。

そして、新たに誓いを、覚悟を口にする。

「先生……オレは絶対にそのループを解消して見せますよ。もう絶対に逃げませんッ!!」

「…………世界を……頼んだわよ。」

 白銀の決意が固まったところで、『向こうの世界』に戻るための具体的な方法へと話は移っていった。

 話が進むにつれ、武は『向こうの世界』の夕呼に対して畏敬とも恐れともつかない想いを抱いていった。

 そもそも、『向こうの世界』に囚われていた武が『こっちの世界』に戻ってきたこと自体、『向こうの世界』の夕呼の力によるものだった。
 『向こうの世界』の夕呼は、人類をBETAの脅威から救うための、国連直轄の極秘計画『オルタネイティヴ4』の統括責任者だった。
 表向きの身分は国連軍横浜基地の副司令官で、密かにBETAに対抗する人類の切り札『00ユニット』の開発を行っていた。
 そして『00ユニット』完成に必要な理論を『こっちの世界』の自分が完成させていることを、夕呼は偶然武から知る事ができた。
 そこでその理論の回収をするために、夕呼は武を『こっちの世界』に送り込んだのだった。

 武は過去に2回、『こっちの世界』へ転移してきて、『こっちの世界』の夕呼と接触していた。
 1度目は、理論回収の依頼で、その際『向こうの世界』の夕呼からの書簡を、こちらの夕呼に手渡していた。
 2度目は、依頼に応じた『こっちの世界』の夕呼から理論を受け取る為、いずれも短期間『こっちの世界』に留まり、『向うの世界』に帰還した。
 3度目となる今回は、そのときに使用した装置で、帰る段取りをつけずに逃げ帰って来ていたため、武はもう二度と戻れないと思っていたのだった。

 ところが、『向こうの世界』の夕呼は、『こちらの世界』の夕呼に理論の提供を依頼した際の書簡に細工をした。
 その書簡には、実に多種多様な、発生しうる問題が列挙され、それらに対応するための方法が何通りも書き連ねてあったというのだ。
 今回、『向こうの世界』に武を送り届けるための方法も、そこに記載されていた。
 他にも、『こちらの世界』の夕呼が記憶の流出を免れる方法として、武関連の記憶を全て活字化、武との会話も全て録音、武と別れた後は毎回それらで記憶の補填を行えと、ご丁寧な指示まで書かれていたという。

 反面、武が『因果導体』となっていることや、因果のやり取りが発生してしまう危険性を、『こっちの世界』の夕呼に予見されないように、必要最小限の欺瞞情報も巧妙に混ぜられていた。
 自分の提唱していた因果率量子論が実証された事で有頂天になるという、「こっちの世界」の夕呼の心理さえ計算されており、さすがの夕呼も事前に欺瞞を暴くことはできなかった。

 つまり、この期に及んで尚、武の行動は『向こうの世界』の夕呼の想定内に収まっているのである。

 そして、純夏が日記を使って、偶然にも夕呼と似た様な方法で、記憶の補填を行っていたことに話が及んだ後…………



 ―――運命の輪は、

 狂気の道へと、

 その転がる先を定めた―――



「―――鑑はどこかにいるはずよ。」

「え?」

 宵闇の中を疾走する車、その運転席で、夕呼は唐突にその言葉を放った。

「『向こうの世界』のどこかに、鑑がいるはずだって言ったのよ。」

「そ……そんな…………ばかなッ!!」

「…………」

「だ、だって、向こうの先生が、純夏は存在しないって!」

「白銀ぇ。あんた、この期に及んで、まだ『向こうのあたし』を信用してるの?」

「え?……や…………だって…………オレだってあちこち聞きまくって、それでも何の手掛かりもなかったんですよ?
 あれだけみんなが揃っているのに、純夏がいるんなら、影も形も無いなんて、かえっておかしくないですか?」

 夕呼の突飛な発言に呆然としていた武だが、話が純夏の事だけに、頭の回転が回復するまでも早かった。
 が、夕呼はそんな武を歯牙にもかけず、止めとばかりに衝撃的な言葉を口にした。

「……こっちの鑑の容態だけどね。四肢は全て手術で切除、内臓にも機能障害が多数発生していて人工臓器を接続。
 脳波にも異常が見られていて、意識の回復は絶望的だそうよ。」

「な!…………………………」

 武は体中の力が、悪寒と引き換えに失われていくのを感じた。
 目は確かに開いていて、夕呼の顔も見えているのに、それにもかかわらず、視界が闇に閉ざされたようにしか認識できなかった。

「白銀ッ!! あんた、世界を救うんでしょっ!!
 あんたがこの世界にばら撒いた因果を、もたらした事象を消滅させるんでしょッ!
 ……だったら、しゃきっとしなさい!!」

「―――は、はいッ!」

 そのまま意識を闇へと委ねそうになった武を、夕呼の怒声が殴りつけた。

「あんたは、あんたが背負うと決めた責任の重みから、目を逸らす事は許されないのよ。
 あんたが諦めたら、この世界も救われないんだって事を、肝に銘じておくのね。」

「わ、わかりましたッ!」

「……たく……そんな簡単に挫けられちゃ、堪らないってのよ。
 ……まあ、いいわ。
 落ち着いて、話しを聞けるわね?」

「…………はい!」

「いい?『向こうの世界』でも『こっちの世界』でも、まりもの死亡状況は酷似してたわよね?」

(ぐッ!…………ま、まりも……ちゃん………………)

 BETAに頭部を齧り取られたまりもの死に様をフラッシュバックさせてしまい、感情を爆発させそうになった武だったが、なんとか意志の力でねじ伏せて夕呼に応じる。

「…………はい。どちらのまりもちゃんも、頭部に酷い損傷を受けました。」

「つまり、流入した因果は『死亡した』って因果だけじゃなくて、どの様に『損壊』したかって因果も含んでたって事よ。
 これが、窒息とか、打撲とか、百歩譲って焼死とかなら、まだ偶然って可能性もあるわ。
 けど、まりもの場合はそんなんじゃない。
 確実に『損壊』の因果情報が流入したのよ。」

「…………」

「白銀。あんたに聞かれて、『向こうの世界』に鑑がいないなら流入する因果も無いはずだから、鑑は安全だと考えられるって言ったわよね。」

「……はい…………でも、純夏はあんなことに…………」

「そう、あたしの仮説に反して、鑑はあんたの記憶も失い、大怪我をした…………
 だからこそ!……鑑は『向こうの世界』にも必ずいるのよッ!!
 ……『向こうの世界』に鑑がいるからこそ、あんたの記憶は流出し、因果が流入してきて鑑は大怪我をしたんだわ。
 単に存在しないとか、死んでいたなんて場合なら、あんな状態にはならない。
 そして、それこそが恐らく……あんたが『向こうの世界』で鑑を見付けられなかった理由よ。」

「……純夏を…………見付けられなかった……理由……?」

「…………恐らく、『向こうの世界』の鑑は健康体……五体満足じゃ……ないわ。」

「え………………ッ!!」

 その瞬間、武の脳裏には、オルタネイティヴ4の中枢に関わる少女―――霞と、その霞が抱きついている青白く光るシリンダー、そしてその中に浮かぶ脳髄の映像がフラッシュバックした。
 そして、同時に思い出す、その時の霞の叫び声……

『―――タケルちゃんにはわからない!』

(……そんな…………まさか……そんなことがッ!)

「少なくとも、四肢は自由にならず寝たきりがいいとこ。下手したら、五感も全て失っている可能性が高いわ。
 実際に面と向かって出会っていても、あんたが気付けない可能性もあるわね。」

「せ……先生…………」

「なに? 何か心当たりでも思い出した?」

「あ、青白いシリンダーに、脳みそが浮かんでるんです……そ、それで……社霞って女の子がいつも一緒にいるんですけど……
 その…………リーディングとプロジェクションって能力を持ってるらしくて…………」

「リーディング? 超能力者ってこと?…………白銀、その脳みそと社って娘のこと、詳しく話しなさい。」

「詳しくってほど知らないんですよ。霞と脳みそがセットで向こうの先生の計画の重要な存在だって事とか……
 霞が、先生の第4計画の前に行われた第3計画で生み出されたこととか…………
 あ! そう言えば、一回だけ霞がオレのことを『タケルちゃん』って呼んだ事がありました。
 いつもは『白銀さん』って呼んでるのに。
 しかもその時霞のヤツ、脳みその入ってるシリンダーにしがみついて叫んだんです、『―――タケルちゃんにはわからない!』って。」

「なるほど……そういう事なら、納得がいくわ。
 白銀、向うのあたしは、鑑の消息について何て言ってた?」

「えっと、純夏の外見などの特徴に該当する人物は存在しない。
 戸籍上も存在しない。
 ……あとは、女々しい奴って思われるから、あまり人に聞いてまわるな……だったとおもいます。」

「そりゃあ、該当しないでしょうね。
 戸籍だって、とっくに抹消済みってことか……徹底してるわね。
 白銀、まず間違いなく、その脳みそが……鑑よ。」

(―――ッ!!…………や、やっぱりそうなるのか…………くっ……純夏ッ!)

「脳幹と脊髄だけの状態で生命を維持しているのなら、こっちの世界の鑑の現状と十分近似と言えるわ。
 おそらく、その社って娘が超能力で脳だけになった鑑とコミュニケーションをとろうとしてるんでしょうね。
 脳幹だけで生命を維持できるなんて信じ難いけど、そうでなかったら、超能力者を張付けとく必要が無いからね。」

「…………先生……純夏を…………純夏を何とかしてやれないんですか?」

「……あんたの持っていった数式、向うのあたしは、何に使うって言ってた?」

「え?……えっと、00ユニットを開発するために必要だって…………」

「00ユニット?……なにそれ?」

「いや、教えてもらえなかったんですけど、それが完成すればBETAに勝利できるって……」

「肝心なとこ、聞いてないのね。ま、いいわ。
 そういう事なら、望みはあるわ。
 あの数式はね、人間の思考をキャプチャーして、人間の思考―――ひいては人格を数値化して機械上でエミュレーションさせるための理論なのよ。
 その00ユニットってのを作るのにあの数式が必要だっていうなら、その00ユニットには誰かの思考なり人格なりが搭載されるって事になるわ。
 でもって、そこに、超能力者を使ってまでコミュニケーションをとろうっていう、生きてる脳みそが絡んでいるとなれば、00ユニットに搭載されるのはその脳みその思考と見て間違いないわ。
 もしそうだとするなら、鑑の全人格が数値化され00ユニットってのに搭載される可能性もある。
 あとは、どれだけの入出力が実装されるかだけど、人間性を維持しようとするなら、最低限の入出力は確保するはず。
 そうなれば、鑑と意思疎通が取れる可能性は決して少なくは無いわね。」

(意思疎通?……!! 純夏と話せるのか?!)

「先生! それ、本当ですか!?」

「あくまで予想よ。推論に推論を重ねて、可能性を論じているに過ぎないわ。
 ただ、そうだとすれば、色々と納得がいくのよ。」

「納得が……いく?」

「さっき言ったあんたを『向こうの世界』に送り返すための、向うのあたしが書いてよこした方法だけどね……
 こっちのあたしができるのは、『向こうの世界』から『こっちの世界』のすぐ側まで引き延ばされて来ている時空間に、あんたを接続することぐらいが精々なのよ。
 転移に必要な干渉の殆どは、向うのあたしが担当するって事になるわ。」

「え?……それじゃあ、向うの夕呼先生がオレを引き戻そうとしてくれなかったら、戻れないってことじゃないですか!?」

「そうね。けど、まずそれはないわ。」

「な……なぜ、そう言い切れるんですか?」

「向うのあたしが…………『こっちの世界』の…………『鑑純夏』の記憶を欲していると推測できるからよ。」

「え?…………」

「向うのあたしが脳みそだけになった鑑の人格を、00ユニットってのに搭載したと仮定するわね。
 でも、恐らく搭載直後の鑑の精神は正常に働いていないと考えられるわ。」

「なっ…………」

「脳だけってことは、長期にわたって、五感を含めたありとあらゆる情報から遮断されているのよ?
 人間が五感を遮断された状態で、長時間精神を保ち続けることは難しい。
 鑑の精神は崩壊寸前……いえ、崩壊していない方がおかしいと思われるわ。」

「そ、そんな…………」

「けど、どう使う気かは知らないけど、00ユニットでBETAってのの侵略を跳ね除けて、人類を救うって話なんでしょ?
 だったら、搭載されている人格が破綻したままで良いわけが無いわ。
 正常な状態に精神を復元する必要がある。
 けれど……もし原形も留めないほど向うの鑑の精神が破綻してしまっていたとしたら……修復なんて殆ど不可能でしょうね。」

(…………純夏……おまえ、そんな目にあってたのか…………くっ、オレは……気付いてすらやれなかった!!)

「でも、もしも何らかの形で、人格のバックアップが存在すれば、それを上書きしてやればいい。
 ま、そんな都合のいいものなんて、普通あるわけないんだけど、今回は効果が十分期待できるだけの、入手可能な代用品が存在した。」

「代用品?…………!!……まさか……」

「こっちの鑑の記憶よ。
 もちろん人格丸ごと復元って訳には行かないでしょうけど、崩壊寸前の精神を補強して回復の取っ掛かりにするくらいの効果なら、十分に見込めるわ。」

「じゃ、じゃあ……今回、オレをあっさりと『こっちの世界』に送り返してくれたのは……』

「向うのあたしにとっては、渡りに船だったんでしょうね。
 そして、『こっちの世界』から流出した鑑の記憶を回収するには、『因果導体』であるあんたの存在が不可欠。
 だからこそ、向うのあたしは必ずあんたの回収を実行するわ。」

(くそッ!!……オレは、向うの夕呼先生の掌で、踊らされてたってのか!!
 …………くそっ! くそっ! くっそぉおっ!!
 ……………………だめだ!……熱くなるな!……冷静に考えるんだ……
 ……純夏の事を想うと、正直暴れだしたくなる……
 だけど、オレが背負っている責任は、オレの感情だけで投げ打っていいほど軽いもんじゃないんだ……
 『向こうの世界』でオレが『因果導体』になった原因を究明するには、夕呼先生の力は絶対に必要だ……
 今までのように……全てを夕呼先生に託すのは止めて、オレも強かに先生を利用しなきゃならないんだ……
 それには、今までみたいに、自分の感情に振り回されてちゃダメなんだッ!)

「……先生……オレは…………絶対に……絶対に原因を潰して見せますよ!
 ……そして……そして……純夏のことも…………必ず!!」

「……たのもしいわね。
 自分の感情を、うまく押さえ込めたようだし、これからも、その調子で頑張りなさい…………
 あんたが相手にするのは、『あたし』なんだから。」

「はい!……ついでに……向うの夕呼先生にも吠え面かかせてやりますよ。」

「是非お願いするわ……思いっきりやってちょうだい。」

「任せてください。」

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 そして、2人を乗せた車は、深夜の白陵大学原子力関連研究施設へと到着した。

 夕呼に促されるまま施設へと侵入し、途中遭遇した警備員を気絶させ、武は夕呼を伴って、遂に施設の中枢である制御室に潜入するに至った。
 夕呼の指示に従い、車から担いできた荷物の中身を設置、続けて原子炉からの電力供給の準備を行う武。
 準備がほぼ終わった頃、夕呼が作業の手を休めて、武に話しかけた。

「向うに戻ったあんたは、目的を達成するために、他人の死を容認しなければならない場面も、嫌と言うほどあるはずよ……
 あんたはその度に、使命と倫理との狭間でもがき苦しむ事になると思う。
 あんたは…………それに本当に耐えられるのかしら。
 その時あんたは……世界を救うための選択を冷酷に選び続けることができるのかしら。」

 淡々と語る夕呼。
 しかし、その言葉の奥には、熾烈を極める戦いの待つ世界へと旅立つ教え子に、教師として精一杯の言葉を贈ろうという想いが、確かにあった。

「できることならあたしが代わりたい。
 自分のこの手で……まりもを取り戻したい……!
 それでも……白銀が関わった全ての世界を救うことは……『因果導体』であるあんたにしかできない事なのよ!
 そういう覚悟のないあんたを……『向こうの世界』に戻す意味はない。
 そういう自覚がないなら……『向こうの世界』に戻る資格はないのよ。
 …………それでも……行くのね?」

「―――はい、オレは戻ります。
 そして、オレが『因果導体』になった原因を必ず突き止めて、それを排除します!
 オレが関わってしまった事でおかしくなった全ての世界を……必ず救って見せます!!
 ……そして、純夏も!!」

「…………頼んだわよ。
 転移は意志を強くもつことが成功の鍵……わかっているわね?
 その強い覚悟が……鑑やまりも……みんなへの想いが……白銀を『向うの世界』に導いてくれるわ。」

「……先生……ありがとうございます。」

 その瞬間、外の通路に駆け寄ってくる足音と声高なやり取りが響いた。

 夕呼は舌打ちをしつつ手早く接続と調整を終え、武を装置の効果範囲に座らせる。

 今にも雪崩れ込んで来そうな警備員達の気配に、武は後に残される夕呼の心配をせずにはいられない。
 しかし、夕呼が支払う犠牲に想いを馳せ、心が揺らぎそうになる武を、逆に夕呼は叱咤した。
 そして、別れの時がやってくる……

「……さよなら白銀武……世界を頼んだわよ!」

「夕呼先生―――ありがとうございました!」

「鑑のこと……好きなのよね!?」

「―――す、好きですっ!」

「―――声が小さい! あんたの想いはそんなものなの!?」

「―――オレは純夏が好きです!!!」

「―――もっと!」

「―――好きですっ!!!」

「―――例え、どんな姿でも!?」

「―――脳みそだって―――オレは純夏を―――愛していますっ!!」

 叫ぶ武の身体を白い輝きが包んでいく……

「―――パラポジトロニウム光よ!―――いけるわッ!」

「先生―――」

「―――鑑を、大事にしてやんなさい。
 『奇跡』に、あんたが応えてやるのよ……」

(―――え?)

「―――しっかりやんなさいよっ! 白銀武!」

「先生ッ―――」

そして、時空が歪んだ―――




[3277] 第2話 暴かれる真実
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/14 17:14

第2話 暴かれる真実

2001年12月17日(月)

「あら? 珍しい生き物がいるわね……」

 国連軍の軍服の上に白衣を羽織った夕呼は、部屋へ入るなり冷ややかな言葉を、武に投げつけた。

「……先生。」

 転移の際の目眩から回復し、室内の転移装置を確認していた武は、声に振り返って夕呼の姿を認め、帰還に成功したことを確信した。

(醜態晒して逃げ帰った身だからな……夕呼先生の計算通りだったとしても、やっぱ話しづらいな……
 でも……こんな事で、揺らいでる訳にはいかない……よしっ!)

「……おひさしぶり……なんですかね? 今日は何日です?」

「…………12月17日よ。」

「へえ、向うの世界に逃がしてもらったのが、12月10日でしたから、丁度1週間ですね。」

「…………」

「あれ? まさか、ここはオレが逃げ出した世界とは別の確率時空だなんていわないですよね……?
 それとも、オレの記憶はすっかり消えちゃって憶えてないとか?」

「……あんたが逃げ出した世界で間違いないわよ……多分ね。
 あんたの事も、ちゃんと憶えているわ。」

「よかった。これで別の世界だなんて言われたら、途方に暮れちゃうところでしたよ。」

 表情を消して、武の様子を窺っていた夕呼だったが、徐々に、苛立ったような、訝しんでいるかのような、そんな表情が微かに浮かび始めていた。

「……で? なんだって、逃げ出した筈のあんたが、ここにいるのかしら?」

「……実は勝手で申し訳ないんですけど、こっちでどうしてもやり遂げたい事ができちゃいましてね。
 申し訳ないんですけど、また、こっちに居場所を用意してもらえませんか?」

「…………あんたは、もう用済みだって、言ったでしょ。
 なのに、なんで今更、あたしがそんな事してやんなきゃなんないわけ?」

「それを言われると、反論できないんですけど……オレ、本当にもう用済みなんですか?」

「数式も手に入った今、あんたに利用価値なんて残ってるわけ?」

「うわ、容赦ありませんね、先生。
 でも、オレとしてもここで引き下がる訳にはいかないんですよ。
 何とか、置いて貰えませんか?」

「置いてやる位、大した事じゃないけど……じゃあ、あんたはあたしに何を与えてくれるの?
 前にも話したでしょ、利害の一致が重要よ?」

「そうですね…………『保険』……なんてどうです?」

「『保険』?」

「そうですよ。先生のオルタネイティヴ4が、上手くいかなかった時の『保険』ですよ。」

「ばっかねえ、数式も手に入った今、オルタネイティヴ4完遂へのシナリオは既に殆ど完成してるわ。
 今更、『保険』なんて必要ないわよ。」

「そうですか?
 まあ、夕呼先生がそこまで自信たっぷりに言うんなら、オルタネイティヴ4完遂は間違いないのかもしれませんね。
 けど、BETA殲滅の方はどうです?
 不測の事態なんて、これからも山ほど出てくるんじゃないですか?」

「…………だとしても、あんたの存在が、何の『保険』になるってのよ。」

「『この世界』の夕呼先生にとっては、何の役にも立たないかもしれませんけどね。」

「……今回の記憶を持って、次のループのあたしに伝えるって言いたいわけ?」

「その通りです。
 それに、この世界はオレを基点に閉じてしまってるんでしょ?
 どうせオレが死んだらやり直しに…………って、あれ?」

(ちょっとまてよ?……本当に……本当にそうなのか?
 オレが『因果導体』になって、この世界でループしてるのは間違いないとして、でも……
 オレが死んだら世界が消えてやり直し?……本当にそんなことがありえるのか?)

「誰よ、あんたにそんなこと吹き込んだの…………って、ああ、向うのあたしか。
 ったく……中途半端な話、してくれたもんね……嫌がらせのつもり?」

 武の言葉に一瞬きょとんとした顔をした後、夕呼は顔をしかめて吐き捨てるようにつぶやいた。
 が、武はその言葉を聞き流し、自分の思索に没頭し続けた。

(オレが死ぬ度に、世界がそこで途切れて巻き戻るってのか?
 オレって、一体、何様だよ……
 しかも、もう何回も死んでループしてるって事は、その世界で一生懸命に戦った人達の努力は、全部水の泡ってことか!?
 くそ! そんなの、許せるかよ!!)

「…………どうしたのよ……」

 急に黙り込んだ武に、夕呼が訝しげに声を掛ける。
 そんな夕呼に、武はぼんやりと視線を向けるが、意識は今だ思索の淵に沈んでいた。

(そんなんだったら、オレはBETAの殲滅を目の当たりにするまで、死ぬわけにはいかないじゃないか!
 戦場でオレがうっかり死んじまうだけで、それまでの努力が全部パーか?
 いや、もし、全てが上手くいってBETAが殲滅できたとしても、オレが『因果導体』のまま年取って死んじまったら……)

「……夕呼…………先生……」

「なによ? 急にしょげちゃって……さっきまでのふてぶてしい余裕はどうしたのよ。」

「……オレを……オレを基点に……この世界が閉じてしまってるって…………間違いないんですか?」

「…………何が、知りたいの?」

「オレが死ぬと、10月22日の時点に巻き戻って、やり直しになるって…………本当にそうなってるんですか?」

「そうね。……あくまで仮説に過ぎないけど、あんたが前回のループを覚えている事とかからも、それはまず間違いないわね。」

「じゃ……じゃあ……オレが死んだら、この世界は……消え「別にどうもしやしないわよ。」……え?」

「あんたが死んだくらいで、世界がどうこうなるわけないでしょ。
 あんた、向うのあたしに騙されたのよ…………まあ、あの話もまるっきり嘘ってわけでもないけどね。」

「……せ、先生?…………うそって……なんで……なんでそう、言い切れるんですか!」

「さっき、車運転しながら、あんたに話してやった時の記憶を、行き成り思い出しちゃったのよねぇ。
 にしても、ランチア・ストラトスなんて、向うのあたしったら、いい車乗ってんじゃない。」

「……思い出した?……!! 向うの先生から流出した記憶ですか!?」

「そ。あんたと話してたら急に思い出しちゃった。
 にしても、向うのあたしってば、随分とあんたに優しいのねぇ。
 まあ、まりもの忘れ形見じゃ、親身にもなるか……」

「どういうことなんですか?……あ、いや、今のなしで……先生、すいませんけど、少し、考える時間をください……」

 質問を取り消した武の態度に、軽い驚きの表情になる夕呼。
 しかし、すぐに冷やかすような笑みを浮かべると、からかうような言葉を投げつけた。

「あたしも閑な身じゃないんだけどねぇ……ま、いいわ。
 人に訊くだけじゃなく、自分で考えようって姿勢は評価できるわ。
 あんたのおつむじゃ、たかが知れてるけどねぇ~。」

(考えろッ!……先生に頼りっぱなしじゃ、また良いように踊らされる!!
 先生の言う事を無条件に信じることはもうできない……けど、『因果導体』絡みの理論の検証は先生に頼るしかない……
 先生は必要なら平気で人を騙すとしても、不要な嘘はつかないと思う……
 だから、無条件で信じないように気を付けながら、それでも、先生の説明を受け入れて考えるしかない……)

 武は、動揺を抑えきれない自分の感情と、普段の数倍にも相当する高密度の思考にくらくらと目眩を感じつつも、夕呼を穿つように視線を投げかけて言葉を発した。

「少し、確認させてください。
 オレが、この世界で死ぬと、2001年の10月22日に巻き戻って、もう一度この時間をやり直すのは間違いないんですね?」

「あんたの主観で語る限り、その通りよ?」

「オレの主観?……続けます。
 しかし、オレが死んでもその確率時空はそのまま存在を続ける……」

「あったりまえでしょ~?
 あんたに合わせて世界が消えたりなんかしないわよぉ。」

「……だとしたら…………オレが干渉してしまった、『向うの世界』も、オレが『因果導体』でなくなっても、そのまま存在し続けるんじゃないんですか?」

 夕呼の表情が、冷徹な科学者としてのそれに切り替わった。
 そして、淡々と言葉を紡ぐ。

「そうよ……あんたが何をどうしようと、一度発生して安定してしまった確率時空は消滅したり、逆行したりすることはないわ。
 更なる干渉によって、新たに確率分岐させるのが精一杯ね。
 ……でもね、白銀。向うのあたしの名誉の為に言っとくけど、ある意味あの説明でも間違いとは言えないのよ……
 あんたの主観でのみ、発生する事象を捉えるのならば、あの説明でも通用するのよ。」

「……オレの主観?」

「あんたにとっては、自分が死んだ後の世界なんて、存在しないも同然でしょ?
 そして、『因果導体』から解放されて『元の世界』に戻った後は、そこから新たに発生する確率時空しかあなたが認識することはない。
 だから、あなたの主観で認識できる範囲においては、世界が消え、修復されると考えても、決して間違いではないのよ……」

「…………でも、そんなのただの気休めじゃないですかッ!!」

 堪え切れずに言葉を荒げる武に、夕呼は僅かに優しげな口調になって話を続けた。

「そう、ただの気休めよ……でもね白銀……その気休めであんたは希望を持てたんじゃないの?
 この、あんたにとって地獄のような世界に戻って、それでも意志を強く持って、歯を食いしばって生き抜く決意が出来たんじゃないの?
 向うのあたしは、あんたに『この世界』で生き抜く為の『目的』を……せめてそれだけでも、あんたに用意してやろうと思ったのよ……
 向うのあたしにできる、精一杯の餞別だったってわけ。」

「…………そうだったのか…………先生っ!」

 武は、溢れてくる熱い涙を、必死に堪えた。

「…………ま、そんな想いも、あんたが『保険』だなんて変なこと言い出したせいで、水の泡ってわけよ。
 向うのあたしも、報われないわよねぇ。
 白銀ぇ、あたしがあんたを必要としているからこそ、こっちの世界に引き戻したんだって、向うのあたしが教えてやったじゃないの。
 おまけに、00ユニットと鑑の事まで…………ったく、教えすぎなのよね~、あたしだけあって、的確にこっちの事情を読み取ってるわ。」

「…………」

「残念だったわねぇ、白銀。
 世界を救えなくなっちゃったけど、どうするぅ?
 絶望して、自殺でもしちゃう? 拳銃、貸そうか?」

 からかうように、挑発するように、武に言葉を投げる夕呼だったが、その眼差しは、科学者として被検体を冷徹に観測する時のものだった。
 そして、武は……

「冗談でしょ? 今更自殺なんてしません……いえ、できませんよ……
 オレがやっちまったことが、全て取り返しが付かない事だって分かった以上、オレは…………償いをせずに死ぬわけにはいきません!」

「ふぅん……ちょっとはマシな面構えするようになったじゃないの。
 ま、いいわ……合格ってことにしてあげる……こっちの手の内は、向うのあたしにばらされちゃってるし……
 00ユニットが完成したっていっても、相変わらず時間は限られてるしね……」

「!!……00ユニットが?…………じゃあ、やっぱり純夏が……」

「そう……『鑑純夏』を素体として00ユニットは完成してるわ……あんたが出て行った次の日にね。」

(00ユニット…………純夏の心が入ってるはず……一体どんな機械なんだ?……純夏にとって少しでもマシになってるのか?)

「……どうしたのよ、もっと喜ぶかと思ったのに…………ああ、『鑑純夏』の事が気になってるのか……。
 いいわ、実際に見たほうが早いでしょ……じゃあ、ついてらっしゃい。」

 言い置くと、身を翻して部屋を出て行く夕呼。
 武は身を侵す不安を押さえ込みながら、その後を追った。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

「ここよ。この中に00ユニットが存在するわ。」

 夕呼が立ち止まったのは、武にとっても馴染み深い、B19フロアの、脳の入ったシリンダーと霞がいつもいた、あの部屋の入口だった。
 そして、夕呼の脇を抜けて、武が部屋に入る……

 そこには確かに00ユニットがあった……いや、居た……

「……す…………み……か………………?」

 呆然と立ち尽くす武の正面、シリンダーの手前の床に座り込むようにしているのは、表情こそ虚ろなものの、記憶と寸分違わない人間としての純夏の姿だった。
 武の脇を通り抜け、純夏の隣で立ち止まった夕呼は、武の方へと向き直る。

「改めて紹介するわ。
 オルタネイティヴ4の最大の目的にして成果……人類に勝利をもたらす存在―――00ユニットよ!」

(……これが……00ユニット?…………見た目、人間そのものじゃないか……クローンみたいなもんだってのか?)

「喜びなさい、白銀。
 00ユニットには、外見だけじゃなく、人間と寸分違わない擬似器官や生体機能が与えられているわ。
 感覚的には、人間と全く同じ感じ方をするはずよ…………生体反応は0だけどね。」

「人間と同じ! じゃあ、純夏は…………え? 生体反応0?」

「00ユニットっていう名前はね、生体反応ゼロ、生物的根拠ゼロってことから来てるのよ。
 つまり00ユニットは、非炭素系擬似生命……生物ではないわ。」

「生物じゃない?…………先生! 純夏は……脳みその方の純夏は無事なんですよね!」

「死んだわ。」

「死…………ん……だ…………?」

「心臓を動かす……呼吸をする……そういう情報もすべて、ごっそり移植するのよ?
 後に残るのは、全ての情報を……生命維持の方法すら失った脳髄だけ……脳死どころの話じゃ済まないわ。」

「じゃあ……ということは結局……オレと先生が……『この世界』の純夏を………………殺したんですね……」

「ええ、そうよ。
 でも、直接手を下したのはあたし「止めてくださいッ!」……白銀?」

「先生……誰が手を下したかなんて……意味無いですよ…………
 そういう意味では、オレは『向うの世界』で、まりもちゃんと純夏に『直接手を下して』きているんです…………
 そして、恐らくあの世界では『この世界』で死んでいる50億の人間も死んでいく……いや、BETAを何とかしない限り、残りの10億だって……」

「……BETA……ッ!―――敵だっ!!」

 急に発せられた叫び声に、武は愕然とする……その、聞き覚えのある声は……床から勢い良く立ち上がった00ユニット……純夏から発せられていた。

「……殺す……殺す……殺してやる!!―――皆殺しにしてやるぅッ!!! BETAッ―――殺してやるッ……殺す……殺すぅ……」

 純夏は、身体を両手で抱きしめるようにしながら、狂ったように身体全体を使って叫び続けた。

「また始まった……一度こうなると、落ち着くまでが面倒なのよねぇ。」

 いい加減見飽きてしまった芝居を見るように、呆れたような口調で夕呼が吐き捨てた。
 が、目の前で純夏の外見そのままの……いや、武にとっては純夏そのものである存在が示す狂態しか、武の目には入らない。
 慌てて純夏に駆け寄ると、武は両肩を掴んで揺するようにして、必死に呼びかけた。

「おい……しっかりしろよ…………しかりしてくれっ、純夏ッ!!」

「―――ぐあっ!……うぅぅぅぅ…………うぁぁぁぁ…………」

直後、急にうずくまり、頭を抱えて苦しみだす純夏。
そして、そのままくずおれるようにして気を失ってしまった。

「……へえ……これは…………社、どお?」

「いつもの……ハレーションが……途中から、もっと……ぐちゃぐちゃ……に、なりました……」

「……先生……今のは…………」

「BETAって単語に反応して、強い怒りと憎しみを示すのよ。
 00ユニットとして覚醒して以来、毎日のように繰り返してることよ。
 ……でも、最後の頭を抱えて苦しんでいたのは……おそらく、記憶の流入よ。」

「それって、向うの純夏から流出した……」

「そうよ……すばらしいわ。ちょっと対面しただけで、もう効果があるなんて……」

「先生……純夏は……大丈夫なんですか?」

「え?……ああ、精神的負担から保全回路が働いて、一時的に機能停止しただけ……心配はないわ。
 社、すまないけど、00ユニットを休ませてちょうだい。
 白銀、あたしの部屋に行くわよ。」

 武は気付いていなかったが、最初から側に控えていた霞が、倒れた純夏に歩み寄った。

「……はい。……霞……純夏のこと……頼む……」

 霞は、武を一顧だにしなかったが、小さくうなずき、呟くように応えた。

「………………はい……」

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B19フロアの夕呼の執務室。いつものように椅子に座り足を組む夕呼と、その前に立つ武。

「で、どこまで話したんだっけ?」

「どこまでだって、かまいませんよ……それより、オレに何をさせたいのか、はっきり言ってください。
 そして、その為に必要なことを、教えてください…………誰が良いとか悪いとか……そういうの抜きで…………」

「……そうね……その方が早いかもしれないわね。
 あんたにやって欲しいのは、00ユニットのデバッグと調整作業……あたしはもっとエレガントに調律って言ってるけど……」

 武の求めに素直に応じて、夕呼は説明を始めた。

 武に求められるのは、一刻も早い00ユニットの精神的安定と、人間性の回復であること。
 00ユニットがBETAに生命体と認識され得る非炭素系擬似生命であり、リーディング能力を用いた、対BETA用の諜報員であること。
 リーディング能力で得たイメージを言語に変換するには、人間の思考が必要であり、それ故に00ユニットは人間の魂を宿し、宿した精神を正常に保つために、人間の生体機能を再現する必要があること。
 明星作戦で占領された横浜ハイヴの最深部から、BETAの捕虜になっていたと思われる人間達の脳髄が発見されたこと。
 何百とあった脳髄の中で唯一『生きていた』脳髄が、『鑑純夏』のものであったこと。
 BETAの捕虜となって尚、唯一生還した人類である『鑑純夏』を生かし続けるにはBETAの技術が必要であり、それ故に横浜ハイヴのBETA由来の施設が稼動状態のまま維持されていること。
 それらを研究し貴重な情報を得る為に、国連軍横浜基地が建設され、オルタネイティヴ4の拠点となったこと。
 過去にBETAが研究対象として興味を示し、且つ、脳髄のみとされたにもかかわらず生還した『鑑純夏』こそが、より良い『確率分岐する未来』を引き寄せる能力という、00ユニットの素体適正を最も強く所持していると見なされたこと。
 A-01部隊が00ユニット素体候補者を選別する為の部隊であり、今後は『鑑純夏』のスペアであるとともに、00ユニットの軍事面に於ける連携・支援が主任務となること。
 00ユニットの頭脳である量子伝導脳に魂を移植した素体は、生命維持に必要な精神活動すら行えなくなり、死亡してしまうこと。

「本当なら、あんたの仕事ぶりを見て、00ユニットを任せられるようだったら、今言った情報を教えてあんたに殺されてやるつもりだったんだけど……
 向うのあたしが暴露しまくってくれたせいで、予定が狂っちゃったわ。」

「止めてくださいって言ったはずです。
 オレは、先生を殺したりしませんよ。」

「あら? あたしの事、憎くないの?」

「正直、はらわた煮えくり返ってますけど…………オレは、先生を利用したいと思ってるので、勝手に死なれちゃ困るんですよ。」

「……つまり、利害一致の上で、お互いがお互いを利用する関係が望みってわけ?」

「そういうことです。」

「あんたが、あたしを利用できるなんて、本気で思ってるの?」

 夕呼は武を横目で見ると、せせら笑うように言い捨てた。
 が、武は苦笑を浮かべてやり過ごす。

「そこは、今後の精進って事で……」

「ふ~ん……いいわ……そういうの嫌いじゃないし、あんたの出した成果に相応な分は、こっちから協力してやってもいいわ。」

「よろしくお願いします。
 で、オレの居場所の件なんですけど……」

「ああ、それ? 前の通りでいいわ。
 あんたはあたしの命令で極秘の任務―――あんたの特性を生かした、最前線での危険で過酷な任務に従事しているって事にしてあるし、部屋もそのまま残してあるから。」

「え? オレがいない間、オレの記憶は消えちゃってたんじゃないんですか?」

「ああ、その事? 大丈夫よ、全部解決済みだから。
 大体、あんたの事忘れちゃったら、回収することもできなくなっちゃうでしょ?」

(…………なんか、違和感あるな……後でもう一度考えてみるか…………)

「で? 他に聞きたい事は無いの?」

「…………すいません、少し自分自身で整理してからでもいいですか?」

「そ……自分で考えてみるのは良い事よ、精々脳みそ振り絞って考えるのね。
 そういうことなら、今日はもう部屋に戻って休みなさい。
 明日からは、A-01に原隊復帰してもらうわ。」

「はい。それじゃ、失礼します」

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B4フロアの自室に戻り、武が時計を確認すると、時間は消灯時間をとっくに過ぎていた。

 武は、ベッドに寝たり、起き上がったりを繰り返しながら、考えをまとめようとしていた。
 しかし、元々真剣に考えることが得意とは言えないため、思いはあれこれと様々な事柄を行ったり来たりしてしまい、なかなか考えがまとまらなかった。

 自室に戻る前に出会った冥夜―――『向うの世界』のクラスメイトであり、『この世界』での訓練部隊での仲間―――との事。
 ……207訓練小隊の皆には、随分と心配をかけてしまったと冥夜から聞かされた。
 00ユニットになってしまった純夏の事。
 ……明日からの調律をどの様に進めるのか。
 BETAの捕虜になり、脳髄だけになってしまうまでに、純夏が味わったであろう苦しみの事。
 ……あの、純夏の狂乱を、如何に宥めたらいいのか。
 『向うの世界』の純夏、仲間たち、夕呼先生、そして向うに残された自分の事。
 ……あの世界をやり直すことは出来ないと知った今、自分は罪を背負って生きなければならない。
 自分を『因果導体』にした原因と、それを消滅させてループを終わらせる事。
 ……鍵は、記憶の流出の切っ掛けとなった感情だと言われた。

(ま、『因果導体』の件は焦っても仕方ないだろう……
 『向うの世界』が救えない以上、BETAを殲滅して、人類を滅亡の淵から救ってからでも遅くはないしな……
 ん? まてよ……オレが死んだら、この世界は続くとしても、オレはまたやり直しになるんだよな……
 ……ってことは…………やべぇ、やべえよ!!……
 ……また『向うの世界』に行って数式回収って話になったら、因果ばら撒いちまうじゃねぇか!
 ………………かといって、数式回収しなきゃ、00ユニットは完成しなくて、オルタネイティヴ5が発動しちまうし……
 …………そっか、オレが数式憶えてればいいんだ!……って、あんなの憶えられるのかよ、オレ!
 ……くそ! 泣き言なんて言ってる場合じゃないな、死んでも憶えるんだ!!
 そうすれば、不幸な世界を増やさずに済むんだから……
 純夏……まりもちゃん……オレは必ずやり遂げてみせる、だから……だから…………ゆる……し……て…………)

 武は灯りも消さないまま、深い眠りへと落ちていった……そして、その頬を、一筋の涙が濡らしていた。




[3277] 第3話 選んだ道
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/14 17:14

第3話 選んだ道

2001年12月18日(火)

 武はこの朝、原隊復帰を果たし、夕呼直属の特殊任務部隊A-01連隊第9中隊、通称『伊隅戦乙女中隊(イスミ・ヴァルキリーズ)』のメンバーに紹介された。
 元々、00ユニット候補者を養成するために設立された、国連軍横浜基地衛士訓練校を卒業した衛士は、全員がA-01に配属となる。
 そのため、ヴァルキリーズには武と同じ元207訓練小隊B分隊の冥夜、千鶴、彩峰、壬姫、美琴の5人に加え、同A分隊の2人も含まれていた。
 後から編入となった武は面識の無いはずの、涼宮茜、柏木晴子の2人だったが、武にとっては『向こうの世界』で知っていた顔だった。
 特に、晴子は『向こうの世界』の球技大会で、同じチームとして頑張った事さえあった仲だった……女子チームだったので武は自称監督に過ぎなかったが……
 過去の実戦で死傷しリタイアしてしまったメンバーも含め、A-01部隊に所属した歴代の衛士全員が、『向こうの世界』の白陵大付属柊学園の先輩達だったのではないかと、武はふと夢想した。

 その後は、中隊長の伊隅みちる大尉直々の座学が、マンツーマンで組まれていたため、隊の皆とはろくに話も出来ないまま、知識をみっちり詰め込まれるハメになった。
 この日の座学では、A-01部隊がオルタネイティヴ4完遂のため秘密裏に超法規的措置で派遣されると知った。
 そして、衛士の心得……使命に準じた者達の生き様やその教えを、生き残ったものが誇らしく語り継ぐ事……その流儀を知った。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 夕食後、演習場の外れ―――まりもが戦死した場所の近く―――に、元207訓練小隊B分隊の6人はお参りにやってきていた。
 そこには、鋼材が墓標代わりに建てられており、その前で全員揃って黙祷を捧げていた。

(まりもちゃん……オレ、帰ってきました……
 辛いことから逃げても、何の解決にもならないってこと……それどころか、他人に迷惑を掛けてしまうだけだって、ようやく思い知りました。
 まりもちゃんに諭してもらった時、しっかりと教えを受け止めてたら、『向うの世界』の人達……まりもちゃんや、純夏に迷惑を掛けずに済んだかも知れないのに………………
 でも、今度こそオレは逃げません! どんなに辛くても、オレに出来る限りのことをやり抜きます!!
 不甲斐ないオレですけど、もし良かったら、見守っててください……)

 まりもの死後、『向こうの世界』へ行っていた武にとっては、初めての墓参となる、黙祷の時間も自然と長いものとなった。
 そして、武は顔を上げると、後ろで待っていてくれた皆を振り向き、精一杯の笑顔で言った。

「みんな! これからも、よろしくな!!」

「「「「「 タケル/白銀/…白銀/たけるさん/タケルぅ 」」」」」

 みんなが返してくれた笑顔に、武は決意を貫き通す力を得られた気がした。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 お参りを済ませ、B19フロアの夕呼の執務室へと向かう途中、武は昨夜の考えをまとめ直していた。

(とにかく、オレが『因果導体』のまんま死んじまった時に備えて、次回のループで役立ちそうな知識は覚えとくようにしないとな……
 あと、出来たらループした時にオレの記憶が失われる仕組みもハッキリさせときたいな……記憶を無くさずに済む方法が見つかればベストなんだけど……
 記憶が無くなるって言えば、『向うの世界』の記憶流出だけど……あれと、オレの記憶が無くなるのって、関係ないのかな?
 オレを『因果導体』にした原因のことも合わせて、いずれ夕呼先生に聞いてみないと………………って、あれ?
 ……オレがループしてるのは『因果導体』になってるからだよな……でもって、だからこそ記憶を保って次に反映できる可能性があるわけだろ?
 『向うの世界』の為に一刻も早く『因果導体』でなくなるって話は、こっちの夕呼先生の話を信じる限りじゃ、必要なくなったわけだから……
 ………………もしかして……オレって『因果導体』のままの方が役に立つのか?
 今までの人類がBETAに敗れてしまったものも含めて、ループを繰り返すとどういう影響があるのか、先生に教えてもらった方が良いかな?
 ……うん。この件は、判断の分かれ目になりそうだし、ダメモトで聞いてみるか。
 オレが因果律量子論を理解できれば、一々先生に頼らなくても……って、あんなトンデモ理論、丸覚えならともかく、理解なんて無理かも……
 まあ、今日のところは、こんな感じでいいか……現状成果を上げてるって訳でもないしな……)

 武は一つ頷くと、夕呼の執務室へと入っていった。

「…………白銀です。入ります。」

「なによ、遅かったわね?」

「すみません、元207の連中と神宮司軍曹のお参りに行ってきたんで……」

「そ、まあいいわ……で? 考えはまとまった?」

 いつもの様に椅子に腰掛けて足を組んだ夕呼は、武の話しを聞く態勢に入った。

「まあ、それなりに……で、判断基準にするために、いくつか教えて欲しい事があるんですが……」

「いいわよ……もちろん、答えるかどうかは内容次第だけど。」

「ありがとうございます。
 まず、向うの先生の話によると、オレは既に何回も死んでループをやり直してるってことなんですけど、それって、今後オレがループし続けることも含めて、人類にとってプラスマイナスどっちの影響が出るんでしょうか?」

「はあ? なによそれ……あんた、前回の記憶で世界を救えなかったから、今回のループで世界を救ってみせるって息巻いてたんでしょ?
 なのに、影響マイナスだったら、お話になんないじゃないの…………って、ちょっとまってね……………………
 …………白銀、あんた、前回の記憶じゃ、オルタネイティヴ4に全く貢献できなかったって言ってたわね?」

 当初、バカにしたような顔で話し始めた夕呼だったが、何かに気付いたのか、急に真面目な顔になり、考えを補足するためか、武に以前の発言内容を確認した。

「はい。それで、オルタネイティヴ5が発動して、人類はBETAに敗れるんです……」

「…………白銀が、意志を強くもって世界に介入しようとしなかった世界ではBETAが優勢だった……
 そして、白銀は前のループを1周として認識していて、しかも後半の記憶が曖昧で、死亡時の記憶も失われている…………
 ……白銀を――――――にした力の作用点は…………確率分岐が通常通りに発生しているとすると…………
 ……………………」

「先生?」

 黙りこんだ夕呼に、武が控えめに声を掛けた。
 すると、しばらくしてようやく考えがまとまったのか、口元に当てていた右手を下ろし表情を消して、夕呼は応えた。

「現時点でのあたしの仮説に基づいた答えになるけど、いいわね?」

「はい。」

「じゃあ、教えてあげるけど、現状ではマイナスね。
 あんたの干渉で、恐らく事態は悪化しているわ。」

「なッ!――――――」

 夕呼の言葉に愕然とする武。
 しかし、夕呼はその様を見て満足気にフッと笑うと、言葉を続けた。

「とは言え、今後十分に取り返せると思うから安心しなさい。
 なんでそうなるか、説明するわね。
 まず、あんたが『前の世界』として認識しているループだけど、正しくは、1回のループに伴う確率分岐した世界群というべきね。
 向うのあたしは、あんたが何回もループしてて、一番最近のループの記憶しか保てていないって説明してたけど、あれはあんたを基点に世界が閉じてるなんて、こじつけの世界観に則って説明したからああなったんだわ。
 恐らくあんたは、前回の10月22日に初めて出現して、その瞬間から確率分岐を始めた無数の世界を経験して、無数の死を迎えたのよ。
 そして、それらの無数の世界で死んだあんたは、今回の10月22日に再統合されて、記憶と経験を保ったまま2度目のループを行ってるんだわ。」

「えっと、つまり…………前回、この世界の10月22日で目覚めたオレは、そこを起点として無数に枝分かれする歴史を辿って、それぞれの果てに死んでいると……
 でもって、その無数に枝分かれした死んだ時点のオレが集められて、さらに1つにまとめられてから、もう一回、今回のこの世界の10月22日に目を覚ましたと……
 でも、それだったら、なんで記憶が1回分しかないんですか?」

「厳密に言えば、あんたの記憶は1回分じゃないのよ。
 まず、前回の確率分岐世界群で多くの世界が共通して通った部分の記憶が、あんたの記憶の主体になってるはずよ。
 記憶が1つしかないんじゃなくて、細かい矛盾や齟齬はあるのに、大筋まとまって感じられるもんだから、気付けずにいるんだわ。
 そして、極少数しか存在しない分岐世界や、確率分岐世界の独自性が高まる終端近くの記憶は、滅多に意識に上らないのよ。
 たまに記憶が蘇っても、勘違いってことで、すぐに忘れちゃうんじゃないかしら。」

「つまり、記憶は無数の分岐世界の全部が合わさってるけど、珍しい記憶はなかなか思い出せないって事ですね……
 で、なんで世界に与える影響が現状マイナスで、今後取り返せるんですか?」

「だって、あんたが何も出来なかったせいで、前回の確率分岐世界群、ぜぇ~んぶBETAに負けちゃったんでしょ?」

 後悔してもし切れない傷跡を、ザックリと夕呼にえぐられ、胸を押さえて武は呻いた。

「う…………」

 そんな武に夕呼は満足気に目を細め、怒涛の如き説明を続けた。

「因果律量子論には、世界の間で記憶のやり取りが行われるって仮説があるって、話したわよね?
 で、やり取りされる記憶は世界間で共通のものになり、複数世界で強い因果として影響を及ぼしていくの。
 例えば、00ユニット候補者の元207の娘たちなんかは、強い因果を持っていると考えることが出来るし、だからこそあんたの言う『元の世界』と『こっちの世界』両方に、ほぼ同一の形態で存在するのよ。
 あんたの『元の世界』の知り合いが何人いたか知らないけど、全体からすれば、あの娘たちなんて極一部でしょ?
 BETAの侵攻という悲劇の中で、それでもより良い確率分岐を引き寄せ続けた結果として、あの娘たちは今一緒にいるのよ。」

「…………なるほど。」

「で、ここからが本題なんだけど、『人類がBETAに圧倒される』って因果の影響力は、恐らく相当強いと思われるわ。」

「え?―――」

「あんたという、因果律量子論を実証するサンプルまで得て、それでも尚、オルタネイティヴ4は完遂されなかった……
 00ユニットの完成すら、あんたの前回のループでの記憶を生かして時間を稼ぎ、その上他世界の力まで借りなげれば不可能だった……
 00ユニットの起動まで漕ぎ付けた今、オルタネイティヴ4の完遂は揺らがないと思うけど、BETA殲滅までの道のりには、まだまだ困難が予想されるわ。
 そして、例えこの世界でだけBETAを殲滅しても、他の圧倒的多数の世界群で人類がBETAに敗れ続ければ、その因果が平均化されていき、より支配的な強い因果になっていくのよ。」

 そして、夕呼の説明に、当面の目標を打ち砕かれた武は、噛み付くように確認をせずにはいられなかった。

「そんな…………それって、例えBETAを殲滅できても、いずれ他所の世界の因果に支配されて、最終的にはBETAに人類が敗れるかもしれないってことじゃないですかッ!」

 しかし、武の悲鳴のような詰問を受けた夕呼は、何でも無いことのようにサラリと受け流し、話を続ける。

「そういうこと……あんたにしちゃ、随分と理解が早いじゃないの。
 けど、今のあたし達には、その因果に干渉して、逆らう術が残されているわ!!」

「ほんとですか!?……凄げぇ、凄げぇよ、先生!!……で、それってどんな……」

 おもむろに、不敵に微笑む口元に右手を添えて、夕呼はキュピーン! と瞳を光らせた。

「戦略級時空間因果律干渉兵器ッ!! その名も……………………『白銀武』よッ!!」

「…………シ……シロガネタケル?……なんか、オレの名前と、発音同じなんですけど…………」

「なにとぼけたこと言ってんのよ、あんたよ、あんた!!
 忘れたの? あんたは『因果導体』なのよ、機能が限定されてるとは言え、本来の『因果導体』である『世界の記憶』と同等の存在なのよ!
 あんたを使えば、確率時空間における因果に限定的ながら干渉できるわ!!
 そうすれば、『人類はBETAを圧倒する』って因果が支配的になる可能性すら夢じゃないのよ!!!」

「マ、マジですか!?」

「マジよ……って、これ何語?……まあいいわ。
 …………でもね、白銀…………」

 それまでノリノリではしゃいでいるとさえ見えた夕呼だったが、急に陰鬱な表情に様変わりした。

「それは……とても辛い道よ?………………ハッキリ言って、人間が辿る道じゃないわ…………」

「かまいません!……教えてください、夕呼先生……オレは、どうすればいいんですか?」

「…………その前に……00ユニットの調律の対価として、あんたが何を要求するか聞いておきましょうか……」

 昨夜から考えていた今後の方針に従って、武は自分の願いを言い連ねた。

「…………わかりました……今の話で、オレの方針も決まりましたからね。
 先生……次のループで先生の役に立てる情報……オルタネイティヴ4の完遂とBETA殲滅に役立つ情報を全てオレに叩き込んでください!
 あとは、今回のループでの記憶を可能な限り維持する方策と…………
 ………………オレが『因果導体』で在り続けるための注意点を、調べて教えてください!」

 今日の時点では、最初の一つしか要求できないと武は考えていたが、どうやら夕呼と利害が一致しそうだと判断し、全ての要求を提示した。
 そんな武に、夕呼は呆れたような態度で応じた。

「…………あんた、やっぱり薄々感づいてたのね。
 ……『因果導体』としてループし続けて、BETAを殲滅し続ける……
 確かにその方法でなら、人類のBETAに対する因果情報に干渉し続け、人類優勢な因果を支配的にすることも可能よ……理論的にはね。
 でもね、その代わり、あんたに圧し掛かる負担は凄まじく重いものになるのよ?
 あたしも、いい加減腹括ってオルタネイティヴ4を背負っているけど、ハッキリ言って死んだ後まで抱え込む心算はないわ……
 あんたはそれを、死んでも死んでも、雪ダルマの様に膨れ上がっていく業を背負い続けて、正気を保っていられる心算なわけ?」

「…………どこまで出来るかなんて、そんなのはやってみなけりゃわかりません……自信なんて、欠片もないですしね…………
 でも、責任は……罪はとっくに背負っちゃってるんです…………後は、歯を食いしばって、オレに出来る限りの償いをするだけですよ。」

「あんたねえ……向うのあたしが、なんで詭弁じみた理屈まで立てて、あんたに一刻も早く『因果導体』から解放されるように誘導したと思ってるのよ……
 ったく、教師なんて、割に合わない職業ね…………
 あたしだって、あんたの方から『保険』だなんて中途半端なこと言い出して、おまけに、さっきの質問なんかしてこなかったら、この方法は墓まで持ってく心算だったのよ?
 自分は死んだら何もかも放り出すつもりなのに、あんたみたいなガキに、その何倍もの荷物背負わせる気はなかったからね…………
 けど、あんたがやりたいって言うのなら、あたしとしては大歓迎よ。
 人類がBETAに勝つためには、現状、それが最も有効な方法だしね。
 けど、最後にもう一回だけ、確認するわよ……その道は、半端な覚悟じゃ歩けない道よ……
 ありとあらゆる苦難を覚悟して、それでも乗り越えていくのね?
 一旦、決めたら、逃げ出すことは許さないわ……洗脳してでも、縛り付けてやるから、その位の覚悟をして答えなさい。」

「やります……決して逃げません!……泣いても、へこたれても、力の限り這ってでも進み続けます。」

 武の即答を受け、夕呼は満足気にニヤリと笑った。

「………………そ、いい覚悟じゃない…………じゃ、早速小手調べと行きましょうか。
 …………現時刻を持って、あんたはA-01連隊から除隊よ!」

 夕呼の唐突な言葉に、武は面食らった。

「え!?…………じょ……除隊?……今日復帰したばっかりなのに?……どうしてなんですか?」

「あんたねえ、00ユニットの調律に加えて、あたしの役に立てるだけの専門知識を覚えるだけで、時間なんていくらあっても足りないでしょうが……
 おまけに、あんたには得られる限りの情報を、最後の最後の瞬間まで、その頭に詰め込めるだけ詰め込んだ後じゃなきゃ死んでもらう訳にはいかないのよ。
 あんたはある意味で、あたしよりも重要な人物になったとさえ言えるわ。
 あたしは、所詮いつか死んで、そっから先は何の役にも立たない……けど、あんたは違うからね。
 ……あんたは、そうそう簡単には死ぬわけにはいかない立場に立ったのよ。」

「く…………わ、わかり……ました……」

(くそッ! 戦場で、みんなを守ることすら許されないのか!!…………これが、責任の重さってヤツなのかよ…………)

 密かに歯軋りをして、夕呼の言葉を受け入れる武。

「…………泣き言言わなかったのは評価してあげるけど、こんなの、まだまだ序の口よ?
 ま、差し当たって、00ユニットの調律を進めて頂戴……運用評価試験に間に合うように、ね。」

「運用評価試験?……何時なんですか?」

「1週間後の12月25日よ。試験内容は佐渡島ハイヴの攻略になるわ。
 詳細は、あんたの機密閲覧レベルを上げておくから自分で調べなさい。自室に端末も設置させておくわ。」

(!!……ハイヴ攻略……実戦じゃないか…………しかも、準備期間が7日しかないのか…………
 しっかりしろ!……純夏を生き延びさせるためにも、なんとしてもやり遂げるんだ!!)

「…………わかりました。それまでに、純夏を安定させればいいんですね?」

「そうよ。
 今『鑑純夏』は、人間的な感情を閉ざしてしまっている……BETAに対する闘争本能だけが異常に突出していて、最悪、敵味方関係なく攻撃してしまうのよ。
 『鑑純夏』の感情を取り戻し、『人間』に戻す……それがあなたの仕事よ。
 とにかく……運用評価試験までには一定の成果を出しなさい。
 そのためなら社もあんたが使って良いし、必要なことがあったら言ってちょうだい。
 あたしは最近野暮用が多いから、あんたの判断で臨機応変にやんなさい。
 あんたはとにかく、どんな手段を使っても良いから、『鑑純夏』を正常にするのよ?」

「わかりました…………あ、先生、もう1つだけ教えてください。
 …………この世界でも、オレと純夏は幼馴染だったんですか?」

「…………おそらくそうだったはずよ……少なくとも戸籍上では隣り合った家に『鑑純夏』と『白銀武』は誕生してるわ。
 ……そして白銀……BETAに捕まり、生きたまま脳と脊髄だけにされて、一切の感覚を奪われた『鑑純夏』が……
 ……精神崩壊一歩手前で……それでも最後まで手放さなかった想い……
 ……社がシリンダーのリーディングで一番はじめに読み取った想い…………
 なんだったと思う?
 それはね…………………………『―――タケルちゃんに会いたい』」

「ッ!!………………純夏っ…………」

 武は溢れそうになる涙を必死に堪えた。

「『鑑純夏』は、何百という同じ境遇に落とされた人々が絶望して死んでいく中、その想いだけで生き延びたのよ…………
 その想いに、あんたは応えなければならないわ……わかるわね?」

「―――はい……ッ!」

「ならいいわ……あんたが差し当たって憶えるべき情報については、端末に目録を送っておくけど、当面、00ユニットの調律を優先させなさい。
 ……じゃあ、さっさと00ユニットの所へ行きなさい…………後は任せたわよ?」

「はい……」

 話は終わったとばかりに、執務机に戻ってキーボードを叩き始める夕呼に背を向け、武は部屋の外へと立ち去っていった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B19フロアの、青白く光るシリンダーが設置された部屋へと武が入っていくと、そこには室内の床に座り込みあやとりをする霞と純夏の姿があった。
 いや、あやとりをしているのは、ぽつぽつと呟くように説明をしながら悪戦苦闘している霞だけで、純夏は何処を見るともなく、体の前に力なく掲げた掌に赤い糸を絡げているだけだった。

「よう、霞……純夏の相手してくれてるのか……」

「…………白銀……さん……」

 ピクッと髪飾りを跳ねさせてから、霞はゆっくりと視線を武の方へ向け呟いた。

 武は声を掛けたところで歩みを止め、霞に向かって頭を下げた。

「霞…………オレ、逃げちまってごめんな……ほんと、弱虫だったよな……そのせいで、『向うの世界』ですっげえ迷惑振りまいてきちまった……
 けど、今度こそ覚悟決めて踏ん張るから……力を貸してくれ……頼む! 霞……」

 霞は、コクリと小さく頷くと、武の近くまで歩み寄り、小声で話しかけた。

「…………たくさん…………たくさん辛いこと……ありましたね…………」

「ああ……ありがとう霞……けど、今はまず、純夏を立ち直らせなきゃいけないんだ……協力してくれるか?」

「……はい」

 その後、霞と当面の方針について打ち合わせ、武は純夏の調律を始めることにした。
 純夏の正面に座り、純夏の膝の上で左右の手をそっと握り締め、純夏の瞳を覗き込むようにしながら、武は優しく声を掛けていった。

「……よう、純夏……ひさしぶりだな……オレだ、武だよ……忘れてないよな?……幼馴染の白銀武だぞ?…………
 …………なんだよ、無視かよ……無視は酷いだろ、無視は~~…………オレの顔、しっかり見えてるか?…………」

 そして、その武と純夏の向かい合う光景を、霞はプロジェクションで純夏へと送り続けていた。
 純夏の視覚、触覚、聴覚……これらを刺激しながら、その光景を霞にプロジェクションしてもらうことで、純夏の受け取っている情報のハレーションの中から、自分を起因とする情報を浮き上がらせる……これが、武の考えたアプローチの方法だった。
 そして、30分ほど根気良く話しかけたところで、純夏が微かに身動ぎをして、震える声を口から零した。

「…………タ……ケ…………ル……ちゃ……ん…………?」

(!!……いま、純夏がオレを呼んだ!!……いや、焦るな……落ち着いていくんだ……)

「ん? そうだ、オレだぞ……何か言いたいことあんのか?……今日は特別に何でも聞いてやるぞ?」

「……うぅ…………頭……いたい……」

「……なんだ、頭痛か?……『イタイのイタイの飛んでけ~』って、やってやろうか?」

 そう言いながら、武が純夏の手を放し、頭に手を伸ばしたとき…………
 純夏は急に頭を抱えて苦しみだした。

「……うあぁぁ…………いや…………―――やだッ! いやあっ!!―――取らないでっ!!
 わたしから…………取らないで…………―――タケルちゃんを取らないでよォォォッ!!」

 純夏の両肩を掴んで、武は純夏に呼びかけた。

「大丈夫だから……な……平気だろ……? オレは……側にいる……側にいるじゃないか!」

「あ…………タケル……ちゃん……?……ぁあああぁああァッ!!……
 ―――いたいッ!―――頭が、頭がいたいよっ、タケルちゃんッッ!!!――――――」

 武の手を振り切って、床に倒れてゴロゴロと転がりながら、苦しむ純夏。
 そして、バタッと動きが途絶え、純夏は身体を弛緩させ、床に身を横たえたまま静かになる。

「純夏ッ!」

「……気絶……しました……」

 慌てて駆け寄る武に、霞が冷静に状況を知らせた。
 しかし、その霞の表情も、純夏の苦しむ姿に沈痛さを隠せないものだった。

 その後、武は霞の指示に従って、純夏をODL浄化装置へと運んだ。
 そして、霞のリーディングの結果として、純夏が気絶する寸前に、それまでのハレーションを上から塗りつぶすように、様々な感情の色を伴ったイメージの奔流が溢れかえっていたことを知る。
 そして、この日の調律はここまでとなった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B4フロアの武の自室、既に真夜中近い時間だったが、部屋に戻った時には既に設置されていた端末を早速使い、武は00ユニットの関連資料を閲覧していた。

「なるほど……さっき純夏が気絶したのは、ODLの異常劣化による自閉モードってやつか……」

 00ユニットの資料によると、純夏は精神的な負担や時間経過によってODLという体内を循環する液体が劣化し、その劣化が進行すると頭脳に当たる量子伝導脳が自動的に機能停止に陥るらしく、これを自閉モードと呼んでいるとのことだった。
 一旦自閉モードに入ると、体内に内蔵されている浄化システムでは間に合わず、シリンダーに接続されているODL浄化装置で本格的な浄化措置を行わなくてはならないらしい。
 特に負担が掛からなくても、ODLの交換は72時間以内。
 ただし、自閉モードの状態ならば、内臓の浄化システムだけでも200時間は機能障害無しで済むとのことだった。

「自閉モードになると、浄化に数時間から1日以上かかる場合もあるのか……成果を伴わないなら、自閉モードは極力避けるべきか……」

 武は椅子の背もたれに身を預けると、頭の後ろに腕を組み、天井を見上げるようにして考えた。

(『因果導体』であるオレを通じて、純夏には『向うの世界』の純夏から流出した記憶が流入しているはずだ……
 まずは、オレを認識させて、後は霞のプロジェクションを併用して、向うの記憶を関連付けしていけばいい……と思う。
 後は、BETA絡みで取り乱した時に、どうやって宥めるかか…………霞に頼んで、オレと純夏が一緒にいるイメージをプロジェクションしてもらうか……)

「さて、後はオルタネイティヴ4関連の資料でも読むか!」

 そして、1時間後……

「うば~~~~~~~~~~~。」

 資料の余りの難解さに、頭を抱えて呻き声をあげる武の姿があった……

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

2001年12月19日(水)

<ビー・ビー・ビー・ビー・ビー・ビー……>

「!!……警報?…………じゃないか……なんだ?…………鳴ってんのは端末か……」

 朝05時50分、就寝前に電源を落としておいたはずの端末機が、いつの間にやら起動して喧しい音を垂れ流していた。
 ベッドから起き上がって、武が端末にIDを読み込ませると、即座に音は止まって、入れ替わりにディスプレイにメッセージが自動的に表示された。

<緊急!! 至急、00ユニットの元へ行きなさい。-香月夕呼->

「!!」

 武は、端末の電源を急いで落とし、着替えもせずに制服を引っ掴んで部屋を飛び出した。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B19フロアのシリンダールームへ向かう途中のエレベーターの中で、武は手早く制服を着込んだ。
 シリンダールームのドアが開くなり、中から聞こえてきた純夏の叫び声に、武は慌てて中に飛び込んだ。

「どうした純夏ッ!!」

「返して!……タケルちゃんを返してよッ!!……やだ……タケルちゃん、いっちゃやだよ!……
 ぅあああぁぁァァ……いたいいたいいたいィィッ!!……頭が、頭が痛いよ……
 ―――取らないでよ! タケルちゃんを取らないでよ!! いやだよ……いやだあっ!……」

 自身を両手で抱え込むようにして叫ぶ純夏に、武は素早く駆け寄って、しっかりと両腕で抱きしめた。

「霞! オレの思い浮かべるイメージを純夏にプロジェクションしてくれ!!
 純夏!! 大丈夫だ、オレはここにいるぞ純夏っ! おまえの側にいるじゃないか!!
 純夏! オレはどこにもいかないから!!」

 武は必死で純夏に呼びかけながら、『向うの世界』の公園で、純夏とお互いを抱きしめあった時のイメージを、強く思い浮かべた。
 すると、純夏は叫ぶのも、身動きするのもぴたりと止め、きょとんとした目で辺りを見渡した。

「……ほんと?
 ………………あ、ほんとだ、タケルちゃんだ…………よかった…………」

 そして、武の顔を見つめて、ポツリと安堵の吐息を洩らすと、そのまま眠りへと落ちていった……

「霞、純夏は一体どうしたんだ?」

「……はい……今朝、私が……武さんを起こしに行くため……部屋を出ようとしたところで……純夏さんが、目を覚まして……
 周りを見回すなり……白銀さんがいないと言って騒ぎ始めたんです……」

「目が覚めるなり、オレを探したって……ことなのか?」

「……おそらく……私の思考を……無意識にリーディングしたんだと思います……
 ……そして、白銀さんのイメージを読み取って……近くに白銀さんがいると……思い込んだんだと思います……」

「そうか……でもさっき、オレの事を見て、ちゃんと認識してたよな?」

「……はい……してました……」

「よし! そこは一歩前進だな。
 じゃあ、オレは夕呼先生と話してから、朝飯済ませてくるから、その間純夏を頼むな。」

「……バイバイ」

「また、後でな、霞。」

 武は、ベッドで安らかに眠る純夏を霞に任せ、夕呼の執務室へ向かった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B19フロアの夕呼の執務室、部屋の主である夕呼は、慢性化した寝不足に加え早朝からの騒ぎで対応を余儀なくされたため、不機嫌の極みであった。
 そこへ報告にやってきた武は、ストレス発散のいい餌食だったのだが……

「夕呼先生! 純夏が現実のオレを認識しましたッ!!」

 武に嫌味の一つでも投げかけようと思っていた夕呼だが、部屋に入るなり挨拶も抜きで放たれた武の発言に、気分は一気に高揚した。

「ほんとに? それで、その後の00ユニットの反応は?」

 夕呼は小走りに執務机に戻ると、椅子に腰掛けもせずに、端末を操作して純夏のバイタルを表示させ確認し始めた。

「えっと、オレが部屋に入ったときは混乱してたんですけど、抱き締めてオレは側にいるぞって言い続けたら、『ほんと?』って純夏が言ったんです。
 で、オレを見て安心したらしくて、そのまま眠っちゃいました……
 ……気絶って感じじゃなかったんですけど、純夏の状態はどうですか? ODLとか……」

「ふぅん……たった一晩でそこまで回復するんだ……白銀ぇやるじゃない、さすが『鑑純夏』にとっての『特別』よね。
 ODLは大丈夫よ、混乱している間は通常時の5倍位で劣化が進んでたけど、あんたを認識した後は平均値をやや下回るレベルに戻ってるわ。
 量子伝導脳の記憶容量の変化を見ても、昨日あんたと会っていた時に大量の情報を受け取っているから、記憶の流入が発生したと考えてよさそうね。
 現在の進行状況は、想定した範囲でも最高レベルに到達してるわ。
 このままあんたに任せて大丈夫だと確信できるレベルだけど、一応あんたの方針を聞かせてちょうだい。」

「はい……って言っても、方針立ててた分は、あらかた終わっちゃったみたいなんですけどね。
 まず、第一に現実のオレを純夏に認識させて、記憶の流入を促進させることが目的でした……けど、どうやらこれは達成できたみたいですね。
 後は、『向うの世界』の想い出を、霞のプロジェクションを併用しながら純夏にしてやって、流入した記憶の関連付けを進めること。
 それから、純夏がBETAのこと―――と、今朝の感じだと、オレのこともかな?―――まあ、その辺の原因で暴れだしたときに、素早く落ち着かせる方法を確立しようと思っています。」

「…………白銀……あんた……なんか悪いもんでも食べたんじゃないの?」

「昨日の夜、先生と別れて以来、何も喰ってません!!」

「冗談よ……あんたが珍しく真っ当なこと言ったからからかっただけよ。
 …………それにしても……『鑑純夏』の事になるとあんたでも頭が回るのね……
 その方針なら、殆ど付け加えることはないわ……強いて言うなら、00ユニットが稼動している間は、極力肉体的接触を保ちなさい……
 って、あんた、なに赤くなってんのよ……そんなんじゃなくて、手を繋ぐとか、肩を抱くとか、そんなんでいいから……
 ……あ、勿論ヤッちゃっていいわよ? そっちの機能も付いてるし………………ああ、うるさいわねぇ、これだからガキは…………
 人間はね、白銀……視覚や聴覚だけじゃなくて、触覚や嗅覚からも強い影響を受けてるのよ、だから、そっちもフルに活用しなさいって話よ。
 ……あ、あと、あんたに携帯用の通信機を渡しとくわ……今朝みたいな事になったら夜昼関係なく飛んで来なさい……いいわね?」

 途中で、武は猛烈な抗議をしたのだが、夕呼は軽くあしらって言いたい事をすべて言い切った……いつものことだが……

「……はい、わかりました…………あ、先生、もう一つだけ教えてください。
 ODLの異常劣化ですが、極力避けた方が良いんでしょうか?……それとも自閉モードに追いやるだけの価値がありますか?」

「…………昨日の例だと、大量の記憶流入とPTSDの同時発生が、異常劣化の原因だと考えられるわ。
 その結果、今朝の00ユニットは著しく安定化が進んだ……あんたが留守にしていた間の、あたしたちの苦労が無駄としか思えないくらいにね。
 だから、ODLの劣化は必要なコストとして割り切っていいわ。」

「はい!…………ええと、それで先生……オルタネイティヴ4関係の資料の件なんですけど…………」

 気合の入った返事を返して、純夏の調律にかける熱意を顕わにした武だったが、その後いきなり情けない顔になって、夕呼の機嫌を伺うように話しかけた。

「はぁ……どうせ難しくて理解できないから何とかなんないかとか、そんな話でしょ?
 ったく、あんた、死んでも憶える位の意気込みはないの?…………まあ、いいわ、意気込みだけで何でも出来たらそんな楽なことないものね。
 調律で成果を出したことだし、特別に配慮してあげるわよ。
 そうね…………00ユニットが休止状態の時とODL浄化措置を受けている間、社にあんたの勉強を手伝わせるわ。」

「霞に!?」

「あの娘、知識量では、うちのスタッフの中でも最優秀よ……しっかり詰め込んでもらうのね。」

「はい、ありがとうございます!」

 またひとつ、自分が歩いていく道が明瞭になった気がして、執務室を出て行く武の足取りは軽かった。




[3277] 第4話 新たなる術(すべ)
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2010/06/08 17:27

第4話 新たなる術(すべ)

2001年12月19日(水)

 点呼後の、朝食時の喧騒に包まれた1階のPXで、武はヴァルキリーズの面々と朝食を食べていた。

「そうか……特殊任務とあれば仕方あるまい……貴様の戦闘力には期待していたのだがな。」

 自分の除隊を告げた武に、A-01部隊指揮官にしてヴァルキリーズ中隊長である伊隅みちる大尉は、軽く目を瞑った後、淡々と応じた。
 それに続いて、CP将校を務める涼宮遙中尉がほんわかとした笑顔で話しかける。

「ほんと、昨日自己紹介したばっかりで、これから仲良くなろうと思ったとこだったのにね。残念だったね、白銀少尉。」

「ちっ! 折角骨のありそうなヤツが来たから、揉んでやろうと思ってたのにィ……がっかりだわ!」

 笑顔で挑発的に言い放つのは、B小隊、突撃前衛(ストームバンガード)の前衛長を務める速瀬水月中尉。
 それに呼応するように、C小隊の小隊長である宗像美冴中尉の発言が続く。

「速瀬中尉、白銀が何か文句があるそうです。
 同じ揉むのならば、速瀬中尉の胸を揉む方が、揉み応えの点から言っても揉み甲斐があるに違いない、と言ってます。」

「―――えっ?」

 いきなり冤罪を被せられ、愕然として絶句する武に向かって、水月はすぐさま食って掛かった。

「―――ぬぅあんですって…………!?」

「―――な……何言ってるんですか宗像中尉っ!」

 水月の怒りの形相に、腰が引けてしまった武は、悲鳴を上げるようにして、ニヤニヤと笑う美冴に抗議した。
 その抗議は、美冴本人には笑顔で軽く流されてしまったが、その隣に座っていたC小隊の風間祷子少尉によって、拾い上げられた。

「美冴さん……白銀少尉は既に我が中隊のメンバーではないのですから、からかうのも、ほどほどになさらないと…………」

「そうだな……まったく、惜しい人材を亡くしたものだ……」

 そのやり取りに、周囲には笑顔の花が咲くが、ネタにされた武は心中で思いっ切りツッコミを入れた。

(死んでねーーーーーッ!!)

「フフフ……タケル、やはりそなたがいると、場が華やぐな……」
「そうね。たまになら、居てもいいかしらね。」
「白銀……遊ばれ上手?」
「タケルぅ~、早く食べないとご飯が冷めちゃうよ?」
「あはは……たけるさん、お閑な時だけでもいいですから、またご一緒してくださいね~。」

 テーブルに突っ伏す武に、旧知の冥夜、千鶴、彩峰、美琴、壬姫の5人が続けざまに声を掛けて慰めた……発言内容は微妙なものが多かったが……

「あはははは……白銀って、聞いてた以上に面白いねぇ」
「晴子! 言い過ぎ…………でもないか。」

 更に追い討ちをかけるのが、柏木晴子少尉と、涼宮茜少尉の2人だった。
 この2人は、夏の総戦技演習に合格し、冥夜達より2ヶ月早く任官していた、元207訓練小隊A分隊の生き残りであった。
 茜を分隊長として5人で編制されていたA分隊だったが、先立つ2回の実戦で2名が死亡1名が重傷でリタイアしていた。

 武が抜けた今、A-01部隊は大尉1名、中尉3名、先任少尉3名、新任少尉5名の12名で全てだ。
 内1人が衛士ではないCP将校なので、中隊定数12名に1人足りない11名が衛士となる。
 元は連隊として発足した部隊なので、定数が満たされていたなら最低108名以上で発足している。
 欠員の補充も行われたはずなので、部隊損耗率は9割を軽く超えるという計算になる。
 過酷と言う言葉では生温いほどの、熾烈な任務ばかりであったことを伺わせる数字だった。

 にも拘らず、彼女達の部隊の設立目的からすれば、これから下命されるであろう任務こそが本道であり、いままでの任務は下拵えに過ぎなかった。
 オルタネイティヴ4の究極の成果である00ユニットが完成した以上、その実戦投入時の直援こそが彼女たちが果たすべき本来の任務であった。
 たった1個中隊で、人類の希望たる00ユニットの盾となる……その過酷な任務が既に目前に迫っている事を、武は知っていた。

(…………死なせたくない……一緒に戦場に行って、護り抜きたい…………けど、オレにはそれをすることは許されない…………
 くそッ!!…………何か……何か方法はないのか!?)

 机に突っ伏して、表情を隠したまま、武は懊悩していた。

 その後、戦乙女達は訓練へ赴き、武は純夏の元へと戻っていった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 武がB19フロアのシリンダールームに戻ると、純夏は未だに眠っていたが、部屋の隅に持ち運び式の端末と机が用意されていた。
 そして、霞は武をジッと見上げると、手に細い棒のような物を持ち、恥ずかしげに言った……

「……では……授業を始めます……私の事は、『社先生』……と、呼びなさい…………です。」

 頬を染めている霞を暫し見つめてから、武は優しく微笑みかけて語りかけた。

「夕呼先生の差し金か……苦労してるな、霞……こういう所は、向うの先生と同じだよなあ。
 そっか霞……いや、『社先生』、出来の悪い生徒ですが、よろしくご指導ください。」

 武がそう言って最敬礼すると、霞は俯き加減でボソッと言った。

「……やっぱり、霞でいいです……」

 その後30分ほどして純夏が目覚め、『社先生』の授業は中断となった。

 目覚めた後の純夏は、視点が定まらず、終始ボーっとしてはいたが、武が『向うの世界』の想い出の話しをすると、時折相槌を打ったり、頭痛を訴えたりした。
 武はベッドに純夏を座らせ、自分はその隣に座り、肩を抱くようにしながら穏やかに話し続けた。
 午前中に、2回ほど大声で叫んで暴れ出したりもしたが、武が懸命に宥め、霞がプロジェクションで、互いを抱き締め合う武と純夏のイメージを送ると、比較的短時間で落ち着きを取り戻した。

 昼時になり、武が食事の為に席を外そうとしたが、純夏は武と一時でも離れることを嫌がり、激しい怯えを示した。
 そのため、夕呼の秘書的存在であり、セキュリティーレベルの高いピアティフ中尉に、急遽PXから昼食を運んでもらう羽目になった。
 昼食を食べるには、些かどころではなく陰鬱過ぎるシリンダールームだったが、他に選択の余地もなく、3人で合成さば味噌定食を食べる事となった。

 武と霞が食べ始めると、純夏は自分は食べずに2人の様子を眺めていたが、おもむろにはしを取ると、さばを1切れ武の方へと差し出す。

「くっ………………」

 その瞬間、武の脳裏に『向うの世界』で純夏と食事をした時のことや、純夏と冥夜のお弁当合戦の様子等がフラッシュバックした。
 心中に溢れ返った想い出に、武は涙が零れそうになるのを堪えるのに手一杯になってしまい、つい反応が遅れてしまった。
 すると、純夏はアレ? という感じに首を傾げ、呟いた……

「……冥夜もいないし、2人っきりなんだからいいよね…………ほら、タケルちゃん、あ~~ん。」

 再び差し出されるさばの切り身、今度こそ武は躊躇無くそれにかじり付き、咀嚼した。

「……純夏、ありがとな……でも、自分も食うんだぞ?……京塚のおばちゃん特製の料理だからな!」

「うん…………美味しい……でも、なんかポソポソしてるよ?
…………今度はわたしが作ってあげるよ、タケルちゃんの好きな……タケ―――
 ぅああああああァァァァッ!!……いたいっ、頭が痛いよタケルちゃん!……やだっなんでこんな……いたい、いたいのはやだよお……」

「純夏ッ! しっかりしろ、純夏!!」

「いたいぃぃッッ!……いたいよぉ…………タケ……ル…………ちゃ………………ん……………………」

 そして、純夏は自閉モードに入って、気絶してしまった。

「…………純夏……苦しませて……ごめん…………」

 武は、自分の行動が記憶の流入を誘発し、それが頭痛となって純夏を苦しめている事を自覚している。
 もしかしたら、純夏は武をリーディングして、自分を苦しめているのが武だと知っているのかもしれない、そんな事を思わずにはいられない武だった。

「……必要なことです……我慢して、ください……」

 うなだれる武の手を取って、励まそうとする霞。

「……そう、そうだな……ありがとう、霞……………………さ、勉強の続きを教えてくれ、頼りにしてるぞ、霞!」

「!……はい。」

 そうして、霞による授業は、夕食を挟んで消灯時間近くまで続いた。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B4フロアの武の自室は、今日も消灯時間を過ぎて尚、明かりが煌々と灯っていた。
 室内では、武が端末にかじり付くようにして、情報を熱心に読み進めていた。

 最初は、純夏の運用評価試験でもある佐渡島ハイヴ攻略作戦―――呼称『甲21号作戦』の作戦案や投入戦力について読んでいたのだが、馴染みの無い用語や装備を調べる内に、武は、自分が既存の軍事機密の殆どを閲覧可能であることに気付いた。
 中でも帝国軍が極秘で開発している、試製99型電磁投射砲の設計図まで表示された時には、思わず室内に侵入者がいないか見回してしまったほどだった。
 まあ、国連の極秘計画である、オルタネイティヴ第4計画の機密中の機密―――00ユニットの最新データでさえ閲覧許可されているのだから、許可した夕呼にとっては、自分が閲覧可能な他組織・他計画の極秘情報など、歯牙にかける価値すら無いのだろう。

 ともあれ、それら機密情報や、各種基礎研究の資料などを見ている内に、武の中で今朝感じていた願いを叶える方法が、朧気に形をなしてきた。
 ベースとなったのは、『元の世界』の現実の兵器や、アニメやゲームに出てくる想像上の兵器。
 そこから、自分の要求を満たしてくれそうな発想を得て、『この世界』の技術でそれが可能か検証していく。
 何とかなりそうだと当りを付けた武は、慣れないながらも企画書の形に資料をまとめ……どうにか形になったのは、明け方近くになったころであった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

2001年12月20日(木)

 早朝、B4フロアの武の自室―――主が熟睡する部屋に今日も人の気配が……

―――ゆさゆさ

「……そうです。」

―――ゆさゆさ

「う、う~~ん。」

 明け方近くまで、企画書をまとめていた為、2時間くらいしか寝ていない武は、寝ぼけ眼を見開いた。

「……おはようございます。」

「……おはよう……タケルちゃん……」

「……おはよう……って、純夏っ!?」

 以前から朝は霞に起こしてもらっていて、起こされ慣れていた武だった。
 しかし、今朝は霞の顔の手前に純夏の顔まであったため、驚いた武は反射的に飛び起きてしまい……

<ごつッ!>

「あいたーーーッ!……ひ、酷いよ、タケルちゃん…………」

「す、すまん、純夏、だいじょぶだったか?」

 思いっ切りおでこをぶつけてしまい、涙目になって文句を言う純夏と、慌てて気遣う武。
 そんな2人を、びっくりして髪飾りをピンと立てた霞は、目を大きく見開いて凝視していた。

「…………あれ?……タケルちゃん、ここどこ?…………あれ?……タケルちゃんの部屋、だよね?……」

「ああ、オレの部屋だよ、純夏。」

 なにやら、つっかえつっかえに話す純夏に、武は、様子を窺いながらも会話に応じた。

「……そっか…………そだよね……あれ?……タケルちゃんの部屋、窓あったよね?」

「それは、前の部屋だよ……今はこの部屋なんだ……」

「そっか……引っ越したんだね、タケルちゃん。」

「そうなるかな。それより純夏、起こしてくれてありがとうよ。」

「ううん、なんてこと…………ない、よね?……わたしがタケルちゃんを起こすの…………何時もの事……だよね?」

(なんか、言葉の間に不自然な間が開くな……まるで、台本を確認しながら喋ってるような……!! 記憶を確かめながら話してるのか?
 そう言えば、まだちょっとぎこちないけど、だいぶ向うの純夏っぽい反応してるよな……よし、オレも向こうにいた頃の態度に近づけてみるか……)

「ああ、いつもありがとな、純夏……じゃあ、すぐに行くから、先に自分の部屋戻って待ってろ。できるよな?」

 つい、過保護な反応をしがちになる自分を叱咤し、武はわざと突き放すような言い方をしてみた。

「……え?……一緒に来て、くれないの?」

「あのなあ、オレだって着替えたり、色々と仕度があるんだよ!」

「………………タケルちゃんのくせに……なま……いき……?」

「何で疑問形なんだよ、彩峰の真似か?」

「……純夏さん、行きましょう。」

「え?…………うん……しょうが、ないよね……タケルちゃん、言い出したら聞かない……から……うん、行こ、霞ちゃん」

「おう! 朝飯持ってってやるから、待ってろよ~!!」

「……白銀さん、合成さば味噌定食で、お願いします。」

 武は部屋を出て行く2人を見送って思った。

(純夏、霞にもちゃんと反応してたな…………けど、霞……さば味噌定食、好きなのか……?)

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 その後、B19フロアのシリンダールームで、純夏、霞と3人で朝食を食べた武は、そのまま純夏と午前中一杯を過ごした。
 その間、武は『向うの世界』の想い出を、クイズ形式にして芋蔓式に出題し続けた。
 純夏が即答できない時には、すぐに正解を教え、どんどんと出題を重ねていく。
 途中、純夏が頭痛を訴えることもあったものの、暴れだす事も無く、比較的平穏に時間は過ぎていった。

 もっとも、『クリスマス』に関する想い出のところで、ひと騒動あった。
 昔、『向うの世界』で武が純夏にあげた『サンタうさぎ』のことを純夏が思い出し、どこかに失くしてしまったと言って、騒ぎ出してしまったのだ。
 結局、武が手作りの2代目『サンタうさぎ』をプレゼントすると約束した事で一件落着したのだが、武は更に自分の時間が更に削られることに暗澹とするのだった。

 昼食は、3人で屋上で食べることにして、PXに頼んで―――特務権限で無理強いしたとも言う―――屋上に出前してもらった。
 その後、純夏と霞はシミュレーターで訓練があるというので一旦別れ、武は夕呼に会いに行くことにした……企画書持参で。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B19フロアの夕呼の執務室に武が入ると、何時もの如く、夕呼は執務机で端末に向かってなにやら打ち込んでいた。

「先生、失礼します」

「あら、白銀?……ちょっと待っててくれる?………………………………………………………………
 ………………………………よし、待たせたわね。
 00ユニットの調律の件なら文句無いわよ? このまま進めてもらえれば、それでいいわ。」

「ありがとうございます。あと、調律がらみと、別件で2つほどお願いがあるんですが……」

「いいわよ~、今日のあたしは機嫌が良いから、大抵の事なら聞いてあげるわよ……で、なに?」

「ええと、1つ目は些細な事で申し訳ないんですけど、キーホルダーの留め金を手配して欲しいんですよ……」

 武は今日の午前中の顛末を説明し、手作りの『サンタうさぎ』に付ける金具が必要なのだと説明した。

「なるほど……手作りのプレゼント……しかも、以前もらった大事な品って事か…………
 わかったわ……明日か明後日には届くように手配しとくわね。
 で、もう1つはなに?」

「先生、これを読んでもらえませんか?」

 武は持参した企画書を夕呼に手渡した。
 夕呼は訝しげな表情になりつつも、書類を受け取ってパラパラと流し読みする。

「あんたが書類持ってくるなんて…………はあ? 『遠隔陽動支援機構想』?
 ……なによこれ、あんたが考えたわけ?」

「はい。……もし可能であれば、00ユニットの運用評価試験にあわせて、試験を行いたいと考えています!」

「ふ~~ん、あんたにしちゃあ、頭も権限も使ったじゃない……
 情報を開示されたとはいえ、こんなに早く活用してくるとはね。
 戦術機管制ユニットの操縦システムを利用した戦術機遠隔操縦システムと、無人遠隔操作機を使った前線での機動陽動による支援行動……ねえ……
 まあ、これなら資材は殆ど現有のものの使い回しで済むし、実際に運用できれば作戦成功率も幾らかは上がるでしょうね……
 いいわ。生体反応欺瞞用の素体はあたしの方で手配したげるから、整備班と技術部の方にオルタネイティヴ第4計画に順ずる優先度で準備させなさい。
 この書類はまとめ方が悪すぎるから、社とピアティフに頼んで今日中に作り直して、関係部署に回すように。
 ただし、この計画に使用する戦術機は横浜基地所属のF-15J『陽炎』10機を使うのよ?
 94式―――『不知火』はそっちに回す余裕がないから……それでいいわね?」

「はい! ありがとうございます…………あ、あと、これは提案なんですが……」

「なによ、まだあるの?」

「えっと、オレが乗るはずだった分の『不知火』が手配されてますよね……あれを、遠隔操縦可能にして、純夏の脱出用に出来ませんか?」

「あんた、運用試験機の仕様にまで目を通したの?……いいわ、一応検討対象に入れとくわ。
 確かに、00ユニットを回収するのには手っ取り早い方法だからね。」

「ありがとうございます……お忙しいところ、お邪魔しました!!」

 夕呼がすんなりと許可したのが余程嬉しかったのか、武は何時にも増してキビキビとした挙動で退室していった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 勤務中の兵士が多い時間のため、閑散としている1階のPXに武の姿があった。
 夕呼との相談が予想よりも短く済んだため、純夏の訓練が終わるまでに一休みしようとやって来た武だった。
 合成玉露を購入する際、売店の一角の書籍売り場が、武の目に入った。
 純夏と約束した『サンタうさぎ』を作るに当たって、木材を加工して作成する事を考えていた武は、参考になる本でもあるかと、売り場へと足を運んだ。

「彫刻入門ね……う~ん、参考になるのは、最初の線引きの辺りかな……でも、角材を使うわけじゃないしな~。
 …………ん? これは……」

 『彫刻入門』と題された本をパラパラと立ち読みしてから書棚に戻した武は、書籍売り場に隣接した文房具売り場で日記帳が売られているのに気付いた。

(―――くッ……日記か……くそっ……『向うの世界』で見た、純夏の日記を思い出しちまった…………
 ……ん? まてよ? 向うの純夏は日記で流出していた記憶を補完していたんだろ?…………それならうまくすれば…………)

 武は売店で1冊の日記帳と筆記用具を購入すると、玉露を飲んでから地下へと戻っていった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 訓練が終わり、B19フロアのシリンダールームに戻ってきた純夏に、武は早速日記帳を見せた。

「ほら、純夏。プレゼントだぞ~」

「……ぷれぜんと……?…………タケルちゃん!『サンタうさぎ』?…………じゃないのか…………なに?」

「日記帳だよ。おまえ、毎日日記付けてただろ? これに毎日の想い出を書いておくんだ。」

 純夏は、手渡された日記帳の表紙をじ~~っと眺め続けていた。
 それを見た霞は、武の方を見あげて、ぽそっと呟く。

「日記……想い出を書くんですか?…………私も欲しいです……」

「お! 霞も書くか? じゃあ、今度プレゼントするから、純夏と2人で書いて、見せっこしたらどうだ?」

「……はい、書きます!」

 ほのぼのと和む霞と武だったが、直後、雰囲気は一転して緊迫したものとなった。
 何故なら、日記帳を手にしていた純夏が、急に切羽詰った声を出したかと思うと、直後に悲鳴を上げて気絶―――自閉モードに入ってしまったからだった。

「日記!!……ぅあああああッ!……わたしの日記!!…………読まなきゃ……読んで思い出さなきゃ!!
 忘れちゃうっ!…………タケルちゃんの事を忘れちゃうよッ!!…………
 ぅううううう……いたいいたいいたいィいィィィッ!!……あ、あたマ……ガ………………」

「純夏!…………くそッ!……またか……また、おまえを苦しめちまったのか…………」

「……白銀さん……純夏さん、今まで以上に、思考がぐちゃぐちゃでした…………
 ……でも、とても……とても暖かい色で一杯でした……」

「…………そう、か…………ODL浄化措置が必要かな?」

 武は室内の端末で純夏のバイタルを確認し、ODLの異常劣化を確認してから、純夏をODL浄化装置へと運んだ。
 その後、端末の前に置かれた椅子の、背もたれに力なく身を預ける武に、霞が話し掛ける。

「……大丈夫です、今日の事は、きっと純夏さんの為になります……きっと、間違いありません。」
「ありがとう、霞……よし! こうしていても時間の無駄だ!!
 実は純夏と霞が訓練に行っている間に、夕呼先生にちょっとした計画の実施許可を貰ってきたんだ。
 悪いけど、霞、こっちの方も手伝ってくれるか? 今日中に、関係部署に要請を出したいんだ。」

「……わかりました。説明、してください。」

 その後、ピアティフも交えて、『遠隔陽動支援機構想』の詳細を詰め、関連部署へのプロジェクト参画要請の書類作成を行い、夕食前には書類は完成した。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 夕食時、1階のPXはそれなりに混雑していたが、緩衝地帯のような空席に囲まれて、ヴァルキリーズのメンバーが夕食をとっていた。
 武は、食堂の主である京塚曹長から合成豚角煮定食を受け取って、ヴァルキリーズの所へ行った。

「ここ、いいですか?」

「「「「「 タケル!/白銀?/……白銀/たけるさ~ん/タケルゥ! 」」」」」

 武の声に、即座に喜色を浮かべて名を呼ぶ元207Bの5人。
 それに続いて、中隊長であるみちるが、鷹揚に許可を出す。

「ん? 白銀か……いいだろう、知らない間柄でもないしな。
 特殊任務は順調か? 副司令直属は楽ではあるまい?」

「いやまあ、時間が幾らあっても足りなくって、やり繰りが大変ですけど……
でも、幸い任務は順調にこなせてる……と、思います。」

「へえ~~~、何やってるかは知らないけど、天才衛士様は、有能多才でいいわねぇ~」

「もう、水月ったら……すぐに挑発するのは、良くない癖だよ?」

 何が気に食わないのか、はたまた面白いのか、ニヤリと笑って挑発めいた言葉を投げかける水月に、すかさず嗜める遙。
 そして、お約束のように、美冴の口撃が漏れなく付いてきた。

「なに、速瀬中尉は、少し欲求不満が溜まっているだけですよ。
 今晩にでもベッドで発散すれば、明日はすっきりできるでしょう…………と、白銀が言っています。」

「し~ろ~が~ねぇ~~~~!!」

「言ってませんって!! 宗像中尉も、オレを使って遊ばないでくださいッ!!」

「白銀少尉、すっかり美冴さんに気に入られてしまったわね。」

「あはははは、タケルはいつも面白いよね~」
「まだまだ、若造ですよ……」
「たけるさんたら~~」
「ふッ、まったくそなたは……」
「白銀は、隙がありすぎるのよ」

 あっと言う間に周囲は微笑みで包まれた。
 元々、沈んだ空気が漂っていたわけではなかったが、より華やいだ暖かな空気が場を満たしていった。

 しばらくの間、ヴァルキリーズに遊ばれた武だったが、頃合を見計らい表情を改めるとみちるに話しかけた。

「伊隅大尉、前線部隊指揮官としてのご意見を伺いたい事があるのですが、お時間をいただけませんか?」

「ん? 特殊任務絡みか?……そういう事なら、拒否はできないな……夜間訓練後でもいいか?」

「はい。結構です。」

 武は、この日の夜、みちるの部屋で水月、遙、美冴の3人を加えて、5人で会う約束を取り付けると、PXを後にした。

「白銀のヤツ……一番新米だった癖に、ヴァルキリーズのトップを引っ張り出すなんて、アイツ何様よ?」

「まあまあ茜、仕方ないよ、特殊任務がらみじゃね~……もっとも、実力があるからこそ、特殊任務を任されてるんじゃないかな?
 まあ、焼餅もほどほどにしとくんだね、あはははは。」

「は、晴子~~~~ッ!」

 幸か不幸か、立ち去る自分の後姿を見ながら先任少尉2人が交わした会話に、武が気付くことは無かった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 ヴァルキリーズの夜間訓練が終わるまでの間、武はB19フロアのシリンダールームで、霞から専門知識の講義を受けた。

 その後、B8フロアのみちるの部屋で、武はヴァルキリーズ首脳陣との会見に臨んだ。
 そこで武は、『遠隔陽動支援機構想』を機密情報と断った上で開示した。
 そして、前線部隊との連携時に想定される問題点の洗い出しと、戦術レベルでの運用方法の確立に関連して、多くの貴重な意見を得ることが出来た。

「う~~~ん……効果は否定しないけどさぁ……あたしには、ちょぉっと向かないわね~、これ。」

「速瀬中尉は、血沸き肉踊る肉弾戦がお好みですからね……「と、宗像中尉が言ってます。」な、白銀?」

「む~な~か~たぁ~~~~ッ!」

「オレだって、そうそう遊ばれてばかりじゃいませんよ?」

「あはは。白銀少尉、上手いこと切り返したね。」

「ふむ、白銀。速瀬の言う通り、この計画は、前線の兵士からは非難される可能性が高いぞ?
 それを承知で進めるのか?」

「ええ、幾ら非難されても、前線で何人かでも助かる命があれば、それで構わないと思っています。」

「そうか。そこまで覚悟しているなら、何も言うまい。
 我々の協力が必要になったら、何時でも良いから言って来い。」

「ありがとうございます。……おそらく、シミュレーターでの連携訓練にご協力頂く事になるかと思います。」

「わかった。」

 十分な成果に満足し、みちるの部屋を後にする武であった。




[3277] 第5話 支払うべき対価
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2010/06/08 17:28

第5話 支払うべき対価

2001年12月21日(金)

 B4フロアの武の自室は、今朝も04時近くまで明かりが灯っていた。
 純夏と約束した『サンタうさぎ』の製作に悪戦苦闘していたためである。
 素材は、校舎裏の丘にある伝説の木の枝を、生木を避けて、周りに落ちてた枝の中から太いものを選んで拾ってきた。
 それをナイフで削っていたのだが、さすがに2時間は寝ないと身が持たない。
 途中で打ち切って寝たものの―――今朝もまた、武の部屋へと大小2つの人影が、侵入していく。

「―――ちゃん……タケルちゃん……―――タケルちゃん起きて。」

「ん~~、純夏~あと5分~~」

「―――ダメだよ! 遅刻しちゃうよぉ……」

「純夏さん……遅刻じゃありません。」

「そうなの?……よくわかんないけど、いいや……
 とにかく、タケルちゃーん朝だよ~~~っ!!」

「…………よぉ、純夏…………霞もおはよう。」

「……おはようございます。」

「やっと起きた……も~タケルちゃん、寝起き悪すぎだよぉ~!」

「わりぃわりぃ……って、純夏おまえ、まるっきり普通じゃないか!」

「ムキーーーーッ! せっかく起してあげたのに酷い言われようだよ……」

「え?……あ、ああ……ごめん、純夏、ありがとな。」

(―――! 昨日と比べても……すごく純夏っぽくなってるぞ……!?
 しかもこれは……『向うの世界』の純夏そのままじゃないか…………
 霞、純夏のこれは精神が安定した結果なのか?)

 純夏の反応があまりに普通すぎたため、武は霞に、もの問いたげな視線を投げた。
 そして、霞はリーディングで武の問いを読み取ると、コクンと頭を縦に動かす。

「いや、何はともあれ、元気な事は良い事だ! そしたら、屋上で朝メシでも一緒に食うか?」

「ええっ!? ホント? ホントに朝御飯一緒に食べてくれるの?」

「ああ、朝メシ3人分、取って来てやるから、霞と先に屋上行ってろよ。」

「うん! 行こ、霞ちゃん。」

「……はい。」

 部屋を出て行く純夏と霞を見送った武は、制服に着替えてPXへと向かった。

 屋上で3人で朝食を食べ、午後の純夏の訓練が始まるまで、色々な昔話や純夏のしている訓練について話をした。
 その間、純夏の言動に不自然な点は見られず、記憶の齟齬も上手く補完できたようで、武は純夏の順調な回復を実感できた。
 また、純夏の訓練の話に関連し、BETAに関する話題も出たが、純夏は全く取り乱す様子も無く、その容姿などに対する不快感を表明するに止まった。
 そして、昼食も出前させて屋上で済ませ、訓練に向かう純夏と霞を送りがてら、B19フロアに向かう武を相手に……純夏が駄々をこねていた。

「え~~っ! なんでなんで? どうしてタケルちゃんは一緒に訓練できないの~~~ッ!」

「いや、だって仕方ないだろ?
 純夏の訓練やってるとこにはオレが使えるシミュレーターは無いし、今のオレは実戦部隊から外されちゃってるからさ……」

「え~、つまんないつまんないつまんないつまんないよぉ~~~ッ!
 タケルちゃんが一緒じゃないなら、わたしも訓練さぼって、タケルちゃんとお話してる方がいいよ~~~。」

 昨日までの、訓練に執着する純夏の姿との落差に、武は意表を突かれた。

「え? 純夏、訓練だぞ? おまえ、あんなに訓練したがってたのに……そんなんで、サボっていいのか?」

「タケルちゃんと一緒の方がいいよ~~~。
 ……だって、香月先生もなんか性格きつくなってるし……冥夜や榊さん、壬姫ちゃん達とも会っちゃダメだって言われたし……」

「う~ん。しょうがないなあ、夕呼先生とは相談しといてやるから、今日の所は素直に訓練しとけよ。」

「……そうです。純夏さん、訓練しましょう。」

「霞ちゃんまで……もうっ! わかったよ……タケルちゃん、期待してるんだから、頑張って香月先生説得してきてねっ!!」

「おうっ! 任せとけ!!…………とは言え……夕呼先生が相手だからなあ~。」

 夕呼がニヤリと微笑む顔を思い浮かべてしまい、武はつい頭を両腕で抱え込んでしまった。

「あはは…………だ、だいじょうぶだよ…………タケルちゃんなら………………」

「……白銀さん……ファイトです……」

 武は、額に汗を浮かばせた2人に励まされて、夕呼の執務室へと向かった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 予め連絡を入れておいた甲斐があり、B19フロアの夕呼の執務室で、武は夕呼と対面していた。

「―――素晴らしい成果じゃない。途中経過としては言うこと無いわ。
 確かに100%とは言えないけど、データを見る限り十分実用に耐える数値ね。
 予定の25日までは、まだ4日も残ってるのに、明日にでも運用評価試験を実施できるレベルよ。良くやってくれたわね。」

 武から、今日の純夏の様子を報告された夕呼は、非常に上機嫌に武を労った。

「ありがとうございます……」

 対して、礼を返す武の表情は喜びとは無縁のものだったが、夕呼は気にせず話を続けた。

「昨日の時点のデータで、25日の評価試験には、最終的なゴーサインが出てるわ。
 とにかくその日1日、とりあえず最低限の安定性が保てれば十分だと思ってたけど、これなら成果も期待できそうね。
 ここまで安定してれば、あんたも例の『遠隔陽動支援機構想』の方に時間が割けるわね。
 あれも、25日には間に合わせるように、関連各部署に発破かけといてあげるわ。」

「!! ありがとうございます。でしたら、それに関連してお願いが幾つか……」

 夕呼の鷹揚な言葉に、ここぞとばかりに武が言葉を紡いだが、夕呼は手を振ってそれを遮る。

「あ~はいはい。どうせ実戦部隊への復帰願いに、A-01部隊との連携訓練の許可でしょ?
 わかってるわよ……A-01との連携訓練は、彼女達の機動制御技術の向上も期待できるからどんどんやりなさい。
 あと、配属に関しては、A-01連隊に第13中隊をでっち上げて、あんたはそこの中隊長って事にしとくわ。
 A-01全体の指揮は伊隅に先任として執らせるけど、あんた自身はどうせHQから動かないんだから、あたしの直接指揮下で動きなさい。
 あんたの階級も、対外的に押しが利くように大尉にしといたげるから、部隊指揮官として、部隊呼称を考えときなさいよ?
 こんなとこで、まだなんかある?」

「部隊呼称はラジオコールとして考えていた『スレイプニル』でお願いします。
 あとは、純夏がさっき駄々をこねまして、オレと一緒に訓練がしたいそうなので、シミュレーターとの連動訓練の許可を下さい。」

「『スレイプニル』……北欧神話に出てくる世界最速の神馬の名前ね。
 00ユニットとの訓練は、あんた自身は機密情報閲覧資格があるから問題ないけど、情報漏洩があると不味いわね…………
 技術部と整備班に、突貫作業で可搬式遠隔操縦装置を作らせるわ。
 それをB27フロアの90番ハンガーに設置させるから、テストを兼ねて凄乃皇弐型との連携訓練をしなさい。
 ………………白銀?」

 ここまで、流れるように言葉を続けてきた夕呼が、不意に表情を消し、言葉を途切れさせた。

「はい?」

 もの問いたげに応える武に、夕呼は相手の真意を見透かそうとするような、鋭い視線を向けた。

「あんたの持ってきた『遠隔陽動支援機構想』は、有効なプランと言えるわ。
 ……まして、それを運用するのがあんたなら、相当な効果が見込める。
 けど、前線の兵達からの評価は厳しいものになるわよ?
 『後方に引っ込んで、前線に出てこない臆病者』くらいは、言われる覚悟をしておくのね。」

 夕呼の言葉に、武は笑みを浮かべて即答した。

「いいじゃないですか。
 オレが命を惜しんで後方に引っ込んでるのは事実ですしね。
 今後は、『世界一の臆病者』ってのを、座右の銘にして生き抜きますよ。」

「…………そ、ならいいわ。」

 武の反応に満足したのか、夕呼はあっさりとこの話題を終わらせた。
 そして、今度は武が真剣な表情になって、夕呼に話し掛けた。

「話は変わるんですけど、少し、いいですか?」

「いいわよ。なに?」

「前にお願いしておいた、次回のループにオレの記憶を可能な限り引き継ぐ方法と、オレが『因果導体』で在り続けるための注意点についてなんですけど、そろそろ教えて貰った方が良いと思うんですよ。」

「あら? なんで、そう思うわけ?」

 とぼける夕呼に、武は苦笑して答えた。

「オレが純夏と親しくなり過ぎたら、拙そうな気がするからですよ。
 オレも、自分が『因果導体』にされた理由についてとか、それなりに考えてみたんですけどね。
 『偶然』オレだった……てオチならともかく、『必然的に』オレが『因果導体』に『選ばれた』んだと仮定すると、そもそもオレを選びそうな存在なんて、純夏くらいしか思いつかないんですよ。
 あいつだったら、少なくともオレに執着はあると思いますしね。
 で、純夏が原因だと考えると、『向うの世界』で記憶流出のキーになってた『オレに対する強い感情』に反応したのは、独占欲か嫉妬だと考えれば納得いきます。
 それに、閲覧可能になった機密情報にあった『G弾』の資料によると、あれ『五次元効果爆弾』ってのが正式名称だそうですね。
 五次元って、3次元空間に、時間と重力ですよね?
 転移実験に使った装置の説明の時に、先生、未来から過去に流れるなんたらとか言ってませんでしたっけ?
 純夏が捕まってた横浜ハイヴの攻略で、G弾は2発使われてますよね?
 五次元効果って、確率分岐世界間に穴とか開けちゃったりしませんか?
 少なくとも、瞬間的には、転移装置よりも莫大なエネルギーを発生させてますよね?
 正直、純夏以外に候補が見つからなかっただけなんですけど、純夏なら他の人間よりも納得いく条件が揃ってるんですよ。
 屁理屈にもなってないのは、自覚してるんですけどね。」

 夕呼の表情を伺うようにしながら、長々と弁を振るった武に、夕呼は少し嫌そうな表情を浮かべて首肯した。

「……途中経過はなってないけど…………結論から言えば、あたしも『鑑純夏』があんたを『因果導体』にした原因だと考えているわ。」

「やっぱりそうですか…………
 にしても、世界が違うからって、自分自身から記憶を奪うなよな…………ったく。
 それで、記憶を保つ方法と、『因果導体』であり続けるための方法……こっちの方はどうですか?」

「…………このタイミングで聞いて来るんだから、そっちも薄々想像付いてるんでしょ?
 あくまで推測に過ぎないけど、あんたが『因果導体』から解放される条件は、『白銀武』と『鑑純夏』が結ばれる―――相思相愛になる事。
 あんたの記憶に関しては、恐らく、あんたが『鑑純夏』以外の人間と結ばれる―――こっちは一定以上の愛情と、もしかしたら性的行為が引き金となって、『白銀武』の再構成時に記憶が削除される可能性が高いわ。
 あんた、今回この世界で目覚めたとき、とても強い喪失感を感じたけれど、何に対する喪失感かはっきり認識できなかったって、言ってたわね。
 恐らく、その喪失感の対象に関する記憶が根こそぎ削除されてるはずよ。
 これらの推測から、あんたが要求される注意点は…………『鑑純夏』を含めて、誰とも深い関係にならない―――つまり、『愛し合わない』ことよ……」

「……先生…………もう、ばれてるとは思いますけど……
 オレは『鑑純夏』を愛しています……どこの世界のどんな純夏であっても!!
 この気持ちはもう消せないと思います…………
 でも、それが必要なんだとしたら、オレは…………オレはこの想いを押さえ込んで見せますッ!
 …………けど、今のこの世界の純夏は、リーディング能力を持ってる!!…………
 先生ッ!!……オレは、オレはどうしたら…………どうしたら、いいんですか?…………」

 武は、見開いた両目からポロポロと涙を零しながら、夕呼を真っ直ぐに見つめた。
 夕呼は、それをジッと見つめてから、武に、痛ましげに答えた。

「白銀…………ほんと……可哀想だと思う、心底同情するわ…………
 …………………………くっ………………くくくくく…………あ~~~っはっはっはっ!」

 そして、いきなり肩を震わせたかと思うと、夕呼は大爆笑した。

「ごめんごめん……いやぁ男泣きだなんて面白いもの見せてもらったけど、白銀ぇ…………
 あんた、00ユニットの装備関連の資料、まともに読んでないでしょ。
 00ユニットの着けてるおっきな黄色いリボン、あれの詳細知らないの?」

 突然のことに、武は唖然として、涙をぬぐうことすら忘れて夕呼に答えた。

「え?…………あのリボンは純夏が昔っから着けてる…………」

「はっずれ~。あれはそれとそっくりに作ってあるけど、全くの別物よ。
 そして、あれの生地の繊維に『バッフワイト素子』とマイクロチップが織り込まれてるの。
 『バッフワイト素子』ってのは、一つの大きさが約20ミクロンの思考波通信素子よ。
 それが逆位相の思考波を発信していて、マイクロチップに登録された人物の思考波を打ち消してしまうのよ。
 現在、オルタネイティヴ計画の主要メンバー全員分の思考波パターンが登録済み。
 あんたの思考波をここに加えれば、00ユニットはあんたをリーディングできなくなるわ。
 あとは、00ユニットの安定具合を見て、白銀の周囲にいる人物も、片っ端からリーディング制限に加えるわ。
 人格が安定してきているなら、他人の心が見えてしまうことは決して幸福なことではないしね。
 特に、昨日辺りから、御剣達元207訓練小隊の娘達に興味を示しているしね。
 ああ、どうせリーディング制限するなら、あんたの中隊に配属しましょう。
 あたし直属の、特殊任務専従の人間として紹介すればいいわ。
 調律の次の段階としては最適じゃない。
 不特定多数の人間と交流させることで、人間性の回復も促進できるわ。
 今日一日様子を見て、問題がなければ明日にでも、A-01の娘たちに引き合わせなさい。」

「いやあの……なんか急展開なんですけど……大丈夫なんですか、実際?」

「あんたねえ、これから運用評価試験当日まで、あんたがやんなきゃなんない事は山盛りなのよ?
 いくら、調律が上手くいってるからって、今までみたいにかかりっきりになれないでしょ?
 それに、さっきの話で『愛しちゃいけない』って意識したから、どうしても距離を取りがちになっちゃうんじゃないの?」

「それはそうですけど…………そこは、訓練一緒にしたりして、埋め合わせるとかじゃダメですかね…………」

「あんたってほんと、女心が分かってないわねえ……
 リーディング制限したら、常に観測することで白銀を身近に感じていたのに、それが急にできなくなるのよ?
 心が見えていたからこそ、安心できた部分があるんじゃないかしら?
 00ユニットの精神に与える影響を考えれば、白銀との距離が遠くなる分を、何かでバランスを取らざるを得ないじゃない。
 『向うの世界』では、『鑑純夏』は御剣と親友だったんでしょ?」

「は……はい、そうです。」

「なら、そういうことでいいわね? 他には?」

「あ、後2つほどあります。
 まず、純夏の事を『鑑』って呼んでやってください。
 どうも、調律でやりすぎたらしくって、今の純夏は『向うの世界』の純夏そのものなんです。
 今の純夏にとっては、先生は、『香月副司令』じゃなくって、『香月先生』なんですよ。」

「ああ、00ユニットが、あたしの言動に微妙な反応してたのはそれだったのね…………
 わかった……今後は『鑑』と呼んで、人格を尊重して接することにするわ。
 確かに、今の『鑑』は『向うの世界』に偏りすぎているかもしれないわね。
 でも、現在の安定度は捨て難いから、運用評価試験までは下手に修正しようとしない方が良さそうね。」

「はい。オレもそう思います。
 で、もう一つなんですけど……純夏のスペアとして、オレを00ユニットにする準備をしておいて貰えないですか?」

「…………白銀? 00ユニットになるって事は生物としての死を迎える事だって言ったわよね。」

「ええ。ですから、純夏に問題が発生しない限り試す気はありません。
 でも、身体の死が、必ずしもループの条件じゃないんじゃないかって気もするんです。」

「……どういうこと?」

「だって、便宜上ループって言ってますけど、実際は、確率分岐世界群からオレの因果情報を集めてきて再構成してるって事でしたよね。
 それだったら、途中で気絶しようと、仮死状態になろうと、記憶喪失になったとしてもですよ?
 『その後』に続く『白銀武』が存在しさえすれば、その『白銀武』の因果情報も、再構成の時に回収されるんじゃないかって思うんです。
 だから、『人間の白銀武』が死んでも、その後に『00ユニットの白銀武』が存在していれば、そっちの記憶も次のループに持ち越せるんじゃないかと思うんですよ。」

「…………なるほど、確かに可能性はあるわね…………
 しかも実施条件は『鑑純夏』に深刻なトラブルが発生した場合……その時には、オルタネイティヴ4は致命的なダメージを被っている可能性が高い。
 それなら、オルタネイティヴ4の再起の可能性も兼ねて試してみる価値はあるわね……
 どうせ、白銀は自分が00ユニットになれるかどうか、どうしても知りたいんだろうし…………
 それに、あんたが目を光らせている限り、他の素体候補は使わせてくれそうにないしね。」

「そういうことです。」

「わかったわ。準備はしておくから安心しなさい。
 もう、他には無い?
 無いなら出てって頂戴……あんたのおかげで仕事が増えちゃったんだから。」

「はい。色々と、ありがとうございます、先生。」

 シッシッと手を振って追い出す仕草をする夕呼に、武は深々とお辞儀をして、部屋を出て行った。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B19フロアのシリンダールームで、訓練から戻った純夏を迎え入れた武は、午前中と同じく、純夏と『向うの世界』での想い出話をした。
 最近の想い出は避け、なるべく幼い頃の話を中心に据えて話していたが、『向うの世界』で純夏の日記を読んで来たとはいえ、武の記憶は相当曖昧になっていた。
 逆に純夏は、相当昔の事でも武に関わる部分は至極明瞭に覚えていて、武の間違いを正していく。
 そして、武は純夏が曖昧にしか覚えていない、武以外の登場人物を思い出しながら、純夏の記憶を補完していった。

「また間違えてる~~~……タケルちゃん、砂場でケーキなんか作ったことなんて無いよ?
 大体、わたしが砂場で遊んだこと無いだなんてあり得ないよ!
 わたしの砂場デビューは、幼稚園に入って直ぐに、タケルちゃんと一緒に遊んだ時だもん。
 あの時は、タケルちゃんに砂投げつけられて、目に入っちゃったから痛かったよぉ~。」

「そ、そうか?……にしてもおまえ、こっちじゃ日記も手元にないのに、良く憶えてるな~。」

「そりゃあそうだよ!
 タケルちゃんといて、タケルちゃんとの想い出があって、はじめてわたしなんだから。
 だから、忘れないよ。忘れるわけないよ。」

 純夏の言葉に、『向こうの世界』であった『出来事』を連想しそうになってしまい、武は必死に踏みとどまった。

「っ!―――ちょ、ちょうしいいなぁ~……ついこないだまで、忘れてたくせに~。」

「でも、ちゃんと思い出したよ!
 大体、タケルちゃんのこと忘れちゃったら、半分はわたしじゃなくなっちゃうよ……
 だから、この間までのわたしは、わたしじゃないんだよ!!」

「……わかったわかった…………じゃあ、そんな純夏に問題だ!
 オレと初めて海に行った時のこと、憶えてるか?」

 海という単語に反応して、霞の髪飾りがピョコっと跳ねる。

「―――海……私、行ったことありません……」

「え~~~~っ! そうなの? 霞ちゃん。
 …………じゃあ、タケルちゃんの恥ずかしいシーンと一緒に思い出すから、リーディングで堪能してねっ!!」

「こ、こら純夏ッ!」

「う、嬉しいです、純夏さん……」

「やめろやめろやめろお~~~ッ!!」

 そんな調子のやり取りが夕食後まで続いたが、今日の純夏は頭痛を訴えることも殆どなく、何の問題も見受けられなかった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 純夏と霞に別れを告げて、武はシミュレーターデッキへとやってきていた。
 昼食後に、夕呼からヴァルキリーズとの連携訓練の許可を得た武は、執務室を出るなりみちるに連絡を入れ、シミュレーターを使用した夜間訓練をねじ込んでおいた。
 よって、武が来た時には、シミュレーターデッキでは、ヴァルキリーズがBETA相手の防衛訓練を行っている真っ最中であった。

 武は、制御室の遙に声を掛け、BETAの増援を出すように依頼してから、素早くシミュレーターに搭乗する。
 着座調整が終わり、武が操縦する戦術機、F-15J『陽炎』がシミュレーター上の仮想戦場の戦線から1000m後方に配置される。

 その時、ヴァルキリーズは突然出現したBETAの増援に食い破られた戦線を、必死に建て直そうとしている最中だった。
 分断こそされていないものの、周囲をBETAに囲まれ、退路を切り開けないまま、弾薬が湯水のように消費されていくという、悪夢のような状況に陥っていた。

「くッ! 大尉、あたしが先行して飛び上がります! あたしがレーザーを回避してる間に、離脱してくださいっ!!」

「速瀬?……くそっ、仕方ないか……よし、ヴァルキリー1より各機、速瀬が飛び上がったら続けて匍匐飛行でBETAを突破する、要塞級(フォート級)の衝角に気をつけろ!」

 突撃前衛長(ストームバンガードワン)の水月が言い出した捨て身の陽動に、みちるは断腸の思いで許可を出した。
 そして、即座に水月が飛び上がろうとした所に、戦域管制の遙から通信が入った。

「ヴァルキリー・マムより各機―――10秒以内に、スレイプニル0が支援を開始します。
 データリンクを更新、オープンチャンネルにスレイプニル0を加えます。」

「こちらスレイプニル0、あと少しで支援できる、それまで持ちこたえてくれ!!」

「白銀ッ?!……わかった、各機BETAを近づけるな! 速瀬、いいな?」

「ちっ……白銀ぇ、あんた、とちったらただじゃおかないわよ?」

「伊隅大尉、接敵後ALM(対レーザー弾頭弾)を発射します、それを隠れ蓑にして、包囲を抜けてください。
 その後オレは、陽動支援を実施します!」

「わかった。―――ヴァルキリー1より全機に告ぐ。
 ALM発射後、レーザー属種による迎撃を合図に噴射跳躍、BETAの包囲を抜けるぞ!」

「「「「「「「「「「 了解! 」」」」」」」」」」

「―――スレイプニル0―――バンデッドインレンジ! エンゲージオフェンシヴ!―――フォックス1ッ!!」

 BETAの包囲網の更に奥、要塞級の影に見え隠れするレーザー属種をALMランチャーの射程に収めた武は、陽炎の両肩からミサイルを全弾同時発射した。
 発射したミサイルは、BETAの包囲網の上空を抜けるか抜けないかの辺りでレーザー属種に撃墜されたが、代わりに重金属雲が発生しレーザーを阻害する。

「よし、全機NOE(匍匐飛行)だっ!」

 すかさず放たれたみちるの命令だったが、全員が命令に一歩先んじて噴射跳躍、追撃してくる要塞級の衝角を避け、あるいは斬り捨ててBETAの包囲を突破する。
 そして、そのヴァルキリーズの94式戦術歩行戦闘機『不知火』とすれ違うようにして、武の『陽炎』がBETAの集団の中へと飛び込んで行った。

「「「「「 タケル!?/白銀ッ!/白銀?/たけるさん/タケルーっ 」」」」」

 思わず武の身を案じて名を呼んでしまう元207B分隊の5人。
 そして、その無謀な行動には先任達も驚いていた。

「ちっ、あのバカッ、なにとち狂ってんのよ!!」

「まずいな……援護しようにも、残弾が心許ない……」

「美冴さん、C小隊のみ残って援護しますか? その間にA,B小隊に補給してもらえば……」

 水月、美冴、祷子の3人は、敵中に孤立しようとしている武を援護する方法に頭を悩ます……
 しかし、即座に迷いを切り捨てるようにみちるの命令が発せられた。

「速瀬、宗像、風間、忘れたのか?
 各機に告ぐ、援護は不要だ。我々は一旦後退し、補給コンテナで補給を済ませ、体勢を立て直す!」

 その、武を見捨てろと命ずるに等しい内容に、全員が驚愕する。

「「「「「「「「「「 ―――!! 」」」」」」」」」」

「白銀が撃墜される前に取って返すぞ! 全機急げ!!」

「「「「「「「「「「 了解! 」」」」」」」」」」

 が、みちるの一喝により動揺は瞬時に収まり、全員は戦域情報に表示されている、補給コンテナのビーコン目指して速度を上げた。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

「よし、状況終了だ! シミュレーター演習はまだ続けるが、全員一旦シミュレーターから出ろ。」

 設定時間が経過したところで、みちるが訓練中断の指示を下した。
 ヴァルキリーズがみちるの前に集合すると、何故か武がみちるの隣に立っていた。

「「「「「「「「「「 ? 」」」」」」」」」」」

「よし、全員揃ったな。
 改めて紹介しておこう、本日付で新たに編制された、A-01連隊第13中隊の中隊指揮官に着任した、白銀武大尉だ!」

「「「「「「「「「「 た、大尉~~~ッ?! 」」」」」」」」」」

「ふっ……白銀大尉、一言挨拶をしろ。」

「あ~、今日からまた皆さんと訓練出来る事になりました。
 大尉とか中隊長とかは、他部隊と一緒に行動する際の箔付けにすぎないんで、今まで通り新任扱いでお願いします。
 大体、中隊って言ったところで、今のところオレしかいませんし……」

「だ、そうだ。望みどおりにしてやれ。
 だが、作戦時と訓練時には、白銀のA-01での序列は私に次ぐ第2位だ。
 そこの所のけじめだけはしっかりつけろ、いいな!」

「「「「「「「「「「 ―――了解! 」」」」」」」」」」

「続けて、今のシミュレーター演習に関して、簡単に演習評価を行う。
 私からの評価の前に、意見や質問があるようなら発言を許す。言ってみろ。」

 みちるが促すと、水月、美冴、祷子の3人が目配せしている間に、茜が一歩前に出て発言した。

「大尉―――BETA包囲下の我々への支援の後、BETA群へと吶喊した白銀―――大尉の行動は無謀だったと考えます。」

「ふむ……だが、白銀は我々が補給を完了し戦線復帰するまで凌ぎ切ったぞ?
 どうだ、白銀……凌ぎきる自信はどの程度あった?」

「そうですね……五分五分ってとこでしたね……今回は未改造の陽炎のデータでしたし……
 あ、涼宮、階級は気にせず、呼び捨てで頼むよ。」

「ふむ。自信の程は50%だそうだ。どの辺が問題だったと思う? 涼宮少尉。」

「今回は我々の戦線復帰が間に合いましたし、大尉の迅速な判断によって援護を断念したため混乱には至りませんでした。
 しかし、白銀が行ったのは独断専行以外のなにものでもなく、連携を無視した行動は問題であると考えます。」

「なるほど、確かに同じ行動を速瀬が無許可で行ったのであれば、私も問題行為と判断するだろう。
 しかし、今回の設定で白銀が行う場合に限り、あの行動は適切だったと断言できる。」

「な!?……何故ですか、大尉!!」

「それはな涼宮。スレイプニル隊は、―――白銀の率いる第13中隊のことだが―――10機の遠隔操縦式無人戦術機『陽炎・改』を基幹戦力とする陽動専任部隊だからだ。」

「「「「「「「「「「 ―――!!! 」」」」」」」」」」

 驚愕する部隊員達に視線を一通り巡らせた後、みちるは説明を続ける。

「白銀の任務は、窮地に陥った戦域に単機で吶喊し、BETAを陽動して戦線の維持・再構築を支援することだ。
 その任務の中には、BETAを誘引した後、搭載されたS-11を使用して自爆、BETAを殲滅することも含まれている。
 また、操縦者である白銀自身はHQに留まり、遠隔操縦システムで戦域各方面に事前配備されたスレイプニル所属機を随時起動、その時々に最も支援を必要とする戦域へ急行し、これを支援する事になる。
 戦場全体で、最も火の粉を被る場所で火消しをするのが、白銀に与えられた任務だ。
 残念ながら、ハイヴ内での通信は途絶しがちな為、ハイヴ突入部隊の支援は想定されていないがな。」

「「「「「「「「「「 ……………… 」」」」」」」」」」」

「よって、スレイプニルの支援を受けた部隊は、戦線の再構築、BETAの殲滅が優先目的となり、スレイプニルに対する援護は考慮されない。
 我々は、スレイプニルの支援を有効に生かし、戦線の再構築、またはBETAの殲滅を、如何に素早く達成するかが課題となる。
 逆に、白銀にとっては、援護の全くない状況で如何に多くのBETAを陽動し、他部隊の支援を効率良く行えるかが課題となる。
 今後、白銀が参加する全ての演習は、上記の方針に沿った錬成を行うものだと認識しておけ。」

「「「「「「「「「「 ―――了解! 」」」」」」」」」」

「なお、白銀の機動制御は対BETA戦での優位性が、先の『XM3』トライアル後のBETA襲撃の際に実証されている。
 各員、白銀の機動制御技術を可能な限りものにしろ!」

「「「「「「「「「「 ―――了解! 」」」」」」」」」」

「では、他に何も無ければ私の評価を発表する…………ないか?…………
 よし……まず最初に、BETA増援が出現した時の…………」

 こうして、演習目的が明確化され、演習評価がなされた後、シミュレーター演習は本格的に再開された…………




[3277] 第6話 鬼が島
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/10/20 17:04

第6話 鬼が島

2001年12月22日(土)

 今朝も純夏と霞に起こされた武は、そのまま2人を伴って、PXで朝食を食べることにした。
 今日から純夏は、スレイプニル隊所属『鑑純夏少尉』として公式に登録され、戸籍も復活させられたので、人目を避ける必要が無くなったためだ。
 武は、京塚のおばちゃんに純夏を紹介すると、早々に朝食を済ませてヴァルキリーズとのブリーフィングに臨んだ。
 そして、壇上に純夏と霞を伴って立ち、ヴァルキリーズに純夏を紹介する。

「こいつは、CP将校としてオレのスレイプニル隊に今日付けで配属になった、鑑純夏少尉です。
 訓練などで一緒になる事もありますし、同じA-01て事で、よろしくしてやってください。
 ほら、純夏、挨拶しろよ。」

「「「「「 ―――!? 」」」」」

 訓練兵だったころの武から、幼馴染の『カガミ・スミカ』の話を聞いたことがある、元207Bの5人は驚きを隠せなかった。
 その時、『カガミ・スミカ』はもう『この世界にはいない』と、武は確かに言っていたからだった。

「う、うん……えっと、鑑純夏です。よろしくお願いします。」

「純夏は、オレの部下って言うより夕呼先生の直属で、一緒に特殊任務に従事してる仲間って感じです。
 ついこの間まで、精神的障害を負っていて記憶が混乱してましたから、たま~に変な事言い出しますけど、適当に流しちゃってください。」

「ううう……酷いよ、タケルちゃん…………」

「「「「「「「「「「「「 タケルちゃん?! 」」」」」」」」」」」」

 純夏と武の親しげな様子に、あるものは面白そうに、あるものは驚愕し、またあるものは舌なめずりをして、注目した。
 武は、背筋に悪寒を感じたものの、なんとか平静を装って話を続けた。

「それから、こちらは皆さんご存知でしょうけれど、夕呼先生の直属でオルタネイティヴ計画のメンバーである、社霞です。
 霞も特殊任務の関係上、一緒に行動する事が多いと思いますので、よろしくお願いします。」

「……社霞です。よろしくお願いします。」

 霞はペコリとお辞儀をして、言葉少なに挨拶をした。

「ヴァルキリーズの紹介は―――大尉、お願いできますか?」

「ん? いいだろう……だが白銀、どうやら、その前に質疑応答の時間を設けた方が良さそうだぞ?
 いや、命令だ白銀。先に我々の疑問に応えろ。」

 武には、その時ヴァルキリーズ全員の目が、ギラリと妖しい光を放った気がした。

(大尉まで! もはやオレは、飢えたライオンの前に放り出された羊同然……避けては通れない道なのか?!)

 武は涙を堪えながら、猛獣達の宴の幕開けとなる一言を……告げる。

「了解しました、大尉………………では、質問のある方はどうぞ……」

 みちるを唯一の例外として、ヴァルキリーズは一斉に口を開いて我先に発言しだした、その様子はまるで餌をねだる雛のようだと武は思った。
 腐肉にたかるハイエナとは思いたくなかったので……

「白銀っ! あんたその娘とど~ゆ~関係よっ! 今すぐきっぱり答えなさいよ。3、2、1―――はい!」
「鑑少尉はCP将校なんだね。私もCP将校だから、仲良くしようね。」
「白銀……貴様、上司という立場を利用して、着任したばかりの部下に手を出すとはな―――見損なったぞ……」
「あら、鑑少尉と社さんがご一緒だったということは……白銀大尉、特殊任務では両手に花でいらしたのね……」
「白銀って、年下趣味か年上専門だと思ってたけど、同じくらいの娘でもいいんだね。結構、許容範囲広いのかな?」
「千鶴ぅ、どうすんのぉ? トンビに油揚げになっちゃうんじゃないの?」
「す、涼宮っ、あなた何言って―――」
「……榊、顔赤いよ?」
「カガミスミカと言ったな? タケル、もしやその者がそなたが以前言っていた幼馴染なのか?」
「あのっあのっあのっあのっあのっあのっあのっあのっあのっあのっ……」
「タケルぅ~、精神障害って色々あるんだよ~、統合失調症、知的障害、精神病質、感情障害、神経症性障害……純夏さんはどれかなあ?」

「だぁ~~~っ!! んな一辺に言われたって聞き取れない―――「えっとね……」―――」

 皆の発言が入り乱れてしまい、内容を聞き取りそびれた武は、大声で叫び文句を言おうとしたが、隣の純夏が話し始めたので沈黙した。
 すると、純夏は各人の発言に一問一答の形で的確に答えていった。
 無論、00ユニットとしての能力の発露である。

「そうだよ、冥夜……さん、わたしとタケルちゃんは子供の頃からのお隣さんなんだ~。
 それから鎧衣さん、症状的には統合失調症か解離性障害に近いって香月先生が言ってたよ~。
 壬姫さんも、あせんないで、落ち着いてね。
 柏木さんは鋭いね~、タケルちゃんって、鈍いくせに節操無いんだよね~。
 風間さんの言う事は間違ってはいないけど、タケルちゃんはい~っつも女の子侍らしてるから、2人だったら少ないほうです。
 宗像さん、手を出す根性も甲斐性も持ってないんです、なんたってタケルちゃんですから。
 涼宮さん―――えっと、お姉さんの方ね―――わたし真っ当な訓練受けてないんで、色々教えてくれると嬉しいです。
 で、最後に速瀬さんの―――あれ?なんでみんなびっくりしてるの?」

「か、鑑少尉……そなた、もしや我らの発言を全て聞き分けていたのか?」

「うん。そうだよ冥夜さん。涼宮さん―――妹さんね―――と榊さん、彩峰さんのは質問じゃなかったよね。」

「う……凄い……わねえ」

 当然、周囲はその能力に驚愕する、奇異の目が純夏に向けられるのではと武は警戒した……が……

「本当に凄いのね。それだけ沢山の言葉が聞き分けられるなら、HQでCP将校する時には、とても便利だと思うよ。」
「本当だね~、聖徳太子は十人の請願者の話を全部聞き分けたって言うけど、純夏さんもできるかもしれないね~。」

 ほんわかした口調でCP将校としての適性を評価した遙と、聖徳太子になぞらえた美琴の発言で、好意的な評価が確定した。
 一同の驚愕が一段楽したところで、純夏にみちるからの指導が入る。

「鑑。副司令からの命令で、我が隊では堅苦しい言動は無用とされてはいるが、それでも上官や目上の者の階級を呼ばないのは感心しないな。
 どうやら、事前に我々のリストか何かを閲覧し、記憶してきているようだが、それに階級も載っていなかったか?」

「あ、はい。載っていました、伊隅……大尉……殿?」

「殿まで付ける事は無い。それと、白銀の事は今まで通りでいいぞ。
 幼馴染の呼称を改めるのは、難儀なものだと私も知っているからな。
 あと、先任とは言え、風間以外は年齢も同じだ、同期として付き合えばいいだろう。」

「あ、ありがとうございますっ! 伊隅大尉。」

「あ~、鑑ぃ~。あたしの質問はどうなっちゃったのかしらぁ~。」

「あ、すいません、速瀬中尉。わたしとタケルちゃんはず~~~っと幼馴染だったんですけど…………
 こないだ、遂にタケルちゃんがわたしのこと抱き締めてキスしてくれたんですっ!!
 でもって、わたしが『大好き』って言ったらぎゅ~~~って抱き締めてくれて、もう一回…………
 だから―――恋人、かな? えへへへへ。」

「「「「「な、なななななナナナ/な!なんですって!!/……白銀に捨てられた……ショック……/こくっこくっこくっ/もし告白されたのがボクだったら……」」」」」
「ヒュ~~~ッ、白銀っ、よくやったわっ!! あんたのこと、見直したわよっ!」
「白銀大尉、よく決断したね。こんなご時勢だけど、鑑少尉とお幸せにね。」
「なんだ、ちゃんと想いを伝えたのか……白銀も、中々隅には置けないな……」
「素晴らしいわ。おめでとう、鑑少尉。」
「あちゃぁ~、先こされちゃったか~。」
「晴子、何言ってんのよ……でも、千鶴も可哀想に……」

 純夏の発言で、一気に盛り上がるブリーフィングルーム。
 恋人発言に動揺した元207Bの5人は、絶句したり、横目で睨んだり、どもったり、妄想したりで忙しかったが、他のヴァルキリーズには概ね好意的に受け入れられたようだった……が……

「………………な……なんだとッ! 幼馴染同士で相思相愛になれたのかッ!!
 鑑―――是非その時の事を詳しく―――」

 今まで、唯一人沈黙を守っていたみちるが、突如火山が爆発でもしたかのような勢いで純夏に喰らい付いた。
 それを見て呆然とする新参と、暖かな目で見守る古参……そして、呆然としていた武も、この時ようやく正気に戻って全力で純夏の話を否定する。

「まてまてまてまてまてぇ~っ! いい加減な事言ってるんじゃない純夏っ!! キスだなんて、オレはそんなことしてないぞッ!!(『この世界』では、だけどな……)」

「「「「「「「「「「「「「 …………………… 」」」」」」」」」」」」」

 途端に武に突き刺さる冷たい視線×13―――ヴァルキリーズに何故か霞まで加わっている。

「え~~~~~っ! 酷いよタケルちゃんッ! わたしん家の前で、ついこないだわたしにキスしてくれたじゃんさ~っ!!
 やっと夢が叶って、今までで一番幸せだったんだから、ぜぇえ~ったいっ、間違いないよ~。」

 ぷんぷんと怒る純夏を見据え―――他のメンバーは怖くて視界に入れたくなかった―――武は心を鬼にして純夏を追い詰める。

「ふっ……語るに落ちたな純夏っ! おまえの家は、3年前のBETA侵攻のときに『撃震』に押し潰されて半壊しちまってるんだぞっ!!
 なのに、なんだってそんなとこでキスなんかするんだよっ! 大体、おまえ出歩けるようになったのだって、つい最近だろっ!!」

「うそ、わたしの家、壊れちゃったの?……え……?……あれ?……」

 自らの記憶の齟齬に気付き、混乱する純夏を痛ましい目で見ながら、武は純夏に話しかける振りをして、純夏以外に向けた言葉を解き放つ。

「3年前のBETA横浜侵攻で離ればなれになっちまって、こないだようやく再会できたときには、おまえ、話もまともに出来ない状態だったんだぞ。
 それ以来、夕呼先生の研究を応用した治療受けてて、まともに会話が出来るようになったのなんてこの2、3日の事だろ?
 きっと、夢かなんかで見た事と、ごっちゃになってるんだよ……な、『解る』だろ? 純夏……」

「「「「「「「「「「「「 ―――!! 」」」」」」」」」」」」

 周囲で武を睨んでいたヴァルキリーズは、冷や水を浴びせられたような気持ちになって、視線を泳がせる。
 この基地の所属で、1998年のBETA横浜侵攻の事を知らないものはいない。
 いや、横浜だけではなく、関東以西の日本の半分がBETAに蹂躙され、佐渡と横浜にハイヴを作られ。
 日本は3600万人もの同胞を失ったのだ。
 それ故、その最中に生き別れるという意味、そして3年を経た再会がどれほど奇跡的なことなのか、ヴァルキリーズの全員が思いを巡らせて絶句した。

「あ…………そ、そうか……そ、そうだね、ごめんねタケルちゃん、なんか勘違いしてたみたい……あはは―――」

 武の言葉で、夕呼に言い聞かされていた自分の『設定』を、そしてキスをされたのが『向うの世界』での事だったのだと思い出し、哀しげに言葉を窄ませる純夏。
 その純夏を思いやり、ヴァルキリーズの面々は純夏に歩み寄って、各々が慰めの言葉を投げかけた……

 その後、ようやく笑顔を取り戻した頃、純夏はすっかりヴァルキリーズに受け入れられていた。

 そして続く歓談で、幼い頃の武の恥ずかしい行いの数々が暴露され、場は大いに盛り上がった。
 もっとも、話の中に意味不明な話―――ゴルバンとか、ウルターメン・パワードとか―――が出てきたため、半分は記憶の混乱によるものとして理解されていたようだった。

 ともかく、あっという間に小一時間が過ぎ去り、みちるの命令でブリーフィングは終了、シミュレーター演習が行われた。
 純夏はCP将校として武の戦域管制を行い、情報処理の速度と的確さで、遙に一目置かれることとなった。

 その後、純夏の歓迎会を兼ねた昼食をPXでとった後、午後の予定が、ヴァルキリーズは実機訓練、武達は特殊任務ということで解散することとなった。

 武は純夏の午後の訓練に、遠隔操縦システムの慣熟を兼ねて参加し、仮想戦術機中隊と協力し、純夏の護衛任務を想定したシミュレーター演習を繰り返した。

 純夏の訓練が終わると、武と純夏、霞の3人は戦術機ハンガーへと赴き、第二世代戦術機の傑作機、F-15J『陽炎』を改修した『陽炎・改』を受領し、ヴァルキリーズの実機訓練に合流した。
 そして、統合仮想情報演習システム(JIVES)での演習に参加、純国産の第三世代機である『不知火』を相手に互角以上の機動を見せた。

 その後、夕食と夕食後の休憩を挟み、更に夜間訓練としてシミュレーター演習を行い、この日の訓練は終了した。

 そして、同じくこの日の深夜、『サンタうさぎ』も完成を見たのであった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

2001年12月23日(日)

「本日未明、国連軍第11軍司令部より、極東国連全軍に対し、佐渡島ハイヴ制圧作戦が発令された。」

 朝のブリーフィングルームの雰囲気は、この、みちるの一言で一気に緊迫したものになった。
 ブリーフィングルームには、ヴァルキリーズの全員と武の計13名が集まっていた。
 みちるの説明は続く。

「本作戦は、在日国連軍及び帝国本土防衛軍との大規模共同作戦だ。
 作戦名は『甲21号作戦』―――これは佐渡島ハイヴの帝国軍戦略呼称『甲21号目標』に由来する。
 作戦実施は来る12月25日。既に国連、帝国両軍は、日本海沿岸部に集結中だ。
 当横浜基地からは我がA-01部隊のみが、特殊任務のために参加する事になる。
 本作戦に於ける我が部隊の任務は、オルタネイティヴ計画より試験的に投入される新型兵器の支援及び護衛だ。
 我が部隊は明朝04時00分横浜基地を出撃。
 陸路にて帝国軍高田基地まで前進し全機起動。
 帝国海軍の戦術機母艦『大隈』に移動後、海路にて佐渡島を目指す。
 ―――ああ、我が部隊と言ったが、A-01連隊からの参加メンバーはここにいる13名のみだ。
 今回、鑑は居残りとなる。
 また、白銀と涼宮は、12月25日04時00分、輸送ヘリで『大隈』を離艦、作戦旗艦となる重巡洋艦『最上』に移乗し、HQで香月副司令達と合流する。」

 その後は質疑応答が行われ、新型兵器の詳細については夜のブリーフィングの説明を待たねばならない事と、A-01部隊のハイヴへの突入は作戦上想定されていない事の2点が判明した。

 この日の武は、午前中はヴァルキリーズとJIVESを使った拠点防御演習を実機で行い、『甲21号作戦』に備えた。
 ブリーフィング終了後からは、純夏と霞が合流し、訓練後には、PXで昼食をヴァルキリーズと食べた。
 純夏は、冥夜を初めとする元207Bの5人を中心に、ヴァルキリーズの皆と歓談し、普通に馴染んでいる様子だったので、武はそれを見て安心した。
 遙から、CP将校として同行してくれれば心強いのにと、しきりに残念がられた純夏だったが、自分は凄乃皇弐型に乗って参戦するとは言えないため、笑って誤魔化すしかなかった。

 午後からは、純夏の凄乃皇弐型とのシミュレーター演習をこなした後、完成の遅れていたスレイプニル隊の装備である、『自律移動式整備支援担架』と『自律式簡易潜水輸送船』のテストに立ち会った。

 この2つの装備は、『甲21号作戦』において『陽炎・改』を佐渡島の戦場の各地に自律制御で展開させるために考案された。
 『自律移動式整備支援担架』は、87式自走整備支援担架に不整地での障害踏破用姿勢制御スラスターと、自律走行システム、自動整備装置などを追加したもので、『陽炎・改』を1機搭載して、陸上を運搬する装備である。
 『自律式簡易潜水輸送船』は、『自律移動式整備支援担架』が納まる大型水密コンテナに浅深度水中自律航行システムと、潜望鏡式通信アンテナなどを取り付け、水中での安定性を図るための流体整形を行っただけの急造品であった。
 これらの装備によって、スレイプニル隊の10機の『陽炎・改』は、作戦期間中の戦場内を随時移動し、陽動支援実施に備え各戦線の後方で待機するように計画されていた。

 テストは順調に済み、整備班による最終調整の後、明朝の出動に備えて運搬車両への積み込みがなされる手はずとなった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 武は夕食までに少し時間が空いたため、純夏と霞を校舎裏の丘へと連れ出した。

「ほら、『サンタうさぎ』。明日は渡すチャンスなさそうだしな。返品は受付ないからな?」

 ポケットから取り出した無包装の『サンタうさぎ』を、武は半ば放り出すように純夏に渡す。

「え?うわーっ、ホントに作ってくれたの? ありがとう、タケルちゃんッ!!」

 反射的に受け取り、純夏は一瞬キョトンとしたものの、直ぐに満面の笑顔になって武に感謝した……
 ―――が、純夏はおもむろに『サンタうさぎ』を目の前に持ち上ると、夕日の光に当てて細部を検め始める。
 そして、武を横目で見てニヤリと笑うと、からかうように感想を述べた。

「ちょっと不恰好だけど、ちゃんと『サンタうさぎ』に見えるじゃん。
 タケルちゃんが作ったとは、と~~~っても思えない出来映えだねっ。」

「なんだと~~~、そんなこと言うんなら返せっ! 今すぐっ、か~え~せ~ッ!!」

「か、返さないよっ! もう、もらっちゃったんだもんね~~~っ!!
 ……………………タケルちゃんっ、ありがとう! これ、一生の宝物にするよッ!!」

「…………か、かってにしろ!」

「えへへ……勝手にするもんね~~~っ!!」

 照れてそっぽを向く武を見て、純夏は幸せそうに満面の笑みを浮かべた。
 その様子を、霞も幸せそうに眺めていた…………

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

2001年12月24日(月)

 満天の星空の元、戦術機母艦『大隈』の艦首近くの上甲板に座り込み、武は明日の戦いに思いを馳せていた。
 と、そんな武に声が掛かる。

「―――白銀?」

「大尉……」

 声に武が振り返ると、やや離れたところに防寒コートを着込んだみちるが立っていた。
 どうやらみちるは武を心配してわざわざ足を運んだらしく、BETAに対するPTSDの事が心配なのかと問いかけてきた。
 しかし、武自身はそんなこと自体すでに忘れてしまっていたほどだし、そもそも、遠隔支援ではシミュレーターと何も変わりはしない。
 逆に、武は前線に立つヴァルキリーズのことを気遣い、いざとなったら自分が駆けつけ囮になって支援するのだと、みちるに対して気負って見せた。

 その後、武の戦う理由の話から、普通の兵士は、実戦を繰り返すうちに、戦友の命を長らえさせるために戦うようになっていくものだという話になった。
 しかし、みちるは、武自身の戦う理由は、そういった刹那的な理由を超えた、より大きなものに到達しているように思えると武に語った。
 武にとっては、自分の背負った大きすぎる罪故だとしか思えないため、否定せざるを得ない見解だったが、みちるから良い評価を得られた事は、純粋に嬉しかった。
 その後、何故か話は同一部隊内での恋愛の是非に関するものへと傾いていった。
 部隊内に想いを寄せる存在が居た場合、私情を完全に排除する事は難しいだろうこと、しかし、他の仲間への配慮や自分自身のけじめが必要なこと、それでも尚相手を想い続ける事の難しさ。
 更に話はみちる自身の恋愛経験へと移り、姉妹4人で1人の男を競っていると言う話から、妹2人が帝国軍衛士であること、末の妹のあきらが今回の作戦で『ウィスキー部隊』に参加していること、そして、想いを寄せている相手が幼馴染で鈍感だという話へと移っていったのだが…………

「……そう言えば、貴様と鑑も幼馴染だったな!」

 という一言を皮切りに、武は純夏への態度について、みちるから激しく責め立てられる羽目に陥っていた。

「先日から聞いておこうと思っていたのだが、貴様は鑑に対して何か不満でもあるのか!?
 それともまさか、この期に及んで鑑の想いに気付いていないなどと言うのではないだろうな!」

 さすがに先日純夏が炸裂させた、キスされて相思相愛発言騒動の一件があるので、純夏の想いについては武も知らん振りはできなかった。

「さ、最近ようやくですが、そ、それは一応気付きました……」

「!!……やはり、最近なのか…………(幼馴染の男というのは、どうしてこうも鈍くできてるんだ……)」

 後半小声でぶつぶつと呟くみちるに、武が訝しげに応える。

「え、ええまあ……なんか、オレにとって純夏って、居るのが当たり前で、あいつの事なんて何でも解ってる気になっちゃってて……
 お互いの関係が変わるなんて、想像もできませんでしたからね…………
 でもまあ、暫く離ればなれになっちゃって、しかも生死も不明で…………オレも、あいつも、色々考えたみたいで……
 で、再会してさすがにあいつの気持ちには気付きました…………オレ自身の気持ちにも…………」

「そ、そうか!…………(やはり、お互いの存在や関係が当たり前に思えて、関係が変わる事を無意識に避けてしまうのか?)
 ―――とにかく! 今の話からすると、とりあえず互いの想いは伝わったようだな。おめでとう。」

 なにやら、武と純夏の関係に過剰なまでに共感している様子のみちるに、終始圧倒されてたじたじだった武だったが、その一言で一気に心が冷えた。
 とは言え、ここまで親身になってくれたみちるに何も言わないわけにもいかず、武は急に重たくなった口を、無理矢理開いた……

「―――大尉。オレの気持ちは純夏には言ってませんし、言う気もありませんよ……」

「なにッ!!」

「それに、オレは―――オレにはあいつの気持ちを……受け入れる訳にはいかない事情があるんですッ!!」

「貴様! それでも男………………ッ!!―――ま、まさか、特殊任務がらみ……なのか?」

 一瞬激高しかけたみちるだったが、武の悲痛な表情に暫し考えを巡らせ……自身の思いついた可能性に驚愕した。

(もし……もし白銀が鑑の想いを受け入れられない理由が特殊任務―――オルタネイティヴ4の成否に絡むのだとしたら……
 ……そうであるのなら、個人の恋愛感情を考慮する余地など微塵も無い……無いが、それでは鑑があまりに―――ッ!)

「……必ずしも無関係じゃないですけど、任務のせいばかりじゃないです…………
 でも、オレの抱えてる事情は機密に触れますし、状況が覆る事も有り得ないと思います……
 あまり、みんなに表立って言えることじゃないんですけど、大尉には……」

「いや、どうやら私が踏み込みすぎたようだ。
 貴様らが副司令直属で、特殊任務に従事している事を軽視し過ぎていた…………済まなかったな。」

「いえ、こちらこそ気不味い思いさせちゃったみたいで……」

 みちるの表情から、相当深刻に受け止めていると察した武は、なにか雰囲気を好転させる話題が無いか必死に記憶を探った……

「あッ!大尉……幼馴染が鈍感でアピールの仕方が難しいって言ってましたよね?
 参考になるか解りませんけど、こんな方法どうですか?」

 武は『元の世界』で純夏と結ばれたときの記憶から、温泉で純夏に誘われて家族風呂に入った時の事を、他人事の様に取り繕ってみちるに伝えた。
 みちるは恥らいながらも決意を固めたらしく、休暇が取れ次第実行すると言って嬉しそうに笑うと、待機室の方へと戻っていった。

 武がみちるとの会話で垣間見た、みちるの個人としての素の言動を思い出していると、今度は元207Bの5人が揃ってやって来た。

 やはり、実質的な初陣となる明日の大規模作戦を前にして、皆色々と思うところがあるらしく、口々に武の今の心境を尋ねてくる。
 HQに留まり、前線に赴くわけではない武にとっては、内心忸怩たる想いが強かったが、それは押し隠して、陽動支援への自信の程を表明しておく。
 武の言葉に、支援に対する期待を口にしつつ、皆は内心、明日の戦いで武が後方に位置する事を喜んでいた。

 その後、話はBETA襲撃後の武の話となり、皆に単独での特殊任務達成を褒められた武が、『オレは逃げただけだ』と反論した。
 しかし皆は、例え逃げたのだとしても、成果が出せたのなら肯定するべきだと口々に諭す。
 そこから、今の武にとっての戦う目標についての話に変わり、身近な目標の所で、やはりと言うか、純夏との関係の話になった。
 全員、話題にすること自体には遠慮が垣間見えるものの、瞳に宿る強い光は、武に回答を強いていた。

「ん~~~、何て言うか、あいつの気持ちは正直嬉しいんだけどさ……でも、やっぱり、オレにとっては幼馴染なんだよな……
 恋人とか、交際とか……そういう対象として見れないんだよ。」

 自身で自覚している純夏への想いをひた隠しにして、武は困ったような照れたような風を装って答えた。
 その今ひとつ煮え切らない武の態度に、非難するような、それでいて安堵するような微妙な雰囲気で、5人は武に言葉を投げつけた。

「鑑も報われないものだ……」
「一体、何が不満なのかしら……」
「白銀……贅沢もの?」
「鑑さん、かわいそう…………」
「タケル~、幸運の女神には後ろ髪は無いんだよ~」

 しかし、武の口から純夏と付き合う気が無い事を聞き出し、就寝の挨拶をしてその場を立ち去る5人の後姿には、何某かの達成感が確かに漂っていた。
 何処と無く、出涸らしのようになってしまった武だったが、続けざまに晴子の襲撃を受ける羽目になった。

 先の5人に想いに対する武の鈍さを、暗に非難する所から会話の口火を切った晴子だったが、一転して、武の遠隔陽動支援への期待を熱心に語りだした。

「後ろから見てるとわかるんだ。白銀の動きは本当に凄いよ。
 逆に凄すぎて援護や支援が上手くできそうに無いのが困りものだったんだけど、遠隔陽動支援機って事でその問題は根本的に無くなっちゃったからね。
 これで、白銀が引き付けてくれたBETAの殲滅に専念できるよ。
 それに…………帝国軍の方も、支援するんでしょ?」

「ああ…………って、まさか柏木、おまえも帝国軍に身内が……!!」

「おまえも?……ああ、違う違う……少なくとも今回の作戦には知り合いは居ない……と、思うよ。
 そうじゃなくて、凄乃皇弐型にしても、白銀の遠隔陽動支援機にしても、テストが成功して正規配備になれば……
 そうすれば弟達は、今よりBETAに殺される確率が減るかなって……身勝手でしょ……私って……」

「そんな事……ないよ。柏木は弟達のために……家族のために戦っているんだな。」

「う~ん、そうなの……かな?…………自分でもよくわからないなあ。
 さあて……そろそろ寝ておこうかな。」

「ああ、みんな―――特にB分隊の連中は、作戦の前で寝付けないんだろうけど、休んでおくのも任務の内だからな。」

「ふふふ……わかってないなあ。
 まあいいけどね……お休み、鈍感君。」

「………………………………なんか、えらい疲れたな。」

 晴子が立ち去った後、立て続けの訪問攻勢に、精神的に疲れ果てた武は、明日に備えて自分も寝ておく事にした。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

2001年12月25日(火)

 08時56分、佐渡島沖合いには、帝国連合艦隊と国連太平洋艦隊の艨艟(もうどう)達が艦影を連ねていた。
 そして、宇宙では国連宇宙総軍の軌道爆撃艦隊が、軌道を周回しつつ作戦開始に備えていた。

 09時00分、国連軌道爆撃艦隊による軌道爆撃を皮切りにして、遂に『甲21号作戦』が開始された。
 国連軌道爆撃艦隊からの軌道爆撃に対する、BETAの1次迎撃によって、AL弾(対レーザー弾)が気化し重金属雲が発生。
 それを契機に信濃、美濃、加賀の戦艦三隻を基幹とした、帝国連合艦隊第2戦隊はAL弾による長距離飽和砲撃を開始、BETAの2次迎撃によって更に重金属濃度を向上させる。
 同時に第2戦隊は砲撃を続けつつ真野湾への突入を開始。
 帝国海軍第17戦術機甲戦隊も、真野湾の奥に位置する雪の高浜への強襲上陸を企図して前進を開始した。
 続いて帝国軍機甲4個師団及び戦術機甲10個連隊からなる『ウィスキー部隊』を載せた『ウィスキー揚陸艦隊』も真野湾を目指す。
 この時点で『甲21号目標』よりBETAの増援が出現、真野湾に向け移動を始めた事が確認された。

 そして、全軍の先鋒となるべく、帝国海軍第17戦術機甲戦隊―――スティングレイ隊の81式強襲歩行攻撃機『海神』が潜水母艦より離艦し上陸を開始した。
 押し寄せて来るであろうBETAを駆逐し、上陸地点を確保するべく、波間を割ってスティングレイ隊の『海神』が姿を現す。
 そして彼らは見た―――
 無数のBETAの鼻面を引き摺り回すようにして、たった1機で踊るが如く、地上を、空中を、縦横無尽に動き回る『陽炎』を。

 そして、その『陽炎』からスティングレイ隊へとオープンチャンネルで通信が入る。

「こちら、スレイプニル0、当機は無人機であり、遠隔陽動支援機の運用試験中である。
 当機への援護、支援は無用。近接部隊はBETAの殲滅を優先されたし。―――繰り返す……」

「無人機?…………よく解らんが、スティングレイ1より各機! BETAどものケツに弾をぶち込め! 一気に奴らを蹴散らすんだッ!!」

『『―――了解ッ!!』』

 単機で動き回る『陽炎』は、武によって遠隔操作されているスレイプニル隊の『陽炎・改』1番機であった。
 『陽炎・改』に陽動され、スティングレイ隊に後背や側面を晒していたBETA達は、一斉砲撃を受けて急速に数を減らしていく。

「よし、こちらスレイプニル0、国連軍横浜基地所属、白銀大尉だ。
 スティングレイ1へ、ここは任せた! オレは増援のレーザー属種を叩きに行く!!
 必要だと思ったら、こちらに構わずHQに支援砲撃を要請してくれ!!」

 『陽炎・改』は陽動を切り上げると超低空を匍匐飛行で蛇行しつつ、レーザー照射を避けるために要撃級(グラップラー級)を盾に取り、隙間をすり抜けながらレーザー属種へと突撃する。
 そして、要撃級の群れを抜ける直前、両肩のALMランチャーから対ALMを全弾発射―――レーザー属種の迎撃をALMへ誘引し、発生した重金属雲を突っ切って更にレーザー属種に迫った―――
 無人機であるが故にリミッターを解除され、推力を増強された91式噴射跳躍システムの全力は、『陽炎・改』に凄まじい速度を発揮させた。
 関節部の損傷を回避する為、腕部と頭部に増設されたカナード翼以外の稼動部分をロックした『陽炎・改』は、まるで巡航ミサイルのように飛翔した。

 機体はレーザーの初期照射を断続的に受るが、脚部数箇所に増設された姿勢制御スラスターとカナード翼で機体をバレルロールさせ、殆ど速度を落さぬまま回避機動を繰り返し、遂にレーザー属種の群れの中へと滑り込む―――
 味方誤射を決してしないBETAの習性から、レーザー攻撃に狙われる危険性が一気に減少したところで、『陽炎・改』は関節のロックを解除、減速しつつ両主腕で保持した2本の74式近接戦闘長刀と、パイロンで保持した2丁の87式突撃砲を使い、縦横無尽にレーザー属種を殲滅していった。

 『陽炎・改』の陽動により、スティングレイ隊は被害を殆ど出さずに上陸地点を確保。
 索敵を行ったスティングレイ隊は、『陽炎・改』が接敵しているものとは異なる、レーザー属種の新たな1群を発見し、素早くHQに制圧砲撃を要請していた。

 上陸地点の確保を受け、『ウィスキー部隊』の揚陸艦隊が真野湾へ突入、機甲師団の上陸を開始する。
 真野湾へ突入した揚陸艦隊に、BETAのレーザー攻撃が襲いかかる。
 先陣を切っていた戦術機母艦が照射を受けて爆炎を吹き上げる。
 その最中、戦術機母艦からは我先に戦術機甲師団の戦術機が発進し、匍匐飛行で陸地を目指す。
 そして、それらの戦術機にもレーザーが襲い掛かり、避けそびれた戦術機が撃墜され、照射を受けた艦艇が損傷していく。

 その仇を討つかの如く、第2戦隊からの支援砲撃がレーザー属種に降り注ぐが、その多くが迎撃されてしまいレーザー属種を倒すに至らない。
 とは言え、支援砲撃が続いている間は戦術機や揚陸艦隊は照射対象から外れるため、支援砲撃の元で上陸は急ピッチで進められた。
 しかし、BETAの増援は未だに続いており、新たに現れたレーザー属種群れが、今にも揚陸艦隊を射界に収めようとしていた。

 その、新たに出現したレーザー属種の群れへと単機で突撃する『陽炎・改』―――
 しかし、既に弾薬を打ち尽くしたのかパイロンの突撃砲は投棄されており、長刀も刃先がボロボロになったものを1本残すのみとなっていた。

 右へ、左へとバレルロールによる回避を繰り返しながら距離を詰める『陽炎・改』。
 しかし、避け切れないレーザーによって、肩部の装甲シールドが削られていき、主腕を両方とも失い、遂には頭部に直撃を受けた。
 レーザーの閃光の中に姿を消す『陽炎・改』―――
 しかし、この時既に、上半身をパージした『陽炎・改』の下半身は、急加速しつつポップアップして、上空へと遷移していた。
 そして、高度を取ったところで搭載していた高性能爆弾S-11を起爆―――
 既に指呼の間にまで距離を詰められていたレーザー属種の群れは、戦術核級の爆発に巻き込まれ、姿を消した…………

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 10時15分、作戦旗艦『最上』のCIC(中央作戦司令室)に設置されたHQには、各所からの報告と次々に下される指令とが飛び交っていた。

 現在作戦の第2段階が進行中。
 『甲21号作戦』西部方面の陽動を担う『ウィスキー部隊』は、部隊損耗3%で旧八幡新町及び旧河原田本町を確保。
 第2戦隊は依然健在であったが、揚陸艦隊には轟沈29、大破49、以下中小破多数の損害がでていた。

 そして、そのHQの一角で、ヴァルキリーズの誇るCP将校涼宮遙中尉が戦域管制を行っていた。

「ヴァルキリー・マムより各機―――エコー揚陸艦隊は現在、両津港跡に向け最大戦速で南下中。戦域突入まで―――」

 ヴァルキリーズへ戦況の通達と、上陸準備開始の指令を伝えた後、遙はもう1つの管制対象部隊へと回線を切り換えた。

「ヴァルキリー・マムよりスレイプニル0、両津港近海に配置済みのスレイプニル06(『陽炎・改』6番機)を起動し待機。
 作戦第3段階(フェイズ・スリー)の発令と共に旧大野での陽動支援を開始せよ。」

「スレイプニル0、了解!」

 同じ『最上』の艦内でありながら、任務の秘匿性を理由にHQとは別に設けられた部屋から、武の応答が届く。

 そして、作戦は第3段階へと移行した。

 両津湾沖に展開した『エコー艦隊』―――国連太平洋艦隊と帝国連合艦隊第3戦隊が、AL弾による制圧砲撃を開始。
 武の『陽炎・改』6番機と帝国海軍第4戦術機甲戦隊―――サラマンダー隊の『海神』が、旧両津市一帯に強襲上陸を開始。
 幸い旧大野近辺に残存するレーザー属種はさほど多くは無かったため、上陸拠点の確保と東部陽動を担う『エコー部隊』の揚陸は比較的順調に推移していく。
 国連太平洋艦隊はアイオワ、ニュージャージー、ミズーリ、イリノイ、ケンタッキーの戦艦5隻、帝国連合艦隊第3戦隊は大和、武蔵の戦艦2隻を基幹とし、『エコー部隊』は国連軍機甲3個連隊及び戦術機甲5個連隊で編制されていた。

 そして、『エコー部隊』に同行していたヴァルキリーズも全機が無事に佐渡の地を踏み、旧上新穂を目指して進撃を開始した。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 11時33分、機密保持のため人払いされた作戦旗艦『最上』のHQに程近い1室で、武は横浜基地から持ち込んで設置した可搬式遠隔操縦装置を操作し続けていた。
 この装置には、シミュレーターのような機体の挙動を再現する機能は無いため、身体に掛かる負担は無いに等しい。
 実際に戦術機に搭乗するのに比べ、臨場感に欠ける為、普通の衛士であれば勘働きが悪くなるところだ。
 しかし、『元の世界』の『バルジャーノン』などの筐体ゲームで、視聴覚情報と極限定された振動などの体感情報のみで機体を操作することに慣れている武は、然したる違和感も無く『陽炎・改』を操っていた。

 とは言え、作戦開始から2時間以上にも渡って、激戦地を転戦し続けるのはさすがに辛い。
 せめてもの救いは戦線後方から陽動実施地点に向かう際に、BETAの少ない地域であれば自動操縦に任せて休憩が出来る事であった。

 スレイプニル隊所属機は、戦況に合わせて戦場を移動し続け、なるべく短時間で必要とされる戦域に到達できるように、配置位置を刻々と変化させていく。
 配置位置の更新と『自律移動式整備支援担架』への移動、搭載機への補給・整備など、各種指示は遙がやってくれている。
 その的確な配置は、迅速な戦場への到達を達成してくれている反面、武の休憩時間は決して長いものとなり得なかった。
 そしてなにより……

「うば~~~~~~~~ッ!!」

 武は会話に飢えていた。
 武の戦域管制を兼務してくれている遙は多忙で、指令の授受や情報伝達以外の会話はほぼ皆無。
 しかも、メインの管制対象はヴァルキリーズであって、武はおまけに過ぎない。
 本来は、スレイプニル隊所属機の再配置なども武が行うべき任務なので、これ以上遙に甘える事もできなかった。

 恐らく、自分以上に暇であろう移動中の凄乃皇弐型に搭乗する純夏へと、秘匿回線を繋ぐ誘惑に駆られた武だったが、ODLの劣化を抑止するため、戦域到達寸前まで純夏は眠らされる(機能半休止状態)予定だった事を思い出して諦めた。

「ヴァルキリー・マムよりスレイプニル0、旧沢根方面でBETAの圧力が増大している、戦線構築を目的としてスレイプニル04による陽動支援を実施せよ。」

 孤独と戦っていた武にもたらされた指令は、救い足り得たのかどうか……いずれにしても、武は戦場に呼び戻された……

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 12時05分、作戦旗艦『最上』のHQでは、帝国海軍の小沢提督が第4段階への移行を宣言していた。

 この時点で各部隊の損耗率は、ウィスキー全隊で23%、エコー全隊は9%。
 西部方面の『ウィスキー部隊』は計画通りBETAの増援を旧沢根、旧高瀬に誘引し戦線を構築。全部隊の揚陸を完了し、揚陸拠点を放棄。
 東部方面の『エコー部隊』の主力はこの時点ではBETAの陽動を実行中、BETA増援を誘引しつつ旧松ヶ崎まで北進を果たしていた。

 ここまでの戦況は、ほぼ作戦通りに推移しており、『最上』艦長であり作戦総指揮を執っている小沢提督と、名目上はオブザーバーだが実質的な最高指揮権を保持している夕呼が、互いに所感を交わして戦況に対する認識を共有する余裕があった。
 夕呼は帝国軍の敢闘を評価し、小沢提督は極東国連軍の奮戦を賞賛した。

 そして、国連軌道艦隊の再突入殻(リエントリーシェル)分離の確認報告が入り、それと前後して遙がヴァルキリーズの旧上新穂確保を、ピアティフが、A-02―――凄乃皇弐型の進攻状況を報告した。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 同時刻、旧上新穂地区でヴァルキリーズは周辺警戒を行っていた。

「ヴァルキリー1より各機―――第6軌道降下兵団(オービットダイバーズ)のお出ましだぞ!」
「ヴァルキリー・マムより各機―――現在、旧上新穂地区への落下軌道を取る突入殻は確認されていない。引き続き警戒せよ。」

 旧上新穂地区を確保し、紛れ込んでくるBETAを駆逐していたヴァルキリーズに、みちると遙から通信が入った。

 第6軌道降下兵団が軌道上よりハイヴ目指して降下を開始する。
 続けて、北西―――ハイヴの地上構造物(モニュメント)の周辺に巨大な土煙が何本も立ち上がる。
 轟音と、地震のような激しい振動が届いたのは、暫く間をおいた後であった。

 そして遂に、ハイヴへの突入が敢行された……




[3277] 第7話 スレイプニルの疾走
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/21 17:19

第7話 スレイプニルの疾走

2001年12月25日(火)

 12時47分、佐渡島ハイヴ制圧作戦―――『甲21号作戦』は順調に推移していた。

 ハイヴ突入部隊の最先鋒は大規模なBETA群と遭遇することなく第12層まで進攻。
 後続の『ウィスキー部隊』所属の突入支援部隊は第10層までを完全制圧して兵站を確立。
 地上の陽動部隊の損害も平均的な損耗率を下回っており、問題と言えそうなのは、ハイヴ突入部隊間のデータリンクが上手く機能していないことくらいであった。

 しかし、その数分後に事態は一気に悪化した。
 ハイヴに先行突入した全部隊との通信が途絶、そしてハイヴから湧き出てくる膨大な数のBETA群―――
 その個体数は振動解析の結果から、4万を遥に超えると想定された。

 HQは直ちにテストプランBへの移行を宣言。
 運用評価試験が予定されていた新型兵器、作戦コードA-02―――凄乃皇弐型の攻撃によるハイヴの無力化を企図することとなった。

 事ここに至り、作戦の成否は国連軍横浜基地所属部隊の双肩に掛かる事となった。
 武もヴァルキリーズに追随させていた『陽炎・改』9番機、10番機を以ってA-02支援を行う事となり、他の残存する『陽炎・改』6機も、旧上新穂よりに再配置する。
 後はA-02の到着を待つばかりとなったところで、警戒中のヴァルキリーズに、地下を進攻してきたBETAが襲い掛かる。

 一時的に水月率いるB小隊に組み込まれた武は、冥夜と二機連携(エレメント)を組んでBETA迎撃に当たった。
 幸い襲撃してきたBETAの中にレーザー属種は存在しなかったため、ヴァルキリーズはさして苦戦する事も無くBETAを殲滅した。
 襲撃してきたBETAを右翼22体をA小隊、中央19体をB小隊、左翼18体をC小隊と分担を定め、小隊単位で対応したのだが……

「それにしても、また速瀬にしてやられた。5匹も持っていかれるとはな。」

 掃討を完了して、集結ポイントへと向かいながらみちるはぼやいてみせた。
 そして、美冴と水月は即座にその発言に呼応する。

「こっちもB小隊に4匹喰われましたよ大尉。」
「いや~、部下がよくやってくれましたから。」

 ネズミをたらふく喰った猫のように笑って言う水月に、美冴とみちるが更に話しかける。

「これでB小隊の新人共も一人前の突撃前衛(ストームバンガード)といったところですか。」
「ふふふ……速瀬のお墨付きがやっと出たというわけだな。」

 それに水月は軽い口調で応じた。

「訓練の評価がいくら良くてもアテになりませんから~。全て実戦踏んでからですよ。
 特に、BETA一匹も殺ってないくせに、な~ぜ~か! 大尉になったヤツまでいましたからね~」

「―――だそうだ。白銀。」

 武をダシにして、隊の緊張を和らげる……効果は絶大だが、ダシにされた武としては苦笑せざるを得ない。
 もっとも、大尉の階級や中隊長という肩書きなどからすれば、武も部下に気を配る側に属している。
 さすがに、今の武の経験ではそこまでは手が回らないので、ダシになれるだけでもマシだと思うしかなかった。

 と、綺麗にまとまったところに、悪気の欠片もなしに爆弾発言がポイッと投げ込まれる。

「あ、でもねぇ~、今回の作戦でのBETA撃破数なら、白銀大尉は水月のスコアより1桁以上多いんだよね~」
「ぬぅわぁんですってぇえ~~~ッ!! 白銀! あんた白銀の癖に生意気よッ!」
「あはは……水月、それはさすがに無茶苦茶だよ~」
「大体、白銀の機体、動きが良すぎるのよっ!『陽炎』の癖してなんで『不知火』よりも素早いのよッ!!」
「無人機なんで、機体耐久限界まで素早い挙動が―――「理屈はいいのよッ!! どうせムカツクのは一緒なんだから。」―――んな無茶な!」

 武が合流した事もあり、ヴァルキリーズの戦域管制に専念していたHQの遙が、通信で会話に加わってきたのだった。
 そして、その内容にマジ切れ気味の水月が武に八つ当たりした。
 ヴァルキリーズの浮かべる笑みは、更に華やかになったが、武は作戦後の我が身を案じずにはいられなかった……

 が、直後の祷子の報告で、全員が冷や水を浴びせられたような思いをすることとなる……

「!!―――大尉、見てくださいッ!―――ハイヴ周辺のBETAが……こちらに向かっていますっ!!」

「「「「「「「「「「「 ―――!! 」」」」」」」」」」」

 動揺する祷子以外の少尉たちは、ついつい口数が増えてしまい、あれやこれやと発言してしまう。
 しかし、みちるはそんな部下達を叱咤するべく、的確な指示を迅速に下した。

「―――周辺の補給コンテナをありったけ集めろ!
 攻撃開始地点の手前約2000mにある、新穂ダム跡に防衛線を構築する!」

「「「「「「「「「「「 ―――了解ッ!! 」」」」」」」」」」」

 そして、速やかに隊を掌握すると、次なる手を的確に打った。

「―――ヴァルキリー1よりHQ! A-02攻撃開始地点に向け数個師団規模のBETAが侵攻中! 支援砲撃を要請!」

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 同時刻、作戦旗艦『最上』HQでは、全上陸部隊の揚陸が完了した事に伴う、全艦隊の湾外退避が完了したところであった。
 みちるの要請を受けた夕呼は即座に判断を下し、全ての支援砲撃をヴァルキリーズの前面に迫るBETAに集中させるように命じた。
 それは、ウィスキー、エコーの両部隊への支援打ち切りを意味し、BETAの物量に衛士の命を以て抗う事を意味していたが、小沢提督は瞬時も迷わずにこれを容認した。

 最早現時点において、作戦の完遂を担っているのはA-02とその直援であるA-01部隊。
 しかも、本作戦の立案時点より、A-02の支援は作戦参加部隊の最優先目的とされている。
 躊躇する謂れは何処にもなかった……後は、作戦参加将兵の血を以て購うだけだった。

 しかし、それほどの覚悟を持ってなされた支援砲撃は、期待された戦果を出す事ができなかった―――

「―――砲弾撃墜率70%、BETA群は依然A-02攻撃開始地点に向け、平均時速60kmで侵攻中。」

 窓の無いCICに、ピアティフの冷静な声が、支援砲撃を打ち払うレーザー属種の閃光の激しさを伝えた。
 推定で100体を超えるレーザー属種が残存していたことは、夕呼をして予想外だと言わしめた。

 既に各作戦艦艇では弾薬の射耗が甚大になっており、無駄弾を打つことは避けねばならない状況だった。
 しかし、その状況下にあって小沢提督は通常弾での砲撃を続行した上で、順次AL弾種へ換装する作戦を立案し、夕呼に伝えた。
 それは、支援砲撃を途絶えさせない事で、敵前でBETAと対峙しているA-01部隊への照射を、牽制する事を企図していた。

 小沢提督の作戦を受け入れた夕呼は、即時砲弾換装を指示。
 然る後、BETAの優先攻撃目標として、A-02が狙われている可能性を小沢提督に指摘する。
 BETAに人類の切り札たるA-02を狙われていると知り、小沢提督は危機感を露わにした。
 しかし、夕呼は数万のBETAを相手取り、A-01部隊は必ず持ち堪えると断言する。
 そして、小沢提督を少しでも安心させるため、武に繋がっている内線をHQのスピーカーに回すと、静かに問いかけた。

「―――こっちの話は聞こえていたわね? BETAの足止めと重光線級(重レーザー級)の排除……できるわね? 白銀。」

 HQの音声は全て武の強化装備に流されていた。
 夕呼に求められた己の役目をしっかりと把握した武は、震える声を押さえて、キッパリと断言してみせた。

「!!―――もちろんです。A-02は必ず守り抜きます!」

「―――だ、そうですわ。提督。」

 満足気な微笑を浮かべ、夕呼は小沢提督に意味ありげな視線を向けた。

「今のはもしや、スレイプニル0―――今朝から各戦域で、単機で陽動支援を繰り返して来た衛士ですかな?」

 小沢提督は、衛士の身でありながら、安全な後方に留まる武を内心快く思っていなかった。
 しかし、朝からの武の転戦があげた戦果を見れば、それは1人の衛士が為し得る戦果とは、到底信じられないほどに多大なものであった。
 しかも、間接的な効果ではあるが、武の陽動支援によって、連携した部隊の戦果も確実に増大している。
 そしてなによりも、武の支援によって、少なからぬ将兵の命が犠牲にならずに済んだ事は、小沢提督の目にも明らかであった。
 まさに八面六臂、縦横無尽と評さざるを得ない活躍ぶりだった。

「そうです。彼の操る遠隔陽動支援機『陽炎・改』はA-02護衛のために2機が投入済みですし、更に他の残存機も近くへと移動させています。
 そしてなにより、A-01部隊の機体は全て新OS搭載機です。
 しかも、彼こそが新OS『XM3』の発案者であり、A-01部隊の全ての衛士は彼から直接の教導を受けています。
 また、蛇足ながら、遠隔陽動支援機構想も彼の立案ですわ。」

 夕呼の説明は、小沢提督には俄かに信じ難いものであった。
 武があげた戦果から、素晴らしい衛士である事は明らかだ。
 しかし、新OSの発案や、戦術機の運用構想の立案などは、衛士としての才能とはまた別の才能を必要とする。
 しかも、作戦開始前に紹介された武の容姿は、大尉の階級に相応しい経験を積んではいまいと確信できるほどに若々しかった。
 夕呼の噂であれば、小沢提督の耳にも過ぎるほどに届いている。
 夕呼のすることであるのなら、畑違いであろうが、如何に突拍子もなかろうが、納得もできる。
 しかし、夕呼の部下―――それも若年の―――までもが、かくも多才であるなど、あり得ることなのだろうか?

「む……新型OSの発案者は副司令でなく、彼だとおっしゃるのですな。」

「そうです……提督、ご安心ください。彼なら……彼らならやってくれます。」

 自信に満ち溢れた夕呼の言葉を受け、小沢提督は半信半疑ながら、結果を受け入れる覚悟を決めた。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 13時11分、新穂ダム跡に地響きを立てて突撃級(デストロイヤー級)BETAが突進して来た。
 しかし、その進路上には立ち塞がるべきヴァルキリーズの姿は見られない。
 突撃級の群れは、何の妨害も受けることなく渓谷状の地形の底を突破していく。

 が、その時、突撃級が通過したばかりの谷の両端の崖沿いから、36mm劣化ウラン弾が雨霰と突撃級の柔らかい後部に叩き付けられた―――
 渓谷の崖沿いに点在する窪みに身を潜ませ、主機を落として突撃級をやり過ごしたヴァルキリーズA、C小隊が、満を持して突撃級を掃討していく。
 狭い谷間で後ろを取られた突撃級は、方向を変える事すらままならず、次々と屍を晒していった。

 そして、突撃級の後を追う形で、A-02目指して進軍を続けていたBETA本隊に、無数のAL砲弾とALMが降り注ぎ、レーザー属種の放つ眩い無数の光の柱が、空に向かって突き立てられた。
 同時に、ヴァルキリーズの元に待ち望んだ知らせが入る。

「―――重金属雲発生! 繰り返す―――重金属雲発生!!」

 HQから届けられた遙の声に、みちるの命令が重なる。

「―――C小隊反転ッ! B小隊突撃せよッ!!」

「「「「「「「「「「「 ―――了解ッ!! 」」」」」」」」」」」

 残存する突撃級の掃討にA小隊を残し、B・C小隊はレーザー属種を殲滅するために、BETA本隊を目指して全速噴射で突進した。

「―――突撃前衛の力を示せッ! ヴァルキリーズの名を轟かせろッ!!」
「―――風間と涼宮は速瀬中尉を―――柏木は私と白銀をカバーするッ!!―――続けッ!!」

 B・C小隊長による指揮の元、戦場を戦乙女達が駆け抜ける。
 レーザー属種への道に立ちふさがる要撃級・戦車級(タンク級)を一蹴し、強引に突破口を開いていくヴァルキリーズB・C小隊。

 しかし、その進撃路を要塞級の巨体が塞ぐ。

「―――中尉ッ! 2時方向にも要塞級3!」
「―――それだけじゃない! 重光線級の周りに集まろうとしているわ!」
「―――あいつら重光線級を護ってるんだ。」
「―――こいつ等から片付けましょう中尉ッ! このままじゃ埒が開かない!」
「―――ダメだ! もっと集まってくるッ! 時間切れになるぞ!」

 茜が、祷子が、晴子が―――そして美冴に水月ですらも、次々に集まってくる要塞級に道を遮られ、レーザー属種に至る方策を見出せずにいた。
 そして、凄乃皇弐型は刻一刻と、砲撃開始位置へと近づいて来る。
 このままでは、レーザー属種の集中照射が凄乃皇弐型を襲う……

「―――速瀬中尉ッ! 陽動しますッ―――オレが要塞級を引きつけますから、一気に突破してくださいッ!」

 ここは任せろと言わんばかりに陽動を買って出る武。
 それを受けた水月は、即座に武に許可を与え、他の皆に方針を示すと、武を要塞級にけしかけた。

「さっすが陽動支援の専門家! 白銀、任せてやるからきっちり陽動して見せなさいよッ!!
 ―――全機散会して反転―――要塞級が陽動にかかったら即時迂回突破だ!
 ―――行け白銀ッ!!」

「―――この野郎ォォォッ!!」

 雄叫びを上げながら、武はBETAの群れへと吶喊した。
 次々に襲い掛かってくる要撃級の前腕を、そして要塞級の衝角を、機体をひねり、あるいは跳躍して避ける。
 前へ、横へ、そして、後ろや上へ、さらに滞空中の転回、旋回―――まさに縦横無尽……いや、むしろ無軌道そのものの動きによって、武は殺到してくるBETAの攻撃をかわし、隙間を擦り抜け続ける。
 さらに、武に追従できずに弱点を晒すBETAへと、弾を撃ち込み、長刀を斬り付け、着実にダメージを与えて自身の脅威度を上げ、さらに多数のBETAを誘い込んでいく。

「―――白銀機23体の要塞級に囲まれていますッ!
 ―――その他要撃級48ッ!戦車級は……計測不能ッ!!」

 情報収集・分析の能力に長ける祷子が、武の状況に言及した。
 彼我の戦力比は1対50を超え、状況はまさに孤立以外の何ものでもなく、BETAの近接を許している以上、例え一流の衛士であっても死を覚悟せざるを得ない過酷な状況に武は晒されている。
 せめてもの救いは武が失敗し撃破されても、遠隔操縦の無人機であるため死にはしない事だが、その場合レーザー属種の殲滅という作戦目的自体が果たせなくなる。
 戦況の絶望的なまでの過酷さに、推移を見守るしかないヴァルキリーズは、自らの無力感に苛まれる……

 そして、遂に茜が堪えきれずに言葉を発する。

「速瀬中尉ッ! 白銀1人じゃもちませんっ、せめて支援砲撃を……!!」
「―――だめだ……陽動の意味がなくなる。」
「―――中尉ッ……!!」

 即座に却下され、それでもさらに言い募ろうとした茜を、波紋一つたっていない澄み切った水面のように落ち着いた声が押し留める。

「―――涼宮。
 ……あの者がやると言ったんだ……タケルを信じてやってくれ。」
「白銀は前も逃げなかった……そして死ななかった。」

 冥夜と彩峰の信頼に支えられた言葉に、茜が言葉を失った時―――

「―――中尉……敵の損耗率が……加速度的に……ッ!」

 祷子の声に、全員がデータリンクを確かめる。
 ……すると、今まで増えるばかりであった武を囲む中型種以上のBETAの数が、増加から横這い、そして減少へと転じていく。
 回避を優先しているため、一撃必殺とは行かないものの、地道にBETAにダメージを与え続けた武の攻撃が、ここにきてようやく目に見える戦果として結実し始めたのだった。
 依然として武を包囲するBETAの数は圧倒的であり、戦果が上がり始めた以上、今まで以上に周囲のBETAを引き付けてしまうに違いない。
 だが、それでも、ヴァルキリーズが希望を見出すには十分すぎる武の奮闘だった。

 そして、この、共に戦う衛士に希望を灯す行為こそが、この作戦で武が幾度も繰り返してきた最大の戦果であった。

「―――まだまだぁーッ!!」

 無論、それは武が意図的に行っている事ではない。
 彼は、純粋に自らの『護りたい!』という願望に突き動かされて、無我夢中でもがき、戦い抜いているだけにすぎない。
 しかし、周囲に居合わせた者は、武の行為から―――『希望』という灯火を、確かに受け取る事ができたのであった。

「―――陽動成功です!要塞級の壁に穴が開きましたッ!!」

 武の動きに目を奪われていたヴァルキリーズB・C小隊の各員は、1人冷静に状況分析を続けていた祷子の声に、待ち望んだ瞬間が遂にやってきた事を知った。

「―――全機反転ッ!!―――NOEで全力噴射ッ!!」

「「「「「「 ―――了解ッ!! 」」」」」」

 武の陽動によって開いた突破口に向かって、放たれた矢のように一直線にヴァルキリーズが飛び込んでいく。

「―――白銀良くやったッ!! 後は適当なところで離脱しろッ!!」

「―――もう少し時間を稼ぎますから―――重光線級を頼みますッ!!」

「わかった、任せておけッ! あんたも機体を無駄に壊すんじゃないわよッ!!」

「!!―――了解です、中尉ッ!」

 陽動を続ける武自身には、心身ともにまだ余裕があり、陽動継続自体には問題はなかった。
 だが、弾薬と推進剤は既に相当消費してしまっており、周囲にBETAを集め過ぎてしまったのも事実だった。
 ALMはこの期に及んでまだ温存してあるので、ALMを囮に匍匐飛行で包囲を抜けるしかないかと考え始めた頃、周囲のBETAに砲弾が降り注いだ―――
 この機を逃さず、即座に包囲網を脱してレーザー属種へと向かう武。
 そして、やや離れて並走する形でレーザー属種へと突進するのは、先の支援砲火を放ったみちる率いるヴァルキリーズA小隊だった。

「―――大尉ッ! ありがとうございますッ!!」

「―――よくやった! そろそろ重光線級狩りの時間だぞ! ―――続け!」

「―――了解ッ!!」

 A-01部隊は全機一丸となって、レーザー属種を蹂躙し始めた。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 同時刻、旧高瀬-沢根防衛線では支援砲撃が途絶してしまったため、殺到するBETAの物量に『ウィスキー部隊』の衛士達が苦戦を強いられていた。

「―――クソッ! きりがねえッ!
 国連の新兵器ってのは何グズグズしてやがるんだッ!」

「―――クラッカー1よりHQ!! 支援砲撃の再開はまだか!?
 このままじゃ持ち堪えられない! 早くしてくれ!」

「―――HQよりクラッカー1、支援砲撃の再開は未定。
 繰り返す―――支援砲撃の再開は未定。」

「くそっ! じゃあ、午前中に飛び回ってた、陽動支援機とかいってたやつぐらいよこしなってんだッ!!
 あいつも国連だろっ! 尻拭いぐらいしろってのよ……」

「………………彼は今…………にいる…………」

 通信自体は明瞭なのに、HQの言葉が聞き取れず、帝国軍衛士は眉をひそめて聞き返す。

「?……クラッカー1よりHQ、良く聞こえない、繰り返してくれ!」

 クラッカー1の吐き捨てた侮蔑に、事情を知っているが故に小声で応じてしまった事を戦域管制官は後悔した。
 が、クラッカー1に聞き返された事で、戦域管制官は腹をくくると、自分が担当している全部隊にオープン回線を繋ぎ言い直した。

(クッ! 軍規違反なんて知ったこっちゃないわっ!!)

「…………陽動支援機は横浜基地所属の部隊と南で戦っている……」

「ちっ! あいつまで身内優先でこっちにゃこれないっての?……クソォッ!」

「………………彼は、横浜基地所属部隊に同行し、たった12機で数万のBETAを足止めしているっ!!」

「なに……?!―――1個中隊で数万?」

「軍機が絡む……大きな声では言えない……が……今も、単機で要塞級を20体以上相手にして陽動を実施している!
 他の11機を重光線級のところへ送り届けるためにだ…………支援砲撃は、レーザー属種を含むBETA後続部隊の足止めに集中運用されている……」

「…………そうか、教えてくれてありがとう―――HQ、こちらからは以上だ!」

「こちらHQ、健闘を祈る!!」

 戦域管制官は、少なからぬ『ウィスキー部隊』将兵が聞いていたであろう回線を閉じ、背筋を冷や汗でびっしょりと濡らしながら、叱責を待った。
 ―――が、小沢提督も夕呼も、その戦域管制官の行いをその場で咎める事は、敢えてせずにおいた。

「―――クラッカー1より全機……ちゃんと聞いたな?
 あいつは南で大暴れしているそうだ……」

 クラッカー小隊他2小隊で編制された中隊は、午前中にBETAに包囲殲滅されそうになった所を、武の『陽炎・改』によって窮地から救われていた。
 『陽炎・改』は単機でBETAを引き摺り回し、包囲を崩させた後、周辺の『ウィスキー部隊』と連携して、その場のBETA群を殲滅して見せた。

「午前中の借りを返す時が来たぞ……全機、BETA共を蹴散らせッ! 帝国軍衛士の誇りを見せろッ!!
 あいつの機動は見ていたな? アレは無理でも動きを止めるなッ! BETAどもを振り回してやれッ!!」

「「「「「「「「「「 了解ッ! 」」」」」」」」」」

「あきら、お前は少し後ろに下がって、両脇から回り込もうとするBETAを狙え!
 戦車級を仲間に近づけるな!」

「了解!」

 態勢を立て直して、迫るBETAをかわし、砲弾を撃ち込むクラッカー小隊。
 中隊を組んでいるビスケット小隊、アプリコット小隊の各機も追随した。
 健闘するクラッカー隊だが、BETAの増援は途切れる事がない。
 戦線は維持しているものの、遂に弾薬の残量が僅かとなる。
 しかし、補給に下がる機会が巡ってこない。
 判断に苦しんだクラッカー1の動きが一瞬止まる、そこへわらわらと群がってくる戦車級BETA―――

「―――しまったッ!」

<ドガガガッ!!!!!!ピーッ!>

 ドラム缶を叩くような騒音と衝撃が続いた後、機体の損傷を知らせるブザーが鳴る。
 その代わりに、クラッカー1の周囲の戦車級BETAは全て掃討されていた。

「隊長ッッ! 無事ですかッ?!」

「あきらか、助かったよ―――!! 03! 後ろだッ! 突撃級が―――ッ!!」

 咄嗟にIFF(敵味方識別装置)をオフにして放った砲撃でクラッカー1を救ったあきら―――クラッカー3の背後から、先程通り過ぎて行き、今頃になって反転してきた突撃級が急速に迫っていた―――
 クラッカー1への砲撃に集中していたあきらは気付くのが遅れ、回避が間に合わない―――目を瞑り、覚悟を決めるあきら。
 しかし、次の瞬間、突撃級に肉薄した真っ青に塗装された戦術機―――斯衛軍専用の00式戦術歩行戦闘機『武御雷』―――が、長刀を一閃させて突撃級を斬り伏せた。

「どうやら大事無いようだな。―――この場は我ら斯衛が引き受ける。
 そなたらは、一度下がって補給するがよいぞ。」

「斯衛部隊っ?!―――りょ、了解です。クラッカー1より各機、一旦下がって補給だ! 急ぎなッ!!」

 五摂家にしか下賜されない青い『武御雷』に動揺しつつも、クラッカー1は後退の指示を出した。

「「「「「「「「「「 了解ッ! 」」」」」」」」」」

 後退していくクラッカー隊と入れ代わるように、青い『武御雷』の隣に、こちらは赤く塗られた『武御雷』が着地した。
 青い『武御雷』は、赤い『武御雷』に指示を伝える。

「―――月詠。鶴翼複五陣(フォーメーション・ウィング・ダブル・ファイブ)、全体に通達せよ。防衛線を押し上げる。」

「―――は!―――クレスト2より第16斯衛大隊各機に告ぐ。鶴翼複五陣で前進せよ。」

「うむ―――では参るぞ! 皆の者―――続けぃ!!」

 先陣を切る青い『武御雷』に赤の『武御雷』が従い、更に3機の白と、31機の黒い『武御雷』が追従し、BETAを次々に蹂躙していく。
 戦闘の最中、第16斯衛大隊指揮官から、この作戦に合わせ一時的に原隊復帰し、副官を務めている月詠に秘匿回線が接続される。

「月詠―――あの者の部隊は、南で一個中隊を以ってして、数個師団規模のBETAを押し留めているようであるな。」

「―――ッ……は!然様に聞き及んでおります。本来新兵器の直援を任務としております故、恐らく間違いは無いかと。」

「そうか―――されば、この戦線、我らが押し留めて見せねばなるまい―――殿下同様、あの者も死に行く者共を悼むであろうからな。」

「―――はッ!」

 第16斯衛大隊は戦場を疾風の如く駆け抜け、戦線を押し上げ、多くの『ウィスキー部隊』衛士の命を掬い上げていった……

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 13時17分、新穂ダム跡より北西へ3700m、支援砲撃をくぐり抜けて進攻してきたレーザー属種に、A-01の12機が猛攻を仕掛けていた。

「―――ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ!
 ―――A-02は現在、砲撃準備態勢で最終コースを進攻中! 60秒後、艦隊による陽動砲撃が開始される。
 A-02の砲撃開始地点に変更無し―――90秒以内に被害想定地域より退去せよ!」

「―――!
 ―――全員聞いたなッ! 即時反転し楔形弐陣(アローヘッド・ツー)で全速離脱だッ!!」

「「「「「「「「「「 ―――了解ッ! 」」」」」」」」」」

「大尉、まだ撃ちもらしがいます。
 後は引き受けますから、支障の無い範囲で武器を置いてって下さいッ!」

「よしッ! 各員不要な荷物を捨てていけッ! 自分を護る分は取っておけよ!」

「「「「「「「「「「 ―――了解ッ! 」」」」」」」」」」

 ヴァルキリーズは最低限の自衛用の武装を残し、捨てられる限りの武器弾薬をパージすると、全速力で反転離脱を開始した。

「ありがとうございます、大尉!」

「なに、こちらの尻拭いも込だからな……
 ―――それにしても、無人機というのも便利なものだな、白銀。」

「使い出があるでしょう?……では、砲撃開始地点の10番機で合流します、お気をつけてッ!」

「―――また、後でな!」

 離脱していくヴァルキリーズを背に、置き土産の武器を構え、BETAの前に立ち塞がる武の『陽炎・改』―――
 その上空には陽動砲撃の砲弾が降り注ぎ、それを迎撃する光の柱が、残存しているレーザー属種の位置を暴露した。

「うぉおおおおおおおおおッッッ!! 一匹残らず……倒すッ!!!」

 雄叫びを上げてBETAの群れに飛び込む武。
 最早、要撃級も要塞級も眼中に無く、それら全てを神懸り的な機動制御技術で振り切ってレーザー属種を駆逐していった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 13時19分、作戦旗艦『最上』のHQでは、作戦参加部隊の被害状況が報告されていた。
 各部隊の損耗率は、国連太平洋艦隊8%、帝国連合艦隊第2戦隊8%、帝国連合艦隊第3戦隊7%、『ウィスキー部隊』45%、『エコー部隊』29%、国連軍第6軌道降下兵団10%、斯衛軍第16大隊4%、国連軍A-01部隊10%。
 ただし、A-01部隊の損耗は無人機のみなので、全作戦参加部隊中で唯一、人的損耗をだしていない。
 斯衛軍第16大隊も戦死1名に留まっており、奇しくもこの部隊には、A-01が使用している新OS『XM3』を搭載した『武御雷』が4機所属していた。

 その他戦況も併せて報告される。
 西部方面、斯衛軍第16大隊が旧高瀬-沢根防衛線を維持。
 東部方面、エコー主力部隊が湯ノ峰山跡に防衛線を構築。
 南部方面、A-01部隊第13中隊が新穂ダム跡防衛線にてBETA陽動を実施。
 全作戦艦艇の砲弾残量20%未満。

 報告を聞き終えた小沢提督がなにやら感銘を受けたような声を洩らした。

「如何なさいました、提督。」

 尋ねる夕呼に、小沢提督が応じる。

「いや、失礼した。恥ずかしながら、オルタネイティヴ第4計画直属部隊の働きに、思わず息をのんでしまっていたのです。
 たったの一個中隊が数万のBETAを向うに回し、この短時間に50体以上いた重光線級を全て撃破するという現実……驚嘆するほかありますまい。
 彼らは50体以上の重光線級を倒すまでに、周囲を固める何倍ものBETAを撃破しているでしょう。
 先程、副司令から任務達成を保証してはいただきましたが……ただの1機も失うことなく成し遂げるとは……。
 極秘任務部隊の実力は噂以上ですな。」

「お褒めに与り光栄ですが、先程も申し上げたとおり、この位の結果を出すのは当然ですわ。
 1機損失は既に時間の問題ですし、なにより、他の前線に回すべき支援砲撃をあの地域に集中させた上での数字である事はお忘れなく。」

「いやいや、1機損失と言っても無人機の事、人的損耗は皆無ではありませんか。
 それにしても注目すべきは新型OSですかな。先行量産型にしてこの戦果……大したものです。
 新型OSが全軍に行き渡った暁には……落命する将兵を減じる事も叶いましょうな。」

「……彼―――スレイプニル0も、提督と同じ事を言っていましたわ。」

「なんと……無人機を用いて陽動を行い20体以上の要塞級を単機で倒す、衛士としての卓越した技量ばかりでなく、そのような大局にまで思いを巡らせていたとは。
 一体、彼はどのような軍歴の持ち主なのですかな?」

「申し訳ありませんが提督、これ以上はお話できかねます。」

「……失礼した。彼もオルタネイティヴ4の機密という訳ですな。」

「ご想像におまかせ致しますわ。」

「A-02予定のコースを進攻中。」
「―――陽動砲撃の砲弾撃墜率5%未満。
 ―――BETA、スレイプニル0の陽動により、防衛線にて進攻停滞中!」

 夕呼と小沢提督の会話に、ピアティフと帝国軍オペレーターの報告が割って入った。

「いよいよですな……。
 今作戦に於ける両軍将兵の挺身が意味あるものと成らん事を期待しますぞ。」

「お任せ下さい提督。
 人類がBETAごときに滅ぼされる種ではない証拠をお見せ致しますわ。」

 夕呼が不敵に微笑んだその時―――

「―――えッ!―――新穂ダム跡防衛線の内側にBETA出現!―――重光線級の存在を確認しましたッ!!!」

 遙の叫び声が、HQを衝撃と共に駆け抜けた―――




[3277] 第8話 黄泉平坂(よもつひらさか)
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/21 17:20

第8話 黄泉平坂(よもつひらさか)

2001年12月25日(火)

「…………なんだ、結構、やれば、出来るもんだな…………」

 13時20分、凄乃皇弐型を照射可能な範囲内にいた、全てのレーザー属種を駆逐して尚、武の『陽炎・改』は健在だった。
 凄乃皇弐型が放つ、荷電粒子砲威力圏外への避退は既に間に合わないため、武は陽動砲撃の効果圏の手前に留まり、BETAの陽動を続けていた。
 レーザー属種がほぼ全滅したため、陽動砲撃と言っても、制圧砲撃と同レベルの効果を上げている。
 それでも陽動砲撃を突破して来るBETAは途切れないが、後は荷電粒子砲の発射まで、この場に引き留めておけばそれで良い。
 なんとかなるか……と、武が気を抜きかけたその時―――

 武の背後で地面から土砂が吹き上がり、レーザー属種を含むBETA群が土中から続々と這い出して来た。

「なにッ!―――こいつら、陽動砲撃を避けてきたのかッ?!
 スレイプニル0よりヴァルキリー・マム、BETAが防衛線の内側に出現したッ!
 重光線級もいやがるッ!!―――スレイプニル0はこれより迎撃に移る、A-02の砲撃タイミングを知らせてくれッ!」

 武は即座に反転し、這い出てくるBETAに後ろから劣化ウラン弾をたらふく喰らわせる。
 しかし、地面に開く穴は続々と数を増し、照射態勢をとる光線級(レーザー級)も出始める。

「ヴァルキリー・マム! A-02の砲撃はまだかッ!!」

「こちらヴァルキリー・マム、A-02は10秒以内に砲撃開始しますッ!」

「ぃよぉおッッッし!! てめえら、まとめて吹っ飛びやがれぇぇぇぇぇッ!!!」

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 同時刻、作戦旗艦『最上』のHQには戦慄が走っていた。
 この期に及んで重光線級の至近距離への出現とは―――
 しかし、そこへ遙からの続報が入る。

「現在出現中のBETAはスレイプニル0によって、制圧されていますッ!
 副司令! スレイプニル0がA-02砲撃開始タイミングを尋ねていますッ!!」

「ピアティフ中尉ッ!」

 夕呼の呼びかけに、ピアティフは即座に意を汲んで応える。

「A-02砲撃開始位置に空間座標固定完了。
 『ラザフォード場』歪曲率安定。各部正常異常なし。
 A-02、何時でも荷電粒子砲発射シーケンスに移行できます。」

「A-02は即時荷電粒子砲発射シーケンスに移行ッ! 10秒以内に撃ちなさいッ!!」

「こちらヴァルキリー・マム、A-02は10秒以内に砲撃開始しますッ!」

 次の瞬間、新穂ダム防衛線にて『陽炎・改』9番機の反応が消失。
 同時にS-11の爆発と思われる振動波が観測された。

 そして、凄乃皇弐型はレーザー照射を一切受ける事の無いまま、その身に宿した希望の光を撃ち放った―――

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 空中にその巨体を浮かべながらも、微動だにせず砲撃開始位置に留まる凄乃皇弐型。
 全高130mを超える機体の、鈍い銀色に黄色いマーキングがなされたその姿は、正座をして上体を真っ直ぐに起こし、両の拳を両肩近くに引き寄せ、肘を後方に張り出した人間のシルエットに見えた。

 その胸部のカバーが左右に折りたたまれ、荷電粒子砲の砲口が露出。
 続いて胸部前方に強い光が凝り、揺らめき、遂には光の玉が乱舞し始め……それらの光を全て押し流すようにして、青白く太い光の濁流が、ハイヴの地上構造物(モニュメント)目掛けて放たれた―――
 その一撃の直撃を受けて、ハイヴの地上構造物は消し飛び、射線軸周辺の地上にひしめいていたBETA群も、衝撃波によって吹き飛ばされ、続いて発生した爆炎の中に姿を消した。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 13時23分、帝国海軍第2戦隊旗艦『信濃』の、音が一切消えたかのように静まり返ったCICで、戦域監視映像を見ていた安倍艦長が感極まって言葉を零した……

「ハ……イヴ……が……砕けた…………人類が……とうとう…………
 ……我々は…………我々は遂に……彼奴等に一矢報いたのだッ!!」

 BETAとの戦いで散った多くの命を思い瞑目する、安倍艦長の両の眼(まなこ)から、ふた筋の涙が頬を伝って流れ落ちた。

 西部方面、旧高瀬-沢根防衛線、『ウィスキー部隊』及び斯衛軍第16大隊。
 東部方面、湯ノ峰山跡防衛線、エコー主力部隊。
 全作戦艦艇の凄乃皇の放った一撃を垣間見る事のできた乗組員達。
 それら将兵の多くが、己が心の思いの丈を、歓声に変えて噴出させる―――

『『『『『『『『『『ゥオオォオオオオッー!/やったぞー!/やったー!/ザマアミロー!/人類を舐めんじゃねえぞー/ワハハハハ/ヒャーハー/フゥーーーーッ!/見たかーッ!/ぅあっはははーっ!』』』』』』』』』』

 それはまさに、人類がBETAに対してあげた勝鬨であり、遂に上がった反撃の狼煙でもあった。

 そして、凄乃皇弐型の直援を担い、その砲撃を間近で見たヴァルキリーズは、言葉も無く、しかし熱い想いを各々の胸に滾らせていた。

 ―――が、そんな感慨を思い切りぶち壊しにされた人物も、1人だけ存在した……

「タッケルちゃぁ~~~んっ! 見た見た見たぁ~~~? わたしの一撃―――ものすごぉ~~~くッ! カッコよかったでしょ~~~~~ッ!!
 ねえねえ、褒めて褒めて褒めて褒めて褒めてぇ~~~ッ!!!ってゆーか、サッサと褒~め~ろ~~~ッ!!!!」

 突如接続された秘匿回線から放たれた、純夏の場違いに能天気な口撃に、武は一気に打ちのめされた。
 その威力たるや、荷電粒子砲と良い勝負なのではないのかとすら思えるほどだった……

「オレの……オレの感動を…………返せ………………」

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 13時25分、作戦旗艦『最上』のHQでは、歓声がようやく収まり、戦況の分析と報告が始まっていた。

「―――A-02、荷電粒子砲エネルギー臨界まで70。」
「―――地上構造物の破壊を確認。基部以外は完全に崩壊している模様。」
「―――S(南)及びSW(南西)エリア、SE(南東)エリアに残存BETA無し。」
「―――地中を南西へ移動するBETAと思われる振動波を感知、現在解析中。」

 凄乃皇弐型の荷電粒子砲の威力は、小沢提督をして驚愕させるに十分なものであった。

「す……素晴らしい!なんという攻撃力だ!!
 ……感謝いたします……香月副司令……
 あの新兵器に、新OS、遠隔陽動支援機構想……
 これで我々は……本当に生き残る事ができるのかもしれない……
 BETA大戦勃発以来……フェイズ4ハイヴにここまでの損害を与えた人間は存在しません。
 ……あなたは人類の歴史にその名を刻みましたな。」

 興奮を隠せずに言い募る小沢提督に、しかし夕呼は冷ややかに応じる。

「高々、地上構造物を吹き飛ばしたに過ぎません。ハイヴは未だ健在です。
 歴史云々など……BETAをこの地球から駆逐できてからの事です。
 浮ついた話は、せめてこの戦いに勝ってからに致しましょう。」

 夕呼が言い終えた途端、BETAの動向が報告される。

「―――振動波の解析が完了―――感知しうる全残存BETAがSEエリアへ移動中!
 総数は師団規模を超えると想定されます!
 ―――予想進路……ッ!!―――A-02現在位置ですッ!!」

『『『『『 ―――ッ!! 』』』』』

 HQに衝撃が走る―――人類の希望に数万のBETAが殺到しているという事実は、BETAと戦い続けた将兵には脅威であった。
 が、ただ1人、不敵に笑って事態を歓迎する者がいた。

「―――好都合だわ。
 BETAの方から寄って来てくれるなんて、ありがた過ぎて涙が出ちゃうわね。」

「―――副司令っ!?……一体何をおっしゃるのですかっ!」

「小沢提督。最早地上部隊によるBETA陽動は必要ありません。
 BETAは自ら、火に群がる蛾のようにA-02におびき寄せられています。
 あとは、荷電粒子砲を以って、焼き尽くすだけですわ。」

 夕呼の発想は、BETAの脅威を、骨の髄まで染み込ませてしまっている小沢提督以下帝国軍将兵には、到底出来ないものであった。
 夕呼は、A-02の前には数万のBETAなど、飛んで火にいる夏の虫だと断言して見せたのである。

「―――な、なんとッ!!」

「提督。憂慮すべきは砲撃態勢のA-02が敵の攻撃に晒される事のみです。
 即時、事前計画を全面破棄し、A-02の東西に全戦力を展開、BETAをA-02の砲撃威力圏内に押し込めてくださいッ!」

「む……よろしいでしょう。―――君、直ちに全軍に作戦変更を指示したまえ。
 詳細は後でいい―――まずはA-02を支援できる位置に全戦力を展開するのだッ!」

「―――了解っ! HQより作戦参加全部隊に告ぐ。
 所定の作戦は現時刻を以って即時破棄。全軍はA-02を支援可能な戦域へ即時移動を開始せよっ! 詳細は追って知らせる。
 ―――繰り返す、所定の作戦は現時刻を以って即時破棄。全軍はA-02を支援可能な戦域へ即時移動を開始せよっ!」

 夕呼は顎に右手を添えて一考した後、さらに意見を述べる。

「提督、各作戦艦艇の砲弾残量が乏しいはずです。
 機甲師団が配置についた時点で、補給を開始する準備を整えてください。
 残存BETAの殲滅は、長期戦になりそうですから。」

「副司令のおっしゃるとおりにいたしましょう。―――君、……」

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 16時17分、作戦旗艦『最上』のHQには穏やかな空気が漂っていた。

「―――SEエリアに連隊規模のBETA出現!
 ―――進路予測……A-02で変わりありません。」

「ウィスキー、エコー両隊は防衛線にてBETAを圧迫。A-02の砲撃威力圏外へのBETAの進撃を阻止せよ。」
「ウィスキー艦隊及びエコー艦隊は担当ポイントへ陽動砲撃を開始。A-02へのレーザー照射を防止せよ。」

 最早直接指示を下す必要も無くなった夕呼と小沢提督は、戦況を見やりつつ会話を交わしていた。

「ふむ……それでもなお、連隊規模が湧いてくるとは……
 いったい佐渡島ハイヴには……どれほどのBETAが居たのでしょうな?」

「これで打ち止めだとしても、フェイズ4ハイヴの統計値の3倍はおりましたわね。
 我々が、如何に希望的観測の元で作戦を立案してきたのか、ようやく思い知りましたわ。」

「そうですな……いや、しかしそれでも尚、今回の作戦はここまで辿り着いたのです。
 これは偏(ひとえ)に、副司令と第四計画に携わる、優秀な人員のお蔭であると言えましょうな。
 A-02の破壊力も素晴らしいものですが、なによりも、新OSと遠隔陽動支援機構想、
 この2つは我が軍でも運用でき、しかも高い効果が期待できます。
 殊に、部隊内での陽動を無人機が担当するとなれば、BETAとの戦闘で命を散らす衛士も必ずや減少する事でしょう。
 あの衛士には、我が軍はいくら感謝してもし足りませんな……」

「ありがとうございます、提督。
 あの者も、そのお言葉を聞けば、さぞ喜ぶ事でしょう。」

「BETA増援最後尾の地上出現を確認!」
「A-02荷電粒子砲発射シーケンスに移行。砲撃開始します。
 尚、今回の砲撃にて、ハイヴ『主縦坑(メインシャフト)』の上部400m近辺までが消失する予定です。」

 凄乃皇弐型の荷電粒子砲第7射が放たれ、地上を侵攻して来ていたBETA群ごと地面を掘り下げて消失させる。
 第2射以降、凄乃皇弐型は荷電粒子砲の射角を徐々に下げ、ハイヴの地下構造を削り取っていた。
 結果、ハイヴ『主縦坑』の地下部分の上部400m分が、周辺の地盤諸共吹き飛ばされ、南東から北西へ向かう一直線に斜行した深い溝の一部となって消失していた。
 深い所では、第13層の『横坑(ドリフト)』までが上部を削り取られて露出しており、溝のあちこちには、崩落せずに残った、ハイヴの『縦坑(シャフト)』や『横坑』がぽっかりと口を開けていた。

「うむ……副司令、そろそろよろしいでしょう。」

 第7射の結果を見届けた小沢提督が夕呼に向けて問いかけると、夕呼も1つ頷いて同意を示す。

「そうですね。提督、ハイヴ突入を開始してください。」

「君、突入予定部隊に連絡したまえ。」

「―――こちらHQ。国連軍第6軌道降下兵団並びにウィスキー部隊のM(マイク)、N(ノーベンバー)、O(オスカー)、P(パパ)の各大隊に告ぐ。
 即時ハイヴ突入を開始、所定のルートにて反応炉の制圧を目指せ。
 ―――繰り返す。国連軍第6軌道降下兵団並びにウィスキーM、N、O、Pの各大隊はハイヴへ突入し、所定のルートにて反応炉の制圧を目指せ。」
「ウィスキー部隊のQ(ケベック)、R(ロメオ)、S(シエラ)、T(タンゴ)の各大隊は地上の補給戦確保に当たれ。
 ―――繰り返す……」

 A-02支援のために展開していた地上部隊の中から、ハイヴ突入を割り当てられた戦術機甲部隊が満を持してハイヴ再攻略を開始する。
 凄乃皇弐型の第1射より3時間、途絶える事なく沸き続けたBETAの増援も、遂にその勢いを弱めたように見受けられた。
 そして突入開始より30分以上が経過した16時50分、遂に反応炉のある『大広間(メインホール)』制圧の報告が、HQにもたらされた。

「副司令! 遂に我々はやり遂げましたなッ!!
 遂に……遂に! G弾を用いる事無く、人類初のフェイズ4ハイヴの制圧に成功したのですぞ!!!」

「そうですわね。……ですが提督、未だ作戦の最終段階が果たされておりません。
 最後まで、気を緩める事無く、作戦を完遂いたしましょう。」

「いや、失礼致しました。―――此程の偉業を成し遂げて尚、沈着冷静でいらっしゃるとは、この小沢感服いたしました。
 ―――では、最終段階に移行するということで、よろしいですかな?」

「はい。―――ピアティフ中尉、涼宮中尉、A-01の直援の元、A-02をハイヴに突入させなさい。
 第13中隊の残存戦力の運用はヴァルキリー1とスレイプニル0に一任するわ。」

「―――了解。A-02にハイヴ突入を指示します。」
「―――了解です。―――ヴァルキリー・マムよりA-01各機に告ぐ。現時刻を以って作戦は最終段階へ移行。
 ヴァルキリーズはA-02の直援としてハイヴへ突入せよ。
 スレイプニル残存各機の運用は、ヴァルキリー1並びにスレイプニル0に一任される。
 ―――繰り返す…………」

 そして17時05分、陽が完全に沈み、夕闇に閉ざされた中、機体各所に設けられた灯火を明滅させた凄乃皇弐型の巨体は静々と進み。
 まるで、夕陽が海へと沈むが如く、佐渡島ハイヴの中へと姿を没していった…………

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 17時18分、佐渡島ハイヴ地下807m、第22層SE9『広間』を凄乃皇弐型は進攻していた。
 突入からここまで、散発的な残存BETAによる襲撃があったものの、直援のA-01部隊は1機も欠ける事無く任務を遂行していた。
 現在のA-01部隊の編制は、『不知火』11機と『陽炎・改』4機、加えて補給物資を満載した『自律移動式整備支援担架』4両となっていた。

 既にHQとの通信は殆ど途絶しており、スレイプニル隊の所属機は自律制御でA-02に随伴している。
 『自律移動式整備支援担架』は巡航速度が60kmと遅いものの、段差を飛び越えるための姿勢制御ブースタを装備しているため、ハイヴ内でも問題なく部隊に追従することができた。

 また、『陽炎・改』は、自律行動での追従・戦闘・陽動の他、自爆戦術が可能であった。
 『XM3』搭載機に於ける並列処理速度のいちじるしい向上は、自律行動を従来に比べ遥に高度且つ柔軟なものと為なさしめていた。
 これは霞からの指摘で搭載された機能だが、コンボの解析に使用されているメソッドを応用し、蓄積された行動パターンを照合して統計的に最適な組み合わせを選択・実行するようにした事で、人間には及ばないものの従来機を遥に超えた的確な自律行動が可能となったのだった。

 搭載されたS-11を使用する自爆戦術では、進路上を塞ぐBETAや、後方から追撃してくるBETAの殲滅を想定していた。
 無論、通信が阻害されていなければ、HQの武や、現場のヴァルキリーズが遠隔制御する事も可能であった。

「いや~、進攻速度は鈍くなるけど、この支援担架があると楽でいいですね~、大尉。
 なんたって、補給コンテナが後ろを勝手について来るようなもんですからねぇ~。」

 隊の戦力で、BETAの襲撃を圧倒し、一方的に倒し続けた結果、水月の機嫌は史上最高レベルに高まっていた。
 みちるも、一応釘を刺しはするものの、水月の意見には概ね賛成であった。

「速瀬、いくらなんでも浮かれすぎだぞ!……とは言え、ハイヴ内に突入しているというのに、補給の心配が無いというのは、望外の状況だな。
 新OSと言い、これと言い、考え付いた白銀には、感謝してもし切れんな。」

「まったくです、大尉。武器弾薬に燃料と推進剤……おまけにS-11の予備まで4発も。
 S-11は『陽炎・改』に搭載された分と合わせれば8発になります。
 至れり尽くせりとは、このことですね。」

 美冴も加わって、一見暢気な会話を続けていても、小隊長達は警戒を緩めてはない。
 いつ何時、偽装『横坑』などからBETAが飛び出してこないとも限らないからだ。
 円型壱陣(サークル・ワン)で進行するA-01の中央で護られているA-02の真下近くには1機の『不知火』が随伴していた。
 その搭乗者である祷子は、振動センサーによる情報収集と分析に専念し、接近するBETAの早期発見に努めている。
 そして、新たなる振動が観測された―――のだが…………

「―――ッ!! これは…………大尉! 多数の震動波が南と東から近づいてきますッ!
 ―――しかもこれは……上層ですッ!―――上の階層のハイヴ外周部から、BETAが殺到してきていますッ!!」

「なんだと!? 他のハイヴからの増援が来たとでも言うのかッ!?」

 祷子の報告に、さすがのみちるも驚愕を抑えられなかった…………

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 時はやや遡って、17時14分。
 作戦旗艦『最上』のHQではようやく夕呼が表情を緩めていた。
 A-02のハイヴ突入から約10分。
 下層へと下るに従って通信は途切れがちとなっているものの、有線データリンクの敷設も進んでいるため、近い内に通信状況の改善は期待できる。
 また、ハイヴ内の全部隊からの報告を総合しても、最早ハイヴ内にまとまった数のBETA群は存在せず、各隊の掃討完了を待つばかりとなっていた。

 実を言えば、ハイヴ内のBETAからのリーディングが主目的である夕呼は、BETAを減らし過ぎたかと心配しているほどであった。

「ふむ……どうやら、この作戦は我らの勝利で幕を引けそうですな。」

「そうですわね―――「コード991! 佐渡島各地にBETAが出現―――少なくとも軍団規模ですッ!!」―――なんですってッ!!」

 突如もたらされた報告に、さすがの夕呼も血相を変えた。

「佐渡島ハイヴ外縁部の地下から膨大な数のBETAが出現し、ハイヴ中央に向け侵攻を開始していますッ!
 地上部隊が応戦していますが、BETAは地上部隊を無視してどんどんとハイヴ内に突入していますッ!!」

「なんと……いままで、隠れていたとでも言うのか……なぜだ!!」

「…………BETAが戦力を隠していたのだとして、一体目的は―――ッ!!
 ピアティフ中尉! A-02に即時撤退命令ッ!!」

 しばし熟考した夕呼は、何かに思い至ったのか、突然声を張り上げた。

「りょ、了解!…………駄目ですッ! 現在通信が途絶―――しかも、侵攻しているBETAによって有線データリンクも次々と機能障害に陥っていますッ!!」

「副司令! これは……」

 思わず尋ねる小沢提督に、夕呼は唇を一瞬噛み締めてから答える。

「……小沢提督。私の考えでは、BETAの狙いは恐らくA-02です。
 A-02が戦場に到着して以来、BETAの目標が常にA-02であった事もそれを裏付けています。」

「むぅ……何故に敵はそこまでA-02に固執するのでしょうか。」

「さあ、存じませんわ。
 ただ、今攻勢に転じているBETAが、恐らくBETA最後の戦力だと思われます。
 この攻勢を凌ぐことができれば、今度こそ我々の勝利です。」

「ふむ……ここが踏ん張りどころ……といったところですかな?
 して、何か副司令には策がおありでしょうか。」

「策と言うのもおこがましいものですが……提督、反応炉の破壊を指示なさって下さい。」

「なんと……せっかく制圧した反応炉を破壊せよと?」

 夕呼は不敵な笑みを取り戻し、反応炉の確保など然したる重大事ではないと言ってのける。

「そうです。そうすれば、BETAはこの戦場から撤退します。
 ご安心下さい。今回の作戦が成功裏に終わりさえすれば、人類はBETAに対して攻勢に出る事ができます。
 ハイヴ制圧の1つや2つ、今後は珍しくもなくなるでしょう。」

「―――成る程……私も指揮下の将兵を無駄死にさせたくはありません。
 副司令の策を直ちに実施いたしましょう。」

「ありがとうございます、提督。
 それでは、全戦術機甲部隊に、S-11搭載機を中核として反応炉へ進攻させて下さい。
 あくまでも、反応炉の破壊が最優先、無視できるBETAは無視させてください。
 また、支援砲撃可能な全部隊は、ハイヴ外縁方向から中心に向けて順次制圧砲撃を敢行。
 地上の制圧範囲内の部隊には、可愛そうですが一時的にハイヴに潜って凌いでもらってください。」

「わかりました。―――君、直ちに命令を伝達したまえ。」

「了解!……………………小沢提督、地上部隊はハイヴ突入を開始、制圧砲撃も準備の出来た部隊から打ち始めます。
 ―――しかし、ハイヴに突入していた部隊の約80%との通信が途絶。
 連絡の取れた部隊の戦術機にはS-11搭載機が少なく、S-11の集中運用が可能な部隊の編制が出来ませんでしたッ!」

「ぬぅ!……後は、運を天に任せるしかないか……」

「くッ―――最後の最後で運任せとは……」

「―――ッ!! 副司令ッ! 第12層から17層にかけて、『主縦坑』より2000m以内の全『横坑』がBETAで埋め尽くされましたッ!!
 地上に展開していた部隊は、BETAに阻まれて下の階層へ突破できずにいますッ!!」

 戦況は、急激に悪化の一途を辿り始めていた……

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 17時21分、A-01部隊は第25層SE7『広間』の中央にA-02を固定し、『広間』の両端に1つづつある『横坑』から来る敵に備えていた。

「どうだ? 風間。」

「駄目です、大尉。下からも師団規模のBETAが上がってきます。
 上の方も、恐らく第20層近くまでBETAで埋め尽くされていると思われます。
 少なくとも地上への撤退路は確保できません。」

「下から上がってくるBETAは明らかにA-02を目指して侵攻しているんだな?」

「はい。『横坑』全体に展開する様子は見られません。
 こちらに向けて、ほぼ最短経路を選択しています。」

「上は蓋をされ、下からはまっしぐらにこちらへ向かってくるか……横から来るのも時間の問題だな……」

 言葉に出して考えを整理するみちるに、祷子が的確な答えを返す。

「上下の振動に掻き消されぎみで、断言は出来ないのですが、北西を中心とする180度の水平方位からも接近するBETAと思しき振動が微かに拾えています。」

「よし。ヴァルキリー1より各機、これより作戦を説明する。
 状況から推測して、敵の狙いはA-02だと思われる。
 残念ながら我々の戦力では、現在こちらへ向かってくるBETAを相手にA-02を護り切ることは難しい。
 よって、これより隊を2つに分け、A-02の援護と、反応炉破壊をそれぞれの部隊が担うものとする。」

「「「「「「「「「「 ―――ッ!! 」」」」」」」」」」

 この状況下で部隊を2つに分け、しかもHQの許可を得ずに反応炉の爆破を独断で行うというみちるに、ヴァルキリーズは驚愕した。

「A-02はこのままの位置で固定する。
 それをA(アルファ)部隊が護衛し、B(ブラボー)部隊が反応炉を破壊しに最下層に向かう事とする。
 では、部隊編制を発表する。
 A部隊は私とスレイプニル隊全機、B部隊は速瀬以下私以外のヴァルキリーズ全員だ!」

「大尉ッ! いくらなんでも1人じゃ無茶ですって!!」

 条件反射で意見する水月に、みちるは苦笑して応える。

「まあまて、速瀬。別に何も私は一人で犠牲になろうって言うんじゃない。
 そもそも、我々の任務はA-02を守り抜き、無事に横浜基地に帰還させる事だ。
 護衛につく私が犠牲になっては、護り抜ける訳が無いだろう?」

「―――た、たしかに……」

「では、次になぜ私だけが残るのかを説明しよう。
 A-02は機密の塊だ―――しかし、私だけならば部隊長権限でA-02への搭乗を許されている。
 そして、主機さえ無事ならば、A-02の『ラザフォード場』は鉄壁だ。
 無論、主機の出力も無尽蔵ではないが、ある程度までのBETAの攻撃は楽に凌ぎきれる。
 おまけに、B隊がこの広間を出た後、BETAの先陣が来た時点で、下層につながる方の通路を荷電粒子砲の砲撃で塞ぐ。」

「「「「「「「「「「 ―――ッ!! 」」」」」」」」」」

「そうすれば、BETAは迂回するか、障害物を除去するか、いずれにしても私は時間が稼げる。
 BETAの殆どが殲滅されたハイヴだぞ?
 まさか、私以外のヴァルキリーズ全員でかかって、それだけ時間があるのに反応炉を破壊できないとは言わさないぞ?」

 みちるの挑発的な言葉に、水月はニヤリと笑って即答する。

「了~解。そういうことでしたら、BETAがここに辿り着く前に、反応炉を破壊して見せよ~じゃないですかッ!」

 その水月に対し、みちるも口の片方の端をクイッと吊り上げ、応える。

「ほほう……速瀬、大きく出たな。もし間に合わなかったら夕食5日抜きだぞ?」

「げっ……い、5日ですかぁ?」

「よし、それでは補給を済ませ次第すぐに出発しろ!
 S-11は『陽炎・改』に搭載されている分も含めて、8発全部持っていくんだぞ。
 ―――ヴァルキリーズB部隊全機、反応炉破壊に向かえッ!!」

「「「「「「「「「「 ―――了解ッ!! 」」」」」」」」」」

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 17時24分、第26層、SE23『横坑』には、侵攻ルートのSE17『縦坑』を前に足止めを強いられているヴァルキリーズB部隊の姿があった。

「風間ッ!―――まだなのっ!?」

「速瀬中尉、現在の流量だと―――後続が通り過ぎるまで、あと5分は掛かります。」

 みちると別れ、反応炉へ向かったB部隊だったが、ルートに選ばれていたSE17『縦坑』を降下しようとした矢先、下層からSE17『縦坑』を逆走してきたBETAと出くわしてしまい、想定される敵侵攻ルートを外れたSE23『横坑』への退避を余儀無くされた。
 そして、SE17『縦坑』をBETAが通過し終わる時を、今や遅しと待ちかねていた。

「く~~~~~ッ!こいつら、みんな大尉のとこに向かってんのよッ!!
 これじゃ、あたしの晩メシ! 無くなっちゃうじゃないのッ!!」

 おどけて見せる水月だったが、通信ウィンドウに映し出された表情は、みちるの身を案じて焦燥している事が、如実に見て取れるものであった。

「―――ッ!! 速瀬中尉ッ! 『縦坑』の存在しなかった位置をBETAが上層に向けて移動していますッ!!
 BETAの上層への移動速度急速に増加ッ! このままだと、2分で最後尾が『縦坑』を通り過ぎますッ!!」

「なんですってッ!!―――そうか、第4段階のハイヴ突入部隊も、この戦法にやられたんだわ……
 ―――大尉…………よしッ! BETAの通過を待ってB部隊は反応炉を目指すッ!!
 各機、移動開始に備えなさいッ!!」

「そんなッ! 速瀬中尉、BETAを後ろから追撃しましょうっ! そうすれば、BETAを減らす事ができます!!」

「無駄だよ、茜……大尉のところに行くのは下から上がってきてるこいつらだけじゃないんだ……
 しかも、作戦通りなら大尉は下層への道を砲撃で潰すはずだから、下層からのBETAを減らしても、下には逃げられないよ。」

「は、晴子……」

「柏木の言うとおりよッ! あたしらに出来る最善は1秒でも早く反応炉を破壊する事。
 ―――よしッ! 全機最大戦速ッ!! あたしの晩メシの仇を取りなさいッ!!!」

「「「「「「「「「 ―――了解ッ! 」」」」」」」」」

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 同時刻、作戦旗艦『最上』のHQは、残存兵力を再編制してA-02救出を果たすべく、各員が、知恵を振り絞り、喉を枯らし、今一度統率を確立しようとしていた。

「涼宮ッ! 白銀の奴はなにやってんのよッ!?」

「スレイプニル0は、残存するスレイプニル02、07、08を用いてハイヴ第16層まで進撃路を確保、進撃路の維持は斯衛軍第16大隊があたっています。」

 通信状況の安定が望めなかったため、ハイヴ内での運用は想定されていなかった遠隔陽動支援機であったが、凄乃皇弐型の荷電粒子砲によって掘られた溝により、その周辺であれば通信を維持出来たため、ハイヴ内での運用が可能となっていた。
 そのため武は3機の『陽炎・改』それぞれに、遠隔操縦による陽動と攻撃、自律制御による支援攻撃、自律制御による『自律移動式整備支援担架』3台からの補給と、各機体の役割を順繰りにローテーションさせることで、途切れる事のない猛攻を維持し、斯衛軍第16大隊と連携する事で進撃路を切り開いていた。

「ちッ……まだ16層なの!? 小沢提督、進撃路の維持に部隊を捻出してください。
 そうすれば、斯衛軍の全戦力が進撃路の確保に専念できますっ!」

「んむ……早急に部隊を編制して派兵しましょう。」

「有線データリンク網の設置と維持もやらせてください……でないと遠隔陽動支援機は……」

 なんとか事態改善の糸口を掴みかけたと夕呼が思ったその時―――ピアティフがまるで悲鳴を上げるように報告した。

「副司令ッ!……観測されていたA-02からの重力波が途絶えましたッ!! 『ラザフォード場』が消失したとしか考えられませんッッ!!!」

「―――くッ!!」

 この一報には、さすがの夕呼も絶句せざるを得なかった……




[3277] 第9話 凱歌の影で……
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/14 17:17

第9話 凱歌の影で……

2001年12月25日(火)

 17時24分、第25層SE7『広間』では、下層につながる『横坑』が既に凄乃皇弐型の荷電粒子砲で崩落させられており、上層からやってくるBETA群を、みちるの『不知火』と4機の『陽炎・改』が迎撃していた。
 侵攻してくるBETAの流量がそれほど多くない事と、弾薬が豊富にあるおかげで、みちるはBETAの『広間』侵入を何とか阻止し続けていた。

「速瀬め、一体なにをやってるんだ……このままではさすがに支えきれんぞ?
 ―――ッ!? 下層から新たに強い振動波だと?―――むッ!!」

 センサーが捉えた、下層からの新たなる振動波にみちるが気付いた次の瞬間―――
 『広間』中央に浮いている凄乃皇弐型直下の床が、轟音と共に土砂を噴出し、間欠泉のようにBETAが続々と吹き出してきた。

「くッ! 『縦坑』を掘りながら湧いて出ただと?
 A-02を後退させなければッ―――!!」

 みちるはA-02へ部隊指揮官権限で移動指示コードを送信し、同時に自律戦闘している4機の『陽炎・改』の内2機の任務をA-02の直援に変更した。
 そして、自分の『不知火』もA-02を援護するために反転させ、BETAに砲撃を浴びせるが、数が多すぎて焼け石に水にしかならなかった。

 BETA達は、仲間の上に重なっていくようにして凄乃皇弐型の機体底面から這い登ろうとするが、『ラザフォード場』の重力偏差の効果によってズタボロの挽肉となって辺りに飛び散った。
 それでも、次から次へと死の梯子を何本も立て掛けて、『ラザフォード場』に突進していくBETA群―――
 『広間』の壁面から天井へ蜘蛛のように這い上がっていき、眼下の凄乃皇弐型に身を投じるBETAも増加の一途を辿る。
 最早、凄乃皇弐型は上下からBETAのシャワーを浴びせられているにも等しい状況となっていた。
 そして、上層から侵攻してきたBETA群も、どんどんと『広間』へと侵入し始める。

「く……A-02へのBETAの接触を許してしまうとは…………
 あとは、『ラザフォード場』だけが頼りか…………―――ッ!!」

 みちるが独白したその時、A-02の外部スピーカーから、大音量の絶叫が轟いた―――

「やだ! いやだ! やだやだやだやだやだやだやだ!!
 くるなくるなくるなっ!! こっちにこないでよおぉぉっ!!
 ―――いやぁっ!―――いやっ!!いやあァァァァッッ!!!
 ―――やめて!やめてやめてやめてやめてえェェェェェッっ!!!
 あ゛ああ゛ぁっぁぁっぁッ!!―――全部、イヤ!いやああああぁぁっ!!」

「な、なんなんだ?……A-02は無人機では―――」
 突然の絶叫に驚愕しつつも、みちるは今にもBETAに飲み込まれそうな支援担架に『不知火』を隣接させ、手早く92式多目的自律誘導弾システムを装備する。

「―――いやあッ……いやだぁッ!―――もうやめてぇぇぇ……
 やめてやめてやめてやめてよおぉぉぉっ!!
 さわるなさわるなさわるなさわるなあぁぁ―――っ!!
 ―――放してよおぉぉぉぉっ!
 放してよ…………おねがいだよ、おねがいだから…………
 おねがいします…………だから……もうやめて……
 ……いや、いやあぁぁぁぁぁっ!!
 ……助けてよ……助けて…………タケルちゃん……」

 絶叫はやがてその勢いを失っていき、遂に途絶えた。
 そして、それと同時にBETAを挽肉に変えていた不可視の力場が消失し、凄乃皇弐型は機体の下に位置していたBETAを押し潰しながら、『広間』の底へと墜落した。

「―――ッ! 『ラザフォード場』が消えた?……いや、主機自体が落ちているのか―――!!」

 墜落した凄乃皇弐型の機体上には、BETAが山のように盛り上がっていたが、それらのBETAは雪崩を打つようにみちるの『不知火』や『陽炎・改』の方へと襲い掛かってきた。

「―――そうかっ! 主機が落ちたせいで、脅威度が下がったんだな?
 よしッ! 今ならA-02に乗り移れるぞッ!!」

 みちるは凄乃皇弐型の機体上から雪崩落ちてくるBETAを噴射跳躍で飛び越えると同時に、凄乃皇弐型の機体上面にあるメインハッチからやや離れた場所をターゲットロックし、多目的自律誘導弾を発射した。
 爆風でハッチ近辺に残っていたBETAが一掃された事を確認したみちるは、ハッチに覆い被さるように『不知火』の機体をうつ伏せにさせ、胸部ハッチを開放して機体から飛び降りた。

 そのまま凄乃皇弐型のメインハッチに取り付くと、予め調べておいた手順に従いハンドルを操作してコンソールを引き出す。
 続けてハイヴ突入前に知らされた12桁のコードを入力してメインハッチを開放、素早く中に入るなりメインハッチを閉鎖。
 99式衛士強化装備(パイロットスーツ)から指令を発信して『不知火』を自律制御させてBETAを陽動させる。
 同時に、4機の『陽炎・改』全機の任務を凄乃皇弐型周辺でのBETA陽動に設定する。

 然る後、みちるは30m下方に位置する管制ブロックを目指す。
 ほぼ垂直な縦穴を、非常用昇降ラダーの手摺を両手で保持し、落ちるようにして下りきる。
 落下速度は時折手摺を強く掴むことで、摩擦でブレーキをかけて調節した。

 管制ブロックに着いたみちるは、強化装備のデータリンクで状況を把握。
 凄乃皇弐型の周辺では、3機の『陽炎・改』が未だ健在で陽動を継続していた。
 みちる自身が凄乃皇弐型の機体の奥に移動したため、BETAは生体反応欺瞞用素体によって有人機動兵器として識別される『陽炎・改』を優先目標としていた。
 現状のままなら、凄乃皇弐型のぶ厚い装甲は暫くは持つ。

「よし、手動で主機―――ML(ムアコック・レヒテ)機関を再起動、『ラザフォード場』を再展開するぞ……」

 自分自身への指示を口にしながら、みちるは再起動手順を着実にこなしていく。
 そして、凄乃皇弐型の擱坐から4分後―――17時33分に凄乃皇弐型は再起動に成功し、再び重力のくびきを振り払った。

「これでしばらくは凌げるな……さて、速瀬が反応炉の爆破に手間取った場合どうするかだが……
 ―――ッ! 爆破プログラムは起動しないか……
 ま、HQとの通信が途絶した状態でコイツを爆発させたりしたら、作戦参加部隊は巻き込まれて殆ど壊滅するからな。
 00ユニットの回収が最優先事項である以上、いずれにしても、自爆は最後の手段か…………
 そうなると、現状出来る事は脱出専用機の仕度か……」

 みちるは管制ブロックの背面に設けられた簡易架台に固定されている『不知火』を見上げた。

「『不知火』でなら、A-02を囮にすればBETAの突破も不可能ではないな。
 『不知火』を脱出専用機として組み込むように進言したのも白銀だったな……
 陽動支援機といい、あいつの発想には今回は助けられっぱなしだな。」

 みちるは、コクピットレベルのキャットウォークをつたい、胸部ハッチから戦術機管制ユニットに乗り込んだ。

「この『不知火』は複座型管制ユニットを改造してあるのか……
 後部席のスペースを潰して00ユニットが搭載されているようだな。
 ん? ステータスチェック?
 ……私が見て何が解るとも思えんがな……報告するためには見ておく必要があるか……」

 みちるは、複座型管制ユニットの後ろ半分を埋めている、高さ1.5m、幅1m、奥行き1.5mの立方体の前面に設けられたコンソールを操作し、ステータスチェックを呼び出した。
 コンソールに付属した液晶パネルには、大量のメッセージと共に、1人の少女の全身像と、頭部の拡大映像が表示されていた。

「―――なッ!! 鑑少尉ッ!?」

 コンソールには、苦悶の表情のまま気を失っているように見える純夏の映像が表示されており、その映像に重なるようにして、温度分布、各部機能状況などが周期的に表示されていく。

「―――温度分布、許容範囲内、異常なし。―――機能障害、頭部量子電導脳自閉モード、モード切替原因不明。
 ―――ッ! 量子電導脳だと?……鑑が……『00ユニット』の……被験者だったのか……
 白銀が、訓練部隊編入直後から、副司令の特殊任務に従事していたのもこれが原因か?……」

(……そうか……そう言う事だったのか……白銀はこのことを知っていたんだな? だから昨日―――
 ……いや……これは私には分不相応な情報だ……これ以上首を突っ込まない方が良い。
 今は00ユニットの状況把握をするだけでいい。)

 しばし、目を閉じて己が心を落ち着けると、みちるはコンソールの表示を消して、『不知火』の起動手順を開始した……

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 17時31分、作戦旗艦『最上』のHQでは、珍しく夕呼が焦燥を顕わにしていた。

「涼宮ッ! 伊隅達とはまだ連絡は取れないの!? 白銀の状況はっ?!」

「―――ヴァルキリー1以下全機とは通信途絶のままです。
 ―――スレイプニル0は第18層まで進撃路を確保しましたが、未だA-02のビーコンは感知できていません。
 ―――進撃路の確保並びに有線データリンクの敷設及び維持は順調です。」

「おそいってのよッ!! さっさと最下層まで突破しろって伝えなさいッ!!」

「!―――副司令、無茶ですっ!!」

「無茶でも何でも、とにかくやるのよッ!!」

 思わず夕呼に反論してしまう遙だったが、夕呼はそれこそ歯牙にもかけない。
 そこに、武からの通信が遙に、内線が夕呼に繋がる。

「いいんだ、涼宮中尉。先生が言ってるのは心構えの問題だよ。
 とは言え先生、一応確認しときますけど、S-11を使って良いなら、後3層くらいはすぐさま抜いて見せますよ。
 ただし、その場合はオレの扱う機体は無くなりますけど構いませんか?」

「くッ―――わかったわよ。戦力を維持しながらでいいから、可及的速やかに下層を目指しなさい。」

「―――了解。」

 武に取り成されて一気に頭が冷えたのか、夕呼は語気を緩めて指示を出しなおした。
 その直後、HQに1つの吉報が、ピアティフによってもたらされた。

「副司令!! A-02のものと思われる重力波を観測! 『ラザフォード場』の再起動に成功したものと思われますッ!」

 夕呼は即座に的確な指示を続けざまに下す。

「ピアティフ中尉、重力波を複数ポイントから観測して、A-02の現在位置を割り出しなさい。
 小沢提督、A-02の現在位置が判明し次第、全残存戦術機部隊をA-02確保に向かわせてください。
 最悪、メインコンピューターとレコーダーが搭載された脱出用の『不知火』さえ回収できれば、A-02は破壊しても構いません。
 ただし、A-02が空中に浮いている限りは『ラザフォード場』が働いていますので、攻撃は無意味ですし、危険なので20m以内には近づかないように周知徹底してください。
 また、A-02確保後の回収作業にはA-01部隊長の伊隅大尉がいない場合、HQからの暗号送信が最低限必要となります。
 有線データリンクの敷設ならびに維持も、現状どおり最優先で続けてください。」

「副司令! A-02の現在位置でましたっ! 第25層のSE7『広間』ですッ!!」

「うむ! 君、直ちに全軍に通達したまえ。事は一刻を争うぞ、急げ!」

「了解!」

「涼宮中尉! 白銀に―――」

「ヴァルキリー・マムよりスレイプニル0並びにクレスト1(斯衛第16大隊指揮官)に告ぐ、A-02起因の重力波を観測、健在と思われる。
 転送したA-02の現在位置までの進撃ルートを突破し、A-02を確保せよ!
 ―――繰り返す、A-02は健在。指定進撃ルートを突破しA-02を確保せよッ!」

 続けて遙に指示を出そうとした夕呼だったが、遙は既に対応を先読みして戦域管制を開始していた。

「―――さすがね涼宮、仕事が速いわ。」

「ありがとうございます、副司令。現在有線データリンクの敷設により、第23層まではデータリンク有効圏となっていると予想されます。
 第25層のA-02とのデータリンクは現在の進撃速度で後3分お待ち下さい。―――えッ!?
 副司令ッ!! BETAが一斉に退却を開始しましたッ!!」

 遙の言葉の最後に、ピアティフの報告が重なる―――

「副司令! 衛星からの観測によると、甲21号目標の反応炉が機能を停止した模様ですッ!!」

 途端にHQが歓声で満たされた。
 夕呼もようやく肩の力を抜き、声に疲れを滲ませながらも、小沢提督に方針を示す。

「そう……なんとか、終わりそうね。
 小沢提督、ここで可能な限り戦果を拡大しましょう。
 有線データリンク敷設維持にあたる部隊と、斯衛第16大隊、スレイプニル隊を除く全部隊で追撃戦を展開してください。」

「うむ、そうですな。―――君、……」

 『甲21号作戦』は、多大な犠牲を出しつつも、フェイズ4ハイヴの反応炉破壊という、人類初の偉業をG弾抜きで達成し、幕を下ろした。
 残存BETAはその殆どが甲20号目標方面へ逃走、追撃部隊により70%が殲滅された。
 作戦参加部隊の損耗率は最終的には次の通りとなった。
 国連太平洋艦隊8%、帝国連合艦隊第2戦隊8%、帝国連合艦隊第3戦隊7%、『ウィスキー部隊』67%、『エコー部隊』51%、国連軍第6軌道降下兵団44%、斯衛軍第16大隊12%、国連軍A-01部隊38%。
 A-02は作戦終了時に至るまで健在。ただし自律航行システムの障害が深刻で復旧を断念。
 擱坐の判定となり、回収部隊が到着するまで、警備部隊が駐留し護衛する事となった。
 尚、A-01部隊所属全衛士は無事生還。死傷者皆無……と、公式資料には記された―――

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 18時00分、作戦終了後の撤収作業に移行した作戦旗艦『最上』の通信室では、機密保持を理由に人払いをした上で、夕呼と武の2人だけがみちる相手に秘匿回線で通信していた。

「通信途絶後の状況推移のあらましは以上です。別行動後のB部隊の行動に関しては、速瀬から口頭にて受けた報告を元にしたものです。」

 口調だけは淡々とした調子だったが、みちるの表情はあらましだけでは済まない出来事に遭遇したと、明らかに語っていた。

「あらましは以上……ね。じゃあ、詳細な報告は最上で聞くわ。
 ―――あ、あと1つだけ……00ユニットのステータスチェック、見たわよね?」

 何気ない夕呼の一言に、みちるの表情が沈痛なものになり、視線が僅かに揺らいだ。

「―――ああ、気にしないでいいのよ。あんたとしたら当然の行動だから。
 ただ、Need to know ―――解ってるわね?」

「―――はッ!」

「じゃあ、ヴァルキリーズに回線を繋ぐわよ?―――涼宮、繋いで頂戴。」

「―――了解。」

 そして、HQに残って管制を続けていた遙によって、A-01部隊所属の12人の衛士全員に回線が繋がれ、全員が夕呼の言葉を待つ。

「みんな、ご苦労様。
 『甲21号作戦』はあんた達の反応炉破壊によって成功裏に終わったわ。
 伊隅は良い判断をしてくれたわね……
 こっちでも反応炉破壊の判断をしてはいたんだけど、ヴァルキリーズとは通信途絶、他の部隊は反応炉到達は絶望的と、正直手詰まりだったのよね。
 帝国軍じゃ、あんた達は救国の英雄ってことで祭り上げられているわよ。
 残念ねえ、極秘任務部隊じゃなかったら、一躍有名になって引く手数多だったのにねえ。」

 ニヤリと人の悪い笑顔を浮かべて言い放つ夕呼。

「そうですねぇ。特に大尉なんかは姉妹(ライバル)に差をつける絶好のチャンスだったのに、ざんねんでしたね~。」

 夕呼の冗談に乗ってきた水月に、即座にみちるが釘を刺す。

「ほほう。速瀬、どうやら貴様は最近口数が多すぎるようだな……
 反応炉の破壊も相当手間取ったことだし、夕食抜きを2週間に延長してやってもいいぞ?」

「あっちゃ~……大尉、かんべんしてくださいよ~~~」

 その情けない様子に、一斉に部隊の全員が笑った。
 水月の表情も情けないながらも、どこか嬉しそうに輝いていた。

「ま、あたしにとっては、甲21目標なんてどうなろうと関係ないんだけど、新兵器のお披露目も上手く行ったし、回収に手間取っちゃうけど中枢部は持ち出せてるから問題ないわ。
 お客さんの反応も熱狂的でこっちが引いちゃうくらいだから、今回の作戦の目的は十分果たせたわね。
 まあ、あんた達もいい加減疲れただろうから、最上に随伴している戦術機母艦国東(くにさき)に着艦して休みなさい。
 今日の22時―――フタフタマルマル……だっけ? に、74式大型飛行艇(74式大艇)が来るから、それに乗って横浜に戻るわよ。
 あ、伊隅だけは最上の艦載機デッキに着艦しなさい。
 凄乃皇弐型の中枢部の確認と、回収時の詳細報告を受けるわ。
 特に質問は無いわね?―――じゃ、解散。」

「「「「「「「「「「「「 ―――了解ッ! 」」」」」」」」」」」」

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 18時32分、作戦旗艦『最上』の艦載機デッキ近くに用意された機密ブロックには、夕呼、みちる、武の3人が集まっていた。
 武の表情にはやや憔悴した様子が見られ、みちるも意図的に感情を抑制しているのが窺えた。
 しかし、ただ一人いつも通りな夕呼は、そんな事は気にもせず、さくさくと話を進めていく。

「さて……じゃ、詳細な報告ってのを聞きましょうか。」

「はッ! B部隊が反応炉破壊に赴いた後、私は自分の『不知火』1機とスレイプニル隊の『陽炎・改』4機を以って、上層から侵攻して来るBETAのSE7『広間』への侵入を阻止していました。
 下層へとつながる『横坑』は既に封鎖してあったのですが、突然A-02直下の床に開いた穴から、下層にいたBETAが爆発的な勢いで侵入してきました。
 反応炉へ向かう途中で風間が観測したデータによると、BETAは新たな『縦坑』を掘削しながら上層へと侵攻していたそうです。
 BETAの圧倒的な流量に迎撃が追いつかず、A-02への接触―――『ラザフォード場』への干渉を許してしまいました。
 雪崩のような圧倒的な数のBETAに、上下から不断の干渉に晒されつつも、A-02は健在であるように見えました。
 ですが……その時、A-02の外部スピーカーから、女性の叫び声が発せられたのです。
 これが、自身の機体を放棄する際に強化装備に転送しておいた、その際の音声データです。」

 みちるは、強化装備内の音声データを室内の端末に転送して再生した。
 音量は押さえてあるものの、純夏の悲痛な叫びが再生される。
 それを聞き、武は悲痛な面持ちをするが沈黙を保った。

「そして、この叫び声が途絶えた直後、A-02は主機を停止し擱坐しました。
 A-02の擱坐後、BETAは次なる優先目標を有人機動兵器である戦術機5機に指向して襲い掛かってきました。
 私は乗機を捨ててA-02へ移乗し、『不知火』は自律制御としましたが、すでにBETAに損傷を受けていたため間もなく機能停止しました。
 スレイプニル隊の4機にもBETAを陽動させておき、稼いだ時間で私は管制ブロックへ移動、手動にて主機の再起動に成功しました。
 最大出力で展開された『ラザフォード場』はBETAの度重なる干渉に堪えたため、A-02の制御を現状維持とし、私は事態悪化に備えて脱出機である『不知火』に搭乗しました。
 そして、管制ユニットの後部に設置されていた、00ユニット格納部と推測できた部分に設置されたコンソールに気付き、ステータスチェックを実行しました。
 表示された情報によると、量子電導脳が原因不明のまま自閉モードへ移行したとあり、他にはなんら問題は見られませんでした。
 その後は、状況を把握しつつ脱出のタイミングを図っていたところ、速瀬たちB部隊が反応炉を破壊したためBETAは撤退していきました。
 先の報告で省いていた詳細報告は以上です。」

 みちるは報告を終えると、感情を押さえ込んだ顔で、夕呼を真っ直ぐに見つめた。

「知ってのとおり、00ユニットはオルタネイティヴ4の最重要機密よ。
 でも、話せる範囲で話してあげるから、質問があれば言いなさい。」

 夕呼の許可に、みちるは片眉を跳ね上げてから、質問を開始した。

「ありがとうございます、副司令。
 では伺いますが、00ユニットと、先日我が隊に配属された鑑純夏少尉とは同一人物で間違いないでしょうか。
 また、鑑少尉が00ユニット自身なのであれば、鑑純夏という『人物』が実在したとして、どのような人物なのでしょうか。」

「ああ……一応、あんたの部下って事にしてたっけ。
 それなら気になるのも仕方ないわね。
 00ユニットはその仕様上の必要から、人間と同等の人格を持っているのよ。
 で、『人間』の鑑純夏は、00ユニットの人格の元になった人物で、そこにいる白銀の幼馴染よ。
 公式にはBETAの横浜侵攻で死亡したって事になってるけど、実はBETAの捕虜になってたのよね~。」

「―――ッ!! BETAの捕虜……そうでしたか……」

「明星作戦で横浜ハイヴから救出された唯一の生存者―――それが鑑純夏よ。
 ただ、詳しくは言えないけど、生きてるのが不思議なくらいの状態でね。
 延命措置は続けてたけど、擬似生体じゃ補完し切れない状況でね。BETAの情報を聞き出す事もできなかったのよ。
 そこで00ユニットに記憶もろとも人格を複写して、白銀に手伝わせてリハビリさせた結果が、あの鑑少尉ってわけ。
 ―――ちなみに、00ユニット起動後に、鑑純夏本人は容態悪化の末に死亡してるわ。」

「―――そうですか、それで記憶が安定していなかったのですね……」

 みちるは、思案顔で頷いてみせた。

「00ユニットの機能が回復したら、原隊復帰させるから、その時は人間として扱って頂戴。
 彼女、まだ自分が機械だって自覚があまり無いから……」

「はっ、了解です。」

「じゃ、他になければ国東に行って休んでいいわよ。隊の連中に無事な顔見せてやんなさい。」

 みちるは軽く一礼すると、武を一瞥して退室していった。
 みちるの姿が見えなくなると、夕呼は武に向かって話しかけた。

「あの娘は色々とわきまえている娘だけど、抱え込んじゃうタイプだから、あとで話しを聞いてやって頂戴。」

「わかりました。
 で、先生……純夏の方はどうなんですか?」

 焦燥を無理矢理押さえ付けながら、武は今まで聞くのを堪え続けた質問を、性急な調子にならないように語調を整えて発した。
 夕呼は眉にしわを寄せて、お手上げとでも言わんばかりに首を振った。

「それがねえ……自閉モードだってのに、ODLはそんなに劣化してないのよ。
 そもそもODLの劣化以外に、自閉モードの発動条件がないのによっ!
 しかも、外部から信号送って、自閉モードから抜けさせても、次の瞬間にはまた自閉モードに戻っちゃうし……」

「―――? どういうことですか?」

「要するに、鑑はね―――自分の意志で自閉モードを維持してるのよ。
 だから、こっちの操作で自閉モードを脱しても、量子電導脳の機能が復帰した瞬間に、自閉モードに切り替わってしまうんだわ」

「―――ッ! 純夏が自分で引きこもってるってことか……
 で、なにか、対策は無いんですか?」

「正直お手上げよ。
 量子電導脳の処理速度に対抗できる電子機器は、この世界には無いのよ。
 もっと詳しく言うと、量子電導脳の再起動から、コマンドの発行、自閉モードへの移行―――この一連の動作の間に割り込んで、自閉モードへの移行を阻止できる機材は存在しないって事。
 もし、可能性があるとしたら、完全に機能している量子電導脳くらいのもんよ。
 もちろん、そんなもの無いけどね……。
 てことで、現状では全くのお手上げ。
 後は、横浜に帰ってから、霞に鑑を宥めるイメージをプロジェクションさせながら、何度も再起動を繰り返すくらいしか、思いつかないわ。」

「なるほど、わかりました……じゃあ、オレも……覚悟を決めときますね。」

「やっぱり、それしか無いのかしらね……」

 武はメンテナンスベッドを開き、中の純夏の髪を優しく撫でて話しかける。

「……純夏、余程嫌な事があったんだろうな……肝心な時に、近くに居てやれなくてごめんな。
 今は、ゆっくりと休んどけ……横浜に帰ったら、霞とオレとで起こしてやるからさ……
 ―――夕呼先生、輸送機が来るまで純夏についてやってていいですか?」

「勝手にすれば? あたしは一眠りするから。」

 そう言い捨てて、部屋を出て行く夕呼の背中に、武は感謝した。

「ありがとうございます、先生……」

 そして、薄暗い照明に照らされた部屋に、武と純夏だけが残された……

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 12月26日(水)

 01時13分、夕呼以下、国連軍横浜基地『甲21号作戦』派遣部隊の全要員は、国連軍横浜基地第2滑走路に74式大型飛行艇旅客機仕様に乗って凱旋を果たした。
 74式大型飛行艇輸送機仕様に搭載されて空輸された『不知火』12機とスレイプニル隊の残存機は、横浜港より陸路にて搬送中であった。

 最低限の警備部隊と共にパウル・ラダビノッド基地司令が、第2滑走路にて直々にA-01部隊を出迎える。
 しかし、夕呼はピアティフと共に、メンテナンスベッドを含む機材を整備班に運ばせて、早々に基地内に入っていってしまった。
 それを横目で見つつ、A-01部隊の全員は整列し、基地司令にみちるが帰還の報告をする。

「A-01部隊、ラダビノッド司令官に対し―――敬礼ーーっ!
 伊隅みちる大尉以下13名、只今帰還いたしましたっ!」

「うむ。諸君―――困難な任務であったが、良くぞ達成してくれた。私は諸君を誇らしく思う。
 本来、諸君の為した偉業を鑑みれば、横浜基地総員にて出迎え、凱旋を祝い栄誉を讃えるべきものだ。
 だが、我々オルタネイティヴ計画に名を連ねるものには、その様な贅沢は許されては居ない。
 しかし、諸君の為した偉業は必ずや人類に希望をもたらし、BETAを地球より駆逐する戦いの先駆足ると私は信ずる。
 我ら人類の反撃は未だ端緒についたばかりである、諸君のより一層の奮戦に期待する。
 ―――現時刻より本日1日は休養日とする。
 まずはゆっくりと休んで鋭気を養い、今作戦の疲れを癒してくれたまえ。
 ―――以上だ。」

「―――敬礼ーーっ!」


 基地司令は労いの訓示を済ますと、答礼を返してきびすを帰した。
 基地司令が去ったところでみちるが振り返り、解散を命じる。
 ヴァルキリーズは、疲労の中にも喜びや高揚を顕わにしつつ、言葉を交わしながら兵舎の方へと立ち去った。
 そして、第2滑走路には武とみちるの2人だけが残った。

「―――白銀……」

「大尉、夕呼先生からは許可を貰ってます。話があるなら、聞きますよ?」

「……そうか、では、私の部屋で話そう。疲れているところを悪いな。」

「いえ……気にしないで下さい。じゃ、行きましょうか。」

 そして、武はみちると連れ立って、第2滑走路を後にした。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 01時30分、B8フロアのみちるの自室で、武とみちるは淹れたての合成コーヒーを飲んでいた。
 ブラックのコーヒーで眠気をいくらか晴らし、みちるは、まずは謝罪から切り出した。

「白銀、済まなかった……」

「―――え? なんのことですか?」

 唐突に謝罪された武が驚いてみちるの表情を窺うと、みちるは目をやや伏せて沈痛な面持ちを浮かべていた。

「鑑の事だ、私は不用意に、分不相応な情報に首を突っ込んでしまったようだ。
 貴様と鑑に降りかかったであろう、悲劇と心の傷の深さは……想像を絶する。
 私は未だに00ユニットがどういった存在なのかすらわかっていない。
 しかし、自分の大事な人が00ユニットの被検体となることを思うと、背筋が薄ら寒くなる思いを押さえ切れない。
 そのような立場で、第4計画の中枢任務をこなすなど……私には絶対に耐えられないだろう。
 訓練部隊編入から今日に至るまでの貴様の働きを思い返すと……貴様の強さを知ると同時に、自分の弱さが情けなくなる。」

「大尉……それは違いますよ……オレは強くありたいと思っていますが……
 それは、今までの自分の弱さが……そして、それがもたらしたものが許せないから……
 だから、一生懸命もがいてるだけなんです。
 大尉に褒めてもらえるような強さなんて、オレは持っていないんですよ。」

 みちるの、心底からの自戒の念に、武は自身に対する過大な評価を否定せずにはいられなかった。
 片方の眉を跳ね上げたものの、武の言葉に敢えて反駁することはせずに、みちるは武を切々と諭した。

「…………そうか。貴様がそう言うのなら、それでいいだろう。
 しかしな白銀……もし、貴様の言う通りだったとしてもだ。
 そうやって、自分の弱さを知って尚、もがき続けることが出来る……それだけでも凄い事なんだぞ。
 しかも、そうしながら貴様が達成してきた事を振り返って見ろ…………
 人類の切り札である00ユニットに関わり、任官前から第4計画の中枢近くで計画に貢献し……
 しかも、『XM3』や陽動支援機構想など、貴様以外、誰にも考えつけなかった……
 いや、考えたとしても、為し得なかった事柄を次々に実現してきた……
 貴様が今までにやってきた事……実績は、人類に多くの救いをもたらしているんだ。
 実際、今回のハイヴ突入の時、貴様の陽動支援機構想のユニットを随伴していなかったら、今頃私は生きてはいないだろう。
 貴様の行いで、戦いの中で命を拾ったものが確実に居る事だけは、しっかりと憶えておけ……
 何時か、貴様が挫けそうになった時に、死力を尽くすきっかけになるかも知れないからな。」

「…………はい、大尉。」

 未だ納得した様子ではないものの、素直に返事をした武に、みちるは目を半眼に伏せて内心を吐露する。

「何人もの部下を殺し、多くの人の死に関わってきて……
 私はその重さを、第4計画に―――人類の未来に貢献するのだという大義名分の重さとで天秤にかけて……
 さらには自身を軍人としての型に押し込んで……
 そうして心に鎧を纏う事で、私は、ようやく自分を保つことが出来ているんだ。」

「大尉―――」

 そんな事は無いと、そう反駁しようとした武を遮るように、みちるは言葉を重ねた。

「なのに、貴様は私と違って鎧を纏っていない……
 自身を護るのではなく、自身を律する事で自分以外の何かを護ろうとしている……そんな風に感じるんだ。
 しかも、貴様は鑑を想っているくせに、鑑だけに囚われない……常にもっと多くのものを護ろうとしているように感じる。
 それはきっと―――『優しさ』なんだと思う。
 このBETAとの戦いに明け暮れる世界で―――
 持てる全てを投げ打っても、自分の求める僅かな幸せを握り締める事が出来るかどうかという、切羽詰った世界で―――
 貴様は無私とも言える大きな『優しさ』で、多くの人々を救おうとしている。
 今回の事で、私は不用意に貴様の事情に踏み込んで、そして貴様の『優しさ』に気付いてしまった。
 ―――だから、私は、私の力の及ぶ限り、貴様の手助けをしようと思う。
 それが……貴様の事情に首を突っ込んでしまった私のけじめであり、詫びだ。
 受けてくれるか? 白銀。」

 最後に両の眼(まなこ)をしっかりと見開き、強い意思を込めて武をジッと見つめるみちる。
 そんなみちるの様子に、武は精一杯の感謝を込めて頷く。

「―――ありがとうございます、大尉。
 オレは、大尉が言ってくれたような立派な人間じゃないですけど……
 それでも、1人でも多くの人を護れるように、オレを助け導いてください……お願いします。」

 その、武の言葉にみちるは晴々とした笑顔を見せ、疲れ果てた部下を解放する事にした。

「そうか、受けてくれるか……ありがとう、白銀。
 よし、それでは今日はもうゆっくりと休め。」

「はい。お休みなさい、大尉。」

 みちるの部屋を出て、自室に帰る武の胸は、何か暖かいもので満たされていた。
 武は、自分が歩いてきた道と、これから歩いて行こうとしている道、その両方をみちるに肯定してもらえたように感じていた。




[3277] 第10話 人類の希望 +おまけ
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/14 17:18

第10話 人類の希望 +おまけ

2001年12月26日(水)

 08時26分、B19フロアのシリンダールームまで霞に会いに来た武は、室内に設置された純夏のメンテナンスベッドとその周辺機器を目の当たりにすることになった。
 機器を操作していた夕呼が、入室した武の方を一瞥すると、声を掛けた。

「どっちに会いにきたの? 社? 鑑?……―――あたし……ってことはないか。」

 半ば捨て鉢に言い捨てる夕呼の姿には、疲労が色濃く滲んでいた。

「夕呼先生、寝てないんですか? 少しは身体を大事にしてください……」

「あたし抜きでも仕事が進むように指示は出したから、これから寝ようと思ってたとこよ。
 社は先に休ませたけど、夕方には起きるでしょうからその頃にまた来なさい。
 鑑は―――って、言わなくても解ってるって顔ね。」

「はい。―――で、『甲20号作戦』は予定通りの日程で実施するつもりですか?」

「ッ!―――そうよ。だから、例の件は今日の夜までに決めるわ。」

「……そうですか。じゃあ、全てが上手くいけば、2週間後の『甲20号作戦』には凄乃皇が2機投入できますね。」

「…………そうね、完全稼動する00ユニットの干渉ならば、鑑を起こせる可能性は高いから……」

「先生、本当に顔色悪いですよ。夕方にまた来ます、続きは先生の元気が戻ってからって事にしましょう。」

「はぁ~~~~~ッ! あんたにまで気を使われるようじゃ、あたしもお仕舞いよね~。
 はいはい、さっさと寝て、調子を取り戻しとくわ。じゃ、また後でね~~~~。」

 首を数回まわして、お気楽な調子を取り繕うと、夕呼は武を残して退室していった。
 後に残された武は、『最上』で別れた時と変わらず、苦悶の表情のままの純夏に辛そうな視線を投げかけると、髪を優しく撫でて語りかける。

「純夏……必ずオレが起こしてやるからな……必ず、オレが…………」

 武の声に応えるものは無く、室内には検査機器の作動音のみが響いていた。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

「―――っ! ちょっとあんたっ!!」

 11時57分、1階のPXにやって来た武に、いきなり大声が掛けられた。

 ここに来る前に、陽動支援機の運用評価試験に関係した部署を廻って来た武は、あちこちで声を掛けられたり、肩を叩かれて賞賛されたりしてきていた。
 極秘任務と言いながら、『甲21号作戦』自体は公式に国連第11軍全軍に発令されたものなので、その結果は横浜基地の全員が知っている。
 そして、A-01部隊の出撃はともかく、凄乃皇弐型の巨体が出撃していく姿は、基地要員の多くが目撃しており。秘匿のしようがなかった。
 まして、武は『XM3』トライアルの時に、発案者として大々的に周知されていたので、副司令直属の衛士として広く知られている。
 おまけに、『遠隔陽動支援機構想』には、技術部や整備班などの多くの人員が関わっていたため、武が作戦参加したという噂は基地全要員の間で暗黙の了解となっていた。
 軍機に配慮されているのか、具体的には何も言われないものの、すれ違う人々の殆どが、祝福や感謝の言葉を述べていった。
 そんな調子だったので、感覚が麻痺していた武は声に反応するのがやや遅れてしまったのだが―――

<バシッ!!>
「―――うごッ!!」

 ぼーっとしていたところで、急に背中に強烈な一撃を貰い、武は驚いて奇声を発してしまった。
 慌てて声の主の方を見ると、京塚のおばちゃんの満面の笑顔があった。
 京塚のおばちゃんは、武の背中をバシバシ叩きながら一方的に話しかける。

「―――武ッ! あんたえらいよ! 無事で帰って来るのが一番えらいんだよ!
 ―――昼御飯だろ? サービスするからいっぱい食べていきな!
 夕飯は時間がちょっと遅くなっちまうけど、ナイショで祝勝会をひらいてやるからね! 楽しみにしといでよッ!!」

「―――おばちゃん……ただいま! 祝勝会? マジで!? じゃあ、おばちゃんのご馳走、楽しみにしてますッ!」

 話したいだけ話し、叩きたいだけ叩いた後、豪快に身体を揺すりながら調理場へと戻っていく京塚のおばちゃんに、武は返事をした。
 すると、武のその声を聞きつけたのか、PXの中ほどの席から美琴の声が届いた。

「タケルゥ~~~ッ! こっちこっち~~~!!」

 そこには、ヴァルキリーズ12名全員が勢ぞろいしていた。

「たけるさん~、今まで寝てたんですかぁ?」
「白銀……お寝坊さんだね。」
「まったく……あなたときたら―――」
「いや、タケルのことだ、既に特殊任務の1つや2つ、こなして来た後であろう。」

 ニコニコ笑って席を引いてくれる美琴、悪戯っぽく微笑みながら話しかける壬姫、顎に右手を当ててニヤリと笑いながら決め付ける彩峰、それを真に受けて小言を始めそうな千鶴、腕を組み何故か不敵な笑みを浮かべながらしたり顔で武を庇ってみせる冥夜。
 武は今回の戦いで失わずに済んだ大事な仲間達の姿に、暖かいものを感じながら応えた。

「さすがに冥夜は良く解っているな。
 朝から特殊任務がらみで先生の所に行って、その後は、『遠隔陽動支援機構想』の運用評価がらみで技術部と整備班に顔を出してきたんだ。」

「「「「「「「「「「「 ―――えっ! 」」」」」」」」」」」
「―――なっ! そなた、それは本当か? ……よもやタケルが休日に、そのような精勤に勤めているとは…………」

 武の言葉に、ヴァルキリーズの全員が一斉に意外そうな顔をする。
 中でも、皮肉の心算で正鵠を射抜いてしまった冥夜が殊更に驚いていた。

「オレって、そんな評価なんだな~~~。」

「「「「「「「「「「「 あはははは…… 」」」」」」」」」」」

 落ち込んで見せる武に、皆が乾いた笑いを発する中、唯一人、みちるが笑わずに発言した。

「んっ……いや、そんなことはないぞ。白銀、貴様の評価は我が隊の中で鰻登りだ。
 そうだな? 速瀬、宗像。」

「そっ……そそそ、そうですねぇえ……たぁ、確かに『陽動支援機』には助けられましたし……
 え、えっと……あぁぁぁっと、あ、後は『XM3』が無かったら、今回の激戦はきつかったですよね~。」

「そうですね。しかも、反応炉の破壊も、随伴させていたスレイプニル隊の装備運用していたS-11無しでは不可能だった。
 白銀―――おまえのお蔭だ。感謝しているぞ。」

 みちるに急に話を振られ、慌てているのか、武を褒めるのが癪に障るのか、妙にどもる水月に続き、美冴までもが武を褒める。

「そ、そうね……確かに、白銀の発想の御蔭で助かったのは事実よね。」
「―――茜、無理して褒めなくっても、白銀は気にしないと思うよ?
 でも実際、無人機ってのはあると楽だよね。ここぞってとこで、思い切り良く犠牲に出来るもんね。」

 何処と無く悔しげに武を褒める茜と、ドライな意見を爽やかな笑顔で言い切ってみせる晴子だった。

「涼宮、気ぃ使ってくれなくってもいいぞ。
 柏木の評価は正に我が意を得たりってやつだな。」

 そして、遙が例によって威力の大きな発言を、ほんわかとした調子で放り出す。

「うんうん。白銀大尉の事は、帝国軍の小沢提督もべた褒めだったもん。
 すごいよねぇ~。」

「え~っ! お姉ちゃん、それ本当?」

「うん。本当だよ。
 『XM3』と『遠隔陽動支援機構想』で衛士の犠牲が激減するから、帝国軍は感謝してもし切れないっておっしゃってたわよ?」

「うっわ~~~ッ、タケルぅ、誰か他所の人と勘違いされてない?」

「オレであってるだろッ!!」

「「「「「「「「「「「「 あはははは 」」」」」」」」」」」」

 PXの一角で、今日も笑顔が満開になった。
 たまたまPXに居合わせた基地の人々も、彼女らの笑顔を微笑ましげに見やると、感謝するように目礼を捧げた。
 兵士たちにとっては、彼女らの微笑が、深く長い闇夜の夜明けを告げる、輝かしい曙光に見えたのかもしれなかった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 17時05分、B19フロアのシリンダールームで武は霞から講義を受けていた。

(もしかしたら、これが最後の講義になるかもしれないな……
 霞には世話になりっぱなしだったけど、何かオレにしてやれる事ってないかなあ……
 ……そうだ、今晩の祝勝会でヴァルキリーズと打ち解けられれば、オレが居なくなっても―――)

「なあ、霞。話は変わるんだけどさ、今晩―――」

 武はそこまで言って、霞が自分を精一杯睨みつけている事に気付いた。

「―――霞、どうしたんだ?」

「…………いやです……」

「ん? 何が嫌なんだ? あ、折角教えてくれてるのに、オレが違う事言い出したから怒ったのか?
 ごめん霞、でもこの話は―――」

「違います…………そんなことじゃありません……
 ………………私、白銀さんが居なくなるの、嫌です……」

「―――ッ! 霞……」

「……純夏さんがあんな事になって、もう次の作戦が決まってて……
 ……人類の為にも、純夏さんの為にも、『そうすること』が一番なのは解っています……
 ……でも、私は白銀さんが居なくなるのは、嫌です……
 …………ごめんなさい。
 ……私……何もしてあげられません……
 ……私は……ただ待っているだけ……
 ……誰の役にもたっていません。
 ……純夏さんを目覚めさせる事も……白銀さんの力になる事も……
 …………白銀さんの、代わりに―――」

「霞ッ!!」

 突然大声で遮られ、霞はピクンッ! と髪飾りを跳ね上げ、目を大きく見開いて武を見上げた。

「―――いいんだ、霞! そんなこと言わなくて良い。
 オレも夕呼先生も、おまえが……オレ達の本当の気持ちを知ってくれてるだけで……本当に救われるんだ……
 だからそんな寂しいこと言わないでくれ……
 そんな事言ってたら……純夏だって悲しむぞ。」

「ごめんなさい……」

「謝らなくて良いよ。わかってくれればそれで良いんだ。
 オレこそ、中途半端に後ろ向きな事考えて、おまえを不安にさせちゃったんだな。
 ごめんよ、霞…………
 よしッ! オレは絶対に純夏を目覚めさせて、地球上のハイヴを全部ぶっ潰してやる!
 だから、霞はそれを見届けて、全部終わった時に褒めてくれッ!!」

 武は笑顔で宣言して霞に目線の高さを合わせてじっと見つめた。

「………………
 ………………はい、約束です。」

 頬を微かに染めて、コクンと頷く霞。
 と、そこへ突然声が掛かった。

「―――あんた達、なに見詰め合っちゃってるわけ?
 白銀~、あんた、ループ条件忘れちゃってないでしょうね~」

 声の主は夕呼だった。

「わ、忘れていないですよっ!
 今後の決意を霞に聞いてもらっていただけですッ!」

「あ、そ。あんた好きよね~、決意表明。
 ま、そんな事はいいわ。今回の運用評価試験に関して、あんたにも話しておくわね。」

「ッ!!―――はい。」

「帝国と国連本部の連中は大喜びよ―――特に煌武院悠陽殿下からは、今朝の佐渡島ハイヴ排除を内外に知らせる臨時放送で、国連軍に向けた格別の謝辞を頂戴したわ。
 こっちは全て、佐渡島ハイヴの攻略をG弾抜きで成功させた事による効果ね。
 みんなして、あんまり手放しで喜ぶもんだから、リーディング情報の公開は見合わせる事にしたわ。
 米国ではオルタネイティヴ5推進派が大慌て、今朝から基地の憲兵隊が総出で工作員を摘発してるわ。
 今回の結果で、オルタネイティヴ5推進派は虫の息よ。
 鑑の状態が露見でもしない限り、もうあいつらは無視しても構わないわね。
 BETAに国土を占領されている国家群は、一斉にオルタネイティヴ4の支持を表明してるけど……連中何を勘違いしてるのかしらね。
 凄乃皇は00ユニットの機能拡張計画に過ぎないってのに、浮かれちゃって……
 00ユニットこそが人類の切り札だってことが解ってないのよねぇ~。
 まあ、佐渡島ハイヴで、G元素を補充できた事も、凄乃皇の継続使用って点じゃ大きいんだけどね。
 で、本命のBETAのリーディング情報の方なんだけど、これがもうバッチリ―――予想以上の大成果よ!
 地球上に存在する全ハイヴの『地下茎構造(スタブ)』のマッピングデータや戦力の配置情報が手に入ったのよ。
 勿論……BETA地球攻略の司令部である、オリジナルハイヴのデータもね。」

「―――すっ……凄いじゃないですかっっ!!」

「まあね~。次の『甲20号作戦』では、敵の配置から『地下茎構造』のマップ、戦力配備数も全てわかった上での話になる。
 今までのハイヴ攻略戦とは質が違うわ―――ただし、現状でこれをやり遂げるには……」

「―――00ユニットの存在がなければ、戦力が足りない……ですか?」

「そういう事ね。今回の作戦での帝国軍の損害が予想以上に大きすぎたわ。
 てことで白銀、色々検討してみたんだけれど、やっぱあんたに頼む事にするわ。」

 事のついでの様に口にされた夕呼の言葉に、霞はハッと顔を上げた。

「良かった……先生がオレに内緒でヴァルキリーズから素体を選んだら、どうやって阻止しようかと悩んでたんですよ。」

「あたしがその気になったら、阻止なんてさせるわけないでしょ?
 でも、それを強行したら、あたしはあんたという駒を失う可能性が高い。
 同じ失うなら、あんたを素体にして、伊隅達を手駒として残した方が得―――そういうことよ。
 まあ、現在00ユニット候補の中で一番適正が高いのはあんただしね。」

「へえ、そうなんですか? これって喜ぶべきなんでしょうね。」

 苦笑を浮かべて問い返す武に、ニヤリと笑って応える夕呼。

「勿論よ。―――てことで、この後の祝勝会が終わったら、あんたには00ユニットへの人格転移手術を受けてもらうわ。
 手術って言っても、別に解剖したりしないから安心しなさい―――麻酔で眠ってもらうくらいよ。」

「まあ、まな板の上の鯉になった気で臨みますよ。
 ヴァルキリーズには、オレも純夏も、先生の特殊任務って事で説明しますね。」

「そうね。じゃ、祝勝会に向かうとしましょうか。
 社、あなたも来なさい。」

「………………はい。」

 かくして、純夏を残し、3人はPXへと向かった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 19時03分、1階のPXにヴァルキリーズと武、夕呼、霞の15人が揃っていた。
 PXには何人か他部隊の兵士もいたのだが、夕呼の『あんた達、邪魔!』の一言で追い払われてしまった。
 そして、今は入口のところに夕呼の署名入りの『貸切』の看板が出されていた。

「さ~て、全員飲み物持ってるわね~?―――じゃ、始めるわよ~。
 今日は、どっかの誰かさん達のお蔭で、佐渡島ハイヴが排除されてコリャ目出度いって事で、頑張ってくれたどっかの誰かさん達のための祝勝会を開くわよ~。
 あんた達ぃ……見も知らぬ他人のために祝勝会開くだなんて暇人ね~~~。」

 夕呼が茶化すと、全員が苦笑した。

「て~ことで、佐渡島奪還に、くぅわぁあんぱぁ~~~~いッ!」

「「「「「「「「「「「「「「 かんぱーいッ 」」」」」」」」」」」」」」

 乾杯が終わり、手に持つグラスの中身を一気に飲み干すと、夕呼は全員に向け注意を促した。

「はいはい、食べ物に手を出す前にちょっと聞いてね~。
 終わったばっかで悪いけど、次の作戦が既に動き出しているわ。
 次の目標は『甲20号目標』よ。
 一応早ければ2週間後に実施されるわ。
 あんた達の機体はオーバーホールされてるけど、次の出撃までにはS-11が積み込まれる―――つまり次もハイヴに突入して反応炉を破壊してもらうわよ。
 今回の情報収集の成果として、『甲20号目標』の『地下茎構造』と初期戦力配置の詳細データが得られたわ。
 ―――あ、これは一応機密だからそのつもりでね~。」

「「「「「「「「「「「「「「 ―――ッ!! 」」」」」」」」」」」」」」

「そのデータは明日にはシミュレーターに反映されるから、しばらくはシミュレーター演習で腕を磨きなさい。
 じゃ、真面目な話はこれでお仕舞い。今晩のとこは、たぁ~っぷり、楽しんどきなさい。
 じゃね~。」

 夕呼は次の作戦について触れた後、いつもの不真面目な態度に戻ると、そのままPXを出て行った。
 夕呼なりに、自分がいては……と、気を使ったのかもしれないが、今夜の準備もあるのだろう。

「さてと、お腹空いた~~!」
「いただきまぁ~~す!」
「うわあ! 美味しいです~!」
「ほんとだ~、おばちゃん、何これ?」
「いつもと同じ材料なんだけどね。ちょっとした工夫で別の料理になるんだよ。」
「確かに、通常の品書きには無いものばかりですね。」
「まあ、量を作るのには向かないものばっかりなんだけどさ、今日は特別だからね!」
「見た目も、いつもよりも華やかだね~。さすが京塚のおばちゃんだ。あ、霞ちゃん次はこれ、美味しそうだよ……」
「…………おいしいです。」

 夕呼が姿を消すと、立食形式の祝勝会の始まりである。
 茜が真っ先に空腹を訴え、料理の載ったテーブルから離れた場所に立っていた美琴が瞬間移動のように料理に駆け寄り、元207訓練小隊の全員が我も遅れじと料理に手を出す。
 彩峰は無言ではしを素早く往復させ、千鶴はやや離れた場所で先任達と談笑しながら、晴子は自分が食べるよりみんなの様子を眺めるのに熱心な様子だった。
 霞も目をぱちくりさせながら、晴子が取り分けてやる料理を食べていた。
 京塚のおばちゃんは追加の料理を運びながら、満足気に茜や冥夜の相手をしている。

 本来ならば、彼女らと争うように貪っていそうな武なのだが、今日に限っては飲み物だけを手に、離れてそんな光景を眺めていた。
 すると、みちるが歩み寄ってきて、武に静かに話しかける。

「どうした? 貴様は今回の作戦の立役者だ、他の中隊とは言えA-01に違いは無い―――遠慮する事はないぞ?」

 と、目を細め、唇の片端をキュッと上げて言うみちる。
 しかし、武が応える前に表情を改めると、小声で尋ねる。

「鑑は回復していないのか?」

「ええ……一応、表向きには今回の作戦で収集された情報の解析任務で忙しいって事にします。
 ただ、容態は安定してるので、命の危険などはありませんから……
 次の作戦の話を、夕呼先生がした位ですし、それまでには回復させますよ。
 ああ、その件もあって、明日からオレは特務の方に掛かりっきりになると思います。
 シミュレーター演習には参加できませんけど、運用出来ると思ったらスレイプニル隊の機体も加えてみてください。
 データはピアティフ中尉あたりに言えば、用意してくれると思いますよ。」

「…………白銀……貴様、妙に口数が多くないか?―――まさか……」

 簡潔な自分の問いに長々と言葉を連ねる武を見やり、訝しげに眉を顰めたみちるが何か問いかけようとした矢先、少し離れたところから声が掛かった。

「おやおやぁ~? 大尉殿が2人して、一体何の悪巧みですかァ?」
「ちょっと水月、邪魔しちゃ駄目だよ……すいません大尉―――あっ―――えっと、伊隅大尉に白銀大尉。」

 興味津々といった様子の水月と、それを嗜める遙のコンビだった。

「―――あ、涼宮中尉、オレの事は呼び捨てにしてください。」
「ん~……じゃあ、白銀君って呼ばせてもらうね。で、お邪魔じゃなかった?」

 と、和やかに会話を成立させた武と遙の隣では、みちるに睨まれた水月が脂汗を流していた……

「―――ん? 速瀬、貴様何故料理を手にしている? 確か晩飯5日抜きだったはずだぞ?」
「げ……大尉ぃ~勘弁してくださいよぉ~、こんな大盤振る舞い年に1度あるかないかなんですからぁ~。」
「ふ……まあいい。宗像、風間、遠慮しなくてもいいぞ、ちょっと来い。」

 半泣きで懇願する水月を笑って許すと、みちるは遠巻きに様子を窺っていた美冴と祷子を呼ぶ。

「さて、副司令の任務を部隊から欠員を1名も出さずに完遂するなど、実に久しく無かった快挙だ。
 これは偏に貴様らが新任共を厳しく鍛えた成果でもあるが、部隊に配属されて以来席を暖める暇も無かった、この出戻り中隊長の活躍に負う所も少なくない。
 実戦も共にした事だし、加えて本人の希望もある。
 他の新任同様、後輩として可愛がってやれ、いいな?」

「「「「 了解っ! 」」」」

「ふっふっふ……白銀ぇ~~~、やぁあ~~~っと、大尉のお許しが出たわぁ~~~。
 明日から早速扱いてやるから、楽しみにしてなさいよン。」

「―――あ~、速瀬、言い忘れたが、白銀は明日からしばらく特殊任務に専念せねばならないそうだ。
 鑑がこの場に居ないのも、同じ理由だ。
 恐らく、貴様の晩飯抜きが終わった頃には復帰するだろう、万全の体調で扱いてやるんだな。」

「くぅ~~~~ッ! なぁあんて運の良いヤツなのッ!! せっかく晩飯の恨みを晴らしてやろうと思ったのにッ!!!」

「それじゃ、ただの八つ当たりじゃないですかっ!」

「まあまあ、そう怒るな白銀……速瀬中尉も色々と積り積もったアレやコレやを発散する矛先に飢えているんだ……
 黙って、受け止めてやってくれ……」

「むぅ~なぁ~かぁ~たぁ~~~っ!!」

「あらら、また始めちゃったね。」

「いつもの事ですわ。
 それよりも、白銀さんは立場が微妙ですから、色々とご説明しておいた方が良いのではないでしょうか。」

「む。そうだな……ヴァルキリーズとは今後も別行動を取ることも多いだろうし、近い将来、鑑以外の部下が着任する事もあるだろう。
 指揮官教育も済ませていないようだし、今日は我々でみっちりと仕込んでやるか。」

「―――はぁ?……って、まさか今から講義ですかッ?」

 行き成り怪しくなった雲行きに、情けない声を上げる武。
 しかし、一同は穏やかに笑って、その疑念を払拭する。

「おいおい白銀。我々とてこの祝勝会をフイにする気は無いぞ。
 単に、談笑の話題に貴様の為になるものを選んでやると言っているだけだ。」

「うふふふ。白銀君て結構あわてんぼさんなんだね。
 そういう時は、内心を押し殺して、平然としてた方がいいんだよ。」

「そうねぇ~、遙なんか、ぜぇ~んぜん、態度変わんないもんねぇ~。
 怒ってる時だけは、顔が笑ってても気配でわかるけど。
 白銀ぇ、あんたも遙だけは怒らせないようにしなさいよぉ~。
 怒らせると、うちの隊で一番怖いわよ。」

 早足で逃げる美冴を追いかけて、PXを一周してきた水月が遙にツッコミを入れる。

「もうっ、変な事言わないでよ、水月。白銀君が誤解しちゃうじゃない。」

「まあ、人は見かけによらないと言う事だ、白銀。
 お淑やかそうな祷子は隊で一番の早食いだし、大尉も思い人の事になると途端に崩れる。
 この速瀬中尉でさえ、普段の態度からは想像もつかないだろうが、実はとても臆病で繊細な部分を持っているんだ。
 心の強さで言えば、涼宮中尉の方が数段上なんだぞ?」

「そういった印象と本質の差は、人を率いるという立場柄、自らの行いを律して部下を安心させる責任があるからですわ。
 白銀さんも、遠からず直面する事ですし、覚えておいてはいかがかしら。
 それに、美冴さんだって本当はとても純情で可憐なかたなのよ?」

「そうそう、コイツと来たら、クールな素振りしちゃってるけど、実はプラトニックに想い続けてる男が居てさぁ―――」

 その後も、入れ替わり立ち代り、他のヴァルキリーズとも談笑する為に時折席を外しつつ、ヴァルキリーズ首脳陣は上官としての心得や、各人の為人(ひととなり)、果ては恋愛話に至るまで、微にいり細を穿って武に聞かせた。
 恐らく、今後なかなか機会を得られそうに無い武に、部隊の仲間として、指揮官として、伝えておきたい事が多いのだろうと、武は感謝しつつ謹聴していた。
 ―――のだが……

(ううううう……オレだって京塚のおばちゃんのご馳走を食いたいのにっ!!)

「……はい、白銀さん、差し入れです。」

 心中で涙を流す武に、霞が料理を盛り合わせた皿を差し出した。
 その霞の背後では、晴子がニッコリと笑っていた。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 21時13分、B27フロアの廊下を、盛況の内にお開きとなった祝勝会から、その足でやって来た武と霞が歩いていた。

「霞、楽しかったか?」

「はい……料理もとても美味しかったです。
 それに……皆さん、とても優しくしてくださいました。」

「そうか、よかったな……
 で、オレの手術には、霞も立ち会うのか?」

「はい……私は、人格の転移状況を、リーディングで観測します。」

「そっか―――無理しないようにな……っと、この部屋か?」

「……そうです。」

 霞に確認を取って、入室する武。
 室内には機材に囲まれたベッドが2つ。
 そして、一方のベッドには国連軍衛士の制服を着た『白銀武』が目を瞑って横たわっていた。
 その『白銀武』の傍らに立って、仔細を眺める武。

「すっげぇ~。まるっきり自分の死体が転がってるようにしか見えないや。」

「当たり前の事言ってんじゃないわよ。
 遅かったわね、白銀。
 00ユニットへの人格転移手術の準備は、とっくの昔に終わってるわよ。」

 機材の後ろから姿を見せた夕呼が武に文句を言うと、武は即座に謝罪する。

「あ、先生。お待たせしてすいませんでした。」

 何しろ、これから自分の生殺与奪を握る人物だ、下手に刺激できないぞ……と、そこまで考えて、武はバカらしくなった。
 そもそも自分の生殺与奪は最初っから夕呼に握られっぱなしだという事実に気が付いたのだ。
 夕呼は武のそんな内心を気にもせずに、軽い調子で指示を出す。

「ま、人間としての最後の晩餐になるんだろうし、許してやるわよ。
 はい、そのベッドに寝て……上着は脱いで下着だけになってね。
 体の各所にセンサーを付けるから、ちょっと大人しくしてなさい。
 ―――ん?そう言えばヴァルキリーズに社で丁度13人じゃないの……あっははは。
 白銀ぇ、あんた、救世主(メシア)になれるかもよ?」

「え?オレを足したら14人になっちゃいますよ?
 それとも、『この世界』じゃ、使徒の数は13人だったんですか?」

「ばかねぇ、12人に決まってるでしょっ!
 ダヴィンチの絵画の話よ。イエスと12使徒で13人、おまけでナイフを握った謎の人物で合計14人よっ!
 今晩の晩餐でナイフ握って隠れてたの、誰かしらねえ~~~。」

「こわッ! 嫌な冗談やめてくださいよ、先生。」

 ひとしきり馬鹿な話で笑いあった後、夕呼は武の頭部をすっぽりと覆い隠すBCU(ブレイン・キャプチャー・ユニット)を被せると、真面目な顔をして武に話しかけた。

「白銀。―――これから麻酔を投与する人間が言うこっちゃ無いとは思うけど……
 意志を強く持ちなさい。―――麻酔で寝ようが、体が死のうが…………例え人間でなくなったとしても。
 それでも、鑑を、仲間を、人類を救うのは自分なんだと……BETAを必ず殺し尽くすと。
 強い意思は世界の在り方にさえ、影響を及ぼせる可能性があるわ。
 ―――それは……意志の力は、人間の脳内のちっぽけな電気現象なんかじゃなくて、世界の根幹に関わる事の出来る、因果律に近しいものに違いないわ。
 だから、強い意思で以って、手術の成功を、人類の未来を、より良い確率分岐した世界をその手で引き摺り寄せなさいッ!」

「―――はいッ!!」

「じゃ、白銀、人類の希望をあんたに託すわ。
 社、手術開始……」

「はい……白銀さん、頑張ってください。」

 ―――そして、全身麻酔が投与され、武の意識は途切れた……






*****
**** 7月7日純夏誕生日のおまけ、何時か辿り着けるかもしれないお話 ****
*****

どこかの確率分岐世界
2002年1月16日
―――鉄源(チョルウォン)ハイヴ 最下層―――

「霞、こんなところまで付き合せちゃって、悪かったな。」

「……いえ、純夏さんの、ためですから。」

「ああ、このBETA調整用バイオプラントを横浜に持って帰れば……」

「……はい、がんばりましょう。」

 2人の乗る『不知火』複座仕様の周囲では、『陽炎』改修型陽動支援戦術機20機が周囲のバイオプラントで生れ落ち続けるBETAを、片っ端から殲滅していた。



―――そして、半年の月日が流れる…………



2002年7月7日
12時16分
―――B27フロアの一室―――

 ベッドに横たわっている少女が一人。
 身体には何もまとわず、生れ落ちたばかりの赤子すらかくやと思えるような、傷一つない、艶やかで滑らかな、瑞々しい肌を晒していた。
 ベッドサイドには霞と夕呼の姿があり、夕呼は先程まで使用していたであろう測定機器を外し終った所だった。

「社、シーツかけてもいいわよ。」

「……はい。」

「―――後は眠り姫が目覚めるのを待つだけよ。じゃ、あとは適当にね~。」

 ひらひらと手を振ると、夕呼は部屋から出て行く。
 そして、出て行った先には男が一人、心配そうな表情で夕呼へと早足で歩み寄る。

「……先生…………」

「あんた、そうやってると、出産に立ち会う馬鹿旦那みたいよ?
 鑑の状態は調整を行ったあんたが一番良く知ってるでしょ?
 何の問題も見つからなかったわ。
 まさに、生まれ直したような状態よ。
 肌なんか艶々で、傍で見てて嫌になっちゃうくらい。」

「そうですか―――先生、我儘を許していただいて、ありがとうございました!」

「―――止めなさい。あんた達はその我儘を通せるだけのものを人類にもたらした。
 これは正統な取引よ。
 鑑が目を覚ます前に、側に行ってやんなさい。」

「―――はい。」

 男は夕呼に頭を下げると、素直に部屋の中へと入って行った。

 そして、この日、柊町は十数年来絶えてなかった、良く晴れた七夕の夜を迎えた。
 ―――1人の少女の、目覚めと共に…………




[3277] 第11話 失われた時間
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/07 17:18

第11話 失われた時間

2001年12月27日(木)

(ん……なんだ? パステルカラーの漫画みたいな夢だなー。)

 武は夢を見ていた。
 夢の中では『ヘタレ絵』とでも呼びたくなるようなデフォルメされた画風で、国連軍横浜基地とBETAが描かれていた。
 動く紙芝居か出来の悪いアニメのように、BETAがカクカクと動いている。
 BETAといっても、あの圧倒的な物量ではなく、背景なのか全然動かない要塞級と、前後にスライドするように水平移動して、横浜基地に体当たりし続ける突撃級と要撃級が1体ずついるだけだった。
 その代わり、突撃級と要撃級の大きさは横浜基地の地上施設と同じくらいの大きさで、基地の左右から交互に体当たりしていた。

(あ~、なんか平和だな~、こうしてみるとBETAもあんまり気持ち悪くないかもな~……
 あー、でも、なんか妙にリアルな効果音が聞こえてきたぞ…………
 これは……金属製の扉が物凄い力で叩かれてひしゃげるみたいな―――ッ!!)

 武が上体を起こし、音源のドアの方を見るのと同時に、そのドアが吹き飛ばされ闘士級(ウォーリアー級)BETAが1体、姿を見せる。
 そして、そのBETAから武を庇うように両手を広げて立ち塞がる霞の背中。
 その霞に向けて腕を振り上げて突進する闘士級―――

「……白銀さんは、私が……護ります!」

「―――霞ッ!!」

 武は、霞を抱え込むように引き寄せると、背中からベッドの反対側に転がり落ちた。
 直後に轟音と共に真ん中でひしゃげるベッド。
 武は中腰になり、脇に霞を庇うように抱えるものの、その時には既に腕を振り上げた闘士級が間近に立ちはだかっていた。

(―――くっ……これまでだっていうのかよっ!!)

 BETAを睨みつけ、腕が振り下ろされる瞬間を待つ武……しかし、腕は一向に振り下ろされなかった。
 訝しみながらも、BETAを睨んだまま、武はそろそろと後ずさる。
 BETAは立ち止まったまま、追ってこない。
 しかし、武が出口の方へ回り込もうとすると、邪魔をするように移動する。

(……なんだ、こいつ……どうして襲ってこない?……なに考えてやがんだ?)

 武がそう考えた瞬間、00ユニットの仕様に基づいて搭載されたリーディング機能が起動した。
 武の脳裏に、枝分かれしたり再び合流したりする図形が、高速でスクロールし変化していく無着色のイメージが浮かぶ。
 そして、それを言語として、武は理解することができた。

(なんだって?―――優先条項により、戦術行動序列を変更?
 序列1位、知的生命体の疑いがある対象の保護―――序列2位、当該対象の情報を上位存在へ報告―――序列3位、当該対象の捕獲―――序列4位、当該対象の観察。
 …………当該対象って、もしかして、オレか?―――そうか、今のオレは00ユニット、つまりBETAに生命体として認識される可能性があるのか……
 しかし、だとしても手詰まりには違いない……てゆーか、なんで横浜基地にBETAがいるんだ?)

 疑問について考えた途端、さっき夢だと思っていたイメージが頭に浮かぶ。
 武が横目でチラッと霞を見ると、霞がコクンと頷く。

(そうか、あれは霞がプロジェクションしてくれたイメージだったのか。
 オレが寝ている―――起動に手間取ってる間にBETAが横浜基地を襲撃したんだな。
 てことは……この部屋は手術を受けるために入った部屋と同じだから―――ッ!! B27フロアまで侵入されたってのかよ。
 凄乃皇が格納されている90番ハンガーもこの階なんだぞ?……やばすぎるって……)

 と、その時、入口の向うに倒れこむ機械化歩兵の姿が武の目に映った。
 武がその機械化歩兵の安否を心配すると、機械化歩兵装備のバイタルデータと各種ステータスが頭に浮かぶ……いや、浮かぶというより、既に知っていた事を思い出すかのようだった。

(―――!! これが、思考波通信素子による非接触接続か……よし、遠隔操作できるぞッ!
 まずは立ち上らせて、チェーンガンの照準を……
 よし、これで後は、闘士級の位置を誘導して……)

 武がそこまで考えた時、闘士級は急に反転すると猛スピードで入口から抜け出し、あっと言う間に走り去ってしまった。
 あっけに取られる武……しかし、さしあたって助かった事に違いは無いので、今の内に安全を確保する事を考える。
 機械化歩兵は既に息絶えてしまっていたが、強化装備の情報に数十分前に広域データリンクからダウンロードされた情報が残っていた。
 武はその情報から、90番格納庫からB19フロアへのリフトが現在も機能している可能性が高いことを知った。

「よし、霞、司令部に行こう。」

「……はい。」

 武はB27フロアに配置されていた機械化歩兵の装備を回収し、遠隔操作可能な3機を護衛にリフトへと向かった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B19フロアの中央作戦司令室には、陰鬱な空気が立ち込めていた。

 既に打てる手はほぼ打ちつくし、最後の手段を実施すべく現在作戦遂行中の部隊が、結果を出してくれる時を待ち望んでいた。
 指揮下の戦力も殆どなく、残存部隊への指示も途切れがちになりつつあった。
 BETAの増援は未だに続いていたが、先刻帝国軍の戦術機甲部隊が来援し、基地に侵攻するBETAを漸減してくれていた。
 しかし、元より彼らは国連軍指揮下には無い。
 横浜基地司令部に出来る事は、帝国軍部隊からの要請に従い、何とか維持運用できている航空支援部隊を派遣する事くらいしか残っていなかった。

 そして、最後の希望を担って出撃して行った部隊からの連絡は―――未だ絶えて無かったのだ…………

 と、その時、突然場違いとも言える覇気のこもった声が、会話の途絶えた中央作戦司令室に響き渡った。

「夕呼先生っ! いま戻りましたっ!!」

「―――ッ!! 白銀?!」
「むぅ! 白銀大尉か!!」

 呼びかけられた夕呼と、本来申告を受けるべき最上位者のラダビノッド基地司令が武の方へ振り向いた。
 一瞬喜色を浮かべたものの、また沈痛な面持ちに戻った夕呼が、武に状況を説明しようとする。

「白銀―――最早状況は……」

 しかし、夕呼の言葉を武は遮り、自分の質問を投げつけた。

「司令部で把握している限りの戦況は既に分析済みです。
 その上で、反応炉破壊の方針を維持するのかどうかだけ、決めてください。
 その方針に従って、オレも出撃します。」

「出撃って―――くっ……今は時間が無いわね、ちょっと待って……………………
 ―――再検討したけど、反応炉破壊以外にBETAを押し留める方法は思いつかないわ。
 悪いけど……破壊して頂戴……」

「了解です! では白銀武大尉、反応炉破壊のため出撃しますっ!
 詳細は強化装備着用後の通信で申告します。」

「わかったわ。現状で可能な全ての手段を無制限に許可するから、必ず反応炉を破壊しなさい!
 よろしいですね? 司令。」

「むぅっ!……現状他に術はない、か……白銀大尉、基地の命運、貴官に託すぞ―――貴官の奮闘を期待するっ!
 ―――基地の全部署、全部隊へ通達!
 司令部はA-01部隊所属白銀大尉に反応炉破壊を下命。各員は総力を挙げて彼を支援せよっ!
 我が基地の存亡を、彼に託すっ!」

 武の00ユニットとしての能力を知る夕呼とラダビノッド基地司令は、その能力に望みを託し武に全てを委ねた。

「―――了解! じゃあな霞、ここで待っててくれ、みんなを連れて帰ってくるからな。」

「……はい、待ってます。」

 武は中央作戦司令室に霞を残すと、踵を返して走り去っていった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

(こいつにオレが乗ることになるとはな……冥夜、悪いけど勝手に使わせて貰うぞ。)

 B1フロア、A-01部隊用ハンガーで、強化装備を着用した武は紫色(ししょく)の『武御雷』を見上げて冥夜に詫びる。
 と、そこへHQから通信が入る。

「―――白銀? 御剣から通信が入ったわ。そっちに繋ぐから、後よろしく。」
「―――副司令?! 一体どういう……」
「今は、オレが全権を任されてるんだよ、冥夜。状況を報告してくれ。」

 夕呼からの簡潔な通信に被るようにして、状況が把握できていないらしい冥夜が発言する、武はそれに更に被せるようにして、報告を求めた。

「なっ―――解った。では報告するぞ。
 反応炉ブロックは既にBETAで充満している。補給を終えて反応炉守備に当たるBETAも最終確認時点で大隊規模となっていた、恐らく更に増加しているであろう。
 大尉はメインシャフトの最下層を攻撃発起点として維持し、3発のS-11を接続した反応炉爆破担当機を1機ずつ反応炉へ突撃させ、残る全機で反応炉ブロックの入り口まで担当機の進撃路を切り開く作戦を立案。
 爆破担当機は、彩峰、宗像中尉、速瀬中尉の順と―――「もういいッ!!」―――タケル?」

「基地司令より託された全権を以って命ずる! 御剣少尉は即時原隊へ戻り、現作戦中止を通達、攻撃発起点を維持しつつ増援を待て!
 ―――復唱ッ!」

「はっ! 御剣少尉は直ちに原隊へ戻り、現作戦の中止及び来援までの攻撃発起点の維持を通達しますッ!」

「頼んだぞ、冥夜。オレが戻ってきた以上、これ以上自爆なんかさせないッ!
 すぐに行くから、それまで持ち堪えてくれ!」

「わかった……そなたが来るのを……待っているぞ!」

 データリンク上で、冥夜のマーカーがメインシャフトを下へと移動し、やがて通信途絶で消滅するのを意識しながら、武は『武御雷』に乗り込む。
 本来、殿下と冥夜にしか反応しない生体認証を誤魔化して『武御雷』を起動させる。
 そして、残存していた無人の77式戦術歩行戦闘機『撃震』5機を、遠隔制御で随伴させて出撃した。
 『撃震』の遠隔制御は部隊内データリンクを経由し、思考制御で動作指示コマンドを高速で連続送信する事で行う。
 紫の武御雷を中心として、6機の戦術機はメインシャフト最下層を目指し進撃を開始した。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 B33フロア近くのメインシャフト最下層では、ヴァルキリーズとブラッズ(斯衛軍第19独立警備小隊)で臨時編制されたα隊が、先刻戻った冥夜から通達された命令に従い、攻撃発起点をBETAから守り抜いていた。
 現状、上部から降りてくるBETA群は、戦術機には目もくれずに反応炉へと殺到している。
 そのため、反応炉からの補給を終え、メインシャフトへ出てこようとするBETAと、反応炉ブロックへと続くリフト入り口部分で押し合う形となり、そこで流れが滞っていた。

 α隊は随伴させたスレイプニル隊の『自律移動式整備支援担架』6台に満載された豊富な弾薬を消費しながら、過密状態に陥ったBETAに砲撃を浴びせ、効率よく殲滅していった。
 そのような状況であったため、『不知火』1機、『陽炎』1機、『撃震』1機、『武御雷』4機の2小隊にも満たない戦力であるにも拘わらず、攻撃発起点を維持することが可能であった。

 補給ルーチンを組んで、弾と燃料を途切らせる事無くBETAに砲撃を浴びせ続けるα隊に、待ち望んだ通信が届いたのは、冥夜の復帰から約4分後だった。

「伊隅大尉、待たせて済みませんっ!」

「白銀か? いや、それ程でもない。―――で、これからどうするんだ?」

「S-11を搭載した無人機の『撃震』を5機連れてきました。こいつらを突入させるので、突破口を開いてください。
 5機同時投入でも反応炉が停まらなかった場合は、ヴァルキリーズの3機を使って再度爆破を試みます。
 その際は、衛士はブラッズの『武御雷』に移乗してください。」

「わかった、ブラッズは前面に出て、現地点を防衛。ヴァルキリーズ各機は、直ちに多目的自律誘導弾システムを装備せよ。」

「「「「「「 了解! 」」」」」」

 みちるの命令を聞きながら、メインシャフトを逆落としに進撃する武は、押し寄せる喪失感を必死に耐えていた。

(―――オレは、また救えなかったのかッ!!
 ヴァルキリーズで生き残ってるのは、冥夜と、たまと、大尉だけじゃないか……
 くそッ!!―――今は考えるな! 悔やむのは戦いが終わってからで良い……
 一刻も早く反応炉を破壊して、犠牲者の数を1人でも減らすんだ。
 …………いや、それさえも言い訳か……一刻を争うなら、反応炉への特攻を止めるべきじゃ……
 いや、これも後だ!)

 そして、横浜基地の地下深くに、紫色の『武御雷』が降臨する。

「―――なっ! そなたその機体は!!」
「―――白銀ッ、貴様ッ!!」
「「「何をしているのです、無礼者ッ!!」」」

 愕然として、言葉を発する冥夜と斯衛軍のブラッズ各員。
 そもそもブラッズ―――斯衛軍第19独立警備小隊は、現政威大将軍煌武院悠陽殿下の、双子の妹である冥夜を護衛するために派遣されていた部隊である。
 そして、『双子は世を分ける忌児』という煌武院家の為来り(しきたり)により、その素性を隠されて姉悠陽の影武者として育ち、人質のように国連軍に入隊した冥夜を陰ながら護ってきていた。
 武が無断で乗っている紫色の『武御雷』は、本来将軍しか搭乗を許されない特別仕様機を、会う事すら許されない冥夜のために、悠陽が万難を排して下賜したものであった。
 その事情を知るが故に、斯衛の激怒は止むを得ないものであるとも言える。
 しかし、そんな斯衛を武は一喝した。

「黙れッ!!! 苦情は作戦が終わってからにしろ! 煌武院悠陽殿下の御為にも、帝国臣民の安寧のためにも、この地を再びハイヴにする訳にはいかないんだッ!」

「「「「 ッ!! 」」」」

「―――では、突入路を開いてください。α隊、吶喊ッ!!」

「「「「「「「 ―――了解ッ! 」」」」」」」

 そして、反応炉は破壊され、BETAは横浜基地から撤退していった……

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 08時12分、ブリーフィングルームのドアをノックして、武は中へと入っていった。
 中には、斯衛軍第19独立警備小隊の4名―――小隊長の月詠真那中尉と、小隊員の神代巽少尉、巴雪乃少尉、戎美凪少尉が武を待っていた。
 紫色の『武御雷』を無断使用した件について、武の釈明を聞くためであった。
 作戦終了後、夕呼の元へ報告と事後対策の相談に行っていたため、月詠達を待たせる事になってしまっていた。

 4人の視線が、入室した武に向けられる。

「「「「 ……………… 」」」」

「お待たせいました。まずは、危急の時とは言え、帝国の象徴たる紫色の『武御雷』を無断で使用しました事を、衷心よりお詫び申し上げます。
 尚、明言させていただきますが、此度の件は小官の独断にて為した事ですので、基地司令部の問責は何卒御寛恕願いたく伏して「もういい。」……」

 00ユニットとしての言語解析能力を活用して、予め用意してあった口上を途中で遮られ、深々と下げていた頭を武は上げた。
 そして月詠を見やると、何故か月詠は薄っすらと穏やかな笑みを浮かべていた。

「もういいのだ、白銀大尉。貴様らしからぬ、その口上を殿下に奏上仕る事が叶うだけで、此度の件は不問としよう。
 いや、あの危急の際に、不要に騒ぎ立てたこちらにこそ非があると言えよう。
 白銀大尉、その切は誠に御無礼仕った。どうか、我らが不始末、寛恕願いたい。」

 月詠がそう言い、頭を下げるのに合わせ、3人の少尉も頭を下げる。

「「「 どうか、お許し下さいっ! 」」」

「……え~と、じゃあ、お互い様ってことで…………良いんですか?
 オレとしては死罪も覚悟してたんですけど……」

 頭を掻きながら武がそう言うと、月詠は微笑んで首肯した。

「そうだ。そうしていただけると有難い。第一、第4計画の中枢を担う貴様を死罪になぞできるものか。」

 実を言えば、月詠は武に感謝していた。
 反応炉への自決攻撃が方針として示された際に、その決定が下されるまでの時間経過と通信途絶を理由に、伝令を1機メインシャフトの上層へ向かわせようと提案したのは月詠であった。
 みちるは、その提案の裏の意図を汲み、その突破能力の高さ等を理由として冥夜に伝令を命じた。
 そして、冥夜が戻るまでに3人がその身を礎として捧げて尚、反応炉は稼動し続けていた。

 本来であれば、冥夜は1番か2番目に自決攻撃を命じられていたはずだった。
 そして、原隊に復帰した際に反応炉が健在であれば、やはり自決攻撃を命じられることも必至だった。
 いっそ、自身が代わりになれればとまで考えた月詠であったが、それは叶わぬ希望であっただろう。
 国連の基地は、国連兵が守り抜くべきなのだから……
 それ故、水月が散った後、冥夜が戻った時には、月詠は瞑目して冥夜の最後を見届ける覚悟をした。

 しかし、冥夜がもたらした命令により、自決攻撃は中止となった。
 そして、武の操る無人機5機の吶喊により、反応炉の破壊は完遂され、冥夜はその命を散らさずに済んだ。
 決して口には出せぬ事ではあるが、月詠にとって、それは何よりも喜ばしい事柄だったのだ。
 それ故、元々武の責任を問う心算はなく、いざとなれば己が一身に責を負う覚悟をしていた。

 が、それすらも、武を待つ間に解決してしまっていた。
 横浜基地防衛の増援として派遣されてきた斯衛軍第16大隊の指揮官が、殿下よりの勅書を携えて横浜基地へやってきたのだ。
 16大隊は、結果的には防衛戦が終わり、追撃戦に移った直後に来援したのだが、殿下より賜ったという勅書には『横浜基地に預けある全ての機材及び人員は国連軍の指揮の下、自由に活用されたし』との一節が記されていたのだった。
 よって、事後承諾に近いものの、『武御雷』の無断使用が、問題となることはないはずであった……のだが……

「まあ、銃殺や斬首刑って事だと色々と拙いんですけど、死に場所をこちらで選ばせていただけるなら、死罪でも構わなかったんですけどね。」

 という、武の発言で、場の雰囲気は一気に胡乱な気配を漂わせ始める。

「―――? どういう、事だ?」

 訝しげな月詠の面持ちは、続く武の発言で、驚愕と悲哀に包まれる事となった。

「実はオレ、明日にでもオリジナルハイヴに特攻する事になったんですよ。
 自爆攻撃なんで、生還率0%ですから、死罪になっても最後のご奉公ができてお得かなーと。
 ま、いずれにしても、結果は変わらないんですけどね。」

 まるで冗談か何かのように、朗らかに笑って言う武に、月詠は問う。

「何故(なにゆえ)だ! 何故、然様な仕儀となるのだっ!」

「現状、佐渡島で擱坐している凄乃皇弐型を操縦できるのがオレしかいないってのが1つ。
 あと、オルタネイティヴ4の成果である一部機材を運用するには、稼動しているBETA反応炉が必須だから、てのがもう1つの理由です。
 あ、これは一応機密なんで、あまりあちこちに言わないでくださいね。
 てことで、ここの反応炉を破壊してしまった以上、オルタネイティヴ4は中断を余儀なくされます。
 そこで、将来の再開や、今後の対BETA戦を少しでも楽にするためにも、最後のご奉公で『甲1号目標』を叩いておこうってわけなんですよ。
 『甲21号作戦』で収集できた情報から、BETAの指揮系統がオリジナルハイヴを唯一の司令塔とした箒型構造だって判明したんです。
 だから、オリジナルハイヴを叩いておけば、後が大分楽になる可能性が高いんですよね。」

「し、しかしっ! オリジナルハイヴなど、叩けるものなのか?」

「弐型の荷電粒子砲だけじゃ無理でしょうね。
 なので、弐型の主機を暴走させて、G弾20発分の五次元効果でオリジナルハイヴを叩きます。
 G弾だと、迎撃されてしまえばお仕舞いですが、凄乃皇弐型には『ラザフォード場』という盾がありますからね。
 オリジナルハイヴの反応炉が、威力圏内におさまる地点まで接近できる可能性は十分あると思いますよ?」

「だ、だからと言って……」

「すいません、月詠さん。
 どうやってもこの決定はひっくり返りませんし、申し上げられる事ももうないんです。
 なぜ、この話を月詠さんにしたかは、お分かりですね?
 殿下によろしくお伝え下さい。
 ……できたら、さっきのオレの口上は抜きで……」

 武の言葉に、言葉を重ねる愚を悟り、月詠は敬礼を以って、武人(もののふ)の決意に応えた。

「白銀……大尉…………御武運を祈念仕る。」

「「「 ―――御武運を! 」」」

「ありがとうございます。
 ……そうだ、厚かましいお願いなんですが、恐らくオルタネイティヴ4は凍結されて予備計画化されると思うので、A-01連隊の生き残りともども便宜を図ってやっていただけないかと、それが白銀の最後の願いだと、殿下にそうお伝え願えませんか?」

「―――確かに奏上仕りましょう。」

「じゃあ、色々と準備もあるので、これで失礼しますね。」

 最後まで軽い態度を崩さずに、武はブリーフィングルームを後にした。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 10時00分、基地正門前に続く坂の中程、1本の桜の木と桜に寄り添うように立てられた鋼材の前に、A-01部隊の4人の姿があった。
 一面焼け野原となった感のある国連軍横浜基地であったが、シャトル打ち上げ施設とこの正門前の桜並木のある辺りは、奇跡的に被害を免れていた。

「国連軍特殊任務部隊A-01所属―――速瀬水月中尉並びに涼宮遙中尉、宗像美冴中尉、風間祷子少尉、涼宮茜少尉、柏木晴子少尉、榊千鶴少尉、鎧衣美琴少尉、彩峰慧少尉、以上の英霊に対しッ!!
 ―――敬礼ーーッ!!」

 みちるの号令に、横1列に整列し、背筋をピンと伸ばし、全員が一斉に敬礼をする。
 それぞれの胸に去来する想いは如何許りのものか……しかし、その面持ちは一様に引き締まっており、尚も人類のために戦い続ける決意に溢れていた。

「直れぇーーーっ!」

 部隊葬の際に鳴らされる葬送の空砲は省略されていた。
 それは、今も尚基地の現状把握、負傷者救助、基地機能復帰に全力を尽くす、生存者達をはばかったためであった。

 そして、帝国軍は今も尚、撤退するBETAの追撃戦を続けており、戦闘継続中であるこの時間に、数時間前に戦死したばかりの英霊に対する部隊葬が執り行われるなど異例極まりない事であった。
 しかし、この部隊葬はラダビノッド基地司令の認可の下、香月副司令の正式な命令によって執り行われている。
 それは、部隊総員14名中9名を戦いの最中に失い、実質たった4人の生存者の内1名が、今日の内にも生還を期さない任務に着くことが決まったためであった。
 それ故に、部隊葬を終え、先に逝った者達への手向けを済ませた今、皆の心は1人戦いへ赴く武へと向かう。

「大尉。オレに合わせて大事な部隊葬を慌しく執り行わせてしまい、申し訳ありませんでした。」

「詫びるな、白銀。貴様が御剣に作戦中止を命じてくれなかったら、ここには4人も居なかった筈だ。
 隊を預かる身でありながら、部下に挺身を強要せざるを得なかった自分の不甲斐なさが……いや、これは泣き言だな、済まないが聞かなかった事にしてくれ。」

 自らの力が足りなかった事を嘆きかけ、それを甘えと悟ったみちるは、己を律して失言を詫びた。
 それを受け入れつつも、部隊の皆の指揮官への信頼について、武は言及せずにいられなかった。

「はい。でも、決して強要ではなかったと思いますよ。
 みんな、大尉の判断を信じて、自分の命を惜しまずに逝ったと思います。―――なあ、冥夜。」

「うむ。タケルの言うとおりです大尉。
 我々A-01部隊に所属する者一同、元より人類のために身を捨てる覚悟は既に出来ておりました。」

「まあ、オレだけ命を惜しんで後方に下がってたわけだけど、とうとう年貢の納め時ってわけだ。
 臆病が過ぎて、罰(バチ)が当たったかな?」

「あはは……たけるさん。そんなことないですよ~。
 さっきだって、ちゃんと助けに来てくれたじゃないですかぁ~。」

「まったく、そなたときたら、このような時にまでおどけずとも良いのだぞ?」

「……そうだな、今は白銀の都合を優先するべきだろう。
 御剣、珠瀬、貴様達から皆の散り様を話してやれ。
 上官である私からよりも、その方がいいだろう。」

「「 はい。 」」

 そして、冥夜と壬姫は衛士の流儀に従い、仲間達の、そして先達たちの最後の戦いを武に語った。

 BETAの侵攻が察知され、基地内に防衛基準態勢2が発令されたのが02時20分頃。
 町田にBETAの第1陣が出現したのが03時45分頃。
 そして、今回のBETAは、過去に使用した例のない陽動戦術を実施。
 想像もしなかったBETAの陽動に、いいように振り回されてしまった横浜基地守備隊は、防衛線を簡単に切り崩されてしまい、遂に敷地内への侵入を許してしまったのが04時15分頃。

 第2滑走路のメインゲート守備に当たっていたヴァルキリーズとブラッズは、ここに至ってBETAと干戈を交える事となった。

 今回の出撃に先立ち、『甲20号作戦』に備えて、ヴァルキリーズの乗機である『不知火』がオーバーホールに出されていた事が災いし、迎え撃つ準備は万全とは言い難いものだった。
 用意できたのは、みちるが前回の『甲21号作戦』で00ユニット回収に使った『不知火』1機の他、スレイプニル隊用に改修を受けていた『陽炎』が5機、残り5機は『撃震』で間に合わせるしかなかった。
 不幸中の幸いだったのは、この時点で横浜基地所属の戦術機は全て『XM3』搭載機となっていたことだった。

 当初、順調にBETAを殲滅していたが、『撃震』での回避機動には限界があった。
 突撃前衛の支援をしていた『撃震』搭乗の美琴に、突如土中から出現した要撃級が襲い掛かった。
 反撃して相手を沈黙させた美琴だったが、右側の噴射跳躍システムを相手の攻撃が掠り破損してしまう。

 一旦ハンガーに戻って代替機へ乗換える事を提案した美琴は、みちるの許可を得て、千鶴と二機連携(エレメント)を組んでハンガーを目指した。
 ゲートが封鎖中のため地上を移動してハンガーへと向かった2人だったが、演習場から地下のハンガーへ入る直前で戦線を突破してきた大隊規模のBETAと遭遇。
 噴射跳躍の出来ない美琴機を庇いながら戦う内に、要塞級を含むBETA群に囲まれてしまい、2人は遂にその場を離脱できなかった。
 結果的に、この2人の奮闘が大隊規模BETAに対する足止めとなり、Aゲートの充填封鎖は完遂された。

 その後、戦況の悪化に伴い、ヴァルキリーズとブラッズは90番格納庫に移動し、リフト発着場の防衛に当たった。
 そして、スレイプニル隊の『自律移動式整備支援担架』6台もここに回されてきていた。

 当初の予想に反してBETAは基地内各所への分散・浸透は行わず、メインシャフトをひたすら下って反応炉を目指した。
 BETAは光線級をゲート突破まで温存し、満を持して投入してきた。
 隔壁が次々に光線級の照射を受け熔解、BETAの侵攻速度が加速したため、遂に夕呼は反応炉の停止を決断。

 立案された作戦により、遙と護衛の警備兵部隊が点検口をつたってB33フロアの反応炉制御室へ向かい、みちると水月がメインシャフトのBETAを突破して反応炉ブロックを目指すこととなった。
 その際、メインシャフトのBETAが一気に反応炉まで雪崩れ込まないように、B27フロアの90番格納庫で凄乃皇弐型予備機のムアコック・レヒテ機関を起動し、BETAを90番格納庫の隔壁に引き寄せる事となった。
 90番格納庫に残ったヴァルキリーズ7名とブラッズ4名には、陽動に誘引されて殺到してくるBETAから、凄乃皇を護り抜くよう命令が下った。

 しかし、結果的に、みちると水月の反応炉ブロックへの移動は、一時的にとは言えBETAの最下層への流入を誘発、その時流入した小型種BETAの襲撃による遙の戦死、通信回線の遮断という事態を招き、この作戦は破綻してしまう。
 そして、その破綻は90番格納庫での陽動継続を強いる事となり、戦術機11機のみで、膨大な数のBETAから凄乃皇を護り続けなければならないという、過酷な戦況を現出させた。
 さらに、HQから遙戦死の報が届くと、実姉の戦死に動揺した茜と、その茜を庇った晴子の2名が戦死するという事態を招いた。

 一方、通信途絶、反応炉制御システム破損という事態に、みちると水月は独自の判断を強いられる事となった。
 通信が完全に途絶する寸前に、夕呼から反応炉の破壊許可を得ていたため、みちるは、『甲20号作戦』に向けて、既に機体に搭載されていたS-11を使用した反応炉の限定破壊を策定。
 反応炉にS-11を時限起爆で設置した後、メインシャフトより上部へ戻り、司令部との通信回復もしくは90番格納庫の部下との合流を目指すこととした。

 しかし、反応炉に設置したS-11は設定時間が過ぎても起爆せず、止むを得ずみちるはメインシャフト上層へ、水月はS-11再設置のため再度反応炉ブロックへと戻る事となった。
 司令部との通信が回復し、反応炉完全破壊、凄乃皇の確保が方針として定まった直後、水月からの通信が入った。
 水月の報告により、S-11はタイマー部分のみが破壊され起爆が阻止されていたと判明、そこから導き出された仮説は、BETAは補給と同時に新たな命令や情報を、反応炉から得ているというものであった。
 これにより、時限起爆によるS-11の使用は効果を期待できないと判断され、残る方法は戦術機で反応炉に取り付いた上での自決攻撃のみとなった。

 かくして作戦は改められ、凄乃皇のムアコック・レヒテ機関は可及的速やかに手動にて停止、その後90番格納庫内の残存BETAの排除と反応炉の破壊を行うことと定まった。

 みちると水月は90番格納庫でブラッズや部下達と合流を果たし、新たな作戦を下命、祷子がムアコック・レヒテ機関の手動停止を開始した。
 しかし、手動停止手順を実施中に、突如出力を増大させたムアコック・レヒテ機関によって『ラザフォード場』が発生し、重力偏差による凄乃皇の巨体の崩落を誘発、祷子の機体もその崩落に巻き込まれてしまった。
 不幸中の幸いで、この崩落でムアコック・レヒテ機関は停止し、90番格納庫内のBETAの殆どが反応炉に向かって転進した。
 α隊は凄乃皇に取り付いているBETAのみを掃討した後、祷子の救助を断念して反応炉ブロックを目指した。

 α隊がメインシャフト最下層に辿り着くと、既にそこには師団規模のBETAが殺到しており、既に補給を終了したBETA群が反応炉の防衛行動を開始していた。
 短いが激しい交戦を経て、全機同時の反応炉ブロックへの突入を断念。
 自決攻撃担当機による波状攻撃を以って反応炉ブロック内のBETAを漸減しつつ、完全破壊を目指すこととした。

 そして、冥夜が作戦方針を伝えるべく伝令としてメインシャフト上部へと向かった。
 冥夜の復帰を待つ事無く作戦は実施され、彩峰、美冴、水月の順で各々S-11を3発ずつ抱えて反応炉ブロックへ吶喊した。
 突入支援を行った者達は反応炉ブロックを視認することは叶わなかったが、3人全員が反応炉の至近まで肉薄して自爆を敢行したことは、爆発の振動波から確認されていた……

「そして、そなたが全権を委ねられて、私の通信に応じたのだ。」

 と、冥夜は話を結んだ。
 武は堅く目を瞑り、湧き出てくる熱い塊を必至に堪えた。

(くそッ!! オレは……オレはまた護り損なったのかッ! 純夏に続いて大事な仲間を9人も!!
 ……しかも、仲間が必至に戦ってる間暢気に寝てたって、なんのギャグだよッ! 笑えねえよッ!!)

 武は荒れ狂う後悔を、激情を、必死に身の内に押し込めて、長い話を聞かせてくれた仲間へと謝意を述べる。

「そうか……聞かせてくれてありがとうな。
 ―――大変だったんだな。オレ、肝心な時に、役に立てなくて悪かったな……」

「そんな事ないよっ、たけるさん!」

 謝る武に、壬姫が睨むようにして必死に否定する。
 そして、冥夜も慰めを口にした後、しみじみと何か大事な想いを打ち明けるように続けた。

「珠瀬の言う通りだぞ、武。
 そなたと鑑は特殊任務で居合わせなかったのであろう? それは如何とも仕様のない事だ。
 ―――それにな、榊も、彩峰も、鎧衣も……皆、口では文句を言ってはいたが、そなたらがこの災禍より免れた事を本当に喜んでおったのだぞ。」

「そうだよ、たけるさん。みんなで、良かったねって、言い合ってたんだ~。」

「…………そうか。」

 そう呟いた武の頬を、遂に堪え切れなかった涙が1粒……筋を引いて流れ落ちていった…………




[3277] 第12話 継がれる想い
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2010/04/13 17:13

第12話 継がれる想い

2001年12月27日(木)

 10時38分、基地正門前に続く坂の中程、1本の桜の木と桜に寄り添うように立てられた鋼材の前に、武とみちる、冥夜、壬姫の4人が居た。
 先に逝ってしまった仲間達の想いを聞き、遂に堪えきれずに流してしまった涙を拭い、武は照れ隠しのように言った。

「でさ、話は変わるんだけど……冥夜、たま、おまえたちに頼みたい事がある。」

「「 なんだ?/なんですか? 」」

「オレの考えた『遠隔陽動支援機構想』―――あれと、あれに続く対BETA戦術構想を、おまえらに引き継いで欲しいんだ。
 現場からの風当たりも強い計画だから、辛い思いをさせちまうだろうけど……頼めないかな?」

「水臭いぞタケル、そなたの計画の継承を託されるとあらば、私は万難を排して断じて為すぞ。」
「ミキも頑張りますっ! だから……だから、たけるさん、安心してくださいッ!!」

 おずおずと切り出した武の願いに、腕を組んで胸を反らして応える冥夜と、一生懸命に全力で同意してみせる壬姫。
 そんな2人に、武は満面の笑みを浮かべて礼を言った。

「そっか、ありがとな! 自分で言うのもなんだけど、あれはあれで、それなりに使えると思うんだ。
 今迄の軍の常識からは逸脱しちまってるけど、使い方次第で前線の犠牲を軽減できるはずだ。
 だから……頼むぜ、2人とも。
 ―――てことで大尉、よろしくお願いしますね。」

「ああ、任せておけ。貴様が征けばA-01連隊もとうとう3人を残すのみだ。
 小隊定員すら満たせぬのでは、戦術機甲部隊としての活動は無理だ―――普通ならな。
 しかし、貴様の構想ならば、3人でも十分な働きが出来る。
 佐渡島で貴様がそれを証明しているからな。
 貴様の残す構想を、必ずや人類のために役立てて見せる―――ん? 2人とも、どうした?」

 みちるは、話の途中から、冥夜と壬姫がなにかが気になるようすを見せていることに気付き、2人に問いかけた。

「その、大尉……3人とおっしゃいましたが、鑑を数え忘れておられるのではないでしょうか?」

 冥夜がそう聞くと、みちるではなく武が説明しだした。

「ああ、純夏のことを言い忘れてた。悪いんだけど、あいつはこの後退役するかもしれないんだ。
 もともと、あいつは正規の軍人としての訓練も受けてないし、オレが特殊任務で再会した時に、半ば無理矢理連れてきちまったようなもんだからさ。
 オレが居なくなる以上、軍人であることを強制したくないんだ。
 まあ、霞みたいに、夕呼先生の手伝い位はするかもしれないけどな。」

「そ、そうなのか……」
「そ、そっか……寂しくなるけど……でも、その方が良いのかも知れないねっ。」

 武の説明に納得しつつも寂寥感を押さえ切れない2人に向け、みちるが言葉をかける。

「そういうことだ。白銀の戦術構想は、BETAとの戦いに大きな転換をもたらすかもしれないほどの優れものだ。
 胸を張って任務に邁進するぞ!」

「「 はいっ! 」」

「よ~っし。これで、オレも安心して出発できるよ。ホントに頼んだぜ?」

「うむ、任せるがよい…………と、ところで武……そなた、出撃は何時頃になりそうなのだ?」

「あ~、何やかやで、夜になるんじゃないかな。
 夕呼先生や霞も途中まで一緒に行く予定なんだけど、引継ぎやら何やらで手間取ってるらしいからな~。」

「あ、そうなんだ~。……たけるさんは、それまでどうするの?」

 恐らく、出撃までの時間を共に過ごしたいのだろうと、リーディングをするまでも無く武にも解った。
 しかし、残念ながら武には、横浜基地出発までに成すべき事が山積していた。

「それがさあ、オレも打ち合わせやら引継ぎやら、結構詰まっちまってるんだよ。
 まあ、出発前には、もう一回会えるんじゃないか?」

「そ、そうか……うむ、精一杯努めるがよいぞ。」
「うん! たけるさん、頑張ってね。」

「ああ、2人ともありがとうな。じゃ、また後で会おうぜ。
 大尉、この後引継ぎをしたいんですが。」

「うむ。御剣、珠瀬、両名は15時00分まで休息を命じる。
 しっかりと、寝ておけよ?
 その後、別命あるまで戦術機を用いて基地の復興に当たれ、解散ッ!」

「「 ―――了解 」」

 みちるの命令を受諾し、冥夜と壬姫の2人は横浜基地正門の方へと、時折振り返りながら坂を上がって行く。
 その背中が十分に離れたところで、みちるは武に問いかけた。

「白銀。私はどこまで説明を受ける事が許されているのだ?」

「あらかた説明しますよ。いまさら大尉にまで隠し立てする事は大してありませんからね。
 まず、現在稼動している00ユニットは、2機とも今から70時間程度で機能停止します。
 しかも、内1機は再起動を受け付けないため運用は絶望的。
 よって、オルタネイティヴ4は残された70時間以内で最大限の効果を発揮できる作戦として、『菊花作戦』を立案。
 現在各方面と夕呼先生が折衝中です。
 『菊花作戦』の目的はオリジナルハイヴ―――『甲1号目標』の反応炉の破壊。
 手段は、軌道降下により凄乃皇弐型を強行突入させた上での自爆―――G弾20発分の五次元効果で反応炉ごとオリジナルハイヴを消滅させます。
 今作戦の成否に拘わらず、オルタネイティヴ4はその成果を運用する手段を失って凍結。
 先生の折衝が上手く行っても予備計画扱いとなり、BETA反応炉無しでの00ユニットの運用方法を模索することになります。
 A-01連隊は、予備計画となった後もオルタネイティヴ4の実働部隊として任務に従事する方向で調整してます。
 任務内容は、対BETA戦術構想の評価運用部隊になりますね。
 予備計画化に伴い、予算も人員も権限も、何もかも限られたものになるでしょうが、佐渡島での実績が帝国軍に高く評価されているらしいので、有形無形の支援は期待できそうです。
 大体、そんな感じなんですけど、他に何か質問はありますか?」

「…………なるほど、では、やはり貴様は00ユニットになったのだな。
 そして、鑑は起こさずに、貴様一人で『甲1号目標』に征くつもりなのだな。」

「…………そういうことに、なりますね……」

「―――ッ―――なんでよ? どうして、最後くらい鑑の気持ちに応えてあげないの?
 今更、任務だなんて言ったって、納得しないわよっ!」

 普段の沈着冷静な仮面を脱ぎ捨て、1人の女として武を非難するみちる。
 武は、そこまで純夏に心を砕いてくれるみちるに深く感謝したが、こればかりは譲るわけにはいかなかった。

「ところが、この期に及んで、オレの特殊任務は継続中なんです。
 下手したら死んでも終わらないような厄介な……って、そう言えば、オレは既に生物学的にはもう死んでるんだっけ。
 ―――てことで、死んでも終わらない厄介な奴が残ってるんですよ。
 そして、申し訳ないんですけど、こればっかりは大尉にもお話し出来ないんです。
 夕呼先生すら、墓まで持ってくって言ってるくらい、厄介な奴なもんで。」

「な、なんですってぇ?!……………………す、すまん白銀。
 私とした事が、つい取り乱してしまったようだ。
 それにしても、貴様という奴はとことん底の知れない奴だな。
 そこまで機密にどっぷり浸かっているとは、想像もできなかったぞ。」

 武の説明を聞き、軍人としての立場を思い出したみちるは、羞恥に頬を染めながら、武に謝罪し慌てて態度を取り繕う。
 みちるの純夏への共感に感謝していた武は、みちるの醜態に気付かなかった振りをした。

「オレもですよ、今年の9月までは、こんなことになるとは、思っても居ませんでしたよ。
 それが今じゃ、存在自体が動く機密ですからね。」

「そうなのか? それはまた、急な話だったんだな。」

「ま、そんな訳なんで、純夏のことは勘弁してください。
 で、他に聞きたい事はないですか?」

「いや、今のところはいいだろう。
 で、引継ぎをしたいと言っていたな?」

「はい。B19フロアに作業用の部屋を用意してあるので、まずはそこに移動しましょう。」

 最後に桜の木と鋼材に一礼し、武はみちるを伴って基地へと戻っていった。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 18時23分、第2滑走路では、武と夕呼、霞の3人が佐渡島へ向けて出発しようとしていた。
 部隊葬の後、武から対BETA戦術構想の引継ぎを受け、その後一旦別れたみちるも、冥夜と壬姫を連れて見送りにやって来ていた。
 74式大型飛行艇旅客機仕様にはタラップ車が横付けされており、同行する凄乃皇弐型の整備担当技術者達は既に搭乗済みで、あとは、武、夕呼、霞の3人が搭乗しさえすれば、直ちに飛び立てる状態であった。

「じゃ、ピアティフ、伊隅、行って来るわね。何とか使い物になる戦術機を掻き集めて、無人機部隊を作っておきなさい。
 『不知火』も『陽炎・改』も、オーバーホールが終わりさえすれば、戻って来るはずだから、他所に取られないようにしなさいよ?」

「「 はっ! 」」

 夕呼は、基地に残していく腹心の部下であるピアティフとみちるに、留守中の指示を出していた。

「冥夜、たま、それじゃあ、行ってくるよ。凄乃皇に乗ってこっちに戻る予定だけど、そのまま打ち上げになると思うから、直接会うのは無理そうだな。」

 笑って言う武に、壬姫は目を大きく見開いて、涙を堪えるのに必死だったし、冥夜も口がへの字に歪んでいた。
 それでも2人は笑顔を作って、武を送る言葉を告げる。

「うむ。タケル、見事大任を果たして見せよ。世界はそなたの双肩にかかっているぞ。」
「たけるさん、が……頑張ってください! ミキ、信じてますから!!」

「ああ、任せとけ! 意地にかけてもやり遂げて見せるからな。」

「……みなさん、行って来ます。」

「社、タケルの事を頼むぞ。この者は何かと眼を放せぬ気がしてならぬのでな。」
「そうだね~。たけるさんは、いつなにをやらかすか、わかんないとこがあるよね~」
「……はい、しっかり見張ります。」

 霞の挨拶に、冥夜と壬姫が応える。
 武は3人の会話に軽い頭痛を感じながらも、心の底から笑う事が出来た。

「…………おまえらな~~~っ!」

(そうだ、こんな日常を、これからも少しでも多く過ごしてもらうために、オレは行くんだ。
 冥夜やたま、霞、伊隅大尉、夕呼先生、京塚のおばちゃん……
 たくさんの大事な人達を守れなかったオレだけど、せめて残った人達に少しでも明るい未来を……
 そして、いつかはもっと希望に溢れる未来を、必ずみんなに与えてみせるッ!!)

「ほらほら、いくわよ~~~。幼稚園の遠足じゃないんだから、言われる前にさっさと乗んなさいよねぇ~。」

 誰もそれには触れないが、基地に残る者にとって、これが武との今生の別れとなるのだと、全員が自覚していた。
 そして、それ故に、誰もがいつもと変わらぬそぶりで、武を送り出した。

「じゃ、ちょっくら行ってくるな!」
「ああ、行くがよい。」
「いってらっしゃ~い。」
「白銀、死力を尽くして来い!」
「白銀大尉、御武運を。」
「……いってきます。」
「じゃあねぇ~。」

 タラップ車が離れ、74式大艇旅客機仕様は滑走を始め、上空で74式大艇輸送機仕様2機と合流し、遂に横浜基地上空から飛び去ってしまった。
 目指す地は佐渡島―――そこで擱坐した凄乃皇弐型が、オルタネイティヴ4に唯一残された最後の牙であった。

 そして機内。軍や政府のお偉いさんが寛げるように贅を凝らした賓客仕様の与圧客室(キャビン)で、夕呼は思うがままに寛いでいた。
 しかも、10人はゆったりと過ごせる客室を、客室乗務員(フライトアテンダント)まで追い出して、武と霞のみを伴って3人だけで専有するという贅沢さだった。

 恐らくこんな贅沢は暫くできなくなるだろうと、夕呼にも解っていた。
 しかし、そんな事は些細な事だ、何よりも悔しいのは自分が犠牲にしてきた何もかもに、十分に報いる事ができぬまま、雌伏の時を強いられる事だ。
 そう思いつつも、彼女は偽悪的に贅沢を満喫してみせる。
 必ずもう一度オルタネイティヴ4を軌道に乗せる、その決意を新たにする儀式として。

 そんな夕呼の傍らで、武と霞が会話を交わしていた。

「ごめんな、霞。約束破る事になっちまって……」

「……仕方ないです、白銀さん。」

「横浜基地に帰ったら、A-01の連中を手伝ってやってくれな。
 多分、オレの考えていた事は、霞が一番良く理解してくれてると思うからさ。」

「……はい。まかせてください。」

 一通り、座席の感触を堪能し終えた夕呼が、高級天然酒を注いだ水滴をまとったグラスを片手に、武に一方的に話しかける。

「白銀ぇ、あんた、ちゃんと『宿題』全部、終わらせてきたんでしょうねえ。」

 その発言を聞いた武は、今日半日で済ませた『宿題』の量を思い出して苦笑した。

「ええ、何とか。持ち運び式の端末をありったけ掻き集めて、思考制御でレポートにまとめておきました。
 キーボードなんかで打ってたら、到底間に合いませんでしたよ。
 でもまあ、純夏が佐渡島でリーディングした内容の解析は済ませましたし、対BETA戦術構想の資料もまとめました。
 『甲21号作戦』での評価試験の報告書に、今回の横浜基地BETA襲撃事件で収集できた情報のまとめもしましたから……
 ……一応『宿題』は終わりですよね?」

「そうね。で、その中で特に留意すべき事は何?」

「BETAの情報伝播モデルがオリジナルハイヴを唯一の司令塔とした箒型構造だったこと。
 ハイヴの反応炉が、動力源、通信装置、コンピューターの1台3役だったこと。
 00ユニットとしてのオレが、知的生命体としてBETAに認識される可能性が高いこと。
 BETAがエネルギーの補給と同時に、情報や新しい命令を反応炉から得ていること。
 佐渡島ハイヴに所属するBETAの数が、『甲21号作戦』開始直前に短期間で増加していたこと。
 今回の横浜基地襲撃でのBETAの行動を分析すると、人類のBETAハイヴ攻略戦の戦術をそのまま模倣していたと考えられること。
 S-11や横浜基地の構造、戦術など、人類側の情報がBETAに知られていた可能性が高いこと。
 そんなところですかね。
 で、先生の方は上手くいったんですか?」

 武の問いかけに夕呼はニヤリと笑って答える。

「白銀ぇ~。あんた、あたしを誰だと思ってんのよ。
 上手くいったに決まってるでしょ。
 ほぼ、こっちの原案通りに許可もぎ取ってきたわよ。
 まず『菊花作戦』の段取りだけど、軌道爆撃による波状攻撃を3回、45分間隔で続けざまに行うわ。
 第1波ではハイヴ周辺に地上展開しているBETA群を目標に広範囲にわたって飽和爆撃。
 第2波は目標をハイヴ地上構造物周辺に集中させた上で、再突入殻に搭載したG弾5発を通常の軌道爆撃に混ぜて投入。
 G弾5発による戦果を評定して、ハイヴ破壊が不十分と判断された場合のみ第3波攻撃を実施。
 第3波では400機以上の再突入殻を露払いにして、あんたの乗る凄乃皇弐型を軌道降下させるわ。
 先行させる再突入殻の内36機には、通信機能を強化した無人の『撃震』を、92式多目的自律誘導弾システム(ミサイルランチャー)を4セットも無理矢理装備させて搭載し、凄乃皇弐型からあんたが遠隔制御して直衛戦闘をさせる―――弾頭は制圧用の通常弾でよかったわよね。
 最後に『主縦坑』の崩落状況にもよるけど、オリジナルハイヴにのみ存在する超大型反応炉―――通称『コア』の直上、可能な限り深い深度まで進攻して凄乃皇弐型の主機を暴走させて自爆。
 G弾20発分の爆発で半径40kmを消滅させて、オリジナルハイヴとその周辺のBETAを殲滅する。
 主役はG弾で凄乃皇は後詰―――みたいな作戦で、あたしの趣味じゃないんだけどねぇ~。
 凄乃皇でさえ、超大型G弾みたいな扱いだしぃ。」

 G弾をオルタネイティヴ5の象徴として忌み嫌っている夕呼は、心底嫌そうな表情をしてぼやく。
 武はそんな夕呼に苦笑しつつ、宥める心算で夕呼にも解り切っている説明する。

「00ユニットが一時的にしろ使えなくなる以上、今後はいざと言う時にはG弾以外に切れる切り札がなくなります。
 なのに、G弾は2年前に実戦で使用してしまっている上に、使用対象だった横浜ハイヴの反応炉を健在のまま放置してしまったんです。
 今後のためにもBETAの対G弾戦術を確かめておく必要があります。
 今作戦だったら、凄乃皇弐型だけで間に合わせる心算の作戦ですから、効果が0でも支障ありませんからね。」

「……わかってるわよ……好き嫌い言える状況じゃなくなってるってことはね。
 ま、いいわ。で、国連本部の根回しだけど、『甲21号作戦』での鑑のリーディングデータに『XM3』の実戦データ、おまけであんたの考案した対BETA戦術構想の試案をBETA被占領国を中心に配布したわ。
 その結果、つい先日オルタネイティヴ4支持を表明したばかりって事もあって、各国はオルタネイティヴ4を予備計画として今後も継続させる事に同意したわよ。
 あんたの希望通り、00ユニットをBETA反応炉に依存せずに運用する方法の模索と、対BETA戦術構想にある兵器や戦術の研究・開発・運用試験、この2つを二足の草鞋でこなしていく事になったわ。
 オルタネイティヴ5の発動は現在討議中。
 今回の『菊花作戦』でのG弾の効果次第ってとこね。
 まあ、G弾に依存しないでも、戦術レベルではこれまで以上にBETAと戦えるって見通しが立ったから、オルタネイティヴ5の『バビロン作戦』が早期実施されることは、まずあり得ないわね。
 あんたの対BETA戦術構想は、軍人以外には総じて好評だからねぇ~。
 帝国政府も、予備計画化された後も支援を続けてくれるそうよ。
 明日にでも帝国国防省戦術機技術開発研究所に出向いて、『XM3』換装計画の打ち合わせをして欲しいと矢のような催促だったわ。
 よっぽど、今朝のBETA侵攻が恐ろしかったんでしょうねぇ~。」

 些事に右往左往する役人どもの醜態が馬鹿らしいのか、侮蔑の笑みを浮かべて吐き捨てる夕呼に、武は安堵の気持ちを込めつつも、短く応じる。

「―――そうですか。」

 そんな武をみて、夕呼は表情を改めると、静かに話し出す。
 何を感じたのか、今まで窓の外の月明かりに照らされた夜景を眺めていた霞も、武と夕呼の方をジッと見つめる。

「―――白銀。あたしの読みが甘かったばっかりに、あんたには不本意な結果になってしまったわね。
 許して―――いえ、恨んでくれて構わないわ。
 あんたが次の世界に行った後も、あたしは全力で人類のために尽くすと約束する。
 だから、最後にあんたの力を、人類の未来のために貸して頂戴。」

 そう言うと、夕呼は武に向かって、深々と頭を下げる。
 常に無くしおらしい夕呼の態度に、武は慌てて言葉をかける。

「や、止めてくださいよ夕呼先生……今回の作戦はオレから言い出したことですし、先生が今までに達成してきた事は、オレからみたら神業以外の何物でもないですよ?
 今の状況は、それだけ『人類がBETAに圧倒される』って因果が支配的だって事なんですよきっと。
 大体何より、そんな態度先生らしくないですって……何時ものように上から命令して下さいよ。
 ………………あ、そうか…………霞、しばらく向こうの方で外見ててくれるか? リーディングも無しで……」

「!!―――わかり、ました。」

 唐突な武の願いに素直に応じて、霞は夕呼から距離を取って客室の反対側へと移動した。

「―――なによ白銀。エッチ禁止だっての忘れて、最後のご乱行に及ぼうってんじゃないでしょうねえ。」

 武の唐突な振る舞いに、訝しげに頭を上げた夕呼に、武は出来る限り優しい顔を作って、真摯に話しかける。

「……先生。いい機会ですから、思いっ切り泣き言を言ったっていいんですよ?
 オレがあの世に持ってってあげますから。
 ほんの少しにしかならないでしょうけど、先生の背負ってる荷物、減らす手伝いできませんか?」

「―――! 白銀、あんた…………」

 そして、暫しの時間が流れる。
 夕呼と武の周囲に流れた時間はしめやかなものであったか、はたまた、背伸びをして生意気な振る舞いに及んだ武を夕呼が罵倒する、騒がしい時間であったのか……
 霞は意識を窓外の夜景に集中させて、それすらも頑なに知ろうとはしなかった。
 夕呼の、生者には決して自分の感情を吐露しようとしない矜持と、誰よりも真摯に己が罪を抱え込んで足掻く生き様を、霞が世界で一番理解しているが故に。

「……白銀さん……ありがとう、ございます…………」

 霞の幽かな呟きは、聞く者も無く、月明かりに溶けた……

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

2001年12月28日(金)

 06時44分、夜が去り、ようやく空が白み始めた日の出前の早朝、復興途上の横浜基地に静かな、しかし力強い、ラダビノッド基地司令の声が響いていた。

「先のBETA襲撃により、我が横浜基地は致命的とも言える大損害を被ってしまった。
 奮戦虚しく、多くの命と貴重な装備が失われ、正に精も根も尽き果てんばかりであった。」

 基地復興作業は未だ始まったばかり、破壊された跡も痛々しいメインゲートの第2滑走路を挟んだ反対側、シャトル打ち上げ施設では、ブースターを外部増設された凄乃皇弐型がその巨体を発射塔に据え付けられ、打ち上げの時を待っていた。

「だが……見渡してみるがいい。
 この死せる大地に在っても尚、逞しく花咲かせし正門の桜のごとく、甦りつつある我等が寄る辺を。
 傍らに立つ戦友を見るがいい。
 この危局に際して尚、その眼(まなこ)に激しく燃え立つ気焔を。」

 基地内で重要施設の復旧作業に従事するもの……
 基地内の通路に溢れた負傷兵とボディバッグ(死体袋)の間を慌しく行き交い、処置を続ける軍医や衛生兵たち……
 彼らの元にも、司令官の声は届いている。

「我等を突き動かすものは何か。
 満身創痍の我等が何故再び立つのか―――
 それは、全身全霊を捧げ絶望に立ち向かう事こそが、生ある者に課せられた責務であり、人類の勝利に殉じた輩への礼儀であると心得ているからに他ならない。」

 日の出を迎え、曙光が照らし出す荒れ果てた大地には、大量のBETAの死骸と、それらに埋もれるように垣間見える兵器の残骸……
 そして、その凄惨な戦場に散った命にこそ守られたのだと、それらの光景を見下ろす、正門へと続く坂道の桜並木は、曙光を浴びて誇らしげに、傷一つ負わぬ身を堂々と屹立させていた。

「大地に眠る者達の声を聞け。
 海に果てた者達の声を聞け。
 空に散った者達の声を聞け。
 ……彼らの悲願に報いる刻が来た。」

 横浜基地の小高い丘となっている地上部分を埋め尽くすように、国連軍横浜基地所属の、作業を中断できる全要員が立ち並び、揃ってシャトル打ち上げ施設の、凄乃皇の勇姿を眼(まなこ)に焼き付けていた。

「そして今、若者が独り、旅立つ。
 鬼籍に入った輩と、我等の悲願を一身に背負い、孤立無援の敵地に赴こうとしているのだ。
 歴史が彼に脚光を浴びせる事が無くとも……我等は刻みつけよう。
 名を明かす事すら許されぬ彼の高潔を、我等の魂に刻み付けるのだ。」

 そして、皆が立つ場所からやや離れた場所、衛士訓練校の校舎裏にある丘の上、武の言う『伝説の木』の根元近くに、まりもの遺影を胸に抱えた夕呼と、彼女に寄り添う霞の姿があった。

「……旅立つ若者よ。
 貴君に戦う術しか教えられなかった我等を許すな。
 貴君を戦場に送り出す我等の無能を許すな。
 ……願わくば、貴君の挺身が、若者を戦場に送る事無き世の礎とならん事を。」

 見送りに出ていた人々が一斉に敬礼する。
 その中には、冥夜が――壬姫が――みちるが――月詠が――神代・巴・戎の3人が――そして、京塚のおばちゃんが、万感の想いを胸に見送っていた。

 そして、轟音と噴煙とを地上に残し、凄乃皇弐型―――武は、一筋の希望の光となって朝焼けの空へと駆け上がっていった。

 「まりも……見て御覧なさい。あんたが鍛えた白銀が征くわ……」

 夕呼の口から漏れた言葉は、傍らに寄り添う霞の耳のみを震わせ、轟音の中に掻き消されていった……

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

 09時53分、地球周回軌道上に位置する凄乃皇弐型の管制ブロックで、武は戦況把握に努めていた。
 作戦開始から113分、第1次軌道爆撃開始からだと85分が経過していた。
 G弾5発が投入された第2次軌道爆撃も完了しており、戦果評定の結果が出たところだった。
 第1次軌道爆撃はAL弾の93%、制圧用多弾頭弾の19%が迎撃され、地表に広域展開していたBETA群を漸減した。
 第2次軌道爆撃はAL弾の9%、制圧用多弾頭弾の26%が迎撃されたに留まった。
 しかし、これはBETAの重光線級がAL弾を殆ど無視してG弾搭載の再突入殻とG弾搭載弾頭を狙い撃ちしてきたためであり、5発のG弾は全て迎撃されてしまった。
 それと引き換えに、ハイヴ地上構造物付近に展開していたBETA2次増援は、その殆どを壊滅させる事ができたが、ハイヴ内に与えた被害は皆無に等しいため何の慰めにもならなかった。

「……やっぱりな。G弾を使った爆撃は既に対応されていたか…………ま、これでオルタネイティヴ5も凍結だな。」

 武は独り呟いて皮肉気な笑みを浮かべた。
 と、そこへ艦隊旗艦から通信が入る。

「―――こちら第3艦隊旗艦ネウストラシムイ。最終ブリーフィングを開始する。」

 第3艦隊の艦隊司令官を兼ねるネウストラシムイ艦長は、最早最後の希望となったA-02―――凄乃皇弐型を無事に降下させるために、所定の計画を破棄し、第3艦隊の再突入型駆逐艦全艦を以って盾と為す作戦を立案、実施しようとした。
 しかし、武は即座にこの作戦を拒否、第4計画の成果である凄乃皇弐型搭載超高性能コンピューターによるハッキング(と、被害者である第3艦隊には伝えた)を断行し、第3艦隊の制御系を掌握した。
 そして、当初の計画に沿った軌道爆撃を実施し、400機を超える再突入殻と『ラザフォード場』のみを盾として、再突入回廊へと進入する。

「艦隊司令閣下、我儘を通させて頂きました。御無礼の段は平にお赦し下さい。」

「最早、今となっては如何ともし難い。謝罪は受け入れてやるが、その代わり、任務は必ず完遂して見せろよ!
 我々の人類への挺身を妨げたのだ、その分も存分に働いて来いッ! いいなッ!!!」

「はッ! もとよりその覚悟でありますッ!!」

「よしッ!!………………人類の未来を……頼んだぞ……」

 通信がノイズで掻き消され、外部モニターは大気圏突入に伴う灼熱の炎で埋め尽くされた。
 そして、20分以上が経過し、外部モニターの赤が薄れてきた頃、レーザー照射警報が管制ブロックに鳴り響く。

「ふん……やはり先行させたAL弾は無視したか……けどな、やる事がワンパターンなんだよッ!!」

 第3艦隊の制御を掌握した武は、先行させるAL弾と本隊との間隔を予定では420秒先行させるところを600秒に修正し、しかも制圧用多弾頭弾もAL弾とほぼ同じタイミングで再突入させた。
 さらに、凄乃皇弐型の侵攻ルート上に位置するハイヴ地上構造物よりも、周辺部により多く着弾するように投入軌道を変更していた。

 その結果として、凄乃皇弐型がレーザー照射を受ける頃には、先行して投入した軌道爆撃は既にその効果を完全に発揮しており、地上に展開していたBETA群は大いにその数を減らしていた。
 進行方向前方に近いほど残存BETAが多く分布するように仕向けた軌道爆撃により、地上構造物から離れた周辺になるほどBETAは殲滅されており、凄乃皇弐型への照射は進行方向前方付近の浅い角度のみに絞られる結果となった。
 そしてそれは、盾とする再突入殻を進行方向前方のみに集中して運用できる事を意味していた。

 レーザー照射警報を受けて、武はAL弾を大量に搭載した再突入殻を、次々と進路前方へと加速・先行させて盾とした。
 再突入殻1機など、10体を超える重光線級が焦点を合わせた高出力照射の前には1秒も持たない。
 しかし、直援機とする『撃震』を搭載した36機以外の、盾に使う再突入殻にはAL弾を満載してあった。
 レーザー照射により迎撃された再突入殻自体と搭載されたAL弾が気化することで、高濃度な重金属雲の回廊が凄乃皇弐型の進路上に作り上げられていく。

 その結果、重金属回廊を貫通してくるレーザーはさほど多くは無く、『ラザフォード場』を不安定化させるほどの出力には至らなかった。
 そして、撃墜されずに最後まで残った再突入殻と放出されたAL弾が、高速度の質量兵器としての効果を発揮して、ハイヴ地上構造物周辺の残存BETAを駆逐する。

 ハイヴ地上構造物近くまで到達した武は、主機の出力を最大にしつつ、地上構造物の上端へと凄乃皇弐型と直援機を接近させた。
 凄乃皇弐型が地上構造物の傾斜軸線上に遷移すると同時に、『主縦坑』内にびっしりと配置された無数のレーザー属種から同時照射を受けた―――

 武は、『ラザフォード場』を、地上構造物の傾斜軸線に沿って突出する、鋭い円錐状の形に展開。
 レーザーの射線に対して浅い角度で展開した『ラザフォード場』は、最小限の負荷によって、照射を受けたレーザーの射線を僅かに歪曲させ、後方へと受け流した。
 その瞬間、直援戦術機達に、地上構造物上部外縁から92式多目的自律誘導弾システムの制圧用通常弾頭弾を、各機4セットずつ36機で合計144セット分全てから、全弾同時発射させる。
 その結果、地上構造物内に4608発に及ぶ自律誘導弾による飽和攻撃が降り注いだ。
 殆どのレーザー属種が凄乃皇弐型を照準しており、同時照射後の照射インターバル期間中であったため、自律誘導弾は殆ど撃墜されないままレーザー属種を駆逐する。
 そして、吹き上がってくる爆風を押しのける様にして、凄乃皇弐型はオリジナルハイヴの『主縦坑』に進攻を果たした。

 オリジナルハイヴの『主縦坑』は直径約550m、深さは地上構造物の上端より約4kmで基部に至る。
 地上構造物部分は東に傾斜しているため、上部が張り出す形になる西側の壁沿いに降下していけば、ハイヴ破壊を決してしないレーザー属種は照射を行えない。
 残る脅威となるのは、降下するに従って増加する上部より降り注ぐBETA群の落下突撃だが、これも『ラザフォード場』を上方へ突出展開させて受け流してしまえば脅威足りえない。
 いざとなれば、直援機のS-11を使用した自爆攻撃も可能なので、ことここに至っては凄乃皇弐型の『主縦坑』基部への到達、そして自爆を妨げ得るものは無かった。

 …………そして5分後…………

 ムアコック・レヒテ機関の臨界到達の直前……武は、横浜基地に残してきた仲間達の顔を思い出し、『この世界』で最後の叫びを放った。

「……みんな、頑張って…………生き延びてくれよ―――っ!」

 時に、2001年12月28日、10時39分…………『甲1号目標』は地球上より消滅し、人類は歓喜に包まれた―――

  ○ ○ ○ ○ ○ ○

2001年12月28日(金)

 10時44分、国連軍横浜基地は、所属全要員の歓声で揺れていた。
 数分前に、ラダビノッド基地司令より『菊花作戦』の完遂と、『甲1号目標』―――オリジナルハイヴの消滅が知らされたためである。
 皆、歓喜の涙で頬を濡らし、手近な者と喜びを共にし、噛み締めていた。

 しかし、喧騒を避けるようにして、己が心と向き合う者もいた。

 御剣冥夜少尉―――彼女は日々己を鍛え上げてきた基地のグランドに立ち、宝刀『皆琉神威』の鞘から抜き放った刀身に己を映し、先に逝った思い人への誓いを新たにしていた。

 珠瀬壬姫少尉―――彼女はB4フロアの自室で、先頃ようやく花を咲かせたセントポーリアの鉢植えを前に、自身の『ちいさな愛』を捧げていた男との想い出を、独り呟いていた。

 伊隅みちる大尉―――彼女はB8フロアの自室で、部下が残した資料を熟読し、思いついた事柄を細々とまとめていた。そして、ふと思い立って机の引き出しを開けると、底の方から写真を一枚取り出して眺めた後、端末の画面を切り換えて休暇願いをしたため始めた。

 月詠真那中尉―――彼女は3人の部下を率い、横浜基地の復興作業に従事していた。ラダビノッド基地司令の放送を耳にしたその時だけ、僅かに手を休め、瞑目して誰かを褒めるが如き笑みを口元に浮かべた。

 京塚志津江臨時曹長―――彼女は限られた調理道具と素材をやり繰りし、遂に命を散らすこととなった若者のため、なんとしてもこの日の夕食にさば味噌定食を供すべく奮闘していた。それが彼女にとっての戦いであった。

 社霞―――彼女はB19フロアのシリンダールームで、メンテナンスベッドに横たわる己が分身とさえ思える女性へと、新しい輪を紡ぐために旅立っていった、1人の男の姿を投影し続けていた。そして、霞から流れ落ちた雫が、横たわる女性の頬に一筋の涙の跡を刻んだ。

 香月夕呼副司令―――彼女は『菊花作戦』の完遂をB19フロアの中央作戦司令室で知った。彼女は満足気な笑顔を浮かべると、ラダビノッド基地司令に目礼し、執務室へと戻っていった。そう、彼女が託された戦いは既に始まっている。執務机に座り、端末を叩き始めた彼女は、ふと宙を仰いで呟いた。

「あんたの新しい戦いも、ちゃんと始まったかしら…………ね、白銀?」

 果たして、その声は時と世界の間(はざま)を越えて、相手の元に届いたであろうか…………




[3277] 第13話 新たなる始まり
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2010/09/28 17:31

第13話 新たなる始まり

2001年10月22日(月)

「………………」

(ここは……どこだ?……今日って、何日だっけ……今、何時…………)

 武は薄目を開けて時計を見た……つもりだったが、そこに時計は存在しなかった。
 一瞬戸惑った後、部屋の配置を思い返して、天井近くの壁掛け時計を見る。

(8時か…………8時ッ!! 寝過ごしたか?! 起床ラッパは? 点呼……は自分でやって………………え?)

 ベッドから跳ね起きた武は、室内の明るさに違和感を感じた。
 そして明るさだけでなく、室内の様子や、無意識の内に手に取っていた白陵柊の制服にも―――

(あれ? オレの部屋って地下4階……じゃないぞ、2階だろうが……ここはオレの部屋……だよな。
 ベッドに机にコンポにポスター……何時も通り……ッ!!―――なんか、記憶が混乱して……
 この位の寒さなら外で寝たって―――って、そんなことしたら凍え死ぬって!
 あ~寒っ、訓練服でいいからさっさと着るか、制服どこにやっちまったんだ?―――って、学校の制服は今着てるのだろうが、なに探してんだよオレは……
 …………?……探してるのは……制服…………国連軍の黒いC型軍装……―――ッ!? 国連軍ってなんだよ!
 あ?……国連太平洋方面第11軍横浜基地A-01連隊第9―――いや、第13中隊所属白銀武少―――大尉……か?
 え?……なんだよそれ、おれは白陵大学付属柊学園3年B組、出席番号―――うわッ!!
 あ……ああ…………あああああああ……ああぁぁああぁあああぁああアアアアアアッ!!!)

 武は部屋の床に倒れこむと、頭を抱え、左右に身を捩るようにして転がった。

(なんだっ! この走馬灯みたいなのは……脳みそ入りのシリンダー……霞……木彫りのサンタうさぎ……
 ……凄乃皇弐型……強化装備姿の純夏……軍装のまりもちゃん………………BETAッッ!!!!)

 武の脳裏に嫌というくらい大写しになる兵士級BETA。
 その口からは上半分を噛み砕かれたまりもの姿がぶら下がるように―――

「うあぁぁああああぁあぁッあアあぁぁアアアアぁぁッああああぁああぁぁアぁぁッああッああぁあアアあぁぁぁああああアアアッッッッ―――」

 息が切れるまで叫び続け、床に突っ伏して荒い息を繰り返す武。

「……思い出した……思い出したぜちくしょうッ!!
 ……因果導体……確率分岐世界……オルタネイティヴ4…………オレは……オレは、ループした……んだよな?
 …………まずは、確認―――じゃねえよっ!! まずは数式だろっ!
 ……憶えて……るよな………………念のために、今の内にメモっとくか。」

 武は机に座りノートに人格転移手術に必要となるブレイン・キャプチャー・システムの基礎理論である数式を書き留めていく。
 一通り書き終ると、再びベッドに戻って、最後の記憶を探る。
 その途端、武の脳裏を気が狂いそうになるほどの、大量のイメージが埋め尽くし、武の自我を押し潰そうとする。

(くっそう、これが記憶の関連付けかよっ! 純夏の奴、こんな目にあってたのか…………
 最後の記憶ッ出て来いってんだよ!
 ―――闘士級に抱えられているオレ、上下逆さまに見えている、床に転がる上半身を潰された霞の死体、首から上は全くの無傷で、その大きく開かれた光を失った瞳……
 ―――ッ!!―――他のがあんだろっ他のがっ!
 ―――凄乃皇弐型の盾になって散っていく再突入型駆逐艦……なんとかオリジナルハイヴの『主縦坑』最上部に辿り着く凄乃皇弐型、次の瞬間膨大な光が『ラザフォード場』を突き破り……
 ―――ッ!! ―――他のッ!
 ―――オリジナルハイヴの『主縦坑』の最下部、横浜基地に残してきたみんなの事を考えながらムアコック・レヒテ機関の臨界を待つ……オリジナルハイヴのリーディングデータを収めたレコーダーを載せた装甲連絡艇を射出、そして全ては光に……
 ―――っよっしゃアア!!
 ………………なんとか、最低一回はオリジナルハイヴを潰せたみたいだな……
 ……00ユニットとして稼動した後の記憶もあるぞ…………
 ……生物として死んで00ユニットになってもオレはオレってことで、再構成時に00ユニットになってからの記憶も反映されたみたいだな……
 ……身体は……肩にあったパーティングラインが見当たらない所を見ると、生身みたいだな……『ここ』で再構成されるのは人間の『白銀武』だってことなのか……
 ……しかし、自分の死に様をこんなに覚えてるってのも嫌なもんだな……
 ……それにしても、酷い展開の記憶が多いな……A-01が健在で終わる記憶なんか1つもないじゃないか……
 ……A-01の生き残りが3人も居るのって、多い方だったんだな……オリジナルハイヴを攻略できた世界は殆ど無いしな……
 ……どれだけ頑張っても、必ずBETAに追い込まれてる感じだ……これが、『人類がBETAに圧倒される』って因果の影響なのか……
 オレが、本当に立ち向かわなきゃなんないのは、その因果なんだな……
 オレはもう、『前の世界群』には何もしてやれない。
 あとは……みんな……頼んだぞッ!―――)

 ―――その後も、記憶を取り戻すための、武の孤独な戦いは2時間ほど続いた。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 11時06分、国連軍横浜基地正門へと続く坂道の中程に植えられた、1本の桜の木の前に武の姿があった。
 何故か路上にしゃがみこみ、食事用のスプーンで桜の根元の土を慎重に掘り返していた。

「よし、これくらいで良いか。」

 独り呟くと、3WAYバッグから、ペットボトルを取り出す。
 ペットボトルの中には、数式を記入した紙が、折畳み防水処置としてラップで厳重に包んだ上で、押し込まれていた。
 そして、そのペットボトルを、土を堀返すのに使ったスプーンと共に、掘ったばかりの穴に入れ、土をかけて埋め戻す。
 それが済むと、立ち上がった武は手を叩いて汚れを落し、桜の木に向かって深々と頭を下げる。

(お会いした事はありませんが、A-01の先達の皆さん、この資料はオルタネイティヴ4にとって重要なものです、暫くの間お預けしますのでよろしくお願いします。)

 頭を上げると、武は視線を転じて坂を下った先に見える廃墟と化した町を見た。

(町の壊れ具合や、この桜の木にまりもちゃんの墓標が並んでないことからすると、時間はちゃんと巻き戻ってそうだな。
 細かい確認は、夕呼先生と接触を果たしてからだ。
 さ、これからが正念場だ……みんな、オレも頑張るからな!)

 武は最早『前の世界群』と呼ばねばならなくなってしまった、幾通りもの世界。
 そこに残してきた、最後の時まで生き延ることができた、決して多くはない仲間達を想い、誓いを新たにした。
 そして、踵を返して横浜基地正門へと、堂々と歩みを進める。

 正門の前に辿り着くと、2人の見覚えのある警備兵が、親しげに笑いながら声を掛けてくる。

「こんなところで何をしてるんだ?」
「外出していたのか? 物好きな奴だな。どこまで行っても廃墟だけだろうに。」

(よし、前回と同じ警備員だ。こんな些細な事でもやっぱり安心するな。)

 かけてくる言葉すら記憶どおりだったのに安心して、武は余裕を持って応える。

「そう言わないでくださいよ。これでも、オレの生まれ故郷なんですから。」

「なっ―――そ、それは……済まなかったな……」

 武の返事に驚き、つい顔を見合わせてから、気の毒気に謝罪してくる警備兵。

(よし、掴みはこれで十分だろう。後はハッタリで切り抜けてやる。)

「いや、いいですよ。ところで、目立ちたくないので穏やかに聞いてください。
 事は香月副司令に関わる機密事項です。そのつもりでお願いしますよ。」

 やや声量を抑えながらも、はっきりとした発音を心がけてそう言うと、警備兵の身体に緊張が走り、警戒しつつも武に鋭く警告する。

「なにっ!……わかった。言う通りにしてやるが、妙な動きはするなよ。」
「いいのか!?」
「博士に関係することについては、全て報告しろって言われてるだろ?」
「……そうだったな。」

 警備兵が2人とも納得してくれたようなので、武は口調を改めて要求を述べた。

「協力に感謝する。実は香月博士に極秘でお会いしなければならないので、取り次いで欲しい。
 暗号符丁があるので、それを香月博士ご本人に伝えて貰えればいい。
 符丁はそれなりの長さがあるので、なにかメモする道具はないか?」

 警備兵は警戒しつつも武に言われるままにメモとペンを手渡す。
 武はそのメモに文章を書き連ね、警備兵に手渡した後、口頭で伝言を頼む。

「香月博士に、シロガネタケルという男―――あの人にとってはガキ……青年ってとこか……青年が来て博士に面会したがっていると伝えてくれ。
 その符丁を読めば事態の重要性は解ってくれる筈だと言っていると。
 一応念のため、その符丁を口頭で言うから聞き損なわないように、文面と照合してくれ。
 『鏡の精の待ち人にして、星へ往く船を妨げるもの、機械の救世主(メシア)の生誕を期し、因果を導きこの世へ至る。』
 以上だ、よろしく頼む。」

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 15時42分、4時間を超える各種検査や手続きを経て、武は今や居心地良ささえ感じてしまう夕呼の執務室へと招き入れられた。
 椅子を勧められて武が素直に腰掛けると、夕呼が優しげに話しかけてくる。

「さすがに疲れたかしら?」

「いえ、この位大した事ありませんよ。それより本題に入りたいんですが、こちらから説明しますか?
 それとも、先生の質問に答えた方が良いですか?」

「それじゃあ、あたしの質問に答えてもらおうかしら?」

 夕呼がニヤリと笑って言うと、武は夕呼と渡り合うという事態に、内心密かに震えながらも頷いた。

「そう言うと思いましたよ。先生が、初手から相手に主導権を取らせるわけありませんからね。」

「先生?……ま、いいわ。じゃ、質問させてもらうわよ―――
 まず、あのふざけた符丁の意味は何?」

「先生は意味が解ったからこそ、こうして会ってくれてるんだと思ったんですけど、まあ、確認は必要でしょうから答えますね。
 まとめて全部説明しますから、いちいち驚かないでくださいよ?
 あと、拳銃抜いて脅かそうなんて考えもなしで、どうせ先生の腕じゃあたりませんから―――じゃ、解答です。
 『鏡の精の待ち人』ってのはオレの事で、つまり、現在BETA由来のシリンダーで脳と脊髄だけにされて生存している『鑑純夏』が会いたがっている『シロガネタケル』がオレだってことです。
 次の『星へ往く船を妨げるもの』ってのは、オレの目的にオルタネイティヴ5の発動阻止が含まれてるって意味です。
 ―――殆どの人間を置き去りにして、10万人ぽっちを移民させるなんてオレには認められません。
 『機械の救世主(メシア)の生誕を期し』ってのは、オルタネイティヴ4の最大の目的にして成果たる00ユニットの完成を必ず成し遂げるって意味です。
 で、最後の『因果を導きこの世へ至る』は、オレが『因果導体』であり他の確率分岐世界から『この世界』へやってきたって意味ですよ。
 『因果律量子論』を提唱してる先生なら、一応信じてもらえると思うんですけどね。
 オレの所持品の中に、この世界由来とは考えられない高精度液晶技術を使った日本製の機械があったはずです。
 あれが証拠になりませんか?
 とまあ、こんなとこでどうです?」

 武が口を閉じて笑って見せると、夕呼は呆れたような表情を顕わにして嘆く。

「まったく、極秘機密のオンパレードじゃないの。
 しかも、あたししか知らないはずの『鑑純夏』の『待ち人』のことまで……一体どこで聞いたわけ?」

「純夏の事は、先生だけじゃなくて霞―――社霞も知ってるっていうか、霞が出所じゃないですか。
 どうせ、今もオレが嘘をついていないかリーディングさせてるんでしょ?
 ネタは割れてますから、こっちに呼んでやったらどうです?」

「あ~~~~っ、あんた一体どこまで知ってんのよっ!
 まさかあんたまでESP発現体だなんて言わないでしょうね。」

 さすがに平静を装うのも限界なのか、わざとそう見せて油断させるつもりなのか、イライラとした様子を隠さずに夕呼が詰め寄る。

「ああ、そういう考え方もありましたね。
 大丈夫ですよ、今のオレにはまだ、リーディング機能は与えられていませんからね。」

「『まだ』? 『機能』? 『与えられていない』?―――あんたまさかっ!」

 訝しげに一瞬考え込んだ後、夕呼は大きく目を見開いて武を凝視した。

「そろそろ、オレの方から手札を切ってもいいですか?
 先生の事だから、とっくに気付いてるんでしょうけど。
 オレはこことは別の確率分岐世界で香月夕呼博士と社霞の手によって人格転移手術を受けた、00ユニット稼動第二号機の成れの果てですよ。
 そして、00ユニットの稼動にまで成功しながら、BETAを駆逐しきれずに頓挫を余儀なくされて、予備計画に成り下がったオルタネイティヴ4の一員です。」

 武の言葉を聴いて、暫し呆然として立ち尽くしていた夕呼だったが、突如として武に駆け寄ると、胸倉を引っ掴んでガクガクと揺すりだした。

「―――な……なぁんですってぇえ!!!?
 なんでよっ!? 00ユニットの稼動まで漕ぎ付けておきながら、どうして計画が頓挫するのよっ!
 あんた、いい加減な事言ってんじゃないわよっ?!
 シャレじゃ済まないのよっ! 間違いじゃもっと済まないのよっ!! 早く言いなさい!! 早くっっ!!」

 夕呼の渾身の力で揺さぶられながら、武は嬉しそうに笑ってしみじみと言った。

「―――先生、ホント変わらないですね。
 本当に先生はどの世界でも変わんないや。
 今の先生の振る舞いなんて、『前の世界群』で自分の量子電導脳の基礎理論を否定された時の言動そっくりですよ。
 ―――大丈夫です、先生。
 オレは計画を挫折させないために、『人類はBETAを圧倒する』って因果を確立するためにこの世界に来たんですから。」

 そう言い、満面の笑みを浮かべた武の目から、嬉し泣きのような涙が一筋こぼれた。
 それを見た夕呼は、呆気にとられながらも、正解をその手に掴み取って呟いた。

「……時空間因果律干渉―――まさかっ!?」

「さすが先生―――話が早いですね。」

 武は心底嬉しそうに晴々と笑った…………

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 16時45分、B19フロアの夕呼の執務室で、武はソファーに座って夕呼と相対していた。

 武は1時間ほどかけて、自分の事情を夕呼に説明し終わったところだった。
 無論、全てを話した訳ではない。
 夕呼と取引する材料は手元に残しておく、『前の世界群』で夕呼に良いように踊らされた武としては、無条件に『今回の世界』の夕呼を信用する事は出来なかった。

 武が話したのは、『前の世界群』で主流であった事態の流れ。
 『XM3』の開発。
 クーデターの発生とそれを逆手に取った政威大将軍の救出。
 『鑑純夏』を素体とした00ユニットの稼動と運用評価試験での機能停止。
 『白銀武』を素体とした00ユニットの稼動。
 BETAによる横浜基地襲撃と反応炉の破壊、それによる第4計画の頓挫。
 凄乃皇弐型の自爆による『甲1号目標』の破壊を企図した『菊花作戦』。

 次に、『更に前の世界群』で主流であったと思われる事態の流れ。
 00ユニットが完成せずに、12月25日を以ってオルタネイティヴ5が発動し、オルタネイティヴ4は中止。
 それから2年後に『バビロン作戦』が実施されたが、その世界では人類がBETAに敗れたらしいこと。

 そして、武が生まれてから17年間育った『元の世界』に関して。
 『元の世界』にはBETAは存在しないこと。
 夕呼もまりもも高校の教師で、武や207訓練小隊のメンバーは教え子であったこと。
 この世界での因果情報を元に、『更に前の世界群』の武が再構成されたであろうこと。

 最後に、重要と思われる情報。
 BETAの情報伝播モデルが、オリジナルハイヴを唯一の司令塔とした箒型構造だったこと。
 ハイヴの反応炉が、動力源、通信装置、コンピューターの1台3役だったこと。
 BETAがエネルギーの補給と同時に、情報や新しい命令を反応炉から得ていること。
 00ユニットとしての『白銀武』が、知的生命体として認識される可能性が高いこと。
 武の発案になる戦術機の新型OS『XM3』が戦術的には対BETA戦で絶大な効果があり、各国との取引材料になったこと。
 凄乃皇弐型の運用により佐渡島ハイヴの制圧が成功したこと。
 凄乃皇弐型の自爆攻撃により、オリジナルハイヴを消滅させることができたこと。
 オリジナルハイヴへの攻撃で使用したG弾5発は全て迎撃されてしまった事から、G弾による爆撃はあまり効果が望めそうにないこと。
 武は『明星作戦』当時の『鑑純夏』によって『因果導体』として再構成された存在で、『鑑純夏』と相思相愛になるまで、2001年10月22日を起点とし、『白銀武』の因果の消滅(死亡)を終点とした『ループ』を繰り返す存在となっている、という仮説。

 それらの情報を全て聞き終えた後、夕呼は武を待たせたまま己が思考の渦に身を投じ、未だ帰って来ないのだった。

(暇だなあ……時間掛かるなら、霞に会っておきたいんだけどな……)

 武がそんな事を考えていると、入り口が開き、霞がおずおずと室内へと入ってきた。
 そして、武の側までやってくると、大きな目を一杯に開いて、武をジッと見上げた。

「お、わざわざ来てくれたのか、ありがとうな。
 オレは白銀武、初めまして、だな。
 名前、教えてくれたら嬉しいんだけど、嫌かな?」

「…………知ってます……」

「う~ん……確かにオレは社霞って女の子を沢山知ってる。
 けどさ、なんて言うか、オレが知ってる霞達と君は、同じなんだけど、別の人間なんだと思うんだよな。
 だから、君と会うのはこれが最初ってことになって―――だから、初めましてになるんだ。
 そんなわけなんで、名前教えてくれるか?」

「……社……霞、です……」

「そうか、じゃ、握手だ霞―――あ、霞って呼んでもいいか?
 それから、握手の方法はオレからイメージ読むといいぞ。」

「…………霞で、いいです……」

 そうして、武は初めて普通の握手を霞とした。
 今までの霞の手を乗っけて上下に動かす握手も味わい深かったなあと武が思った時、夕呼が思考の迷宮から戻ってきた。

「あら? 社? 向うの部屋で待機してなさいって言ったのに……え? なに?……ふうん……そう……わかったわ……」

 霞は武の側を離れ、夕呼の脇に行って耳元に口を寄せ、何かを小声で伝えていった。
 そして、夕呼は霞の頭を軽く撫で、ニヤリと笑って武の方に視線を向けた。

「で? あんたは何が望みなのかしら?
 あんたから貰った情報はそれなりのものだったわ。
 相応の要求なら呑んであげるわよ?」

「オレは今までの世界群で世話になった人達を可能な限り護りたいんです。
 だから、その為の立場と先生の支援を下さい。
 将来的には次の世界への情報の継承のためにも、機密情報の開示もお願いしたいですが、それは現時点ではいいです。
 他にも幾つかお願いしたい事はありますけど、今はまだ先生がオレを信用できないと思いますから、暫く待ちます。」

「へぇ~。意外に物分りがいいのね……ていうか、あたしの性格を把握してるって事かしら?
 ま、いいわ。じゃ、その線でいいから具体的な要求を言って見なさい。」

 夕呼のその言葉を受けて、武は頭を深々と下げて礼を言ってから、自分の願いを口にした。

「ありがとうございます。
 まず、立場ですが、戸籍の回復と軍歴の捏造、207訓練小隊への配属をお願いします。
 戦地で徴用されて衛士として実戦を経験、戦時階級で臨時中尉まで特進したものの、正規の教育を受けていないので、夕呼先生直属となったのを機に、再訓練して正規任官しようとしてるってとこでどうですか?
 それから、BETAとの戦いで皆を死なせないために、夕呼先生の元で対BETA戦術構想を研究・開発する権限をください。
 それで、対BETA戦術構想で必要となる評価運用試験などの任務を、ヴァルキリーズや207訓練小隊に担ってもらいたいと思ってるんですが、無理ですかね?」

「ずいぶんと欲張りなのね。
 訓練兵として訓練する片手間に、対BETA戦術構想の考案及び運用試験もやるってわけ?
 あたしも特殊任務として、あんたには色々と働いてもらう気だから、3足の草鞋って事になるわよ。
 体持つの? だぁいじょぉ~ぶ~?」

 からかうように目を細めて武を見る夕呼。
 しかし、武は動じる風も無く、いけしゃあしゃあと応える―――虚勢だったが。

「訓練などに関しては、特殊任務優先って事で抜けられるように、神宮司軍曹に夕呼先生が口を利いてくれると有難いです。
 実際、今更訓練する必要なんてないですしね。
 あとは、優先順位を付けて、なんとかこなしていきますよ。
 あ、後は自室に持ち運び式の端末を1台と、携帯用通信機の手配をお願いします。」

「ちっ、余裕綽々って感じね―――ま、お互い利害は一致しているようだし、いいってことにしといたげる。
 あんたの待遇はあたし直属の臨時中尉って事にして、正規任官を目的として、明日から形だけ207衛士訓練校に配属って事にするわ。
 あんたの主任務は対BETA戦術構想の考案と運用評価試験の実施。
 その他にも、あたしの命令であれこれやらせるわよ?
 あんたの任務で実験部隊や護衛部隊、仮想敵が必要になった場合には、あたしの権限でヴァルキリーズや207訓練小隊に特命を下すわ。
 まりもには、衛士としての技量に不足は無いので、訓練よりも特殊任務優先にするように言っとくから。
 あと、逆にあんたが居た方が良いと思ったら、A-01に臨時編入するからその覚悟もしときなさいよ。」

「ありがとうございます。
 それじゃあ、まずは、『XM3』の開発ですね。
 『前の世界群』では11月11日にヴァルキリーズが出撃してますから、それまでには慣熟しておいて貰いたいですからね。
 先生さえよければ今から概念を説明しますから、なるべく早めに仕上げて貰えませんかね。」

「―――ほんと、厚かましいわね。
 あんた、口ばっかりで実は何にも役に立たないんじゃないでしょうね。」

「衛士としてはそれなりですよ?『前の世界群』じゃ、速瀬中尉に眼の敵にされてたくらいですから。
 プログラムとか理論構築とか、そっちの方はからっきしです。
 何とか必要な知識を丸覚えするのがやっとでしたからね。
 『今回』はそっちも頑張ってスキルを身に付けたいと思ってますけど。」

「ま、いいわ。聞くだけ聞いたげるから、その概念てのを説明しなさい。」

「はい。まずは―――」

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 17時42分、『前の世界群』と同じ部屋を割り当てられて、武はB4フロアの懐かしい自室でレポート作成に勤しんでいた。

(くそ~ッ、00ユニットだった時にはアッとゆーまだったのにな……
 明日は207に配属だし、早ければ3日後の夜には『XM3』のプロトタイプがシミュレーターに載っかるだろ?
 『XM3』が仕上がったら、ヴァルキリーズの慣熟に掛かりっきりになるだろうし……
 やっぱ、早目に出来るだけ進めとかないと駄目だな…………はぁ……
 もしかして、さしあたってオレの方が夕呼先生より切羽詰ってたり―――はしないかさすがに……)

 などと考えながら、キーボードを打ち続ける武。
 しかも、IDがまだ届いていないため、情報閲覧も出来ないのでデータベースからのコピペも出来ない。
 同じ理由でPXに行っても食事も買い物も出来ない。
 記憶を元に、対BETA戦術構想の下書きを、ひたすら打ち込んでいく作業が続いていた。

 と、そこへ、コンコンッと、ノックの音が響いた。
 武は端末の画面を消して、ノックに応じる。

「―――どうぞ?」

「失礼します。白銀武臨時中尉殿でいらっしゃいますか?
 私は神宮司軍曹であります。
 香月副司令の指示により、ID及び携帯通信機他諸々お持ちいたしました。
 こちらが受領リストになりますので、ご確認の上、よろしければサインを……?―――どうかなされましたか?」

 国連軍横浜基地衛士訓練学校の教官である、神宮司まりも軍曹の、やや小柄ながら凛々しい姿が開いたドアの向うにあった。

(―――ッ!! まりも……ちゃん…………)

 まりもの元気そうな姿を目の当たりにして、つい緩みかけた涙腺を、ジッと目を瞑って押さえ込み、武はなんとか普通の声で返事をすることに成功した。

「―――あ、いえ。今まで端末にかじりついていたもんで、ちょっと眼が眩んだだけです。
 それより、あなたがまりも……ちゃん、ですか?
 オレが白銀武臨時中尉で間違いありません。ご苦労様でした。」

 武はわざと失言を混ぜながらまりもに応じた。
 予想通り、まりもは眼と口を一瞬ではあるものの大きく開き、慌てて表情を繕うと言葉を返した。

「ありがとうございます、中尉殿。これしきの事で礼には及びません。
 ですが中尉殿、『まりもちゃん』とは私の事をお呼びになられたのでしょうか?」

「そうですよ。夕呼先生―――香月副司令のことですが――先生が神宮司軍曹を『まりも』と呼び捨てておられたので真似してみたんです。
 いい名前じゃないですか、使わなきゃ勿体無いですよ。」

 そう言われて、まりもは目を瞑って右の拳を震わせたが、なんとか立ち直ると、気を取り直して武に話しかけた。

「そうでしょうか……ともあれ、白銀中尉で間違いが無いのでしたら、受領書にサインをお願いいたします。
 ―――はい、結構です。
 香月副司令から、明日(みょうにち)付けで白銀臨時中尉は我が207訓練小隊へ編入と伺っておりますがよろしいでしょうか。
 ―――はい。了解いたしました。
 それでは、明日の起床後の点呼の際に、こちらの訓練兵の制服を着用の上、自室の扉を開放して廊下にてお待ち下さい。
 訓練期間中も、特殊任務に従事する関係上、現行の階級が保持されるとの事ですので、階級章や衛士徽章は襟の裏側にお付けください。
 詳細は明朝の点呼後に、お知らせいたします。
 何かご質問、ご要望などはおありでしょうか?」

 まりもは、途中武のサインを受け取ったり、返事を聞いたりしながら、事務的に役目を果たした。

「神宮司軍曹。貴女はオレが恩師と思い尊敬している衛士に良く似ている……貴女の練成を受ける事が今から楽しみでならない。
 形ばかりの配属で、特殊任務優先のため迷惑も掛けるだろうが、明日からよろしく頼む。」

 突然態度を改めて、真摯に語りかける武に、まりもは姿勢を正し、直立不動で答える。

「―――はっ! 過分なお言葉を頂戴し恐縮です。
 ご期待に背かぬよう全身全霊を尽くして任務を果たす所存でありますっ!」

 死線を潜って来た衛士に相応しい武の態度に、心中頷きかけたまりもだったが、武の真摯な態度は長続きしなかった。

「あとは……そうだな~、明日からは訓練兵としてお世話になることですし、敬語は止めてもらえませんか?―――まりもちゃん。」

 わざわざ最後に『まりもちゃん』を付ける武、まりもは額に青筋を浮かべながらも、応える。

「申し訳ありません中尉殿、訓練兵となられても中尉殿の階級は無効とはなりません。
 よって、態度を改める件に付きましてはご容赦下さい。」

「……まりもちゃん、頑固過ぎ……よし、じゃあこうしましょう。
 神宮司軍曹、現時刻よりオレの訓練小隊配属が解かれるその時まで、特殊任務に従事している場合を除き、オレを一訓練生として他の訓練生と分け隔てなく練成する事を命じる。
 反論は許さん、復唱しろ、『まりもちゃん』」

「今一度確認する事をお許し下さい中尉殿、ご命令を取り消されるおつもりはございませんか。」

「既に命令は下したぞ軍曹。これが最後だ、復唱し受諾しろ!」

「はっ! 只今より、白銀臨時中尉の訓練小隊配属が解かれるまで、白銀中尉が特殊任務に従事されている場合を除き、白銀中尉を一訓練兵として扱い、練成を遂げさせていただきますっ!
 ―――後悔するなよ? 白銀訓練兵ッ!
 貴様は私が誠心誠意を込めて、全力で練成してやるからな!」

 直立不動で復唱した後、がらりと態度を改めてまりもは武を睨み付けた。

「後悔なんてしませんよ。せっかく正規の教練を受けられるんです、お客さんじゃ詰まらないですからね。
 じゃ、改めてよろしくお願いします、まりもちゃん。」

「ふっ……いい度胸だ白銀。その度胸に免じて私をちゃん付けすることを特別に許してやる、まがりなりにも中尉殿だからな。
 明日からの訓練、楽しみにしておけよ?」

(うわー……ちょっとやり過ぎちゃったか? まりもちゃん、マジ怒ってる?)

 武は内心冷や汗を流しながらも、不敵に笑い、直立不動で敬礼して応えた。

「はっ! 神宮司教官殿、明日よりの練成、何卒よろしく願いますっ!」

 まりもは無言のまま答礼すると、踵を返して立ち去っていった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 18時27分、B19フロアの廊下を、夕食を済ませた武がシリンダールームを目指して歩いていた。
 その足取りは、何処か躊躇うような気配を纏わり付かせており、覇気に欠けたものであった。

(……そっか、脳みその状態の純夏を、純夏だと思って会いに行くのはこれが初めてなんだな。
 今更、気味が悪いとかはもう思わないけど…………なんか、会いたいような会いたくないような……)

 そうこうする内に、武はシリンダールームの内側のドアの前に立っていた。
 意を決して一歩前に踏み出す武。
 ―――そして、ドアが開き、武の眼に飛び込んでくる青白く光るシリンダー。

「………………」

 武は、アヤカシに招かれてでもいるかのように、力なく震える両手をやや前に向かって持ち上げ、覚束ない足取りで歩み寄って行く。
 薄暗い部屋の中、青白い光に仄かに輝く、シリンダー、その中に収められた、剥き出しの―――脳髄へと―――

「―――すみ……か…………すみかぁ………………純夏ァアアアアアッッ!!!」

 シリンダーまで後一歩の所で立ち止まった武は、次の瞬間、両手でシリンダーに取りすがって号泣した―――

「―――ごめん、ごめんよ純夏……ほんとにごめん……オレ、またおまえを助けられなかった……
 二度と、二度とおまえを失うまいと……必ず護るって誓ったのに…………ごめん、ごめんよぉ…………」

 脳裏に浮かぶのは、『前の世界群』での純夏達の最後の姿であった。
 ―――苦悶の表情のままに自閉モードに閉じこもったままの純夏……
 ―――『甲21号作戦』で、擱坐した凄乃皇弐型から00ユニットを回収しようとするヴァルキリーズもろともに、膨大な数のBETAに飲み込まれてしまった純夏……
 ―――00ユニットの稼動に至れず、侵攻して来たBETAに再占領されるよりはと、大量のS-11によって殺到するBETAもろとも自爆した横浜基地と、脳髄のままで運命を共にした純夏……
 結局、思い出せる限りの『前の世界群』の記憶の全てで、武は純夏を失っていた。
 純夏を護りきれた世界は、ただの1つも存在しなかった……

「……今度こそッ!…………今度こそ護ってやる………………おまえの願いは……ごめん……叶えてやれないけど…………
 そのかわりッ!!…………今度こそ……今度こそ護ってやるぞッッ!! 純夏ァアアアアーーーッッッ!!!」

 辺りを一切はばかる事無く、一心不乱に謝り、誓い、涙する武―――

 武がやってくる前からこの部屋にいた霞は、そんな武を見て瞳を伏せると、そのまま静かに部屋を出た。
 そして、幼馴染たちの悲しい再会を、妨げようとするものから護るべく、接続通路に独り立ち続けた…………




[3277] 第14話 『特別』な小隊
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2010/09/28 17:32

第14話 『特別』な小隊

2001年10月22日(月)

 19時36分、ドアの開く音に霞が振り向くと、そこには目を真っ赤に充血させた武が、青白く光るシリンダーを背後に、それでも笑顔で立っていた。

「霞……気を利かせてくれてありがとな。」

「……いえ……お話、できましたか?……」

「ああ、オレが一方的に泣き付いただけだけどな。」

「…………よかったです………………ずっと、まってました……」

「そっか…………霞、頼みがあるんだけど、聞いてくれるか?」

 武の言葉に、霞は武を見上げてピコッと髪飾りを跳ねさせてから、コクンと頷いた。

「オレが、純夏との楽しい想い出を思い浮かべるから、そのイメージをあいつに見せてやってくれないか?」

「……想い出…………わかりました……」

 それから10分の間、武と霞による純夏へのプロジェクションが続いた―――

 そして、自室へと戻るため、ドアから踏み出そうとした武は、ふと振り返ると霞を見て言った。

「明日は、霞も想い出作りしような―――霞自身の想い出だぞ。」

「―――!!……想い出…………ありません……でも…………楽しみです…………」

「じゃあ、また明日な、霞。」

「……バイバイ……」

 霞の挨拶に頷いて、部屋を出かけた武だったが、ふと違和感を感じて歩みを止める。

「ん?……バイバイ……か…………霞、また会う相手には『またね』って言うんだぞ?」

「………………またね……」

「ああ、またね、だ、霞。」

 そして、武は今度こそ、部屋を出て行った。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

2001年10月23日(火)

 05時52分、B4フロアの武の自室では、霞が武を一生懸命にユサユサと揺すっていた。

「……ん…………ッ!!―――あ……霞か……」

(くそっ! 一瞬、純夏が起こしにきたのかと思っちまった……けど、霞、『今回の世界』でも起こしに来てくれたのか……)

「……起こしていたんですね…………私も……」

「ん? ああ、毎朝のように起こしてもらっていたよ。
 おまえと―――純夏にな…………おはよう、霞。ありがとな。」

「……またね。」

「ああ、また後でな。」

 霞は言葉少なに、武の部屋から出ていった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 08時05分、国連軍横浜基地衛士訓練学校の教室で、武は黒板の前に立たされていた。

「本日付で207訓練小隊B分隊に配属となった白銀武訓練兵だ。」

「白銀武です。よろしくお願いします。」

「見ての通り男だ。しかもこの時期というので驚いただろうが、本来白銀は形ばかりの配属となる予定だった。
 何故なら、白銀は戦地で徴用され、衛士として実戦も潜り抜けている現役衛士だからだ。
 戦時階級ではあるが、臨時中尉の階級も持っている。」

(((( ―――中尉ッ!! ))))

 207訓練小隊の榊千鶴、御剣冥夜、彩峰慧、珠瀬壬姫の4人の訓練兵は、中途編入の訓練兵が中尉の階級を持つ事に驚愕した。

「にも拘らず、白銀が訓練兵として配属されたのは、正規の軍事教育を受けていないため、実際の階級が徴用された際の一等兵のままだからだ。
 よって、白銀はこの訓練小隊に在籍し卒業したという形を取って、正規の任官を経た衛士として少尉の階級を得る事を目的としている。
 形ばかりと言ったのは、現役の衛士が今更訓練校で学ぶ事など無いことと、白銀が訓練期間中も、香月副司令直轄の特殊任務に従事するからだ。
 特殊任務との二足の草鞋となるため、白銀の臨時中尉としての階級が訓練期間中も有効なことからも、腰掛けで卒業してもらうつもりだった。
 しかし、白銀は物好きにも貴様らと分け隔てなく練成しろと私に命令を下した。
 よって、白銀は本人の命令により、訓練期間中に於いては特殊任務に従事している場合を除き、訓練兵として遇する事となった。
 貴様らには戸惑う事も多いだろうが、現役衛士から貴様らが学べることは大いにあるはずだ。
 まして、白銀は香月副司令が自らの手元に招き『特別』な人材だと断言するほどの人物だ。
 この機会を逃さず、己を磨き上げる糧としろ。いいな?」

「「「「 ―――はいっ! 」」」」

 訓練兵だったり中尉だったり一等兵だったり、現役衛士だったり腰掛だったり特殊任務だったり、話が二転三転しすぎる上、異例中の異例とも言える扱いだったため、4人とも理解出来たとは言い難かったが、現役衛士に教えを請えるという事だけはしっかりと理解し、声を揃えて返事を返した。
 武はというと、まりもの言葉の中にあった『特別』というくだりに、夕呼のほくそ笑む顔が垣間見えてげっそりしていた。

「既に基地内も見学済みで案内も要らないそうだ。
 では、座学を始める前に、お互いに自己紹介をする時間をやるので交流を深めろ。
 ―――では榊、私は暫く席を外してやる、後は任せるぞ。」

「―――はっ! 小隊、敬礼ーーーッ!」

 千鶴の号令で武も含めた5人が敬礼すると、まりもは答礼して教室を出て行った。
 まりもを見送った後、武は4人の見慣れた少女達に向き直るが、『今回の世界』では初対面なので、彼女らの表情は硬かった。

「で、では、自己紹介をさせていただきます。自分は分隊長を任されております、榊千鶴訓練兵であります、中尉殿っ!」

「よろしく―――そうだな、眼鏡だし三つ編みだし、榊の事は『委員長』って呼ばせてもらうか。
 よろしくな、委員長。
 あと、同じ訓練兵って事で、堅っ苦しいのは抜きでな―――他のみんなもだぞ?
 オレの事も、白銀でも武でも、呼び捨てちゃっていいからな。
 訓練兵とは言え、背中を預けあう戦友なんだから、同い年なんだし、もっとこう馴れ馴れしい位がいいな。」

「―――ハァ?」

 武は、問答無用且つ強引に千鶴を『委員長』に仕立て上げると、フレンドリーな人間関係を要求した。
 唐突に『委員長』にされてしまって絶句する千鶴の隣に、冥夜が進み出て自己紹介する。

「―――む、過度な儀礼は不要という事だな?
 ならば―――私が副隊長を拝命している御剣冥夜訓練兵だ。
 現役衛士に教えを請えるとは望外の事だ。
 そなたには得るものが少ないやも知れぬが、よろしく頼む。」

「ああ、よろしくな、冥夜―――っと、呼び捨てにしちまって構わないか?」

「む―――そ、そなたは私を見ても何も…………い、いや、呼び捨てで構わぬぞ。
 私もそなたの事はタケルと呼ばせてもらおう……これでよいか?」

「じゃあ、そういうことで頼むよ。」

 その次は壬姫が小さな身体で前に出てきた。

「えっと、ミキは……じゃなかった、わたしは珠瀬壬姫訓練兵です。
 よ、よろしくお願いしますっ!」

「よろしく……よし、『たま』って呼んでいいか?」

「なんか、私猫みたいですねー。あ、それでいいですよー。」

「そっか、よろしくな、たま。オレの事はひらがなで『たけるさん』と呼んでくれ。」

「う、うん……頑張りますっ!……じゃなくって……
 が、がんばるね! たけるさん。」

「―――呼び方を指定する人なんて……初めてみたわ」

 衝撃から立ち直って呆れたように呟く千鶴、自分が自失している間に事態が進行してしまい既に取り返しが付きそうにない事は、一応把握できているようだった。
 その千鶴の背後をわざと通り過ぎるようにして前に出ながら、彩峰がぼそっと呟く。

「いいんちょー、いいんちょー……いいんじゃない?」
「彩峰、あなたっ!!」

「お、最後は彩峰か。」
「え?それ誰?」
「おまえだろうがっ!」
「え、ほんとに?!」

 眼を丸く見開いて驚いてみせる彩峰。

「はいはい……よろしくな、彩峰。」

「どうしてだろう、バレてる……ジーーーーーッ」

 彩峰に野良犬でも見るような眼で見られて、少しめげる武。

「口で言うな! で、おまえはよろしくしてくれないのか?」

「合成ヤキソバ1皿でよろしくしてあげても、いいよ。」

「わかったわかった、今度食わせてやるよ。
 だから、よろしくな、彩峰。」

「―――白銀、いい人。とても凄くよろしくしてあげる。」

「ふつーに、よろしくしてくれ……」

 彩峰との会話に疲れ、力無くうずくまる武。
 そんな武の肩を叩いて、励ます彩峰。

「……元気出せ、白銀。」
「だぁ~~~っ、もうっ! わかったよ、元気出すよ!!」
「タ、タケル……そ、そなたは愉快な御仁だな……」
「あはは、たけるさん、おもしろ~い。」
「白銀、グッジョブ……」
「あ~~~っ、もう。これじゃ先が思いやられるわ……」

(―――くっそ~、懐かしすぎるぞっ! みんな、ほんとにまた、よろしく頼むなっ!)

 武は満面の笑顔を浮かべて、目尻の涙を誤魔化した―――懐かしい仲間達に囲まれて。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 12時03分、PXの席に付き昼食を食べ終えた武は、207の仲間達を見回した。

 午前中の座学の講義時間を、まりもの許可を得た上で、武は教室の後方の席で内職をして過ごした。
 自室から持ち運び式端末を持ってきて、対BETA戦術構想の資料作成を行いながら、座学の内容と207の皆の様子をうかがった。
 『前の世界群』でも、『更に前の世界群』でも、共に学んできている武には、彼女達の優秀さは良く解っていた―――そして、彼女達が抱えている問題点も……

 そして、全員が昼食を食べ終えるのを待って、千鶴が話の口火を切った。

「白銀中尉……んんっ……白銀、あなたの訓練小隊への配属が異例尽くしだって事は、午前の座学中に教官公認でしてた内職で、よ~~~~っく思い知ったわ。
 その上で……聞いておきたい事があるの。
 単刀直入に聞くわね。あなた……期待していいの?
 神宮司教官からは、『特別な人材』だと聞かされたわ。
 それは、私達……いえ、ひいてはこの国の、この星のためになる『特別』なのよね?」

「私達はその特別の意味する所までは詮索しない。
 だが、当然期待はする。
 それは理解しておいて貰いたいのだ。」

 千鶴の言葉に続き、冥夜も『特別』について言及する。
 それは、武の『特別』までもが自分達のような『特別な背景』であって欲しくは無いという願いなのか、それとも、自分達が目指している現役の衛士でもある武に託した希望なのか……
 だが、武には安請け合いをするつもりがなかった。

「ああ、それか……悪いけど委員長、冥夜、オレの『特別』ってのは、『特別臆病な衛士』って意味なんだよ。
 恥知らずって言ってもいい。」

「…………それどういう意味?」
「えっ?えっ?えっ?―――」

 武の思いもよらない応えに、彩峰は眉を寄せ、壬姫は自分の耳を疑い周囲の様子を忙しなく見比べた。

「驚いたか? でもな、本当の事なんだぜ?
 オレは、自分の命を惜しんで、BETAとの戦いで死なずに済む方法を、必死で探してるんだ。
 午前中の『内職』もそれなんだよ。」

「「「「 ―――!! 」」」」

 午前中の内職の内容だと言うのなら、それは即ち、香月副司令直轄の特殊任務の内容だということだ。
 機密の内容を洩れ聞いてしまったのではないかと、全員の表情が一斉に強張る。

「―――ああ、大丈夫だ。話せないような事は言ってないから。
 それに、みんなには、207訓練小隊として、いずれ手伝ってもらうつもりだしな。
 ま、それはおいといて、『特別』の話を続けるぞ?
 オレはさ……実戦の中で大事な人達を護り切れずに沢山失ってきた。
 オレはその度に、次こそは必ず護ると誓って……でも、護り切れた事はなかった。
 逆に、護りたかった人に、その人の命で自分の命を救われた事さえある―――
 そりゃそうだよな、戦場で仲間を護りたいって思うのは、とても自然な事なんだから、そう思ってるのは別にオレだけじゃないってことさ。
 『衛士の心得』って聞いた事あるか?
 戦死した仲間の生き様やその教えを、誇りを持って語り継ぐ。しかも、悲しみを見せずにだ。
 前線の衛士達は、そうやって仲間の死を背負い、乗り越えて、精一杯戦っているんだ。
 だからこそ、仲間の為に戦い、死力を尽くし、仲間を救うために命を散らしていく―――」

 最初は自嘲の色が見えたものの、それでも笑っていた武の顔が、どんどんと沈痛なものに変わっていく。
 そこには、前線で実戦を潜り抜けてきた者が持つ現実の重さが顕れているように、実戦を知らない4人には思えた。
 そして、武は話を続ける。

「……けど、オレは―――確かにその挺身はとても尊いものだけど―――それでも、命を散らしたんじゃ駄目なんだと思った。
 決してその行為を否定してるんじゃない。
 その行為が必要な局面が否応も無く存在してるってのも解ってる。
 それでも―――それでも、死んじまったら仲間を悲ませるし、もう二度と誰かを護る事も、救う事も出来なくなるんだよ……
 だからオレは、死なずに済む方法を探そうと思った。
 死なずに大事な人達を護れる方法―――大事な人達が命を捨てなくても、BETAに対抗できる方法―――
 それを探し出して、世界に広めるのがオレの『特別』な目的なんだ。
 オレは自分が死ぬ事に臆病で、大事な人を失う事に臆病で、必死になって死なずに済む方法を探している『特別臆病な衛士』なんだよ……
 軽蔑するか?
 徴用されたのが国連軍で良かったよ。
 これが帝国軍だったら再教育に回されてただろうからな。」

 静かに、諭すように話す武だったが、その眼には真摯で激しい意志の光が溢れていた。
 そして、最後だけふざけるように笑って、おどけて見せた。
 武の発言に驚き、あるいは沈思黙考する207の4人。
 その様子に、武は言葉を足した。

「―――とまあ、先に本音を言っちまったけど。
 もっと表向きの説明もあるんだぞ?
 いいか―――BETAの最大の武器は物量だ……これは聞いた事あるよな?
 あの無尽蔵とすら思える物量に、人類は叩きのめされてきた。
 最早人類は物量においてBETAに対抗する事は難しいとオレは思う。
 じゃあ、人類がBETAに対抗するにはどうするのか?
 量より質で対抗するしかないと、オレは思う。
 経験豊富な兵士を多く揃え、臨機応変千変万化な戦術でBETAを翻弄して、あの物量を凌ぎきるしかないと思うんだ。
 ところが、BETA相手の戦争じゃ、経験を積む間もなく兵士はどんどんと死んでいく。
 これじゃ駄目だ、もっとBETAとの戦いで兵士が生き延びられるようにしなけりゃ、兵士の質がどんどん悪くなっていっちまう。
 てことで、戦死者を減らす工夫が重要だって思うわけだ。
 ―――てな感じだと、いくらか納得しやすいか?」

「…………無理、それが出来たら苦労しない。」

「そうね、戦死者が多いのはそうまでして戦わないと、BETAを押さえ切れないって現実があるからだわ。
 現実を無視して理想を追っても……」

 彩峰と千鶴が否定的な見解を述べる、しかし、冥夜がそれに異を唱えた。

「―――まて、そなたら。タケルの言う事にも一理あるぞ。
 現在の対BETA戦術は、その当初より苦境にあってこれを凌ぐために考案されたものだ。
 もしや、大局において見過ごされている事があるやも知れぬ。
 それに、現状を無批判に受け入れる事は思考停止に他ならぬぞ。
 タケルの構想が達成された時の事も考えてみよ―――
 そしてなにより、香月副司令が採用した計画……不可能と決め付けるのは早計であろう。」

「そ、そうですよね! 戦場で人が死ななくて済むのにこしたことはないですよ~。」

「…………香月副司令……正気?」

「―――なるほどね……これは正規の軍人には手伝わせられないわけだわ。」

「ま、おまえらにとっては任務って事になるんで、いざとなったら、強制的に付き合ってもらうけどな。
 まあ、オレと知り合っちまったのが運の尽きと諦めてくれ。」

「うむ! 非才の身なれど、粉骨砕身の思いで助力させてもらおう。」

「…………御剣?」

「ちょっと御剣、あなた安請け合いしちゃっていいの?」

「安請け合いとは甚だ遺憾な言われようだな。
 私はこの者の理想に共感して、その一助となると決めたのだ。
 前言を翻すつもりは毛頭ないぞ。
 ―――榊、気付かぬのか? タケルは、全世界で戦う兵士の犠牲を減らす方法を模索すると言っておるのだ。
 まさに、この星のためになる、稀有壮大な行いではないか。
 最初から諦めてしまうには、惜しすぎると思わぬか?」

「……なるほど、納得。」

「―――っ……そ、そう言う事なら、協力するに吝かではないわ。」

「無理しなくったっていいんだぜ? 委員長。
 冥夜も余りオレを買い被ってくれるなよ?
 ま、これは今日明日にどうこうって話じゃないし、お互いもう少しちゃんと知り合ってからでいいさ。」

 そこへ、先程から時間を気にしていた壬姫が割って入った。

「―――そ、そろそろ行かないと、午後の訓練に間に合わないよ~。」

「そりゃやばい。午後の訓練はオレも参加するからよろしくな。」

 そう言って、武が席を立つと、他の4人もPXを後にした。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 13時51分、訓練校のグラウンドで207の5人は10kmの持久走を行っていた。
 武は自分の身体能力を確かめながら走っていたが、『前の世界群』の時と同じく、基礎体力などは前のループの能力を引き継いでいるようだった。

「…………教官、終了しました!」

「……白銀か……よし、後5周追加だ、行けッ!」

 10km走り終えた武が申告すると、まりもは一瞥するなり命令した。

「は?……りょ、了解しましたっ! 白銀訓練兵、トラックを5周いたしますっ!!」

「よしっ! 他の者が全員走り終えるまでに終わらせろよ。現役衛士の体力を奴らに見せてやれ、いいな!」

「―――了解ッ!」

 武はまりもに敬礼をして、10km走り終えたばかりとは思えない速度でトラックを走り出した。

(さすがまりもちゃん、こっちの体力読まれてるな……けど、みんなのペースだって遅いわけじゃない、残りの時間で5周はきついぞ……
 こんなことなら、ペース緩めて走るんじゃなかったぜ。)

 10分後、武は最後まで走っていた壬姫を最後の方で追い抜いて、なんとか5周を走り終えて息を整えていた。

「―――まあいいだろう。
 よし次! ケージにあるあの装備を担いで10キロ行軍だ!
 白銀っ、貴様は完全装備の上、分隊支援火器のダミーも担いでやれ。いいな!」

「―――了解ッ!」

 武は素直に命令を受諾して行軍を始める。
 武にとっては、分隊支援火器はともかく、完全装備でない方がかえって落ち着かないので、まりもの指示は渡りに船だった。
 とは言え……

「うわっ、久しぶりに担ぐと結構重いなー。」

「どうしたの? もう疲れちゃったのかしら?」

「……白銀、口だけ?」

「そう言うな、白銀は5周余分に走っているのだぞ?」

「いや、久しぶりなんでちょっと重く感じただけだ。
 行軍する分には問題ないだろ……多分。」

「すごいですね……いしょっ!」

「衛士も最後は気力・体力勝負だからなー。
 ただ、鍛錬以外じゃ、完全装備での行軍なんてやらないけどな……戦術機に重装備させることはあるけどさ。」

「ほう……さすれば体力は何に必要となるのだ?」

「……知ってて聞いてないか?―――戦術機の戦闘機動中には加速Gが滅茶苦茶掛かる。
 衛士強化装備で大分軽減はされるが、身体に蓄積される疲労は半端なもんじゃ済まないからな。
 戦闘が長期化した時の事を考えると、体力がないとどんどん意識レベルが下がっていっちまうんだ。
 特に、突撃前衛は動き続けてなんぼなポジションだからな―――冥夜や彩峰は適性からして突撃前衛向きだと思うぞ?」

 武は、『前の世界群』での冥夜と彩峰の戦闘機動を思い浮かべながら言った。
 すると、珍しく彩峰が真剣な顔をして、ぽそりと呟く。

「…………そっか……じゃ、鍛える?」

「そうだな。武という格好の目標が目の前にあるのだ。
 より高みを目指して精進すべきであろうな。」

 照れ隠しなのか、疑問系で発せられた彩峰の言葉を、素直に問いかけとして受け取って冥夜が応える。
 対して、壬姫はひどく不安げな表情で、武を見上げるようにして言った。

「じゃ、じゃあ、ミキなんかじゃ戦い続けられないんですか?」

「いや、そんな事もないぞ。体力はあるにこしたことはないって話さ。
 たまは狙撃による支援が主になるだろうから、集中力を維持する気力の方が重要かもしれない。
 けど、BETA相手じゃ混戦に巻き込まれる事も多いから、近接戦闘や回避機動に耐えるための体力はあったほうがいいな。」

「な、なるほどー。」

「……さすがに、実戦を経験してると、言葉に重みが感じられるわね。」

 と、千鶴が感想を述べると、訓練の糧となる会話であると判断し今まで黙認していたまりもが、そろそろ頃合と怒声で全員に活を入れる。

「こらぁ! 貴様らいつまでおしゃべりしているつもりだっ! 余裕があるならペースをあげろっ!!」

 その声に、全員弾かれるようにペースを上げた……

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 17時35分、1階のPXで207Bの5人は揃って夕食を食べていた。
 実戦部隊に配属されてから、いつの間にか早食いの習慣が身に付いていたのか、5人の中で武の食事時間は飛び抜けて短い。
 結果的に、先に食べ終えた後は合成玉露を飲みながら、他の4人を眺める事になるのだが……
 やはり、口を開けている所を見られるのは恥ずかしいのか、千鶴から苦情が出て、そこから他愛のない話が始まる。

「ちょっと、食べてる所、あんまりじろじろ見ないでよね。」
「……白銀が榊の食事を狙ってる。」
「狙ってねーよ!」
「あはははは」
「ふ……しかし、そなたは食べるのが早いな。」
「常在戦場の心構えなんだとさ……オレは先任からそう教わった。」
「―――そうか。となれば、見習わねばならぬかな?」

 会話を続けながら、武はヴァルキリーズ1の早食いを誇っていた風間祷子少尉を思い出した。
 恐らくは今もこの基地にいるのだろうが、ヴァルキリーズは207訓練小隊と出くわさないように、調整されている。

 京塚のおばちゃんが直に取り仕切っているここのPXは、横浜基地でも人気№1のPXなのだが、成長期の訓練兵は体調管理の面から細やかな配慮が必要なために、207訓練小隊は優先的にここのPXを割り当てられていた。
 A-01部隊も優先割り当てを受けている口なのだが、207訓練小隊に涼宮茜が入隊して以来、実姉の遙と遭遇させないために、大分不自由を余儀なくされていたらしい。
 その状況は茜の任官によって解消されたのだが、今度は、任官した207Aと訓練兵のままの207Bを遭遇させないために相変わらず調整は続いているのだろう。
 如何に家族にも詳細を知らせる事ができない特殊任務部隊とは言え、ご苦労なことだと武は思った。

 武がそんな取り留めのないことを考えている内に、全員の食事も終わり、話題は1ヵ月後に予定されている総合戦闘技術評価演習の話に変わっていた。

「1ヶ月もすれば、総合戦闘技術評価演習があるわ。
 それは何としてでも成功させなくちゃいけない。」

「それに先んじてあと1週間もすれば、鎧衣も戻ってくるはずだ。
 その時には207小隊を最強のチームにしておきたいものだ。」

「……鎧衣……美琴だったな。
 サバイバル特性の高い訓練生だったよな?」

「たけるさん……鎧衣さんの事、知ってるの?」

 千鶴と冥夜の言葉を受けて、武は一計を案じて美琴の情報を口に出して見せた。
 眼を一杯に見開いて、驚きを素直に表現しながら壬姫が尋ね返してくるのに頷いて、武は爆弾発言を放り出す。

「ああ、知ってる。
 昼飯の時にも言っただろ? オレの特殊任務をおまえらに手伝って貰うかもしれないって。
 その関係で、悪いけどみんなの人事データは一通り見させてもらった。
 みんなが抱えてる『特別な背景』も含めてな。」

「「「「 ―――!! 」」」」

 あまり人に知られたくない背景を持っている4人は、武の言葉に反射的に身体を強張らせる。
 中でも、千鶴は強烈な反応を示し、武に食って掛かった。

「なんですってっ!! 白銀、あなた一体どういうつもりで―――「白銀は任務だって言った。」―――くっ!」

 しかし、途中で彩峰の痛烈な指摘を受け、自分の動揺を自覚して黙る。
 そんな、みんなの様子を見渡して、武は話を続けた。

「彩峰の言う通り、任務として必要だから人事データを見た。
 オレが知っているという事を、隠しておく必要も感じないからこうして伝えた。
 さっき、冥夜は最強のチームにしたいと言ったな?
 おまえらは、個人の能力なら訓練兵としては破格のものを持ってる。
 それぞれの得意分野じゃ、一応現役衛士だっていうのに、オレじゃあ勝てる気が全然しないくらいだ。
 だけど、個人の能力だけじゃ最強のチームにはなれない。
 必要なものは何だと思う?」

「「「「 ……………… 」」」」

 武の問いに、全員微妙な表情で黙り込む。

「―――その様子だと、自分たちの問題点は自覚してるみたいだな。
 あっけらかんと答えられたらどうしようかと思ったよ。
 解ってるんだろうが、必要なものってのは、チームワーク、つまり団結力だ。
 ―――『お互い詮索しないのが暗黙のルール』だったか?」

「ッ!!―――白銀、あなた何処でそれを―――」

 何処でそれを知ったのか、そう尋ねかけて千鶴は気付く。
 目の前の男は訓練兵としての仲間でありながら、同時に現役衛士の中尉であり、副司令直轄の特殊任務に従事しているのだ。
 訓練兵に対する教官の考課でさえ、読んでいても不思議はないのだと―――

「自分の任務の成果を預けるかも知れない部隊の情報だ、閲覧を許された情報は隅から隅まで頭に叩き込んであるさ。
 話を戻すが、詮索しないってのは深入りしないって事だし、それが暗黙のルールだってのはそのルールに甘えて自分からは打ち明けないって事だ。
 オレは今日、朝の自己紹介でおまえらを戦友だと思ってるって言ったよな?
 昼には、『衛士の心得』の話もしたし、前線で戦う衛士の話もしたよな?
 押し付けがましくて悪いけど、オレはおまえらと本当の戦友になるために、これからもずかずかとおまえたちの抱えてる事情に踏み込んでくつもりだぞ。」

「「「「 ―――ッ!! 」」」」

「そうやって相手の事をお互いに深く知り合って、そうしてようやく互いが互いを語り継げるようになるんだからな。
 自分の殻に閉じこもってる奴を、心の底から信頼できるか?
 自分の命を預けたり、そいつの為に犠牲になったり出来るか?
 最強のチームどころか、戦場で最低限の部隊行動を行うのにも、チームワーク―――いや、部隊内の信頼関係は重要なんだ。
 勿論、どうしても言えない事もあるだろう、オレにだってある。
 仲間に嘘をつかなきゃならない事だってあるかもしれないさ。
 それでもそれは、殻に閉じこもって自分を守る事を優先するのとは違うんだぞ?」

「「「「 ……………… 」」」」

 沈痛な表情で武の言葉を噛み締める4人。
 自分の言葉が反発されるのではなく、真摯に受け止められたのを確認して、内心ほっとしながら武は優しく言葉をかける。

「どうせ、任官して部隊配属になれば『暗黙のルール』なんて消し飛んじまうんだからさ。
 オレにはもう知られちまってるんだから、腹括って練習台にすればいいんじゃないか?
 そうやって、しっかりとお互いが団結できれば、おまえらは最強のチームにきっとなれるよ。」

「「「「 タケル……/白銀、あなた……/白銀、カッコ付け過ぎ/たけるさん――― 」」」」

「―――ってことでだ。
 まずはオレの事を知ってもらうためにも、オレの華々しい戦術機初搭乗の話を聞かせてやろう。
 その時オレはまだ一般人でさ、BETAが攻めて来たってんで避難してる途中だったんだ。
 必死になって逃げる途中で戦術機載せたトレーラーに出くわしてな。
 そのトレーラー―――今にして思えば支援担架だったんだな――の運転席がレーザーで吹っ飛ばされちまっててさ。
 多分衛士もろとも消し飛ばされてたんだろうな……
 で、オレはその戦術機―――F-4『ファントム』にのって戦場から逃げ出したんだ―――強化装備無しでな。」

「ウソ……激しくウソ……」

「なんだよ彩峰、オレの戦術機特性はぶっちぎりのトップクラスなんだぜ?
 もっとも、そのお蔭でようやく後方の司令部に逃げ込んだってのに、その場で戦地徴用される羽目になっちまったんだけどな。」

「す、すごいですねぇ~。」

 その後、武の作り話で盛り上がったが、突っ込みどころ満載の内容に、信じていたのは壬姫だけだったかもしれない。




[3277] 第15話 触れ合う心
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/07 17:21

第15話 触れ合う心

2001年10月23日(火)

 19時03分、B19フロアのシリンダールームに、武はあやとり紐持参でやってきていた。

「よ、霞。こんばんわ、だぞ。」

「……こんばんわ。」

 室内でシリンダーに浮かぶ純夏に話し掛けている霞を認め、声を掛けた武に、霞も素直に挨拶を返した。

「今日はあやとり紐を持ってきたからな。
 霞はあやとりしたことないだろ? 教えてやるから一緒にやろうぜ。」

「……あやとり……」

 武の唐突な提案に、目をパチクリと瞬きさせる霞を楽しげに見て、武は床へと座り込んだ。
 武は霞を手招きし、『前の世界群』で少しはましになったあやとりの腕で、霞に遊び方を教えていった。

 そして30分があっという間に過ぎ、あやとりを切り上げ、武は霞に協力してもらって、純夏へとイメージをプロジェクションしてもらう。
 武は自分の行為が自己満足に過ぎないと思っており、それに霞まで付き合わせている事に罪の意識すら持っていた。
 そして、霞はそんな武の想いも、武の思い浮かべるイメージと一緒にリーディングしてしまう。
 霞は武の心をリーディングし、純夏へとイメージをプロジェクションする合間にふと考えてしまう。

(……この人は、たくさんの悲しい記憶を抱えている……でも、大切な人達への暖かい想いの方がもっと強い……
 ……そして、私もその中に入れてくれている……私の力や出自を知っているのに……
 ……この人をリーディングしていると、たまに鏡を覗き込んだように、私のイメージが見える……
 ……泣いている私……笑っている私……あんな私を、私は知らない……
 ……私は、この人といると暖かくなる……私は、この人を助けてあげたくなる……
 ……これは、私の想い?……それとも純夏さんの?…………
 ……私は、この人と接する事で、あんな私に変わっていける……の?……)

 そして、幾何か(いくばくか)の時が過ぎ、帰り際に武が霞に話しかけた。

「霞、あやとり、楽しかったか?」

「……うまくできません……」

「そっか―――じゃあ、上手くなるまでまた一緒にやろうな。
 飽きたら、おはじきとかもあるからさ。」

「……はい…………またね。」

「ああ、またな、霞。」

 霞と再会を約す挨拶を交わし、退室しながら武は考えた。

(……おはじき、か……たまにでも習わないと駄目かな?
 なんでオレってこう、安請け合いしちまうんだろうな~―――)

 そんな武の思考を読んで、閉まったドアの向こう側の霞が、クスリと微かに笑ったのだが、武には知るよしもなかった―――

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 21時46分、対BETA戦術構想の資料作成に一区切り付け、消灯前に少し身体を動かしておこうと、武はグラウンドに来ていた。
 武が準備運動のストレッチをしていると、トラックを走っていた冥夜が武に気付き、ランニングを中止して近づいて来た。

「タケル、そなたも自主訓練か?」

「おう、冥夜か。オレはちょっと身体を動かしたくなっただけだよ。」

「そうか―――もしや、夕食後も特殊任務に従事しておるのか?」

「を、鋭いな。まあ、そんな感じだよ。」

 冥夜の問いかけを曖昧に肯定する武に、冥夜は僅かに表情を曇らせる。

「……そなた……もしや、焦っておるのではないか?
 今日の皆との会話にせよ、座学でのあからさまな内職にせよ、何処か性急な感があったぞ。
 しかし、そうだとすると何故(なにゆえ)時間を割いてまで、我らの訓練に参加しているのかが腑に落ちぬのだがな。」

「……鋭いな、冥夜。訓練兵の身でそこまで他人を観察できるなんて、おまえは本当に凄い奴だな。
 普通は自分の事で精一杯だろうに。」

 武が手放しで誉めると、冥夜は僅かに頬を染めて反論する。

「そ、そのような事はない。私とて、自分の事で精一杯であることに、何等変わりはない。
 だが……性分なのやも知れぬが……他者の振る舞いが気に掛かって仕方ないのだ……」

「ん?ああ、そうか……おまえの生い立ちじゃ、周囲の人間相手にそうそう気を許すわけには行かないもんな。
 苦労してるな、冥夜。」

 武が冥夜の事情に理解を示すと、冥夜は嬉しいような困ったような、何とも言えない面持ちになって言葉を返す。

「そなたは……そなたは、私の事情をどこまで知っておるのだ?」

「やっぱ気になるよな……別に隠す気はないけど、言った途端に月詠さんに切り殺されたりとかしないよな?」

「―――月詠の事まで……無論だ、そのような事、私が断じてさせぬ。」

「そっか、それじゃあ安心して話せるな。
 煌武院家の為来り(しきたり)の事も、殿下のご尊顔も、それが原因でおまえの生い立ちが一部隠されている事も、御剣冥夜として警護リストに載ってることも、も一つおまけに、おまえの警護の為に斯衛軍第19独立警備小隊がこの基地に駐留している事も知っている。」

「……全て知っているのだな……全て知っていて、尚そなたは、私に対してその態度を改めぬのだな。」

「だから、言っただろ。おまえらの事は戦友だと思ってるって。
 前線じゃ、仲間相手に変な遠慮なんてしてらんないし―――そもそも、オレは無礼な変わりモンなんだよ。
 おれもちょっと色々あってな、日本人としちゃ感覚が少し変なんだよ。
 まあ、そのお蔭で変わった発想をするって良く言われるけどな。」

「……そうか……そこまで知っているとあっては、本来そなたに気を許すなどあってはならぬ事なのだが……
 ……どうしてか、そなたを疑う気にはなれぬのだ……これがそなたの詐術であるなら、私の完敗だな。」

 冥夜は不敵に笑って言い放った。
 その潔い覚悟の決め様に、武は感動すら覚えた。

(ああ……これが、冥夜だよな……どの世界でも、こいつは人一倍努力して、人一倍考えて、自分を厳しく律して生きている。
 オレは、本当におまえに学び、助けられてここまでやってこれた。
 いつか、おまえの力になれるといいんだけどな。)

「……ん? どうした?
 急に私の顔を凝視して―――ま、まさかそなた……私によ、よくじょ…………」

 己が想像に当てられて真っ赤に顔を染め上げ、些か動揺した面持ちで、両手を前に出して身を庇うようにしつつ数歩後ずさる冥夜。
 武は、そんな冥夜の様子を欠片も気にせずに謝罪した。

「あ―――ごめん、ちょっと考え事しちまった。」

「む…………もしや、特殊任務がらみで着想でも得たのか?
 そうであるなら言うがよい。そなたの任務を妨げる心算は毛頭ないゆえな。」

 己が妄想に過ぎないと気付き、どことなく残念そうな様子ではあるものの、冥夜は真剣な面持ちを取り戻して問いかける。

「ああ―――いや、以前の仲間におまえみたいに堅固な信念と覚悟を持った奴がいてさ、そいつの事を思い出してた。
 そいつは言ってたよ、『目的があれば、人は努力できる』ってさ。」

「そうか―――うむ、簡潔でいい言葉だな。
 そなたはしっかりと目的を定め、全力を振り絞って努力しているのだな。
 恐らく、それが私にはそなたが焦っているように見えた所以やも知れぬな。」

「……オレが焦ってるってのも、当たってるよ。
 言ったろオレは臆病だって、急いでも急いでも、また間に合わないんじゃないかと思うと、たまに怖くて居ても立ってもいられなくなるよ。
 あと、オレが時間を割いてまで訓練に参加するのは、自分の能力を鍛え直すのも目的だけど、なにより仲間が……戦友がいないとオレ自身のやる気が保てないんだよ。
 自我が確立出来ていないって言うんだろうな……はは、我ながら言ってて情けないな……
 本当は、自分の弱さなんて、周りに見せるもんじゃないって解ってるんだけどな。」

「―――そうか、解っているのならば、それでよい。
 そなたは現役の衛士でもある。それは即ち我らが目指す高みに他ならない。
 あまり、情けないところばかり見せぬがよいぞ。」

「―――そうだな、オレのせいで衛士に幻滅させちゃ悪いもんな、今後はもっと気をつけるよ。
 そうすると、冥夜も衛士になる事が、当面の目標って事でいいのか?」

 武がそう訊ねると、冥夜は目を瞑り、何かに想いを馳せるようにして語りだした。

「私は一刻も早く衛士となって、護りたいものがあるのだ。
 ……この星……この国の民……そして日本という国だ。
 今の私には護りたいものを護れるだけの力と立場がない。
 それ故に、衛士に任官される事を目標と定めてきたのだが……そなたの話しを聞いて、己が考えの至らなさを思い知った。」

 武は『前の世界群』と全く変わらない冥夜の決意を聞き、心中頷いていたのだが、何やら展開が異なってきた様子に驚いた。

「……え?! オレの……話……?」

「そうだ……私は今の自分の無力にのみ思い悩み、衛士になりさえすれば、護りたいものを護れるのだと思っていた。
 だが、そなたの話しを聞き、現役の衛士であっても護りきれぬ事があるのだと―――いや、護れるものなど高が知れているのだと思い至った。
 私の衛士にさえなれば護れるという考えが、如何に浅はかで傲慢な考えなのかを思い知った。
 冷静に考えてみれば、たかが衛士1人に出来る事など、全体からすれば微々たる物に過ぎぬ事など、自明の事であるのにな。
 そして、同時にタケル、そなたの発想には大いに感銘を受けた。
 そなたは、戦局全体を変える方法を模索している。
 そなたの任務に貢献できれば、私1人が戦場で戦うよりも遥に多くの民に安寧をもたらす事ができよう―――
 少なくともそうなる可能性に私は魅せられた。
 故にタケル。そなたの目標は今や私の目標ともなったのだ。
 先に宣した通り、私は我が非才の身の全てを以って、そなたの助けとなろう。
 そして、為しうる限り多くの兵士を救い、ひいては多くの民に安寧をもたらそうではないか!」

「―――冥夜…………ありがとう、冥夜……」

 冥夜の心強い申し出に、武は心の底から感謝した……そして、そんな2人を遠くから、『月』が見ていた―――

  ● ○ ○ ○ ○ ○

2001年10月24日(水)

 05時53分、B4フロアの武の自室では、今朝も霞が一生懸命に、武をユサユサと揺すっていた。

「……う~ん……霞、頼むあともうちょい……」

 寝ぼけた武の発言に、霞は武を揺する手を止め、体の向きを変えると、机の上の時計をジッと見つめた。

「よしよし……むにゅ~~」

 再び睡魔に身を委ねる武。
 そして、時計の秒針がきっかり2周するのを見届けて、霞は再び武をユサユサと揺すり始めた。

「…………おはよう霞。」

「……おはよう……またね。」

「ああ、起こしてくれてありがとな霞。またなー。」

 霞は最後に振り向いて武を一瞥すると、武の部屋から出て行った。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 10時07分、訓練校の教室では兵器に関する講義をまりもが行っていた。

「……というわけで、多くの土地を焦土と化した核兵器への反省から注目を浴びた気化爆弾であったが、BETAの外圧変化への強い耐性という特性から、中型以上への効果が限定的である事、レーザー属種の迎撃能力から使用できるケースが限られる事などの理由から、対BETAの主力兵器足り得なかった。」

 まりもの講義が気化爆弾に及んだとき、それまで内職に精を出していた武が挙手して発言を求めた。

「教官。質問してもよろしいでしょうか?」

「ん?……まあいい、言ってみろ白銀。」

「ありがとうございます―――中型種以上に効果が薄いとのお言葉でしたので、小型種相手であれば十分に効果が得られたと理解した上でお尋ねします。
 戦術機による防衛線において、小型種による浸透突破を阻めず、後方を扼される場合が多いと認識しております。
 そういった場合に、歩兵による小型種の殲滅に気化爆弾を弾頭とした兵器は用いられていないのでしょうか?」

「ふむ。浸透突破してきた小型種を殲滅する際に多く用いられるのは、機関銃と榴弾、地雷だ。
 盛んに気化爆弾が戦場で使用された時代には、気化爆弾を弾頭としたバズーカ砲の様な発射筒も開発された。
 しかし、現在ではBETAの侵攻ルートが事前に予測される戦場での設置型地雷以外では、気化爆弾は殆ど使用されていない。
 何故か―――それはな白銀。気化爆弾はBETAよりも人間に対して非常に殺傷効果が高い兵器だからだ。
 BETA相手の戦闘では、混戦となる場合が非常に多い。
 そのような戦場で気化爆弾を用いると、BETAに与える損害よりも、巻き込まれた人類将兵に対する被害の方が大き過ぎると判断されたのだ。
 どうだ白銀、解ったか?」

「は、理解いたしました。が、重ねて質問させていただきます。
 防衛線では混戦において人類将兵が被る被害を考慮して使用できないとして、BETAハイヴに対する突入前の漸減攻撃用の兵器としては如何でしょうか?」

 最初の質問には、流れるように答えたまりもだったが、今度の質問には僅かばかり口元に拳を当てて考え込んでから応じた。

「ふむ―――つまり、貴様が言いたいのは、戦術機のハイヴ突入に先立って、『横坑』に気化爆弾を弾頭とした発射体を打ち込み、ハイヴ内に潜むBETAに打撃を与えられないかということか?」

「はい。その通りです。」

「う~ん……残念ながら、その様な戦術に関しては寡聞にして聞いた事がないな。
 ただし、現行のハイヴ突入戦術は押し並べて短期決戦だ。
 侵攻ルート上のBETAを殲滅していくような悠長な事は考えられていない。
 また、ハイヴ突入戦が実施される頻度も限りなく少なく、ハイヴ突入戦のみを使用目的とした兵器を生産・備蓄する余裕もないのが現状だ。
 よって、貴様が言うような兵器は試作兵器以外では存在しないと思われるが、着眼点としては悪くないかもしれん。
 ことに、ハイヴ内は周囲を全て囲まれた閉鎖空間である事から、気化爆弾の爆風衝撃波が増幅され中型種相手でも有効な打撃を与えられるかもしれない。
 貴様の特殊任務の権限で兵器開発部にシミュレートを依頼してみるといい。
 私から言えるのはこの程度だ。」

「はっ! ご教授ありがとうございます。」

 武を相手にした質疑を終えると、まりもは武以外の4人に対して教示した。

「今の白銀の質問に関連して言っておく。
 既存の戦訓をそのまま鵜呑みにするのでなく、何故その様な戦訓となったのかを咀嚼し、それを新たな観点から再検討する事は決して悪い事ではない。
 ただし、現状で採用されていない着想には穴がある場合も多く、発案者はその穴に気付けないことが多い。
 その点を弁えてさえいるのであれば、戦場に於いては臨機応変な行動が苦境を打破する事もある。
 その事をしっかりと頭に叩き込んでおけ! 悪しき前例主義には陥るな! 解ったか!!」

「「「「 ―――はいっ! 」」」」

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 12時18分、PXで昼食を食べ終えるなり、千鶴は呆れたように武に疑問を投げかけた。

「それにしても白銀、あなたさっきみたいな事を、何時も考えているわけ?」

「ん?―――ああ、気化爆弾の話か……あれはたまたま思い付いたんで教官に聞いてみただけだよ。」

 武の事も無げな返答に、千鶴は瞬時に言葉を荒げた。

「そんないい加減な! ただの思い付きで座学を中断させないで頂戴。」

「悪かったな―――けど、あれで一つ思い付いたぜ。
 ハイヴ突入部隊が進行方向のBETAの排除に手間取っている時に、後方から追って来るBETAを押し戻すのには結構使えるんじゃないかな。
 何発か波状攻撃でBETAの鼻っ面に叩き込んでやれば、押し戻されたBETAと押し寄せてくる後続とが密集して、足が止まるんじゃないかと思うんだけどな。」

「また、そんな絵に描いた餅みたいな事言って―――「榊は頭が固いね……」―――彩峰っ!」

 千鶴の言葉を遮って、彩峰が皮肉を言う。
 いつもの事ではあるのだが、今回はそこへ冥夜が駄目押しを入れた。

「榊、そなたが常道を尊ぶのが悪いとは言わぬ。
 されど、常道のみでBETAに勝てると思っているのであれば、些か問題があると思うのだがどうだ?」

「―――っ……そ、そうね。
 しっかりと検討せずに批判した事は事実だわ。ごめんなさい、白銀。」

「謝んなくたっていいよ、委員長。
 オレだってしっかり検討してから口にしてる訳じゃないからお互い様だ。」

 冥夜の言葉に謝罪した千鶴だったが、武とは目線を合わせないまま、席を立つ。

「―――そう言ってもらえると、助かるわ。
 じゃ、私は先に失礼するわね。」

「はわわわわ……ど、ど、ど、どうしましょう~~~。」

 立ち去る千鶴の後姿から、彩峰、武、冥夜と視線を忙しなく巡らせ、壬姫は戸惑いを隠せない。
 武は壬姫を宥めてから、冥夜に向かって話かける。

「なあ冥夜、あれで良かったのか? 委員長一人孤立させちまったんじゃないのか?」

「うむ。私が思うに、榊は今、そなたの存在に戸惑っているのだ。」

「オレの存在に戸惑う?」

「……中尉だけど、部下。分隊長はツライね。」

「彩峰の言うとおりだ。タケル、榊はそなたの命令で、そなたを一訓練兵―――即ち分隊員として扱わねばならなくなった。
 それはつまり、実戦経験があり中尉の職責まで務めていたそなたを、未だ訓練兵に過ぎない榊が率いなければならないという状況を生み出してしまったということだ。
 しかも、そなたは常道よりも奇想天外な発想を好む。
 榊はその度に、己が判断とそなたの言葉を秤にかけ、己が采配の正しさを問い直さねばならぬ立場に追いやられている。
 あのものは自負心が強い、故に、そなたに無思慮に迎合することも出来ぬのであろう。」

「つまりあれか? 階級と立場の板挟みってやつか?
 オレの意見は気に喰わないけど、上級者の意見を頭から否定しきるほどの自信がない。
 だから、半端に否定的な態度や見解ばっかり出てくるって事か?」

「そうそう。白銀は賢い……」

「榊さんは、分隊長として頑張ってるんだよ。」

「くそっ! つまりオレの我儘が、委員長を苦しめてるんだな?」

「―――そ、そんな……たけるさんが悪いわけじゃ……」

「……榊が空回りしてるだけ。」

「そう言うな、彩峰。
 それに、そなたとて、何等問題を抱えていないわけではあるまい?」

「ッ―――御剣だって……」

「ふ……見縊るなよ? 彩峰。
 私は殻に閉じこもるのは止めたぞ、今日より私はタケルを真似て、積極的に皆に干渉する事にする!」

「「 ―――っ!! 」」

「榊は確かに今苦しんでいる……しかし、あのまま挫けてしまうほど柔ではなかろう。
 そなたらは、榊が苦しんでいる間、足踏みを続けるつもりか?」

「「 ………… 」」

「―――そっか、そういや冥夜、副隊長だったな……」

「ふふっ……そう言う事だ、タケル。」

 昼休みは、それで一旦解散となった……

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 13時06分、訓練校の教室では、各々の机の上に分解された小銃のパーツが並べられていた。

「よし、全員いるな。
 今日は小銃の組み立て実習だ。
 既に貴様らは幾度もこなしており慣熟を目指すのみだ、故に細かい事は言わない。
 だが、折角現役衛士が同席しているのだから、まずは白銀の手並みを見せてもらう事とする―――白銀っ!」

「―――はっ!」

「207隊の現在の最高記録は彩峰の6分17秒だ。
 現役衛士の実力を見せ付けてやれ! もし、彩峰よりも遅かったら、この時間一杯フィジカルトレーニングをさせてやるぞ。」

「は、実力を見せ付けてやります!」

 そして、言葉通り武は4分51秒で組み立てて見せた。

「ふむ……腕は鈍っていないようだな。よし、白銀、内職に戻っていいぞ。
 さて、勿論現役衛士の仕事は小銃の組み立てではない。
 それでも、白銀はこのスピードで小銃を組み立てた。
 訓練により慣熟するに至った技能というものはそう簡単には忘れないという事だ。
 如何に衛士とは言え、必ず戦術機と共にあるわけではない、手を抜かずにしっかりと修得しろっ、いいな!」

「「「「 ―――はいッ! 」」」」

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 17時57分、PXでまたもや真っ先に夕食を食べ終えた武が、他の皆が食べ終わるのを待っていた。

「なによ、何か言いたげね?」

 そんな武を見て、千鶴が話し掛けてきた。

「あ、ごめん。食い終わってからでいいからさ、みんなでちょっと話しないか?」

「そう―――都合の悪い人、いる?………………いないわね。
 じゃあ、もう少しで食べ終わるから待ってて頂戴。」

 千鶴は皆の都合を確認すると、食事の続きに戻った。

「お待たせ。で、話って何?」

 最後に食事を終えた千鶴が話を振ると、武は表情を改め、皆の顔を見回して言った。

「なあ……みんなに聞きたいんだけどさ……
 ……護りたいもの……ちゃんとあるか?
 詳しく言う必要はないし、幾つあっても、どんなものでも構わない。
 今後変わっていく事もあるかもしれない。
 でも、いま努力するための原動力になるような、そんな大切なものあるか?」

 武の唐突な問いかけに冥夜を除く3人は、意表を突かれた様な、何かに思い当たったような表情をした。
 そして、冥夜は独り頷き、昨夜聞いたばかりの言葉を口にする。

「目的があれば、人は努力できる……か?」

「ああ、そうだ。昨日冥夜には言ったよな、オレの尊敬する人の言葉だ。
 強い目的―――命に代えても護りたいものがあれば、人は必死で努力する事ができる。
 そして、努力した分だけ、例え僅かでも、何かを得る事ができるとオレは思う。
 努力したからって、必ず報われるとは限らない、誰かから授かるのを待ってるんじゃ駄目だ。
 だけど、自分の努力の成果は、自分の手で―――強い意思で掴み取ることが出来ると、オレはそう思ってる。」

「……強い意思で、掴み取る……」

 武の言葉を噛み締めるように、千鶴が呟く。

「オレにも命に代えても護り抜くと誓ったものがあった、必死で努力もした、そして、護り切れなかった……
 けど、護れなかったからって、オレがした努力が無意味だったとは思わない。
 過去に果たせなかった目的はあるけど、オレは今も新しい大事な目的を胸に、生きて努力をし続けている。
 そうやって、生き続けて、努力し続けて、死ぬまでにどれだけのものを護り抜けるか……
 目先の努力じゃなくて、人生をかけた努力を続ける事……そのために必要な目的―――護りたいもの……
 オレは、みんなが必ずそれを持っているって信じてる!」

 強く言い切った武に、心なし目を潤ませながら、彩峰が平坦な声でツッコミを入れた。

「……なら、聞く必要ないね。」

「あ?……そっか、そういやそうだな。」

「白銀……バカ?」

 すかさず白銀がボケると、彩峰が更にツッコミ、壬姫が笑って話を落した。

「あはは……せっかくいいお話しだったのにねー。」

「まったく、これじゃ、ぶち壊しだわ。
 でも、白銀の言いたい事は解ったわ。
 今の自分じゃ届かない願いがあっても、強い意志で努力を続けて、自分のその手で掴み取れって事よね。」

「……そうなの?」

「え?―――そう……なのかな?」

「まったく、そなたたちは……」

 千鶴が話をまとめようとするが、彩峰と武のボケでそれすらもままならない。
 一人腕を組み、呆れて首を振る冥夜であった……

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 19時02分、B19フロアのシリンダールームから、B4フロアの自室へと武が戻ってくると、自室の前で千鶴がうろうろと歩いているのに出くわした。

「よ、委員長。何か用か?」

「え?……白銀っ?! な、中に居たんじゃなかったの?」

「ああ、ちょっと他所に行ってたんだ。用事は済んだから用があるなら入れよ。」

 武は千鶴に気軽に声を掛けて、部屋の中へと入っていく。
 千鶴は僅かに躊躇してから、歯を食いしばると、武の後を追って部屋へと入っていった。

「悪いけど、番茶しかないんだ、いいか?」

「あ、ありがと……ね、白銀……私の父の事なんだけど……」

「ああ、榊首相だろ? 有能な政治家だって聞いてるぞ?
 殿下の信任だって篤いんじゃないのか?」

「……でもね、それは表向きの顔よ……裏では権力を使って色々とやりたい放題なのよ。
 私も、知らない内に当たり前のように徴兵免除されていたわ。」

「それが、委員長には許せなかったのか?」

「―――そうよっ! だってそうでしょ? 内閣総理大臣は殿下より国事をお預かりして、帝国軍将兵を前線へと送り出す立場なのよ?
 他家の子息子女は徴兵して戦場に送り出しているくせに、自分の娘は徴兵免除させるだなんて、許しがたい行いだわ。」

 千鶴は柳眉をきりきりと吊り上げて、怒りを顕わにする。

「それで、自分から志願入隊したのか……」

「そう……もっとも、帝国軍に志願したはずが、どういうわけか国連軍の訓練校にいるっていうのは、ご愛嬌かしらね。
 聞いた話しじゃ、私の志願を取り消そうとして父が画策したけど軍と折り合いがつかなくて、双方の妥協点として最後方任務である国連軍横浜基地にって話らしいけど?」

(そうか、恐らく榊首相は委員長が、00ユニットの素体適性を強く持っているってことを知ってたんだな……
 きっと委員長の徴兵検査の結果を見たんだろう。
 00ユニットの素体候補者がA-01に配属された後、どれだけ過酷な任務を強いられるのか、オルタネイティヴ4を誘致した榊首相なら知っていてもおかしくない。
 普通に衛士になるだけだって、生き延びる率は高くないのに、A-01には入れたくなかったろうな……
 けど、委員長が自分で志願しちまったもんだから、ここの訓練校に配属になるのは止められなかったんだな。
 ……いや、委員長が志願した時点で、すっぱり諦めて止めなかったのかもな……
 珠瀬事務次官も、鎧衣課長も、私情はきっちりと押さえ込んで事に当たっていたもんな。)

「それならそれで仕方ない。
 私にとっては訓練兵であることに変わりないからいいの。
 ここから実力で上に進んでやるわ……この国を守るの、この手でね。」

「そうか。いんじゃないか? 頑張れよ、委員長。」

 武が素直に励ますと、千鶴はびっくりしたように目を見開いた。

「……どうした?」

「え? あ、ううん……凄く意外な言葉を聞いた気がして……
 実は、嫌味臭い自慢話に聞こえたかと思って……ちょっとバツが悪かったんだけどね……」

「そうか……委員長は護られてるだけじゃ、幸せになれなかったんだな。」

「え?!―――白銀? あなた、何を言ってるの。」

 武がふと洩らした言葉に、千鶴が意表を突かれたように問い返した。

「ああ、言葉が足りなかったかな。
 オレはさ、委員長の親父さんが権力を使ってでも、後ろ指差されてでも、それでも委員長の事を護りたかったんだなって、思っただけさ。
 ―――それがきっと、親父さんの護り方だったんだろうなって……勝手な想像だけどな。
 オレには、徴兵免除が必ずしも悪いとは思えないな。
 自分の家族や大切な人を軍人にしたくないってのは人情だろ?
 けれど、皆がそう言って軍人にならなかったら、この世界じゃBETAに滅ぼされてしまう。
 だから、軍人以外の役割で人類に貢献できる人々や、軍人としての適性のない人以外は徴兵されて軍人にさせられる。」

「そ、そうよ! その責務は全国民が等しく負うべきものなのよ。」

「けどさ、個々人が背負ってる責任なんて、同じ重さじゃないだろ?
 多分、徴兵免除はとても重い責任を背負ってる人や、とても重要な仕事をしている人への褒賞なんじゃないのかな?
 多くの責務を負っている人が、より多く報われるのは、決して悪い事じゃないだろ?
 オレ達訓練兵が、将来戦うための訓練を受ける代わりに、三度三度の食事を欠かさず与えられるのなんかもそうだよな?」

「…………そ、それはそうかも知れないけど……」

 武の態度が、事前に思い描いていたものよりも遥に柔らかいため、千鶴は怒りや気迫を保てなくなってきていた。

「まあ、そんなわけで、勝手な想像に過ぎないけど、オレは委員長の親父さんの気持ちもわかる気がする。
 けど、委員長の、自分だけ逃げたくない、自分も国のために貢献したいっていう気持ちも理解できる。
 だからさ、どっちが悪いって事じゃないんじゃないかな?」

「―――え?」

「委員長さ、親父さんに、自分は護られてるだけじゃいやだ、国のために貢献したいって言ったか?
 きっと親父さん自身は政治家として国に貢献してるんだから、委員長にも政治家とか、軍人以外の道での貢献をして欲しいと思ってたのかもしれないじゃないか。
 その辺りの事、じっくり話し合ってみたのか?」

「―――そ、それは……い、いいのよっ! あの人は他人の意見なんかろくすっぽ聞きはしないんだから。」

「おいおい、そうやって、一方的に決め付けて飛び出してきたのか?
 だったら、委員長も親父さんの意見をろくすっぽ聞かなかったって事にならないか?
 ―――委員長さ、もっと肩の力抜いて、楽に考えてみろよ。
 自分の考えで頭の中一杯になっちまって、その考え以外の可能性叩き潰しちまってないか?
 大体、頭の中で考えただけの事なんて、実際に確かめて見なけりゃあってるかどうかすら解んないだろ?」

「―――わ、私が頭でっかちだって言いたいの?」

「あーーーーっ……これって、オレの言い方が不味いんだろうな~~~。
 上手く伝えらんなくってごめんな。
 オレが言いたいのはさあ、なんでも決め付けるなって事……なんだと思う。
 親父さんの考え、徴兵免除の良し悪し、周囲の委員長への評価……答えが出るまでは、曖昧なままでもいいんじゃないか?
 もちろん、あれこれ考えるのは悪い事じゃないさ、けど、そこで辿り着いた結論を、確証も得ないままにそうと決め込んじまうのは違うんじゃないかな。
 委員長は頭がいいんだから、オレよりも何倍もものを考えられるだろ?
 オレが1通り考えるところで何通りも考えて、幅を広く持たせておけばいいんじゃねえの?」

「白銀の話はまとまりがなさ過ぎだけど……言いたい事は何となく解った気がするわ。
 それと、あなたが私と父の事を、真剣に考えてくれたってこともね。
 それにしても、あなたにとって、私の父の肩書きなんて本当にどうでもいいことなのね。」

 千鶴が呆れ果てたと言わんばかりの態度で言うと、武は何を当たり前の事をと目を丸くして言い返す。

「はあ? そんなん当たり前だろ? オレの目の前に居るのは委員長であって、親父さんなんて会った事もないんだから、関係ないじゃないか。」

 武の言葉に、根負けしたように千鶴は表情を和らげ、口元に笑みを浮かべた。

「ふふふ……あなたは、そういう人なのね。
 そこまでバカで単純な人が居るとは、今まで思っても見なかったわ。」

「今、なんか馬鹿にされなかったか?」

「誉めたのよ。あなたと話して、少し気が楽になったわ。
 宣戦布告する気で来たのに、拍子抜けしちゃった。
 ま、兵士の犠牲が減るって言うんなら、私もちゃんと手伝ってあげるわよ。」

「ああ、頼むぜ委員長。オレって結構バカだからさ、色々突っ込みいれてくれると助かるよ。
 階級とか、経験とか、そんなの気にすんな! 目の前のオレ見てたら、ただのバカだろ?」

「……まったく……普通、そんなこと自分じゃ言わないわよ?
 じゃ、今後も厳しくいくから、隊の風紀と品位をみださないでよね!」

「あーーー、努力……します……」

 何故かしょんぼりする武を部屋に残し、千鶴はニヤリと笑って立ち去っていった。




[3277] 第16話 訓練兵の穏やかな1日?
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/28 17:17

第16話 訓練兵の穏やかな1日?

2001年10月25日(木)

 05時52分、B4フロアの武の自室では、今朝もまた、霞が武をユサユサしていた。

「……う~ん……霞、あと5分……」

 寝ぼけた武の発言に、霞の髪飾りがピョコッと跳ね上がり、武を揺する手が止まった。
 霞は少し思案気に首を傾けてから、体ごと机の上の時計に向き直ると、一つ頷いてから動きを止めた。

「ありがとな~……うにゅ~~」

 一言礼を言ってから、再び睡魔に身を委ねる武。
 そして、時計の秒針がきっかり5周する様子をジーーーッと見つめた後、霞は再び武をユサユサと揺すり始めた。

「…………おはよう霞。」

「……おはよう……またね。」

 何時ものやり取りを交わして部屋を出て行く霞を眺めていた武は、ふとある事を思いついた。

「……なあ、霞、ちょっといいか?」

 部屋を出ようとしていた霞は、唐突な武の呼びかけに、歩みを止めずに顔だけ武の方に振り向いた。
 そして、霞の身体は前方へと進み続け、半開きだったドアに衝突してしまった。
 衝突の反動で、横を向いていた頭が首を支点に振られてしまい、頭頂近くをゴツッっとドアへとぶつけてしまう。
 霞は悲鳴を上げこそしなかったものの、それなりには痛かったらしく、その場に立ったままで、ぶつけた辺りを右手の甲でゴシゴシと擦り始めた。
 武は内心、『しまった……また今回もやっちまったか』と思いつつ、『前の世界群』と同じ言葉を霞に送った。

「あんまり、ごしごしやらないほうがいいぞ。
 それとだ。ぶつけて痛いときには、あが~~~って言うといいぞ。」

「……あが~~~。」

 武に教えられたとおりに、オウム返しに繰り返す霞。
 武は、その様子に和みつつ、思いついた件を切り出した。

「なあ、霞。毎朝起こしに来てくれるんなら、一緒に朝ごはんも食べてかないか?
 あ、もちろん忙しいとか、夕呼先生と食ってるとか、都合が悪いんなら断ってくれていいんだぞ。
 単に気が向かないだけだって、そう言えばいいんだ……で、どうだ?」

「……聞いておきます……またね。」

「そっか、先生の許可が要るのか……ああ、起こしてくれてありがとな霞。またなー。」

 部屋を出て行く霞の足取りは、心持ち弾んでいた。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 06時32分、PXで朝食を受け取った武が席へ座ろうとすると、挨拶もそこそこに千鶴がニヤリと邪悪な笑みを浮かべて話しかけてきた。

「―――白銀、あなたの部屋、毎晩遅くまで明かりが点いているって話が聞こえてきたんだけど、まさか訓練生の身で誰か連れ込んだりしてないでしょうね?」

「んなわけあ……んんっ……委員長、朝からその話題はどうかと思うぞ?」

 つい千鶴の言葉に乗せられて激高しかけた武だったが、疚しい事はなかったので何とか落ち着いて対処した……のだが……

「……銀色の長髪……外人?」

「んがっ!」

 彩峰の支援砲火に、あっという間に地に伏す羽目となった。

「む!……彩峰、それはどういうことだ?」
「……白銀のベッドに、落ちてた。」
「なんで彩峰がんなこと知ってるんだよっ!」
「え?え?え?え?えっ?え~~~~~~~っ?!」
「な、なんだとっ?!」
「え? 彩峰、それ本当なの? 白銀~~~っ、あなたまさか本当に……」
「……やらしいんだ。」
「こ、こらっ! 彩峰、いい加減な事を言うなっ!!」
「……タケルはいやらしい人ですよ。」
「きめつけるなぁ~~~っ!」
「……そ、そうか……英雄エロを好むというやつだな……」
「御剣! 『エロ』じゃなくて『色』でしょっ!! あなた動揺してるわよッ!!!」
「さ、榊さんも落ち着いてー!」
「……動揺してる、動揺してる。」

 騒ぎはあっという間に燃え広がり、ようやく事態を収拾した頃には、朝食はすっかり冷たくなっていた。

「……なるほど、彩峰は白銀の制服についていた髪の毛を見て、鎌をかけただけなのね。」

「はあ……だから勝手に決め付けて暴走するなよなー。」

「うるさいわねっ、そもそもあなたの存在は色々と微妙すぎるのよ。」

「……それに、髪の毛が付いてたのは事実……」

「ふむ……その点は非常に気に掛かるところだな。」

「はいはい、この件は一旦保留! さっさと食事済まさないと午前の講義に間に合わないわよ!」

 千鶴の言葉で一旦この件は沙汰止みとなり、微妙に冷え冷えとした空気の中、武は冷めてしまった朝食をかっこんだ。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 08時23分、訓練校の教室では、まりもがプロジェクターを使いながら、BETAの分類について説明していた。
 その説明に用いられている、黒く塗り潰されたBETAのシルエットを見て、武はぼんやりと考えていた。

(そういや、BETAの鮮明なイラストを見れるのって、任官してからなんだよな……
 あの醜悪な外見が広まって、一般人の恐怖が増幅されるのを避けるためなんだろうけど、機密指定になってて総戦技演習に合格しないと閲覧資格がないんだよな。
 しかも、最初の内はやっぱりシルエットだけだし……
 けど、部隊配属になるまで、敵の外見を殆ど見た事ないってのは、どうなんだろうな……
 対BETA戦術構想の手伝いを頼むにしても、BETA関係の情報開示許可を先生からもらっておかないと駄目か……)

 一応の結論を導き出したところで、武は内職の方へと集中した。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 12時01分、午前の座学が終わり、まりもが廊下へと姿を消した直後、彩峰が武へと駆け寄った。

「ん? 彩峰、どうかしたか?」

 珍しく目を大きく見開いて、顔を上気させた彩峰は、武の胸元に手を置き、上目遣いで熱い吐息と共に言葉を押し出す。

「ヤキソバ……」

「…………ああ、今日の昼飯にヤキソバがあるのか…………
 わかったわかった、男に二言はない。今日のオレの昼飯はおまえのもんだ!」

「うん! 白銀……早く頂戴……」

「うわわわわ……な、なんか2人の周りに怪しげな空気が~~~~っ!」
「白銀っ! 風紀を乱すなって言ったでしょっ!!」
「む……彩峰、そなた些かくっつき過ぎなのではないか?」
「彩峰、そういう思わせぶりな言い方をするんじゃないっ!
 サッサと、PXへ行くぞっ!」
「うん!………………白銀、元気になっちゃった?」
「だぁあ~~~~~~~~~っ!」

 騒ぎ始めた仲間を振り切るようにして、彩峰を連れてダッシュしていた武は、彩峰の一言に思いっきり転倒した。

「……早く起きて、ヤキソバがなくなったらコロスよ?」
「だったら余計な事は言うなッッ!!!」

 急いで立ち上がって、PXへと駆け出す武の頬で涙が光ったとか光らなかったとか…………

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 13時22分、訓練校の射撃演習場では射撃訓練が行われていた。

「目標、距離100mのターゲット! セレクター・フルによる指切り点射!―――てっ!!」

 武はターゲットを照準した後、僅かに状況を再確認する時間を置いて、トリガーを引いた。
 続けざまに次のターゲットに向かって、射撃を繰り返すが、一緒に訓練している仲間達の方が微妙にペースが早い事に気が付く。
 よくよく観察してみると、皆、照準後に間を置かずに射撃し次のターゲットへと移っている事に気付いた。

(―――そうか、みんな歩兵の撃ち方になっちゃってるんだな。
 歩兵は戦術機と違って、素早く照準して撃つのが理想だからな……よし!)

「神宮司教官! 少しよろしいでしょうか。」

「―――ん?! なんだ、言ってみろ。」

「はっ、訓練方法に関して意見具申があります。
 現在の訓練は生身で戦闘を行う歩兵の教練に乗っ取って行われています。
 しかし、我々は衛士を目指しているわけですから、戦術機で戦闘することを前提とした訓練をする事をお許し下さい。」

「ふむ。例によって何か考え付いたようだな? よし、皆を集めるから何を考えたのか全員に話して聞かせろ。
 許可するかどうかは、その内容次第だ。」

「はっ!」

「総員、撃ち方止めッ!! 小隊、集合ーーーっ!!
 ………………よし、休め。白銀がまたぞろ何か思い付いたそうだ。
 訓練方法を改めたいらしい、まだ許可はしていないが、白銀が何を考え付いたか聞いて各々で考えてみろ―――白銀っ。」

 まりもによって集められた仲間達を前に、武は自分の考えを説明しだした。

「はっ!……じゃあ、説明するぞ。
 まず、皆に考えてもらいたいのは、オレ達は衛士を目指して訓練しているってことだ。
 ベイルアウト後の事とかもあるから、歩兵として戦う能力もあるに越した事はないけど、やはり優先するのは戦術機での戦闘だよな?
 ところが、現在の訓練は生身を使った訓練課程だから、どうしても歩兵の教練に基づいたものをやっている事になる。
 衛士が生身で培った技量を戦術機の挙動に反映させて戦うっていうのが、戦術機操縦で主流になってる考え方だ。
 だけど、同じ射撃一つをとっても、生身で行うのと戦術機で行うのでは、どうしても差が生じる。
 具体的には、照準方法と、射撃までのプロセスが異なるんだ。」

 武の説明を4人は真剣な面持ちで聞いている。

「生身でやる場合には、状況把握と同時かそれにやや遅れて照準を行い、照準が合い次第速やかに射撃するのが基本だ。
 ところが、戦術機では、照準動作はロックオン機能などで自動化もしくは高速化されている。
 衛士は煩わしい照準作業の手間を減らされ、その分をターゲットの選別や、彼我の位置関係、相手の行動を考慮した上での照準補正などに割くことが期待される。
 だから、衛士としての射撃プロセスとしては、照準後即射撃では、状況判断をする時間的余地がなくなってしまうことになるってわけだ。
 生身での射撃訓練では、照準動作を自力でするのは仕方ないとしても、照準後に命中精度を重視する心算で、状況確認の為の時間を一呼吸取った方が良いと思う。
 そうしておけば、戦術機操縦課程に移った後も、違和感を感じずに射撃が行えると思うんだ。
 格闘や接近戦の訓練でも同様に考える事ができる。
 例えば戦術機の戦闘では回避が主体となり、武器以外でBETAに打撃を与える事はまずありえない。
 掴んだり殴ったり蹴ったりすると、戦術機側のダメージが馬鹿になんないからな。
 勿論、格闘訓練である以上、投げや関節技などの習得も重要だが、体捌きや重心移動などの技術の方が戦術機に応用しやすい技術であると言える。
 これらの事から、我々が目指しているのが衛士である以上、衛士として戦術機に乗った状態で活用するという目的意識を明確に持った上で、訓練を行う事が望ましいと考えた。
 ―――以上だ。」

「ふむ―――どうだ? 発言を許可する。皆、ミーティングだと思って、意見があれば言ってみろ。」

 まりもの許可を得て、武以外の訓練兵4人は、今まで説明を聞くばかりであった分を取り戻すように、あれこれと話し始め、武は返答に追われた。

「……戦術機で投げ技は無理?」
「彩峰のSTA(スペース・トルネード・アヤミネ)なら出来るかもしれないけど。普通は、BETA相手じゃ難しいんじゃねえか?
 あいつら重心低いし、重いし、そもそもぶつかった時点で大抵こっちは損傷受けちまうからな~。」
「確かに、目的意識を持って効率的に訓練するのは、悪い事ではないわね。」
「委員長もそう思うだろ?」
「う~ん、わたし達は戦術機の操縦方法とか知らないですから、盲点でしたね~。」
「そうだな、オレとまりもちゃんで教えてやるよ。」

「「「「 まりもちゃん?! 」」」」

 教官をちゃん呼ばわりした武に、驚いた4人は揃って目を丸くした。
 まりもも、額に手を当て頭痛に耐えるような顔で呻く。

「…………白銀……貴様、とうとう訓練中にまでその呼び方をしたか……」

「す、すいません教官……え、ええとだな……オレを訓練生扱いしてもらう代わりにちゃん付けしていいって許可を貰ったんだ……神宮司教官から……」

「まあいい。まがりなりにも中尉殿のなさる事だからな。貴様らもあまり気にせずに聞き流せ。」

「「「「 は、はい…… 」」」」

 話題を変えて、その場を凌ぎきろうとしたものか、まりもは唯一発言していない冥夜に水を向けて発言を促した。

「で? 御剣は何もないのか?」

「はっ! 先の説明の中で、生身の技量を戦術機に反映させるのが主流と申していましたが、それ以外の考え方とはどのようなものなのでしょうか。」

「む……私もそれ以外の考え方は思い当たらないが……白銀、他にもあるのか?」

「あー、他の考えって言うか……オレ独自の考え方かもしれませんが、戦術機を兵器システムとして考えて運用する方法です。
 人間よりも関節部の自由度とかは広いですし、噴射跳躍は人間じゃ真似できません。
 人間を超えた動きも出来るのが戦術機ですから、そういうものだと思って操縦するってのがオレのやり方です。」

「ほう……確かに噴射跳躍は人間には無理な機動だな…………なかなか、興味深い話しが聞けそうだが、話がずれてしまいそうだ。
 今日のところは、その話は抜きにしよう。……他に意見はないか?
 …………よし、それでは、今後は人間と戦術機の差を明確にしながら実技訓練を行う事とする。
 まずは、照準後に命中精度を上げるための時間を設けて射撃を行え。―――解散。訓練再開っ!」

「「「「「 ―――了解! 」」」」」

 訓練兵たちは、再び射撃演習場へと散っていった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 16時32分、訓練校の射撃演習場では、一通りの訓練をこなし終わった207の各員が、個別の鍛錬に移行していた。
 そして、武と壬姫、千鶴の3人は、長射程狙撃の準備をしていた。
 準備と言っても、狙撃銃の調整を壬姫がしているのみで、観測手の役割を買って出た千鶴は双眼鏡を手にしているだけだった。

「たまの狙撃特性は滅茶苦茶高いからな~、いつか教えてもらおうと思って狙ってたんだよ。」

「わたしなんて、そんなに凄くないよ~、たけるさん。」

「あら、謙遜する事ないわよ。白銀に珠瀬の実力を見せ付けてあげたら?」

「ああ、頼むよたま、オレに狙撃の真髄ってのを見せてくれ。」

「う~…………う、うん……がんばってみるね……
 距離は850mか~……風がちょっと気になるかなー……」

 壬姫は英国式の伏射の姿勢をとると、風を読んで引き金を引いた。

「……はい、双眼鏡。」

 千鶴から双眼鏡を受け取って、武はターゲットを確認した。

「……さすがだな、ど真ん中か……
 なあ、たま……訓練中の狙撃と、実戦中の狙撃の差って何だと思う?」

「え?…………え~と、狙撃の重さ……かなあ。
 訓練と違って、その狙撃にかかっているものが違うと思います。」

「そうか……なら、さっきの1発は、たまは気楽に撃ったのか?
 じゃあ、次はあのターゲットが照射態勢を取った光線級BETAだと思って撃ってみな。
 もし外したら、オレか委員長がレーザー照射で黒焦げになると思ってさ。」

(さて、少しプレッシャーかけてみるか……ごめんな、たま。
 でも、意地悪でやってるわけじゃないんだ、許してくれな。)

 武の言葉に壬姫の肩に僅かに力が入る……瞬きの数も増え、第1射の倍近い時間をかけて引き金を引いた。
 ターゲットの、真ん中から僅かに外れた所に穴が開く。

「ふふふ……どお? 珠瀬の狙撃の腕は。」

「ん? なに笑ってんだ委員長? オレかおまえのどっちかはもう死んでるんだぞ?」

「え? 何言ってるのよ白銀……あっ!」

「え?……わたし、何か失敗しちゃいましたか? たけるさん。」

「…………時間よ。珠瀬が狙っている間に、私達は照射を受けてしまったって白銀は言ってるんだわ……」

「あ…………」

 苦虫を噛み潰したような表情の千鶴の言葉に、壬姫は愕然として目を大きく見開く。

「気にするな、たま。衛士課程に進んでない人間には、BETAの詳しい行動特性は知らされない。
 知らなくって当然なんだ……けど、もう少し急がないとまずかったよな。
 どうして、時間を長く取って撃ったんだ?」

「え、えっと……失敗しちゃいけないと思って……えと、その…………」

 瞳を左右に揺らしながら答える壬姫だったが、実際はプレッシャーから、普段は押さえ付けているあがり症が出てしまい、落ち着くのに時間が掛かってしまったのが真相だった。
 そんな壬姫の内心を看破しつつも、武はそれには気付かないそぶりで話しかけた。

「そっか……けど、オレの考えだと逆なんだけどな。」

「え?……逆?」

「ああ、実戦では失敗を恐れずに果断に行い、訓練では失敗しないように着実に行う。
 何故かって言うと、実戦じゃ状況の変化が物凄く早いから、失敗を恐れていたら行動自体が間に合わない事がある。
 それに、失敗しない事よりも、失敗した後にどう取り返すか、そっちの方が重要だと思うからな。
 何事も失敗するのが当たり前、逆に成功を前提に物事考えてると痛い目に合うもんなー。
 けど、戦場で失敗ばっかりってわけにもいかないよな? じゃあ、どうすれば良いと思う?」

 武の言葉を真剣に聞いていた壬姫だったが、急な質問に答えが見つからず、おどおどしてしまう。
 そこへ、脇で聞いていた千鶴が、ようやく納得したように言葉を挟む。

「なるほど、だからこそ訓練が重要だって言いたいわけね。」

「そう、さすが委員長だな。
 戦場で時間をたっぷり使って成功率優先で何かする余裕はあまりない―――特にBETA相手じゃな。
 だから、戦場以外……つまり訓練中に何度も反復練習して身体に染み付かせておく事で、実戦での成功率を上げるんだ。
 訓練で撃った無数の射撃が、実戦での射撃の成功率を支えてくれる。
 そういう意味では、実戦での射撃より、訓練での射撃の方が重要だとオレは思ってるよ。
 それに、個人の技量を見るんなら、実戦での戦績よりも、訓練時の成績の方が判断基準になるしな―――戦績は状況に左右されすぎるからさ。
 後は精神的な要因だけど、これを養ってくれるのも訓練だな。」

 武はここで一旦言葉を止めて、壬姫を見る。

「いいか、たま。訓練で自分が出せた結果は、必ず戦場での自分を支えてくれる。
 もし、訓練で出せた実力が実戦で出せないとしたら、それは自分の努力を自分自身が信じてやれなかったってことだとオレは思う。
 汗水たらして、必死に頑張って努力してるだろ? それを信じられない理由なんてないよな?
 自分の努力が実を結ぶと信じて頑張り、その努力の成果を信じて自分に自信を持てた時、努力が戦場での戦果に結実するんだとオレは思う!」

「……たけるさん………………うん! ミキ、たくさん頑張って、頑張った分だけ自分に自信を持てるようになります!」

「そっか……頑張れよ、たま!
 よし、じゃあさっきの状況設定でもう一回だ。」

「はいっ!」

 壬姫は素早く伏射の姿勢をとると、流れるような動作で照準し、僅かに呼吸を止めて身体のブレを抑えると、素早く射撃を行った。
 ターゲットの中央からやや外れた辺りに穴が開く。
 ど真ん中とはいかなかったが、壬姫の表情は満足気であった。

「う~ん、少し外しちゃいました……」

「何言ってるんだ、実戦じゃ当たってさえいれば無力化できる。
 今の速度であの精度が出せるなんて、おまえはやっぱり凄えよ、たま!」

「本当……やっぱり珠瀬は狙撃の天才ね……」

「違うぞ委員長、たまは努力の天才なんだ!」

「たけるさん、誉めすぎですよ~。にゃはははは……」

 武の誉め殺しに、狙撃銃を抱き締め身をくねらせて照れる壬姫。
 千鶴はそんな壬姫にふっと微笑をこぼしてから、武に視線を転じてニヤリと笑う。

「さ~て、じゃあ、次は白銀の腕前を見せてもらおうかしら。
 勿論、状況設定は珠瀬と同じでね。」

「うが~~~~、たまの今の射撃の後だからなー。
 まあ、たまが調整してくれてる分だけましか。」

「はい、たけるさん。がんばってね~。」

 武は壬姫から狙撃銃を受け取ると残弾数を確認し、伏射の姿勢をとると、素早くボルトを操作し再装填しながら3連射した。

「……なんとか一発当たったか?」

「……そうね、2発目がターゲットの半径の半分くらいのとこに当たったわ……
 あの速射でよくも当たったと言うべきなんでしょうね……必中を望めないなら数で補うって事?」

「まあな、戦術機の火器は狙撃仕様でも自動装填だからな。
 無駄弾撃っていいってことはないけど、味方が照射受けそうだってんなら、確率あげないとな。
 けどまあ、3発撃って1発でも命中が出たのはまぐれだな。」

「そっかー、それが実戦経験から来る判断なんですね~。」

「まあ、今日のところは感心しておいてあげるわ。」

 その後、武は壬姫の指導を受けながら、時間一杯、狙撃の訓練に勤しんだ。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 18時04分、1階のPXで夕食を済ませた207Bの5人は、今日の訓練を振り返っていた。

「なるほど……その様な事があったとは……ふむ、タケル、やはりそなたの言葉は重みが違うな。」

「まあ、軍隊は星の数よりメンコの数って言うらしいしな。」

「メンコ?……それって何の事ですか?」

「……食器の事。軍隊でどれだけ食べてきたかってことだね。」

「そうね。星―――つまり階級よりも、経験の方が大事って事でいいんじゃないかしら?」

「うむ。本来は帝国軍における兵卒の中での慣例的な序列の事だ。
 例え階級が下でも、年季の多い兵は古兵と呼ばれて敬われているらしい。」

「へ~、そんな風になってるんですか~。」

「……所詮、階級なんて上の評価。実力が伴うとは限らない。」
「彩峰! なんで私の方見て言うのよ!!」
「……見てない。」
「見てるじゃないのっ!」
「誰が?」
「あなたねぇっ!…………ふぅ…………一応、確認しておくわ……
 あなたから見て、私は分隊長に相応しくないのかしら?」

「!!―――そうは言ってない。」

「そ、ならいいわ………………って、なんでみんなして私を見るのよ?」

 わざとらしく千鶴をニヤニヤと笑いながら見て発言した彩峰に、見敵必戦とばかりにいつものように諍いを始めた千鶴だったが、今日は途中で風向きが変わった。
 一旦目を閉じて、深呼吸をして気を静めると、彩峰を真摯な眼差しで真っ直ぐ捉えて、自分の資質に本気で疑問を持っているのかを問いただしたのだ。
 これにはさすがの彩峰も韜晦(とうかい)できず、渋々千鶴を容認する言葉を発せざるを得なかった。
 ここで一気に畳み掛ければ、何時も通り元の木阿弥だったのだが、今日の千鶴はそこですんなりと矛を収めた。
 その態度に当事者の2人を除く3人が驚いて、千鶴に注目してしまったのだが、武だけは注目しつつも内心で頷き千鶴の事を誉めていた。

(さすがだぜ委員長……昨日の今日で、もう自分を変え始めてる……
 後は、彩峰がどうでるかだけど……今の様子だと大丈夫かな?)

 武は頬を染めて目を伏せる千鶴を見て、そう思った…………この時は。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 18時51分、B4フロアの武の自室で、武は、純夏と霞のところに行くために端末を終了させていた。
 と、そこへコンコンとドアがノックされ、外からまりもの声が掛けられた。

「白銀訓練兵、在室(いる)なら返事をしろっ!」

「はっ! 只今参りますっ!!」

 武が端末のモニターが消えている事を確認してからドアを開けて敬礼すると、まりもは答礼して伝達事項を言い渡した。

「本日19時30分にシミュレーターデッキに出頭せよ。副司令がお呼びだ。」

「はっ! 19時30分にシミュレーターデッキに出頭いたします。」

 武が復唱して敬礼すると、まりもはそれに答礼して踵を返す。

「………………あの、それだけですか?」

「ん? 他にはないが……どうした?」

 まりもの後姿につい疑問を投げかけてしまった武に、まりもは振り向いて応じた。

「……いや、それだけの通達なら、わざわざまりもちゃんが来る必要ないじゃないですか。
 だってオレ、携帯用通信機持ってますよ?」

 『まりもちゃん』呼ばわりされたところで一瞬眉を跳ね上げたものの、武の言葉を聞き終わった頃には、まりもの表情は精神的疲労を如実に表すものに変わっていた。

「そうなのよねぇ~、私も正直なんでわざわざこんな事……と思ったわよ?
 けど、相手はあの香月副司令よ? 白銀、あなたならこの意味解るわよねえ?」

(うわっ! すっげえ『まりもちゃん』っぽい……って、本人なんだけど、オレにこんな態度見せるほど、夕呼先生の事で疲れてるんだなあ……)

 武は内心でまりもに同情すると、恩師を少しでも労おうと、言葉をかけた。

「ええ……あの人のやることって、二重三重に罠張ってありますからね~。
 下手に逆らうと余計こっちの立場が悪くなってますし、素直に受けて警戒した方がましですよね。」

「そうっ! そ~なのよ~~~っ。あたしは特に学生時代からの付き合いなものだから、直属でもないのに良いように使われちゃって……
 大体、この通達だって、わざわざあなたの部屋に出向いて口頭で伝えろって言われたのよぉ~。
 もう、何考えてるのかしら~~~。」

「あはは……苦労してますね、まりもちゃん。」

「そ~なのよ~。白銀、解ってくれるのはあなただけよ~。
 ピアティフ中尉は階級差がありすぎるし、夕呼に心酔しちゃってるから、相手してもらえないし……
 あなたも、これで『まりもちゃん』呼ばわりさえしなければねぇ~~~~。
 訓練兵でいる間だけでもいいから、あたしの愚痴きいてくれる~?」

(やっぱ、こっちのまりもちゃんも、本質は向こうと変わらないんだな~。
 ―――くっ!…………今は思い出すな、それくらいなら、少しでも恩返しする事を考えろ!)

 『向うの世界』のまりもとイメージが被さったため、まりもの死を思い出し一瞬表情が強張った武だったが、幸いまりもは愚痴を並べるのに夢中で気付かなかったようだった。
 そして、5分ほど愚痴を怒涛の如く捲くし立ててから、まりもはやっと晴々と笑った。

「ありがとう、白銀。おかげで大分すっきりしたわ。
 ごめんなさいね、階級はともかく、あなたの方が年下なのに……
 これじゃ、年長者としても、教官としても、立場がないわね~。」

「いえ、夕呼先生は規格外ですから仕方ないですよ。」

「あなたも苦労してそうね~。助けてはあげられないけど、愚痴をこぼしたくなったら今日のお礼に聞いてあげるわ。」

「はい、その時はよろしくお願いします。」

「ええ、いつでもいいからね?―――では、白銀訓練兵、出頭時間に遅れるなよ!」

 まりもは最後に、照れ隠しなのか『神宮司軍曹』の口調で念を押してから立ち去って行った。




[3277] 第17話 訓練兵の騒がしい朝
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/21 17:21

第17話 訓練兵の騒がしい朝

2001年10月25日(木)

 19時27分、シミュレーターデッキに、武は衛士強化装備を装着して出頭していた。
 シミュレーターデッキには夕呼と霞がおり、武が入室するなり夕呼が説明を始めた。

「待ってたわ。この7号機にあんたに頼まれたXM3の試作OSを組み込んどいたわよ。
 コンピューターを新型に換装して、OSも操縦系と基本動作制御関連をごっそり入れ替えてあるわ。
 その結果、操縦に対する即応性は30%増し、あんたの言ってた機動概念も基本制御として組み込んである。
 あとは、実際にあんたが操縦していって、機動概念の微調整と、あんたの言うコンボに相当する複合動作パターンを学習させてやればいいってわけ。
 ある程度データが蓄積されると、誤差内で同一と判断された一連の操作を、自動的にコンボと判定するようになってるわ。
 それと同時に、強化装備に蓄積された思考パターンと照合して、統計的に最適な組み合わせを選択、実行されるようにしてあるし、コンボに対して簡略操作を後から登録する事もできるわよ。
 キャンセルも同様ね。思考パターンと操作の不連続性から、統計的に発動するし、簡略操作を割り当てる事もできるわ。
 そして、一旦登録されたコンボはデータリンクで共有できるから、コンボを発動させるだけなら直ぐに全員が出来るってわけ。
 ……てなところで、あんたの言ってた仕様は満たしてると思うけど、どう?」

「―――ばっちりですよ、先生。
 それじゃあ、今から早速バグ取りですね。」

「そうね、社が頑張ってくれたから、大きなバグは無いはずよ。」

 武は霞に向き直って礼を言った。

「霞、ご苦労さん。完成するまでもう少し頼むな。」

「……はい。」

 霞が頬を仄かに染めて頷くと、夕呼が詰まらなそうに声を上げる。

「あらぁ~、あたしにはお礼の言葉は無いわけぇ?」

「そんな事ありませんよ先生。
 色々と忙しい中ありがとうございました。
 ヴァルキリーズの実証試験開始までもう少しお願いします。」

「そうそう、わかってるんならいいのよ。じゃ、早速始めて頂戴。」

 夕呼に急かされて、武はシミュレーターに搭乗し、試作OSのデバッグと制御情報の蓄積を開始した。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 23時07分、B19フロアの夕呼の執務室を武は訪ねていた。

「で、何の用? あんたの相手ばっかりしてらんないんだけど。」

「あれ? そろそろ先生の方からも話があるんじゃないかと思ったんですけど、まだでしたか?
 もう、ここの反応炉を霞にリーディングさせましたよね?
 結果はオレには秘密ですか?」

「ちっ、試作OSで誤魔化せるかと思ったのに……
 ―――確かにリーディングさせたけど、イメージが目まぐるしく変わりすぎて、ほんの僅かな断片しか判読できないそうよ。
 かと思うと、全くの空白イメージだったりするらしいわ。」

「なるほど、霞じゃ反応炉の処理速度についていけない上に、普段の反応炉は休止状態ってわけですね。
 となると、やはり解読には00ユニットの完成を待たないと無理か……」

「―――そういう訳で、あたしは忙しいのよ。
 解ったらさっさと用件を言いなさい。」

 武の態度が気にくわなかったのか、きつめの口調で夕呼は武を促した。

「わかりました。まず、207小隊に対するBETA関連情報の開示レベルを現役衛士並みに引き上げる許可を下さい。
 これは、訓練の効率化と、オレの対BETA戦術構想の駄目出しをしてもらうためです。
 後は、『前の世界群』で考案した分の対BETA戦術構想の資料がまとまりました。
 これの中から幾つかの装備を試作したいので許可を下さい。
 それから、今後を睨んで今の内から手配していただきたいものもあるんですけど……」

「ずいぶんとまあ、ずうずうしく並べ立てたもんね。
 確かにあんたの対BETA戦術構想の支援はするって約束したけど、なんでも要求が叶うと思ったら大間違いよ?」

「―――わかってますよ。
 現状でオレの未来情報が有効かどうかを、先生が判断する方法がありませんから、オレの発言自体に信頼性がありませんもんね。
 てことで、オレの未来情報が確認できる方法をお教えします。
 それと引き換えって事でどうですか?
 今回のお願いは、先生にとっても損にはならない事だと思いますけど?」

 たっぷり1分の間、武を睨みつけてから、夕呼は忌々しげに言葉を吐き捨てた。

「……解ったわよ。その条件で手を打ってやるわ。
 あんたの情報がそのくらい信用できるのか、あたしも早めに確定したいからね。」

「ありがとうございます、夕呼先生。
 で、未来情報の信頼性を確認する方法ですが……11月11日に旅団規模のBETAが新潟に上陸してきます。」

「!!―――なるほど、予測不可能と言われたBETAの侵攻予告とはね。
 確かに、それが的中すれば、あんたの言う情報の信用度は跳ね上がるわね。」

 夕呼の表情にようやく笑みが戻る。
 それは、この情報を元にどう動いて何を得られるか、計算してほくそ笑んでいる顔をだった。

「それで、XM3が実証試験に移行してからの話なんですが、斯衛軍をそのBETA侵攻に合わせて現場に引っ張り出せないかと考えてます。
 冥夜と月詠中尉のラインから、XM3を餌にして、出来たら政威大将軍の親征によるBETA撃退を実現できたらと思うんですけど……」

「あんたも結構大胆ねえ。で、狙いは何なの?」

「00ユニット完成後の運用評価試験を睨んだ帝国軍との関係強化と、近い将来に政威大将軍へ実権を奉還させるための仕込が狙いです。
 もちろん、無駄な戦力の損耗を避けるってのも理由ですけどね。
 なにしろ、放置した場合、帝国軍第12師団が壊滅して、他にも数個連隊が損害を被りましたから。
 甲21号目標と甲20号目標を攻めるには、帝国軍の戦力は温存されてた方が先生もやり易いんじゃないんですか?」

 夕呼は目を半眼にして口を丸く開け、惚ける(とぼける)ように言ってのける。

「べっつにぃ~、いざとなったら、国連軍だけでやらせるだけだし~。」

「……はぁ~、結局皺寄せはこっちに来るのか……だったら、オレとしては、余計に帝国軍に消耗してもらいたくありません!
 てことで、頼みますよ先生……先生にだって損な話じゃないでしょ?……お願いしますっ!!」

 夕呼が拗ねていると感じた武は、大げさに頭を下げて、その前で手を合わせて夕呼を拝む。
 それを見て溜飲を下げたのか、ニヤリと笑って夕呼はようやく了承した。

「しょうがないわねぇ~。そ~~んなに頼むんなら、許可したげるわ。
 差し当たって、この基地に駐留している斯衛軍の4機に試験搭載するってことでいい?
 それで斯衛軍が食いついてこなかったら諦めなさい。
 上手いこと教導してその気にさせるのね。
 政威大将軍の話はその後でいいでしょ?」

「はい。―――それで、他の件はどうでしょう?」

「あ~そうね~、207の件は好きにやんなさい、まりもにも言っとくからまりもが反対しない範囲でやればいいわ。
 対BETA戦術構想ねえ……………………なるほど、この第一期計画ってのに分類されてるのを開発したいわけね?」

「ええ、『前の世界群』で実戦証明(コンバット・プルーフ)済みの装備の改良案です。」

「ま、この位ならいいわ。で、他にもあるのよね?」

「ええ、今のうちに手配しておいて貰いたいものが幾つか。
 『不知火』と『陽炎』の予備機を15機と30機くらいずつ。
 それからS-11を100発、複座型戦術機管制ユニットを12台、『87式自走整備支援担架』も30台ってとこですかね。
 この辺は、11月中頃までに揃えば間に合うと思いますけど、早いに越した事はないです。
 で、最後にこれが一番の難物なんでしょうけど、ODLのストックを最低でも00ユニット3体分くらい欲しいですね。」

「ODL? どういうこと?」

「00ユニットの運用経験からして、ODLの異常劣化が発生して、緊急浄化処置が必要になる事が多かったんですよ。
 なので、劣化したODLをストックと入れ換えて、劣化したODLだけ時間をかけて浄化した方がいいと思いまして。」

「そう……そんなに異常劣化が多発するとは思わなかったわ。
 じゃあ、あんたの00ユニットとしての擬似生体と一緒に用意しとくわね。」

「お願いします。あと、明日の試作OSの調整の時に―――」

「そうね、今日の仕上がり具合からして、伊隅とまりもにでも立ち会わせましょう。
 あんたがどれくらい腕で、どの程度使いものになるのかも聞きたいしね。」

「じゃあ、そういうことで。オレの方からはこんなとこです、先生からは何かありませんか?」

「…………ないわ。じゃ、今日は帰りなさい。
 ったく、あんたが来てから忙しくなるばっかりじゃない……」

 端末に視線を落し、愚痴をこぼしながらも夕呼は武の要望を果たすべく、各種の手配を始めた。
 そんな夕呼に頭を下げて、武は部屋から出て行った。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 23時22分、B4フロアの自室で武はベッドに寝転がり、今後の事を考えていた。

(明日もXM3のデータ取りってことは、霞と純夏のとこに何時行くかが問題だなあ……
 霞って言えば、朝食のこと何も言ってなかったな……
 まあ、明日の朝にでも聞けばいいか……
 …………
 ……
 ……明日には伊隅大尉と顔合わせか……
 今回はちゃんと部下として役に立てるといいんだけどな。
 ―――あー、でも、ちゃんと配属されるとは限らないのか……夕呼先生、訓練期間中は臨時編入だって言ってたしな……
 …………
 ……
 ―――そうだ、明日の早い内に、まりもちゃんと話ししとかないとな。
 207Bのカリキュラムに、BETA関係の講義、対BETA戦術構想の検討、机上演習にシミュレーター演習ってあたりを追加してもらって……
 …………
 ……
 あとは総戦技演習を前倒しにして貰って、早めに戦術機操縦課程に進めるようにした方がいいな。
 となると、11月10日には終わる日程じゃないとな。
 1週間も日数かけたくないから、演習内容を短縮できないかな……今までの演習内容が何を意図して立案されていたのか聞いた方がいいな。
 あ……あんまり演習内容に深入りすると、オレは総戦技演習に参加できなくなっちゃうんじゃないか?
 まりもちゃんに、日数の短縮化と、衛士になってからも役に立つ演習をってことで一任するかな。
 ………………
 …………
 ……)

 あれやこれやと思いを巡らせていた武だったが、急に勢いよく身体を起こすと、自分の両頬を強く叩いた。

(くそっ! 何を逃避してんだオレは!
 今、真っ先に考えなきゃなんないのは、夕呼先生との信頼関係の事だろうが!!
 さっきの会話、なんだよあれ……お互い腹の探り合いみたいな事してちゃ、信頼関係なんて結べるわけないだろ!
 ……きっと、今先生は自分の理論の洗い直しに必死になってる筈だ……
 最初に話した時に、理論が否定されたって洩らしちまったからな……
 今のままじゃ、オレは先生の仕事に関しては、貢献するどころか、足を引っ張ってるようなもんだ。
 ―――けど……人格転移の数式はオレの持つ最大の手札なんだ……
 あれを使ってしまったら、夕呼先生相手に取引が出来なく―――ッ!!
 取引ってなんだよッ! んなこと考えてるから、上手く行かないんじゃねえのか?
 …………
 ……
 そうだ、オレの情報の信頼性がどうこうじゃない、オレという人間を夕呼先生に信じてもらわないといけないんだ。
 自分の持ってる手札を隠して、上手く取引するなんてセコイことを考えないで、オレ自身を夕呼先生に認めてもらわないと駄目なんだ。
 その上で、オレの望みをしっかりと夕呼先生に伝えて、オレに出来る限りの事を為して、夕呼先生がオレの望みを容認してくれるように頑張れば良い。
 夕呼先生の性格からして、オレが先生にとって役立つ存在になれれば、相応に配慮してくれると思う。
 その上で、無思慮に言い成りになったり、先生の真意を読み取り損ねたりしないように、オレ自身がしっかりと対応すれば良いんじゃないのか?
 …………
 ……
 ―――オレはどうしても辛い選択肢から逃げようとしちまうから、目的の成功率が僅かでも上がるなら犠牲を躊躇わない、夕呼先生の考え方に補ってもらった方が良い。
 そして、逆に夕呼先生が設定した目標を、オレが努力してより少ない犠牲で達成できればそれが理想なんじゃないか?
 夕呼先生に任せっぱなしにするんじゃない、けど、お互いが騙しあうような関係じゃなくて、互いが互いを信頼して補い合えるようになるべきなんだ。
 そして、今のオレの能力が夕呼先生に釣り合っていない以上、夕呼先生が主導的立場になるのは仕方ない事なんだ……
 ―――よし、明日にでも会いに行って、正直に打ち明けよう。
 既に人類には無駄な時間を費やす余裕はないんだから……)

 武は夕呼との関係改善に至る行動方針を心に決め、他に急いで手を打っておく必要のある事柄を忘れていないか自問自答する。
 特に忘れている件は無いと判断した武は、机上の端末を立ち上げて、対BETA戦術構想関連の情報を閲覧し始めた。
 武の努力は02時近くまで続いた。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

2001年10月26日(金)

 05時54分、B4フロアの武の自室では、今朝もまた、霞が武を揺すっていた。

「……う~ん……霞、あと5分……」

 寝ぼけた武の発言に、霞少し思案気に首を傾けてから、武が身体にかけている毛布の上端を握り、体ごと後ずさって毛布を武から奪う事に成功する。
 この時点で、時刻は既に56分を過ぎていた。

「ん……なにやってんだ? 霞……」

 毛布を剥がれる途中で目を覚ました武は、相変わらずと言うか、やはり霞は霞なんだなあと、昔を懐かしむような気持ちになっていた。
 そんな思考を読んだのか、不機嫌そうな気配を僅かにまとう霞。
 武はそれに即座に気付き、弁解とも慰めともとれる言葉をかけた。

「あ、ごめんな霞。毎朝起こしてもらってるのに勝手なこと言って……けど、布団を剥ぐ時は、もっとこう、エイヤッ! って感じで一気にやるもんだぞ?
 布団を引っ剥がす純夏のイメージを思い浮かべるからリーディングしてみな。」

 武の言葉に、暫くジーっと武を見つめた後、霞はフルフルと首を横に振った。

「…………むずかしいです。」

「そうだな、純夏くらい元気が余ってないと、朝っぱらからはきついかもな。
 無理にやんなくていいからな―――てことで、おはよう、霞。」

「……おはよう、ございます。」

 ようやく朝の挨拶が出来た武は、制服を手に取り着替え始めようとするが、今朝に限って霞が部屋から出て行こうとしない。

(ん? 霞、まだ何か用かな?…………あ、そうか!)

「霞、一緒に朝ごはん食べる許可、先生から貰えたのか?」

「……はい。」

 こっくりと頷いて答える霞。
 そっか、じゃ、着替えるからちょっと待っててくれな。」

 武はそう言うと手早く着替え始めた。
 そして、7分後…………

 武は、ドアを開け放った自室前の廊下で、まりもの点呼を受けていた。

「……白銀、何故貴様の部屋の中で、社がベッドに座っている?
 これから特殊任務で、一緒に香月副司令のところへでも行くのか?」

「は? あ、いえ、この後一緒に朝ごはんを食べようと思いまして、点呼が終わるまで待ってもらっているだけです。」

「……一緒に朝ごはん? 何故、同じ部隊でもない貴様と社が一緒に食事だなどと、そういう話になるのだ?」

「ああ、それはですね、朝起こしてもらった後で、そのまま別れちゃうのもなんだと思いまして……」

 この辺りから、夕呼絡みの諸事情があるのかと、遠回しに訊ねていたまりもの表情が疑わしげなものに変わっていたのだが、武は全く気付かない。
 それもまあ、無理もない話しだ。
 点呼中の訓練兵は、直立不動で前方に視線を固定している。
 視界の端に位置するまりもの表情など判別できるはずが無かった。

「なに? 貴様、社に起こしてもらったのか?」

「はい、お蔭様で毎朝目覚まし要らずです。」

「……そ、そう言えば、貴様の部屋は毎晩遅くまで明かりが消えないそうだな?」

「はあ、まあ、いろいろとやることが多いものですから。」

「ヤルことがおおいだと?…………まさか白銀、社と同衾なんぞしていないだろうな?」

「どうきん?……ああ、一緒に寝てるかって話ですか?
 いえ、もうそんなことはしていません。」

 『一緒に朝ごはん』と『一緒に寝る』、この2つのキーワードから、『前の世界群』での霞との共同生活を思い出し、武はつい『もうしていない』と答えてしまった。
 その言葉を聞きとがめ、まりもの柳眉がきりきりと釣り上がり始めたのだが、前述の理由でやはり武は気付いていなかった。

「ほほう……一緒に寝た事はあるんだな?」

「ええ、前に夕呼先生に言われて…………って、今の無し! そんな事したことありませんっ!!」

「ん? なんだ白銀、訓練兵の分際で教官に隠し事か?」

「…………も、申し訳ありません……機密事項に抵触しますので、聞かなかった事にしてください……」

(オレが『因果導体』となって確率分岐世界を何度も経験している事は極秘……のはずだよな?
 あ……そう言えば、今回は先生から口止めされてなかったような……
 いや、この件は機密だ、そうに違いない!…………きっと、たぶん、おそらく……)

 などと内心で考えている武の額には、いつの間にか汗が噴き出していた。
 そして、それに気付いたまりもの視線が一気に冷たくなる。

「……ほう、機密か……いいだろう。ならばこれ以上は問うまい。
 ―――が、香月副司令に、この件は報告させてもらうからな。
 それと、念のために言っておくが、社は年齢的に自由性交渉制度の対象にはならないからな。
 MPに連行されたくなければ慎めよ?」

 そうまりもが言った途端に、廊下の先から素っ頓狂な声が4重唱で聞こえてきた。

「「「「 ―――自由性交渉制度ッ?! 」」」」

 まりもと武が声の元を探ると、廊下のT字路の角からこちらを覗き込んでいる207Bの女性陣の顔が覗いていた。
 どうやら、角から身を乗り出すようにして、こちらの様子を窺っていたらしい。
 そして、その声に驚いたのか、単に興味が引かれたのか、武の自室の中から霞がその小柄な姿を現した。

「「「「 ―――社っ?! 」」」」

 またもや207の4人の口から驚愕の4重唱が上がる。
 それを押し潰すように、まりもの怒声が朝のB4フロアを揺さぶった。

「貴様ら、そこで何をやっているッ!!」

 怒声に弾かれたように、廊下に飛び出して姿を晒し、最敬礼する4人。
 そして、代表するように千鶴がまりもの詰問に答える。

「はっ! 僭越ながら、教官が朝の点呼時間を過ぎても一向にお見えにならないため、皆で様子を見に参りましたっ!」

 言われて初めてまりもも気が付いたが、既に点呼の時間が過ぎ去って久しかった。
 予想外の出来事に、まりもも動転して時間を無為に使ってしまった結果がこの時間だった。

「む―――なるほど、榊の言う事ももっともだな。
 よし、白銀、この話は後でゆっくりとしてやる。
 白銀訓練生点呼終了、自由にして良し!
 他の207小隊員は、全員自室前に戻れ! 駆け足っ!!」

「「「「 了解! 」」」」

 女性5人は慌しく立ち去り、廊下には武と霞だけが残された。
 武は精神的疲労にかすれた声で霞に一声かけ、とぼとぼとPXへと歩き始めた。

「……霞、朝ごはん食べに行こうか…………」

「……はい。」

 霞は不思議そうな表情をしながらも、素直に返事をして武の横に並び、歩き始めた。
 朝っぱらから仕出かしてしまった手痛いミスに、今日一日の自分に襲い掛かるであろう喧騒を想像し、鬱になりかける武であった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 08時17分、グラウンドでは武と彩峰が格闘訓練で対戦していた。

 ちょっとした騒ぎになってしまった点呼の後、PXでの朝食時にも『あ~ん』と合成さばの味噌煮を差し出す霞の姿を、207の皆にしっかりと目撃されてしまった。
 『前の世界群』と同じような騒ぎになる事を覚悟し、思い付きで霞を食事に誘ってしまった過去の自分を責め立てた武だったが、予想に反して騒ぎにはならなかった。
 騒ぎにはならなかったものの、207の4人の眼差しは冷ややかなもので、各々のコメントは武に容赦なく突き刺さり、精神的ダメージを痛烈に与えた。

「ほほう、面妖な特殊任務もあるものだな、タケル。幼子に食事の世話をしてもらう事で、BETAに打ち勝つための秘策を、天より授かる事が出来るとでもいうのか?」
「……いいわねぇ、特殊任務の一言でなんでも誤魔化せると思っていられるそのお気楽さ。見習った方がいいのかしら。」
「……白銀、幼女趣味。」
「―――うわー。みんなに見られてるのに、たけるさん、よく恥ずかしくないですねぇ~~~。」

 恥ずかしくないわけが無かった……武は内心涙を流しつつ、自らを犠牲にして霞の想い出作りに殉じることにしたのだった。

 騒ぎにならなかったのは、千鶴以下207女性陣の点呼の際に、霞は白銀の特殊任務関係者で機密に抵触する恐れがあるため詮索するなと、まりもが命令を下してくれたお蔭だった。
 もっとも、まりも自身が武の言い訳だと思っている節があり、まりもを含めた女性陣の武を見る目は実に冷ややかなものであった。
 そして、そんな雰囲気の中、午前中の格闘訓練において、武は格闘戦では部隊内最強の称号を持つ、彩峰の相手を命じられ、現在に至る……

 逃げてばかりでもいられず、間合いを詰めた武の懐に彩峰が滑らかに入り込んでくる、右手を取られ武自身の勢いをそのまま使って、右手から巻き込むように回転運動へと導いていく彩峰。
 STA(スペース・トルネード・アヤミネ)―――それは武の経験した全ての世界で共通して彩峰が得意とする投げ技で、武は数えるのも嫌になるくらいこの技を喰らっていた。
 普段であれば回避不能とも言えるこの技だが、格闘訓練中であれば当初より最も警戒している技でもある。
 心構えが出来ていた武は、自分を巻き込もうとする力に逆らわないように、自ら先んじて彩峰を飛び越えるように前転した。
 さらに途中で右手を捻られている方向に側転することで捻れを解消し、彩峰と向かい合う形で着地すると同時に、逆に彩峰の腕を左手で取りに行く。

 腕を取られ、力比べになる事を嫌った彩峰は、後ろへ飛び退って一旦距離を取った。
 続けて左右に身体を振ってフェイントをかけながら距離を詰め、武の右腕を取って関節技をかけようとする彩峰。
 しかしそれと察知した武は肘の関節を極めにきた彩峰の左手を自身の左手で肘を庇って止めると、そのまま右肘を折りたたみ身体を右前方へ沈めるようにしながら、右肘打ちを彩峰に喰らわせた。
 それと悟って自ら後方へ跳び下がり、彩峰は肘打ちの打撃を軽減したが、また距離が開いて仕切り直しとなってしまった。

 眉をひそめて憮然とする彩峰に、武は苦笑しながら声をかけた。

「……関節極めようとしてアテ外れたろ?」

「…………うん。」

 不貞腐れたような表情で呟いた直後、飛び込むようにして距離を詰めてくる彩峰。

「……っと! 手ぇ早いな……うかうか話もしてらんねぇ……」

 その後も間合いを計り、フェイントを繰り出し、武を捉えようとする彩峰だったが、武はその全てを避け切って見せた。

「……読まれてる。」

 何処か余裕の見え隠れする武の態度に、彩峰は不満げに言う。

「どうかな?」

 口ではそう応じるものの、武には確かにある種の余裕があった。
 格闘の技術だけを取れば、武は今の彩峰にすら叶わない。
 しかし、過去の無数の世界で今よりも上達した彩峰とすら何度も対峙した経験が、彩峰の技を容易にかけさせない事を、武に可能とさせていた。

「ねえねえ、彩峰さんの攻め、読まれてるよ?」
「うん……現役衛士とは言え、タケルは何をやらせても凄いな……」
「そうね、普通何かしら不得手があっても良さそうなものなのにね。」

 武と彩峰の対戦を見学している壬姫、冥夜、千鶴の3人も、予想外の彩峰の苦戦に感嘆の声を上げる。
 それを聞いて武は彩峰を煽ってみる事にした。

「……外野にあんな事言われてるぜ、彩峰?
 もう少し本気出せよ……まだ流してるだろ?」

「……白銀のくせに生意気。」

 武の挑発に右手を腰に当てて不機嫌に吐き捨てる彩峰。
 そんな彩峰の一瞬の隙を突く武。

「―――ふんっ! 後ろとったあ!」

 素早く彩峰の脇から回り込み背後に回って腕を―――

(―――ッ!! や、やばいっ! この展開は―――)

 一瞬身体の動きを止めた武―――しかし次の瞬間、彩峰に足を取られそうになったところを、武はぎりぎりで飛び退って回避した。

(あ、あぶねえ……今のパターンは確か、ジャーマンスープレックスをかけようとして、前に回した手で彩峰の胸を思いっ切り掴んじまうパターンだったはずだ。
 『前の世界群』じゃ、胸の感触に動きが止まったところで足を取られて、大事な急所を踏み潰されたんだっけ…………
 そうか! これが夕呼先生の言う『より良い確率分岐する未来を引き寄せる能力』ってやつなんだな!!―――違うだろうけど……)

「今の、白銀は何をためらったのかしら。」
「明らかに一瞬動きが止まっていたな。」
「でも、その直後に彩峰さんが足を取りにいってたよ?」

 武の行動に、観戦している3人も首を傾げる。
 彩峰も馬鹿にされたと思ったのか、武に詰問しながら詰め寄る。

「……白銀、わたしの事なめてる?」
「―――いや、そんなことは……」
「……じゃあ、背後取ったのに止まったのは何故?」
「そ、それはその―――」
「……白銀…………」

 潤んだ瞳を大きく開いて、武をじっと見つめながら彩峰が近づいてくる。
 武は仰け反りながら、両手を前に出して彩峰を宥めようとする。

「だ、だからだな、彩峰―――「足もらうね。」―――くはっ!」
「ごめん……」
「ちぃっ! させるかぁあッ!!」

 彩峰の表情に油断して足を取られた武は背中から地に倒されてしまった。
 しかし、その直後に彩峰が謝罪と共に右足を上げた瞬間を見逃さず、強引に身体を捻り彩峰に掴まれた右足を無理矢理奪い返す。
 右足に激痛が走ったが、幸い折れたり脱臼したりはしなかったようだ。
 必死になって地面を転がって距離を取り、武はようやく立ち上がった。
 何故、ここまでなりふり構わず必死に逃げたのか。それは…………

「きゅ、急所を狙うなッ!!」
「急所を狙うのは当たり前……」

 必死に抗議する武と、無表情に恐ろしい事を言う彩峰。
 そして、そんな彩峰をけしかけるまりも―――

「彩峰の言う通りだな。遠慮はいらん、隊内に性犯罪者が出る前につぶしておけ!」
「―――了解。」
「りょ、了解じゃないだろっ!! くそっ、こうなったらオレだって手段を選ばないぞ……」
「ふっ……やってみな。」
「言ったな彩峰! じゃあ、恐れおののけ―――次のヤキソバ上げるから勘弁してください……」
「ッ―――いいよ。」

 即答する彩峰であった。
 その彩峰に笑顔で近づき右手を差し出す武。

「よし、じゃあ握手だ彩峰―――っと、もらったっ!!」

 武に応じて彩峰が差し出した右手の、肘と手首の間の辺りを掴む武。
 驚愕を顕わにした彩峰としばし力比べになるが……

「―――っ!」
「―――ふんっ!」
「―――うっ?!…………!!」

 力勝負になってしまえば、やはり鍛え抜いた男である武に軍配が上がり、彩峰は地面に仰向けに倒されてしまう。

「「「「な…………/ほう……!/彩峰さんが……投げられたっ!?/…………」」」」

 未だかつて無い、投げられて地に臥す彩峰の姿に、千鶴、冥夜、壬姫、そして投げられた本人の彩峰が驚愕の声を上げた。
 中でも、彩峰の受けた衝撃は相当なものであったらしく、上体だけは起こしたものの、地面に座り込んだままで呆然としていた。
 そんな彩峰に一応注意を払いつつ武は歩み寄って声をかける。

「悪いな彩峰。」
「……投げられた。」
「……大丈夫か?」
「……投げられた。」
「悪かったな、今のは不意打ちだし……オレ、一応現役だから気にすんな。」
「……投げられた。」
「ほら、起きろ」
「…………」

 一向に正気に戻らない彩峰を、武は半ば抱き上げるようにして立たせてやった。
 それでも未だに茫然自失の彩峰に、武は頭を掻いて告げる。

「安心しろ彩峰、ヤキソバはちゃんとやるから。」
「ありがと白銀、もう大丈夫。」

 途端に正気に戻る現金な彩峰に、207の皆が微笑む。
 そんな訓練兵達に、教官のまりもからの有難い言葉が投げかけられた。

「なかなかやるな白銀。
 実戦で不意打ちは当たり前だ……たとえ訓練であろうと、常在戦場の心構えをわすれてはならんということだ。
 貴様たちにとって、白銀という存在はいい薬だな。もっと精進しろ。」

「―――そんなこと言ってみたところで、神宮司教官が無責任に彩峰をけしかけなければ、オレだってここまではしなかったって事実は変わりませんけどね。
 しかも、人のことを性犯罪者呼ばわりして……」

「うっ―――そ、その件は詫びよう。悪かった。
 ………………さて、それでは次の訓練に移る。
 御剣、準備は済んでいるな?」

「―――はっ!」

 まりもに名を呼ばれて前に出る冥夜は、何故か2振りの模擬刀を手にしていた。

「―――よしっ! 続いて御剣と白銀の模擬刀を用いた近接戦闘訓練を行う。
 他の者は観戦するように。では―――」

「ま、まりもちゃん、ちょっとまって……」

「―――始めーーーッ!」

 ………………今日の訓練は、未だ始まったばかりであった―――




[3277] 第18話 白銀4番勝負
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/11/03 17:21

第18話 白銀4番勝負

2001年10月26日(金)

 08時32分、グラウンドでは武と冥夜が模擬刀を構えて近接戦闘訓練で対戦していた。
 武は、彩峰との格闘戦に続いて、二戦目となる。
 鍛えた肉体は未だ疲れを見せてはいないが、刀を持った冥夜の相手は、今の武をして万全の状態でも厳しい戦いを強いられる。
 武は、己が不利を覚悟しつつ、冥夜と刃を交えていた。

「やるではないか。」

「っと!! そうでも……ねぇよ!」

 武は冥夜を相手に苦戦していた。
 冥夜の攻撃を避け、受け流し、なんとか有効な一撃を受けずに凌いでいたが、それもそろそろ限界に近かった。

「謙遜するな。刀を用いた近接戦闘でもここまでやれるとは、正直言って予想していなかったぞ。」

 冥夜は誉めているが、そもそも武は真っ当な剣術の修行をしていない。
 過去の無数の世界で冥夜に手ほどきを受けてはいたものの、それらは全て実戦を経験しBETAとの戦闘での長刀の有効性と継続使用時の脆弱性を知る前の事なので、正直それほど真剣には行っていなかった。

 武の我流剣法ではどうしても長刀を叩きつけるような斬り方になってしまったため、長刀の損耗が激しく苦労した苦い記憶がある。
 真剣に剣術の修行を行わなかった事を、戦場に出てからの武は後悔したものだった。

 それでも、それらの剣術修行の殆どで相手をしていたのが冥夜であったため、冥夜の癖は手に取るように知っていた。
 武がここまで冥夜の斬撃を凌げたのは、偏にこの事に由来する。

(―――やっぱり真っ当な剣術勝負じゃ叶わないな。
 ちっとばかり無茶だが……やってみるかっ!)

「どうした!? 集中力が欠けているぞッ!」

 対策を練るのに気を取られていた武だったが、冥夜の言葉に慌てて距離を取った。

「おっと! あぶねぇ―――どうして狙わなかった?」

「武士の情けと言うものだ。」

「へへ……後悔するぞ!?」

「させてみるがよい!」

 冥夜のその言葉に、武はニヤリと笑うと冥夜を中心に時計回りに回り込むように動き出した。
 冥夜が武に合わせて身体の向きを変えると、武は更に回り込む速度を上げる。
 回り込む武の動きに隙が無くも無いのだが、冥夜が勝利を確信出来るほどのものでは無く、誘いである可能性も考え合わせると、冥夜は斬りかかる気にはなれなかった。
 かといって、武の動きに付き合って向きを変え続けるのも馬鹿らしいので、冥夜は身体の向きは代えずに視線のみで対応しようとした。

 すると、武は冥夜が回り込むタケルを追って、限界まで右に捻った顔を左側に振り直したその動きにタイミングを合わせ、回り込む動作を中断して距離を詰め、そのまま冥夜の右側を駆け抜けつつ横殴りに斬撃を放つ。

「―――くっ!」

 完全に死角となった右側面から放たれた斬撃を、なんとか躱す事の出来た冥夜だったが、武に対して反撃する事も追撃する事も出来なかった。
 そして、武はまた冥夜の周囲を回り始める。
 戦術機に乗っての激しい機動で鍛えられた三半規管と体力、この2つでなら武は確実に冥夜に勝っていた。
 よって、武は真っ当に立ち合う事を諦め、冥夜を自らの動きで惑乱する作戦に出たのだった。

 周囲を巡っては隙を狙って擦り抜け様に切り付ける。
 馬鹿の一つ覚えのように、武はその戦法に固執した。
 そして、またもや―――

「でやぁあッ!!」
「くっ―――今度こそ!」

 武の姿が冥夜の視界から消えた直後、背後から気合の入った掛け声が上がり、冥夜は振り向き様に斬りかかろうとその身を捻る―――

「な……なんだと!?」

 冥夜が振り向いたその先には、冥夜に向けてスライディングを仕掛けてくる武の姿があった。
 横へ横へと意識を誘導した上での上下方向への揺さぶりは、冥夜でさえももう少しで見失ってしまいそうなほどであった。

 正に地を這う武の攻撃に、駆け抜ける武を横薙ぎに払おうとしていた斬撃を、足元に滑り込んでくる武へと無理矢理斬線を曲げて冥夜は放った。
 しかし、その斬撃は武に軌道を読まれ、模擬刀によって受け止められてしまう。
 そして、武の足が左右に広がり、冥夜の足を挟みこもうとする―――

「冥夜ァ! これで……どうだっ!!」
「―――くっ!!」

 間一髪、冥夜は倒れ込むようにして前転することで武の蹴撃を躱し、そのまま転がるようにして距離を稼ぐ。
 跳ね上がるようにして立った時には、先に立ち上がっていたのであろう武が駆け寄ってくるところであったが、ぎりぎりで構えを取るのが間に合った。

「―――ちっ、これでも倒せないか……さすがだな、冥夜。」

「正直、ここまで追い込まれるとは思わなかったぞ、タケル。
 ……許すが良い。射撃の能力が高まるに従って、近接戦闘を軽んじるようになる者が多かったのでな。
 先日そなたの狙撃訓練の話しを聞いて、それほどの腕前であれば得手は射撃であろうと踏んでいたのだ……が……」

「わりぃな、オレのポジションは突撃前衛だ……射撃だけなんて贅沢は言ってらんなかったんだよ。
 ……それにしてもさ……勝たせてくれないよな。」

「手を合わせる以上、手加減など出来ぬ!」

 そう言って、武に連続して斬撃を放つ冥夜。
 武に再び主導権を取られる事を嫌っているのか、手数が増えた分だけ、斬撃の鋭さが減少していた。
 必殺ではなく牽制を狙った斬撃である分、武は楽に捌くことが出来た。

 しかし、冥夜の連撃の速度は更に増していき、武が避け切れずに刀で受け流す率がどんどんと増えていく―――
 このまま冥夜が押し切るかと思えたが、先に息を切らし手を休めたのは冥夜の方であった。
 そして、手数を増やした付けが冥夜を襲う―――

「むっ!……け、決着がつかぬな……」

「なんだ……もう息が上がったか?」

「だっ、黙るがよいぞっ!……はあ……はあ……はあ……」

 さすがに斬撃を繰り出す手を休め、乱れた呼吸を整える冥夜。
 そんな冥夜を冷静な目で観察し、思いを巡らせる武。

(冥夜、何か考えてるな……勝負を焦ってるのか?
 オレだって、死ぬほど訓練を積んで、実戦も潜り抜けてきている。訓練生のおまえにそうそう負けてやるわけにはいかないんだ……)

「……全てを見透かしたような目だな。
 …………くっ……タケル、そなたに無現鬼道流の真髄を見せてやろう、心して来るがよい。」

「げ……冥夜、そりゃ本気出しすぎだろう?! こっちは剣術は素人同然なんだぞ?」

「……もし仮にそうであっても、無現鬼道流剣術免許皆伝者が剣を取っての立ち合いで、ここまで追い詰められて退くわけがなかろう?」

 冥夜は不敵に笑うと模擬刀を左腰に収め、自然体で立って目を閉じた。

(―――光風霽月……己が心を落ち着け、迷いを捨てる……タケル、私の全てをかけた一閃、受けるがよい……)

 最早武が周囲を巡ろうと、フェイントをかけようと、冥夜には一切動じる様子が無い。

「…………心眼か……しゃあない、後はオレが冥夜の一撃を避けられるかどうかだな…………」

 武は一旦間合いを広く取り、自らの身の内に力を撓めて(たわめて)いく。
 そして全力で冥夜めがけて突進していった……

(む……タケルめ、全速で来るか……それにしても、何という気迫だ…………
 風と……光を感じる……心の音は必要ない……今すぐ、ここから消えるがよい…………今だっ!)

 冥夜は己が心眼に従い、己が存在全てを一閃に込めて放つ―――刀を振るった手に斬鉄の手応えが伝わる。
 快心の手応えに、武の模擬刀を一刀両断にした事を確信し、冥夜に刹那の油断が生じた。
 その瞬間に、冥夜は胸の辺りに激しい衝撃を受け、吹き飛ばされて転倒した―――

(な……なんだとっ!)

 冥夜が目を開くと、武が刀身の半ばで断たれた模擬刀を片手に立ち上がる姿が見えた。

「おいおい、刃の潰してある模擬刀で斬鉄かよ……冥夜、おまえやっぱ本気出し過ぎだって……」

「……!!―――そうか、わかったぞタケル。そなた間合いに入ったところで斬撃と同時に飛び蹴りを放ったな?」

「ああ……おまえが目を閉じてさえいなかったら、通用しなかった手だな。
 おまけに、飛び蹴りの最中は回避も出来ないから、おまえの斬撃に当たるかどうかは運任せだった……
 一応、模擬刀で受けにはいってたけど、こうも見事に真っ二つにされたんじゃ効果はなかったかもな。
 ―――ていうか、当たってたらオレ大怪我だったんじゃないか?!」

「白銀は、走り出す前に右手で逆手に持った刀を右腰から背後に回して構えていたのよ。
 そして、間合いに入る直前で踏み切って飛び蹴りの姿勢になると同時に、刀を地面に垂直になるように真横に振り抜いたの。
 自分の体の盾になるようにね。
 御剣の抜刀はその白銀の模擬刀を見事に断ち切ったけど、その斬撃は白銀の身体の下を擦り抜けてしまったみたいね。」

「……あの一撃が当たっていたら、白銀も只じゃ済まなかった。
 けど、御剣の斬撃は左腰を起点にしてるから、飛び蹴りの姿勢に入った白銀に当たる確率はそんなに高くない……」

 一部始終を観戦していた千鶴と彩峰が事態の推移と評価を口にした。
 それを受けて、武も一言付け加える。

「それにしても、確かに心眼は凄いと思うけど、他の五感を切り捨てないといけないんじゃ、実戦で使うのはきつそうだよな。」

「……確かに……私もまだまだ修行が足りぬようだな……
 今後は、目を閉じずとも心眼を使えるように、精進するとしよう。
 タケル、そなたに感謝を……これで、私は更に高みを目指す事ができよう。」

「そんな大げさな事じゃないだろ?
 ま、冥夜が強くなるのは良い事だけどな。」

「そうね。御剣、次は白銀に完勝してやって頂戴よ。」
「たけるさん、すごいよ。御剣さんと互角にやるなんて。」

 ニヤニヤと笑いながら冥夜をけしかける千鶴と、尊敬の眼差しを武に向ける壬姫を、まりもの衝撃的な発言が襲う。

「榊、何を言っている? 他力本願ではなく、自分で白銀に圧勝して見せろ。
 珠瀬も暢気に感心してるんじゃない。
 次は貴様達が白銀の相手をする番だぞ。」

「「 え?…… 」」

 千鶴と壬姫が絶句した……2人とも近接戦闘が得意とはお世辞にも言えない方だ、しかも壬姫は体格にも体力にもあまり恵まれていない。
 そんな2人を放置して、まりもは今の一戦を講評する。

「ふむ……刀を使った近接戦闘で、御剣に土を付けるとは正直予想外だったぞ、白銀。
 それにしても貴様には定まった型というものがないな。
 相手や状況に合わせて、融通無礙に戦い方を変化させるとは……いや、発想自体にその傾向が見られるか……
 奇をてらうだけならば修正してやるのだが、一通りの基本を身に付けた上でやっている以上問題はあるまい。
 いいか貴様ら、白銀の次に何をやらかすか解らん奇天烈さは、BETAの予測不能といわれる振る舞いと比べても遜色ないぞ。
 これほどの教材には私もお目にかかったことは無い。
 白銀を仮想BETAだと思って、精々精進しろ! いいなッ!!」

「「「「 ―――はいっ! 」」」」
「………………オレは、BETA扱いですか……」

 武のいじけた呟きを気に止めるものは、その場には1人もいなかった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 09時03分、グラウンドでは武と千鶴・壬姫ペアが模擬短刀を構えて近接戦闘訓練で対戦していた。
 訓練開始前に、千鶴がまりもに願い出て、模擬短刀の複数使用の許可を得て始まった訓練だったが、開始直後から武は劣勢に追いやられていた。

「珠瀬ッ!」「はいっ!!」

 千鶴の指示で短刀を投擲してくる壬姫。
 そりゃないだろうと心の中で悲鳴を上げながら、千鶴を捉えようとしていた模擬短刀を引き戻し、慌てて飛び退ることでなんとか投じられた短刀を躱す武。
 その武に、千鶴は素早く追い縋って短刀で斬りつけてくる。
 千鶴に対峙して斬りかかろうとすると千鶴は間合いを取り、追い討ちをかけようとすると千鶴の合図で壬姫が短刀を投げてくる。
 しかも、壬姫はその片手間に投げた短刀の回収までしている。
 千鶴が陽動で壬姫が支援攻撃……まさに武はBETA扱いされていると言っても過言ではなかった。

 武と千鶴は両手に模擬短刀を1本ずつの計2本。
 武にとっては、両手に短刀を装備するのは、戦術機でBETA相手に二刀流で戦った経験があるため、苦にはならなかった。
 ……が、壬姫が10本を超える数の短刀を装備して投げてくるとあっては、文句の一つも言いたくなる。

「…………おい、委員長。いくら、短刀の複数使用が許可されたって言ったって、近接戦闘訓練でこれはないだろ?」

「何言ってるのよ白銀、あなたみたいな規格外を相手に、普通のやり方でやって勝てるわけ無いでしょ。」

「たけるさ~ん、勘弁してくださいね~。」

 千鶴の高い指揮官特性によって、武は行動の選択肢を狭められ、いいように壬姫の的とされていた。
 千鶴と入り乱れての戦闘中でも、壬姫の投擲は正確に武だけに当たる軌道で飛んでくる。
 今のところは千鶴の指示無しで投げてくる事が無いために避ける事ができているが、それでも後どれだけ避け続けられるか、武には自信がなかった。

「くっそ~、そっちがそう来るんなら……」

 武は周囲を見回して何事かを確認すると、直後に壬姫に向けて右手の短刀を、千鶴に向けて左手の短刀を投げつけた。

「な、なに?!」「うわぁっ!」

 悲鳴を上げて、飛んできた短刀を避ける2人。
 特に壬姫は地面に刺さった短刀を抜こうとしゃがみ込んでいたところだったので、姿勢を崩して地面に転がってしまっている。
 千鶴はさすがに姿勢を崩すには至らず、短刀を2本とも失った武に斬り付けようとするが、武は一瞬前の位置には既にいなかった。
 視界の隅で動く影に気付き、素早く向きを変えた千鶴の視界に、地面に刺さった短刀を引き抜き様に自分へと投じてくる武の姿が映る。
 咄嗟に回避しようとする千鶴だったが、攻撃しようとして前傾姿勢でいたために、回避動作が間に合わない。

「よし、榊は戦闘不能! それまでっ!!
 惜しかったな榊。作戦はなかなかに良かったが、白銀に真似される事も考えておくべきだったな。
 それと、BETAとの乱戦では、戦術機は地面に落ちている装備を拾って戦闘を継続することも珍しくない。ついでにこの事も憶えておけ。」

「―――はい。」

 まりもの講評に、悔しげに応じる千鶴に、壬姫が済まなそうに歩み寄る。

「珠瀬は、自分への反撃に対して脆過ぎたな。
 あそこで姿勢を崩していなかったら、榊が犠牲になるのと同時に白銀に短刀を投げつける事で、勝利することも可能だったはずだ。
 後衛であっても、自分の身もしっかりと守れなければ、前衛を危険に晒すという事が身に染みただろう。
 今後は気をつけるんだな。」

「……はい。」

 壬姫もしょんぼりと答える。

「さて、白銀……さすがに場数を踏んだ現役衛士だけあって、多数を相手にしても今更動揺したりはしないか?」

「まあ、そりゃそうですね。BETA相手じゃ多勢に無勢は当たり前ですから。
 でも、今の状況はレーザー属種の射程内で要撃級相手にしてるようなもんでしたから、大分きつかったですよ。」

「そうだな、BETA相手と違って、人間は連携をしてくる分厄介だからな。
 いいか、貴様ら。BETA相手の戦闘では、まず相手の数に圧倒されないだけの精神力と、周囲を敵に囲まれた状況でも粘り強く戦い続ける持久力が必要とされる。
 怯えに支配された時、心が折れて諦めた時、気力体力が尽きた時が負ける時だと思え。
 それらを心して鍛え、BETAと戦う日に備えろ! いいなっ!」

「「「「「 はいっ! 」」」」」

「教官、質問してもよろしいでしょうか?」

「許可する。言ってみろ、白銀。」

「ありがとうございますっ! 本日の教官の講評を伺っておりますと、BETAに関連するご指摘が多く含まれているように感じました。
 何か事情がおありでしょうか?」

「ん?……そうか、伝えて忘れていたか。
 全員聞け! この白銀からの上申により香月副司令の許可が下り、貴様らのBETA関連情報の閲覧資格が現役衛士並みに引き上げられた。
 今後は座学のカリキュラムが変更され、通常任官後に行われるBETAの行動特性、対BETA戦術などに関する講義が優先的に行われる。
 これは、白銀の特殊任務に協力するために必要な知識を貴様らに叩き込むためだ。
 正規任官の前に人類に貢献する機会を得たのだ、自らの境遇に感謝して邁進しろっ! 香月副司令の信任を裏切るなっ!」

「「「「 ―――はっ!! 」」」」

「さて白銀……」

「はっ! なんでしょうか教官!」

「私は貴様を、全力を持って練成すると約束したな?」

「はっ! 誠にありがたくあります、教官。」

 武の殊勝な態度に、まりもは満足気に頷いてから、ニヤリと獰猛に笑って続ける。

「うむ。しかし、訓練兵相手では少々貴様には物足りないようだ。
 ―――そこで、私が直々に相手をしてやろう。」

「は?…………」

「なに、最近少しお上品に過ごしていたのでな、腕が鈍っているかもしれないが、その辺は勘弁しろ。
 訓練内容は、今やっていたのと同じ、模擬短刀を使った近接戦闘、短刀の使用数は無制限だ。
 解ったら、返事をしろ、白銀ッ!」

 まりもの言葉に、言い知れぬ慄きを感じながら、武は直立不動で叫んだ―――少し、自棄気味だったかもしれないが。

「はっ! 教官のご教導、有難くお受けいたしますっ!!」

「よし、では始めるぞ……」

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 09時34分、グラウンドでは武とまりもが地面を転がり回っていた……

 既に訓練が始まって10分以上が経過していたが、その間、意味のある言葉は誰も発していなかった……
 あまりに凄絶な戦いに、観戦している207隊の4人も皆、揃って言葉を失っていた。

 まりもと武が繰り広げている近接戦闘……いや、何でも有りの取っ組み合いと言った方が近いかも知れない。
 短刀を投げたり、蹴りやタックルが飛び出すのは可愛い方で、地面の土を使った目潰し、急所攻撃、頭突き、自分から地面に身を投じての足払い、容赦の無い踏み付け等など……
 休む暇もなく繰り広げられる攻防に、当人達は息を継ぐ間も慌しく、そこには会話など一切生じる余地がなかった。
 観戦している4人も、まりもの体裁をかなぐり捨てた猛獣のような激しい戦い方に、すっかり圧倒されていた。

 まりもは自分に可能な、ありとあらゆる攻撃を武にぶつけ続け、武もその攻撃を凌ぎ続けている。
 しかし、まりもの無尽蔵とも思える持久力によって繰り出される連撃に、武は攻撃へと転じる切っ掛けが得られずにいた。
 既に、まりもの攻撃を受け流すのに使った腕と脚は疲労と打撲で熱を帯び始めており、動きが鈍くなり始めている。
 当然まりもの方もダメージを負っている筈なのに、その動きは一切鈍る気配が無い。
 かえって、まりもの気迫が増している分、武は圧倒され始めていた。

(―――こ、これが……狂犬と恐れられたって言う、まりもちゃんの本気なのか……
 完全に捨て身で、そのくせ、攻撃は冷静に計算し尽くされた戦術で組み立てられている。
 攻撃のパターンも常に変化してるし……くっそう……付け入る隙がねえっ!)

 そして、遂にまりもの一撃が武の顔面にまともに入った―――堪らず地面に倒れる武。
 その武に猛然と飛び掛り、マウントポジションに持っていこうとするまりも。
 その瞬間、まりもが放った凄絶な殺気に、武は自分が死の淵に居るのだと、理由もなく確信した。
 その一瞬の間だけ、武にとってまりもはBETAと同一の存在として捉えられていた。

(―――くッ! このままじゃ確実に殺されるッ!!
 また―――また護り切れずに死ぬってのか?! 駄目だッ!!
 まだ死ねないっ! オレはまだ、死ぬわけにはいかないんだぁあアアアぁあぁあアッッッ!!!)

 飛び掛ってきたまりもに向かって、武の右足が凄まじい力で蹴り上げられた。
 そのまま避けずに押さえ込みにいったまりもの身体が、その信じ難い力によって跳ね飛ばされる。
 ごろごろと地面を転がって勢いを殺して立ち上がろうとしたまりもへ、低い姿勢で突進してきた武が頭から突っ込む。
 顔面に頭突きを喰らう形になったまりもは、堪らず後ろに転倒する。
 そのまりもの腹の辺りに跨り、マウントポジションを取る事に成功した武は、まりもの顔面をめがけて左右の拳を狂ったように繰り返し繰り返し振り下ろす。
 そのあまりの激しさに、冥夜が、彩峰が、そして、一瞬遅れて千鶴が飛び出して武を止めに掛かる。

「「「 タケル! もうよいっ、止めよ、止めてくれ!!/白銀、駄目!!/ちょっと、止めなさい、落ち着きなさい白銀ッ!!」」」

「あ………………オ、オレ……何を…………」

 3人の懸命な制止にようやく武が大人しくなる。
 そして、武が見下ろした先には、何箇所か顔を赤く腫らしてはいるものの、不敵に微笑むまりもの顔があった。
 あの武の猛攻も、まりもは堅実に防御していたらしく、顔面の怪我はそれほど酷いものではなかったが、恐らく両手には無数の打撲に因る内出血が発生しているに違いなかった。

「ま……まりもちゃん…………す、すいませんっ! オレ、なんてことを―――」

「訓練だ、白銀。気にする事は無い。それより重いから早く退いてくれ。」

「あ、は……はいっ!」

 慌ててまりもの上から退く武。
 急ぎ過ぎたのと疲労から、まともに立ち上がれず、脇に尻餅を付く無様な格好になってしまったが、誰一人としてそれを笑うものは居なかった。
 そんな武に、まりもは立ち上がると優しく微笑んで、講評を告げた。

「見事だったぞ白銀。貴様の戦い抜く意志の強さをしっかりと見せてもらった。
 しかし、感情に振り回されて、戦術を忘れてしまったのはいただけないな。
 貴様の歳にしては十分だと言ってやっても良いのだろうが、BETA相手に歳は何の言い訳にもならないからな。
 極限の状態でも自分を律して、感情を理性で制御できるように努力しろ。
 制御と言っても、押さえ込めと言ってるんじゃないぞ。
 強い感情のエネルギーが向かうベクトルを制御してやって、戦術に従って的確に振るえという事だ。
 それが出来るようになれば、もう一段貴様は強くなれるはずだ。
 解るな?」

「―――はいっ! 神宮司教官、ご指導ありがとうございましたッ!!」

 なんとか立ち上がって、よろけながらも敬礼して謝辞を述べる武を、まりもは満足気に見ていた。

「よし、私と白銀は念の為、衛生兵の手当てを受けてくる。
 その間、残る4名は本日のここまでの訓練を振り返ってディスカッションをするか、2人ずつ組んで近接戦闘訓練を行うかしていろ。
 では白銀、いくぞ。ついて来い。」

「はっ!」

 そして、泥まみれのまま、まりもと武はB4フロアの医療ブロックを目指してグラウンドを後にした。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 10時07分、B4フロアの医療ブロックを後にした2人は、廊下を並んで歩いていた。

「本当に済みませんでした、神宮司教官。」

「気にするなと言っているだろう、白銀。
 貴様を窮地に追いやった時に、私が故意に放った殺気に反応して、貴様の生き足掻こうと(あがこうと)する意思が暴走してしまったんだ。
 私はそれを狙ってやったのだから、覚悟の上の事だったし、見たかったものは十分見せてもらった。」

「―――生き足掻こうとする意思……ですか……?」

 武が考え込むようにして呟くと、まりもは頷いて言葉を継ぎ足す。

「そうだ、貴様はあの時、目の前のありとあらゆる障害を打破して生き残るのだという強い意思を示した。
 恐怖でもなく、諦めでもなく、ただひたすらに強い、『生きる』という意志のみで行動したんだ。
 正直、あそこまでの反応だとは、予想できなかったがな。
 ―――白銀、貴様は余程大きなものを背負っているようだな。
 もっとも、そうでもなければ、香月副司令があそこまで気にかけたりはしないのだろうが……」

「―――過去に償い切れないほどの過ちを犯してしまったんで、必死に少しでも購おうとしているだけですよ。」

 武の常になく沈んだ声音に、武の表情をまりもは横目で伺う。
 しかし、武は直ぐに表情を改め、話題を切り換えた。

「夕呼先生と言えば、BETA関連情報の閲覧資格やカリキュラム変更の件はやっぱり先生から?」

「そう、今朝の社の件で報告したらその時に言われたわ。あたしが責任持てる範囲で白銀の好きにやらせなさいですって。」

「ははは……先生らしい言い草だなあ。」

「うふふ……そうね。
 社の件も、機密の件も、一応の確認は取れてるわ。
 さっきの訓練の様子を見る限りじゃ、性根が曲がっている風でも無いし、疑って悪かったわね。
 ―――ところで、中尉は特殊任務に関連して、207に対して他にどのようなご要望がおありでしょうか?」

 夕呼がらみの話の時だけ、共に夕呼の気まぐれに悩まされる仲間として砕けた口調で応じたまりもだったが、がらっと口調を改めて、上級者の指示を仰ぐ下士官の口調となって武の要望を訊ねた。
 武は、相変わらず見事に切り換えるなあと感心しながら、まりもの質問に応じた。

「実は、総戦技演習を前倒しにして欲しいんです。
 鎧衣美琴が隊に復帰した直後辺りに。
 期間も短縮して、内容も衛士任官後に役立つ内容が望ましいです。」

「それはまた急ですね。戦術機操縦課程に進ませる必要があるということですか?」

「そうです。その理由の一端は、神宮司教官も今晩知る事になるはずです。
 戦術機の新型OSを、オレの発案で夕呼先生が開発してくれています。
 それを使って最初から衛士を育てる、そのテストケースに207隊にはなってもらいます。」

「……新型OS、ですか?」

 新型OSと聞いて、まりもの表情が浮かないものになるのを、武は楽しげに眺めた。

「そうですけど、今晩自分の目でどんなものかは見れると思いますよ。
 お眼鏡に適わない様だったら、新型OSをお払い箱にすると約束します。
 まあ、気に入ってもらえると思いますけどね。
 実戦証明尊重主義は仕方ないですけど、今後207ごと神宮司教官にも新戦術と新兵器の開発を手伝ってもらう事になりますから、あまり否定的にならないようにお願いします。
 あと、鎧衣の方ですけど、個室に移して、座学で使うBETA関連資料を読ませるわけには行かないですかね?」

「可能だと思います。その様に手配しておきます。」

「よろしくお願いします。明日以降、オレは特殊任務で訓練の方は抜けがちになるかもしれないので、その心算でいてください。
 それと、午後の訓練時間は比較的合流出来ると思うので、カリキュラムを調整しておいて貰えますか?
 内職でやっていた資料作成はあらかた終わったので、座学を極力午前中に入れて貰えると助かりますね。」

 武の言葉に耳を傾け、必要最低限の受け答えをしていたまりもだったが、話が終わりに近づいたと感じたため、返事に続けて、僅かに悪戯っぽい笑顔を浮かべて言葉を継いだ。

「了解です。―――ところで中尉、特殊任務に関するお話の時には、敬語をお使いいただくには及びませんが?」

 まりもの言葉に武は頭を掻いて応える。

「やだなあ、まりもちゃん。まりもちゃんみたいに、その場その場で言葉遣いを変えるなんて、オレには無理ですって。
 そもそも、軍隊口調でさえ怪しい事があるのに……」

「中尉の練成は言葉遣いや儀礼を中心に行った方がよろしいですか?」

「それだけは、勘弁してくださいっ!」

 武の言葉を切っ掛けに立場が頻繁に入れ替わり過ぎて、境界が曖昧になり始めていた2人は顔を見合わせて笑い、手当てを受けたばかりの傷の痛みに顔を引き攣らせた。




[3277] 第19話 白銀の価(あたい) +おまけ
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/14 17:22

第19話 白銀の価(あたい) +おまけ

2001年10月26日(金)

 12時03分、1階のPXで207の5人は今日もまた昼食を共にしていた。

「それにしてもタケル。そなたは本当に諦めぬな……不撓不屈とは、正にそなたにこそ相応しかろう。」

「確かに、諦めの悪さは天下一品よね。結局午前中の4連戦は全勝だったじゃないの。」

 冥夜が腕組みをして目を瞑り、感服したと言わんばかりの口調で武を評すると、千鶴がそれに相槌を打つ。

「よせよ、委員長。全勝って事はないだろう。
 彩峰の時は騙し打ちだし、冥夜の時だって剣術の仕合ならオレの完敗だ。
 神宮司教官相手だって、追い込まれてたのはオレの方だったし、暴走して正気を失っちまったんじゃ負けたも同然だ。
 ……ま、委員長相手のだけは、オレの作戦がちだな。」

 武は2人の言葉に、くすぐったい思いを抱きつつも、千鶴の全勝という評価にだけ異を唱えた。
 が、最後に付け加えられた一言に、千鶴は柳眉を逆立てて目を吊り上げる。
 そこから堰が切られたように各々が思い思いに話し出し、いつの間にか千鶴と彩峰の諍いへと発展していく。

「―――な、なんですってぇっ!」
「……それでも白銀は凄い。追い詰められた後に必ず挽回する。」
「そうですよ~、たけるさん、すごすぎですよ~~~。」
「確かに彩峰の言うとおりかもしれん。普通事前に策を練るのであればともかく、その場の思い付きで、ああも局面を引っ繰り返したりは出来ぬものだ。」
「そうね。白銀は、余程珍奇な思考回路を持ってるに違いないわ。」
「……白銀の才能に嫉妬?」
「あ、彩峰~っ、誰が嫉妬してるんですってぇ?」
「……誰?」
「貴女に聞いてるのよっ!!」
「……なんで?」
「あははははは……また始まっちゃったよ……」
「まったく、毎回々々、よくも飽きぬものだな。」
「ちょっとオレも今は止める気力が無いよ…………あ、ごめん、ちょっと用事を思いついたんで先に抜けさせてもらうな。」
「「「「 ―――え? 」」」」

 武の唐突な発言に、千鶴と彩峰まで矛を収めて目を丸くする。
 しかし、武は手早く昼食を済ますと席を立ってしまう。

「悪いなみんな、じゃ、午後の座学でな。」

「「「「 ……………… 」」」」

「……彩峰……頼むわ。」
「わかった……」

 実に珍しく、千鶴と彩峰が阿吽の呼吸で連携し、音も立てずに席を立った彩峰がPXを出て行こうとする武の後姿を追っていった。
 それを見送ってから、冥夜は千鶴に訊ねる。

「よいのか? 榊。もしや機密に触れてしまうやも知れぬぞ?」

「え? えええええ?」

 冥夜の言葉に、何が起こったのかようやく察した壬姫が動揺する。
 しかし、千鶴は平然と食事の続け、口に含んだご飯をしっかりと嚥下してから応える。

「別に、後をつけた位なら問題にはならないでしょ。機密ブロックに彩峰が忍び込みでもしなければね。
 大体、白銀は挙動不審すぎるのよ。」

「む……それは否定できぬ事実だが、もう少しあのものを信用してやっても良いのではないか?」

「信用? 私は白銀の事はちゃんと信用してるわよ。
 けど、気に食わないものは気に食わないのよ。」

「そ、そうか……難しいもの……なのだな。」

「え~? 榊さん、なんでそんなにたけるさんのこと気にするの?
 たけるさん、良い人だよ。」

「―――そう、白銀は良い人。」

「うわっ! あ、彩峰さん……いつの間に……」

「早かったわね、で、白銀はどこに行ったのかしら?」

「機密ブロック直通のID認証付き高速エレベーターに乗って行った……多分、香月副司令のところ。」

「―――そう、御剣の意見の方が正しかったようね。
 それにしても機密ブロックへの立ち入り許可まで持ってるだなんて、さすがは香月副司令の直属って事かしら?」

「いずれにせよ、我らの手には負えぬ事だ。
 悪戯に軍機をつついても、火傷するだけだぞ?」

「……そだね。」

 4人は互いの顔を見合わせて、黙り込んでしまった……

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 12時16分、B19フロアのシリンダールームに武が入室すると、そこには相変わらず霞がいて、純夏のリーディングを行っていた。

「よう、霞。お昼ごはんはもう済んだのか?」

 武が訊ねると、霞はコクンと頷いた。

「そっか、最近夜とか忙しいからさ、もし霞の都合が良かったら、純夏へのプロジェクションと、霞とのあやとり、昼休みを使って出来ないかと思ってな。
 どうだ? 都合悪いか?」

「……いいえ。」

「いいえって……都合悪くない、大丈夫って事か?」

 またもやコクンと頷く霞。

「そっか、じゃあ、プロジェクションから頼めるか?」

「……はい。純夏さん、きっと喜びます……」

「そっか、そうだと良いんだけどな……じゃ、頼むぜ、霞。」

 昨日は時間の都合が付かなくて休んでしまったが、純夏へのプロジェクションと霞との想い出作りは、武が己に科した償いのひとつでもある。
 自分をこの世界で再構成し、世界をBETAから救いうる可能性を託してくれた純夏に、武は深い感謝と愛情を感じている。
 武を現在の無間地獄と呼んでも構わないような境遇に叩き込んだ原因でもあるのだが、武は純夏を全く恨んではいなかった。
 それどころか、武との再会を望み、救いを求めている純夏に応えないという道を選んでしまった事に、強い罪悪感を抱いていた。
 それ故に、脳髄のままで生き続ける純夏に、暖かい想い出を送る事で僅かながら償いをしたいと思わずにはいられない武であった。

 そして、罪の意識は霞へも向いている。
 『前の世界群』で、霞は00ユニットとして起動した純夏に懐いていた。
 純夏の精神が安定する前は姉のように、安定した後は妹のように、仲睦まじい姉妹のように寄り添っていた2人を武は忘れることが出来ない。
 そして、純夏の想い出を自分の想い出として、大事に胸の奥に抱え込んでいた霞に、十分な想い出を与えてやれないままでループしてしまった事を、武は後悔していた。
 だから、今回はできるだけ沢山、霞自身の想い出を作れるように、僅かばかりでも手伝いをしたいと武は願っていた。

 しかし、武の最優先目的は2人の幸せではない―――いや、2人の幸せも含まれてはいたが、2人だけの幸せを優先する事は武自身が断固として許していなかった。
 この世界だけでなく、数多の確率分岐世界に於ける『人類はBETAを圧倒する』という因果を支配的にする。
 その為に、人類をBETAに勝利させ続け、可能な限り犠牲を減らし、『人類はBETAを圧倒する』という因果に沿った世界を積み重ねる事で、時空間因果律に干渉する。
 現状、武にしか出来ないこの責務から、武は逃げ出すわけにはいかなかった。
 この責務の前には、あらゆる犠牲を甘受することを、武は自らに課している。
 そして、自ら背負った責任を背に歩み続ける事を、武は純夏へと誓うのであった……感謝と共に。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 17時02分、午後の座学が終わり、校舎の廊下をPXへと向かう207の5人の姿があった。
 この座学から、BETAに関するより詳細な情報を学ぶ事になった207女性陣であったが、さすがにBETAの醜悪な姿に顔をしかめたものの、終始熱心に知識を貪っていた。
 それは至極当然かもしれない。BETAと戦い人類を勝利に導くという強い決意を持って訓練に励んできた彼女達にとって、BETAの詳細情報は何にも代え難い貴重な情報であったはずだから…………とはいえ。

「それにしても、気持ち悪かったですねぇ~。」
「うん……妖怪?」
「これからご飯なのに、思い出させないでよ、珠瀬。」
「あ……ごめんなさい、榊さん。」
「む……しかし、あれが雲霞の如く迫ってくる事を想像すると…………う……」
「だ~か~ら~~~~っ。」

「ま、最初に見るとインパクト強いよな。
 初陣での衛士の平均生存時間が8分てのは、生理的嫌悪感や心理的圧迫から来る効果も絶対入ってるよな~。」

「あら? 実戦経験のある衛士でも、やっぱり見てて気味の悪いもの?」

「ん? いまじゃ、見れば闘志や憎悪の方が先に沸くけどな。
 まあ、オレの場合は衛士になる前からBETAに対するPTSD持ってたしなー。」

「「「「 え?!…… 」」」」

 武の何気ない一言に、揃って驚愕する4人。

「理由は解んないんだけど、最初はBETAが攻めて来るって聞いただけで倒れちまってさ。
 初陣の時なんて、後催眠暗示と興奮剤でバッドトリップしちまって、恐怖心から逆切れして単機でBETAに突っ込んじまったんだ。
 我ながらあれは酷いもんだったな。
 なんとか生き延びたけど、機体は大破させちまったし……オレに衛士のいろはを教えてくれた人も、間接的にだけどオレが暴走したせいでBETAにやられちまった……」

 武はまりもの死の記憶に、一瞬だけ苦渋の面持ちを見せるが、無理矢理笑顔を取り繕って、話を続ける。

「―――てことで、そんなオレでも、今じゃBETA相手に怖気づく事も無く戦えてるってわけだ。
 だから、奴らの見てくれなんて慣れちまうけど、慣れるまでは自分の手綱をしっかり握ってやんないと、自分ばかりか周りに迷惑を掛けちまうってことさ。」

「そ、そうか……そなた程の者でも、最初から強かったわけではないのだな。
 やはり、重要なのは絶えず高みを目指す意志か。」

「お、良い事言ったな冥夜。そうさ、だからおまえ達は絶対に生き延びて、BETA共を蹴散らしてやれよ。」

「「「「 無論だ/ええ/うん……/はいっ! 」」」」

「じゃ、メシ食いにいくか……っと、そうだ冥夜、悪いんだけどちょっと良いか?
 特殊任務絡みでちょっと教えて欲しい事があるんだ―――長刀の扱いに関することなんだけど。
 ……そうだな、一応機密扱いだから、他のみんなは悪いけど先にPX行っててくれるか?」

「「「「 うむ。私は構わぬぞ/そういう事なら、仕方ないわね/じゃ、またね……/さきいってますね~ 」」」」

 武の言葉に、冥夜をその場に残し3人は連れ立ってPXへと向かった。

「して、タケル。聞きたい事とはなんだ?」

「あー、ごめん冥夜。長刀の扱いってのは、嘘だ。」

「な、なに?! 嘘をついてまで、私と2人きりになって、ど、どうしようと言うのだ。」

 驚愕に半歩後ずさってしまう冥夜。

「あ、大事な話があるのは本当なんだけど、他の連中には聞かれたくなくってさ。」

「た、他者を交えずにする、大事な話だとっ! そ、そうか……さすれば、嘘も止むを得まい……」

 一転して、夕陽に頬を染め瞬き(まばたき)を繰り返し、気持ち上目使いで武の様子を窺う冥夜。
 その冥夜に正面から対峙して、武は真剣な面持ちで口を開く。

「冥夜、落ち着いて聞いてくれ。
 オレはおまえがどんな境遇の生まれでも、そんな事はなんの関係もなく大切な仲間だと思っている。
 それは、信じてくれるよな?」

「あ……ああっ! 無論だ、タケル。い、一時たりとも疑った事なぞないぞっ!!」

「ありがとう、冥夜……
 けど、オレが今から言うことは、おまえの信用を裏切るような事に思えるかもしれない。
 それでも、これはこの国の、ひいては人類の為になると信じて、オレは敢えて冥夜に頼む事にした。」

「?……タケル? そなた何が言いたいのだ?」

「……冥夜、月詠さん―――斯衛軍の月詠中尉とオレを引き合わせてくれ。
 特殊任務の関係で、斯衛軍と秘密裏に接触したいんだ。
 おまえの出生なんて関係無いと言い切ったこの口で、その立場に縋るような、こんな事を頼むだなんて、冥夜には本当に済まないと思っている。
 けど、オレの事は軽蔑してくれても構わないから、この願いをどうか叶えてくれ。
 ―――この通りだ。」

 一気に言い切って、タケルは深々と頭を下げた。

「―――タケル、そなた、この国の為だと言ったな。
 その言葉に偽りは無いな?」

 表情を消して、静かに問い質す冥夜に、頭を下げたまま武は強い意志を含ませて断言する。

「無い。詳細は言えないが、上手く行けば帝国の衛士の命が少なからず救われる!」

「なにっ―――そうか、そなたがそこまで言うのであれば、信じよう。
 わかった、今宵にでも月詠に話を通しておく。
 タケル、頭を上げよ。そなたは自らの行いを信じているのであろう。
 であれば、何も恥じ入る事はあるまい。
 私の気持ちなど、大事の前の小事、多くの衛士が救われるというのであれば、この身が役に立てるのはむしろ本望だ。」

 武は頭を上げると、再び冥夜を真っ直ぐに見つめて言う。

「―――ああ、冥夜。おまえはそう言ってくれると、オレは信じていた。
 けど、オレにとっておまえの気持ちは決して踏み躙りたくない大切なものなんだ。
 こんな頼み事をしておいて厚かましいだろうけど、それだけは信じてくれるか?」

「そうか、それは何よりの言葉だ。
 しかし、私を見縊るでないぞ、タケル。
 私はこれしきの事で、一度信じた仲間を疑ったり蔑んだりはせぬ。
 そなたは胸を張って己が信じた道を征くがよい。
 私はそなたに誓ったはずだ。
 そなたの目標を私の目標とし、私は我が微才の身の全てを以って、そなたの助けとなると。
 そして、為しうる限り多くの兵士を救い、ひいては多くの民に安寧をもたらすと。
 よもや忘れたとは言わさぬぞ?」

 武の眼を真っ直ぐに見返して、冥夜は笑みを浮かべた口で告げた。
 武は、もう一度頭を下げると、冥夜に心からの感謝を捧げた。

「ありがとう、冥夜。
 おまえの気持ちに、応えられるように、これからも精一杯足掻いていくよ。」

「うむ。それでこそ私の信じたタケルだ。」

 2人は夕陽の差し込む校舎の廊下で、決意をこめた不敵な笑みを交し合うと、共にPXへと向かった。
 ―――その姿を現したばかりの『月』に気付く事も無く……

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 17時17分、国連軍横浜基地衛士訓練学校校舎1階の教官控え室に白衣の女性がノックもせずにふらりとやって来た。

「まりも~、元気してる~?」

「夕呼?! またいきなり入って来て……ノックぐらいしてっていつも言ってるでしょ~。」

「なによ~、いきなり入って来られたら困るような事でもしてるってわけぇ?
 ま、あんた、ここ数年男に飢えてるもんね~。
 それじゃ、しょうがないわよねぇ~~~。」

 邪悪な笑みを浮かべて、親友の筈であるまりもを追い詰めていく夕呼。
 不利を悟ったまりもは、抵抗を諦めて、夕呼の用件を訊ねる。

「も~、何とでも言って頂戴。それより、用件はなんなの?」

「男って言えばさ~、最近身近に生きの良いのが入ったじゃないの。
 もう食べちゃった?」

「生きの良いのって……白銀の事?
 まがりなりにも上官なのに、こっちから手を出せるわけ無いでしょ。
 そ、それに年下じゃないの~。」

「年下! いいじゃないの~、あんた子供っぽいとこあるから、そんなに違和感無いんじゃないの?
 あたしには性別認識圏外だけど。」

「そりゃあ、あの歳にしては頼り甲斐はある方だと思うし、ちょっと危うい所はあるものの精神的にも安定してるわよ?
 けど、教え子でもあるわけだから…………って、夕呼あなた……
 もしかして、それが用件なの? 白銀の素行調査に来たってわけ?」

 まりもが表情を真剣なものに改めて訊ねると、夕呼はふっと笑って、それでも真面目な口調で応える。

「あんたも、伊達に長年あたしと付き合ってないわね。
 その通りよ。それなりの理由があって引っ張ってきて直属にしたものの、あいつちょっと扱い辛い所があってね。
 あんたの意見を参考にしようと思って、わざわざ足を運んだってわけ。
 で、あんたから見て、あいつってどうなの?」

 夕呼の諮問を受けて、まりもは俯き加減になって、真剣に思いを巡らす。
 まりもにとって、目の前にいるのは既に親友ではなく、極秘計画を押し進める横浜基地副司令であった。
 副司令の要求に応えるため、自分の全能力を傾けて答えを出す。

「……白銀には、あの年齢ではありえないほどの経験―――というよりは重い過去があるように感じられます。
 また、非常に強い意志に支えられた目的も持ち合わせていると判断できます。
 その意志の強さ自体は、香月副司令、あなたのそれにも匹敵しかねないほどのものと思われます。
 無論、甘さや揺らぎ、限界なども感じ取れますが、あの歳であることを考えれば驚異的であるといえます。
 それらの存在により、白銀の人物像には常に不鮮明な部分が伴い、容易に人品を捉える事が出来ません。
 ―――ただし、表層に出ている素行を見る限りにおいては、その本質は温厚であり、情愛に満ちて、誠実で、自制的です。
 常識に欠け、奇天烈な発想や言動を取る事が多いのは欠点ですが、反面、定型的な思考に囚われない特質でもあり、現在従事している特殊任務の内容からすると、長所であるとさえ強弁し得る程度に過ぎません。
 編入後の言動に矛盾は少なく、これがもし演技であるとすれば、相応の訓練を受けているとしか考えられません。
 衛士訓練生―――いえ、現役衛士としてみても知識、能力共に、凡そ全ての面で平均を大きく上回っており、その優秀さは疑問を挟む余地がありません。
 結論として、もし、彼が何らかの悪意を隠した潜入工作員(スリーパー)であるとした場合、この上なく危険な人物ですが、現状その可能性は少ないと思われます。
 そして、悪意を持たない味方足り得る人物として捉えたのであれば、万難を排して用いるべき稀有な人材だと考えます。」

 夕呼は真剣な眼差しで、まりもの所見を聞き終えた。

「―――そ、裏切らせない限り、使い出は十分にあるって事ね。
 ただし、敵には回すなってとこ?」

 報告を終えたまりもは、親友としての砕けた言葉遣いに戻って、夕呼の言葉に応える。

「―――そうね。でも、あの子は、余程の事でもなければ敵に回ったりしないと思うわよ?
 まあ、夕呼がやり過ぎたら危ないかもしれないけど。
 ―――それにしても、あなたが扱いに悩むなんて、あの子余程の大物だったのね~。」

「そんなとこよ。おまけに妙に知恵が回って、思うように踊ってくれそうに無くってね。
 ―――っとに、厄介だわ。」

「あら? あたしに対しては素直でいい子よ?
 夕呼の接し方が悪いんじゃないの?」

 まりもが悪戯っぽく、からかうように言うと、夕呼は珍しく僅かに頬を赤くして、語調を荒げて言い返す。

「ッ―――あたしにあんたの真似が出来るわけ無いでしょ。
 ま、参考にはなったわ。お礼にあたしの夕食を届けさせてやるから食べなさい。
 天然物の食材を使った高級品よ。
 でも、7時からシミュレーターデッキに来て貰うから、酒は飲まないでおきなさいね。」

「有難く貰うけど、夕呼、食生活や睡眠はちゃんとしないと駄目よ?
 色々と大変なんでしょうけど、無理し過ぎないでね。」

「はいはい―――あんたに心配されるほど零落れ(おちぶれ)ちゃいないわよ。
 じゃあ、また後でねぇ~。」

 夕呼はひらひらと手を振ると、教官控え室から立ち去っていった。
 まりもには、その親友の後姿を、心配そうな顔で黙って見送ることしか出来なかった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 19時22分、シミュレーターデッキではハイヴ制圧戦のシミュレーター演習を武が行っていた。
 制圧対象は『甲21号目標』―――佐渡島ハイヴが想定されており、戦術機母艦から発進し、上陸、陽動、軌道降下兵団の突入を待って地上部隊のハイヴへの突入と、『甲21号作戦』の作戦そのままの展開であった。
 武は何度か撃墜されながらも、途中で時間経過を飛ばしつつ、作戦の各段階をハイヴ突入前までこなしていた。
 既に基本的なコンボパターンの登録やバグ出しは終わっており、あとはOSに経験を積ませる段階にきていた。

「で、どう? 白銀の腕前は。」

 夕呼の質問に、武のシミュレーションデータを制御室で観戦していた、みちるとまりもは順に感想を述べる。

「どうもこうも……このような機動は従来の戦術機では実現不可能です。
 これを見ただけでは、どこまでが新OSの性能で、どこまでが衛士の腕なのかが判別できません。
 ただ……このような機動を思い付き実行しようと思うだけで、十分人並み外れた衛士であることは間違い無いと考えます。」

「……白銀には突出した特性は無いと考えていましたが、戦術機特性に優れていたのですね。
 衛士強化装備のフィードバックデータ蓄積による緩和効果があるとしても、あの機動に耐えられるとは並大抵の戦術機特性ではない筈です。」

「ああ、あいつがシミュレーターに乗ったのは、今日も合わせて4時間ちょっとだから。
 強化服を渡したのも昨日だしね。」

「「 は?! 」」

 驚愕のあまり、間の抜けた声を出してしまうみちるとまりも。
 たかが4時間ほどのフィードバックデータの蓄積では、衛士強化装備による加速G等の緩和効果は、無いよりまし程度に留まる。
 だとすれば、強化装備の緩和効果無しで、あの機動で発生するGに耐えられるという事になるのだが……

「信じられん。神宮司軍曹はどう思いますか?」

「私も到底信じられませんが、もしそうだとするなら……」

「白銀の戦術機特性は、トップクラスよ。
 まあ尤も、技量が1位ってわけじゃないから、あくまでも加速Gに対する適性が高いだけだけどね。」

「「 ………… 」」

 そんな話をしている間に、武はハイヴへと突入を開始していた。
 噴射跳躍を繰り返し、BETAを避けて進攻していく武の『不知火』。
 武装は着地点の確保と、天井から落下してくるBETAに対して使う程度で、消費も少なく、進行速度もヴァルキリーズで出した記録(レコード)よりも遥に速かった。
 そして、武は単機でフェイズ4ハイヴの中階層を駆け抜けた辺りで、要塞級の衝角を避けそびれて撃墜された。
 ハイヴ突入後、ここまでの所要時間は30分を切っていた。

「そう言えば、以前白銀が言っていたことですが、『人間を超えた動きも出来るのが戦術機だから、そういうものだと思って操縦する』のだそうです。
 その発想がこの機動に結実しているのかも知れません。」

 まりもが、射撃訓練の時の武の言葉を思い出して言うと、みちるは感銘を受けたように頷く。

「なるほど……あの衛士はその様な事を言っていたのですか。
 自分の身体の延長と思う事で、我々は戦術機の機動に枷を嵌めてしまっていたという事か。
 発想の根本からして我々とは違うのだな……」

 そんな2人を放置して、シミュレーターの制御と管制をしていた霞に、夕呼は何やら話し掛けていた。

「社、デバッグと機動概念の微調整は終わった? 残りの試作OS搭載シミュレーターを更新(アップデート)して稼動できる?」

「……はい……大丈夫です。」

「そ、じゃあ早速やって頂戴。
 ―――白銀、この後、伊隅とまりもを試作OSに換装したシミュレーターに乗せるから、暫く休憩してなさい。
 更新作業が終了し次第、2人に試作OSの説明をして、操作に慣れさせてやって頂戴。
 で、2人が慣れたら、あんた対伊隅・まりもペアで市街戦よ。―――わかったわね?」

「あ、あの副司令?」

「言うだけ無駄です。強化装備を装着しに行きましょう、伊隅大尉。」

 なにやら、聞いた覚えの無い予定を武に伝える夕呼に、みちるはせめて確認しようと声をかけるが、まりもに諭されて、大人しくドレッシングルームへと向かう事にした。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 19時57分、シミュレーターデッキでは、みちるとまりもの試作OS慣熟訓練が始まろうとしていた。
 機体は各人共に、試作OS搭載の『不知火』に設定されていた。

「伊隅大尉、白銀武臨時中尉であります。よろしくお願いします。」

「うむ。伊隅みちる大尉だ。所属は明らかにしないが悪く思うな。」

「ああ、所属は存じ上げていますのでお気になさらず。」

 武の不注意な一言にみちるの眼が光る。

「ほう……貴様、どこでそれを知った?」

「あ、やべ……えっとですね―――」

 動転した武は、上手い説明が思い付けずに口ごもる。どんどん冷えていく雰囲気に、まりもが説明役を買って出た。

「伊隅大尉、白銀中尉は、香月副司令直轄の特殊任務に従事されています。
 この試作OSの開発もその一環であり、運用評価試験その他を大尉の部隊も任されるものと推察しております。
 ですから、白銀中尉は大尉の部隊に関しても、相応の情報開示を受けていると思われます。
 ―――白銀中尉。ご自身がご存知だからと言って、機密情報を知っておられることを、不用意に明かされる事の無いようご留意下さい。」

「―――わかりました。説明してくれて助かりましたよ、ま―――神宮司教官。」

「私の部隊『も』? それに、神宮司教官?」

 武とまりものやり取りを聞いて、みちるは訝しむような表情で考え込む。
 武は切りが無いと見て、強引に進めることにした。

「時間が勿体無いので、自分の事は後刻として、試作OSの慣熟訓練を開始させていただきます。
 何よりもご注意戴きたいのは、操作に対する即応性が30%向上しており、操縦系に対する『遊び』が殆ど無いため、繊細な操作が求められる事です。
 この点にご注意戴いた上で、機体を動かしてみてください。」

「「 了解。 」」

 前もって武に注意されたお蔭で、みちるもまりもも機体を転倒させる事も無く、試作OSでの操縦のコツを瞬く間に修得していった。

「結構です。では次に連続動作を試みてください。
 これは入力の終わった動作を戦術機が行っている最中に次の動作を先行して入力する事で……」

 武の指示に従って、試作OSの特殊な機能を一通り学び、慣熟訓練は25分ほどで完了した。
 武は、2人に更に5分ほど自由に機動を行い、自在に操れるようになってもらう事にした。

「―――これでは、従来のOSでの機動がヨチヨチ歩きにしか思えんな。」
「確かに。慣れてしまえば、これ程扱いやすいOSはないでしょう。」

 みちるとまりもの評価も上々のようで、こうなると解ってはいたものの、武は安堵の溜息をついていた。

 そして、いよいよ1対2での市街戦演習が行われる事となった。
 みちるとまりもの『不知火』の装備は『突撃前衛装備』で、87式突撃砲を右手に、92式多目的追加装甲を左手に保持し、背部兵装担架(パイロン)に74式近接戦闘長刀を2振り装備していた。
 対する武は『強襲前衛(ストライク・バンガード)装備』で、両手に87式突撃砲を1門づつ保持し、背部兵装担架に74式近接戦闘長刀を2振り装備していた。
 1機で2機を相手にしなければならない武が、攻撃よりの装備を選んだ結果であった。

「よし、前衛を頼む、神宮司軍曹。」
「は、お任せ下さい。」

 みちるのバックアップを受けて、まりもは『不知火』を遮蔽物となるビルの陰から陰へと、街路を斜めに横切るように、ジグザグに移動させていく。
 まりも機は移動の最中にもアクティヴセンサーを全力発信、みちるも自機のパッシヴセンサーを活用して、武機を索敵する。
 アクティヴセンサーを全力発信したまりも機を捕捉した武は、迎撃ポジションを定めて砲撃するチャンスを狙う。
 そして、まりも機がビルの陰から飛び出し、次の隠蔽ポイントへ向かう途中で武機の右手の36mm突撃機関砲が1連射された。
 まりもは咄嗟に走行をキャンセルして機体を噴射跳躍させ、武の『不知火』を捕捉する。
 そして、接敵を宣言するまりも。

「ブラボー2、エンゲージディフェンシヴ!」

 武機はビルに挟まれた路地へと飛び込み、まりもの射線から身を隠して、隣の街路を目指す。
 まりも機からの索敵情報をデータリンクで共有したみちるは、武の退避ルートを読んで、武よりも先にもう一本隣の街路へと飛び出した。

「ブラボー1、バンデッドインレンジ! エンゲージオフェンシヴ!!―――フォックス3!」

 そして、36mm突撃機関砲による攻撃を宣言して、案の定飛び出してきた武機―――バンデッド1を、今出てきた路地へと追い戻すように1連射する。
 武機はみちるの狙い通り、飛び出してきたビルの陰へと戻ったため、これでまりもと挟撃出来ると、みちるは一人ほくそ笑んだ。

「ブラボー1よりブラボー2、バンデッド1を追い戻した、両側から挟撃するぞ!」
「ブラボー2、了解。」

 ―――しかし、路上を主脚走行して、距離を詰めていたみちる機の複合センサーシステムが動体警報を出す。
 みちるとまりもの間に挟まれている、街区の屋上すれすれを匍匐飛行で接近してくる熱源体をセンサーが捉えたのだった。
 現状、武機以外に該当するものは考えられない。
 みちるは噴射跳躍して砲撃する誘惑に駆られたが、武がそれを待ち構えている可能性が高いと考え直し、機体を停止させて上空へと砲口を向け、92式装甲を構えるに留めた。
 データリンクによると、まりもも同様の行動を選択したようだ。
 これで、武はこのまま通り過ぎるか、後戻りするか―――飛び出してくるようなら、態勢の整ったみちる達は武よりも正確に迎撃できる。
 みちるとまりもは、武がビルの上から飛び出してくる事を期待して待った。

 と、その時、みちるの真上付近のビルの屋上部分が、武機の120mm滑空砲による砲撃を受けて吹き飛び、破片がみちる機にも降り注いできた。
 それと同時に直ぐ近くまで来ていた動体センサーの反応が消失、続けて自機との高度差5m以内の水平1時の方向で衝突音と振動が発生。
 その意味にみちるが気付く直前に、目の前のビルの陰から地を這うような水平噴射跳躍(ホライゾナルブースト)で『不知火』が飛び出してきた。

「くっ―――!」

 破片を回避するために街路中央に移動していたみちるは、即座に自機を右方向へ噴射滑走(ブーストダッシュ)させ射撃体勢を取らせる。
 しかし、最初から攻撃する心算で飛び出した武機は先手を取って、36mm突撃機関砲をみちる機へ向けて連射。
 ビルの陰に飛び込めないように進路を弾幕で遮断した。
 退路を断たれたみちるは、回避機動で手一杯となってしまう。

「ブラボー1、エンゲージディフェンシヴッ!」
「ブラボー2了解、支援に向かいます。」

 みちるは叫ぶように通信を送って、目まぐるしく回避機動をしながらも応射を試みる。
 応射をしても武機に命中するとはみちるも思ってはいなかったが、せめて牽制でもしなければ、まりも機が来るまで逃げ切れそうになかった。
 それ以前に従来OSの機体であったならば、とっくに撃墜されたいただろうと、こんな状況にも拘わらずみちるはふと考えた。
 そんなみちる機を、武機は徐々に追い詰めつつあった。

 しかし、あと少しでみちる機への命中弾を得られそうになったところで、武機の背後にまりも機が飛び出してきた。
 まりも機は噴射を止めて着地すると同時に武機を攻撃しようとしたが、既にそこには武機の姿はなかった。

「ブラボー2、上だっ!」

 まりも機が飛び出してくるタイミングを計っていた武は、まりも機が姿を現すのと同時に、後方伸身宙返りの要領で噴射跳躍していた。
 山形の軌道の頂点に至るまでに、左主腕で保持した87式突撃砲でみちるへの砲撃を続けながら、右主腕の突撃砲を投棄し、背部兵装担架から74式近接戦闘長刀を取り構える。
 更に、頂点を過ぎ、頭部が下を向いた倒立の体勢になったあたりから、砲撃目標をまりもに変更。
 上空からの砲撃で足止めをしつつ逆落としに噴射降下(ブーストダイブ)して、頭上からまりも機に長刀で斬りつけ大破させた。

 IFFによりみちるの砲撃が途絶えた隙を突いて、武機は再びみちる機に向かって36mm突撃機関砲を連射しつつ、水平噴射跳躍で突進。
 脇を通り過ぎてから背後へと旋回軌道で回り込んで長刀で止めを刺したが、それと前後して、突進中の砲撃によるみちる機大破の判定宣告が為されていた。



*****
**** 8月10日まりもちゃん誕生日のおまけ、何時か辿り着けるかもしれないお話2 ****
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どこかの確率分岐世界
2030年4月08日

 この日、国連軍横浜基地の正門から坂を下りきった場所にある、柊桜花幼稚園は入園式であった。
 園の正門に面している桜並木は今年も満開の花を咲かせ、新しく幼稚園に入園した子供たちを祝ってくれた。
 30年前には、二度と人が住めるようにはらなないと言われたこの地域である。
 しかし、10年ほど前に一人の魔女が魔法の様な科学力を振るい、長きに渡った呪いを除去することに成功し、今や帝都近郊のベッドタウンとしてすっかり復興を遂げていた。

 BETAを地球から撃退し、子供を安心して育てられる日々が帰ってきて早15年以上。
 月をBETAから取り戻し、BETA大戦の終結が宣言されたのも、既に10年以上前のことだ。
 失われた人口も急速に増え、第四次ベビーブームも数年前まで続いていた。
 町には若者や子供たちの姿が満ち、様々な文化的変化も押し寄せてきている。

 賑やかな入園式も終わり、喧騒が去った幼稚園には、数人の男女が残って会話を楽しんでいた。
 この幼稚園の園長である神宮司まりもは、既に60近い年齢ながら、背筋もピンと伸び壮健な様子であり、その愛嬌のある容貌からも未だ40代とも見紛われる女性であった。

「神宮司園長、今年も沢山の子供達が入園してきましたね。」

「そうね。この国の……いえ、この星の未来を受け継ぐ子達だもの。
 親御さん達にご満足いただけるように、しっかりと教え導き、真っ直ぐに育ててあげないといけないわね。」

「はいはい、園長。そのお話はもう『耳にタコ』ですよ。」

「まあ、また白銀語なんて使って……でも、仕方ないかしらね、この星を救い、今尚BETAから守っている守護神様ですものね。」

「そうですねぇ~、近々ヴァルハラでは火星遠征艦隊が編制されるって噂もありますけど、また『ガセ』なんでしょうね~。」

「はぁ~、白銀語が持て囃されるのは仕方ないとは思うけれど、どうにも下品な言葉が多すぎる気がするわ。
 これも私が年寄りだからなのかしら……」

 園に務める保育士達の言葉の乱れに、溜息をつくまりも。
 正直、教育の場にあるものが乱れた言葉を使うなど、以っての他だとまりもは思うのだが、これも時代の趨勢というものだと諦めてもいた。
 それに、保育士と言っても皆若い、一番年嵩の保育士でも30に届かない年齢だ。

 甲20号―――鉄源ハイヴ と、甲19号―――ブラゴエスチェンスクハイヴが制圧され、日本がBETAの脅威から解放された後の第三次ベビーブームの世代が、ようやく社会人となって今の日本を支え始めている。
 それ以前の世代は、戦時教育を受けていた世代であり、民間の職に着く者は少なく、軍属を離れて民間へと戻るものは多くはなかった。
 その為、軍事関連以外の各業種に於いて人的資源が枯渇しかけていたのだが、その穴を埋め、充実させ、拡大しているのが第三次ベビーブーム世代の若者たちであった。

 そして、若者たちの先駆者として、様々な文化的爆弾を世界中にばら撒いたのが、BETA大戦に於ける英雄であり、今も尚、人類の守護神と崇めたてられる白銀武であった。
 彼は軍務を果たす傍らに、様々な情報発信を行い、白銀語と呼ばれる新語や流行語の数々を垂れ流し、軍事以外に目を向ける余裕のなかった世界に数々の娯楽の種を蒔いた。
 その影響をもろに受けて育った現代の若者にとり、彼は正に文化的指導者と見なされている。
 古い世代の文化を愛する者には、些か住み難い世情であるとも言えた。

「はいはい、それじゃあ今日はこの辺にしましょう。
 明日から暫くは、戦争のような騒ぎになるわよ。皆しっかりと休んで鋭気を養って頂戴ね。」

「「「「「「 はいっ! 園長!! 」」」」」」

 まりもは保育士達を嘆いているが、実はこの幼稚園の保育士の評判は非常に良かった。
 保育士達は、普段おっとりとしていて、優しい事だけが取り柄に見える園長が、一度怒ると如何に恐ろしく、厳しい女性であるかを熟知していた。
 実際に彼女の怒りに触れた者こそ少ないものの、折に触れて彼女を訊ねてくる彼女の昔の教え子だという人々―――軍属が多かった―――から、冗談半分に聴いた話だけでも、実に空恐ろしいものがあった。
 それ故に、保育士達は園長の逆鱗に触れる事のないように常に自らを律しており、それが今風の若者でありながらも、芯が一本通っているとして評価されていたのだった。

 保育士達は、口々に挨拶をして園を去って行き、園の敷地に隣接して建っている自宅へとまりもが戻ろうとすると、暗がりから若い男の声が発せられた。

「―――お久しぶりです、まりもちゃん。」

「?!…………その呼び方、いい加減に止めてくれないかしら。
 50代も半ばを過ぎて、ちゃん付けで呼ばれるなんて屈辱よ? しかも相手は自分の半分以下の年恰好なんだから。
 今年も来てくれたのね―――白銀。」

 暗がりから薄明かりの元へ、1人の青年が歩み出てくる。
 まりもは彼に会う度に、自分が彼と出会った頃に若返るようでもあり、自分に降り積もった歳月を改めて実感するようでもあり、実に不思議な感慨に耽ることとなるのが常だった。
 この青年こそが白銀武、既に居を月に移して尚、『横浜の魔女』と呼ばれるまりもの親友、香月夕呼の片腕であり、BETA大戦の英雄、人類の守護神と呼ばれる人物である。

「ええ。今年もA-01の先達の方々や、逝ってしまった仲間達の墓参に来ました。
 ……今年も、綺麗に満開になりましたね、桜。」

「そうね。毎年、この桜に励まされて、1年をなんとかやり過ごしているわ。」

「またご謙遜を……子供相手に若い保育士さんがへたばっても、園長先生は息も切らさないと、もっぱらの評判だそうじゃないですか。」

「あら? そんな話、誰から聴いたのかしら?」

「それは機密事項ですのでお答えできません。
 ―――でも、まりもちゃんには、本当は教育委員会で辣腕を振るって欲しかったです。
 さもなければ、せめて、高等教育の現場で……」

「白銀、それ以上言わないで頂戴。あたしに人の道を説く資格はないわ。
 あたしに出来るのは、自我の育ちきっていない子供達を見守る事くらいが精々よ。
 それにもう、若い教育者達も育っているわ。良くも悪くも戦前の人間の出る幕じゃないわよ。」

 まりもは寂しげに、それでも満面の笑みを浮かべて言う。
 武はその笑顔を見て、相変わらず可愛い人だなあと感慨に耽った。

「さあ、それじゃ行きましょ。あたしの教え子達の墓標―――あの桜の木の元へ。」

「はい―――」

 そして、月明かりと、横浜基地のサーチライトの照り返しの中を、親子程に歳が離れているように見える2人の男女が、桜並木の方へと肩を並べて歩いていった。




[3277] 第20話 数式提供と武の願い
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/07 17:24

第20話 数式提供と武の願い

2001年10月26日(金)

 21時56分、シミュレーターデッキの制御室で、武とみちる、まりもの3人は、先程まで合計3回に亘って行われた、市街戦演習の記録を再生しながら、即席の検討会を開いていた。
 夕呼と霞は、この時既にシミュレーターデッキから立ち去っている。

 みちる・まりもペアを相手に武が行った2対1の市街戦演習は、武の2勝1敗となっていた。
 1戦目では、挟撃を達成した瞬間のまりもの油断を、奇抜な3次元機動で突いた武の勝利。
 2戦目では、武の機動の脅威が身に染みたみちる・まりもペアが二機連携を崩さなかったため、みちる機を大破させた直後に、武機がまりもの攻撃によって撃墜されてしまい、みちる・まりもペアの勝利。
 3戦目では、試作OSの特徴である高機動性を検証するために、長刀と短刀のみを装備して高機動近接格闘戦に絞って演習を行った。
 こちらは武の独壇場であり、粘ったものの、みちる・まりもペアは散々振り回されたあげくに撃破された。

「ふむ。キャンセルと先行入力の効果は絶大だな。
 この2つは従来の機動概念のままでも、十分に効果を発揮する。
 これだけでも、前線の衛士の死傷率は格段に下がるだろう。」

「そうですね。3次元機動の方は光線級によるレーザー照射が気になりますが……」

 上空に飛び上がる機動の危険性を指摘するまりもに、武が何でもない事のように応える。

「ああ、大丈夫ですよ神宮司教官。照射警報がなったら、キャンセル使って、即座に地上に降りればいいんです。
 BETAの陰に入れれば言う事なしですね。
 乱戦中のジャンプは飛びっぱなしじゃなくて、短時間で降りる事前提でやれば大丈夫です。
 飛ぶ前に、着地点の当りを付けておけばもっと良いですね。
 勿論、光線級のいない戦場では飛びっ放しでも良いですけど、推進剤の消耗が激しくなりますからね~。」

「…………なるほど、初期低出力照射中に射線から逃げてしまうのか……」

「そうです。間に他のBETAを挟めば、照射中止に追い込めますし、地形による遮蔽も有効です。
 あとは、光線級との距離が近ければ、機動だけでも何とか躱せますよ。
 やつらの照準能力は正確無比ですけど、目標追従能力は距離が近いほど下がりますから。
 まあ、それも、複数個体から狙われてしまえば、難しいですけどね。」

「―――貴様まさか、光線級のいる状況で飛んだのか?」

 武の『前の世界群』での実体験に基づく見解に、みちるが不信と驚愕の混じった問いを投げかけてきた。

(うわっ、相変わらず大尉は鋭いとこ突いてくるな……気をつけて話さないと……)

「―――ええ。シミュレーターで重点的にチェックしました。
 従来OSでは照射警報後に行動入力してたんじゃ間に合わなかったんで、自律回避モードに頼るしかありませんでしたけどね。」

「……そうか、このOSでなら、光線級がいても短時間であれば飛べるのだな?
 ―――ふっ……白銀中尉、貴様は大した仕事をした。誉めてやるぞ?」

「いえ、オレは思い付いただけで、実際に開発したのは夕呼先生ですから。
 それに、先行入力の方も、使いこなせれば相当な効果を発揮します。
 可能な限り先行入力は行って、都合が悪くなったらキャンセルする癖を付けた方が良いですね。」

「ああ、確かに3戦目での貴様の近接格闘戦機動には、動作の途切れるところが殆ど無かったからな。
 凄まじい連続攻撃だった。
 その癖、一連の攻撃の最中にこちらが攻撃をしても、するっと回避されてしまう。
 BETA相手の乱戦であれが出来ると思ったら、貴様に追い込まれている最中だというのに、笑いが押さえられなかったぞ?
 神宮司軍曹も、そう思いませんか?」

「同感です。
 ―――今のところ、試作OSには欠点らしいものは見当たりませんね。
 現状で、既に既存OSを遥に超越していると考えます。
 万難を排して実用化に漕ぎ着けるべきでしょう。」

 みちるとまりもの好評を得て、訊くまでも無いとは思ったが、武は念のため確認しておくことにした。

「―――では、試作OSはお二人のお眼鏡に適ったということでよろしいですか?」

「今更だな。一日も早く実用化するべきだ。」
「白銀中尉、先だっては試作OSの有用性に疑念を表明してしまい、申し訳ありませんでした。
 この試作OSは必ずや、多くの将兵の助けとなる事でしょう。」

「ありがとうございます。」

「―――ん? 神宮司軍曹は、試作OSについて予め話を聞いていたのか?
 そう言えば、白銀中尉自身の事についても聞きそびれていたな。
 そろそろ、聞かせてもらおうか?」

 みちるがキラリと目を光らせて武に詰め寄る。
 助けを求めてまりもの方を見る武だったが、まりもは面白そうに腕組みをして傍観に徹する構えだった。

「―――では、簡単にご説明いたします…………」

 武は、自分が戦時階級で臨時中尉まで特進したものの、正規の軍事教育を受けていない為、現在訓練生として正規任官を目指している事。
 訓練と並行して、対BETA戦術構想の案出・検討とそれに伴う装備の開発、評価運用を特殊任務として夕呼から命じられている事。
 訓練期間中も特殊任務に従事するため、特例として臨時中尉の階級に留まっている事。
 そして―――

「対BETA戦術構想で開発された新装備の評価運用に際しては、207訓練小隊とA-01連隊第9中隊―――『イスミ・ヴァルキリーズ』でしたね―――にご協力いただきたいと考えています。
 ヴァルキリーズの皆さんには実戦部隊としての見地からの評価やご意見を、207訓練小隊からは既存の固定観念に縛られない自由な発想を期待しています。」

 と、武は話を結んだ。

「なるほど、それで神宮司軍曹を教官と呼んだのか……A-01連隊についても、情報は殆ど開示されていると考えていいのだな?
 ―――そうか、副司令がそうなさったのであればそれはいい。
 しかし、207訓練小隊や他の者に不用意に機密を洩らさぬようにな―――と、これはまがりなりにも特殊任務を任されている者に言う事ではなかったな。」

「いえ、肝に銘じておきます。
 で、大尉に異存が無いようでしたら、明日にでもヴァルキリーズの全機体を試作OSへ換装して、実証試験を開始していただきたいのですが、如何でしょうか。」

「―――いきなり全機で実証試験か?
 白銀中尉、随分と自信があるようだな…………いいだろう。
 ただし、即応態勢に不安が生じるが、副司令は何か仰ってなかったか?」

「許可は取ってあります。今後もこういった事があると思いましたので、ヴァルキリーズ用も含めて、『不知火』の予備機を15機申請してもらってあります。
 それまでは、申し訳ありませんが何とか凌いでください。
 試作OS搭載機は、余程のバグが無い限り、従来機よりも実戦向きだと思いますけどね。」

「―――確かにな。それにしても『不知火』15機とは、随分と豪勢だな。
 情報開示の件といい、白銀中尉は副司令の信頼が相当厚いと見える。
 ―――まあいいだろう。我が隊の明日からの予定はどうすればいい?」

「明日は、朝から1日中、このシミュレーターデッキで試作OSに慣熟してください。
 午前と、夜の訓練には自分も参加させていただく予定です。
 午前中の訓練開始前のブリーフィングで、ヴァルキリーズの皆さんにご紹介いただけると助かります。」

「了解した。では白銀中尉、明日の朝会おう。
 神宮司軍曹、お先に失礼する。」

「はっ! 伊隅大尉、失礼いたします!」

 みちるは、武とまりもに軽く敬礼して別れを告げると、シミュレーターデッキから立ち去っていった。
 みちるの姿が消えると、まりもはしみじみと武に感想を漏らした。

「……白銀、あなた凄い物を作ったわね。」

「気に入ってもらえましたか?」

「ええ。これなら、自信を持ってあの娘達に学ばせる事が出来るわ。
 今後は、衛士の初陣での生還率も向上する事でしょうね。」

「……そうですね。でもまあ、オレの目指しているのはもう少し先なので、そちらの方もお手伝い願いますね。」

「…………そうね。―――精々手伝わせていただきます! 白銀中尉殿ッ!」
「うむ―――期待しているぞ、神宮司軍曹。」

 おどけた様なやり取りを交わして少し笑った後、2人はシミュレーターデッキを出て別れた。
 まりもは自室へ、そして……武は決意と共に夕呼の執務室へと向かった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 22時23分、B19フロアの夕呼の執務室を武は訊ねていた。

「あんたの相手ばっかりしてらんないって言わなかったっけ?」

 武が室内に入るなり、夕呼の不機嫌な声が叩きつけられる。

「すいません、先生。どうしてもお忙しいようでしたら、また出直します。
 けれど、もし出来るようでしたら、お時間を頂戴できませんか?」

「……随分と殊勝な事言うじゃない。
 いいわ、なるべく手短に話しなさい。」

 武の態度に何を感じたのか、夕呼は真面目な面持ちで、武に話の先を促した。

「はい、ありがとうございます。
 実は昨夜、自室に戻ってから自省しまして、先生相手に駆け引きの真似事をしている場合じゃないと気付きました。」

「あら? あたしは駆け引きできる男の方が好みだけど?」

「駆け引きできるかどうかはともかく、まずは先生に全ての情報を提供して、時間と情報を有効に活用してもらう事が優先だと思うんです。
 オレにも叶えて貰いたい願いがありますけど、それはオレの事を信用してもらって、先生にオレの貢献に見合うと思っただけ、叶えて貰えればそれで十分だと思う事にしました。
 はっきり言って、オレは『前の世界群』で先生に情報を小出しにされて、目隠しをされたまま良いように利用されました。
 だから、オレは『今回の世界』では、重要な情報を隠しておいて、自分の要求と引き換えに提示していこうと考えてたんです。
 けど、今の人類に―――オルタネイティヴ4にそんな余裕なんてないんですよね。
 ……だから、先生に踊らされるのも覚悟の上で、知る限り全ての情報を提供するつもりで、今日は来ました。」

「……そう……で? 何の情報をくれるわけ?」

「00ユニットの量子電導脳の新理論を提示できます。
 最初に先生に会ったときに、オレがそれらしい事を言ってしまったせいで、先生は今、理論の洗い直しをしてるんじゃないですか?
 けど、あの理論じゃ現在の技術力では実現できないんです。
 ですが、あれとは全く異なる理論が、オレの生まれ育った『元の世界』の先生によって完成されているんです。」

 目を半眼にして、話半分に聞いていた夕呼だったが、異なる確率分岐世界の自分が新理論を完成したというあたりで、目を見開き身を乗り出してきた。

「なんですって?…………そう……あたしと同条件のあたしや他の人物じゃなくて、異なる立脚点を持つあたしが思いついたのね?
 だから、あたし自身が考え付けないような着想を得る事ができたんだわ……」

「そうです。『元の世界』の夕呼先生は、BETAと戦争しているこの世界には存在しない娯楽から着想を得たといっていました。」

「なるほど……それなら納得はいくわ。
 じゃあ、あんたの言う『前の世界群』のあたしは、あんたをあんたの言う『元の世界』に転移させてその理論を得たのね?」

 武は、夕呼の瞳が爛々と輝きだしたのを見て、ここで釘を刺しておくことにした。

「そうです。先生は、オレを世界転移させて数式と、それから『鑑純夏』の記憶を得ました。
 そして、『鑑純夏』を素体として00ユニットを完成させ、『因果導体』であるオレを通じて00ユニットの純夏に記憶を流入させて、00ユニットの調律を進めたんです。
 ですが、その際にオレが持ち帰った新理論の数式は、既にこの世界に存在します。」

「ッ!!―――なんですってぇっ!!
 あんた、よりによってなんて情報を隠してんのよ。
 解ってんの? それがあれば、00ユニットを完成させて、オルタネイティヴ4を完遂できるのよ?!」

 一気にヒートアップする夕呼を、武は冷静なままで水を差す。

「先生、忘れたんですか? 00ユニットの稼動と計画の完遂は1セットですが、イコールじゃありませんよ?」

「そんなことはどうでもいいのよっ! あるんならさっさと出しなさい、ほらっ!!」

 が、その程度では、夕呼には全く効果は見られなかった。
 仕方なく、武は夕呼の要望に沿うことにした。

「解りましたよ、もう。一応丸暗記してきたんですけど、記憶が薄れないうちにメモしたものを、A-01の戦没碑代わりにしてるあの桜の根元に埋めてあります。
 オレに取りに行かせるんなら、正門の警備員に連絡でもしておいてくださいよ。」

「わかったわ。連絡しとくから、速く取ってきなさいっ!!」

「はいはい……」

 …………そして、20分後。
 武の持ってきた大学ノートから破り取った紙切れを、夕呼は猛スピードで読破していた。

「そうよそう! これが言いたかったのよ!!
 あたしの求めていた物がちゃんと数式にまとめられてるなんて、さすがあたしね!
 凡人にはこれがわからないのよねぇ。」

 紙切れに記された数式を読み終わった夕呼は、途端に相好を崩すと紙切れを胸に抱きしめて、小躍りせんばかりに喜びを顕わにした。

「……あの、先生……その数式だけで全部理解できるんですか?」

「はぁ? 何言ってるのよ当たり前じゃない。」

「だって、その理論、『元の世界』から持ってきた時は100ページ近いプリントアウトだったんですよ。下手な絵とかも書いてあって……」

「絵なんか、下手だって何だっていいでしょっ!
 どうせ、そんなの世間のぼんくら相手の説明用に決まってるわ。
 天才のあたしなら、この完成された数式だけで、す・べ・て・が、理解できるわよ。
 あ~~~~っ、なんて美しい数式なのかしら。」

「……そ、そうなんですか。用が足りたようで何よりです。
 それがあれば、00ユニットは完成できるんですよね……」

 有頂天な夕呼と対照的に、武はなにやら複雑そうな顔をして思い悩んでいる様子であった。
 それにようやく目を留めた夕呼は、不審げに武に声をかける。

「そうよ! これでオルタネイティヴ4は本格的に始動できるわっ!!
 ―――って、あんた、なんか落ち込んでるわね……00ユニットの完成はあんたの目的でもあるんでしょ?
 嬉しそうな顔しなさいよ…………ああ、これと引き換えに叶えたい願いってのがあったんだっけ。
 一応、言うだけ言ってみたら? 今、あたしの機嫌は有史以来最高に良いから、まかり間違って聞いちゃうかもよ?」

「―――じゃあ、お言葉に甘えていいますね。
 ―――先生。鑑純夏を00ユニットの素体として使用しないで下さい。」

「はぁ?! あんた、いきなり何馬鹿なこと言ってんのよ。
 素体が無くちゃ00ユニットが完成しないってことは知ってんでしょ?
 あんな条件バッチリな素体候補、使わないでどうすんのよ。」

「―――素体には、オレを使ってください。」

 武がそう言うなり、上機嫌だった夕呼の顔が、般若のように歪み怒りを顕わにする。

「なによあんた、あたしに五体満足なあんたをわざわざ殺させたいっての?
 死にたいなら、佐渡島にでも行きなさい!
 自殺志願者の相手するほど暇じゃないのよっ!!」

「純夏にはッ!!……………………純夏には、生きていて欲しいんです……例え、あんな状態であっても……」

 武を自殺志願者と決めつけて怒鳴りつける夕呼、それに対して武も即座に怒鳴り返し……しかし、直ぐに気を落ち着けて言葉を続けた。
 そんな武に、夕呼も表情を消して、静かに訊ねる。

「あんた……本当にそれが、あの娘の為だと思ってるの?
 今、あの子がどんな状態でいて、何を願って必死に生き足掻いているのか、あんたは知ってるんじゃなかったの?」

「知っています……けど、それでも……オレの我儘に過ぎないとしても、純夏をまた苦しめるのは嫌なんです!
 それに……純夏を素体とした00ユニットは順調とは言えない仕上がりでしたよ? 先生。
 00ユニットへの人格転移手術後の稼動に至る過程は、純夏の1週間以上に対してオレの方は僅かに1日。
 しかも稼動後直ぐに安定稼動したオレに対して、純夏は運用評価試験の佐渡島でBETAに集られた(たかられた)ショックから、自ら自閉モードに閉じこもってしまいました。
 計画を完遂するためにも、オレを使ったほうが良いと思いますけど?」

「……あんた、自分の命を何だと思ってるの?」

「別になんとも? 無駄死にはごめんですし、生ある限りは最善を尽くします。
 これでも元ヴァルキリーズですからね。
 けど、オレはもうとっくに、数え切れないくらい死んでいる人間です。
 想像できますか? 自分の死に際の記憶を、リアルに、無数に覚えてるんです。
 何時死ぬかは問題じゃない。何の為に、どうやって死ぬかが問題なんです。
 それに、オレにとって00ユニットになる事は死んだ勘定に入らないって、『前の世界群』の記憶ではっきりしていますしね。」

「そう……確かにそう言ってたわね。
 時空間因果律干渉、しかも因果導体の死を契機に因果情報を回収され、同一確率分岐世界での干渉起点において再構成されるループ構造。
 干渉を続けようとする以上、自らの無数の死を積み重ねて乗り越えていかなければならない。
 あんたはそういう道を征く覚悟をしてるんだったわね。
 解ったわ。今まで半信半疑だったけど、あんたが本気で因果律を変えようとしてるってのは信じてあげる。
 けれど、あたしはまだあんたを信用できていない。
 だから、現時点であんたを計画の中枢たる00ユニットにする訳にはいかないわ。」

「それは……仕方の無いことです。
 さっきも言った通り、夕呼先生相手に駆け引きをするのは諦めました。
 ですから、夕呼先生が思ったとおりに計画を進めてくれていいんです。
 オレはこれからも、頼んだり、提案したり、反対したり……色々ともがくでしょうけど、それでも夕呼先生を信頼して手駒として一生懸命務めますよ。
 夕呼先生がオレの働きに応じて、見返りをくれることは期待してますけどね。
 でも、夕呼先生の足を引っ張る事だけはしないように努力します。
 だから先生……オルタネイティヴ4を今度こそ完遂してください!」

 武はそう言い切って夕呼を真っ直ぐに見つめた。
 夕呼はその眼差しを正面から受け止めると、溜息を一つついて呆れたように口を開き、目を半眼にして視線を逸らす。

「はいはい……あんたに頼まれなくたって、オルタネイティヴ4は完遂して見せるわよ。
 不本意だけど、あんたのお蔭で現時点で最大の障害であった案件は解消されたし。
 おまけにあんたは稼動後の00ユニットの運用事例も知っているって言うんだから、これで失敗した日にはあたしは恥ずかしくって自殺しちゃうわよ。」

「ですけど先生、現在支配的な因果律は、相当にBETAが優位なものだと思えます。
 オレなんかに言われるまでも無いんでしょうけど、何処で足をすくわれるか解りませんよ?」

「…………あんたの忠告なんて、鼻で笑ってやりたいんだけど……さすがに無数の確率分岐世界を覚えてるだけあって、言葉の重みが違うわね。
 せいぜい足をすくわれないように気をつけるわよ。
 あんたが見てきた世界群で他ならない『あたし』が何度も挫折したんだって言うんだから……ね…………」

 武の真摯な忠告に不愉快そうな表情を隠しもせずに、しかしそれでも夕呼は素直に忠告を聞き入れた。
 そして、暫しの間、自分の覚悟と意志を挫こうとする、因果律という名の見えない鎖を睨むかのように、虚空に鋭い眼差しを放っていた。

「まあ、いいわ。差し当たって鑑純夏の00ユニット化は凍結。
 新理論に立脚した擬似生体の作成に当たっては、あんた用を優先して作らせるわ。
 あたしも行き詰ってた理論にかけてた時間を他の事に使えるし、3週間くらいは猶予をあげる。
 その間に、あたしに信用されるように頑張ってみるのね。」

「3週間……BETA新潟侵攻の後ですね。精々頑張るとしますよ。」

「そうしなさい。さて、それじゃあ優しいあたしが、早速あたしに貢献する機会をあんたにやるわ。
 ―――知っている事、洗いざらい話しなさい!」

「わ、わかりました……」

 武は返事をしながら諦めた…………今日は寝かせてもらえないらしいと……

  ● ○ ○ ○ ○ ○

2001年10月27日(土)

 04時31分、B4フロアの自室に、武はようやく帰り着いた所であった。

(うあ、ねみぃ~~……ちょっとシャワー浴びるか……)

 武はシャワーを浴びながら、少しだけすっきりした頭で今日の段取りを考える。

(ヴァルキリーズと顔合わせして……あー、先生から貰ってきたヴァルキリーズの人事資料読まないと……
 あ~もう、それは朝飯の後でいいや……ともかく、寝よ……)

 武はシャワールームから出ると、タオルで水気を拭き取って、そのままベッドに倒れこみ、あっという間に寝入ってしまった。

 そして、75分後、武の部屋のドアがノックされ、暫くして霞が部屋に入ってきた。

 霞はベッドへと近づき武を揺すろうとして、髪飾りをピクッ!!と激しく直立させて、その場に立ち尽くした。
 ベッドの上にはシャワーを浴びた後、そのまま寝入ってしまった為、全裸のままうつ伏せで寝ている武の姿があった。

 時計の秒針が2周し、霞はようやく動き出した。
 左右を見渡し、ベッドから落ちていた毛布を見つけて拾い上げ、武に足元の方からゆるゆるとかけていく。
 肩の辺りまでかけ終えたところで、霞はふぅと息をつき額を右手で拭う。
 そして、時計を見て時間が05時59分になる事を知り、小さく飛び跳ねると武に駆け寄り、何時もの2倍くらいの速度で武を揺すった。

「……う~ん……霞、あと5分……」

 寝ぼけた武の発言に、霞はきゅっと眉を寄せ、全力を振り絞って更に揺する速度を上げた。

「ん……なんだか、今日は元気だなぁ、霞……」

 一応目を覚ましたものの今だ朦朧としている武を、起床ラッパの放送が襲う。

「げ……寝過ごした?!…………って、うわっ! なんでオレ素っ裸―――ッ!!」

 慌てて飛び起きた武から床へと落ちる毛布……
 自分が素っ裸だと気付いた武は、大慌てで服を着て、身だしなみを整えた後自室のドアを開け放ち、ドアの脇に立った。
 それから、耳を澄ませてまだまりもは来そうにないと判断し、武は部屋の中を覗く。
 部屋の中では、霞が机の前で椅子に座って壁の方を見つめていた。

「霞、おはよう……慌しくってごめん、も少し待っててくれな。」

 コクンと頷く霞の頬はほんのりと赤くなっていた。
 霞が頷いたのを確認して、姿勢を直そうとした武だったが僅かに遅く、丁度廊下の角を曲がってきたまりもの怒声が武の鼓膜を乱打した。

「こらぁッ!! 白銀訓練兵、しっかり立てぇッ!!」
「はッ! もうしわけありません、教官ッ!!」

 武は、まりもに命じられた腕立て100回をこなしながら、点呼を受けることとなった。

「……白銀、今日も社に起こしてもらったのか?
 例え今は訓練兵だとは言え、現役衛士ともあろうものが、少々情けなくは無いか?」
「は、情けなくあります!」

 腕立てを続けながら武は応えた。
 そんな武を見下ろして、まりもは呆れたように声をかける。

「で、今朝もこれからPXで社と仲良く朝食か……まあ、私は構わんが、207の他の連中は多感な年頃の少女だ、あまり刺激するなよ?」

「…………ど、努力します……」

「成果は期待できそうに無さそうだな。―――よし、腕立ても終わったな。点呼終了、自由にして良しっ!」

 まりもは武の敬礼に答礼を返すと、踵を返して立ち去っていった。

「……よし、霞。朝ごはん食べに行くぞ!」

「……はい。」

 空元気を出して明るく言う武に、霞は大人しくついて行き、今朝もPXで武にアーンを敢行した。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 06時35分、PXで武は羞恥プレイの真っ最中であった。

「……どうぞ…………あー……ん……」
「あ、ああ…………う、美味いぞ、霞。」
「……まだあります…………はい……あーん……」
「…………あ、霞もちゃんと食べるんだぞ? ほら、オレの皿から取っていいから……」
「…………白銀さんからは……食べさせて……くれないものなんですね……」
「ぐあっ…………か、霞も、た、食べさせて欲しいのか?」
「……はい…………」

 頬を染めてコクリと頷く霞。
 武はブルブルと震える手ではしを取ると、合成さばの切り身を取って霞の方へと差し出した。
 口を目一杯あけて、差し出された切り身の手前で左右にうろうろと顔を動かした後、霞は武を見上げて呟く。

「……………………おっきいです……」
「ごっ、ごめん…………これで、どうだ?」
「…………はい、おいしいです……」

 武が慌てて切り身を更に戻し、はしで小さく切り分けてから、改めて霞に差し出すと、霞はパクッとはしごと口に含む。
 霞は切り身の欠片を咀嚼して飲み込むと、小さな声で美味だと述べた。
 その様子を見ていて、何とはなしに動悸が激しくなり、頬が紅潮するのを自覚し、武は誤魔化すためにご飯をかきこむ。
 と、見たくは無いけど見ずに居るのも我慢できないといった風情で、横目でちらちらと様子を窺っていた壬姫が、つい漏らしてしまった言葉が響く。

「あ~っ! 間接ちゅ~だぁ……」
「え?! キスっ?」
「…………白銀……大胆……」
「ん? 珠瀬、カンセツチューとはなんだ? …………ふむ……なるほど……ということはこの場合…………な、なんだとっ?!
 タ、タケル!! そなた公衆の面前で朝からその様な破廉恥な行為を行うとは! そ、それでも日本男児かっ、恥を知れッ!!!」
「み、御剣さん……そ、そこまで破廉恥じゃないから、お、おちついてください~…………」
「そっ、そうよ、御剣、お、落ち着きなさい……そ、そ、そんなに、ど、動揺するような事じゃ、な、な、ないんだから……」
「……いいんちょー、思い切り動揺してる……してる……してる?」
「う、ううううう、うるさいわねっ!」

 壬姫の言葉を火種に一斉に燃え広がる喧騒……武は耳まで真っ赤に紅潮しつつ、必死で聞こえない振りをして食事を終えた。
 そして、合成玉露を飲んで、場が落ち着くのを待ってから話を切り出す。

「さて、みんな、ちょっといいか?」

 途端に、207女性陣の冷たく鋭い視線が、武に一斉に突き刺さる。
 さすがに怯みかけた武だったが、物が飛んでこないだけ『前の世界群』よりはマシだと自分を誤魔化し、敢えて平静を装って話を続けた。

「神宮司教官からも説明があると思うけど……実は、今日から暫く、オレは特殊任務関係の用事で、午前中の訓練に参加できない。」

「「「「 え? 」」」」

「午後の訓練はなるべく参加するけど、夕食後も今まで以上に忙しくなりそうなんだ。
 暫くは、情報開示されたBETA関係の座学が行われると思うけど、座学がある程度進んだら、午後の訓練時間を使ってオレの対BETA戦術構想の討論を行ってもらう心算だ。
 その心算で、座学を真剣に……って、これは言わないでもいいな。
 まあ、そんな感じで頼むよ。」

 武の説明が終わると、顎に手を当てた彩峰がぽつりと呟く。

「…………実用段階までいってる?」

「を、鋭いな彩峰。オレの最初の成果は今日から実証試験に入る。
 おまえらも総戦技演習に受かれば触れるぞ?」

「ほう……となると、その成果とやらは戦術機がらみの物なのだな。」
「……本当に、戦死者が減るようなものなの?」

 武が彩峰の予想を肯定し、思わせぶりな発言をすると、冥夜と千鶴が即座に反応した。
 武は悪戯っ子のように笑うと、さらに焦らすような物言いをして、PXを後にした。

「まりもちゃんのお墨付きは貰ったぞ? 委員長。
 まあ、詳細は機密だ。知りたければ1日も早く総戦技演習をクリアするんだな。
 じゃ、オレはちょっと急ぎの用事があるんで先に行くな。」

 悠々とPXを後にする武とその後に従う霞を、言葉もなく見送る207女性陣であった。




[3277] 第21話 未知なるヴァルキリーズとの遭遇
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/07/14 17:22

第21話 未知なるヴァルキリーズとの遭遇

2001年10月27日(土)

 06時52分、武がB4フロアの自室でヴァルキリーズの人事データを読んでいると、ドアがノックされた。
 武が端末の画面を消してドアを開けると、そこには冥夜が立っていた。

「タケル、少々邪魔をしてもよいか?」

「ああ、長くならないならな。ま、入れよ。」

 武は冥夜に椅子を勧め、自分はベッドに腰掛けた。

「で、なんの用だ?」

 武が水を向けると、冥夜は眼(まなこ)を閉じて周囲の気配を探り、不信人物が居ないと確信してから口を開いた。

「月詠の件だ……今晩、夕食後に会えるよう手筈をしたのだが、先の話からすると日時を改めた方が良いかと思ってな。」

「今晩? さすが冥夜、迅速だな。いや、今晩で構わないよ、そっちの方を優先する。ありがとうな。」

 冥夜の手配に感謝して礼を述べる武。
 そんな武に、冥夜は言い難そうに切り出す。

「…………それで……だ……その…………わ、私も同席しても良いだろうか?」

 冥夜の言葉に、暫し考え込む武。

「……そうだな……途中で席を外してもらうかもしれないけど、それでいいなら……
 あ、あと、今晩の話の内容は207のみんなにも秘密だぞ?
 秘密を抱え込む覚悟があるんだったら、同席してくれて構わない。」

「望むところだ、是非同席させてもらおう。
 ……そうか……そうだな。うむ、このことは、私とそなたの秘密としよう。」

 なにやら楽しい事を思いついたかのように、冥夜は少し笑って頷いた。

「そうか、じゃあ、今晩18時30分に訓練校の教室で落ち合うってことで伝えておいてくれるか?
 あそこなら、普段おまえの警護をしてる月詠さん達にとっては、庭みたいなもんだろうしな。
 周辺の警備はお任せしますって言っといてくれ。」

「解った。では、これで失礼する。邪魔をして済まなかったな、許すが良い。」

「いや、こっちこそ手間かけさせて済まない。感謝してるぞ、冥夜。」

「ふっ……これしきの事で礼など言うでない。ではな。」

 武の言葉に嬉しそうに口元を綻ばせて、冥夜は部屋から出て行った。
 武は冥夜を見送ると、再び端末に向かい、人事データの続きを読み始めるのだった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 08時07分、武はヴァルキリーズが集まっているブリーフィングルームへと招き入れられた。

「白銀臨時中尉、待たせたな、入れ。」

 ドア越しにかけられたみちるの声に応じて、ブリーフィングルームの控え室で待たされていた武は、ドアを開けて進み出た。

「「「「「「「「「「「「 く、訓練兵?! 」」」」」」」」」」」」

 武の着ている国連軍横浜基地衛士訓練学校の制服を見て、驚愕するヴァルキリーズの乙女12名。
 唯一驚いていないみちるは、片手を上げて全員を黙らせると、何事も無かったかのように武の紹介を始めた。

「香月副司令直轄の特殊任務に従事している白銀武臨時中尉だ。
 年齢は17歳で新任共と同い年だが、戦地で徴用され戦場の荒波に揉まれて臨時中尉にまで特進した強者だ。
 残念ながら正規任官はしていないため、現在副司令の特殊任務の傍ら、207訓練小隊に所属して正規任官を目指している。
 その為、着用している制服が衛士訓練校の制服となっているが、戦時階級は保持されているのでそのつもりでいろ。
 因みに、衛士としての腕は私よりも上だ。
 昨晩、私と神宮司軍曹のペアで3戦して1勝2敗で負け越した。
 1勝した時でさえ、囮になった私は撃墜されている。」

「「「「「「「「「「「 ッ!!――― 」」」」」」」」」」」」

 ヴァルキリーズでも、突撃前衛長の水月にしか追従を許さない腕前のみちるが、まりもと組んで尚、敗れたという衝撃の事実に、再びヴァルキリーズが驚愕した。

「そして、白銀中尉の特殊任務において開発された新型OSの実証試験を、本日より我が隊が行う事となったため、白銀中尉が我々の教導に当たる事となった。
 新型OSと聞いて眉を顰める者もいるかも知れないが、安心しろ。
 その画期的な性能は、私と神宮司軍曹が既に確認している。
 このOSが搭載されているなら、『撃震』でさえ従来OSの『不知火』に勝てるほどの代物だぞ?」

「「「「「「「「「「「「 ……………… 」」」」」」」」」」」」

 三度驚愕に襲われ、最早絶句するしかないヴァルキリーズ……
 ここまでくると一体何に驚けばいいのだろうか……
 目の前の年若い衛士が自分達精鋭であるヴァルキリーズの教導をする事にか、新型OSを開発した事にか、はたまた、『撃震』で『不知火』に勝てるというみちるの言葉にか……
 しかし、みちるは部下達に、混乱から回復する暇を与える事無く話を進める。

「と言う事で白銀中尉、自己紹介しろ。」

 みちるに促されて、武は一歩前に出て、直立不動で自己紹介をする。

「白銀武臨時中尉であります。
 この度は香月副司令より拝命しました小官の特殊任務に、精鋭であるイスミ・ヴァルキリーズのみなさんのご協力を得られる事、誠に光栄であります。
 自分は正規任官を果たしていない若輩者ではありますが、何卒よろしくお願いいたします。」

「よし。では白銀中尉、私から中隊のメンバーに紹介しよう。
 が、その前に一つ断っておく事がある。
 我が隊では、香月副司令の無意味な事はするなとの命令により、堅苦しい言動は抜きという事になっているが、異存はあるか?」

「いいえ、大尉殿。
 ―――これでもオレは副司令の直属ですので、とっくにそっちの水に慣らされています。
 オレは訓練兵でもありますし若輩ですから、みなさん気軽に呼び捨ててください。」

 みちるの言葉に、武は最初だけ直立不動で応じた後、姿勢を崩して笑顔を見せて、ヴァルキリーズに話し掛けた。
 その様子にみちるは唇の片端を吊り上げて笑い、武を整列させたヴァルキリーズの元へと招いた。

「ふっ、当意即妙というヤツだな白銀。こっちに来い、順に紹介してやる。
 右から、CP将校の涼宮遙中尉、コールはヴァルキリー・マム。207訓練小隊の3期前の卒業だ。
 ああ、知っているかもしれないが、我が隊のメンバーは全員神宮司軍曹の練成により、訓練学校を卒業している。
 言わば姉妹のようなものだな。」

「はい、その話は聞いています。―――涼宮中尉、よろしくお願いします。」

「よろしく、中尉。」

 遙はふんわりとした笑顔を浮かべて挨拶してきた。

「涼宮は指揮車両から戦域管制をしてくれる。こう見えても怖い女だからな。怒らせないように気を付けろ。」

「―――た、大尉! なにいってるんですか、もう!」

(そう言えば、『前の世界群』じゃ涼宮中尉の怒った所には出くわさなかったな……そんなに怖いのかな?
 横浜基地防衛戦では、自ら志願して反応炉停止作業に向かったって聞いたから、きっと芯は気丈な人なんだろうな……)

「次はB小隊―――突撃前衛を指揮している速瀬水月中尉。我が隊の副隊長でもある。こいつも3期上の卒業だ。」

「よろしくお願いします。」

「よろしく。……ふっふっふ……あんた、大尉よりも腕がいいんですって?
 後で是非手合わせ願いたいわぁ~。」

 ニヤリと不敵に微笑んで、水月は挑みかかるように、話しかけてきた。
 迂闊に頷こうものなら、そのままシミュレーターデッキに連行されそうな気配が漂っている。

「まあ、少しばかり血の気が多いが、近接格闘戦の腕は部隊でも飛びっきりだ、閑があったら相手してやってくれ。」

(速瀬中尉も相変わらずか~。まあ、今回は部下じゃないだけマシだと思っとくか……
 まあ、この人を鍛えておけば、他のメンバーはこの人が鍛えてくれそうだしな……)

「次はC小隊を指揮している宗像美冴中尉。2期上の卒業だ。」

「よろしくお願いします。」

「どんな教導をしてくれるのか、期待してるぞ、白銀。」

 真剣な眼差しで武を見つめて言う美冴の姿に、新鮮さを感じて武は思わず注視してしまった。

「なにを見とれているんだ白銀。宗像は男嫌いだから色気を出すと痛い目を見るぞ。」

「大尉。私は男嫌いなのではありません。気持ち良ければ何でも良いだけです。」

(宗像中尉……そう言えば、真剣な表情って、あまり見る機会がなかったな……いつも飄々としたイメージしかないぞ……
 でも知ってますよ、遊び人風な態度は、思い人に操立てしてカモフラージュでやってるんですよね。今度こそ、生き延びて再会してくださいね。)

「次は、突撃前衛の水代葵(みずしろ・あおい)中尉、速瀬や涼宮と同期だが、半期先任だ。理由は言わなくてもわかるな?」

「はい。―――水代中尉、よろしくお願いします。」

「よろしくねぇ、白銀君。」

 僅かにウェーブのかかった長髪を背中に流している、如何にもお嬢様といった感じの女性が武に向かって微笑みかけてきた。

「水代は、大学に在籍していた間、徴兵猶予を受けていた為、我が隊最年長だ。
 衛士としての腕は今一つだが、生き延びる勘だけは鋭い。我が隊はこいつの勘に何度も救われてきた。」

「大尉ったら酷いなぁ、年の事までばらさないでくださいよぉ。」

(この人とは初めてだな。BETAの新潟上陸の時に先任が3人リタイアしたって話だったから、この人がそうなんだろうな……
 相当おっとりした感じの人なんだけど……勘、ねえ……最良の未来を嗅ぎつけるって事か……)

「次は、水代と同期任官の桧山葉子(えやま・ようこ)中尉だ。A小隊で制圧支援を担当している。」

「よろしくお願いします。」

「白銀中尉……よろしく……おねがいします。」

 たどたどしく、言葉を紡ぎだして挨拶してきたのは、真っ白いリボンの蝶々結びで髪をポニーテールにしている、眼鏡をかけた女性だった。
 人見知りする性質なのか、大きめの眼鏡をかけた顔には、何処となくおどおどとした表情が浮かんでいた。

「見ての通り、気弱で引っ込み思案なところがある奴だが、いざと言う時の粘りには定評がある。
 水代と大学でも一緒に学んでいたそうだ。2人して指揮官特性が低かったり、操縦が下手だったりするものだから、仲良く平隊員で足踏みしている。」

「あの……そういうわけなので……足手まといにならないように……がんばりますね。」

(なんだか本当に気の弱そうな人だな……でも、速瀬中尉よりも先任てことは、明星作戦にも参加してたんじゃないか?
 それでいったら、水代中尉と2人で、伊隅大尉に継ぐ戦歴の長さじゃないか……戦場では見かけによらない実力を発揮するのかな?
 でも、この人もBETA新潟上陸の際にリタイアしてしまったんだな……)

「次は、水代紫苑(みずしろ・しおん)少尉、宗像と同期だ。」

「よろしくお願いします。」

「あ……よろしくお願いします、白銀中尉。」

 気弱げな微笑を浮かべて立っていたのは、背丈といい、顔立ちといい、水代葵をスレンダーにして髪をショートにしたら、正にこうなるだろうと思えるほどにそっくりな人物であった。

「名前で解ったと思うが、こいつは水代中尉の妹だ。まあ、顔を見れば双子のように似ているから言うまでも無いな。
 衛士としての腕も良い方だが、姉と二機連携を組ませると、2人合わせて凄まじい戦闘力を発揮する。B小隊のナンバー2だな。」

「……そんな……僕なんて、大した事ないですよ……」

(か弱そうな人なんだけど、そんなに強い衛士なのか……にしても、お姉さんと2人でって……お姉さん、腕は良くなかったんじゃ……
 この人も初めて見るから……きっと、新潟ではお姉さんを庇ったんだろうな……)

「次は、風間祷子少尉だ。卒業は1期上だな。C小隊の制圧支援を担当している。」

「よろしくお願いします。」

「こちらこそ。白銀中尉。」

 祷子は、相変わらずしっとりと落ち着いた雰囲気で微笑みながら、武に挨拶を返した。

「こいつは中々面倒見のいいやつでな、我が隊の接着剤のようなものだ。人間関係で相談したい事があったら話してみるといい。」

「困ったことがおありでしたら、いつでも相談に乗らせていただきますわ。」

(風間少尉……お世話になります。
 また、ヴァイオリンを聞かせてくださいね……そして、今回こそ生き延びて下さい……)

「次は、涼宮茜少尉、207訓練小隊A分隊の分隊長をしていた、いわば貴様の同期生だな。
 涼宮以降の5人は全員A分隊の同期生だ。
 B分隊は夏の総戦技演習に落第したが、こいつらは合格して戦術機操縦課程に進み、今月になって着任してきたばかりの新任少尉共だ。
 まだ仮配置だがA小隊の強襲掃討を任せている。」

「よろしくお願いします。」

「よろしく、白銀中尉。君の教導、楽しみにしてるね。」

 ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべながらも、どこか水月に似た獲物を狙う獣のような気配が茜にはあった。

「こいつも名前で解るだろうが、涼宮中尉の妹だ。水代たちもそうだが、姉妹そろってこの部隊に入るなんて……なんて親孝行な奴らだろうな。」

「えへへへ……」

(涼宮……今回は仲間を失わずに済むように頑張れよ。委員長達も直ぐに追いついてくるし、今回は207訓練小隊フルメンバーで戦い抜こうぜ!)

「次が、柏木晴子少尉。やはりA小隊で、担当は砲撃支援だ。」

「よろしくお願いします。」

「よろしく、白銀中尉。同い年なのに中尉で実戦経験あるなんて、すごいね~。」

 快活に笑いかけながらも、その瞳は笑っていない……言葉は誉めているのに、その実、相手の力を見定めているような晴子だった。

「柏木は、訓練で見る限りでは視野が広く、的確な支援をこなす、有望な新人(ルーキー)だ。」

「あはは。実戦で生抜けるように、頑張りま~す。」

(柏木……おまえの支援、今回も頼りにしてるぜ……
 今回の世界じゃ弟さんたちが戦わずにすむといいな。)

「次は、築地多恵(つきじ・たえ)少尉だ。突撃前衛で速瀬と二機連携を組むことになっている。」

「よろしくお願いします。」

「んのののの……よ、よろしくお願いします……」

 ボンボンの付いた髪留めゴムで、頭の右後ろで髪を結んでサイドポニーにした少女が、胸の前で両手を揉み合わせながら、緊張気味に挨拶をした。

「こいつの機動は一風変わっていてな、白銀の機動に近いものがあるような気がする。
 精々鍛えてやってくれ。」

「あああああ、茜ちゃんと一緒に頑張りますです。」

(築地か……BETA奇襲で戦死したって聞いたっけ……一風変わった機動って……猫の築地の因果でも流入してるのか?
 まさか……この世界でも夕呼先生の実験台になったんじゃ…………)

「次は、高原智恵(たかはら・ちえ)少尉。C小隊の砲撃支援だ。」

「よろしくお願いします。」

「よろしくお願いしますね、白銀中尉。」

 長く豊かな髪を後ろでまとめ、後れ毛を肩から前へ両サイドに垂らした少女が、おっとりと挨拶してくる。

「高原は狙撃特性が高いのだが、今一つ落ち着きがないのが欠点だな。
 もう少し精神を鍛えないと、実戦で生抜けんぞ?」

「てへへ……がんばりまぁ~っす!」

(高原か……球技大会の時に名前を聞いたような……いずれにしても、この娘もリタイア組みか……
 ここは一つ、心を鬼にして鍛えてやるか……)

「最後が麻倉月恵(あさくら・つきえ)少尉だ。C小隊で強襲掃討を担当している。」

「よろしくお願いします。」

「よろしくねっ! 白銀君!!」

 前髪を長めにしたセミロングの、髪質が硬いのか毛先がやや跳ねている少女が、弾むような口調で挨拶してきた。

「元気印の麻倉だが、些か熱くなりやすい傾向が見られる。戦場では冷静さを失ったら死ぬだけだと教えているところだ。
 白銀からも、戦場の厳しさを教えてやってくれ。」

「うひゃ~、また怒られちゃったよ~。」

(麻倉……こいつも球技大会で聞いた名前だな……これでリタイア組みは全員か……
 それにしても、伊隅大尉の人物評はさすがだな……あとで麻倉には戦場の厳しさを教えてやるか……)

「以上、衛士12名CP将校1名が、A-01連隊第9中隊の総員だ。
 白銀、お前の教導に期待しているぞ!」

「はいっ! 精一杯努めさせてもらいます!
 では早速ですが、衛士強化装備を装着してシミュレーターデッキに集合してください。
 皆さんの実機は既に試作OSへの換装作業に入ってますから、今日は1日シミュレーターで訓練してもらいます。
 試作OSの詳細の説明などは、シミュレーターに搭乗してもらった上で、操作等を実際に行ってもらいながら説明します。
 ―――伊隅大尉。」

「うむ―――総員、強化装備着用の上シミュレーターデッキに集合しろ! 解散ッ!!」

「―――敬礼ッ!」

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 09時12分、シミュレーターデッキでは、ヴァルキリーズが試作OSでの動作教習を一通り終了させ、その即応性の良さに驚喜していた。

「大尉! このOSときたら、最高ですよぉ~! これだったら、BETAが束で来たって、へっちゃらですって!」
「本当に……これなら今まで以上に戦えますね。」

 小隊長2人の発言に、隊の皆も我先にと話し始める。

「これほど動きがスムースになるとは、驚きですわね。」
「そ~ですね~。これなら私でも初陣をなんとか生き延びられそうな気がしますよ。」
「晴子! そんな弱気な事言わないの!! 私達は全員で生き残るのよ!」
「ははははははいぃ~~い! あ、あたし頑張って生き延びて見せますねぇ~、茜ちゃん!!」
「まっ、初陣で即戦死ってのは、カッコワルイよね、智恵?」
「そ、そうね……がんばりましょうね、月恵。」

 祷子の言葉に晴子が応じ、そこから連鎖的に元207Bの全員が話し出した。
 そして、残る4人は……

「うわぁ~、たたっ……ね、ねぇ、紫苑~~~、なんでこんなに安定しないのぉ~~。」
「姉さん、もっとそっと操作するんだよ……今までよりも遊びが少ないんだから、そっと、そぉ~~~っと……」
「葵ちゃん……だ、大丈夫?」
「水代! 後は貴様だけだぞッ!! さっさとしろ!…………はぁ~。」

 唯一人、未だに試作OSの操作に慣れない葵の面倒を見ていた……

 ―――そして、数分後。

「白銀、待たせたな。」

「いえ、こちらも涼宮中尉と打ち合わせが終わったところです。
 それでは、みなさんにはまずオレの機動を仮想映像で見ていただいて、試作OSが目指している戦闘機動がどのようなものかを、捉えてもらいます。
 状況設定は、沿岸部へのBETA上陸後の防衛戦で、レーザー属種が存在する状況です。
 ―――涼宮中尉、演習開始と、複数視点から見た仮想映像の全員への配信をお願いします。
 じゃあ、始めますよっ!」

 それから約30分、武は仮想1個師団の支援の下、続々と上陸してくるBETAを相手に防衛戦を繰り広げた。
 武の基本戦術は陽動であり、BETAの前衛に吶喊しては、鼻面を引っ掻き回して侵攻を停滞させ、友軍の支援によりBETAを殲滅するというもので、極オーソドックスな戦術である。
 ただし、その陽動を単機で行っていることと、その戦闘機動が尋常ではなかった。
 BETAへの攻撃は自分の脅威度を維持して、陽動を継続することを第一とし、BETAの撃破は二の次としている事。
 これは、理屈では正しいとヴァルキリーズにも解るのだが、雲霞の如く群がってくるBETAの渦中にあって、その数を減らしたいという欲求に耐えることが出来る武の精神力には、感嘆せざるを得なかった。
 そして、圧巻だったのが3次元機動だった。

「ちょっ……あ、あれで、光線級に落とされないわけぇ?」

 水月はその機動を目の当たりにしながら、未だに信じることが出来ずにいた。
 武は先程から3次元……つまり、押し寄せるBETAの頭上に度々飛び上がっていた。
 当然なんども光線級の初期照射を受ているのだが、こまめに地上に降りたり、上背のある要塞級に接近して射線を阻害するなどして、一度たりとも本照射を受けなかった。
 それでも、弾薬や推進剤が乏しくなって、支援の仮想師団の後方に武が補給に下がるたびに前線は内地の方へと追いやられ、師団の前衛戦力は削られていく。
 結果的にはレーザー属種を殲滅し切れなかったため支援砲火の効果が薄く、仮想師団は戦線を崩壊させて壊滅した。
 武はそれでも単機で足止めを続けたが、増援の設定を行っていないため、単にヴァルキリーズに3次元機動と敢闘精神を見せるに留まり、BETAの侵攻を阻止するには至らなかった。

「まあ、単機で出来るのはこの程度ってことですね。」

 武は事も無げにそう言うが、武が前線で陽動している際の仮想師団との連携によるBETA殲滅速度と、侵攻速度低減は、にわかには信じ難い数値を弾き出していた。
 ―――もしも、単機でなかったら……最低限2個小隊であの陽動を行っていたら、戦線を維持しきれたかもしれない……それが観戦していたヴァルキリーズの共通した思いであった。

「さて、一応の概略は解ってもらえたと思いますので、次は実際に体験してもらいます。
 オレのシミュレーターに連動して、みなさんのシミュレーターを動かします。
 網膜投影もオレが見ているものをそのまま配信しますので、何も出来なくて歯痒いでしょうが我慢してください。
 大分揺すられると思うので、酔い止めにスコポラミンを飲んでおくことをお勧めします。
 自分で動かすのと違って、衛士強化装備のフィードバックはあまり期待できませんからね。
 ………………
 ―――じゃ、涼宮中尉、始めてください。」

 それから15分間は、ヴァルキリーズにとって地獄のような時間になった。
 激しい機動には最も慣れているはずの水月でさえ息を荒げているような状態で、一番加速Gに弱い葵にいたっては顔が真っ青になっていた。
 それでも泣き言を言わずに絶えているあたりが、古参らしいと言えばらしかったが……
 結局、遙からの秘匿回線で、葵のバイタルモニターの数値が悪化した事を知らされた武が、演習を中断して今の機動を可能とするキャンセル・コンボ・先行入力といった新概念の説明を行い、体調回復の時間に充てることとした。

「…………といったところですか。
 質問を受け付けてもいいんですが、その前にもう一つシミュレーター演習に付き合ってもらいます。
 ヴォールクデータの地上に於ける陽動・支援0%のS難度実戦モードです。
 オレの機動が、ハイヴ攻略でどれほどの効果を出すのか確かめてください。
 ―――涼宮中尉、度々申し訳ないですが、お願いします。」

 そして約30分後、途中で2人の脱落者を出しつつも、武は単機で中階層を突破して『主縦坑』に到達、最下層へ続く『横坑』の手前で上から途切れなく降ってくるBETAの豪雨に押し潰された。

「うわ~、『主縦坑』の底があんなにきついとは思わなかった……まあ、急がば回れってことですかね……」

 武は平然と話しているが、ヴァルキリーズで即座に返事を出来るものは一人もいなかった。
 衛士強化装備の緩和機能が十分に効力を発揮しない状態で、武のハイヴ内3次元機動で身も心もシェイクされ、半数以上が意識朦朧となっていた。
 辛うじて最後まで状況を把握していたのが、みちるを初めとして、小隊長の水月と美冴、あとは突撃前衛の紫苑あたりまでで、残りは全員ダウンしかけであった。
 そして、シミュレーターの外では、途中でバイタルモニターの数値悪化により、遙のドクターストップで脱落してしまった葵と葉子が、ベンチに横たわって唸っていた。
 なにはともあれ、シミュレーター演習は一応終了ということになった。

「……水代中尉、桧山中尉、大丈夫ですか?」
「だぁめぇ~~~。」
「……ちょ……っと……むり……か……も……」
「そうですか……もう少し休んでてください。」

 シミュレーターを降りた武が、脱落した2人の中尉を見舞うが、未だ回復には程遠いようであった。
 武がシミュレーターの方を振り向くと、ヴァルキリーズの残り10人が降りてきた。
 元207Aの新任少尉たちは、降りるなり手摺に捕まって何とか立っているという感じ……なのだが……武は微妙な違和感に気が付いた。

(あれ? なんで涼宮に築地がしがみついているんだ?
 あいつが乗ってたのって、涼宮よりも2つ奥のシミュレーターだろ?
 いつの間に柏木追い抜いて涼宮に追いついたんだ?)

 武が、そんなどうでもいいことを考えていると、まだ少しふらついている水月が武の目の前に仁王立ちした。
 そんな水月に遙が心配そうに付き添っている。

「しょ、しょ~ぶよっ! 白銀……っ!!」
「水月、意地張ってないで、休んでた方が良いよ?」

「いや、速瀬中尉、せめて体調戻ってからにしましょうよ。
 今晩だって出来ますから……と、そうだった。
 ちょっと伊隅大尉に話があるんで、失礼しますね。この時間内に模擬戦やりたいなら、しっかり回復してくださいね。」

 武は水月を遙に任せて、美冴となにやら話しているみちるの元へ歩み寄った。

「―――伊隅大尉、お話し中申し訳ありません。少し、よろしいでしょうか。」

「ん? 構わないぞ。どうかしたか?」

「本日の夜間訓練ですが、別件が入りましたので、参加が遅れてしまいそうなのでお知らせしておこうと思いまして。」

「やれやれ……貴様も何かと多忙なようだな。解った……もし参加自体が危うくなったなら、涼宮中尉に連絡を入れてくれ。」

「了解しました。……お二人は、もう殆ど回復なさっているようですね。」

「ふっ……まあな。私の場合は痩せ我慢も入っているが……」

 みちるは思わせぶりに言葉を途切らせると、美冴の方を見る。
 美冴は、溜息を一つ吐くと武のほうを見て話し始めた。

「なに、種明かしをすればどうということはない話だ。
 速瀬中尉のように意地を張らずに、スコポラミンを限界量飲み、なるべく加速に逆らわないように心がけただけだ。
 さて、種明かしも終わったことだし、私は祷子の看病でもしてくるとしよう。
 では、失礼します、大尉。―――白銀もな。」

 そう言い置いて、美冴は少し離れたベンチに腰掛けて休んでいる祷子の方へと立ち去っていった。

「―――伊隅大尉、オレの機動ってそんなにきつかったですか?」

「そうだな。はっきり言って貴様の機動は変態的に凄まじい。
 ……が、BETA相手に有効だと分かった以上、我々は必ず物にしてみせるぞ。」

 変態呼ばわりされて落ち込みかけた武だったが、続けてみちるの意気込みを聞いて嬉しそうに笑った。

「そう言ってもらえて嬉しいですよ。オレも教導のし甲斐があるってもんです。」

「それにしても、他人の操縦に身を任せるのがこれほど辛いとは思わなかったな。
 恐らく自分で同じ機動をする分には、これ程のダメージにはならないだろう。」

「…………そうか、普通自分で操縦する時は、統計思考制御で実際に機動が始まる前に、加速Gを打ち消すように強化装備で緩和してるんだ。
 だけど、それが他人の操縦だと機体が動き出して加速Gが発生する寸前じゃないとフィードバックされないから、加速Gを緩和しきれないんだな……
 ……てことは……あれ?……そうか、操縦者の強化装備の統計思考制御のデータを同乗者の強化装備に配信して…………
 ―――よし、これならいけるぞッ!!」

 みちるがふと洩らした言葉に着想を得て、独りぶつぶつと呟きながら思索に耽る武。
 そんな武を面白そうに眺めて、みちるが口を開いた。

「ふっ……白銀、また何か思い付いたのか?」

「え?―――あ、はい。すいません大尉、ちょっと考えに夢中になってしまいました。」

「いや、構わん。それが貴様の本分だろう?
 私の何気ない発言が参考になったのなら、これに勝る事はない。
 試作OSがこれ程のものともなれば、貴様の発案になる次の装備が楽しみでならないな。」

「そう言ってもらえて、嬉しいですよ。
 実は近い内に、もう幾つか試作装備が仕上がってくるんです。
 そうしたら、またご協力頂く事になると思いますので、よろしくお願いします。
 上手くいったら、そのままヴァルキリーズの正式装備にしてもらおうと思っていますから。」

 武の言葉にみちるはニヤリと笑みを浮かべ、未だに半数がへたばっている部下達に鋭い視線を投げかけて言った。

「ほほう? 楽しみにしておこう。
 そういう事ならば、それまでに試作OSを使いこなせるようになっておかないとな。」

「あ、試作OSの慣熟方法ですが、一応目指すべき機動のイメージは今の演習で掴んでもらえたと思うので、今後の訓練はオレの操作ログを参照しながら行ってください。
 ただし、オレの操作は先行入力を多用していて、使えないと思ったら即座にキャンセルしていますから、有効な操作は7割以下だと思います。
 涼宮中尉には、キャンセルされた操作と実行された操作を色分けした上で、キャンセルされた操作がコンボであった場合、注釈としてコンボの登録ナンバーが表示されるように操作ログの編集を頼んでおきました。
 ヴァルキリーズのみなさんなら、それを見れば格段の進歩を遂げて下さるものと信じています。」

「ふっ……至れり尽くせりで悪いな白銀。
 貴様の尽力には、我々の成長という成果で応えてやろう。
 ……と、いう訳で、家の暴れん坊の相手をしてやってくれ。」

 みちるのその言葉に、恐る恐る武が後ろを振り向くと、今度は二本足でしっかりと仁王立ちしている水月の姿があった。

「…………わかりました……お相手をさせていただきますよ……速瀬中尉……」

「よしっ! よく言ったわね白銀、それでこそ男の子よっ!!」

「ごめんね……白銀中尉……」

 その日の午前中の訓練は、武対水月の3連戦で終了した……




[3277] 第22話 光州の残照
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2010/09/28 17:33

第22話 光州の残照

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 公式設定改竄告知:『光州作戦の悲劇』
 拙作は『光州作戦の悲劇』と呼ばれる彩峰中将事件に関する状況や事態の推移を、公式設定と異なった独自の設定で描いております。
 拙作をお読みいただく際にはご注意の上、ご容赦願えると幸いです。
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2001年10月27日(土)

 11時57分、いつもとは違うPXで武はヴァルキリーズの13人と昼食を共にしていた。

「ああっ! もうっ!!……なんであんたに勝てないのよ?!
 なんかずるしてんじゃないでしょうねぇっ!」
「もう……水月、いい加減止めなよ。」

 食事が始まっても、荒れ狂う水月は落ち着く気配の欠片もなかった。
 武相手の模擬戦で3連敗したのがよほど悔しかったらしい。

「あれはさぁ……ほらぁ、やっぱり実力で負けてるってことだよねぇ。」
「姉さん……そんなはっきり言っちゃまずいよ……」
「葵ちゃん……自分に、跳ね返ってくるよ?」

 水代姉妹と葉子は一応小声で話していたのだが、水月イヤーはその言葉を聞き逃さなかった。

「葵さぁ~~~ん? あんた、白銀の機動体験、途中でへばってたわよねっ!」
「え?……えへへ、そう……だったかなぁ? そんなことないよね、紫苑。」
「その言い逃れは、無理ありすぎだよ……姉さん……」
「あんたっ! そんなにあたしに扱かれたいのっ?!
 大体、葵さんは突撃前衛にしては、気力体力が足りてないのよね。
 この機会に鍛えてみるぅ?」
「水月、八つ当たりは格好悪いよ? しかも部下に当たるなんて……」
「う…………じょ、冗談よっ! そ、そんなことするわけないでしょ?」
(((((((((((( いやいやいや、絶対に本気だったでしょ! ))))))))))))

 矛先を武から葵に変えて、八つ当たりをしようとした水月をすかさず遙がやんわりと止める。
 慌てて誤魔化す水月の様子に、他の全員が内心でツッコミを入れていた。

「それにしても~、白銀中尉はとても同い年とは思えないわね~。」
「ほんとだよっ! すっごいよね~、あの機動……憧れちゃうねっ!」
「確かにあの機動は凄かったね。あれに合わせて支援するのは大変そうだ。」
「あ、あああああ、あたしは茜ちゃんに憧れてますぅっ! 白銀中尉なんて目じゃないべ?」
「ちょっと多恵! その言い方は白銀中尉に失礼でしょ?」
「へ? うひゃぅ! え、えっと、こっこっこっこれはですねぇ~~~、す、すいません~…………」

 元207A―――智恵、月恵、晴子、多恵、茜の5人は武の方をチラチラと見ながら、仲間内で話しながら昼食を摂っていた。

「白銀中尉。我が中隊の隊員達は、貴様が気になって仕方がないようだぞ? 選り取り見取りで食い放題だ、さぞ嬉しいだろうな?」
「美冴さん、少し言いすぎなのではないかしら?」
「ああ、もちろん祷子は私が先約だ。残念だったな、白銀中尉。」
「あの……オレはどう応えればいいんでしょうか……」
「ん? 好きに応えていいぞ。私は任務外の事は感知しないからな。」
「日和ましたね、伊隅大尉。…………じゃあ、風間少尉、宗像中尉の発言で悩んでるんですが……」
「なっ! 祷子に頼るとは……白銀……貴様を見損なったぞ……」
「うふふ。美冴さんもその辺になさったらいかがかしら。」

(相変わらず、宗像中尉と風間少尉は仲がいいな。伊隅大尉も興味無さげな素振りで楽しんでるのかな?
 『前回の世界群』じゃ、配属後はあれこれ忙しかったから、訓練以外じゃヴァルキリーズの先任とは過ごす閑がなかったもんな……)

 207の仲間達と居る時とはまた一味違った雰囲気の中、武は焦燥感や緊張が和らいでいくのを感じていた。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 12時39分、B19フロアのシリンダールームで、武は霞とあやとりをしていた。

「…………白銀さん……」

「ん? どうした霞、次は右手の小指でだな……」

「……違います…………話があります……」

「話って?……まあいいか……いいぞ霞、遠慮しないで話してくれ。」

「どうして…………このままに、するんですか?……」

「このまま?…………純夏のことか?」

 霞に問いかけられて、シリンダーの中の脳髄を見て、武は問い返した。

「そうです…………このままは、寂しいです……」

 霞の答えに、武は暫し瞑目する……そして、再び目を開くと霞に静かに話しかけた。

「そうだな……純夏は今のままだと霞としか話せない。
 ……いや、今の精神状態だと、コミニュケーションすら成立していないか。
 ―――確かに、00ユニットになれば、純夏の精神は安定して、人間並みの生活が出来るようになるかもしれない。
 けどな、霞。それは人類の切り札としての重い責任と引き換えに得られるものに過ぎないんだ。
 その責任を背負わされるのと、今の状態と、どっちが純夏にとっていい事なのか……オレも悩んだけど、結論が出なかった……
 ―――霞。オレは『前の世界群』で、00ユニットになった純夏が苦しむ姿を見ちまったんだ。
 だから……だから、他にどうしようもなくなるまでは、その重責を純夏に押し付けたくはないんだよ。」

「……純夏さんが……心配なんですね……
 ……護って……あげたいんですね……」

「ああ、そうだ。
 オレは―――純夏が苦しむ姿を、出来る事ならもう見たくないんだ……
 オレは……オレは臆病だよな、霞。」

 苦悩を浮かべた瞳で、武は苦笑いしながら話す。
 そんな武に、霞は目を伏せて応える。

「……いえ……優しいんですね……」

「ありがとう、霞。―――でもさ、いつか……例えばオレが00ユニットになって、BETAを地球から追っ払って……
 ……そうしたら、純夏を今の状態から、なんとか救い出してやれる方法が見つかるんじゃないかって……
 …………ははっ、夢みたいな話だろ? 自分で言ってて笑っちゃうよ。」

「夢……叶うといいですね……」

 2人は再びあやとりを再開し、昼休みの終わりと共に、武は部屋を後にした。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 13時05分、B5フロアの多目的端末室に207隊の全員が揃っていた。
 端末室前方の講師用の机の脇に立ち、まりもは訓練兵達に向かって訓練内容を説明する。

「本日は、端末を用いたリアルタイム進行の机上演習を行う。
 昨日の午後と本日の午前中に座学で学んだ知識を確認できるように、今回の演習内容はBETA上陸に対する防衛戦だ。
 任務の最優先目的はBETAの殲滅、次いで戦域後方で避難中の民間人の保護だ。
 貴様らが失敗しBETAの突破を許せば、避難中の民間人が犠牲となることを忘れるな!
 BETAの物量の恐ろしさ、レーザー属種の対空迎撃の威力などを、如実に感じられるように、端末を使用したリアルタイム進行の演習とした。
 榊を師団長として、他の者は榊の指揮下でそれぞれ連隊を指揮せよ。
 データリンクは100%機能するものとするため、お互いの会話や意思疎通は普通に行って良し。
 では、自分の指揮する部隊の状況を把握せよ。」

「「「「「 了解! 」」」」」

 与えられた戦力は、帝国本土防衛軍の編制に準じた1個師団。
 戦術機甲部隊9個中隊、機甲部隊36個中隊(内訳:戦車9個中隊、高射砲9個中隊、曲射砲18個中隊)、航空支援部隊9個中隊、機械化歩兵部隊18個中隊、歩兵・工兵・輜重の各部隊が3個中隊づつであった。

 そして、海岸線から続々と上陸してくるBETAに対する机上防衛演習が進められた。
 上陸してくる敵の規模は旅団規模と推定されていた。
 レーザー属種が上陸したところで、千鶴は防衛線を内陸へと下げ、渓谷状の地形へとBETAを誘引して殲滅するという作戦を立案・下命した。

 千鶴の指揮する師団本隊は戦域中央を担当、前衛の戦術機甲部隊はBETAを陽動しつつ渓谷へと後退、支援砲火を担当する後衛の機甲部隊は渓谷の出口側の左右に展開し、レーザー属種からの射線が遮られる尾根の陰などに展開させた。
 渓谷部を抜けてきて密集した状態のBETAを、レーザー属種からの迎撃を受けにくい状況下での制圧砲撃を以って殲滅しようと千鶴は考えていた。

 左翼は冥夜の連隊を最左翼とし、壬姫の連隊が本隊との間を埋め、右翼は彩峰の連隊を最右翼とし、武の連隊が本隊との間を埋めた。
 両翼の任務は、師団本隊の誘引を逃れ迂回突破しようとするBETAを機動迎撃し、陽動を以ってその進路を師団本隊の陽動圏内へと誘引する事と、浸透突破しようとするBETA小型種の殲滅であった。
 さらに、陽動を行う前衛部隊の支援を目的として、AL弾を中心とした陽動砲撃によって前衛部隊の被照射の危険を減らし、重金属雲濃度が充足している間は、制圧砲撃に切り換えてレーザー属種を減らす事も任務のうちであった。

 左右両端を担当する冥夜、彩峰の2人には、戦術機甲部隊を1個中隊から2個中隊に増強した連隊が任せられ、師団本隊である千鶴は戦術機甲部隊を2個中隊減じているものの、実に5個連隊を統括運用していた。

 戦線全体は緩やかな漏斗状に形成されており、陽動を担当する戦術機甲部隊は小隊単位でローテーションを組み、分担している陽動圏内の最深部までBETAを誘引したところで次の連隊の戦術機小隊へと陽動を引き継ぎ、戦線の内側を迂回した後、再度前線に出て陽動を繰り返す。
 結果、BETAはベルトコンベアに運ばれる荷物のように中央の渓谷へと誘引され、レーザー属種の迎撃を免れた師団本隊の制圧砲撃により急速に殲滅されていった。
 レーザー属種を優先して殲滅する従来の戦術に対し、レーザー属種の照射を陽動砲撃に誘引し、レーザー属種の直援である突撃級や要撃級を地形を利用して先に殲滅するというのが、千鶴の立てた戦術であり、それは上手く機能しているように思われた。

 しかし、戦闘開始後約40分が経過した頃に、左右両翼の展開する戦域の更に外側にそれぞれ1個大隊規模のBETA増援が出現し、事態は一気に混迷する事となった。
 最左翼を担当する冥夜は指揮下の半数に相当する戦術機甲1個中隊を、足止めとしてBETA増援に差し向けると同時に、師団司令部(千鶴)に指示を仰いだ。
 これに対し、最右翼を担当していた彩峰は、直ちに指揮下の全戦力をBETA増援へ急派し、即時殲滅を企図した。

「榊、あまり長くは持たない、早急に対処を頼む。」
「ちょっと、彩峰、貴女何を勝手に―――」
「委員長、戦術機甲1個中隊こっちにまわしてくれれば右翼はオレが何とかする、それより今は、左翼に指示を出せ、でないと戦線が崩壊するぞ!」
「すまんな、タケル……榊?」
「―――そ、そうね、左翼には曲射砲3個中隊と、護衛に機械化歩兵1個中隊を回すわ。
 制圧砲撃でBETA増援を殲滅して頂戴……白銀? きついでしょうけど、戦線の維持、頼んだわよ。」
「「 了解ッ! 」」
「彩峰ッ! 聞こえてるわね、さっさとBETA増援を殲滅して担当戦域へ戻ってッ!!…………返事位しなさいよッ!」
「…………了解……」

 ―――約5分後、右翼のBETA増援はほぼ瓦解し、掃討戦に移っていた。
 左翼では、未だ戦術機甲中隊で足止めしつつ制圧砲撃を実施中、また、小型種掃討のために機械化歩兵部隊2個中隊も派兵されていた。

「…………彩峰、そっちの状況はどうだ?」
「あと少しで殲滅できる!」
「そっか、じゃあ、手の空いた部隊からでいい、右翼の戦線に戻してくれ、オレの方はそろそろ限界だ……」
「―――ッ!!」

 BETA増援を殲滅する事に集中していた彩峰は、武に言われ改めて右翼戦力の詳細情報を見て絶句した。
 戦線が維持されているために、一見問題が無いように見えていたが、その実、武の指揮下にある戦力は酷く損耗していた。
 殊に、戦術機甲部隊の損耗が酷く、その穴を埋めるために高射砲部隊や戦車部隊まで投入して、なんとか戦線を維持しているような状況であった。
 高射砲部隊や戦車部隊はその移動速度においてBETAに劣るため、戦線維持に投入された部隊は全て撃破される有様で、使い捨て以外の何ものでもなかった。
 しかし、そうして部隊を徐々にすり減らしながらも、武は右翼の戦線を辛うじて維持している。
 この時点で彩峰の部隊が一部でも右翼に復帰すれば、戦線は崩壊せずに済むと思われた。

「……わかった……戦術機甲1個中隊と曲射砲2個中隊を白銀に預ける。」
「そうか、助かる。なるべく早くに戻って来てくれよ。」

 ―――そして更に20分ほどが経過し、机上演習は終了した。

 結果的に68分に亘って戦線を維持し、増援の部隊が駆け付けた事により残存BETAは殲滅された。
 指揮部隊の損害は、戦術機甲部隊9個中隊の内4個中隊相当が壊滅、戦車9個中隊の内2個中隊相当が壊滅、高射砲9個中隊の内2個中隊相当が壊滅、曲射砲18個中隊の内1個中隊相当が壊滅、航空支援部隊9個中隊の内1個小隊壊相当が壊滅、機械化歩兵部隊18個中隊の内6個中隊相当が壊滅、歩兵・工兵・輜重の各部隊はほぼ健在であった。
 最も多くの損害を出したのが武が指揮した部隊であり、戦術機甲部隊2個中隊、戦車1個中隊、高射砲1個中隊、曲射砲2個小隊、機械化歩兵2個中隊の損害を出した。
 これは、師団全体で出した損害の半数近くに相当する。
 決して武の指揮が劣悪だったわけではない。にも拘らずこれ程の損害を被ったのは、担当した右翼戦線が如何に激戦であったかを物語っていた。

―――そして、まりもによる講評が行われる。

「―――さて、一応BETA相手に増援の到着まで戦線を維持し続け、突破を許さなかったな。
 これにより、作戦は成功したと見なす―――皆、よくやった。
 特に榊、従来のレーザー属種の殲滅を最優先とする戦術を用いず、地形を有利に活用できる所まで戦線を後退させた事は評価に値する。
 特に、地形を上手く使って制圧砲撃の迎撃をレーザー属種にさせなかったことや、BETAを密集させ飽和攻撃により効率よく殲滅せしめたことは特筆に価する。
 前衛となる戦術機甲部隊を陽動に専念させる事で被害を抑えた点も、評価に値するな。」

「「「「「 ………… 」」」」」

「しかし、その反面、戦域を限定しすぎたため、戦域外にBETAの増援が出現した時点で混乱したのはいただけないな。
 この点について、榊、貴様はどう考える?」

「……はっ、事前にその様な戦況を想定し、対処方法を両翼指揮官に通達出来なかった事が混乱の原因であると考えます。
 私の作戦立案の不備であり、反省しております。」

 千鶴の答えを聞いたまりもは、やや思案気に頷いた後、更に問いを重ねる。

「―――ふむ。それは一面では真実に違いないな。
 しかし榊、起こり得る全ての戦況を事前に想定し、対処法を立案・通達するのは不可能に近いぞ。
 想定外の戦況の現出に対する対処法という観点からだとどの様に考えるか、今一度意見を述べよ。」

「……想定外の戦況が現出した際には、速やかにHQに指示を仰ぎ、その指示に沿って対処するべきだと考えます。」

「ふむ……確かに教科書通りの答えではそうなるが…………どうする? 白銀―――いや―――どういたしますか、白銀中尉。
 衛士訓練校の教練としては、榊の答えを是とせざるを得ません。
 しかし、それでは中尉の特殊任務に支障をきたすのではありませんか?」

 まりもは講評を中断して、臨時中尉としての武に意味有り気に訊ねた。
 武は即座にその意を察して応じる。

「そうですね。正規軍の命令系統や組織概念は知っておいて貰った方が良いと思います。
 その結果問題が発生した場合には、オレの方でもフォローしますから、特殊任務優先でお願いします。」

「……わかりました。フォローの件は当てにさせていただきます。
 ―――さて、待たせたな。榊、貴様の意見は訓練校に於いては正解とされる。
 私も、貴様らに軍はピラミッド型の組織であり、上からの命令には絶対に服従しろと言い聞かせてきた。
 しかし、だ……それは民間人を軍人に育成するための訓練校であるが故の事であり、苛酷な環境に耐性を付けさせるために行われているに過ぎない。
 よって、正規軍の前線に於ける命令系統および組織概念は、実は全く異なる。
 正規軍での組織は前線の部隊指揮官に多くの情報と権限が与えられ、高度な判断を要求する逆ピラミッド型の組織概念によって運営されている。
 作戦に関わる全員が、一兵卒に至るまでデータリンクによって戦域情報を共有し、臨機応変な対処と現場での即時即決が求められるのだ。
 勿論、機密情報は共有されないし、戦略的要求によりHQから下命される作戦目的に反する行動は認められない。
 しかし、作戦目的遂行の為の行動であれば、現場指揮官の判断が往々にして優先されるのだ。
 この観点から述べるのであれば、先程の榊の意見は全くの失格となる。
 それは軍への忠誠ではなく、怠惰と見なされる行為となってしまうのだ。」

「―――そんな……」

 まりもの言葉に、千鶴は思わず呟きを発してしまう―――が、まりもはこれを敢えて咎めずに話を続けた。

「人間の思考が通用しないBETAとの戦いに於いて、数で劣っている我々人類は、戦場での予測不能なBETAの行動に即座に対応し、戦術を駆使して優位に立たなければならない。
 そして、その為にはボトムアップ、トップダウン型の指令系統では間に合わないのだ。
 そして各級の指揮官は戦域データリンクによって指揮下の部隊の動向を把握し、全体を見通した上での方針を下命する事になる―――解ったな?」

「「「「 はいっ! 」」」」

「今回の机上演習においても、両翼の更に外側に出現したBETA増援に対して、御剣、彩峰の両名が独断によって即応しているが、正規軍に於いてはこれが正しい対応ということになる。
 ただし、更に講評するのであれば、御剣はその後の行動指示を榊に一任したのが問題だな。
 可能であれば、自分が望む行動案を意見具申するべきだ。そうすれば、上位指揮官の負担を軽減できる場合もある。
 今回の演習の中では、白銀の行った戦術機甲1個中隊の派遣要請と、その後の戦線維持を請け負うとの意思表明がこれにあたる。」

 まりもの言葉に冥夜は武を一瞥して頷き、まりもに視線を戻した。

「逆に、迅速に行動したのは良かったが、既存の任務の引継ぎや意見具申を一切しなかった彩峰のやり方にも問題があるな。
 実際、白銀は急遽、戦術機甲3個中隊と曲射砲4個中隊他で維持していた右翼戦線を、戦術機甲1個中隊と曲射砲2個中隊他で構成される半数以下の戦力で維持しなければならなくなった。
 意見具申により戦術機甲1個中隊を受け取ったものの、陽動砲撃の火力が半減したため支援砲火の効果が薄くなり、更に前衛の戦力が一時的に一気に3分の1に減少した結果、前衛部隊の被害が急速に増大した。」

 まりもの言葉に、武の方を横目で見た後、彩峰は唇を噛んで俯いてしまった。

「結果的に白銀は戦線維持に成功したが、私から見ても何時崩壊しても不思議の無い状況だった。
 よくもまあ凌ぎ切ったものだが……白銀、貴様の今回のやり方には問題点がある、解っているな?」

「はっ! 今回自分が下した命令は自決攻撃に類するものであり、統帥の正道に外れるものであります。
 今回自分の作戦が功を奏したのは机上演習であったからであり、実戦の場に於いては部下の離反を招きかねない危うい策であったと自覚しております。」

 まりもの問いに、武は今回自分が採らざるを得なかった作戦の非道さを率直に認めた。

「ふむ。解っているのであれば良い。
 ―――今、白銀は部下の離反を招きかねず、実戦では功を奏するか解らないと言ったが、私は実戦に於いても8割以上の兵が命令に従って行動すると考える。
 これは、先にも言った戦域情報の共有により、現出した戦況が如何に危機的状況であるか一兵卒に至るまで知り得ることに起因する。
 何も知らずに受ける理不尽且つ一方的な命令ではなく、その必要性を理解できるが故に、兵は死地へと躊躇わずに身を投じると私は信じる。
 が、それはこの作戦を肯定する理由とはならない。
 指揮官たるものは、このような事態を招かないための努力を怠ってはならず、自らの非才を部下の命で購うが如き所業は断じて為してはならない。
 無論、実戦に臨んだならば、犠牲を厭うて作戦目的を達成できないなど以っての外ではあるがな。
 結局、今回のような机上演習や過去の戦史などから多くの事例を学び、窮地に追い込まれる事を避けられるようになる事が重要だ。
 そして、それとともに、危急の際には断固として犠牲を厭わずに作戦を遂行する事も求められる。
 指揮官たるものは、部下に限らず兵を無駄死にさせずに済むように努力しろ、ということだな。」

 そう言うとまりもは言葉を休め、全員の表情を検める。
 そして、俯いたままの彩峰に目を留めた後、武に視線を投じた。
 武はまりもの視線に微かに頷きを返し、彩峰の様子を窺った。

 まりもは最後に、自分が部下を死地に送り出す姿を想像してしまい、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませて歯を食いしばっている壬姫を一瞥して言葉をつづけた。

「まあ、今の話は本来指揮官教育で学ぶべきものだ。
 任官はおろか総戦技演習にすら合格していない貴様らが、本来気にするようなことではない。
 今すぐ理解して身に付ける必要もないだろう。
 講評はこれで終わるが、残った時間で、各自今回の机上演習のログを精査して検討しろ。
 お互いに意見交換することも許可する。―――では、始めっ!」

「「「「「 了解! 」」」」」

 まりもの号令に敬礼して応えた後、千鶴の元に冥夜と壬姫が集まる。
 恐らく互いの指揮内容を相互に検討したいのであろう。
 そして、彩峰は他者を拒絶するかのような雰囲気を身に纏い、独り端末を操作していた。
 武はそんな彩峰を一瞥した後、千鶴の元へと歩み寄った……

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 17時02分、まりもが多目的端末室から退室して直ぐに、武は彩峰に呼びかけた。

「彩峰、悪いがちょっと話したい事がある。少し時間をもらえないか?」

 そそくさと部屋を出ようとしていた彩峰は、武に機先を制されて機嫌を損ねた様子だったが、武の言葉に首を横に振る事は無く、大人しく武に同行した。

「……どこ、行くの?」
「屋上だ……ちょっと気分転換も兼ねてな。」
「……めんどくさい。」
「そう言うな、おまえも気に入るかもしれないぞ。」
「そかな……」

 そして、2人は屋上に辿り着いた。

「……寒いよ。」
「そうか。」
「……もう帰っても良い?」
「駄目だ……オレがなんでおまえを呼んだかわかるか?」
「……告白?」
「違う。」
「……残念。」
「残念なのか?……じゃなくって、さっきの机上演習の事だ。
 オレが仲間を護りたくって戦ってるってのは知ってるよな?
 机上演習とは言え、部下に自決攻撃を命じて何にも感じていないと思うか?」

「…………ごめん……悪かった……」

「……謝罪は受け入れよう。それに、あの作戦自体はオレ自身が決めてやったことだしな。
 問題はだ……おまえが今後同じような事を繰り返さないかだ。
 彩峰、おまえに背中を預ける事が出来ると、オレに信じさせてくれないか?」

「ッ!!―――」

 武の言葉に彩峰は目を伏せ、唇を噛んだ……

「なあ、なんだって、あんな事したんだ?
 一歩間違えば、命令違反に、戦場放棄と見なされかねない行動だぞ?」

「後方には避難中の民間人がいるって想定だった……」

「そうか……民間人の保護を優先したんだな?
 けどさ……その結果として、兵士がどれだけ犠牲になった?
 ましてや、右翼が崩壊したら、おまえがBETA増援を殲滅しても、後方の民間人は右翼を突破したBETAに蹂躙されるぞ?」

「…………」

「勘違いしないで欲しいんだけどさ。おまえの戦闘指揮自体は間違ってるとは思っていないぜ?
 実際に、おまえはBETA増援を阻止して、短時間で殲滅してるし、結果的には右翼は維持できたしな。」

「維持できたのは、白銀のお蔭……」

 彩峰は、しょんぼりと肩を落として小声で応じた。

「そうだな、問題はそこだ。
 おまえが抜けた後を任されるのは至極当然の事だ。だけど、何の連絡も調整もなしじゃ、いくら戦域データリンクがあったって面食らっちまうよな。
 どうして、意見具申しなかった? 事後承諾もしないってのは相当徹底してるよな?」

「分隊長様は作戦に固執する……議論している閑は無かった……」

「まあ、今まで通りならそうだったかも知れないな。
 ―――けど、今回は違っただろ? 左翼の冥夜の独断は許容されたし、オレの意見具申もそのまま受け入れてくれた。
 左翼への対応だって速やかに成されたし、おまえの行動も一応追認されたじゃないか。
 今回は、左右両翼に同時に増援が出たからな。おまえの独断専行で、結果的に委員長は左翼に集中する事ができた。
 戦線が崩壊しなかったのは、そのお蔭でもあるよな。
 こうやって振り返ってみたら、意見具申や調整、事後承諾をしていた方が上手くいったような気がしないか?」

「…………」

「―――『人は国のためにできることを成すべきである。そして国は人のためにできることを成すべきである』……だったな。」

「―――!!」

 武の口にした、今は亡き父、彩峰萩閣の言葉に目を見開く彩峰。

「彩峰中将の言葉だそうだけど、おまえさ、この言葉の意味ちゃんと考えた事あるか?」

「え?!」

「『人は国のためにできることを成すべきである』、こっちは解り易いよな。
 オレ達軍人なら……と、みんなはまだ訓練兵だけどさ……命懸けで作戦に従事することだし、後方で一次・二次産業に従事している人達なら、食料や工業製品を一生懸命作って国の基盤を支える事だ。
 要するに、自分の務めを―――それが子育てとか家事だって良いさ―――とにかく一生懸命果たして、国の力にするってことなんだろう。
 あとは、『国』のために我慢できる事は我慢するってのも入ってるかな。
 腹一杯食えなくても我慢するとか、気に食わない上官の命令に従うとか、さ。
 じゃあ、『国は人のためにできることを成すべきである』……こっちはどういう意味だと思う?」

「……国に尽くした人に報いる事。」

 彩峰は、何を当たり前な事を……という顔で、即答した。

「ま、普通はそう応えるよな。じゃあ聞くけどさ、『国』って誰なんだ?」

「―――え?……」

「内閣総理大臣―――榊の親父さんか? それとも、政威大将軍煌武院悠陽殿下か? 2人は『国』であって『人』じゃないのか?
 2人とも、『人』として、政治家としての務めや、政威大将軍としての勤めを果たす事で、『国』に尽くしてるんじゃないのか?」

「……そ、それは……」

「そもそも、『国』の主体って何だ? 皇帝陛下ってのが、常識的な答えだけど、皇帝陛下は全権を政威大将軍にお預けになっておられるよな。
 そしたら、やっぱり殿下が『国』として、遍く民草に対して『できることを成』さないといけないのか?
 だとしたら、殿下から信任されて実務を預かっている総理大臣や政治家は、民草に『できることを成』さなくてもいいのか?
 ―――そして、そもそも、『国』が『人』に対して『できること』ってなんだ?
 『できること』ってことは、当然できないこともあるわけだろ?」

「………………」

「『人は石垣人は城』って知ってるか? 本当はもう少し違う言葉らしいけど、大体の意味としては国を栄えさせる力は人なんだって意味……だったと思う。
 つまりは、『国』の力ってのは国民の力を集めたものって事だな。
 個々の『人』が『できることを成』して、そうやって集まった力で、個々の人々の集合体である『国』のために『できること』をする。
 それがひいては『人』のためになる……そういうことなんだと思う。
 けれど、『国』のために何かをする時、その根幹である個々の『人』の都合は忘れられる事がおおいから、彩峰中将は敢えて『人』のためって言ったんだろうな。」

「…………結局、国が優先されるって事?」

 眉を寄せて、彩峰は苦しげに武に問う。

「……どうかな? 国民全員が満足できるって事はありえないけど、ちゃんと『人』のためを考えて『国』が行った事なら、大多数の『人』のためになるんじゃないかな?
 結局、国が滅びてしまえば、国民は路頭に迷って苦しむ事になるんだからさ。」

「…………そだね。」

「まあ、『人のためにできること』ってのが、『国』のためだとしてもだ。
 じゃあ、具体的に誰が『国』としての行いを成すのかってことなんだけど……オレは『成すべき時に成すべき人が成す』んだと思う。
 だから、殆どの場合は国家的指導者―――殿下や総理大臣なんかだな―――とか、その人達を補佐する職責の人達が成すんだろう。
 けれど、時には『国』に成り代わって何事かを『成す』べきだと感じ、信念に従って『成す』人もいるんだと思う。
 例えば、おまえの親父さん―――彩峰中将もその一人だと、オレは思う。」

「え?!……」

 武は『前の世界群』で夕呼に与えられた無制限とすら言える情報閲覧資格を使って調べた、『光州作戦』の詳細を思い浮かべながら言葉を繋いだ。

「夕呼先生からおまえの人事データを見せてもらった時に、『光州作戦』についても調べさせてもらった。
 あの作戦では、彩峰中将は、大東亜連合から帝国が委託された、避難民の誘導・護衛を受け持っていた。
 そして、帝国派遣軍主力は前衛を務める大東亜連合軍の後方支援に当たっていたんだ。
 ところが、BETAの猛攻に大東亜連合軍が予想外に呆気なく崩壊し、瓦解した戦線からBETAが押し寄せてきちまった。
 そこで、帝国派遣軍司令部は戦力を可能な限り維持した上での撤退を決定。
 彩峰中将にも、本隊との即時合流が下命された。
 しかし、その命令に従っては、前線を突破したBETAから避難民が逃れられないと判断した彩峰中将は、護衛任務の続行を派遣軍司令部に具申した。
 結論から言うと、これは聞き入れられなかったんだけどな。」

「―――ッ!!…………」

 無言のまま、真剣な眼差しで聞き入る彩峰。

「その結果、彩峰中将は派遣軍司令部の移動命令に従わずこれに抗命し、避難民の護衛を続行した。
 襲い来るBETAの進路を戦術機甲部隊による陽動で逸らし、狭隘な地形や架橋にあっては砲撃によってBETAを殲滅しつつも道を塞いでBETAの進行速度を低下させた。
 そうして彩峰中将は避難民と指揮下の兵力の多くを、朝鮮半島から脱出させる事に成功した。
 ところが、彩峰中将が合流しなかった派遣軍主力は運悪く悲惨な撤退線となった。
 派遣軍司令部が無能だったわけじゃあない、彩峰中将ほどの熟達した指揮ではなかったものの、極々堅実な指揮の下、派遣軍は統率された撤退戦を行っていたんだ。
 ところが、運悪く退路上に大東亜連合軍を追撃して壊滅させたBETAが戻ってきてしまい、包囲下に陥ってしまった。
 そして、派遣軍主力の将兵で、最終的に帝国本土へ帰還できたのは僅か2割に満たなかったんだ……
 帝国に帰還した彩峰中将に対して与えられた評価は『他国民の保護を理由に友軍を見捨てて逃げた卑怯者』…………」

「……………………」

 自身も聞いた事がある言葉だったのだろう、悲痛な表情を彩峰は見せ俯いてしまう。

「まあ、主に『光州作戦』で戦死した将兵の遺族を中心にあがった非難だったんだろうな。
 大東亜連合に対する約定を果たし切ったのだからと、彩峰中将を擁護する声も国内にはあった。
 けれど、国内の世論に押し切られる形で、彩峰中将は敵前逃亡の罪で投獄され……後のことは、おまえの方が詳しいな。
 勿論、この件の裏では様々な人間の利害が絡み合っていた。
 『光州作戦』の大敗に対する国民の非難を、軍部から逸らす狙いもあった。
 また、おまえは知らないかもしれないけど、彩峰中将が殿下の御指南役を仰せつかっていた事から、中将を妬み失脚を望む者達もいたらしい。」

「……結局、軍の無能な奴らが責任を押し付けた……」

「そう思うのも解るが、さっきも言ったように、少なくとも派遣軍司令部は決して無能ではなかった。
 彼らが大損害を受けずに帰国できていたら、避難民の護衛を達成した事からも、彩峰中将の抗命は情状酌量されて不問に付されていただろう。
 なにしろ、当時の帝国軍に彩峰中将ほどの、有能な指揮官を切り捨てられる余裕なんて無かったんだからな。
 それにな、彩峰。光州が陥落してハイヴが建設されたら、次が日本なのは自明の事だった。
 実際にそうなったしな。
 その状況で、大陸での戦力の消耗を避けようとした派遣軍司令部の判断は、必ずしも間違っているとは言えないだろ?
 である以上、軍人という『人』であった彩峰中将が『国』のために成すべきだった『できること』が、本来なんだったか解るな? 彩峰。」

「……命令に従って、撤退する事………………でもっ!」

 俯いたまま悔しげに呟いた後、彩峰は激しい勢いで顔を上げ、武を睨みつけた。
 武は彩峰の激情を静かにその身に受け入れて、話を続ける。

「それでも、大東亜連合との約定を破って避難民を見捨てる事が正しいとは思えない……か?
 そうだな、オレもそう思うよ。けど、そんな事は恐らく派遣軍司令部でも考えたはずなんだ。
 大東亜連合との約定や避難民の命と、自分達が本来守るべき日本の国民を秤にかけて、慚愧の念を以って定めた方針に違いないんだ。
 そして、同じ状況分析をして、逆の答えを選び取ったのがおまえの親父さん―――彩峰中将だったんだとオレは思う。
 ―――いや、彩峰中将はきっと、日本にとっての最良を得るべく、抗命という道を選んだんじゃないかとオレは思っている。
 彩峰中将は、戦力の温存を派遣軍司令部に委ねて、自らは最後まで大東亜連合との約定を守って避難民を護衛する事で、日本が国際的に非難され、将来的に孤立しないように配慮したんじゃないかと思うんだ。
 あの状況で、足の遅い避難民を連れて、指揮下の部隊を損なわずに逃げ切れる自信は、彩峰中将にも無かったんじゃないかな。
 そういう意味では皮肉な事に、派遣軍主力がBETAに対する足止めになって、その結果として彩峰中将の部隊は少ない損害で済み、それが却って帰国後の彩峰中将への非難を厳しいものとしてしまったんだ……」

「…………そ……んな……」

「そこでだ……この彩峰中将の行いだけど、オレには『人』として『国』のために『できること』の範疇を超えていると思う。」

「……?」

「恐らく、光州で彩峰中将は『国』として『できること』を『成』したんだ。
 部下の身命と装備という『人』が捧げた力によって、将来の日本の人々の安寧を願って、恐らくは自分の分を超えると思いつつも、今この時に国に代わって成すべきは自分であるとの信念を持って、それこそが己が責務だと信じて、『人』としての立場を超えて『国』としての責務を担ったんだ。
 そして、『人』としての職権を超えたが故に、帰国後に『人』として罪を問われてしまったんだと思う。
 ―――けれどっ! オレは敢えて断言するがおまえの親父さんがしたのは正しい行為だッ!!
 実際に、おまえの親父さんのお蔭で、大東亜連合の日本に対する心象は悪化しなかった。
 それは、今日の日本防衛に大きく寄与しているし、明星作戦で大東亜連合軍の協力を得られた事さえ、無関係とは思えない。
 おまえの親父さんは、己が身命を捧げて、多くの日本人に今という時間をもたらしたんだ……」

「……白銀……」

 彩峰は何時の間にか溢れ出していた武の涙を見て、一瞬なにが起きたのか解らなくなってしまった。
 武は、自身が背負っている『人』としての限度を超えた甚大な責務を思い、知らず知らずの内に、彩峰中将に共感していた。
 そして、己が一身を捨てて国に、民に貢献しようとするその凄絶な覚悟を想い、感極まって涙してしまったのだった。
 武は、涙を拭って、話を続ける。

「……ごめん、オレが泣く事じゃないよな、悪かった。
 え……と、何処まで話したっけ…………ああ、彩峰中将のお蔭でってとこだな。
 だからな彩峰、おまえの親父さんは、とてもすごく凄い、烈凄い、爆凄い、心底凄い人なんだ!!
 だから……オレが言って良いことかわかんないけど……オレが言っても意味ないのかも知れないけど……
 …………親父さんを誇ってやってくれないか、彩峰。」

「ッ!―――」

 彩峰は、白銀の真摯な顔を直視し続けることに耐えられず、視線を逸らすと、視界に偶々飛び込んできたフェンスの上へと身を躍らせた。
 そして、もうすっかり暗くなった空を見上げ、小さな小さな声を漏らした。

「…………ありがと」

 その声が聞こえたのかどうか……武はフェンスの上に腰掛けた彩峰を見上げて、更に話し掛けた。

「あのさ、自分でも何言ってたんだか解んなくなっちゃってるんだけどさ。
 もう少し、軍とか、上官とか、委員長とかさ、信じてみることってできないかな。
 確かに腐った奴だっていると思う。けどさ、そうでない奴だっているんだろうし、最初は少し位拙くても良い方に変わるかもしれないだろ?」

「榊みたいに?」

「ん……まあな。
 それにさ、上官に意見具申しないにしたって、仲間に相談くらいしたっていいだろ?」

「白銀に?」

「ん……ま、まあな……頼りないかもしれないけどさ……冥夜でも良いし……」

「……そんなことないよ……」

 ぽつりと彩峰が呟いた言葉は、折りしも吹き抜けた風の音によって掻き消された。

「う~~~、寒っ!! ん? 今なんか言ったか?」

「……別に…………わかった、ちょっと努力してみる……」

「お! ほんとか? ありがとな、彩峰。
 なんか、我慢できなくなって愚痴とか言いたくなったら聞いてやるからな。
 他にも何かお礼してやろうか?」

「……………………今度、一緒にお昼食べて。」

「は? 昼飯くらいなら、ちょくちょく一緒に食ってるだろ?」

「―――バカッ!!」

 フェンスから飛び降り、さっさと屋上から立ち去る彩峰。
 取り残された武が出入口に駆け寄った時、ドアは既に施錠されていた……

「彩峰……これはないだろ?……」

 寒風吹き荒ぶ屋上に、武は独り呆然と立ち尽くすのであった……




[3277] 第23話 月影の円舞曲(ワルツ)
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2009/10/06 17:02

第23話 月影の円舞曲(ワルツ)

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 公式設定改竄告知:74式稼動兵装担架システム
 拙作は74式稼動兵装担架システムの仕様を、公式設定と異なった内容で描いております。
 原作において、背部の兵装担架に長刀2本を搭載し、主腕に突撃砲を装備している状態から、両手持ちで長刀を使用した後に、再び突撃砲に持ち換えている場面が散見できました。
 そのため、突撃砲と長刀など、複数の武装を同じ兵装担架で搭載でき、しかも、持ち換える際に仮収納>正規収納装備リリース>仮収納装備を自動にて正規収納、という形で、装備変更補助が行えるという設定に改竄いたしました。
 拙作をお読みいただく際にはご注意の上、ご容赦願えると幸いです。
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2001年10月27日(土)

 18時58分、彩峰から話しを聞いて武を屋上から救出した冥夜が、武と2人で国連軍横浜基地衛士訓練学校の教室に入ると、そこには既に斯衛軍第19独立警備小隊隊長である月詠中尉が直立不動で立っていた。

「冥夜様、お呼びにより参上仕りました。」

 月詠は己が主と定めた冥夜に対して、臣下としての礼を行った。

「……月詠、此度は足労をかけた。本来訓練兵である私がそなたを呼び出すなど、許されぬ事であるのに無理を申した。許すが良い。」

 冥夜は頭を下げる月詠に、物言いたげな様子を見せたが、まずはその労をねぎらった。

「おやめ下さい冥夜様、私どもは冥夜様にお仕えする事こそが本望。喜びこそすれ決して苦になどいたしませぬ。
 ―――して、その者が此度のお召しの原因でございましょうか。」

 月詠は一頻り冥夜に仕える喜びを訴えた後、面を上げて武を眼光鋭く睨みつけた。

(……やっぱり睨まれるのか……)

 『前の世界群』での、『菊花作戦』前日の月詠との別れが友好的であった分、武は月詠の態度に凹んでいた。

「うむ。月詠、そなたなら既に存じておろう、我が207訓練小隊に転入となった白銀武……臨時中尉だ。
 香月副司令直轄の特殊任務に従事している関係で、訓練兵でありながら、臨時中尉の階級を保っておられる。
 白銀中尉、この者が、斯衛軍の月詠真那中尉です。」

「始めまして、白銀武臨時中尉です。
 この度はわざわざご足労頂きまして、感謝いたします。」

「月詠真那だ。……ふん、冥夜様のお召しでなければ誰が貴様などに会いに来るものか。」

「月詠! 初対面でありながら、失礼ではないか!!」

 冥夜の叱責に月詠は軽く頭を下げるものの、逆に冥夜を諭し始めた。

「そうはおっしゃいますが冥夜様。この者の素性の怪しさは、到底看過できるものではございません。
 冥夜様はそれをご存じないのです。」

「なっ……タケルの素性がどうしたというのだ?」

「はっ、城内省の管理情報で照合した結果、白銀武という人物は3年前のBETA横浜侵攻の際に死亡しております。」

「―――ッ!! タ、タケル……」

 月詠の言葉に衝撃を隠せない冥夜。
 しかし、数多の世界で、月詠に死人扱いされた記憶を持つ武は、全く動じることなく平然と応じる。

「死亡って言っても、死体を確認出来たわけじゃないでしょう?
 生存確認が取れなかった人間を、一括りにして死亡扱いにしただけじゃありませんか?
 オレ以外にも、実は生きてる人間はいるんじゃないかと思うんですけどね。」

「ど、どうなのだ? 月詠。」

「―――確かに、白銀武の死体が確認されたとの情報はございません。
 しかし、生きていたのであれば、何故に今月に至るまで生存確認が取れていないのか……
 冥夜様は不自然だとはお思いになられませぬか。」

「それはですね、オレ自身が記憶を失っていたからですよ。」

「「な?!/なにっ!」」

「3年前のBETA横浜侵攻の際に、オレは何らかの理由で記憶を失ってしまったらしいんです。
 いや、精神崩壊と言った方が良いかも知れませんね。
 それでも、生身でBETAと接近遭遇して生き残ったという一点だけで、香月副司令にとってオレには価値があったようでしてね。
 オレは香月副司令の庇護下で研究と言う名の治療を受けて、ようやく自我が回復したのがつい先頃と言う訳です。
 その結果として、オレが白銀武だと判明したため、香月副司令が戸籍の書き換えをやってくれたってわけです。」

「タ、タケル、それではそなたの軍歴は……」

「ああ、記憶を失う前のオレは、学業優秀ってことで徴兵猶予を受けてたらしいから、……まあ、そっちは偽造って事になるな。」

(…………きっと、徴兵されて純夏と引き離されないために、必死でがり勉してたんだろうな、オレ…………)

 『前の世界群』で、BETA横浜侵攻で死亡した本来の自分が、徴兵猶予を受けられるほどに学業優秀であったと知った武は、其処までやるのかと我が事ながら呆れ返ったものだった。

「ふっ、語るに落ちたな。軍歴が偽造であると認めた以上、貴様が白銀武を語っている偽者ではないと信じる事など出来るものか。」

「そこがまあ、香月副司令の研究ならではってやつでしてね。
 今、オレが持っている記憶は、衛士訓練校を卒業し、正規任官した衛士としてBETAと戦い、仲間を失い、それでも足掻き続けた白銀武としてのものです。
 香月副司令も色々と調べたようですが、オレの記憶にあるような衛士や戦闘の存在は確認できなかったそうです。
 オレにとっての『過去の記憶』が、『この世界の記録』には存在し得ない……なら、オレの『過去の記憶』ってのは何処からきたんでしょうね。
 その辺りは、実際に記憶復元処置を行った香月副司令にもはっきりとはしないそうです。
 そういう意味でなら、オレは幽霊みたいなものかもしれませんけど……」

「―――そうか。タケル、それがそなたの本当の『特別』なのだな……」

「まあ、そう思われても仕方ないか。
 けど、オレ自身の考えは、こないだみんなに言ったとおり、『特別臆病な衛士』ってことで変わんないぞ?
 それはともかく、オレの記憶が例え妄想や幻覚に由来しているとしても、オレの知識や経験は実際に役に立つもののようですよ。」

「そんな絵空事を信じろというのか!?」

「いいえ? 別に信じて欲しいとは思ってませんよ。」

「―――なに?」

「オレは、そちらが気にしている様子だったので説明しただけです。
 その上で、別に信じても信じなくてもそちらの都合でご勝手にどうぞ。
 ただし、そういった事情で機密も絡みますので、あまりあちこちで吹聴なさらないようにお願いします。」

「貴様、居直る心算か!?」

「そうですよ? こちらは話せる範囲でお話しました、あとはそちらの問題です。
 同時に香月副司令の研究の結果としてオレが存在して、『計画』に組み込まれているのだということは、しっかり認識してください。」

「くっ…………」

「こちらとしては一応の誠意をお見せしたって事で、そろそろ本題に入らせてもらっても構わないですかね?」

「……月詠―――」

 月詠の反応を窺うようにしながら声を掛ける冥夜に、月詠はキッと表情を引き締めて武の言を容認する発言をする。

「解った。今日の所は貴様の説明を受けれておこう……信用したわけではないがな。
 ―――では、本題とやらを聞かせてもらおうか。」

「ありがとうございます。では、立ち話もなんですから、どうぞおかけ下さい。
 ―――それでは本題ですが、実は先程申し上げたオレの記憶や経験を元に、香月副司令直轄の特殊任務として、既存の戦術機用OSの性能を遥に超える、新型OSの開発を行っています。
 本日より、実証試験に入ったばかりではありますが、この試作OSを斯衛軍に先行提供する許可を香月副司令より頂戴してあります。」

「ふん……そのような素性の知れぬものに、斯衛が飛び付くと思われるのは不愉快だな。」

 武の言葉を鼻先で笑い飛ばす月詠。
 そもそも斯衛軍の戦術機は独自調達が基本である。
 ましてや、『横浜の牝狐』の息のかかった代物など、おいそれと搭載できるわけが無かった。

「そうですか? 即応性の向上だけでも3割り増し、その上連続して機動を行う際の隙がほぼなくなるという性能を誇っていますけど?」

「!!―――口だけでなら、何とでも言えるであろうな。」

 武の口にした性能に、一瞬興味を示しそうになった月詠だったが、鉄壁の自制心で踏みとどまり、興味なさげに応える事に成功した。

「ご希望なら、今からでも、シミュレーターで体験していただけますよ? 実機は『不知火』でよろしければ明日には乗っていただけます。」

「………………」

「こちらも善意だけでこの申し出をしている訳じゃありません。
 斯衛の『武御雷』に於ける試作OSの運用データは、全てこちらに提供していただきます。
 新型OS完全対応となる、次世代型戦術機の開発データとして活用したいと思っていますので。」

「じ、次世代型戦術機? それに新型OSだと?」

 武と月詠のやり取りを、黙って聞いていた冥夜だったが、つい言葉を洩らしてしまった。
 それをしっかりと聞き取った武は冥夜に告げる。

「次世代型戦術機はまだ先のことだけど、昨日言った通り、新型OSは総戦技演習に合格すれば戦術機操縦課程で触れるぞ。」

「な、なに? では昨日の朝食の場でそなたが言っていたのは、試作OSのことだったのだな?」

「ああ、207訓練小隊は新型OSによる衛士教練のテストケースになってもらうからな。
 と、いうことなんで、冥夜が乗せられる前に、どんなOSか確認しておきたいと思いませんか?」

 瞳を輝かせて期待を募らせる冥夜に頷いた後、武は月詠に視線を転じて、意地の悪い物言いをした。
 武が次々に繰り出す言葉に翻弄され、武が冥夜を呼び捨てにした事を聞き流してしまうほどに、月詠は思考を圧迫されていた。
 そして、冥夜が任務で搭乗を強制されると聞いた以上、既に月詠にはこの話を受け入れる以外の選択肢は採り得ない。
 苦虫を噛みつぶしたような表情で、腹の底から声を絞り出すようにして、月詠は了承する言葉を吐き出した。

「―――ッ!! 貴様の申し出は了解した。早急に、斯衛軍総司令部に許可を願い出よう。
 そちらに提供するのは新型OS搭載機の運用データのみで構わないのだな?」

「はい。ただし試作OSを搭載するのは、この基地に駐留している4機の『武御雷』に限定させていただきます。
 機密保持などの点からも、未だ外に出せるものではありませんので。」

「―――了解した。しかし、シミュレーターと実機で、貴様が言うほどの物かどうかは確かめさせてもらうぞ?」

「構いません。早速シミュレーターをご使用になりますか?」

「……そうさせてもらおう。」

「了解です。―――ああ、それと中尉、お願いがあります。中尉のお名前をお呼びしても構いませんか?」

「……貴様、わざと呼ばずにいたのか……いいだろう。我が名を呼ぶ事を許す。」

 武の見せた配慮に、やや意外の念を感じ、許可しないのも狭量であるように感じた月詠は、渋々武に許しを与えた。

「ありがとうございます。では―――真那さん。」

 武に突然下の名で呼ばれた月詠は、椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、顔を怒りで真っ赤に染めながら武を怒鳴りつける。

「ばっ! 馬鹿者っ!! 苗字で呼べッ!!!」

「すみません、月詠中尉、冗談です。
 それから、オレは根っからの無礼者なので、言葉遣いがなってませんが、諦めて下さいね。」

「き―――貴様……私を愚弄する気か?」

「やだなあ、そんな怖い事はしませんよ。」

「そうだぞ月詠、このものの態度は筋金入りだ。全て承知の上で私を冥夜と呼び捨てにしているくらいだからな。」

 冥夜は腕を組むと、何処と無く自慢げに発言した。
 その発言に、月詠が激怒する前に何とかしようと、武は必死になって説明を試みる。

「あ、えっとですね、冥夜の事情については特殊任務として情報開示を受けたのであって、他意はないんです。
 名前を呼び捨てにする件も、冥夜にちゃんと許しを貰ってですね……」

「…………冥夜様を……冥夜様をそのように呼ぶなっ! この無礼者――――ッ!!」

 勿論、武の説明は月詠の怒りを押さえるにあたり、何等寄与する事はなかった―――

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 19時22分、シミュレーターデッキの入り口前に、武と月詠の姿があった。

 あの後、月詠に散々絞られた果てに、冥夜の『よい。私が許した』の一言でようやく解放されたのだが、その時の冥夜の顔が満足気に見えたのは武の見間違いであったのかどうか……
 いずれにせよ、冥夜をA-01が訓練しているシミュレーターデッキへ連れて行くわけにも行かず、訓練校を出た辺りで別れた。
 その後、月詠と二人でドレッシングルームに寄って衛士強化装備を装着し、ここまでやって来たところであった。

「もう一度、念を押させてもらいますけど、中で訓練しているのは香月副司令直属の特殊任務部隊です。
 くれぐれも、制御室やシミュレーターの中を覗き込まないようにお願いしますよ。」

「解っている。」

 武は月詠の返事を聞くと、強化装備の通信機能で、シミュレーターデッキ内の遙を呼び出す。

「白銀です。…………はい、お客さんを連れて入り口まで来たところです。…………了解です。じゃあ、ドアを開けてください。
 お待たせしました、中へ入って、14番のシミュレーターにご搭乗ください。」

 そして、シミュレーターが12機稼動しているだけで、人の姿が見当たらないシミュレーターデッキを奥へと向かい、武が13番、月詠が14番のシミュレーターに搭乗した。
 シミュレーターが起動すると、武は月詠に通信を繋ぎ話しかけた。

「まず試作OSの特徴をご説明します……………………
 ―――といったところです。
 では、動作教習課程で、操作に慣れてください……………………
 ―――はい、結構です。さすがにあっという間に乗りこなしてますね。
 次はオレの対BETA戦闘機動を見ていただいてから……」

 試作OSの機能説明から、月詠にアドバイスをしながらの動作教習を終え、試作OSで可能となる3次元機動の実演に入ろうとしたところで、武の発言は月詠に遮られる事となった。

「待て―――その前に、貴様と立ち合わせて貰いたい。」

「…………一度刃を交えてみないと信用がなりませんか……」

 顔を顰めて応じる武に、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべて、満足気に月詠が応じる。

「そういう事だ。思いの他、物分りが良いではないか。」

「わかりました。及ばずながら、お相手させていただきます。」

 かくして、試作OS搭載型『不知火』同士での市街戦が行われる運びとなった。

「……やはり、動かないか…………」

 武はレーダーの表示を見て呟いた。
 試合開始後1分が経過したが、周囲を距離を置いて回りこむように位置取りをする武機を一切無視する形で、月詠機は最初の位置から寸毫たりとも動いていなかった。
 動作教習での滑らかな機動を思うと、故意に行っているに違いない。

「……しかたない……か…………負けるな、これは……」

 武は覚悟を決めると、月詠機の正面へ移動し、87式突撃砲を右主腕の脇下から背部兵装担架へ仮収納した後、続けて右肩越しに74式近接戦闘長刀を抜刀、装備する。
 仮収納した突撃砲は正規収納されていた長刀がリリースされたのを受けて、自動的に正規位置に収納された。
 続けて武は、左主腕で保持していた92式多目的追加装甲を捨てる。
 これで、武機の装備は右主腕に長刀、背部兵装担架2基に87式突撃砲が1門ずつ計2門となった。

 武は、主脚歩行で月詠機へと歩み寄る。
 対峙する月詠機の装備は右主腕に長刀、2基ある背部兵装担架の右に突撃砲、左に長刀が保持されていた。
 武は長刀の間合いの3倍―――45m程の距離を置いて歩みを止め、長刀を両主腕で保持し、右八双に構える。
 対する月詠は右腰の前で長刀を右主腕で保持し、切っ先を右体側へと傾ける構えを取っていた。
 そのまま幾何か(いくばくか)の時間が過ぎるが、双方共に突撃砲を構えるそぶりもなく対峙していた。

「―――いきます…………ッ!!」

 そして、静かに宣言した後、無言の内に気迫を込めて武は水平噴射跳躍し、一気に月詠へと距離を詰める。
 対する月詠は進みも退きもせず、その右主腕をやや振り上げるに留まった。
 次の瞬間、水平噴射跳躍の勢いをそのままのせた武機の一刀が振り下ろされる。
 前傾姿勢から振り下ろされたその一刀を、月詠は時計回りに左半身となるように機体を裁きながら、手首を支点に反時計回り回転させて左斜め上に切っ先を持ってきていた長刀で滑らかに受け流す。
 そして、受け流した剣の流れそのままに、武機の右肩口から頸部の辺りを薙ぎにいく月詠―――武は長刀を振り下ろす動作をキャンセルすると同時に、瞬時に跳躍ユニットの向きを調整しつつ逆噴射し、その場で胸の辺りを回転軸として、前方へ倒れこむように回転して月詠の切っ先を躱した。
 前転の途中、天地が逆転した辺りで、回転モーメントを少しでも得る為に振り上げる動作になっていた長刀を、右主腕の片手持ちに変えて月詠機の主脚を薙ぎ払いにいく武。
 月詠は地を這うような武機の横薙ぎの一閃を瞬間的な噴射跳躍で飛び退って避ける。
 そして、着地するなり前方へと踏み出し、武機を横合いから逆袈裟に斬り上げようとした。
 しかし、武は主脚を狙った一閃を躱された直後から逆噴射を止めて跳躍ユニットを全力噴射し、速やかに上空へと退避した。

「ふん……荒削りで無茶苦茶だ…………が……言うだけの事はあるな……」

 月詠は一連の機動が終わったところで、僅かに獰猛な笑みを浮かべて独り呟いた。
 荒削りで無茶苦茶、とは武の機動の事であろう。
 しかし、言うだけの事はあるとの言葉は、半ばまでは試作OSに向けられていた。
 今の一連の機動で、月詠はキャンセルと先行入力を使用していた……否、使用していなければ、武に主脚を斬り飛ばされていたであろう。
 従来のOSでは望めなかった滑らかな連続した機動と、危急の際に新たな動作に瞬時に切り換える事のできるキャンセルは、予想以上に有効であった。

 元来、斯衛の衛士には千変万化の太刀筋を戦術機で再現するため、戦術機の機動を細々とした一連の機動へと分解し、状況の変化に合わせて斬撃を途中で変化させるという技が伝えられている。
 例えば、上段からの一刀を振り下ろすという機動を、上段の構えから刃筋を思い描いた斬線に合わせるので1動作、斬線に沿って振り下ろし始める初期加速で1動作、対象に当たる瞬間に柄を絞り手首を伸ばすので1動作、振り切った長刀を止めるのに1動作といったように細分化する。
 この4つの一連の動作の最中に、手首の返し、斬線の変更、刀を引き後方に下がる等、新たな動作を挟み流れを変えることで太刀筋を変化させるのだ。
 言ってしまえば、先行入力とキャンセルが出来ない従来OSで、剣技を再現する為に編み出された苦肉の策であり、実戦で活用しきれる者は決して多くはない。
 殆どの者が、統計思考制御の助けによって、良く用いる変化の幾つかを選択的に放てるだけであり、千変万化など夢のまた夢といったところである。

(―――しかし、この試作OSであれば……しかも、コンボと言ったか、一連の複合動作を登録し、出し易くする機能もあると申していたな。
 このOSがあれば、我が斯衛の衛士達は更に一騎当千の強者になる事が叶おう。
 彼奴めの策に乗せられるようで気に食わぬが、一存にて見過ごせるものでもない、か……)

 月詠はあれこれと内心言い訳をするが、何のことはない、試作OSにべた惚れしているのであった。

 その後も受身の月詠に対して武が仕掛け、いなされては反撃を奇抜な機動で辛うじて躱すという展開が繰り返された。
 その様はまるでスペインで行われていたという、闘牛を見ているようであったとは、制御室でモニターしていた遙の言葉であった。

 ―――そして、突撃砲を一切用いないまま、刀のみを交える事47分……とうとう推進剤が切れ、機動が鈍った武を撃墜し、月詠の円舞は終了した。

「いや、完敗です。さすがに斯衛の近接戦闘能力は凄まじいですね。」

 そう言う武の顔には一片の悔しさもなく、全力を出し切ったという充実感が溢れている。
 対する月詠の方も、試合を始める前に比べると、表情から険が取れ、応じる口調も和らいでいた。

「ふん。貴様こそ、最後の最後まで突撃砲を用いなかったではないか。
 その潔さと、このOSの素晴らしさだけは誉めてやる。」

「じゃあ、気に入っていただけましたか?」

「ああ、このOSが斯衛に採用された暁には、貴様に感謝するものは決して少なくはないだろうな。」

「ありがたい! それじゃあ、斯衛軍総司令部には……」

「今日の内に報告と許可申請をしておこう。」

 月詠が淡々と約束を口に告げると、武の顔に安堵が浮かび、次いで月詠の機嫌を窺うような面持ちになる。

「助かります。……ところで一つお願いがあるんですけど……」

「ん? なんだ?」

 その武の様子に警戒心を蘇らせ、不審げに月詠が応じると、武は恐る恐るといったようすで切り出した。

「今の操作ログなんですが、こちらで参考にしたいんですが、見させてもらっても構いませんか?」

「…………ふ…………ははははは……良いも何も、貴様のところのシミュレーターだろうが……
 他所のシミュレーターを動かしたのだ、データを取られる覚悟などとっくに済ましている。
 何を言うかと思えば、律儀な奴だな。」

「そうですか?…………でも、さっきの月詠中尉の機動は、ただのキャンセルと先行入力じゃ再現できないと思うんですよね。
 未だコンボが登録されていない筈なのに、あの機動が出せるっていうのは信じがたいですよ。」

 武の言葉に、満足気に頷いて、月詠は教える。

「ふ……其処に気付いたか……まあ、操作ログを見れば解る事だ、特別に教えてやる。
 あれは、斯衛独特の戦術機操縦作法だ。
 刀を振るという動作を複数の細かい動作の連なりに分解し、途中で流れを変えられるように工夫したものだ。」

「……なるほど、オレと似たような事は斯衛でも考えられていたんですね。」

「さすがに、戦術機側を作り変えようとする者などいなかったがな。
 貴様と、貴様の記憶を招いた香月副司令には、感謝せんとな。」

「そう言っていただけると、ありがたいですね。
 ところで、この後オレの機動を追体験してもらうつもりだったんですが……どうしますか?」

「部下にも訓練をさせたいので、その時に一緒にしてもらおう。
 済まないが、本日はこれにて失礼させてもらいたい。」

「了解です。―――中尉、白銀です。お客さんが帰られるそうなので…………はい……はい…………
 月詠中尉、シミュレーターから降りてくれていいですよ。
 オレも降りますから、入り口まで送りますよ。」

 ―――そして、シミュレーターデッキの入り口で、武と月詠は明日の打ち合わせをしていた。

「…………では、明日の夜までに、別のシミュレーターデッキを用意しておきます。
 CPはピアティフ中尉に頼んでみますね。
 ―――はい、実機の方は遅くても明後日までに『武御雷』を試作OS搭載機に仕上げるように、整備班に依頼しておきます。」

「わかった、ではまた明日、相見え(あいまみえ)るとしよう。」

「はい。お疲れ様でした。」

 武の言葉を背に、月詠はシミュレーターデッキから立ち去っていった。
 武は入り口のロックをかけると、制御室に向かい、先程の月詠の操作ログを早速閲覧した。

「う~ん、なるほどな……けど、これは一朝一夕じゃ真似できないなあ。」

「へ~、で、それは今日中に見なきゃいけないわけ?」

「ん……いや、これは持ち帰ってじっくり見る事にする……って、速瀬中尉、いつの間に……」

 後ろから声を掛けられて、素直に返事をした直後、言い知れぬ悪寒に背筋を凍らせて振り返った武は、そこに仁王立ちをしている水月の姿を仰ぎ見る羽目になった。
 そんな武を蹴り飛ばす勢いで、水月はシミュレーターへと追い立てて行く。

「ふっふ~~~ん。じゃあ、もう手が空いたでしょっ! さっさとシミュレーターに乗んなさいッ!! ほらほらほらっ!」

「か、勘弁してくださいよ、速瀬中尉~。オレ、今の今まで月詠中尉と近接格闘戦やってたんですよ?
 今日は寝不足だし、身体が持ちませんって……」

「ん? 寝不足ねえ……相手は誰だったんだ? 白銀。」

「夕呼先生ですよ……明け方まで解放してもらえなかった…………って! むむむむむ、宗像中尉ッ! いつのまに―――」

「ほほう。香月副司令のお相手で、明け方まで頑張るとは、白銀、おまえもなかなかやるな。見直したぞ。」

 宗像の発言に、何時の間にかシミュレーターから降りてきていたヴァルキリー平隊員ズ9人が黄色い歓声を上げる。

「「「「「「「「 うそぉ~~~ッ!!! 」」」」」」」」

「ああもうっ! 紛らわしい言い方しないで下さいッ!!
 特殊任務で打ち合わせをしていただけですよ!」

「そう照れるな白銀。あの副司令のお眼鏡に適うなんて、男として自信を持っていいんだぞ?」

「だからいい加減にしてくださいっ!
 もうこんなんだったら、速瀬中尉の相手をした方がマシですよッ!!」

「だ、そうですよ? 速瀬中尉。」

「ナイスよっ! 宗像、誉めてやるわ。
 ほら、白銀、さっさとシミュレーターに乗んなさい!!」

「ああもうっ! わかりましたよっ!! 乗ればいいんでしょ乗れば……」

 武は自棄になってシミュレーターに乗り込む。
 心身ともに、疲労に襲い掛かられて陥落寸前であったが、まだまだ武が解放される事はないらしい。

 そして、シミュレーター演習が始まると、武の悲鳴がシミュレーターデッキに響き渡った。

「ちょちょちょちょ、ちょっと、速瀬中尉!! 何ですかその装備は~っ!
 なんで強襲掃討装備なんですかっ! おまけに自律誘導弾まで!!
 わわわわわっ! いきなり撃ってきた~~~~ッ!!」

「ふっふっふっ……あんた相手に攻撃当てるには、この位の手数がないとね……
 ほらほらほらっ! 踊れ踊れ踊れぇ~~~ッ!!!」

「…………お、オニ~~~~~ッ!!!」

 それでも武は、水月の残弾が切れるまで避け切ったという…………

  ● ○ ○ ○ ○ ○

2001年10月28日(日)

 06時37分、PXに通じる廊下に武と霞の姿があった。

「ほんとは今日は休みだったんだけどな~……あ、霞、もし疲れてたり、体調悪かったら、起こしに来るの休んでもいいんだからな。」

「…………だいじょうぶです。」

「……そ、そうか。」

 霞が珍しく強い視線で前方を睨みながら応えたため、武はなんとなく気後れしてしまった。

(軽い気持ちで言っただけなんだけどな……もしかして、何か勘違いさせちまったか?)

「あのさ……霞……」

「だいじょうぶです……」

「わ、わかりました……」

 霞のまとう雰囲気に、武はこの件を話し続ける努力を放棄した……

「ん? タケルではないか……休みだというのに早いな。社も毎朝ご苦労だな。」
「ほんとね、昼過ぎまで寝ているかと思ってたわ。おはよう、社。」

 そして、207訓練小隊の指定席と化しているテーブルへと朝食を2人分持ってやって来た武と霞に、先にテーブルに着いていた冥夜と千鶴が声をかけてきた。

「おはようございます……」
「おはよう……って、おまえら、挨拶になってねえぞ、それ。」
「ん? そうか? おはようタケル今朝もあ~んか?」
「あらそう? じゃ、おはよう白銀、自分で食べられないなんて、あなたほんとに私達と同い年?」
「ぐ…………い、いいだろ別に!」
「誰も悪いなどとは言ってはおらんぞ? 言いがかりは止して欲しいものだな。」
「そうね。自身に疚しいところでもあるんじゃないの?」
「……白銀さん……あーん……」
「………………あ、ありがとう……霞……」

 武は内心で滂沱の涙を流しながら、今朝もまた、少し塩辛い気がする合成さばの味噌煮を口に含むのであった……

 ―――そして、合成さばの味噌煮をお互いに食べさせあって、武と霞の朝食が終わろうとする頃には、壬姫と彩峰もやってきていた。
 壬姫は今日もまた顔を真っ赤にしながら、横目でチラチラと武と霞を見ていたが、他の3人は表面上は冷静を保つ事に成功していた。

「ところで白銀、あなた今日は何をして過ごすのかしら?」

「ん? どうした委員長、急に。」

「ええ、実は、今日は訓練が休みだから、鎧衣の見舞いに行こうってみんなで決めたんだけど、その時あなただけいなかったから。」

「ああ、なるほどな…………そうだな……午後なら空いてるよ。
 午前中と夕食後には、悪いけど特殊任務が入っちまってるんでな。」

「……白銀、休み無し?」
「え~っ! お休みじゃないんですかぁ?!」
「ふむ。ご苦労な事だな、タケル。」
「ま、身体を壊さない程度になさいね。あまり寝てないんでしょ?」
「ん? そうだなぁ、でも今朝は4時間くらい寝たぞ。」
「4時間~~~っ?! たけるさん、それしか寝てないんですか?」
「まあな。昨日なんかは1時間ちょいしか寝てなかったから、さすがにちょっと厳しかったかな。」
「白銀……無茶しちゃ駄目……」

「……そうです、白銀さん……ちゃんと寝てください……」

「「「「「 ―――!! 」」」」」

 武をネタに盛り上がっているところに、真剣な霞のコメントが割って入り、全員が社を見て絶句した。
 霞は、5人の注視の中、武のみをジッと見上げて繰り返す。

「身体を壊します……しっかりと寝て……ください……」

「あ、ああ……今晩からそうするよ、霞。」

「…………なら、いいです……」

 武が了承すると、霞は興味を失ったように、視線を自分の座っているテーブルへと落とした。
 そんな霞を気にする武を脇目で見ながら、残る4人は顔を寄せて、ひそひそと話していた。

「愛かな? 愛だよね?」「……すくなくとも真剣に心配していたようではあったな。」「そ、そうね。」「とても凄く愛してる?」

「そこ、聞こえてるぞ?」

 武はわざと視線を向けないままで、声をかける。
 すると、千鶴が咳払いをして、何もなかったかのように話題を元に戻した。

「そう、午後なら白銀も行けるのね。じゃあ、13時00分にここで合流しましょ。それでいいわね?」

「「「「 ……ああ。/承知した。/うんっ!/……わかった。 」」」」

「じゃ、私はこれで失礼するわ。みんな、また後でね。」
「うむ。私も少し所要がある。皆、また午後にな。」
「は~~~い。」
「……じゃね。」
「ああ、また午後にな。」
「…………」

 その後、壬姫や彩峰と軽く世間話をしてから、武は霞を伴って席を立ち、PXを後にした。




[3277] 第24話 汝等、斯衛たれ! +おまけ
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2010/09/28 17:34

第24話 汝等、斯衛たれ! +おまけ

2001年10月28日(日)

 07時58分、武は1人でシミュレーターデッキの入り口前に立っていた。

 朝食後、武はそのまま霞とB19フロアのシリンダールームへと向かい、あやとりと純夏へのプロジェクションを行った。
 時間になったので、それを切り上げ、衛士強化装備を装着してきたのだが……

「おっそぉお~~~ぃいっ! あにやってたのよ白銀っ! アンタ、今何時だと思ってんの?」

 シミュレーターデッキに入るなり、武は水月に怒鳴りつけられる羽目になった。
 武もいい加減慣れたもので、逆らう事はせずに強化装備の網膜投影で確認した時間を告げる。

「07時59分ですね。」

「んなことはどうでもいいから、あたしの相手を早速しなさいっ!」

「自分で聞いといてそれですか…………まあ、そんな事じゃないかとは思ってましたけどね。
 速瀬中尉、申し訳ありませんが、他の方の進捗を先に確認させていただきます。
 これは特殊任務の範疇ですのでご協力願います。」

 これは駄目だと諦めて、武は背筋を伸ばして軍人としての態度で要求を述べた。
 これには水月も黙るしかないと思ったのだが……

「そんなの、後で遙にレポート出してもらえば大丈夫だってぇ~。ほらほらぁ、せっかくこのために30分も前から待ってたんだからぁ~。」

 武の予想はまだまだ甘かったようで、水月はそのくらいでは諦めなかった。
 武はシミュレータールームを見回して、水月を押さえられる人物であるみちるの姿を探したが、みちるはおろか、遙を初めとしてヴァルキリーズの姿は1人も見当たらなかった。

「ちょっとアンタ、聞いてるの?」

「ちょっと待ってください速瀬中尉……他のみんなはどうしたんですか?」

「え?…………そういや、みんな来るの遅いわねぇ。」

 と、その時、武の強化装備に通信が入る。

「はい、こちら白銀臨時中尉…………あ、はい、シミュレーターデッキです。
 ………………ええ、いらっしゃいますけど………………はあ、なるほど…………わかりました、お伝えしておきます。
 ……はい、では後ほど。―――速瀬中尉。」

 通信が切れると、武は水月に向き直って話しかけた。

「なになに? やっと諦めて相手する気になったぁ?」

「ブリーフィングルームで伊隅大尉がお待ち兼ねですよ。
 実機を使っての実証試験のミーティングを始められなくて困ってらっしゃる様子でしたけど、行かれなくてよろしいんですか?」

「げげっ! ミーティング忘れてた?! ヤバイ、また晩メシがなくなる…………くっそぉ、白銀、アンタ覚えてなさいよっ!!」

 武に指を突きつけて言葉を叩きつけると、水月は脱兎の如く駆け出していった。
 その後姿を見送って、武は独り呟いた…………

「毎度の事だけど、八つ当たりだよなぁ。―――ヴァルキリーズが来るまで、斯衛式の分割動作パターンを学習させられないか、試してみるか。」

 武は早速シミュレーターに乗り込み、自分の機動を細分化して登録できないか試し始めるのであった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 12時19分、ここ1年程ヴァルキリーズが割り当てられているPXで、武は昼食を終えてヴァルキリーズと歓談していた。

「ねえ、白銀中尉。ちょっと聞いてもいいかな?……千鶴たち、元気にやってる?」
「確かにそれは気になるよねえ。白銀中尉はどの娘が好みのタイプなのかな?」
「ぅああああ、あた、あたしはぁ茜ちゃんみたいな人が……って、あたし何言ってるんだべ?」
「あはは。ほらっ! 多恵ってば、落ち着きなよっ、また訛ってるぞっ。」
「でも~、確かに白銀中尉が誰を好きなのかってのは~、興味深いところだよね~。」
「ちょっとみんなして話捻じ曲げないでよ!」
「あれぇ? 茜は興味ないの?」
「は、晴子?! ……そ、そりゃあ、全然興味ないってわけじゃないけど……」
「まあまあまあ、ちゃ~んと全部聞き出せばいいじゃないの~。」
「お! さっすが智恵、ちゃっかりしてるねっ!」

 茜の遠慮がちな質問を皮切りに、元207Aの5人が一斉に話し出し、茜の最初の質問は方向性を捻じ曲げられてしまう。
 というより、武が部隊内恋愛していると、既に決め付けられてしまっているようだ。

「こらっ、ちょっと待て。あいつらは全員オレの大事な戦友だ。
 それ以上でもなければそれ以下でもないし、大体誰かを好きとかそういう話もない!
 あ、因みに美琴以外はみんな元気だぞ、涼宮。
 美琴も殆ど検査入院みたいなもんらしいから、心配は要らないだろ。
 この後207B全員で見舞いに行くけどな。」

「え? 鎧衣、入院してたの? どうして?」
「鎧衣が入院するなんて珍しいね。毒の有るものでも、しっかり抜いてから食べるだけのスキルを持ってたはずだけど……」
「ちょっと晴子~、食べ物関係とは限らないんじゃない~。」
「うんうん、智恵の言うとおりだよっ! そうだなあ……階段から転げ落ちたとかじゃないのかなっ。」
「あたしが入院さしたら、茜ちゃんはぁ見舞いに来てくれるっぺか?」

「麻倉、良い線いってるぞ。風邪気味でボーっとして、ラペリング中に金具を閉め忘れて3mほど落ちたらしい。
 壁自体は15mもあったそうだから、3mですんで良かったよな。
 怪我自体も大した事はなかったらしいぞ。」

「そっか……私たちがA-01に任官してこの基地にいる事は、あの娘達にも秘密って事になってるからお見舞いには行けないね。
 今日、お見舞いに行くんなら、明日にでも様子教えてよね、白銀中尉。」
「そうだね、私からも頼むよ、白銀中尉。」
「んひゃぅ、茜ちゃんの為に、あたしからも頼みますですです。」
「よろしく~おねがいしますね~。」
「白銀君っ、美琴をしっかり励ましたげてよねっ!」

「ああ、任しておけっ!」

 なんだかんだと言いながら、美琴を心配している207Aの面々に、武は胸を叩いて請け合った。
 そんな新任少尉たちの様子を、ヴァルキリーズの先任たちは珍しく口を挟まずに、微笑ましげに眺めていた。

 唯一、途中で割って入ろうとした葵だけが、紫苑に口をふさがれて、呼吸困難に陥っていたけれど……

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 13時17分、B5フロア医療ブロック内の入院施設エリア―――通称『病棟』の504号個室に207訓練小隊所属の6人の姿が揃ったところであった。

「鎧衣、体の調子はどうかしら?」

 ベッドの上半分を起こして、何やら書類と睨めっこしている美琴に、千鶴が声をかけた。

「あ、千鶴さん。それにみんなも~。あれ? 見た事ない人がいるね……でもまあいいや。
 あ、身体の調子はね、もう全然なんともないんだけど、神宮司教官の持ってきた課題が溜まっちゃってね~。
 BETAの詳細図解を見た日の夜なんか、夢に見て夜中に飛び起きちゃったよ~。」

「あ~、鎧衣? この人が今度新しく転入してきた白銀武……訓練兵よ。」

「へ~、そうなんだ……でねでね、神宮司教官が言うには、ボクが個室に移ったのも、BETAの詳細情報が開示されたのも、入院中まで課題をやる羽目になったのも、ぜ~~~んぶ、今度訓練小隊に編入になった新人のせいなんだって~。
 あ! もしかして……君がその新人!?」

「鎧衣、だからさっき言った通り……」

「え? ああ、そうなんだよ榊さん、神宮司教官がさあ、機密書類移送用の鞄持ってきてね、退院までに全部片付けておけって言うんだけど、これがまた凄い量あるんだよ~。
 しかも、それ以外に、みんながやった机上演習のレポートなんかまで、追加で来るんだよ~。」

「え?……ホントに?」

「うん! そう言えば、昨日の夜教官が持ってきた机上演習のレポート、軍記物みたいで結構面白かったよ。
 白銀って指揮官も結構無茶やるよね~。指揮下の部隊が可哀相だったよ~。
 あ……もしかして、君があの白銀武君?」

「ああ、そうだ。」

「そっかあ、ボクは鎧衣美琴、よろしくね。
 じゃあ、ボクのことは美琴でいいよ。その代わり、君はタケルね。」

「ああ、わかった。よろしく頼むな、美琴。」

「ええっ?! い、いきなり呼び捨てだなんて、なに考えてるんだよ~。
 もしかして君って、結構恥ずかしい人? それとも、強引なのかな~。」

「あ、あのね、白銀……」

 美琴のあまりのマイペースっぷりに、千鶴が武に事情を説明しようとして口ごもる。
 武はそんな千鶴に向かってひらひらと手を振り、心配要らないと告げる。

「ああ、美琴の為人(ひととなり)は把握している。まかせとけよ、委員長。」

「え? 委員長? 何の委員長? 誰が?」

 武は美琴の言葉を無視すると、姿勢を正して咳払いをし、出来るだけ厳かに話し出した。

「鎧衣訓練兵! 小官は白銀武臨時中尉である。今から貴様に命令を下す!」

「はいっ! 中尉殿!」

「これより榊訓練兵より説明を受け、その内容を復唱せよ。いいな?」

「はっ! 榊訓練兵の説明を受け、その後内容を復唱しますっ!!」

「よし、榊訓練兵、後は頼む!」

「……た、頼むって…………もう、解ったわよ……
 では鎧衣、説明を始めるわよ。」

「はいっ!」

 武は美琴への説明を千鶴に押し付けると、入り口近くまで下がった。
 他の3人も、武の方にやって来て、4人で美琴の方を見ながら小声で内緒話を始める。

「なるほど、鎧衣も訓練兵としては有能であるからな、命令ともなれば、嫌でも集中力を発揮するであろう。
 さすがタケルだ。よく思い付いたものだな。」
「中尉殿、エライエライ……」
「凄いよ、たけるさん~。」
「ふっ、敵を知り己を知れば百戦危うからずだ。任せとけって。」
「うむ。だがその言葉は正しくは『彼を知り己を知らば、百戦して危うからず』というらしいがな。」
「……白銀、まだまだだね。」
「うるさいな~、使いどころはあってるし意味だって通じるだろ?」
「まあね……」
「あはははは。でも、鎧衣さん元気そうでよかったよ~。」

 壬姫が笑ってそう言うと、他の3人も笑顔を見せて頷いた……

 ―――そして、千鶴の説明と、美琴の復唱が終わり、再び個室内に緩んだ空気が戻ってきた。

「あ、そうだ、ボクね、明後日あたりに退院できるらしいよ?
 神宮司教官が先生に掛け合って、検査日程を前倒しにしてくれたみたいなんだ~。」

「明後日か……」

「ん? タケル、どうかしたか?」

「いや……なんでもないよ。さぞ教室やPXが賑やかになるだろうなと思っただけだ。」

「あはは……そうですねぇ~。」

「あ、ねえねえ、そう言えば、タケルが毎朝、霞さんにあ~んしてもらってるって、本当なのかな?」

「そ、それをどこでっ!!」

「本当……白銀は幼女趣味。社は騙されてる。」
「そうなんだよ~、今朝もねミキたちが見てる前で交互にあ~んって、でねでね、そのはしをそのまま自分の口に持ってって……」
「うわっ! たま、頼む頼むから止めてくれ~~~~~っ!」
「え~? ボクその話聞きたいなぁ~。」
「そうね。珠瀬、この際だから全部教えてあげなさいよ。」
「うむ。小隊の中で情報は共有されるべきかも知れぬな。」
「賛成……」
「ごめんねぇ、たけるさん。」
「や~め~ろ~~~~~っ!」

 武は絶叫したが、その後カエルの髪留めをした衛生兵に、部屋から連れ出されてお説教を受けることとなった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 14時32分、小一時間もの間、衛生兵のお説教を受けた武は、ようやく解放されてB5フロアの医療ブロックを後にした。

「ん? ようやく出てきたか……タケル、こっちだ。」

 声をかけられて、通路脇の階段室に目を向けると、そこには冥夜が独りで立っていた。

「ああ……冥夜か、他のみんなは?」

「うむ、みな先に帰ったぞ。
 私はそなたに提案があったので、ここでそなたを待っていたのだ。
 この後、夕食まで予定は無いのであろう? もし良ければ、私と剣の鍛錬を共にせぬか?」

「え? 剣の鍛錬って、もしかして無現鬼道流を教えてくれるのか?」

「む? そなた、無現鬼道流を修めたいのか?
 直ぐには無理であろうが、基礎ができてくれば手ほどきしても良いぞ?」

「そうか! いやぁ、実は昨日、月詠さんにこてんぱんにやられちゃってさあ……
 昨日は冥夜にも歯が立たなかったし、自分の修行不足が身染みちまったよ。」

「む……そ、そうか……いや、しかしそなたは奇抜な発想や機転、そしてなにより総合的な能力で十分埋め合わせているではないか。
 それほど、己を卑下するには及ばんと思うのだがな……
 しかし、まあよい。それでは共に剣の鍛錬を行おうではないか。」

「ああ、よろしく頼むぜ! 冥夜。」

 ―――20分後……武は講堂の近くに設けられた第6鍛錬場で、模擬刀を用いて一心不乱に素振りをしていた。
 そこは、天井が高く取られた15m四方程度の板敷きの部屋であり、斯衛軍第19独立警備小隊に待機室兼訓練施設として貸与されていた。
 誰が付けたのか通称を『斯衛道場』―――腕に憶えのある衛士が何人も扉を叩いては返り討ちにあい、ほんの数名だけが出入りを特別に許されていると言ういわく付きの部屋である。
 その部屋で、武は自分より遥に低い身長の斯衛軍衛士3人の指導の下、もう20分近くも、ただひたすらに素振りをさせられていた。

 姿勢が崩れたと言われては模擬刀で打たれ、力を入れすぎたと言われてはまた打たれ、素振りの速度が遅いと言われてはまた打たれた。
 打たれたとは言っても、後に影響が残るほどに強くは打たれておらず、問題点を指摘し気力を維持させるために行われている行為のようではあった…………一応は。

「よし、白銀、休んでいいぞ。」

 ようやくにして、月詠の声が休憩を告げ、武は模擬刀を手挟んでタオルで汗を拭いた。

「ふんっ! タオルだなどど風情の無い奴。」
「「 無い奴~(ですわ~) 」」
「大体、あの程度の腕で、無現鬼道流を習いたいだなんて、斯衛を馬鹿にしてるとしか思えないよね。」
「絶対に馬鹿にしてるよな。」「ホントですわ~。」

 斯衛軍第19独立警備小隊の少尉3名の内、神代が毒づくと、残り2名の巴と戎がすかさず唱和する。

(……くそっ、今度PXで道着と手拭いを注文してやる!)

 武だけがタンクトップにズボン、タオルといった格好であり、他は全員が道着着用の上で手拭いを用いていた。
 入室した当初から、斯衛軍少尉たち3人の武を見る視線がやけに冷ややかで、武は居心地の悪い思いをしていた……無粋で無様な奴と、言われ続けている気がしてならなかった。

「こちらはいいから、お前達は、冥夜様のお相手を勤めなさい。」
「「「 はい!真那様!! 」」」

 月詠の指示に即座に冥夜の元へ駆け寄る3人の姿は、まるで主人に駆け寄る小型犬のようであった。
 そんな3人を見送り、月詠が武に声をかける。

「貴様はどの様な人物に師事したのだ? 全くなっていないが、太刀筋や身ごなしに、微かに無現鬼道流の流儀の残骸が見受けられるぞ?」

「!―――ああ、長刀の訓練に付き合ってくれた仲間が、無現鬼道流を修めていたんですよ。」

「ふん……いま、僅かに顔色が変わったぞ? 大体、斯衛以外で無現鬼道流を修めている衛士などそうそう……ッ!!」

 武を揶揄するように話している途中で、突然言葉を途切らせた月詠は、一瞬鋭い視線を冥夜へと向けるが即座に武に戻した。
 稽古中の冥夜の感覚は鋭い、下手に視線を投げかけては悟られてしまうが故の振る舞いであった。

「貴様……よもや、『記憶』とやらの中で、冥夜様と面識があるのではなかろうな……」

「……月詠さん、その件は『計画』の機密事項です。滅多な事で口に出さないで下さい。」

「……すまん。いささか動転したようだ。」

「いえ…………所詮『記憶』は『記憶』に過ぎません……オレ以外にとっては……
 ですから、気にしないで下さい。」

「そうか……」

 そう言う武の表情は、どこか透徹しながらも、強く激しい想いが渦巻いているように、月詠には感じられた。
 月詠はこの日の午前中に、武について冥夜と話し合った事々を思い起こさずに入られなかった。

『あの者は、強い意志を以って人類に救いをもたらそうとしている。
 私は、あの者があれほどまでに強い意志を得るに至った経緯を思うと、恥ずかしい事だが身震いを憶えるほどだ。
 『あのお方』にご迷惑をおかけしない限りにおいて、私はタケルの助けになるのであれば、この身一つを惜しむ気は全く無い。
 あの者の目指しているものは、私の望みを内包している。
 私は既に覚悟を決めた。月詠にはそれを承知しておいて欲しい。』

 冥夜の言葉を思い出し、月詠は慄然として思う。

(実在しない記憶……それは如何に凄絶なものであったとしても、確かにその記憶を持つもの以外にとっては絵空事に過ぎぬかもしれぬ。
 しかし、その記憶に立脚するこの者の在り様と、そこから被る影響は現実のものに相違ない。
 そして、明らかに昨今の冥夜様はその強い影響下にあらせられる。
 やはり、この者は冥夜様にとって看過できぬ危険人物なのではないだろうか。
 ……とはいえ、昨夜の手合わせから察するに、この者の人品は然程悪いものとも思えぬ。
 また、試作OSといい、あの奇天烈な機動といい、この者の生み出すものはBETAと戦う上で世界にとって有益であろう事もわかった。
 しかもあの牝狐―――香月夕呼の『計画』について言及し、自らがその一部であるかのように語るとあっては、私の一存では処断する事は難しい。
 やはり、上の判断を仰がざるをえぬか。)

 独り沈思黙考する月詠を、汗を拭きながら、不思議そうに武が見ていた……

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 17時35分、1階のPXに武と冥夜が揃ってやってくると、207Bの皆に、夕食時であるにも拘らず珍しく霞が混ざっており、食事を共にして…………いなかった。
 確かに霞の前には夕食の乗ったトレイが置かれているのだが、全く手をつける気配が見受けられない。
 そして、夕食を持った武がテーブルに近づくと、霞は緩やかに振り向いて武の方を見上げた。

「……待っていました……」

「そ、そうか……晩御飯冷めちまわなかったか?」

「……大丈夫です。」

 確かに冷めてはいないようで、トレイの上の合成カレーライスからは微かにではあるが湯気が出ていた。

「お、霞はカレーライスか。オレは合成天丼だぞ。」

「はい……京塚曹長が……選んでくれました……」

 そんなやり取りをしている2人と、間にテーブルを挟んだ反対側では、席に着いたばかりの冥夜に、既に食事を終えた207Bの面々から質問が投げかけられていた。

「御剣、白銀と一緒に来るってことは、お見舞いの後一緒に行動していたの?」

「……デート?」

「「「 ―――ッ!! 」」」

 千鶴に続けて発せられた彩峰の言葉に、千鶴、壬姫に彩峰自身も加えた3人が、<ガーンッ!>といった効果音が聞こえてきそうな、目を大きく見開いた驚愕の面持ちで硬直する。
 そんな3人を他所に、冥夜は僅かに頬を染めてもそもそと応える。

「む……そなたら、邪推をするでない。わ、私はタケルとあ、あ、あ……逢引などと、その様な事はしてはおらぬ。
 単に剣の稽古を共にしていたに過ぎぬのだぞ。」

「で、ででででで、でもっ! 御剣さんの顔、ほっぺ赤いよ?」
「照れてる?……それに、一緒に居たのは本当?」
「なるほど、お見舞いの後で1人別行動したのは、そういう狙いがあったわけ。ふ~ん、御剣がね~~~。」
「そ、そなたら、邪推をするでないと言っておるのが聞こえぬのか!」
「……御剣だけズルイ……わたしも格闘の相手に誘う……」
「御剣さんも、彩峰さんもいいなぁ~。狙撃の自主訓練は、許可がなかなか下りないんですよねぇ~。」
「え……えっと、私は……その……」
「ふ……榊にはネタがない……ザンネンザンネン……」
「くっ……彩峰、貴女……」

 そんな207B女性陣の喧騒の影で、武の霞を相手取った駆け引きが静かに進行していた。

「……白銀さん……あーん。」

(くっ……朝だけじゃなく、夕食でもあ~んをする羽目に…………いやまてっ! 諦めるのはまだ早い!!)

「な、なあ霞。そのカレーは京塚のおばちゃんが、霞に食べさせようとして選んでくれたんだよな?」

「…………そうだと、思います。」

 差し出していたスプーンを皿に戻し、僅かに考え込んでから、コクリと頷く霞。

「だったら、そのカレーは霞が食わなきゃなんないだろ? 京塚のおばちゃんの気持ちを無碍には出来ないよな?」

「………………」

 武の言葉に、霞の視線はカレーライスの皿に落とされる。
 その横顔を見て、武はその視線がカレーライスの一点に固定されて全く揺らがない事に気が付いた。
 そして、その視線の先には…………カレーのルーの中に顔を出している、ころっとした感じで、大き目の塊にカットされた赤い奴…………

「ニンジンか……霞、ニンジンが苦手なら残してもいいから、ちゃんと自分で食べた方がいいぞ~。」

「……残すと……怒られます……」

「じゃ、じゃあ、ニンジンだけオレが食ってやるから。」

 武のその言葉に、霞は髪飾りをピコッと立てると、コックリと頷く。

(よしっ! 説得成功!!…………って、ええ?!)

 心の中で密かにガッツポーズを決めていた武は、続く霞の行動に愕然とした。
 霞は頷いた後に、自分のトレイと武のトレイの位置を交換し、天丼の具だけをはしで挟んで差し出してきたのであった。

「……あーん……です。」

 武はそんな、確信に満ち溢れた霞の行動に両肩を落とし、素直に口を開けるのであった。

「あ~、たけるさんたち、またやってるぅ~。」
「……そだね、」
「もう、騒ぎ立てるのも馬鹿らしくなってきたわね。」
「うむ……おそらくあの者達にとっては、あれがあるべき姿なのであろう……今一つ腑に落ちんが……」

 武は霞と交互にあ~んを繰り返し、仲間達の未だ冷たさも残るものの、どことなく生温い視線を浴びながら夕食を完食した……カレーのニンジンも含めて。

「それにしても、夕食時に霞がPXにくるなんて、珍しいな。何かオレに用事だったのか?」

「ちがうよ、たけるさん。社さんはミキたちに会いに来てくれたんだよ。
 理由は女の子同士の秘密だから、たけるさんは聞いちゃ駄目ですよ~?」

「え? そうなのか? 霞。」

「……はい……」

(そうか……霞が自分からオレや夕呼先生、それに純夏以外の人間に、それも自発的に接触するなんて凄い事じゃないか。
 この分だと、オレがお役ご免になる日もそう遠くないかもしれないな……)

 武がそんな事を考えると、霞は髪飾りを跳ね上げて、武の左手に縋るように手を添えた。
 そして、大きく見開いた目で、まつげをフルフルと震えさせながら、小さな声で呟く……

「……イヤです……」

 武はそんな霞にクラリと目眩のような感覚と、庇護欲を感じると、慌てて霞の不安を除くべく言葉を紡ぐ。

「大丈夫……大丈夫だ、霞。まだまだ一緒に居てやるから安心していいぞ。」

 言葉と同時に、霞の頭を手で撫でる武に、霞は心地良さそうに表情を緩めて応える。

「……はい……白銀さん……」

 そんな二人の様子に、207B女性陣はすっかりあてられてしまい、顔を真っ赤にしていた。

「うわっうわっ……なんだか、さらに凄い雰囲気になってますよぉ~。」
「……らぶらぶ?」
「む……な、仲睦まじいとは、こ、このような事を言うのだな……」
「し、白銀……あなた公共の場なんだから少しは周囲をはばかりなさいよ!」
「榊、無粋……」
「わ、私は部隊の規律を、風紀の乱れを―――」
「……焼き餅?」
「あ、彩峰~っ!」

 千鶴の矛先を逸らしてくれた彩峰に、この時ばかりは、心の中で手を合わせて感謝する武であった……

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 18時55分、第19独立警備小隊の試作OS慣熟用に割り当てられたシミュレーターデッキの制御室で、訓練内容の打ち合わせをしている武とピアティフの姿があった。

「お手数おかけしますが、よろしくお願いします、ピアティフ中尉。」
「いえ、任務ですのでお気遣いなく、白銀中尉。」
「そう言っていただけると助かります。それで訓練の進行予定なんですが……」

 武とピアティフがそうこうしていると、斯衛の4人が入室してきた。

「じゃあ、そんな感じでお願いします。ピアティフ中尉は斯衛の方とは面識は?」
「伝達事項などで幾度か。紹介していただくには及びませんよ。」
「了解です。では、さっき言ったような感じでお願いしますね。」

 武は制御室を出て、斯衛の4人の元へと歩み寄り声をかけ……ようとして、月詠の後ろにもう1人、人影があることに気付いた。

「―――冥夜ぁっ!? な、なんでおまえがここに……」

 斯衛と共に居た人物が冥夜と知って、武は驚きのあまり叫んでしまった。

「「「 冥夜様を呼び捨てにするなっ! 無礼者ッ!! 」」」

「神代、巴、戎、良いのだ、この者には私が許した。」

「「「 ―――はい……冥夜様…… 」」」

 冥夜の言葉に、渋々ながら引き下がる3人だったが、武を睨みつける瞳には煮え滾る怒りが溢れていた。

「白銀。貴様は我が隊が冥夜様の警護のために、この基地に駐屯している事を知っているはずだったな?
 試作OSの実質的な初訓練とあり、隊の総員で参加することにしたのだが、それでは冥夜様の警護が全うできぬ。
 そこで、冥夜様に無理な願いをお聞き届けいただいて、このような場所までご同行願う仕儀と相成った。」

「なるほど、事情は承知しました。
 訓練中は、入り口のロックを致しますのでご安心下さい。
 では、早速ですがシミュレーターの方へどうぞ。
 動作教習課程に関しては、月詠中尉に一任させていただいてもよろしいですか?」

「そうだな。この者達は貴様に含むところがあるようだから、その方がいいだろう。」

「はい、それではお願いします。
 冥夜は制御室に行っててくれ。中にピアティフ中尉が居るから、中尉の指示には従ってくれな。」

 月詠の言葉と自分を睨みつける斯衛の少尉3人の様子に、武は苦笑しながらも頭を下げ、続けて冥夜に制御室に行くように言った。

「!! 制御室に入って良いのか?! そなたに感謝を。」

 小走りに制御室へと向かう冥夜を見送って、武もシミュレーターに搭乗した。
 そして、月詠の指導の下、神代、巴、戎の3人は順調に動作教習を完了させる。

「では、暫く退屈かもしれませんが、オレの機動を仮想映像で見て、試作OSが目指している戦闘機動を、捉えてください。」

 そして、武による、レーザー属種が存在する状況下での、BETA上陸後の沿岸部に於ける防衛戦の、シミュレーター演習が始まる。

「…………」
「な、なによあれ!」「嘘だろ? なんで照射受けないんだよ。」「信じられませんわ~。」

 無言で武の機動を見つめる月詠と対照的に、神代、巴、戎の3人は文句のような言葉を吐き続けていた。
 そんな3人を、月詠は静かに叱咤した。

「しっかりと見ておけ、いずれはお前達にもこれと同じ機動をやってもらうぞ。」
「「「 は、はい! 」」」

 そして、30分ほどで武の演習は終了した。

「大体の感じは掴んでいただけましたか? 次はオレの機動を体感してもらいます。
 念の為に酔い止めのスコポラミンを飲んでおいていただけますか?」

「何を言うかっ!」「私達を愚弄する気か!」「冗談ではありませんわ~」

「白銀、構わんから始めてもらおう。この者達がへたばっても中断する必要はないぞ。」

「「「 ま、真那様っ?! 」」」

 3人は月詠の言葉に戦慄し、お互い通信越しにアイコンタクトすると、慌ててファストエイドキットからスコポラミンを取り出して嚥下した。
 そして武の機動に連動するシミュレーターで、先程と同様の防衛戦の短縮版に引き続き、S難度実戦モードのヴォールクデータのハイヴ突入演習を体験する事になった。

「「「「 くっ―――/うわぁあ~/ひええ~/ひょわぁあ~~~ 」」」」

 そして、振り回されること50分、シミュレーター演習が終わった時には月詠でさえ疲労を隠せず、3人にいたっては息も絶え々々であった。

「し、信じらんない。」「に、人間業じゃないよ、これ。」「変態過ぎですわ~。」

 しかし、感想を口にする気力が残っている辺り、腐っても斯衛であった。

「さて、オレの方で用意していた内容はここまでですけど、この後の訓練はどうしますか?」

「……20時27分か……まずは私の相手をしてもらおうか。
 昨晩は長刀のみだったからな、貴様の本来の実力を見せてもらおう。」

 通信越しに、部下の様子を見て月詠が武との対戦を要望した。

「わかりました。でも、オレは別に射撃戦が得意なわけじゃないので、ご期待に添えるかどうか……
 まあ、やってみればわかりますか……」

「そういうことだ。」

 かくして、昨夜に引き続き対戦することとなった武だったが、今日の月詠はXM3搭載型『武御雷』のデータを使用している。
 どうみても、強さは昨日の比ではないだろう。武は気を引き締めて市街戦演習に望んだ。
 機体の性能と経験の蓄積では月詠、XM3への慣熟と3次元機動では武に分があった。

 武の無軌道を絵に描いたような突拍子もない機動に、月詠の砲撃はことごとく回避される。
 逆に、武の砲撃は月詠の的確な位置取りにより、遮蔽物に遮られて命中しない。
 お互いに決定打を得られないまま、時間だけが過ぎていった。

「うそ、信じらんない。真那様と競り合うなんて……」
「しかも、真那様の動きは、試作OSのおかげで何時もより凄いってのに……」
「きっとこれは、悪い夢ですわ~。」

 武と月詠の対戦を観戦していた3人は唖然としていた。
 斯衛でさえ、月詠と1対1で相手が出来る強者は多くはいない。
 にも拘らず、あの模擬刀もまともに振れない男が、その月詠と互角に戦える衛士だなどと、午後の鍛錬で武を散々見下していた3人に信じられるわけがなかった。

 市街戦演習開始後40分が経過し、昨夜と同様、武機の推進剤が減ってきたところで、武が長刀を2本左右の主腕に保持し、接近戦を挑むと見せかけて月詠機に迫る。
 長刀の間合いに入る直前で、月詠機の周辺を縦横無尽に飛び回る機動に変更した武は、背後の兵装担架に保持した87式突撃砲2門から36mmを乱射。
 さすがの月詠もここまで近接された状態で乱射されては回避しきれず、被弾した結果として大破の判定となった。
 とはいえ、反撃により武も中破の判定を受けたので、実質的には痛み分けであったかもしれない。

「白銀、貴様わざと36mmを温存していたな? 最初から狙っていたのだろう。」

 実に楽しげな笑みを浮かべながら月詠が問うと、武は頭を掻きながら苦笑して応えた。

「昨日の対戦で、他に勝てそうな戦法を思い付けなかったんですよ。
 まあ、これも一回しか通用しないでしょうから、また別の方法を考えないと……」

「ふん……私も貴様専用の戦法でも編み出すかな。
 ……いや、貴様に特化した戦法なぞ、使い道がなさ過ぎるか。
 それはともかく、今度は神代たち3人を相手にしてもらえるか?」

「3人一遍にですか? いいですけど、なんだかオレが扱かれて(しごかれて)るみたいですね。」

「大変ではあろうが、堪えてもらおう。
 何しろ、まずは貴様の機動をしっかりと把握せねばならぬのだからな。」

「そうですね。じゃあ、神代少尉、巴少尉、戎少尉、3人とも用意は良いか?」

「「「 何時でも来い!/大丈夫に決まってるだろ!/準備万端ですわ~。 」」」

 3人が一斉に応えたところで、今度は3対1の市街戦演習が開始された。

「「「 うそだ~っ!/や、やられちゃった!/そんな~、ですわ~。 」」」

 勝負は10分で着いた。変則的な水平噴射跳躍を繰り返しながら、36mm突撃機関砲を撃ってくる武に対して、3人は連携を以って反撃を行ったが、その反撃は武を捕らえるに至らなかった。
 そして、反撃に気を取られて回避がおろそかになり、巴が落とされるとそこから先はあっという間であった。
 その後、失地回復に夢中になった3人を相手に、武は4回に渡って市街戦演習を繰り返す羽目になった。
 執念の成果か、武が根負けしたのか、最後の市街戦演習では、巴、戎の撃墜と引き換えに神代が武機を撃墜してのけた。

「「「 どうだ~!/ざまぁみろぉ~!/私達の勝利ですわ~。 」」」

 ようやくの勝利に勝ち誇る3人に、月詠の怒号が降りかかる。

「馬鹿者っ! 3対1で2機も落とされておいて勝ち誇るとは、貴様らは斯衛の誇りを何処へ置き忘れてきたかッ!!」

「「「 ひぇえ~、真那様怖い~!! 」」」

「白銀中尉、ピアティフ中尉、世話をかけた。
 ここから先は、斯衛だけで訓練を続けさせていただきたい。
 白銀、明日の晩までに、この馬鹿どもの性根を叩き直しておくので、また相手をしてやってくれ。
 無論、私の相手もしてもらうがな。
 冥夜様、申し訳ございませんが、今しばらくお時間を頂戴したく存じます。何卒ご寛恕願います。」

「りょ、了解しました、月詠中尉。ピアティフ中尉、お疲れ様でした、今日は上がってください。
 冥夜はそのまま制御室で待機して、後の事は月詠さんと相談してくれ。」

「わかりました。それではお先に失礼させていただきます。」

「わかった。心配は要らぬ、そなたこそしっかりと休まぬと社に叱られるぞ。
 月詠も気にするでない。斯衛指揮官として成すべき事を成すが良い。」

 ピアティフが通信回線から姿を消し、武がシミュレーターから降りる間際、月詠の叱咤が通信回線を駆け抜けた。

「冥夜様、有難きお言葉でございます。
 …………貴様らぁっ! 今晩は寝られると思うな! とことんまで相手してやるからなッ!!」

「「「 真那様、お許し下さい~~~っ!! 」」」

「誰が許すかぁ~ッ!!!」

 シミュレーターを降りた武は、通信回線が閉じていることを確認してから呟いた。

「……斯衛って、やっぱ大変そうだなぁ~。」

 その言葉は、激しく揺れ動くシミュレーターの作動音に紛れ、何処かへと消えていった……



*****
**** 8月27日、速瀬水月 誕生日のおまけ、何時か辿り着けるかもしれないお話3 ****
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どこかの確率分岐世界
2005年08月27日

 休暇を利用して帝都へと足を伸ばしていた水月は、人通りの多い表通りを駆け抜けながら、左手の腕時計を確認した。

「あっちゃぁ~! アクセサリー見ててすっかり遅れちゃったわ。 怒ってるかなぁ~。心配、してるんだろうなぁ~。
 それにしても、誕生日だからって、自分で自分に指輪プレゼントするだなんて、あたしも寂しい女になっちゃったもんよねぇ~。」

 そうして走ること数分で、待ち合わせ場所である駅前ロータリーの入り口が見える位置まで、水月は辿り着いていた。

「あれ?」

 ロータリーへと入る角の辺りから、なにやら人垣ができているのが見えた。
 その人々は、ロータリーの奥の方をなにやら覗き込んでいるようで、中には、背伸びをしている人まで見受けられる。
 水月は嫌な予感を……戦場でBETAが地下から湧き出してくる時のような悪寒を感じて、走る速度を上げた。
 BETAの群れに割って入るように、人垣を強引に押しのけて最前列に出た水月の目に飛び込んできたのは、人垣を押し戻す警官と、本部へと報告している警官、ロータリーに止まっている救急車…………
 そして、ガードレールやベンチ、電話ボックス、街灯まで轢き倒し、駅前のビルへと突っ込んでいる乗用車の姿であった……
 その時、救急車のドアが閉まり、サイレンを鳴らしながら走り出した。
 それを見送った警官が、無線機に報告する言葉が水月の耳に飛び込んでくる。

「事故発生14時15分ごろ。え~、被害者氏名――スズミヤハルカ……はい。涼しいにお宮。遙は…………」

 ―――そして、3年の年月が流れた…………

2008年08月27日

 水月は病室のベッドの脇に独り立っていた。
 水月の髪型は高めに結ったポニーテールのロングではなく、ミディアムレイヤーに短くカットされていた。
 静かな病室にうっすらと寝息だけが聞こえる。
 ベッドの上には、遙が目を瞑り横たわっていた。
 穏やかな寝顔だった……ただ眠っているように見える。そして、その寝顔はあまりに安らかだった……

「この病室、静か過ぎるのよね……時間が一番残酷で……優しいんだってさ……。
 香月副司令のお姉さん、モトコ軍医(せんせい)が言ってたよ。
 優しく流れるから、あんたはそうやって寝て……同時に残酷だから…………」

 言いながら、水月は堅く握り締めた拳を震わせて…………

「いたっ!…………な、なぁあに? あ、あれ? 水月? 何時の間に来たの?」

 安らかに眠っていた遙は、水月にいきなり頭を小突かれて、小さく悲鳴を上げて飛び起きた。

「時は残酷だから、時間があると思って寝惚けてると、待ち合わせ相手に殴られるって話よっ!
 大体、なんだってあたしの誕生日の待ち合わせ場所が帝都の病院で、あんたが病室で寝てるのよっ!」

「あ……それはね……その…………ね、水月……2人でした約束、覚えてるよね?
 どっちが先に良い男(ひと)を見つけて……」

「孝之を卒業できるか―――ね。うん、ちゃんと覚えてる……
 そうね、BETA相手の戦いも大分先行きが明るくなってきたし、そろそろ決着つけようかしらね。」

 遙の言葉の後を水月が引き継ぐと、不敵に笑って悪戯っぽく遙に語りかけた。
 すると、遙は真剣な顔で頷き、話し始める。

「あのね、水月。ここで待ち合わせにしてもらったのには理由があるの。
 実はね、私、ここに勤めている男性(ひと)を好きになったんだと思う……ううん。好きになったの。
 だから……私の勝ちだよね、水月。」

 遙は最後の方だけ微笑んで、言葉を締めくくった。そして、怒られるのを覚悟した子供のようにベッドの上から水月を見上げる。
 水月は、きょとんとした顔から、満面の笑みになって遙に応える。

「え~っ! 遙もなの? あたしも今日、遙に打ち明けようと思ってたのに、先越されちゃったか~。
 実はね、あたしも3年前くらいから気になってる男性(ひと)がいてさ、ここの先生なんだけど、今お試し期間中なんだ~。」

「―――なんだ……水月もなんだ……よかったぁー。孝之君のこと忘れちゃう薄情もんって怒られるの覚悟してたの。
 私の好きな人も、ここのお医者さんだよ。3年目の交通事故で、私、ここに運び込まれてちょっとだけだったけど入院したでしょ?
 あの時に知り合ったの。」

「へ~。あたしもそんな感じだよ。にしても遙はつくづく車には祟られるよね~。あの時は焦って容態も聞かないで病院に駆け込んじゃってさ。
 窘められたのが切っ掛けかな。優しい人なんだけど、妙に頑固なところがあってね……」

 水月も遙も、恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに、幸せそうに、交互に思い人の特徴をあげていった。

「そうなんだ。私の好きな人も頑固なところあるかな~。でもね、あたしのドジなところ見ても優しく笑ってくれるの。
 あ、でもなんでだか、下の名前だけはどうしても教えてくれないんだよね。」

「へ~、遙の相手もそうなの? この病院で流行ってるのかしらね。そう言えば、うちの基地の衛生兵に趣味の悪いカエルの髪留め使ってる娘がいるの知ってる?」

「うん。私はあの髪留め可愛いと思うけど……でも、あの娘街中でストーカーみたいな事してたって聞いたよ。」

「そうなのよ~、なんかあの娘あたしの好きな男追っかけてたらしいのよ~。」

「ええ?! 私は、私の好きな人追っかけてたって聞いたよ?」

 2人はタラ~っと冷や汗を流して、何とも言えない顔をして互いに見詰め合った。

「えっと、お互いに、相手の名前、言った方が良いみたいだね。」
「そうね。一斉に言うわよ……3、2、1、ハイ!」
「「 館花医師(たちばなせんせい)!! 」」

「「 ………………………… 」」

 綺麗に2人の口から出た名前がハモッたあと、いや~~~~な空気と時間が2人の間に流れた……

「ま……またなの?」
「あんた、よりによってあのひと選ばなくたっていいじゃないのよ~~~っ!」

 と、そこで個室のスライドドアが開き、ひょろりとした優しげな風貌の、30過ぎの白衣の男性が姿を現した。

「君たち、ここは病院なんだから、もう少し静かにしないとね……おや? 君は……」
「た、館花せんせっ! よ、よくもあたしと遙と二股かけてくれたわねえっ!!」
「先生! なんてタイミングの悪い……逃げてっ! 逃げてくださいっ!!」

 入ってきた男性医師は、お決まりの注意を口にした後、水月の顔を見て軽く驚いたような顔をする。
 そして、水月は怒鳴りながらも腕まくりをして、臨戦態勢で館花医師へと近づいていく。
 遙は、水月に紹介しようと仕事の都合が付き次第、来てくれるように頼んでいたため、責任を感じて必死に忠告するが、その忠告も間に合いはしなかった。

 ―――そして、10分ほどが過ぎ去り、個室の中の人数は4人に増え、館花医師は水月に殴られた左頬に氷嚢を当てていた。

「きょ……兄弟ぃ?!」

「いやぁ、まさか、兄貴の相手が水月ちゃんの親友だとは思わなかったよ。
 にしても3年前に数日だけとは言え、自分の担当した患者と懇ろになるのは職業倫理的にどうかと思うよ? 兄貴。」

「いや……その、面目ない…………にしても、僕はこいつから水月さんの写真を見せてもらってたんで、事情にはすぐに気づいたんだけど、まさか説明する間もなく殴られるとは思わなかったな……」

「そうだよ水月! ちょっとやりすぎっ!!」

「ご、ごめん、遙……館花せ……館花さんも、いきなり殴っちゃってすいませんでした。」

 頭を深々と下げて、真剣に謝罪する水月に、館花(兄)は慌てて手を振って水月をなだめた。

「いや、大した事ないから、頭を上げてくれないかな……水月さん。」

「そうそう、大体、水月が本気で殴ったんなら、この程度で済むわけないさ。」

「た~ち~ば~な~せ~ん~せ~い~~~~っ?! それは、どういう意味ですかっ!!」

 今度は館花(弟)に詰め寄る水月。そんな水月を館花(兄)とその頬に氷嚢を当てている遙は、微笑ましげに眺めていた。

「ね、館花医師(せんせい)……こうなったら、下の名前、教えてくれるよね?」

「う~~~ん。仕方ないか……けど、笑わないで欲しいんだ、頼むからさ。―――実は、僕たち兄弟は上から順に、一郎、二郎、三郎って言うんだ。
 あまりに安直な名前なんで、3人揃って、自分の名前が嫌いでね。」

「「 三郎?! 3人?! ―――まさか、三つ子ッ?!!! 」」

 水月と遙は、あまりに予想外の新事実に面食らってしまっていた。

「ああ……そう言えば言ってなかったっけ。僕たちは三つ子で、一番下の三郎は、今は君たちと同じ国連軍横浜基地で、軍医の香月モトコ博士の元で研究してるんだ。
 僕等は3人とも遺伝子欠陥を抱えているけど、三郎が言うには近々研究成果で何とかなる目処が立ったそうでね……」

「だから水月……直ぐじゃなくていいから、僕との結婚を考えてみて欲しいんだ。
 ―――速瀬水月さん、貴女を愛しています。もし貴女の事情が許す時が来たら、僕の奥さんになってくれませんか?」

「え?……あ……あ、あの……えっとぉ………………はい……今すぐは、無理だけど……いつか、必ず…………
 館花……いえ、二郎さん、ありがとう……お申し出お受けいたします。
 大急ぎで片付けちゃいますからっ! 待ってて下さいねっ!!」

 真剣な表情で水月にプロポーズする館花二郎医師に、目尻から嬉し涙を流しながら応えた水月は、最後に元気良く決意表明して、溢れんばかりの笑みを咲かせた。
 そんな親友の喜ばしい瞬間に立ち会えた遙は、自分と寄り添って佇む館花一郎医師に囁きかけた。

「―――館花先生も、あたしにプロポーズして下さいますか?」
「もちろんだよ、遙さん。でも、今日は弟に花を持たせてやって、また改めてにするよ。もう少し、待っててくれるかい?」
「はい……一郎さん……でも、私も、暫く待たせちゃうかもしれません。それでも、私でいいんですか?」
「君が、いいんだよ。……っと、今日はこれまでにしとこう。便乗で済ませちゃったら勿体無いからね。」
「ふふ……そうですね。じゃ、私達はちょっと席を外しましょうか……」
「そうだな、2人とも情熱的過ぎて、すっかり周りが見えてないみたいだしね……」

 遙と館花一郎医師は、情熱的に抱き締めあって、貪るように唇を重ねる水月と二郎を残し、病室を静かに後にしたのであった…………




[3277] 第25話 時津風を帆に受けて
Name: 緋城◆397b662d ID:9b198830
Date: 2010/03/23 17:21

第25話 時津風を帆に受けて

2001年10月29日(月)

 05時56分、B4フロアの自室で、今日も武は霞によって目覚めを迎えていた。

「ふぁ~……おはよう。いつもありがとう、霞。」

「……おはよう……何時に寝ましたか……」

「ん?……01時過ぎ位かな…………って、か、霞? ほら、4時間も眠れば十分だって、な?」

「……そうですね…………」

 一応納得してもらえたようだと胸を撫で下ろした武は、着替えを済ませて点呼に望んだ。
 既に諦めているのか、まりもも霞に挨拶するだけで武には特に何も言わず、点呼は無事に終了した。
 武は霞を伴ってPXへと向かい、霞の要望に従ってさば味噌定食を2人前注文した。
 ところが、今日に限って京塚のおばちゃんがわざわざカウンターの外までやって来て、武の前に立って頭の天辺から爪先までジロジロと値踏みをするという事態となっていた。

「―――ふ~ん、あんたが訓練小隊に編入になったって言う白銀武かい。
 確かに、身体はもう出来上がってるようだね……夕呼ちゃんからお構い無しって聞いてるから見逃してやるけど、霞ちゃんに変な事をした日には、お飯(おまんま)の食い上げになると思っとくんだね。
 解ったかい?」

「解ってますよ、おばちゃん。霞を悲しませるような事は、オレだってお断りです。」

「―――なんか、返事が浮ついてるような気もするんだけどねぇ……霞ちゃんが懐いてるようだから、今日のところは信じておくよ。
 ……ほら、さば味噌定食2人前。さ、行った行った。」

 京塚のおばちゃんは、カウンター越しに手を伸ばしてさば味噌定食2人前が乗ったトレイを取ると、武に押し付けるようにして追い払った。
 武は苦笑いしながら、いつも使っている席に座り、霞と共にさっさと食事を食べ始めた。
 霞に少しづつ食べさせるのに時間がかかることも大きいが、人目の少ない内に自分の食事を終わらせた方が、幾らかでも恥ずかしくないと昨日までの経験で悟ったためである。

 その努力の甲斐もあり、207の皆が集まる頃には、武の食事は粗方済んだ後であった。
 そして、207の中で1人だけいつもと違う席に着いた人物が居た。

「社さん、おはようございます~。」

 昨日の夕食の前後で親しくなったのか、霞の左隣の席に壬姫が座って霞に挨拶をして、霞もその挨拶に応えた。

「…………おはよう……ございます。」

「ねえねえ、社さん。さば味噌ばっかりじゃなくて、これも食べてみない? おいしいよ~。」

 そう言って、いつもより気持ちテンション高めの壬姫は、目をキラキラさせながら、合成生姜焼き定食の肉を一切れはしでつまんで差し出した。
 霞が髪飾りをピクンと揺らして壬姫の方に向き直り、小首を傾げてから生姜焼きを口にして咀嚼した。
 その様子を見て、壬姫の顔が幸せそうに緩む。

「な!……た、珠瀬そなた……」

 なぜか動揺する冥夜を他所に、壬姫は笑み崩れた表情で霞に訊ねる。

「えへへへ~、社さん、おいしい?」

「……おいしい、です………………?……」

 返事をした後、なにやら考え込んでいる霞の様子に、武と壬姫が顔を合わせる。

「霞? どうかしたか?」

「…………いえ、なんでもないです。…………ありがとう……」

「ううん、大した事じゃないよー。社さん、いっつもさば味噌だけど、他の料理もおいしいからね~。」

 武に応えた後、壬姫にもお礼を言う霞。
 壬姫は霞のお礼に応じながらも、席を立って何時もの自分の指定席に移動する。
 定位置に戻った壬姫に彩峰が親指を立てて見せ、千鶴は些か呆れ顔をして声をかける。

「わざわざ席移動しないで、あそこで食べてきたらよかったんじゃない?」
「そんな~、あまりお邪魔は出来ませんよぉ~。」
「そ、そそそ、そうか、少しならいいのだな?」
「……御剣、白銀にはやっちゃ駄目。」
「あ、彩峰! そなた何を邪推しているのだ!!」
「あら? 御剣、はしが震えているわよ?」
「榊まで!!」
「あれぇ~~~、御剣さん、お顔が赤いですよぉ~。」
「そ、そなたら~~~~!」

 なにやらわいわいと始めた207女性陣の会話をなるべく耳に入れないようにしつつ、武は霞に訊ねてみた。

「霞……今度から、他の料理も食べてみるか?」

「…………………………………………さば味噌定食で、いいです。」

 武は、霞の返事の前に挟まれた沈黙の長さに、たまには他の料理も頼むことにしようと決めた。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 08時02分、B1フロアのハンガー近くに設けられたブリーフィングルームに、ヴァルキリーズと武、そしてピアティフが集まっていた。

「昨日の午後に引き続き、本日も実機演習を実施する。
 本日の訓練に対して、白銀の従事している特殊任務に関連して要請があったため、白銀より説明がある。
 ―――白銀、説明をしろ。」

「はっ! ……さて、本日この後に行う実機演習ですが、B・C小隊で編制されるB(ブラボー)隊と、A小隊にオレの特殊任務で試作された新型兵器―――と言っても、従来兵器の改修型ですが―――を加えたA(アルファ)隊での模擬戦を行ってもらいます。
 CPはA隊がピアティフ中尉、B隊が涼宮中尉です。
 最初はこちらの新兵器に関する説明は一切しません。また、本日の演習はJIVESを使用します。
 演習内容は、A隊が拠点防御、B隊が攻撃側とします。
 B隊の作戦目標は、45分以内での守備拠点に設置されたマーカーの破壊となります。
 B隊の皆さんは、最大大隊規模を相手にする心算で演習に望んでください。
 今回は、新兵器の運用評価を主体とさせていただきますので、模擬戦の勝敗はあまり気にしないでいいです。
 それでは、B部隊の皆さんは、あと30分間はこの部屋に留まり、その間に作戦を立案してください。
 A隊の皆さんには、先に演習場の守備拠点へ移動してもらいます。
 演習開始は第二演習場西で08時45分からとします。」

「よし、ではA隊はハンガーで戦術機に搭乗し、第二演習場へ移動しろ。B隊は速瀬に任せる。」

「了~解。大尉、手加減はしませんよ?」

「ふっ、望むところだ。……ではな。」

 水月の言葉に、不敵に笑い返してブリーフィングルームを出たみちるだったが、外で待っていた武に歩きながら訊ねる。

「―――で、実際のところ、どうなんだ? A小隊だけではB小隊の突破は防ぎきれないぞ?
 なにしろ、B小隊は先任が3人揃っているからな。
 A小隊は私と桧山が先任、涼宮と柏木が新任だ。この内、近接戦闘でB小隊とやり合えるのは私と後は涼宮くらいだな。
 涼宮の装備を変更して長刀を持たせておくか?」

「いえ、A小隊は支援に徹してください。前衛はオレの方で引き受けます。ただ、1機で相手できる数は限られますから、向うが迂回突破してきたら大尉が迎撃してください。
 それから、申し訳ないんですが、今回大尉にはオレの複座型の『不知火』で出撃していただきます。」

「解った。精々貴様の新兵器とやらに期待させてもらうとしよう。」

 みちるは、試作OSに引き続いて武が投入するという新兵器に、期待を膨らませつつハンガーへと向かった。

  ● ○ ○ ○ ○ ○

 08時42分、国連軍横浜基地第二演習場西エリアの東端に立つ、『不知火』8機の勇姿があった。

「よぉ~し、みんな。それじゃあ作戦通りにいくわよ。
 防御側が有利なのはセオリーだけど、相手の衛士は5人。単純計算でこっちの方が3人多いからね。
 短期決戦で、防衛線の突破を目指すわよっ!
 全機、楔形複壱陣(アローヘッド・ダブル・ワン)! NOEで突っ込むわよッ!!」

「「「「「「「 了解ッ! 」」」」」」」

 ヴァルキリーズB隊の『不知火』8機は、前後4機ずつ、2つの楔となって匍匐飛行で進撃を開始した。
 しかし、行程の半ばを過ぎた辺りで、所属不明機(アンノウン)からのアクティヴセンサーの発信を、各機のパッシヴセンサーが感知した。
 データリンクは所属不明機を敵性機体と判定し、自働的にバンデッド01の識別コードを割り当ててレーダーに表示する。
 バンデッド01は、進行方向左から右へと高速で飛行していたコースを変更、UターンするとB隊の進行方向に立ち塞がる形で停止、恐らくは着地した。

「チッ! 見つかったわね……宗像、どう思う?」
「このまま突っ込むか、一旦引くしかないでしょうが……ここは引いておきましょう。」
「……しょうがないか。全機、鎚型壱陣(ハンマー・ヘッド・ワン)で急速後退! いったん出直すわよ!」

 陣形を追尾してくる敵を逆撃するのに適した鎚型壱陣に組み替えて、B隊は反転する。
 しかし、バンデッド01はしつこく後を付いて来る。

「しつっこいわねぇ。……全機聞いて、攻撃発起点まで1000mを切ったら、一斉に反転してバンデッド01を落すわよ。
 風間と高原はミサイル全弾ぶっ放して、B小隊が接敵するまで支援しなさい。その後は後ろに下がって、ミサイルコンテナを再装備してから合流しなさい。
 B小隊全機と、宗像、麻倉の6機でバンデッド01を一気に落すわよ。
 バンデッド01の後方に、敵の増援が居たら、風間と高原の合流まで時間を稼いで、合流後に一気に畳み掛けるわ。」

「「「「「「「 了解! 」」」」」」」

「よぉ~っし! じゃあ、カウントダウンいくわよ、1500、450、400、350、300、250、200、150、100……全機反転!!」

「「 ヴァルキリー7(11)、フォックス1ッ!! 」」

 水月の号令と共に反転し、全力噴射で行き足を殺すB隊の『不知火』8機。
 その内の祷子・智恵の2機は、行き足が止まると同時に、両肩の自律誘導弾を全弾発射し、左右に展開してバンデッド01へ牽制砲撃を放つ。
 残る6機の『不知火』は突撃砲を乱射しながら、バンデッド01へと放たれた矢のようにまっしぐらに突撃する。

 バンデッド01は自律誘導弾の発射を察知すると同時にB隊に向かって右方向へと進路を変更。
 全力噴射で横方向に自律誘導弾を引きつけてから更に右方向へ曲がった。
 大きくUの字を描いて反転したバンデッド01に自律誘導弾64発が襲い掛かる。
 ここで、バンデッド01は全力噴射による匍匐飛行中とは思えない軽快な回避機動を展開し、小刻みに上下左右に機体を振り、背部兵装担架からの36mm突撃機関砲による迎撃と合わせて、自律誘導弾の攻撃を辛うじて振り切る。

 そして、そのバンデッド01に追撃を加えるべきB隊の『不知火』6機は、バンデッド01が最初の右転回をする直前にはなった自律誘導弾を回避する為に、追撃速度を落さざるを得なくなっていた。
 しかし、さすが精鋭ヴァルキリーズの突撃前衛+2機だけあって、32発の自律誘導弾は全て打ち落とすか、避けきるかしてしまった。
 バンデッド01に一気に急迫することには失敗したものの、未だにバンデッド01は追撃可能圏内にある。
 一瞬引くか進むか迷った水月だったが、元来の気性が2度続けて引く事を良しとしなかった。

「全機ダメージは無いわね? 風間と高原は補給に行って! 残る6機であいつを落すわよッ!!」

「「「「「「「 了解ッ! 」」」」」」」

 36mm突撃機関砲で牽制砲撃をしながらバンデッド01を追う6機だったが、バンデッド01は匍匐飛行の速度を殆ど落す事無く回避機動を行って見せ、距離は中々縮まらなかった。

「速瀬中尉、深追いし過ぎるのはどうでしょうか……」
「解ってる、あと1000m追ったら一旦反転するわ。風間と高原に待ち伏せさせて、そこにあいつを引き摺り込みましょ。」
「それにしても、あの機動、白銀ですかね。」
「多分ね。けど……機体識別が『陽炎』と『F-15E(ストライクイーグル)』の間を行ったり来たりしてるわ。さっきの回避機動も変だったし、大分いじってあるみたいね。」
「そうですね……なにっ!!」

 水月と状況把握のための会話をしていた美冴は、ついさっき通り過ぎたばかりのエリアから自律誘導弾が発射されたことに気付いて愕然とした。
 後方左右の2箇所から、合計64発の自律誘導弾が6機の『不知火』に襲い掛かる。
 同時に、バンデッド01が反転し、急接近してくる。
 挟撃された事に気付いた6機は結果的に3方向に分かれて回避することとなった。

 進行方向右手へと避退した水月と多恵、左手方向へと避退した宗像と月恵、そして、逆噴射で行き足を殺しながら落ちるようにして下方の市街地へと飛び込んでいく葵と紫苑の水代姉妹。
 自律誘導弾はその殆どが水代姉妹を追尾するが、その大半が建物に激突して爆発し、瓦礫が雪崩のように辺りに飛散した。
 バンデッド01は水月と多恵に狙いを定め、先程とは攻守を入れ換えて急接近してきた。
 バンデッド01はまるで三角翼のように、両主腕に1本ずつ保持した長刀を、真っ直ぐに揃えた左右主脚の両脇に斜めに構えていた。
 頭部を進行方向に向けた仰向けの姿勢で、噴射跳躍システムを斜め下に向けて揚力を維持し、低高度を飛翔するその姿はまるで巡航ミサイルか戦闘機のように見える。
 そして、仰向けになっているため機体下部に位置している背部兵装担架に保持された87式突撃砲が、進行方向前方に位置する水月機と多恵機に36mm弾を撃ってくる。

「くっ! やってくれるじゃないのっ! 築地、あんたは一旦逃げなさい。あたしがあいつを足止めするから、体制整えなおしてからバックアップしに戻ってくんのよ、いいわねっ!」
「ははははは、はい~~~!」

 水月は多恵を逃がすために高度を取り、バンデッド01の頭を押さえようとする。
 バンデッド01は水月へと進路を変更し、仰角を取って上昇に転じた。

「あははっ、ひっかかったわねぇ、白銀ッ!!」

 水月に急迫するバンデッド01、しかし、そのバンデッド01を狙う2機の『不知火』が居た。

「しっかり狙え、麻倉。これを逃したら次があるか解らないぞ。」
「は、はいっ!」

 先程、進行方向左側に避退した美冴機と月恵機であった。
 しかし、惜しむらくは2機の装備している87式突撃砲は狙撃には向いていない事であった。
 その為、2機はバンデッド01にぎりぎりまで接近して砲撃しようと、水平噴射跳躍で水月の方へと全力で移動していた。
 そして、そろそろ砲撃しようとしたところに、左方向からの狙撃が2機を襲った。

「なんだっ? くっ、桧山と柏木か?」
「うわわわわわ~~~っ!!」

 左からの砲撃であったことが幸いし、美冴機は多目的装甲で狙撃を弾く事ができたが、月恵は36mm弾2発の直撃を受け中破の判定を受け、左側主腕及び主脚が使用不能となった。
 月恵は撃墜される前に、なんとか高度を下げて市街地へ不時着するのが精一杯であった。
 そして、2人の狙撃手の狙いは美冴に絞られる。
 これ以上滞空していては撃墜は免れないと判断し、美冴は市街へと降下する。

「速瀬中尉、A隊の後衛がフォローに上がってきています、そちらの支援には行けません。」
「ぬぁあんですってぇ! こうなったらあたしだけで……きゃっ…………」

 美冴と月恵の離脱とほぼ同時に、水月はバンデッド01との高機動近接戦闘に入っていた。
 近接戦闘とは言いながら、現状では36mmの打ち合いに過ぎない。
 しかもバンデッド01は基本的に頭部をこちらに向けて接近してくるため、投影面積が少なく唯でさえ命中率は低い、その上、妙にちょこまかと上下左右に横滑りして水月の砲撃を回避する。
 その間も、バンデッド01は2門の87式突撃砲を撃ってくるため、水月自身も回避するのに忙しい。
 と、その瞬間、水月は後方にバンデッド02(敵性機体)が出現したことを、後方警戒センサーの警告音で知る事になる。
 バンデッド01だけでも手一杯であったところへ、もう1機に後方を取られ、挟撃される形になった水月は、必死に回避するものの敢え無く撃墜される羽目になった。

「ひゃわわー、宗像中尉、速瀬中尉がおとおとおと、落とされちゃいました~。」
「解っている、落ち着け築地。B隊全機に告ぐ、市街地の建物の陰に隠れて合流するぞ。
 悪いが麻倉には囮になってもらう。紫苑、おまえらは無事だな?」
「はい。僕も姉さんもダメージは殆どありません。急いで合流します。」
「なんで? どうして私じゃなくてぇ、紫苑に聞くんですかぁ? 宗像中尉。」
「―――その方が早いからだ。葵さん、障害物でこけたりしないでくださいよ。」
「なっ! だ、大丈夫よぉ…………多分……」

 月恵を囮に、市街戦で巻き返そうとした美冴だったが、そこへ悲鳴のような通信が入る。

「ヴァルキリー7、エンゲージディフェンシヴ!! 美冴さん、ヴァルキリー11と共に、2機の戦術機に挟撃を受けています!
 このままじゃ……きゃぁ!!」

 祷子の悲鳴と共に、データリンク上のヴァルキリー7とヴァルキリー11のマーカーが消える。
 同時に、ほんの少し前に表示されたバンデッド03とバンデッド04のマーカーも反応消失で消えてしまう。

「くそっ……これで衛士の数でもこっちが不利になってしまったか……しかも後衛と前衛のトップを失っている……
 仕方ない、各機、防衛拠点へ突撃。作戦目標を破壊しろ! 持久戦になってはこちらが不利だ。
 麻倉、悪いが上空へ飛び上がって索敵だ、桧山達の注意を引き付けてくれ。
 築地は私と二機連携だ、しっかり付いて来いよ。
 いいか、祷子達を喰った2機が戻るまでに敵防御拠点を落すぞ!
 よし、各機突撃開始!!」

「「「「 了解ッ!! 」」」」

 市街地の大通りを縫うようにして、防御拠点を目指し、水平噴射跳躍で突撃する美冴、多恵、葵、紫苑の4機。
 そして、タイミングを見計らって、月恵が噴射跳躍して上空へと飛び出し、アクティヴセンサーを全力で発信。
 後方より接近する3機を発見、改めてバンデッド03、04、05のマーカーがデータリンクに表示される。

 月恵は空中で上下左右にダンスを踊るように回避軌道を取りつつ、『不知火』と識別されたバンデッド03に右主腕と背部兵装担架2基で保持した87式突撃砲合計3門による砲撃を雨霰と放つ。
 その月恵機に対して、後方より狙撃が襲い掛かる。
 初弾はなんとか回避したものの、然程も経たない内に月恵機は撃墜されてしまった。

 しかし、その僅かな時間で美冴は狙撃手の潜伏場所を絞り込む事に成功し、築地を引き連れて想定狙撃地点を目指した。
 後方から3機が追って来て、前方に狙撃をした2機が存在する。
 A隊の衛士の数は5名、故に前方に位置するはずの後衛2機を、殲滅するか最悪足止めできれば、後方の3機が追い付く前に防衛拠点の作戦目標を破壊できる。

 これなら、何とか勝てると美冴は踏んだ。
 ただし、不安材料はある。武の新兵器がなんなのか不明である以上、どんなどんでん返しがあるか解らない。
 と、その時、右前方の路地から『不知火』が1機飛び出して来て、両主腕と背部兵装担架2基で1門ずつ保持した合計4問の87式突撃砲を乱射してきた。

「ひゃぁう! あ、茜ちゃんでねぇべか!! や、やめてけ…………」

 前方に飛び出してきたバンデッド06の36mm弾の弾幕を避けきれず、多恵の機体が撃墜される。

(涼宮だと? 涼宮は後方の3機の中に居たんじゃないのか? 強襲掃討装備の涼宮では、狙撃は難しいはずだが……なにっ?!)

 バンデッド06に牽制の36mm突撃機関砲の砲撃を放っておいて、その上空を突破することに成功した美冴に、更に2方向からの狙撃が襲い掛かってくる。

「紫苑、葵、後は頼んだ!…………」

 美冴機も、その通信を最後に撃墜された。

「とうとう僕たちだけになっちゃったね、姉さん。」
「そ、そうだね……でもぉ、相手はもう出払っちゃってるんでしょぉ。
 さっさと目標破壊してぇ、勝利をこの手にっ!ってね。」
「気が早いよ姉さん。」
「そっかなぁ―――ッ!! やばい、紫苑!」
「了解!」

 軽口を叩いていた葵が突然逆噴射をかけて速度を落とし、建物の陰に半ばぶつかるようにして飛び込む。
 激突の衝撃で小破の判定が出るが、無視してそのまま路地の奥へと移動する。
 その直後に、120mm滑空砲の連射が、一瞬前まで葵機が居た場所へと障害物の建物を貫通して着弾した。

 そして、名前を呼ばれ警告されただけで、紫苑は葵の意図と行動を正確に把握して行動する。
 葵が路地に逃げ込むのと前後して、紫苑は葵に砲撃を敢行したバンデッド07に36mm突撃機関砲を牽制で1連射し、葵を追って路地へと噴射滑走で飛び込んだ。

「ねぇねぇ、なんでまだ敵機がいるのよぉ。」
「うん、おかしいね。衛士が5人しか居ないのに、敵性戦術機が7機も出現しているよ。」
「どういう事なのかしらねぇ。」
「解んないけど、それより、今の戦闘で敵防御拠点への到着が遅れちゃったから、宗像中尉と戦ってた戦術機もそろそろ守りに入っちゃったかもしれない。」
「う~ん、そうだねぇ…………あんまり、成功する気がしないけど、演習なんだし、撤退するわけにもいかないよねぇ。」
「そうだね、やれるとこまでやってみよう!」
「うん。」

 その後、最短ルートを進撃する事を放棄した水代姉妹は、葵の勘だけを頼りにA隊の防衛陣形の裏を突く事に成功し、晴子機と葉子機を撃破するがそこまでが限界であった。
 その直後にバンデッド06とバンデッド07の襲撃を受けて紫苑が大破。
 最後に残った葵が奮戦するも、2機相手では2分も持たずに、撃墜された。

「状況終了。演習参加全機は、直ちに防御拠点に集まれ。」

 みちるの命令に従って防御拠点に集まってくる戦術機達。
 ヴァルキリーズの『不知火』が11機、武とみちるが搭乗している『不知火』複座型が1機、そして、『陽炎』を改修したと思われる戦術機が4機、合計16機の戦術機が一堂に会する事となった。

「なによっ! 新兵器とか言って、ただの『陽炎』改修機じゃないの。」
「でも4機もいたんだねぇ。どうやって操縦してたのかなぁ。」
「頭部と主腕の上部にカナード翼が増設されてるね。主脚各所には姿勢制御スラスターも増設されてるし……」
「なるほど、あのちょこまかした回避機動は、そのお蔭か……」
「結局、8機ずつで対戦してたんですのね。」
「でもさっ、『陽炎』の改修機で『不知火』相手に互角以上って変だよねっ!」
「ほんとね~。でも、白銀中尉の技量のせいもあるかもね~。」
「あたしは茜ちゃんに落とされたので、白銀中尉は関係ないのですっ。」

 B隊のメンバーは新兵器と思しき『陽炎』改修機を前に、あれやこれやと、喋っていた。
 未だオープン回線はA隊とB隊では別回線のままであった。
 と、B隊の通信回線がA隊の通信回線に統合され、みちるの声がオープン回線に流れる。

「さて、では今回の演習の講評を行う。
 それに先立って、今回演習に参加した新兵器について、白銀より説明してもらう。
 白銀―――。」

「了解です。―――新兵器と言っても、機体自体は『陽炎』の改修機に過ぎません。
 この機体の新機軸は、遠隔操縦と自律制御によって運用する無人機である事にあります。
 一応呼称も改めまして、『陽炎』改修型遠隔陽動支援戦術機『時津風(ときつかぜ)』と呼称しています。
 『時津風』は無人機であるため、搭乗者への負担を気にせずに、かなり無茶な機動が取れます。
 その為、噴射ユニットを強化し、機体上部に機動制御補助用のカナード翼を、主脚各部に姿勢制御スラスターを増設しました。
 これらを用いる事により、飛翔中の機動力と最高速度を向上させています。
 あとは、関節部にロック機構を追加してあり、高機動飛翔時の関節部への負荷を軽減するようにもなっています。
 管制ユニットは従来のものをそのまま流用していますので、衛士が乗り込んで直接操縦する事も可能です。
 ただし、その際は相当の覚悟が要りますね。『時津風』はじゃじゃ馬ですから。」

 武はここで一旦言葉を切って、網膜投影されているヴァルキリーズの表情を確かめた。
 遠隔操縦の無人機である事だけは演習前に伝えてあるA隊の衛士も含めて、全員が興味深げでいて、何か違和感を感じているような、微妙な表情で武の話を聞いていた。

「『時津風』の運用目的は、主として戦場に於ける陽動を担当する事です。
 BETAの注意を引き付けて、友軍のBETA殲滅を容易にしたり、撤退時の囮としたり、謂わば戦場に於ける最も危険な任務を担当させる機体です。
 遠隔操縦による運用に関しては、大きく分けて2種類の運用を想定しています。
 一つ目の運用方法は、HQまたはCPからの遠隔操縦による戦域管制を主とした方法です。
 これは、戦域に於いて、随時最も戦力の投入が必要と思われる地点に、戦線後方へと事前に分散配置した『時津風』を急行させて、戦況を好転させる事を企図した運用方法です。
 この方法のデメリットは、通信状態の悪化によって運用できなくなる事であり、特にハイヴ突入時に運用出来ない事が最大の欠点といえます。
 その他に、事前配置したまま待機させている『時津風』が、遊兵化してしまうこともあげられます。
 もっともこの点は、展開させた『時津風』を交互に用いる事で、補給整備を行えるという事でもあります。
 メリットとしては、高い能力の衛士をこの任務に充てることができれば、有力な戦力を戦場全域に比較的容易且つ短時間で転戦させられる事があげられます。
 この場合、謂わば火消しチームとして戦場で最も危険な地点に投入し、戦況を好転させる運用方法が最も効果的であると思われます。」

 武は再び言葉を切って、全員の表情を改める。今度は、僅かではあったが表情に差違が表れていた。
 好意的な表情もあれば、嫌悪感を隠し切れないもの、未だに良く理解できていない不要領なものなどに分類できようか。

「もう一つの運用方法は、部隊内の支援機として、小隊又は中隊に配備する方法です。
 この場合、『時津風』の操縦者は同じ部隊内の複座機に搭乗して、『時津風』を運用します。
 この場合は、部隊内データリンクを介して遠隔操縦を行いますので、通信状況の悪化にも対処がし易く、ハイヴ内あっても運用は可能であると思われます。
 『時津風』は自律制御によって部隊に随行させる事ができますので、複座型に搭乗する衛士は、搭乗機体の操縦と、サブアームの射撃管制や周辺探索、作戦指揮などなど、各種作業を分担する事ができます。
 任務の内容にもよりますが、『時津風』担当衛士1人に対して複数の『時津風』を随伴させる事も可能です。
 自律制御でも支援程度であればこなせますので、衛士を増やす事無く戦力を増強できると考えます。
 あとは、蛇足ではありますが、『時津風』部隊内運用担当機の複座型は通信機出力を強化してある以外は従来機と全く変わりません。
 『時津風』の概略に関しては以上です。」

 みちるは武の説明を聞き終えた部下を一瞥し、物言いたげな顔が幾つかあることに気付いたが、現時点では発言を許す事をせず、講評を再開した。

「さて、今回の演習では、A隊に4機の『時津風』が編入されていた。そして、私が白銀と『不知火』複座型に搭乗した。
 衛士の数で劣っていたA隊は、防御拠点の防衛に専念するしか選択肢がなかったわけだが、白銀の提案により、『時津風』を用いた早期警戒網を展開した。
 防御拠点を中心として、1機が旋回飛行しながらアクティヴセンサーの全力発信によって索敵すると共に、防御拠点より3方向に進出して隠蔽した3機の『時津風』がパッシヴセンサーによる索敵を行っていた。
 これらの『時津風』の運用は、白銀が各『時津風』に自律行動を指示して行わせたものだ。
 全機で突撃してきたB隊が発見したのは、旋回飛行をしていた『時津風』だな。
 この『時津風』を以降T1と呼称する。
 B隊の接近を察知した白銀は、直ちにT1を遠隔操縦に切り換え、B隊への威力偵察を実施した。
 すると、B隊が所属全機を投入している事が判明したため、我々A隊は迎撃に打って出る事を選択した。」

 ここで、みちるはニヤリと笑った。水月はそんなみちるの笑みを見て、悔しげに顔を顰めた。

「ここで特筆すべきは白銀が行った『時津風』の運用だろう。
 白銀は後退に移ったB隊を追尾しながら、残る3機の『時津風』―――T2、T3,T4と呼称する―――を自律制御で動かした。
 T2及びT3はT1の左右斜め後方を距離を空けて追従させ、T4には防御拠点の守備を担当させた。
 残るA隊の『不知火』4機は、B隊が分散する場合に備えて、T2,T3の更に後方を追随していた。
 A隊はこの時点で、B隊の包囲殲滅、分散後の各個撃破双方を視野に入れて行動していたが、極端な話、『時津風』3機でB隊の3機を落せれば十分だと考えていた。
 何しろ、そうなれば衛士の数は5対5になる。その条件下なら防衛側が圧倒的に有利だからな。
 そして、T1を振り切れなかったB隊は反転し、T1を撃墜すべく攻撃に転じたわけだが、それを予期して距離を必要以上に詰めなかった白銀によって凌がれ、逃亡して見せたT1を追撃した。
 この時、白銀の指示で私がT2とT3に指令を送り、T1の逃亡コースの両側面に2機を隠蔽させた。
 そして、B隊が上空を通過した直後に、T2とT3が自律誘導弾を全弾発射し、我々A隊は攻撃に移った。」

 話を聞いていた美冴の表情が極僅かに忌々しげに歪む。<