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温厚→権威の塊、エース検事なぜ変貌…証拠改ざん事件

前田容疑者、あす起訴

 郵便不正を巡る証拠品のフロッピーディスク(FD)改ざん事件で、最高検は11日、大阪地検特捜部主任検事・前田恒彦容疑者(43)を証拠隠滅罪で大阪地裁に起訴する。大阪、東京地検の特捜部で数々の大事件に携わった「エース検事」の不祥事は、史上類を見ない検察批判を巻き起こした。正義感が強く、きまじめだった青年が、刑事司法の信頼を揺るがす事態を招いた背景には何があったのか。

恩師「検察組織が彼を変えた」

 2008年11月4日の読売新聞夕刊(大阪)。音楽著作権売却話を巡る詐欺事件で、著名音楽プロデューサーが任意同行を求められる写真が掲載された。大阪地検の係官とともに、前田容疑者が緊張した表情で写り込んでいる。異例のことだった。

 前田容疑者を知る特捜OBの分析はこうだ。「事件着手の際、主任検事は連絡やトラブルに備え庁舎で待機するもの。取材のカメラに写りたかったのだろうか」

 前田容疑者は広島県呉市出身。高校時代から「検事になりたい」と周囲に語っていた。広島大法学部では刑法のゼミに所属。指導した金沢文雄・同大名誉教授(82)は、政治家の疑獄事件に関心を示したのが記憶に残っているといい、「まじめで温厚。正義感が強かった」と振り返る。

 1993年、司法試験に合格。司法修習の同期生だった弁護士は、前田容疑者に「君は優し過ぎる。検事に向いていない」と指摘したことがある。相手の目を見て話そうとしない、気弱そうな人柄が心配だった。弁護士は「改ざん事件は、心の弱さが出たのだろう。やはり検事になるべきでなかった」と嘆いた。

 それでも前田容疑者は念願の検事になり、広島地検などを経て99年、大阪地検に着任。特捜キャリアをスタートさせる。様々な事件捜査に携わる中で、取り調べで自供を引き出す「割り屋」の評価を得るのに、そう時間はかからなかった。

 「物腰が柔らかで気配りができる。厳しい表情が緩んだ時の笑顔は、何とも言えない愛嬌(あいきょう)があった。容疑者も心を開いたはずだ」。前田容疑者を重用した、当時の大阪地検幹部は語る。

 06年には東京地検特捜部に異動した。大阪特捜では、将来の幹部候補の意味を持つ栄転だ。

 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部を巡る詐欺事件や防衛装備品調達を巡る汚職事件で「キーマン」の取り調べを任された。「割り屋の系譜を継ぐのは前田」。当時の東京地検幹部は絶賛した。

 08年に大阪特捜に戻ってからも、民主党の小沢一郎元代表の資金管理団体の土地取引を巡る政治資金規正法違反事件に派遣され、公設秘書(当時)から容疑を認める供述を引き出した。

 しかし、「割り屋」としての華々しい実績に、陰りも出始めていた。

 東京地裁は09年7月、朝鮮総連中央本部を巡る詐欺事件の判決で、前田容疑者の取り調べに問題があったと指摘。政治資金規正法違反事件の公設秘書は起訴後、否認に転じた。弁護側は「強引な取り調べや誘導があった」と主張している。

 「エリート扱いされて逆に『失敗はできない』と追い込まれ、取り調べが強引になっていったのではないか」。元同僚の検察関係者はそう見立てる。

 恩師の金沢名誉教授は、逮捕後、テレビのニュースで見た前田容疑者の変貌(へんぼう)ぶりに驚いたという。

 「顔つきも歩き方も権威の塊に見えた。検察組織の有りようが、前田君を変えてしまったんでしょう」

2010年10月10日  読売新聞)
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