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家族との対面に至る救出の一部始終を世界中が息をのんで見つめ、胸をなで下ろした。南米チリ北部の鉱山で、地下約700メートルに閉じこめられていた作業員33人が全員、69日ぶりに無事地上に戻ってき[記事全文]
全国の病院で医師が約1万8千人も不足している。そんな調査を厚生労働省がまとめた。病院側が必要と考えてはいるが求人をしていない人数を加えると、不足数は約2万4千人にのぼる計算だという。[記事全文]
家族との対面に至る救出の一部始終を世界中が息をのんで見つめ、胸をなで下ろした。南米チリ北部の鉱山で、地下約700メートルに閉じこめられていた作業員33人が全員、69日ぶりに無事地上に戻ってきた。
地下のリーダーの的確な判断と指導力、作業員のチームワーク、それを支えた家族愛、世界中から差し伸べられた支援の手。危険を伴う作業を成し遂げた救出チームの努力と技術力、まさに歴史に残る救出劇だった。
だが、今回の事故の背景を見れば、世界が直面している課題が浮かび上がってくることも無視できない。
中国など新興国の経済成長を背景とした資源需要の世界的な急増と、そうした資源がますます手に入れにくくなっているという現実である。
チリは、世界一の銅の埋蔵国、そして生産国だ。世界最大の露天掘りの銅山が4キロ以上にわたって広がり、観光名所となっている所があれば、規模の小さいものも少なくない。
事故のあったサンホセ鉱山は、そんな中小の銅鉱山の一つで、安全面での問題がしばしば指摘され、2007年に爆発事故で死者を出し、閉鎖されていた。ところが、銅価格の急騰で、08年夏に操業を再開した。
安全面で問題を抱えたまま操業を急いだ面が否めない。今回の事故では約70万トンもの岩石が崩れ落ちた。大規模な鉱山では安全対策が進み、近年ではこうした大規模な落盤事故はまず考えられないと驚く関係者も多い。
銅などの金属の需要は、世界経済がリーマン・ショック後の落ち込みから回復するとともに急増している。とりわけ中国では、銅の需要は1990年代後半から急増し、世界の約3分の1を占める。その結果が価格の高騰だ。
価格が上がれば、条件の悪い鉱山でも採算が合うようになる。より深く、より悪条件の場所へ。まさに今回のような鉱山が登場することになる。
中国頼みの希少資源としてレアアースが注目されているが、銅やアルミニウム、鉛などの金属についても決して将来を楽観できない。電線に欠かせない銅などは代替品も少なく、採取の容易な鉱山はかなりの部分がすでに開発済みである。
世界的には、資源採掘をめぐる事故は珍しくない。今回示されたような事故後の国際協力ばかりでなく、事故防止の安全策にも力を合わせたい。
天然資源だから、いずれ枯渇することも考えておかなければならない。限られた資源を有効に使うこと、そして再利用がますます重要になる。日本の役割は決して小さくない。
米オバマ政権は、流出事故を起こした海底油田の操業再開にゴーサインを出した。地下資源の採取は、環境への影響を最小限に抑えることも大切だ。
全国の病院で医師が約1万8千人も不足している。そんな調査を厚生労働省がまとめた。病院側が必要と考えてはいるが求人をしていない人数を加えると、不足数は約2万4千人にのぼる計算だという。
いま日本は、先進国の間で人口あたりの医師数が最低水準にある。大学の医学部定員増によって着実に増やすことが必要だ。しかし、一人前の医師を養成するには時間がかかることを考えると、まずは医師の偏在に手を打つことが急務だろう。
今回の調査では、都市部に医師が集中し、地方で医師が足りないほか、救急医療などの分野で不足が深刻化していることが分かった。
不足と偏在の解消に向け、国が大学の医学部に「地域枠」を設けたり、都道府県などが医学生に奨学金を出したりしている。そうした取り組みは思い切って強化すべきだ。
日本医師会が偏在解消策の検討を始めたことにも、注目したい。
「地域医療を一番わかっているという自負」をもって問題の解決に取り組むという。今年度中に案をまとめようとしている。
偏在解消策については、日医内部に「自由開業制の否定だ」といった抵抗も根強い。しかし、自由にしておいて偏在が解消できないとすれば、政府や自治体による公的関与を強めてでも問題解決に取り組むしかない。
日医がまず自主的な努力を見てほしいというのなら、会員の意見を早期にまとめ、国民が納得する改革案を示してもらいたい。
日本弁護士連合会が、地域に弁護士がいない「法律の無医村」をなくすため、基金をつくって公設事務所を開くなどしてきたことも参考になる。
休日の当番医をはじめ、各地の医師会は地道な地域貢献をしている。だが、日医はこれまで政治的な動きが目立ち、利益集団のイメージがつきまとってきた。
そんな状況を変えるにも、医師偏在への取り組みは試金石となりうる。要は「既得権を守るために、医学部の新設や、医師の計画的な配置に反対しているのではないか」という疑念をぬぐえるかどうかだ。それができるほどの成果が出る内容でなくてはいけない。
患者側にも、医師不足や偏在の解消に協力できる余地がある。医師が疲弊して逃げ出さないよう、働きやすい環境をつくることだ。軽症でも休日や夜間に病院へ行く「コンビニ受診」を控えることも役に立つ。そんな地域の活動のおかげで医師の負担が減り、閉鎖寸前だった病院の小児科に再び医師が集まってきた例もある。
地域医療を守るには、医師と患者の協働が必要だという理解を広めつつ、医師側の取り組みを注視したい。