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[21206] 【ネタ】Muv-Luv 土管帝国の興亡 第1部 【チラ裏より】 
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/09/13 22:07
挨拶

初めまして 鈴木ダイキチと申します。

初めての投稿なので、色々不慣れだったり、遅筆だったりすると思いますが適度に醒めた目で見てやってください。

この作品は

オリジナル主人公。

主人公のみチート技術を保有。

タケルちゃんや横浜組の出番は少ない。

コンセプトは“正しい第五計画の作り方?”。

主人公は並行世界(かなり未来)から来た日本の公務員。

一応仕事なので、第四計画の手伝いは出来ない。

仕事の都合上第五計画の変更、または日本独自の第五計画の実現を目指す。

といった内容です。

古いネタが満載ですが、そのへんはわかる人だけでも楽しんでもらえればとおもいます。


2010/09/01 ご指摘のあった箇所を修正しました。

2010/09/13 タイトル変更、及び内容微修正、設定一覧を追加して、チラ裏より移動。



[21206] 土管帝国の興亡 プロローグ「国家公務員」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/09/13 20:38

プロローグ 「国家公務員」

「君には失望したよ。」

「そうですか。」

勝手極まりない台詞を吐く上司に対して私は慇懃無礼な態度で返答した。

ここは『国土開発省・土木建設庁内特機開発局』

それが私の勤務先であり、目の前にいるのは私の上司である。

民間企業であれここのような官公庁であれ、上司が部下を選ぶことは出来ても部下が上司を選ぶことは出来ない。

“わかっちゃいるけど”少々やりきれない。

ようするに私は仕事上のトラブルの全責任を押し付けられようとしているのである。

国の開発事業のために必要な様々な特殊な機器や建機の類を開発、試験運用を行うのがここでの仕事だ。

目の前にいる私の上司の半年程前に発覚したヘマの穴埋めとして他から押し付けられた仕事のほとんど全てを私は押し付けられた。

そのうちの幾つかはなんとか消化することが出来たが、残念ながら解決のめどがたたない案件が2つ残された。

そしてこの上司はその責任をも私一人に押し付けようとしている訳だ。

呆れてものも言えないし彼の常識を疑いたくもなるが、本人は自分の考えに一片の疑問も羞恥心も抱いてはいないようだ。

それどころか彼はさらに常識どころか正気まで疑いたくなるようなことを言い始めた。


「この役にも立たないゴミクズ共をいつまでも君の仕事の不手際のために我々が管理し続ける訳にはいかないのだよ、ここは官庁だ、国家と国民のために働く場であって君の不手際の産物を保管するための機関ではない。」


「“私”の“不手際”ですか?」


「・・・・・他の誰のせいだと言うのかね?」


「・・・・・・・なるほど。」


不毛で愚かしい会話というものは世の中にいくつもあるだろうが、これはかなりの上位を狙えるかもしれない・・・そう考えていると上司殿はさらにこう言い放った。


「君のせいで私や他の局員達に迷惑が及ばないようにするためにはどうすればいいのだと思うかね?」


「辞表ならすでに用意してあります。」


バカ話に付き合うのもそろそろ限界なので、私はそう言ってやった。

すると彼は途端に顔色を変えてわめき始めた。


「君ィ!なにを言い出すのかね!そんなものを出すことで責任を取れるとでも思っているのかね!」


別に責任をとろうなどと思っている訳ではない、単にこれ以上目の前の愚か者の顔を見ているのが我慢できなかっただけである。


「では、査問会ですか?それとも何らかの罪で裁判でも?」


私が故意に冷たい声と表情でそう言い放つと、彼はあわてて表情をにこやかなものに取り換えて猫撫で声(のつもりだろう)を使い始めた。


「いやいや、君の今日までの仕事ぶりと国への貢献を考えるとさすがにそんな真似はしたくないのだよ私は。」


(やっぱりか)私は心の中で溜息をついた、この男は私が辞めたり査問会などに出ることになれば自分に不利なことを言いまくるのだと思っているのだ。

とんでもない誤解である。 私は事実関係を正直に告白しようと思っているだけなのだが、彼はそうは思っていないようだ。

まあ、どっちにしろ彼が困った立場に立たされるのだろうが私の知ったことではない。


「要は君があのガラクタを最後まで責任をもって処分してくれればいい訳だ。」


「・・・なるほど。」


目の前にいる保身の権化がなにを言いたいのかよく理解できた。 私に告発されるのもいやなら、あの“ガラクタ”たちの始末を自分でやるのも嫌だと云う訳だ。

一体どうすればここまで身勝手な人間が出来あがり、しかも官庁の要職につけるのか不思議でならないが事実目の前にそれは存在している。


「どうかね君、アレをどうにかしてキレイに処分出来ないかね?」


眼前の無責任上司のうわ言を聞きながら私は思った。

(もうたくさんだ、これ以上ここにいるよりはまだ“アソコ”のほうがマシかもしれない。)

そのとき、私の頭の中には古典空想創作の代表作の一つとそれに関して近年になって判明したある事実が浮かび上がっていた。


「局長」


「何かね?」


「自分にひとつ考えがあります。」


その古典作品の名は・・・・




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第1話「諸星 段」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/09/13 20:49

第1話 「諸星 段」

2000年12月24日 その日、鎧衣左近は帝都の一角にある雑居ビルの前に立っていた。

このビルの4階にある『松鯉商事』の社長に会うためである。

松鯉商事は3年ほど前に開業した新参商社だが、その2年の間に帝国情報部が無視できないほどの成長振りを見せている。

事業がではなく、人脈がである。

松鯉商事の主な仕事とは、一言でいえば「接待」だと言っていい。

政治家、官僚、財界人、文化人、芸術家、様々な分野の有力者に接近し宴席を設ける。

そしてほとんどの人間がその宴席の虜になっていった。

その理由は実に簡単に判明した。

その宴席で出された「料理」だったのである。

一見してさほど贅を凝らしたとも思えない質素にすら感じられる料理の味は、現在の帝国では入手不可能なはずの最高級の天然食材と調味料による至高の出来栄えであった。

たかが料理、されど料理である。

今日の帝国の状況下では、たとえ有力者といえどそうそう贅沢なものを毎日食いまくる訳にはいかないし、また物理的、金銭的な理由からも不可能である。

世界の現状を見ればある意味当然とも言えるのだが、彼らのような人間が比較対象として見るのは常に『米国』なのだ。

“彼らはたらふく喰っている”、なのに何故我々はそうではないのだ・・・

国民の半数がBETAに喰われ、事実上国土の半分を失ったに等しい状況でもエライ人はそういった不満を抱くものである。

後に狭霧直哉という男がクーデターを企てるに至った理由の一つがこうした考えに対する怒りと不信であったのだろう。

それはともあれ、そんな彼らの不満を一口で和らげる程に松鯉商事の接待料理は美味だったのである。

和食、洋食を問わずあらゆる料理にわたりすべての食材と調味料、そして酒を自ら調達して店の料理人たちに提供した。

通常なら断る店も多いのだが、供された食材のあまりの鮮度の良さと品質に節を曲げ、目を潤ませながら二度と触れることがかなわないと思っていた最高の食材に包丁を入れていた。

そして出される至高の料理を味わいつつ、どんなお願いをされるのかと考える有力者たちに松鯉商事の接待役は「今後とも御懇意に」と言うのみだった。

「今後とも御懇意に」することによってこの美食の宴を楽しめるのなら、是非そうさせて戴きたいと思うのが人情である。

新興商社が人脈作りに懸命になっているのだろうと殆どの人間がそう考えた。

鎧衣左近のような情報畑の人間を除けば・・・
 
 
(さてさて、鬼が出るか蛇が出るか・・・この会社は怪しすぎる。 接待の仕方といい、出される料理とその材料の質、いやそもそも現在どうやっても手に入らないはずの食材や酒までどこから入手しているのか、まるで“どうだすごいだろうたっぷりあやしんでくれ”と言わんばかりではないか。)
 
 
なにしろ自分たち帝国情報部がどれだけ目をこらし耳を澄ませても、判ったことといえば“この会社はすごくおかしい、そして怪しい”ということだけだった。

そしてそれ以外のことは全くわからなかったのである。

この会社をこのまま放置しておくのは少々危険だ。 しかし、なんの大義名分もなく警察を踏みこませて何も出てこなかったら、あるいは「かの国」のような大蛇が現れたらどうするか。

組織的な思考錯誤と逡巡の結果、例によって鎧衣左近に藪を突いて蛇がいるかどうかを確かめる役が押し付けられた。

尤もその命令を受けたとき、本人の態度は何時もと変わらない飄々としたものだったが。
 
 
(おや)
 
 
不意に後方に人の気配を感じとり、後ろを振り向くとそこに一人の男が立っていた。
 
 
「メリークリスマス」

「メリークリスマス」
 
 
にこやかな男の言葉に鎧衣は同じ言葉で挨拶を返す。 その一方で彼の頭脳は猛烈な勢いで回転を始めていた。
 
 
(いやいやいやいや、この私とした事がまったくもって不覚千万。 周囲に十分気を配っていたはずなのにこの距離に近付かれるまでその気配を察する事が出来なかったとは、いやそれにしてもこの男は何者だろう。 顔から察するに調査ファイルにあった松鯉商事で接待担当を主な仕事としている営業課の課長に間違いないと思われるがどう見てもただのサラリーマンなのにどう見てもただのサラリーマンではない。 体の姿勢や身のこなしから判断して少なくとも軍隊等の訓練を受けた形跡は感じられない。 その一方でこの男はこの私の背後をいともたやすく取って見せた。 最近年齢的に色々きついとはいえなんの訓練も受けない者に背後を取られるほど私もまだ衰えてはいない筈だ。 その点から考えてもただの素人とは思えないがしかしこの男からは我々のような諜報機関の人間、あるいは軍の特殊機関、または公安関係者、あるいはそれとは反対の側に位置する犯罪者、テロリスト、狂信者、アナーキスト、アウトロー等々に特有の匂いも全くしない。 おそらくこの男は私がいままで係わって来たいかなる種類の人間とも異なる分野に属するのではないだろうか? そもそも人間の分類などというものは人それぞれの都合によって自分に係わる人間を整理分別する行為の目安に過ぎず個々の人間の本質や資質とは一致しないことのほうが多いのだろう。 私の息子、いや息子のような娘も“彼女たち”4人と共に一つの柵の中に入れられているがそれは本人たちの都合や意志ではなく彼女たち5人を扱うのに都合のいい場所と区分けを求めた者たちの決定であったに過ぎず従って・・・いやいかんいかんつい思考があさっての方向に逸れてしまった、今は目の前の男を見極める必要があるのだがなぜかこの男は不審人物であるにも関わらず危険人物としての匂いが全く感じられない。 しかし今日の日本国内において“メリークリスマス”などという挨拶をする人間というだけでも十分に怪しい、いやおかしいとさえいえるだろうそもそも反米思想がはびこっている現在の日本国内でそんな挨拶をすること自体自分に不審の目をむけてくれと言わんばかりの・・・)
 
 
「人間観察は楽しいですか?」
 
 
にこやかな表情のままで男は鎧衣に向かってそう切り出した。
 
 
「いやいやこれは失礼、あなたがこの国ではあまりされることのない挨拶の言葉を口にされるのでつい興味を抱いてしまいました。 お詫びといってはなんですが東アフリカのケニア国内最大の民族であるキクユ族がしている挨拶の仕方をご紹介しましょう。」
 
 
「それも楽しそうですがそれよりもせっかくわが社にいらしたのですから中でゆっくりとお話をしませんか 鎧衣左近さん。」
 
 
のらくらと詭弁を弄しながら相手の出方を伺う鎧衣に対して、男はいきなり正面からのジャブを見舞った。
 
 
「おやおや自己紹介はまだだったと思うのですが私のことを御存じですかな?」
 
 
相手のジャブに小揺るぎもせず、鎧衣は聞き返す。
 
 
「ええよく存じておりますし、あなたが当社を訪ねてこられるのを今日か明日かとずっとお待ちしていたのですよ。 あ、忘れていました、私こういう者です。」
 
 
鎧衣の質問になにやら聞き捨てならない返答を返しながら、男は懐から名刺入れを取り出し1枚手渡した。 

【株式会社 松鯉商事  営業課 課長 『諸星 段』】

それが名刺に書かれていた名前であった。
 
 
第2話に続く
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第2話「土管帝国」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/09/13 21:04
第2話「土管帝国」

【2000年12月24日 松鯉商事社長室】

いやどうも初めまして、私が当社の社長で封木(ふうき)と申します。 私、元々は名古屋の生まれなんですが長いこと海外で仕事をしてましてね、ええアメリカに本社のあるマッコイ・カンパニーという名のまあ言ってみれば“よろずや”ですなあ。 そこの社長、マッコイって名前のじいさんなんですがね、口癖が「金さえ出せばクレムリンだろうがハイヴだろうが持ってきてみせる。」だったんですが、私はその人の下で働いてまして商売のイロハを全て叩き込まれました。 いやまああの頃は中東とかに商品を命がけで運んだりして、ええ最後にゃあなた空母とかもね、いやホントですよ。 そんな大変な仕事をしながら食事ときたら豆の煮込みスープばっかりでいや社長自身がそればっかり喰ってんですよ。 「いいかプーキー、豆は栄養があるんだ。 人間、豆喰ってりゃ死ぬことはないんだ。」なんて言ってね。 ああ“プーキー”ってのは私の愛称でしてね、なんのかんの言いながら可愛がってもらいました。 おかげで一人立ち出来るまでになりまして、今に至る訳です。 会社の名前? ええその通りです。 当社の名前はマッコイ・カンパニーからもらいました。 まあ私にすれば暖簾を分けてもらったような気がしているものですから・・・
 
 
人型の団子、いや団子のような形をした社長の身の上話か苦労話かよくわからない独演に適当な相槌をうちながら、鎧衣左近は社長の背後に控える男、「諸星 段」に関する考察にふけっていた。

この会社の社長である封木氏に関しては既に調査が終了している。 本人が自慢するとおり、米国に本社を置く国際流通企業マッコイ・カンパニーの元社員で、社長のマッコイ氏と共に中東のみならず世界中に戦術機やその兵装、部品を売り歩いていた所謂“武器商人”をしていたのだ。

だが、それでも今は単なる堅気の商社の社長に過ぎず、この男の“現在”からはなにも出てこなかった。

“現在”になにかありそうなのは社長ではなく、この営業課長・・何故ならいくら調べてもこの男の“過去”には“全く何もなかった”のである。

諸星に経歴がない訳ではない。 岡山県の生まれで現在36歳、家族はなく天蓋孤独の身の上であり、98年のBETAの大侵攻により故郷を追われ、知人の紹介で帝都に移り住み松鯉商事の社員となり、その後働きぶりが社長に認められ営業課長に抜擢される。 

だが彼の岡山に住んでいた頃の記録があまりにも少なく、また実際にその頃の彼を知っている人物もあの戦災でいなくなってしまっていた。


(ようするに、この男が本当は何者なのかを知っている人間がどこにもいないと言うことだ。)


戸籍やその他の記録がどれだけ万全であったとしてもそれが本物とは限らないし、目の前の男が本人だとも限らない。

おまけにもう一つ、極め付けに怪しいものがあった。

出された茶の味である。


(いやいやいや、驚き桃の木なんとまあこれは間違いなく今年摘まれた宇治の新茶ではないか。 いやしかし“そんなことがあるはずがないのに”一体どうやってこれを淹れることができるのだ?)

2年前に京都がBETAによって蹂躙されて以来、茶の栽培はおろか、人が入ることも難しくなった地域でのみ栽培されていた、それも間違いなく今年の新茶の味が鎧衣の舌と喉を潤していた。


「いかがでしょう当社の目玉商品の茶の味は。」

「いや実に素晴しいお味ですなあ~ 土産にぜひ一袋頂けませんかな。」

「もちろんですとも、一袋と云わず進呈させて戴きます。」

「おおそれなら諸星君、是非鎧衣さんに他の商品のサンプルも見ていただきなさい。」

「わかりました社長。 では鎧衣さん、こちらへどうぞ。」


ある意味定型文どうりの会話を交わしながら鎧衣と諸星は本題に入れる場所へと移動する。

案内された先は、一つ上の階にある商品展示室だった。


(・・・・・!?)


様々な商品を見せてもらいながら様子をうかがっていた鎧衣の目に一つのコーヒー豆の袋が目に入ってきた。

『Kilimanjaro』

東アフリカ、タンザニア産の銘柄である。


「ええ、もちろんそれも本物ですよ。」

「ほほお~」

目で問いかけた鎧衣に対して、いともあっさりと答える諸星。

「ですが鎧衣課長、当社、いえ私があなたにお見せしたいのはそんな物ではありません。」

「と、言いますと?(つまりこの程度では済まないビックリ箱が用意されている訳かこの会社・・・いや、この諸星 段と名乗る男には。)」

「こちらへどうぞ。」

諸星は部屋の奥にある特大のクローゼットのような扉付きの箱の前に鎧衣を案内した。

「これは?」

「この中に入って頂かないとお見せすることが出来ません。」

そう言って諸星はそのクローゼットの扉を開けて自分から先に入って行った。

怪しさもここに極まれりといったところだが、今更引き返す道は鎧衣左近と言う男には残されていなかった。

意を決して中に入るとまるでエレベーターの中のように照明が灯いていた。
 
 
「では一度閉めます。」
 
 
 
 
扉を閉め内壁にあるパネルを操作すると、一瞬浮遊感がありそして諸星が再び扉を開けるとそこは・・・・・・
 
 
 
 
 
 
「『我が国』へようこそ。 帝国情報部外事二課課長 鎧衣左近殿。」
 
 
 
 
 
目の前の「風景」に呆然としていた鎧衣の背後から、いつの間にか懐から取り出したセルフレームの眼鏡を掛けながら諸星が言った。

「『我が国』・・・ですと?」

「はい。」
 
 
 
目の前に広がる「風景」 それは世界中を旅した鎧衣の見慣れた、しかし同時に一度も見たことの無い不思議な景色だった。
 
 
 
 
「・・・・ここは“何処”で、あなたは“誰”ですかな?」
 
 
 
冷静沈没、理路混然、薀蓄無限、詭弁満開、それらの怪しげな四文字熟語で表現される男が、極めて平々凡々な質問を口にした。
 
 
「ここは『秘密国家・土管帝国』、そして私はこの国の“管理人”です。」

「管理人、ですと?」

「はい…あ、これが私の正式な身分です。」

そう言って諸星は先程とは別の名刺を鎧衣に手渡した。 

その名刺には 『並行基点観測員3401号 モロボシ・ダン』 と記されていた。
 
 


第3話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第3話「需要と供給」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/09/13 21:16

第3話「需要と供給」

目の前に非常に貴重な光景が繰り広げられている。  鎧衣左近が眼を大きく見開いて半ば呆然としているのだ。

彼を知る人間が見たらさぞ仰天するだろうと思いながら、眼鏡(携帯型電脳)に映像を記録する。

友人のヨネザワ君あたりに渡せばかなりいい御礼が貰えるだろう。(べつにお金じゃないよ)

さて個人的趣味はこれくらいにして、お仕事お仕事。
 
 
「いかがでしょう鎧衣課長、我が国の景観は。」

その言葉に鎧衣課長はしみじみと首を振りながら、こう切り返した。

「いやはや、これほどのどかな風景を見るのも久し振りですが、これほど奇妙な景色を見るのは生まれて初めてでもありますなあ。」

「おや、奇妙といいますとどのへんが奇妙に見えるのでしょう?」

早くも平常心を取り戻したとみえる。 まったく大したものだこの男は。

「さよう、この視界に広がる風景そのものもですが、なんといっても『アレ』ですかな。」

そう言って彼は『アレ』を指さす。  ああなるほど、こっちの方が驚きですか。

「ああ、『彼ら』のことですか・・・  お~いみんな~こっちへおいで~、お客さんだよ~。
 
 
《あ、モロボシさんだ、ハ~イ》
 
 
そう言って“彼ら”はワイワイ言いながらこっちへ走ってくる。  相変わらず陽気で騒がしいね、この連中は。

「紹介しましょう鎧衣課長、彼らは私の助手でこの土管帝国の建設、開拓を担うAI戦車…もとい自律思考型作業機械“タチコマくん”です。」

《よろしく~》 《ぼく、タチコマです~》 《はじめまして鎧衣さん~》
 
 
私の紹介にあわせて、次々と挨拶をしていくロボット軍団・・・これが元々は軍用の思考戦車だなんて誰が思うだろう。

軍用の小型戦車として開発されながらあまりにも優秀すぎる、いやあまりにも間抜けすぎるAIのロジックにブチ切れたお偉いさんが配備の中止と戦車たちの別用途への転用(つまり事実上の廃棄)を決定し、まったく無関係の私の所属官庁へと押し付け、さらに押し付けの元凶ともいえる我が上司によって彼らの始末と全責任を被せられた時の私の心境といったらもう…。

だがしかし元気いっぱい楽しそうな歌声であの“ドナドナ”を合唱しながらやって来た彼らを見てつい、ホロリとしてしまったのが私の運の尽きだった。

ちなみに彼らのAIを開発したエンジニアは、「貴様ら官僚はこの程度の諧謔も許さないのか。」などとほざいていたそうだが、商品のスペックは相手を見て決めて欲しいものだ。


「ところでモロボシさん。」

「なんでしょう。」

「この国の人々は何処にいるのですか?」
 
 
ある意味当然ともいえる彼の質問に私は「国民はいません」と答える。
 
 
 
「はい?」 と小首を傾げる鎧衣課長。
 
 
 
「この国にはまだ国民はいません。  当然憲法を始めとする国家の基本制度、それらも一切存在しません。  この国にあるのはこの『国土』とそれを開拓する彼らAI作業ロボット、そして管理人の私だけです。」

「つまりこの国の国民はいまのところあなた一人だと…」

「いいえ、私はこの国を維持管理しているだけで国民とはいえないでしょう。」

国を一つのアパートやマンションに例えるなら、管理人がイコール住居者と言えるかどうかは微妙だろう。

「この国は未だ国としての中身を持たない器だけの“空ろの国”…そして鎧衣さん、あなた方の“帝国”は現在その器、すなわち“国土”を失おうとしている・・・」


その台詞を聞いた瞬間、鎧衣左近の瞳に稲妻が奔ったのを私は見逃さなかった。

「需要と供給・・・互いの利害が一致しているとは思いませんか?」

「需要と供給・・・ですか、成る程。」



今、鎧衣左近の頭の中では凄まじい速度で思考が回転しているのだろう。 私が彼をここにおびきよせるのに使った様々な撒き餌、そしてこの『土管帝国』とタチコマたち・・・それらの要素をどう分析し、判断するかはエスパーならぬ私にはわからない。

だがしかし、一つだけ確信していることがある。  この男は必ず…

「いや、実に面白いですなあモロボシさん。  御社やあなたとは是非、これからも良いお付き合いをさせて頂きたいものです。」
 
 
 
喰いついた。
 
 
 
 
 
「ではまた後日。」

「ええ、よろしくお願いします。 それと、その「包み」の方も。」

「ははは・・・」(微妙な顔)
 
 
 
 
とりあえずの顔繋ぎを済ませた鎧衣課長を見送った後、私は社長室に報告にあがる。
 
 
「どうだったね諸星君。」

「ええ、大変興味をもって下さいましたよ社長。」

「それは良かった・・・ ところで君、その手に持っているのは何かね?」

「ああ、これはサイン入りの色紙です。  鎧衣左近直筆の。」

「??? 君は時々、意味不明なことをするね。」

「ハハハ、申し訳ありません。」

そう、私が手に持っている厚紙の束は先程鎧衣課長にお願いして書いてもらったサイン入りの色紙だった。 さすがの彼も目が点になっていたが、私の求めに応じてくれた・・・かなり首を傾げていたが。

友人、知人、そして協力者へのプレゼント兼報酬だと言っても多分判ってはもらえないだろう。

「・・・・しかし、これで君もそして私もルビコン河を渡ってしまったねえ。」

「はい、しかしご心配なく。 社長に損はさせません。」

「損か…いやそんなことより私は自分の家族の将来を確保したいだけだよ、たとえどれほどの犠牲を支払ってもね。」

「ご家族、ですか…」

「ああ、所詮私は小市民に過ぎない。 かつて“あの”マッコイ翁の下で働いていた時代にいやというほど思い知らされたがね。  だからこそ、小人らしく家族を第一にしたいのだよ。」

穏やかな顔の中に「未来」に対する不安と苦悩を滲ませて社長は語る。

社長の家族は妻とまだ幼い娘の二人、だがいつかは娘も徴兵される時が来る。 海外の戦地へ兵器や物資を運ぶ仕事に就いていたこの男はBETA大戦の悲惨さを何度もその目で見てきた。

だからこそ、そんなところへ娘をやりたくない。 たとえどんな伝手を使っても・・・非国民?そんな御立派な台詞は友人たちを咥えて咀嚼しながらこちらへ迫りくるBETAを目の前にしてから言ってくれ。  自分たちの子供だけは後方勤務の実質徴兵逃れを行う政治家や官僚たち、最前線にお伴付きで出ることが許されるお武家様、そんな連中に何を言われようが知ったことか。

社長の表情にはその言葉が形となって表れていた。

「大丈夫ですよ社長、鎧衣課長・・いや帝国は必ずこちらの話にのってきます。」

「そうか・・・いや、そうだろうね。 どの道このままでは、この帝国に未来はないだろうからねえ。」

・・・そう、彼らは必ずのってくる。 この帝国を救う手だてを求めて。

そして私はそのために我が“土管帝国”を創ったのだから。  帝国、いや人類をBETAとそしてオルタネイティヴ第五計画から救うために。
 
 
第4話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第4話「狸たちの沈黙」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/09/14 07:26
第4話 「狸たちの沈黙」

【2000年12月25日夕刻 深川 小料理屋「小鉄」】

鍋の中身は軍鶏の臓物と笹がきのゴボウ、そして短冊に切った蒟蒻だった。 それが程良いところまで煮込まれている。
 
 
「さて、そろそろ喰い頃かのう。」

その場にいた3人の男たちの中でもっとも大きな体躯と異様な風貌をした男が言った。

いや、異様な風貌と言うより異様な髪形といったほうがいいのだろうか、牛の角のように左右に突き出た異形の金髪。

帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である。

「はっはっはっ、食い意地が張っておりますなあ~ 仮にも斯衛軍大将ともあろうお方が~。」

からかうように声をかけた男は、言うまでもなく帝国一の瓢箪鯰こと鎧衣左近。

「閣下、もう少しお待ちください。 まだ一人お客が見えておりません。」

そう窘めるように言ったのは、大きな縦一筋の傷を顔に持つ男だった。

「むう、しかしあの御仁は何かと忙しかろうに。 いつ来るかはあてにならんぞ巌谷よ。」

巌谷と呼ばれた男は、その言葉に首を傾げながら紅蓮に問う。

「そのことですが、本当に『あの人』がこんなところへ来るのですか?」

「当人が来ると言ったのですから、まあ心配はありますまい。」

「うむ、ああ見えて必要に応じて足も腰も軽くなる男だからのう。」

鎧衣と紅蓮がそう答えた時、「小鉄」の店主で紅蓮の顔馴染みの霧島五郎が顔を出した。

「大将、お連れさんがいらっしゃいました。」

「おお、ここへ通してくれ。」

(来たか。)

店主の言葉に紅蓮は安堵したように応じ、巌谷は顔に微かな緊張を走らせる。

間もなく一人の男が階段を上って座敷に入ってきた。

「遅くなって申し訳ない。」

「なに、お主の仕事を考えればむしろ早過ぎたくらいだろうて。」

そう応える紅蓮に対し男は 「いや、これも仕事の内ですからな。」と返す。

「相変わらずの堅物ぶりだのう、内閣総理大臣殿。」

男の名は「榊 是親」日本帝国内閣総理大臣であった。

「おお、それと君は確か・・・」

「はっ、自分は帝国陸軍技術廠第壱開発局の巌谷榮二中佐であります。」

榊総理の問いかけに丁重に答える巌谷だったが・・・・

「はっはっはっ、堅物ぶりでは中佐殿も負けておりませんなあ。」

と鎧衣課長に茶化されてしまう。

(やれやれ、まったくなんの因果で高々、陸軍技術廠第壱開発局副局長の俺ごときがこんな大狸、いや化け物共の宴に付き合わねばならんのだ?)

自分は狸でも妖怪変化でもないと本気で思いこんでいるこの男、巌谷榮二はしかしかつて自ら開発に携わったF-4改修機『瑞鶴』で米国のF-15をトライアルで撃破するなどの偉業をなしとげ、帝国の戦術機開発になくてはならない人物との評価を受けてもいるのである。

「さて人も揃ったようだ、鍋を突きながら話を聞くとしようか?鎧衣よ。」

「はっはっはっ、そうですな。」

紅蓮の催促に笑いながら答える鎧衣は、昨日会って話をした男『諸星 段』について語り始めた。
 
 
 
 
 
 
「・・・・冗談ではないのだろうな?鎧衣よ。」

冷酒の注がれた汁椀を宙に停めたまま、紅蓮は鎧衣に念を押す。

「心外ですなあ~、この鎧衣がいつ閣下をからかうような嘘や冗談を口にしたと言うのですか?」

(((いつものことだろうが!!!)))

自分以外の全員が同じツッコミを心の中で言っているのを平然と無視して、鎧衣は話を続ける。

「少なくとも私は、“あれ”が夢や幻覚の類ではなかったと確信しております。  まあ、確かに狐や狸の類に化かされたという可能性もあるかも知れませんが。」

(((狸が狸に化かされる訳がないだろうが・・・)))

またしても心の中で異口同音のツッコミを入れる3人。

「たとえ狸だとしても、鎧衣左近を騙すことが出来るとすれば・・・ただの狐狸妖怪とは桁が違うと云う事になるか。」

紅蓮大将の呟きに他の2人も無言でうなずく。

「それで鎧衣君、その“場所”にはどの程度の人数が住めると思うかね?」

「一見しただけですが・・・そうですな、少なくとも500~600万人はいけそうでしたな。」

「なに!?」「むう!」「!」

「無論、強引に詰め込めば1千万を超える人数も可能ではあるでしょうが、果して生活が成り立つかと云う問題もありますからな・・・もっともあの諸星は、最終的には5億人を超える人間が暮らせるだけの『国土』を建設する予定だと豪語していましたが。」

「「「!!!!!!!!!」」」

鎧衣課長のあまりにも荒唐無稽な話に、さすがに紅蓮たち3人も驚き呆れて二の句が継げなかった。

ただ同時にこれがただの与多話ではないこともこの3人は理解していた。  どんなに洒落や冗談が好きでも、ただそのためだけにこの男が自分たちをここへ呼び寄せる訳がない。

「ふむ、それがもし本当なら少なくとも見逃すという選択肢はないか…。」

「確かに、その『土管帝国』とやらにいざという時に国民を避難させて一定期間養うことが出来るとすれば・・・・」

「お待ち下さい。」

鎧衣の話を真剣に考え始めた紅蓮と榊に対し、巌谷が声をかけて制止した。

「その前に鎧衣課長にお尋ねしたいことがあります。」

「さて、なんでしょうかな?」

「何故、これほど重要な話に私を同席させたのですか?」

巌谷の言葉もある意味もっともであった。 数百万人を収容可能な“無人国家”とその“管理人”、どれ程荒唐無稽であろうとも、現在の帝国にとっては絶対に聞き逃せない話だろう。

だがしかし、だからこそこれは自分ごときがむやみに聞いていい話ではない。

総理大臣や斯衛軍大将がそれを聞くのは当然だが、自分は一介の佐官に過ぎない。

またこれは、自分の“専門分野”とも明らかに違う話だ。 どう考えても、自分がここに呼ばれた意味が分からなかった。

「おお、そういえばまだその理由を話してはいませんでしたな。」

わざとらしく惚ける鎧衣の口調に、他の3人が揃って心の中で溜息をつく。

「鎧衣よ、勿体つけるのもいいかげんにして話せ。 なぜ、今日この話を聞くのがここにいる『我々』なのだ?」

「なに、簡単な話ですよ。 他ならぬそのモロボシ・ダンからの要請なのです。」

「「「!」」」

鎧衣の言葉にまたしても絶句する3人。

《今日、ここで見たもの全てを内閣総理大臣 榊是親、斯衛軍大将 紅蓮醍三郎、そして帝国陸軍技術廠第壱開発局副局長 巌谷榮二中佐の3人に話して欲しい》

それが昨日、別れ際に諸星から依頼されたことであった。

「いや・・・いやしかし、総理や紅蓮閣下は判るとしてなぜ、“私”にそれを・・・」

「いや、それですが・・・あの男、近日中に中佐殿に用があるとかでしてな。」

「何!?」

「詳しい話は直接中佐殿に話したいとのことですが、なにやら“専門家”に見てもらいたい物があるそうでして。」

「む…」「むう…」「…」

さらなる不可解な話に、男たちは小さな唸り声と共に沈思に耽る。
 
 
 

「おお、それともう一つ・・・」

「まだ何かあるのか?」

さすがに疲れたような声で紅蓮が聞くと、鎧衣左近は何とも言い難い表情で最も言い辛かった要件を切り出した。

「もしよろしければ、“これ”に皆様直筆のサインを頂きたいと彼に頼まれまして・・・」

そう言って鎧衣が取り出したのは、どう見ても契約書や領収書の類ではなくて、芸能人などがサインを書き入れるための“色紙”の束であった。
 
 
 
 
「・・・」「・・・」「・・・」

もはやなにを考えればいいのかも分からなくなった男たちは、ただ黙って目の前に差し出された色紙を眺めていた。
 
 
 
第5話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第5話「狸課長の女狐詣で」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/09/13 21:37

第5話 「狸課長の女狐詣で」

【2000年12月27日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】

師走といえば坊主も走る。

そしてここ、国連軍横浜基地でも皆が走り回っていた。

着工から1年がかりでようやく基地の機能が満足できる程度にまで仕上がり、年明け頃から本格的に稼働し始める目途がたったことが、基地にいる人々に活気を与えていたのかも知れない。
その横浜基地の地下深く、この基地の支配者とも言うべき天災女狐…いやもとい、天才科学者香月夕呼博士の部屋を一匹の狸が訪れていた。

「あら、おかしな生き物が侵入してるわね。」(人間に化けた狸がね。)

「はっはっはっ、酷い言われようですなあ~。」

「基地のセキュリティが甘いようねえ。」(もっともこの生き物には意味がないか…)

「またまた御冗談を。」

「狸専用の罠か毒餌を用意すべきかしらね。」(うまく食べたり引っ掛かったりしてくれるかしら?)

「いやいや、怖いですなあ~。」

「拳銃の弾丸で死ぬかどうか確かめてみましょうか?」(やっぱりこれが確実ね。)

「いえいえ、それには及びません、はい。」

机の引き出しから9ミリの自動拳銃が取り出されたのを見て、流石の瓢箪鯰も一応おとなしくなる。

彼女の腕では撃ったところであたりはしないだろうが、“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”と言うではないか。 用心に越したことはなかった。

「それで今日はなんの用なの?」(つまんない用件ならストレス解消のためにこいつを・・・)

「ええ、本日は年末の挨拶廻りのためでして…」

「撃たれたいのね?」(コロシましょう! いますぐに!)

「そのついでと言ってはなんですが息子たちが入ることになる場所の下見をですな、いや私も人の親でして・・・」

(狸の分際でなにが“人の親”よ。 大体、自分の子供の性別を間違えてる時点で親失格でしょうが!)

一瞬本気でそう突っ込んでやろうかと思った夕呼だったが、相手のペースに乗せられることを警戒して別の言葉を口にする。

「…狸の肉って煮ても焼いても喰えないそうだから、皮でも剥いでどこかに売るしかないのかしらねえ。」

「いえいえ、狸の肉には滋養強壮効果があるそうでして、古来より中国では薬膳料理として・・・」

(たとえそうだとしても、こいつの肉なんか喰ったら間違いなく腹を壊すでしょうね。)

鎧衣課長のやくたいもない薀蓄を聞き流しながら、そろそろ話を切り上げることを考える。

「挨拶だけで用がないならさっさと出ていきなさい。 こっちは年の暮れに加えてこの基地の本格稼働が近いせいでてんてこ舞いなんだから。」

「おお、そういえば博士は年明けにも渡米される御予定でしたな。」

「当然でしょ、なんのためにあんたに根回しを頼んだと思ってんのよ。」

「かの国の第4計画支持派との結束固め…そして『HI-MAERF計画』接収の推進…いやいや仕事が山積ですなあ。」

「わかってるんならあんたもさっさと自分の仕事にもどったら?」

しっしっと手を振る夕呼の態度にめげもせず、鎧衣課長は懐から土産を取り出す。

「おお、そういえば先日とある“秘境”に迷い込みまして・・・」

「はあ? ひきょう?」

一瞬、鎧衣が何を言ったのか理解出来ず言葉がひらがなになる夕呼。

「そう、秘境ですよ秘境。 いやあ私も世界中を旅して回った経験から大概の事では驚きもしないのですが、あそこは久々に驚きと云う感動を与えてくれる場所でした。」

「ふ~ん?」

それで?と顔で尋ねる夕呼に対して

「いやそこの特産品が実に美味でして、ぜひ博士にも味わって頂きたいと思い、一本持参しました。」

取り出したのは無銘の日本酒、4合瓶だった。

「これが“秘境”のお土産?」

さすがに首を傾げる夕呼に対し、丁寧に会釈をして鎧衣は出て行った。
 
 
 
「・・・どうだった社。」

鎧衣課長と入れ替わりに入って来た銀髪の少女に夕呼はリーディングの結果を尋ねる。

「・・・うまく読めませんでした。」

「そう・・・やっぱり手強いわね、あの男。」

少女―社霞の返答にさほど落胆もせず、香月夕呼は考え込む。

(なにか変だったわね今日のあの男、いつもならなにかしらの用件や情報を持って来るのに本当にただ顔を出しただけなんて・・・帝国の方に何かがあった?それとも…)

「・・・博士」

「何?社」

「・・・男の人が見えました。」

「男?」

「・・・はい、眼鏡をかけていました。 鎧衣さんは、その人に強い関心をもっていると思います。」

「あの男が強い関心ねえ・・・」

「・・・“それ”は多分、その男の人がくれた物です。」

「! これが!?」

霞が指し示したのは先程、鎧衣左近が秘境の土産として置いていった酒瓶だった。
 
 
 
後日、鎧衣課長は夕呼から同じ酒をなんとしても1年分調達しろと要求されることになる。

かつて味わったことのないタイプの大吟醸の味に、すっかり惚れ込んでしまった夕呼の我儘であった。
 
 
 
 
 
 
 
【2000年12月28日 土管帝国内・某所】

《も~い~くつ寝~る~と~お~しょ~う~が~つ~》

はいはい、もう少しですよ。

《ね~モロボシさ~ん、お正月ってなにして遊ぶの~》

あのね君たち、自分の立場をメモリーから消去しちゃったのかもしれないけど、我々は本来国家権力のイヌとその備品だと云うことを忘れちゃだめでしょ。

自分の立場も仕事の主旨も完全に忘れているとしか思えないタチコマくんたちの戯言を聞きながら、私は会社の仕事と土管帝国の作業を同時並行でこなしていた。
たぶん、いつの時代どこの世界でも師走とはこんなふうに忙しいものなのだろう。

《モロボシは~ん、3號管の調整が終わりましたで~》

そう言ってきたのは、タチコマくんたちと同じく私のサポーターであり、この土管帝国の作業員でもあるAIロボット“ジェイムズくん”だ。
ちなみに、タチコマくんたちが頭脳労働から戦闘行動まで全てをこなす万能型(本来、彼らは軍用戦車だ)なのに対して、ジェイムズくんたちは、ほぼ完全に頭脳労働専用タイプである。
なにせ彼らはそのボディが四角い箱型であり、そこに申し訳程度の歩行用とデスクワーク用のマニピュレーターが付いているだけ、という極めてシンプルなデザインなのだ。

我々の官庁が事務作業にこのジェイムズくん型のAIロボットを採用したことに対して、友人であり、土管帝国の“協力者”でもあるスミヨシ君と彼の朋友でもあるシオウジ教授(科学者だそうだ)は、“何故、ロボットなのだ!このデザインは『人の頭脳を加えた時に』こそではないか!”と憤慨していたが、どういうことか理解出来なかったし理解しないほうがいいような気がする。
 
 
「ああ、御苦労さん。 そこが安定したら他の手伝いに行っとくれ。」

《へ~い。》

《モロボシさ~ん、10號管の中で『X1』のテストをしてたXXXさんが機体をコケさせて気絶してます~。》

やれやれ、なにをやってんのかね“彼”は。

「とりあえず助け出してメディカルチェックお願いね。」

《は~い。》

《モロボシはん、こちら5號管やけどほぼ作業は終わったで。 後は気圧と気体の成分調節やね。》

「御苦労さん、それじゃ引き続きお願いしますね。」

いやはや、全く休む間もないねこれは。

《モロボシさ~ん。》

おや、今度はなんだろう。

《鎧衣課長さんからお電話で~す。》

おやおや、早かったね。
 
 
 
「もしもし、モロボシです。」

『ああ諸星さん、鎧衣です。 お忙しいところ申し訳ありません。』

「いいえとんでもない、あなたのお電話をお待ちしておりました。」

『はっはっはっ、光栄ですなあ~そこまで期待して頂けるとは。』

「いえいえ・・・それでいかがでした?」

『ええ、先方も是非お会いしてみたいとのことでした。』

「それは良かった。 …それでいつ頃に?」

『それですが、1月3日に帝国軍技術廠で会えないかと。』

「成る程わかりました、それではそのように・・・ああ、それと一つ先方に伝えておいて欲しいことがあるんですが・・・」
 
 
 
 
 
「や~れやれ、ようやく本格的に動きだすことが出来ますか。」

鎧衣課長との電話を終えて、私はそう呟いた。

少なくとも向こうは、こちらの話に耳を傾けてくれるようだ。

これで今までの準備の数々が無駄にならずに済みそうだ。

さて、それでは私は・・・

《モロボシさ~ん、XXXさんが眼を覚ましました~。》

「ああ、それなら彼にこっちに来るように言ってくれ。 連絡事項が出来たんだ。」
 
 
 
お仕事、またお仕事だ。
 
 
 
 
 
第6話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第6話「年越し蕎麦と宇宙之王者」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/09/13 21:50

第6話「年越し蕎麦と宇宙之王者」

【2000年12月29日 帝国軍技術廠第壱開発局】

「機体構造材の専門家?」

「専門家ではなくとも、その分野に詳しい人間をとのことでしたなあ。」

「ふむ…まあ別に問題ないが・・・」

「それとですな、機体の管制システムの方も分かる人をと…」

「何?」

「それが彼の男からの頼まれごとでして。」

「…鎧衣課長。」

「なんでしょう?」

「諸星とは何者だ?なにを考えている?」

「さて・・・」
 
 
 
 
 
【2000年12月31日 土管帝国内・某所】

「・・・なにを考えてんですか、貴方は。」

「なにとは?」

怒りと困惑と羞恥心の三位一体が形を成したような表情で“彼”が私を問い詰める。

「俺の素性を知られたらマズイってのはわかります。」

当然だね。

「あなたの使ってる『携帯型電脳』がどれほど便利で凄いものかも知ってます。」

そうだろう、そうだろう。

「今の俺には、ある意味“これ”が必要なモノだということも。」

よく分かってるじゃないか。
 
 
「だからってこのデザインはないでしょう!」

「・・・なにか問題かね?」

「自分で被ってみますか?」

「遠慮しよう。 それに“それ”は君専用に作ってあるんだ。」

その言葉をきくと“彼”はがっくりと肩を落として、なにかブツブツ言い始める。

自分の手の中にある“それ”見ながら「子供じゃあるまいし、今更こんなのもらったって・・・」とか言っている。

「それを作った連中は『これ以上はない完璧なデザイン』だと言ってたんだが・・・」

「・・・何か勘違いしてませんか、その人たち。」

・・・そうかもしれない。(ヨネザワ、スミヨシ、シオウジ、おまえら趣味に走りすぎだろうが!)

「まあそれくらいどうってことはないだろ、男が些細なことで文句を言うもんじゃないよ『仮面衛士1号』くん。」

「・・・はい?」

「どうしたのかね?」

「ナンデスカ、ソノヨビナハ?」

「・・・君の新しい名前だが?」

「仮面衛士1号ってなんですか!?」

「・・・“それ”を被った1人目の衛士だからだそうだ。」

そう言って私は、彼の手の中にある“それ”を指さす。

彼の両手に持たれている仮面…いやヘルメット型携帯電脳を。

「なんでこんなことに・・・」

「君の“治療”を“合法的”に行ってくれた連中からの要求だ。 断れんだろう?」

「合法とか非合法とかってレベルの問題でしたっけ?」

ジト目でにらむ彼の視線を受け流しながら、私は惚ける。

「さあどうだったかな。」

まあ、確かに彼にしてみれば自分に施された治療が果して“治療”と云えるかどうか疑問なのだろう。

1999年8月5日明星作戦の最中に米軍によって投下されたG弾。

彼はその爆発から逃げ遅れて・・・いや、正確には自分からその爆発に向かって戦術機で突っ込んで死んだ・・・はずだった。 この男『鳴海孝之』は。

たまたま“死にたてほやほや”の彼を、米軍より先に秘密裏に調査中だった我がタチコマンズが発見して、奇跡的にまだ脳死前であることを確認した。

私はタチコマくんたちに彼の回収を命じ、延命措置を施した。

尤も、彼の肉体で生きていたのは事実上脳髄だけだったので、友人知人のコネをフル動員して彼の新しい体、「全身儀体」を用意してもらったのだ・・・“生前”の彼と寸分違わない儀体を。

はっきりいってこれらの行為には(我々の)法律上の問題が多々あり、結果的に合法的な人命救助ということに出来たのは幾人かの事情を知る友人たちのおかげだった。

その代償といってはなんだが、彼らから鳴海に渡されたのが彼の持っているライダーマス…げふんっ いやその、ヘルメット型携帯電脳(超高性能タイプ)である。

連中が云うには『一度死んで甦った悲劇の改造人間にはそれが必要不可欠』なのだそうだ。

そのデザインはというと、ある種の昆虫の頭部、もしくは髑髏…つまり人間の頭蓋骨をモチーフにしたとしか思えない、それでいてやたらとメカニカルな雰囲気をもったデザインなのだ。

「君の前途を祝しての皆さんからのプレゼントだ、ありがたく頂戴しなさい。」

「前途を祝してって・・・」

がっくりとうなだれる鳴海君と私の前に、もう一人の“死人”がやって来た。

「・・・お邪魔だったかね?」

「ああ“先生”、いえそんなことはありません。 鳴海君の今後について話をしていただけですよ。」

「そうか・・・ところで年越し蕎麦をつくったのだが、2人とも食べるかね?」

「えっ?」「先生が・・・ですか?」

「ああ・・・素人の手作りで美味くはないかもしれないが。」

「とんでもないです。」「是非頂きます。」

なんと年越し蕎麦だよそれも手作りの。

忙しくて今日が大晦日だってことまで半分忘れかけていたんだよ、私は。
 
 
 
 
 
蕎麦は挽きぐるみの蕎麦粉を二八で小麦粉と混ぜて水のみで捏ねた昔ながらの田舎蕎麦だった。

熱い汁をかけ七味を振って、それだけで食べる。

「いいね~、この味。」「美味いですねえ。」

「…国の現状に鑑みれば、こうして本物の蕎麦を味わえるだけでも私には分不相応かもしれん。」

「先生…」「…」

その言葉に私も鳴海君も沈黙するしかない。

この人が抱えている苦悩の源は私のような“余所者”や鳴海君のような“若造”に踏み込めるものではないからだ。

「・・・諸星君。」

「はい。」

「君の申し出を受けようと思う。」

「えっ?」「…いいんですか?」

驚く鳴海と確認の言葉を口にする私。

「ああ、ずいぶん長いこと悩んだがね・・・どういう理由があろうと、こうして生きている以上は自分に出来ることをするべきだろう。」

「そうですか…では宜しくお願いします。」

そう言って私は彼に頭を下げた。

これでようやく懸案事項の一つが解決できそうだ。

「1月3日に巌谷中佐と会ってきます。」

「巌谷中佐か…彼は強面の堅物にみえて、なかなかに柔軟な思考の持ち主だ。」

「ええ、だからこそ大伴中佐よりも彼を選んだのです。」

先々を考えた時に、大伴忠範という人物では帝国軍の利益の為にしか動いてはくれないだろうし、視野も狭すぎるように思えるのだ。

もっとも、彼の背後や周囲の連中にはいずれは接触しなければいけないだろうが・・・馬鹿をやらかす前に。

「ああそれと鳴海・・・いや仮面衛士1号君。」

「・・・ナンデスカ?」

「そう嫌そうな顔をするな・・・君も一緒に来てもらうからね。」

「え゛?」

「・・・君以外の誰が『X1』を操作するんだ?」

「はあ…解りました、やります。」

よろしい、開き直ったね。

「ところで・・・モロボシさん。」

「何かね?」

「“これ”は被らなきゃいけないんですか?」

「もちろんだ。」(断言)

「とほほ・・・」(泣)

「そう嘆くな、ここから地球と人類を救うための君や先生の“活躍”が始まるんだからな。」

「活躍って・・・」

「君たちが活躍してくれることで、私も『人類の避難場所』を建設出来るんだからね。」

「・・・土管を使ってですか?」

「そう、土管を使ってだ。」
 
 
 
 
 
【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局】

私はこの第壱開発局の応接室に通されてから、三十分程待たされていた。

未だに巌谷中佐も、それ以外の人物も姿を見せない。

こちらを焦らせる意図か、それとも向こうの都合なのか・・・まあどっちにしてもこちらが焦る必要はない。

そう思った直後、応接室の方へ数人の人間が近づいてくるのが携帯電脳によって感知された。

(お出ましか。)

ここからが勝負の始まりだ、扉が開いて入って来た人たちを見る・・・・・・え゛?

「どうも始めまして諸星君、私が技術廠第壱開発局副局長の巌谷榮二だ。」

「あ、どうも私が松鯉商事営業課の諸星です。」

「それとこちらの2人が戦術機開発で機体構造材と管制システムを担当している・・・」

「高木です。」「富永です。」

そう言って挨拶をする2人はいかにも年季が入ってそうなクセ者たちだ。

もちろんそうでなくては困る。 一目、モノを見ただけで判る連中でないと。

だがしかし、最後の一人はちと予想外の人物だった。 いや、これを予想しなかった私が甘かったか・・・
 
 
「お主が諸星段か、わしが斯衛軍大将紅蓮醍三郎である!」
 
 
 
 
 
・・・宇宙之王者がそこにいた。
 
 
 
第7話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第7話「撃震モドキ参上」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/09/23 07:00
第7話 「撃震モドキ参上」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 応接室】

丸い禿げ頭の上に脂汗が浮いていた。

自分が見て、手で触っているモノが理解できない、いや理解出来るからこそ信じ難い。

高木中尉の顔にそう書いてあった。 そしてもう一人。

無愛想なモアイ像のような顔に不気味な笑顔を浮かべる男。

富永大尉が心の中で驚喜の歓声を上げているのが見て取れる。

私がこの2人に見せている「モノ」 それは幾つかの金属製のプレートと線材(ようするに金属材料のサンプルだ)、そしてもう一つはある「システム」に関する仕様説明書である。

普通の人間が見てもその価値は全く判らないだろう。 しかし、この2人にとっては最高級の宝石や巨大埋蔵金の地図、もしくは全裸の美女を目の前に差し出されたに等しいはずだ。

技術屋一筋ン十年のオヤジたちが初めてエロ本を手にした小中学生のように興奮しまくっているのを確認しながら、残りの2人の様子を窺う。

巌谷中佐は鼻息を荒くしている2人の部下の様子を眺めつつ、自分の思考の中に入っているように見える。

だがしかし、もう一人・・・こちらの方がやっかいかもしれない。

宇宙の王者グレンダイ…いやもとい、帝国斯衛軍大将「紅蓮醍三郎」がその眼光をこちらに向けて照射している。

(あついよ~、イタイよ~、まぶしいよ~。)

心の中で苦情を申し立てるが、もちろん向こうはお構いなしだ。

予定が狂ったというよりむしろ、見通しが甘かったと云うべきだろう。 こちらに対する不審の念と好奇心を抑えかねたこの大将殿が、今日の話に割り込んで来るのを予想しなかったのは。
 
 
「・・・ふう、いやこれは長々と失礼しました。」

鼻の穴を膨らませながらサンプルに見入っていた高木中尉が、ふと我に返ってそう言った。

「・・・いや、実に興味深い・・・(くくく…)」

仕様書を読んでいた富永大尉も、書類をテーブルの上に置くと(咽の奥で嗤い声をかみ殺しながら)そう漏らした。

「・・・どう思うかね? 富永大尉、高木中尉。」

巌谷中佐の問いかけに、2人の技術士官は顔を引き締めて答える。

「これは今までにない発想のOSですな、実現出来れば現行の戦術機全てがレベルを1段上げられるかと。」

「この素材によって作られるフレームと装甲であれば、従来よりはるかに軽く、しかも頑丈な機体の製作が可能でしょう。」

慎重に考えをまとめながらも、最大限の評価を下す2名の技術者たち。

だがそれも当然と言えるだろう、高木中尉に見せたのは現行の戦術機用に比べておよそ4倍の強度を持つであろう合金材のサンプルとその成分表。

そして富永大尉に見せたのは現行より即応性を10%程高め、キャンセル機能を持たせた新型OS「X1」の仕様説明書と専用のコンピュータ基盤の設計概念図なのだ。

戦術機、戦車、戦闘機、まあなんであれ機動兵器と呼びうるものには常にある問題が付きまとう。

機体の機動性、速度、機体と装甲の頑丈さ、耐久性、燃費、それらの矛盾と相克に、兵器の設計から製造、運用、維持管理、整備、操縦者まで含めたありとあらゆる関係者が悩まされることになる。

機体の機動性や速度、燃費の効率を上げるには構造材の軽量化を図らねばならないが、それが過ぎれば耐久性の低下や装甲の弱体化を招く。

逆に機体の装甲や耐久性を上げれば否応なしに機体重量が増加し、機動性や速度、燃費等が犠牲となってしまう。

さらにいえば機体の重量が増すということは、それに費やされる資源の量が増大すると云う事であり、資源をもたない借金まみれの国にとってはただそれだけでも頭痛のタネとなる。(1機あたりに使用される超高級金属材料だけでそれなりの量と値段が数百機分である。)

さりとて機体の強度や耐久性に目を瞑り、機動性だけを上げたとしても実際の耐用年数が激減し、さらに補修やメンテの部品の量が上昇することになる。(結果として、陽炎や不知火よりも撃震の方が信頼性で勝る場合すらある。)

それらの問題を解決しようと開発されたのが「不知火壱型丙」であったが、結局は燃費の低下と云う問題を解決できず、操作性も非常にデリケートで一部の腕利き衛士のみが使用する結果に終わった。(それでは戦略的には何の意味もない。)

あちらを立てればこちらが立たずとはよくも言ったものである。
 
 
この矛盾を解決するのは決して革命的なアイデアなどではなく、地道な機体構造の改良とより優れた素材の開発と云うのが彼らの常識であるし、それはなにも間違ってはいない・・・私がチートな技術とアイデアを持ってきただけだ。

「素人の簡単な見積もりで恐縮ですが、これらの合金を使用して機体を製作した場合、従来より30%程の軽量化と現行のモノよりも50%高い機体耐久性を実現できると確信しています。」

「・・・ふむ、自分の頬をつねりたくなるような話だな。」

「儂には技術的な話は判らんがのう、実際に出来あがったモノでもあれば話は別だろうが…」

巌谷中佐は半信半疑といった態度を示し、紅蓮大将は自分は技術屋ではないと蚊帳の外を装う。

こちらの手札をもっと出させようという魂胆が見え透いているが、この場合当然の対応と言っていいだろう。

結構結構、ではお望みどおりさらに手札を切りましょう。 《もうすぐ出番だよ仮面衛士1号君。

電脳メガネで鳴海君に連絡を取りながら、爆弾を投下する。

「出来あがったモノですか・・・実験機ならありますけど。」

「なに!?」「むう!」「ほお!」「ふむ(くっくっくっ)」

その場の4人ともが驚きの声をあげる。(いやなぜか富永大尉だけは驚きの声とは違うもっと不気味な・・・怖い。)

「実験機・・・だと?」

さすがに険しい顔をして、巌谷中佐が聞いてくる。 まあ当然だ、そんな物を一介の商社マンが用意したら法的にもあるいは国や軍の立場的にも問題がありすぎる。

「そうです、しかしこれを表に出すとなると色々と問題が出てきますので、ここで作られた機体という建前が必要になるのですが・・・」

「・・・・・・・・・・」

巌谷中佐が険しい表情のまま沈黙している。 見方によっては自分たちに都合のよすぎる展開の話に疑心暗鬼にならざるを得ないからだろう。

「ほう、それはつまりその機体をここで好きに扱ってもらってもよい、とそう言っておるのかお主は、ん?」

「はい、そのとおりです。」

「「「「・・・・・・・」」」」

紅蓮大将のこちらを追い詰めるような物言いに対して、あまりにもあっさりとした私の返答に4人全員が完全に沈黙する。

「もし、もしも本当にそんなモノがあるのなら、是非見てみたいのだがね。」

高木中尉のその発言を、誰も不用意なものだと咎めたりはしなかった。

「承知しました、それでは早速お目にかけましょう。」

「待ちたまえ、いくらなんでも今日これからその機体を見に行くわけには・・・」

「御心配には及びません、いますぐにでもここに呼び寄せますので。」

「な・・・・」 私の言葉にまたしても巌谷中佐は絶句する。

私は早速自分のアタッシュケースを開けると中にあったダイヤル式黒電話機の受話器を取り、ダイヤルを廻し始める。

周囲にいる人たちはなぜか私のことを既知外の生物を見るような視線を送ってくる。(失礼な、ただの演出だというのに。)

「ああ、もしもし諸星です。」

『モロボシさん?こちらは何時でも出られますよ。』

どうやら鳴海君は準備万端のようだ。 では、始めますか。

「ああ、それじゃあ今すぐここに『撃震モドキ』を1機出前してくれ。」

『了解。』

私は受話器を置くと、巌谷中佐たちに向かってこう告げた。

「ご安心ください、うちの実験衛士が今すぐここの演習場に機体を運んでくるそうです。」

「・・・どれくらいでかね?」

「おそらく2~3分以内でしょう。」

「・・・・・」

もはや彼らの私を見る目は完全に人外生命体を認識するようなものに変わっていた。

・・・BETAと同じレベルに見られるのは、非常に不本意だ。

「・・・そろそろ演習場へ行きませんか? もう向こうは到着したかもしれませんし・・・」

そう言った時、応接室の電話が鳴り響いた。
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

「おい、なんだアレは?」

そのとき、演習場にいた兵士たちはありえないものを見ていた。

目の前に突然さっきまでは存在しなかった戦術機が立っていたからである。

紺色、いやミッドナイト・ブルーの塗装を施したTYPE-77“撃震”であった。

「とうとう来ちゃったよ、責任とってくれるんだよね?モロボシさん。」

その機体の管制ブロックの中でヘタレが一人、愚痴をこぼしていた。

 
 
第8話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第8話「篁唯依の怒り(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/10/02 11:22
第8話 「篁唯依の怒り(前)」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

篁唯依は怒っていた。

デスクワークの連続で鈍った感覚を取り戻すために久し振りの実機訓練を行おうとしていた矢先に突然の乱入者(それも戦術機)が現れたのだ。

自分たちの神聖な職場であり帝国の国土と民を守るための戦術機開発に日夜励む者達が集うこの帝国軍技術廠第壱開発局が、いきなり正体不明の戦術機に侵入を許すなど断じてあってはいけないことだった筈だ。

なのにこの紺色(?)の戦術機は自分たちの気がつかない間に演習場に侵入し、突然姿を現した。

それだけではなく、大慌てで通信で呼びかけた警告と問いかけに対してその機体の搭乗者からの返答はといえば・・・

『え~と、すみませんが巌谷中佐に取り次いで頂けませんか、ご注文の『撃震モドキ』をお届けにあがりましたと。』

「なっ・・・・!」(ゲ キ シ ン モ ド キ だ と お ~!! ふざけるな!!)

「貴様!どこのだれか知らんがおじさ…げふんっ、巌谷中佐のお名前を出した揚句にそのようなふざけた呼び名の機体を届けにきたなどと戯言を「あの、篁中尉。」…なんだ雨宮?」

「巌谷中佐が、その話は事実だと・・・」

「な・・・」

応接室で接客中だった巌谷に電話で連絡を取っていた雨宮中尉の言葉で、怒り心頭に達していた唯依はその場で呆然としてしまった。
 
 
 
「ああ、ちゃんと届きましたね。」

「ふうむ、あれがお主の言う撃震モドキとやらか?確かに見た目は77式の改修型のようだのう。」

「ふうん、あの機体の立ち方は・・・」

「ほう、主機の音は…。」

「おお唯依ちゃん、こちらの手違いで騒がせてすまなかったな。」

(な!叔父様だけでなく紅蓮閣下まで、しかも高木中尉に富永大尉それに・・・だれだこの男は?)

いきなり目の前に本来の所属である斯衛軍の大将が現れさらに技官としての大先輩二人、ついでに何やらあやしげな男までおまけで付いてきたことで、いつもならただちに訂正の対象にしている“唯依ちゃん”を使用されたにもかかわらず、とっさに反応できずにいる唯依だった。
 
 
「さて巌谷中佐、せっかく持って来たんですからこいつの性能をちょっとだけでもこの場でご覧になってはいかがでしょう? せっかく紅蓮閣下もおられることですし。」

一通りの説明を唯依たちにした後、諸星はこの場での機体のデモンストレーションを提案する。

「おお、そうだのう…では早速ワシが自ら相手をしてや『閣下、御自重を。』・・・むう。」

喜々として腕試しの名乗りを上げようとする紅蓮大将に周りのほぼ全員が制止をかけた。

だがそれも当然と言えただろう。

仮にも斯衛軍大将の立場から軽々しく動いて欲しくないということ以前にこの屋外演習場は戦術機の機体調整を行うのに必要な最低限の広さしかなく、実弾演習はもちろんの事、たとえ限定的な近接格闘戦であっても紅蓮醍三郎のような化け物が暴れ回れるような広さはないのだった。(加減、などという言葉をこの大将が知っていないことはこの場の全員が心得ていた。)

「ふむ篁中尉、貴様にあの機体の相手をしてもらおうか。」

「はっ。」

「ああ、JIVES(統合仮想情報演習システム)は切って行った方がいいでしょう。」

「なに?」「む!」

巌谷中佐の指名に即座に篁中尉が即答したのに続けるかのように、諸星の言葉が響いた。

その言葉に周囲の人間たちがやや顔をこわばらせる。

それも当然と言えた。 “安全装置を外して模擬戦をしよう”とこの諸星という男は言っているのだから。

「見たところこの演習場で可能なのは事実上近接格闘戦のみでしょう、その上でこの機体とX1の性能を示すとなるとそうするのが一番でしょう。」

「だがいいのかね?この篁中尉はまだ若いが斯衛の中隊長を務める腕利きなのだが。」

機体の性能差と衛士の実力差を暗に示して巌谷が尋ねると、諸星は平然と答える。

「御心配なく。 あの機体の操縦者も充分な技量の持ち主ですので・・・ああそれと、篁中尉…でしたね。」

「はい。」

「出来ればあの機体の手足のいずれかを切り落とすことを念頭にやっていただけませんか?」

「・・・本気ですか?」

「もちろん、何故ならそれこそがここにいる人たちのご要望を満たす最善の道ですので。」

諸星にそう言われて唯依が周囲を伺うと、巌谷は憮然として何も言わず、紅蓮は面白そうににやにやと笑い、高木中尉と富永大尉はといえば…まるで生贄を目の前にした悪魔のような顔つきで唯依と「撃震モドキ」を交互に見まわしていた。

(どうもこれはやっかいなことに引き込まれてしまったらしいな。)

周りの空気を読んだ唯依はそう心の中でこぼした。
 
 
 
『それじゃ、そう云う事でよろしく頼むね1号君。』

『だ か ら、秘密回線でまで“1号”はやめてください!』

『はっはっはっ、まあそう気にするな。』

『気にしますよ!』

諸星と孝之が打ち合わせを兼ねた漫才を秘密回線で繰り広げている頃、もう一組の漫才コンビもいつもの行事を行っていた。

「いや~すまんなあ唯依ちゃんよ、いきなりこんな模擬戦をさせることになってしまって。」

「叔父…おやめ下さい中佐、これは次世代機に関わる開発衛士として当然の務めです。」

「まあ確かにそうなんだが…(だがこれで唯依ちゃんの武御雷があの機体の手足を衆人環視の中でぶった切ったりしたら、また婚期が延びてしまうのでは…)」

「お じ さ ま 、なにか言われましたか?」

「む…い いやなにも言うてはおらんよ、唯依ちゃ…篁中尉。」

「・・・そうですか、失礼しました中佐。」

不用意な言葉を口の中で出した途端に怖いオーラを放ち始めた唯依に慌ててフォローを尽くす巌谷中佐(馬鹿叔父)であった。

そして、叔父姪の定番漫才を、少し離れた場所から暖かく(生温かく?)見守る雨宮中尉の姿があった。 (本当に…世話の焼けるお二人ですね。)
 
 
 
 
「さて、始まりますか。」

演習場に姿を現した山吹色の武御雷を見て諸星は呟いた。

CPを雨宮中尉が務め、コールサインは唯依がホワイトファング1、孝之がブラックゴースト1とされた。

ルールは長刀のみを用いた近接格闘戦で、JIVES(統合仮想情報演習システム)を切って行うこととなった。

試合開始を紅蓮醍三郎が仕切り、そして吼える。

「では、はじめええいっ!!」

その咆哮と共に2機の戦術機が飛翔するが如く奔り始めた。

「さあて、どこまで粘れるかな。」

その諸星の言葉に周囲の人間たちが注目する。

「ほう、お主は初めから勝ち目がないと思っていながらこの勝負を申し出たのか?」

紅蓮の問いかけに対し、あまりにもあっさりと諸星は返答する。

「もちろんですよ紅蓮閣下、確かに彼は腕利きの衛士ですがこの条件で山吹の斯衛に勝てるなどとは初めから考えていません。 この勝負の目的はあくまであの機体「撃震モドキ」の性能を見ていただくことにあります。」

「ほお。」「…」「ふうん。」「くくく。」

諸星のその言葉に4者4様の反応が返ってくる。

そしてその間にも二つの機体は鋭く競り合っていた。

(これはっ…とても激震の改修機とは思えないっ・・・この身軽さ、そして反応の速さ、単に操縦者の技量だけとは思えない…確かにこの衛士の腕はいい、おそらくは富士教導隊の出身者に教えを受けたのだろう…だがこの状況で私と武御雷の切っ先をこうもかわせるとは、明らかに機体に何らかの秘密がある筈だ…なるほど、叔父様たちが特別な関心を寄せるのも当然か。)

相手の機体「撃震モドキ」の身軽さと反応の速さに唯依は即座に認識を改める。

一方、仮面衛士1号こと鳴海孝之も相手の機体性能と操縦する衛士の腕前に舌をまいていた。

(おいおいなんて速さと腕前だよまったくもう、事前にモロボシさんから警告されてなかったら間違いなく瞬殺されてるぞオレ。 大体この黄色い武御雷の衛士、はっきりいって近接戦闘なら伊隅大尉や神宮司教官の匹敵するんじゃないか? こんなバケモノみたいなのを相手にどこまで持つかな~オレとこの機体。)

すでに半分以上泣きが入っているヘタレ思考であったがそれとは裏腹の機体捌きで唯依の斬撃から逃れ続けていた。

だがやはりこの条件下での勝負は唯依と武御雷に利があり過ぎた。

(確かに撃震とは思えない素晴しい動きだ…しかし所詮この武御雷の敵ではない。 そろそろその腕を一本切り落として勝負をつけさせてもらう。)

「うわっ…これまずっ…」

唯依のフェイントからの一撃をかろうじてかわした孝之だったが、唯依の目論みは相手の機体のバランスを崩させることにあった。

「よし、もらった…な!なんだと!!」

勝利を確信した唯依は次の瞬間、信じられない物を見た。 姿勢を崩しかけた相手の機体が見事に姿勢を立て直したのである。

(なんと!この体勢から機体を立て直すとは!・・・成る程、これが先程の説明にあったキャンセル機能と言うものか…だがそれでもこの場の勝ちは頂く!)

相手の機体性能に驚愕した唯依だったが、即座に冷静さを取り戻し相手との距離を詰めると相手が防御のつもりか自ら振り上げた左腕めがけて長刀を振り下ろす。

(切っ・・・な!馬鹿な!!!)

確かに斬った・・・そう思った唯依は信じられない物を見ていた。

武御雷の振り下ろした長刀を籠手で受けるような形で受け止めた激震の左腕は長刀をめり込ませながらも切り落とされずにいた。

(馬鹿な!この間合い、この速さで斬撃を放ったのに激震の腕が斬り落とせないだと!)

己の剣の腕に自信があっただけに、さしもの唯依も一瞬呆然となる。

その隙に付け込むように撃震モドキが逆に間合いを詰め、武御雷の足を薙ぎ払う。

「しまった・・・!!」

かろうじて致命傷は避けたが右足を小破させてしまった唯依は己の甘さに歯噛みする。

(何という未熟!相手の性能を侮り、己の腕を過信した揚句がこのザマか!自分にこの役割りを与えて下さった叔父様たちに顔向けが出来ないではないか…)

自分の未熟を責めながら唯依はなおも相手に斬り込もうと長刀を構える。

だがこの時、管制室では諸星が紅蓮と雨宮に合図をし、それを受けて紅蓮が吼える。

「それまでえええっ!」

「ホワイトファング1、ブラックゴースト1、状況終了です、お疲れさまでした。」

終了を告げる雨宮中尉の声が二人のコクピットに響いた。
 
 
 
 
第9話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第9話「篁唯依の怒り(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/10/02 11:27
第9話 「篁唯依の怒り(後)」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

篁唯依は怒っていた。

他の誰かや何かにではなく、自分自身の不甲斐なさにである。

仮にも斯衛の衛士であり帝国軍技術廠の開発衛士でもある己が敬愛する叔父であり上司でもある巌谷と斯衛軍大将紅蓮醍三郎の前で正体不明(?)の実験機を相手に武御雷を駆って『引き分け』に終わってしまったのだ。

(何という無様だ…相手の機体の特性や機能については最低限の情報をあらかじめ聞いていたにも関わらずこの体たらくとは・・・叔父様や紅蓮閣下に申し開きの仕様もない・・・全くもって未熟千万!)

「篁中尉。」

心中で自身を叱責していた唯依の元へ雨宮中尉が声をかけた。

「雨宮か。」

「見た目と裏腹にとんでもない機体でしたね。」

「最初から判っていなければいけなかったのだ、それなのに…」

「他の誰がやったとしても今以上の結果は出なかったと思いますわ。」

「雨宮…」

雨宮中尉の言葉に癒されながらも唯依は今一つ立ち直れないでいたがその時、一人の衛士が声をかけて来た。

「あの・・・」

「え? あ!貴様は・・・」

「どうも、篁中尉ですね。 先程は失礼しました。 自分は・・・え~と「仮面衛士1号」と呼ばれております。」

「はあ? あ!失礼した、帝国斯衛軍中尉篁唯衣です。」

仮面衛士のある意味間抜けな自己紹介に唯依は礼儀正しく敬礼を返す。

(この男、おかしな仮面を被っているが特に悪意のようなものは感じられないな。)

(水月や遥と同じか、一つ二つ年下かな?それなのに凄い腕前だった…あれが斯衛の実力か・・・)

なんとはなしに無言のまま見つめ合う二人に雨宮の悪戯心が刺激される。

「あらあら、お二人ともいきなりお見合いですか?」

「は?」「な!あ・雨宮!!」

雨宮中尉にからかわれた二人は共に顔を赤らめながら(孝之は仮面なので判らないが)慌てふためくのだった。

そしてその場所にさらに困った男たちがやって来た。

「ああどうやら若い人たち同士でもう打ち解けているようですね。」

「諸星君、彼はどういう男かね?」

「たしか年齢的には篁中尉とちょうど釣り合うくらいでしたね、まだ独身ですし…」

「いやそういうことでは・・・ふむ、そっちも重要か。」

「な に が じ ゅ う よ う な の で す か ち ゅ う さ 。」

男同士の碌でもない会話に顔を般若に変えた唯依がドスの利いた質問(?)を向ける。

「い、いやげふんっ…大したことではないよ篁中尉。」

慌てて誤魔化す巌谷の後からさらに火に油を注ぐ発言が飛び出す。

「うわははは、巌谷よ相変わらず篁の尻に敷かれておるようだのう。」

「ぐ、紅蓮閣下!いきなりなにを…」

いきなり紅蓮に乱入されからかわれて唯依はあたふたと抗議するが、相手は全く意に介さない様子でさらに油を注ぎ続ける。

「いやなにこの巌谷が会う度に『家の唯依ちゃんはとても気立てのいい子なのだが不器用で怒りっぽいのが玉にキズで、そのためなかなかいい相手に恵まれなくて』とこぼされてなあ~うわははは。」

「・・・・オ ジ サ マ 、ア ト デ オ ハ ナ シ ガ ア リ マ ス 。」

絶対零度の無表情に口元だけをわずかに笑みのカタチに変えて唯依がそう言うと、空気も表情も読めない紅蓮醍三郎以外の全員が背筋を伸ばす。

(こっ…怖っ! これはひょっとしたら本気で怒った時の伊隅大尉以上の・・・)

その凄味に思わずかつての上官の怒った時のことを孝之が思い出していると・・・

「ほうれみろ、そこな若造がすっかり怯えてしもうておるではないか篁よ、ん?」

「!お、おやめ下さい閣下!」

「い、いえ怯えてるなんてそんなことは・・・は、ははは。」

絶妙のタイミングで突っ込まれ、二人揃って紅蓮に弄ばれるのだった。

「まあまあ閣下、若い二人をからかうのはそのくらいにしてこちらの話をしませんか?」

そう言って諸星が示す方向には「撃震モドキ」とその機体にへばり付き、舐めるようにして管制システムやボディの損傷、摩耗の具合を調べる二人のオヤジ(もちろん富永大尉と高木中尉)の姿があった。

「1号君はここに残ってあのお二人と篁中尉たちにあの機体の説明をわかる範囲でいいから説明してあげてくれ。」

「わかりました。」

「ふむ、それでは戻って話の続きを聞こうかのう。」

「・・・そうですな。」
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠 応接室】

「さて、これでワシら3人だけになったのう諸星よ、そろそろ本題に入ったらどうだ?」

再び応接室で向かい合った私に対して紅蓮大将はいきなり切り出した。

その言葉に対して私は静かに微笑んだ後、こう切り返す。

「閣下、間違いを二つ訂正させていただきたい。 まず一つ目は“そろそろ本題に入る”訳ではありません…私は初めから本題に入っているのです。 二つ目は“これで我々3人だけ”になったのではありません…“我々4人だけ”になったのです・・・よね鎧衣課長。」

そう言って部屋の隅を見るとそこにはトレンチコートに帽子姿の人型狸が佇んでいた。

生憎たとえ気配を断とうとも、私の電脳メガネのサーチ能力からは逃げられんのですよ課長。

「いやいや、こうも簡単に見破られるとは面目ありませんなあ~ここはひとつ佐渡島の生態系において狸がいるのに狐がいない理由でもお話することでご勘弁ねがいましょうか。」

「成る程、それも興味深いですがいっそのこと無人の廃墟と化した横浜の地に狐の棲み家が出来て、そこにちょくちょく出入りしている狸の奇怪な生態についてのほうがより興味深いのですが?」

「はっはっはっ 貴方もなかなか言いますなあ~。」

「いえいえ、鎧衣課長に比べればこの諸星などはまだまだひよっ子でして。」

わあっはっはっは~。

「…それくらいにしておけ諸星、鎧衣。」

「我々もそう暇ではありませんでな、話を進めていただきたい。」

鎧衣課長と私の無意味な漫才を白い目で見ていた二人が話を本筋に引き戻すように催促してきた。

「…これは失礼、では早速あの機体と技術の提供の見返りについてお願いしたいことがあるのですが・・・」

「差し詰め現在進行中の第4世代機開発計画への中途参入かな?」

「むう、確かにあの機体に込められた技術はそれにふさわしいだろうが・・・」

自らの推察を語る巌谷中佐と紅蓮大将だが・・・お生憎様ですがハズレですよお二人とも。

「いいえ、私がお願いしたいのは第4世代機開発への参入ではなく、不知火改修計画の主導権なのですよ。

「なんだと!?」「むううっ!?」「ほほう?」

さすがに驚愕する巌谷中佐と紅蓮大将、そして鎧衣課長はといえば・・・面白がってるなこの顔は。

「待ちたまえ諸星君、さすがにそれは無理というものだ。」

「何故でしょう?」

「決まっているだろう、不知火は我が国初の国産機なのだ。 その機体開発に関わったメーカーの人間たちが改修計画の主導権はもちろんの事、中途参入すら認めない可能性が高いのだよ。」

「もちろんそれは知っています。」

「ならば・・・」

「出来ないのではありませんか?現状では不知火の改修自体が?」

「う・・・」「む・・・」「ほほう・・・」

「そのことについて、私に考えがあるのですよ巌谷中佐。 そしてそれはあなたが…いえ、あなたたちが現在抱えている問題の一つの突破口になると思っているのですが。」

私がそう言うと、目の前の3人は無言のまま話を続けるように促してきた・・・

私はそれに応えて話始めた。

私の計画の一端を・・・・・
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠 演習場戦術機ハンガー】

「やあ皆さん、お待たせしました。」

話合いが終り、機体のあるハンガーに我々が戻るとその場の全員が敬礼してきた。(もちろん私にじゃなく、巌谷中佐と紅蓮大将にだよ。)

さてやっかいなお話も一段落したことだし、ショウタイムといきますか。

「ああ、1号君。」

「はい?」

「君、今日から紅蓮閣下の下で面倒をみてもらうことになったからね。」

「は・・・はいいいいいい!?」

「閣下、本人もこのように感激いたしておりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。」

彼の叫び(?)を故意に曲解して紅蓮大将に話を振る。

「うむ、仮名衛士1号とやら、わしが帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である!」

「閣下・・・『仮名』ではなくて『仮面』です。 お間違えなく。」

傍若無人を体現したような紅蓮大将の言い間違いに思わずツッコミを入れてしまう。

「あ・・・あの、モロボシさん・・・一体どういうことですか?」

さすがに声を震わせて鳴海君が迫ってくる。 まあ確かに無理はない・・・いきなりこんな宇宙怪獣のもとに預けるなんて言われたら誰だって悲鳴を上げたくなるだろう。

「どうもこうもあるまい、貴様を衛士としても一人の男としても篁にふさわしい人間に鍛え上げて欲しいとこの二人に頼まれたのだ。」

「なっ・・・」「はあ!?」

篁中尉と鳴海くんが揃って私と巌谷中佐の方を見る。

私はポーカーフェイスを保ち、巌谷中佐はというと…なんだろう?まるで銃殺刑を待つ囚人のような雰囲気が・・・気のせいだな、多分。

「オ ジ サ マ・・・」

何だろう? 今、なにか世にも恐ろしい何かの声を聞いたような・・・まあいいか。

務めて気にしないようにしながら、秘密回線で鳴海君に紅蓮閣下に鍛えてもらう本当の理由を話す。

『・・・そういう訳だから頼んだよ、鳴海君。』

『アンタッテヒトワ~!!』

理由を聞いて理解はしたが納得できない鳴海君の恨み声を聞きながら、私は退散の言葉を周囲の人たちにかける。

「では皆さん、私はこの辺で失礼します、後日またお邪魔しますので・・・それじゃ1号君、よろしくね。」

「・・・ハイ。」

「うむ、任せるがよい。」

「それでは、また後日。」
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 副局長室】

「おじさま・・・覚悟はよろしいですか?」

「ま、待て!待ってくれ唯依ちゃん!」

「あの世で父が待っておりますので何卒心逝くまでお話を・・・・」

「唯依ちゃん!頼む!頼むから話を聞いてくれ!」

「・・・問答無用です。」
 
 
 
その後、副局長室から人の悲鳴のような音が聞こえてきたが、誰も近づいて確認する者はいなかったそうである。   人間だれしも自分の身がかわいいものなのだ。

篁唯依の怒りが静まるのは数時間後の事であった。
 
 
 
 
第10話に続く




[21206] 閑話その1「モロボシ・ダンの述懐(一)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/10/07 17:31
閑話その1「モロボシ・ダンの述懐(一)」

私の国の話をしよう。

ああいや、我が「土管帝国」の話ではなくてね、本来私が生まれ育った国「日本民主主義人民共和国」の話だ。

なに?そんな偉大なる独裁者様がいらっしゃるような名前の国で大丈夫かって?

失礼な、我国はちゃんとした民主国家ですよ。 政治家は普通に選挙によって選ばれるし汚職や不正が発覚すればきちんと法的手続きによって処罰されるし…たしかに政治の腐敗は目に余るけど別にこれは今の国名に変わる以前からそうだし。

まあ確かに一部の人たちは「この恥ずべき国名を廃して元の美しい『日本国』に戻すべきだ。」とよく仰いますけどね。

だけど我々日本人てのは一度作った金科玉条と云う奴をそう簡単には手放すことができないんだよねえ…たとえそれがどんなにアホらしい経緯で生まれたモノであっても・・・。

それが証拠に出来てからン百年たった“憲法第9条”や、太古の昔から続く“天○制”日の丸の国旗もいまだに健在なんだから・・・え?なに?その国名でそんなのありかって?
 
 
いや実際そうなんだからしょうがないんじゃないかい?
 
 
 
さて…私の国の話を詳しく話す前に、私の「世界」について説明しておかないといかんだろうね。

そもそも私はこのBETA大戦が行われている世界とは別の並行世界、それもおよそ数百年先の未来の世界からやって来た。

…その世界の話だ。
 
 
 
我々の世界における23世紀後半、はっきりいって人類は完全に行き詰っていた。

理由は実に簡単なものだ。 300億を超えた人類をもはや養っていけるだけの容量が地球という惑星に無くなってしまったからだ。

その時代の地球上で“文明的な生活”と言う奴を送っていた人間の数は実に210億人にのぼる。

一つの惑星上でこれだけの数の人間が衣食住の保障された生活を送ればどうなるか?

まず食糧が足りなくなって当然、天然資源はもはや枯渇という言葉さえ虚しい状態、エネルギーだけは辛うじて核融合と太陽エネルギーの極限までの効率化によって世界中に行き渡っていた。

人類はその膨大なエネルギーを使って食糧と生活に必要な様々な物資を生産していた。

野菜・食肉工場、海洋農場、それらを使い品種改良(遺伝子操作は当たり前だった)された食糧資源を生産していった。

海水の淡水化によって広大な農地を潤すことで穀物の生産量を上げた。

さらに究極を超えるリサイクル技術の発達はほぼあらゆる資源を再生・再利用できるまでになっていた。

それによって社会が必要とするあらゆる物資を賄っていたのだ。

だがもうこの時点でこれらの努力も限界に達しようとしていた。

どれだけエネルギーを作り出し、どれだけ資源を効率良く再利用しようと、300億を超えてさらに人数が膨れ上がる人類は自分自身を養うことが不可能になろうとしていたのだ。

残る手段は何らかの口実を設けての“間引き”である。 (早い話が「戦争」をおこして人間の数を減らすことだ。)

皮肉なことにこの時代の世界は、過去4回の世界大戦への反省から百年以上に渡って大きな戦争や民族紛争を行わず平和だったために、人口の爆発的な増加に歯止めがかからなかったという事情もあった。
 
 
「結局、我々は冷血なイギリス人の経済学者とボヘミアの伍長の言葉に従うしかないと云うのか。」
 
 
当時、とある主要国の元首がこぼした皮肉は誰の笑いも取れなかった。(その言葉を笑える状況を過ぎていたからだ。)

だがしかし、戦争とはつまるところ巨大な消費行為である。

もともと資源も食料も不足しようとしていたのにそれを大量に消費して、しかも元手の回収のめどが(何十億人殺せばいいのか、どこで止めれば収支が合うのか)全く判らない状態だったのだ。

人類存続と云う大義名分によって大量殺戮を行おうにも、果してそれが可能なだけの物資と準備と計画をどうするか。

当時、事実上の地球統一政府だった「国際連合会議」は自分たちが「地球」の「内乱」をどう演出するかに頭を悩ませていた。

だが仮に「悪魔の方程式」に頼っても、救われるという保証は全くなかった…それが今日の歴史家や社会学者の見解だ。

表向き平和な、しかし確実に崖っぷちに追い込まれつつあった人類の前に一人の男が現れた。

その男の名は「コンラート・へイル」 後世“異邦の救世主”もしくは“来訪者”と呼ばれることとなる男である。

彼が何者で何処から来て何処へ去ったのか、現在のところ公式な資料は無いに等しい。

だがしかしこの男が人類に何をもたらしたかを知らない者はいないだろう。

何故なら彼が人類にもたらした物、それは“未来”と“新世界”だったからだ。

彼、コンラート・へイルはいくつかの国家の実力者、企業のトップ、そして多くの科学者を訪ね歩き、いくつかの提案を行った。

その結果として生み出されたのが『メビウス・システム』である。

これはコンラート・へイルによって提供されたデバイス『メビウス・コイル』の解析・複製の果てに出来あがったシステムだ。

彼の話によれば、彼はこの世界の人間ではなくいずこかの並行世界からやって来た放浪者なのだそうだ。

正気を疑う話ではあったが彼の提供した様々なモノや情報がそれを裏付けていった。

メビウス・コイルもまた、どこかの並行世界において開発されたものだったらしい。

“らしい”というのは『その世界の人類』がすでに滅んでしまっていて、詳しいことが判らないからだということだ。

コンラート・へイルはその滅んだ世界の遺構のなかでまだ活動していた人工知性体(コンピューターのような物らしい)からコイルを提供されたそうだ。

そのコイルに何が出来たかというと…異なる時間、空間、そして並行世界への“接続”だった。

それによって我々は『放電空間』と呼ばれるエネルギー状態の並行宇宙から、電気エネルギーを事実上無限に取り出せるようになった。

そしてそれ以上に重要なのが時間、空間の移動である。

これにより人類は、異なる時空間に多数存在する『別の地球』を発見し、そこへの移住を開始したのだ。

その壮大な大移動計画によって、全ての人類が破滅から救われたと言っても過言ではない。

もちろん、それだけのいわば“大変動”に何の混乱もなかった訳ではない。

当時半熟状態ではあったがどうやら統一政府に近い状態が出来つつあった世界情勢は、人口増加による世界的ストレスと大移動計画による混乱から再び四分五裂になろうとしていた。

それでも未来の可能性を手に入れた我々人類は混乱を乗り越えて移住計画を進めて行った。

その果てに出来あがったのが『並行地球群連合』である。

それぞれ一つの国家、あるいは民族、あるいは宗教が「自分たちだけの地球」として一つの地球を保有してそこに居住する、そして元々の地球『旧地球(Old Earth)』にその本部を設置した。
 
 
つまり国連本部と各国の出先機関(大使館等)のみを地球に置き、それぞれの国家、民族、宗教にわかれて別々の地球に移り住んだのだ。
 
 
 
 
・・・まあそんなこんなで今日の我々がある訳だ。

本来の地球(Old Earth)はもはや資源を奪いつくされ痩せ細っていたから、一部の後ろ髪をひかれる人たちを除けばほとんどの人間が移住に同意したんだよ。

我国も数ある地球の内の一つを獲得して、国をあげてそこへ移り住んだのだよ。

もちろんどの国でも我国のように一つの国が一つの星を丸ごと手に入れられる訳ではなかった。

経済的理由、あるいは人口が少なすぎる国や民族は地政学上の利害対立がない国同士、または経済的利害が一致するもの同士で一つの地球を共有した場合もあったね。

また人口が多過ぎたり政治的に分裂した大国などは結局複数の地球を持ったりしたよね。


そしてまたン百年。


発見された並行地球の数は居住不適合のものを含めれば千以上にのぼった。

『並行地球群連合』は発見された地球に番号を付けて整理、管理を試みたんだ。

その過程でいろいろなトラブルにも見舞われたんだけどね・・・

そういったトラブルを未然に防いだり、対処するための監視要員として『並行基点観測員』がそれぞれの地球(主に居住対象外の星)に付けられるようになった。

もちろん私もその一人だ。

え、それってつまり『国連職員』てことだよねって・・・うん、もちろん名目上は確かにね。

まあ、実際には各国から召集された軍人とか警察官がその任に当たることが多い訳だ。

我国からも『人民防衛隊』の隊員が派遣されることが度々あるしね。

え、それってなんだって?

もちろん我国の軍・・・あ、いやようするに我国の国土と国民の生命財産等を守るための防衛組織の名称ですよはい。

・・・いやだからどうしようもないんだってばこの国はこういうことに関してはもう本当に。

・・・え、でもなんで本来文民の私が軍用犬や警察犬の真似事をしてるのかって?

うん、よくぞ聞いてくれました。
 
 
 
事の起りは約10年程前、新たに発見された並行地球の現地観測を行ったところ、この世界の地球には人類が存在していることが判明した。

それ自体は別に初めての事ではなかった。

これまでにも何回か自分たち以外の「人類」や「存在」に接触、遭遇をしたことがあったのだ。

だが今回の場合はある意味とてつもなく「特殊」な事例だった。

この世界の人類の状況が自分たちの元々の世界の20世紀末頃によく似ていること、そしてこの世界の人類がBETAと呼ばれる地球外生命体に侵略されていることがわかったのだ。

そしてそれは我国にとって二重三重の衝撃となった。

この世界の状況は我国の政治関係者にとって一種のタブーとなっている“あるおとぎばなし”に殆んど瓜二つだったからだ。

原題「マブラヴ」、国外では主に「THE ALTERNATIVE」というタイトルで知られている歴史的問題作だ。

『あいとゆうきのおとぎばなし』

このサブタイトルで語られることが多い21世紀初頭に作られた空想創作は長く大衆文化の代表作とされると同時に、我国の近代史(特に過去100年くらい)におけるある意味「汚点の象徴」と言っても良かった。

近代日本史の中で最大の黒歴史とも言うべき『文明大改革』による弾圧の最大目標がこの作品だったからだ。

この俗に言う「文改時代」において所謂保守的、懐古的風潮が見られる創作作品(かなりいい加減な基準と言うしかない)の創作、展示、販売、さらには個人の保有までもが法律により処罰の対象になった。(もちろん時の政府の方針を肯定するような『作品』はとても優遇され、讃えられた。)

そしてこの「マブラヴ」とその関連創作の全てが摘発、没収、焼却処分(つまり焚書)の対象となった。(例を上げればイーニァや霞のイラスト、戦術機の3Dモデルを持っているだけで即逮捕だ。)

歴史的に長期間人気があった作品だからこそ、自分たちの政治思想に反する物は抹消すべきである。

・・・時として権力を持った人間と云うものは信じがたいほどの愚行に走る、その典型的な実例が繰り広げられた。

『文明改革検閲隊』が組織され、あらゆる「反社会的」なメディア、作品が「処分」されていった。

このせいで、この作品「マブラヴ」の幾つかの原典資料が永遠に失われたこともあった。

・・・二回に及ぶ狂気の『政治ごっこ』が終わった後、人々はこの「改革」とそれを推進した者たちを過去の恥として捨て去り、忘れ去った。

そしてごく一部の人間だけが、彼らの残党を熱狂的に支持してカルト政治集団として存続することになった。

・・・そしてある意味でこの出来事の象徴となってしまった「あいとゆうきのおとぎばなし」は社会的な腫れもの扱いとなったのだ。

公の場でこの作品について語るだけで作品の内容や発言者の意向とは全く関係なく「政治的意味合い」を持つという空気が出来てしまったのだ。

やがてこの作品は一部のマニア的ファンと研究者たちの間だけで語られるようになっていた・・・

そんなところに『BETA大戦の行われている世界』発見のニュースがもたらされたのであった。
 
 
 
 
 
・・・いやもうおかげでてんやわんやの大騒ぎ。

このニュースがきっかけで「マブラヴ」の物語が国内だけではなくて国際的にも注目を集めちゃったでしょ?

それがどんな騒ぎかというと・・・

「やっぱりマブラヴは並行世界の真理だったんだ!」「霞とイーニァを助けなきゃ!」「BETAを捕獲して詳しい生態研究を…」「そんなものより因果律量子論の検証を!」「われわれの力で米国の謀略から悠陽殿下をお守りしよう!」「それより中露の馬鹿共を潰してユーラシアの効率的な解放計画を…」「唯依ちゃんの安否が…」「止めろ!狭霧を止めろ!」「G弾は危険だ、我々の世界に持ちこませては…また血を吐きながらマラソンを…」「戦術機にマグネットコーティングとム―バブルフレームを導入すれば…ハイネマンごとき負け犬に任せておけるか!」「…オレがまりもちゃんの身代わりになるんだ。」「京塚のおばちゃんの合成サバ味噌定食の味を知りたい!」「ハルーは絶対に死なせない!」「いやそれより穂村は危険だ!早く隔離させろ!」「焼きそばは焼きそばパンだけじゃない!広島風モダン焼きもあるんだ!彩峰にこの味の素晴しさを…」「クリスカLOVE」

・・・つまりこんな具合にだな・・・(思い出したら頭がイタクなって来た。)

過去の経緯から他の並行世界の人類や知性体との接触を可能な限り避けていた連合上層部は、この世界に対しても基本的に不干渉の決定を下していたんだ。

だがこのままでは「おとぎばなし」と同じ結末が待っている・・・

仮に白銀武が現れたとしても「1回目」ならば事実上人類はオシマイ、「2回目」以降だとしても第4計画の成功率は極めて低く、成功してもその被害から本当に人類が立ち直り世界を再建出来るかどうかは非常に厳しいだろう。

観測の結果、「おとぎばなし」の内容が発見された世界の状況とほぼ完全に一致するとの報告が出されると、救援活動の提言が(さっき言ってたような連中のも含めて)数多く寄せられることになったんだよね。

だけど連合とその主要国の指導者連中たちは腰が重かった。

なんせ物語の中の地球の大国たちの立ち居振る舞い(特に米露中の3カ国)ときたら過去の自分たちの身勝手さを拡大再生産したようなものだったしね。

“そんなハズカシイ連中”を助けて、あげく彼らと“共存”していくのか?

『地球を一つ譲るくらいはなんとかなるが、「G弾」とかを振りかざす連中を“こちら側”に招きいれるのはゴメンだ。』

殆どの首脳たちがそう考えていたんだろうと私は思ってるんだ。

そんな時だ。

世論の動きを気にしながらも我関せずを続けようとしていた連合にそれまでこの件にできるだけ関与するのを避けようとしていた日本(民主主義人民共和国)から一つの提案がなされたのは。

他でもないこの私が愚かで無責任な上司の尻拭いとして考案したプランを政府が採用し、連合に申し出たのだよ。

問題の行方を気にしていた連合は驚異の速さでこれを採決しちゃったんだよこれが。

要するにエライ人たちはこの問題からさっさと逃げたかったんだと思う。

そして言い出しっぺのこの私はめでたく『並行基点観測員3401号』として一人この世界に赴任してきたと・・・まあどう見ても紛争地帯への単独派遣、ようするに「左遷」だな。

けどそれはこの件を提案した時から判ってたことだし、アノ上司の下で人間性を腐らせながら日々を送るのに比べたら1000倍マシと思うのだよキミたち。

なに、それって強がりですかって?

ふはははは、なにを言いますウサギさんたち…ああウサギじゃないか…君たち、ボクハツヨガッテナンカイマセンヨー。


《モロボシはん、もうお酒はやめたほうがええで~。》

《そうそう、カラダに悪いですよ~。》

《第一、その話もう38回目やで。》

《明日からN.Y.に出張なんでしょ~?》

・・・いいじゃないか酒くらい好きに飲ませてくれよ。

・・・え?日本の話じゃなかったのかって・・・ああ、続きはまたいずれね。


 
 
閑話その1終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第10話「NYのコウモリ男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/10/08 21:01
第10話 「NYのコウモリ男」

【2001年1月7日 ニューヨーク・国連本部】

香月夕呼はNYにいた。

オルタネイティヴ第4計画の推進のため、米国やその他の国々の計画推進派、賛成派などとの意見交換と利害調整のためであった。

夕呼の目的である第4計画はハイヴ攻略を前提としているため、必要となる機材・人員の他に日本を含む国連加盟国の支援がなければ到底実行不可能である。

その中でも一番頼りになり、そして一番邪魔なのがこのアメリカ合衆国だった。

資金と物資の両面で自らの祖国日本帝国よりも多くを提供してくれるのがこの国だが、同時に第5計画という“愚行”を推進し、自分たちの計画を潰そうとしているのもまたこのアメリカという国であった。

巨大国家の常と言うべきか国内の複数勢力がそれぞれ世界情勢に影響を及ぼさずにはいられない。

それも正反対の方法論を持つ2つの勢力が。

(まあったく、面倒な話だわ。)

自分にあてがわれた個室の中で夕呼は頭を悩ませていた。

米国内の第4計画推進派との会合はそれなりに上手く運んでいた。(もちろん本当にスムーズに運んだ訳ではないのだが。)

国連の予算だけでは補えない様々な物資や資金の提供に一応の目途を付けられるところまで話を進め、オルタネイティヴ5の抑止のための連携も確認し合った。

また昨年、キリスト教恭順派によって暴露されたG弾の爆心地の映像や様々なデータは、第5計画のブレーキとして大いに役立ってくれていた。

ところがそのことが今度はオルタネイティヴ計画自体に対する反対運動へと発展しようとしていると知って夕呼は世間の無知と無理解に頭を掻きむしることになった。

(世の中には馬鹿と間抜けしかいないのかしら?オルタネイティヴ4と5の根本的な違いも理解せずG弾の脅威に怯えるあまりオルタネイティヴ計画そのものを否定するなんて!)

オルタネイティヴ計画全体が国連の秘密計画であるため計画の存在を知る者自体が少数であり、詳しい内容を知る者に至っては本当に一握りの人間だけであるということがさらに事態をややこしくしていた。

限られた人間にしか情報を開示出来ず、しかも下手に開示すれば内容自体をどう悪用されるか判らない。(事実第3計画ではかなり非人道的な人体実験も行われていたし、人工ESP発現体や00ユニットのデータは使い方を誤れば大変な事態では済まなくなる。)

殆んどの情報が開示出来ないが故に誤解と不信が拡大し、それが反オルタネイティヴの動きへと繋がって行ったのだ。

第4計画vs第5計画のみではなく、オルタネイティヴ推進派vs反オルタネイティヴ派の対立。

オルタネイティヴ計画はその機密性ゆえに思いもかけない蹉跌にはまろうとしていた。

そしてもう一つ、今の夕呼をイラつかせている問題があった。

「香月副司令。」

「ああピアティフ、調べはついた?」

秘書兼副官のイリーナ・ピアティフの声に我に返って夕呼は尋ねる。

「はい、やはり情報通りこのモロボシという人物が第5計画移民派とHI-MAERF計画に対しあのマッコイ・カンパニーを通して接触を図り、ML機関の入手を目論んでいると思われます。」

「ふ~ん、自前でG弾でも作る気かしらねその男。」

ピアティフの報告に夕呼は笑えないジョークを返しつつ、思考を巡らせる。

(G弾推進派ではなくて移民派と接触…そしてML機関の入手…マッコイ・カンパニー…あの武器商人の性悪ジジイを介して…どうもチグハグねえこの男…少なくとも既存の勢力の範疇に入らない人間ということは確かか…こいつの正体や目的を判断するにはまだピースが不足してるわね。)

「ピアティフ。」

「はい。」

「このモロボシって男について可能な限り詳細な情報を入手しなさい。」

「了解しました。」

(さて、この男…私の敵になるかそれとも手駒になるか…どっちかしらねえ…ふふっ。)

ピアティフに指示を下しながら夕呼は心の中で自らの新たな邪魔者について楽しい(?)未来図を描きはじめていた。
 
 
 
 
【ニューヨーク市内 マッコイ・カンパニー本社】

私は今、とてつもない「怪物」と対峙していた。

怪物、といっても見た目は小柄な老人である。

枯れ木のように痩せ細った手足と折れ曲がった腰、皺くちゃの顔にまるでドワーフ(小人族の妖精)のような大きな鉤鼻。

吹けば飛ぶような小さな老人だが、しかしその目は恐ろしく鋭い、そして深く暗い色でこちらを見ている。

米国軍需産業とその流通に隠然たる影響力を持ち、世界の軍事関連の専門家ならばその名を知らない者はいないとまで言われる男。

世界のあらゆる戦争地帯にあらゆる物資を調達し、送り届ける男…通称『マッコイ爺さん』と呼ばれるこの会社のオーナーである。

私の現在の雇用主である松鯉商事の封木社長がかつて働いていたのがこの老人の下であった。

社長の言葉によればこのマッコイ老は自ら指揮をとって世界各地の対BETA戦争の最前線に軍需関連のあらゆる物資を売りさばき、自らそれを運搬して届けたそうだ。

社長も輸送機のパイロットとしてその仕事を手伝い、そしてユーラシア大陸の各地で繰り広げられた悲惨なBETA大戦の実状を見て来たという。

日本に帰った後、彼は家族と会社の安全のために会社と家をいち早く京から東京へと移した。

軍部や政治家たちが威勢のいい進軍ラッパを鳴らすのをしり目にBETAが本土へ上陸した時に備え続けたのだ。

エライ人々が表向き言っていることなどBETAの前では何の役にも立たない。

仕事上の経験からその現実を知り尽くしていた彼は自分と家族、そして会社と社員が生き残るためのあらゆる努力を惜しまなかった。

98年のBETAの本土上陸から今日まで社長の采配のおかげで社員全員が無事であったと言っても過言ではないだろう。

その社長を鍛え育てた人物こそ目の前のこの老人だった。

「…なるほど、おもしれえ資料だなこいつは。」

「そう言って頂けると思いました。」

私が彼に見せていたのは先日巌谷中佐たちにお披露目した「撃震モドキ」のデータ(X1を含めて)と、「ある推論の検証データ」であった。

「こっちのF4改修機の情報はワシの商売に新しいタネをもたらしてくれそうだが…もう一つの方はさて、なにを考えてこんなもんを作成したんだ?え?若造。」

「まあ、早い話がオルタネイティヴ第5計画の見直しを促すためですね。」

「ふん、あのG弾に取り憑かれたバカ共がこんなレポート一つで考えを改めるとでも思ったのか?」

鼻先で笑いながら私の作成したレポートを指先で小突く。

そのレポートは99年8月5日より現在までの横浜におけるG弾による重力変動とその測定データを元にしてユーラシア全域でG弾を使用した場合の地球全体への影響が示されていた。

「連中はこんなレポートは断じて認めねえし、この推論を決定的に証明するだけの根拠も乏しいだろう。」

「勿論ですとも、私もあの愚かな“バビロンの支配者たち”を啓蒙できるなどと思ってはいません。」

「ほ~う、傲慢な演技も出来るようでなによりだ。」

私のさりげなくも自信満々といった風な演技を怪物老は軽くあしらう。 まあこの老人は私ごとき新米の謀略家などとは始めから役者が違うのだから仕方がない。

「私がそのレポートを見せたいのは“彼ら”ではありません。」

「へえ、それじゃ誰だい?」

「アーネスト・ウォーケン上院議員。」

「なに!?」

「…繋ぎをお願いできませんか?」

私の“頼みごと”にさすがのマッコイ老も顔をしかめて考え込む。

「おめぇ、ワシが誰かわかった上でそんな頼みごとをする気かよ。」

アーネスト・ウォーケン氏はこの国の上院議員としてその人柄と共に高い評価を受け、次期大統領候補の1人と目されている人物であり、その政治姿勢から“合法的密輸業者”ともいうべきマッコイ老にとっては目の上のタンコブの筆頭であった。

「…お願いします。」

私はこの先にある様々な問題に立ち向かうネットワークを作るために無理を承知でマッコイ老に懇願した。

「…ひとつ聞いていいか?」

「何なりと。」

「このデータは信用していいのか?」

「…そのデータと推論は全て“真実”です。」

「おめぇ…いや、いいだろう。 ウォーケンの野郎に話をつけてやらあな。」

「感謝します!」

私の言葉に何かを嗅ぎ取ったマッコイ老だが、深くは詮索せずに願い事を聞いてくれたのだった。
 
 
 
 
【2001年1月9日 ニューヨーク・国連本部】

「アーネスト・ウォーケン? あの上院議員の?」

「はい、接触してなんらかの意見交換を行っているらしいとのことです。」

先日指示しておいたモロボシの調査を行っていたピアティフ中尉からの報告で、思わぬ名前を聞いた夕呼はらしくもなく聞き返してしまっていた。

「・・・どういうつもりなのモロボシって男は。」

夕呼がそう唸ったのも無理はなかった。

AL5の移民派、HI-MAERF計画、マッコイ・カンパニー、そしてウォーケン上院議員。

お互いに関係ない、というよりむしろ対立しているような関係者の間を行ったり来たりしている…

傍目にはそうとしか思えない行動だった。

いかに天才科学者といえど約11カ月後にそのウォーケン上院議員の息子と自分の第4計画がクーデターという糸で結びつけられるとは予想できず、まして会ったこともない男がそのための対策の一環として彼の父親と会っている等とは神ならぬ夕呼には知りようがなかった。

「理解不可能なコウモリ男ね。」

「コウモリ…ですか?」

「イソップの寓話よ…日本では日和見な卑怯者を意味するおとぎ話になってるけどね。」

「はあ…。」

「…ピアティフ。」

「はい。」

「このコウモリと連絡を取って。」

「すぐにですか?」

「ええ、いますぐに。」

香月夕呼は決断した。

正体不明のコウモリ男の本当の顔を自分の手で暴くことを。
 
 
 
 
【ニューヨーク・ミッドタウン】

今、私の前では白人の紳士が一人でレポートを読んでいる。

彼の名はアーネスト・ウォーケン、12.5事件の“犠牲者”たちの一人であるアルフレッド・ウォーケン少佐の父親であり、議会上院の良識派、そして反オルタネイティヴ派の1人でもある。

「…成る程、これは興味深い内容だ。」

ウォーケン氏は慎重に言葉を選びながら言った。

「だが、これを完全に証明するにはややデータが不足しているのではないかね? それにこう言ってはなんだが、“あの”マッコイ氏がなぜこんな情報を提供しようとするのか理解に苦しむのだが。」

まあ当然の反応だろう、本来敵対関係と言っても差支えない相手からこんな情報がもたらされれば疑ってかかるのが当たり前だ。

「まず誤解を解いておきたいのですが、あなたに面会を求めたのも、そのレポートを提供するのも全て私自身の意図によるものでマッコイ氏にはただ、紹介をお願いしたにすぎません。」

「ほう、では君は何の意図を持って私にこれを見せたのかね?」

さあ、本題だ。

「ウォーケン議員、貴方は現在のオルタネイティヴ計画に反対の立場を取っておられますね。」

「確かに反対側だな、大枚の税金をはたいて僅か数万人の人間を宇宙の彼方に放り出した揚句、G弾の大量運用でユーラシアを焼き尽くそうなどと…推進派の連中は米国本土には影響はないと言っているが、このレポートを見たらどんな顔をするだろうな。」

「“彼ら”はその内容を信じないでしょう。  私もそんなことを期待している訳ではありません。」

「ふむ、わかっているようだな… ではなにを期待しているのかね。」

「オルタネイティヴ4の支援をお願いしたいのです。」

「なに? あのAL5以上に荒唐無稽な計画をか?」

「議員、あなたがどう思っておられるか…まあ想像はつきますがしかし香月博士は何の根拠もないデタラメを口にされる方ではありませんよ。」

(ハッタリなら幾らでもかますでしょうけどね。)

心の中で口には出せない注釈を加えながら上院議員の説得を続ける。

「それなりの時間を費やせば彼女の計画は必ず成果を上げるでしょう…もっともその“時間”と云う奴をワシントン…いえ、“霧の底”にいる人たちは与えるつもりがないようでして、香月博士にも…そして日本帝国にも。

その言葉にウォーケン氏はピクッと眉を震わせ、そして沈黙を続ける。

“霧の底” 国務省と言うよりこの場合はCIAを表す隠語に、さらに標的が香月博士のみならず日本帝国そのものであると言われれば慎重に沈黙せざるを得ないだろう。

「信じられませんか?」

「…確証は、あるのかね?」

「いずれは手に入るでしょう…しかしその時にはすでに手遅れでしょうが…“貴方にとっては”。」

「どういう意味かね?」

「第7艦隊を手駒として使うからですよ。 それに“彼ら”が香月博士や日本だけでなく、米国内の“邪魔者”も同時にそれも合法的に始末しようと考えているとしたら…どうですか?」

その言葉に今度こそウォーケン議員は顔を歪め怒りと嫌悪の色を剥き出しにする。

それは私にではなく、ここにいない“誰か”に向けられていた。

さて、ここはひとつ押しの一手で・・・あれ?通信?こんな時に何がって?え…おいおい。

「申し訳ありません議員、急な用で少々中座をさせていただきたいのですが?」

私の言うことに議員は鷹揚に頷き、中座を許可してくれた。

・・・さて、お電話ですよ・・・

「ああ、もしもし私松鯉商事の諸星と申しますが…。」
 
 
 
 
 
モロボシが席を立ってからもアーネスト・ウォーケンは彼の言葉の内容を吟味していた。

AL4の支援、香月博士、CIA、第7艦隊・・・

(“彼ら”が香月博士や日本だけでなく、米国内の“邪魔者”も同時にそれも合法的に始末しようと考えているとしたら…)

“彼ら”すなわちCIAと軍の一部が前線国家である日本帝国の政治、軍事双方の指揮権を狙っていることは知っていたし、彼らが目的のために何でもすることもわかっていた。

しかしその野望のために自分の息子が利用され、しかもその結果自分の政治生命が奪われるかも知れない…“ナンセンス”とは言えなかった。 “連中ならやりかねない”アーネスト・ウォーケンは長年の経験からそのことを知っていた。

(だからいい加減前線勤務などやめろとあれほど言ったのに、“合衆国の正義を世界にもたらす為に働くのが誇りだ”などと…軍の中も政治の世界と同じでお前のような誠実な正直者は一番背後から撃たれやすいというのが解らないのかアルフレッド。)

アーネスト・ウォーケンは心の中でそう息子に向かって愚痴をこぼした。

(だがどうする?あいつが今すぐ軍を辞めるなどありえんし、それにこの男の話が事実なら香月博士だけでなく日本そのものまで標的に…これが表沙汰になれば国務省やペンタゴンだけの問題ではなくなる、間違いなく大統領…ひいては合衆国の国際的な立場にまで深刻なダメージを与えかねない。)

ウォーケンが心のなかで懊悩煩悶しているところへモロボシが戻ってきた。

「どうも、お待たせしました。」

「いや、かまわんよ…ところでモロボシ君。」

「なんでしょう?」

「君はAL4派なのかね?香月博士の計画の支持を依頼してくる理由は?」

「いいえ議員、私はAL4派ではありません、AL4を支持するのはそれが人類にとって最善の道と信じているからですが、私自身の本来の目的は別にあります。」

「ほう、君の目的…それは?」

その質問に対してモロボシはあるシナリオをアーネスト・ウォーケンに語り始めた…そしてそれを聞くウォーケンの顔は次第に真剣なものになっていくのだった。
 
 
話を終えたモロボシに対してウォーケンは言った。

「君の話はわかった、全てを信じるとは言わんがAL4の推進に陰ながら協力を約束しよう。」

「ありがとうございます議員、私も“霧の底”について知らせるべきことがあれば連絡をさせて頂きます。」

「うむ、よろしくたのむ。」

お互いの協力を約束して、2人の男は別れた。

この協力関係が約1年後の人類の運命を大きく変えることになるとはウォーケン自身もまだ知らなかった。
 
 
 
 
第11話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第11話「女狐vsコウモリ男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/10/13 22:37
第11話 「女狐vsコウモリ男」

【2001年1月10日 ニューヨーク ホテル・ウェリントン】

香月夕呼は獲物が来るのを待っていた。

獲物の名前は「諸星段」。

ここ数日の間、彼女をイラつかせていた元凶であった。

あたかもコウモリの如くオルタネイティヴ計画の関係者や武器商人、はては反オルタネイティヴ派の有力議員にまで節操無く接触しコネをつくり続ける男。

その目的も行動原理も全く不明。

自分にとって敵対者となるのかそれとも協力者(つまり手駒)となるのかも判別不能。

(ある意味あのタヌキオヤジと同種の厄介者かもね。)

その厄介者の正体を見極めるために副官であるイリーナ・ピアティフに諸星とコンタクトを取らせ、今日の会談をセットしたのだが…

「遅い!いつまで待たせる気よ諸星って男は!」

「副司令…まだ10分前ですが…。」

イラつく夕呼を懸命にピアティフが宥めるが、ここ数日間のストレスが原因で“天災天才科学者”のご機嫌は非常に麗しくない。

「“もう”10分前よ!もう!だいたいコウモリの分際で人間様を待たせ「コウモリがどうかしましたか?」!!!って何時の間に!?」

気が付けば目の前に件のコウモリが立っていた。

「どうも、初めまして香月博士。 私、松鯉商事営業課の諸星と申します。」

いつの間にか無断でホテルの部屋に侵入していたにも係わらず、いけしゃあしゃあと名刺を差し出して“日本人のセールスマン”を演じて見せる諸星に、たちどころに夕呼も心のスイッチを切り替える。

「よく来てくれたわね、私が香月夕呼よ。 いきなり不法侵入してきたみたいだけど、まあ私の方が招待したんだからとりあえず大目に見てあげるわ。」

「これは失礼しました、実は先程まで仕事上の研究に没頭しておりまして、そのせいで時間を浪費したために慌ててここまで来た次第でして。」

「あらそう、参考までにどんな研究なのか教えて頂けるのかしら?」

「はい、研究のテーマは『アメリカン』です。」

「はあ?」

いきなり意味不明な“研究テーマ”を口にされ、さしもの夕呼も思考が停止しかかった。

「アメリカンコーヒーの事ですよ香月博士、私は本場アメリカのアメリカンコーヒーの味を是非とも日本でも再現したいのです。」

「へえ?」

「そもそも日本では永らく本当のアメリカンコーヒーというやつに対して正しい認識が足りませんでした。 多くの日本人はただ単にマグカップに薄く淹れたコーヒーを出すのがアメリカンだと誤解していたのです。 また多少コーヒーに詳しい人がアメリカンについて正しい知識を啓蒙しても、本物のアメリカンコーヒーの味は再現できませんでした。 どういう訳か日本人の作るアメリカンコーヒーの味は本場のそれに比べるとやや渋味が強すぎ、どこかえぐい風味が出てしまうのです。 私はここニューヨークのカフェで飲めるような紅茶のように薄くて、しかもバランスのとれた苦味と香りの豊かなコーヒーの味を是非とも日本に広めたいのです。」

「はあ…」

「そのためここニューヨークに来たのを機会にあちこちのカフェでコーヒーの味を見て回っていたのですが…いやそのせいでうっかり時間に遅れそうになるとは、いや実にお恥ずかしい。」

「……」(こいつ、本職の詐欺師でなけりゃ本物のバカね。)

誰が聞いても「非道過ぎる」といわれかねない評価を心の中で下しながら夕呼は諸星を観察する。

「…ところで博士、先程コウモリがどうとかというお話が聞こえましたが何のことでなのでしょう?」

「ああ大したことじゃないわ、今あたしの目の前でどこぞのタヌキみたいな薀蓄三昧を繰り広げているおかしな生き物の事を端的に表現しただけよ。」

諸星の皮肉もしくは嫌味1歩手前の質問に対して、明らかにレッドラインを踏み越えた返答を夕呼は返す。

「どこぞのタヌキ…ああ成る程、いやしかしあの鎧衣課長の非実用的な薀蓄に対して私のそれは実用性第一を心掛けているつもりなのですが…」

(あたしの血圧を上昇させるのが使用目的なら、どっちも充分実用的よ!)

そのラインオーバーの嫌味すらさらりと流して惚け振りを重ねる薀蓄蝙蝠男の態度に夕呼の中の殺意が確実に上昇する。

「おおそうだ、タヌキ…いえ鎧衣課長で思い出しました、大吟醸の味がお気に召していただけたようでなによりです。」

「なっ…それじゃあのお酒は…。」

「ええ、当社で限定的に仕入れている特別製の大吟醸でして…月2本のペースでよろしければ今後とも「買った!」…毎度ありがとうございます。」

(しまった・・・)

ついうっかり相手のペースに乗せられたことに気付き、夕呼は心の中で舌打ちする。

(こいつがあのタヌキ親父が言ってた“秘境”とやらの関係者ってわけか…たしかにあのタヌキが気にするだけあって一筋縄じゃいかなそうね。)

「ところで博士、本日ご招待にあずかった用件ですが…どういったお話でしょうか。」

「・・・そうね、あんた何者?」

「と、おっしゃいますと?」

「とぼけんじゃないわよ!あたしの仕事の周りをコウモリみたいにあちこち飛び回って一体あんたは何がしたい訳?」

「人類と、その文明の存続。」

「え?」

「…それが私の仕事における最終目的です。」

「……」

予想もしない哲学的な(?)、いやおよそ商売人の言葉とは思えない発言に夕呼の目が細くなり相手の真意を探ろうとする。

「人類と文明の存続ねえ? もしかしてそれはあたしの計画を援助でもしてくれるってことかしら?」

「いいえ。」

「へえ、じゃあ何をする気?」

「オルタネイティヴ第5計画の“修正”。」

「!!なんですって!?」

「現在国連の秘密計画として二つのオルタネイティヴ計画がすすめられています。 その一つがあなたの推進する第4計画であり、もう一つがこの国が推奨する第5計画ですね…私はこの二つの内、第5計画の方を“修正”する必要があると考えています。」

夕呼の目の前にいる男の顔からは、すでに愛想笑いが消えていた。

「米国の推奨する第5計画の基本的内容はまず人類の中から10万人程の“代表者”を選抜し、彼らを宇宙船でアルファ・ケンタウリまで送り出し、その後G弾によるハイヴへの全面攻撃を敢行するというものです。」

「…よく知ってるわね、それで?」

「このプランはあまりにもズサンで穴だらけだと言わざるを得ません、まずそもそも僅か10万人程度の人間を宇宙の果てまで送り届けて、そこではたして人類社会の再建が可能なのかどうか、なにより無事に目的地にたどりつく可能性はどの程度なのか。」

「あら、移民派の連中は成功率は十分にあるって言ってるわよ?」

「机上の計算では、でしょう。 そもそも人類自身が太陽系のそれも内惑星系から外に出たことがないというのに、太陽系外の外宇宙に出るということはつまり小さな湾の中で小舟に乗っていた素人がある日突然太平横断計画を、それも碌な海図も無しに始めようとするのと同じでしょう。」

「海難事故に遭うのは確実ね。」

「さらに言うならばその宇宙船団は各国がそれぞれに分かれて乗り込むわけですが…」

「ええ、それがどうしたの?」

「私の予想では…宇宙のど真ん中で船同士、いえ国家や民族同士の殺し合いが始まる可能性が高いと思いますね…“新世界”を独占するために。」

まさか、などと愚かなことを夕呼は言わなかった…諸星が言ったことは彼女自身の予想と全く同じだったからだ。

(けどその程度の答えではまだまだあたしを満足させられないわよ、コウモリさん。)

「…それで?」

「種の存続をかけた計画としてはAL5の移民計画はあまりにも分の悪過ぎる賭けでしょう、そしてもう一つの方ですが…」

そこまで言うと諸星はアタッシュケースの中から1冊のレポートと先日鎧衣課長の持ってきたのと同じ酒瓶を取り出した。

「これはお近づきの印にと持ってきました、今夜にでもどうぞ。」

「あらありがと、それでそのレポートは? どんな素敵な内容が記されているのかしら?」

「どうぞ目をお通し下さい。」

諸星から渡されたレポートを読む夕呼の顔がしだいに強張りはじめ、そして読み終える頃には完全な無表情になっていた。

「これ…あんたがまとめたの?」

「ええ、“ある仮説”をもとに私がデータを収集して、とある科学者に検証を依頼して作成されたものです。」

「よくこんなもの平気で人に見せびらかせるわね、あんた死にたいの?」

「まだこの年で死にたくはないですなあ~はっはっは。」

(この男も銃弾で撃ち殺せるか試してみる価値がありそうねえ。)

心の中で物騒なことを考えながら夕呼は自分がいま読んだレポートの信憑性とその価値に考えを巡らせる。

このレポートの記述を自分が補完してより完全な内容にすればおそらくG弾推進派に対して強烈な一撃を与えることになるだろう。

しかしそれはAL5の更なる強硬姿勢と先鋭化を促し、さらには米国、そして世界の経済状況に深刻な亀裂を入れかねない。

BETAの侵略によってユーラシアが事実上失われた現在、米国経済だけが世界の現状を支えており、しかも今現在その信頼性をもっとも支えているのが他ならぬG弾の存在だった。

たとえどんなに危険な道具だろうと、いやだからこそ現在の絶望的な状況にある世界の中ではG弾の破壊力はそれ自体が一種の“安心保障”となっている。

だからこそ、最悪のタイミングで日本を裏切りあげく明星作戦の最中に自国の兵士まで巻き込んでG弾を落とした愚かな前任者と違い、G弾の危険性を認識しAL5に慎重な姿勢を示す現職の大統領でさえもG弾使用のオプションを完全に排除することは出来ないのであった。

諸星のレポートはその危険なバランスを根底から揺さぶりかねない可能性を秘めていた。

「…あんた今までにこのレポートを何人の人間に見せたの?」

「2人だけです、あなたが3人目です博士。」

「2人?」

「マッコイ・カンパニーのマッコイ翁とアーネスト・ウォーケン上院議員…ちなみにお二人とも当分の間この件について沈黙を守ってくれることを約束してくださいました。」

「ふーん。」

「私がこのレポートの中身を直接お見せするのは貴女を含めてあと3人だけです。」

「へえ、ちなみにあと2人は誰?」

「日本帝国内閣総理大臣 榊是親 そして…征夷大将軍 煌武院悠陽殿下。」

「!!!あんた…」

さすがに夕呼の顔色が一変する。

目の前のこの男が単なるコウモリでも詐欺師でもない、とてつもない謀略家か自分の理解を超えた本物の“大馬鹿者”だということにようやく気付いたのだった。

「あなたの手でこの内容の再検証と仮説の補完をやってはくれませんか博士。」

「ことがことだけにリスクが大き過ぎるわねえ~、そこまでしてあたしにメリットがあるかしら。」

「もちろんありますとも。」

「へえ、どんな?」

「香月博士、“彼ら”があなたに第4計画を完成させるだけの“猶予”を与える気があると本気で信じてらっしゃいますか?」

「…何が言いたいの?」

「第4計画を実行に移す為にはそれなりの準備が必要です。 そのためにあなたはXG-70を手に入れ、集積回路の研究も進めておられる。」

「…よく知ってるわね。」

「その準備に少なくともあと1年程は必要でしょう、しかし“彼ら”はその1年をあなたに与える気など初めからないのです。」

「…そんなことはあんたに言われなくてもわかってるわよ。」

「そうでしょうね、だからこそ“彼ら”を牽制するカードが必要でしょう?」

「ふん…こいつは確かに“切り札”になるけど、ちょっとばかり強過ぎるのよね~。」

レポートの紙束をひらひらさせながら夕呼は諸星に、強過ぎるカードは諸刃の剣であることを指摘する。

「確かにそれをいきなり使うのは危険すぎますし、それに公表するにはより内容の信憑性を高めてからの方がいいでしょう。」

「で、そのためにあたしを使おうっての? ずいぶんいい度胸してるわね。」

「ええ、ですがさすがにタダでは申し訳ないと思いまして…これをどうぞ。」

そう言って諸星が差し出したのは「撃震モドキ」と「X1」の情報、そしてもう一つは「X1」の進化したバージョン、「X2」の仕様書であった。

その内容を吟味していく夕呼の表情が先程とは逆に楽しそうな、悪戯を思いついた子供に似たものになっていく。

「ふ~ん、確かにこれはいいアイデアだけど…この「X2」は今の技術じゃ実現不可能じゃないの?」

「ええ、確かに不可能ですね“あなた以外には”。」

にっこり笑ってそう答える諸星に夕呼は思わず舌うちする。

「ちっ、お見通しって訳ね…いやな奴。」

「商売柄、情報が命でして。」

「…いいわこのシステムを私が作ってあげる、ただしこっちが優先的に使わせてもらうわよ。」

「ええ、もちろんです。 それと博士…」

「何、まだ何かあるの?」

「そのシステムの開発に“世界一の撃震使い”を開発衛士として指名したいのですが。」

「世界一の…ってまさかまりものこと!?」

「ええ、彼女の撃震乗りとしての経験と能力がどうしても必要でして。」

「そりゃ確かにまりもは優秀な衛士だけど…どうして他の衛士じゃダメなの?」

「彼女と撃震だからこそ、いえそうでなければ出来ない仕事があるんです。」

「仕事?」

「ええ、世をすねてアラスカあたりでスパイの真似事をして燻ってる男を本気にさせるというね。」

「…へ~え。」

「さていかがでしょう香月博士、私としては悪くない取引だと思っていますが。」

「…そうね、確かにこのカードたちを上手く使えばAL5の発動を遅らせることが十分可能でしょうね。」

「では…」

「けどあんたはそれで問題が全て片付くの?さっきあんたは第4計画の支援じゃなくて第5計画の“修正”を目的にしてるって言ってたけど?」

諸星の真意が今一つ読み切れない夕呼は、先程から疑問に思っていたことをあえて直接諸星にぶつけた。


「…香月博士。」

「何?」

「仮に第4計画が成功をおさめたとして…それで“彼ら”が諦めると思いますか?」

「……」

「彼らは…あの“バビロンの支配者たち”はいずれ必ず自分たちが手に入れた“力”を行使せずにはいられなくなるでしょう…私の“第5計画修正案”はBETAだけではなく、“第5計画そのもの”からも人類を守るためのものなのです。」

諸星の言葉を聞いていた夕呼の顔が、かすかに変化しはじめていた。

目は笑っていないにもかかわらず、その口元がアルカイックな微笑みを浮かべいるのだ。

「面白いこと言うわねえ諸星さん? それであんたの“修正案”てのはどんな内容なのかしら?」

「それはまだお話できません、いずれにせよ榊総理や煌武院殿下と話をしてからでなくては。」

「ふーん…まあいいわ、今日のところはこれを貰っとくから。」

そう言って夕呼は諸星が持ってきたレポートとそして大吟醸の瓶を満足げに見る。

「博士のお気に召していただけたようで安心しました。」

「いい味だわ、どんな酒米使ってるのかしら?」

「はっはっは、それだけは企業秘密でして。」

「ケチね。」

「いやいや申し訳ありません、はい。」

「まあいいわ、話の続きは日本に帰ってからにしましょうか。」

「ええ、今月中に改めて横浜に伺わせていただきます。」

諸星の言葉に夕呼は心の中で会心の笑みを浮かべる。

(そうこなくっちゃね~、横浜基地のあたしの部屋の中ならこっちのフィールドだしそれに…霞という“切り札”もあるしね。)

そして諸星の方はというと…

(…てなことを考えてんだろうね、この人は。 さて、どうやってあのウサミミ少女のリーディングを誤魔化すか…と、いかんいかん大事な用件を忘れていた。)

「あの香月博士、実はもう一つ重要な用件を忘れていました。」

「あらなにかしら?」

突然、態度の改まった諸星に夕呼は疑問を抱きつつも興味をひかれる。

「実は…これをお願いしたいのです。」

そう言って諸星が取り出したのは…分厚い色紙の束だった。

「なにこれ?」

さすがに目を点にして聞いてくる夕呼に向って諸星は、真面目な顔でこう言った。

「是非、この色紙に香月博士とそちらにおられるピアティフ中尉の“サイン”をお願いしたいのですが。」

「…あんた、あたしをなんだと思ってる訳?」

怒る以前にむしろ理解不能な不気味さを感じて、思わず後へ引き気味になりながら夕呼は尋ねる。

「人類史上最高の頭脳の持ち主、香月夕呼博士だと認識しておりますが?」

(こいつの頭脳は人類史上“最混沌”かしら?)

この状況を見ればさすがに誰も“失礼な”とは言わないであろう感想を抱きながらも言葉を発せない夕呼の目の前で、突然諸星のアタッシュケースの中からベルの音が響きはじめた。

「おや、なんだろう…すみません博士、ちょっと失礼します。」

そう言って諸星は鞄を開けると、中にあった黒電話の受話器を取って話し始めた。

「ああ、もしもしスミヨシ君? どうしたの急に…え?ああそうか名前ね…そうか確かに必要だねえ…ええ?なにもう決めたって……リフジン・トオル? ナンデスカソレハ?? え?必然?仮名?はあ、まあ君がそう言うのならそれでいいんだけど彼になんと…ええ!?もう言っちゃったって…ああそりゃあ泣くだろうねえ…可哀想に。」

意味不明の言動を目の前で展開する男に夕呼は本能的な恐怖を感じ、背後にいる副官に語りかける。

「…ねえピアティフ…あたしもしかして、とんでもない男と係わりを持っちゃったのかしら?」

「…今後は自重してください、副司令。」

そう返事をしながらピアティフは、自分の周辺に出没する正体不明の怪人物が1人増えたことに心の中で溜息をついていた。

彼女の苦労は当分終わりそうになかった。


 
 
 
第12話に続く



[21206] 設定一覧
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/10/07 17:29
設定

モロボシ・ダン:本編の主人公。 未来の『日本』の公務員。 とある理由で左遷が決まり、マブラヴの世界にやって来た。
恒点○測員340号ならぬ『並行基点観測員3401号』として着任。
現地での名前は『諸星段』。
普通の人間(つまり弱い)だがチート技術のおかげで活躍できる。


封木社長:モロボシの会社の社長であり、土管帝国を築くにあたっての“現地協力者”である。
ある意味で身の程を知った常識人であり、家族と会社の将来のためにモロボシを支援する。
ちなみにモデルはエ○ア88のマッコイじいさんの部下のプーキーさん。


仮面衛士1号:仮面衛士1号「鳴海孝之」は改造人間である。 謎の秘密国家『土管帝国』によって生まれ変わった彼は、2人の彼女と人類の未来を守るため今日も戦うのだ。
ちなみに彼が第一部の恋愛原子核担当者(予定)です。


先生:本来死んでいるはずのところを、土管帝国によって助けられた人物。 帝国の未来を案じて、モロボシに協力を約束する。


高木中尉:巌谷中佐の部下で戦術機の構造材に精通した技術士官。
モデルは湾岸ミッドナ○トの高木社長。


富永大尉:同じく巌谷中佐の部下で戦術機の管制システム関連の士官。
モデルは湾岸ミッ○ナイトの富永さん。


マッコイ爺さん:封木社長の元いた会社の主で世界中の戦地へ物資を届ける武器商人。
社長の紹介でモロボシに便宜を図る。
第5計画をいろんな意味で危険視している。
モデルはもちろんエ○ア88のマッコイ爺さん。


アーネスト・ウォーケン:ウォーケン少佐の父親で米上院議員。
AL5に危惧を抱き、AL4を信用していないためAL計画自体に否定的な人物。
(ウォーケンパパはオリ設定です。)


土管帝国:物語のタイトルであり、主人公の仕事と趣味を兼ねた目的。
絶望的な状況にある人類をBETAと第五計画から救済する目的で作った。(と言うよりでっち上げた)


土管:主人公の所属する役所が作ったセメント構造物、云うまでもなくマンホールとかにつかわれたり、ジャ○アンが空き地でリサイタルをする時に上に乗ったりするアレである。
どうしたらこれを使って人類を救済できるかは・・・


タチコマくん:主人公の手足となって働く、自律型AIを搭載したロボット。 元々は軍事用の思考戦車だったがAIのロジックがアレだったために、主人公の元へ廻された。


ジェイムズくん:タチコマくんと同じくモロボシの手伝いをする箱型ロボット。 ちなみに関西弁をしゃべる。


松鯉商事:主人公が帝国内で活動するための拠点となる民間企業。 各方面へ接待攻勢をかけ人脈の拡大と情報収集をはかる。


小鉄:帝都の片隅にある小料理屋。 鎧衣課長や巌谷中佐、たまには紅蓮醍三郎なども訪れる野郎共の隠れ場所。
ちなみに店主の名前は『霧島五郎』である。


X1:モロボシが開発した(正しくは“してもらった”)戦術機用のOS。 基本的にはXM3の簡易バージョン(即応性10%UP、キャンセル機能あり)と言える。
XM3にはかなり劣るが、横浜製の技術なしで実現可能なモノである。


撃震モドキ:TYPE-77“撃震”をモロボシたちの技術でコピーした機体。
機体の構造材を重量が2分の1、強度が2倍の物を使うと云うチート機体。
OSは「X1」を搭載。

コンラート・へイル:モロボシたちの世界にメビウスコイルをもたらした謎の人物。
彼のもたらした物や知識によってモロボシの世界は破局を回避することが出来た。
モロボシ自身気が付いていないが、この男に憧れ、同じことをしようとしている部分がある。
モデルは花郁悠紀子の「フェネラ」より。


メビウスシステム:主人公の世界(時代)に存在するシステムの総称であり、主人公の超人的活躍のタネ(と言うよりもこれがないとなにも出来ない)。
システムの中核をなすのは『メビウスコイル』と呼ばれるユニットで、並行世界の一つである『放電空間』からエネルギーを取り出し、活用することが出来る。
また、並行世界への移動も可能であるが、主人公の世界では法律により厳しく制限されていて、実質移動出来るのは主人公のような公務員だけである。
出典は山田ミネコの「最終戦争」シリーズ。


並行地球群連合:主人公が本来所属する世界。メビウスコイルを手にした人類が荒廃した地球を捨てて無数の並行世界にある人類がいない地球を開拓、
国家や民族ごとに一つずつの地球を手に入れたのち成立した“国際連合”の発展形。
本部は旧地球に置かれている。


日本民主主義人民共和国:主人公の故郷(未来の『日本』)である。 このふざけた国名にもかかわらずちゃんと『天○制』が維持されているからすごい。
ずいぶん前から『国名改正論議』がもたれているが、いまだに何も決められない。(笑)
ちなみに憲法第9条も健在であり、いまだに国軍はなく『人民防衛隊』が存在している。


文明大改革:主人公の日本(日本民主主義人民共和国)の過去に起こった政治思想改革(?)
異常なまでの検閲主義と思想統制で国内に様々な後遺症を残した黒歴史的一幕。(略して“文改”)
第一次と第二次があり、第一次文改の時代に国名を「日本民主主義人民共和国」とした。


文明改革検閲隊:文改時代に文化作品等の取り締まりを行った特別警察隊。
「反社会的」とされたあらゆる媒体、作品を摘発、弾圧を行った。



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