伽藍の世界

伽藍からバザールへという話を、「どうしたら革命を起こせますか?」で書いた。

『残酷な世界~』で述べたけれど、伽藍(閉鎖空間)とバザール(開放空間)ではゲームのルールが違う。

バザールは参入も退出も自由だから、相手に悪い評判を押し付けてもあまり効果はない。悪評ばかりの業者は、さっさと廃業して、別の場所や別の名前で商売を始めるからだ。

バザールでは、悪評と同様に、いったん退出するとよい評判もゼロにリセットされてしまう。だから、たくさんのよい評判を獲得した業者は、同じ場所にとどまってさらに評判を増やそうと考える。顧客は評価の高い業者から商品やサービスを購入したいと考えるから、これがいちばん合理的な戦略なのだ(ネットオークションがその典型だ)。

バザール空間でのデフォルトのゲームは、できるだけ目立って、たくさんのよい評判を獲得することだ。だからこれを、ポジティブゲームと呼ぼう。

それに対して閉鎖的な伽藍空間では、いったん押し付けられた悪評はずっと付いて回る。このゲームの典型が学校でのいじめで、いったん悪評の標的にされると甚大な損害を被るから、できるだけ目立たず、匿名性の鎧を身にまとって悪評を避けることが伽藍を生き延びる最適戦略になる。これが、ネガティブゲームだ。

それでは実際に、伽藍の世界を見てもらおう。これは日経新聞2010年9月16日付夕刊に掲載された、「経済今昔物語」という記事だ(画像をクリックで拡大)。

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2枚の印象的な写真はどちらも日本航空(JAL)の入社式で、上は2010年、下が四半世紀前の1986年に撮影されたものだ。

キャプションにもあるように、現在の入社式では、新入社員は男も女も黒のスーツに白のシャツで、靴や髪型までほとんど同じだ。これは、会社が定めた服装規定ではない。新入社員たちが、誰の指導も受けず、伝統や慣習とも無関係に、自分たちだけで(自生的に)I生み出した秩序だ。

それに対して86年の入社式では、タータンチェックやワンピース、白のハイヒールも当たり前で、髪型もさまざまだ。「人類は時代とともにより自由になっていく」という楽観的な進歩史観からすれば、この2枚の写真は衝撃的だ。なぜこんなことになってしまうのだろう。

新しくJALに入社する若者たちを支配するルールは一目瞭然だ。

他人と同じことをして、けっして目立たないこと。

彼ら/彼女たちは、このネガティブゲームの掟を学校という伽藍空間で身につけた。「会社」という新たな伽藍空間に入っていくに際して、同じ掟に従うのは当たり前なのだ。

ここに、今の日本を覆う閉塞感の正体がある。

バブルの絶頂期へと向かう86年には、伽藍にはまだ拡張の余地があった。だが「失われた20年」を経て、学校も会社も、さらには日本という社会もより閉鎖性を強めていった。経営破綻したJALが日本の縮図だとすれば、黒のスーツに身を固め、ひとよりも目立つことをなによりも恐れる、ネガティブゲームに習熟した新入社員たちの姿は、私たちの自画像なのだ。

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伽藍の世界 への6件のコメント

  1. ピンバック: TwiLink » 【2010/10/11 6時~12時】 twitterで人気のあったURLトップ30

  2. T より:

    初めまして。最新著書も拝読致しました。

    一見、唐突な(聞き慣れない)比喩表現とも受け取れる「伽藍とバザール」、元ネタはEric Steven Raymond の著書「The Cathedral and the Bazaar」でしょうか?

    ある方面からの悪評は、他方(例えばその対抗勢力)からは良い評価である事は空間の性質に拘らず存在し、その辺りの禍福的な要素も盛り込んだ議論の展開をも期待します(例えば、閉鎖空間での短期的な評価の善し悪しを気にせず、とにかく振れ幅の大きい行動を起し続ける戦略の有効性、など)。

    著書も本ブログも、平素より大変興味深く拝読しております。今後とも精力的な活動を期待しております。

  3. zloty_koruna より:

    >新入社員たちが、誰の指導も受けず、伝統や慣習とも無関係に、自分たちだけで(自生的に)I生み出した秩序だ。
    リクスーを大量販売している流通業者からの影響の有無ないし大小はどうでしょうか?

  4. taku_kato より:

    「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」拝読しました。
    大変おもしろかったです。
    私はちょうど橘さんがおっしゃるマイクロ法人を先日つくり、ソーシャルゲームを配信しております。
    『20世紀少年』や『重力ピエロ』なども参考にあげながら、心理学的な側面で現代社会についての考察は、ゲーム作りにも参考になるものでした。
    これからも応援しております。

  5. wasshoi より:

    まさしく。過去、こうした全体意識が我が国を、我が同胞を、勝算ない泥沼の戦いに追い込んだ歴史を顧みてしまう。何も学んでいない、と。「伽藍」から飛び出すちょっとした勇気をどうしたら与えてあげられるのだろう。むしろ、若者にとっては、そちらのほうが歩留まりが高いのではないだろうか。現在価値の低い「椅子取り」ゲームに参加するよりは。

  6. ハローすけ より:

    写真、ちょっと衝撃でした。 ハローすけっす。

    個性って、封印できるんですか?

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