「小屋知幸のビジネストレンド研究所」

小屋知幸のビジネストレンド研究所

2010年10月12日(火)

不発に終わった団塊退職特需

眠れる金融資産“900兆円”のシニア市場を切り開け!

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 概して百貨店業界では、シニア市場を魅力的ととらえる向きは少ない。確かにシニア世代は消費に慎重であり、並大抵のことでは財布のひもを緩めてはくれない。だがシニア世代の急増および若年層の百貨店離れという市場の流れに棹差して、百貨店ビジネスが生き残っていけるとはとても思えない。

 三越に限らず、多くの百貨店が顧客の若返りを重要課題としている。しかし実際のところ百貨店の「顧客若返り戦略」が、業績の改善につながった例はとぼしい。無理に若者市場を追いかけるのではなく、難しいと言われるシニア市場を切り開くことこそが、百貨店の生き残る道と認識すべきである。

若年層への未練が断ち切れないテレビ業界

 テレビ業界の状況も、百貨店業界と似たところが少なくない。現在のテレビ視聴者の圧倒的多数はシニア世代だ。NHK放送文化研究所の調査データによれば、20歳代の1日当たり平均テレビ視聴時間は、2時間程度にすぎない。これに対して60歳代の平均視聴時間は、4時間を超えている。さらにシニア世代の人口が若年世代よりも大きいことをふまえれば、テレビの視聴率がシニア世代によって支えられていることは明白である。

 にもかかわらずテレビ業界では、20代女性を「F1層」として最重視する“F1神話”が今も健在だ。テレビ業界はテレビから離れつつある若年層を追いかけ、いまだに若者向けの番組をつくり続けている。

 かつてのテレビ業界はトレンディドラマなどで、若年層の消費意欲を刺激するイメージを形作ってきた。そして若者市場をターゲットとするスポンサーの支持が高まり、テレビ業界は多額の広告費を獲得することができた。おそらくテレビ業界は、過去の成功体験が忘れられないのであろう。

 だが時代は変わった。テレビ業界は、かつて若者市場開拓の先兵となったように、今後はシニア市場開拓の役割を担わねばならないはずだ。シニア世代に対し、魅力的なライフスタイルを提案できるような番組をつくることこそが、テレビが生き残る道であろう。

シニア消費が日本を救う!

 前述の通り、60歳以上のシニア世代は900兆円もの金融資産を保有している。だがシニア世代にとって魅力的な使い道が少ないこともあり、この資金の大半は預貯金に滞留している。さらにこの預貯金は国債に形を変え、政府の借金の穴埋めに使われているのが実態である。

 これに関して、筆者が考える今後のシナリオは以下の通りだ。シニア世代が持つ“900兆円”が有効に使われるのであれば、個人消費が活性化し、日本経済は成長する。そして税収が増え、国家財政は破綻を免れる。いっぽうこの“900兆円”が死蔵されたままならば、日本経済は衰退し、税収はますます減少し、国家財政は破綻に至る。その結果、国債のデフォルトにより、虎の子の“900兆円”も焦げ付いてしまう恐れがある。あるいはハイパーインフレにより、“900兆円”の金融資産が紙くず同然になることも考えられる。

 衰亡の淵にある日本経済にとっては、国民の長年の努力の結晶とも言える個人金融資産こそが、残された「希望の光」と言える。日本経済を再活性化するためには、この“900兆円”に働いてもらう必要がある。

 シニア世代が持つ金融資産を生かす方法としては、シニア世代の消費を促す方法と、生前贈与の優遇などによって若年層への所得移転を促す方法が有効である。両者ともに重要であり、官民が知恵を絞る必要がある。

 このように書くと、伝統的な価値観が根強いシニア世代からは、「無駄遣いによって、国が良くなるわけがない」との反論があるかもしれない。だがシニア世代が人生を謳歌し、そのために良いものを食べたり、良いものを着たり、社交を活発化したりすることは、決して無駄遣いではない。むしろ魅力的な社会の在り方と言えるのではないだろうか。

 そして企業は日本市場を見捨てて新興国に“逃げる”だけではなく、シニア市場を開拓するためにもっと知恵を絞るべきであろう。シニア世代に対して魅力的なライフスタイルを提案し、シニア世代の生活を豊かにする商品・サービスを提供することも、企業の重要な使命であると認識すべきではないだろうか。




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著者プロフィール

小 屋 知幸(こや・ともゆき)

小 屋 知幸セレンディップ・ラボ代表取締役。日本総合研究所主席研究員などを経て現職。経営コンサルティング業務の傍ら、鋭く“現代を斬る”著作 を発表しているほか、個人投資家としても活躍中?。著書に「こころの価値を売る世界にただひとつだけの会社」「お払い箱のビジネスモデル」(ともに洋泉社)などがある。1963年生まれ。群馬県出身。早稲田大学卒。


このコラムについて

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 ビジネスの奔流の中ではあらゆる事象が浮かんでは消え、猛烈なスピードで我々の目の前を通り過ぎて行きます。ただしビジネストレンドに も「王道」と「邪道」があります。ビジネスの荒波に立ち向かうためには、時代の“本流(王道)”を捉えて、その流れに乗ることが重要で す。ビジネストレンド研究所では、降り注ぐ情報の雨の中から、時代の“本流”へと進む流れを見出していきたいと考えています。

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