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[22307] 【習作】雷帝演義(型月+カンピオーネ→とらハ+リリカル)
Name: キー子◆6a79664d ID:e2959389
Date: 2010/10/07 23:10
 お久しぶりです、キー子です。
 この作品は、以前データがまるまる消えてしまった私の始めての作品、『魔王の凱旋』をもう一度設定から作りなおした作品です。
 他の作品ほっといて何してやがる!? と言う方もいらっしゃいますでしょうが、どうぞご辛抱ください。
 この作品は、どうしても完成させたかったのです。
 ただ、作品の内容は根本的な世界観以外は完全に別物になってしまったので、そこはご了承ください。

 以下、注意書き。

 この作品は、以下の物を含みます。

 居世界転生モノ
 オリジナル主人公モノ
 主人公最強モノ
 原作キャラのTS
 原作キャラとのカップリング
 捏造設定
 捏造キャラ
 時間軸変更
 時系列改竄
 設定改竄
 その他etc…

 以上の事をご了承した上で、受け付けられない方は戻るをご利用下さいませ。
 以上を受け入れる事の出来る心広い方は、稚拙な作品ですがどうぞご覧下さいませ。




[22307] 第前幕 『魔王転生』
Name: キー子◆6a79664d ID:e2959389
Date: 2010/10/07 23:10


「つまりは、だ。お前さんはもう、『王』ってカゴテリからも外れちまったってワケだ」

 暗く、昏く、冥いその場所で。
 墨色の着流しに身を包んだ青年―――天宮禮禅は、自分の影にそう言って嘲哂われた。

「意味が掴めねえな。そいつは一体、どういう意味だ?」
「言葉どおりの意味さ。お前さんも知ってのとおり、『王』様ってのはつまるところ『超越存在(神サマ)』を斃すなんていう人の身には有り余りすぎる奇跡を成し遂げることで、あの性悪女神に気に入られて成るモンだ。
 ―――だがな、今回お前さんはやりすぎた」

 自分と同じ顔をした“そいつ”は、妙に気に障るニヤニヤとした笑みを浮かべてそう言った。

「『神』と『人』との戦いってのは結局、《阿頼耶》と《ガイア》の力争いって意味になる。
 天然自然が形を持った『神』が《ガイア》の代弁者なら、人類の代表者である『王』は《阿頼耶》の間隙を突いて生まれた者だ。
 だってのにお前さんは、“この俺に勝っちまった”。
 それも、生まれる前の俺じゃない。完っ璧にこっち側に生まれちまった俺に、だ」
「? だからどうした? お前が生まれる前だろうが、生まれた後だろうが、それはお前さんに違いはねえだろう?」
「ところがどっこい、大違いだ。……生まれる前の俺ってのは、結局のところ『受肉しかけた英霊』でしかなかった」

 そう言って“今”の自分を指差す、同じ姿をした自分。

「けどな。“あそこ”から生まれた俺は違う。天地自然の“力”が神話を核に集って形作られたのが『神』なら、全人類六十億の“呪詛”が俺という存在を核にして生まれたのが“あの”俺だ。つまりあの時の俺は、間違いなく“『神霊』としての俺”だったって訳だ」

 そしてまた、“そいつ”はケラケラと哂った。

「……だから、それが一体なんだってんだ? 結局、また俺が『神殺し』を成し遂げたってことじゃねえのか?」
「その通り。そして“違う”。何故ならお前さんが殺した俺は、『神』であって『神』じゃねえからさ」
「……ますます意味が掴めねえ」
「お前さん、馬鹿だろう?」

 呆れた表情を浮かべる“そいつ”。

「フンッ!」

 間髪いれず、禮禅はその顔面に向けて裏拳を放った。

「うぉっ!? いきなり何しやがる!?」

 驚きに眼を見開いて、それでも紙一重で“そいつ”は避けた。

「俺と同じ顔が俺を馬鹿にしてんじゃねえよ。腹が立つ」
「あんだけ説明してやっても欠片も理解できてねえんなら馬鹿で間違いねえだろうが! なんで俺がこんな姿してると思ってやがる!」
「知らねえよ。テメェの趣味じゃねえのか?」
「だったらもっとマシな姿になってるよ。……俺がこの姿をしてるのは、お前さんに説明すんならお前さんと同じ姿と言い方で説明した方が何かと便利だと思ったからだ」
「ああ、そうかい。だったらもっと、俺に分かるように説明しな。……つーか俺はいつになったらここから出られるんだ?」

 そう言って、自分の下の辺りを適当に指差す禮禅。
 そこは、光のない暗闇に閉ざされた空間だった。
 だというのに、互いの姿だけははっきりと認識できている。

 ―――禮禅がふと気が付いたとき、すでに彼はここに居た。
 それ以前を思い出そうとすれば、自分の暮らしていた街でとんでもない騒動事に巻き込まれた記憶があった。

 美しい剣を振り回す少女と、彼女と共に戦う赤毛の友人の姿も思い出せた。 
 白髪の皮肉屋な弓兵と、彼を従える喧嘩友達の赤い少女の姿も思い出せる。
 月下で最高の喧嘩をした巨像の如き赤銅の偉丈夫と、それを慕う白い少女の姿。
 速さを競い合った蒼い槍兵と、その相棒であった男装の友人の姿。
 山門の階段で死合った神技の侍と、魔性の皮を被った泣き虫で寂しがり屋の魔女。
 自分と同じ“業”を背負った、美女を侍らせながら振り回される奇妙な親友とその彼女たち。
 こんな自分に忠義を捧げて付き従う、シスター服に身を包んだ一人の少女。
 決戦の舞台で戦った、黄金の女王。

 そして、―――最期に。
 恐らく目の前の存在の『本体』であろうモノを、満身創痍になりながら、それでも斃した記憶が彼にはあった。

 しかしその次の瞬間辺りから、記憶がハッキリしない。
 どうやら自分は死んだ訳ではないようなので、出来れば早く元の場所に帰る必要があるのだ。

「出られる訳ねえだろう。お前さんは、もう二度と元の場所には戻れねえよ」
「っ! はぁ!?」

 呆れたように言う“そいつ”の言葉に、殴りかからんばかりに眼を剥いて身を乗り出した。

「言ったろう? お前さんはやりすぎたんだよ」

 禮禅を追い払うように適当に手を振りながら“そいつ”は言った。

「もう面倒臭いから、説明端折って簡単に教えてやる。
 つまりお前さんは悪意の《阿頼耶》から生まれた『神』である俺を殺したことで、《阿頼耶》の代表者である『王』でありながら、《阿頼耶》の敵対者となっちまった。で、《ガイア》にも《阿頼耶》にも属せなくなったお前さんは、俺を殺して取り込んだはいいがもう『王』なんてシロモノじゃなくなっちまった。
 そんな人類側にも星側にも脅威でしかねえようなお前さんは、『世界の敵』としてどっち側からも拒絶されてもうあっちに帰る場所なんかどこにもなねえってこと」

 それだけ一息で言い切ると、“そいつ”は「あ~、疲れた」と言ってその場に胡坐をかいて座ってしまった。

「な……っ! じゃ、じゃあ俺はどうなる!? それより、あっちに残してきたあいつらは……」
「知らねえよ」
「知らねえって……テメェ!」

 いい加減に頭にきた禮禅が、“そいつ”の胸倉を掴んで持ち上げる。

「……あ」

 そして、気付いた。
 いつの間にか、“そいつ”の腰までの部分が既に“消えていた”ということに。
 消えていく“そいつ”の体は、段々と“そいつ”の色素を薄めるように崩れていっていた。

「これから消えて、お前さんの“力”になる俺が、ンな事気にしたって仕方ねえだろう?」

 砂のように崩れるその体は、風に乗るように禮禅へと流れ込んでいく。
 そうやって自分が消えていくというのに、“そいつ”はニヤニヤとした笑みをただ浮かべていた。

「……っ。言い逃げか、この野郎!」
「あ? これから俺は消えちまうってのに、一応は説明してやったんだぜ? むしろ感謝されるべきだと思うがね」

 この現象の意味を知る禮禅が、“そいつ”を怒鳴りつけて引き止めようとする。
 しかし“そいつ”はケラケラとやはり癇に障る笑い声を上げて、姿を段々と薄めて消えていった。

「じゃあな。これからどうなるかなんて俺も知らねえが……ま、せいぜい頑張んな」
「あ、おいコラ!」
「ヒャッハッハッハッハッハッハ……!!!!」

 高らかに嘲笑が響き渡る。
 やがて“そいつ”は笑い声と共に姿を消し、

 ―――次の瞬間。

「―――っ!?」

 世界が大きく脈動し、光が溢れた。



「おぎゃあー! おぎゃあー! おぎゃあー!」

 どこか遠く。
 しかしすぐ近くで。
 赤ん坊の泣き叫ぶ声がした。

(なんだ、こりゃ……?)

 光に灼かれたのか、ひどく霞む視界で辺りを見る。
 そこはどこか、見覚えのあるようでない、白い場所だった。

「生まれました!」
「元気な男の子ですよ」
「あなた……」
「よくやった……よくやってくれた……っ!」
(……だれ、だ?)

 意味も分からず、訳も分からないまま。
 感涙に咽ぶ見知らぬ人々に囲まれて、

 その日、その時、その場所で。
 とある世界にて『雷帝』と呼ばれ、そして終には世界によって棄てられた、
 『神』を殺した簒奪者は、

 見知らぬそこで、再び誕生した。



 第零幕『魔王転生』






[22307] 第序幕 『天宮』
Name: キー子◆d13b36af ID:dcf8efe5
Date: 2010/10/07 23:09



 ごぉぉぉぉーん……

 とある山中に、その寺はあった。
 寺から響く鐘の音が、遠吠えのように山中の空気を揺らす。
 時刻は真夜中。
 暗闇に浮かぶ満月が、煌々と山林を照らしている。
 寺を囲む塀の入り口には、『無明律令宗 天宮寺』とあった。

 ごぉぉぉぉぉー  ん……

 その寺の離れにある一角に、少年の姿があった。
 黒い着流しを纏った、黒い乱れ髪の逞しい顔つきの少年。
 明りの消えた和室の外。
 縁側の柱に背中を預け、彼の顔ほどの大きさのある杯を乾しながら満月を眺めていた。

 ごぉぉぉぉぉー  ん……

「―――ふぅ。……いい夜だ、酒が美味え」

 並々と注がれていた杯を、ほぼ一息で乾かして息を吐く。
 そしてまた、少年は傍にあった一升瓶を取って杯の中身を満たす。

「禮禅さま、起きてらっしゃいますか?」
「ん? 美雪か。どうした、こんな夜中に」

 不意に聞こえてきた声に視線を向ける。

「失礼します」

 直後、少年の背後にある部屋の障子がスッと開く。
 そこには、白い和服を纏った少女が廊下に跪いていた。

「禮禅さま、先代がお呼びです」
「ジジイが?」

 不思議そうに尋ねると、少女は「はい」と一つ頷いた。

「そうか……分かった。ちょいと待っててくれ。こいつまで飲み終わっときたい」

 そう言って、少年は朱塗りの大杯の中に入った液体をくるりと回す。

「もう、禮禅さま……畏まりました、お待ちしております」

 少女はそれを仕方ないという風に一つ苦笑すると、正座したまま頷いた。
 それに少年は男臭い微笑を向けると、月を肴にもう一度杯を傾けた。



 少年の名は、天宮禮禅。
 今から“五年前”に再びこの世界に生を受けた、かつての世界で《神殺し》の称号を手にした少年だった。



 第序幕 『天宮』



 歴史を感じさせる、檜造りの本堂。
 巨大な『不動明王』像の安置されているそこは、百を超えようかと言う夥しい数の蝋燭によって照らされていた。
 磨かれたような板張りの床が、蝋燭の明りを鈍く反射している。
 その仏前に、高僧の着る法衣を纏った老人が一人座っていた。
 深い皺の刻まれた、厳しい顔つきの老人だった。
 仏像に背を向けて黙想する姿は、誰かを待っているようだった。
 そしてやがて、待ち人は来た。

「―――着たか」

 すっと、閉じていた眼を開く。
 同時に、本堂の扉が無遠慮に開け放たれた。

「おう、ジジイ! こんな夜中に何の用だ?」

 入ってきたのは、墨色の着流しを纏った少年―――禮禅だった。
 老人はその無作法さに、元々皺の寄っていた眉根にさらに深く皺を寄せる。

「馬鹿モン! ここでは先代と呼ばんか!」
「あー、そういやそうだったな。……それで、何の用だジジイ?」

 老人の一喝にもまるで臆した様子も無く、禮禅は老人の前まで来ると無造作にその場に胡坐を掻いて座った。
 そのまま厳しい面構えの老人に、ニッと笑って気軽に禮禅が尋ねる。

「お、お前なぁ……」

 そのあっけらかんとした態度に毒気を抜かれたように、老人はがっくりと肩を落とした。

「まぁ、いいわい。それより禮禅、ちょっとそこに座れ」
「もう座ってるよ」
「正座せい、正座ァ! ~~~っ。まったく、何でお前にはそう可愛げってもんがないのか……」

 心底口惜しそうに言う老人に、禮禅がケラケラと笑う。

「なんでえ、甘えて欲しいのか? おじいちゃ~んてよ?」
「……いい。実際に聞くと予想以上に気持ちが悪かった」

 禮禅の言葉に、老人が盛大に顔をしかめる。
 本気で鳥肌でも立ったのか、法衣の上から腕をさするようなまねをした。

「だっはっは! おいおい、実の孫相手に随分な言い様だな!」

 老人の反応が面白かったのか、言葉の割りに禮禅が愉快そうに笑った。

「ふぅ……。とにかく禮禅、姿勢を正せ。真面目な話じゃ」
「……ほぅ」

 老人は一度疲れたような溜め息を吐くと、表情を引き締めて目前の少年を見やった。
 禮禅にもそれは伝わったのか、言われた通りに姿勢を正す。

「……で?」
「うむ。……禮禅。お前も知っての通り、我が《無明律令宗》は千年の昔より『魔』を祓い、調伏し、人々の安寧を守る事を生業としてきた」
「らしいな」

 禮禅の茶々にも口調を乱さず、老人は続ける。

「……その中でも我が『天宮』家は、その開祖の血を継ぐ本家の血統。その為か、我等の一族は特に強い“力”を発現する者が多かった。
 特に禮禅。貴様は我等『天宮』の歴史の中でも類を見ぬほど強力な“力”を発現している!」
「あー、まぁそうかもな」

 段々と声に力の篭ってきた老人の言葉に、段々と億劫になってきた禮禅は適当に答える。
 禮禅の力が強力なのは、当然といえば当然だった。
 かつての世界でも禮禅自身を含めて、世界に八人しか存在しなかった人越存在『神殺し』。
 ただの人でありながら、超越存在たる『神』を下し、その“力”を簒奪したもの。
 彼らはそうであるが故に、神の力を奪った時点で既に人と言うカゴテリから完全に逸脱する。

 再び赤ん坊から“転生”した禮禅も、それは同じだった。
 完全に別人として生まれ変わったわけではなく、違う世界の同じ存在として再び生を受けたのだった。
 それも『権能』を継承した、生まれながらの『神殺し』として。

 そんな事をぼんやりと思い出している間にも、老人のテンションは際限なく上がっていった。

「禮禅、お前は我等千年の歴史を紐解いても類を見ないほどに強力な“力”を持っておる! 
 そう、それこそ御仏の“神通力”を直接借り受ける事が出来たという、我等『天宮』の開祖にも匹敵しうる力を!!」
「あー、ジジイ。その位にしとけ? 頭の血管が切れるぞ」
「しかし!」
「……無視か」

 禮禅の忠告もむなしく、老人のボルテージは下がらない。
 どころか、むしろ上がっていく。

「その才能も、その上に胡坐を掻いて努力と言う水を与えなければいとも容易く枯れ果ててしまうじゃろう!」
「そうかもな。……それで?」
「それで、じゃ」

 そこで突然、老人は勢いを納めて禮禅を見据えた。

「禮禅。お前、ちょっとここに行って修行して来い」

 そう言って老人の懐から取り出されたのは、色々とレポートのように書かれた冊子のような紙の束だった。
 禮禅は老人の突然の変化にも褪めたような眼を向けただけで、取り出された冊子を一瞥すると

「断る」
「即答!? ええい、何故じゃ!」
「面倒臭え」
「断言!? おのれ、女子供の我が侭でもあるまいに、そんな物が通るとでも思っとるのか!!」
「まだ五歳にもなってねえガキだよ、俺は。ったく、こんな夜中に呼び出して真面目な話だっつうから何事かと思ったのに……おかげで、せっかくの寝酒が台無しになっちまったじゃねえか」
「寝酒を引っ掛ける五歳児が居てたまるか!!」
「探せばどっかいるだろう?」

 老人の渾身のツッコミを無視して、禮禅は詰まらなそうに立ち上がると踵を返した。

「ふぁ~~ぁ……ったく。とにかく、俺ァもう寝る」
「な、待たんか禮禅! まだ話は……」
「終わりだ終わり。もう次は詰まんねえ用事で起こすなよ」
「コラ、禮禅!」
「お休み~~」

 待つ様子など微塵も見せず、禮禅は本堂を出て行く。

「―――ッ、いい加減にせい禮禅!」

 老人が怒鳴りつけると同時に、手首を激しく動かし複雑な紋様を空中に描き出す。
 それはやがて形を取り、一つの術式を発動させる。

「少し頭を冷やせ馬鹿孫が! ―――≪不動明王羂索縛陣≫!!」

 老人の一喝と共に、強力な“力”によって編まれた術式が禮禅を縛り付ける。

「大人しく話を聞かんか、禮禅」

 そう言って、身動きの取れない孫に老人は疲れたように溜め息を吐く。

 曰く、≪不動明王羂索縛陣≫。
 五大明王が一柱、不動明王。
 彼が左手に持つといわれているのが、仏敵の動きを縛るといわれる≪羂索≫である。
 この術はその明王の、その彼が持つ仏具の力を一部借り受けて行使する術。
 本来この術式に縛られたものは、よほどの存在でない限り動けないどころかその圧力に負けて消滅してしまう。

 それほど強力な術式のため、本来ならこれほどの速さで、しかも一人で行使できるレベルのものではない。
 それを見た目には殆ど疲れを見せずに行使できるだけで、この老人の非凡さとその強さの位階が計れてしまう。
 即ち、術者としてこの老人は最高位にあることが。

 ―――だが、

「……ふん」

 溜め息のような気合。
 それだけで、禮禅を縛っていた術式が消し飛んだ。

「――――――ッ」

 老人が、声も出せずに呻く。
 解呪されたわけでも、すり抜けられたわけでもない。
 ただ力尽くで、本来最高位にあるはずの捕縛術式は跡形もなく吹き飛ばされたのである。

「―――ジジイ」

 禮禅の声が、重苦しく本堂に響く。
 同時に、少年からパチパチと火花が散るような音が鳴り始めた。

「老い先短い余生。ここで終わらせるか?」
「――――――ッ」

 少年から風が吹く。
 いや、風ではない。
 その裡から溢れ出す、膨大と言うのも足りないほどの強烈な“力”の気配。
 それが老人には、風が吹いているように錯覚しているだけだ。
 ほんの少しでも堪える力を抜けば、それだけで吹き飛ばされてしまいかねないほどの風を。

 金縛りにあったように身動きが取れない。
 老人が禮禅にしたように、術を掛けられたわけではない。
 ただ少年から感じる力の余波に気圧されて、指先一つ動かせなくなっただけだった。

「……ったく」

 老人にとって一秒すら永遠に感じられた緊張の時間は、禮禅が息を吐いて背を向けたことで解放された。
 少年から感じていた威圧感は、いつの間にか霧散している。
 禮禅は今度こそ邪魔はないと、本堂を出て行こうとする。

「……禮禅ッ」

 その背中を、老人の擦れるような声音が引き止めた。

「―――ジジイ、いい加減に……」
「行き先は海鳴じゃ」

 禮禅がイラつくように振り替えると、それを遮るように老人が言った。

「―――なに?」

 その言葉に、禮禅が固まる。
 言葉の真偽を確かめるように相手の眼を見据えると、老人は無言のまましかしはっきりと頷いた。

「―――ほぉ。俺をアソコに送る気になるたぁ、一体どういう風の吹き回しだ? 大体、他のヤツらがそれを了承したのかよ」
「長老会に話は通しておらん。ワシの一存じゃ」

 老人の言葉に、今度こそ禮禅の目が不審そうに細まる。
 禮禅はほんの一年ほど前に起こしたとある事件から、ある『特定の場所』への侵入を固く禁止されている。
 それは同時に、禮禅が是非にでも行きたい場所でもあった。
 そしての『特定の場所』の中に、海鳴という土地の名前も存在していた。

「何を考えてやがる。態々この俺をあそこに……“ざから”封印の地に送るたぁよ?」
「なに、可愛い孫の我が侭を叶えてやろうと思ってのぉ」
「へ、言ってろ」

 鼻で笑いながら、不審だった禮禅の目に愉快気な輝きが宿る。
 相手にどういった思惑があるにせよ、関係ないと言わんばかりに。

「まぁいいさ。……それで? 俺があっちに行くとして、寝泊りする宿は? まさか、五歳児に野宿しろってんじゃねえだろうな?」
「その事についても、もう話は通してある。……禮禅、お前不破の親子を覚えとるか?」
「不破? ―――ああ。そういや、二、三年前にそんな名のヤツラがここに泊まってったな」

 一瞬虚空を見つめた禮禅が、思い出したように言う。

「覚え取ったか。まぁ親父の方は、お前が珍しく懐いとった相手だったからの」
「懐いてたっていうか、あれは名前が気になったからだったんだがな。……まぁ、こっちの『士郎』も面白そうなヤツで気に入ってたのは確かだが」

 カラカラと笑いながら思い出すのは、かつての世界で最期に共に戦った赤毛のクラスメイトの姿。
 それと同じ名前を持っていた父親の方を、禮禅が気にしていたのは確かだった。

「なるほど、アイツラの所か」
「うむ。丁度彼らの家も海鳴にあるらしくての」

 頷く老人に、禮禅は呵呵っと笑った。

「いいぜ、ジジイ。その話、乗ってやる」
「うむ。では、すぐに用意せい。明日着くとすでに連絡は入れてある」

 さらっと言われた言葉の内容に、禮禅の頬が引きつった。

「じ、ジジイ、テメエ……明日って」
「ん? どうした? 早くせんと、せっかくのチャンスがふいになるぞ?」

 心底愉しそうに笑う老人を、焼き焦がさんばかりに睨み付けて。

「覚えてろよ、クソジジイ!」

 三下のような捨て台詞と共に、慌しく本堂を出て行った。

「ふふん。まぁ、気をつけろよ、馬鹿孫が……」

 その背中を見送る老人の顔は。
 間違いなく、孫を思う祖父のものだった。






[22307] 第壱幕 『海鳴』
Name: キー子◆6a79664d ID:dcf8efe5
Date: 2010/10/09 22:30






『―――は、海鳴。お降りの方は、ドアから離れてお待ちください』
「……ぁ?」

 体を揺らす振動と、独特のイントネーションによる車内放送。
 まどろんでいた禮禅の意識は、それによって起こされた。

「…………」

 ぼんやりした視界で窓の外を見る。
 ついさっきまで海沿いを走っていたはずの風景は、いつの間にか市街地の中を走っていた。
 そしてそれをぼんやりと眺める、自分の顔が映る。
 適当に切り揃えて乱れた黒髪に、今は眠たげに細められている黒い目。
 典型的な日本人風の相貌は、しかし年齢に似合わない逞しい顔付きをしていた。

「くぁ~~~……。ふぅ、やぁっと着いたか」

 一つ大きく欠伸を零しながら、腕を上げて背筋を伸ばす。
 座った体制で眠っていたためか、背中からボキボキと音が鳴った。

 窓から前方を見ると、段々と駅が見えてきた。
 乗っている列車が甲高いブレーキ音を立てながら減速し、やがて駅のホームに滑り込む。

「……どれ」

 列車が完全に止まるのを待たずに、禮禅は席から立ち上がってドアに近付く。
 履いた木製の高下駄が、そのたびにカランコロンと乾いた音を立てた。
 手ぶらの禮禅は、着ている墨色の着流しの袖にそれぞれ両手を突っ込んでいる。
 扉に近付くと同時に、空気の抜ける音と共に列車のドアが開く。
 入ってくる乗客の脇を抜けながら、禮禅は列車から外に降りた。

「ここが、海鳴か……」

 駅のホームに掛かった駅名を見上げながら、少年は確認するように呟いた。


 ―――『海鳴市』。
 都心から若干離れた場所にある地方都市で、名前の通りすぐ近くに海が広がっている。
 またその反対側を山に囲まれており、山の各所には古い神社や祠、伝承などが今なお残っているという。
 そうでありながら近代化も進んでおり、国立大学や大学付属の大きな病院も存在し。
 さらに宿泊施設として、大きなコンサートホールを抱えた大型高級ホテルも存在している。
 古い自然に囲まれながら、しかし発展が進んでいる。
 海鳴はそういった街だった。



 第一幕 『海鳴』



 駅の改札を抜けて、駅前のロータリーに出る。
 地方都市の名に偽りなく、都心に比べれば人の密度はまばらだった。
 それでも駅前なだけあって、軽く首を巡らせるだけでファーストフードの飲食店や大きな看板などが目に付いた。

「さて……と、まずはどうすっかな」

 ガシガシと頭を掻きながら、禮禅は懐に手を入れて紙切れを一枚取り出す。
 その紙切れに視線を落すと、そこにはこの町の住所が書かれていた。

 ―――『海鳴市藤見町64-5』

 その場所が、禮禅が今日から世話になることになる家の住所だった。

「タクシーでも拾えば一発なんだろうが……」

 視線を駅前に置かれている時計塔に向ける。
 到着すると約束している時間まで、まだ結構な時間があった。
 聞いた話では、どうやら迎えに来てくれるらしい。

「待つにしちゃあ長すぎるしなぁ……」

 まるで言い訳のように一人呟きながら、視線は街の向こうにある一つの山に向けられていた。
 心底楽しそうに、禮禅の目が細まる。

「仕方ねえ。ちょいと暇つぶしに、見に行ってみるか……」

 知らず、口の端に笑みを浮かべながら、禮禅がそちらに足を向けた。

「―――もしかして、禮禅くんかい?」

 そのとき不意に呼びかけられて、禮禅は足を止めた。

「あん?」

 振り返ると、整った顔立ちの壮年の男がこちらを見ていた。
 声を掛けていながら確信が持てないのか、戸惑った表情を浮かべている。

「―――おお! 士郎か!」

 唐突に、相手を思い出す。
 不破士郎。
 今日から、世話になる相手だった。

 禮禅が名前を呼ぶと相手もようやく確信がもてたのか、相手も笑みを浮かべてこちらに近付いてきた。

「やっぱり禮禅くんだったか。その格好でないと全然分からなかったよ。……いや~、本当に大きくなって」

 本気で驚いたように禮禅を見る。
 当然といえば当然だろう。
 どういう理屈かは禮禅も知らないが、禮禅の容姿はどう見ても五歳児のそれではない。
 少なく見積もっても、小学生か中学生にしか見えないのだ。

「ま、育ち盛りなんでな」
「いやいや、それで済ますのかい?」
「細けえ事は気にすんなって」

 苦笑する士郎に、特に気にもしてない禮禅はそう言ってカラカラと笑った。

「まぁ、君がそう言うなら良いけど……。とりあえず、向こうに車を置いてあるから着いて来てくれ」
「ん、あー……」

 そう言って駅の駐車場に向かおうとする士郎をみて、物惜しそうに山の方を見る禮禅。

「ん? どうかしたのかい?」
「いや……」

 禮禅は少しだけどうするか考えて、

「ま、後でもいいか。……すまねえ、行こうぜ」

 そう言うと士郎の後に着いて行った。



「―――へぇ、結構開発が進んでんな」

 士郎の運転する車の中。
 助手席に座った禮禅が、開いたドアから外を見て呟いた。

 禮禅の視線の先にあるのは、建設中のビルや建物の群だった。
 道路を走る車の数や、その両脇に並ぶ建物の壁。
 都会と言うほどではないが、かなり近代化の雰囲気を感じる。

「まぁね。この町は元々、福祉施設や学校なんかの質が良いものが充実してたからね。少し前位から、一気に開発が進んだんだよ」
「ほぉ……」

 士郎の説明に感嘆しながら、興味深そうに建設途中の街並みを眺める。
 そのときだった。
 車の窓を開けて外を眺めていた禮禅の耳に、ひどく耳障りな音が響いてきたのは。

「―――ん?」

 禮禅が何気なしに視線を向ける。
 乗っている車の後方。
 この車以外は、ほとんど対向車ばかりのこの道路を、凄まじい勢いで走ってくる車があった。

「っ、暴走車か!?」

 士郎がバックミラー越しに顔をしかめる。
 その車は速度違反どころか完全にアクセルを踏み切っているのか、エンジンが高速で回る耳障りな音を響かせている。

「おいおい、あれで事故起こした日には間違いなく人が死ぬぞ」

 運転手にしろ、巻き込まれた相手にしろ。
 そんな事を呟いたとき、不意に運転していた士郎が悲鳴のような声を上げた。

「あれは―――っ」
「―――あん?」

 視線を前に向ける。
 目の前にある横断歩道。
 そこを、丁度一人の女の子が通っているところだった。

「―――!」

 振り返って暴走車を見る。
 ブレーキをかける様子も見せず、全開にしたアクセルのまま横断歩道に突っ込んでいく。

「く……っ」

 隣の士郎が、とっさにシートベルトを外して外に出ようとしている。

「―――ッ!

 女の子が自分に向かってくる暴走車に気付き、凍り付いたように固まる。

「逃げて!」

 横断歩道を渡った所で女の子に叫ぶ少女の姿がある。

 女の子を助けようと動く人たちの中。
 その小さな呟きは、しかし何より早かった。

「―――≪迅雷≫

 ―――パチン

 頭のどこかで、火花の散るような。
 意識のどこかに、スイッチの入るような。

 瞬間。
 禮禅の視界から色彩が消え、聴覚から音が消える。
 モノクロのサイレント映画のような世界の中で、禮禅はまるで水中を動くようなゆったりとした動作で開いた窓に足をかける。
 そのまま、窓枠を蹴って車の外に出ると、少女に向かって駆け出した。

 一歩目。
 水中を動くように、全身に重く空気がまとわりつく。
 二歩目。
 それを振り払うように、全身の筋肉がわななきコンクリートに地面を蹴る。
 三歩目。
 まるで膜を突っ切るように、全身に纏わりついていた空気が弾けた。

 そのまま禮禅は暴走車を追い越し、眼を見開いたまま固まっている女の子に辿り着く。
 女の子を横抱きに抱え上げると、ゆっくりと迫ってくる暴走車に眼をやる。

(―――あん?)

 暴走車の運転席を見て怪訝な表情を浮かべるのは一瞬。
 近付いて来る暴走車のボンネットの上に飛び乗り、車の上を走って越える。
 そのまま車の後ろまで飛び越えて道路に下り立つと同時に、禮禅の世界に色彩と音が戻った。

 暴走車はそのまま、道路を走り抜けていく。
 何が起こったのか分からず、誰もが呆然としている中。

「危ねえな、おい」

 ただ禮禅が一人だけ。
 走っていった暴走車を見送って、何事もなかったように呟いた。

「よぉ、大丈夫か?」
「―――ぇ? ……あ、あれ?」

 禮禅が抱えた少女に声を掛ける。
 少女は何が起こったのか理解できていないようで、戸惑ったように自分と自分を抱えている禮禅を見返した。

「す、すずかー!!!」
「ん?」

 悲鳴のような声に禮禅が振り返る。
 歩道を渡った所にいた、中学生くらいの少女がこちらに駆け寄ってくる所だった。
 おそらくこの女の子の姉かなにかなのだろう。
 黒髪の彼女は、女の子によく似ていた。

「すずか!」

 禮禅が抱えていた少女をむしりとるように奪うと、彼女は涙を流しながら女の子を掻き抱いた。

「よかった……本当によかった……」
「おねえ……ちゃん?」

 自分を抱きしめる姉を、女の子はどこか呆然と眺める。

「う、ぅうう……うええええ~~~ん!」

 緊張が解けたのか、それとも自分を抱き締めて泣く姉に釣られたのか。
 その時になって、女の子も大きな声で泣きだした。
 その女の子を安心させるように、少女もまた強く女の子を抱き締める。

「よしよし。どうやら大丈夫そうだな」

 そんな二人の様子を微笑みながら眺めていた禮禅は、そう言って士郎の乗る車に向かって踵を返した。

「あ、あの!」
「うん?」

 飛びとめた声に振り返ると、女の子を抱き締めていた少女がこちらを見ていた。

「妹を助けてくれて、ありがとう」
「良いって事よ。気にすんな」

 抱き締めたままペコリと頭を下げる少女に、禮禅はニッと笑いかけると今度こそ車に戻った。

 車の中に戻ると、シートベルトを外しかけて呆然とこちらを見る士郎の姿があった。

「おいおい、どうした。そんなに間の抜けた顔をして」
「―――禮禅くん。君は……」
「ふふん。どうした?」

 禮禅が鼻を鳴らして笑うと、こちらを見ていた士郎はどこか安心したように息を吐いた。

「―――いや、なんでもない。そろそろ行こうか」
「おう」

 禮禅が頷くと、車はまたゆっくりと走り出した。

(―――しっかし)

 走り出す車の中。
 禮禅は内心で呟きながら、走り去っていった暴走車の方を見た。

(ありゃ一体、何だったんだ?)

 あのモノクロの世界の中。
 凄まじい速さで走っていた車の運転席には、“誰も乗っていなかった”のだ。

「やれやれ。もうちょい、しっかりと調べときゃ面白かったか?」

 そんな事を呟きながら、愉しそうに笑って禮禅は助手席に背中を預けた。






[22307] 第参幕 『高町家』
Name: キー子◆6a79664d ID:dcf8efe5
Date: 2010/10/11 21:23


「さ。禮禅くん、着いたぞ」
「……へぇ」

 そう言って士郎が車を止めたのは、和風の外観を持った二階建ての家だった。
 家の周りを塀に囲まれ、ちゃんとした門も付いている。

「……ん? 『高町』?」

 ふと、家門の表札に書かれている名前に気付いて首を傾げる。
 確か士郎の苗字は、『不破』ではなかったか。

「ああ、ちょっと事情があってね。『不破』の名前は表立って名乗らないようにしているんだ。……『高町』は僕の嫁さんの苗字でね」
「あぁ、なるほど。……表立ってって事は、俺も『不破』の名前は言い触らさん方がいいか?」
「そうしてくれると助かる」

 苦笑して、士郎は頷いた。

「それじゃ僕は車を車庫に入れてくるから、先に中に入っててくれていいよ。子供達はまだ学校だけど、今日は嫁さんが居るから」
「おう、分かった」

 士郎が車を動かしている間に、禮禅も門を潜って玄関に向かう。
 途中、庭にあるものに目が向いた。

「へぇ、流石って言うべきか。庭に道場があらぁ」

 庭の奥。
 まるで離れのように、小さいながらもしっかりとした道場が建っていた。
 最近作られたものなのか、壁に使われている木板などはまだ新しい感じだった。



 第三幕 『高町家』



「さて」

 前の扉を見て、チャイムを鳴らす。

「はーい!」

 返事はすぐにあった。
 扉の向こうから、パタパタとスリッパの足音が近付いて来る。

「いらっしゃい。……あら? えっと、君は……?」

 扉を開けて顔を見せたのは、美人と言うより可愛いといった感じの女性だった。
 女性は予想していた見知らぬ客だからか、あるいは予想とは違ったからか。
 困惑したように、禮禅を見て首をかしげた。

「お、アンタが士郎の嫁さんか? 俺ァ天宮禮禅。今日から世話になる」

 そう言って頭を軽く下げると、女性は眼を丸くして禮禅を見た。

「え、ええ! 君がそうなの!? なのはと同い歳って聞いてたのに……」
「ん? なのは?」

 聞き覚えのない名前にふと聞き返す。
 と、そこで気付いた。
 女性の足元に縋りついて、その影に隠れるように立っている五歳くらいの女の子の姿に。

「………………」

 彼女の娘なのだろう。
 髪の色や顔立ちが、女性によく似ていた。
 女の子は女性の影に隠れながら、じっと禮禅を見上げている。

「あ、紹介するわね。家の末の妹で、なのはっていうの」
「へぇ……」

 なのはを見下ろしていた禮禅が、膝を落として女の子に目線を合わせる。
 なのはは怯えるように、さらに女性の影に隠れてしまった。

「おいおい、怯えねえでくれねえか? 俺ァ別にお嬢ちゃんを取って喰おうなんざ思ってねえぜ?」
「………………」
「俺ァ天宮禮禅ってんだ、今日から世話になる。よろしくな」
「…………ッ」

 ニッと笑って挨拶すると、少女がビクっと震える。
 そのまま女の子は、逃げるように家の奥へと走っていった。

「あ~りゃりゃ。……嫌われちまったか?」
「ごめんなさいね。ちょっと人見知りする子だから……」

 苦笑する禮禅に、桃子は申し訳なさそうに。
 そして心配するように、走って言った女の子を見た。

「桃子ー。ただいまー」

 と、そのとき車を車庫入れした士郎がこちらに帰ってきた。
 士郎を見つけた桃子と呼ばれた女性が、はっとして士郎を向く。

「あ、士郎さん。お帰りなさい。……あの、この子が本当に?」
「え? ああ……うん、そうだ。この子が昨日言ってた禮禅くんだよ」

 桃子が何に驚いているのか気付いているのか、士郎が苦笑しながら答えた。

「おいおい、酷いな。信じてなかったのか?」

 禮禅が苦笑しながら言うと、桃子は慌てて頭を下げた。

「ご、ごめんなさいね。なのはと同い歳の男の子って聞いてたのに、恭也と同じくらいに見えたから……」
「ああ、それは俺も驚いた」

 桃子の言葉に、士郎も頷く。

「あれ? そういえばなのはは……」
「それが……」

 士郎がきょろきょろと辺りを見回すと、桃子が困ったように苦笑する。
 そこから話を逸らすために、禮禅が声を上げる。

「あー、とりあえず顔合わせは今したさ。それより、上がっていいかい? いい加減、ここで待ちっぱなしも何だし」
「そ、そうね。とりあえず上がって。お部屋はもう用意してあるから」
「そいつはありがてえ。……そいじゃ、お邪魔します」

 取り繕うように言う桃子に苦笑しながら、禮禅は高下駄を揃えて家に上がる。
 外は何となく和風に見えたが、家の中は普通にあるような家のそれとそう変わらないようだった。
 桃子に案内されるまま、階段で二階に上る。

「どうぞ。この部屋よ」

 そう言って案内された部屋は、階段を上ってすぐにある所の部屋だった。
 ドアを開けて中に入る。
 部屋の中には空っぽで、ゴミもない代わりに家具の一つもなかった。

「こんな感じで良かったかしら? 本当はベットくらいは用意しようと思ったんだけど、家具も全部そっちの物を持ってくるって言われてたから……」
「いやいや、十分だ。“気にするとしたら日当たりだけ”だったんでな。これだけよければ文句も言えねえ。ありがとう、奥さん」

 少しだけ申し訳なさそうに言う桃子に、禮禅は日当たりを確認しながら桃子に頭を下げる。
 それで桃子もほっとしたように息を吐いた。

「そう、それならよかった。……あ、そうだ。私のことは奥さんじゃなくて、『桃子さん』ってよんでくれない? 今日から家族になるんですもの、変に遠慮することないわよ」

 そう言って桃子が可愛らしく首を傾げると、禮禅は一瞬きょとんとしたように桃子の顔を見つめ。

「―――く、あっはっはっはっは……!!」

 大きな声で笑い出した。
 突然の禮禅の反応に眼を白黒させる桃子。

「え? え? ど、どうしたの?」
「い、いや、すまねえ。はは……そうか、なるほど。俺と『家族』か」

 何とか笑いを納めた禮禅は、その言葉に何かを思い出すように感慨深く呟く。
 そして微笑を浮かべたまま、頭一つ分だけ高い桃子の眼を見上げる。

「分かった。今日からよろしくな、桃子さん」
「―――うん。こちらこそ」

 禮禅がそう言って名を呼ぶと、桃子は嬉しそうに頷いた。

「荷物はまだ着いてないみたいだから、今日は布団を用意するわね。荷物がついたら、荷解きを手伝うわ」
「ああ、気持ちはありがてえが、そいつには及ばねえよ。荷物も荷解きも、もう用意できてる」
「え?」

 意味が分からず首を傾げる桃子に、禮禅は悪戯小僧のようにニッと笑って見せた。

「なに、ちょっとした手品さ」

 そう言って禮禅が懐に手を入れたとき、

「ただいまー」
「ただいま」

 不意に下のほうから、そんな声が聞こえてきた。

「あら? 二人とも帰ってきたみたい」
「ん? 二人ってのは?」
「家の長男と長女。来て、禮禅くん。紹介するわ」

 桃子は嬉しそうにそう言って部屋を出ると、パタパタと階段を下りていった。



「ただいまー」
「ただいま」
「お、二人ともお帰り」

 学校から帰ってきた兄妹がリビングに入ると、普段は母親の店に仕事に行っている父の姿があった。
 今日はこの家に居候しに来る子が居るといっていたから、おそらくそのためだろう。
 父の姿を認めた二つ年下の妹が、嬉しそうに父に駆け寄って行った。

「おとーさん、ただいまー」
「お帰り、美由希」
「ただいま、とーさん。……かーさんは?」

 今年中学生になる兄が、リビングを見回す。
 今日は店は休みにしていたはずだが、一緒に居るはずの母の姿がない。
 そう思って尋ねると、父の士郎は人差し指を天井の方に向けて答えた。

「いま例の子を部屋に案内してるよ」
「え? それじゃ、お泊りに来る子がもう来たの?」

 妹の美由希が驚いたように尋ねると、士郎は一つ頷いた。

「ああ、今は二階。でももう下りてくるんじゃないかな」
「そうか……なつかしいな。確かなのはと同い歳だったか?」

 兄の呟きに美由希が振り返る。

「そういえば恭ちゃんは、とーさんとその子に会った事があったんだっけ?」
「ああ、とーさんとの武者修行の途中でな」

 苦笑しながら、兄は―――恭也はその時の事を思い出す。
 ほんの2,3数年前の事だ。
 恭也が父の士郎と夏休みを利用して、“武者修行の旅”に出ていたとき。
 とある山奥に古い中国拳法の特殊な亜流を伝える寺があるという話を聞き、他流試合を申し込みに行ったのだ。
 その寺というのが、今日からここに下宿することになった彼の住む寺だった。

「その子はその寺の一人息子でな。何故かその祖父の方と手伝いの女の子との三人暮らしだったんだが、良く覚えているよ」

 恭也はそのとき彼はその中国拳法の特殊さにも驚いたが、そのとき出合った少年の特殊さも印象に残っていた。
 自分の末の妹と同い歳だというのに、奇妙な老練さと父の士郎にも似た豪快さがあった。

「へー」
「あ、そうだ。なぁ恭也」

 感嘆する美由希の横で、ふいに思い出したように士郎が恭也を見た。

「お前、あの子が下に降りてきたら、ちょっと道場で試合しろ」
「―――はぁ?」

 本気で意味が掴めず、恭也は困惑した声を上げる。

「試合って、誰と?」
「決まってるだろう。禮禅くんとだ」
「―――行き成り何を言い出すかと思えば……とうとう頭が沸いたか、父よ?」

 あっけらかんと言う士郎に、本気で呆れたように恭也が尋ねる。
 わざわざ溜め息を吐いて、肩を竦める動作付で。
 これが士郎得意の冗談の類なら、今ので拳骨の一つでも飛ぶところだ。
 しかし士郎は真剣な表情で恭也を見る。

「恭也、真面目な話だ」

 どうやら本気で言っているらしい。
 しかしそれでも、恭也は渋い顔をする。

「しかしな、いくら何でも五歳の子供と……」
「そうだよとーさん。いくらなんでも、勝負にならないよ?」

 それでも納得できないように呟く恭也に美由希も続く。

「五歳の子供ねぇ。だいたい、勝負にならないのはどっちだか……」

 そんな二人に、士郎は喉の奥で笑うように呟いた。

「「?」」

 二人が首を傾げる。
 そのとき、パタパタと階段を下りてくるスリッパの足音が聞こえてきた。

「お、どうやら下りてきたみたいだな」

 スリッパの足音が部屋の外まで近付く。
 リビングの扉を開けて入ってきたのは、桃子の方だった。

「二人ともお帰り~」
「ただいま、おかーさん」
「ただいま」

 二人が桃子に返すと、ふいに大きな声が響いた。

「よお! おまえ恭也か?」
「禮禅くんか。いら……しゃい?」

 恭也の声が途中で疑問形に変わる。
 当然といえば当然だろう。
 末の妹と同い歳の少年が居るはずなのに、いま目の前に居るのは自分とそう背丈の変わらない、着流し姿の少年なのだから。
 隣の美由希も同じで、驚いて眼を丸くしている。
 ただ事情を知っていた士郎だけが、そんな二人を愉しそうに眺めていた。

「わっはっは……! 久しぶりだな、おい!」
「……あ、ああ」

 禮禅は驚く二人に構わず、恭也に近付いて肩を叩く。
 逆に恭也は驚きに固まって、ほとんど言葉を返せないでいる。

「禮禅くん、部屋はどうだった?」

 そんな恭也に代わって士郎が尋ねると、禮禅は愉しそうに笑って答えた。

「おお! 日当たりの丁度いい部屋だったぜ。ありがとう」
「いやいや、構わないよ。元々あの部屋は使われないで置いてあった部屋だったしね」

 軽く頭を下げる禮禅に、士郎はウインクしながら答えた。

「えっと……君、禮禅くんか?」

 その横から立ち直ったらしい恭也が、禮禅をまじまじと見ながら尋ねる。

「ん? おうともよ! なんでえ、気付かなかったのか? 薄情な野郎だなぁおい」
「いや、その……随分と立派になってて、君だと気付かなくてな……」
「うん? そうか?」

 自分を見下ろしながら尋ねる禮禅に、恭也も美由希もこくこくと頷いた。

「さて、禮禅くん。早速なんだが、ちょっとお願いがあるんだ」
「ん、なんだ? 今日から世話になるんだ、大概のことなら構わねえぞ」
「そう言ってくれると助かる。実はね、この恭也とちょっと試合ってもらいたいんだ」
「試合?」

 禮禅は首を傾げると、士郎に向けていた視線を恭也に戻す。

「出来れば、で構わない」

 そう言って、恭也も頷いた。

「う~ん。そうか……ってもなあ」
「ダメかい?」

 困ったように頭を掻く禮禅に、士郎が尋ねる。

「いや。俺ァ喧嘩の経験は多いけど、試合なんざした事ねえからなあ……」
「ああ、それなら大丈夫だよ。お互い、下手に大怪我さえさせなければ、君の喧嘩と同じ感覚で構わない。……だろう、恭也?」
「え? あ、あぁ。まぁ、俺は構わないが……」

 士郎が恭也を見て言うと、恭也は気が乗らないように頷く。
 別に戦う事を拒んでいるわけではなく、単純に五歳の――見た目はともかく――子供と戦うことに忌諱感を感じているだけだ。
 そんな恭也の心情は承知しているだろうが、士郎はそれを気にした様子もなくまた禮禅に尋ねる。

「どうだい?」
「……まぁ、そっちが合わせてくれるってんなら、俺は別に構わねえよ」
「よし。それじゃ、場所は庭の道場にしよう。あそこなら、広さもある」

 禮禅が頷くと、士郎は庭の道場を見やって言った。





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