2009年04月11日

聖母たちのララバイ逝く!

昭和63年(1988)の 今日 4月11日は
作曲家

木森敏之【きもり・としゆき】

が 亡くなった日

代表曲 は

【聖母(マドンナ)たちのララバイ】

大ヒットしたのに レコ大に ノミネートされなかった のは 何故か?

そして 日本中を騒がせた 盗作事件とは?

そして 早すぎた40歳の死

木森敏之は

元々 CMソングの 作曲や 編曲家として 活躍


ツイストが 歌った

【燃えろいい女】
の 印象的な 前奏は 木森の アレンジ


昭和56年(1981)から 歌謡曲の 作曲をするようになり

竜真知子作詞

杉村尚美の

【サンセットメモリー】を 作曲し
認められます

そして 同じ年
昨日 音辞苑 で 紹介した

作詞家 大津あきら と コンビを組み 中村雅俊に

【心の色】

を 作曲

この歌が 大ヒットしました


そして 昭和56年(1981)


スタートした、ドラマ

【火曜サスペンス劇場】

の 作曲の依頼が来ます


木森は オープニングの 予告編

さらに CMに 行く前のジングル

を 作曲しました
火曜サスペンス劇場と 言えば

【聖母たちのララバイ】

実は 最初は

エンディング主題歌として 1コーラスだけ 歌詞が つけられ放送 音源化の予定は なかったんです

ところが ドラマの人気とともに

局に 問い合わせが殺到

そこで 急遽 番組から 200枚限定でプレゼント が決定
ところが 応募は予定外の 28万枚
そこで 昭和57年(1982)5月

シングルとして 発売 されました

作詞は 山川啓介
(さあ眠りなさい 疲れきった 体を投げ出して

ああ 出来るのなら 生まれ変わり あなたの母になって 私の命さえ 差し出して あなたを 守りたいのです)

山川は、生まれ変わりのフレーズに 犯罪をおかした 犯人への メッセージを 込めました

こうして 岩崎宏美の 歌で 発売されると 大ヒット

早くも レコード大賞 の 声が上がります

ところが この年
ジョン スコット と 言う作曲家が来日 火サスの予告編の音楽、CM前の音楽

さらにヒットしている 【聖母たちのララバイ】
を 聴いて

自分が作曲した 映画【ファイナルカウントダウン】
に 似ているのでは? と 調査のため 来日

取材陣が 木森の元を 訪れると

木森は 映画

【ファイナルカウントダウン】

の 音楽のスコアから 一部盗用していたことを 認め


さらに
【聖母たちのララバイ】

の 出だし

(さあ眠りなさい)
の部分も 参考にして作られ

サビの

(この街は 戦場だから〜)

は 木森の オリジナル だと判明

これが 波紋を広げ

外国の曲は レコード大賞には ノミネートされない 決まりから 幻の大賞候補曲となってしまいました

その後 木森は

世間の風当たりと戦いながら

火サスの 第二期 エンディング
【家路】

第三期 エンディング

【橋】を作曲

いずれも 山川 岩崎 コンビ

その後も 映画 ドラマ アニメの 主題歌を 作曲していましたが

昭和63年(1988)
の 今日 4月11日
急性肺炎のため40歳の若さでこの世を去りました


亡くなってから
映画の音楽を

ふくらませて
これだけの 歌を作った と 評価が 高まりました


ところで

昨日ご紹介した

大津あきらとの コンビで 作った
【心の色】

の 歌碑 は

大津あきらの 故郷 山口に あるそうです

不思議なことに
亡くなった年代は 違いますが

命日が 1日しか

違わないんですね

しかも どちらも 40代で 亡くなりました


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この記事へのコメント
40才の若さで亡くなったとは、残念ですね。
昨日の大津さんといい、才能ある人なのに、もったいないです。
Posted by コッココッコ at 2009年04月11日 15:12
やはり 名アレンジャーだったからこそ 外国の曲の 一部を これだけ 大きな 歌に したんですから

色々 意見はありそうですが

僕は やはり 天才だと 思いま

【聖母たちのララバイ】


作詞 山川啓介

作曲 ジョン スコット 木森敏之

と クレジットされてましたが

最近では 歌本とか CDに

作曲 木森敏之

と なっていることも 多く


やはり木森のオリジナル として

評価されている 証では ないでしょうか
Posted by メトロ at 2009年04月11日 16:24
宏美ちゃんのレコードはほとんど持っていたけど、このマドンナたちのララバイは集大成みたいな曲でしたね~
火サスは この時代だけは夢中で見てた記憶があります。
Posted by くろすけくろすけ at 2009年04月11日 16:26
うちの母親は 火サス よく 見てました


昔 岩崎宏美が 生放送?

で 泣きながら

聖母たちのララバイ

を 歌っていたことがあったんですが


もしかしたら

木森が 亡くなった 直後だったのかも
Posted by メトロ at 2009年04月11日 16:38
自分も、木森敏之、大津あきらの二方の命日が1日しか変わらないと言うのには、運命的な何かを感じていたところです。
木森さんの楽曲は、スケールが大きくドラマチックな旋律があると思います。
西郡よう子『この愛に生きて』、因幡晃『ヴィオロンの響き』、ちあきなおみ『Again』、パティ『明日…咲く』、シュガー『サーカスゲーム』、サーカス『テンダネスを抱きしめて』、森川美穂『赤い涙』、宮内タカユキ『流れ星銀』など、どれもその旋律は印象に残るものばかりです。
例の『聖母たちのララバイ』も、色々ありましたが、そこ以外は自分で作っているし、それで評価が変わるものじゃないですよ。
ところで、カラオケやメディアなどで、大森敏之と表記される事がありますが、あれは何とかならないものでしょうかねぇ。
仮にも紅白歌合戦歌唱楽曲を手がけた方ですから、そんな方の名前を間違えるのは、失礼かなぁと感じるんですよねぇ。
大津さんの“大”に引っ張られるのかなぁ(笑
大森俊之と言う方もいるから、それとも混同しがちですしねぇ(笑
Posted by Gemini.... at 2009年04月26日 04:37
たしかに 大森の 表記 ありますね
大森としゆき さんって 言う 別の作曲家が いらっしゃるはずです

だから 表記を 正しくしないと
Posted by メトロ at 2009年04月26日 11:32
プロレスラー・三沢光晴の衝撃的な死から、幾日か経ちますが、未だに信じたくない思いがあります。
しかしながら、現実もまた受け止めています。
三沢さんの魂は、木森敏之作曲の入場曲『スパルタンX』とともにこれからも語り継がれていくものと思います。
Posted by Gemini.... at 2009年06月25日 21:40
三沢さんの入場テーマそうだったんですか〜


ジェミニーさんは 格闘技も詳しいんですね


p(^-^)q
Posted by メトロ at 2009年06月25日 22:37
『スパルタンX』はキース・モリソン名義だけどね。
プロレスの入場曲と言えば、今は亡きジャンボ鶴田の『J』、これもなかなか格好良い曲だけど、作曲を手がけたのはジャズピアニストの今は亡きコルゲンさんこと鈴木宏昌。
その前に使っていた『ローリング・ドリーマー』も川口真作曲でなかなか格好良い曲で、確か喜多條忠作詞の詞で鶴田さん本人が歌ってもいたりします。
プロレスの曲もなかなか名曲が多いと思います。
Posted by Gemini.... at 2009年06月26日 19:37
鈴木宏昌さんも 早かったですね
機会があったら 取り上げたいですが


アニメソングの作曲もしていました
Posted by メトロ at 2009年06月26日 20:16