韓国が「国家イメージの向上」に向けた世界戦略を推進している。自国文化の紹介に力を入れて韓国のイメージを高め、韓国製品を売り込む狙いも込められている。その典型例を中東のイランに見た。【ソウル西脇真一、テヘラン鵜塚健】
「路上で何度も『チュモンによろしく』と話しかけられて……」。在イラン韓国大使館の男性職員が苦笑した。「チュモン」は韓国MBC放送の人気テレビドラマ「朱蒙(チュモン)」の主人公の名前だ。08~09年にイラン国営放送で放映され、平均視聴率は驚異の60%以上を誇った。テヘランの車の大渋滞はつとに知られるが、「番組が始まると、途端に渋滞が解消した」との“伝説”が残る。
衛星放送を通じたペルシャ語吹き替えの韓流ドラマも大人気だ。イランでは衛星放送の受信はご法度だが、実際は多くの家庭がパラボラアンテナを張って視聴している。主婦のファリデ・ナズミさん(56)は「ストーリーは波瀾(はらん)万丈で、俳優も格好いい」と魅力を語る。自宅の電子レンジは韓国のLGエレクトロニクス製。「ドラマで韓国を身近に感じ、日本と同様いい印象を持つようになった」とほほ笑んだ。
近年、サムスンやLGなど韓国企業のイラン進出が目覚ましい。日本企業の電化製品、自動車のシェアを軒並み逆転し「高品質で割安」との印象が定着した。イラン核問題に対する経済制裁への報復が懸念されているが、韓国の対イラン輸出(09年)は、日本の2倍以上の約39億9200万ドル(約3316億円)にのぼる。
イランでは約20年前、NHKドラマ「おしん」が爆発的な人気を呼び、日本企業への好感度アップにつながったが、今は昔の話だ。「ヘイ、チュモン!」。街で韓国人に間違えられる日本人も少なくない。
MBCによると「朱蒙」は世界20カ国で放映。日本でも人気を博した「大長今(テチャングム)(宮廷女官チャングムの誓い)」はイランを含め60カ国に及ぶ。閔完植(ミンワンシク)海外事業部長は「番組の輸出は局独自の事業だが、これが韓国や韓国製品のイメージ向上につながっている。日本の番組輸出は、価格や複雑な著作権問題が絡んで苦戦していると聞いている」と話す。
女性歌手グループ「少女時代」など、韓国発の女性グループが日本で人気を呼ぶ中、韓国紙・毎日経済は先月「第2次韓流ブーム」を特集した。ドラマに加え、歌やミュージカルなども、イスラム圏やアフリカにまで広まっていると伝えている。
韓国人は元々、海外進出が盛んだ。英語教育熱も高くなり、今や米国への留学生数は日本の3倍以上にのぼる。一方、昨年は李明博(イミョンバク)大統領のトップセールスでアラブ首長国連邦への原発売り込みに成功するなど、官民一体となった「韓国株式会社」の鼻息は荒い。
韓国は、自国料理のグローバル化も本格化させている。
今年3月に設立された「韓食財団」によると、海外での嗜好(しこう)度調査で、韓国料理は日本や中国などでは高ランクに位置したが、米国ではタイ料理などに続いて8番目。「日本など人気の高い国でも真の味と文化が体験できるレストランはまだまだ少ない」(同財団)
財団は今年から、「海外優秀韓国レストラン推薦制度」を世界に先駆け日本で始めた。認定店を集めた「韓国料理のミシュラン」出版も計画し、日本に約2万軒とも言われる韓国料理店の質の底上げを狙う。
ソウルの淑明女子大に付属する韓国飲食研究院を訪れると、韓国伝統酒研究所の朴碌〓(パクロクタン)所長が、韓国独特の濁り酒の仕込みを約20人の学生に指導していた。
この研究院は韓国政府の指定を受け、今年7月から約半年間の特別コースを設置。韓国料理界のスターシェフ養成を目指す。受講生は一線で働いた経験者も多い。週2回の講義で学費は約700万ウォン(約51万円)だが、うち7割を政府が補助する。
米ロサンゼルスの料理学校で教えるチョ・ギョンヒさん(51)も受講生の一人。「伝統的な韓国料理をきちんと学びたかった」と語り、夢はカリフォルニアワインの名産地ナパバレーに韓国レストランを出すことだ。
政府は大学などで韓国料理学科の開設にも力を入れ、米国の大学や日本の専門学校の韓国料理講座も支援している。
毎日新聞 2010年10月11日 東京朝刊