オーウェルにおける革命権力と共産党
(宮地作成・3DCG7枚宮地徹)
(注)、これは、2005年5月に加筆改訂をしたファイルである。カラー画像7枚は、長男宮地徹作成3DCG(スリーディー・コンピューターグラフィックス)である。3Dとは、3次元(3-Dimension)の意味で、立体を表す。まず絵の立体データ(3Dデータ)を作り、配色とその濃淡を決める。それをさまざまな角度から「撮影」して、光線の向き、その影のついたカラー画像を作成する。3DCGについては、徹HP『Grafic World』の画像で、お分かりいただけるかと思う。
〔目次〕
3、共通するテーマ
4、絶望と希望
(関連ファイル) 健一MENUに戻る
『オーウェルにおける革命権力と共産党』電子書籍版
『ドストエフスキーと革命思想殺人事件の探求』3DCG6枚 『電子書籍版』
『ザミャーチン「われら」と1920、21年のレーニン』3DCG12枚
『ソルジェニーツィンのたたかい、西側追放事件』3DCG9枚
『ソルジェニーツィン「収容所群島」』第2章「わが下水道の歴史」
『ソルジェニーツィン「収容所群島」』第3章「審理」32種類の拷問
『「革命」作家ゴーリキーと「囚人」作家勝野金政』スターリン記念運河建設での接点
『レーニン「国家と革命」の位置づけ』革命ユートピア・逆ユートピア小説の系譜
Google検索『オーウェル』 『ザミャーチン』 『ドストエフスキー』
宮地徹HP『Grafic World』 3DCG画像
ジョージ・オーウェルの作品に関する研究、評論は国内外で無数にあり、その評価はさまざまである。インターネットで「オーウェル」を検索すると、33700以上のサイトが出てくる。1984年、世界でオーウェル・ブームが再燃した。オーウェルの分析のしかたはいろいろある。今回私は、東欧革命、ソ連崩壊など社会主義十カ国が一挙に崩壊した事実に基いて、彼が『1984年』で、社会主義とは何だったのか、とくにそこでの革命権力と共産党の実態、本質についてどこまで認識したかを考える。よって、以下は、文学評論というより、彼の思想の政治評論になる。
彼は、イートン校卒業後、大学進学を放棄して、ビルマの警察官になった。その5年間でイギリスの植民地支配の実態を体験し、自らがその抑圧の手先となったことに自己嫌悪を抱いた。そのやりきれなさは、有名な『象を射つ』や『絞首刑』におけるリアルな描写によって、痛切に伝わってくる。大衆を弾圧し、絞首刑にする権力への怒りと批判は、自分がその手先であっただけに、彼の思想の基本となった。帰国後、その反動のように、貧困な労働者たちの中に入り込んで、ルポルタージュを書き、社会主義思想に接近した。
オーウェルは、1945年『動物農場』発刊後、48年に向けて、精力的に『1984年』執筆にかかった。題名は『1984年』となっている。しかし、よく知られているように、「48」を「84」と逆にしただけで、彼の意図は、1948年時点でのソヴィエト神話の本質とスターリン粛清システムを抉り出すことにあった。
「オーウェルにおける革命権力と共産党」というこの文のテーマから彼の3作品を見る。
(1)、『カタロニア讃歌』は、フランコとのたたかいを描いただけではない。反ファシズム側における2つの勢力間の争いについての、現地からの、もっともすぐれたルポルタージュ文学である。内戦の一方であるスペイン共和国政府内で、一つの勢力は、スペイン共産党とスターリン派遣秘密政治警察NKVD、ソ連軍事顧問団2000人、国際旅団だった。ヘミングウェイやアンドレ・マルローは、それに直接参加しなかったが、国際旅団の側に立って取材し、たたかった。もう一つは、マルクス主義統一労働者党のPOUM義勇軍やアナキスト系全国労働連合CNTだった。そして、オーウェルは、POUM義勇軍に参加していて、共産党と軍事顧問団、その警察組織による権力簒奪過程を目撃した。そして、彼らが、反ファシズムでともにたたかっている最中のPOUM、CNTなどの他党派を粛清していく過程を描いた。オーウェルは、その粛清=「共産党による人間狩り」をつぶさに体験し、運よく共産党、その支配下警察に逮捕されずに、夫婦でスペインを脱出した。
反ファシズム側における2つの勢力の対立と争いは、複雑で、なかなか理解しにくい面がある。とりわけ、スターリン時代全体で、オーウェル側の見解はほぼ完全に否定され、抹殺されてきた。しかし、1995年、ケン・ローチ監督のイギリス・スペイン・ドイツ合作映画『大地と自由』が、オーウェルの『カタロニア讃歌』をベースとしてつくられた。それは、スペイン内戦を描いた感動的な作品として、ヨーロッパ映画大賞など国際的に多くの賞を取った。スペイン内戦に興味のある方には、おすすめの映画である。
(2)、『動物農場』において、武装蜂起権力奪取シーンは小説の冒頭だけで、全体はその革命権力の維持・強化システムの形成過程と、権力を簒奪していく「豚族」(前衛党)の腐敗過程をロシア革命史にそって歴史おとぎ話化した。スターリン時代の歴史を念頭において読めば、これほどリアルで、簡潔な歴史小説はないほどである。イギリスでは、もっとも分かり易く、優れた英語文章の小説と高く評価されている。
(3)、『1984年』では、1948年、スターリンの大テロルがその10年前に一段落した時点での革命権力体制が完結、恒久化し、前衛党の絶対的支配とその絶対的腐敗過程が浮き彫りにされる。『1984年』は、オーウェルの作品の中で一番読まれていて、有名である。ストーリーは3部に分かれている。
第一部は、いきなりオセアニア国における徹底した管理システムと「二分間憎悪」の描写で始まる。社会システムの支配者側では、偉大な兄弟(Big Brother=B.B.)と、党中枢の党内局(inner party)と一般党員の党外局(outer party)が描かれ、被支配者側としてプロレ階級(プロレタリア)の生活、実態が対比される。
『1984年』 「二分間憎悪」でスクリーンに現れた「人民の敵」ゴールドスタイン
「裏切り者、背教者」 「あらゆる犯罪行為、サボタージュ、異端、偏向など、
すべて彼の教えから直接とび出したものであった」 「二分目に入ると“憎悪”
は熱狂的なものに高まった」 「 畜生! 畜生め! と絶叫しはじめていた」
第二部は、男女2人を中心に展開する。主人公ウィンストンは、「真理省」記録局で過去の歴史を消去、変造する作業をする党外局党員である。女主人公ジューリアは、創作局の小説製造機を操作する係で、青年反セックス連盟の活動家党員である。2人の恋愛は、純粋な愛情、欲望を禁止する党への反逆であり、それ自体が一つの犯罪的な政治行動だった。それが発覚し、2人は思想警察に逮捕される。
第三部の舞台は、法と秩序を担当する「愛情省」の監獄である。そこでの思想警察・党内局党員オブライエンによる、党員政治犯ウィンストンへの殴打、尋問、自白、拷問部屋や「101号室」での洗脳拷問が描かれる。その洗脳過程は、戦慄すべき人間改造工程である。オブライエンは、「権力とは、人間の精神をずたずたに引き裂いた後、思うがままに新しい型に造り直すということだ」と宣告する。
『1984年』 101号室でのネズミによる拷問 「ネズミが君の顔面に飛び
かかってまっしぐらに食い込む。頬を食い破って舌をがつがつ食うこともある」
「ジューリアにやってくれ! 自分じゃない! 彼女をどんな目に合わせても構わ
ない。顔を八つ裂きにしたっていい。しかし俺にじゃない! ジューリアにだ!」
(歌声)「生い茂る栗の木の下で、俺はお前を売り、お前は俺を売った――」
『1984年』は、革命逆ユートピア小説である。したがって、以下は、ストーリーの分析でなく、オーウェルが1948年時点で到達した「革命権力と共産党」認識を、他の革命逆ユートピア小説と比べて、どう位置づけるかを検討する。ユートピア小説内容は、楽観的なユートピアと、アンチ・ユートピアという2つに分かれる。後者には、ウェルズやハックスリーが入る。三沢佳子著『G・オーウェル研究』の「アンチ・ユートピア試論」では、ウェルズ、ザミャーチン、オーウェルを比較して、突っ込んだ鋭い分析をしている。ここでは、それをさらに限定し、第3分類としての革命逆ユートピア小説の系譜を考える。
その系譜となると、(1)ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(1880)での「大審問官」伝説(『悪霊』も含む)、(2)ザミャーチン『われら』(1921)、(3)オーウェル『1984年』(1948)の3作品である。それぞれが前者の影響を強く受けた内容を持っている。3人ともが「2たす2は4」、または「2たす2は5である」という同じ言葉を一つ使用している。ドストエフスキーは早くも『地下室の手記』で、その言葉を、チェルヌイシェフスキー『何をなすべきか』の革命ユートピア小説批判として提起している。そして、3人ともその言葉によって、革命社会におけるイデオロギーの硬直化と呪縛を象徴させた。
(4)ソルジェニーツィンになると、それは「イデオロギーに呪縛された国家」「ウソによって成り立つ国家」と認識が深まった。ただし、『収容所群島』は、ついに実現し、現存した逆ユートピア的国家権力・共産党一党独裁体制を描いたものである。よって、逆ユートピア小説の範疇には入れない。しかし、当然ながら、3人にはかなり相違もある。逆ユートピアを想定するにしても、作者の現実的政治体験に拘束されるからである。
(1)、ドストエフスキーは、フーリエの社会主義思想に共鳴し、ペトラシェフスキー事件に連座し、ツアーリによる死刑執行芝居、シベリア流刑を体験した。ナロードニキの運動も激化し、そのテロリズム、裏切者死刑事件も見聞した。彼は、革命権力下での直接体験をしていない段階で、ナロードニキの革命思想と運動が、そのまま発展し、権力を奪取したとき、革命権力と国家宗教とが合体した最高権力者像「大審問官」が生まれることを想定した。「われわれ」という支配党派による独裁体制の出現を洞察した。
『大審問官』 15世紀すぎて再び現われたキリストと、彼を捕らえた大審問官
「人々がわれわれのために自由を放棄し、われわれに服従するときこそ、
はじめて自由になれるということを、われわれは納得させてやる」
(2)、ザミャーチンは、1905年、オデッサでの労働者ストライキと戦艦ポチョムキン反乱を目撃し、ボリシェヴィキになり、1917年後はゴーリキーとともにソ連文学運動の中心として活躍した。しかし、レーニンの言論出版の自由抑圧政策、レーニン直属秘密警察チェーカーによる他党派逮捕、拷問、銃殺や国家の管理体制強化を体験するにつれて、レーニンとチェーカーへの批判を強めた。それへの批判を込めたSF短編小説をいくつか発表した。1921年、クロンシュタット・ソヴィエト反乱を直接体験した。レーニンによるクロンシュタット55000人にたいする武力鎮圧、大量虐殺、強制収容所送りを見聞きし、『われら』を書いた。これは、ソ連内部における初めてのレーニン批判文学作品だったが、それにより逮捕される。
(3)、オーウェルは、1936年末からスペイン内戦にPOUM義勇軍に参加してたたかった。しかし反ファシズム勢力内部でのスターリン、コミンテルン・スペイン支部(共産党)、派遣NKVDによるPOUM抑圧、非合法化、武装解除、幹部の逮捕・監禁・銃殺などの人間狩り(オーウェル『評論集』の言葉)を直接体験し、幸運にも共産党支配下警察に逮捕されずにスペインを脱出した。スペイン内戦参戦時も、イギリス帰国後も、彼はPOUMへのいわれなき非難・攻撃と、ソヴィエト神話を信奉するイギリス左翼に強烈ないきどおりを感じる。『カタロニア讃歌』(1938)に続いて、『動物農場』(1945)を完成させたのも、その想いからだった。スターリンの大テロル、モスクワ見せ物裁判、NKVD支配の思想警察国家への批判は『1984年』に結実した。
革命逆ユートピア小説とは、3人が体験したそれらの革命思想、革命実践、赤色テロル、秘密政治警察、完結した恒久的権力システム下に普遍的に存在する恐怖の所産である。
3、共通するテーマ
3人に共通するテーマは、「革命権力とその維持システムとしての共産党」である。ドストエフスキーの場合は、レーニンの前衛党ができる前の1880年なので、党とは、『悪霊』ナロードニキの党基礎組織五人組、『大審問官』の支配者組織「われわれ」である。ただ、私の考えとして、レーニンの前衛党とは、(1)ヨーロッパ・マルクス主義思想と、(2)ロシア・ナロードニキの裏切者死刑・中央集権制軍事規律を取り入れ、(3)それに単独武装蜂起後の少数派ボリシェヴィキによるチェーカー、という3要素を統合したものである、という判断である。レーニン・ジェルジンスキー直属秘密政治警察チェーカー28万人システムは、1917年11月選挙での議席獲得率25%政党が一党独裁権力を維持する上での絶対必要機関だった。よって、ドストエフスキーの洞察はナロードニキの実態に基いており、レーニン批判に直結する一側面を持つという立場である。この系譜については、HPで、最初に『ドストエフスキーと革命思想殺人事件の探求』を書いた。次に、長文の『ザミャーチン「われら」と1920、21年のレーニン』を載せた。
第一、革命は、恒久的な、別の支配・被支配体制を完結させる
革命によって、以前の階級関係はなくなる。しかし、革命権力は別の支配・被支配関係を作り、それを恒久化させる。
『大審問官』で、ドストエフスキーは、「自由」を差し出す群衆と革命の獲得物を簒奪する大審問官ら支配党派「われわれ」への分裂を見通した。
『われら』で、ザミャーチンは、最高権力者・異端派死刑執行人「恩人」と秘密警察「守護局」などを支配体制とした。その「恩人」は、「堂々とした4角い額」と「ソクラテスのように禿げた頭」を持っている。「守護局」を意図的に誇張した描写を含め、これは1920、21年のレーニンとチェーカーを模した。
『われら』 「恩人は、ソクラテスのように禿げた頭をもった男で、
その禿げた所に小さな汗のしずくがあった」 「その方の巨大な
鉄の手は、自分自身を押しつぶし、膝を折ってしまっていた」
「彼ら(反逆者)は、みな恩人の処刑機械に至る階段を昇るであろう」
『1984年』において、支配者は「偉大な兄弟、Big Brother (B.B.)」、党内局党員、党外局党員という15%である。被支配者は85%という圧倒的多数のプロレ階級である。階級をなくし、すべてを平等にするとした革命社会は、またたく間に、特権化した15%の独裁政党が85%を支配する別の階層社会に変質させられる。
『1984年』 「偉大な兄弟があなたを見守っている」
「党への忠誠を除けば、愛もなくなるであろう、“偉大な
兄弟”への愛を除けば」 (党の3つのスローガン)「戦争
は平和である 自由は屈従である 無知は力である」
第二、革命逆ユートピア権力維持システムの多様性
ザミャーチンはロシア革命内部での直接体験、オーウェルはスペイン内戦直接体験とスターリン大テロル、モスクワ見せ物裁判の情報から、緻密なシステム分析をしている。そのいくつかを見てみる。
(1)、絶えざる敵の製造=ねつ造である。架空の「人民の敵」が大量に存在しなければ、小数派の一党独裁権力を維持できないからである。それへの怒り、憎悪、恐怖を煽り立てることが大切で、『1984年』での「二分間憎悪」は、それを象徴している。
(2)、独裁政党党員も含め、全国民への監視・管理技術は極限まで発達させられる。「守護局」「思想警察」を軸として、街頭録音機、空からの監視、全戸につけられた傍受信用のテレスクリーン、通信開封、スパイ団結成と密告の奨励などである。
(3)、生活だけでなく、思考の管理・統制は完璧になる。生活時間管理、セックス管理は言うに及ばず、『1984年』では「二重思考」による思考統制、「ニュースピーク(新語法)」という権力による言語管理も徹底する。『われら』では、「諸君は病気なのである。その病名は想像力である」として、想像力機能を持つ「脳神経節摘出手術」を全員に強制した。
『われら』 「全員急いで大外科手術を受けよ、恩人万歳!」
「私も、想像力摘出手術証明不携帯のかどで逮捕され、
テーブルに縛りつけられ、大手術を受けさせられたのである」
(4)、異端派処刑は絶対に必要な行事となる。『大審問官』では、異端派百人を火焙りにした。『われら』において、「恩人」は、異端者をまず「ガス室のガラスの鐘」に入れて自白させる。次に「立方体広場」で見せ物として異端者への処刑機械レバーを押す。『1984年』では、思想警察が主人公を拷問機械にかけ、自白だけでなく、異端思想を徹底して改造する。人間改造がすんだ後に、銃殺が待っている。これは、オーウェルのモスクワ裁判システム研究に基く、戦慄すべき描写になっている。
第三、「権力のための権力」こそが、革命権力維持強化の目的である。
ドストエフスキーとザミャーチンは、権力の目的を「国民に幸福を与える、そのかわりに自由を剥奪する」と規定した。幸福と自由を二律背反とし、権力は自由を差し出さない者を異端として処刑する。
オーウェルは、スペイン内戦での「人間狩り」を体験して、政治の目的、権力の目的をスペイン、ソ連の現実から探求した。その結論を小説の終盤で、党内局党員・思想警察オブライエンに語らせる。「いったい、なぜわれわれは権力を望むのか。……答えはこうなのだ。党はもっぱら権力のために権力を追求するのだ。われわれは他人の利益には関心がない。つまり、ひたすら権力だけに関心があるのだ。富でも、ぜいたくでも、長生きでも、幸福でもない。ただ権力、純粋な権力にだ。――権力は手段ではない、目的なのだ」。これがオーウェルの「革命権力と共産党」認識の到達点だった。彼においては、前者2人の「自由剥奪の代わりの幸福保障」さえも存在できないとして否定されてしまう。
彼は、人間のさまざまな欲望のなかでも、権力欲こそ、抑制のきかない、絶えざる強化を強制する欲望と位置づける。自己目的化した権力欲は、その強化、絶対的集中、独裁化しつつ、一方でその絶対的腐敗化を進行させる。その「権力のための権力」を遂行するオーガニズムは、絶対的服従規律に固められた共産党だった。
第四、革命権力は、「個」の抹殺を通じて、恒久体制となる
『悪霊』で、「(支配者以外の)他の十分の九は人格を失って、家畜の群れのようになり、絶対の服従のもとで、何代かの退化を経たのち、原始的な天真爛漫さに到達すべきだというのですよ」と、ドストエフスキーは、完結した体制を洞察した。「個」の主張、個人的行動は「革命権力とナロードニキ党派」への異端行動となる。
『われら』において、主人公D-503号は「覚え書」を40まで書くが、すでにこれは反逆行動で、I-330号との恋愛もそうである。彼は「覚え書」にこう書いた。「私でなく<われら>である。<われら>は神に、<われ>は悪魔に由来する。すべての人も私も単一の<われら>なのであるから」。
『1984年』でも、主人公ウィンストンは日記帳を買い、書くが、その行為がテレスクリーンに見つかれば、強制収容所送りになる社会である。党員は全員が、極度に簡略化された統一規格言語「ニュースピーク」で話し、同じスローガンを叫び、二重思考「ダブルシンク」をしなければ、直ちに密告され、思想警察に逮捕される。拷問室での洗脳拷問過程で、オブライエンは言う。「党を倒す方法はないのだ。党の支配は永久なのだ」。オーウェルにおいては、「権力のための権力」党は、独裁権力維持・強化のため、支配者側にいる全党員の「個」の抹殺をも極限まで遂行するマシーンとなったのである。
『1984年』 「ウィンストンは公開裁判の被告席に立ち、
一切を自供し、見境もなく他人を告発していた」 「自分の
後ろには一人の武装看守が従っていた。長い間、待ち侘び
ていた弾丸が、自分の頭蓋骨を貫いて行くところであった」
4、絶望と希望
3人の作品とも、「権力のための権力」党を打倒する展望を見せないままで、小説が終わっている。
しかし、『大審問官』では、大審問官の一人しゃべりにたいして、沈黙したままで追放されるイエスは心の抵抗を示している。
『われら』では、反乱は鎮圧されたとしても、「緑の壁」西側の原始人類とそのエネルギーの存在が描かれていた。
『1984年』では、権力党内部での改革、最高指導者打倒展望がない絶望的状況を見据えつつも、圧倒的多数の被支配・プロレ階級のたくましい生命力に、唯一の希望を示唆している。
「緑の壁」西側とプロレ階級の圧力によって、かつ、基本要因としては絶対的権力内部で発生する絶対的腐敗によって、現存した一党独裁国家とレーニン型前衛党が十カ国で一挙に崩壊するまでには、『われら』から70年間、『1984年』から43年間、「権力のための権力」党は、その粛清システムと絶対的独裁を続けていた。その間、ソ連では推定4000万人、東欧で100万人が粛清の犠牲になった。プラハの春においては、共産党員50万人が除名され、職場から解雇され、追放された。
同じ時期に、ヒットラーは、ユダヤ人絶滅のホロコーストで600万人を虐殺した。スターリンの犯罪規模は、その7倍にもなり、信じ難いとする人もいる。粛清規模のデータは多数出ているが、ロイ・メドヴェージェフの資料は信憑性が高いと評価されている。それは、塩川伸明教授が『終焉の中のソ連史』(朝日選書、1993年)に載せた。
(表)、メドヴェージェフによる「スターリニズムの犠牲」の推計
時期 |
事項 |
逮捕・流刑・強制 移住にあった者 |
うち死亡 |
1920年代末 |
党内反対派 |
数万 |
?(多くが一旦許されるが後処刑) |
1920年代末 〜30年代初め |
ブルジョア民族主義者、ブルジョア専門家、ネップマンなど |
数十万 |
?(スターリン後の釈放まで 生きのびたのは数万か) |
1929〜32年 |
富農撲滅 |
1000万 |
?(苛酷な条件下で生きのびた) |
1933年 |
飢饉 |
|
600万 |
1935年 |
キーロフ暗殺後の旧分子摘発 |
100万 |
? |
犠牲者小計 |
|
1700〜1800万 |
1000万 |
1937〜38年 |
大テロル |
500〜700万 |
死刑100万+獄死? |
1939〜40年 |
西ウクライナ、西白ロシア、バルト3国などの伴合 |
200万 |
? |
1941年 |
ドイツ人の追放 |
?[200万弱] |
? |
1942〜43年 |
カルムィク人、チェチェン人、タタールなどの追放 |
300万 |
100万以上 |
戦中〜1946年 |
ドイツ占領時の占領軍協力 |
500万 |
? |
1947〜53年 |
レニングラード事件コスモポリタン狩り、その他 |
100万 |
? |
総計 |
|
?[4000万] |
? |
(注)、飢饉の死者を含む。大テロルのうち党員約100万、除名されていた元党員約100万、非党員300〜500万。出典名は1988年出版のロシア語資料のため省略。
ソルジェニーツィンは、この世に実現した「労働者の楽園、レーニン・スターリンの偉大な革命偉業」が、実は、「『下水道』創設者レーニンと、その忠実な継承・拡大者スターリンによる収容所群島」という、現存する逆ユートピアであったことを、無数の、詳細な裏付け証言で暴露した。さらに、3人の誰よりも、克明に、事実に基づいて、共産党が行う32種類の拷問・審理という権力維持システムを公表した。そして、ソ連国家、ソ連共産党、全マスコミあげての攻撃を受け、それとたたかい、ついに西側に追放された。
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(関連ファイル)
『オーウェルにおける革命権力と共産党』電子書籍版
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『ソルジェニーツィンのたたかい、西側追放事件』3DCG9枚
『ソルジェニーツィン「収容所群島」』第2章「わが下水道の歴史」
『ソルジェニーツィン「収容所群島」』第3章「審理」32種類の拷問
『「革命」作家ゴーリキーと「囚人」作家勝野金政』スターリン記念運河建設での接点
『レーニン「国家と革命」の位置づけ』革命ユートピア・逆ユートピア小説の系譜
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