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ネット時代は兵器より情報が勝敗決す
日本人よ、日露戦争当時の知恵と真摯さを思い出せ!
2010.07.30(Fri) 伊藤 和雄
5. 勝敗の要因、NCWの視点から
ここではNCWの視点から、勝利の3要件である「情報優位」「迅速な指揮」および「自己同期形成」をキーワードとして、日本海海戦を中心に日露戦争全体を振り返り、いくつかの事案から勝敗の要因について考究してみたい。
(1)情報・通信ネットワークの形成
これまでも述べてきたように、帝国海軍は情報・通信ネットワークと無線電信機の活用により、ロシア海軍に比べ圧倒的に「情報優位」の位置を確保していた。
海戦初日の午前5時5分に「信濃丸」の発見電を受けて、聨合艦隊旗艦戦艦「三笠」が出港したのが5時55分、艦隊主力が出航したのが6時34分である。
情報を得て行動が開始されるまで1時間足らずである。極めて迅速な部隊運用、「迅速な指揮」がなされたのである。
艦艇と朝鮮半島・国内沿岸に張り巡らされた望楼および陸上要地間で無線・有線電信により形成されたネットワークが、いかに作戦遂行に寄与したかは想像に難くない。
無線電信がいかによく使われたかを示す一例を挙げる。巡洋艦「出雲」の無線電信誌によると、海戦中の受信・傍受の通数は海戦初日の5月27日は117通、翌28日は112通である。
これらの電文が指揮命令、情報伝達に使われなかったとすれば、このような完璧な勝利が得られたかどうかは大いに疑問の残るところである。
(2)ロシア側情報・通信ネットワークの遮断
我の「情報優位」を得ることは、敵の「情報共有」を妨げることでもある。
日本軍は戦争開始前から日本海海戦に至るまでの間、ロシア側の情報・通信ネットワークに対し様々な妨害工作を行っている*10。
日露戦争開始前の2月6日、ロシアへの国交断絶の通告と同時に、陸軍は清国とロシアに通じる韓国内にある陸上電信・電話線を切断し、海軍は馬山、釜山などの電信局を占拠した。
このため、京城(ソウル)の在韓ロシア公使および仁川碇泊中のロシア艦艇(巡洋艦「ワリヤーグ」および砲艦「コレーツ」)への外部からの情報は途絶した。ロシア本国から日露の国交が断絶したことも知らされていない。
2月8日、不安を感じたロシア公使は、現地の情勢を旅順の極東総督へ伝えるため、「コレーツ」に外交文書を託して旅順に向かわせたところ、仁川沖で待ち構えていた聯合艦隊に発見され、仁川沖海戦となった。
秋山先任参謀は、常備艦隊参謀時代の明治34(1901)年1月、洗濯夫に扮(ふん)して旅順港を偵察しているが、偵察後の報告で、開戦となったならば旅順〜芝罘間の海底ケーブルを切断するよう進言している。
当然ながら海軍は開戦直後、このケーブルを切断している。さらには芝罘のロシア領事館内に潜入し、敷地内にあったロシアの無線電信施設を破壊している。
同様に、大北電信会社が敷設した長崎〜ウラジオストク間の海底ケーブルも切断した。
同社はもちろん日本に対し激しく抗議したが、当時は国際法上の規定もなく、戦時はやむを得ないものとして処理された。
海軍は“コダマ・ケーブル”のみでは不足していたため、これら切断したケーブルを引き揚げて、韓国〜対馬〜内地間の仮設軍用水底線として再利用している。見事である。無駄がない。
(3)通報艦の活躍
日露戦争について書かれた文献には、ほとんど触れられていない通報艦であるが、通報艦の活躍を見逃すことはできない。通報艦は聨合艦隊の各艦隊に1隻、計3隻配置されていた。
通報艦の主たる任務は通信伝令だが、警戒・掃海・測量の任務にも当たり、戦闘時には、救助艦としての役割を担うほか、機を見て射撃にも参加するし、水雷もまく。まさに万能の艦である。
通報艦が交信する艦の間に位置するならば、通達距離は延伸する。通報艦を艦隊と海岸局の間に配置し、電報を中継させることもできる。
海軍は通報艦を港内外、あるいは望楼沖合いに配置し、陸上との情報交換にも活用した。
例えば、旅順要塞攻防戦では通報艦を旅順東方の大連港に配置し、陸軍から得られた情報を洋上の聯合艦隊司令部に送信させていた。
このため、東郷司令長官は洋上にあっても陸軍の戦況を把握できていた。
さらに通報艦は、視覚信号内では旗旒信号の中継艦としての役割も担う。
海戦時、東郷司令長官が直率する第1戦隊の戦艦・巡洋艦6隻は、戦闘中、ほとんど単縦陣で運動しているが、所属の通報艦「龍田」は陣形の外側(射撃舷と反対側)中央に位置し、旗旒信号の中継を担っていた。
単縦陣では、前続艦の旗旒を見て順次後続艦が信号旗を揚げていくため、先頭艦(旗艦)から殿艦(でんかん、最後尾の艦)まで伝わるにはそれなりに通信費消時があるが、通報艦が配置されていれば、後続艦は通報艦の信号を見て一斉に揚げることができる。
合戦図を見ると「龍田」は常に適切な位置におり、見事に旗旒信号中継艦としての役割を果たしている。
通報艦の活躍は、NCWのキーワードである「情報優位」および「迅速な指揮」を可能にした事案に該当すると言えるだろう。
(4)ロシア海軍指揮統制上の問題
バルチック艦隊のロジェストウェンスキー司令官は独善的、権威主義的な性格で、部下指揮官は意見具申はもとより質問もできないような雰囲気であったらしい。
海戦前の5月9日にニコライ・ネボガトフ少将の「第3艦隊」が合同しても、作戦会議は開催されていない。ウラジオストクまでのルートについても、艦長クラスの指揮官には知らされていなかった。意思疎通ができていなければ「自己同期形成」など及びもつかない。
軍隊組織というものは、その組織の中に厳然たる指揮系統が存在し、かつ組織間の通信手段がなければ組織としての戦闘力を発揮できない。
海戦4日前の5月23日、病臥中の次席指揮官ドミトリー・フェリケルザム少将が死去した。しかしロジェストウェンスキー司令官は、公表すると乗員の士気が下がるとの理由でこれを秘匿した。
同少将が座乗していた第2戦艦隊旗艦「オスラービア」には、指揮官旗は掲げられたままであった。ロジェストウェンスキー司令官は、次の指揮継承順位のネボガトフ少将にもこれを知らせていなかったらしい。
5月27日午後2時8分、ロシア側の砲撃で始まった海戦は、開始後約30分で旗艦「スオロフ」は廃艦同然の被害を受けた。ロジェストウェンスキー司令官も重傷を負い指揮不能の状態であった。
しかし、ネボガトフ少将が「ロジェストウェンスキー司令官の駆逐艦への移乗」と「自分に対する指揮権の委譲」を味方の駆逐艦から伝え聞いたのは、夕闇も迫った午後6時過ぎである。
「ワレニ続行セヨ 針路、北23度東」と信号を揚げたが、既に戦闘を指揮するタイミングは失っていた。
開戦30分後からしばらくは指揮官不在の状態であった。指揮官不在では組織として力を発揮できないのは自明である。
おわりに
“コダマ・ケーブル”を確保した児玉源太郎、あるいは、外波少佐たちの進言に「無線電信調査委員会」の設置を決断した山本権兵衛の先見性ある眼力に驚嘆する。
そして、短期間で通信を実戦の場で運用するに至らしめた先人と、軍・官・民一体となって国家のため、情報・通信ネットワークを形成し、無線電信機の開発に取り組んだ人々の使命感と努力にただ敬服するほかない。
残念なのは、日露戦争に勝利して以降、日本全体が驕(おご)りたかぶり思考停止に陥ったことである。
日露戦争の戦訓として、艦の大きさ、艦の装甲といった建艦面、砲戦力の威力といった武器能力面、あるいは、射法、丁字戦法に代表される艦隊運動といった戦術面が強調された。
「見敵必戦主義の精神」といった戦訓項目もある。精神力とか士気に、言われているほど日露間で大きな差があったのであろうか。
ロシア海軍の中にも、降伏、あるいは救助されて捕虜となるのを拒み、艦と運命をともにした多くの将兵がいた。沈みゆく中で最後まで射撃を続けていた艦もあった。
『聯合艦隊解散ノ辞』に「・・・・・・百発百中の一砲、能く百発一中の敵砲百門に対抗しうる・・・・・・」との有名な文言がある。言葉としては響きがいい。ただし、これは単なる精神論であり、数理的には誤りである。
「百発一中の砲百門」に対抗するためには、累積確率上は「百発百中の砲十門」は必要である。精神力とか士気は一夜で変容するが、科学技術は現実を直視している。
「情報優位」の傘の下で、聯合艦隊が主導的に戦ったからこそ、機力(有形)と術力(無形)のわずかな差が大きな結果となって現れた。
日露戦勝後、情報・通信の価値を真摯に受け止めることなく、「艦隊決戦主義」および「大艦巨砲主義」の流れのままで日本海海戦の再現を夢見て、先の大戦を迎えた。
セブロフスキーは、NCWの考え方に立脚し「情報優位」の下で戦うならば、今日の戦争であっても、第2次世界大戦時代の兵器でも勝てると言っている。情報化時代の戦争にあっては、武器よりも、より情報の価値が高められていると理解すべきなのであろう。
NCW構想に立脚した軍事力の整備については、米国のみならず、今日では北大西洋条約機構(NATO)加盟国をはじめとするヨーロッパ諸国、オーストラリア、中国、韓国など多くの国がこれに取り組んでいる。
NCWについて、国家としてどう取り組むか、国会決議をした国もある。
翻って我が国はどうであろか。我が国の安全保障について、個々の事業の仕分けもよいが、その評価基準となる指針について国家レベルで論議しているとは思われない。NCW構想創案の端緒となったのは“日本海海戦”である。幸い我が国には、学ぶべき多くの先人がいる。
情報化時代の防衛力の整備について、NCW構想に基づく指針を策定し、事業全体の整合を図り、効率的防衛力の整備が推進されるよう望んでいる。
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