【コピアポ國枝すみれ】チリ北部コピアポ郊外のサンホセ鉱山落盤事故で、地下約700メートルに閉じ込められた作業員33人の救出作業は急ピッチで進み、13日午後9時55分(日本時間14日午前9時55分)、最後の作業員となるリーダー役のルイス・ウルスアさん(54)が救出カプセルで地上に引き上げられた。これで33人全員が8月5日の事故発生から69日ぶりの無事生還を果たした。地下に下りていた救助隊員6人の引き上げ作業も完了し、奇跡的な救出劇は幕を閉じた。
救出カプセル「フェニックス(不死鳥)」を使い、12日深夜に始まった救助作業は約22時間半で33人全員を生還させた。当初は計約48時間かかると見込まれていたが、作業員のカプセル乗り込みなどがスムーズになり、ペースが早まった。
大半の作業員が元気な様子だが、マニャリク保健相は、コピアポ市内の病院へ搬送されたうちの7人が集中治療室で治療し、うち1人が肺炎であると明かした。また、全身麻酔手術が必要な歯の感染症を患っている作業員も2人いたという。
その瞬間、クラクションが鳴り響き、カプセルから33人目の作業員、現場監督のルイス・ウルスアさん(54)が姿を現した。救出作業を見守ったピニェラ大統領が目にうっすら涙をため、固く抱きしめた。息子が駆け寄る。チリ国歌が斉唱された。夜の肌寒い鉱山が、熱気で包まれた。「皆さんに感謝します」。胸を張り、ウルスアさんはにこやかに語った。
彼なしでは、奇跡が起きたか分からない。前例のない過酷な地底生活を続けた33人をまとめ上げ、生還へ導いた立役者だ。
「48時間おきにスプーン2杯のツナ、そしてミルク1杯。これを守ろう」。8月5日の事故発生のその日から、彼の挑戦は始まった。他の作業員と手分けして周囲のトンネルを調査し、自分たちが閉じ込められた事実を冷静に認識。生命線ともなる食料配給の規則を決め、発見と救出を待った。工事の現場監督経験が豊富なため、自然に周囲から頼られた。
「地下に33人が生存」。全員の無事が初めて確認されたのは事故発生から17日後。それまでウルスアさんは、泣き出しそうになる仲間に言い続けた。「助けが必ず来る。絶対に希望を失うな」。ウルスアさんが言うと、不思議と心が落ち着いた。
いつしか、ウルスアさんのもとに全員が団結。時にはパニック気味になり、けんかもした仲間たちがまとまっていった。そして「奇跡」は起きた。
ウルスアさんはピニェラ大統領に語った。「我々は、世界が待ち望んだことを成し遂げた。70日間の闘いは無駄ではなかった。強さと精神力を失わなかった。家族のために闘い抜きたかった」
◇ ◇
ウルスアさんと共に最終段階まで地下に残り、最後から2人目の32人目に地上に出たのがアリエル・ティコナさん(29)だ。
妻エリサベスさんは、9月14日に帝王切開で次女を出産した。その名は「エスペランサ(希望)」。退院したエリサベスさんはエスペランサちゃんを抱き、現場の鉱山を訪れた。ティコナさんはテレビ電話でエスペランサちゃんと対面し、はにかむように手を振った。
救出後、高々と手を上げたティコナさん。パパは確かに「希望」をもらっていた。
(1)フロレンシオ・アバロス(31) 最初の生還者。地下でビデオ撮影
(2)マリオ・セプルベダ(40) 救出され「私は神の手を握った」
(3)フアン・イジャネス(52) 地下は「まるで船旅」。元軍伍長
(4)カルロス・ママニ(24) 唯一のボリビア人
(5)ジミー・サンチェス(19) 最年少。地下で気温や湿度チェック担当
(6)オスマン・アラヤ(30) 救出時「支えてくれてありがとう」
(7)ホセ・オヘダ(47) 「33人は無事」との手紙。糖尿病と格闘
(8)クラウディオ・ジャニェス(34) 地下から恋人に「生還したら結婚」
(9)マリオ・ゴメス(63) 最年長の精神的支柱。「私は生還した」
(10)アレックス・ベガ(31) ローンを心配。妻が「解約した」
(11)ホルヘ・ガジェギジョス(56) 高血圧で治療
(12)エディソン・ペニャ(34) 恋人に手紙で「太陽を見たい」
(13)カルロス・バリオス(27) 母に「心理学者の世話にならない」
(14)ビクトル・サモラ(33) 車修理のため地下に。妊婦の妻に詩
(15)ビクトル・セゴビア(48) 地下からの日々の状況報告を担当
(16)ダニエル・エレラ(27) トラックやタクシーの運転手だった
(17)オマル・レイガダス(56) 「牛肉とアボカドが食べたい。テレビも」
(18)エステバン・ロハス(44) 内縁の妻に「教会で結婚式を」
(19)パブロ・ロハス(45) 薬学を学ぶ息子の学費のため半年前から勤務
(20)ダリオ・セゴビア(48) 父に連れられ、8歳のころから鉱山労働
(21)ジョニ・バリオス(50) 避難所で健康管理や医療を担当
(22)サムエル・アバロス(43) 地下での空調状況のチェックを担当
(23)カルロス・ブゲニョ(27) 救援物資の運搬を担当、あだ名は「ハト」
(24)ホセ・エンリケス(54) キリスト教福音派牧師。精神的支柱に
(25)レナン・アバロス(29) 最初の救出者の弟。4カ月前、作業員に
(26)クラウディオ・アクニャ(35) 子供のいる恋人に地下から求婚
(27)フランクリン・ロボス(53) 元サッカー選手。五輪の代表
(28)リチャルド・ビジャロエル(26) 作業員歴2年。臨月の恋人に求婚
(29)フアン・アギラル(49) 地下の夫と話し妻は「しっかりしている」
(30)ラウル・ブストス(40) 地下から母に「手作り料理食べたいよ」
(31)ペドロ・コルテス(24) 電気工で、地上との交信設備の設置担当
(32)アリエル・ティコナ(29) 生まれた娘にエスペランサ(希望)と命名
(33)ルイス・ウルスア(54) 70日間の地下生活を統括したリーダー
毎日新聞 2010年10月14日 東京夕刊