有機農業は自然を破壊する。

農業は本質的に自然を破壊する行為である。その破壊の軽減化にとって,いわゆる有機農業と農薬の使用とは決して対立する概念ではない。有機農業は自然への負荷を減らすことにより,農薬は農地そのものを減らすことにより自然保護に貢献する。重要なのは互いに補完しつつその時点でもっとも良い回答を見つけだす努力である。

【00/09/10作成】

農業は本質的に自然を破壊する行為である。西日本であれば豊かな照葉樹林となるべき土地を,水田や畑や果樹園などという不自然な形に変えてしまう。

農業にとって自然破壊がその本質であるとしたら,その破壊を最小限にとどめる努力をしなければならない。多くの人々がその回答をいわゆる「有機農業」に求める。有機農業は自然を破壊する度合いが少ないだろうと考えるためである。しかし,農業による自然破壊を少なくするためには,農地そのものを減らすのが効率的である。その意味で農薬こそが日本の自然を守っているといえる。

よく現在の化学肥料と農薬に頼った農業は自然環境に対する負荷が高く,持続性が低いため,昔の有機農業にもどるべきであるとの発言を耳にする。はたして,理想の有機農業を行われていた昔とはいつの頃なのだろう。稲作について考えてみる。

以下に,米の反収(10アールあたりのkg収量)の年代別変化を示した。引用した文献は,農林水産省農産園芸局農産課監修「日本の稲作」,地球社(1984年)である。

年代
反収(10アールあたりのkg収量)

奈良時代

100

江戸時代から明治初期

200

明治中期

200

明治後期

200〜250

大正期

250〜300

昭和初期から終戦直後

300

昭和20年代

300-350

昭和30年代

350-400

昭和40年代

455-480

昭和50年代

500

現在

600

有機農業としての米作は江戸時代の元禄期に完成した。当時の反収である1.28石は明治中期までほとんど変化していない。もちろん,新田開発はその後大きく進み米作に適さない水田も増えたであろうから,不断の技術的進歩は大きい。江戸期の農書(たとえば,佐藤常雄「日本農書全集,江戸の農書」,農山漁村文化協会)をみると,多くの篤農家の努力により「理想の有機農業」が実現していたことがわかる。しかし,その反収は現在の1/3に過ぎない。有機農業では反収200 kgが限界なのである。明治後期以降の反収の増大は無機肥料および有機肥料(油粕等の金肥)の施用量の増加によるところが大きい。

全ての産業と同様に,稲作もシステムとして成立している。昔に戻ろうにも,有機農業に最適であった種籾の入手は困難であり,田植えのための組織もすでに存在しない。草取り車も牛に引かせる犂も博物館にしかない。農耕馬用の草鞋を編む爺さんもいない。これらは,昭和40年頃には辛うじて存在していた。現在の稲作は農薬の使用を前提として成立している。田植えの時期も,田植え機の条間が通常30cmであることも,栽培されている品種も農薬の存在を前提としている。

仮に,有機農業の行われていた明治初期の稲作に戻るなら水田は現在の3倍必要になる。そのためには,森林を開墾し,水源を確保し,ため池を掘り,ついでに野壺も掘らねばならない。そして,その許容量を超えた開発に対し,自然は洪水や旱魃で報復を加えることになる。有機農業で収量を増やそうとした北朝鮮がその好例である。洪水のみならず,1980年代に日本で問題となり優秀な殺虫剤の開発で静圧された外来害虫イネミズゾウムシがいまだに猛威をふるい,国を疲弊させている。

持続性をいうなら米作ほどこれに適した作物はない。無機肥料をうまく使った米作には100年余りの歴史がある。今後,反収が増えることがあっても減ることはまず考えられない。持続可能性は米国のような歴史の浅い農業でのみ大問題となる。

畢竟,農業による自然破壊を最小限にとどめるとの基本姿勢のもとで,農薬を使用する農業といわゆる有機農業とは決して対立する概念ではない。互いに補完しつつ,その時点でもっとも良い回答を見つけだす努力が必要なだけである。農薬であれば,できるだけ自然に対する悪影響の少ない剤を開発するのが私たち農薬化学者の使命といえる。

仮に,農薬の存在に対して本質的に対立する有機農業があったとすれば,それは「有機農産物というラベル」で収入を得るための「にせものの有機農業」にすぎない。そして,その宣伝に惑わされて昔の有機農業を理想とする奇妙な考えが生まれたのであろう。自然破壊を是認する有機農業に存在意義などあるはずがない。

 

【著者補注】著者は,環境に対する負荷が極めて小さく有機農業でも使うことのできる農薬のリストを充実させることが「日本の自然を守る有機農業」にとって最も効率的と考えている。これについて別に議論したい。

 
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