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ザ・特集:小沢氏「強制起訴」 正義を担うのはプロの検察か、市民の審査会か

 市民感覚が生かされた英断か、それとも「冤罪(えんざい)」を生みかねない勇み足なのか。民主党の小沢一郎元代表に対する検察審査会の「強制起訴」の決定に賛否両論が起こっている。「正義」を担うのは市民かプロか、考えた。【宮田哲、江畑佳明】

 ◇起訴のハードル下げ、冤罪作り出しかねない/国民が2度、圧倒的多数で判断した結果は重い

 「法廷でとにかく身の潔白をきちんと決めてもらいたい」。今月7日午後1時50分過ぎ、衆院第2議員会館。4日の議決公表後、初めて公式の場で発言する小沢氏は詰めかけた報道陣に取り囲まれ、表情を変えずに10分間の会見に臨んだ。最後の言葉を述べ、心を静めるように唇をかみしめた。

 その後、衆院の代表質問に出席したが20分余で退席。当事者不在の議場で菅直人首相は、小沢氏の証人喚問を求める質問に「ご本人が自ら判断することが望ましい」と答弁した。その日、小沢氏の東京都港区内の個人事務所で面会した中塚一宏衆院議員は裁判の長期化を心配して語りかけた。「とにかく体に気をつけてください」。小沢氏は「おう大丈夫だ」と応じた。

 検察審査会で2回「起訴議決」が出れば「強制起訴」となる改正検察審査会法は、自民、民主などの賛成で04年成立、昨年5月に施行された。「強制起訴」の導入理由は「司法への国民参加をより重視するため」(法務省)だ。

 検察が起訴をあきらめた小沢氏が裁判で有罪になる可能性はあるのか。今そんな声が聞こえる。小沢氏は代表選の際、この制度を「一般の素人の人がいいとか悪いとかいう仕組みが果たしていいのかという議論は出てくる」と発言。4日の議決公表直後、小沢氏の個人事務所で面会した平野博文前官房長官は小沢氏から言われた。「専門家が不起訴と言っているのに、おれは何をすればいいんだ」

 今回の議決要旨には「国民は裁判所によって本当に無罪なのか有罪なのかを判断してもらう権利がある。検察審査会は国民の責任で公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度」とある。

 元東京高検検事の高井康行弁護士は「それは起訴のハードルを下げてよいとの考え。合理的な疑いの薄いものまで起訴することになる。市民が冤罪を作り出す事態になりかねない。起訴権限を持つことで、検察審査会が新たな権力機関となった。市民感覚というなら、元厚生労働省局長の村木厚子さんが無罪になったばかりで、検察が作成した調書に疑いが持たれてもいい。しかし今回はほぼ丸のみした形だ」と疑問を呈する。

 高井弁護士は、改正検察審査会法を議論した当時の政府の検討委員会のメンバー。「刑事司法の独立性は、時には嫌われ者になる少数者の人権を守るためにあり、ある意味で民主主義と反する。国民参加は必要だが、何でも反映すればいいわけではない」と強調する。

 議決の中身にも疑問が投げかけられている。告発容疑は、小沢氏の資金管理団体による土地購入を小沢氏が時期を偽って政治資金収支報告書に記載したとするもの。今年4月の第1段階の議決は告発の範囲内で「起訴相当」としたが、今回は土地購入の原資に小沢氏から4億円を借り入れたことを収支報告書に記載しなかったことも「犯罪事実」に加わった。原口一博前総務相は「審査対象が違うものにすり替わっているのでは。制度そのものを揺るがす問題」と語る。小沢氏は審査内容が「11人の委員で平均年齢30歳ということしか分からず、秘密のベールに閉ざされている」と不満を漏らした(検察審査会の事務局は13日に平均年齢34・55歳と訂正)。原口氏も「結論に達するまでに、どのように議論がされたかが分からない。審査した本人を特定する必要は全くないが、プロセスの開示は必要だ」と透明性を求める。

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 しかし、小沢氏を擁護する議員も、強制起訴の制度自体を否定しなかった。制度は検察の独善による不起訴などを防ぐため、市民が「正義」の担い手になるよう期待して生まれたからだ。今回の議決を評価する民主党議員もいる。生方幸夫衆院議員は「検察官が起訴しなかったのが『おかしい』との声があり、国民が審査した。国民が2度、しかも別の人々が圧倒的多数で『起訴すべきだ』と判断した結果は検察が起訴するよりももっと重い」。

 ノンフィクションライターの吉岡忍さんも「議決は当然」と語る。「市民は政治倫理の側面を大きくとらえている。小沢さんは『法律には違反していない』と繰り返すが、本当にそうなのか。全く説明ができていない。カネの出入りの管理という政治家の最も基本的な資質ができていないことにノーを突きつけたのでしょう。小沢さんが国会で証人喚問などに応じていれば、審査会の結果は変わっていたかもしれない」と強調した。

 小沢氏が党代表時代、役員室長を務めた奥村展三衆院議員も「国民から見れば説明不足で理解されなかったのが尾を引いたと思う。代表選では『命をかけて』と自分の気持ちを絞り出すように演説した。あれだけのことを言ったのだから政治とカネの話もはっきり言ったらいい」と語る。

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 一方、今回の検察審査会の判断を複雑な気持ちでとらえた人がいる。兵庫県明石市で01年に起きた歩道橋事故の遺族、下村誠治さんだ。検察が不起訴処分としていた県警明石署の副署長に今年1月に起訴議決が出され、改正法施行後、初のケースとなった。

 下村さんは「大勢の命が失われた事故と今回のケースを同様な目で判断されることに違和感がある」と話す。明石では検察審査会は法改正をまたいで合計4回も起訴相当の判断。「おかしいことはおかしいと、市民が主張できる制度だ」と意義を強調する。小沢氏に対する議決で「感情に流された判断だ」という批判が強まると、制度改変へ進むのではと危惧(きぐ)する。「現在の諸制度では、何があったのかを当事者から直接聞ける場は法廷しかない。有罪を求めているのではない」。市民が遺族を納得させることに寄与するのは一つの正義だろう。

 代表選の敗北後、「一兵卒」に戻り再起を期す小沢氏だが、待ち受けるのは議員生命さえ脅かす裁判。側近の一人、松木謙公農水政務官は6日「顔だけでもみたい」と個人事務所を訪ねた。「私は裁判中でも代表になってほしいが、人から公職は無理ではと言われれば厳しさは分かる」

 12日早朝、東京都世田谷区の自宅前に、小沢氏はカーキ色の帽子とジャンパー、白いズボン姿で現れた。道路を挟んで立つ報道関係者は3人。「おはようございます」と声を掛けたが小沢氏は無言で、大きく手を振って歩く。雨上がりの町に散歩に向かい約40分後、帰宅した。朝の散歩は4日の議決公表後は絶えていたが、小沢氏は13日も歩いた。来年は69歳。マンション7階の個人事務所にも「健康のため」と階段を使って上ることがあるという。

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t.yukan@mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2010年10月14日 東京朝刊

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