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[20870] 【完結】誰かへの・・・
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/10/13 23:39
暑かった。

おいしかった。

いいなあ。

うるさい。

みんな死ね。

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

すっきりしない。

無理…私には。

早く、還りたい。

花、育てようかな。

部屋…私の部屋・・・。

…生きます・・・。




[20870] 一  外へ
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/08/06 00:42
 月一でブログを書いているが、閲覧数はいつも0だ。
コメントも当然0。
これまで気にしていなかったことだ。
気になったのは、今月、七月書いた内容にコメントをよこしたのが、一人現れたからだ。
そのコメントは、ブログの内容に関係ないのだから、印象に残った。

 私がブログに書く内容は、いつも「見える景色」についてだった。
文章は「私の書いている文章が見える」だ。
これまで毎月、ずっと同じことを書いていた。
ディスプレイに映る私の文字だけが、私を保つ唯一だった。
私はずっと、日の光の入らない部屋から外に出なかった。
そして誰も、私の部屋に入ることはなかった。

 その私の文章に寄せられたコメントは「七月二十三日、午後三時までに、○○駅の掲示板に書かれている文字を消せ」という一文だった。
それはコメントというより、命令だった。
明日だった。
私は応じる気などなかった。
特にすることなど無かったが、その時私は、動きたくなかった。

 一ヶ月くらい過ぎた。
私はブログの更新のため、パソコンの電源を入れた。
私はブログを書く前に、少しばかしネットを周るのだが、どのページも、ニュースも、前見た時から更新されていなかった。
少し不思議に思った。
おそらく、日付も動いていないのだろう。
おそらく、あの命令に従わなくては時は動かないのだろう。
しかし私は眠くなったので、少しばかし昼寝をした。

 日の光の入らない部屋だから、どれくらいの時間が過ぎたのかは分からないが、たぶん百年くらいはたったと思う。
私はもう一度パソコンから外の世界を視た。
変わっていなかった。
私はあの命令に従うことにした。
この時の感情は、たぶん気まぐれだった。
気まぐれでも、気まぐれだからこそ、私の世界は変わってしまった。

 黒のパーカーを着り、黒いコートを羽織り、黒いジーパンを穿き、フードを被り、黒いサングラスをかけ、マスクをし、黒い靴を履いて、私は部屋をでた。
内を、見られたくないと考えてそうしたのではなく、自然とそうしていたのだ。
私は考えなしだった。
外が暑いのを、考えていなかった。

 暑い暑いと思いながらも、私は歩いた。
なのに着ているものは何も脱がなかった。
駅まで歩こうとばっかり考えていたから、そこに頭がまわらなかったのかもしれない。
半分くらい進んだあたりで、ようやく別のことに頭がまわった。
変な人だと思われるかもしれない、と。
交番が目についたからかもしれない。
だからといって特にどうこうすることはなかったが。

 交番には婦警が一人いた。
規則はどうなっているか知らないが、腰まで伸びるストレートの髪をしていた。
色は、私と同じ白だった。
そういえば、なぜ私の髪は伸びないのだろう。
私の髪は、肩にも達しないショートのままだ。
だがその疑問も、すぐにどうでもよくなった。
暑かった。

 駅に着いた。
ようやく着いた。
十分も歩いてないのだが、あまりの暑さに、その時間は一時間くらいに思えた。
私は、掲示板の左隅に書かれていた文章を、右手で消し、帰った。







[20870] 二  喫茶店にて
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/08/06 00:46
 八月に入ったようだが、部屋は暑くもなければ、寒くもない。
暗いままだ。

 下旬に差し掛かるころ、また私に命令が来た。
内容は前回と同じ。
全部同じことと私は思ったので、私はまた外に出ることになった。

 前回、姿云々をとやかく考えていたが、あの暑さの前では、どうも面倒に思えてきた。
何か薄い服はないかと探していたら、無地の紫のワンピースを見つけた。
目立つとは思ったが、もう、面倒だった。
私は外に出た。

 交番には、前の婦警がいた。
婦警には私がどう見えていたのかは知らないが、なぜか笑顔をよこしてきた。
私は一応、頭を下げた。

 目的を果たした私は、帰りに喫茶店に立ち寄った。
アイスココアを注文した。
夫婦で経営している小さい店で、客は私を含め四人いた。
私はそこに二時間ほどいた。
その内の一時間は、ココアを飲み終えた後の、何も考えないでただ坐っている時間だった。
残りの一時間は、ちょっとした事件だった。

 事件の始まりは、一人の男性が私と相席したことから始まった。
席は他に空いているところがあるのに、私のところに来たということは、私に用があるのかと、思った。
というのは、その男は私と相席した後、一言も私に話しかけなかったのだ。
目を合わせようともしない。
一応、コーヒーは注文していた。

 ちなみに、私はその男を知っている。
モクシロ、という名だ。
私と同じ程の長さをした黒髪の、たぶん顔立ちのよい、30代の、無口の、自称エスパー。
そんなことは私にとってはどうでもいい。
私は夜までここで涼んでいたかったのだ。

 沈黙は55分程だった。
客はそいつと私だけだった。
残りの5分程に差し掛かったころ、二人の殺人者が来店した。
一人は男、一人は女。
少年と少女。
兄妹だということは知っていた。
ルキとミキ。
目的はこの男だということも知っていた。

 彼らはまず、マスターであるおじさんとおばさんを殺した。
どう殺したかは知らない。
私がそこに目を向けた時には、二人とも倒れており、首が無かった。
私は、これからこの店で涼むことはもう出来ないのかな、と思った。

 殺人者の二人は私の聞き取れない言語で、モクシロに話しかけていた、と思う。
モクシロはそれに対して応えはしなかったが、立ちあがって、彼らの方に歩を進めた。
表情は無表情。
彼らのことなど、私にとっては、関係のないことだが。

 モクシロが三歩目に到達したとき、また一人、誰か入ってきた。
あの婦警だ。
何故かわからないが、あの婦警だけ『知らない』。

 婦警が入ってきた数秒後には事件は解決していた。
私はその過程の間、空のコップの中身を眺めていたから、どんなだったのかは見てない。
本当に、どうでもよかった。
残った結果は、殺人者二人の死体と、生きた夫婦だった。

 婦警はモクシロに言った。
今まで何をしていたの、と。
モクシロは返した。何をすればよかった、と。
推測するに、彼女たちの目的は私だ。
そして、モクシロに私は視えていなかったんだろう。
婦警が私の席に指をさした頃、私は既に店を出ていた。

 本当に、ゆっくりしたかった。





[20870] 三  欲しいもの
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/08/11 16:42
 まだ、三度目だが、これはもう習慣のようになってきた。
九月の下旬になって、ちょうどいい感じに、外は涼しかった。
特に変わりのない道のりだったが、いつもの交番にはいつもの婦警はいなかった。
また、二組のカップルと、帰り道にすれ違った。
その内の一組のカップルの女の方と少し目があった。
すぐに目を反らしたけど、たぶんそのあとその女はクスクスと笑っていたと思う。
私の姿は、やっぱり目立つ。
けど、私の服はそんなに種類は無い。
買い物に行くにしても、一人だと、どうも面倒だ。

 帰りに立ち寄った喫茶店の夫婦を見ても思う。
羨ましい。
誰かがそばにいる、というのは羨ましい。
明日戦争が起きようが、明日世界が滅びようが、私が死のうが、殺されようが、あるいは私が誰かを殺そうが、私の知ったことではない。
けど、私にも欲しいものはある。金や地位はいらない。
異性。
私も昔は最近の女子にみる、中身を相手に求めているものだった。
ネットに生きていたからかな。
たぶん。
けど、少し顧みれば分かる。
言葉は男を堕落させる。
喋れば喋るほど、そいつはそいつの価値を下げる。
醜くなる。
黙っていればいいんだ。
喋る奴は馬鹿だ。
何一つ知らない癖に、語ろうとする。
この世はつまりどうだとか、自分の愛はどうだとか、君を守るだとか、気色悪い。
自分を飾ろうと必死に美化して、自分が醜くなっていくことに気付かないのか。
私が、羨ましいと思ったのは、ただ、隣に誰かいる、っていう一点だけ。
形の整った肉が、黙ってそこにいればいいのだ。
人形のようにじっと、部屋の隅で坐っていればいいんだ。
そして、私が欲しくなった時に私がそこへ行く。
それでいいんだ。

 そういう点で、モクシロは一応合格。
理由はまだ、殆ど喋ってないからだ。
年齢はたぶん向こうが結構上だが、形は整っている方だ。
肉としては十分。
ただ、あれにはたぶん婦警が付いているな。
あの時は少し喧嘩をしていたようだが、長い付き合いのようだ。
引き離すのは無理、かな。
結局私は、いつまでも一人のままなのだろうか。
いや、何を考えている。
そんなことは、どうだって良かったはずだ。
ヒトが嫌いだから、私は『ここ』にこうしているのだろう。
暑くも、寒くもなく、光の入らないこの暗い部屋が、私の最も好きな場所なのだろう。
一人の、約束された永遠の時間を貰ったってことは、贅沢は言えないってこと。
何故貰えたのか、もう思い出せないけど。
狭い部屋、低い天井、そして長い時間は、私の脳をもう壊してしまっている。

 そう考えていたら、叩かれるはずのない部屋のドアをノックするものが現れた。
出たくない。
そのノックの音はコンコンからドンドンと大きなものとなってきた。
それでも、出たくない。
早く、帰ってくれ。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン





[20870] 四  上神静に会う
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/10/12 01:22
 ノックが止むことはなかった。
ここを見つけるのも異常だが、一ヶ月もひたすらノックできる点も、たぶん異常だ。
私はひたすら無視したが、いつまでも無視しているわけにはいかなかった。
十月の下旬、命令が来たからだ。
私は外に出るために、あのドアの向こうの相手と顔を合わせなくてはならない。
胃が痛い。
実際痛いわけではないが、あえてこの表現を使う。
扉の向こうには、一応ヒトの形をしたものがいた。
女性。
腰まで伸びる長く赤い髪以外では、まるで鏡を見ているようだった。
着ている服が私と同じような無地のワンピースで(色は白だが)、そして白い肌。
そいつは、私を見ると二コリと笑い「初めまして。上神静(うえがみしずか)です」と言った。
さらに「私も一緒に『落書き』を消しにいこうかなぁと思って」と加えてきた。
断る理由は無かった。

 外はちょっと寒かった。
薄着だったからかな。
歩いている間、寒さも気にしてなさそうな上神は、ひたすら話していた。
私は無言だった。
主に『町が物騒になっている』ということについてだった。
無差別殺人、通り魔の増加、不自然な自殺が最近相次いでいるらしい。
そんなことは、私にとってはどうだっていい。
むしろ、人口が減ってくれることは私にとってはうれしいことに近い。
外の空気が、少しは綺麗になる。
しかしこいつは、相手との距離を考えない奴だ。
ベタベタと話してきやがって。
会って数分もないぞ。
そもそも、最初っからこいつは異常だったわけだが。
そういえばいつもの交番には、またあの婦警はいなかったな。

 目的地に着いた。
「酷いこと書く人もいるわよね」上神は言った。
「一人でも多く殺せ」という一文の、どこが酷いのか。
「唯の落書きですよ」私は返した。
そういえば久しぶりに、文章を声にした気がする。
「言葉には力があるのよ」
ああ有るな。
人を堕落させる力が。
「それもあるけど、言葉は人を動かすのよ。特に無自覚な人をね」
まぁ、それもあるか。
私が動いたのは、言葉からだな。
「命令を書いたのは、あなた?」久しぶりに質問をした気がする。
「違うわ。私は知っていたから、あと興味があったからあなたについてきただけ。なんとなくよ。誰が書いたか知らない」
嘘なのはわかる。
「誰が書いたか知らない」のは絶対に嘘だ。
けど、どうだっていいことだったから、それ以上私は追及しなかった。

 帰り道、喫茶店に寄りたかったが、あそこには一人で行きたいところだったから、やっぱり行かなかった。
「今から買い物に行かない?」私はため息を抑えることが出来なかった。
「また今度」上神は苦笑いで返した。
今度、なんてあってほしくなかったが。
まぁ上神が家までついてこなかったのが、今日の唯一の救いか。
部屋に戻った私は、ベッドに倒れこみ、そのまま寝た。
私にとっては、この上なく騒がしい一日だった。

 私の見ていないことだが、上神はあとであの婦警に叱られたらしい。
何故私に言わなかったの、と。
それに対し、彼女は苦笑いで返した。







[20870] 五  暗闇に戻る
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/08/17 02:45
 私はヒトが嫌いだからここにいる。
外に、出たくなどなかったのだ。
ただ、出ない時期があまりにも長かったから、そんなことは忘れていたんだろう。

 また、いつもの感じで外に出たら、寒かった。
もうあと一週間程すれば、十二月になる時期だった。
部屋に戻ろうかと一度思ったが、やはりめんどうだったので、さっさと仕事を終わらして、そして帰ろうと思った。
今日私は、駆け足程度ではあったけど、本当に久しぶりに走った。
走ったら少しは体があったかくなると思ったが、それは間違いで、寒さは骨にまで伝わってきた。
けど、走るのはやめなかった。
交番にはいつもの婦警がいたが、こちらには気付いてないようだった。
若い男(モクシロではない)と何か話していた。
婦警は笑顔で、それは印象に残った。
寒いのもあるが、私は苛々してきた。
様々な想像が頭をよぎったからかも知れない。
幸せそうな人間を見るのが嫌だったからかもしれない。
私は走るのはやめなかった。
鬱憤のようなものをアスファルトにぶつけていた。

 仕事を終えた私は、帰りも走った。
駅で休憩もしなかったものだから、足は痛かったし、横腹も痛かっし、息も荒かった。
『私は何をしてるんだ』今更になって思った。
こんな馬鹿馬鹿しいことを、何故私は始め、そして続けているのか。
本当に馬鹿馬鹿しいと思ったからか、ますます苛々してきた。
怒りだとか、殺意に近い感情になってきた。
外は嫌だ。
私は何かにつまずいた。
顎があがって目も閉じてたものだから、それが何かも確認してない。
私は前倒れになった。
肘だとか膝だとかを擦りむいた。
その横を、二人の男女が通り過ぎた。
足を見てわかった。
以前『私を笑った方』だ。
私は、見上げ、眼を見てしまった。
思いだした。
あの眼だ。
「なにこの人」
「面白い格好してるね」
この声だ。
『これ』が嫌だったんだ。
あの眼を殺したかった。
あの口を潰したかった。
くだらないことで優越感に浸り、見下し、そして話のネタにする、そいつらのを。
そういう塵共が腐るほど、こっちにはいるんだ。
思いだした。

 私は駅へ戻った。
そして、何も書かれてない掲示板に『書いてあった文』をいくつも、殴るように書き、埋め尽くした。
そう、私なんだ。
ここに書いていたものは私だ。
呪いを、憎しみを『ここ』にしみ込ませたんだ。
思いだした。
私は涙をこぼしながら何度も何度も書いた。
どうせ田舎の駅だ。
監視カメラもない。
誰も見やしない。
駅員も寝ているさ。
私の涙は止まらなかったが、口は笑っていた。
この呪いを、世界中に伝播させるんだ。
そして、もう二度と外に出るもんか。
私は、思いだしたんだ。

 私は光の入らない部屋に戻った。
そうだ。
ここにいればいい。
そうすれば、みんな死ぬんだ。
私の世界からみんな死ぬ。
死ね。
みんな死ね。
一人でも多く死ね。
死ね。
消えてくれ、私の記憶から。

 11月23日、再び時計は止まった。

 そして。



[20870] 六  時計の針は、止まらない
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/09/25 01:19
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン


 そう。
いくら『外』が止まっても、私が止まらなくては意味がないんだ。
自分が憎い。
『外』に対して放っていた憎しみは、あまりにも長い時間を経て、自分に返ってきた。
あまりにも長い時間は、恐ろしいことに、私の『外』に対する思いを飽きさせていた。
そう。
飽きたんだ。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン

 わかってる。
あんたなのは、とっくにわかってる。
すっかりと。
もう『ずっと』ずっとあんたはドアを叩いているね。
ドアを叩いてるだけじゃない。
数々の『説得』を私に叩きつけてきている。

「外の世界が止まったの」
「あなたが『アレ』を消さないから」
「どうか消しに行きましょう」
「私と一緒に行きましょう」
「私と一緒なら大丈夫でしょう」
「私と一緒に笑われましょう」
「私と一緒に笑いましょう」
「私と友達になりましょう」
「私と思い出を作りましょう」
「誰かと一緒ならこの世も悪くないのよ」
「私と一緒なら世界は変わるのよ」
「私があなたの世界を変えて見せます」
「私はあなたと一緒にこれからの世界を見たいの」
「みんなが永遠に止まってしまうのは嫌」
「お願い私と来て」
「このドアを開けて」
「そうだ、一緒に買い物に行きましょう」
「お洋服よ」
「アクセサリーでも」
「化粧品でも」
「どこかお食事にも行きましょう」
「最初は私がおごりますから」
「一緒に遊びましょう」
「ねぇ」
「いっぱいお話しましょう」
「ねぇ開けて」
「お願い開けて」
「そうだ若い子みたいに私たちも男をつくりましょうよ」
「まだまだ、私たち若いでしょ」
「外見なら20にもなってないわ」
「あの子たちのまねをすればあの子たちの気持も分かるわ」
「きっと楽しいわ」
「お願い開けて」
「ねえ」
「街にも行きましょう」
「一緒に都会に行きましょう」
「沢山の人に会いましょう」
「ここだときっと退屈よ」
「飽きるくらい外遊んでそれから戻ってくればいいじゃない」
「まず外よ」
「いろんな人を見ればあなたも分かるわ」
「外の大切さが」
「けど『動いてないと』だめなのよ」
「ねぇ」
「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」「開けて」

 引出しが少ないのか、殆どの時間は「開けて」だった。
ノイローゼにならなかった自分にも驚きだが、結局、時間には勝てなった。
飽きてしまった。
また、外がどうであるとかが、どうでもよくなってしまった。
その自分が憎い。
ああ。
憎い。
私はドアを開けた。
一般的には狂っているといえた彼女だが、意外と普通な笑顔で待っていた。
やつれてもいないし、眼が充血してるわけでもない。
ドアを叩いていた手も、傷ひとつなかった。

「じゃ、行きましょ」
「ええ」

 外の景色は印象的だった。
雨が降っていたんだが、その雨は止まっていた。
音もなく、幻想的だった。
私は文字を消すのを躊躇った。
その景色をもう少し見ていたかった。

「なら、飽きるまで見ましょ」
「・・・そうですね」

 そうした。

 来月のこの時期にも、私は同じように『止め』た。
止まった雪を、飽きるまで見た。
その時私は、たぶん幸せ者だった。
時間には勝てない。















[20870] 七  初夢
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:40a216d5
Date: 2010/09/25 01:20


 変な初夢だった。

 朝八時半、起床。
それは時計のミスで、本当は七時半らしい。
両親は出掛けている。
洗面所で顔を見ると自分の髪が腰まで伸びている。
午後一時半、正確には十二時半、着替えて、外に出ると、海に囲まれていた。
振り返ると家はもう無かった。
午後六時に、赤色の電車に載る。
私だけである。
午後三時に、黄色いバスにのる。
外を見ると、大きな、大きな何かが飛んでいる(あれの名を知らない)。
その何かは、空から、下に落下していく。
だれかが叫んだ(知らない言語だった)。
 
 
 
 人の悲鳴と、波に呑み込まれバラバラになる人を、溶けていく人を『先に』見た。
悲鳴は文字になって、目に見えていた(私のわかる文字だった)。


 十秒後。
私は耳を塞ぎ、しゃがみ、目を閉じ、呼吸を止めた。
あれは落下した。
その衝撃でバスは転倒したが、私は怪我を負わなかった。
 




 目が覚めたら、翌日だったらしい。
あたりは暗く、午後八時らしい。
その時は両親と共にどこかを歩いていた。
両親から聞かされて知ったことだが、どうやら人殺しに追われているらしい。 
後ろから足音がする。
振り返るとそれは私だった。
両親はそいつを見、悲鳴を上げた。
前日、午後五時五十五分
『私』は両親を殺していた。
殺し方は、理解できない。
午後六時、赤い電車に載る。
 
 
 
『『『『『『
131421*72より伝言。
 
 
 
 目を覚ました私は、それが誰の言葉か忘れ、この場所も夢であることを思い出した。



 しばらく、その繰り返しから抜け出すことが出来なかった。
 
 
 
 
 
 そのことを上神に話したら、怖いね、って返された。
 
 
 
 今日も仕事をしよう。
 
 
 




[20870] 八  この世界の人口は一カ月に五億減っている
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/10/10 04:13




 結構いいペースで、減ってると思う。
出生率も低下しているらしいし、せっかく生まれてもそれを殺してしまう親も多い。
戦争も拡大しているし、ある国はある国に対して容赦なく核をぶつけてる。
核は使うまでは長かったけど、どっかが一回使ったら、あとはみんな使った。
自殺者も増えた。
人間だけでなく、他の生物も自殺するようになった。
動物も魚も昆虫も。
壁やら岩やらに突進して死ぬ奴もいれば、共食いみたいな形で集団自殺をはかる奴もいた。
自分の肉を自分で食える奴は自分を食べた。
そろそろ、植物や山や森とかも、どうにかして自殺するようになるんじゃないだろうか。
静かになって、どちらかといえば私はうれしい。

 上神が言うには、原因は私の落書きらしい。
そんなもので、死が広がるなんてのはおかしいと思うが、けどどっちでもよかった。
ということで、私は彼女と今日も落書きを消しに行く。
新年をむかえてからは、たぶんほぼ毎日駅に足を運んでいる。
命令もくる。
落書きは、駅から駅へ、人から人へ、物から物へ、空気から空気へと伝播してるそうで、とりあえず、世界中には広がったらしい。
私たちも、駅から駅へと行動範囲を広げて、少しずつ落書きを消していった。
もはや、掲示板だけでなく、壁やら地面やら、いろんなところに落書きはあった。
ゴミや血や死体やらを使って書いてあった所もあった。
多かった。
全部は無理。
それでも他にすることなど無かったから、消していった。

 最初は私と上神だけだったが、後からエダモトという奴が入ってきた。
彼は上神の知り合いで、協力してくれるそうだ。
表向きには政治家で、裏では何をしているか分からないが、多くの人を動かせるそうだ。
メールで、彼は仕事の成果を現す画像を送ってくる。
ビフォー、アフターな画像。
また、彼とはスカイプという形で、主に事務的な内容だが話したりするようにもなった。
実際、成果を出しているのは彼の方で、私たちの億倍くらいの落書きを消している。
大人数で、組織的にやっているみたい。
私たちは何もしなくてもいい。
それでも、他にすることなど無かったから、私たちも働いた。

 
 最近気付いたことだけど、自分の声が気色悪くなってきた。
妙に高いというか、細いというか、猫を被っているかのような。
ある日の彼との会話中、気が付いたら私は、手を胸に当てていた。
そして可能な限り甘い声を出そうとしていた。
数秒後には、我に返って、咳きこんだふりをして、もとに戻したけど。
もしかしたら、いつのまにか彼を意識しているのかもしれない。
なぜそうなったのかな。
彼に魅力はあるのか。
違う。
私は彼の容姿を知らない。
知っているのは声と、仕事の成果だけだ。
たぶん、私は彼を作っているんだろう。 

 ある日、上神は私にそのことについて言ってきた。
「もう二月の中ごろになってきたし、チョコでも作ってみない?」
私は彼女に何も話していないのに。
「もし会うのが恥ずかしいなら、私から彼に渡すから、作ってみなよ」
どうしてこいつは、こうも入ってくる。
私は否定したが、こいつは何故か知っているようだ。
特にすることもなかったから、作ってもよかったが、こいつに言われると、どうもやりたくなくなる。
「じゃ一緒に作りましょうよ」
私はますます嫌になって、断った。

 部屋に戻って、特にすることもなかったから、挑戦してみた。
けど失敗に次ぐ失敗で嫌になった。
一緒に作ればよかったのかと、後悔した。

 私には、無理だ。













[20870] 九  帰宅
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/10/12 02:13

「ママ」

 ママって誰だ。

「ママ、久しぶり」

 ママって誰だ。
隣にいる上神のことか?

「ママ」「ママ」

 こっちをみるな。
死にたくなる。
なんだ貴様ら。

「忘れたの?僕たちのこと」

 知っている。
だから何なんだ貴様らは。

「ママは忘れっぽいのね」

 知っている。
何の用だ貴様ら。

「一緒に殺しましょう」
「一緒に殺しに行こうよ」



 彼らの名前は、ルキとミキ。
あの喫茶店で殺されたはずの二人組だ。
殺人者。
帰り道、私たちの前に立ちふさがった。
死んだ彼らが生きている。
彼らに、肉体はもう意味の無いものになっている。
もう少し言うなら、彼らは機械だ。
私の「殺しの命令」は、もうネット上にも繁殖しており、ネットに生きる彼らは、元素記号を用いて現実世界に肉体を形成する。
殺しの意思を持った機械。
殺人者。
その母親が私、というのは真実だ。
だけど、認めたくない。
あの喫茶店の夫婦を殺したこのくそったれども母親だなんてのは認めたくない。

「嫌。だれがあんた等なんかと。私は早く帰りたいんだ」

「なら、殺しあい、しよ」

 ナイフを取り出したルキは姿を消した。
彼は消えれる。
透明人間のよう。
正確には違うらしいが。

「そうね、ぐちゃぐちゃになるまでやろうよ」

 ミキは拳銃を構えた。
ただその拳銃は、ミキがいま造った物だ。
どうやって造ったかは視えなかった。



――― 殺しあいじゃなくて、もうちょっと一方的なもの、かな。―――

 

 返したのは上神の方だった。
私は『戦い』については詳しくないが、上神とは喧嘩はしたくない。
銃だろうがナイフだろうが時間だろうが、彼女には効かない。
正確には、向かっていかない。
彼女の機嫌の悪い日では、こちらが攻撃しようとする気さえ起きない。
彼女は力の向きを支配する。
物理的なものから、精神的なもの、概念的なものまで。
だから、彼女に向かっていった弾丸は停止し、姿を消して向かってきたはずであろうルキは、元の位置に姿を現した。

「な…何?アンタ・・・『誰』?誰なの?…」
「動けない!?」

「ねぇ。どこへ行きたい?」

 私は上神に頼んだ。
ネットに『地獄』ってスペース造ってあるから、そこにこいつらの『意思』運んどいて、と。
彼女は笑顔で承諾した。
彼らを形成していた元素は結合性を失い、砂のようになった。
断末魔も無く、静かに事は済んだ。


 部屋に戻った私は考えた。
仮に私の意思が世界に散ったとして、殺人者を造ったとして、それは私が望んだことではないのか。
しかし、彼らに対する感情はなんだ。
彼らがあの夫婦を殺したのもあるが、たぶんそれだけではない、気がする。
落書きを消しているうちにそうなったのだろうか。
一般的な生活をするようになって、非一般的なものを嫌うようになったのだろうか。
彼らが殺す対象者リストに、エダモトが入ることを恐れたからだろうか。
私は、いつの間にどうなってしまった?
他に無関心だった私は何故こんなにも他人事に干渉する?
あれほど暗闇を好きでいた私はどこへ行った?
私は誰だ?
私は怖くなった。
明日は休もう。
部屋の電気を消して、毛布にくるまって、たぶん震えていた。

 私は一週間ほど、部屋から出ず、誰とも話さなかった。
けど翌週には、あれは、早く帰りたかったからだ、として、たぶんいつもの私に戻った。

 そろそろ桜が咲く季節になっていた。
私は本来、中学に通っていて、来月から高校に通う、はずなんだと思う。
当たり前の生活に変わりつつある中、それだけは変えれなかった。
無理、ってやつ。
私は上神やエダモトなど、限られた人としか付き合えない。
学校なんて行ったら、やはり面倒なのだろう。
朝に弱いし、いつも遅告ばかりするんどろうな。
そしたら、先生に怒られて、みんなに笑われて、あるいは馬鹿にされて、あるいは無視されて…。
勉強はどうだろう。
私は何が得意科目なのかな。
国語?数学?それとも歴史?
歴史はたぶん好きになるかな。
ネットで見てた好きなアニメの影響もあるけど、図書館に籠って歴史書ばかりを漁るんだろうか。
部活は何に入る?
早く帰りたいから帰宅部かな。
友達が出来たら、一緒に帰る。
それが、一番の楽しみ、になるのかな。


おかしいな。
なんで泣いてるんだろう。










[20870] 十  両親と私
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/10/13 19:15




 父はまじめだった。
まじめが父の取り柄だった。
仕事は休まないし、決してさぼらない。
自分のことをほとんど話さず、会社での愚痴もこぼさなければ、酒に狂うこともない。
贅沢をするわけでもなく、私が欲しいといったものは、最終的には買ってくれた。
私が欲しかったものは、そんなにあったわけでは無かったから、苦では無かったと思うけど。
ギャンブルに溺れることもなく、欲を出さない。
自分を抑えることの出来る立派な人だった。
私は父とは殆ど話さなかったが、その背中は大きく、誇りに思う。
私がどれだけ頑張ってもたどり着けない、大きな力を持っていた。

 母は天才だった。
毎日誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで起きて家事をする母は、やはり私のたどり着けない所にいた。
それだけでなく、知識量が凄まじかった。
料理、花、経営、ニュース、そして『生き方』など。
それらの知識に関しては超人的だった。
何を聞いても真実の答えが返ってくる。
まるで神様のように、全てを知っているようだった。
また、物作りが好きで、家事や生活に役立つ道具をよく作っていた。
発想が豊富で、要領がいい。
車の運転も上手。
ガーデニングが趣味で、家は花にあふれていた。

 二人とも、今でも大好き。

 彼らの力はどこから来ていたのだろうと考えた。
たぶん、生まれ持ったものじゃない。
家族、もしくは娘である私から来ているのだと思う。
私は一人っ子で、生まれたのは、結婚してから結構かかった。
母は言った。
「・・・は宝だよ」
私にも子が出来たら、そう思うのだろうか。
人は誰かと繋がって生きているけど、その線はとても細くて曖昧。
けど、親と子の繋がりは、確かなもので、それは自分を保つもの。
それが、両親の哲学なのだろう。
私には、その哲学を持つのだろうか。

 いや、ない。
この光の入らない部屋がそれを証明している。
他者を拒絶し、一人を選んだ結果がこの部屋だ。
誰かと繋がるつもりなどない。
自分を保つのは、自分の打ちこむ文章だけで十分だ。

 『最初』はそう思っていた。
けどいつのまにか、繋がりを持つことで自分を保つことが自然になってしまった。
『命令』から始まり、喫茶店、上神、エダモト、殺人者と繋がり、私が見えてきた。
この世を否定していた自分は、いつのまにか殆ど消えかけていた。
これから私はたぶん、みんなを好きになるのだろう。



 お父さん、お母さん、ごめんなさい。




 私はたぶん、これから殺されます。








[20870] 十一  ラスボスの最期
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/10/13 23:49
 光の入らない私の部屋だが、いつのまにか音は入るようになっていた。
その日の朝、私は外の小鳥の泣き声で目を覚ました。
珍しく、早起き。
その日は、部屋がやけに静かに感じた。
もともと音の入らなかった部屋だし、いつも静かな部屋だから、少し変だけど。
私は明かりを点けた。
不思議なことに、部屋は綺麗だった。
埃っぽくなくて、物は整頓されていた。
女の部屋にしては、殺風景?
六畳程度の部屋にあるのは、ベッドと机とパソコンと本棚、そして父と母が写っている写真。
新書が二百冊程度入りそうな本棚に入っていた本は、たったの四冊。
夏目漱石の『こころ』ドストエフスキーの『罪と罰』J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』そして、カフカの『変身』。
どれも読んだ記憶がない。
もし帰ってこれたら、読もう。
私は部屋を整頓したい気分になった。
けど、部屋があもりにも整理されているものだから、出来たことは、ベッドのシーツを整える程度のことだけだった。
私はふと何かを思い出したかのように、机の引き出しにある、一冊のノートとペンを取り出した。
中は真っ白なノートだった。
私は、日記を書きたい気分になった。
最初で最後の、たった一日の記録だけど、書きたかった。
これは、その時に書いた。
書き終えたら、服を取り出す為押し入れを開けた。
中には、沢山の服があった。
上神と買った、いろんな服、アクセサリー。
あまりにも散らかっていたから、思わず笑ってしまった。
その中で私は、紫のワンピースを選んだ。
好きになれない服だけど、最期だから。
手で髪を梳かした。
もう髪は腰よりちょっと上まで伸びていた。
まるで、いつか見たあの婦警のようだった。
私は思う。
あの婦警は、私のもう一つの可能性だ。
というか、今、私がなりたい職業がそうなのだ。
人を殺すのではなく、出来れば更生させる。
落書きを消していく過程で、私はそんな感じになっていた。
まだ、ルキやミキみたいな相手にはくそったれって思うけど、まあどちらかと言えばって話で。
私が変わってしまったからかな。
人は変わってしまうんだ。
馬鹿だな、私。
なにこれからのこと考えてんだか。
父と母に「いってきます」と言った。
たぶん初めて。
外に出た。


 桜は殆ど散っていた。
その道で、一枚だけキャッチ出来た。
仮にこの世界がロールプレイングゲームだとすると、私はそのラスボスだ。
沢山の人や生き物が死んだのは、間違いなく私が原因。
星の意思的なものを実行するプログラムだったのかな。
環境を破壊する生物は一つでも多く消せって。
古典的ラスボスらしいじゃない。
私の意思はウイルスのように星を包み、その意思は成就しつつある。
けど、やっぱり最後は負けなきゃ。
せっかくラスボスやってんだから。
逃げ回ったら駄目。
私は帝王だから、堂々と主人公と対峙しなきゃならない。
公園に足を運んだ。
誰もいなかった。
最終決戦のフィールドとしては、なんとも情けないものだが、そんなに遠くまで歩きたくない。
私はベンチに腰を下ろした。
足を組んで、手を組んで、なるべく堂々と、その物語の主人公を待った。
もう『上神』は『出さない』。
あの喫茶店のように視線の向きや意識の向きを支配しない。
裁きを、受けようと思う。
その公園も、静かだった。

 予想通り、そこに現れたのはあの婦警だった。
拳銃を持っている。
私は「よくぞここまでたどりついたな」って言おうと思ったけど、やめた。
ニヤリと微笑む程度にした。
婦警は言った。
「私のお父さんのこと、知ってるのね。その表情から察するに」
私がここに来たのは、エダモトからメールで誘いがあったからだ。
けど、そんなのは嘘なのはわかっていた。
その文章から、私に真実が『向かってきていない』ことくらい『上神』の力で分かる。

「受け入れてくれるのね。自分の運命」

「ああ。もう十分暴れた。これ以上暴れたら、あなたたち勝てないでしょ?」

「ええ、勝てないわ。だから、あなたから出てきてもらわなくてはなかった」

「抵抗はしないわ。抵抗したら、私が勝っちゃうからね」

「ええ。勝つでしょうね。少なくとも、こんな弾丸程度、なんともないでしょうね」

「その銃、お父さんのでしょ?」

「そうよ」

「私『星』だからね。なんでも知ってるのよ」

「そうね」

「・・・・・いいよ。撃って」

「そうする」

 私は全てを受け入れるように静かに目を閉じた。

 発射される音は聴こえた。
けど、なんで命中しない?
もしかして当たったけど、死ぬ時は痛みなんて無いの?
けど、体がある感覚がある。
目も開く。
ゆっくりと開いてみたら、そこには赤髪の女性が立ちふさがっていた。
上神?
彼女は『私』じゃなかったの?
その光景が信じられ無かった。
「あなた・・・誰?」
「誰って、静よ?」
「え・・・でも・・・」
「どうしたの?」
混乱していたものだから、もう何が何だか分からなかった。
彼女は『居る』のか?
「縁(ゆかり)ちゃん!」
たぶん、あの婦警の名だろう。
「静さんなんで邪魔するのよ!」
「この子は殺さないで!」
「消さなきゃだめでしょ?『虚』(うつろ)なんだから」
「もうこの子は更生したわ!」
「更生も何もまだ『第一段階』じゃない。『第二段階』なったら何が起こるか知ってるでしょ。銀河と銀河がぶつかることだってあるのよ?」
「この子は更生したんです!」
「その子は子供よ?いつ暴走するかも分からないわ」
「縁ちゃんだってそうだったじゃない」
「私には情斗(じょうと)が居たわ」
「この子には私が付くわ」
「静さん三日坊主でしょ?」
「いいえ今度こそやり遂げて見せるわ」
「信用できないわ」
「やるわ!私やるわ!」
「だからそれをあたしに信じさせてよ」
「やるったらやるんです!」
「子供みたいにならないでよ。もう50でしょ?」
「45です!」
「そんなところだけに細かいんだから。歳はとりたくないものね」
「縁ちゃんだって35でしょ?」
「あたしは30です。五年も間違えないで!」
「縁ちゃんだって五年間違えたじゃない!」



 スケールがでかいんだか、小さいんだか、かつ私にとっては訳のわからない会話を二人は延々と続けた。
最終的には、私は今回は見逃される形に終わった。
拍子抜けしてしまった。
結局、部屋に戻った私は、ベッドに腰を下ろして、しばらくボーとしていた。

裁かれなかった。

殺されなかった。

死ななかった。

生かされた。

私の考えすぎだったのだろうか。
私は、それほど大きくはなかったのだろうか。
私は、ただの人間だったのだろうか。
そう思うと、恥ずかしいな。
けど、まだ生きている。
しばらく、私はそのままだった。



 帰ってきたら読もうと思っていた本にはまだ手をつけなかった。
私は横になって、そのまま寝た。
明日、読もう…。



 「私の、ばーーーーーーーーーか!!!」








[20870] 十二  来月は六月
Name: 叫芽◆8aff19b3 ID:f5e29a69
Date: 2010/10/13 23:22





 私はふと遺書のことを思い出した。






 そこに書かれてあった「死にます」を「生きます」に書きなおした。












おしまい。










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