証拠改ざんを過失として封印したのは、自己保身と組織防衛のためだったのか--。大阪地検特捜部主任検事の改ざん事件を巡り、犯人隠避容疑で逮捕された前特捜部長、大坪弘道容疑者(57)と、前特捜部副部長、佐賀元明容疑者(49)。主任検事の前田恒彦容疑者(43)に続く、特捜トップとナンバー2の逮捕に、検察内部から「大阪の特捜はお家断絶だ」と悲痛な声も上がり、検察の威信は地に落ちた。
「おれはもっと上に行く」。郵便不正事件の捜査終結後の今年1月6日夜。大坪前部長は飲食店で、事件捜査にかかわった検事ら数人とテーブルを囲んだ。事件談議で盛り上がる中、ある検事が「完全燃焼したでしょ。もう引退しますか」と、大坪前部長に尋ねたところ、こう言って左手で階段を駆け上がるようなしぐさをして見せた。
大坪前部長が郵便不正事件の主任に抜てきした前田検事も話題に上り、検事らは「あの人は十年に一人のすごい人」「捜査のプロ中のプロ」と絶賛。前部長は「おれの右腕や」と可愛がっていたという。
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大坪前部長は08年10月、関西検察の花形、特捜部トップに立ち、就任会見で「『意志があれば貫ける』という気持ちを部下と共有したい」と決意を表明した。普段から「これからの特捜は談合や入札妨害をやるだけでは時代遅れ」と語り、音楽プロデューサー・小室哲哉氏の楽曲著作権に絡む詐欺事件などを摘発。検察上層部は「大坪は時代を読むのがうまい」と評価した。同僚からは、難解な捜査に突き進む姿勢を楽器に例え「大坪ラッパ」と呼ばれる一方で、「強引で緻密(ちみつ)さがない」との評価もつきまとった。
特捜検事として検察の「捜査畑」を歩んできた前部長。05年4月に神戸地検特別刑事部長に就任後、異例の「車庫飛ばし」で逮捕した容疑者から宝塚市長を巡る汚職事件の供述を引き出し、市長の逮捕にこぎつけるなど次々と贈収賄事件を手がけ、特捜部長となった。
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検事らとの会食から24日後、大阪地検内で一連の事件の発端ともいえる騒動があった。
「村木さんは無罪です。前田さんが資料を改ざんした。事実を公表すべきです」。郵便不正事件で厚生労働省の元局長、村木厚子さん(54)=無罪確定=の初公判から3日後の今年1月30日。休日の土曜日にもかかわらず、同僚検事らが佐賀前副部長(当時現職)を呼び出した。前田検事の改ざん疑惑を“告発”し、対処を訴えた。
佐賀前副部長は直後、事件応援で東京出張中の前田検事に電話で確認をしたが、「誤って書き換えてしまった」との返事だったと主張する。その内容は大坪前部長に伝え、前部長は小林敬検事正に同様の報告をしたという。
一方、検事正は「前田検事と同僚検事との間にトラブルがあったが、おさまった」と聞いたという。それぞれの言い分には大きな食い違いもあるが、改ざん疑惑の解明は手つかずだった。最高検の捜査では、大坪前部長らが改ざんの隠ぺいを主導した疑いが浮かんだ。
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特捜部長就任から2年。前田検事が逮捕された先月21日夜、大坪前部長は大阪府内の自宅に、酒に酔った赤い顔で帰宅。自宅前で記者に「最高検はむごい」とこぼし、いつもの強気な姿はなかった。
郵便不正事件の公判で惨敗し、証拠品改ざんの疑いで大阪地検特捜部主任検事、前田恒彦容疑者(43)が逮捕される事態になってもなお、大坪弘道・前特捜部長、佐賀元明・前特捜副部長は取材に一貫して潔白を主張していた。
厚生労働省元局長、村木厚子さん(54)の公判。今年5月になり、重要な供述調書の証拠採用が却下されるなどし、村木さんの無罪が次第に濃厚になってきた。そんな状況だった今年6月、大坪前部長は「この事件の供述は信ぴょう性があるんだ。論告をよく聞いておけ」と記者に語った。
前田検事が逮捕された翌日の先月22日朝は「逮捕まですることないだろう。やりすぎだ」と嘆いた。証拠品改ざんについては「(前田検事は)いろいろやってたら、誤ってフロッピーディスク(FD)のデータを書き換えてしまったようなことを言っていた。でも意図的じゃないってことだ。FDも返してるし、公判に影響もない」と主張した。「書き換えを指示していないか」という記者の質問に、「指示なんてするわけないだろう」とあきれたように否定した。
佐賀前副部長も今年2月中旬、村木さんの公判について「大丈夫。あれは有罪だ」と自信を見せた。1月末の初公判でFDの内容を弁護側に追及され、既に前田検事による証拠改ざんが地検内で問題になっていた。しかし、こうした組織内部の騒動や、それを「過失」と処理したことには一切言及しなかった。
最高検に5日にわたって事情聴取された後の先月30日夜、電話で記者に「黙秘権すら告知されていないのに被疑者扱いだ」と怒りをぶちまけた。「(今年の)1月30日から2月5日くらいまでのことを書いた記録がある。誰に何の件で電話したのかまで備忘録を付けている。おれにとって不利なことも書いているから、信用性は高いはずだ」と主張した。「備忘録や記憶と違う話が出ている」と、マスコミの報道内容にクレームを付けた。小林敬検事正らが「データを書き換えたという報告は受けていない」とコメントしている報道についても「あれはうそだ」と否定した。
大坪前部長とともに逮捕された佐賀前副部長。「面倒見が良い」「頼りがいがある」と部下からの信頼が厚く、将来の大阪地検特捜部長の有力候補と言われていた。特捜部副部長時代は、大坪前部長にしかり付けられた部下をうまくとりなす役割もしていたという。
検事任官5年目の94年、高松地検で香川医大の新薬臨床試験に絡む贈収賄事件にかかわった。
大阪地検特捜部では00~01年、奈良県立医大の医師派遣を巡る汚職事件の主任検事を担当。「捜査は事実を積み上げていくものだ」と語っていた。
毎日新聞 2010年10月2日 東京朝刊