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[22399] dies irae~Glück, das mir verblieb~(ディエスイレ 螢アフター)
Name: ブリュージュ◆bf904493 ID:d18e55b0
Date: 2010/10/07 17:40
 初めて投稿させていただきます。よろしくお願いします。

 本作はPCゲーム『Dies irae〜Acta est Fabula〜』が原作となっています。

 螢ルート後のお話を描きます。その性質上新キャラとしてオリジナルキャラを多数出す予定ですが、主人公は変わらず『藤井蓮』です。

 しかしあともう一人、主人公として登場させるキャラはオリジナルです。プレイ済みの方はご存知でしょうが、『新しい首飾り』のことです。

 他作品とのクロスオーバーはありません。

 原作未プレイの方にも理解していただけるよう努力していくつもりですが、プレイ済みでなければどうしても理解しにくい面があると思います。
 
 設定は原作準拠が基本ですが、その延長で独自解釈や独自設定を出すこともあると思います。

 中二成分マックスなストーリーになりますので、ご注意ください。

 あと僕は非常に遅筆なので更新も大分スローペースになるかと思います、ご了承ください。



[22399] プロローグ
Name: ブリュージュ◆bf904493 ID:d18e55b0
Date: 2010/10/07 18:55
 そこは世界のどこでもなく、またどこでもある場所だった。

 いや、あるいは『場所』という表現は不適当かもしれない。なぜならそこには距離も座標も時間軸も存在しないからだ。無限に膨張し続ける宇宙のように広大無辺であり方向を認識する指標となるものがない。

 水平線などなく天地を分かつ境界がない。周囲全てが虚空であるため、前後左右に意味がない。時間も同じく。そのような状態が延々と果てまで続いているのだ。もっともその果てがあるのかさえ不明ではあるが。

 形容するならば天地が創造される前の混沌、という表現がふさわしいかもしれない。

 事実ここは様々な呼び名を持っている。カバラのセフィロトに語られる『王冠(ケテル)』、仏教における『空』、プラトン哲学の『イデア』など、種々の呼称に共通して見られるのは人の手にあらざる御業の存在を前提としている事である。

 であるならばここにいましますのは「光あれ」とのたまう存在であるべきであろう。

「嗚呼―――やはり、こうなってしまったか」

 ポツリと自嘲するように呟いた者がいた。 

 このような場所にいる者が人間であるわけもない。下半身は砕け散り、残った上半身の断面から覗くのは何も伺えぬ空虚な漆黒のみ。本来内包すべき臓器や血液など微塵も存在しない。

 それはもはや人形とも呼べぬ残骸だった。

 クツクツと嗤う道化師の残骸がその麗貌を歪める。

 つまり今回も毎度毎度の帰結に辿り着いてしまったと要はそれだけの話だ。

「己が聖遺物、己が自滅の因子と喰い合い消える。予感はあったのだがな」

 結局何も成せずこの終わりを迎えようとしている。それは己が何を成そうともしなかった故か。

 ならばこの影法師にすぎぬ身が重い腰を上げていたのであれば、結末は変わっていたのだろうか。

「いいや、それでは駄目だ。私が出張ると碌なことにはならない。特に今回はそれを痛感させられたと言える」

 ヨハンの孫娘と元代替の親友、彼らを動かしたことが彼の最大の過ちだったといえる。あれさえなければ不本意極まる結末とはならなかったであろう。いかにあの時あの場で聖櫃創造を行うことが不可能となり、仕切り直しのため次代のゾーネンキントと新生黒円卓団員を用意し新たなる黎明期(モルゲンデンメルング)を演出する必要があったとはいえ。

「名を何といったかな? そう、たしかジークリンデ・エーベルヴァインだったか」

 彼を宿敵とする組織、東方正教会双頭鷲(ドッペルアドラー)局長であった少女。彼女が作った因果が元をただせば彼の計画に最大の歪みを与えたといえる。

「回帰の輪(ゲットー)に囚われた身でありながら大したものだよ、忌々しい。用済みだと思っていたが、与えた役では不足であったと見える」

 彼としては、かの美術館に女神の断頭刃を運ばせるただそれだけの存在であったが、どうやら出し抜かれたのはこちらであったようだ。彼女の眼には自ら生んだ歪みでこの帰結に至ることが文字通り見えていたのだろう。

「そしてレオンハルト。何よりもまず彼女を賞賛すべきであるのだろうね」

 櫻井螢。ジークリンデとヴァレリア・トリファ二人の手によって聖槍十三騎士団第五位を継ぐこととなった少女。彼女がこの失敗(グランギニョル)のシナリオを決定づけたのだ。

「負けたよ、本当に。彼女はこの詐欺師の及ばぬ歌劇を作り上げた。見事なまでに滑稽で無様な悲喜劇(トラジコメディ)だ、胸を打つ」

 螢は最後まで愚直でがむしゃらな姿を見せた。その決して折れぬ様は人として破綻しているといって差し支えないほどであり、この道化師からしてみても失笑モノの道化だったかもしれない。

 だが、笑う残骸は気付かない。彼に必要なのはこの真摯さであるのだと。万象全て滑稽であると断じ傍観者を気取っていては見えぬ境地がある。それが理解できぬため回帰の輪(ゲットー)に自縄自縛されているのだ。

 であれば、この後詐欺師のとる行動も伺い知れる。

「いやだ、私はこんなところで死にたくない」

 己が死に場所はすでに確定しているのだからそれ以外の結末は決して認めない。さしものジークリンデとはいえ、ここまでは読み切れまい。結末が気に入らぬならもう一度初めからやり直すしかない。

 道化師はそうやって何度も、永劫の永劫倍同じことを繰り返してきたのだと悟っていた。ここが自身の渇望の起点であり、終点であったのだとも。

 またしても地獄の行路に戻らんとしているというのに、

「口惜しいのだ。次こそはという妄執を切り離せん」

 残骸は決して歩みを止めようとはしない。

 あるいは傍らにいるであろう二人ならば、止めてくれるかもしれない。そう一抹の期待を抱いて彼は懇願を投げかける。

「どこにいるハイドリヒ。私を破壊するのだろう。破壊してくれよ」

「どこにいる藤井蓮。私を終わらせるのだろう。終わらせてくれよ。でなければ、君の手弱女の奮闘が水泡に帰すこととなる。それでも構わないかね? 私は愚かな男なのだ。往く道が地獄と知りながら歩みを止められん。だから頼む―――」

 返る声は、ない。

「―――無為か。では万年を超えた先でまた逢おう。私は必ずお前達を見つけ出し創り出す。ゆえお前達も私を見つけ出してくれ」

 真実の渇望はどこまでも頑迷で、

「残念だがレオンハルト、君の英雄譚(ヴォルスング・サガ)に幕引きは訪れん。ああ、だがしかし私には真似出来ぬ素晴らしき演出だった。讃えよう呪おう妬もう―――そして誓おう。この次こそは私の歌劇をご覧にいれよう。その筋書きはありきたりだが、役者がよい。至高と信ずる。ゆえに面白くなると思うよ」

 ここには流れ広がろうとする影法師を止められる者などいない。

「マルグリット、次こそは君に―――」

 今はもういない女神を想いながら、

「流出(Atziluth)―――Acta est Fabula(未知の結末をみる)」

 “座”に座す蛇、カール・クラフト=メルクリウスは己が渇望を流出させた。



[22399] ChapterⅠ‐a
Name: ブリュージュ◆bf904493 ID:d18e55b0
Date: 2010/10/13 23:33
 思えば、子供の頃の私はいつも周りに流されて生きていた。

 泣き虫で引っ込み思案だった私はいつも兄とあの人の後ろに隠れていた。彼らがどんな思いで私の日常を守ってくれていたのかを斟酌することもなく、ただ無条件に伸ばしてくれる温かい手にすがっていた。

 彼らがいなくなってしまった後、現れた神父の手を取った。彼の甘言、その裏側を疑うことすらなく、ただ自らに起きた悲劇に酔って目の前に放られた偽りの救いにすがった。

 確かに私の境遇は客観的に見ても救いのないもので10にも満たない子供に自分の考えで行動すべきだったと責めるのは酷かもしれない。

 だが思考停止の結果として私は大好きな彼らを文字通りの地獄に落としてしまった。

 20年近くたった今でも忘れもしない。学校の屋上で紅蓮の女に寿がれた忌まわしい祝福(のろい)。敬愛するあの人に再び会うことができた喜び。対峙する黄金に一矢報いることすらできず兄を犠牲に逃げ延びた屈辱。

 女々しく思う。いつかの私はもっとマシな選択を出来たはずだ。

 我ながら不毛な思考だ。あの時ああしていればよかった、などという仮定の話を持ち出せば「現在の自分への最大の侮辱である」と私の戦友の一人は切って捨てるだろう。

 それでも未だこの思いを抱き続けているのはやはり、今でもふと胸に靄のように湧き上がる疑念、それが私を捉えて離さないからだろう。

 グラズヘイムから逃げ出したあの時なぜ私たちは無事逃げだすことができたのか? なぜ都合よく兄さんが助けに入ってくれるようなご都合主義がまかり通ったのか? そしてなぜいつも朗らかな『彼女』は時折重圧に耐えているような悲壮な目をするのか? 

 そこに重大な陥穽があるような気がしてならないのだ。
 
 それは彼も、藤井君もうすうす感じているものらしい。あれは17年ほど前だったか彼女の、香澄の子供が誕生した時に私とエリー、香澄、氷室先輩、藤井君と遊佐君で内々のパーティーを行ったときだ。

 傍らのベッドで眠る娘を愛おしそうに見つめる香澄の眼には同時に強烈な決意の光が宿っているのが見て取れた。

 そんな目をする人間を以前にも見たことがある。かのアフガニスタン紛争、その最前線で命を削って戦う兵士達がそんな眼をしていた。確かに戦争を国家レベルでみた場合互いのイデオロギーやら正義やら信仰やらがぶつかり合って起こるのかもしれない。しかし一兵卒にとってはそのような御大層な主義主張は関係がないのだ。明日が来るかもわからない日々で拠り所となるのは祖国の家族や仲間を守るという想いだけだろう。もっとも人によっては己が信仰も含まれるかもしれないけれど、命の危機に触れることもできないものへの想いだけで立てるものは少ないのではないだろうか。そこは北部同盟の兵士もNATOの兵士も同じだ。

 あの時の香澄は命をかけねばならぬほどに追い込まれているかのような眼をしていた。

 騒ぐ遊佐君やエリー、先輩を尻目に藤井君は、

「なあ、櫻井。香澄は―――・・・いや、何でもない」

 などと不明瞭な問いかけてをしてきた。

 あれからずいぶん時間も経ったけれど、未だ香澄があのとき何を思っていたのかわからない。香澄自身は何も口にしないけれど、彼女が何かを背負っている事は間違いないと思う。今の今まで状況に、他者に流されてきた無様な私だからこそ、これについては自分でその裏側まで深く考えねばならない。そういう気がしてならないのだ。

 藤井君もそう考えているのだろう。私の知らない所でも何かと香澄のことを気にかけているとエリーが言っていた。彼の悪癖だ。私にも誰にも何も語ることなく胸の内にとても強い思いを秘め、一人で解決しようとする。この20年の付き合いで嫌というほど思い知った彼の性格。それは周りの人間を巻き込むまいとする優しさなのかもしれない。

 ねえ、でも気付いてる? それって私達を信じてないってことだよ? 

「いてもいなくても同じだから、頼りにならないから、守られていればいい」

 そう言われている気がしてとても遣る瀬ない。そこだけは藤井君には直してもらいたいと切に願う。またそんな彼に守られるだけの女でいたくない。共に闘う仲間として認められ頼られたいのだ。

 そしていつの日か戒兄さんとベアトリスを地獄から解放し、ラインハルト・ハイドリヒ、カール・クラフト、彼ら二柱の悪魔に止められた私達の時を動かす。誰一人欠員も出さない完全勝利をつかむ。

 それこそが私、櫻井螢の、一度は折れかけた獅子心剣を奮い立たせる生きる理由だ。



 
 ハンガリー共和国。中央ヨーロッパの共和制国家のひとつである。国土の大部分はなだらかな丘陵で、古来より様々な民族が侵入し、定着してきた。ドナウ川などに潤される東部・南部の平野部には肥沃な農地が広がっている。

 南部に位置するバーチ・キシュクン県はセルビアとの国境であり、ハンガリー最大の県である。その県都ケチケメートは広大な砂地と砂質の黄土とが混ざり合う場所にある。市の西部は吹きさらしの砂で覆われ、南北に平行する砂丘とそれらの中にある平野とで特徴づけられる。

 都市の郊外、広大な砂丘にポツリと立てられた建築物―――表向きは、最新機器を用いて先人達の遺産を分析、作られた年代を推定する考古学的研究や残された史書を解読する古文書学的研究などの行い、総合的視点から歴史を紐解く歴史学系研究施設とされている―――は異様な剣呑さを持っていた。全周を直径1キロにも及ぶ巨大で分厚い鋼鉄の塀に囲まれ、塀の上部に埋め込まれるようにトーチカが複数個所設置されて完全武装の男達が監視の目を光らせているのだ。さらに内側には赤外線センサーなどの最新鋭防衛システムがクモの巣のように張り巡らされており、ネズミ一匹通さぬといった風情で屈強な男達が数十単位で警備についている。

 いかにここが国営施設であり、研究所内に歴史的に貴重な遺産が数多く保存されているとはいえ、過剰なまでの警備である。さながら鉄の檻、あるいは要塞か。いずれにせよ研究所とは程遠い外観である。刑務所と言われたほうがよほど納得できるだろう。
 
「―――藤井君? 今例の研究施設の前に着いた。ええ、情報通りキナ臭い所みたい」

 塀を照らすよう設置された照明を避けるようにして暗がりに立つ人影があった。

「ハンガリーはWWⅡでナチスに国家体制で協力していた。その繋がりで相当数のネオナチス達が潜伏している。加えて東南アジアなんかの発展途上国出身と思われる人間が複数人『運び込まれてる』。黒である確率は高いわね」

 携帯を片手に呟く人影は長髪の黒髪に黒目という典型的な東洋系の特徴を持つ少女だった。整った顔立ちは大人びた印象を与えるが、年の頃は20に満たないであろう。そんな少女がこのような奇怪な施設を、しかも深夜訪れるなど不似合い極まる状況である。まさか研究所の見学に来た観光者というわけでもあるまい。

「ええ、分かってる。事前に施設の地図は把握してるし、目立たないようやれるはず。あとはエリーから合図が―――」

 ちょうど少女の言葉に合わせるような絶妙のタイミングで企図した事象が発生した。全く唐突に施設の内外を照らしていた照明が一気に消失したのだ。

「―――ごめんなさい。時間みたい。行ってきます。ええ、貴方も気をつけて」

 電話相手に詫びを入れ通話を切ると同時に深呼吸をひとつ、気持ちを入れ替える。櫻井螢(ただの少女)からレオンハルト・アウグスト(歴戦の戦士)へと。

 音もなく駆けだす螢。F‐1マシンですら及ばぬであろう壮絶な速度で瞬時に塀のそばまで駆け寄る。本来塀上の照明でトーチカに潜む兵は螢を十分に視認、射撃できる距離である。

 だが、今は月明かりだけが頼りなく照らすばかりであり、なおかつ、照明だけでなく通信機器を含む電子機器全般が停止しており、兵達は大混乱に陥っていいて、眼下に注意を向ける余裕がなかった。例えこの隙に人影が忍び寄ったとしても侵入など出来るわけがないと確信していたからである。

 壁は20メートル以上の高さで、登れるような取っ掛かりやへこみなど皆無。壁を破壊して突破するにしてもこの鋼鉄は分厚く頑丈である。並大抵のグレネード弾などではビクともしない。突破するにはそれなりの武装―――徹甲弾装備の戦車など―――が必要になるが、そんなものが近づいてくるのであればすぐに気付くだろう。プラスチック爆弾などで爆破を狙うにしてもどうしても目立ち人を集めてしまうため爆破後、該当個所からの侵入が困難になる。

 かくいう理由からトーチカの兵士達は内部の現状把握を優先していた。なるほど、確かにもっともな考えかもしれない。

 しかし、螢はそれら通常の侵入者の前に立ちはだかるであろう問題を文字通り飛び越えた。駆けだした勢いに任せて塀に向けて一気に10メートル以上跳躍、足りない高さを『壁面を駆ける』ことで補う。そうして容易く塀の頂点を超え自由落下に任せ着地。

 いかに地面が砂地とはいえ20メートルもの高度から落下すればそれなりに音は立つ。当然トーチカから出て内部の異常を探っていた兵達も気付くが、螢は彼らが声を上げるより早く再度疾走を開始する。

 その圧倒的な速度に兵達は銃口を向ける暇もなく気付けば人影は消えていた。まるで最初から存在しなかったかのように。おそらく彼らは螢の後ろ姿から性別すらも識別できてはいなかったろう。自分達は幽霊でも見たのだろうか? そんな表情で周囲の仲間と顔を見合わせていた。




 無事侵入を果たした螢は事前に入手、頭に叩き込んだ施設の内部情報を頼りに迷うことなく目的の場所へと近づいていた。現在のところ警備兵との接敵は避けられている。いかに数十からの警備兵が徘徊しているとはいえ、視界を大きく遮られた彼らに気付かれず潜入することなど彼女にとっては造作もないことである。

 けれど、そう悠長なことを言ってはいられない。この施設には外部からのハッキングなどを受けつけないスタンドアローンの電力供給制御システムが実装されており、一定時間メインシステムが停止すると自動でメインのフォローにまわるよう作動するらしい。この停電騒ぎも10分とはもたないだろう。

 ゆえに最初に叩くべきはセカンドシステム、それを展開する電子機器類。それは最終目的地と近い場所にあるらしい。

 この研究所は表層的には確かに一般的な研究所と変わりない。実際まともな研究も盛んに行われているらしく国内有数の研究機関として名をはせている。

 しかし、扱う遺物に手を出してはならぬ物が含まれていると、闇の社会ではまことしやかにささやかれていた。

 『聖遺物』とは世間一般では過去の聖人―――有名どころではゴルゴダの丘にて処刑された父なる救世主などか―――の残した遺品を指すものである。だが、とある魔術師はその定義をより広範に捉えた。人の想念を吸い続けることで意思を獲得した器物をもカテゴライズしたのだ。東洋の九十九神に似た思想である。

 ここでは受ける想念の正邪は関係ない。大量虐殺兵器として忌み嫌われたものだろうと聖なる加護を齎すとして信仰を受けたものだろうと注がれた想念が強力であればある程、より上位の聖遺物として扱われる理屈。かの魔術師はそれらマジックアイテムとして最上位にある聖遺物を用いて第二次大戦中のドイツにて12人の超人を生み出した。

 この施設はかの時代のドイツにおけるドイツ古代遺産管理局、通称アーネンエルベと同様の役割を担っているらしい。

 螢はリノリウムの床を音もなく進む。周囲の通路は似たような内装で均等にドアが配置され、その上に研究室の名称らしき名札が付けられている。いささか入り組んだ構造で初見の人間では間違いなく迷子になるだろう。しかし、螢は歩きなれた道を行くように迷うことなく時に角を曲がり階段を下る。

 そうして地下五階ほどまで下り辿り着いたのは突き当りにあるエレベーターホールだった。簡素な黒い扉で閉ざされたその先は研究所内でも最高ランクの機密であり、所長ですら入ることができないという。本来なら傍らの壁に備えられたリーダーに専用のIDカードを読み取らせたうえで複数の生体認証を受けねば起動しない。

 それを、螢は扉を純粋な膂力でこじ開けることでパスする。人間離れした怪力である。おそらくマウンテンゴリラの腕力をもってしてもこの扉は開くまい。歪みねじれていく扉、摩擦で壮絶な火花を上げる床と扉のスライドの接触面がそれを物語っていた。

 扉の内は空洞だった。本来ワイヤーロープで釣り上げられ乗客を乗せるはずのリフトはなくはるか下まで続く暗闇があるだけだった。

 螢は一片の恐れも見せずそこに飛び込んだ。底までかなりの距離があるらしく重力に引かれ次第に壮絶な速度での下降になるが、螢の体勢は崩れることがない。

 しばらくしてリフトらしき巨大な箱が見えた。そのまま直撃。常人ならば箱の強度に耐えられず微塵に砕けるほどの衝撃の中、螢は箱上部の天井を容易く突き破り床を一メートル以上陥没させて全く平然と立ち上がった。

 どうやら目的の最下層に着いたようだ。ひとまずの安堵を得た螢は一息に陥没した床面を這い上がりそのまま再び扉をこじ開けた。

 ―――瞬間、

「弾けちまいなァッ! ―――っ撃てェ!」

 目にまぶしいほどのマズルフラッシュを受け、複数の銃撃にさらされた。




 傭兵崩れのゴロツキ、ダーヴィッド・クリューガーは歓喜を乗せて部下達に号令を下した。

 彼がこのようなつまらない警護を宛がわれてから初めての獲物である。興奮を抑えきれないのは無理もなかった。

 数か月前まで彼はあらゆる組織に雇われ、好き好んで人を殺し日々を刹那的に生きる典型的なろくでなしだった。昨日の依頼主を今日殺しに向かう、などということはザラだったし、信条などという高尚なものを持ち合わせがない彼はそれについて一切頓着していなかった。

 彼はもともとナチスの親衛隊だった男を祖父に持ち、祖国で生を受けることができなかった身の上である。

 世の常とはいえ戦争で敗北した国家は悪の枢軸だったかのような扱いを受ける。むろん、あの時代のドイツ帝国が世間一般で言う悪行を行っていたことは明白だ。

 だが、それは戦勝国にも言えることだろう。彼らとて自国内で都合の悪いものを無視し時に切り捨ててきたはずだ。それによって流されてきた血は数知れない。

 それでも彼らとドイツをはじめとする敗北国では明確な格差が存在する。歴史は勝者が決めるものだ。敗者は彼らの望むような姿に書き換えられる。まるで敗北者のみが悪でありそれゆえ敗北したかのように。自分達は正義でありそれゆえ勝利したかのように。勝つことが正義であり、負けることが悪なのだ。

 その是非を問うのはさておき、ダーヴィッドは生まれながらにしてそういった負債を背負った人間だった。他国は言うに及ばず自国でもSSは蛇蝎のごとく忌み嫌われている。彼の祖父は危険思想を持っていたわけでもなく、ただ祖国を守ろうと銃を手に取っただけであるが、周囲にとってそういった事情など関係がないのだ。結果として居場所をなくした彼の家族は祖国を離れ、遠い異国で生活しなければならなくなった。

 けれど、人の口に戸は立てられぬものである。移住したそこでも彼らがSSの関係者であることがばれ、そこでも迫害を受けることになった。ダーヴィッドはその被害者である。

 もっともその抑圧によって彼が歪んだ性格を形成していったというわけではない。もともと人より恵まれた体格と膂力を持っていた生まれていた彼は自分を侮辱しようとする者らを片端から打ちのめしていった。彼が最初に犯した殺人はその弾みにすぎず罪悪感など欠片も抱かなかった。迫害など彼にとっては暴力をふるう口実に過ぎない。

 たしかに周囲の劣悪な環境によって狂気に染まった悲劇の人間獣もたしかに存在する。しかし、同時にどのような環境だろうとゴミは生まれてくるのだ。

 犯罪者となった彼は以後も強盗、殺人、強姦、放火など暴虐の限りを尽くした。その果てに傭兵となったのは手軽に暴力をふるう対象を得るためだ。かくして暴力を仕事に昇華させた彼は天職を得たように世界各地で暴れまわった。彼のように主義も主張もなく平気で鞍替えする人間は信用などされるはずもなく傭兵社会においても忌み嫌われるが、金を積めば平気で現在の雇い主を裏切る彼は、雇い主からしてみれば鉄砲玉として都合がいい。加えて傭兵仲間など一人もいないため、仲間の報復を恐れることなく捨て駒として使える。以上の理由からそれなりに重宝された。

 そんな生き方をしていれば普通はすぐに命を失うだろうが、保身に関しては意外と頭が回り今の今まで生き延びていた。

 そんな折、ネオナチスのメンバーを名乗る男が彼のもとを訪れた。なんでも『とある実験』に協力してほしいらしい。加えてある施設の警護の依頼。

 見事なまでのスキンヘッドのそいつは完全に信奉する思想に陶酔していて、その実験と施設の意義について、頼んでもいないのに身振り手振りを加えて熱弁してきた。

 ダーヴィッドとしては栄光あるアーリア人種がなんたらいう話に1ミリも興味がなかったが、法外ともいえる報酬に加え実験の内容には興味を惹かれた。この21世紀においてオカルトじみた研究に真面目くさった顔で取り組んでいる馬鹿共の面を拝んでみたくなったのだ。

 依頼を快諾したダーヴィッドはハンガリーへと飛び、そこで人生最大の衝撃と転機に出会う。

 そこは分厚い塀に囲まれた異様に警戒厳重な施設だった。単独での侵入などまず不可能と言っていい。だが、ダーヴィッドが案内されたのはまっとうに施設の正面ゲートを通るルートではなかった。数キロ離れた砂地に目立たぬよう偽装されて地下への扉が設置され、その奥には階段が繋がっていた。たかが、歴史学の研究所ごときになぜこのようなものがあるのか疑問に思うも、それはすぐに氷解する。階段を進んだ先には施設の深奥たる広大な地下空間が広がっていたのだ。

 そこで彼はまず複数の紙片を渡されそこに記述された質問全てに回答するよう命じられた。心理テストじみたそれらを億劫に思いながらも書き込んでいった。なんでも、得られたデータと対象の経歴―――どうやってかダーヴィッドの生い立ちから最近の動向に至る詳細なデータを調べ上げていた―――から総合して相性のいい『器物』を検索するためらしい。

 そうして選ばれたモノの前に通された。

 それは無骨な鉄製の箱だった。人一人をどうにか収められるサイズである。箱の蓋は留め金で箱本体に固定され、中央にはハンドルらしきものがついている。といってもハンドル棒の長さは箱本体とほぼ同じという長大なものだったが。外観の異様な不気味さも相まって、その箱は棺桶のような印象を与えていた。

 その印象は正しい。なぜならこれは生者を納め死者へと変える棺であるからだ。

 リッサの鉄柩。

 かつてヨーロッパ全域で用いられた、文字通りの鉄の柩で拷問・処刑具の一種である。犠牲者を中に閉じ込め、ゆっくりと蓋をネジで押し下げていく。やがて犠牲者は押し潰されて死ぬわけだが、圧死までに数日間かかるほどの緩慢な速度で蓋は下げられた。加えてその間は食料も水も与えられず、飢餓にも苦しむ。

 箱自体の大きさも、身体を縮めてようやく入れるぐらいにであったため、手足を動かす余地はない。また、ネジ式であるためにある一定の負荷を維持することに長けており、折り畳む形の拘束具と同様の使い方をすることもできた。

 箱の中は光源などなく、闇の恐怖とも儀牲者は戦わなければならない。精神的な苦痛も相当なものだったと言われている。

 そのような呪わしい経歴を持っているからか、鉄柩は尋常ではない迫力を有していた。思わず息を飲むダーヴィッド。先ほどまでのオカルトじみた一連の実験を馬鹿にしたような態度は一切消えていた。

 箱自体が、触れる者すべて内に取り込み押し潰さんとする凶の念を放っている。まるで犠牲者の恐怖と憎悪の念を吸って自我を得たかのようだ。

 ダーヴィッドは触れてみろと言われるも躊躇った。理性は、たかがカビの生えた骨董品なんぞにビビらされてどうする、と冷静に訴えている。けれど裏腹に、これは触れてはいけないモノだ、と彼の全身がそう警鐘を鳴らしてる。

 葛藤していた彼を動かしたのは傍らの研究員の言葉である。

「超人になりたくはないかね?」

 つい先日ネオナチのスキンヘッド男と同じことを口にしてきた。あの時は狂信者の戯言と嘲笑することもできたが、ここには超人たらしめる格をもったマジックアイテムが確かに存在していた。

 もし、もし仮に人を超えた力を得ることが出来るなら、それは―――

「今までより愉快痛快に人を殺せるってことだよなァッ!」

 叫び、熱に浮かされたような狂騒のまま鉄柩に手を触れた。

 瞬間、無数の悪意が彼の内に流れ込んできた。ダーヴィッドの個我を押し流し溶かし込ませるような激烈な奔流。衝撃に思わず膝をつき鉄柩から手を離すも、もはや遅い。彼が手を触れたことで彼と鉄柩の内に縁が形成されている。彼を苛む激流はやまない。魂を犯す激痛に身もだえる。

 魔女裁判にかけられ釈明することすら許されなかった者。許されざる罪を犯した大罪人。かつて実際にこの処刑具の中で死んでいった者達の圧殺される苦しみが追体験するようにリアルタイムで襲ってくる。このまま痛みに心を折られてしまえば彼もまた、今まで箱が押し潰してきた者達と同様の結末を辿ることになったであろう。

 けれど、彼は常人よりもいささか強靭な精神を有していた。いや、この場合は生と殺戮欲への執着と言ったほうが正しいか。

「まだだァ! まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ喰い足りねェんだよォッ!」

 より長く生を謳歌したい。より多くの人間を踏みにじりたい。波濤に呑み込まれ精神を摩耗させられながらも最後に残ったそれらが彼を支え続けた。

 結果として、暴れまわる衝撃は収束を迎える。鉄柩は彼を己の『使徒』として認めたのだ。ダーヴィッドの内側に無骨な鉄の感触が入り込んでいく。内側を侵食される常人が決して味わうことがないであろう怖気を伴う嫌悪感と違和感―――しかしそれも一瞬。そうして契約は成った。

 いつの間にか彼の目の前から鉄の箱は消失していた。だが、驚きはない。何故ならばそれはダーヴィッド自身の内に収まったばかりなのだから。それを感覚的に理解したダーヴィッドは人を超えた実感に快哉をあげた。

 その後、彼は己が宿した力についての概要を聞いた。

 エイヴィヒカイト。『聖遺物』を武装と化し超常の力をふるう魔術体系。とある占星術師が組み上げたこの複合魔術は既存のいかなる魔術とも異なった理論から成る。駆式には人間の魂を必要とするため、使用者は絶えず殺人を続けその魂を簒奪しなければならない。食らった魂に相当して力を増すことができる。

 文字通り生まれ変わったダーヴィッドは鍛え上げられた大の男を軽く捻ることが出来る圧倒的な身体能力と生半な傷なら一瞬で治癒せしめる生命力、そして無敵にも思える鉄柩の有する聖遺物として力を奮うことが出来た。

 これから生きていく上で殺人を必須としてライフスタイルに組み込まなければならなければならなくなった訳だが、彼にとっては日常と何ら変わりなく、むしろ至福とすら言える。

 問題なのはこれから地下施設の警護に当たる上で自由に動けなくなることだった。地下施設には居住スペースがあって数十人からの収容が可能であり、彼がこの地下に入ったときのような隠し通路から生活必需品やら食料やらは運び込めるのだそうだ。研究員たちはそれで十分にせよ、ダーヴィッドにとっての『栄養補給』は満たされない。

 しかしその心配は杞憂であった。もともとこういう展開を予想してのことだったのだろう。彼の『食料』もまた用意されていた。

 1949年に発効したUNの人身売買および他人の売春からの搾取の禁止に関する条約などそれに準じる各国の法規によって奴隷制度やトラフィッキングは現在は禁止されている。しかし工業化の進んでいない発展途上国などでは、商品経済に飲み込まれながらも、その対価が払えない貧困層が絶えず生まれ続けており、それを供給源とする奴隷売買が公然と行われている地域がある。現代においても奴隷は実在するのだ。むしろ現代はもっとも奴隷の人数が多い年代ですらある。

 そんな哀れな身の上の人々の一部はハンガリーに運ばれ、この地下まで輸送される。殺戮欲の塊のような男と鉄の拷問具の供物となるために。

 ダーヴィッドの部屋まで通された奴隷の少女は怯えながら眼前の巨漢の動向を探っていた。

「そう怯える必要はねえよ」

 労わる様な声がかかるも、安心など全くできなかった。ニヤニヤと笑む男の顔は悪意を凝縮したような酷薄さに満ちていたから。

 部屋に入ってすぐに性的暴行を受けた。獣のように荒々しく犯されて、涙が枯れ果てるほどに泣き叫んだ。だが、そこまではまだいい。こんなものは祖国で嫌というほど経験していた。もう十分すぎるほど彼女は痛めつけられていた。

 だというのに男は解放してはくれない。どころか、「先までの行為がお遊びに過ぎない。ここからが本番である」と目の前のケダモノは嗤っている。魂の一片まで凌辱しつくす気に満ちていた。

「お前さんはいい声で啼いてくれた。もう十分堪能させてもらったぜ。だからよォ、最後の締めといこうや」

 ダーヴィッドが言い終えた瞬間、少女は不可視の箱に閉じ込められた。周囲には何もないはずなのに狭い場所に無理やりに閉じ込められたような圧迫感が襲う。突然の事態に彼女は悲鳴を上げることすら忘れ茫然としていた。

 閉じられた蓋が徐々に箱の内側へと沈みこんでいく。突然に背を胸を圧迫され少女の肺中の空気という空気が絞り出される。

「―――っ!」

 呼吸困難に陥り、激痛に叫び声を上げたいのに上げることができない。それでも加圧は容赦なく続く。ボキボキと骨が砕ける音が周囲に不気味に響く。眼球が大きく飛び出るほど目を見開いた少女はそこに悪魔を捉えた。堪らぬ愉悦に少女とは別の意味で身悶えるダーヴィッド。その苛烈なまでの嗜虐性はなるほど確かに自身の聖遺物、禍々しき処刑具との契約を可能にしたのも頷ける。

 そして蓋が箱の最深部まで到達する。結局少女は断末魔すらあげることができなかった。ダーヴィッドの眼前にはかつて少女だった血の肉の塊がなぜか地に落ちることなく宙に浮いている不可思議な光景が展開されていた。

 ダーヴィッドは傍らのテーブルに置かれたワイングラスを取ると肉塊の下に置いた。指を一つパチンと鳴らす。するとがこんという音が響いて不可視の箱の下の方に穴が開いた。そこからどろりとした赤い液体があふれ出した。搾り出された血、砕かれた骨の欠片、皮膚の断片、脳漿などが混じり合ったものだ。それがダーヴィッドのグラスに注がれていく。

 ダーヴィッドは十分に満たされたそれを取り極上のワインを前にするかのように恍惚の表情で嚥下した。それは物体のみを絞り出したものではない。彼女の魂をも肉体から絞り出している。彼はもはや二重の意味で人食い(マンイーター)へと変じてしまっているのだ。

 そうして食料を得てダーヴィッドはこの地下施設の護衛役となったわけだが、非常に退屈な日々だった。依頼を受けた数ヶ月間襲撃者など全く現れなかったからである。ここへの出入りは慎重を期して数カ月に一度のみ。まとまった物資を持ってネオナチスの構成員達が顔を出すことが一度あったが、それ以外は外部と隔絶されている。

 初めのころは侵入経路の予測と対策などを真剣に考えていた。地上施設から直通のエレベーターが作られているが、地上の警備体制の厳重さを考えるとまず侵入は考えられなかった。ならばダーヴィッドが行きに使ったような隠し通路はどうだろうか? 複数個所設置されているらしいそれらの情報を割り出されれば侵入される恐れもあるのでは? そう考えたダーヴィッドは研究員達にその質問をぶつけてみた。

 回答は実に明確だった。地上と地下の管理システムは別個のものであり、仮に地上のシステムをハッキングされたとしても地下のシステムはスタンドアローンであり外部からの干渉は不可能。加えて地上施設には地下施設を匂わせるような情報は一切残されておらず、となれば広大な砂漠からどこにあるともしれない隠し通路を虱潰しに探さねばならず現実的ではない。万が一、通路を探し当てられたとしても通路内は万全の防衛システムが働いており、侵入はすぐに発覚し、迅速に対策を立てられるのだそうだ。

 かくいう理由で警備の方策を考える必要がなくなり、傭兵として実に手持無沙汰な状態が続いていたのだ。

 あまりにも暇なので、地下施設の連中を皆殺しにしてシャバに繰り出すのも悪くないと思っていた矢先の今日、傭兵として久しぶりの仕事が舞い込んできた。深夜、唐突なアラーム音に叩き起こされたダーヴィッドはそれが緊急事態の発生を意味することを理解し、歓喜に震えた。

 部屋から出ると大勢の研究員達が慌てふためいていた。適当に一人を捕まえ事情を聴きだす。なんでも地上のメインシステムが外部からのハッキングを受け完全に停止しているらしい。そのこと自体は大した問題ではない。10分もすれば地下のセカンドシステムが異常を感知しメインの代わりに地上の電力供給を再開するからだ。

 ポイントはハッキングを受けてのトラブルであることだ。偶然の事故でなく、他者が悪意を持って人為的に引き起こしたのであれば、その先がある。狙いはおそらくここだろう。

 すぐさま研究員達を集め非常用の脱出口から外へと逃がし、ダーヴィッドと同じく雇われた傭兵達を招集した。彼らはダーヴィッド同様に聖遺物を御する候補者として世界中からかき集められた。彼らと相性のいい聖遺物は未だ見つかっておらず契約を待つ身であり今はまだ、ただの人間にすぎない。よってひと足先に契約を果たしたダーヴィッドがリーダーを務めていた。

 招集して真っ先に行ったのは無数にある隠し通路の監視である。敵のハッキングの狙いはまず間違いなく陽動であろう。地上が混乱している隙に地上施設からの直通エレベーターを使って入ってくると思わせ、どのような手段を用いてか得た隠し通路の位置情報をもとに侵入を果たす。

 そう判断を下して監視システムの敷かれた室内に陣取り監視カメラのリアルタイム動画を穴のあくように見つめていたものの、

「・・・誰も入ってくる気配はねえな」

 肩透かしを食らっていた。椅子の上でふんぞり返るダーヴィッドは顎をさすりながらその鋭い双眸を更に細めた。

(隠し通路からの侵入が目的じゃない? なら獲物はどこから―――)

 轟音。戦車の徹甲弾が鋼鉄の装甲を貫くような壮絶な破壊音が付近で炸裂した。

「―――何、だとォッ!」

 部下とともに勢いよく室外へ躍り出る。轟音の先は直通エレベーターだった。あろうことか侵入者は地上施設から堂々と押し入り、ここまで辿り着いたのだ。

「ハッ、こりゃまた随分とハデなご登場だな、オイ」

 人間業とも思えないそれにダーヴィッドはある種の『確信』を抱く。

「それじゃあよォ、こちらもそれ相応のご挨拶でもってお迎えして差し上げなきゃ礼を失するってもんだよなァッ!」

 先の音を聞きつけて続々と部下達も集まってきていた。彼らの銃口は全てエレベーターの先へ。包囲網が完成しつつある。これではわざわざハチの巣にされに来たようなものだ。その場の誰もがそう信じて疑わなかった。ダーヴィッドを除いて。

 そしてゆっくりと扉が開いていく。中から現れたのは東洋人らしき少女だった。何の変哲もない私服を身に纏っており、さらに武装も全く見受けられない。ハイスクールの女生徒が研究所見学に来た挙句、こんな所まで迷い込んできたと言われたほうがよほど納得がいくだろう。それほどにこの場にはそぐわない出で立ちだ。場違いな人物の登場に、しかし傭兵達はわずかの躊躇も動揺も見せない。この場に現れたからには相手がどのような者であろうと容赦なくブチ殺す。

「弾けちまいなァッ! ―――っ撃てェ!」

 通常ならば絶死の状況で、なお相手の生存を確信しダーヴィッドは部下に号令を下した。



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