霞が関や中央政党に矢継ぎ早に問題提起をしてきた大阪府の橋下徹知事(41)が、府と大阪市を解体・再編する「大阪都」構想を打ち出している。実現のため4月に地域政党「大阪維新の会」を設立した。来春の府議選、大阪・堺両政令指定都市の市議選で過半数獲得を掲げ、相対する各中央政党や構想を批判する大阪市との対決色を鮮明にしている。停滞する大阪の活性化を掲げ、既存の都市の枠組み解消を説く主張には、確かに魅力がある。しかし、複雑な都市問題を単純化したストーリーで語り、対立を強調して民意をすくい取る手法には危うさも感じざるを得ない。
大阪都構想を表明したのは今年1月。東京都をモデルに、大阪、堺など府内中心部の各市を30万人規模の特別区に再編して、インフラ整備や産業振興など広域的な仕事を「都知事」に集約し、福祉や医療など住民サービスは特別区に任せる、とした。
ほぼ同程度の予算と権限を持つ府と大阪市は「大阪のかたち」を巡り、主導権争いを続けてきた。大学や公共施設など重複した箱モノや事業が多く、無駄も指摘されてきた。この弊害を解消するため「大阪全体の指揮官と財布(予算)を一本化し、世界で競争できる大阪を目指す」(橋下知事)のが構想の狙いだ。
知事は維新の会代表として8月下旬からほぼ毎週末、府内各地でタウンミーティングを開いている。毎回立ち見が出るほど盛況で、異様なまでの熱気に包まれる。刺激的なフレーズを交えたエネルギッシュな弁舌が聴衆の心をとらえるのだ。
「大阪停滞の一番の原因は府と市という、とんでもない役所が二つあること。二つでやるから全然力を発揮できない」(大阪市港区で9月18日)。「大阪市役所も府庁もつぶす。明治維新に匹敵する役所の解体。楽な市職員、市議会議員、支援者との大戦争になる」「大阪はタイタニック号。船が巨大過ぎて乗客は沈むのが分からない。ワインを飲みながらバイオリンを聴いている」(ともに門真市で9月25日)
現状への危機感や府市併存による弊害など、うなずける面は確かにある。だが、どうしても疑問や違和感が残る。
まずは、知事が言うように、停滞の最大の原因は府・市の「二重行政」なのかという点だ。大阪からの企業流出や府民所得の低迷、高い失業率などの問題は、二重行政もさることながら、東京一極集中や終身雇用制度の崩壊、セーフティーネットの不備など、さまざまな要因が絡み合った結果ではないか。府市再編の「一点突破」で、すべてが快刀乱麻に解決できるほど問題は単純ではないはずだ。
二つ目は対決演出型の手法だ。単純な対立構図を設定すれば、メディアを通じて世間の注目は集まる。半面、単一の争点に関心が集中し、その他の諸課題への問題意識は薄れる。小泉政権下の郵政選挙で「刺客」対「抵抗勢力」の対決ばかりが際立ったのと似た状況に陥る恐れがある。
橋下知事の言動を府民はどう見ているのか。都構想をテーマに平松邦夫・大阪市長と行った意見交換会(9月9日)を、毎日新聞のモニター3人に傍聴してもらったところ、主張の明快さや力強さを理由にいずれも橋下知事に軍配を上げた。一方で「橋下さんは意固地になり過ぎている気がした」(女子大学生19歳)、「ブレーキ役が必要だと思った」(主婦40歳)と自制を求める声もあった。府民も「分かりやすさ」と「危うさ」の両面を感じ取っている。
知事は自らが目指す私立高校の授業料無償化拡充の財源確保のため、私立小中への助成を削減する方針だ。私学側はこれに反発しているが、9月にあった私学団体との協議でも「倒れる学校は吸収合併すべきで、生徒集めを頑張ってほしい」と一蹴(いっしゅう)した。
政治家には、ビジョンを示して実行に移す指導力と、多様な意見や利害を取りまとめる調整力とのバランスが必要だ。前者を押し通せば強権となり、後者に傾けば日和見と映る。橋下府政の場合、理念の貫徹に偏り過ぎる場面が目立ち、「強権的」と見えることが少なくない。
70%という高支持率(今年1月の本紙調査)の通り、現職知事で最年少の若いリーダーにかける府民の期待は大きい。だからこそ、橋下知事には、柔軟性と忍耐力を兼ね備えた、成熟したリーダーを目指してほしい。私たち記者も、知事が日々発する「言葉のシャワー」を吟味し、真意を見極め、的確に警告を発する力を培っていかなければならないと自戒している。
毎日新聞 2010年10月6日 東京朝刊